紅葉の歌

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/19 08:52:20 更新日時: 2005/11/04 01:01:05 評価: 23/23 POINT: 147 Rate: 1.43




「橙、今日の修行はこの辺にしようか。そろそろ結界の見回りをしないといけない時間だ。」

「はい!ありがとうございました!」

「よしよし。橙は真面目で飲み込みが早いからな。その調子でがんばれば、そう遠くない内に一人前になれるぞ。」

「藍様、去年や一昨年の今ごろも、そんなこと言ってましたよね。」

「え、ああいやいやなになに。私は如何に自分の式であろうとも、過大評価したりはしないさ。」

「本当ですか?」

「ああ本当だとも。本心からお前の才能、そして惜しみなく努力するその姿勢を褒めているんだ。」

「わーい!うれしいです!」

「ははは。」


サラサラサラ・・・ ハラハラ・・・


「ああ・・・いい風だ。秋も深まり、落ち葉が目立つようになってきたな。これからは庭の掃除も大変になるぞ。なあ橙。」

「・・・」

「橙、どうした・・・橙!?」

「え、あ・・・ごめんなさい藍様。」

「どうした!どこか痛いのか!」

「いえ、なんでもないんです、本当に・・・ごめんなさい。」

「・・・そうか。よし、今日は帰ろう。見回りは後で私一人でいくから。」

「ごめんなさい藍様・・・」

「気にするな。」





私はマヨヒガに住んでいます。
藍様は厳しいけどとても優しくて、紫様は寝てばかりいるけどいざというときはとても頼もしくて。
私ほど恵まれた式もそうそう居ないと思います。
でも、そんな藍様達の優しさが時々胸を締め付けることがあります。
その度に、私はもっと強くなりたい、そう思うんです。




「・・・という訳なんですけど、紫様、何か心当たりはありませんか?」

「ふぅん・・・外傷は無かったんでしょう?じゃあ別にいいんじゃない?あの子ぐらいの年頃なら、突然センチになることだってあるわよ。」

「仮にも式の式ですよ?もっとなにか・・・例えば悩みを抱えているとか、そういう心配をしてあげても・・・」

「式の式は、式ではないわ。」

「そんな!」

「それ以前に、あの子は家族よ。心配しないわけがないじゃない。」

「ゆ、紫様・・・。でもそれなら・・・」

「藍。例え家族と言っても、守るべき距離、というものは存在するのよ。あの子は私よりもあなたに近い。でもあの子はその、涙の理由を、あなたにも打ち明けようとはしなかった。ならば、あなたよりも遠い私にできることは何もないわ。それに、見守るだけの愛というのもあるのよ?」

「なるほど・・・。」

「別に修行が手に付かなくなるほど不安定、というわけではないんでしょう?」

「それは、まあ・・・。」

「じゃあ問題はないでしょう?」





ああ、もうこんな時間。
そろそろ藍様達も寝ているだろう。行かないと・・・
大事な約束、思い出したから。

部屋を出て、玄関へ。途中、部屋から明りが零れていることに気付いた。

あれ・・・

通りかかると、藍様と紫様がテーブル越しに向かい合い、話し合っているのが見えた。


「あ、藍さま・・・紫様・・・。起きていらっしゃったんですか。」

「それはこちらの台詞だ橙、こんな時間まで起きているなんて、お前らしくないじゃないか。」

「まあまあ、夜更かしだってしたくなるお年頃よ。」

「そうは言いましても・・・。まあ、橙、今日はもう寝なさい。私も紫様も、お前のことを心配しているんだ。」

「・・・心配かけてごめんなさい、藍様。でも私・・・今から出かけないといけないんです。大切な約束を、思い出したから。」

「で、出かけるって橙!もうこんなに真っ暗なのに、どこに行くというんだ!?」

「まあまあ、逢引の一つだってしたくなるお年頃よ。」

「紫様は黙っていてください!」

「あらひどい。」

「とにかくだ、橙。こんな夜更けに出かけるなんて、私は許さないぞ。どうしても行くと言うなら、理由を話しなさい。やましいことがないなら、言えるはずだ。」

「・・・言えません。ごめんなさい。」

「な、な、橙! なにかやましいことがあるとでも言うのか!? 本当に男と逢引を!?」

「・・・女の子です。」

「な!? 女と逢引だと!? もっと許さんぞ!」

「・・・お友達に、会いに行くんです。」

「な、なんだ、お友達か・・・。 でもな、橙・・・もうこんな時間だ。何があるかわからない。私もついていくぞ?」

「それは・・・だめです。一人で行かせてください・・・。」

「なぜ! 私がいたらだめなのか!? やっぱりまだ何か隠しているんだろう!」

「・・・藍。落ち着きなさい。あなたは行ってはいけません。橙を一人で行かせなさい。」

「紫様!しかし!」

「これは命令です。どうしても行くというなら、あなたはもうそのままマヨヒガへ帰ってこなくていい。」

「そ、そんな・・・。」

「・・・藍様、心配しないでください。危ないことは一切しません。友達と会って、話したら、すぐに帰ってきます。約束します。」

「・・・わかった。橙、これ以上は詮索はしない。ただ、くれぐれも気をつけてな。」

「あ・・・ありがとうございます!」

「気をつけてね。」

「・・・紫様、ありがとうございます。」

「いいのよ。可愛い式の、もっと可愛い式のためだもの。」

「・・・紫様・・・。」

「さあ橙、早くいかないと。遅くなったら藍に怒られるわよ?」

「は、はい!それじゃあ・・・行ってきます!」




「ああ・・・橙・・・行ってしまった・・・。」

「なによ大袈裟ね、まるで今生の別れみたい。」

「縁起でも無いことを言わないでくださよ。私はただ、橙が心配で心配で・・・」

「藍。橙は今、大きな成長をしようとしているのよ。」

「成長・・・ですか?」

「そう。お友達に会いに行くとは言っていたけれど、あなたの言うとおり、それ以外に大きな何かを隠しているわ。」

「気付いていたのなら、なぜ相談の一つにも・・・」

「だからこそよ。・・・全ての者はね、悩み、苦しみ、葛藤し・・・成長するの。橙は今まさにその渦中に居て、己だけの答えを探している。」

「でも、それなら手助けぐらい・・・」

「橙が自分だけで答えを出し、新たな決意を手にした時・・・橙は今より一回りも、二回りも強く大きく成長するでしょうね。それこそ、何百日、何千日の修行の時を経ても及びつかないほどに。」

「なるほど・・・。」

「藍。橙のためを想っているなら、今はただ見守ってあげなさい。」

「・・・わかりました。」

「よしよし。・・・ふわぁ〜あ・・・。ああ眠いわ。私はもう寝るから、あなたも寝なさいね。」

「・・・いえ、私は橙が帰ってくるまで・・・」

「だめ。橙は気が利く子だから、あなたのそんな調子を見ていたら、余計に苦しんでしまうしょう?全く。」

「う・・・わかりました。では、寝るとしますが、その前に・・・」

「うん?」

「一つだけはっきりさせておかなければならない事があります。紫様は、私よりも橙が可愛いと言いましたね?」

「え、ああ、まあそんなこと言ったかしらね。ほら、あれよ。言葉の綾ってやつよ。」

「そんな逃げは通用しませんよ。紫様にとって、私と橙、どちらがより可愛いのか、この際なのではっきりと答えてください。」

「むぅ・・・それは難しい質問ね。」

「難しいですか。」

「ええ難しいわ。私の中であなたと橙は、互いに一歩も譲らぬデッドヒートを繰り広げているから。」

「デッドヒートですか。では、どちらかと言えば?」

「うーーーん・・・。甲乙付け難いわ。じゃあ、こういうのはどう?」

「どういうのですか?」

「橙がいつか一人前の式となり、自分の式を持った時・・・あなたがその式に対して持った気持ちが、私の橙に対する気持ちよ。」

「なるほど・・・。では私に対する想いは?」

「落ち着いて最後まで聞きなさい。 ・・・私のあなたに対する気持ちは、その時に至って、あなたが橙に込めるものと同じ。ああ、言っておくけど今の私の気持ちが今のあなたの気持ちと同じ程度だと思わないでよね。橙が来てからというもの、もういくら想ってもその想いが返ってくる事は期待しなくなったわ。ただ見守り続けるだけの一方通行の想いでも・・・。見守り続ける事を素直に喜べる様になる程まで、深く、成熟した想い。つまりあれよ、年季が違うのよ年季が。」

「・・・紫様・・・」

「ね。これなら答えはいずれ必ず出るから、はぐらかしたわけじゃないわ?」

「そうですね・・・。でも、うれしいです。紫様が私の事を、それ程までに想っていてくれたなんて。」

「それだけ、橙も幸せ者ってことよ。どう?我ながら綺麗にまとめたでしょう?」

「今日ばかりは感服いたしましたよ。」

「よしよし。それじゃあ・・・今日は一緒に寝ましょうか?久しぶりに。」

「え・・・いいんですか?」

「たまにはね。あなたはいや?」

「いやいや滅相もありません。うれしいです。本当に・・・。」

「これも偏に・・・橙のお陰ね。橙に感謝しなさい。」

「はい。でも・・・嬉しいのは嬉しいのですが、紫様はいびきをかくのがちょっと。」

「あら、失礼しちゃうわね。今あなた橙に10馬身ぐらい離されたわよ。それにあなただっていびきくらいかいてるじゃない。自分じゃわからないでしょうけど。」

「いえ問題なのは私がいびきを聞かされる側である、ということなのですよ。紫様は寝つきが良すぎます。」

「それはあなたの寝つきが良くないからいけないんじゃないのかしら。」

「責任は紫様にあるんですよ?昔は・・・紫様が子守唄を歌って寝かしつけてくれてましたから・・・」

「はは〜ん。つまり、今日は昔みたいに私に寝かしつけて欲しいってことね。橙が知ったらなんて言うかしら。」

「う・・・それは・・・。」

「まあいいわ。たまには甘えん坊の式の世話も悪くは無いしね。」

「今日だけです。」

「ただしあんまりいびきがうるさいようだったら尻尾抓っちゃうから、そこのところよろしくね。」

「そ、それは私の意思ではどうしようも・・・。」

「やっぱり藍は可愛いわねぇ。ささ、布団敷きましょう。これ以上眠くなったら子守唄がいびき交じりになっちゃうわよ?」

「あはは。それはいやですねぇ。」

「うふふ・・・」







「・・・ごめんなさい藍様。」

紫様の助け舟のお陰で一応の承諾は得たにせよ、藍様は本心では私を行かせたくはなかったはずだ。
藍様・・・わがままを言って、心配をかけてごめんなさい。
でも、どうしても藍様には言えなかった。
だって私は・・・藍様との約束を破っているんだから。
その約束は・・・私が式になりたての頃、藍様に諭された事・・・


『お前は、どうも気後れしすぎているな。ここでは皆家族だ。来たばかりのお前はでは仕方ないかもしれないが、私達をもっと信頼してくれていい。』
『信頼?』
『そう、信頼だ。他者との繋がりとは、自分が居て、相手が居て、お互いに認め合い、それによって成り立つ。その尊さを、なによりも大切にする心だ。』
『綺麗事です・・・私はずっと・・・一人で生きてきました。』
『じゃあ今日からは違うと思えばいい。もう一人じゃないんだからな。』
『・・・』
『まあいい、今すぐにというのも無理だろう。少しずつ、心を解いていってくれたら良いさ。』
『・・・はい。』
『ただし・・・一つだけ、注意がある。』
『注意・・・ですか。』
『そうだ。それは人間についてだ。人間は、常に私達と近くあり、それでいて最も遠いところにいる。』
『よくわかりません・・・』
『いいから聞け。・・・お前がこれから、他者との繋がり持っていく以上は、人間との接触は決して避けられない。だが、どれほどの理由があったとしても、決して人間に心惹かれるな。』
『人間なんかに特別な興味はありません。でも・・・なぜですか?』
『人間は身勝手だ。人間は理不尽だ。きっとお前を傷つける。ならば最初から近づかなければ良い。』
『そうなんですか・・・わかりました。』
『ああ。良く肝に銘じておいてくれ。』
『はい。』


そう、私が会いに来た友達、それは人間。 ・・・私は悪い子だ。藍様があれほどに私の事を心配して言ってくれたのに・・・その約束をやぶってしまった。そして、そのことを悔やみながらも、結局こうして会いに来てしまう。

そこは、紅葉の生い茂る小山の中にある、私だけの大切な場所。


「一年ぶりだね・・・紅葉・・・。」

そよそよ・・・ さらさら・・・

私の呼びかけに応えるように、夜風を受けた紅葉達が一斉に静かな音を返す。

「ごめんね、今年は少し遅くなっちゃって。」

降り積もる紅葉は去年来た時よりも幾分か多い。去年はもうちょっと早く来たんだった。その時は、藍様にもばれずにうまくやれたんだけどなぁ・・・

「ねぇ紅葉・・・私、あの時よりも、強くなれたかな?」

風は吹かない。紅葉達も応えてはくれない。だけど私は確かに噛み締め、感じていた。友がくれた、とても優しい歌の旋律の、その暖かさを。

さらさらと夜風になびく紅葉を見ていると、今でも昨日の様に思い出す昔の記憶。紅葉の下で出会い、紅葉の下で別れた、人間の友の事・・・









「お薬になる薬草、この場所で全部なのかなぁ。これじゃあ藍様に言われた分に全然足りないや・・・。」

うーん困った。ここからもう少し山を下れば人里に入る。さすがにそこまで行くのはまずいだろうけど・・・
薬草を必要な分以上にたっぷり持って帰れば、藍様に褒めてもらえるだろうからがんばろう。人間に会っても、隠れてしまえばいいんだし。

「うーん・・・ぽつぽつとは生えてるけど・・・これじゃ全然足りないよぉ・・・」

この前は藍様が採りに行って、籠一杯に持って帰ってきたのを思い出す。
背中の籠を見やると、思わず溜息が出ちゃう。まだ半分も入っていない・・・どこか別の場所に密生してるのかなぁ。

「どうしたもんかなぁ・・・」

「〜♪ ・・・〜♪ ・・・」

「うん?」

なんだろう?歌かな?

