泳ぐ鳥

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/05 07:53:47 更新日時: 2006/04/19 00:30:05 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00











夜の空に光る船が浮かぶ。今日も東から西への航海です。
ん?空を泳ぐ場合はなんて言ったらいいんでしょうか。
航空が正しいでしょうけど、なんか変ですねぇ。
まぁそれはほっておいて、私もその光る船の下、東へ西への航海です。
夜なので当然眠いです。特に私は早寝早起きを前提としていますので三割増し。
別におもだった用事があるわけでも、急ぎでもなんでもないことなのですが、まぁ気になりましてね、こうやって空を泳いでいるわけです。
夜の木々の波の合間を潜り抜け、やってきたわけなんです、ここに。





「こんばんわ〜。夜分すいません、文々。新聞ですが」
「………夜分はまぁよしとしよう。で、なんで窓から入ってくるんだい?」
 おそろしいくらいにムスッとした顔をして店主が迎えてくれました。まぁこの反応は予想済みです、というか狙ってやりました。



「こっちの方が速いからですかね。はい、今日の夕刊です」
「……夕刊もなにも、今は夜だと思うんだけどね。その前に夕刊なんて始めたのかい?今までは聞いたこともなかったが」
「ええ、ちょっと購買者向けの最近の情報を、と思いまして。まぁ購買者なんてほとんどいませんが」
「…よくやるね、君も」
「まぁ、趣味みたいなものですから。と、そちらは月見酒ですか?」
 窓から家の中に入る。行儀は悪いとは思いましたが酒の匂いには勝てませんでした。
「ああ、今日はいい三日月だし、雲も晴れているからね。それに、いい酒も入ったし」
そう言って店主が差し出したのは一本の日本酒。ラベルはありませんでした。おそらくはがれていたんでしょう。
「やるかい?一献」
 当然です。杯を受け取り注いでもらいます。うーん、芳醇な香り。一嗅ぎで並の酒でないところがわかります。

「これは…、なかなか…」
「わかるかい?この酒はね、そこらの酒とは違う手法で作られているらしいんだよ。まあ、実際にどう違うのかはよくわからないが」
「そんなんでいいんですか?」
「いいじゃないか、別にわからなくても。違うということはわかるんだからね。違うということ以上に何がある?」
 確かに、そうかもしれません。この酒は他の酒とは違い、そして美味い。それ以上に何もいりませんね。無粋なこじ付けなんていりません。
 口に含めば鼻で嗅いだとき以上に香りがわかり、喉を通せば端麗とは違う酸味が残り、とてもさわやか。確かに、こんな酒は長いこと生きていますが、飲んだことはありません。

「そして、あの月だ…」
「これほどの肴はありませんね」




 ゆるやかな天の川の水面に浮かぶ三日月。日に数刻遅れで、日が通った黄色い道に寄り添うような白い道を悠然と行く。千年経てども万年経てども終わらない追いかけっこ。こう思うと、月もほほえましく思えるものです。ああ、ちょうど今交差点ですね。そこで右折できればどれほどいいことか。永遠に直進しか出来ない。




「さながら、悲恋といったところかな?」
「確かに、そうかもしれませんね…。例えめぐり逢えたとしても一、二刻…。織姫と彦星は年に一回逢えるからいいですけど、彼らはいつ逢えるかわかったもんじゃないですからね…」
「しかも、日の方は気付いていないとみえる。月の壮大な片思いだね」
「日は季節に応じてゆるやかに動いていくのに、月はふらついていますからね。憧れの先輩を影ながら追いかける下級生のようなものでしょうか。しかも昼間に現れたら周りの人々たちにすらあんまり気付いてもらえない。悲しいものですね」
「たまに逢えたら今度は真っ暗だしね。そういえば日と月が並んで『明るい』なんて言うけど全然明るくないね、むしろ暗いよ。昔の人はどういう考えで言葉を作ったのか…」
「単純に日と月が並べば明るいだろう、とかじゃないですか?そういえば日に片思いしてるのって月だけじゃありませんね。火星に金星に水星に木星に土星。いやぁ、もてもてさんですね。どこかの魔法使いみたい」
「月も、別の相手を探せばよかったのにね。十二宮になら毎晩だって逢えるのに。罪作りなものだな、日というやつは」


