そして季節は一瞬で紅く染まる。

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 05:33:04 更新日時: 2005/11/05 13:20:06 評価: 23/23 POINT: 146 Rate: 1.43


 
 
 
 アリス・マーガトロイドは昨夜、眠れないでいた。
 
 わずかの一秒も、だ。
 
 普段の彼女にとっては妙に早い朝日を浴びて、暫しベッドから森を眺めていた。だがす
ぐににアリスは頭を振り、呆ける頭をどうにかするために顔を洗いに行こうとベッドから
降りる。だが直立した瞬間、疲れが氾濫するようにアリスをよろめかせた。
 不眠を実感する。部屋のそこらじゅうに飾られた人形達を改めて流し見ると、どことな
く不安な瞳でアリスを見ていた。ひょっとしたら夜通し見られていたかもしれない。
「私なら平気よ」
 そう言うアリスの笑顔は、やはりどこかぎこちない。
「上海、なにか着るもの用意してちょうだい」
 最も親しんだ人形の名を呼ぶ。時には給士ともなる上海人形は、アリスの身支度の手伝
いもこなす。ひとまず茶でも淹れて気分をすっきりさせたいアリスは、そんな閨中へいつ
まで経っても上海人形が顔を出さない事へわずかな苛立ちを感じた。
 ふと、壁に吊るされた古い時計を眺める。静寂に包まれた自室を、振り子の音だけが埋
めている。時刻は明朝七時、この時期だ、やはり日はまだ低い。
 そんなときだ。コツン、と出窓から音がした。アリスは視線を窓に移すと、その端に一
つの葉を見つけた。少し赤みの掛かった紅葉の葉。そう彼女には見えた。
 あぁ、そういえばもうそんな時期だったわね、と。



 
 『そして季節は一瞬で紅く染まる。』
 


 
 紅葉の葉と思ったらヤツデだった。
 その葉の持ち主が、それをひらひらさせて窓から邸宅を覗き込んでいた。
 黒い羽と使い魔のカラス、妙な赤い帽子の下には妙に明るい笑顔。彼女は、いつぞやの
新聞記者の鴉天狗、射命丸文だった。  
 アリスはいぶかしげに窓へ出向き、ものすごい不機嫌そうな顔をしてみせた。すると文
は未だ笑顔で、なにか言っているようだったが、アリスには全く聞こえない。アリスが大
げさに耳を窓へ傾けると、その意図を悟ったのか、文はメモ帳とペンをどこからか取り出
し、なにやらスラスラと書き始めた。
 上海人形はまだこない。
 アリスは部屋をぐるりと見回す。上海が扉を開けられないわけじゃあるまいし、と。
 そもそも、いざベッドに入る前の数時間の記憶が吹っ飛んでいた。必死に寝よう寝よう
としていた所為かもしれない。
 コツン、コツンと催促の音。
「……はいはい、なんでしょう」
 アリスは再び窓へ向き直る。文がさっきのメモを掲げていた。
 
 『             秋ですよ             』
 
 カーテンを閉める。
 今度はガンガンと窓をたたく音がしてきた。うるさい。
 アリスがカーテンの端から顔半分を覗かせると、文はまた新しい文章が書かれたメモを
見せ付けていた。

 『時間はとらせません。少しお話を聞かせてほしいのですが。』

 最初からそう言えよ。アリスは悪態をつくと、扉の開く音と共に着替えを持ってきた上
海人形を目に入れた。
 服が妙に重いから手間取った、と伝えられるが、受け取った服は別にどこも変化はなか
った。人形の出力が落ちている可能性もある。ドアをあけたままで待機している上海を肩
へ乗せ、いそいそと上から服を着る。点検もしたいが、ひとまず外の記者を家に上げてや
る事にした。まったく、ノックくらいできないのか。


 マーガトロイド邸宅内の応接室で、二人の少女が向かい合っている。
 家主はソファーに、客はチェアーに。互いを仕切るのは大理石を用いたテーブル。その
上には二組の湯気を立てたティーカップと一つのポット。
 “気のきいたものは出せないけど”そういったアリスだが、文は紅茶などを出されるの
をかたくなに拒んでいた。滅相も無い滅相も無いと手をぶんぶん振っていたが、そんなに
遠慮するものでもないだろうに、と結局二つ分のカップを出したのだ。

