メリンの紅符

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/16 12:26:11 更新日時: 2006/12/15 23:27:11 評価: 25/28 POINT: 161 Rate: 1.43


――日のあたる所に居たいわけじゃない。
  月の美しさを感じたいわけじゃない。
  火の揺らめきも、水のせせらぎも、木々の囁きも、癒されることもない。
  金の硬さも土の柔らかさも心地よいものじゃない。
  ただ単に、陰へ―― 









 夏、子供たちが日向で元気よく遊ぶ時……
少女だけは独り木々の日陰で大人しく座っているだけだった。
それは少女にとって特別な事ではなく日常であり、安らげる生活であった。
少女には友達は居なかった。
決して性格が悪いわけでも、迷惑な子でもない。
ただ、生まれつき病弱だった。
少女は学校に通うことは出来なかったし、満足に運動することも出来なかった。
他の子供と同じ生活が過ごせない以上、
少女から普通の生活を取り除き特別な環境を与える他無かったのである。


いつものように少女は、お気に入りの場所に足を運んで座った。
その大きな木の下でくつろいで本を読む事が日課となっていた。
以前は文字の少ない絵本ばかりだったが今では少し文字の多いものも挑戦している。
どちらかというと物語より、図鑑のようなものの方が好みだったので、それは必要な事だった。
読めない文字にぶつかることも少なくなかったが、
他にやることもない生活のおかげで着実に読み解いていくことができた。
狭い世界しか知らない少女にとって本を読み知識を増やすことは、当然楽しいことだった。

「わたしがいまいるこの木は……カエデ、というのね」

蒼々と繁ったカエデを見上げてそう独りで呟いた。
今まで名前の無かった大きな木に名前が付いた――カエデ。
それだけで自然とその木に親しみが湧いてきた。
少女にとって安らげる唯一の場所はカエデの木の傍なのだ。
家の窮屈なベッドの中とは訳が違う。

と、そうやってまじまじと見つめていたおかげだろうか。
カエデの上に、蒼く、白い、何かがあることに気づいた。
(なんだろう?)
それがカエデの一部では無いことは分かる。
ということは何かが居るのだ、鳥か何かなのだろう。

「鳥さ〜ん、降りてきて〜」

そう思って呼びかけてみた。

ガサガサ

するとソレは少女の目の前に飛び降りてきた。

「……?」

何が起きたのか分からず呆けてしまったのも無理はない。
彼女の目の前に居たのは、
白い羽を持ち、蒼い毛を持ち、美しい体つきをしたヒトだったのだから。

「まさかこんなところにヒトが居るなんて思ってませんでした……失敗〜」

その人の形をした蒼白の鳥?は人語を発した。
なんなんだろう、コレは。

「あなたは……なあに?」

少女は当然の疑問をぶつけた。

「なあに……って物じゃないんですよ……。
 私は名をエル=パムと言います」
「そう、エル=パムさんね。どこに住んでるの?そのハネはなあに?」

そのエル=パムと名乗った鳥は呆れた顔をしてこう答えた。

「……この格好とエルの冠で気づきませんか?私は貴方達の言う天使です」




テンシ。
少女もその言葉は知っていた。
私達を生み出した神様に仕え、清く正しく公平な人間の味方で……。
幼い少女にとって天使のイメージはそう象られていた。
見た目はそのイメージを崩すことなく、蒼と白が生み出す麗しい雰囲気に圧倒された。
ただ、少し……可愛すぎる気がした。

「テンシに会えるなんてすごいわ」

テンシなんて、少女は本で少し見かけたことがあるだけだ。
現実の世界では見たことも、聞いたことも無い。

「そうですね、貴女は天使に会えた貴重な人間でしょう」

テンシはにっこり微笑んでそういったが、すぐに瞼を落とした。

「でも残念ですが、私が飛び去った後に貴女と私は2度と会うことは無いでしょう。
 天使と会った記憶も消されますから、今日のことも思い出すこともありません」
「キオクが……消される……? 忘れちゃうの?」
「ええ、すっぱりと」

なんてもったいない、こんな貴重な体験を忘れるなんて、と少女は悔しくてたまらない。
少女は目の前のテンシの存在には、強く心を躍らされている。
それなのに忘れてしまうなんて事はとても想像できなかった。
でもなんとなく……少女は納得も出来た。
テンシは遠くから人間を見守る存在で、人間からは干渉出来ないことを本で知っていた。
だから少女はその事実をすんなりと冷静に受け止めた。

