schwieriges Alter

作品集: 最新 投稿日時: 2006/02/24 09:53:07 更新日時: 2007/02/15 20:43:27 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 あの人はいつも突拍子もない事を言って私を困らせていた。
 無理難題。
 頭の中が一体どんな構造になっているのか、是非とも一度見てみたいと常々思っていたが、そんな事をすれば何をされるか解ったものじゃない。
 我が侭で、乱暴で、何かあればすぐ手をあげる。
 かと思えばお嬢様のようにおしとやかになる事もある。
 実際お嬢様なんだろうけど。
 そして、毎回振り回される私を見て笑っているのだ。
 何か言われる度に西へ走り、東へ走り、疲れて帰れば遅いの一言。
 確かに私はあの人に比べればまだまだひよっこなのかもしれないけれど。
 それでも私にだって意地はある。
 いつか見返してやろうと思って。
 でも出来なくて。
 結局また笑われて。
 その度に私は悔し涙を飲み込んだ。
 逃げ出そうとか、逆らおうとか、そんな事は思ったことはない。
 無茶な事さえ言わなければ、基本的にはいい人だし、凄い人なんだ……きっと。
 だから、私は認められたかった。認めてほしかった。
 振り回されて笑われるのも、きっと私が未熟な所為。
 今はまだ後ろにくっついているだけだけど、いつかはあの人の前を歩きたい。
 そうして今日も私はあの人の待つ部屋へと向かう。
 今日こそ役に立てるようにと期待半分。
 またどんな難題を吹っかけられるのかと不安半分。
 歩く廊下はきしきしと音を立て、一歩毎に期待も不安も一緒くたに膨らんで胸が押し潰されそうになる。
 部屋の前で一呼吸。
 この家に来てからもうどれだけの季節が巡っただろうか、なのに未だにこの襖を開ける事に躊躇する。
 息を吸って、吐いて。
 きっとあの人は私が部屋の前に居る事などとうに解っているだろう。
 どっちにしろ選択肢は一つしかない。
 私は音を立てぬよう、そっと襖を横へ滑らせた。



 ◇ ◇ ◇



 意外。
 西の山の裾に消えていく太陽を見送りながら、私の頭の中はその一言で埋め尽くされていた。
 使いに出される訳でもなく、雑用を言い渡される訳でもない。
 こんな事は初めてだった。

 部屋に入り、彼女の前に座って顔を上げればそこにはいつもと寸分違わぬ微笑み。
 無意識のうちに身構えていた私に向かって彼女が言ったのはたったひとつ。
「ついてきなさい」
 え? と思った時にはもう彼女はそこには居なかった。
 ついてこいと言いながらも置いていく辺りが実に彼女らしいが、言われてしまった以上、彼女を探さざるを得ない。
 とりあえず家の中を全部見て回ったが、どこにも居なかった。
 外に出て辺りを見回してみても、どこにも居なかった。
 茜色に染まる空へと上がってぐるりと見渡したが、どこにも居なかった。
 これではついてこいというよりも探せと言っているようなものではないか。
 一瞬でも遂に認めてもらえたのかと思った自分が恥ずかしくなってくる。

 そうしてあの人を探してどれだけ飛び回っただろうか。
 普段、彼女は外へ出る時に私を連れて行ってはくれない。
 頼んでみても断られ、尾行をすればいつの間にか見失っているのが常だった。
 行き先も告げず、ふらりと居なくなる事も多々あった。
 だから、先ほどの彼女の言葉は自分にとっては意外だったのだ。
 彼女が私に何かを言う時は、常に用件があった。
 簡単な雑用もあれば、命からがら帰ってくるような事もあった。
 だが、今回は何も無い。
 ついてこい、ただそれだけ。
 どこに行くとも、何をするとも言わず、ただそれだけだった。

