六十年目の宣言

作品集: 最新 投稿日時: 2006/02/24 19:32:26 更新日時: 2006/02/27 10:32:26 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00




幻想郷は、夏である。しかし、元の場所は日本の東北地方であるため、夏は驚くほど涼しい。
湿度も低いためにじめじめしてなく、ひんやりとした風が縦横無尽に駆け巡っていた。

幻想郷の住人は、この夏を心から愛していた。
寒く、厳しい冬が長く続くため、完全に暖かいこの季節を心より待ち望んでいる。
氷の妖精は溶けてしまいそうな気温であるが、少なくともここに暮らす人間や妖怪は、この夏を楽しむ事に専念するだろう。

この世界の夏は、暖炉が必要になるほど涼しい時があった。
葉月の下旬にストーブを付けるのは、幻想郷においては決して珍しい話ではない。
たまに極端に気温が高くなる事もあるが、今まで摂氏30℃を上回った事はなかった。

幻想郷に訪れる夏を心より待っていたのは、何も地上の人間だけではなかった。
大空へと続く長い長い階段を登った先に存在する冥界。その冥界に住む者達も、夏を心待ちにしていた。
しかし、一方で夏は冥界にとっては少し厄介な出来事が存在していた。御盆である。

御盆というのは正式名称を盂蘭盆(うらぼん)と言う。
梵語の「ullambana」が語源とされるが、イラン語系で霊魂を意味する「urvan」という言葉を語源とする説もある。
とにもかくにも、葉月のこの日は祖霊を死後の苦しみの世界から救済するための仏事があった。

盂蘭盆初日の夕方には、迎え火が行われる。
迎え火というのは祖先の精霊(しょうりょう)を迎えるために焚く火であり、門前で麻幹(おがら)を焚くのが普通とされる。

とにかく、迎え火は一斉に行われる共通行事であるため、幽霊が一斉に幻想郷中を飛行する。
そのために幻想郷上空の幽霊交通路は混乱し、渋滞となり、空は幽霊で満杯となる。
一般に幽霊は霊感の強い者でないと見えないが、幻想郷では誰でも見えるものであったりする。

もしも非科学的な物を信じない人間が幻想郷に紛れ込んで、大量発生している幽霊を見たら―――――。
―――――それは誠におどろおどろしいものであろう。


今日はその最終日であり、一斉に送り火が焚かれた。
幻想郷中の幽霊という幽霊が、無事に冥界へと戻っていった。

それにしても――――――

冥界にある巨大な日本屋敷、白玉楼の庭師を務める魂魄妖夢は思った。

「死後の苦しみの世界は、苦しみではなくて楽しみの世界なのよね」

妖夢は口に出して言った。という事は、ここは極楽浄土なのだろうか。
確か浄土真宗は南無阿弥陀仏と唱え、阿弥陀仏を信じれば、誰でも死後は極楽浄土へ往生できると説いた。
とすれば、この白玉楼が極楽浄土であり、阿弥陀仏は自分の主人ということか。
それを思うと、妖夢は思わず吹き出しそうになった。

だが、死者は地獄へ行くか冥界へ行くか、それとも別の世界へ行くかの選択をされる。
ということは、ここにいる幽霊は全て善人だったという事である。妖夢は閻魔様の裁判基準はわからないが。
それと同時、妖夢はまだ思った事があった。
果てさて、生きている人間であるし、死んでいる人間でもある自分は、一体どちらへ住めば良いのかと。

魂魄妖夢は、人間と幽霊の間に生まれた半人半霊である。
こうしてアイデンティティーも考える事もあるわけだが、普段はこうやって冥界に暮らしている。

(……御師匠は、この場合は……どのようにお考えになられたのであろうか)

妖夢は今はいない師匠の事を思い出した。
名は魂魄妖忌。妖夢の祖父にして、彼女の剣術の師であった。
あまり覚えていないが、強く、気高く、そして優しい人物だと記憶していた。

「うーむ。でも、あまり考えない方が良いかも……」

妖夢は言った。今は冥界も生きている者が普通に入ってくる事のできる時代である。
それに自分自身も下界に行って知り合い達と楽しく談笑しているのだ。深く考えない方が良い。
そんな事を考える前に、庭の剪定(せんてい)を行わなければ。