「……で、何の用かしら」
 開口一番、アリスはカップを片手に切り出す。頭がずきずきするが、そこは顔に出さな
い。都会派は何事も自然に自然に、だ。
「えーっとですね……って、さっきのメモはページを間違えてたんですよ!」
 『秋ですよ』とぽつんと書かれたページを開く文。少し乗り出した身に驚いたのか、肩
のカラスが少しバランスを崩す。
「いやそれは分かってるわよ。それにしても貴方みたいなのが突然私なんかの家に用があ
るなんて、また取材かなにかかしら?」
「まぁそんなところですね」
 と、文は改めてペンとメモ帳を構えた。
 やはり顔には出さずに、アリスは内心でため息をついた。上海人形も肩をすくめた。

「最近ここの辺り一帯、紅葉するのが妙に遅いんですよ」
「こうよう? 草木の?」
「そうです」
 両腕をゆっくり広げる文のジェスチャーに、彼女の羽もつられて動く。
「魔法の森一帯から放射状に、紅葉が少しづつ遅れてるみたいで。なにか知ってる事はあ
りませんか?」
「……おそいんだ。ふーん……そもそも不定期なもんなんでしょ?」
 確かにまだ森は青々とした葉を湛えている。去年がどうだったかなんて、思い出もなに
もないアリスには検討もつかない。

「いえ、確かに魔力の滞る不安定な領域ではありますが。未だにこの様子ではおかしい
と思いませんか」
 ちら、と窓から覗く森林の風景へ、文の視線が傾く。
「それで私の所へ?」
「はい、魔法の森に早くから住んでいたアリスさんなら、何か知っているかと」
「ふぅーん……」

 アリスはカップをまた傾ける。ロココ調装飾があしらわれたポット越しに、まだ手のつ
けられていない、湯気のくすぶったカップが見える。
「それ、飲まないの?」
「うっ」
 天狗がたじろぐ。カラスもなぜかたじろぐ。
「……」
「……いいんですか? じゃ、じゃあ頂きます」
 どこまで遠慮していたのか。文は恐る恐るカップを口につけ、傾ける。
 嚥下。
 するとたちまち、彼女の頬が溶け始める。アリスは満足そうに頷いた。肩の上海人形も
一緒に頷いた。

「……はぁ、おいしいですねぇ。なにかと落ち着きます」
「鎮静効果のあるハーブを使ってるからね」
 アリスはカップをソーサーへ戻すと、体調が悪いときにはいいものよ、と続けた。

「体調、悪いんですか」
 急に目の色を悪くした文は心なしか縮こまって見えた。ちょっと口が滑ったな、と、ア
リスは内心後悔する。特に隠す事でもないのだが、訪問客の機嫌を徒に損なうのも得策で
ないだろうと考えていたのだ。
「……単なる寝不足よ」
「なるほど……えと……疲れてらっしゃるなら、後日改めますが」
「いいのよ、全然疲れてはいないの。不思議なほど」
 少し腰を浮かせた文を、アリスは掌をひらひらさせ、やんわりと制止した。
 
 突然アリスの脳天に、針を落とされたかのような痛みが走った。
「――っ、なによもう……」
 アリスは項垂れるようにティーカップへ視線を落とす。目の前に広がる紅。
 こうしていてもアリスには文がどんな表情をしているか伝わってくる。
 三オンスほど残った紅茶を眺めながら、上海人形の肩への重みだけを感じ、文がようや
く腰を落とすのを視界の隅に見る。額には脂汗。
 しかしどうも意識を繋げていないようだ。わずかな識閾を縫い、頭をまともな方向へ、
そういえば昨日の記憶は、

「アリスさん?」

 その一声で再び覚醒する。
「あっ、あれ」
 素っ頓狂な声と共に跳ね上がったアリスの肩から、上海人形がころりと落ちた。
「ごめん、ぼーっとしてたわ」

「やっぱり、今からでも寝たほうがいいですよ。大丈夫。またきますから」
 文は心配半分の笑顔で、テーブルに手をついて立ち上がる。
 カタ、と軽い木製の椅子が揺れる。
 上海人形はソファーの肘掛に跨りながら、文の様子を眺めていた。
「……確かにそのほうがいいかもしれない。わざわざ来たのに悪いわね」
「いえ、突然早い時間に押しかけたのが悪いんですから」