 心当たりがある場所もない場所も隈なく探してみたが、結局彼女の姿は見当たらなかった。
 日はとうに暮れ、見上げれば満天の星空に月が浮かんでいた。
 空気が澄んでいる所為か、天の川までもがくっきりと見て取れた。
 吹く風も幾分か冷たさを孕み、暫し今の季節を忘れさせる。
 ついぞ当てもなくなって、一旦家に戻ろうかと地上を見下ろしてみれば、見慣れた屋根に影ひとつ。
 月と星の光を受けて薄く輝く長い髪を後ろに垂らし、座ったままこちらを見上げて手を振るのは紛れも無い探し人。
 私は見つけられた安堵感よりも、してやられたという悔しさの方が強かった。
 ふらりと彼女の横に下りてみても、彼女は咎める事もなくただ微笑むばかり。
「いきなり飛んでいくんだもの。何処に行くのかと思ったわ」
 なるほど、やはり彼女は最初からずっとここに居たらしい。
 私は答えるでもなく、座るでもなく、じっと彼女を見下ろしていた。
 別に置いていかれた事も、飛んでいく自分に声をかけなかった事も恨んではいない。
 ただ、何故こんな事をしたのか、それだけが知りたかった。
 やがて私の視線から言いたい事が伝わったのか、彼女はぽんと自分の隣を叩いた。
「まぁ座んなさいな」
 特に抵抗する意思が無い以上、それを断る心は私にはない。
 右側に並んで座ると、私の顔は彼女の肩の辺りだった。
 つい先ほどまで見下ろしていたのに、今度は少しばかり見上げる形となる。
 思えば、こうして並んで座ったりするのも初めての事。
 すぐ隣に、彼女がいる。
 私は彼女の顔を見上げる事によって、改めて体格的な差ではない、彼女の存在の大きさを知ったような気がした。
 ふと気付くと、こちらをじっと見据えていた彼女と目が合った。
 私が慌てて視線を外すと、その様子が可笑しかったのかくすくすと笑い出す。
 顔が僅かに熱くなるのを自分で感じる。
 そんな気恥ずかしさも相まって私が顔を背けたまま黙っていると、彼女は笑ったまま「はい」と右手を差し出してきた。
 その手には一本の細い燗徳利。
 突然の事に少しばかり面食らったが、私がそれを半分押し付けられるような形で受け取ると、今度は御猪口を持った左手を出してきた。
 どうやら注げという事らしい。
 小さな御猪口。燗徳利を傾ければすぐにも溢れそうになる。
 彼女の白い指先に乗った御猪口にゆっくりと注ぎながら、私はようやく口を開いた。
「どうしてこのような事を?」
「こんな夜だもの。月見酒と洒落込むのもいいと思わない?」
 呆れた。
 それならそうと最初から言ってくれれば、あんなに飛び回らずに済んだというもの。
 けれど、私はそこで思い出した。
 彼女が私に声をかけたのは、まだ日も暮れぬ夕暮れ時。
 月見をするにはいささか早すぎる気がしないでもない。
 ……なるほど、やはり私は彼女の手の上で踊らされていたという事か。
 しかし、こんな事は今に始まった事ではない。
 むしろ毎回この程度で済むのならば願ったり叶ったりだ。
 手には燗徳利。
 中身はまだ十分に残っている。
 ならばと私も御猪口を探してみるが、生憎そのような物は持ち合わせてはいなかった。
「あら、ダメよ」
 そんな私に気付いたのだろうか、ちびちびと御猪口を傾けていた彼女がこちらを向いた。
 それきり二人、見合ったまま黙り込む。
 微笑む彼女。僅かに顔を顰めた私。
 静かになった途端、今まで気付いていなかった周りの音が耳に飛び込んできた。
 コオロギ、鈴虫、マツムシ、紛れるように鳴いているのはキリギリスだろうか。
「お酒は二十歳を過ぎてから」
「はい?」
 家の裏手を流れる沢の音と、虫の奏でるオーケストラ。
 蛍の光が指揮を取り、微かな風に揺られる木々の歌声。
「今の人間は、二十歳で大人になったと認められるらしいわ」
「はぁ……」
 真円を描く月の映った御猪口を一気に傾け、ほぅ、と一息。
 私は徳利を再度手に持ち、空いた御猪口に注ごうとするが、彼女は片手を出してそれを制した。
「つまり、お酒は大人だけの嗜みという事ね」
 なるほど、つまりは私にはまだまだ早いと、そう言いたいのだろう。
 酒など今までいくらでも飲んできたが、思えばここに来てからは一度も口にしていない。
 進んで飲もうとも思わなかったが、誘われた事もなかった。
「……私だって結構な年数を生きていますが」
 漏れ出た言葉に驚いたのか、彼女がこちらを見て少し目を丸くしていた。
 自分でもなんでそのような事を言ったのかは解らなかった。
 でも彼女はすぐにいつものようにふふ、と笑うと。
「そうね。でも私にしてみれば貴女もまだまだその程度という事よ」
 解ってはいたけれど、面と向かって言われるとまた違った重みで心が沈む。
 いつになったら私は認めてもらえるのだろうか。
 いつになったら私はこの人の前を歩いていけるのだろうか。
「でも、ね」
 そう言って、彼女は俯く私から徳利を取り上げて自分の持っていた御猪口を私に押し付けると、ゆっくりと、そこに酒を注いでいった。
「今日からは、お酒くらいいいんじゃないかしら」
 いつものように微笑む彼女。
 私はその意味が解らなくて、暫し言葉を失った。
 固まったままの私を置いて、彼女はふと空へと向いた。
「月が……綺麗ね」
 月の光に照らされるその横顔が何よりも綺麗で、何よりも儚くて。
 彼女がぽつりと呟いた。
「これからもよろしくね……藍」
「…………はいっ!」
 私の返事に満足したのか、彼女は顔を空に向けたまますっと目を閉じて、またいつものように微笑んでいた。
 私も嬉しくなって、笑った。精一杯笑った。