妖夢は止めていた手を動かし、高枝切りバサミで木々に生えた余計な枝を切り取っていた。
最初、自らが持つ業物で『斬ろう』とした所を、慌てて主人に止められたのは懐かしい話であるが。

「よーむぅ、おはよー」
「幽々子様。おはようございます」

眠い目をこすりながら、彼女の主人は声をかけた。
名前を西行寺幽々子。ピンク色の髪がチャーミングな亡霊の姫君である。

起きたばかりなのか、普段の着物に着替えておらず、その姿は白い湯帷子(ゆかたびら)姿だった。
湯帷子は入浴中或いは入浴後、つまり就寝時に着用する単衣(ひとえ)であり、これが略されて「浴衣」となったのである。
外の世界ではそれこそ着用されなくなったが、幻想郷の住人の寝間着は、この服装が通常であった。

「すぐに朝餉(あさげ)の準備を致します」
「悪いわね。じゃ、任せたわよ」
「御意に」

幽々子の性格を完全完璧に理解している妖夢は、剪定作業を中断してでも朝餉を作らなくてはならなかった。
何故ならば、西行寺幽々子という人物は、常に満腹でいなければ御機嫌斜めになるからだ。
妖夢は真っ直ぐ台所へと向かう。その姿を追いかけるように、妖夢の半身である大きな幽霊がふよふよと移動した。

だが、そんな主人は、人里に住む者達にかなり評判が高い。
以前人里を表敬訪問した時、里の有力者に『是非、うちの嫁に』と声をかけられ、仰天しかけたのを妖夢は思い出した。

日本人の性格を考えれば、それは今も昔も変わらなかった。
玉のように美しい皇子や姫君は、それだけで我が物にしたいという願望は、自然と沸いてくるのだろう。
かくいう幽々子も美人の類に入り、その美貌は、男性はおろか女性をも魅了していた。

人は外見だけで全てを判断するというが、幽々子の性格を知り尽くしている妖夢にとっては、それは苦笑いものだった。
多分ではなく確実にエンゲル係数がやたらと高くなるに決まっている。
その原因である彼女を放出するわけには絶対にいかなかった。まあ、理由は他にも大量にあるのだが。





長い間白玉楼の庭師、幽々子の護衛、剣術指南、世話係を務めているだけあって、魂魄妖夢の使用人としての腕は確かなものだった。
それは辣腕であり、例え2つの仕事を掛け持ちしても瞬時に片付けると誉れが高かった。
紅魔館にもそれで知られる有能な侍従長がいる。妖夢がその侍従長を姉のように慕っているのは、別の話であるが。

「「いただきます」」

手を合わせ、幽々子と妖夢は朝食を食べ始めた。
幽々子は箸の使い方も見事であり、その姿は紅魔館の侍従長もそうだがまさに瀟洒。
いつもの青を基調とした着物も綺麗に着こなしており、先程まで眠気眼(ねむけまなこ)でいた人物とは思えなかった。

ずらりと食卓に並ぶのは大地の恵み。今日こうして普通に食事が出来る事を感謝せねばならない。
炊き立ての白米、鯵(アジ)の開きに豆腐とワカメの味噌汁。
里芋の煮物に胡瓜(キュウリ)の酢の物、そして納豆に卵焼きと、伝統的な日本食で固められていた。
人間や妖怪から見れば至って普通の食事であるが、妖夢は嬉々として食事を楽しむ幽々子と自分に疑問を思っていた。

何故私達幽霊は、塩が平気なのだろうと。

塩。つまり塩化ナトリウム。人体を構成する中で欠かせない成分であり、これが無いと人間は死んでしまう。
いや、妖夢は半分死んでおり、幽々子は完全に死んでいるのだが、生理現象は起きるし、腹もすく。
そのためには食べなければならないのだが、普通に塩を摂取している自分が、ある意味不思議な存在に思えてきた。

塩には清めの効果があり、幽霊は極端にそれを嫌う。
一般の人間にはただの迷信に過ぎないと考えているが、鬼が煎った豆に弱いように、幽霊は塩に弱いのである。
それなのに塩が平気な私は、一体何者なのだろうか。

