花映す色は

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 07:23:59 更新日時: 2005/10/21 22:23:59 評価: 23/23 POINT: 190 Rate: 1.79
『魂映す色は』





1、
 空っぽの布団を前にして、思わず膝を突いた。
 うなだれた首にひんやりとしたものがまとわり付いて、滑り落ちる。ワンテンポ遅れて畳に落ちる白くふわふわとしたものも―――半人半霊である私、魂魄妖夢の半身だ。力なく崩れて横たわる半身は、私以上にわかりやすく現在の感情を表現していた。
「幽々子さまの……裏切り者……」
 おはようございます、のために取っておいた今日の第一声はそんな恨み言に変わる。どう考えたって明るいものになんかなりそうに無い一日の始まり。
 それでも、概ねいつものものだと言い切れてしまう始まりのはずだった。

 ―――幽々子さまの雲隠れは、これで三日連続ということになる。




2、
 陽気は爽やか、妖気は穏やか。
 人間が死後次の生を待つ場所である冥界は、賑やかな桜の季節も過ぎすでに夏の準備を迎えようとしていた。季節柄の穏やかな空気は冥界にも共通のこと、場所柄、多少生気に欠けてはいるもののやはり朝は爽やかなものだった。
 ここ白玉楼の庭師である私もそれに釣られて爽やかな目覚めのまま朝の日課をこなし、その仕上げとして主を起こしに部屋へと訪れていた。いつも以上に気合を入れた仕事は完璧、一日の申し分の無いスタートになるはずだった。
 そこへ、この仕打ちが来た。
 西行寺の姓を冠する私の主、西行寺幽々子さまはこうして稀に、というかときたま、というかいつも思いもよらない行動言動で私を困らせる。からかわれていると思っていたが、実は半分ぐらいは一種の教育であると思い直したばかりなのだが―――また評価が揺らいできた。
 早起きなど考えられない日常を逆手に取った計画的犯行だが、ここに至るまで何の異変も気配も感じられなかったことは従者として恥といえる。綺麗に整えられた寝具が敗北感を煽った。
 それにしても三日目、三日目だ。


 一日目は昼前に戻ってきた。
 幽々子さまのご飯は朝のものの残りです、と言ったら機嫌が悪くなった。
 何処へ行っていたのか問いただしたけどはぐらかされた。


 二日目は夕方まで帰って来なかった。
 今日のご飯はありません、と言ったら『明日からはつくらなくっていいわよ』などとものすごくいじけた顔で言い放って私の夕飯を横取りした。
 何処へ行っていたのか何度も問いただすと、『もう今日で終わりだから』と言って部屋に逃げ込んでしまった。


 そして、今日、三日目だ。
 完全に意気が挫かれたけど、それでもなんとか持ち直した。
 まずは、状況把握からだった。
 幽々子さまは影も形もない。
 だが諦めるのはまだ早い。部屋に何か手がかりが残っているかもしれない。
 調べは簡単だ。なにせ幽々子さまの部屋にはものが少ない。
 布団、枕、あとは机と押入れぐらいしか調べるところは無い。神速で検分を終えると―――机の上に一枚の紙が乗っている。書置きだろうか?
 書置きは流麗なかな書き。
「みわたせば……はなも、もみぢもなかりけり……ああ、読みづらいなあ」
 何かのヒントか嫌がらせかと、書置きを手に取って解読を始めた。幽々子さまの筆は、達筆と癖字の境界線上にありひどく読みにくい。
「うらのと、と、とま……やの? あさ…じゃなくてあきのゆうぐれ」
 その流れるような字体に、わざとらしくしなだれて涙を流す真似をする幽々子さまの姿が連想されて思わず少し暴れた。ひとしきり暴れてから気を取り直して解読再開。
 書置きは5・7・5・7・7の31文字。和歌だ。
「みわたせばはなももみぢもなかりけりうらのとやまのあきのゆうぐれ」
 これだけじゃわけがわからない。思いつく漢字を当てはめると……多分、こう。

 見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

 以上を踏まえてなんとか解読すると風情が無いよ、って言いたい歌だ。多分。
 ともあれ、『風情も何もありませんことよ、よよよ(幽々子さま風に意訳)』と書置きを残して逐電いうことは……おそらく、冥界を抜け出し幻想郷に向かったのだろうと思えた。
「やっぱり一人でお花見にいったんだろうな、幽々子さまのことだから」
 幻想郷には、現在進行形の異変が一つある。季節も気候も関係なく、花という花が一斉に開花しているというものだ。もっともその原因は既に解明されていて、それが害の無いことは私にも幽々子さまにもわかっている。ちょっと珍しい自然現象、と言ってしまってもいいものだった。
 どうせ、花見に行ったに違いない。
 花見には一緒に行こうと持ちかけていたので、見事に振られた形になる。
 正直なところ、ちょっとショックだった。

 本当ならすぐにでも探しに行くのが筋だろうけど、もう知らない。
 幽々子さまが何を考えているのかはよくわからないけど、あんまり無視されると腹が立つ。私は従者で、付かず離れずいなきゃいけないはずで、幽々子さまもそれはわかっているはずなのに。
 朝の日課は終わってしまった。
 特に指示がない限りは、一日は結構暇になる。幽々子さまの食事を用意しなくて言いというならなおさらだ。どうせ幽々子さまもどこかでふらふら遊んでいるに違いない。それなら私だって休日を貰ったつもりで何もしないでいよう。
 帰ってきてもご飯はなし。私の食べる分も無いけどそこは自爆覚悟の抗議を思い知ってもらおう。
 あとはまあ、恨みの句でも用意しておこうか……?




