紅葉にそっとくちづけを

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 04:18:30 更新日時: 2005/10/21 19:18:30 評価: 22/23 POINT: 115 Rate: 1.22
 あらあら、また随分大きな紅葉だこと。
 ――え、笑い事じゃないって? ふふ、私から見れば立派に笑い事よ。ほんとに、貴女を見てると人間って面白いって実感できるわね。あの子が気に入るはずだわ。
 それで、その紅葉はどうしたの?
 ……ふむふむ、なるほどねぇ……なるほどなるほど。足繁く通っている、と思ったらそういう理由だったわけね。
 まあそうじゃないかと思ってたけど……アレは堅牢よ? ふふ、言われなくてもわかってるって顔。ま、その結果がソレだものねぇ。
 あら、帰るの。その顔じゃあの子に会うわけにもいかない、か。今度来た時には遊んであげなさいな。




















 幻想郷の辺境に存在する博麗神社。
 古びた社の縁側で、巫女が空を眺めながらお茶を啜っていた。勿論、幻想郷で巫女と言えば博麗霊夢ただ一人である。
 そして、その横で暇そうに足をぶらつかせている、小柄な霊夢よりもさらに小さな少女――もっとも、人ならざる彼女に少女、などという呼び名は本来相応しくないのだろうが。
 さらりとした栗色の髪からのぞく、二本の捻くれた角。幻想郷にはもはや存在しえぬ筈のモノ。
 鬼。
 名を、伊吹萃香と言う。
 人間と妖怪が共生している幻想郷ではあるが、鬼は妖怪とは違う。人と鬼の関係と言えば、本来攫うか攫われるか、といったものなのであるが、

「暇だねぇ」
「そうでもないわ。境内掃除にその他諸々、やることは山積みよ」
「じゃあ仕事なさいよ。さっきからぼーっとお茶ばっかり飲んで」
「急いてやる理由もないわ。のんびりやればいいの」
「そんなこと言ってばっかり」

 縁側でかわされる会話は、なんとも気の抜けたものだった。萃香が鬼としてはやや外れ者なのと、霊夢の人柄が影響しているのだろうか。

「つまらないなぁ、ぱーっと宴会でもどうよ」
「萃めるのは禁止って言ったでしょ?」
「ふふん、私が萃めなくたって、あの白黒をちょちょいと焚きつければあっという間にどんちゃん騒ぎよ」
「……ま、それは否定も止めもしないけど」

 萃香の言う白黒とは、二人の共通の友人である霧雨魔理沙に他ならない。魔法使いでありながら騒ぎを好み、陽気を愛する彼女であれば、確かに喜び勇んで宴会部長を務めることだろう。事実、萃香が先日起こした宴会騒動の際には嬉々として幹事を担当していた。

「お、噂をすれば影」
「え?」

 にやりと笑う萃香の呟きに、霊夢は瞼を伏せ、意識を集中させる。
 ロクに修行も積んでいないとは言え、一応霊夢は巫女である。霊的な資質は勿論備えているし、一通り様々な術の心得もあった。
 ふわりと広がった霊的感覚に、感じなれた波動が引っかかる。鮮烈な輝きと、それに見合わぬほのかなぬくもり、何もかも撃ち抜く閃光を思い起こさせるこの気配は、紛れも無く霧雨魔理沙のものだ。

「……妙ね」

 お茶を啜り、霊夢もまた呟いた。
 察知した気配の移動速度が、異常に遅い。魔力を込めた箒に跨り、空を翔ける黒魔法使い。幻想郷最速を名乗って憚らない魔理沙の移動速度として、それはあまりにも遅すぎる。
 待つことしばし、博麗神社へ続く石段から見慣れた黒三角帽子が顔を出した。
 次いで現れた顔に、

「あら」
「おや」

 巫女と鬼は揃って小さな驚きの声を漏らす。

「……よお」

 ふい、と魔理沙の手が挨拶のために挙げられるが、やはりその動きもどこか精彩を欠いていた。
 箒は手にしているものの、ずりずりと引きずる様は文字通りお荷物にしかなっていない。とぼとぼという形容が実に良く似合う様子で、魔理沙は境内を抜けると、いつものように縁側は霊夢の隣へと腰をおろし、傍らにトレードマークである三角帽子を置いた。