「ただ、何故貴女はこんなところに居たのですか?
 こんな人気の無いところに、どうして? 友達と遊ばないのですか?」
「だって、私は――」





私は体が弱いから、病気だから、他の子たちと違うから、一緒には居れないの。





天使は心底不思議に思った。
この少女は淡々とその事実を告げてきた。
悲しくないのだろうか? 寂しくないのだろうか?
その疑問を少女にぶつけても首を横に振るだけ。
――ああ、不幸な少女だ。少女が悲しくも寂しくも無いのは当然だ。
なぜなら少女は友達が居たことが無いのだから、その良さを知らないのだ。
人としてその人生は決して幸せとは言えないだろう。
仮にも私は天使なのだから、この少女を救ってやらねばいけないだろう。
少女に友達を作らせるべきなのだが……いかんせんこの辺りには他に子供が居ない。
……ああ、ならば仕方ない。神様、私の行いをどうかお許しください――

「友達、作りましょう? きっと楽しいですよ」
「今のままでじゅうぶんよ。カエデの下で本を読むだけで」
「カエデは貴女の傍に居ても喋りかけてくれません。
 本で知識を得ても、それを試す相手が居ません。
 友達はその足りない部分を補い、貴女を幸せにすることが出来ます」
「カエデはそばにいるだけでおちつくからそれでいいの。
 本で覚えたことは私が覚えていればそれでいいの」
「いいえ、そんなことはありません。
 ……貴女は明日もここに来るのですよね、今日は遅いですからまた明日会いましょう」
「またくるの? テンシさんのこと、わすれちゃうんじゃなかったっけ?」
「特別に、忘れないように魔法をかけますから大丈夫です」

少女はちょっと嬉しくなった。
天使に会えたことは嬉しかったが、忘れてしまうと聞いて興味が削がれてしまっていたのだ。
しかし忘れないなら話は変わってくる。
貴重な存在に触れて普段得られない知識を得たい、と素直に焦がれた。

「で、これから私のことはパムと呼んでください」

私が貴女の友達になりますから、とパムは最後に付け加えた。







パムは少女に色んな話をすることにした。
まずは自分の話をした。
少女が一番興味のあった「天使」の存在についてだ。

「……天使は常に人の動向を見守っています。
 不幸な人には救いの手を差し伸べ、悪いことをした人にはお仕置きをするんです」

それなりに少女も本で知っているようで、パムのしていることは知識の補強にあたる。

「知ってますか? 蒼は誕生の色なんです。
 空も海も蒼いでしょう? 神様は空の上から世界を創り出した。
 海から植物、動物の生命を誕生させたんです」

それでもやはり普通の本では得られないことが多かった。それは知識だけではなく――

「白は無、何も無い色です。私の蒼と白のこの色は、始まりの色なんです。
 決して空と雲に溶け込む保護色じゃあないですよ……多分」

――なんともいえぬ、楽しさがあった。
少女がそれを得たのは、パムが『天使』だからではなく『友達』だからと気づいた。

「そう……『トモダチ』って便利ね、本ほどじゃないけど」

本から目を離さず、淡々と言った。

「……そもそも本と比較するのは間違いです」

そうやってパムは少女に、日をかけて色んな話をした。
やがて今度は少女の読んでいる本を横から一緒に読み始めた。

「……読みにくいんだけど」
「ほら、何かこの本で分からないこととかありませんか? 
 私に聞いてくれれば答えることが出来ますよ」
「そうね……。この部分」

『論理哲学論考の7つの命題において検証理論の立場を――』

「すいません分かりません」

来る日も来る日も、パムは少女に寄り添って、読書の邪魔にならぬ程度に話しかけた。

「紅色は停止、消滅の色なんです。
 このカエデの蒼い葉も、時が来れば紅く染まって散っていきます。
 昼が終わる時は空も紅くなるでしょう? これらは神様の保護から離れたことを意味するんです。
 夜は黒く染まります。黒は全てを呑み込んだ色、混沌です。
 天使とは逆の紅と黒は悪魔を意味するんですよ」