3、
 ―――結局この日、本当に幽々子さまは帰ってこなかった。




4、
 翌日の朝、日課を飛ばして幽々子さまの部屋を確認に行った。
 やはり、いない。
「いい加減探しにいかないと……花の見ごろが終わってしまう、それは困る」
 なにせ幽々子さまのことだ、花から花へと風に吹かれてぶらつくうちに時間を忘れるなんてことはいかにも過ぎる。一日目は昼、二日目は夕、三日目は帰ってすら来ない。そしてわざわざこんな書置きまで残しているということはまだまだふらつくつもりだろう。
 一晩寝たら血の上った頭が冷めた。
 これは、幽々子さまの罠だ。私を怒らせて探しに来させないための。最近私が一人で降りていくことが多かったのでその仕返しのつもりかもしれない。
 だがあと二日三日もこんなことが続いては私一人がこの六十年に一度の花咲きに取り残されてしまう。由々しき事態だ。
 となれば、急いで行動だ。花も主も待ってはくれない。
 机の上には昨日と同じ位置に書置きがある。
 ひょっとするとこの句は、取り残された私に対するあてつけであるのかもしれない。確かに今現在花も紅葉も、風情も何もない状況に置かれているのは私のほうだ。
 気を取り直して立ち上がり、書置きの紙を懐に仕舞う。

 意気高く向かうは、まず台所。
 古くからあるように『腹が減っては戦(はなみ)』はできぬ。朝としては重めの食事を作り、ついでに料理の出来を少しばかり自画自賛してやる気も微量チャージ。
 ……いつもの癖で二人分作ってしまったけど。
 大急ぎで食事を終えた。
 当たり前だけど、全部は食べきれない。
 感情に任せて気合を入れて作ってしまった二人分の朝ごはん、もったいないので幽々子さまの一人前をお弁当にして持っていくことにした。幽々子さまの食事は私の倍量なので平均的な二人分の包みになる。丁度いい、幽々子さまを見つけて二人で食べよう。
 おにぎりをつくって笹葉で包む。指に付いたご飯粒を舐めると、手塩が少ししょっぱい。

 約四半時で準備を終えた。
 食休みと食後のお茶が恋しかったけど、戦時にそれは贅沢すぎる。
 戸を左右に勢い良く開き、出立。
 いつもより気持ち早めの速度で飛び上がる。風が妙に冷たく感じた。
 なんとはなしに振り返ると、今しがた手を入れたばかりの白玉楼の庭が眼下に広がっていた。その色が平坦で、今一歩鮮やかさに欠けるのは私がここのところ幻想郷の眺め―――狂い咲きの花景色に慣れていたからだろう。
 あの開花は冥界には届かない、そういう決まりだった。
 だからこそ幽々子さまと一緒にもう一度幻想郷へ花見に向かいたかったのだけど、幽々子さまは一足先に下りていってしまった。もしかすると、私にどこの景色が綺麗です、どこの花が見ごろです、と訳知り顔で案内されるのが嫌だとかいう理由なのかも。
 だとしたら、花が綺麗に見える場所に幽々子さまはいるのかもしれない。
 まずは、記憶を頼りに絶景をめぐってみることにしよう。幽々子さまと私の思うところはさほど違いは無いはずだ。
 気付けば、もう花の匂いが漂ってきていた。




5、
 まず、桜の木を頼りに飛んだ。
 幽々子さまはやはり桜が好きだし、花見といえば桜というのはもうなんというか当たり前のこと。当然の第一候補だった。
 それこそところかまわず好き勝手に咲いている花々の中でも桜は目立つ。圧倒的に存在感がある。何も考えずにふらふらと飛んでいれば桜の木に行き着く、その点は楽だった。
 昨日に比べれば幽霊の数も少し少なく、飛び回る分には支障が無い程度になっている。異変を突き止める、なんて気を張らずにも済むので気分は軽い。
 唯一の難点としては、幽々子さまは桜色が保護色になっていて見落とす危険があるということ。見とれそうになるのをぐっと堪えて目を凝らす―――

 すると、桜吹雪にまぎれて空を行く人影を見つける。
 いや、桜吹雪を巻き起こして、といったほうが正確かもしれない。えらく爽快な勢いで飛び回っているその人影は黒と白。色といい、品の無い飛び方といい、間違っても幽々子様なわけは無い。
 黒白もこっちに気付いたのか、大迷惑な突風を伴って旋回。
 すぐに目の前までやってきた。
「よう」
 挨拶は単純そのもの。霧雨魔理沙、顔見知りの普通の魔法使いだ。
 花の影響か珍しく機嫌がいい。乱暴な口調と笑みの中にも上機嫌が伺える。つい先日に弾幕ごっこというにはいささか過激すぎる死闘を演じたばかりということもすっかり忘れている模様。
 まあ、都合がいい。
「幽々子さまを見なかった? 昨日一昨日のことでもいい」
「いや、知らないぜ。一応言っておくが斬られてもやっぱり知らないぜ」
「斬らないってば。それにこんなところで刀振り回したら幽霊まで切ってしまう」
 それについては主ととある偉い方の二人に揃って注意されたばかりだったりする。
「ふーん、そうか。今日は機嫌がいいから辻斬りに付き合ってやっても良かったんだけどな」
「辻斬りとか言わない」
 第一機嫌が悪かったらそっちから吹っかけてくるくせに、とは言わない。君子危うきに近寄らず―――賢くても喧嘩を吹っかける人間妖怪は幻想郷には多いけど、一応間違ったことわざではないと思う。
「まあ細かいことは気にするな。今日は幽々子のやつは一緒じゃないのか?」
「探してるってさっき言った」
「それとこれとは話は別だぜ。まあ、霊夢のところで花見をすることになってるから、そっちにいるかもしれないな」
 そういえば、このあたりには博麗神社がある。点在する桜を辿ると、幻想郷の境界に位置するそこに行き着くようになっているというのは考えてみれば自然だ。
 流れで、一緒に行くか、と誘われる。この魔法使いは酒を飲める相手が増えればそれでいいのだ。
 それでも誘い自体は嬉しくないわけでもない。だけど今日はやはり、幽々子さまと花見をするのが至上目標だ。
「様子だけ見に行く。幽々子さまがいなかったら悪いけど帰らせてもらう」
「なんだ、弁当持参だから花見の場所探してるんだとばかり思ったよ」

