そして世界は秋に染まる。

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/16 05:09:37 更新日時: 2005/10/18 20:09:37 評価: 27/27 POINT: 192 Rate: 1.55


0

 
 ある夏の終わり頃。
 外の世界と同様に、ここ幻想郷も残暑の日々に悩まされていた。
 必要以上に高い温度と湿度は人々その他からやる気を奪い……幻想郷全体をダレた空気が包み込んでいた。
 それはある湖でも例外ではなかった。
「暑い……」
 もう数十回目となる夏の定例句を呟きながら、その妖精はふらふらと空を飛んでいた。
 氷の妖精……チルノだ。
 いつもの彼女なら、湖の近くを通るやる気の無い人間や妖怪達に悪戯をするのだが……最近の彼女はテンションが下がっていた。
 その理由はある人間の魔法使いにあった。夏の暑い中でも黒い格好をし続けているその人間に、チルノは天然のクーラーとして利用され続けていたのだ。
 始めの内は寒がる人間の姿を見て楽しんでいたチルノだったが、対する人間は時間の経過と共にリラックスしていった。その姿を見ながら、段々と自分が利用されているのではないかと考え出し……つい先日隙を見て逃げてきたのだった。
「暑い……」
 その後、予想していた人間の魔の手第二弾は無く……チルノは何をする事も無くふらふらと空を飛んでいた。

 しかし、暑い。もう熱いと言っても過言ではない程だった。いくらチルノが体から冷気を発しているとしても、この暑さの前では冷気が相殺され、過剰分の熱が体に付き刺さってくる程だった。
 見上げる太陽は高々と輝き続けていて……堪らずチルノは日陰へと向かい高度を下げた。直射日光を浴びないだけまだ少しは涼しいだろう。
 ふらふらと木々の陰に入ると、溜め息を付きつつ羽根を休める事にした。
「全く、暑いわ……」
 文句を垂らしても気温は下がらない。その上、飛んでいる時は遠くに感じていた虫の大合唱が近くから響き、羽根を休めようにも休める事が出来なかった。
 腹いせに近くの木々に氷の塊を投げつけつつ……チルノはある事を思いついた。
「そうよ! あたいがこの夏を終わらせて、秋を呼べば良いんだわ!」
 今まで考え付かなかった斬新なアイディアである。それと同時にある妖怪の顔が浮ぶが……どうせ寝てるだろうし無視した。
 そうと決めると、チルノは再び直射日光照りつける空へと飛び上がった。
 飛び上がって……
「……でも、どうすれば夏を終わらせられるのかしら?」
 計画も何も、その小さな妖精の中には存在しなかった。


1


 その日、上白沢・慧音は森の中に居た。里の外へと果物を取りに出た子供達を護る為にだ。
 だが、湿気の充満している森の中は不快度数が高い。しかも果物の腐敗も早い為……思った以上に果物集めは不調だった。
 鳴り響く虫のオーケストラが自分達をあざ笑っているかのように聴こえて来る。
「こう暑くては仕方ないか……」
 呟きつつも、慧音は辺りに視線を巡らす事は怠らない。
 この暑さで大概の妖怪は動こうとしないが、腹が減っているのなら話は別である。抵抗する力の無い子供しか居ない今、慧音はいつも以上に気を張っていた。
「ん?」
 不意に、その頬を冷たい風が撫でた。涼しい……のでは無い。明らかに冷気を含んだ風だった。 
 蒸し暑さの中で感じた不自然な風に、慧音は意識を切り替えた。風の吹いてきた先へと鋭い視線を向ける。
 見れば……木々の奥に何やら青色の存在が浮いているのが見えた。
 不安定に漂うソレの背は小さく、背には羽根……恐らくは妖精だろうと慧音は判断する。しかし、か弱い子供達には例え妖精でも脅威になる。
 視線をそのままに、慧音は最年長の少年に声を掛けた。
「一旦里に戻ろう。みんなを集めてきて」
 慧音の言葉に頷くと、少年は小さな声で子供達に指示を出し始めた。子供心に、慧音の雰囲気の違いに気付いたのだろう。
 その様子を感じつつ……慧音は視線の先に居る妖精の動きを読もうとしていた。
 他の妖怪や人間に追われている様子でもなければ、何処かへと移動しようとしているワケでもない。ただ、空に浮びながら両腕を体の正面にぴんと伸ばしていた。
 一体何をやっているのかと考えるが……相手は所詮妖精。人間の考えが及ぶモノではないだろう。
 子供達が集まったのを確認すると、妖精を含む周囲を確認しつつ……慧音達は里へと戻っていった。