少女は読書を常に優先していたが、
それでも幾分かパムの言うことに意識を傾ける割合は増えていった。

「ですから夜は、悪魔にたぶらかされないよう気をつけてくださいよ」
「ええ、分かったわ」

本から目を離さず、淡々と言った。
また次の日も、あくる日も。






あれから数ヶ月が経った。カエデの葉は元気良く繁っていた。
少女はいつものようにカエデの傍に来て本を読み始めた。
本から目を離すことも無く、身動きせずじっと読んでいた。
しかしこの日だけは集中できなかった。
少女の傍にいつも居るはずのパムがまだ居なかったからだ。
パムは毎朝決まった時間に必ず来るようになっていて、こんなことは今までになかった。
どうしたんだろうか、気になった。
苛苛する、本に集中したいのに出来なかった。
面倒くさい、どうしてこんな事になっているのか不思議だった。
ふと少女が空を見上げると、蒼さは消えており薄暗くなっていた。
日が落ちたわけではない、雲が覆ったのだ。
――雨が降る、帰らなければ。
いつもなら間違いなく帰っていた、のにどうしてか帰る気にならない。
パムの顔を確認しないとどうにもすっきりしない、
どうせカエデのおかげで雨はしのげるのだから――
少女は本に向き直り、再度黙々と読み続けた。

「……」

ざぁざぁ雨が降ってきた、すぐには止みそうに無い

「……」

風が強くないのは幸いだったが、少し肌寒くなってきた。

「……」

常に多少着こんでは居るが、晴れ時が想定のためやはり心もとない装備だった。

「…………」

少女は、ソレが近づくまで気づかない振りをした。

「………………」

側に来ている、のにソレは言葉を発さなかった。

「今日はどうしたの」

本から目を離さず、淡々と言った。相変わらずソレは黙りこくっている。

「何も言わなきゃ分からないじゃないの」

何も言わない、雨の音だけが虚しく五月蝿い。
なんだというんだろう、さっさとはっきりして欲しいのに。

「どうし――」
「どうして待ってたんですか」

空気が冷たかった。いつものパムとは違う、重い声だった。

「どうしてって、それは――」

少女は事実をありのまま伝えた。
パムが来ないのがどうしても気になった、本にも集中できないしどうにかしたかった、と。
パムはそれを聞いて目を閉じていた、何か考えてるのだろうか。

「……ありがとう」

パムは穏やかな口調で少女にお礼を告げた。
ありがとう、どうしてそんな事を言うのか少女には分からなかった。
ただ一つ分かったのは、パムが涙を流していたことだった。
少女自身は、今まで涙を流した覚えは無い。そういう状況を経験したことが無い。
何か悲しいこと辛いことに遭った時に涙を流すものだということは知識として持っていた。
今回のパムの場合は悲しいことがあったのだろうと推測した。

「天使って、不自由なんですよ」

それは、少女が『天使』に対して持っていないイメージだった。

「神様の元に居る限り、色々な規律に縛られるんです。
 それはもう束縛に近いもので……、こうやって貴女の元に通ってる事もイケナイんです」
「……それなら来るのをやめたらいいじゃない」

それが自然な考えだ、無理して来る必要は無いのだから。

「私は来たいんですよ。なにより、貴女がこうして待っていてくれたじゃないですか」
「ああそう」

まあ来たいならそれでいいか……。
同時に心のどこかで少女はほっとした。

「いっその事、堕ちて悪魔にでもなっちゃいたいくらいですよ」

別に特に意味を込めて言った言葉ではなかった。
しかしそれが少女にとってはなんだか、心をくすぐられて――

――ふっ


「あなたってなんだか『天使』らしくないわね」


思わず笑みが零れて、パムに向かってそう応えた。
パムもその笑顔を見て、一気に明るい顔になり元気を取り戻した。
そして――

「……!」

「ああ……こんなに体が冷えていますね、すみません」

――パムは少女に抱きついた。

「……パムの体は、温かいのね。濡れてもいないみたいだし……」

少女はパムに身を任せた、その温もりはとても心地よかった。








「……大丈夫ですか?」

あれから数ヶ月が経ち、すでにカエデも紅みがかってきた。
二人の仲はとても近しいものとなり、互いになくてはならない存在になっていた。
いつもカエデの木の下で待ち合わせて、
一緒に本を読んだり、話したり、時には散歩したり何かで遊んだりした。

「そうね、ちょっと最近歩くのがきびしくなってきたわ」

思えば少女はとても体が弱く病を抱えて生きているのであった。
病気がどういったものかパムは知らなかったが、そんなに酷いのだろうか。

「辛い時は、自分の部屋で寝て過ごしたほうがいいですよ。
 体が良くなるまで安静にしておかないと、後々に響いて困るかもしれません」

少女はカエデの元へ来ることを日課にしているが、それこそ無理しなくていいことだ。
いつだって会えるのだし、なんならパムが直接部屋を訪れたっていいのだから。

「いいのよ、カエデの元に来ることは止めたくないの」

その返事はなんとなく予想できた。
パムは少女が「こだわる」性格であり、頑固であることは薄々感じていたから。
何か少女なりの思惑があって続けているんだろうから、それは止められないだろう。

「それに――」
「それに?」
「――どうせ治らないんだから安静にすることに意味はないし」
「それはそうですが……でも生活に支障をきたしてしまうなら、
 少しでも休んで良好な状態にしたほうが」
「いいのよ、これから悪くしかならないし、あと少ししか生きられないんだから」



……は?