「・・・♪ ・・・〜・・・ 〜♪」

よく聞き取れない。だけど・・・綺麗な旋律・・・なんだろう、もうちょっとよく聴きたいな。
・・・少し、近づいてみようか。

・・・ガサ・・・

あっ

「〜♪ ・・・!」

ああ〜・・・見つかっちゃったかな?私のバカ。どうしよう、人間かもしれない・・・逃げちゃおうか・・・。

「誰か・・・そこにいるんでしょう?」

バレてる。うーん、まあいいや。どうせ見つかっちゃったんだし、こうなったら疲れた足を休ませるのと一緒に、歌をちゃんと聴かせてもらおう。

・・・ガサガサガサ・・・

雑全と生い茂る背の高い草花を掻き分け、声の主の前に姿を出す。あ、やっぱり人間だ。それも・・・私と同じぐらいの、まだ小さな女の子。

「あ・・・あなた・・・妖怪?」

ああやっぱり・・・そうなんだろうね、人間は・・・妖怪を毛嫌いするんだろうね・・・。

「・・・そうだよ。私は化け猫。あなたたちの嫌いな妖怪だよ。」

もう、歌は聴かせてもらえないだろうな。いいや別に。

「そう・・・えへへ・・・うれしいわ。」

・・・へ?

「うれしい?私妖怪なんだよ?化け猫なんだよ?」

そりゃあ魚の方が好きだけれど、お腹が空けば人間だって食べようと思えば食べれる。
この子は、目の前に迫っている危機に気付いてないのかなぁ。

「どうして、うれしいの?私はあなたを食べちゃうかもしれないのよ?」

「え・・・それはやだな・・・。でも、私の歌、聴いていてくれてたんでしょう?さっきからそこに誰かがいるのは気付いていたから。」

あらら・・・結構鋭いのね。人間って鈍感だとばかり思っていたけれど。

「でもその化け猫さんが、私をすぐにとって食べずに、私の歌に聴き入ってくれていたなんて思うと、なんだかうれしくて。」

「あは・・・。だって、とってもいい歌だったから。つい・・・ね。」

「ありがとう。私、紅葉っていうの。あなたは?」

・・・これは、あれかな。私達友達になりましょうってやつかな。さすがにまずいんじゃないかなやっぱり。藍様との約束破っちゃう・・・。まあ、歌だけもう一度聴かせてもらって、もう会いに来なければいいだけだよね、うん。

「・・・私は橙っていうんだ。色のだいだいって書いて、橙って読むの。よろしくね、紅葉。」

「わあ、いい名前。こちらこそよろしくね、橙ちゃん。・・・それにしても、すごく大きな籠だね。この辺で採れる薬草を摘んでたのかな。結構量入ってるみたいだし・・・重くない?」

「あー、全然重くないよ。それにまだまだ足りないの。もっともっと欲しいんだけど・・・あてにしていた場所に、あんまり生えてなくて困ってるの。」

「そうなんだ。あ・・・その薬草なら、たくさん生えてる場所知ってるから、教えてあげるよ。」

「え、本当!? ありがとう! 紅葉って物知りなんだね!」

「ううん。私、体が弱くて、いつもお薬のお世話になってるの。その薬草にもね。うちによく通ってくれているお医者様に以前、たくさん生えている場所を教えてもらったことがあって。」

「なるほど〜。」

「いいなあ、橙ちゃんは体が丈夫そうで。」

「それを言うなら、あんなに綺麗な歌が歌える紅葉のほうが、ずっとうらやましいよ。あ、そうだ。あの歌、もう一度聴かせてほしいな!」

「ええ、もちろん。・・・この歌はね、ティアオイエツォンっていう歌なの。」

「ティアオイエツォン?」

「そう。枯葉色っていう意味。枯葉の色って、なんとなく橙色にも見えるでしょ?・・・なんだか素敵な偶然だね。」

「うんうん。どうりで私と同じでとっても綺麗な曲だと思ったよ。」

「橙ちゃんったら・・・。いいな、私は、自分にあまり自信がないから。」

「じゃあ、自信をもって歌ってみてよ。とっても綺麗なその歌を、聴かせてよ。」

「うん・・・。じゃあ、歌うね。」

・・・ ・・・

「ティアオイエツォン〜・・・ 紅葉よ なぜ舞い落ちるの・・・ 儚き夢も見ぬままに〜♪」

やっぱり、とても素敵な歌だ。とっても、綺麗な旋律だ。私は歌を歌えない。声が悪いとかそういうのじゃないけれど、歌とか、そういうのを習ったことがないし、とてもじゃないけど紅葉の様に上手には歌えない。やっぱり、うらやましいなぁ・・・

「その命渇かぬ内に〜・・・  次なる命にその夢託して〜・・・。  ふぅ、ご静聴ありがとう。これで終りだよ。」 

「・・・すごい・・・すごいや。私感動しちゃった。」

「なんだか照れちゃうな。でも、そこまで言ってもらえると、とっても嬉しい。・・・けほっ・・・」

「紅葉、咳してるよ。大丈夫?」

「う、うん。私体が弱いから・・・ごめんね。今日はもうこれ以上歌えそうにないや。」

「ううん、いいよ。また、聴きにきて良いよね?」

「もちろんよ。・・・私はいつも、ここで歌っているから、また来てね。」

「うん!じゃあ、私は帰るね。」

「あ、待って。薬草が生えている場所を教えるから。」

「あ、ありがとう!」

そして私は、籠たっぷりの薬草を手に入れて家に帰った。藍様はすごいと褒めてくれたけど、それでも私は上の空だった。昼間に紅葉に聴かせてもらったあの歌が、ずっと頭の中でこだましていて。
もっと、紅葉の歌を聴きたい。もっと、紅葉の事を知りたい。私は、毎日のように紅葉の所へ通い詰めた。毎日二人でお話して、歌を聴かせてもらって、私も歌の練習をした。とても楽しかった。藍様との約束を、綺麗サッパリ忘れてしまうくらい・・・。


でもある日を境に、紅葉はそこに来なくなった。


「あれ、紅葉?どこー!?」

おかしいなぁ、いつもここにいるのに・・・。

「うーん、今日はなにか急用ができたのかなぁ。」

残念だ。せっかく楽しみにして来たのに・・・。

「まあしかたない。今日は帰ろう。」

明日になればまた会える。そう思っていた。
でも、二日経っても、三日経っても、紅葉はそこには来ない。
どうしたんだろう・・・。
ふと、紅葉の言葉が脳裏をよぎった。

『ううん。私、体が弱くて、いつもお薬のお世話になってるの。その薬草にもね。うちに良く通ってくれているお医者様に以前、生えている場所を教えてもらったことがあって。』