 子供達を里まで送り届けると、早々とした帰宅の為か大人達に驚かれた。
 慧音は先の妖精の事を説明し、
「一応もう一度調べてきます」
 里の外へと踵を返した。そのまま里を出ようとし……その背に声が掛かった。
「慧音お姉ちゃん、気をつけてね」
 振り向けば、最年長の少年が心配そうな瞳を持って立っていた。
「大丈夫。すぐに戻るから」
 微笑んで言い、少年の頭を優しく撫でる。少しの間その黒い髪の感触を感じて……ゆっくりと手を離す。
「行ってくるね」
 見上げてくる少年を安心させるように微笑みを強くして、慧音は少年に背を向けた。
 ……行こう。
 浮んだ思いに従うように、慧音は静かに駆け出した。背中に聞こえる少年……そして里のみんなの声援を力強く感じながら。

 一直線に森の中を走り抜け、数刻前の場所へと戻りつく。
 妖精は先程と同じ場所に漂っていた。しかし、伸ばされていた腕は下ろされ、何やら肩で息をしているようにも見える。同時に、遠くからでも感じていた冷気を今は感じる事が出来なかった。 
 何をしているかが解らない為、近付く事も出来ない。息を潜めながら慧音は妖精の動きを監視し続けた。
 暫くして……慧音が額の汗を何度か拭った頃、妖精は再び両腕を正面に伸ばし冷気を発し始めた。
 汗で濡れた体が、漂ってくる冷気によって冷やされる。小さく身震いをしつつ……慧音は考える。
 あの妖精が冷気を操る事が出来るのは解った。しかし、見た所冷気によって森を凍らせているワケではない。では、一体あの妖精はこんな森の中で何を冷やしているというのか。
 見ているだけでは解らないが……もしその理由が里のみんなにとって危険なモノなら、全力を持って止めなくてはいけない。
 しかし相手は妖精である。そんな危険な事は出来ないだろうとも考えられた。
「……」
 判断しかねる状況に、慧音は妖精の様子を監視し続ける事にした。

……
 
 一晩が経ち、二日目になり、三日を迎えて四日になる。五日六日と日は流れ、七日を過ぎて……あっという間に一週間が過ぎた。
 その間、妖精にこれといった変化は無かった。慧音は朝晩決まった時間にしか監視に来る事が出来なかったが、日々変わる事無く妖精は同じ場所に留まり続けていた。
 妖精の行動にも変化は無かった。毎日同じように両腕を伸ばして冷気を発し……恐らく疲れると、腕を下ろして冷気を出すのを止める。そんな事を飽きる事無く繰り返していた。
 だが、確実に変化しているモノもあった。  
 妖精を中心とした木々達が、段々と色付き始めてきたのだ。強い日差しは元より、朝も夜も浴びせられ続ける妖精の冷気によって紅葉が異常に早まったのだろう。
 とはいえそれだけの事だ。大きく広がる森のほんの一角……その色が変わっただけの事に過ぎない。
 ……一体あの妖精は何を考えているんだろうか。
 イレギュラーな紅葉と妖精、そしていつも通りの緑を見つつ、心の中で慧音は呟いた。


2


 チルノは頑張っていた。
 
 夏を終わらせる為、チルノは子供なりに様々な事を考え……ある方法を思いついた。
 そしてそれを実行する為に森へと入り……今日も木々を凍らせない程度に冷気をコントロールしつつ、暑くなった大気を冷やしていたのだった。
 しかし、いくら冷気を操る氷の妖精だとはいえど、力を使い続けていれば疲弊する。その為、疲れてきたら休み、楽になってきたらまた力を使う……という事を一日中繰り返していた。
 その甲斐あってか、毎日少しずつ木々の色が変化していった。
 その事に調子を良くしたチルノは、今日もまた冷気を森に振りまいていた。