パムは愕然とした、少女の体はそれほどに悪かったのか。

「……少しって……どれくらいなんですか……?」

10年? 5年? まさか1年くらいとか……?
パムは少女の答えを聞くのがなんだか怖くなってきた。

「そうね……半年前医者に宣告されたけど……多分……」
「多分……?」

固唾を呑み込んで次の言葉を待った。



「一ヶ月くらいかしら」










「あ、貴女という人は……、なぜ今まで言わなかったんですか!」
「聞かれなかったし、言っても変わることじゃないし」

パムは以前、今と似たような気持ちになったことを思い出した。
そう、少女が『友達が居なくて他の子と遊べない』と言ったときだ。
その時と同じように少女は平然と事実を話してきた。
……確かに幼ければ死を深く理解している訳も無いし恐怖もないんだろうが……
それにしても、何かあるだろう、失意の叫びが。
パムは少女の感情が相変わらず不可解で仕方ない。

「ねえパム、これは仕方が無いんだから。
 諦めて限りある人生を楽しみたいから、パムも協力して」
「……はい」

パムにはなにも言えなかった、言える訳無かった。








パムと少女が出会ってすでに半年が経っていた。
少女の体は、あれから悪くなる一方だった。
発作を良く起こすようになり、倒れこんで血を吐く事もあった。
体も不自由になり、そのうちパムが支えなければ歩けぬようになってしまった。
パムはとても辛かった、でもそんな素振りを少女に見せることは出来なかった。
少女は一度も悲しむ様子を見せていなかったのだから。
病んだ体に苦しみ、辛い表情を見せることはあった。
それでも痛みさえなければ少女の心は常に穏やかで、心まで病むことは無かった。
――いや、違う。すでに少女の心は病んでいるんでしょう。
正常な心を持つ人間なら苦しんで当然なのですから――


「ねえ、パム」
「はい、なんでしょうか」
「多分、もう駄目だと思うの」
「……お願いですからそんな事を言わないでください」

私は目を背けた、少女の具合なんて……見れば分かってしまう。

「パムだって分かっているんでしょう?
 私はもう……げほっ! げぇ……うぅぅ」

少女は血を吐いた。
私は少女を必死に抱きしめた。

「大丈夫です……、大丈夫ですから!」

必死に、必死に、抱きしめた。

「パム、今まで楽しかったわ」
「そんな台詞は聞きたくありませんっ! 大人しくしてください!」

どうしたって私には、少女に迫っている死を受け入れられなかった。

「ねえお願いだから聞いて、私の言葉を」
「……なんですか」
「私ね、決めていたの。
 カエデの元で死ぬんだって。
 ……とある本のね……病弱な女の子がね、
 『あの葉が散るときが私の命の終わりだ』って言うの。
 私も、そうしたいと思ったのよ……」
「貴女がカエデの元に通い続けた理由はソレですか……」

もうカエデは既に紅い、散るのも時間の問題だった。

「でもその子の場合はね……死ななかった。
 葉がいつまでも散らなかったから……、絵に描いた葉だったから。
 その子が死ななかった理由はただ一つよ、生きたいと思う気持ちが強かったから」
「……なら、あなたも同じ気持ちを持てばいいじゃないですか……」
「私は生きたくなかった」

少女から、自虐の言葉を聞くのはそれが初めてだった。

「私には生きたいという希望も無かったし、皆も私に希望を持っていなかった。
 親だって『どうせすぐ死ぬ子だから』って希望を捨てて、放っておいたのよ」

――少女は何故そんな不幸の元に生まれてしまった?
神様は人間を公平に守ってくださるのではなかったのか?
これではあまりにも……あまりにも酷すぎるじゃないですか!――