 アリスはどうも居た堪れない気持ちになった。なぜか。こちらは決して悪くはないのに。
 とにもかくにも、アリスは上海人形にティーセットの片付けを任せると、文をつれて玄
関口まで送った。
 外の低い日の光を浴びて、文が笑みを浮かべながら口を開く。
「昼は過ぎてませんね、よし。それでは――」
「あ、あの、文?」
「はい?」
 ふと、引っ掛かった事があった。
「あなた、さっき戸をノックした?」
 
「――しましたよ? まぁいくら人間と違うとはいえ、さすがに早すぎたとは思いますが。
それでも一応去り際に窓を覗いてみたら起きてらっしゃったので」

「そう、それならいいのよ……聞こえてなかったみたい」
「あら、そういう事でしたか。では改めて、紅茶ご馳走様でした」
 文がぺこんと頭を下げる。カラスがまた足場を崩した。ひらひらと手を振るアリスを傍
目にして、黒の翼が一瞬、翻されたと思った時には、すでに文はアリスの前から消えてい
た。一息遅れて疾風がアリスの上気した頬を撫でる。

 熱もあるかもしれない。アリスは部屋へ引き返すと、いそいそと服を寝巻きへと変えた。
その後、片付けを終えた上海人形を呼び戻す。
「上海、ちょっと腕を見せてみて」
「ワカッタ」
 いくら自身が如何だろうと、まず人形の事を優先的に考えていてこそ人形遣い。そう考
えるアリスには、自分を省みないきらいがあった。
 人形に対する思い入れに固執するのだ。不器用に。
「あら、これ……」
 細かい作業用の丸テーブルの上、比較的物の散乱していない箇所で、アリスは上海人形
の片腕の一部が妙に熱っぽくなっている事に気づいた。
「熱っ!」
 手をぶんぶんと振る。火傷になったかもしれない。わずかな亀裂から、魔力の根源がは
み出しているのだろう。
「アリス、ダイジョウブ?」
 上海人形が、その深い蒼の眼差しで心配をする。
 自分の事なのに本当に無頓着で、アリスは苦笑した。

「いい? しばらくここは触っちゃだめよ、完全に同化するまでね」
「ワカッタ、サワラナイ」
 上海人形は強く頷く。
 上海人形の肘にあたる部分には小さな膜が張られていた。
 組織に入り込み、同化するタイプの応急処置だ。それに魔力を込めて手当てを済ませた
アリスは、そばの小箱から体温計を取り出すとそれを口に含んだ。
「貴方たち、ちょっと玄関のノッカー調べてきて」
 口に体温計を咥えたまま器用に数体の人形に支持を出す。
「異常があるなら、一旦戻ってきて。私が起きるまで好きにしていていいわ」

 マーガトロイド邸宅は広い。普通にノックする分にはアリスが聞き取れない場合も多い。
人形達に報告を任せる事もあるが、基本的にはノックに反応してベルの音が鳴る仕掛けに
なっているのだ。一度に上海人形とノックが壊れるとは。アリスはドアから飛び立つ四つ
の人形を見送りながら、体温計を口の中で弄んでいた。
 
 少し治まったが、まだ頭痛がする。
 熱は結局無かった。
 ベッドの上に身体を投げ出すのはアリス。少し憔悴したような顔で、高い日差しをカー
テン越しに浴びる。なかなか寝付けない暇つぶしに、部屋を改めて静観してみた。特に意
味はなかった。私物は殆ど人形の陰に埋もれているからだ。
 右横では上海人形がごろごろしている。彼女の『故障』は単なる熱暴走だろうとは思う
が、今の自分ではまともな点検はこなせないだろうと応急処置で断念した。早いところ明
日になってほしい。
 明日の事を考えると、ふいに瞼が重くなってきた。横目に上海人形を眺めると、一瞬後
にはアリスの視界は暗闇に閉ざされていた。
「上海、皆、お休み……」

 さて、一先ずは英気を養わなければ。
 あぁでも気になる。昨日はなにをやっていたんだっけ……
 

 
「……あれ?」
 気づけば、既に朝だった。
 時計に目をやる。明朝七時。都会派魔女はゆうに夕餉すら通り越して睡眠していた。と
はいえ、今の彼女にはあまり寝た気がしない。夢は見たのだろうけど、覚えていない。
 まるで昨日の昼から一瞬で時間を早回しさせられたかのような感覚。
 なんとも不快だった。一応、頭痛は取れていたし、疲れも全然残っていなかったので気
は楽だった。
「まぁ、いいや。寝てない分反動がきたのよねー、んーっ」 
 楽観に持ち込むアリスは軽く背伸びをして、出窓から差す朝日を精一杯浴びる。久々に
清々しさを感じる一瞬だった。出窓の向うに紅葉ヤツデが揺れていた。
 いつのまにか上海人形が前に出てカーテンを閉めていた。流石私の人形、とアリスが関
心していた。
 ガンガンと音がする。うるさい。

 昨日と全く同じ配置に座る少女二人。
「いやー、また来てしまいました」
「昨日の今日ね……」
 諂うような笑みを湛える射命丸文。なんだかんだでまた、玄関を通してもらっていた。
 そういえば昨日はまだノッカーの呼び鈴を直していなかった、とアリスは思い出した。
点検に向かわせた人形達はもとの位置に戻っていたので、あとで改めて見に行かないとい
けない。そして今日も今日とて上海人形は肩の上で文を眺めていた。
 「もう疲れは取れているでしょう」そう言う文に、どうしてそんな事が分かるのかと尋
ねると、“風の噂だ”と無い胸を張っていた。そんなもんなんだろうか。
 
 アリスの口に吸い込まれてゆくオムレツは、一日ろくなものを食べていなかった彼女が
手っ取り早く作ったものだ。文の方は玄米が用意されていた。ご飯を食べにきているわけ
ではないのだろうが、如何せんタイミングが無駄に良かった。
 それでアリスは「ついで」と、鴉天狗に合いそうなものを出したのだった。
 
「本当にありがとうございます、まるで家に厄介になってるみたいで!」
 半ばそうなんだけどね。
「それは良いわ。この異変……ともいえないけど。それを聞きにきたんでしょ」
「へっ? あっ、はいほうでふ」
 米を口に含んだまま返事をする天狗。威厳がない。肩にのった使い魔のカラスが、文の
口から零れそうな粒を、右から左から摘み取って喰ってた。
「んぐぐっ、やっぱり米はいいものですね、私にはあまりものを食べたりする習慣がない
ので」
「ふーん」
 膝に頬杖をつきながらアリスが相槌を打つ。
 天狗はそういうものなのだろう。山にも宿る八百万の神の一にはあまり造詣はなかった
アリスは、文が単純な「妖怪」で無いことを改めて理解した。深い意味はない。
「それは美味しいんですか?」
「そりゃ私が作ったからねぇ」
「あっ、あそこにあるのは霊夢さんの人形」
「ちょっと、人の家で物色しない!」
 二人分の皿が空になるころまで、珍妙な組み合わせの間で、他愛の無い話が流れていた。


「……霊夢さんといえば魔理沙さんとよく一緒ですよねぇ。その魔理沙さんなんですが」

 箸を空になった陶器の茶碗に置きながら文が切り出す。
「え? ま、魔理沙がどうかしたの?」
 魔理沙の三文字に、一瞬どもる。
「昨日、アリスさんの家を出た後に訪ねたんですよ。魔理沙さんの家」
「あいつの家……そういえば同じ魔法の森だったわね」
 それで収穫はあったの?とアリス。
「ありました。すごい事ですね。アリスさんがなにかを気にしてるご様子で」
「は?」
 いまいち話が呑み込めない。
「昨日のアリスさんを魔理沙さんに話したら、“覚えていないんだ”って。“自分で思い
出したほうがいい”って」

「……一昨日の夕方の事かしら?」
「そうですよ、それ。私が訪れた前の夜です」
 また少し乗り出す文に、椅子が揺れた。

「でもなにがあったかは、アリスさんはある事を危惧して、ある実験の失敗をしてしまっ
た事に起因するらしいです」
「さっきから話が見えてこないんだけど?」
 すると文はメモ帳を取り出し、なにやら一つのページを見つけると、それを千切ってア
リスへ手渡した。
 
 『       おまえの記憶はぼろぼろになっている。
        へたに紅葉を早める実験なんてするからだ。
   頭をひやせよ、おまえが心配している事は誰も、私も気にしてないぜ   』

 
「……紅葉を早める実験?」
 メモの内容に、少し動揺を見せる。実験などの記憶が一切ないのだ。魔理沙がきた覚え
さえも。それが酷く癪に障った。
「らしいです。私は詳しく知りません。魔理沙さんもなにも教えてくれませんでした」
「あんの根性悪っ」
 バン、とテーブルに両掌を叩き付けるアリス。二組の食器がゆれた。
 カラスと上海人形もゆれた。
 文はきょとんとしていたが、ややあって、
「アリスさんなら大丈夫ですよ」
 笑顔。
 なにが可笑しいのかわからなかった。

