華胥の酔眠

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/17 06:12:13 更新日時: 2006/03/19 21:12:13 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


 二百由旬の広さを誇る(と主が称する)白玉楼の庭には、今年も多くの桜が花を咲かせていた。
 最盛期には、幾度も花見の席が設けられ、幽霊騒霊入り交じった宴会が連日開かれていのだが……。

 それは過日の出来事であり、頃を過ぎれば、花は風に吹かれて散ってしまう。
 桜が散って大変になるのは、博麗の巫女も半人半霊の庭師も同じである。

 これはそんな時期の、ある晩の話。


 日も落ちて、空にぼんやりとした月が浮かぶ冥界の夜。
 最近の霊は、日中のみならず夜間も活動する者もいるようなのだが、
 白玉楼の主は相変わらず、早寝早起きを心掛けている。
 本人いわく、お化けが出たら私だって怖いわ、という理由もあるらしいが……。


 しかしその夜は珍しく、幽々子はまだ起きていた。

「ぅぅ……」

「ふふっ、駄目よぉ妖夢。このくらいで根を上げちゃ、妖忌には敵わないわよ?」

 縁側で、顔色を悪くしている妖夢と、喜々として妖夢を弄る幽々子。

 幽々子の手には一升瓶。
 妖夢の手には、いつもの二振りの剣の代わりにおちょこ。
 妖夢の半霊も、本人と同じくぐったりとして、やや青くなっていた。

「うぷ……済みません、幽々子様……」

 口元を押さえ、何とか堪えていた妖夢だったが、やはり酒に慣れていないせいもあったのだろう。
 半霊共々横になり、寝込んでしまった。

「あら? ……妖夢、よーむ〜? もぅ……やっぱりまだまだねぇ」

 幽々子はしばらく、ぴくりともしなくなった彼女をつついたり、呼び掛けたりしていたが、程なくして諦めた。

「本当ね。私が素面と酩酊の境界を弄らなくても、少し飲んだだけでこれなんだから」

「紫に境界を弄られたら、妖忌だって酔っちゃうわよ?」

 幽々子の隣には、そんな二人を見守りつつ、マイペースで飲む紫が。
 彼女もそれなりに飲んではいるのだが、大して顔色も変わっておらず、その様子は素面も同然である。

「ふふ。じゃあ幽々子も酔ってみる?」

「そうねぇ……『酔わされる』のでなければ、ね」

 呟いて、幽々子は酒を口にする。冷えてはいたが、味を損なう冷たさではない。

「やっぱり、境界を弄った方がよかったかしらね」

 すっかり伸びて、幽々子に膝枕されている妖夢に視線を落とし、紫は笑みを浮かべる。

「何の境界?」

「下戸と酒豪の境界よ。お酒の味くらい、知れる程度には飲ませてあげたかったけど」

「そうねぇ……確かに、いつだってお酒は美味しいのにね……」

 言葉を切る幽々子の視線の先には、古木がそびえていた。大きく広がった枝が、庭に薄く月影を落としている。
 先日までは立派に咲き誇っていた花も、今や所々にしか見受けられない。
 それこそが、彼女が咲かせようとした妖怪桜、西行妖である。

「……夜桜を見ながらなら、妖夢だって楽しく飲めると思ったのに」
「花は散り際って言うけど、あれじゃあ散り過ぎかしらね。今年は花を見逃したわ」
「紫は毎年寝過ごしてるじゃないの」

 とん、と紫の肩に加わる力。
 彼女が見ると、幽々子が身体を預けていた。

「でも……また春は来るわよ。生が死へ、死が生へ廻るように、季節もまた廻るのよね……」
「幽々子……早いわね、酔ってるの?」
「ふふっ。少しだけ、ね」

 その顔は、見つめる花の色に似ている。微酔といった所だろうか。
 身体をもたれかけても、その視線は西行妖に向けられたまま。
 散っていく桜を見つめ、幽々子は何を想うのか。

「結局今年も、満開にはならなかったわね……」

 幻想郷の春を集め、西行妖を開花させようとしたのは先日のこと。
 霊夢達の襲撃はあったものの、結果として西行妖は開花した。

「でも今年はやっと咲いて、九分咲きだったんでしょ。それで我慢しなさいな」

 しかし、それでも満開には至らず、幾分かの物足りなさを残して春は過ぎていく。
 結局、妖忌が見た満開の西行妖を目にすることは出来ず、その根本に眠る者の正体も解らずじまいだった。


