クランベリーが紅色に染まる頃

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 08:35:02 更新日時: 2005/10/21 23:35:02 評価: 22/24 POINT: 132 Rate: 1.37
クランベリー【cranberry】
ツツジ科の常緑の蔓性(つるせい)植物。葉は長楕円形。初夏に紅色の花が咲き、球形の赤い実を結ぶ。
果実を生食やジュースなどにして賞味。北アメリカの原産。

 * * *

私がこの部屋に住み始めたとき、そいつはもうそこに根を張っていた。
日も当たらない地下室の隅で青々と茂っているのが鬱陶しくて、根こそぎ焼き払ったのを覚えている。
当時の私は狂っていて猛々しくて騒々しくて根拠の無い自信に満ちていて。
だから、数日後にまた生えてきたそいつを見てひどく驚いたものだ。

驚いたので家具ごと薙ぎ払ったら、家具を新調し終わる頃にまた生えてきた。
腹が立って壁ごと切り裂いたら、新しい壁の漆喰に混じってまた生えてきた。
呆れながら1日1本手で抜くと、最後の1本を抜く頃に最初のが生えてきた。
幾度となく取り除こうとしたが、それでもそいつは懲りもせずに生えてきた。

「死に生え死んで、生えて死に。そしてまた生え、死に生える。生と死の境界でも越えるつもりかしらね、こいつは」

そいつに会ってからしばらくした頃。ずいぶん昔につぶやいた言葉を、ふと思い出した。
私がこの部屋に住み始めてからずいぶん経つ。
私の世話係は137人目となり、家具の交換回数は4桁の大台に達した。
この部屋で食べたパンの枚数を思い出せなくなって久しく、月光を見れない感傷もとうに失せ。
それでも、クランベリーはまだ部屋の片隅にある。


 * * *


この部屋には朝も昼も夜も無い。
あえて区別するなら、私が昼以外に眠くなる時が夜で、世話係が紅茶を淹れて持ってくる頃が昼だ。
もちろん、私たちが眠るのは世間で言う昼。だけど、私はまだ、眠る時を夜と呼んでいる。
だって、昼に寝ていたら夢が全部白昼夢になってしまう。ナイトメアを昼に見るなんて、悪い冗談だ。

とにかくその日の昼。私は新しい世話係の持ってきた紅茶を時間をかけて味わうと、ベットに横になった。
代わり映えのしない灰色の壁の風景が視界に飛び込んでくる。はずだったのだが。
代わり映えのしない灰色の壁にくい込む、可愛げのない深緑の蔦。
そのままの姿勢でしばらく横になった後、私は深くため息をついていた。

「……また、駆除の季節かあ」

一人ごちる。風景の突然の変貌も5桁の大台に達してしまえばすでに日常だ。
最初こそもの珍しくもあったが今ではうんざりする程度の能力しかない。
向こうもうんざりしてもよさそうな物だけれど、そんな気配は無かった。
もっとも、こいつにうんざりするなんてまっとうな感情があるかどうかは疑わしかったが。
なにしろ、私がじろじろ眺めているというのに頬を染める気配も無いのだ。このクランベリーは。


 * * *


ため息一つ、右手をぎゅっと。それで今回のそいつの始末は完了した。
私のそいつに対する駆除法は楽なものと暇を潰すものに大別される。
今回は前者。紅茶を飲み終えゆっくりしようと思っていた時だったからだ。
今度の世話係はおいしい紅茶を淹れる。そのうち飽きるだろうが、今の私は気に入っている。

右手を握るだけで始末できるのは、そうできる力を私が持っているからだ。
曰く、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
忌み嫌われ疎ましがられ、自分でも忌み嫌ったことのある力だが、雑草の駆除には便利だ。
ただ、それで駆除した雑草はそれこそ根こそぎ破壊しつくされるはずなのだが。

「性懲りも無く生えてくるのよね、こいつは」

それはそいつに出会った頃私が驚き、そして今でも不思議な事だった。
焼こうが抜こうが破壊しようが、そいつは数日経つと何事も無かったかのように生え茂ってくるのだ。
最初の頃は生えてくるたびに駆除していたが、そのうちに飽き、気に障るまでは放って置くようにした。
それでもそれなりの頻度で駆除をする必要があるのだが、部屋を緑に占拠されるよりはましだと思っている。
ただのクランベリーにしておくには惜しい生命力だ。門番でもさせたら似合うかもしれない。