「……はぁ」

 いつもならば与太話を繰り出す小さな唇が、なにやらアンニュイなため息を吐き出す。
 色々といつもと違うが、とりあえず魔理沙が隣に座っているのは確かだ。霊夢はいつもどおり急須を傾け、出涸らし寸前のお茶を魔理沙専用と化している湯呑みへと注ぐ。
 対して萃香は好奇心丸出しで魔理沙の顔をうかがっている。霊夢としては魔理沙が歩いて来ようが飛んで来ようが、多少の生傷こさえていようがそれほど気にしないのだが、この鬼の少女はそうはいかないようであった。

「ねぇ、どうしたのよ、それ」
「あー? ……別に、大したことじゃないぜ。まあ私にも色々あるんだ」
「ふぅん。でもそれどう見たってビ」
「萃香」

 なにやら口にしかけた萃香の言葉を、霊夢の静かな呼びかけが遮った。

「なによ」
「宴会、するんでしょ。魔理沙は根無し草だから、さっさと用件言わないとすっ飛んで行ってしまうかもしれないわよ」
「そりゃ困るわ」
「でしょう」
「でも今日は歩いて来たじゃない」
「だからと言って飛べなくなったわけでもないでしょ。ね、魔理沙?」
「あ? あー、ああ、別に飛べなくなったわけじゃないぜ。ちょっと歩きたい気分だったんだ」

 いかにも気乗りしない、といった感じの、心此処に在らずという口調。

「……ふーん」

 いつもと違う様子の魔法使いに、萃香はしばしの間思案顔をし、

「ま、いいわ。ねえ白黒、暇で暇で困ってるの。宴会しよう」

 そう言葉を続けた。
 確かに魔理沙の不調の理由は気になるが、根掘り葉掘り尋ねるほど悪趣味ではない。まあ、触れられたくないことを突つくのもそう嫌いではなかったりするのだが、霊夢が言外に見せるやめろと言う意志に逆らってまで魔理沙を詮索する気も湧かなかった。

「宴会?」
「そうそう。最近ご無沙汰じゃない。吸血鬼とか亡霊とかも呼んでぱーっとやろうよ」
「んー……」

 霊夢越しに覗き込んでくる萃香と視線を合わせることもなく、魔理沙は空を見上げ唸る。
 空はそろそろ茜色を帯びようとしていた。遠くから聞こえる、カラスの鳴き声。良い子は家に帰る時間帯にさしかかろうとしているが、三人とも気にする様子は無い。霊夢はそもそも家に帰る必要がないし、萃香は何処にでもいて何処にもいないようなものだ。魔理沙にしても、夜を根城とする魔法使いであるからして、宵闇を恐れることはなかった。

「ねー、白黒ー」

 賛同が得られれば今夜にも宴会、と待ちきれない様子の萃香が返事を急かすが、魔理沙はぼうっと空を見上げたままだ。
 霊夢が淹れた出涸らし寸前のお茶が冷めてしまうほどの時間が経って、

「……いや、悪いがやめておくぜ。どうにも気乗りしなくてな」
「えー、つまんないわねぇ。塞ぎ込んだ気持ちの時こそ、ぱーっと騒ぐのがいいのよ?」
「一理あるな。けど、一理だけじゃやる気は出ないぜ」

 すうっと、魔理沙の視線が下がる。いつもなら煌かんばかりの瞳は憂いによって曇ってしまっていたが、それでも真っ直ぐとした眼差しは健在だ。手つかずだった湯呑みを手に取り冷めた茶を一気に喉へ流し込むと、魔理沙は帽子を目深にかぶった。

「じゃ、私は帰るぜ」

 唐突にやって来て、お茶と茶菓子をいただいて――もっとも、今日は茶菓子に置いてあった煎餅には手を伸ばすどころか目もくれなかったが――帰る。テンションの低さに目を瞑ればいつもの魔理沙と何が変わるわけではない。
 だが、

