秋の色。

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 08:04:39 更新日時: 2005/10/21 23:04:39 評価: 22/22 POINT: 128 Rate: 1.33



 さて、これは何の因果か。いや、実のところは、そんなに大層な話しでもないのだけれど。
 風は幽か。虫たちの奏でる声亡き旋律が、どこか物悲しい。
 暦の上では疾うに秋。薄らかに秋の色に染まった、この冥界で。

 ――私は閻魔と、花見をしていたりする。



 ふわり、ふわりと。白い、桜の花びらが、冥界の風に舞う。
「秋に桜。綺麗は綺麗なのだけれど、何処となく風情に欠ける気もするわねえ」
「あら。これほどに美しいのだから、それ以上を望むのは罪というもの」
 月を映した杯を一息に呷り、四季映季はくすり、と笑う。
「どちらにしても、珍しいこと。楽しまなくては損でしょう?」
「それについては同感ですわ」
 差し出された杯を酒で満たすと、貴女も、と彼女は微笑み、私の手から酒瓶を取り上げた。
私も傍らから乾いた杯を手に取り、差し出す。
「さて、では本日幾度目かの乾杯を」
 満たされた器をゆるりと持ち上げ、おどけるように、四季が云う。
「ええ。今度は何に?」
「そうね、では」
 微笑ましげに、目を細め、
「働き者の庭師に、と云うことで」
 彼女の視線を追い、肩越しにちらりと後ろを見やると、両の手に重箱を提げ、その半身に酒瓶を
抱いて、足早にこちらに向かう妖夢。重箱を傾けないよう苦心しながら、一所懸命に足を動かす
その姿は、なんとも愛らしい。
 四季につられるようにくすりと笑って。
「ええ、それはとても、良い考え」
「それでは、愛すべきあなたの従者に」
「可愛い、私の妖夢に」

「「乾杯」」



 突然のお越しでしたので、大したものは用意できなかったのですが。恥じるようにそんなことを
云いながら妖夢が並べた料理は、その実、申し分のない出来だった。分量もそれなり、彩りも鮮やか。
急ぎ用意したにしては、結構な出来栄えだし、苦心して運んだ甲斐あってか、中身が偏ってもいない。
「いえ、上出来よ。ありがとう、妖夢」
 ぽん、と妖夢の頭に手を置いて、微笑みながらそう云うと、妖夢は少し恥ずかしそうに、はにかんだ。
「本当に。美味しそうだわ。気を遣わせてしまってごめんなさいね」
 労うように、四季も云う。それに恐縮する妖夢。ぽん、ぽんとその頭を軽く撫で、四季の方に
向き直って、私は問う。
「でも、本当に突然でしたわ。今になって訊くのもどうかと思うのだけれど、どうなさいましたの?」
「漸く春からの騒動も一段落したものですから、少しお休みをと。久しぶりに貴女とも、ゆっくり
お話ししたかったですし」
「あら、それは光栄」
「春からの騒動……というのはこの間の幽霊の件ですか? 花の方は、夏にはもう元通りになって
いたようですが」
 はた、と顔を上げて、妖夢が云う。
「随分と大変だったのですね、こんなに時間が掛かるなんて」
「いえ、まあ確かに大変は大変だったのですが。本当はこんなに掛かる予定ではなかったのです」
「と、仰いますと?」
「小町、貴女も知っていますよね? あの子ったら本当にサボってばかりで」
 素直な尊敬のまなざしに、云わなくても良いことまで話しはじめる閻魔。面白そうなので黙って
見ていることにする。
「仕事はなかなか進まないわ、それを咎めればあれこれといい加減な言い訳をするわ。全く、いつから
あんな子になってしまったのでしょう。昔は可愛らしかったというのに」
 どこか、遠くを眺めるような目で、妖夢を見。
「初めて私の下についた頃は、まだ貴女くらいでしたか。それが無駄に大きくなってしまって」
 ちらりと、こちらを見やり眉を顰める。はて?
「四季さま、四季さまと、いつも私についてきて。あの頃はあの子も正直で、懸命に仕事を覚えようと
努力していたのに、今ではあの体たらくぶり。皆がきっちりと仕事をこなしている中で、あの子ったら
無駄話ばかりして」
「は、はあ」
 困ったように、妖夢。
 それから暫くの間、四季の愚痴は続く。既に結構な量を呑んでいるので、実は酔っているのかも
しれない。小町がこうしただの、小町がああしただの。つまりは小町という、あの死神少女のこと
ばかり。聞いているうちに同じ従者(或いは、らしきもの)として気の毒になってきたのか、
こっそりと私に目配せをしてくるが、にっこりと私は黙殺する。黙って聞いていなさい、妖夢。
彼女は別に、あの子のことが嫌っているから、こんなことを云っている訳ではなくて。
「……あの子も本当はいい子なんですけれど。欲がないというのか、要領が悪いと言うのか。
私にも立場と言うものもありますし、あの子にもしっかりして貰わないといけないのに」
 そこまで云って、漸く自分が喋り続けていたことに気がついたのか。
ぽかんと見ている妖夢、くすくすと笑っている私。さっと頬を赤らめると、こほん、と一つ咳払いをして。
「ともかく、」
 強い声で。
「色々と大変だった訳です」
 無理矢理というのもあまりではあるのだが。そう、四季は話しを纏めた。
「では、お話しが終わったところで」
 笑い転げたいのを堪えながら、私は云う。
「そろそろ酒宴にいたしましょう? 折角のお料理が、冷めないうちに」