「あれ、妖夢……食べないの?」
「えっ? ……あ、いや、食べさせて頂きます!」

考え事をしていたため、箸が進んでいなかった妖夢に幽々子は言った。
幽々子は納豆にタレをかけ、さっとかき混ぜて白米に乗せ、「変な妖夢…」と言い、ぱくぱく食べ始めた。

「よーむぅ、おかわり♪」

食べ初めて数十秒しか経っていないはずと妖夢は思った。
しかし、眼前の亡霊姫君は、空になった茶碗を差し出している。しかも眩しいくらいの笑顔付き。
「白米を食べましょう」というスローガンを謳ったポスターのモデルになれるかもしれない。

「ああ、はい」

しかしそれも白玉楼では普通の光景だった。
妖夢はそんな主人と、このように平和に食事が出来る事を感謝していた。








「そういえば、今日は葉月の十五よね?」

食後の緑茶を飲みながら、幽々子は妖夢に尋ねた。
湯のみからは、緑茶独特の香りが漂っていた。

「そうでございますが………、何かありましたか?」
「いや、別にね」

妖夢は、幽々子が少し悲しそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。

この日、何があっただろうか。幽々子様は記憶していないかもしれないが、私達が『あの事件』を起こしたのは皐月だ。
うーん、葉月の十五? 一体何か特別な日でもあったか?

彼女が思い当たる節は、送り火を焚く事ぐらいであった。去年もその日にやって、幽霊が一斉に冥界へと戻ってきた。
しかし、何故に今日になって『葉月の十五』で幽々子が悲しい顔をしなければならないのか、妖夢にはわからなかった。

「それじゃあ、妖夢に問題を出しましょう。今日は何の日であるか。それが私からの問いよ」
「ええーっ!?」
「解答時間は正午まで。それを過ぎたら永遠に答えがわからなくなるわよ」

幽々子は本気で言っているのかと妖夢は思った。
これから先、自分は庭の剪定作業の他、様々な仕事をしなければならないのである。

「今日は休暇を兼ねて、下界に行ってきなさい」

と、幽々子は最高の笑顔を妖夢に向けて言った。
それは、幻想郷の住人に答えを教えて貰いなさいと言っているのと同じだった。
相手は幽々子であるので、こう言われてしまえば、妖夢は命令に従わざるを得なくなった。







幻想郷の夏は、とても涼しく、とても気持ちが良かった。
湿度も高くないし、気温もバカみたいに高く無い。今日は25℃くらいと言った所か。
まるで春の陽気がまだ続いているみたいであるが、幻想郷の春はそれなりに寒かったりする。

元が東北地方にあったこの世界の季節に春夏秋冬は無いと言っても過言では無い。
幻想郷の季節は、『冬か、冬でない』のどちらかである。
雪が降っていれば『冬』で、そうでなければ『冬でない』のであるから、今は『冬でない』ということだ。

魂魄妖夢は人為的か自然に出来たのかそれはわからないが、人間が歩ける道を歩いていた。
彼女の半身は、横でふよふよと浮遊しながらしっかりとついてきていた。

たまには飛行せずに、こうやって下界の空気を楽しむのも良い。
普段は白玉楼という閉鎖的な空間に生活している妖夢にとって、たまの休暇はやはり嬉しかった。

しかし、仕事をサボっていいのだろうか。妖夢はこうも思っていた。
生真面目な性格で知られる妖夢は、今日するべき仕事は、どうしても今日中にやらないと気がすまなかった。
だが主人の命令は絶対である。それに、妖夢は一度幽々子にこう言われた事があった。

『妖夢。あんまり神経質にしすぎると、そのうちハゲちゃうわよ〜』

―――――それだけはどうしても嫌だ。






とりあえず、妖夢は頼れる人物に訊いてみる事にした。
今日が『何の日』か確実に知っているのは、やはり『あの人』しかいないだろう。
妖夢は面倒な問題を早々に解決するため、足を急いだ。