 いつも以上に無理をしながら。

……

 太陽が一番高くなった頃、不意にチルノの視線が揺れた。
「ん……?」
 強い風でも吹いたのかと思い、木々を見る。しかしその葉は揺れていなかった。
「あ、れ?」
 ワケが解らないと、少し抜けた声を上げる。
 ぐらぐらと世界が揺れる感覚。
 実際は自分自身が揺れているという事に気付かないまま……チルノはふらふらと地面に落下した。
 どこか遠くから誰かの声が聞こえたような気がするが、反応しようにも体が動かない。
「あれれ……?」
 情けない声を上げながら……自分がまるで主人を無くした人形のように、地面に横たわっている事にチルノは気がついた。力を使い過ぎてしまったのか、思ったように体に力が入らない。
 そんな自分に怒りがこみ上げてくるが、どうする事も出来ない。一つ溜め息を付いて、目を瞑りながらチルノは体の力を抜いた。
 と、
「どうしたんだ?」
 頭上から声が落ちてきた。
 突然の事に慌てて目を開くと、チルノの顔を覗き込むようにして女が立っていた。紫の服を着、銀色の髪を垂れないように耳の脇で押さえつつ……人間だろうその女は上からチルノに聞いてきた。
「突然倒れたから声を掛けてしまったが……一体お前は何をしていたんだ?」 
「別に、アンタには関係ないわ」
 体に力は入らないが、不機嫌な声は出せた。それに、人間が居ては休もうにも休んでいられなくなる。どうやって嫌がらせ……もとい追い払おうかと、チルノは思考を働かせ始めた。
 だが、人間は関心がないかのように、
「そうか」
 と呟き、チルノの視界から消えた。しかしそのまま姿を消すワケではなく、声はチルノから見えない位置から聞こえて来た。
「何をしているのかは解らないが、もしそれが里の人間に危害が加わるような事なら……私は容赦しないからな」
「なっ……!」
 威圧的なその言葉にチルノの怒りが高まっていく。膨れ上がった怒りをバネにするように飛び上がると、人間に向かって視線を向け……
「このッ……って、あれ?」
 居ない。
 ぐるりと見渡してみても、そこに人間の姿は見えなかった。
 予想外の事態に、怒りが空気を抜くように萎んでいく。同時に体もゆっくりと地面へと落ちていった。
 ぺたりと座り込むと、そのまま地面に背をつける。先程の人間がどこに消えたかは解らなかったが、探す気力も体力も今のチルノには残っていなかった。
「はぁ……」
 なんだか、疲れがどっと押し寄せてきた。
 五月蝿く感じていた虫の音が、今だけは何故か遠くから響いているように聞こえてくる。
 半ば無意識に目を閉じ……そのままチルノは眠りへと落ちていった。
 

3


 次の日。
 慧音は妖精の様子を見に森の中へと入っていた。
 昨日、妖精に近付いてみても、特別に変わったモノを冷やしているようには見えなかった。なので取り敢えず注意だけをして里へと戻った慧音だったが……肝心の理由をまだ聞いていなかった。それを確認する為に今日はやって来たのだ。
「まぁ、流石にもう居ないかもしれないが……」
 一人呟きつつ、汗を拭いながら森の奥へと進んでいく。
 そして……いつもの場所に辿り着く。そこには、昨日と少しだけ動いた場所に、昨日と同じようにして妖精が冷気を発していた。
「まだやっていたのか……」
 思わず、思いが口に出てしまっていた。
 その声に気がついたのか、妖精がこちらへと視線を向けてきた。
「何よ」
「お前の監視だ。何をやっているのかが解らない以上はな」
「別に人間に迷惑を掛けるような事なんてしてないわ!」
 拗ねたように言い放ち、妖精はまた今までと同じように両腕を伸ばして冷気を発しだした。
「全く……」
 少々呆れつつも、慧音はいつものように妖精の行動の監視を始めた。
 やはり今日も妖精の行動はいつも通りで、木々の間に飛びながら冷気を発生させ続けていた。その為、妖精の周りの温度は極端に低い。妹紅から借りてきたマフラーを一応首に巻きつつ、まるで妖精の周りだけ夏が終わってしまったかのようだと慧音は思う。もし空から森を眺めたなら、この一角だけは切り取られたかのように色が違って見えるだろう。
 だからこそ、慧音は妖精が何故こんな事をしているのかが気になった。
 人間に危害が及ばないとハッキリするのなら、妹紅や里のみんなを連れて一足早い紅葉狩りをする事だって出来るだろうからだ。
 もう一度理由を聞こうと口を開き……
「なぁ……」
「アンタには関係無いわ」
 妖精の声が飛んできた。
 だが、それを無視しつつ慧音は続ける。
「お前が答えてくれるなら、私もお前を監視するか否かを決める事が出来るんだが」
「だから、アンタには関係無い。それに、あたいは人間をどうこうしようって考えてるワケじゃないわ。解ったらさっさと帰ったら?」
「……お前の行っている事の理由が解ればすぐに帰る」
「だーかーらー、アンタには関係無い」
 まるで禅問答である。しかし、妖精の行為の理由が解らない以上、妖精の言葉を鵜呑みにする事は出来ない。
 この頑固な妖精をどうしたものかと考えながら、慧音の一日は過ぎていった。  