「そう云えば、今回のこの桜も、異変の続きなのでしょうか?」
 宴もたけなわという頃になって、妖夢がそんなことを訊いてくる。
 私と四季は、目を見合わせて、そして笑った。
「あ、あの。私、何かおかしいことを云いましたか?」
 顔を赤くして、妖夢は慌てたように云う。
「云ったわよ」
「ええ、云いました」
 私と四季に、揃ってそう云われ、妖夢は縮こまる。
「そも、どうして今頃になって、そんなことを?」
「いえ、折角閻魔様がいらっしゃっているので、お訊ねしようとは思っていたのですが、その。
すっかり忘れてしまっていて」
「まあ。それは妖夢らしいといえば妖夢らしいけれど。それって私には訊いても仕方が無いと
思ってた、ってことかしら?」
「いえ! そんな、滅相も」
 慌て、ぶんぶんと首を振る妖夢。「冗談よ」と笑うと、妖夢は真っ赤になって俯いてしまった。
可愛い子。
「でも、気になるのは当然でしょう」
 そんな妖夢を見かねたのか、四季が云う。
「端的に云うと、春の件と今回の桜には、直截のつながりはありません」
「そ、そうなのですか?」
 どこかほっとしたように、妖夢。
「ええ、そもそも件の異変は、『生きた』霊によるものですから。そしてここに居るのは『死んだ』霊」
「それでは、何故?」
「顕界でも、稀にではありますが、このようなことが起こります。原因となるのは気候ですが、
あまり気にすることではないと思いますよ、ねえ」
「秋に桜が咲くこともある。ただ、それだけの話しよ。原因だの理由だのについては考えるまでも無い。
折角の桜なのだから、楽しみなさいってこと」
 四季を引き継いで、私が云う。
「ほら、一年に二度も花見が出来たのだから、得したって思わない?」
「二度どころじゃない気もしますが、そうですね」
 妖夢は笑い、
「後片付けがなければ、なお良いのですが」
 呟くようにこっそりと、そう付け加える。
「あら、それが」
 聞き咎めた訳でもないが、からかうように、云ってやる。
「貴女のお仕事ではなくて? 白玉楼の庭師、魂魄」
 みょん、と縮こまる妖夢を見て、まあ、と少しだけ驚いたように、四季は微笑した。