「それで私を尋ねたわけだな」
「仰る通りです、慧音殿」

妖夢が尋ねたのは上白沢慧音だった。
彼女は幻想郷一歴史に精通している人物であり、その他自分が知らない事をいろいろと知っている。

妖夢は、慧音かヴワル魔法図書館の魔女かどちらかに迷ったが、
魔女は魔法関連に詳しく、多分今日が何の日であるかわからないと思った。
だから慧音に教えを請うわけとなったのであった。

「しかし、いくらなんでも幽々子殿の気まぐれとはいえ、妖夢殿も辛いのではないのか?」
「とんでもありません。主人の命に従い、主人のために尽くすのが従者の務め。これくらい、何のこれしき」

慧音は客人に緑茶を煎れながら言い、妖夢はいつもの口調で返答した。

「…お主らしいな」
「いえいえ」

緑茶が入った湯のみをテーブルの上に置き、慧音は妖夢に勧めた。
妖夢は「頂きます」と返答を言って緑茶を飲んだ。

「それでは本題に入ろう。本日葉月の十五。この日は、外の世界ではとても重要な日なんだ」
「重要な日………ですか」

妖夢に緊張が走った。慧音が重要と言う限り、その信憑性はとても高い。
彼女の背後でふよふよ浮いている半身の動きが止まるくらい、妖夢は何か強烈な寒気に襲われるような気分を感じた。

「今日はな、大きな犠牲と悲劇をもたらした大戦争が終わった日にあたる」
「………戦争」

その二文字を聴く限り、妖夢は何かを睨み付ける表情をした。
決して自分達が起こした過去の過ち云々について自虐的に思わなかったが、外の世界では、余程の事があったのだろう。

「にわかにこの幻想郷では信じられん話だがな。とにかく、世界中が巻き込まれたと言っても良い程の惨事だよ」

慧音は過去を振り返るかのように言った。

(そうか、慧音殿は―――)

ここで妖夢は思い浮かべた。上白沢慧音という人物は、幻想郷の人間が知らない外の世界の歴史について熟知している。
確か『文々。新聞』で彼女についての記事があった。そこで慧音はこう述べていた。

『人間は、現在から歴史を探そうとするのではなく、歴史そのものを現在の事のように伝え続けていく。その事の方が重要なんだ』

だからこそ、歴史に精通している慧音は、自分で悲しみを引きずっているのだ。
歴史を知りすぎているが故に、歴史上で余りにも酷い出来事は、自分自身に非があると考えてしまうのだ。
そして、決まって慧音はこう言う。

『もっと早く、私が生まれていれば止められたのだがな…』

上白沢慧音は歴史を隠す能力を持っている。
それは『隠蔽』であって『消去』ではないが、彼女自身の拡大解釈でそう捉えてしまうのであった。

「ですが、私達は未来に向かって歩かなければなりません」

妖夢は言った。慧音は呆気に取られたような表情をした。

「時間は神様でも閻魔様でも止めることはできません。過去に遡ることなんて不可能です。
 だから、私達は過ちから学び、二度とそれを起こさないように後世に伝えていくべきではないでしょうか?
 ………それの望みは、かなり薄いですけどね」

自分の意見を伝えると、妖夢は湯のみに口を付けた。
慧音は腕を組んで何かを考えたが、自分の青と白が混ざった髪をくしゃくしゃと右手で掻いた。
「なるほどねぇ」という表情を作った慧音は、口を開く。

「………それにしても、解せぬな」
「何がですか?」
「幽々子殿がそんな話題をお主に問わせる事だ。別に話の種にもなるわけがなかろう。
 ただでさえこのように平和すぎる幻想郷だ。戦争について話しても意味なんて―――」
「それはどうでしょうか?」

慧音が言い終わる前に妖夢は言った。

「だからこそ、伝える必要があると思います。それに………歴史を伝える必要があると仰ったのは、慧音殿でしょう?」

妖夢は『文々。新聞』のあの記事の事を言っていた。慧音は「ああ……」と呟いた。
そして、慧音はフッと笑った。

「どうやら妖夢殿の方が一枚上手だったようだな。確かに、お主の言う通りだ」

慧音は、3年前の取材の記事を覚えている妖夢の記憶力に感心した。
「言う通りかもしれない」ではなく、「言う通りだ」と断定した事自体、慧音は敗北を認めたようなものだった。