 酒の水面に映った月に目を落とす。ゆらめき、笑っているように見えた。


「しかし、それがいいのかもしれません。追いかけても、例え追いつけても、手に入ることはない…。そういうのがいいのかもしれません。それに恋にあれこれ理由をつけるなんて、無粋ですよ」
「違いない。いつの時代であれ、恋というものは美しい。いつだって見ていて楽しいし、それを見て飲む酒もまた美味い。言うなれば、恋見酒というところかな?恋の花は桜色、酒にひどく合う」
 店主は月を見上げた後、杯を傾けた。


「恋見酒ですか…。まさかそんな単語を聞くことになるとは思いもしませんでしたね」
「いいじゃないか。僕たちにとってみたら生涯など無限に等しいもの。何かに関心を寄せなければ生きてはいけない…。例えそれが読書であろうと瞑想であろうと睡眠であろうと悪戯であろうと祈りであろうと人間観察であろうとね」
「ふーむ、それじゃ私は生きていくために新聞を作ることに関心を向けているってことですか?そんな気はしないですけど」
「人生など所詮暇つぶしじゃないか。そのつぶし方がそれぞれ違うだけで。まあ、できるだけいいつぶし方がしたいものだけどね。そうそう、人生観察というのも、なかなか面白いもんだよ。人生観察を読書に見立てるなら、人生は物語といったところかな?」
「ああ、確かにそうですね。他人の人生というものは面白いですから。本を読むのと同じような感覚なのかもしれません。私にしてみたらそれを新聞にするのも楽しいんですが」
「それは君と君のような天狗だけだと思うけどね。だが、日や月、彼らにしてみれば僕たちなんか比べ物にならないくらいの年月を生きているわけだな。ならば恋が暇つぶし、なのかな。永遠に終わらない年月を埋めるために永遠の悲恋、か…。報われないものだな」
「いいんじゃないですか?本人達が楽しければ。まぁ、日の方は気付いてないみたいですけど」


 もう一杯、杯に酒を注ぐ。波打つ水面に月が歪む歪む。


「ま、結びついてしまったら今度は僕たちが困るんだがね。毎日真っ暗だ。それはさすがに困る。明かりをつけなきゃ本も読めやしない」
「はは、そうですね。しかし、日が昇り、沈み、月が昇り、沈む。そんな当たり前の日常の中に意味を見い出す、これほど難しいことはありませんね。私も永く生きていますが、いまだにわからないことですよ」
「変に答えを出す必要もないと、僕は思うんだけどね」
「え?」
「答えを出せば、それに生涯を捧ぐがために、今度は生きることがつまらなくなる。それは面白くない。こうやって、酒を飲むことも出来なくなるんだからね。面白くないだろう?そんなもの」
「ふぅむ。それじゃ貴方は答えを出そうとは思っていないのですか?」
「ああ。いつだって僕はここに在って時代という流れを楽しんでいるのさ。人々という隙間からたまに世界を覗き、たまにはこうやって酒も飲み、客がくれば商売もする…。自分で言っていて自堕落だとも思えるが何が悪い?」
「はは、悪くないです悪くないです。いいですね、そういうの。特に酒を飲むというところが」
「さすが天狗といったところかな。まぁ、僕は宴会は好きではないんだけどね。こうやって静かに飲むのが一番さ」
「私は宴会も好きですね〜。どうです?たまには。もうすぐ桜の季節ですし」
「そうか、もう桜か…。ここにいると大まかな季節はわかるんだが、細かい季節はわかりづらいな…。でも裏に桜もあるし、一人で花見も」
「それはよくありません。酒はみんなで飲むと美味しいのです。宴会の人数が増えればまた楽しいですし」
「ったく、仕方がない…。他の面々とも話ができるだろうし、誘いがあれば行くとするよ」
「ま、当然です。そういえば、月や日も酒が飲めれば楽しいでしょうに。いつでも追いかけっこ。楽しいかもしれませんが疲れないですかね?」
「もしかしたら何千年かに一度、七曜で宴会でもしてるのかもね。たしか7年ほど前がそれっぽい年だったかな?」
「七曜で宴会ですか…。なかなか楽しそうですね」
「長生きばかりだろうから愚痴が多いだろう。やれ隕石が降っただの、人間が五月蝿くて困るだの…。彗星なんかが飛び入り参加したりしても面白いかもしれない」
「お、乗ってきましたね?」
「星空に妄想を飛ばすのは面白い。天体観測は古来から続く知識人の遊びさ。僕も何度寝ずに朝を迎えたか知れないよ。月も、日に思いを馳せながら毎晩夜空を泳ぐ。そして月が日に逢えたとき、そのときだけ日は星空を見れるのさ。そう考えれば月は夜空の配達人とも考えられるのかな」
「詩人ですね。それじゃ、今晩は」
「月と日と夜空に思いを馳せて」
「朝まで小宴会ですか?」
「ま、それもいいかもね」
「よーし、それじゃ月の恋がいつか実る日を祈って!」
「「カンパーイ!」」