「魔理沙」

 立ち上がった魔理沙に、霊夢は静かな声で呼びかけた。いつもならば、「あ、そう。じゃあね」とか、手をひらひらと振って見送る程度だと言うのに。

「……なんだ?」

 魔理沙は振り向かない。霊夢も湯呑みに落とした視線を魔理沙に向けるでもなく、

「うちは、神社よ」
「わかってるぜ。そんなことを忘れるほど耄碌しちゃいない」
「悩み相談所じゃ――ないわ」
「……そりゃ、そうだろ。暢気な巫女に悩み相談なんて務まるはずないからな」

 肩をすくめ、魔理沙は返した。そのまま箒に跨ると、ふわりと宙へ舞い上がる。

「行っちゃった……ねえ霊夢、ひょっとして私邪魔だったかな」
「なにが?」

 珍しく少し小さくなって(勿論物理的な意味ではない。むしろ物理的な意味でなら萃香はしょっちゅう小さくなっている)尋ねる萃香に、霊夢はごくごく自然に問い返した。

「なにがって、ほら。あんなのこさえてたし、何か霊夢に言いたかったことがあったんじゃないかなーって。で、私が居たから言えずに帰っちゃったとか」
「……ま、言いたいことがあったのは確かかもしれないわね」
「じゃあ、やっぱり私邪魔だったんじゃない。言ってくれればばーっと散ってたのに」

 最近は形を取ることが多いとは言え、かつては希薄になって幻想郷中を漂っていたこともある萃香だ。己が存在を疎にし、この場から消えることなど容易い。
 ばつが悪そうに続けた萃香の言葉を、

「考えすぎよ」

 霊夢はばっさり一言で切り捨てた。

「本気で悩んでるようなら、そもそも霖之助さんのところにでも行くでしょ。ここに来たこと自体が、答えを持っている証拠よ……ま、何か一言くらいは欲しかったのかもしれないけど、そんなの求められても困るしね。妖怪退治の助言ならともかく、きっと私の管轄外の悩みだもの」
「まあ、あの様子じゃあねぇ」

 管轄外の悩みには深く同意する。霊夢に限らず、この幻想郷において今の魔理沙がおそらく抱いているであろう悩みに対して、アドバイス出来る人妖など彼女の交友関係にはほとんどいないだろう。知識経験能力的に口出し出来そうなのは数人思い当たらないでもないが、そこに性格まで加味すると真っ当な助言が期待できるのは、それこそたった今挙げた霖之助くらいのものだ。

「それで、どうなると思う?」

 興味津々、と言った顔で萃香が霊夢を見上げる。

「さあ? 過程も現状も相手もわからないんだから、どうとも言いようがないわ。ただ……」
「ただ?」

 小首を傾げ問い返す萃香をちらりと見て、霊夢は久しぶりに視線を上げた。
 茜色を通り越し、夜の青に染まり始めた空に浮かぶ魔理沙が残した魔力の残滓を眺めながら、

「上手くいけばいいとは、思うわよ」

 言って、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。




















「お帰りください」

 紅魔館内部に存在する、広大なヴワル図書館へ続く扉の前。
 二人の少女が押し問答をしていた。

「例えメイド長であろうと……いいえ、レミリアお嬢様がいらっしゃっても通すな、との言いつけです。魔理沙さんと言えどもお通しするわけには参りません」

 口調こそ厳しいが、当惑の表情を浮かべて言うのは赤髪に黒い翼を持つ少女、ヴワル図書館の主の使い魔にして、筆頭司書を務める小悪魔である。司書であるからして主な役目は当然蔵書の整理であるが、同時に使い魔でもある彼女は主の命をなによりも優先する。
 つい数時間ほど前のことだ。どこかいつもと違った様子の主が、図書館への立ち入りを全面禁止したのだった。蔵書整理をする平メイド達や小悪魔どころか、主の友人であり紅魔館の支配者であるレミリアすら例え来ても通すなとはただ事ではない。
 さらに小悪魔を当惑させているのは、魔理沙の態度だった。
「急がば回れ? 急ぐなら直進一番だぜ」と公言して憚らない彼女は、扉も書架も無関係に魔力を纏った箒で突進することも少なくない。人間にしては膨大な魔力を止められるものは、この紅魔館ですら滅多にいないのだ。
 そんな魔理沙である。扉が閉ざされていようが、門番がいようが無関係に、行きたい場所には行くのが常だと言うのに。
 今日この時に限って、魔理沙は歩いて訪れた上に扉の前で見張り番をしている小悪魔に、

