日本曹洞宗初期教団における法衣の研究


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ここに、曹洞宗宗学研究所発行の宗学研究第三十三号(平成3年)に記載された、関口道潤老師の論文
道元禅師二十五条衣に就いて〜日本曹洞宗初期教団における法衣の研究〜の要点を記載します。
また、この論文は更に詳細に書籍として出版されています。

関口老師は全国各古刹の室中に伝わる古袈裟を実地調査、研究されました。ご老師の教示を頂きここに
紹介させて頂きます。
----- 宗門古刹に伝わる袈裟 -----
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1.正伝衣と如法衣

江戸中期、「仏祖正伝の袈裟」の研究が盛んになったが、その裏を返せば、当時すでに道元禅師直伝の
袈裟の作り方が不明確だった。
いつの間にか「仏祖正伝の袈裟」が「如法衣」のことばに置き換えられました。
当時宗門宗師家が盛んに用いた「象鼻衣」に対して、「律に随った袈裟」として「如法衣」が用いられた。


宗門の法衣を歴史的側面から概観した、5段階

正伝衣 --- 道元禅師が相伝受持し、主張された袈裟。
流布衣 --- 徹通、瑩山両祖以後、宗門で一般的に着用した袈裟。
古規衣 --- 永平寺五十世玄透禅師が、古規復古の際、主張し、着用したもの。
如法衣 --- 江戸時代中期における日本仏教各宗の袈裟研究家によって主張され、着用されたものであり、インドの釈尊依用のもの、仏教教団共通のものと信じられた袈裟。
裁定衣 --- 幕末から明治初年にかけ、永平寺と総持寺が環の有無に就いて論諍し、その後
両山が妥協し、裁定をもって決した袈裟で現在宗門が依用している袈裟。

2.如法衣と正伝衣の混同

著者のお断り
   どうのような袈裟を被着すべきかという、実在的定義研究ではなく、宗門古刹の古袈裟の形状、寸法、
   仕立て方、色彩等に就いての客観的考証研究である。

正伝衣と如法衣は決して同一ではない。むしろ流布衣が正伝衣に類似していた。
「法服正儀図会略釈」によって如法衣が初めて導入され、「法服格正」へと継承された節がある。

3.古規衣と如法衣

古規衣 --- 有環から無環の袈裟へ、流布衣から如法衣へ変化してゆく過渡的な位置。
流布衣と如法衣の違い
         環の有無、縁を二道にするか三道にするか、縁巾を葉巾より狭くするか否か、
         角帖を縁の上にあてるか下に組み入れるか等。
         旧訳の「四分律」によるか新訳の「有部律」によるかの違いによる。

祖道以降の研究家は「有部律」を主とし、それに「四分律」を加味。
流布衣は「有部律」より「四分律」に近い仕立て方である。

4.広福寺二十五条衣(高祖お手縫い袈裟)について

仕様 --- 如法衣  二十五条衣四長一短割栽衣、開葉縫い。裏地なし
       縁は二道縫い、上下縁が縦縁を押さえ、角帖は縁巾より広い。
衣財 --- 一見木綿のように見えるが、麻である。
色彩 --- 青味がかった黒、黒に近い青。(鉄御納戸色)
総見 --- 糸目はやや粗く、几帳面な把針。750年を経たものとしては、しっかり過ぎているようにも。

広福寺(熊本県)以外にも、松源院(愛知県)、妙応寺(岐阜県)高祖二十五条衣が襲蔵されている。
また、三長一短の九条象鼻衣として、密蔵院(愛知県)、瑞石寺(福岡県)、大乗寺(石川県)にも、高祖、
または芙蓉道楷禅師の袈裟として襲蔵されている。


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