 知っているのは、今や妖忌と紫だけ――


「……そう、ね。芋粥の話の通りかもね」

「幽々子らしい例えねぇ……。夢は夢に見るから、美しいものなのよ」

「ふふっ。だから、紫はずっと寝てるのね――」

 冥界の冷えた夜風が通り過ぎ、花を散らせて連れ去っていく。
 花は散ったとしても、それらはいずれ土へと還り、次に咲く花の力に変わる。
 風に運ばれていく花びらは、冥界を去り、転生への道を歩む魂のように見えて――

「……幽々子?」

 その手にあるのは空の瓶。そして意識は、妖夢と同じ場所へ。
 見れば、用意してあった他の瓶も、ほとんどが空になってしまっていた。
 話しながら飲んでいたのだろうか。それにしても早過ぎるのだが、紫は動じない。
 そんな友人の飲みっぷりには慣れていた。
 それとも、単に夜更かしが過ぎて起きていられなくなったのだろうか。

「本当にもう、昔から仕方ない娘なんだから……起こすのも可哀想ね」

 その方がありそうね、と紫は一人で納得した。
 スキマを開いて、離れた場所に置いてある酒瓶を手にすると、自分で注いで飲み始める。


 春から初夏にかけては多くの誕生があるため、転生していく者が多く、冥界は少し寂しくなる。
 花を散らせて連れ去る風の中にもまた、旅立つ魂があるのだ。


「……まぁ、生きるだけが幸せじゃないものね。
 生きていても死んでいても、ご飯やお酒は美味しいみたいだし」


 身体を預け、静かに寝息を立てる幽々子を見て、静かに紫は呟いた。
 西行妖を封印する代わりに、転生出来ずに冥界に留まり続ける幽々子。
 だがそれが不幸などとは、彼女は思っていないだろう。
 それを忘れているからこそ、感じないのだ。

 ――しかし、妖怪とて永遠ではない。
 いつかは西行妖にも枯れ果てる時が来て、幽々子が冥界を去ることだってあるだろう。


 せめて、その時までは――


「――友達だもの。一緒に居てあげるわよ」
 永夜抄結界組Bエンドで、紫が『人情溢れる妖怪』みたいなことを言ってたので、
 じゃあ幽々子と一緒に組ませて飲ませて、ちょっと根底の本音(私の妄想ですが)を
 口にして頂こうかな、と思った次第です。
 胡散臭くて解りづらくても、根はこれくらい優しくあって欲しいですが……ダメですかね?
 『芋粥』は少し解りづらい例えかもしれませんが、解らなくとも大丈夫です。
 世界が春に生まれ冬に死ぬとしたら、転生出来ない幽々子は永遠の冬。
 そんな彼女が春への扉を開きかけたのが妖々夢、そんな妄想も含めまして。
 
 少量ですが読んで頂いてありがとうございました。
 鋭い指摘でも泣かない程度には刺されてるので、ざっくりと御指摘をお願いします。
鈴風 鴻
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投稿日時:
2006/03/17 06:12:13
更新日時:
2006/03/19 21:12:13
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1. 5 月影蓮哉 ■2006/03/25 00:54:15
芋粥は芥川文学……だったかな。や、記憶が曖昧ですみませんが。
紫は多分良い妖怪だと思います。面倒見もよさそうですし。
2. 5 爪影 ■2006/03/25 01:32:37
優しい文章が、良い感じでした。
3. 2 真紅の巫女 ■2006/03/25 02:53:39
4. 3 名前はありません。 ■2006/03/25 17:02:12
淡々としていますが良いと思います
5. 4 おやつ ■2006/03/25 21:01:18
このお二人の友情は、余人には分からぬものかもしれませんねぇ。
それでも、当事者同士には通じるものなんだろうなぁ。
友達だもの……ね
6. 6 床間たろひ ■2006/03/25 21:52:24
この二人のコンビは良いですねぇ。言葉にしなくても、態度に表さなくても、気が付けば隣にいる、みたいな。
だけど……夜の桜が綺麗だから、飲み干すお酒が美味かったから、肩に寄りかかって眠る友達の顔が穏やかだったから……ポツリと漏れる本音もあるんでしょう。
良い夜のお話でしたw
7. 6 水酉 ■2006/03/26 05:25:46
冬のさ中、春を夢み思う時こそ至福。