「パチュリーに会いたいんだ。……通してくれないか」

 なんて許可まで求めてきたのであった。
 そして、暗い館内でも否が応でも目立つ頬。これは主のおかしさと何か関係あるに違いない、と小悪魔は察しをつける。だからと言って、通せるかと言えばそうはいかないのだが。

「そこを何とか頼むぜ。遅くなってからじゃ遅いんだ」
「そりゃあ遅くなってからじゃ遅いのは当たり前でしょうけど……そこまで言うなら無理やり通ったらどうですか? 魔理沙さんがその気になれば私なんて簡単に押し退けて通れるでしょうに」

 仮にも悪魔の身で言っていて情けないが、魔理沙がよほど油断でもしていない限り小悪魔に勝ち目はない。

「その、『その気』にならないんだよ。けど、引き返すことも出来ない。さっさと通した方がいいぜ? 通してくれるまで、私は梃子でも此処を動かないからな」

 今にも座り込みかねない魔理沙の固い決意をうかがわせる表情に、小悪魔は小さくため息。

「……魔理沙さん、パチュリー様の様子がおかしいんです。今朝方まではいつもどおりのパチュリー様でした。……原因は、魔理沙さんですね」
「……ああ。そして、その様子のおかしさを治せるのは私と時間だけだぜ。だが生憎と時間なんぞに治させるわけにはいかないんでな」
「…………」

 誰も通すな。そう命じた時の主を思い出し、

「……わかりました」

 小悪魔は、苦笑いを浮かべながらすいと扉の前から身を動かした。

「って、いいのか?」
「ええ。ただし、ちゃんと話をつけてくださいね。何時までもあんな様子でいられては、困ります」

 主命を盲目的に守るのではなく、例え背いたとしても結果として主が幸福になるのであれば、その方がよい。それが小悪魔の使い魔哲学である。
 礼を言って扉をくぐる魔理沙を見送り、ふと小悪魔は呟きを漏らした。

「それにしても……パチュリー様、意外に力あるのね。まだあんなに痕が残ってるなんて」




















 かれこれ一時間は歩いただろうか。
 箒に跨って訪れた時は五分もかからず到達したはずのパチュリーが主として使っている机に、未だに魔理沙は辿り着いていなかった。
 飛行と徒歩の速度差だけではない。明らかに図書館内の空間が歪んでいた。

「咲夜の仕業……ってわけじゃあないな。ま、パチュリーほどの魔女だ。空間操作の心得があっても不思議じゃない、か」

 紅魔館に勤めるメイド長、十六夜咲夜は時空を操る。故にこの無限に思える道程は咲夜が仕組んだものかと一瞬疑ったが、小悪魔の話を聞くにパチュリーは締め出しの命令を小悪魔に伝える以外、魔理沙が帰ってから誰とも会っていないようだ。咲夜はお節介な性質でもなし、頼まれもしないのにそんな気を回すとは思えない。
 人が生来の能力としては持っていないが、然るべき手段を用いれば火を起こすことが出来るように、時空であろうとも然るべき術式を用いれば操れるのだ。そうなるとこの状況を作り出しているのはパチュリーだと考えるのは妥当である。

「……ふん、こんなもんで諦めると思ってもらっちゃ困るぜ。私を甘く見るなってんだ」

 そうは言うが、魔法使いであろうと魔理沙が見かけ通りの少女であることも事実。これほどの時間歩き詰めで疲れないはずもなく、実際顔には疲労の色が随分と濃くあらわれている。
 だが、いまや瞳は曇ってなどいない。強い想いに煌き輝いている。
 休憩を欲する両足に、ばしんと喝を入れ、魔理沙は歩く。
 さらに一時間ほど、そとはもう完全に夜闇に包まれた頃であろう時間になって、迷路のように入り組んだ書架が唐突に途切れた。