 昨日と同じく、全く日の高い時刻。
 アリスと文は玄関先へ。
「それでは、朝ご飯、ご馳走様でした」
「……なんだか今日はよくわからなかったけど、このモヤモヤはどうすればいいの?」
 文はにこにこしていた。
 相変わらず変な天狗だ。アリスはあきらめたように溜息をついた。
 
「また、きますよ」
 言い終わるやいなや、カラスと共にその影は、白昼の蒼穹へと呑み込まれていった。
 空をぼーっと眺めるアリスの横顔を、上海人形は不安そうな瞳で覗いていた。


 上海人形自体に異常はなかった。単なる魔力の一点蓄積による破壊現象。
 それも外部からのものだった。
「…………実験、ねぇ」
 実験の失敗。それが原因ならば、ノッカーの故障も分かる。これまでも、全く関係のな
い部分に魔術作用が施されることはよくあった。それならば実験の一因を探るために、常に
取っているレポートを見れば話は早かった。
 
 手元には机に放り出してあった一冊のノート。
 それを捲りながら、アリスは紅葉に関する実験を探した。
「あった」
 殆ど最後のページに近い部分に、概要を見つけた。季節や天候に対する乞いに近い儀式
的な実験の手順が延々と連ねられている。その一文字一文字が既に術式の意味合いを成し
ているようで、このノート自体が魔道書だと感じられた。
 でも、
「でも、これ……完璧じゃない」
 紅葉を模した秋を体現するもの。時を進めるほどの禁則的術も、一部、かつ一時的なも
のならば、その紅葉の葉に近いものを用意した代用でも行えるはずだった。
 しかし、それが足りていない。いや、用意はしたのだろう。それでも受け付けられない
魔術式が暴走を起こし、一帯の紅葉を逆に遅らせてしまった……と。
 おかげで紅葉しかけた森も青々しくなってしまったんだろう。

「そもそも、なんでここまでして? 別に私は季節を楽しむなんて……」
 そのままベッドへ倒れ込むアリス。
「皆、宴会とかで楽しむんだな。ふ、ふん、そんなもの私には必要ないわ」
「シャンハーイ……」
 上海人形が、その様子を物悲しそうに眺めていた。
「あーばかばかしい、魔理沙なんてしらない!」


 次の日の事だ。
 また同じパターン、同じ時刻に文が訪ねてきた。
「直接魔理沙さんには聞かないんですね」 
 文がやっぱり、といった顔をした。
「別にいいのよ、どうせ一時的に過ぎるもんだし。それに紅葉したからって私にゃ関係な
いわ」
「それじゃ、なんで紅葉を早めようとしたのですか?」
「それが分かったら苦労しないわよ……」
 
「おお、今日もありがとうございます!」
「本当いつもすいません、ご飯がほしくて来ているわけじゃないんですが……」
「また、きます。記憶戻ればいいですね」

 
 あれから文は毎日、アリスの家を訪れていた。
 何故かアリスは何もいわずに朝餉を振舞った。
 毎日朝から昼まで、珍妙な組み合わせの他愛の無い会話だけが過ぎていった。その事に
関してはアリスはなにも疑問を持っていなかった。
 アリスは毎日少しずつ記憶を取り戻そうとしたり、ノッカーの導管を繋いだり、人形の
服を繕ったりしていたが、それはあまり普段の日々と変わらないものだった。
 
 そんな日が二週間を過ぎようとした頃だ。
「全然進歩してないじゃないの!」
 アリスは自分につっこみを入れた。
「いや全くですねぇ。私も全く取材になっていません」
 今日も今日とて文はアリスの向かい側で紅茶を啜っていた。
「あなたも暇ね」
「大丈夫ですよ。事件が起こらない時は無理に探さないことにしたんです」
「あぁ、そう……」
 カラスが文の肩の上を行ったり来たりするのを、上海人形はずっと目で追っていた。

「魔理沙さんから手紙をもらってきました」
「唐突ね。魔理沙が今頃なんの用かしら」
 何の脈略もなしに渡されたそれは、小さく白い、なんの変哲もない便箋だった。 
 その上端を無造作に破り、小さく三つ折にされた茶色の紙切れを取り出す。
 
 空白だった。
 
「……はい?」
「どうしました?」
 どうしたもなにも、
「これ何も書いてないじゃない」
 文はぽかーんとしていたが、あぁなるほど、と妙に納得していた。
「ちょっと、文?」
 アリスは文へ紙を手渡す。
「……んーやっぱりそうですか。魔理沙さんの言ったとおりです」
「あなた達……前からなにか隠し事してるようだけど、私をからかってるわけ!?」
 アリスが凄んだ。なにがなんだか分からない不安の中で、ヘタに謎を与えられることに
憤りを感じた。
「と、とんでもありませんよ! ただ魔理沙さんは貴方にはこれが読めないと」
「うるさーい! あんた毎日毎日、私を観察しにきてるみたいだけど、これ以上魔理沙と
グルになって何かするようだったら容赦しないわよ!」
 その声に反応してか、上海人形は急激に飛び立ち、巨大な槍を文へ構えた。
 文は狼狽する。その眼は明らかに泳いでいた。まずい。
 今はヘタに刺激しないほうがよさそうだ、と。

「お、おじゃましましたー!」
 気づけば、開けっ放しになっていたガラス戸がバタバタと揺れ、文の姿はそこから垣間
見える小さな影になっていた。
 小鳥の囀りだけが後に残る。

「なんなのよ、もう」
 アリスは、自分と文の食器をひったくると、ダイニングへと大股で向かった。
 ふと、横目に大きな体重量りを見つけた。アリスの頭になにかがよみがえる。体重量り。
そう、そういえば体重量りを最後に見た記憶がある。
 アリスは食料貯蔵庫へと足を踏み入れた。精製品冷蔵庫を見ただけでは気づかなかった。
食糧貯蔵庫は、随分酷い有様だ。間違いない。全部アリスが平らげている。思い出した。
 
 アリスは食器を乱雑に洗い場へ放り込み、駆け足で自室へ飛び込む。
 なぜ気づかなかったのか。レポートには必ず『実験の動機』を書くようにしてたのだ。
そのノートの、最後のページをゆっくりと開く。
 
「は、はは……なんだ、こんなこと……」





「あー? なんだ? アリスはまだ思い出せてないのか?」
「うぅ、私が被害を受けそうになりましたよ」
 脱兎の勢いでマーガトロイド邸宅から逃げ出した鴉天狗は、同じ魔法の森に住む霧雨魔
理沙の邸宅を訪ねていた。
 ごちゃごちゃと実験機具や化学薬品が立ち並んだり転がっていたりするリビングルーム
で、魔理沙はにやにやと文を眺めていた。
「あいつはプライド高いからなぁ、高すぎる。うん。だから私の文字が見えない」
「はぁ」
「“都合の悪い事が見えない”んだ」
 ソファーの肘掛に行儀悪く掛けながら、魔理沙は続けた。
「つまり、自分で自分を認めたくない時だな。たとえば究極の魔法を持っていても戦いに
まけた時の記憶。あれは殆ど捏造と言ってもいい……って、文にはわからんかな」
 文はこくこくと首を縦に振る。
 ちなみに文には作業用の椅子があてがわれていた。
「だから……アリスは秋が大きらいになった。私が変に薦めたからだな、ははは」
「つまりアリスさんは秋を嫌ったから、“紅葉を早く見たい”わけではなく“早く冬にし
たい”という動機で実験をしたんですか?」
「そういうことだぜ」
 魔理沙は足をぶらぶらさせ、機嫌がよさそうに答える。
「そうだよなぁ、アリスも馬鹿だぜ。一時的にでも秋をすっ飛ばして、自分をどうにかし
ようとしてる。で結局実験に失敗、その事実を忘れてしまった」
「そうですか、そういう事だったんですね……」
「ああ。でももう大丈夫。気づいてる。おまえが体重計を動かしたのもわざとだろ?」
 ふふん、と鼻を鳴らす。
「見てたんですか? なんで分かるんですか?」
「……風の噂」
 ここで始めて、二人の間に笑みが広がった。

「それで……魔理沙さんはどうするんです?」
 文はカラスのように首をかしげて笑いかける。

「もう一度誘うよ。魔法の森の外は、そりゃきれいな紅葉が広がってるぜ?」
 これまでで最高の笑顔で、魔理沙は窓から見える景色を眺めていた。




 ――マーガトロイド邸宅。
 アリスは、文を追い出した応接室で、自分が放り投げたくしゃくしゃの紙を見つけた。
それをゆっくりと広げる。
 白紙だったはずのそれには、短くだが、確かに文字があった。
 その文字はよく見慣れた字で、アリスに酷く安堵を齎した。
 今までの自分が本当に馬鹿みたいだった。
 
「もう……最初から自分で言いにきなさいよ、魔理沙」

 ジリン、ジリン、ベルの音が鳴る。ノッカーの調子は良好だ。

「上海、行くわよ」
「シャンハーイ」 

 玄関先に三人の少女。
 こんな他愛の無い事で、色々悩ませられた。
 アリスは、照れ隠しに魔理沙をバンバン叩いていた。

 テーブルの上に置き去られた魔理沙からの手紙。
 本当に他愛の無い、一言だった。 






 『        一緒に行楽にいこうぜ         』

 




「それで、魔理沙さん。私のやってる事は正しかったんでしょうか」

 紅葉の葉が粉雪の如く散り散りに降る小高い山の峰、大木を背に文が問いかける。

「“太ってた”件か? 太ったくらいで食欲の秋が嫌いなんて、あの程度でだぜ?」
「本当そうですよねぇ。でも色々と食べ物薦めたのは魔理沙さんなんでしょう?」
「私はいいんだよ、多少肥えたって、美味いもん喰えれば、楽しければ、それでいい」
 魔理沙は紅い雪の積もる草原へ、寝そべりながら答えた。

「魔法の森の木々は戻すんですか?」
「おまえにも手伝ってもらうけどな」
「うげげ」
「まぁでも、ちょっとづつ紅葉するのを見るより、一斉に紅くなるのを見れたことは
貴重だ。おもしろい」


 その視線の先には、上海人形と共に無邪気に戯れるアリスの姿。
「そう、あなたは少し、プライドが高すぎる。……なーんてな」
 魔理沙は、その視線に気づかないアリスへ、口真似をして指を指す。
「あはは、それって閻魔様みたいじゃないですか」

「みたいじゃなくて、本当にそういわれるさ。もっと自然体でいる事だ」
「まーりーさ! こっち来て! すごい葉っぱのベッドみたいでしょ!」
 アリスが大声でこちらを呼ぶ。全く、先日までの低テンションはどこへやら。
「そうですよね、私も久しぶりに気が楽です」
 文が初速から音速で走り出す。アリスのベッドだった紅葉の葉が吹っ飛んだ。
「うわぁぁぁあぁ! なんてことをおおぉぉ!」
「あはははは」
 後から後から積もってくる紅い雪に、文は飛び込んだ。


「そんな事で“友達”はいなくならない、だろ?」 

 魔理沙はその独り言を皮切りに、二人の下へと飛び込んだ。



初投稿だった。
文が動かせればなんでもよかった。
今は反省している。
だが私は(ry

そしてちょっと応急処置しましたよ
低速回線
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/19 05:33:04
更新日時:
2005/11/05 13:20:06
評価:
23/23
POINT:
146
Rate:
1.43
1. 9 月城 可奈女 ■2005/10/20 01:25:03
題材の使い方といい、素晴らしいセンスだと思いました、とても面白かったです。シリアスだから出来る『コメディ』という名のミステリー、という訳分かんない表現しか思いつきませんが、上手い展開に脱帽です。
2. 4 おやつ ■2005/10/20 23:44:18
そうとも、文が動けばそれでいい。
謝ることなどありません。
初投稿乙です。
いいお話でした。
3. 7 papa ■2005/10/22 13:10:17
体重の問題は女の子にとっての永遠の難題かもしれないです。

最初に文がメモを取った場面、メモ帳とペンを取り出して今、すらすらと
書き始めたのに間違えた・・・? なんか違和感が・・・。
4. 7 MIM.E ■2005/10/22 23:37:13
>文が動かせればなんでもよかった。
ちょwwおまwwそっちかよw
秋ですよとか、
食べ物を食べる文が最高にgoodだと思ったよ俺も。
そしてこういう関係の魔理沙とアリスがいいですねほのぼのしてて。
最初のほうの地のあやがちょっとだけ分かりづらかった。
けれど楽しいお話をありがとう。
5. 6 床間たろひ ■2005/10/22 23:58:11
いやー展開が読めずドキドキしましたよ。サイコホラー系のオチを予感させる
展開にあのオチ。ナイスでした。
6. 3 一之瀬翔弥 ■2005/10/22 23:59:02
生き生きした感じがgood♪
ただ、なんとなくすっきりしない感じかしらん。
文体もしっかりしてるのに、なんでだろう。
役に立たない感想すみません。
7. 8 匿名 ■2005/10/23 06:51:12
どきどきと、ほのぼのが綺麗に感じられる作品でした。
良い秋の味覚、御馳走様でした。
8. 4 Tomo ■2005/10/24 11:32:53
アリス可愛いよアリス。文章にリズム感や歯切れよさがあるともっといいと思います。
9. 5 藤村りゅ ■2005/10/24 15:46:49
 最初、バッドエンドに行くものだとばかり思っていた。
 今は反省している。
 そしてアリスは(ry