・・・そうか、だから冬眠すんのか>紫(何か違うような)
8. 8 ■2006/03/26 20:49:06
根は優しいと言うより、むしろゆゆ様へのゆかりんの友情の深さを見た気がしました。
9. 10 凪羅 ■2006/03/27 00:12:35
紫は素直じゃないだけで、本当は幻想郷の住む全ての人妖――ひいては、幻想郷そのものを愛してると思っていますので、この紫には凄く共感しますね。

しっとりとしたいいお話、ありがとうございました。
そんなわけで満点をば。
10. 8 ありがとう ■2006/03/27 01:07:16
優しい紫様がすきです。艶やかな幽々子様がすきです。
11. 8 かけなん ■2006/03/27 02:49:29
ああ……いい紫だ。
まさに僕のイメージぴったりであります。
作者様とは気が合いそうな予感?
12. 6 papa ■2006/03/30 18:39:56
幽々子に対する考察が素敵です。ちょっと鱗が落ちた気分です。
13. 4 つくし ■2006/03/30 18:55:26
まったりと楽しませて頂きました。ごちそうさまです。
14. 3 反魂 ■2006/03/31 00:55:08
話の根幹を成す要素とかメッセージとかは分かったのですが、それを生かすためにも
やっぱりもう少し二人の会話が欲しいところでした。
この二人なので、煙に巻いたことを言いながら腹の探り合い、みたいな感じで。

…と野暮な指摘はこれまでにして。
白玉楼で西行妖の傍に暮らす今の幽々子は、それこそ華胥の夢のようなものなのかもしれないですね。
儚い友情物語です。
15. 3 近藤 ■2006/03/31 04:37:12
困った。これといった言葉が見つからない。
足りないといえば確かに足りず、しかし足りないかと言われればそうでもない。
何事にも適量というものがあるように、ならばこの話はこれが適量なのかなと思いました。
ゆゆ様という事で10点にしてしまいそうな己の心をぐっと抑えておきます。
16. 4 藤村琉 ■2006/04/07 01:21:07
 しかし、短すぎていまいち刺しきれません。
 あえて言うなら、こんぺの作品群の中ではあまり印象に残りませんでした。
 後味も読後感もよかったのですが、魅力がそこしかないというのも難点。ありきたりな話のよくあるストーリー展開とよさげな雰囲気なので、目新しさを感じることができませんでした。ひとつひとつのレベルは高いのですけど。
17. 4 Hodumi ■2006/04/07 23:28:18
良い二人でした
18. 5 ■2006/04/10 21:33:24
死こそ生の最たる夢、華胥は彼方か此方やら。
様々に込められた想いがあり、それが一言に重みを感じさせます。
個人的には人情と言うよりは、憧憬を感じたり。
そんな胡散臭さクオリティ。
19. 4 MIM.E ■2006/04/11 22:22:26
紫に体を預ける幽々子に可憐さを感じました。
可愛いゆゆ様万歳。二人の永い友情にしみじみ感動ですが、
妖夢が先なのかなあと考えると少し悲しい。
20. 4 銀の夢 ■2006/04/12 13:20:27
死者とともに生きるのがこの国の文化であり祭りであると思う。
何しろ盆には還ってくるわけで。
だからこそ生きてようが死んでようが大差ない。大事なのは、幸せであるかどうか。だから、幽々子は幸せだと思う、友達思いの友達と、健気な従者をと、賑やかな友人たちを持って。だから彼女に似合うのは、暖かな春だと思います。
世界が春に生まれ冬に死ぬという考え方は面白いかったですがなんとなく、論点ずれてますけどそんなことを思いました。
21. 6 とら ■2006/04/12 18:18:47
この二人はいつ見てもいいですね。
22. 8 K.M ■2006/04/12 21:05:55
紫と幽々子の静かな空気

「芋粥」ってのは・・・芥川龍之介だったかな?
23. 6 椒良徳 ■2006/04/12 22:33:13
作品の雰囲気がとても良いのですが、やはり良くある題材という事で、少々点を引かせていただきました。
24. フリーレス 鈴風 鴻 ■2006/04/15 23:57:27
それでは遅ればせながら、返信させて頂きますね。