「それに、悲しみは誰だって背負うものです。……それは私も幽々子様も―――」

妖夢は2年前の事件を振り返り、八雲紫に真実を語られた事でその思いが強くなっていた。
自分の主人はあのような振る舞いを見せながら、過去はとても辛い経験をしてきた。
だからこそ、幽々子は誰よりもそれについての感受性は強いと妖夢は考えていた。
それは歴史という悲哀を凝縮した物語を知る慧音よりも。

「……私の負けだよ、妖夢殿」

慧音は本当にお手上げ状態だった。もはやこの事について語る事すら、どうでもよくなってきていた。

「まさか戦争の話がこんな論議になるとは。フィロソフィーは私の得意分野じゃないぞ」
「ははは…」

妖夢はただ笑っていた。慧音はそんな彼女を優しく見つめた。

そういえば―――。慧音は思った。
確か彼女の主人は亡霊だったな。…ああ、なるほど。だから幽々子殿は、死者の気持ちが一番理解できるのか。

それは、他人にとっては至極どうでも良い事だが、少なくとも慧音にとっては重要な物事だった。










「只今戻りました」

魂魄妖夢は白玉楼へと帰還した。
とりあえず答えがわかったし、別に下界でやる事も無いので、真っ直ぐ帰るべき道へと戻ったのである。

「おかえりなさい。結構早かったわね。それで、答えは見つかったのかしら?」

巨大な白玉楼の縁側で、西行寺幽々子は座って待っていた。
その横には日本酒とグラスが置かれている。まだ口は付けていなかった。
確かに暑い夏に冷たい酒を飲むのは気分的には最高だが、昼から酒盛りかと妖夢は思っていた。

「はい。何でも外の世界で起こった大戦争が終結した日とか」
「そうよ。……二度と起こしてはならない事が終わったのよ」

幽々子は扇子で風を送りながら言った。
彼女の周りには、ひんやりと涼しい風が流れていた。
妖夢はここで自分の周り―――いや、白玉楼中に、かなりの量の幽霊がいるのを気付いた。
そんな妖夢の様子に気付いた幽々子は口を開く。

「今日萃まっている幽霊達は、…その悲劇で亡くなられた方々なの。そういえば、今年はそれが終わって丁度六十年ね」

六十年。
そう言われて、妖夢は何かを思い出した。そうだ、花が異常開花するあの事件。
事件が終結した後に、八雲紫に教えてもらったあの事実。
六十年という年月は、幻想郷の自然が持つ属性全ての組み合わせを一巡するのに必要とする年月である。
確か、幽霊が異常発生したとか言ったが、じゃあ、今から六十年前にも仮に幽霊が大発生するとすれば―――。

それは、今萃まっている彼らの事か………。

「ちょっと早いけど、皆に振舞わなければね」

幽々子はそう言うと、コップに日本酒を一杯注いだ。
そして立ち上がり、白玉楼の庭に立つ。

「願わくば、この悲劇が二度と起きない事を願って。そして、今日はこの酒を皆で飲んで――――」

声を発し、幽々子はコップに入った日本酒を辺りに振りかけた。
幽霊は幽々子の周りに自然と群がる。妖夢から見れば、それは悲しみを癒す聖母のような存在だった。
幽々子は何かを祈ると、妖夢の方へと戻っていく。

「妖夢」

その声は、それだけで威圧感があった。
まるで普段の幽々子とは思えないようなオーラが醸し出されていた。

「はい」

妖夢はそれだけ言って返答した。

「人間というのは残酷だわ。過去の事は、一切合財他人事では無いと考える。
 そして感情に身を任せ、何もかもを潰していく。それは言葉も暴力もそうよ。
 だけどね、私達はこのように平和を享受しているからこそ、その事を考える必要があると思うの。
 このように、いつもの平凡な幻想郷は、かつて悲劇があったからこそ存在していると言って良いかもしれない。
 だから、この平和をずっと守っていきましょう」

