○[The full moon]

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/21 05:20:26 更新日時: 2006/03/23 20:20:26 評価: 27/29 POINT: 150 Rate: 1.25



○[Present]


 さよなら、という言葉が頭の奥に残っている。
 それは拭う事など出来ない記憶として、脳の一番深い所に刻まれているのだ。
 忘れようとも思わないし、忘れる事など出来ない記憶。
 ずっとずっと、私が背負っていかねばならない。
 そんな辛くて重い記憶。
 
 毎日毎日。
 何をしていても頭の端にそれはある。

 それを重荷に感じる事は無い。
 だが、逃げてしまいたくなる時は、ある。
 そんな時、私は少しだけお酒の力を頼る事にしている。
 何も考えず、感じず、ただ静かに。
 一人傾けるお酒は、とても悲しい味がする。
 でも、同時に訪れる眠気は、夢も見せずに意識を失わせてくれる。
 だから、私はお酒の力に頼るのだ。

 今でも夢に見る景色がある。
 此処では無い遠い場所の記憶。
 もう戻る事の出来ない場所。
 重荷では、決して無い。
 でも。
 なら。
 この涙は、何故。

 止まる事を知らないのだろう。





 幸せという感情は、何かと比較する事で初めて生まれる。
 そういう意味では、今の私は幸せだ。
 家族と呼べる人々が居て、笑い合う事が出来る友が居て。
 だが、過去の私も幸せだった。
 家族と呼べる人々が居て、笑い合う事が出来る友が居て。
 何も変わらない筈なのに、何もかもが違う。
 家族と呼べる人々が居て、笑い合う事が出来る友が居るのに。
 




 しかし、此処は平和な場所だ。
 楽園と呼ぶに相応しい場所だといえる。
 だから私は忘れないようにしないといけない。
 記憶の奥底に残る言葉の意味を。
 皆と暮らす退屈な日常の中、せめて私だけは忘れずに居なければいけない。
 もう戻れない、あの場所の事を。



☆[Recollect]


 声が。
 声が聞こえる。
 それは大きな声。
 皆が発する声。
 高く低く、声が聞こえる。

 それは叫び。

 攻める者。
 逃げる者。
 戸惑う者。
 生きている者が上げる声。
 
 皆大きな口を開け、大きな叫びを上げる。

 敵を殺せと。
 助けてくれと。
 何が起こったのだと。

 声が聞こえる。
 大きな声が。

 



 その時の私は、声を上げる者だった。
 静かに暮らしていた私達の世界に、土足で踏み込んできた白い人影。
 生気を感じられぬその姿に、私は逃げる事しか考えられなかった。
 だから声を上げた。
 助けて、と。

 逃げ惑う人々の中、立ち向かう者は多かった。
 それは家族であり、友であった者達。
 皆、声を上げていた。
 声を上げて、白い人影に立ち向かっていった。






「行って来るよ」
「い、嫌だよ! 一緒に逃げよう? ねぇ、逃げようよ!」
「……さよならだ。レイセン」






 その結末を私は知らない。
 私は一人、故郷から逃げ出したのだから。
 大きな大きな、声を上げて。



○[Present]


 そして数十年の月日が流れた。



●[Past]


 声が。
 声が聞こえる。
 それは懐かしい声。
 記憶の一番奥に残る声。

 もう二度と聞く事が出来ないと思っていた声。
 しかし、その声には感情が無くて。
 ただ、事実を淡々と告げるのみで。
 
 こんな声を聞くのなら、こんな耳などいらなかった。
 ぴんと立っていた耳を強く握り締めながら、私は声を上げた。



 

 此処には、家族と呼べる人々が居て、笑い合う事が出来る友が居る。
 だが、家族と呼べる人々や、笑い合う事が出来る友だった者達は、戦う為にそこに居る。
 幸せだった日々はもう無いのだと、私は涙を流した。



○[Present]

 
 そして私はこの場所に居る。
 師匠の術は人間と妖怪の手によって破られてしまったが、使者がこの場所にやって来る事は無かった。
 家族と呼べる人々が居て、笑い合う事が出来る友が居るこの場所に、私は居る。





 お酒を傾けながら、無意識に。
 もう上手く機能を果たさない耳を何気なく弄る。
 すると突然、ノイズ雑じりの声を受信した。

 聞きたくない。
 聞きたくない――!

