篝火の中で

作品集: 最新 投稿日時: 2005/10/17 08:29:27 更新日時: 2005/10/19 23:29:27 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 秋…それは収穫の季節、喜びの時。爽やかに吹き渡る風が稲穂を揺らし、水面のごとくに波立たせる。
さあ…と耳に快い音が響き、虫達がその音に乗るようにあちらこちらを踊り回っている。
視界一杯に広がる、黄金色で満ちた田を眺めて、一人の老人が柔らかに目を細めた。その背後から、一人の女性が声をかける。
「もうそろそろ刈り入れだな、長老」
「おお、慧音さん。これもあんたのおかげじゃて…ご指導のおかげで、今年もうまく水害を退けられた」
「そんなことはない。たとえ助言が正しかったとしても、それを忠実に実行し、背のたわみ折れるような労働に耐えた皆の頑張りあってこそだ」
慧音は、田で忙しく立ち働く農民達の姿を優しく見つめていた。
思い返せば、今年も色々な苦労があった。思うようにならない陽射しや雨、温度、そして河。
警鐘に叩き起こされて、真夜中に堤防補強の指揮に向かったこともあった。
それに、雨乞いの祭りを手伝いもしたし、温度調節のために氷精を捕獲するのに手を貸したこともあった。
その緑髪の氷精にはさすがに悪いと思い賑やかな祭りでねぎらった所、土産を持って帰るころにはかえって申し訳なさそうにしていたのがおかしくて、その事は特によく覚えていた。

「ありがたい事を言ってくれる…おお、そうじゃ。今夜の収穫の祝い、来て下さるのかのう?ここ最近留守で、返事をもらえんかったが」
「おお、もう今夜なのか。それならぜひ参加させてもらおう。去年と同じに、妹紅も一緒でよければだが…」
「もちろんじゃ。もこたんは村の男どものアイドルじゃからな」
「な、何?…と言うか、もこたんって村長…」
「おや、知らんかったか。去年来て以来、もこたんはすっかり村の人気者じゃ。あの拗ねたような目つきとつれなさがたまらんのじゃと。…女どもも含めてな。可愛くてたまらんそうじゃ」
慧音は、それを聞いて思わず顔面から激しく地面に突っ伏した。
「…その気に入り方はどうかと思うが…何より村長、もう少し年を考えた呼び方をだな…」
呻いた慧音の言葉に、長老はほっほっと笑って道を田の方へ歩き出した。
「まあよいじゃあないか。歳を食い過ぎると今度は子供に返ると言うことじゃて、ほっほっほっほ…」
もう一度低く呻いて、慧音はむっくりと身を起こした。
「…妹紅に、それとなく注意しておこう…」



黄昏も終わりとなり、今日の太陽の最期の息吹が空と大地を磨きたての銅のように輝かせ、稲穂の黄金に炎を増し加えるころに、慧音は妹紅を迎えに行った。
草木に埋もれた一軒家で、妹紅は肌着だけになって、染み込み洗って行くような秋の涼風に身を委ねて静かな寝息を立てていた。
その無防備な様を見て、慧音の口元が小さく緩む。
もしも来訪者に敵意が欠片でもあれば妹紅は一里先から目覚めて迎撃の準備を整えているだろう。こんな風な姿を見ることが出来るのは、彼女が慧音のことを信頼してくれている証だった。
慧音は少しの間穏やかに妹紅を眺め、そばにあった団扇を手に取ると、そっと程よい風を送り続けていた。
ほどなく、丸まって眠っていた妹紅が、身じろぎしてううんと身体を伸ばす。