そう言うと、幽々子は屈託の無い笑顔を妖夢に見せた。

「………そのお言葉、この魂魄妖夢、しかと受け取りました」

妖夢は強い声で言った。

「さあ、妖夢も飲みなさい。今日は飲みながら、大切な事を考えましょう」

幽々子はもうひとつあったコップに、とくとくと淡黄色の液体を注いだ。
妖夢は無言で頷き、酒を頂戴する。
水に漬けてあったのか、それとも氷の妖精によって冷やしたわからないが、良く冷えていた。

日本酒独特の香りと、高いアルコールの味が舌を刺激する。
妖夢にとって、この日に幽々子と飲んだ酒は、何か悲しい―――切ない味がした。





幻想郷は、夏である。
かつて全世界を襲った大戦争が終わったのは、この夏である。
今でも外の世界では、破壊と暴力の渦が連鎖している。その戦いに、終結という文字は見えてこない。

それは幻想郷でも例外ではない。いくら平和であっても、その平和を無残にも壊す恐怖はやってくるだろう。
言ってみれば、今は仮初の平和かもしれない。
だが、冥界に住む主従は、それを守る事を誓った。


彼女達の願いはただひとつ。


この平穏な世界が、いつまでも、永遠に続きますように――――――。   
花映塚の「六十年」は、2005年の敗戦六十年と即座に感じたり。
…こう思ったのは私だけかもしれませんけどね。

思想や主義は捨て、あの惨禍によって犠牲になられた人々の冥福を祈ると同時に、この悲劇が二度と起こらない事を誓って。
月影蓮哉
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/02/24 19:32:26
更新日時:
2006/02/27 10:32:26
評価:
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POINT:
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Rate:
5.00
1. 6 ■2006/03/25 00:20:39
ちょっと、幽々子様としては言葉が直線的過ぎるかも、とは思います。
2. 4 ありがとう ■2006/03/25 00:27:59
黙祷
3. 5 爪影 ■2006/03/25 00:38:22
ちょっと、お酒分が少ないかな……文と文の繋げ方は、素晴らしいと感じました。
4. 4 かけなん ■2006/03/25 00:39:12
幻想郷は、平和であることが出来るのでしょうか。
博麗の巫女が居る限りは、などと思っておきたいところ。
5. 10 凪羅 ■2006/03/25 00:55:11
あの戦争は、例え幻想郷のように口伝だけでしか歴史が残らないとしても、人類の歴史が続く限りは永劫に伝えられる事でしょう。
その時代に生きなくとも、誰もが知り、誰もが生涯忘れ得ない出来事。

それでも世界に未だ存在する戦禍も、願わくば、第三の大戦へと発展しないよう――――――。
6. 5 水酉 ■2006/03/25 02:13:35
亡霊の姫が振舞う酒はきっと優しく甘い味なのでしょうね。

前半部、やや説明的表現が多かったようのが少し残念だったかもしれません。
7. 7 lester ■2006/03/25 05:25:07
悲劇の上に成り立つ平和……。もし、あの戦争が無かったら今のこの国はどうなっていたんでしょうね。

>花映塚の「六十年」は、2005年の敗戦六十年
私もそう考えた一人ですな
8. 3 名前はありません。 ■2006/03/25 09:27:06
大筋は良いけど、細かい部分の表現や台詞に違和感があるかも
日本語的に
9. 3 床間たろひ ■2006/03/25 10:42:11
戦争は嫌ですねぇ。願わくば無意味に死ぬ事が当たり前な時代が、二度と来ない事を祈りつつ……
10. 4 おやつ ■2006/03/25 18:13:19
東方と終戦かぁ……花の霊夢エンドでは私もその辺りを感じた物です。
良いお話だったと思います。
ただ……麻幹、精霊、湯帷子と優雅な和を語っていただいたところにエンゲル係数w
少しだけ違和感を感じてしまいました。
11. 6 反魂 ■2006/03/26 02:10:39
人の記憶も、六十年を経てリセットされるもの。
真に歴史を伝えるということは、知識の記憶を伝播するに留めるのではなく、
出来事を出来事として鮮度を保ったまま、世代から世代へ受け継いでゆく
バケツリレーなのかもしれません。
我々は、60年目を60年目として迎えてしまってはいけない。