「どうして……帰らないのよ」

 書架の間よりは若干明るい空間。そこに足を踏み入れた瞬間、明らかに機嫌を損ねている風な声がかけられる。損ねている理由が怒りか、拗ねか、そこまでは判別しがたいが。

「よおパチュリー……なかなかの大迷路だったぜ。なんで帰らないのかって言うと、それは勿論お前に話があるからだ」
「私はっ」

 分厚い本の向こうから、荒げられた声。何のものとも知れない皮張りの本に遮られ、パチュリーの表情は窺えない。

「……私は、話なんて無いわ」
「私にはあるぜ」

 ぴしゃりと会話を打ち切ろうとするパチュリーだが、魔理沙は素早く次の言葉を紡ぐ。

「なあパチュリー、不快だったってんなら、謝る。二度としないとも誓うし、私に出来ることなら何かお詫びをしたっていい」
「不快だったわ。お詫びするってんなら、私の前から消えて」
「悪いが、そいつはゴメンだぜ」
「っ。……言っていることが違うじゃない」
「それが本音なら、勿論従うさ。本音だって言うんなら、私の目を真っ直ぐ見て言ってくれ。それとも、私の顔なんて見たくない、なんて言うつもりか?」
「っ

「なあ、そりゃ100年生きてるお前からしたら、私なんて小娘で、鬱陶しいだけのガキなのかもしれない。でも、もしそれだけじゃないって言うん」

 魔理沙の言葉は、突然響いた重厚な打撃音によって打ち切られた。
 パチュリーが手にした書物を、目の前の大机に叩きつけたのだ。ようやく見ることの出来たパチュリーの頬は、いつものような僅かに青褪めた状態ではなく、ほんのりと薄桃に染まっている。

「勝手なことばかり言って……! 貴女にくちづけられた時、どれだけ驚いたか、どれだけ嬉しかったかと思うの!?」
「……え?」
「……ええ、そうよ、嬉しかったっ。自由奔放で明朗快活、私とは全然違う貴女のことが最初は珍しくて、何度も来るうちに貴女が来ないと物足りなくなって、いつか貴女が来るのが楽しみになってた! だから、驚いたけど嬉しかったわよっ」
「じゃあ、なんで」

 無意識の内に、魔理沙の指先が己が頬へ伸びた。

「……でも、次の瞬間には怖くなった、嫌になった。貴女は人間、私は魔女。別に100年生きているからと言って、貴女のことを小娘だなんて思ったりはしない。けれど……種族の差は絶対よ」
「パチュリー……」
「貴女を失うのが怖い。だから、これ以上深入りしないで」

 つ、と菫色の瞳から雫が伝う。流れるものを見せたくないと言う風にパチュリーは顔を伏せた。

「失うことを恐れて、今の心を失くしてしまうって言うのか」
「前向きな人間らしい言葉ね。……そうよ。当たり前じゃない、今の内に失くした方が、もっと深く触れ合ってから失うよりも傷は浅いわ」
「…………」
「……だから、帰って。それでしばらく会わなければ、この気持ちもおさまる。魔道を扱う同士として、少なくとも友人ではいられるわ」
「………………ぜ」
「え?」

 魔理沙が、魔理沙にしては珍しく囁くような大きさで言葉を放つ。思わず聞き返したパチュリーが顔をあげた瞬間、

「〜っ!?」

 艶やかな金髪が視界に入ると同時、唇に柔らかな感触。
 ダメだ、そう思ったパチュリーが突き放そうとして突き出した両手を、魔理沙の手がぎゅっと掴んでいた。

「お断りだ、ぜ。生憎と、そんなに物分りはよくなくてな。しばらく会わなければ気持ちがおさまる? 自分も騙せない嘘は言うもんじゃないぜ、パチュリー。そんなこと、本気で思ってるのか?」
「……じゃあ、どうしろって言うの。貴女の想いを受け入れて、もっと深く触れ合って、それで時が過ぎて、貴女がいなくなってしまった後、私はどうすればいいの!?」

 一度本心を曝してしまえば、気丈でい続けることは困難だった。崩れ落ちるように魔理沙の胸へと顔をうずめる。蝋燭の灯心が燃える音に、切ない響きが加わり館内へと静かに広がっていく。