「でもパム、あなたと出会ったおかげで……。
 今更だけど、本当に今更だけど、私は生きたいと思うわ」

――辛いときに涙を流せない人間ほど、悲しい人間は居ないでしょう。
こんな時も、貴女は涙を流さず淡々と言うのですね――

「パム、私はあなたに友達という『希望』をもらったわ。
 本当にありがとう……ね……」


私の中で何かが切れた。





ブチブチブチッ


「…………っっっ!!」

私は毟り取った。
背中に生えたその羽を、自分の背中から。
痛みなんて感じなかった、そんなものはもう麻痺しきっている。

「……パム……?」
「ごめんなさい、私は貴女に隠していることがありました」
「……なに?」
「貴女はこれからも、生きることが出来ます。
 ……私が天使の生を捨て、その生を貴女に与えることで」
「……そうしたら貴女はどうなるの」

カエデから一枚の葉が、ゆっくりと少女の手の上に――堕ちた。

「天使としての私は消滅します。分かりやすく言えば、死にます」

私は淡々と言ってやった。

「……どうして?」

――ぼたっ

「私がそうしたいからです。
 気にしないでください、束縛されたこの天使の身に嫌気が差したんですよ」

――ぼたっ

「……そんなに悲しいのに?」

――ぼたぼたっ

「悲しくありませんよ」

――ぼたぼたっ

「あの時と同じよ、涙を流してるわ」

ああ、そうなのか。少女はこんな大切なことも知らなかったのだ。
私は最後に、思い切りの笑顔で少女に教えてやろう。

「最後に貴女に教えたいことがあります。
 涙は、悲しいときにだけ流すものじゃありません。
 この世に生を受けた赤ちゃんは、泣きながら生まれてくるでしょう?
 涙は――嬉しいときにも流すんですよ――」

そしてパムの姿は――記憶と共に――完全に消滅した。









気づくと少女はカエデの木の元に倒れていた。
どうして倒れていたのか、なんでここに居たのか全く思い出せなかった。

「……ん、あれ、体が……」

楽になっている、普通に歩くことも出来る。
確かちょっと前に発作がおきて、もう死ぬかと思うくらい苦しくて……
でも私は今生きている。

「そうか、私は生きているんだ……」

なんで体が治ったのか全く見当も付かない。
……分からないことを考えてもしょうがない。
仮に生きることが出来るのなら、それはそれでまだ色々出来るのだ。
読みかけの本を読む事だって、なんだってできる。
悪いことじゃないのは間違いない。

ふと私は手に何かを握り締めていることに気が付いた。
これは……

「紅い葉?」

私はカエデを見上げた。
そうか、もう葉は紅くなったのだ。

「確か、カエデが紅くなったものをモミジというのよね」

私は紅くなったカエデを見上げていた。
真紅の葉々はとても美しい。

「あ……」

雨、か。
冷たい雫がどこかから零れ落ちてきた。
雨が降ってきたならば帰らなければ行けない。
もうカエデは散りはじめた、雨から私を守りきることは出来ないだろう。

――あれ?

空は蒼かった。
美しい蒼だった。
それなのに雨は降る、なんて滑稽な様子なのだろうか。
視界がどんどんぼやけていく。

――え?

少女はようやく気づいた。
この雨は自分の目から流れていたことに。

「どうして……?」

分からない、自分が何故泣くのか。

「何も悲しいことなんか無いのに、なんで涙がっ……ぅくっ……」

訳も分からない感情が押し寄せ、少女はとめどなく泣いた。
それは少女にとって初めての事だった。







* * * * * *







少女は一人前の魔女となった。
多くの本に触れ、七曜の魔法を使いこなし、知識を得て、成長した。
今ではこの巨大な図書館を統べる存在となっていた。

「……、………………、…………」

少女は魔法を唱えていた。
悪魔を召還し契約する魔法だった。
媒介は、一枚の紅い葉だった。
少女はその紅い葉をいつごろ手に入れたかは覚えていなかった。
そのくらい昔の幼き頃に、なんらかの理由でお守り代わりにでもしたくなったんだろう。
本の一番後ろに貼り付けて、大事にそれを持ち続けていたのだ。

「……、…………っ!」

術式を完成させ、目の前に魔力の渦が出た。
そこに少女と契約するべき悪魔が生まれてくるのだ。

そして――

目の前に悪魔が現れた。
少女にとって初めて見たそれはイメージを崩すことなく、
紅い髪と黒い羽が生み出す妖しい雰囲気に魅了された。
ただ、少し……
可愛すぎる気がした。