「んー…。…あれ、誰?…けーねかぁ…ふぁあ。来てたんなら…よいしょっと、起こしてくれてよかったのに」
まだ少し寝ぼけたままの妹紅の半眼に、慧音は思わずくすくすと笑みをこぼす。
「お前の寝顔があんまり可愛らしいのでな、起こしそびれた」
「…馬鹿」
ほんの少し頬を赤らめ、照れ隠しに視線を逸らしてぼりぼりと頭をかく妹紅の反応がよけいに愛らしく、慧音の表情は緩みっぱなしだった。
「ふふふ…まあそれはそれとして、妹紅、村の収穫祭が今夜なんだそうだ。よければまた来ないか?」
「んー…?参加していいんなら断る理由もないけど…ん〜〜」
ひとつ大きな伸びをして、妹紅は立ち上がった。
「んじゃ、顔洗って着替えて来るからちょっと待ってて」
目を擦りながらむっくりと立ち上がって、彼女は襖の先に消えて行った。
そして少しして(通常の女性の基準からすれば本当に少しなのだ。なにせ、不死鳥の炎で全身を覆えば服以外の身だしなみはあっという間に整うのだから)、いつものサスペンダー姿ではなく紅葉柄の晴れ着に身を包んで姿を現した。
「ほう、なかなかよく似合っているじゃないか」
「ありがと、お世辞でも嬉しいわね」
そんなふうに答えながらも、妹紅の視線は脇にそれていた。



「…む、灯が見えて来たな」
「そうね。…高い所からの祭りの眺めって好きだわ。暖かくて」
「私もだ。毎回見ているのに、毎回これが楽しみでな」
「私、まだ二度目だからね。何度も見てるのに、慧音は意外に子供みたいなのね?」
「ふふ、そうかも知れないな」
それまで言葉を忘れたように一語も交わしていなかった二人の口が、村に点った火明かりを見ると急に回り始めた。…しかし、ひとしきり喋ると、またすぐに静寂が戻って来た。
周囲は虫の静かで賑やかな声で一杯で、この素敵な大合唱を損ねたくなかったからだ。
黙っていても、時折顔を向け合うだけでお互いの心は充分に通じ合った。
そんな清冽な暗闇の中から、やがて人の声でざわめく火明かりの下に歩み出ると、その世界の変容はまさしく幻想そのものだった。
前方には、集まって客人を迎える村人達の笑顔。
二人の胸の中にもいつしか祭りの火がぽっと点っていた。
「やあ、皆。ご招待ありがとう。お言葉に甘えて来たぞ」
「おいすー。同じく、呼ばれてやって来ました」
二人が手を挙げて呼びかけると、口々に歓迎の声が浴びせかけられる。…そう、まさに浴びせかけられると言うのがぴったりの、素朴ながらも荒々しいほどの活気だった。

「おー、慧音様!よく来て下さっただー!」
「待ってたど、もこたーん!」
「お二人の席用意しといたからね、後でまた色々おはなし聞かせてねー!」
その中に混じった言葉を聞いて、ふと妹紅が慧音を胡乱げな眼差しで見た。
「も、もこたん…?」
慧音は、そんな彼女の肩を叩き、言った。
「まあ…どうもお前は人気者のようだ」
「まあ、別にいいんだけどさ…どーもこう、身体が痒くなるような呼ばれ方よね」
…蛇足だが、この後にどこをどうしてかこの呼び名は永遠亭へと伝わり、輝夜に気に入られて一般化されたと言う。



「…そして、この豊かな恵みに感謝してもし切れることはなかれども、せめてこの天と地に我らが喜びを今日この夜に捧げ、僅かなりとも受けしものを返さん…」
村長の始まりの言葉が結ばれると、程なく豊作を願う奉納舞が始まった。そして、それも済むと、今度は神に神饌を捧げる。その少し後に、村人達と客人に酒宴の膳が配られた。
まずは神々に召し上がって頂き、その次に箸を取るのは客人だ。客とは外よりもたらされたもの、新たな神を運んで来てくれるものであるからだ。
「では…今年のこの恵みに、今宵のこの時に、皆に感謝し、謹んで今日の米を頂こう」
「それでは、頂きます」
リズムを合わせて慧音と妹紅が順々に箸をつけると、周囲の人々も自分の前の膳に箸をつけ…そして、程なく会話が広がり始め、賑やかな宴会が始まった。この賑やかさも神々に捧げるものであるから、宴会は基本的に無礼講である…
「悪ふざけはほどほどにしろと去年も言っただろう」
…まあ、口説き落としもせずに女性の腰やら胸に手を伸ばせば、肘鉄で沈められるくらいは仕方のないことだが。
取りあえず、酔いがほどよく醒めるまで片隅に放置しておく。

「三百十五番、妹紅っ!炎芸いきますっ!」
一方、すでに悪酔いしている妹紅は、輪の中心で台に上り、酒を口に含んで「火吹き」をしていた。誰からともなく始まった一芸の見せ合いだったが、大量のアルコールを注がれて熱が火に変わり、いつの間にか「芸のレパートリーが尽きたものから脱落」の大会となっていた。
「三百十五番でまだ尽きないとは…妹紅め、なかなかやるじゃないか」
呆れ半分で苦笑いしながら、慧音はその様を眺めていた。
「慧音さまー、僕のお酒も受けてくださいっ」
「おお…お前たちか。ふふ、それじゃありがたくもらおうかな」
それは、村の子供達だった。慧音は村で学問を教えているのだが、生徒である子供達にはとてもよく懐かれていた。
「うん、それじゃあ…、…あれ?この樽、もう空かあ…」
「ああ、そっちの樽から持って来るといい」
慧音の傍らには、空の樽が置かれていた。薦められた酒を断りきれずに全部呑んでしまった結果なのだが、それでも彼女は平然としていた。恐るべきザルである。そんな彼女を酔い潰してくれんと、村の酒豪達は毎年このように挑戦して来るのだが…今年もまた、黒星のようだった。

「はい、慧音さま!」
「お、ありがとう」
子供達の一人から差し出された杯を受け取り、慧音はまだ幼いその少年の頭を優しく撫でてやった。大人に酒を注ぐと言う行為に背伸びをしているつもりらしく、鹿爪らしい様子はそうせずにはいられないほど愛らしかった。
「あー、孫兵衛!一人だけずるいぞー!」
「慧音先生、あたしにもー!」
「おやおや…」
あっと言うまに群がる子供達に、慧音は目を白黒させた。
「ふふ…本当にもう、仕方がないなあ。ほら、一人ずつ来なさい。皆撫でてやるから」
「「わーい!」」
ふと視線を上げると、妹紅は今度は一気呑み対決でライバル一人をまた奈落へ叩き落していた。楽しそうで非常によい…のだが、前回のことを彼女は覚えていないのだろうか?
苦笑すると、慧音はまとわりつく子供達を優しく抱え上げ、そっと順々に撫でて行った。
泥酔の許されぬ巫たちが守り続ける篝火は、周囲の状況と同じように赤々とどこまでも高く燃え盛り、星空までも届かんばかりのその光で彼女らを赤々と照らしては、満ちている優しい喜びにそっと息吹を送り込み続けていた…。



そして、次の朝。さすがに村に泊まったものの、朝早くに村を辞して、慧音と妹紅は家路に着いていた。そのまま転がり続けていると、確実に今日の迎え酒に誘い込まれるからだ。
さすがに少々疲れたので、それはご勘弁だった…少なくとも慧音はそう思っていた。
妹紅の方はといえば、それどころではなく…
「うー…けーね、そんなに揺らしちゃだめぇ…」
「去年も同じ目に遭ったろうに…自業自得だよ、まったく」
二日酔いで地獄の底をさ迷っていた。いっそ、比喩抜きで「死ぬほど」呑めればリザレクションですっきり出来たのだろうが、まさかに村の中でそんな訳にも行くまい。

ぐでっと力の抜けたその重荷を担いでいる慧音の飛び方は、別に乱暴なわけではなく、むしろ触れれば崩れるガラス細工でも載せているかのように丁重だった。揺れているのは慧音ではなく、妹紅の視界なのだ。
「だ、だってぇ…」
「何か言い訳でもあるのか?」
「うぅ…たまにはあーゆーことだってしたいもん…そりゃ、一人でいるの好きだけどさ…にぎやかなのも、やっぱ楽し…うっぷ」
「あ、こら馬鹿、頼むからそこで吐くなよっ?!」
慧音は慌てて茂みの近くに妹紅を降ろし、植物に祭りの養分を分けてやるようにした。
閑話休題。
「ふー…」
妹紅に何とか水を飲ませて落ち着かせ、慧音はぐったりと息をついた。その視線の先では、妹紅が泥のような眠りに陥っている。
「まったく、仕方のないやつだ」
慧音は苦笑した。だが、まあ…苦労はしたものの、この安らかな寝顔を見ていれば腹も立たない。たまに羽目を外す時くらい、手間をかけさせられてもまあいいだろうと思える。手がかかる子ほど可愛いとも言うのだし。

「よいしょ、っと…」
起こさないよう、慎重に慧音は妹紅を担ぎ上げ、また空へと舞い上がった。
「すー…すー…」
妹紅の静かな寝息が、胸に暖かかった。慧音は笑い、風になぶられるその銀髪をそっと撫でつけてやる。きつく閉じられていた妹紅の瞼がふわりと緩み、安らいだ形を見せていた。
今日は、家へついたら妹紅を着替えさせて、ゆっくり寝かせてやろう。そして、起きるまで傍で見ていてやるとしよう…いつもは甘えを見せない彼女のこんなチャンス、出来るうちに可愛がっておくべきだ。
そんなことを考えながら、慧音はそっとそっと、そして少し急いで、まだ少し暗い空を飛んで行ったのだった。
短いですが、司会を務めてくださった慧音先生へのささやかなプレゼントです。どうぞお収め下さい。


…お題が紅葉だから、お題なしも秋関連で、稲穂をメインにしようと思ってたのに…ラスト一日、時間に追われるまま飛ばし書きしてたら、あれぇ?おや不思議、いつの間にかけーねともこーのおかあさんといっしょにほのぼの風味になっている…どこでどう間違ったのだらう?


…まあ、一応、田んぼと収穫祭りで秋ネタってことで一つ。…それで許して下さい。お願いです。
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2005/10/17 08:29:27
更新日時:
2005/10/19 23:29:27
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5.00
1. 3 セノオ ■2005/10/19 00:09:52
「おいすー。」よくやった。妹紅は世が世ならアイドルだと信じてやまない自分がいます。
2. 4 es-cape ■2005/10/19 01:58:32
絵に描いたようなほのぼのですね。
慧音と妹紅のやりとりに、読んでると頬が緩んでく感じ。

でも私の中で一番の萌キャラは長老。じじい萌え。
3. 7 匿名 ■2005/10/20 04:34:03
皆で喜び、皆で楽しむ。
ああ、これがあるからまた一年頑張れるんですね。
4. 4 おやつ ■2005/10/21 02:15:53
司会の意味が最初わからんかった……
ともあれ、素敵なお話でした。
そしてもこたん、既にデフォ。
5. 7 床間たろひ ■2005/10/22 02:07:48
先生! 僕の酒も飲んでくださいっ!

それはそれとして、もこたんもこたん言う村長に世代を超えたとてつもない
シンパシィを感じた。
6. 4 一之瀬翔弥 ■2005/10/23 00:27:17
ふんわりしててgood♪
お祭りな雰囲気が素敵でした。
7. 8 K.M ■2005/10/23 14:04:54
おぉ、実にほのぼのとした内容だ。思わず田舎の秋に情景が脳裏をよぎったよ。
8. 8 MIM.E ■2005/10/24 00:51:03
もこたんかわうぃいよ
もこたん。
ほのぼのはよいです。何も心配せずに楽しめる話。よいです。
9. 6 Tomo ■2005/10/24 12:21:36
慧音たんがお母さん役になってるハァハァ。お題ありを含めて、今回慧音たんは最多の登場ではないかと思います。皆の人気者ですね。
10. 4 藤村りゅ ■2005/10/24 16:00:00
 普通のお話でした。
 ひとつ事件がほしかったですね、話の抑揚を付けるためにも。
 ノーマルなほのぼの交流記でした。
11. フリーレス 楠木忍 ■2005/10/25 20:31:12
もこたん…いい響きですね
12. 4 木村圭 ■2005/10/25 21:38:03
も、もこたーん!
どうしてこう平和なんだ。思わずニヤニヤしたくなっちゃうじゃないですかっ!
13. 7   ■2005/10/27 02:17:20
 
14. 7 風雅 ■2005/10/28 14:37:43
もこたん、もこたん、みんなのアイドルもこたん。
3回繰り返すと馴染みます。
つまりどういうことかというと、もこたん萌え。
15. 8 名無しでごめん ■2005/10/28 22:39:26
穏やかな筆致で書かれた慧音、妹紅に村の人々。
ほのぼのとも少し異なる、なんだか懐かしい、羨ましい風景でした。
なんともお見事です。
16. 5 名前が無い程度の能力 ■2005/10/28 22:49:34
秋の夜長の一景。村長、モコタンと良い味出してました。
でもお題ナシになるのか(;´Д`)
17. 6 弥生月文 ■2005/10/28 23:25:05
 
名前 メール
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