 そんな話をしているうちに博麗神社の鳥居が見えてくる。
 目的地を目視確認すると、魔理沙は一気に加速した。そのスピードは呆れてしまうほど速い。
 遅れてついていくも、やはり着地点には盛大な花嵐が巻き起こっていた。巻き上げられた桜の花びらが渦を巻いて飛び交う様は意外にも悪くないものだが、
「なに考えてるのよ! こんなに散らかして!」
 その眺めは真っ向から否定される。
 箒を振り回す剣幕で怒鳴りつけてきたのはこの神社の巫女、博麗霊夢だ。箒を持っているということは掃除中。掃除中ということはこの層を成すほどの花びらは大迷惑以外の何者でもない。私も庭師だからわかる。
「そんなに目くじら立てるなよ、今日は楽しい花見だぜ」
 そんな管理側の都合など一切無視して、魔理沙。
「楽しい花見をするために掃除して場所を作ってたのよ。なのにこれじゃ一からやり直しじゃない」
「車座で花に埋もれるのも悪くないと思うぜ」
「あんた一人で肩まで浸かって数でも数えてれば? これだけ散らかしたら二人で掃除したって―――って、なんだかもう一人いるわね、というか正確には二分の一人?」
 非常に悪いタイミングで気付かれた。というか間を計って話を振ってきたんだろうけど。
 自分が参加しない花見の掃除を押し付けられてはたまらない。聞くことだけを聞いてさっさと逃げることにした。
「霊夢、幽々子さまを見なかった?」
「最近見てないわね、花も盛りなのに珍しい……今日はあいつも来るの?」
「知らないなら構わない。私は幽々子さまを探しているだけだから」
 そう言ってさっさとこの場を離れようとする。
「ちょっと待ちなさい。この惨状を放って帰るつもり?」
 ―――が、捕まった。
「私は関係ない……と思う」
 反論が弱弱しいのを自覚した。
 正直なところ、こうなった霊夢は苦手だ。無茶な理屈を理路整然と通す様にはどことなく幽々子に近いものを感じる。
「関係なくないわよ。例えお猪口一杯飲まずに帰ろうと、ここにいるってことは花見に参加したってことなんだから」
「……なんだかおかしいように聞こえる」
「宴会の参加者には等しく後片付けを義務付けたわよね、例の連続宴会記録を作った記念すべき夜に。お開きまで残らないなら準備のほうに労力を割いてもらうわ、ということで、はい」
 無造作に、ひたすら自然にパスされた箒を避けることはどんな達人でも、おそらく師匠でも無理だったろうと思う。

 結局、境内の掃除には二時間掛かった。




6、
 何もかも失って、神社を脱出した。
 なんだかよくわからないうちに丸め込まれて、花見に関係ないような場所まで掃除する羽目になったし散々だ。あろうことか、目を放した隙にお弁当一つと冷酒を入れた瓢箪をむしりとられてしまった。味のほうが好評だったのがまた腹が立つ。
 まさに鬼か悪魔か(途中で本物の鬼と悪魔も参加したけど)、といった行状。きっとあの連中には閻魔様の厳しい裁きが待っているに違いない。

 ……お腹が空いた。
 本当はお昼前に幽々子さまを見つけて、一緒に食べようと思っていたけど一つしか残っていないのでは未来は暗い。具体的に言うと私の分が無い。今のうちに食べてしまうのがいいだろう。幽々子さまごめんなさい、泣く子と地頭と空腹と閻魔様と理不尽な巫女とあとこんにゃくあたりには勝てません。
 飲み物がなくなってしまったので、適当な沢を見つけて飲み水を確保するほかなかった。冷酒に合わせようと塩を強めに利かせてあるので飲みものなしは自殺行為以外の何者でもない。
 水場を探して飛び回っていると、なんとなく見知った場所に出た。
 あ、ここは確か―――
「やっぱり、ここだ」
 顧客のことを考えたとは思えない立地にある一軒のお店。何度かお世話になったこともある店主が趣味で営む、おそらく幻想今日唯一の骨董品屋『香霖堂』だ。
 ひどく簡素なたたずまいだったはずのお店が花に埋もれそうになっている。屋根上は散った花びらで多いつくされていてとても明るいカラフルな色をしている。なんだか、流行りの着物を扱うような明るい店先に見えてちょっと面白い。
 当然ここには井戸もある。丁度いいから、水を一杯分けてもらおう。