「私と契約を交わす魔女――貴女の名前を教えてください」

悪魔は言葉を発した、見た目どおりの可愛らしい声だった。
少女は自分の名前を告げた。

「パチュリー・ノーレッジよ。貴女の名前は?」
「私にはまだ名前がありません。パチュリー様がお付けください」

少女は最初から考えていた名前をその悪魔に付けた。

「貴女の名前はメープルよ」
「分かりました、良き名前を有難うございます。
 それではパチュリー様、なんなり命令をお申し付けください」
「無いわ、自由にしなさい」
「……は?」

――私はその悪魔を縛る気は無かった、
気まぐれで生を与えたくなっただけだった。

「貴女のしたいように生きなさい。
 ……まあいきなりじゃ何をしたらいいか分からないだろうけれど
 とりあえず外に出て、世界を見回るといいわ。
 人を襲ったっていいし、騙したり悪戯したり、なんでも自由よ」

自分でも気まぐれがすぎるとは思ったが、なぜかこうせずにはいられなかった――

「それじゃあ、さようならメープル」

そして少女ははその場を後にした。



――かつかつ

さて、悪魔召還も試したし、次はなにをしようかしら。

――かつかつ

そうね、合成符の研究でもまた進めようかしら。

――かつかつかっ!

って、

「なんで付いてくるの? 自由にしろと言ったはずよ」

少女の後ろにはぴったりとメープルが付いてきていた。

「はい、ですから自由にしています」
「……何がしたいの貴女?」
「私がしたいのは主のために尽くすことですよ、パチュリー様」
「人のために尽くすことが貴女にとっての喜びなの?」
「はい」
「理解しがたいわね……。なんだか――」

――ふっ

「――あなたって『悪魔』らしくないわね」

少女は可笑しさに思わず笑みが零れて、メープルに向かってそう応えた。
メープルもその笑顔を見て、満面の笑みを返してきた。

「ふぅ……じゃ、手始めに本の整理でも手伝ってもらおうかしら」
「はい!」




日があたらない、月も見えない。
人工の営みも生命の息吹も感じられないその大図書館で、
少女と悪魔が2人だけの時間を共に過ごしていた。

――紅魔館の空は今日も蒼かった。



紅葉→モミジ→メープル→maple→elpam→エルパム
そして最強の魔術、アブラメリンの護符をモチーフとしたお話です。
パチュリーの幼かった頃の話ですね、最後まで読んでいただき有難うございます。
小悪魔の名前をここで創れたので、自分の作品で以後使って行こうと思います。
正体隠匿ということなので今回はあまり喋りません。ではネタが被ってないことを祈って。
月城 佳奈女
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/16 12:26:11
更新日時:
2006/12/15 23:27:11
評価:
25/28
POINT:
161
Rate:
1.43
1. 4 おやつ ■2005/10/19 02:21:47
上手い……いや、紅葉はすぐに解ったんですが、二人の絆と人の良い子悪魔の物語には惚れました……。
2. 4 床間たろひ ■2005/10/20 01:57:32
小悪魔は『悪魔』らしくない。
いいえ、立派な悪魔ですよ。
何といっても私の心を盗んでいったのですから。
とんでもない大悪党です♪
3. 8 匿名 ■2005/10/20 03:49:52
思わずじわりときちまいました。
涙は……嬉しい時にも流すんですよね?
4. 7 MIM.E ■2005/10/20 07:32:09
すこし可愛すぎる天使がどんな子なのか、いろいろと思い描きながら読みました。パムについて、別の話なんかあれば読んでみたいです。
5. フリーレス 楠木忍 ■2005/10/21 00:48:45
知らず知らずに話に引き込まれてしまいました。

何とも言葉では説明しにくいので、読み初めから読み終わりまでを記号で書いてみます。

読み始め ??
序盤   ?
読み途中 …
終盤   !
ラスト  !!
後日   (;゚Д゚)!!
6. 6 papa ■2005/10/21 16:07:44
パチュリーの過去の話というのは珍しいなと思いました。
パム・・・お前はいいやつだ。

人称表現が途中でころっと変わるのが気になりました。
7. 10 Q-turn ■2005/10/21 23:27:20
>涙は――嬉しいときにも流すんですよ

幼いパチェが初めて涙を溢した時、本当に良かったと思いました。
天使と悪魔、異なる二つの存在の、だけど同じ温かみを持つ存在の加護を受ける少女。
何から何まで、本当に素敵なお話でした。ありがとうございます。
8. 5 一之瀬翔弥 ■2005/10/22 23:14:00
そうきたかー。
誰かだろうとは思っていましたが…なるほど。
しっかりと作りこまれてて、とても読みやすかったです。
パチュリー登場以降が、少し強引に感じたかな…。でもgood♪
9. 4 七死 ■2005/10/24 00:02:56
ちょっとオリジナルの設定と原作とのすり合わせに難が見られました。
小悪魔が天使だった、そう言う風にとれる物語の流れは非常に好きなのですが、それを匂わせる描写がもう少し欲しかった所です。

なぜパチュリーが魔女になり、紅魔館を訪れ、そして小悪魔を呼び出そうと思ったのか、ここら辺に力を入れた作品を、創想話でお待ちしたい所です。
10. フリーレス 名前は無し ■2005/10/24 01:56:58
天使は不自由、誰かを自由に助けることもできない。
悪魔は不自由、主の命令に必ず従わなきゃいけない。
人間は不自由、生きて死ぬのも思い通りにいかない。
でも三人三様集まれば、全員自由になること出来る。
それが他からどう見えても、ホントの自由はそこに、
ただ、その場所、そこだけにある。(駄文、失礼)
11. 8 Tomo ■2005/10/24 12:02:33
類型的な病弱ものと見せかけて、ラストでひっくり返す構成には驚きました。文章もしっかり読ませるし、文字色に青を選択された効果も高いと思います。完成度の高さを評価して、高得点をつけました。
12. 9 藤村りゅ ■2005/10/24 15:23:56
 オリキャラの扱い方に感服しました。
 天使という設定がやや突拍子もなく感じていましたが、物語には馴染んでいたと思います。
 タイトルを見て美鈴の話だと思い込んでいましたが、良い意味で期待を裏切られました。感謝。
13. 9 ABYSS ■2005/10/24 19:59:57
感性の構築、最後に向けての伏線、どれもが私のツボでした。良かったです。
14. 10 木村圭 ■2005/10/25 21:55:49
白旗×無限大。参った。格の違いを見せ付けられた気分です。
15. 7 ■2005/10/25 22:48:47
小悪魔。パチュリー。こんな切ない過去があったとは。
天使が病弱な少女の前に現れて、というのは割とよくある話ですが、この二人だとかなりピッタリきますね。
16. 7 世界爺 ■2005/10/26 00:37:23
ああ、なんというか、なんというか。
人の縁は奇なるもの。巡り巡って、また会える。

読んだ後、自分に命をかけられるような友人はいるのか、とらしくなく感慨深く考えてみたり。
でもその前に、まず自分がそういう人間になりたい。
かつて白くて、今は黒い彼女のように。

でもパチェ、病気治っても虚弱なままd(ry
17. 7 ■2005/10/27 12:18:08
おお、どちらかと言えばほんわかとした小悪魔のイメージが、もっと凛とした感じに。…これもまたよし!
18. 6 美鈴まさき ■2005/10/28 03:07:10
 紅葉を媒介に使用したのに、その理由を気まぐれとしてしまったは残念です。僅かでも必要性があっての行動だったならと、ひっかかりを覚えてしまいました。
19. 2 風雅 ■2005/10/28 14:07:50
後書き読んでそーなのかー。
しかしオリジナル要素が強いと感想も難しい……。
やや強引な気も……うう〜ん。
20. 8 偽書 ■2005/10/28 16:34:52
取り敢えずは見事の一言。オリジナル色が強いけれど、綺麗に纏まっている感じです。
さて。折角なので、アブラメリンの護符というのを調べておかないと。
21. 5 名無しでごめん ■2005/10/28 20:19:40
パチュリーは途中で気付きましたが、こういう展開で来るとは。
小悪魔は文花帖でも見せ場が無かっただけに、二人の絆を再認識したり。
……最初に題名を見たとき、中国の話かと思ったのは内緒。
22. 9 es-cape ■2005/10/28 22:31:20
いきなりオリキャラかよ! と思って読む気が薄れた、の、ですが。
読んでよかったです。全体に漂う穏やかさがとても気持ちよかったです。
幻想郷における神に関する設定ですとか、パチュリーは種族妖怪じゃなかったっけとか、千切ったはずの羽根が生えているですとか、ちょっとした疑問はあるものの。そんなの、私にとってはたいした問題じゃないです。
このメープルとパチュリーをこれからも見たいと思いました。
23. 3 ■2005/10/28 22:41:49
これだ! これこそ私のイメージ通りのパチュリーだ!
そして今後の小悪魔の活躍に期待。パチェ萌え。
24. 2 弥生月文 ■2005/10/28 22:45:12
パチュの過去だという事はなんとなく察しがつきましたが……
色々と展開をすっ飛ばしすぎに思えました。
25. 8 IC ■2005/10/28 23:16:54
ああそういうことか、と言うのがいくつも。素直に上手いなぁと思います。
パチェの幼いころってのは初めてかも知れないですね。
26. 7 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:34:53
タイトル見たときめーりんの話だと思った人の数→(1)
小悪魔誕生の秘話ですね。綺麗な話で面白く読めました。
中盤ぐらいで大体展開が読めてしまったので、もう少しどんでん返しが欲しかった気がしますが……その辺りは好みの問題かも。
後、お題とのつながりが弱めなのが少しマイナスかもしれません。
27. 6 K.M ■2005/10/28 23:55:37
魔女の出会ったらしくない天使とらしくない悪魔・・・
こうまとめるとは思いもしませんでした
28. フリーレス 月城可奈女 ■2005/10/30 00:59:37
まず後書きとして追記。
最初の発想で、天使パムのキャラが出来る。でもお題は紅葉。天使パムの逆転の存在で、『紅葉』とイコールになりうるものはあるだろうか。そうか、紅いやつがいるじゃないか! 小悪魔を紅葉の悪魔として捉えれば、ちょうど天使の逆だし!