話における酒要素がやや後付け的で薄いのが玉に瑕でした。
ですが、お話は素晴らしかったです。
12. 2 ■2006/03/27 01:05:00
非に裁かれし六十年、次の歳月こそ挑み止めずに裁かれん事を。
作品そのものは悪く無いのですが… 今回のテーマに対しては、ちょっとずるい様な気が。
テーマとは別の部分で共感を求めてしまっては、テーマの存在する価値が薄れてしまうのでは、というような。
13. -1 名無し妖怪 ■2006/03/28 19:23:49
酒の使い方が弱すぎるように思いました。物語としても、やや浅く感じていまいました。
14. 5 つくし ■2006/03/30 17:38:15
六十年に関しては同感でした。少しだけ前半部分が冗長に感じました。
15. 6 papa ■2006/03/30 18:36:35
恐ろしい戦争の日からちょうど60年・・・。
60年前に亡くなられた多くの人へご冥福をお祈りします。

色々と勉強になったお話ですが、ちょっとインパクトが薄いかもしれません。
物語としてもう一山ほしかったところです。
16. 5 Hodumi ■2006/04/02 16:18:33
まぁ時には
17. 9 名前をくれ! ■2006/04/04 09:59:23
素直に感心しました。よかったです。
18. 3 藤村琉 ■2006/04/06 23:55:29
 戦争ネタかぶったなあ。
 冒頭、ただの知識自慢みたいになっているので注意。
 戦争を繰り返してはならない、というのは私たちが思い抱くべきことで、幻想郷の住民がこれ見よがしに戦争どうこうを主張するのはちょっと違和感が。キャラを通して書き手が伝えたいことを伝える、というやり方がスムーズに行われていないため、物語として不自然。
19. 8 銀の夢 ■2006/04/08 16:38:12
素敵な西行寺主従でした。
文章も小奇麗にまとまっており、設定もしっかりしてました。

今という時は絶えず過去の積み重ねによって成り立っている。
でもどうしてか、伝えようとしても歴史は繰り返してしまう。
願わくば、悲劇が二度と起こることなきよう。死者には一杯の酒を。
20. 5 MIM.E ■2006/04/11 22:26:46
ラストのメッセージには強く同意致します。
私は二十数年生きたに過ぎませんが、今の平和は決して当たり前ではなく
感謝して守らなければならないものであると強く思います。
それとは別に、コンペとして作品を見たとき、この作品からと言うよりは
それ以外から以前に得た情報が喚起されたからこその感慨と思いました。
その点で素晴らしいとは思いますが、作品自体はいくらか淡白に感じました。
点数は物語として感じたものをつけさせてもらいます。
21. 1 木村圭 ■2006/04/12 01:54:22
戦争は二度とあって欲しくない。心の底からそう思います。
でもそれと面白いかどうかは別なわけで。
22. 3 二見 ■2006/04/12 07:44:53
ふむ、読んでいて諸所に違和感を感じます。
それは幻想郷の住人がやたらと現代(外の世界)についての知識があるせいかもしれません。
テーマとして重いものを扱っているので、カタカナ語などを使わずに
もっと重厚に仕上げて欲しいと感じました。
23. 5 とら ■2006/04/12 18:55:39
野暮なことは言いっこ無しで。
私もただ祈るのみです。
24. 1 椒良徳 ■2006/04/12 22:08:52
戦争と絡めようというアイデアは面白いのですが、文章からお役所の文章のような堅い感じをうけます。そこまできばって書かなくても良いのではないでしょうか。
25. 6 K.M ■2006/04/12 22:34:23
六十年と言う節目・・・私も「その戦争」を思い浮かべました
26. 3 名無し ■2006/04/12 23:17:15
60年周期なら大事な日ってのもいくつもあるんじゃないのかと思いますが。
27. 4 折柳 月暈 ■2006/04/12 23:50:52
平和だと平和ボケしがちなものですが、その辺りは流石はカリスマゆゆ様と言ったところですね。普段はボケキャラなのn(ry
広島に生まれ、住んでいる者として、亡くなった祖父の話をしっかり聞いておけば良かったと今更後悔。まあ、あの頃は小さかったしなぁ…
平和的観念からなら8点ぐらいつけたいものです。いや、通常の評価基準で点つけちゃいましたけど…
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