 「すいませーん。ちょっとお願いしたいことがあるのですがー」

 戸を叩いて呼ぶけど、返事が無い。
 お花見に出かけてるのかな、とも思ったけどもう一度繰り返す。
「すいませーん。ちょっと井戸を貸していただきた……ってうわあ!」
 二度目に戸を叩いた瞬間、大量の花びらが屋根から落ちてきた。一部の地すべりに呼応して、屋根全部の飾り花が落下。
 赤、青、黄色に桜色。色とりどりの弾幕密度は避けようの無いものだった。慌てて一歩下がって石畳のへりに蹴つまづいた時点で詰み。
 見事に、埋まる。一体何日掃除してないんだろう?
「うー……」
 情けなさのあまりに呻く。
「今日はまだ店を開けていないんだが、何の用だい?」
 戸口が開く音と、声がした。
 なんだか、以前もこんなことがあったような。
「自分で出てこられるかい? 今日は外がこの有様だから店を開けるつもりも無かったんだが」
 声の主はやはり香霖堂の店主、森近さんだ。
「しくしく、お水を一杯貰いたいのです」
「ふむ、君は花の妖怪かな? 井戸を使うぐらいなら構わないが、水を与えた途端に巨大化するようなことがあると困るな」
「半分は人間だし巨大化もしません……お見苦しいところを見せました」
 花の山(としか言いようが無い)から這い出して、改めて頭を下げる。
「ああ、君はいつぞやの。また幽霊のことで来たのかい? でもこの幽霊騒ぎは君のところとはあまり関わりが無いもののはずだがね」
「あ、それはわかってます」
 服をはたいて花びらを落とす。髪の隙間に入ってしまった小さいものは櫛でも使わないと無理だろう。
「あの、それで、水を一杯いただけませんか」
「ではそこのかめに五分ほどの水を汲んできてくれたまえ、お茶の一杯ぐらいはご馳走しよう」
 思いもよらぬ発言だった。私としては、経験則上『ああ、好きにしたまえ』の一言で終わりだと思っていたのだけど。
「え、あ、いや、そこまでしていただかなくても」
「雪下ろしにも報酬は出したろう? 見えない屋根の上にあるという前提条件の元では雪と花は大して変わらないものだよ」
 冗談、なんだろうか? 表情が変わらないので判断が難しい。
 とりあえず、まずは言われたとおりに水を汲みに行くことにする。やっぱり店主さんもこの花盛りで機嫌が良くなっているんだろうと思うことにした。




7、
 香霖堂店主の招きに預かってお茶をご馳走になった。
 ついでにお弁当もここで頂いていくことにした。許可を得てから包みを開く。

「あの、良ければ」
「ああどうも、ありがたく頂くよ」
 自分ひとりでぱくついているのは気が引けるので薦めてみた。彼は意外にあっさりとおにぎりの一つを手に取り、口にする。
「いい塩を使っているね」
「塩、ですか?」
「ああ、塩だよ。ところで君は塩がどうして作られるか知っているかな」
「ええと、その……」
 そのあとの食事中ずっと、塩について妙に熱っぽく語られた。なんでも塩にはいくつか種類があり、それぞれに特殊な法則が働いているとか何とか―――正直よくわからなかった。
 なんだかんだで二つほど店主さんが食べた。

「あ、ところでなんですけど、幽々子さまを―――ああ、ええと、なんとなくふわふわ優雅に飛んでお花見してる亡霊見ませんでしたか?」
「いや、他と明らかに見分けがつくような幽霊は見ていないな」
「そうですか……」
 やはりここにも手がかりは無し。もともと休憩のために立ち寄っただけだから当然といえば当然か。
「では、そろそろ失礼します。お茶、ご馳走様でした」
「ああ待ちたまえ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、その優雅な亡霊はずっとこちら側で漂っているものかい?」
 立ち上がり、頭を下げて退出しようとしたところを呼び止められた。
「いえ、普段は冥界にいますけど」
「だとすると、妙だな」
「みょんですか」
 いけない、また噛んだ。
「ああ、みょんだ。わざわざこの時期に花見に来るなんて」
「なんでですか? 絶好のお花見シーズンですよ?」
「幻想郷の人間や妖怪たちにとってならそうだろう。だけどあちら側の住人がわざわざ花を見に来るなんてことはおかしいんだ」
 またしてもなんでですか、と鸚鵡返しになってしまうので聞き返さない。向こうから続けてくれるのをおとなしく待つ。
「今幻想郷に咲いている花は、あちら側の住人にとっては珍しくもなんともないものなんだよ。君にならわかるだろう? 四季の巡りに無い花が咲くには理由が必要だ。そしてその理由は一つしかない、そうだろう?」
 ここまで言われて、やっとわかった。
「霊が宿ること、ですか?」
「そうだ。そしてそれはあちら側に咲く花と同じもの。冥界の亡霊にとってはなんら珍しくもありがたくも無い、関心を引くことの無い花なんだよ。花見がしたいなら、あちら側で見ればいい」
 自説を語るとき、回りくどくはあっても決して皮肉っぽくならないのはこの人の長所だ。だから聞き手に不快感を与えない(納得するかはともかくとして)。
「だとすると、彼―――ん? 彼女かな、まあともかくその亡霊には他に目的があるはずなんだ」
「でも、冥界はこんなに花盛りでもないですよ? というか夏の準備で草木は緑一色ですし」
「ん? そうなのか、じゃあ別におかしくないのか。困ったな」
 いやあの、別に困らないと思うんですけど。
「だったら何も面白くないな、なんだか納得がいかない。それに花見だという証拠もまだ無い」
「いや、そんな逆ギレされても……」

 それに証拠と言われても―――と、言おうとしてふと気付いた。
 証拠とはいえないけど遺留品(というとものすごく不謹慎だけど)なら、ないこともなかった。

 懐に仕舞っていた書置きを出して見せてみる。
 例の和歌だ。
「そういえばこんな書置きがありました」
「ふむ……みわたせば、はなも、もみぢも? なんで紅葉なんだ。それに秋の夕暮れって今は春だ、夏は近いが秋は遠すぎる。とすると」
「特に意味はないと思いますよ? 『風情がありません、悲しいです』って言いたかっただけかと、それで花見に行ったと思ったんですけど」
「そんなわけはない。この書を見れば筆を取ったものがどれだけ歌に親しいかはよくわかる。これほど歌をよくするものがこれほど的外れなものを残すとは考えづらい、何か裏がありそうだ」
「そんな、裏なんてあるわけ無いですよ」
 深読みして暴走する癖がある、という人物評を聞いたことがあるけど当たりだったみたいだ。どんどん変な方向に話が向かっていくのに、苦笑いして釘を刺す。
「―――裏が無いほうが問題だと思うがね」
 返ってきたのはわずかに翳った口調での言葉。
「え?」
 
「だって、これじゃまるで辞世の句だ」

 あまりの不意打ちに固まってしまった。
「身を渡す、花、それにもみじはおそらく黄泉路の言葉遊びだ、浦の徒、真夜の、飽きの夕暮れなんて殆ど直球じゃないか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんなの全部こじつけで」
「こじつけだよ。だけど和歌にはそういう部分が多いのも確かだ、少なくとも、一見しただけの僕にはこれはそういう句に見える」
 辞世の句。
 もちろん、そんなのは全部嘘で冗談だって思ってもいる。だけどそれまで全く感じていなかったなにかが急に広がっていくのも、確かだった。

 幽々子さまが私に何も告げないで家を空けるなんてことは今までなかった。
 ご飯を作らなくっていい、なんていったことだっていままでなかった。
 丸一日帰ってこないなんてこと、考えてもいなかった。
 それに、今年は特別な年だ。

 まだ注釈をつけようとしているのを無理矢理ひったくった。
「……もういいです。お茶、ご馳走様でした。失礼します」
 頭を下げて、そのまま踵を返し出て行こうとした。
 すると、思いがけず強い声音で呼び止められた。
「待ってくれ、ここからが重要なんだ」
 たしなめるというより、こちらを思いやる向きが含まれていた。
「それにここで帰られると後味が悪すぎる、ちゃんと最後まで聞いてくれ。いいかい、僕にはこれが額面どおりの辞世の句だとは思えない」
「どういうことですか」
「そもそもがおかしいんだ。そもそも幽霊が辞世の句を詠むこと自体異例だけど、もしそうだったとしたら内容は暗くはならないはずだ、生まれ変われるわけだからね。それに暗くなるにしても、別れを惜しむ対象がいたとするなら、辞世はおのずとその人達に宛てたものになるはずだろう?」
 それは、そうだ。
「だから変なんだよ、幽霊が世を儚み自分には何一つなかったと残すはずがない。これは僕の推測だが、この句は存在自体が何かの謎掛けだ。この句はその人物が場所や時間を表すのかもしれない、だとしたら追って来いと言っているようにも思える―――とまあ、これが僕の推察だ」

 打って変わったはきはきとした物言いに、少しだけ肩の荷が下りる心持ちだった。
 確かに、幽々子さまが辞世を詠んで姿をくらませるなんておかしい。それらしいことを書いて私をからかっているというのが一番ありうる線だ。それを確認すると同時に、改めて現状を自覚もした。
 考えてもみれば、彼は浮かれていた私に冷や水を浴びせてくれたことになる。
 このところ異常が、それも安全な異常が続いていたので危うく手痛いしっぺ返しを喰うところだった。幽々子さまが三日続けて、それも何の知らせもなしに家を空けるというのは異常に他ならない。もし何かあってからでは遅いのだ。
 それにあとひとつ、反省しなくちゃいけないことがある。
 多分、私はさっきこの人をすごい目で睨んでいた。
「……あの、ごめんなさい。なんだか凄く嫌な想像をしてしまったので、つい睨みつけてしまいました」
 頭を下げる。
「また後日伺います、今は急ぐので」
「ああどうぞ、引き止めて悪かったね」
「いえ、ありがとうございました」
 もう一度、今度は侘びではなく感謝の意を込めて頭を下げた。
「今度来ることがあったらその歌がどういう意味だったのか、わかっていたら教えて欲しい。もしかしたら裏も表も無く、本当にただ単に花と―――それと紅葉を見にいっただけかもしれない」
「はい、それでは」

 なるべく早く、冗談で済むうちに幽々子様を見つけよう。
 でも、もしこの書置きの意味が本当に追いかけて来い、という意味なら何故直接私に着いて来いと言わないのだろう? やはりこの歌にはなにか意味があるのだろうか?

 ふと、足を止めて考え込んでいた自分に気付く。
 ああ駄目だ、考える前に動かないと―――まだ不安が残ってる。
 ばかげた不安が、残っている。




8、
 やはり幽々子さまは見当たらなかった。
 相当な範囲を飛び回っては見たものの音沙汰はまるでなし。そろそろ太陽の傾きもわかりやすくなってきていた。

 もうじき日が暮れる。
 それでも結局、飛び回るしかない。
 だけど姿は無く、一様に、どこもかしこも同じように花開いた一枚の景色が続いていくだけだ。花を受け付けないはずの深い森にも、冷水を湛える湖にも、風に舞う花びらに形を変えて侵食している。
 その変わらない光景が、どこか寂しさを感じさせた。
 これは祭りだと、ふと思う。
 死を認めたがらない霊たちが、あるいは文字通りの死に花を咲かせようとする霊たちが集まり、声ではなく色で囃し立て騒ぐ短い祭り。
 祭りの晩にはぐれたら、二度とは会えない。そんな話がある。

 『祭りの夜、こどもが二人遊んでいた。
 最初は、かくれんぼだと思っていた。
 いつまでたっても見つからない鬼役は腹を立てていたが、やがて不安になった。
 大人たちを呼んで、探しても見つからない。どこにもいない。
 だから祭りの夜に、二人だけのかくれんぼは絶対にしちゃいけない。
 隠れたものは見つからない』

 冗談じゃない。
 なんでこんなことを考えてるのか、私はなんで本気で幽々子さまがどこかへ消えてしまうなんてことを考えているのか。
 きっとどこかでのんきに花でも眺めているに決まっている。
 だから見つけ出してやるんだ。なんとしてでも。
 隠れたままの子供だって、消えてなくなったわけじゃない。どこかにいる。どこかに必ずいる。
 そうでも思わないと、不安で潰れそうになる。
 私は最低だ。主人を疑っている。


 ―――何も得られぬままついに日は落ちて、花の色が変わり始めた。
「見わたせば、花も紅葉もなかりけり」
 自嘲気味に詠う。夕暮れ時にはその言葉の意味がよくわかる気がした。
 花も草葉も、一様に茜色に染め上げられようとしている。霊が咲かせた花も、人が育てた麦穂も、空さえもなにもかも一色に。
 ふと花が見えた。巨大な花だ。
 木々が。人家が。湖が。大きな、一つの花に見えた。
 かりそめの命を咲かす花々。
 それらが何のためにそれを行っていたのか、それを思い出すと同時。