月の恋が実る日は来るのだろうか?
それはわからない。永続の時を生きるものでなければ。
でも、そんなことに意味はないじゃないか。
だから、今晩はただ杯を傾ける。
恋の行方を夢想しながら。
たまには天体観測もいいかもしれない。
別に彗星にこだわるのではなく。


____________________
以下追記

ちなみに「泳ぐ鳥」は文ではないです。

泳ぐ鳥は千の夜を駆け、灰色の雲を抜ける
夜いつも窓の傍で待つ貴方のもとへと
星空を届けるために


初出 2006年03月04日(土) 22時53分
修正 2006年04月16日(日) 00時30分
2:23am
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/05 07:53:47
更新日時:
2006/04/19 00:30:05
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 3 月影蓮哉 ■2006/03/25 00:20:26
おお、香霖が格好良いな…。
台詞で続く文章も、私としてはあんまり違和感無かったですね。
むしろ余計な部分を除いたと言えばよろしいのでしょうか。
ただ、ちょっと物足りなかったかなぁ…。情景描写もあれば良かったかと。
2. 7 ■2006/03/25 00:47:26
春の風の中で、久しぶりにゆっくり空を見上げたくなりました。
3. 3 爪影 ■2006/03/25 00:51:58
もうちょっと会話の間に、地の文が欲しいかと感じました。
4. 5 かけなん ■2006/03/25 01:02:42
いつもはモニターの前でだけども。
たまには、夜空を見上げながら飲むのもいいかもしれない。

なんて。
5. 4 真紅の巫女 ■2006/03/25 01:48:20
6. 4 ラナ ■2006/03/25 03:51:54
二人は私たちよりずっと星に近いのでしょう。
答えを出さずにはいられない、曖昧なままでは落ち着かない、有限の人間も絡ませてくれればもっと好みでした。読者こそがそうなのかもしれませんが。
7. 3 名前はありません。 ■2006/03/25 10:00:52
珍しい組み合わせですね
8. 5 床間たろひ ■2006/03/25 10:52:06
始めようか天体観測。二分後に君が来なくとも♪
月は太陽に恋してる。あぁそれは素敵な幻想。
星を見て、月を見て、様々な幻想を紡ぎ出す。神話なんざ知らなくても
ビール片手に草原に寝っ転がって星を見上げれば、様々な物語を思いつく。
想像は僕達に許された最高の遊びなのかもしれませんね。
9. 7 水酉 ■2006/03/25 16:49:06
空に思いを馳せるは、万古の昔からの伝統。
たまには星月夜の下、一杯やるのも粋というものですね
10. 3 おやつ ■2006/03/25 18:32:39
あー……何時から星はあんなに遠くなったのか……
子供の頃はもう少し、近くの空にあった気がしてたのに……
11. 7 ありがとう ■2006/03/27 01:01:48
こーりんはこんな風に静かに飲むの好きそうですね。
12. 7 反魂 ■2006/03/28 21:28:29
惜しむらくは東方・「酒」のテーマが薄いこと。
しかしそれを除けば、もう私のストライクゾーンど真ん中。
詩吟的で、牧歌的で、もう素敵すぎます。
作者様の夢幻に広がる世界観、とくと拝見させて頂きました。
13. 8 つくし ■2006/03/30 17:59:42
冒頭でグっと来ました。文かわいいよ文。旨い酒飲み話でした。
14. 6 papa ■2006/03/30 18:37:44
月を見ながら酒を酌み交わす霖之助と文の会話が素敵です。
永遠に終わらない恋物語。