「では。そろそろお暇するとしましょうか」
 日が沈む頃になって、杯を置き、四季が云った。
「今からお帰りになるのですか? よろしければお泊りになって行かれては」
「ありがとう。でも、明日からのこともありますので、それはまたの機会に」
 妖夢の申し出をやんわりと断り、私の方に向き直る。
「今日は楽しかったわ、幽々子。このような時季に、お花見ができるとは思いませんでした」
「こちらこそ。また、いらしてくださいね。今度は、そうね。小町もご一緒に」
「そうね、それについては、あの子次第かしら」
 口に手を当て、苦笑する。暮色の帳と共に、出てきた風に髪を遊ばせて、
「秋ですね」
 と彼女は呟いた。
「ええ、秋ですわ」
 あまりに当たり前の相槌に、二人して笑う。
「ああ、そう云えば忘れていました」
 そう、何処からか小さな包みを取り出して、彼女は云う。
「どこか色褪せた秋の冥界に、顕界からの、秋の贈り物を」
「あら、これはご丁寧に」
 手を差し出す私。けれど四季は、包みをその手にしたまま、
「でも結構頻繁に顕界に出ている貴女たちには、あまり価値が無いかしら」
 とくに妖夢と、悪戯っぽく、そう云った。
「そ、そんなことはありませんよ。近頃はそんなに頻繁には。そうですよね、幽々子様」
 慌てる妖夢。
「さて、どうだったかしら。でも私は、ここ最近は出向いてはいませんわ。少し調べものもありましたし」
 幽々子さまー、と、情けない声を上げる妖夢。横目にそれを見、苦笑して。
「まあ、秋の顕界というのは、今年は未体験ですわ。私も、妖夢も」
「あら、それでは無駄にならなくて良かったわ」
 くすくすと笑って、再び差し出された包みを、一礼して、受け取る。それはごく軽い。それこそ、何も
包まれてはいないように。
「では、またいつの日か。今度は春にでも会いましょう」
「ええ、楽しみにしていますわ、四季映姫」
 互いに一礼。
「わ、私も楽しみにしています。またいらしてください」
 慌て、礼をする妖夢。それに四季は笑みかけて、
「ええ、貴女もね、妖夢」



 そして、彼女が去った後。
「何を戴かれたのですか、幽々子様?」
 私が手にした包みをじっと見て、妖夢が云う。
「あら。気になる、妖夢」
「ええ。それは、まあ」
「じゃあ、貴女が解いてみる?」
 云うと、少し驚いたように、妖夢。
「よろしいのですか?」
「ええ、勿論」
「それでは」
 随分と慎重な手つきで、私から包みを受け取ると、これまた慎重すぎるほどの手つきでそれを解く。
「うわぁ」
 妖夢が声を上げた。
 其処にあったのは、一片の、鮮やかな紅だった。
 冥界の空気の色は、顕界とは異なる。端的に云うならば、希薄である。空気の色、季節の色、それは或いは
生命の色。冥界は死者の土地、生気が無いのもまあ当然と言えば当然なのではあるが。
 だから、その紅は、この冥界には無い紅。それは顕界の秋の色。
「紅葉、か」
 呟きと共に、一迅の風。あっ、と妖夢が声を上げる。その手に捉える暇もなく、一葉は空に舞った。
 口惜しげに見遣る妖夢の頭にぽんと手を乗せ、囁く。
「秋ねえ」
 暫くそれを見送った後、
「……秋ですね」
 と妖夢は云い、そして二人、笑った。


読者として楽しませていただく心算だったのですが、投稿期間が一日延長されたと聞き、急遽書き上げました。
短く、また、拙いところも多いとは思いますが、多少なりとも楽しんでいただければ嬉しいです。
偽書
作品情報
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最新
投稿日時:
2005/10/19 08:04:39
更新日時:
2005/10/21 23:04:39
評価:
22/22
POINT:
128
Rate:
1.33
1. 5 匿名 ■2005/10/20 04:24:01
今度はぜひ小町も交えた席も見てみたいですね。
2. 5 おやつ ■2005/10/21 01:32:20
おお……このお二人は結構相性いいのか。
違和感の無い組み合わせに親馬鹿全開の四季様が素敵でした。
それにしても、やっぱりいたんだ……
あの一日で書いちゃう人……尊敬します。
3. 6 papa ■2005/10/22 13:26:13
冥界の色あせたの秋の色の中で、ひときわ目立つ顕界の秋の色
その情景がはっきりと浮かび上がりました。
4. 4 一之瀬翔弥 ■2005/10/23 00:05:58
登場キャラがとても生き生きしている印象です。
格調の高い雰囲気が似合ってますね〜。
楽しく雰囲気を味わえました。
5. 7 MIM.E ■2005/10/23 12:20:19
静かに風情を楽しめるお話でした。
こういう話を短時間でかきあげられる事がうらやましく思います。
映姫と幽々子の関係もいいですね
6. 7 床間たろひ ■2005/10/23 17:45:28
冥界の空に舞う紅い紅葉が瞼に浮かびました。