もしかして、病気をこじらせてしまっているのかも・・・。
なんだか不安になった。
でも、私は紅葉の家も知らないし・・・どうしよう・・・。

・・・ガサガサ・・・

!? 誰だろう・・・

自分の気配を悟られないように注意しつつ、物音のした方に忍び寄る。
そこには、一人の大人の・・・人間が居た。
その人間は、少し進んでは、慎重に足元や木の根元を探ったりしながら、少しずつ、私が以前紅葉に教えてもらった薬草採りの穴場の方へ進んでいった。

何だろう・・・この人間も、薬草を採りに来たのかな。今日は朝から小雨が降っていて、薬草を採りに出るような天気ではないのに・・・。
なんだか引っかかるものがあったので、私はその人間の後をこっそりつけてみることにした。

案の定、人間の目的地は例の場所だった。
人間は、薬草を一つ一つ丁寧に選別しながら、持ってきていた籠に放り込んでいる。

もしかしたら・・・

紅葉の言っていた、この穴場を教えてくれたお医者様というのは、あの人間の事なのかもしれない。
確信は無い。下手に接触すれば怪しまれるかもしれない。だけど・・・何もせずにはいられなかった。
この生憎の雨天が幸いし、生来水が嫌いな私は体中を覆える少々大袈裟な雨具を頭から被ってきていたので、とりあえず耳と尻尾は隠せる。相手が特別な霊力の持ち主でもなければ、人間に見破られる心配は無いはず・・・。意を決して、人間に近づく。

「あのぉ・・・」

「うあ、脅かさないでくれ。ああ心臓に悪い。・・・君は誰かね。こんな場所に居ては危ないじゃないか。」

うん。どうやら私を人間だと思っているみたい。

「ごめんなさい、脅かしちゃって。あの、私お友達を探しているんです。」

「お友達?こんなところで?」

あとはこの人が、紅葉の言っていたお医者様なら・・・。

「はい。ここで会って、お友達になって、いつも遊んでました。でも、突然来てくれなくなっちゃって。私は彼女の家も知らないし、お友達と何日も会えないのが寂しくて・・・。紅葉、っていう女の子です。ご存知ありませんか?」

「! 君が彼女のお友達か・・・なるほどそうか。」

紅葉を知っている・・・!

「紅葉を知ってるんですか?紅葉はどこにいるんですか?教えてください!お願いします!」

「・・・彼女は私の患者だ。最近少し彼女の状態が悪くなってしまってね。こうやって薬草を仕入れに来たのも、彼女に処方する薬を作るためだ。」

やっぱり・・・!

「医者としての立場からは・・・お友達からのお見舞いという形であれ、あまり今の状態の彼女には会わせたくないんだが・・・。」

「お願いします!私・・・紅葉が体を悪くしてるなんて聞いたら・・・、もう居ても立ってもいられなくて。少し話すだけでも、挨拶するだけでもいいんです!お願いします!お願いします・・・」

わかっている。私の我侭だということはわかっている。私が行った所で何ができるかなんて知れている。彼女の事はお医者様に任せるのが一番なんだろう。だけど・・・それでも、紅葉の顔を見たかった。紅葉に顔を見せてあげたかった。苦しい時でも、笑顔を見せ合えば、きっと少しは楽になるはず。

「彼女がね。毎日私にこう言うんだ。お友達を待たせているから、少しでいいから出かけたいと。何度も、何度もね。当然だが患者を外にやるなんて以ての他だ。だが、彼女の涙乍らの懇願を見るにつけ、できることなら、と思っていたところだよ。君の方から来てくれたならちょうどよかった。もう少し薬草を採ったら、彼女の家まで案内しよう。私も一緒に往診に入るから、家人には私から説明するよ。」

「あ、ありがとうございます!本当に・・・ありがとうございます!」

このお医者様は、優しくていい人だ。頭から人間を信じてはいけないとは思う。だけど、私を信頼してくれたこの人なら、私も今は信頼しよう。紅葉を救えるのがこの人なら、私を紅葉に会わせてくれるのもこの人なのだから・・・。

その後しばらく私も手伝いながら薬草を採った後、お医者様に連れられて人里へ入った。
驚いたのは人間が私達とほとんど変わらない生活様式をとっているということだ。
紅葉はどんなところに住んでいるのか、それがすごく気になった。

「さあ着いた。ここが彼女の家だ。」

考え事をしている内に目的地に着いたみたい。
見上げてみて少し面食らった。

「大きなお屋敷・・・」

「彼女の家はこの辺りでは有名な地主でね。まあ中へ入ろうか。」

玄関に入ると、何人かの人間が出迎えてくれた。紅葉の家族の人かな。

お医者様がその人たちと何事か話している。私の事も話しているみたいだ。
話しの内容からすると、この人たちはどうやら使用人の人みたい。

「さあ、行こう。紅葉君も首を長くして待っているだろうから。」

「はい!」

玄関に靴を揃え、お医者様について奥へと進む。

気のせいかもしれないけれど、すれ違う使用人の私に向けられる態度が、少し冷たい気もする。
やはり使用人達は私の事を良い目では見ていないようだ。
それも仕方ないだろう。如何にお医者様の紹介、紅葉の友人とは言え、こんな立派なお屋敷に全く相応しくない濡れ鼠然とした小汚い身形の私なんかが入り込んだのだから・・・

でもそんなことも、もうすぐ紅葉に会えると思えば取り立てて腹を立てる程の事でもなかった。
ある一室の前まで来てお医者様が立ち止まる。この部屋が・・・
しばらく会ってなかった。今日も雨が降ったせいで匂いも消えてしまっていた。
だけどそうだ、これは・・・紅葉の匂いだ。

「紅葉が、ここにいるんですね。」

「ああ、少し待っていてくれ。」

お医者様が部屋に入っていくのを見送りつつも、ついつい開いた襖の隙間から紅葉の姿を探してしまう。
ここもかなり広い部屋のようだ。もう少し近づかないと今の視野では紅葉の姿は見えないみたい。
ちょっと顔を近づけようとしたところで襖が大きく開き、思わず尻餅をついてしまった。

「何をしているんだね君は・・・。まあ、入ってくれ。」

「は、はい!」

部屋に入り、急いで紅葉の姿を探す。
部屋の中央の布団に、上体を起こしてこちらを見ている紅葉を見つけた。

「紅葉!」

「橙ちゃん!?やっぱり橙ちゃんだったんだ!」

思わず、ゆっくりと歩み寄るお医者さんを追い越して、駆け寄る。

「紅葉、大丈夫だったの?」

紅葉の顔を覗き込んで話す。その顔はいつもの静かな笑顔を湛えていたけれど、苦しそうな、少し荒いその息遣いから、無理をしてくれているんだな、ということがすぐに見て取れた。