 私は、歌を理解した。

「―――命わたせば、だ」
 花を咲かせるのは霊たちの命、それが宿るならば全ては花になる。
 花になれなかったものも、咲いているのだ。
 幽々子さまが何処で何をしているのか、何のためにあの書置きを残したのか、わかった。
 情けなくて死にたくなった。僅かなりとも主人を疑った迂闊に声を張り上げそうになった。

 ―――だから、急いだ。わかったから、急いだ。
 歌は言葉通りのもの。ただし、それは幽々子さま自身を詠ったものではない。
 幽々子さまが誰を儚んで詠ったものなのかはもはや明白だった。
 楓は本当に、色づいているのだ。
 その場所で、幽々子さまは私を待っている。




9、
 幻想郷の外れ。
 ここは誰にも見向きもされず、ただ乱雑にあるだけの木々が群れる地だ。

 そこに、答えがあった。

 一本の紅く染め上げられた楓の木がある。紅葉だ。
 数知れぬ霊たちが懸命に花を咲かせる幻想郷。その片隅にひっそりと、間違えてしまったものが集っていた。
 花を知らぬ霊たちは、この五つ手の葉を紅く染めることを答えとしていたのだ。だから、これは霊たちの、この子たちの知るたった一つの美しい花に違いない。
 紅葉が咲き誇っていた。
 幽々子さまは、その朱の若木を見上げていた。愛でていた。
 その傍らに立ち、私も倣う。
「妖夢、貴女も付き合ってくれるの? このひねくれたお花見に」
 頷いた。
 幽々子さまと同じ景色を目に焼き付けようと、強くまなざしを送る。幽々子さまはここに一人見続けていたのだ、余りにも綺麗で悲しい純粋な花を、一人。

 綺麗だった。
 間違えた霊たちの咲かせた花は、それを見送る幽々子さまは悲しいほどに綺麗だった。

 風が鳴った。
 朱の楓は揺れ、だが一葉たりともを散らせない。
「―――綺麗ね」
 風に紛れての呟き。それがどんな返事を望んでいるのかは明白だった。
「はい。ですが……」
「そう。この魂はあまりにも純粋すぎる。このままではこの楓は妖になるわ」
 言葉通りだった。
 この木に宿るのは三途の川にも行けず、冥界からも遠く、夜摩天さえ裁くことの出来ぬ魂だ。それが咲かせる余りにも美しすぎるこの紅は、人を引き寄せるようになるだろう。そして、人を引き寄せるうちに木霊は人を吸うようになる。
 そのことは、ほかならぬ幽々子さまが一番知っているはずだった。
「だから、焼き付けていたのよ。迷いなく送るために」
 そう、漂うほかに術を知らぬ魂を送るために。
「斬らず……抑えることは出来ないのでしょうか」
 望まぬ言葉が口を付く。感情が、道理に逆らった。
 余りにも純粋な美しさに、私はもう惹かれているのかもしれない。
 ―――いや、違う。
 そう思うのは私の心が弱いからだ。私は幽々子さまの歌を理解し、正しいと信じたからここに来た。選択肢があったのだ、猶予があったのだ。私はこの悲しい眺めから逃れることも出来たのだ。
 顔を合わせれば頷くほかにない、それを知っていたから幽々子さまは文で私に伝えた。自ら気付き、考えることを許した。
 そして、私は決断したはずだった。迷う霊を断ち切る刀を持つものとして。
 だけど、この期に及んで私の感情は愚図る。まるで赤子のように見える幼い、人でも妖でもない存在を前に私は揺れる。
「そうね、このままにしておくことも出来る。そして、それは正しい理でしょう」
「では、何故ですか」
 感情のままに言葉が漏れる。
 そんな一言にさえ、幽々子さまは答えを返してくれた。
「己の死を認めぬまま彷徨うものはやがて妖となる―――幼き心持て妖へとなることはさぞや辛く長い道行きでしょう。だから」
 手を伸ばす。
 優雅な手舞、その白い指先の誘いにひとひらの葉が吸い寄せられた。

「命令よ妖夢、花映りの迷いを斬りなさい」

 ―――何故、命ずるのですか?
 私は幽々子様に責任を押し付けようとしているのですよ?

「今は心を捨て、刀の送りは忠にて為しなさい」

 どうしようもなく、寄りかかりたくなる。
 理由は簡単だ。幽々子さまは優しいから。
 ―――だけど、引けない。
 私は刀に、手段になることを望まれてはいない。そしてそれは、幸いだ。

 だから、応える。
 半身の、半人前の全身全霊で。

「―――心得ました。ですが、これを斬るのは私の意志です」

 震えは、止まってくれた。

「貴女に出来るのかしら」
「剣にて、見せましょう」

 これは私が師から離れて振る初太刀。
 教えを離れ、自ら往く道に迷いなく振るう心底の具現。

 なればと鍔音高く一閃する。
 己の迷いとを同時に断ち切る剣筋は会心の軌跡を描く。
 故に、音も揺らぎも伴わぬまま紅葉は断ち切られた。
 存在し得なかったはずの手応えを重く反芻する心を、深く呼吸することでかろうじて鎮める。目を閉じ、一度、二度、と繰り返す。


 ―――風景があった。
 野山を仰ぐ粗末な家々、ひどく低い目線から見る暖かい壁、仰ぎきれぬほど高い空、そして遠く、遠く、色付き始める紅葉。
 痩せた、だけど豊かな村。秋を迎えようとする小さな眺め。
 どうしようもなく狭く、だからこそ暖かな日常のかけら。
 それは人の―――幼子の風景だった。


 その全てを飲み込み、断ち切り、刀を鞘に戻すまでは長く掛かった。
 だが逆らって目を開き、乱れ無く納刀を終える。
 鍔が鳴り、そうして一瞬の幻視は遠い幻想へと永遠に姿を変えた。
 一太刀の後、後に残るのは風も避けて通ろうかという静寂だった。
 自らの呼気だけが音として感ぜられるその中、私は刀の重さを持て余し肩を沈ませ目を伏せる。

 ―――そのぼやけた視界を、煌く何かが横切った。
 続いて風。
 はっとして顔を上げる。
 蝶だった。
 真二つに別れた紅葉の葉が、赤子の手のように弱弱しく、だが同様に好奇と意思を持って羽ばたくように揺れていた。
 それはやがて燐光を伴い始め羽ばたきを強くする。
 見覚えがあった。主の蝶、幽々子さまの呼ぶ死蝶だ。
 燐光を追いかける視線は、自然に幽々子さまへと辿り着く。舞とも、子供をあやすとも取れる緩やかな手捌きに蝶が戯れている。
 ふわり、ふわり、と起こる、小さな羽ばたきと波長を同じくする風に、直に撫でられているように錯覚を覚えた。弱い光が、何故だかまぶしい。
 蝶はやがて指先に追いつく。
 幽々子さまの唇が微かに動いた。囁きは音にならず、唇を読むことも出来ない。だがそれは、ひどく優しい言葉であるように感じられた。
 それを合図として、蝶は飛び立った。
 真っ直ぐに、夕闇に溶けようとする楓の木を目指し―――溶けて消えた。

 そして光の蝶が、飛び立つ。

 楓はその紅葉全てを光る蝶へと変えた。
 どこまでも柔らかく淡い光が立ち上り、無数の蝶が羽ばたき天へ舞い上がる。
 圧倒的なはずの光景は、しかし儚い。燐光は軌跡を詠わず、蝶の一つ一つは薄闇に隠れそうになるほど弱い。

 だけど、昇っていく。
 だけど、昇っていく。

 揺らめきそれでも消えず、蝶は空へと昇っていく。
 私はただ、魅せられていた。並んで見上げる主の横顔も、この光景も、単純に美しいと思っていた。
 やがて、蝶の群れは天地の境界に差し掛かる。
 その時、幽々子さまの唇が詠うように動いた。ただ一度言葉を作った。
「がんばりなさい」
 そう、一言を送った。
 はっとする。
 自分の未熟を恥じた。目を伏せようとする弱さを押さえつけ踏みとどまり、今度は目に確かな力を込めて再び高く空を見上げた。忘れぬように刻みつけようと。
 光る蝶は高みに舞い昇り、踊っていた。
 星明りにさえ溶けてしまいそうなそれを、私と幽々子さまはただ見上げていた。





10、
 ―――朝が来る。

 私はいつものように目覚め、剣の鍛錬をし、庭を馴らしていた。
 ふと気付くと、幽々子さまの姿が縁側にあった。微笑んでいる。
 刀を振る手を一瞬止めたが、すぐに再開した。振るう腕は軽い、一寸幅で下へ、下へと横薙ぎを送っていく。
 日課はすぐに終わった。
 そこで改めて、幽々子様に向き直り朝の挨拶をする。きちんと頭を下げ、はっきりと聞こえるようにだ。
「おはようございます、幽々子さま」
「おはよう。なんか気合入ってたわね〜、一心不乱、剣の鬼ね。そのうちにああ人を斬らずにはいられない〜とか言い出さないといいけど」
 いつもの調子。
 それを受けて、私もいつもの調子で返す。
「辻斬りなんてしませんし、なりたくないですよ」
「いつもしてるくせに」
 言われれば確かにそうだったかもしれない。苦笑して、続ける。
「辻斬りなどではなく、私は立派な人斬りになろうと思います」
「人斬りに立派ってあるのかしら?」
 いまだ手に残ったままの僅かな重さを確かめ、応えた。
「ありますよ。うん、あります」
「ふ〜ん……立派な人斬り、ねえ。まあいいわ妖夢、ご飯にしましょ」
「はい、すぐに用意します」

 空が切れれば、時間が切れれば、一人前になれるわけではない。
 そんなことに気付くのにどれだけかかったことだろう。
 剣士は人を切ることが出来て初めて一人前なのだということを私はようやく理解できた。
 その重さを背負ったまま、己が信念の元に刀を振るう。
 それが、剣なのだ。
 強さ速さを極めるためのものなど、断じて剣ではない。
 お師匠の教えを、ようやく半分ぐらいには理解できたと思う。
 今思い出すとお師匠は厳しく、優しかった。やはりそれが剣なのだと思う。
 そこに至るまでにどれだけかかるかはわからない。
 けど、いつかは本当の意味で幽々子を支えることが出来るようになると信じて。

 冥界の四季は夏の準備を始めていた。
 夏の後ろに待つ季節に私は一瞬の想いを馳せる。
 あの幻想を思わせる紅葉を、私は幽々子さまと二人で眺めることになるだろう。
 日々の修行は私が、幽々子さまが、それを笑顔で迎えるために。

 ―――まずはおいしいお茶の淹れ方を覚えようと思う。
 重さの残る、この手を使って。







 魂映す色は・了
勢いのままに書き上げました…それでも遅刻みたいなもんですが。

読みにくい部分も多々あると思いますが、それでも最後まで読んでもらい、
もし一センテンスでも心に残ってくれることがあれば望外の喜びです。
二俣
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/19 07:23:59
更新日時:
2005/10/21 22:23:59
評価:
23/23
POINT:
190
Rate:
1.79
1. 10 月城 可奈女 ■2005/10/20 01:30:41
文のまとめ方、並べ方、描写――光、紅葉、蝶――、素晴らしく美しい話。心に残らないわけがありません。
2. 6 おやつ ■2005/10/21 00:58:21
言葉にならない物悲しさと共にある雅さに惚れました……
3. 8 papa ■2005/10/22 13:21:43
作品のメリハリ、テーマの使い方、展開。
どれをとっても秀逸な作品だと思いました。

最後の紅葉についての伏線がもう1,2本あればさらに1点追加したかった
ところです。
4. 4 一之瀬翔弥 ■2005/10/23 00:02:30
重さの残る、この手を使って。
このフレーズがとても印象に残りました。
もうちょっとシェイプアップできそうな印象も有りますが、総じてHit♪
5. 9 床間たろひ ■2005/10/23 00:27:52
貴方の世界に引き込まれました。見事です。

妖夢に罪の意識を背負わせない為に命ずる幽々子
主命に逆らっても罪を己で背負う事を決めた妖夢

強いな、二人とも……

しつこいようですが繰り返します。本当に見事でした。
6. 8 匿名 ■2005/10/23 03:43:17
しみじみと感傷に浸ったり。ああ、秋だなあと。

願わくば、迷い蝶の彼の世に幸多からんことを。
7. 8 MIM.E ■2005/10/23 11:48:09
蝶と舞う幽々子、そして楓が蝶になる様がとても美しい。
ただただその一点に最大限の賛辞を送ります。
8. 6 Tomo ■2005/10/24 11:27:38
文章にリズムがあって読みやすかったのですが、中盤の構成に少し引っかかりました。終盤の雰囲気とテンポはかなり良いと思います。
9. 10 藤村りゅ ■2005/10/24 15:49:02
 話の展開や構成が神がかっています。弟子にしてください。

 これが花映塚か、と思い知らされました。
 妖夢の成長に打たれ、幽々子の思慮に感銘を受けました。
 霊夢と魔理沙のくだりはもう少し短く出来るようにも感じましたが、これが限界という感も否めず。

 それでは、紅葉の色を思いながら、何とはなしに空でも見上げてみようかと思います。
10. 7 木村圭 ■2005/10/25 21:44:28
うーむ、やっぱこの二人はいいなー。
んにゃ、このSSの二人がいい、か。
何だかんだ言っても、妖夢も賢い子だと思うのです。
11. 10 世界爺 ■2005/10/26 00:54:25
前半からの流れでじわじわと来て、最後にすぱっとやられました。
綺麗に整った、強い芯のある作品とはこういうものだと直感。

俳句の使い方といい、話のまわし方といい、最後の妖夢のかっこよさといい、もはや非の打ち所なし。
文句なしの満点、叩き込ませていただきます。
12. 10 七死 ■2005/10/26 01:55:12
ちはやぶる かみののこせし ことのはは 
         あけにそめてや こてふとおもひて

これ以上、凡俗が立ち入る無粋もありますまい。
願わくば、無何有とてそこに、還らん事を。
13. 10 美鈴まさき ■2005/10/26 02:33:33
 行く先誤った魂を輪廻の輪に戻す為、二度目の幼き命を散らす。幽々子が背負うその業の重さを自らの意志で受け持つ妖夢。
 かくて幼き魂は呪縛を解かれ、蝶となり生まれ変わる。ふたりの強さと優しさによって。
 作中の前半、コミカルな描写が剥離した感じで心持ちすらりと読めなかった感覚がありましたが、綺麗な文章と謎解き以降の展開に気が付けば引き込まれていました。
 同じく『紅葉→蝶』をイメージした身として完全に脱帽です。
 素敵な作品、ありがとうございました。
14. 9 ■2005/10/27 22:52:26
描写が非常に丁寧ですね。そして、美しい魂送りでした。
15. 7 ■2005/10/27 23:13:19
妖夢の不安な心情描写もよかったのですが、何より幽々子様。
美しいです……この幽々子様が一番好きです。
いい気分にさせてくれる作品でした。
16. 10 風雅 ■2005/10/28 14:28:00
批評する部分も思い付かず……。
参った、完敗です。
ひとつの歌に思いを込めた幽々子と、そこに篭められた想いを乗り越えた妖夢に祝福あれ。
17. 10 ■2005/10/28 14:57:12
勝てないものが多い妖夢かわいいよ。セリフ噛んじゃう妖夢かわいいよ。
とか萌えながら読んでたら、一転してどシリアスで締めだものな。もう言う事なしです。ブラボー!
18. 6 K.M ■2005/10/28 18:50:02
冒頭を読んだ時分では、軽めの話かと思ったが想像以上に重い話がぐっと来ました
未熟は未熟なりに懸命な妖夢、とりあえずこんにゃくには勝てるようにがんばれ
19. 7 流砂 ■2005/10/28 20:06:07
ちょっとばかし粗いかも知れませんがそれを補い余り過ぎるほどのシナリオ、文筆力。
特に10、 空が切れれば〜 がたまらなく素敵です。
20. 7 名無しでごめん ■2005/10/28 20:38:04
面白かったです。
メッセージにある通り多少読みにくい部分はありましたが、ラストへの盛り上がりが良いです。
幼き手に包んでいた記憶の残り香。それを垣間見た、妖夢の成長が印象的でした。
……変なこと書いていたらごめんなさい。
21. 8 弥生月文 ■2005/10/28 23:15:07
物語を進めていく上での霖之助の使い方が上手いなぁ。
いえ、こいつのトンデモ解釈が役に立つ事もあるのだな、と(酷
22. 10 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:53:52
たまうつす いろはくれない このはなの さくやをしんじ もみじみあげん

最初に提示される謎、それを抱えて動き回る妖夢、転機と解釈を与えてくれる香霖、そして大団円。
どう見ても最高です、本当にありがとうございました。
23. 10 IC ■2005/10/28 23:55:17
登場人物、エピソード、会話、挿話、全てが存在感を持ちつつ、でしゃばっていない。バランス感覚が見事で見習いたいものです。
同じ事が妖夢の内面描写でも言えて、それぞれが良いですし変に力が入っているわけでもない。変遷も自然でしっくりときます。
お題もしっかり昇華されています。参りました。満点です。
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