「ねぇ魔理沙……」

 口を開いたものの、パチュリーの可憐な唇から続きの言葉はなかなか紡がれない。急かすことも無く、魔理沙はじっとパチュリーが再び話し出すのを待った。
 短くなった蝋燭の内、幾本が消えるほどの時間を経て、

「レミィに……レミィに血を吸ってもらうわけには、いかないの?」
「……レミリアの眷属になれって言うのか」
「レミィは血を吸うのが下手だけど、私が手伝えば、あるいは。……そうすれば、ずっと一緒よ」

 それは、まさしく悪魔的な提案だった。
 レミリアは吸血鬼だ。その眷属になると言うことは、すなわち同様の吸血鬼になるということ。異形の翼と莫大な魔力、圧倒的な身体能力を兼ね備えたモノ。まさに魔王と呼ぶに相応しい、悪魔の中の悪魔。
 さらには人間から見れば永遠に等しい寿命をも得られる。勿論吸血鬼ならではの様々な弱点も備わってしまうのだが、魔道に身を置き、もとより太陽よりも月光に慣れ親しみ、星を操ることを得意とする魔理沙である。パチュリーと同じ時を過ごせる上に、前述のような特典までつくこの選択は、けして悪いものではないのではないか。
 だが、

「……いや、生憎とそれはやめておくぜ」

 パチュリーの熱っぽい囁きを、魔理沙は静かに、だが揺るがぬ意志を以って、否定した。

「どうしてっ!? 吸血鬼になるのが嫌? あれだけ言っておいて、私よりもあの鬱陶しい陽光の下に居る方がいいって、そう言うの!?」

 別に弱点と言うわけではないが、本や髪が傷むのでパチュリーも日光は嫌いだった。自分が嫌うものの側に居ることを、自分と共にいることよりも選ぶのかと、再び激昂しかけたパチュリーを、

「落ち着けって。そうは言ってないぜ」

 言いながら、魔理沙はやや強引に抱きしめた。

「別に太陽なんざどうでもいい。日光なんて浴びなくても、死にはしないからな」
「だったらっ、なんで……!」
「パチュリー、私は……霧雨魔理沙は霧雨魔理沙であることをやめられない」
「え……?」
「もしもお前の術や、レミリア達の血を受けたりしたら……そこにあるのは私だったモノでしかない」

 吸血鬼化する。それが導く結果はなんと魅力的だろう。今以上の魔道実験にも耐えうる肉体、数倍以上に膨れ上がるであろう魔力、箒に跨ることもなく飛行を可能とする翼も、スピードジャンキー的な一面を持つ魔理沙にとってはとても魅力的だ。
 だが、それを得る為に魔理沙が何をすると言うのか。ただレミリアの一噛みに耐えるだけではないか。
 自身の行動の結果として、吸血鬼と化したのならばよい。パチュリーに言ったとおり、太陽になど未練は無いのだ。けれど、吸血鬼化は他者によってもたらされる。それは、何者かによって己が変質させられる、と言うこと。

「そんなモノになったのは、もう私じゃない。だから――その提案には、従えないぜ」
「っ! そんな、わがままっ……!」
「ああ、これは私のわがままだ。けどな、パチュリー。お前を愛した霧雨魔理沙は、そういうヤツだ」

 勝手を言う魔理沙を突き放そうとするパチュリーだが、魔理沙は抱きしめた腕の力を緩めない。囁きは静かながらも、確かに熱を帯びていた。

「それでも、それでも側に居たいんだ。……私の想いに、応えてくれないか」
「……ずるい。魔理沙ばっかり、わがまま言って。……応えたいわよ。でも、言ったでしょう? 先が、未来が怖いの。私の世界はこのヴワルで完結してた。過去は既に記録、未来は白紙、私にあったのは現在だけ。でも、今は未来にきっちりと一つの出来事が書き込まれてしまっている」