んで『紅と蒼』をベースに『青い葉の楓と「紅葉していく」楓(背景として)』『束縛と自由』『諦めと希望』『天使と悪魔』、締めだけど『紅魔館と外の空』等を対称に置き対比させながら展開させました。

叙述トリックの面白い点は主人公が分からないことですが、むしろ9割分かるけど隠されている雰囲気が面白い、というのもあります。どちらも捨てがたかったので両方を狙ったわけです。まず、パチュリーは最初に七曜の表現を置いて、本も読ませたりして完全に序盤から『ほぼ確定』させました。すると多くの人は『そうか、パチュリーってことを隠してる作品か、もうすぐに分かったぜ』と自己解決しそれ以上の推察を止めてしまうのではないでしょうか? 「ああパム? オリキャラかよ〜」という感じで。それゆえパムの正体は気にも留めないことになり、最後に驚きの展開、という効果が得られるわけです。しかも良く思えば『ヒントはちゃんとあったのに何故かわからなかった!』となることでしょう、罠にはめられていたことに気づかずに。さらにオマケ効果として『キャラを知らなくても読める』点は大きかったなあとか自分では感じたのですが、知らない人は読まないから蛇足でした。


さてタイトルですが、パムがパチュリーに魔術書をプレゼントするエピソードを入れようと思った際に資料として『天使』に深くかかわる『アブラメリンの護符』について発見したので、これを使ってしまおうと考えました。半年誰とも会わずに独りで身を清めることで天使契約をものとする……、パムと過ごした日々そのものだったりする。魔術アイテムとしては今回は紅葉なのでそのまま「アブラメリンの紅府」にしようかと思ったのですが、長い。しかも魔術に詳しい人が見ればバレる。そこで「メリンの紅符」にしました。「これなら間違えて中国の話と思ってくれる人がいるかも!」
いや本当に居るとは思ってなくて……。

以下一部レスについての説明を。
>>人称表現
会話間については変えています。それ以外、レイアウトの観点においての会話の外側は統一させました。うーん、あまり良くなかったか。

>>小悪魔だと匂わせる描写
ありすぎると上記の狙いが取れなくなるので……、自分としてはこのぐらいで良かったつもりです。

>>紅葉の媒介が気まぐれ
パチュリー自身は気まぐれとしていますが、記憶の片隅に残っていたおかげです。ですから自由にさせてあげることすらも望んだのです。

>>病気治っても虚弱なまま
それがないとパチェじゃないYO! まあ喘息と、死にかけはだいぶ違います。

>>幻想郷における神に関する設定ですとか、パチュリーは種族妖怪じゃなかったっけとか、千切ったはずの羽根が生えているですとか
パチュリーは魔女……ですよね? 魔女は人が悪魔と契約してなれる種族ですから……。羽についてはとりあえず『生まれ変わってるから』。また明記してませんが、そもそも天使は片方の翼がなくなるとその時点で「堕」ちます。両方剥がす必要はないんですね。幻想郷における神の設定は……まあ作品内で触れる必要は無いなあ、と。

全力を尽くせたので悔いは無いです、と思ってましたがやっぱり悔しいですね、バネにして精進させて頂きます。
今回は多くの皆様に読んでいただけ率直なレスをして頂けて光栄でした、有難うございます。次回も機会がありましたら宜しくお願いします、それでは。
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