 妖精との禅問答はその後も暫くの間続き……ある満月の夜、唐突に終わりを告げた。

……
 
 ワーハクタクである慧音は、白沢時には幻想郷の全ての知識を持つ。それは、自然そのものである妖精の行動理由をも網羅するモノだった。
 月光に照らされた夜の森の中、白沢の姿で慧音は妖精……チルノという名の少女の前へと姿を出した。
「またアンタ……って、何その角」
「私の事を人間だと思っていたのかもしれないが、私はワーハクタクなんだ。だから、満月の夜にはこうして白沢の姿になれる」
「ふぅん……」
 興味があるようで……しかし明後日の方向を向くと、チルノはいつもと同じように冷気を発し続けた。
 その動きを止めるように、慧音は言い放つ。
「夏を終わらせ、秋を呼ぼうとしていたのか」
「?!」
 慧音の言葉と同時に、チルノが弾かれるようにしてこちらを向いた。
 その顔には明らかな驚きの色。
「なんでその事を?!」
 飛び掛らん勢いで聞いてくるチルノを抑えつつ、慧音は答える。
「今の私は幻想郷に存在する全ての知識を持つ。それは妖精であるお前の事も例外じゃないんだ。だが、何故こんな事をしていたんだ?」
 例えチルノが行っていた行動の理由が解っても、その心情までは知る事が出来ない。
 とはいえ、氷の妖精が暑い夏を……まだ続くであろう残暑を嫌うのは解る。だが、時が経てば秋は勝手にやって来るのだ。一体何を考えての事なのか。
 誰にも話していないであろう事を言われたせいか、俯きながらチルノは悩み……そして、拗ねたように唇を尖らせながら小さく口を開いた。
「秋には温度が下がって寒くなる。そうするとこの辺りの森は、いつも紅葉に染まるから……だから、この森を紅葉させれば秋が来るんじゃないかって考えたの」
「……それでこの森を冷やしていたのか?」
「そうよ」
 チルノの考えは常識とは逆のモノだった。本来なら、季節の変化による気温の低下によって引き起こされる紅葉を、紅葉を作り出せば気温が下がり季節が変化するモノだとして考えているのだ。
 まるで子供の考える事のようで……だからこそ彼女はこんなにも真剣になれるのだろう。
「つまり、アンタの監視なんて意味が無いの。あたいは秋を呼ぼうとしているだけなんだから」
 最後にそう言うと、チルノは再び冷気を発し始めた。
 その様子を眺めつつ……目の前の小さな妖精に、秋を呼ぶ事など出来ないと教えた方が良いかどうかを悩む。
 このまま勘違いをさせておくより、今の時点でチルノに真実を教えた方が良いのだろう。しかし……純粋に頑張るその姿に、真実という残酷な刃を向ける事が慧音には出来そうになかった。 
 溜め息を一つ吐き、
「解った。でも、時折様子を見に来るよ。私も早く秋が来て欲しいから」
 微笑みつつ言い、慧音はその場を後にする事にした。
 チルノに背を向けて歩き出し……背中から声が来た。
「見てなさいよ! もっともっと頑張って、あたいがすぐにでも秋を呼んでやるんだから!」
 振り向くと、慧音の事を指差しながら断言するチルノの姿があった。
 その姿を微笑ましく思いつつ……信じていると告げるように、慧音は確りと頷き返した。


4


 ある昼下がり。
 紅魔館へと向かいながら、普通の魔法使いはふらりと空を飛んでいた。
「ん?」
 その途中、人間の里に程近い森の上空で、魔理沙は飛ぶ速度を落とした。眼下へと視線を落しつつ、
「あれは……まだ残暑真っ盛りなのに紅葉してるのか?」
 呟きながら高度を落とし、森の中へと降り立った。
 そして見上げれば……そこには秋の世界が広がっていた。
「これは凄いな……。一体どうなってるんだ?」
 見た所魔法の類ではなく、完全に木々が紅葉していた。それに、紅葉が広がっている一帯だけ温度が低い。
「これは謎だぜ。まぁ、危険は無さそう……ん?」
 一瞬、視界の外れに青い色が映ったように見えた。それは、夏の途中に有効利用しつつも逃げられた妖精に似て……
「まさかな」
 いつも湖に居る妖精がこんな所にいるハズも無いだろう。
「でも、本当にこれはどうなってるんだ……?」
 呟きつつ、紅葉した木を触ってみたり落ちてきていた楓の葉を弄んでみたり。魔理沙は暫く間紅葉の下を歩き回り……しかしその原因は解らなかった。
「……アイツに聞いてみるか」
 溜め息と同時に言うと、魔理沙は箒へと跨った。
 ふわりと上昇すると、本来の目的であった紅魔館へと飛んでいく。