>月影蓮哉さん K.Mさん
御名答です。その通り芥川龍之介作、芋粥です。
ウェブ上で公開されているので、検索すれば誰でも読めますね。
ただ、自分の作品解釈が間違っていたら、相当なチョンボですが(汗)
自分が読んだ所のは相当読みづらかったので……。

>爪影さん
優しい文章……うーん、ちょっと自覚がないんですが。
自分の作風なんでしょうか。あまり言われたことがないので。

>真紅の巫女さん
お楽しみ頂けたようで光栄です♪

>名前はありません。さん
淡々、と言うか……平坦でしょうか。やっぱり。

>おやつさん
数百年も、紫にとっては幽々子の生前から一緒ですから。
その二人の間に、相応の友情がないなんて思えませんでした。

>床間たろひさん
アルコール、それは本音を引き出す魔法の薬。
見た目は素面でも、紫はしっかり酔っていたということですw

>水酉さん
春を想い、夢に見る時期。それが青春。自分は昔、そう教わりました。
……となると、春を夢に見る紫は冬眠時が青春?

>翼さん
やはり真相を知っている紫ですから。
中身は友情100%じゃなく、思いやりも含まれていると思いますw

>凪羅さん
あまねく全ての者を愛する紫……何故か、聖母紫という電波が来た自分はどうすれば(汗
愛してはいるけど、気まぐれで悪戯好きっぽいですけどねw 満点評価感謝いたします。

>ありがとうさん
やっぱりこの二人はこうでないと♪

>かけなんさん
ただ、やっぱりこれはあくまでも紫の一面であって、全てではないので。
自分の他作品では、紫はしっかり覗いてたり、からかったりしていますw

>papaさん
生と死、春夏秋冬を大きな輪として考えた場合の話ですが……。
銀の夢さんの方が、しっかりと捉えている気が(汗

>つくしさん
楽しんで頂けたようですね。お粗末さまでした。

>反魂さん
伝えたいことが伝わらなかった場合、それはこちらの手落ちだと覚悟していましたので。
酔っててそんな腹の探りあいとか……二人ならやりかねませんが、ちょっと書くのは難しそうです。

>近藤さん
人には人の適量があると思います。適量だと感じていただけたのは幸いです。
そして10点評価にしようとしたお気持ちだけ頂いておきますね。

>藤村琉さん
手堅く書こうとした代償でしょうか。安定させようとして面白みを殺してしまったと言いますか。
反省点は多そうです。ありがとうございました。

>Hodumiさん
そこは二人の大人の女性の魅力というものかと……え?少女?
訂正:お姉さん、で(爆)

>坂さん
そして逆に、生こそ死者の夢とは言えないでしょうか。意識的にも、無意識的にも。
手に入らないものこそ、夢に見るものだと感じます。

>MIM.Eさん
甘えん坊幽々子と保護者紫、そんな関係が脳内に。そりゃあ紫の方が年う(スキマ送り
でも生活面では妖夢が近いですね。うーん……。

>銀の夢さん
しまったお盆……これは失念してました。
何だか、色々と心が洗われた気がします。貴重なご意見、ありがとうございました。

>とらさん
もしも永夜抄で二人が組んだら、自分の使用キャラは幽々子&紫1択だったと思います。
……反則的な性能になりそうですね。動作は遅そうですけど。この二人はやっぱり大好きですね。

>椒良徳さん
引かれて6点……雰囲気を感じていただけたのなら幸いです。


ちょっと余談をば。

作品を晒す事自体なら前々から行ってきましたが、こういった場所に投下するのは初めてですね。
自分の実力の程も解らず、昔は結構イタめの文を晒して叩かれた事もあり、
投下から結果発表までは、それこそ戦々恐々としていました。仕事も相まって胃が荒れる荒れる。
結果を知った現在でさえ、まだちょっとお腹痛いです。

当初は行っても60位台。
最悪ワースト1も覚悟していましたが、予想を数段飛ばして驚きの結果でした。
ですが、やはり御指摘にもある通り、反省点・改善点はありますね。ないわけがないですが。

読んでくださった皆さんに、あらためまして感謝を。
また書くことがありましたら、宜しくお願いいたします。
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