タイトルの鳥というのはもしかして文?
もしそうならば、ちょっと狙いをはずしているような気がします。
違うのなら、自分の読解力がないだけですが・・・。
15. 6 Hodumi ■2006/04/02 16:26:50
実に良い雰囲気
16. 6 ■2006/04/03 03:40:49
始めようか天体観測、望遠郷を覗き込んで。
…いや、絶対こんなコメントで溢れてるよ絶対。
聞屋と文屋、とでも言うような風情が素晴らしいです。
益体も無さげな会話もまた酒の魔力、そんな月見酒。
17. 3 ■2006/04/04 01:09:40
描写が物足りないような…話はキャラの味がよく出てて好きです。
18. 6 名ばかりとはいわせない ■2006/04/04 10:09:32
ナイス着眼!
19. 2 藤村琉 ■2006/04/07 00:36:27
 読みづらいです。
 会話文が多い、ということ以外にも、キャラ同士だけで会話をしているので読み手としてはちんぷんかんぷんです。話の流れについていけません。話の流れは何とか理解できますが、感情移入となると全く。
 キャラの側から読み手は見えませんが、書き手の側からは読み手を想像することができます。読み手に対し、ある程度歩み寄ること、噛み砕いて説明することも必要だと思います。
20. 5 銀の夢 ■2006/04/08 17:02:59
面白い考え方だ……
随分と詩的で、しっとりとしていて穏やかでした。
21. 4 Fimeria ■2006/04/11 01:15:11
恋見酒とは旨いことを言うなぁと感じました。
セリフで構成されているところに二人の挙動や心情をもう少し加えればもっと作品に入り込め、さらに良作と成ったと思います。
幻想郷的な良い作品だと思います。

ちなみに“…”は2つで1セットが原則らしいので“……”で統一すると良いと思います。
22. 9 MIM.E ■2006/04/11 22:25:09
他愛も無い幻想を語る、その端々で見える二人の性格がとても読んでいて心地よいです。
いいなぁ。最近星を見ていないなぁ。
23. 2 木村圭 ■2006/04/12 01:56:20
おおぅ、詩人だねぇ。天体観測のできる環境にあることがただただ羨ましい。
24. 8 NONOKOSU ■2006/04/12 05:53:56
タイトルを見て、即座にスパイク・スピーゲルを連想した私は、果たして少数派なのか多数派なのか。
ともあれ『グレートスピリッツを信じられなかった哀れな魂』だけでなく、こうした月と太陽の恋模様も良いですね。
25. 7 とら ■2006/04/12 18:43:58
いつか月の悲恋が報われますように。
26. 6 K.M ■2006/04/12 22:16:15
なんというか、体がむず痒くなるほどにポエットだなァ
27. 7 椒良徳 ■2006/04/12 22:17:50
 貴方の文体が肌に合わないので少々減点させていただきましたが、詩的といいますか、叙情的といいますか、うまく言えませんが不思議な雰囲気が出ていて良いです。
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