 森を越えて湖を抜け……紅魔館が目の前に迫った所で声が掛かった。
「ここから先には……って、あんたか」
「よう門番」
「紅・美鈴です」
「ああ、そうだったな。悪いな中国」
「……このッ……!」
 拳を握り、体を震わせ始めた中国……もとい美鈴に冗談だ、と謝りつつ、何事もなかったかのように紅魔館へと進んでいく。
「あ、ちょ、待て! 今日は一体何の用なのよ?」
 箒を降りつつ、追いついてきた美鈴に事情を説明する。遠目に見える森を指差し……
「ほら、あの森。ほんの一部だが色が違うだろ?」
「あ、そう言われれば」
 この紅魔館からでは、意識して見ない限り気付かない程に紅葉している部分は少なかった。そこを指差しつつ魔理沙は説明を続ける。
「ここに来る途中に見てきたんだが、あの部分だけ紅葉が始まってるんだ」
「また誰かの魔法や妖術じゃないの?」
「いや、一応調べたが……魔法などの類じゃなく、あの部分だけに秋が来たような感じだったぜ」
「へぇー」
 感心するように頷いている美鈴を背に、魔理沙は紅魔館の玄関へと歩き出しつつ続ける。
「だから、パチュリーに何か解りそうか聞いてみようと思ってな」
「そうだったの。って、人を置いて歩き出すな!」
「人なのか?」
「一々揚げ足を取るな。で……パチュリー様なら、そろそろお茶のお時間なので茶室にいらっしゃるハズです。くれぐれも図書館に行って本を盗んだりしないように」
 ずんずん進んでいく魔理沙を止めても無駄だと判断したのか、半ば諦めの入った美鈴の声が魔理沙の背中に届いた。
 一応今回は図書室に行かないでやるか……声を聞きつつそんな事を考え、魔理沙は美鈴へと言葉を返す。
「ありがとな、中国」
「だから、紅・美鈴!!」
 紅い屋敷の入り口で、門番の少女の声が大きく響いた。


5


 時は普通の魔法使いが飛び立った後へと遡る。 

……
 
 木の陰に隠れながら、チルノはゆっくりと息を吐いた。
「危なかった……」
 もう少しで見つかる所だった。また見つかって捕まってしまったら、秋を呼ぶ事が出来なくなってしまう。
 ギリギリで隠れられた事を幸運に思いながら、チルノは両腕を伸ばした。
 今朝もやってきた人間……慧音から、ある程度の時間森を冷やしたら少し移動し、場所をずらして冷やした方が効率が良いと教えられた。必要以上に冷やし過ぎてしまっては、葉が枯れ落ちてしまうのが早まるだろうからだ。
 その事を思い出しつつ場所を調整し、チルノは森を冷やし始めた。

 誰の邪魔も入らずに三時間程経った頃。
 休憩を始めたチルノの近くに、またも上空から来客があった。
 魔法使いが戻ってきたのかと思い、チルノは逃げようとし……それが紅白色の巫女だという事に気付く。相手が巫女なら逃げる事もないだろうと判断して、彼女は体の緊張を解いた。
 と、チルノに気付いた巫女が声を掛けて来た。
「アンタ何やってるの?」
「休憩よ」
「こんな所で? まぁ良いけど……」
 あまり興味が無い風に呟くと、巫女はチルノの周りに広がった紅葉へと視線を移した。
 一通り見て回ると、巫女が小さく呟く。
「でも、何でここだけ紅葉してるのかしら」
 その呟きに、チルノはこみ上げて来る笑みを耐える事無く巫女へと向けた。そのまま巫女の正面へと飛び上がると、満面の笑みの元に宣言する。
「聞いて驚きな! この秋はあたいが呼んだんだから!!」
 小さな胸を張り、チルノは上機嫌で言葉を続ける。
「そして、このままの調子ですぐにでも夏を終わらせてやるんだから!」
 だが、森に響く声で宣言したチルノに帰って来たのは、呆れた色を持つ巫女の声だった。 
「……何言ってるの。凍らせる事しか出来ないアンタにそんな事出来るワケないじゃない」 
「う、嘘じゃないわ!!」
「嘘よ嘘。どうせこの紅葉を見て、また何か悪戯でも考え付いたんでしょ?」
「だから嘘じゃない!!」
 腹の底からチルノが叫ぶ。森の中、先程とは打って変わった妖精の叫び声が響いた。
 対する巫女は、もはや興味が無さそうな顔をしていた。 

 どれだけ説明しても、紅白な巫女はチルノの言い分を信じようとはしなかった。
 それはこの紅葉を見に来たどの人間も、
「この秋はあたいが呼んだんだから!!」
「巫山戯た事を言っていると蛙に喰べさせるわよ? さ、行きましょうかお嬢様」

 どの妖怪も、
「この秋はあたいが……!!」
「記事になりそうなのでやって来ましたが……貴女の嘘を新聞に載せる事は出来ませんね」

 どの幽霊も、
「この秋は……!!」
「嘘は吐かないで。って、幽々子様、まだ焼き芋の時期には早いですから!!」

「……」

 誰も彼も同じ事だった。
 どんなにチルノが叫んでも、彼女達に真実は伝わらない。
「あたいが……あたいがこの秋を呼んだのに!!」
 瞳に涙を浮かべながら、チルノは叫び続けた。


6


 空に月が輝く頃。
 木々の間に隠れるようにしながら、小さな妖精は一人で泣いていた。
 毎日毎日、夏を終わらせようと頑張ってきたのだ。それなのに誰にも信じてもらえない。
 つい先程再び戻って来た黒い服の魔法使いとその仲間達は、この紅葉を突然変異か何かだと言い切って帰っていった。
 文句を言い返してやりたかったが……もう否定されるのが嫌で、チルノは隠れたままで居た。
 森の中、妖精の小さな泣き声と、出番を勘違いした秋の虫の音が響く。

……

 不意に、無言でチルノが立ち上がった。ゆっくりとした動作でその両腕を体の正面に伸ばす。
 そして、
「……こんなもの……枯れちゃえば良いんだ……!!」
 強く叫び、チルノは周囲の木々を多い尽くさん限りの冷気を張った。このまま力を強めれば、紅葉した木々の葉などすぐに落す事が出来るだろう。
 信じてもらえないのなら、無かった事にすれば良い。
「ッ!」
 服で涙を乱暴に拭い、力を強めようとして……
「馬鹿、止めろ!」
 叫びが聞こえたのだろうか。森の奥から慧音の声が聞こえてきた。だが、チルノは慧音の方には視線を向けず、それに抗うように叫ぶ。
「止めないでよ!!」
「折角頑張ってきたのに、何を考えてるんだ!」
 止めようとする慧音に対し、胸に溜まったモノを吐き出すように強く、叫ぶ。
「誰も……誰もあたいが頑張った事を信じてくれないんだから! だったらこんなもの枯らしちゃえば良いのよ!」
「だからって……!」
「だからも何も無い!!」
 小さな妖精の慟哭が夜の森に響き、また溢れ出してきた涙が彼女の視界を歪ませる。
 チルノはそれに構う事無く力を強め……
「あら、貴方がこの紅葉を作り出したの?」
 そこに突然、慧音のものとは違う声が乱入して来た。
「そうよ! ……って、誰?」
 突然の乱入者の登場にチルノは力を緩めた。その視線の先に現れたのは、今までに見た事が無い少女だったからだ。その少女は長い髪の頭にリボンを付け、色あせた白いシャツに赤いサスペンダーで吊った同色のズボンを穿いていた。
 少女は自分の事を藤原・妹紅だと名乗ると、先程と同じ質問を繰り返した。
「で、貴方がこの紅葉を作り出したの?」
「そうよ。でも……」
 どうせアンタも信じないんでしょう……そう言いかけた言葉は、妹紅の言葉によって塞がれた。
「凄いわね。慧音から話は聞いていたけど、まさか本当に貴女のような小さな子が作り出したなんて……」
「……褒めてるの?」
「褒めてるのよ」
 微笑みつつ、手に持ったマフラーを首に巻きながら妹紅は続ける。
「この場所に来るまではずっと暑かったけど、ここに来たら急に涼し……ちょっと寒くなった。それも貴女の力なんでしょう?」
「そ、そうよ! だからあたいは凄いんだから!」
 妹紅の問いかけに、正面に伸ばした手を腰に当て、小さな胸を張りながらチルノは答えた。同時に、寒いと言っていた妹紅の為に周囲の木々に張っていた力を弱める。
 と、慧音の隣に立った妹紅が口を開いた。
「それにしても、一体どうやって紅葉を?」
「それはね……」
 言いつつ、浮んでいた涙を拭う。
 再び妹紅へと向けられた顔には先程までの涙はなく……いつもの笑顔を取り戻した小さな妖精は、誇らしげに説明を始めた。


7

 
 月明かりに照らされた森の中、慧音は木の幹に寄りかかっていた。
 チルノの説明は終わり……今は妹紅に氷細工を作り出してみせていた。山奥で隠れるように暮らしていた妹紅には、妖精の見せる全てが新鮮に映っているだろう。
 その姿を見つつ、妹紅を連れて来て良かったと慧音は感じていた。

 前回の満月の時、悪戯好きのチルノが人妖からあまり好かれていない事を慧音は感じ取っていた。
 慧音達がここに来るまでに何があったのかは解らないが、彼女にとって辛い事があったのは確かなようだ。もしこの場に妹紅が居なかったら、この紅葉は全て枯れ果てていただろう。
 夜の森に妹紅を連れて行くのは危険だが、折角の機会だし連れだそう……そう考えた慧音の判断は間違っていなかったようだった。

……

 微笑む妹紅と、チルノの頬に少しだけ残った涙の後を見ながら思う。
 次の満月の時。人間の為にだけに使ってきた力を、この小さな妖精の為にも使ってあげようかと。
 もしチルノの考え通りの歴史になるならば、彼女は本当に秋を呼ぶ事だって出来るだろうから。
「それが妹紅や里のみんなの笑顔にも繋がるだろうしな」
 微笑みを浮かべて、ワーハクタクの少女は小さく呟いた。


8
 



 そして一ヶ月の時が流れた。




9


 ここ幻想郷は秋に染まっていた。
 ある妖精と妖怪の力により、一足早く秋が訪れたのだ。
 
 そんな中……今日も、満面の笑みで妖精は宣言する。
 自分の事を信じようとしなかった人間や妖怪や幽霊を見返してやるかのように高らかと。
 美しい紅葉に染まった森の中で、小さな妖精の大きな声が響く。
 



「この秋は、あたいが呼んだんだから!!」






end


結構長くなってしまいました。
その上、登場人物達の性格(というか性質)、そして設定が私解釈になっている場所もあります。
その辺はご了承ください。

ですが、こんな作品でも楽しんでいただけたなら幸いです。

宵闇むつき
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/16 05:09:37
更新日時:
2005/10/18 20:09:37
評価:
27/27
POINT:
192
Rate:
1.55
1. 7 流砂 ■2005/10/19 01:48:33
これはいいですね。 落語のようなお話の展開振りが爽快です。
無理にレティと絡めない辺りが更に好印象でした。
2. 5 おやつ ■2005/10/19 02:04:33
秋を呼ぶ氷精とはまた雅な……
動機も手段もチルノっぽくて素敵ですが、文はもう少しチルノの話に興味を持つんじゃないかと思いました。
今はチルノにお疲れ様と言いたいです。
3. 10 アルファ〜 ■2005/10/19 16:10:04
チルノらしさ、が良く出ていると思いました。
一生懸命な彼女が一番ですね。
4. 8 MIM.E ■2005/10/19 19:44:50
読み進めるにつれてジワジワとこみ上げる物がありました。
最後、ケー音の力で秋が早まったのか、みんながチルノを認めたのかが気になりましたが、それでもうれしくなれる話でした。GJ!
5. 6 床間たろひ ■2005/10/19 23:50:40
頑張るチルノは大好きですっ! ただちょっと慧音と妹紅以外がつれない
カンジなのが残念かな。その分チルノの悔しさが伝わって来たのですが、
ちょっと勿体無かったかも。
それでも頑張るチルノは大好きですっ!(しつこい?)
6. 8 月城 可奈女 ■2005/10/20 01:18:34
キャラの選択、お題の使い方、どれも独創的で素晴らしいものでした。チルノの叫びにホロリと来ました、見事です。
7. 6 匿名 ■2005/10/20 03:23:48
どうりで最近風が冷たくなってきたと思ったら……
8. 8 papa ■2005/10/21 15:59:34
チルノの子供っぽさがいい意味で表現されている作品だと思います。
展開もはっきりしていて読みやすいですし。
チルノかわいいよチルノ。

魔理沙の扱いが中途半端だったのが気になりましたが。
9. 7 Q-turn ■2005/10/21 22:39:14
>次の満月の時。人間の為にだけに使ってきた力を、この小さな妖精の為にも使ってあげようかと。

こんな彼女も何処かで見たことがあるような気がするのに、実は自分の記憶には全く無かったという事実。
それくらいに、このお話の少女たちは、心地良かったという事で。
10. 8 一之瀬翔弥 ■2005/10/22 23:05:51
チルノさんが生き生きとしていて、まるでそこにいるかのような印象です。
リズムも、語尾のきり方も手馴れた印象。
キャラの書き分けが、非常に勉強になりました。
私としてはとても楽しかったです。
多謝!!
11. 7 Tomo ■2005/10/24 12:03:34
チルノ可愛い〜。絵本を読んでいるような気分でした。チルノと慧音って対照的な組み合わせですけど、掛け合いがほのぼのしてて良かったです。文章はもう少し削れる部分がありそうな気がします。
12. 10 ■2005/10/24 12:28:02
…一生懸命さがひたすらに愛らしい。純粋な想いがまぶしい。そんな感じです。つまりはチルノ萌え(台無し)
13. 5 藤村りゅ ■2005/10/24 15:22:39
 春を集める亡霊がいるくらいなので、秋を早める妖精がいたとしても不思議じゃないような気もします。
 霊夢辺りが迷惑だとか言って攻撃を仕掛ける方が自然なのかも。
 慧音とチルノの掛け合いは好きですね、お互いが歩み寄る過程が特に。
 また、魔理沙主体の段落は、いっそ切ってしまった方がすっきりしたような。
14. 6 ABYSS ■2005/10/24 19:51:32
チルノが可愛いです。きゃっほう。
15. 3 木村圭 ■2005/10/25 21:56:33
ちょっとチルノが可哀想かなーという気がします。
チルノの説明不足もあるとはいえ、気温が下がっていることとチルノの存在を誰も関連付けられないってのは都合が良すぎるような……。
何はともあれ、チルノの頑張りはステキでした。
16. 9 ■2005/10/25 22:43:31
純粋に面白かったです。
長くても読んでいて飽きがこない、いい話の運び方だと思いました。
そして私はチルノの株が急上昇しました。
17. 9 世界爺 ■2005/10/26 00:36:37
……胸のうちが熱い。
どうしてだろうかと考えて、チルノの振る舞いにあると理解。
どこかずれている他の面々に比して、彼女はあまりにも愚直。
だから、馬鹿だの何だのと言われるのでしょうけれども。

でも、それが逆に。この話ではとても眩しい。
私如きが語るに及ばず。そんな素敵さ。
18. 6 銀の夢 ■2005/10/27 10:14:42
チルノの発想は実に妖精らしいと思います。
私は妖精とは、大部分が現象の具象化された存在と考えます。ならば、結果が引き起こされれば現象が後からついてくる、みたいな発想をしても不思議ではないなと思いました。面白かったです。
19. 6 美鈴まさき ■2005/10/28 03:00:23
 幼いながらもひたむきな努力と、それを見守る優しさと。
 純粋で真剣な想いは、やはり叶って欲しいですね。
20. 7 風雅 ■2005/10/28 14:06:35
発想のチルノっぽさが○。
チルノの素行を知らない慧音だからこそ彼女の言い分を素直に信じられるわけですね。
キャラクター性とテーマの消化が両立できてると思いますよ。
21. 7 偽書 ■2005/10/28 16:34:07
ああ、これはいいチルノだ−。とても素敵なお話しでした。
22. 7 名無しでごめん ■2005/10/28 20:18:55
チルノ愛好家の一人として、そして今回チルノを出せなかったへタレとしてお礼を言いたい。ありがd。
こういう絡ませ方があったかー、と目から鱗。
無茶苦茶だけど、がんばるチルノ可愛いよチルノ。あと、慧音と妹紅が良いお姉さんで素敵。
……リビドー全開の変な感想でごめんなさい。
23. 7 弥生月文 ■2005/10/28 22:42:08
お題の使い方がチルノらしくてよかったです。
ただ、せっかくチルノ&慧音という珍しい組み合わせなのだから、妹紅を絡めずに解決させてほしかったですね。
24. 8 ■2005/10/28 22:55:04
うう、こういう話に弱いんだよな私。ぐっときてしまいましたよ。
チルノがんばれー!
25. 10 IC ■2005/10/28 23:14:15
気の利いたことは言えませんが、それぞれの場面でのチルノの姿が目に浮かんで離れません。
お題の生かし方もよく、物語としてもお題SSとしても、文句なしの満点です。
26. 5 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:33:57
寒さで紅葉を呼び秋を呼ぼうとするチルノ、というのは思いつきませんでした。発想に脱帽。
ちょっと展開が冗長な気もしました。最初のチルノのシーンを削るか中盤の回想にし、読者にもチルノが何をやっているのか分からないようにした方が良かったと思います。
27. 7 K.M ■2005/10/28 23:53:58
冷気を操る妖精に出来ること。それは馬鹿馬鹿しくも偉大なことなんですね。
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