 ふるえるパチュリーの声、彼女が言う書き込まれた出来事とは、魔理沙の死に他ならない。
 現在に閉ざされた少女は、開かれようとしている未来に怯える。

「大丈夫だぜ、きっと」
「そんな気休め……!」
「気休めなんかじゃないぜ。……その時になったら、私の思い出がお前と共にあるからな」
「……え?」
「過去は記録? そいつは自分に関わらない過去だけだ。パチュリー、自分に関わる過去はな、思い出って言うんだぜ」
「思い、出」

 勿論知識としてその言葉は知っている。だが、過去に起こったことは記録に過ぎないと断じるパチュリーだ。実際にどういうものなのか、意識したことは一度も無い。

「私と会ってからのことを思い出してみろよ。胸のとこが温かくなるだろ?」

 言いながら、魔理沙は自分の胸に手を当てる。
 顔に浮かぶ、幸せそうな微笑み。

「少なくとも、私はそうだぜ」

 無意識のうちに、パチュリーの手がネグリジェにも似ているぞろりとした普段着に包まれた、意外に豊かなふくらみへと伸びた。

「……あ」

 口から漏れるは、驚きの呟き。
 感じた。
 確かに、肉体が持つ熱とは別のぬくもりが、この胸にあるのを。

「想い人を亡くしたとき、冷たい絶望に襲われるのは私にも想像できるさ。でもな」

 魔理沙は笑う。ヒトの少女の身でありながら自信に満ちた、パチュリーが魅せられた笑顔。

「そのぬくもりがあれば、絶望なんかには負けないぜ。そして私には、お前が一生かけても想い続けられる思い出を作る自信がある」
「…………」
「正式な応えは、いつでもいいぜ。私は毎日来て扉の前にいるから、心が決まったら」
「………………わ」
「え?」

 あまりにも小さなささやきで、思わず魔理沙は聞き返す。
 パチュリーの表情をのぞこうと、顔を下げた瞬間、


――ちゅ


「パチュ、リー……」
「……約束、よ。私が一生かけても余るほどの思い出。……もし破るようなら、いまわの際にレミィに血を吸わせてやるんだから」
「……ああ、約束するぜ! じゃ、早速一つ思い出増やすとするか」
「え?」
「一瞬すぎて、よくわからなかったんだ。今の、もうちょいゆっくり頼むぜ」

 言って、悪戯っぽく笑うと、魔理沙は身体を傾け、ちょいと頬をパチュリーへと差し出した。

「〜っ。も、もう一度やれって言うの……?」
「応とも。さ、今度はゆっくり頼むぜ」
「……そ、そんな見られてたら、出来るはずないじゃないっ。……せめて、目は閉じて」
「おお、わかったぜ」

 素直に瞳を閉じる魔理沙。意地悪を言ってごねるかと思ったら、やけに素直に従われ、逆にパチュリーの方が戸惑ってしまう。だが、言った手前やめるわけにもいかず、パチュリーは数度深呼吸をし、小さく背伸び。
 そして、
 魔理沙の頬に咲いた、もう大分うすくなってきた紅葉に、柔らかな感触。
 なんとなくパチュリーが魔理沙を好き、という話が多いような気がしたので、逆を書いてみました。
 魔理沙は女の子ですが、かなり男前だと思います。
ゆーえむ
http://sakura-yuu-m.hp.infoseek.co.jp/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/19 04:18:30
更新日時:
2005/10/21 19:18:30
評価:
22/23
POINT:
115
Rate:
1.22
1. 6 月城 可奈女 ■2005/10/20 01:05:11
まりさかっこいいよまりさ
2. 3 おやつ ■2005/10/20 23:29:06
むぅ……
正直思い出があれば絶望に負けないと言うのは手放しでは賛成し兼ねます……
あくまで私見ですが。
自分であることを辞められないと言った魔理沙は格好良かった。
前半の霊夢も素敵でした。
3. 6 papa ■2005/10/22 13:05:16
魔理沙×パチェという話はよく読みますが、逆というのもまた新鮮ですね。
4. 5 MIM.E ■2005/10/22 23:11:05
ぱちゅりーはもうちょっとだしおしみしてもよかったんじゃまいか
すきだってきもちを。