 * * *


そういえば、こいつとも長い付き合いになるけど緑色しか見ていない気がする。
植物なら紅くなったり花を咲かせたり実をつけたりしてもよさそうなものだけれど、こいつに限ってはいつも緑の蔦と葉だけ。
長い長い年月生えて死ぬのを繰り返す間、ずっとその姿のままだった。
永遠の代償は須臾への停滞。そんな言葉が浮かんだ。

もっとも、私も人のことは言えない。月の光を見なくなる少し前からずっと、私の姿は今のまま。
停滞した時の感情は、これまで食べたパンの山に埋もれてしまった。
今はただ、得てしまった停滞を自明の物とする認識があるだけ。
なんだか妙な気分になって、そいつと壁の残骸に背を向けるように寝返りを打った。

「私はあんたほど鬱陶しくないから、私の勝ちね」


「私はあなたほどおかしくないから、私の勝ちよ」


クランベリーのあった場所から、誰かの声が、した。


 * * *


「あんた誰?」
「人に名前を聞くときは……」
「質問に質問で返すのはテスト0点」
「質問じゃないわよ妹君」

にやにやした女の人だな、というのが第一印象。
鮮やかな緑色の髪と、ピンクのチェッカー模様の服に目が行ったのはその後だ。
壁の残骸の上に腰掛け、何がおかしいのかくすくすと笑っている。
一瞬前までは誰もいなかったはずなのに。

「私はずっとここに居たわ。あなたがこの壁を壊した時にもね」

「居たっけ?」
「いたの。あなたが焼いた蔦のような妖怪です、いつもお世話になってます」
「喋れたなら声ぐらいかければいいのに。おかげで毎月9のつく日は駆除デーよ」
「痛かったでしょうね」
「クランベリーに痛覚はあるのかしら。それで、何の用?」
「人間だけよ、痛覚なんて物理的な機能が必要なのは」
「そっちじゃない」

こいつと話しているとどんどん調子が狂いそうだ。
私にこれ以上狂えるところがあったなんて知らなかったけれど。

「焼かれて痛そうだったので、お返しに焼いてみようかと」
「焼くな!」
「あなたは足があるから焼かれそうでも逃げられるのね、ずるいわ」
「ずるくない。それに、逃げられたくないなら逃げられないよう焼けばいい」

世界は残酷だから、逃げられないよう焼く方法だって当然ある。私だって知っているぐらいだ。
もちろん、おとなしく焼かれるつもりなんてこっちには無かったけれど。
でも、こいつの口から出たのは意外な言葉だった。

「じゃあ、焼くか焼かれるかの遊びにしましょう。負けた方は死なないぐらいに焼かれる、素敵ね」

「何して遊ぶ?」
「パターン避けごっこ」
「ああ、弾幕ごっこね。それなら得意種目だわ」
「ふふ。それがあなたの破壊しえない、渦巻く蔦のごとき永遠の弾幕でも?
 あなたは気がついていない、クランベリーの罠をもはや避け得ないことに!」


 * * *


悔しいので過程は省く。
結論だけ言うと、遊びは私の負けだった。
床に女の子座りする私を、こいつは最初と同じくすくす笑いで見下ろしている。
こいつだって何回かは被弾したはずなのに、ずいぶんな余裕だ。
私がぶすっとしていると、こいつは話しかけてきた。

「力任せにばら撒くだけじゃね。逆に単調で避けやすいのよ」
「煩いな、これが性に合ってるのよ。それに、狙う弾だってあった」
「最後から2番目? あれも面白いけどね。狙う弾だけだとやっぱり単調になるのよ」
「用はバランス?」
「分かってるんじゃない。でも台詞をとらないの」

そういうとそいつは、手にした日傘をくるくると回した。
弾幕ごっこの時には持ってなかったと思うのだけれど。最初のときといい、手品が趣味なのだろうか。
面白いから、今度お姉様に手品師を連れてきてもらおう。