 その時飲んだお酒はちょっとだけ苦くて、どこか夏の風の味がした。




お酒は二十歳を過ぎてから。
藍がそんな頃だと法律出来てないんじゃないの? とかそんな無粋な突っ込みはスキマ行き。

幽々子&妖夢、もしくは永琳&鈴仙のコンビでも成立しそうな話でしたが、
あえて紫と藍の過去話として書いてみました。

夏が好きです。
夏の夜が大好きです。

お粗末さまでした。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~cck/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/02/24 09:53:07
更新日時:
2007/02/15 20:43:27
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 6 月影蓮哉 ■2006/03/25 00:09:21
藍の心情描写が巧みでした。比喩表現も良かったです。
私は我が侭と乱暴の所でレミリアかと思いました(ぉ
2. 7 ■2006/03/25 00:14:26
苦味はしった大人、とはまさにこの方のことですね。うん。
3. 5 ありがとう ■2006/03/25 00:15:26
ひととき。優しい風を感じました。
4. 8 凪羅 ■2006/03/25 00:31:05
冥界組か永遠亭の師弟コンビか、それとも八雲の二人か? と思いながら読んでましたが、成る程。八雲なら全てがしっくりと来ました。
藍の苦労は昔っからだったんだなぁ(笑
5. 4 床間たろひ ■2006/03/25 00:33:21
優しいある夜の出来事。いい感じです。
6. 6 爪影 ■2006/03/25 00:36:28
情景の浮かぶような、綺麗な文章に、乾杯。
7. 4 かけなん ■2006/03/25 00:41:17
何気ない一幕に和んだ。
そしてお酒は20歳未満でmうわなにをするやめぎゃー
8. 6 水酉 ■2006/03/25 01:49:50
やー、脳内では途中まで永琳&鈴仙で物語が展開してました。
人(のようなものでも可)は認められて漸く大人になるのですよねえ・・・。
9. 4 名前はありません。 ■2006/03/25 09:04:02
最後まで永琳&鈴仙だと思ってました
やられました
10. 3 おやつ ■2006/03/25 18:05:05
……藍が出てきただけで脊椎反射で満点入れそうな自分が憎いorz
主従モノとしては王道をいっていると思います。
端から幽々妖夢かと思ったのは私が穢れているからでしょうw
11. 4 二見 ■2006/03/26 20:42:09
読者に丸投げせずに、藍が紫を慕っている理由根拠を入れたほうが
話に説得力が出る気がします。
雰囲気は良いのですが、藍の気持ちをもう少し深く表現して欲しかった。
12. 5 ■2006/03/27 00:28:56
この頃はまだ新成人も大人しかった。
親子で酒を飲み交わすのは、子よりも親が実感したいからなのかも知れず。
つまりゆかりんかわいいよゆかりん。
酒もまた1つの境界なのか。
13. 4 つくし ■2006/03/30 17:29:42
ほわりとする文章でした。
あとがきでも仰られた通り、紫と藍の話である必然性が薄く感じるのでこの点数で。
14. 7 papa ■2006/03/30 18:36:18
情景描写を中心にした語りが見事で、風流な光景がありありと浮かんできそうです。