最近えーきたんと弄ばれキャラ化している姿の多い閻魔様。
それはそれで大好きなんだけど、ひさびさ(もしかして初めて?)に
原作に近い四季映姫様を見れて嬉しかったです。
どう転んでも苦労人なのは間違いないですが。
7. 6 es-cape ■2005/10/24 04:57:00
読みやすく微笑ましいですが、私の好みからすると少し淡白かな、という印象。
8. 5 Tomo ■2005/10/24 11:25:48
映姫と幽々子の会話の中に、妖夢がアクセントになっていて可愛かったです。背景も作品の雰囲気に合ってると思います。
9. 4 藤村りゅ ■2005/10/24 15:50:47
 幽々子と映姫って相性悪いんじゃなかったろうか。何にせよ、亡霊云々に触れないのは片手落ちかと。
 説教はされそうな気はしますね、というか何この有閑マダム。
10. 5 木村圭 ■2005/10/25 21:43:45
秋を贈る、か。何ともステキですねー。
妖夢と小町の差は経験の差だろうなーと思ったり。
修行と家事に追われる妖夢と毎日毎日違う人と話し込む小町が同じ訳が無い。

11. 9 世界爺 ■2005/10/26 00:55:09
これはまた、風雅な贈り物を。

ゆゆさまの一人称がとても上手い。
妖夢への愛に満ち溢れた視点がそれらしくてしょうがない。
そのせいか、私もまた違和感なく冥界に引き込まれ……って死んじゃうかそれ。
ともあれ、そんな風に見てきたような感覚を覚えました。

それにしても穏やかな映姫様はなかなかに映える人ですね。実に風流。
12. 8 ■2005/10/27 22:59:24
映姫様って、裁判モードでなければ妖夢のことは気に入ってそうですね。小町がああなだけに(笑)
そして、一枚だけの紅葉が風に舞うのは美しい光景です。
13. 5 ■2005/10/27 23:17:05
またいい組み合わせが生まれました。
もう少し地の文が欲しかった気もしますが。
14. 5 風雅 ■2005/10/28 14:31:26
後日談ですね。エンディングの続きだと思って読むとすんなり入れます。
しかし閻魔様もなかなか風流を理解されるようで……。
15. 6 K.M ■2005/10/28 18:21:26
春と秋に咲く二季桜といえば、水戸市の偕楽園が有名かな?
ま、それはともかく。花見の席で愚痴りだすあたり、映季・・・じゃない、映姫様は
やっぱりストレス溜まってるんでしょうね
16. 5 流砂 ■2005/10/28 20:35:38
もう少しのんべんだらりとお二人のお話を聞いていたかったです。
するすると綺麗に流れ行く文は飽きを感じさせませんねぇ。
17. 6 名無しでごめん ■2005/10/28 20:38:46
ゆゆ様と映姫様は知り合いなのか? というのが花映塚プレイ以来の疑問だったりします。
紫香花でも曖昧になってる気がしますし。
ともあれ物語を楽しみました。
18. 5 七死 ■2005/10/28 22:25:00
これだけの大物を向かい合ったのですから、少し政治的な話でも・・・・・・、と期待していたのですが、まあこれくらいが幻想郷っぽい所ですかね。
19. 6 弥生月文 ■2005/10/28 23:17:44
地の文に読点が多く、読む際のテンポがぶつ切れになってしまっているのが残念。
20. 6 ななし ■2005/10/28 23:18:50
すみません、コメント間に合いません。
21. 7 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:54:57
綺麗に纏まった小品ですね。楽しく読ませていただきました。
映姫様、実は結構暇を見て冥界に来たりしてそうです。
22. 6 IC ■2005/10/28 23:56:06
桜は開花後に寒い日が続くと2度花を咲かせると聞いたことがありますが、これはそれとも違うようで。
静かな雰囲気のお花見というのも案外珍しい。幽々子と映姫にはこれがふさわしいという気もしますね。
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