 非常にテンポが良く読みやすかったです。
 若干描写が薄いせいか、途中バッドに行きそうな気配もありつつ、
ハッピーに終わったことに安堵と物足りなさを。
10. 8 銀の夢 ■2005/10/25 10:22:57
不思議ななぞなぞでした。
でも、楽しめました〜。

食欲の秋、実験の秋(ぉ
そして、涼やかな落葉の中を舞う少女の秋。綺麗で、ピュアですね。
11. 6 木村圭 ■2005/10/25 21:45:32
アリス可愛いよ可愛いよアリス。大満足。
12. 8 世界爺 ■2005/10/26 00:52:56
どうでもいいことで派手なことをしでかす彼女たちが好きです。
でも確かに体重は死活問題か。女の子は大変ですね。
私? 私は食っても太らないんです。燃費悪し。

意味不明の箇所が繋がっていく、ミステリめいた雰囲気。
まさしく引き込まれるとはこのこと。
文もまたいい狂言回しとして動いてるのが好感です。
さり気なく魔理沙もヒント出したりしてるあたり、不器用な優しさが……、
まあ楽しいからやってるだけかも知れませんが(何)、その辺が感じられました。
13. 8 ■2005/10/27 22:36:14
たった今血を吐きつくしたばっかりなのに…(ぐったり)これまた転げまわりたくなるような乙女っぷり。

ただ、アリスと文の相性が意外なほど良さげでした。面白い取り合わせかも知んない…
14. 7 ■2005/10/27 23:08:26
これはいいアリスですね。
文との掛け合いがかなり上手いと思いました。
15. 7 七死 ■2005/10/28 00:13:54
王道二本目キター!!

初投稿でこのストーリー展開とは恐るべし大器の片鱗。
少し誤字っておられるようですが、まあ未来ある若者なら、これくらいのチョンボごとき何時でも乗り越えられるでしょう。

最後に、良い文ちゃんを有難う御座いました。
16. 6 美鈴まさき ■2005/10/28 04:01:53
 ミステリ調で文章にかなり引き込まれましたが、原因の事象が弱いのと魔理沙の手紙の件にひっかかりを覚えてしまったのが残念。
17. 6 風雅 ■2005/10/28 14:26:18
アリスは……気にしそうだなあ(笑)
何だか無頓着っぽい人々の多い幻想郷で、ある意味普通の女の子の思考をしてそうです、アリスは。
だけど解決策はチルノ並の代物……駄目だあ(笑)
18. 5 偽書 ■2005/10/28 16:41:12
食欲の秋、或いは馬肥ゆる秋。面白かったです。
19. 6 K.M ■2005/10/28 19:04:46
最初に頭をよぎったのは「ペイチェック 消された記憶」
でも内容は結構ほのぼのしたものなのでちょっと安心
20. 5 流砂 ■2005/10/28 19:18:45
文がなんか可愛かった。 楽しかった。
最後の思い出す所をもう少し捻ってくれれば惚れていた。
21. 6 名無しでごめん ■2005/10/28 20:36:59
ミステリ風味なのかしら、と最初は思ったので少し肩透かし。
体重量りが鍵になるとは思いもよらず、乙女まで肥ゆる秋は恐いものですね。
ともあれラストのアリスが幸せそうで良かったです。
22. 7 弥生月文 ■2005/10/28 23:12:11
天高く乙女肥ゆる秋、ですか。
こういうアリスのキャラ解釈も面白いですね。
23. 8 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:51:39
他愛も無い動機ですごい事をしてしまうって東方っぽいですよね。
何かが欠落したアリスにシンクロしてこっちも不安経由でほっとできました。
それはそれとして秋ですよな文かわいいよ。
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