で、タイトルが何でドイツ語?
15. 3 Hodumi ■2006/04/02 16:11:50
途中まで幽々子&妖夢でも永琳&鈴仙でも紫&藍でも無い妄想をしていた自分……
16. 4 ■2006/04/04 00:50:33
初々しい藍様でした。いいなぁ。
17. 3 誰かさんが見つけた ■2006/04/04 09:48:13
普通に冥界組と思って読んでたのでもうちょっとそれらしく思わせる描写が欲しかった
18. 4 藤村琉 ■2006/04/06 23:54:19
 ここだけの話、藍はそんなに紫を尊敬しているのか、という疑問が。そのあたり、人それぞれどう感じるかは別なのでしょうけども。それはおそらく、私が藍は九尾の狐から式になったと考えているせいで、普通の狐から式になった、と考える人はまた別の藍像を描くのかもしれません。そのへんの齟齬です。多分。
 途中まで具体名を出さなかったのには、何か深い意味はあるのかなと後になって思ったり。後書きにもあるように、誰でもできそうなやり取りなので紫と藍にしかできない特徴を出してほしかったところも。
19. 5 偽書 ■2006/04/07 22:04:46
幽々子&妖夢だと思って読んでました。シンプルだけれど、綺麗ですね。
20. 7 銀の夢 ■2006/04/08 16:19:05
無粋な突込みをしたので隙間いってきます。

でも。
とても素敵な情景が染み渡ってきました。
夏の夜は、とても心地よいですね。
さびしくもなく、涼やかな風が吹き渡って。そこに酔いを催す美酒に、月見の肴などあるなら最高です。お見事でした。
21. 5 MIM.E ■2006/04/11 22:27:12
風情ある良いお話でした。お酒は二十歳になってから。
彼女たちの年齢はともかく認められるというのは嬉しい事。
どの二人の話かいろいろ考えて読めたのが楽しかったです
私の予想は永琳&鈴仙でしたが、過去の藍とは参りました。
22. 2 木村圭 ■2006/04/12 01:53:15
紫様大きいよ紫様。穏やかな空気は大好物。
23. 8 NONOKOSU ■2006/04/12 05:57:45
うあ!
素で幽々子&妖夢のコンビだと勘違いしてました。
24. 6 とら ■2006/04/12 18:59:07
はじめてお酒を飲んだのはいつのことだったか。
美味しかった記憶なんてありゃしませんが。
25. 3 反魂 ■2006/04/12 21:11:05
主従関係と言うより、親子みたい。
ほのぼの素敵な月見酒。
26. 6 椒良徳 ■2006/04/12 22:05:14
貴方の文体は私に合いません。あと、タイトルの一文字目が小文字というのもどうかと思い、この点数に致しました。
27. 6 K.M ■2006/04/12 22:05:58
飲酒可能な年齢は国によっても違ったりしますよ、紫様。・・・いや、日本の話しでいいのかな?

名前が出るまで白玉楼の二人と思った私の負け
28. 7 名無し ■2006/04/12 22:53:55
藍が好きです、藍と紫が好きです。
29. フリーレス 近藤 ■2006/04/16 02:30:37
たくさんのコメントを頂きまして、本当にありがとうございました。
以下にて個別にコメントを返させていただきました。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~cck/txt/konpe2.txt

○○だと思った、というご意見が多かったのは、
嬉しくもあり、やっちまったとも思ってしまったり。
酒というお題を使いこなせなかった自分に猛省。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード