天は高くありて さもありなむ

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/15 09:41:12 更新日時: 2005/10/18 00:41:12 評価: 25/26 POINT: 132 Rate: 1.21
 うすい羽音を立てながら飛び交う様は弾幕。
 縦横無尽に境内を埋め尽くすかのような勢いで、赤蜻蛉の大群はこの短い時間に彩りを添えていた。
 手を伸ばせば指先が霞みそうな空は、はるか彼方に波状の雲を抱えている。それが形を変える様を延々眺めていると、いつしか湯呑みが軽くなっていた。
 さもつまらなそうに膝を立てると、思わず声が出た。あわてて周囲を見渡したが、気を抜けばこれだ。
 縁側から日の差し込まない部屋の奥では、レミリアが寝息を立てている。聞かれてはいまい。
 春眠でなくとも今日は忙しかったのだ。
 起こさないように手際よく急須の出がらしを建水にあけ、台所に湯を沸かしに行く。よく耳を立てると外にも気配があった。
 手にした盆には空になった急須と湯呑みがひとつ。頬に指をあて、考えてから湯呑みをもうひとつ追加した。

 それと、茶箪笥に隠していた虎の子を奮発したのである。

「おつかれさま」
 拝殿の周りを掃き掃除していた咲夜に声を掛けた。
 祭りが近く、今日は舞の奉納を先に済ませていたのだ。もちろん当日にも舞を披露するが、それは巫女の気まぐれである。
 神様の意向は二の次であることが巫女の信条であり、決して信心が足りないわけではないらしい。
 レミリアが咲夜を従えて神社に訪れたのは、これもまた気まぐれ。思いもよらず二人は、静寂の中で舞を堪能することが出来た。
 霊夢いわく、ありがたみが減ったということであったが、照れ隠しにしてはわかり易すぎる言い訳であった。

「今日は良いものを見せてもらったわ。お嬢様は?」
 よほど舞にご熱心だったレミリアは、舞の奉納が済んでからも霊夢をベタ褒めしていた。さながらちょっとしたレクチャーで、霊夢もまんざらではなかったが、何よりもこの従者のしたたか振りもあってのことだろう。
「まだ日も落ちてないしね」
 言葉みじかに答えてから、湯飲みを差し出した。白衣の袖から覗く指を見て、咲夜は一瞬我を忘れた。
「どうしたの。緑茶は口に合わなかったかしら」
 霊夢が不思議がっているのも無理もない。彼女に対して『呆ける』と云う言葉自体、考えが及ばないからである。
 だが実際は、ちゃっかりしている彼女だけに単に隙が出来ただけであって、別段不思議がることではない。それを踏まえても尚、霊夢が問いかけるというのはある意味、希少であるのかも知れないが。
 我に返って湯呑みを受け取ると、いただきますと茶をふくみ、二人は拝殿の縁で休憩にすることにした。

 しばらくの間、二人は空を眺めていた。同じ空から何を感じ取っていたのかははかり知ることはできない。
 巫女はともかく、神社に不釣り合いなメイドが先に口を開く。
「ここには何を祀っているのかしら」
「神様よ」
 そもそも神様が何であるか、メイドは巫女のやっていることを真似ればわかるのだろうかと、苦笑いした。その心を知ってか知らずか、巫女はメイドに最中を勧めた。
 一つしかない最中を勧められ、咲夜はナイフで半分に分けようとしたが霊夢に制止させられる。
 訝しんでいると、霊夢は最中を手で半分に割って、先にその一方を口に放り込む。咲夜もそれに倣った。
 そして瀟洒なメイドは、巫女というクラスに転職は向かないと悟らされた。すべての巫女が霊夢を基準にしていたら、それはそれで慢性的に人材が枯渇し続けることを意味する。
 つまり、霊夢の場合は一線を画しているので、咲夜の憂慮は取り越し苦労なのだが。
「能書きが大切なこともそりゃあるけどね」
「お嬢様に変なこと吹き込まないでよ?」
 掃除係風情とはいえ、人間のことについては教育係でもある。そうでなくともレミリアの知識欲は旺盛で、咲夜が驚かされるのは希ではない。

 休憩が本格的な日和見になりかけた頃、夕陽に照らし出された山並みが真っ赤に燃えているようだった。
「あら、二人ともこんなところでさぼってる」
「申し訳ありません。お嬢様」
 赤く染まった日傘をくるくると回しながら、レミリアは玉砂利をならす。咲夜は駆け寄って傘を持つと、レミリアと再び霊夢の横にまでやってきた。
 翼を軽くはためかせてさっきまで咲夜のいた場所にレミリアが陣取った。
「なんだか紅魔館のようね」
「さながら流血の惨事か」
 物騒なものの例えに咲夜の視線が刺さるものの、当人同士はごく自然なそぶりである。器の大小の問題なのだろうか。
「境内には紅葉するような木がないからなぁ」
 霊夢が残念がっていると、咲夜はありますよと答えた。差した指の先にあるのは霊夢。
「私?」
「なるほど、紅白だし紅葉と言えなくもないわね」
 レミリアが感心する中、咲夜は昼間見た舞の型を霊夢に要求する。渋々ながら、レミリアの期待があっては断り切れなかった。
「こう?」
 鳥の羽ばたきを彷彿とさせる、しなやかな腕のモーション。動きの止まるところでぱっと開いた掌は、赤い光を受けて紅葉のそれに見えた。
「これはこれで」
「おいおい、八重歯が見えてるってば!」
「お食事には早いですから食前酒ということで」
 嫌な笑みを浮かべる二人に霊夢は身震いした。
「今日は完食できそうな気がするわ」
「それは巫女に感謝しなければいけませんわね」
「私は明日の用事を思い出した!」
 笑い声の響く拝殿を背にして霊夢は駆けだした。
 吸血鬼と従者は、昼間の余韻にしばらくふけってから夜の静寂に消えていった。


 何気ない日常的なものを意識してみました。
 宴会オチは避けたかったのもあり、紅魔館の二人が暗躍するようなイメージで括ってあります。
 「ふっ」とあらわれて、同じように去っていく。ライトな関係?そんな感じです。
軍司
http://www32.ocn.ne.jp/~inu/
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最新
投稿日時:
2005/10/15 09:41:12
更新日時:
2005/10/18 00:41:12
評価:
25/26
POINT:
132
Rate:
1.21
1. 3 おやつ ■2005/10/19 01:53:52
ある日の1コマ。
終わること無い常日頃。
そこに価値を見出し特別な位置におけたら、それは年を取ったということなんでしょうか……
なんとなく、そんなことを考えさせられました。
2. 7 MIM.E ■2005/10/19 19:11:35
難解な文章かと思いましたが繰り返し読めば私のとても好きな情景でありました。
特に最後の霊夢の舞いはアイデアの勝利。静かで美しい時を幻視しました。
3. 5 床間たろひ ■2005/10/19 23:39:04
霊夢の奉納の舞、見てみたかったなぁ
何気ない日常、それはそれでらしいですね
4. 7 匿名 ■2005/10/20 03:02:59
良い肴になりそうです。
5. 6 Q-turn ■2005/10/21 00:55:45
>うすい羽音を立てながら飛び交う様は弾幕。

あえてこの一文を。その心は一を持って十を納得する。
この三人らしいような、そうでもないような、不思議なお話でした。
6. 7 papa ■2005/10/21 15:54:54
紅葉のような舞・・・。
お題の使い方がうまいなぁと思いました。
最後の紅魔組二人もかっこいいです。
7. 3 es-cape ■2005/10/22 00:37:08
まったり。
良い感じの雰囲気物ですね。
でもそれだけに、『ちゃっかりしている彼女だけに〜』や『すべての巫女が霊夢を〜』周辺などなどで理論の流れが良く分からなくて、雰囲気にのりきれず残念。
8. 3 一之瀬翔弥 ■2005/10/22 23:03:00
さっぱりした読感ですが、それだけに印象は希薄かなぁ…。
でも、スルリと読めるリズムがいい雰囲気。
確かに日常な印象ですね。
9. 6 SSを書き損ねる程度の能力 ■2005/10/23 23:08:36
くっつくでも離れるでもない、ヤマアラシコンプレックスを乗り越えた適度にドライな関係。
こういう関係って結構書きにくいのですが……。
話の流れも巧くまとまっていると思います。
10. 5 Tomo ■2005/10/24 12:04:05
起伏がほとんど無く、文章自体も短いのに、すごく不思議な余韻を残す作品でした。何度も読み返してみたりして、でもよく分からないところもありました。雰囲気がいいのでコインいっこ。
11. 7 ■2005/10/24 12:22:32
紅魔側二人の、夜の一族らしい「静かで鋭い視線」がいい感じでした。
12. 5 藤村りゅ ■2005/10/24 15:22:03
 良く出来た普通のお話でした。
 ただ短いと感じてしまうのは、やはりこの先に続きがあるべきだろうと思っているせいなのかもしれません。
13. 6 ABYSS ■2005/10/24 19:45:08
うん。まったり、ゆったり、良いです。霊夢の舞は稀少品のような気がしますが。あ、だからレミリア様が気に入ったのか。
14. 3 木村圭 ■2005/10/25 21:56:56
まったり。
高い高い空を見上げるのは気分が良いものですが、これ以上無いほどの綺麗さを伴っていないと心に何かを刻むのは難しいと思います。
霊夢の舞……そういえば霊夢って巫女だったんですね(マテ
15. 3 ■2005/10/25 22:41:13
全体的に、もう少し場面の説明が欲しかったかもしれません。
16. 7 世界爺 ■2005/10/26 00:36:13
そういえば、近くの神社で例祭をやることを思い出しました。
神楽舞い、生きてる間に一度は見たいなあ。霊夢のならなおさら。

ともあれ、雰囲気重視の作品は言葉で誉めるのは酷く難しいですね。
だから、「良い」とだけ。むう、申し訳なき次第。
17. 2 風雅 ■2005/10/28 14:06:03
えーっと、とりあえず幾つか気になった点を。

>さながらちょっとしたレクチャーで、

 
レクチャー……レクチャー?
……ごめんなさい、何を教えたのか分からないです。

>白衣の袖から覗く指を見て、咲夜は一瞬我を忘れた。

何故我を忘れたのでしょう?
ちょっと理由が理解できませんでした。

単なる読解力不足だったらマジごめんなさい。
色々言いましたが、直接紅葉を出さずにお題をこなしているのは一捻りできているな、と感じました。
18. 6 偽書 ■2005/10/28 16:33:31
その、何気なさが見事。
19. 6 名無しでごめん ■2005/10/28 20:18:33
情景の描写がお見事です。
冒頭のゆったり加減と、茶を飲む霊夢がなんとも心地良い。
メッセージにある狙い通りを、上手く表現されていると思います。
20. 6 弥生月文 ■2005/10/28 22:41:08
『何気ない日常』はよく表されていると思いましたが、それ故にお話としては起伏に乏しいのが難。
こればっかりはどうしようもないジレンマでしょうかねえ……
21. 7 IC ■2005/10/28 23:11:39
日常と非日常がまじって、ほのぼのともまったりとも違うこの間隔をなんと言えばいいんでしょうか。
一つ間違いないのは、こういうのは大好きだという気持ちです。
22. 5 ななし ■2005/10/28 23:11:48
すみません、コメント間に合いません。
23. 4 七死 ■2005/10/28 23:17:09
吸血鬼に懸想されるってのも大変だ。
まあ悪魔は執念深いだろうから。

もう少し紅葉と主題を混ぜてもよかったかも。
文章の起承転結が弱いのも、今後の改善点かと。
24. 8 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:33:23
ちょっぴり意外な3ショット。日常の一コマな感じですね。
ナイフを止めて自分の手で最中をちぎる霊夢、なんだかすごく「らしい」です。
25. 5 K.M ■2005/10/28 23:53:18
まさに悪魔的なお嬢様と従者ですね
26. フリーレス 軍司 ■2005/10/30 01:26:49
 コメントしづらいものにありがとうございます(^^
 気軽に読み流してもらいたいと思うのが一番でしたし、起伏に富んだ作品は他の方に託した!=■●_バタリ……みたいな?
 いえいえ。今後の課題として皆様のコメント、有難くいただきます。
>レクチャー
 悪魔で、吸血鬼で、お嬢様で、とにかくレミリアの常識は人間のそれとはかけ離れていることでしょう。何気ない仕草の一つでもしようものなら、質問攻めにされること間違いないと思うのであります。
 なんだかんだと屁理屈を並び立てたがるのが人間です。「能書きが大切なこともそりゃあるけどね」建前とホンネ。果たしてレミリアは正しく理解できるのでしょうか。
>白衣の袖から覗く指
 (苦笑)所詮どうあがいても霊夢でしたか(^^; これは個人的なフェチ故、理解しがたく思われても無理はありません。シワ一つない装束から指先だけ覗かせる。本人は意図しなくとも高度な技術がっ!嘘です。咲夜ですらみとれていたくらいってのを強調しきれなかったというオチ。精進いたします。
>シャクの長さ
 自分の技術ではこれ以上書くのは無粋にあたります。言い訳といえばそれまでです。テーマがある以上、それをいかに調理するかに尽きるかと思いますが文章の起承転結が弱いのは基本ができていないというか、質に妥協することなく数をこなしたい考えです。何事もやってみないことには次の課題が見えてこないということを再認識しました。
>ちゃっかりメイド、楽園のすてきな巫女
 ごめんなさい。お気づきかも知れませんが、咲夜にしても「咲夜」だったり「メイド」だったり呼称をころころ変えてます。さらにご指摘いただいた箇所は妄想めいて、本末転倒気味にクドさみたいなものが全面に。バランスに注意します。ありがとうございます。
>ヤマアラシ
 ホントに。お節介も度が過ぎれば勘ぐられる。この話は、夏コミに買った本にあった霊夢の台詞のくだりに感銘を受けた部分が多々あります。
>暗躍
 文花帖のスカーレット姉妹。あれはなかなか新鮮みというか。切っても切れないシャープな関係。確執がっ!かくしつー。
>タイトル
 天高く、に続く言葉。つまり食欲の秋。紅葉より霊夢。
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