「あ・・・うん。心配しないで。お医者様に少し診てもらったけど、少しよくなったって。それに、今からお薬を作ってくれるから、すぐによくなるよ。」

「そう・・・よかった!」

満面の笑顔を作ってみせる。つられて、紅葉も可愛く微笑んでくれる。

・・・来てよかった。

「じゃあ、私は席を外すから・・・薬が出来るまでは話していてくれていいよ。紅葉君、無理はしないようにね。」

「ありがとう、先生・・・。」

「あ、ありがとうございます。」

軽く会釈をして部屋を出て行くお医者様を見送り、私は紅葉の隣に腰を降ろす。
あんまり時間はないのかな。どんな話をしよう・・・。

「ねえ、紅葉、どこか痛いの?」

「ううん、痛いとかじゃないの。ただ、体がちょっと言うことを聞かなくて。そうでもないなら、無理にでも橙ちゃんに会いに行けたんだけど、ごめんね。」

「いいよ!私こそ・・・ごめんね。」

「・・・ありがとう。」

「え?」

「会いに来てくれて。ずっと、寂しかった。」

「お父さんとかお母さんは?」

「いるけど、つきっきりで傍に居てくれるわけじゃないし、そんな我侭は言えないもの。それに・・・橙ちゃんは、お母さん達とは違う、大事なお友達だから。」

「私も、紅葉が一番の友達だよ!」

「ありがとう。すごく嬉しい・・・」

「えへ。あ・・・そうだ。今日は歌える?」

「うーん・・・ちょっとだけなら・・・。」

「わーい!じゃあ、一緒に歌おう!」

そうして、私と紅葉は一緒歌って、私が歌詞を間違って、笑いあって、楽しい時間を過ごした。
紅葉は大きな声を出すと咳き込んでしまうから、屋敷には私の音痴な歌声ばかりが響いちゃったかもしれない。なんだかちょっと恥ずかしい。

「けほ、けほ・・・ごめんね。今日はもう歌えないみたい。」

「ご、ごめん。私夢中になっちゃって・・・」

「いいの。すごく楽しかった・・・。お医者様も、悲しい顔をせずに良く笑った方が良いって言ってくれてたから、橙ちゃんのお陰で絶対早く良くなるよ。」

「うん!」

そこへ、襖を開けてお医者様が入ってきた。手には大きめのお盆。

「薬ができたよ。後はこれを飲んでゆっくり寝るんだ。」

「あ、はい。じゃあ、橙ちゃん、ごめんね。」

「ううん。がんばってね、紅葉・・・。あの、お医者様・・・また、明日も来ていいですか?」

一瞬戸惑ったような顔をするお医者様。やっぱり、迷惑かな・・・。

「・・・むしろ、こちらからお願いするよ。紅葉君もとても楽しそうだった。」

「あ、ありがとう、ございます!」

「橙ちゃん、絶対、来てね。」

「うん!」

「それじゃあ今日は帰ろうか。私も他の往診があるからね。玄関まで一緒に行こう。」

「はい。じゃあね、紅葉!」

「うん・・・またね。先生も、ありがとうございました。」

「私は夜にまた来るから・・・よく寝るんだよ。」

そう言うと、部屋から出ていくお医者様。私もついていかないと・・・。
紅葉は寂しそうな顔で私を見ている。・・・居てあげたい。
でも、お医者様の言うとおり、お薬を飲んだんだから、後はゆっくり寝たほうがいいんだろうな。

「紅葉、絶対、絶対、明日来るから・・・。今日は、寝てよくなってね。明日、もっとたくさん、歌おうね!お話しようね!」

「・・・うん。」

名残惜しいけど、これ以上は私の我侭。
もう振り向かずに部屋を出よう。紅葉だって、寝ないとだめなんだ。
部屋を出ると、お医者様が待っていてくれた。

「ごめんなさい、待たせちゃって・・・」

「いや。 さあ行こうか。」

お医者様について先程来た道を戻る。やっぱり広いお屋敷だなぁ。
玄関につくと、使用人がしてくれたんだろう、私の靴がぴかぴかに磨かれていた。
嬉しいけど、人間は無駄なことをするな、と思う。外はまだ雨が降っているから、どうせ汚れちゃうのに。

玄関を出ればそこから先は私とお医者様の行き先は別々。
もう一度、ちゃんとお礼を言わないと・・・

「それじゃあ、お医者様・・・、今日はありがとうございました。」

「こちらこそ、本当にありがとう。紅葉ちゃんは最近、橙ちゃんに会いに行きたい、という意思を伝える以外にはほとんど口を開かなかったから・・・。きっと、すぐに元気になるよ。」

「よかった・・・。明日も、絶対に来ますから!」


こうして家の人の許しもあり、私は紅葉の家に毎日の様に通った。
その度に紅葉はすごく喜んでくれて、その笑顔を見て私もとても嬉しくなった。
でも、同時に一つ心配な事もあった。
紅葉が歌を歌ってくれる回数が、来るたびに少なくなっている。
お医者様は順調だと言ってくれていたけれど、紅葉は依然、すごく苦しそうにしていた。


「紅葉!今日も来たよ!」

「あ、橙ちゃん。いらっしゃい。」

「それじゃあ、早速歌おう!」

「あ・・・。橙ちゃん、今日は、橙ちゃんが一人で歌を歌って聴かせてくれないかな?」

「え、なんで?・・・具合悪いの?」

「あ・・・。橙ちゃんの歌も、じっくり聴いてみたいなって思って。」

「そ、そう?うん、わかった!私下手だけど、笑わないでね?」

「大丈夫だよ。橙ちゃんもすごく、上手になったから・・・。」

「えへへ。それじゃあ、橙、歌いまーす!」

やっぱり、紅葉はすごく苦しいんだろうな。
もしかしたら、私が無理をさせているのかもしれない。
だったら今日は、私が紅葉のために、歌おう。元気を上げよう。
紅葉に元気になって欲しいから。また一緒に、外で歌って、話して、遊びたいから。

歌っている私を、紅葉がすごく優しい笑顔で見守っている。これは失敗できないな。
でも紅葉、そんなに見つめられたらなんだか恥ずかしいんだけど・・・

「・・・ふぅ。・・・やっぱり、下手だったよね?」

「ううん、とっても上手だったよ。橙ちゃん、ありがとう。」

「え、そう?嬉しい!紅葉、元気出た?」

「ええ。すごく励まされたよ。」

「よかった! ・・・ところで、今日ほど深く考えて歌ったことなかったら今まで気付かなかったけど、なんだかちょっと悲しい歌詞だね。」

「・・・やっぱりそう思う? そうだよね。」

紅葉が少し顔を曇らせる。あ、いけない。もしかしてひどい事を言っちゃったのかな・・・。

「・・・でも、私はとっても優しい歌だと思うんだ。」

「優しい歌?」

「うん。確かにこの歌の紅葉は枯れてしまう紅葉の葉の儚さを歌ったもの。だけど、同時にもう一つの意味があるの。先生が教えてくれたんだ。」

「へぇ・・・どんな意味があるの?」

「最後のフレーズの、次なる命にその夢託してっていうところ・・・。これはね、落葉になった後、その落葉から始まる、とても壮大な生き物達の物語を秘めているの。」

「物語?どんなのかな?」

「落葉が地面に落ちて、それをいろんな小さい生き物が栄養にして育って、その生き物を更にもう少し大きな生き物が・・・っていう風に繋がっていって、最後にはまた、紅葉に戻ってくるんだ。」

「・・・よくわからない。でも、すごいんだね。」

「うん。この歌を歌っているとね、もし、私が死んでしまっても、きっとどこかの誰かの役に立てる・・・。そんな事を思うの。だから私はこの歌が好き。」

「そ、そんな!死ぬなんて変なこと言わないでよ!紅葉が死んだら、私はすごく悲しいよ?」

「・・・ごめんね。」

「・・・ううん、でも、確かに優しい歌だね。紅葉は、この歌を歌うことでみんなを幸せにできるよ。」

「橙ちゃん・・・ありがとう。」


その後、私はお薬を持ってきたお医者様に促されて帰路についた。
死ぬ・・・嫌な言葉。
なんで紅葉はいきなりあんなことを言ったんだろう。
私が悲しむことを知っているだろうに。

家に帰ると、藍様がいつもに増してせわしなく作業をしていた。
聞けば、今夜は大雨が来るから、それに備えているみたい。
私も手伝って、なんとか陽が落ちるまでに窓や戸の補強が住んだ。
・・・大雨か。明日は晴れればいいなぁ。

祈りが通じたのか、大雨明けは気持ちいいぐらいの晴天だった。これなら紅葉に会いにいける。
私はいつもの格好でマヨヒガを出て、意気揚揚と紅葉の家に向かった。


最早勝手知ったる紅葉の家・・・相変わらず使用人の人の目は冷たいなぁ。
紅葉、昨日の大雨で不安になっちゃっていたかもしれない。早く笑顔を見せてあげたい。

「紅葉!遊びに来たよ!」

部屋に入って、紅葉に挨拶をする。・・・だけど、今日は紅葉の返事が聞こえない。どうしたのかな。

「紅葉?」

布団は定位置でこんもり膨らんでいた。寝ているみたい。起こしちゃ悪いかな?でもあまり長い時間は居られないから、少し悪いけど起きてもらおう。

「紅葉!遊びに来たよ!」

・・・紅葉は起きない。そんなに深く眠っているのかな。

「紅葉。どうしたの?遊ばないの?」

「あ・・・橙ちゃん・・・。」

「起きた起きた。寝ぼすけさん、おはよう!」

「・・・おはよう。 今日も・・・橙ちゃんは・・・元気だね・・・。」

「そりゃもう元気爆発だよ。そうだ、昨日の大雨、大丈夫だった?不安じゃなかった?」

「・・・うん。」

紅葉、なんだか話すのも辛そう。そんなに体がきつのかな・・・

「どうしたの?元気ないよ・・・?」

「・・・落ちちゃったね、紅葉。」

紅葉が寂しそうな目で、明後日の方を向く。
紅葉の視線の先にあったのは、部屋の外の中庭の、さらにその先にある小山。
ああ、昨日まではここは真っ赤に紅葉した紅葉で一杯だったけど、今は見事に禿山になっている。

「・・・大丈夫だよ。あの歌でも言ってたでしょ?」

「・・・ごめんね。」

「何が?」

「・・・ごめんね。私・・・。この前・・・先生とお母様の話を聞いてしまったの。」

「・・・なに?なんの話?」

「あそこに見える・・・紅葉が全部落ちる頃には・・・私はもう・・・ ・・・だって。」

「・・・!」

紅葉はそれをしゃべる時、すごく苦しそうな顔で、すごく小さな声で話したからよく聞こえなかった。
でも、ゆっくりと反芻して、なんと言ったかが判った。

・・・死・・・

「な、そんな、馬鹿な話あるわけないよ!」

「うん・・・。でも・・・すごくきついの。お薬も毎日飲んでいるけど、全然、良くならないの・・・。私も最初は、そんなこと信じたくなかった・・・。」

「嘘・・・。」

「・・・ごめんね。」

「・・・ごめんって、なんだよ・・・。死ぬって言うの?今から死ぬっていうの!?だから謝るの!?」

「・・・ごめんね。私ももう・・・自分がどうなってしまうか・・・わからないの。」

紅葉が死ぬ・・・そんなわけない。紅葉が死ぬなんて、そんな馬鹿な事があるわけない。
毎日、あんなに素敵な笑顔で笑っていた紅葉が、昨日は歌ってくれなかったけれど、あんなに素敵な歌を歌える紅葉が。そんなこと、あんまりだ。

「・・・嫌だよそんなの。」

「でも、もう・・・紅葉、全部落ちちゃった・・・。」

「そんなことで弱気にならないで!」

紅葉はすっかり弱気になってしまっている。病は気からだ。元気付けてあげないと。何をしてあげよう。歌ってあげようか。いや・・・それよりも・・・

「じゃあ、じゃあ、ここで待っていてよ!きっとまだ、落ちてない紅葉だってあるはずだよ!・・・待ってて!私、探してくる!」

「あ、橙ちゃん・・・!」

紅葉の静止の声がかかったような気がした。だけど、とにかく紅葉に元気を出して欲しい。笑って欲しい。私は何も考えず、その小山へ向かった。


ガサガサ・・・ガサガサ・・・

啖呵を切って山へ来てはみたけれど、本当に、紅葉は全部落ちちゃってる。
あんな大雨の後だから・・・。
でも、落ちてない紅葉だって一つぐらいはあるに違いない。それを見つければ、紅葉もきっと元気になってくれるはず。

ガサガサ・・・ガサガサ・・・

いけどもいけども、全部葉が落ちてしまった紅葉の木ばかり。

ガサガサ・・・ガサガサ・・・

「はぁ・・・はぁ・・・。どこかに・・・ある・・・絶対・・・」

諦めたくない。絶対に・・・絶対に見つけてやるんだ。紅葉に、微笑んでもらうんだ!

ガサガサ・・・ガサガサ・・・

・・・あ・・・

あった・・・。紅葉・・・落ちていない紅葉・・・ あった!

たったの2・・・3枚だけど、まだ落ちてない!やった!
早く、紅葉に教えてあげないと!


「紅葉!」

「橙ちゃん・・・ごめんね。」

「いいの!それより・・・紅葉、あったよ!落ちて無い紅葉、見つけたよ!本当だよ!」

「え・・・本当に、探してくれたの?」

「当たり前だよ!紅葉のためだもん!紅葉に・・・元気になって欲しいから!」

「・・・橙ちゃん、ありがとう・・・う・・・私、幸せだよ・・・。」

紅葉が顔に手をあてる。・・・泣いているのかな。だめだよ、泣いたりなんかしちゃ。私は紅葉に笑って欲しいんだから。

「紅葉、行こう。紅葉を、見に行くんだ。」

「え!?でも私・・・」

「いいの!私が背負うから。一緒に行こう! ・・・私、人間よりずっと、力持ちだから。」

「・・・うん。ありがとう、橙ちゃん・・・。」


紅葉を連れて中庭から外に出た。使用人に見つかったら大事だろう。いや、見つからなくても、紅葉を連れ出したことはバレちゃうかな。そうなったらもう、紅葉の家には入れなくなるかもしれない。
でも、きっと紅葉はこれで元気になれる。元気になったら、紅葉に出てきてもらえばいいんだ。
迷いは無い。急ごう!


ガサガサ・・・ガサガサ・・・

「・・・橙ちゃん・・・大丈夫・・・?」

「紅葉ちゃんこそ!私は大丈夫だよ!もうすぐだから、もうすぐだからね!」

「ありがとう・・・。」

ガサガサ・・・ガサガサ・・・

「・・・わあ・・・」

「ね!」

さっきと同じ場所。3枚の紅葉が、そよそよと風に揺られながらその存在を主張していた。

「本当だ・・・橙ちゃん・・・ありがとう・・・。」

「えへへ。ね、まだ大丈夫!紅葉、病は気から、だよ。きっと元気になってね!」

「うん・・・。」


そこに、不意に少し強い風が吹いた。

「あ・・・」

私の目の前で、2枚の紅葉が枝から引き離され、ひらひらと地面に舞い落ちた。

「・・・なんで・・・なんで!」

「橙ちゃん・・・ごめん・・・」

「なんで紅葉が謝るの!?悪いのは変な風だよ!せっかく、せっかく3枚もあったのに!」

・・・でも、まだ1枚残ってる。大丈夫、大丈夫だ・・・

「・・・ねえ、橙ちゃん。」

「何?」

「私ね・・・とっても・・・楽しかった。」

「へ?」

「私ね・・・体がこんなに・・・弱いから・・・。いつも、お母さんや・・・先生に・・・迷惑をかけて・・・。」

・・・

「近所の子達の・・・遊びにも混じれなかったし・・・使用人の・・・人達も・・・優しくしてくれたけど・・・。」

・・・

「お友達は・・・橙ちゃんだけだった・・・。 とっても・・・楽しかった・・・嬉しかった・・・。」

「そんなこと・・・! 私、紅葉の友達だよ! ずーっと、友達だよ!」

「・・・ありがとう・・・」

あんなに優しかった、あんなに綺麗だった紅葉の声は、今は見る影も無いくらいかすれ、消え入りそうな程に弱々しい・・・

「もう一度・・・歌ってくれる・・・? あの・・・歌。」

「・・・うん!」

「橙ちゃんの歌声・・・すごく・・・元気が出るから・・・。」

「紅葉だってそうだよ!紅葉だって、私に元気をくれたもん!」

「橙ちゃん・・・。」

「紅葉の歌と、笑顔・・・。私、大好きだよ。」

「ありがとう・・・。これからも・・・辛い時は、歌を歌おうね。私も・・・そうして、橙ちゃんから元気をもらうよ・・・」

「うん! それじゃあ・・・歌うよ。元気になって、紅葉。」

・・・ ・・・

「ティアオイエツォン〜・・・ 紅葉よ なぜ舞い落ちるの・・・ 儚き夢も見ぬままに〜♪」

背中越しに感じる紅葉の鼓動。少しずつ、少しずつ弱々しくなっているのがわかる。
嫌だ・・・。紅葉・・・。歌うから、精一杯歌うから・・・。元気になってよ・・・。
私も、紅葉が最初のお友達・・・最初のお友達なんだから・・・人間の、お友達なんだから・・・。

「その命渇かぬ内に〜・・・  次なる命にその夢託して〜・・・。  紅葉・・・元気になった?」

「・・・うん・・・上手だよ・・・、 ・・・橙ちゃん・・・。」

辛いのか、紅葉が渡しの背中に顔を埋める。
よし、今日はもう戻ろう。早く戻って、お医者様にお薬を飲ませてもらうんだ。
それできっと、明日には・・・

・・・そこで、またしても、一際強い秋風が吹いた・・・

「!」

紅葉の枝を見上げて、目を見張る。葉が風を受けて大きく翻り、今にも離れてしまいそう。


落ちないで・・・落ちないで! お願い、今は・・・今だけは・・・!


・・・ ぷつ ・・・  ひらひら ・・・

「あ・・・あああ・・・」

なんで、なんで・・・ せっかく見つけたのに・・・

「も、紅葉、大丈夫だよ。まだ他にもあるよ!探せばあるよ!探しに行こう!」

・・・ 紅葉の返事は無い

「・・・紅葉? 大丈夫?」

・・・

背中越しに感じていた、紅葉の小さな鼓動・・・ 


今は・・・ ・・・ 止まってる



「紅葉ーーーーーーーーーーっ!!」





その後、私は紅葉を抱きかかえたまま、小山を走り回った。
生き返るわけ、生き返るわけなんてない。わかっていた。
でも、もしかしたら、まだ落ちてない紅葉の葉を見つければ・・・
でも結局、紅葉の葉はさっきのが最後だった。

私はもう冷たくなった紅葉を背負って、紅葉の家へ行った。
使用人の人達がびっくりして、騒然となっていた。
しばらくしたら、奥から一人の綺麗な女の人が出てきて、紅葉の母と名乗った。

その人は、ただ静かに・・・ ありがとうございました ・・・ と、私に礼を述べた。


私は、逃げた。家を飛び出し、道を駆け、里を出て・・・

怖かった。怖かった。 なにもかもが、嘘だった。

一人の妖怪が・・・
一人の人間と仲良くなって・・・
二人は友達になって・・・
一緒に歌を歌って・・・
でも・・・友達は死んでしまった・・・

妖怪はまた一人・・・

当ても無く彷徨った後、マヨヒガへ戻ると、もう夜も更けていた。
藍様は何も言わなかった。
私も何も言わなかった。

私には、人間の友達はいなくなった。













そよそよ・・・さらさら・・・

「・・・紅葉・・・」

私、強くなれたかな・・・

「・・・誰も、もう失わない。」

失いたくない・・・

「紅葉が、私に元気をくれるから、私は・・・がんばるよ。」

私の最初の、人間の友達。

人間と関わり、私は確かに傷ついた。

でも、私はその代わりに、とても大きなものを手に入れた。

「紅葉・・・。私を見ていてね。絶対に、強くなる。みんなを守れるぐらい。」

そよそよ・・・さらさら・・・










家に帰ると、藍様と紫様が添い寝していた。
はて?と思ったが、こういう日もあるのだろうと、とりあえず起こさないように自室に入った。
秋、紅葉の季節になると、いつも思い出してしまう。

紅葉はきっと、幸せだった。

私はそう思うようにしている。
そしてもう一つ、私は大事なものを失う事の怖さを知った。
強くなりたい。私の中で、芽生えた一つの想いだった。










それから数年、終わらない長い冬が続くある日。
私は一人の人間と出会った。
その人間は、マヨヒガへ単身乗り込んできて、巫女姿の命知らず。
最初は少し脅かしてお帰り願おうと思ったけど、呆気なく撃退された。

今は紫様は就寝中だし、紫様は遣いに出ていていない。

私がやらないと、この人間を、追い払わないと。

私はもう、何も失わないと誓ったんだ!

「ここで迷ったら最後!」

巫女は私を警戒して一層強く睨みつけてくる。

さっきのは対峙して戦ったというよりは、私が油断していたのが大きかった。

でもそんな言い訳は抜きに、目の前の巫女はとてもつもなく強い。それだけはわかった。

果たして敵なのか、どうなのか・・・。

「略奪開始〜」

「なんだって?」

この巫女は、私達の敵だ。マヨヒガの平和を壊す気だ。私の大切なものを、奪う気だ。

絶対に負けられない。 でも・・・怖い。

負けるかもしれない。死ぬかもしれない。怖い・・・。


紅葉・・・がんばるよ・・・約束だから、紅葉との約束だから。

もう絶対に、何も失わない、絶対に、みんなを守る・・・!

だから、紅葉、元気をちょうだい。 紅葉のために、歌うから。 私を、見守っていて──



「・・・ティアオイエツォン〜・・・ ────




終了10分前!

漸く書きあがりました・・・

それでは皆様お疲れ様ー!(バタンキュー
駄文を書き連ねる程度の能力
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/19 08:52:20
更新日時:
2005/11/04 01:01:05
評価:
23/23
POINT:
147
Rate:
1.43
1. 5 月城 可奈女 ■2005/10/20 00:58:29
多少文体等が気になりましたが、綺麗で良いお話でした。
2. 6 匿名 ■2005/10/20 02:10:20
うむ、ストレートにイイ。
3. 3 おやつ ■2005/10/21 23:06:52
つお茶
お疲れ様です。
出会いと別れを経て大きくなる少女。
ドラマですねぇ。
4. 8 おビールをお持ちしました ■2005/10/22 01:19:12
色々と拙いミスが目立ってしまったのが残念でなりません。
が、ともあれこういったパターンの話は良いものです。
5. 7 papa ■2005/10/22 14:32:20
死を取り扱ったテーマというのは小説や漫画などでよくありますけれど、
この話は最後できちんとまとまってきれいだなと思いました。

冒頭が少し長い気もしましたけれど。
6. 9 めるぽ ■2005/10/22 18:36:25
BGMを歌と見立てた新解釈、お見事恐れ入りました。
後は要推敲、です。誤字が目立ちました。あの場面であの誤字は…
7. 6 一之瀬翔弥 ■2005/10/23 00:17:42
正直シェイプアップが足りないと思うし、ネタも消化が済んでいない様に感じました。
…なのに、こんなに印象深いのはなんでだろう。
多謝♪
8. 8 MIM.E ■2005/10/23 14:33:42
紫と藍のやり取りに砂吐きそうになったアマー。
そして橙と紅葉こういうテーマはよく見かけますが良いものは好い!
9. 2 床間たろひ ■2005/10/24 01:08:05
猫さんも狐さんもスキマさんも、良い人過ぎて違和感がある。
あーなんて穢れた魂なんだろうな、俺は。
10. 6 Tomo ■2005/10/24 11:21:17
会話メインで進行するスタイルが読みやすかったです。橙は可愛いし藍もいじらしくて紫様もカッコいいと思います。
11. 6 藤村りゅ ■2005/10/24 15:54:19
 そうか、ティアオイエツォンにはそういう意味があったんだ……。
 しんみりした話だからかもしれませんが、やや起伏に欠けるところがありました。
 また、藍は橙に人間へは近付くな、とは言わないと思います。
 結局は、橙が最後に感じたことを伝えるべきなのだと思いますし。それを含め、過保護に過ぎる感がありましたね。
12. 5 木村圭 ■2005/10/25 21:40:55
うーむ、あの医者さまは絶対気付いてると思ったけど違ったか……。
何はともあれ、頑張れ橙。……わざわざ言うまでもない、か。
13. 6 世界爺 ■2005/10/26 00:58:01
それは勇気の歌。あの子はきっと、昨日よりも強く。

文章がやや荒いと感じ、地の文も物足りない。
けれども、ああ素直に感動。
どうも執筆お疲れ様でした。
14. 4 七死 ■2005/10/27 00:32:48
今更ながらにご苦労様でした!
15. 9 ■2005/10/27 23:21:45
…グスン
16. 10 ■2005/10/27 23:36:28
いや、あの、普通に泣きました。
これから妖々夢の二面をやるのが少し辛くなりそう……
オリキャラのいい使い方だと思いました。
17. 6 風雅 ■2005/10/28 14:34:38
橙の話は少ない気がしますね、枯葉色ってところから連想できそうですけれど。
親の知らぬところで子は育つ、とはよく言うもので。
頑張れ、橙。
18. 8 K.M ■2005/10/28 17:08:38
橙と人間の少女の交流。それを経て、橙は一つ大人になった・・・心温まるお話ですね
読んでいる途中で、日本では赤みを帯びた黄色を朽葉(クチバ)色と呼ぶ事を思い出し
言われてみればそれは橙色であり枯葉の色だと深く納得
・・・ポケモンやった人ならすぐピンと来る知識かもしれませんが
19. 10 名無しでごめん ■2005/10/28 20:41:09
(私の言えることじゃないですが)技術的なものは未だこれからな気がします。けれども、敢えて。
人が死ぬのを扱うのは難しいです。ともすれば「クサク」、「ありがち」になり易いので。
けれど今作は橙の語り口と共、ティアオイエツォンの旋律がイメージされて頭をガツンと揺さぶられました。
何が違うか? と問われれば自分にも分かりませんが、ともかく「私は好き」としか。
読んだ直後の直情的な感想で申し訳ないです。
20. 5 流砂 ■2005/10/28 21:41:27
紫様分身の術〜。 あの誤字は致命的でした。
全体的には良い話なのですが、上手く波に乗れなかった私は負け組。
21. 6 ななし ■2005/10/28 23:20:41
すみません、コメント間に合いません。
22. 7 弥生月文 ■2005/10/28 23:20:54
ええ話や……気の利いたコメントが浮かばない自分の頭が難。
23. 5 SSを書きなぐる程度の能力 ■2005/10/28 23:57:48
枯葉色の歌、橙の歌、それは紅葉に劣らず想いを込めて。
橙と人の友情の話ですね。ティアオイエチェンを聞きながら楽しませていただきました。
全体にちょっと冗長な気がしたので省略できる部分は思い切ってしてしまってもいいかもしれません。
後、「なるほど」が多い気がしたので少し意識して減らしてみるといいかも。
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