「ああ、それからね。クランベリーはずっと緑色なわけじゃないのよ」


 * * *


「なによ、藪から棒に」
「言ったでしょ、ずっとここにいたって。焼いた後のあなたはそういう顔をしてた」
「………」
「いい? 確かにあなたの見ていた蔦ははずっと深緑だったのでしょう。
 あなたにもう少し根気があれば赤い実を見る事もあったかもしれないけど、葉はずっと緑色だったでしょうね。
 でもね、この蔦が緑にしかなれないわけじゃないの」
「茶色にもなるわね」
「ちゃかさない。この蔦は確かに多くの場合緑色。だけど、紅色になることが出来ないわけじゃないの。
 なんで紅くならないか、分かるかしら?」
「紅が嫌いだから?」
「それなら実も緑色でしょうね。紅くなろうと思わないから、が正解」
 理由はそれぞれだけどね。みんな紅にならず緑のまま生えて散る。
 そして、それは外からは紅くなれないのと区別がつかないのよ。
 ひょっとしたら自分でもなれないって勘違いしている子もいるのかもね?
 この子はどちらかしら。緑の子と仲良くしてあげてね、紅色の妹君」
「……この子? ちょっと、あんたこの蔦の妖怪じゃなかったの?」
「蔦の『ような』、よ。ラズベリーの妖怪です、クランベリーがお世話になっております」


 * * *

私は最初と同じように、ベットに横になっていた。
視界のいたる所に目にはいる紅色の物。
普段は深緑だった蔦がこんな色になっているのは妙な気分だ。
私をかき回すだけかき回して、ラズベリーの妖怪は去っていった。
帰り際に「置き土産よ」といって余計な事をしたようで、それがこの蔦だ。
また数日後に駆除する必要がありそうでそれが面倒だが、同時に妙に心地よくもある。

あいつが何をしたかったのかはよく分からない。負けたというのに私は結局焼かれなかったし。
説教だろうか。だとしたら、私の何を説教したかったんだろう。
思い当たり実際言われたのは蔦の駆除ぐらいだが、どうもそれは口実だったような気がする。

ふと思う。
この部屋に私が住むようになってからざっと495年経つ。
その間特に私が変わることも無く平板な日常に身を任せてきた。
では、その日常はこれからもずっと、永遠に変わる事がないのだろうか?
そうかもしれない。でも、ひょっとしたら意外に早く、それが変わることがあるのかもしれない。

例えば、クランベリーが紅色に染まる頃のように。
拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
読んで幾らかでも何かを感じ取っていただければ作者として望外の喜びです。
感想など頂いた日には歓喜してムーンライトレイの根元に突っ込んで行ってしまうかもしれません。
ルーミア可愛いよルーミア。

なお、文中に名前が一切出てきませんが仕様です。というより私の癖です。分かりにくくてごめんなさい。
かなり勢いに任せて性格がひん曲がった感がありますが、妹様と花の妖怪様の雰囲気が出てるでしょうか……。

あまり長く書くとボロが出そうなのでこの辺で。
最後になりましたが、このようなすばらしい場を用意してくださったコンペ主催者様に深い感謝を。初期の締め切り守れなくてごめんなさい。
ではまたいずれ、ご縁があれば。

*本文冒頭の文言はYahoo辞書のクランベリーの項より引用しました。
SSを書きなぐる程度の能力
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/19 08:35:02
更新日時:
2005/10/21 23:35:02
評価:
22/24
POINT:
132
Rate:
1.37
1. 7 匿名 ■2005/10/20 03:14:22
何か良い感じです。
いろいろと想像が沸いてきますね。
2. 5 おやつ ■2005/10/21 22:38:55
雰囲気あるなぁ……
素敵な悪魔と妖怪でした。
……エキストラクリアーしなきゃ。
3. 6 papa ■2005/10/22 14:23:18
長い時の中で、変わらない部屋。でも、唯一変わるクランベリー。
変わらないからこそ変わりゆくものが異質に見えるわけですね。
つまり何が言いたいかといいますと、フランかわいいよフラン。
4. 3 一之瀬翔弥 ■2005/10/23 00:12:50
妹様がちょっと淡白かしらん。
それもまた良し。
5. 8 MIM.E ■2005/10/23 13:08:32
妹様にじろじろと眺められて頬を染めないクランベリーに萌えた。
花の妖怪のとぼけぶりもよいですね。

6. 5 床間たろひ ■2005/10/23 22:26:02
「どうして変わるの?」
「変わりたいからさ」
「どうして変わらないの?」
「変われる事を知らないからさ」