はい、何に共感したかといえばスイカがでてるところだ。
5. 4 床間たろひ ■2005/10/22 23:44:52
何、このプレイガール?(褒めてます)
こんな気障な台詞が言えたなら、今頃俺も彼女の一人や二人!(鏡見ろ)
いやいや、思わず砂吐いて悶えました(だから褒めてますってば)
6. 1 一之瀬翔弥 ■2005/10/22 23:57:38
確かに男前ですね。
…まあその。
7. 6 匿名 ■2005/10/23 17:41:05
秋の甘味には日本茶が良く合います。ええ、ええ。
8. 5 Tomo ■2005/10/24 11:33:22
魔理パチュにコイン一個。僕はパチュ魔理派ですが(w、こっちもありですね。でも冒頭の二人称の効果がよく分からなかったです。
9. フリーレス 藤村りゅ ■2005/10/24 16:03:52
 しかし魔理沙は男ではないので、女対女という恋愛劇が男対女のそれと
重複しているような、そんな感じがしました。
 攻めと受け、という概念はどこにでもあるものなのですけどね。
10. 2 木村圭 ■2005/10/25 21:45:57
何この男前(誉め言葉)。でももう一つ二つ何かが欲しかった。
11. 4 世界爺 ■2005/10/26 00:52:29
あまり露骨過ぎても醒めてしまうのが悲しき性分。

ただ、魔理沙の一途な想いとかパチュリーの葛藤とかは素敵だと感じられました。
悩み悩んだ末の答えが、間違っていませんように。
大丈夫でしょうけどね。
12. 8 ■2005/10/27 22:30:30
(吐いた血の中でびくびくと痙攣中)…お見事…っ…ぐふ…
13. 5 ■2005/10/27 23:07:04
甘っ……!
不覚にも萌えました。
おもしろかったですー
14. 6 七死 ■2005/10/28 00:23:36
さあ燃え上がれ恋色マジックって所ですかね。
魔理沙は男前です。
男前ですが、やっぱり女の子です。

ここいらのさじ加減が、まあ難しくも良いキャラを作るんでしょうね。
びんた紅葉ごちになりました。
15. 5 流砂 ■2005/10/28 05:13:35
なんか色々な意味で甘酸っぱい作品ですね。
16. 3 風雅 ■2005/10/28 14:24:39
しょんぼり魔理沙が何だか新鮮。
でもちょっと展開がベタかな?
もう一捻り、この作品ならではのアイデアがほしかったと思います。
17. 9 K.M ■2005/10/28 20:20:59
確かに魔理沙が男前だ・・・間違いなく女の子なのに、カッコイイと感じました

魔女と魔女でも、生きる速さが同じとは限らない。なんと残酷な現実であろうか。
それでも、今を生きる者に幸福はある。
「邂逅」は常に「別離」を伴うが、それでも幸せは色褪せる事は無い。
18. 7 名無しでごめん ■2005/10/28 20:36:36
実に良いマリ×パチェですね。あまりに甘くて思わず赤面。
色々と同じカップリング話はありましたが、魔理沙からアプローチっていうのは確かに少ないやも。
最後の一文でお題を見事に消化されているのが良いです。
19. 6 es-cape ■2005/10/28 23:02:30
恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい!
漫画だとそうでもないのに文章で読むとマジメな恋愛ものって何でこんな恥ずかしいんだ!
もしや掟を破ってネチョに走ってしまうのかとハラハラドキドキワクワクしてしまいました。

さり気なく、霊夢の無関心さが霊夢らしくて好印象でした。
20. 6 弥生月文 ■2005/10/28 23:11:22
(返事がない。自らが吐き出した砂の山に埋れているようだ)
21. 5 ななし ■2005/10/28 23:18:07
すみません、コメント間に合いません。
22. 8 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:51:11
( ゚∀゚)彡マリパチェ! マリパチェ!
……失礼、取り乱しました。
甘々作品としては文句の付け所が無い出来かと。弱気になってしまっても魔理沙のままでいたい魔理沙、いいなあ。
23. 5 IC ■2005/10/28 23:53:00
正直に言って相当苦手なジャンルで後半がどうしても頭に入ってきません。素点で勘弁を。
前半の感想だけ述べますと、ビがさっぱり分からなかったので、魔理沙が元気ないとはいったい何事だろうと思って引き込まれました。
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