幻想風味のトークが素敵でした♪
7. 5 Tomo ■2005/10/24 11:22:57
読み進めるうち、背景の格子模様とクランベリーが重なるような感じでした。一人称なので、内面の描写にもっと文面を割いてもいいんじゃないかなとも思いました。
8. 9 藤村りゅ ■2005/10/24 15:52:58
 途中まで幽香だと気付かなかった不届き者ですが、上手いなあ……。幽香かわいいよ幽香。
 やたら妖怪っぽくていいですね。ひょっこり現れるところなんかも。遣り取りも素敵。
 魔理沙に技を取られたのか腹立ったから、あちこちから台詞をパクったりしたのも好印象。


 違うか。
9. 10 七死 ■2005/10/24 23:01:22
本編の台詞を物語に添える。
懐かしい手法のSSにして、こんなに斬新な切り口の東方紅魔狂を見た事はありませんでした。

紅の葉の使い方も違和感無く、非日常への橋渡しの役目に置くや実にお見事。
その紅い葉をつたい、我々は紅い館の最深部へ、悪魔の妹は紅い闇の外へ。
この対への期待、それゆえに御話は対作と評させて頂きます!

楽しませて頂きました。
10. フリーレス 楠木忍 ■2005/10/24 23:28:41
>「蔦の『ような』、よ。ラズベリーの妖怪です、クランベリーがお世話になっております」

この台詞が妙にツボに…。
楽しく読ませて頂きました。
11. 6 木村圭 ■2005/10/25 21:42:06
幽香さん幽香さん、あなたは何が言いたかったんですかorz
フランも緑色の蔦と同じように変わろうと思えば変われるのに変わろうと思ってない(から良くない)ってこと? ああ分からねえ、解説プリーズお願いします。
ところでムーンライトレイの根元ってルーミアのスカー(ディマーケイション
12. 7 世界爺 ■2005/10/26 00:56:59
日傘……ああ、なるほど。彼女直伝の弾幕だったのか。
そりゃ抜けられん(←未だボムで逃げる人

異色の組み合わせに吃驚ながら、実に違和感なく組み上げているのに
感じ入りました。
名前についても、文章の流れで問題なく理解できました。
……といっても花の妖怪さんの正体には気づけませんでしたが(笑
ともあれ、見事な出来でした。
13. 7 ■2005/10/27 23:10:49
意外な取り合わせでしたね。そして、クランベリーが色づくまであと少し。その時彼女はどんな表情で観察しているでしょう。
14. 2 ■2005/10/27 23:29:41
話の核に持っていくにはクランベリーの使い方が弱いような気がしました。
やけに淡白な文という印象が残りました。
15. 7 美鈴まさき ■2005/10/28 04:21:17
 何だろう……表現出来ないのですが、雰囲気凄く好きです。
 まともなコメントになって無くてゴメンなさい。(苦笑)
16. 5 風雅 ■2005/10/28 14:33:15
しつこいんですよね、植物って(色々思い出しながら
案外妹様にはそうやってひたすら辛抱強くて気の長い相手が必要なのかもしれませんね。
17. 1 ■2005/10/28 14:51:09
幽香様勝ってるー!
なんで私の方の幽香様負けちゃったんだろうね。ほんと不思議。ぐすん。
18. 6 偽書 ■2005/10/28 16:47:39
いいなあ、これ。綺麗です。でも冒頭の引用は、特に要らないような気も。
19. 6 K.M ■2005/10/28 17:26:19
日光も月光も無い地下室に幾度と無く生えるクランベリー及び花の妖怪、恐るべし
20. 7 名無しでごめん ■2005/10/28 20:40:08
おお、この二人の組み合わせは初見です。自分が知らないだけかもしれませんが。
それにしてもフラワーマスターも味な真似をするものですね。
この後に妹様を解き放つ人間達がやって来るのですから、何とも象徴的な。
21. 7 流砂 ■2005/10/28 21:09:27
げげげ、最後の書き方が異様に上手い。 地からして異様に上手いが。
でも、紅と緑のネタをもう少し絡めてくれると尚の事嬉しかったかも。
最後に、単語は出てこないけどこのSS自体全てがクランベリートラップなのですね。 クールだ。
22. 6 弥生月文 ■2005/10/28 23:19:43
>門番でもさせたら似合うかもしれない。
これでミスリードされました。てっきり門番が出てくるもんだとばかり。
23. 7 IC ■2005/10/28 23:58:53
直接述べられてはいませんが、不思議な凄みを感じました。
これまでの日常がどういう風に変わっていくのか、想像を掻き立てられるラストだと思いました。
24. フリーレス Q-turn ■2005/10/30 01:03:49
…これ、だったのかな?
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