 しかし、想いとは裏腹に体は動き、そして――聞こえてきたのは、二つのメッセージ。
 時間の波を越えて届いた、その声は。






●[Old message]


「――またお前に逢えるのを、楽しみにしてるから」



○[New message]


「恐らく、これが最後、だな……。この通信が届くかどうかは解らないが……。


さよならだ、レイセン。みんな、お前の事を待っているから。だから――」






 声が。
 声が聞こえる。
 それは叫びの声。
 私自身の声。


「――――!」 


 空に浮かぶのは満ちる月。

 もう、声は聞こえない
 もう、声は届かない。


 もう、そこへは帰れない。












○[This story ends]






○[No message]



宵闇むつき
作品情報
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最新
投稿日時:
2006/03/21 05:20:26
更新日時:
2006/03/23 20:20:26
評価:
27/29
POINT:
150
Rate:
1.25
1. 7 真紅の巫女 ■2006/03/25 00:30:49
結構好きかも
2. 5 月影蓮哉 ■2006/03/25 01:17:24
彼女の過去は相当辛い物がありましたからねぇ。
普段それを見せないのは、やはり迷惑をかけたくないからだろうか。
3. 2 無記名 ■2006/03/25 17:25:54
個条的というかSSというよりは総集編見せられてるような気分でいまいちでした。
4. 3 名前はありません。 ■2006/03/25 17:36:04
考えさせられます
5. 5 爪影 ■2006/03/25 20:13:49
うん、良い。
6. 7 おやつ ■2006/03/25 21:31:51
故郷は既に過去のもの。
遠すぎて手は届かず、ただ声が届くのみ。
そこに帰れる居場所があっても、待っていてくれる人が居ても、二つの居場所に同時に存在することは出来ません。
だからどちらかを選び、どちらかを捨てねばならない。
そんな選択肢がきっとたくさんあるんだろうなぁ。
7. 5 床間たろひ ■2006/03/25 23:06:48
Old & New message fron on the Moon.
優しい励ましの言葉も、懐かしいはずの友の言葉すらも呪詛と成り果てる。
それこそが罰ならば、こんなに哀しい事はない。
抜けない棘を抱えながら、それでも生きていくしかない。
別に鈴仙に限らず、人間なら多かれ少なかれ、みんなそうなのかもしれませんね。
8. 8 水酉 ■2006/03/26 16:55:27
今が幸せであればこそ、より帰れない場所の重さを感じるのか、な。
9. 8 ■2006/03/26 21:13:30
なんとも悲しい…年月が経とうとも、後悔からは逃げられませんか。それでもいつか薄れ、酒の苦味と同じくらいのものになるように願いつつこの感想を。
10. 4 凪羅 ■2006/03/27 01:34:30
もううどんげの罪を赦せる者はいないようで。
毎日をどう生きようと、うどんげはこの罪に囚われ続けるのでしょうね、きっと。
11. 5 かけなん ■2006/03/27 14:50:21
嗚呼……鈴仙。
12. 6 papa ■2006/03/30 18:42:47
なんだか不思議な構成の話ですね。
鈴仙の罪の意識の具現化・・・と言っていいんでしょうか?
13. 4 つくし ■2006/03/31 15:03:21
感情的なのにどこか無機質な感じのする文体、楽しませて頂きました。お酒というテーマとの絡みが弱く感じたため、この点数で。
14. 7 ■2006/04/04 16:31:21
ゾクゾクってしました。
15. 4 藤村琉 ■2006/04/07 01:24:28
 むう。
 これもダイジェスト版のようなものかもしれません。
 淡々と事実のみを並べ立てる手法で、過去と現在を上手く対比させることができたと思います。
 でもお酒関係ないです。
16. 5 反魂 ■2006/04/07 13:14:07
ああ、なんかすんなり鈴仙の気持ちに移入して読めました。
こういう形も良いですね。
17. 3 偽書 ■2006/04/07 22:06:17
独特な巧さ、と云うのか。味のある一品でした。
18. 8 ■2006/04/11 00:25:15
      ○[Send message]

酔うと言う事を、この様な形で表現した事に驚きを。
最後の一文から受けた隔絶のイメージ、これほどの重さを感じさせてくれた事に敬意を。
罪と向き合った彼女、それを示してくれた事に感謝を。
19. 5 MIM.E ■2006/04/11 22:21:01
雰囲気のあるリズムのよい文章は読んでいて楽しく、思わず独り朗読会を開いてしまいました。
それだけに、結局鈴仙はどうしたいのか、そこまで言及していないように読めたのが残念でした。
彼女の感情が高ぶるのも一概にどちらと言えないのも理解できるのですが。
あるいは、私の読解力の無さ故かもしれません。読者がどちらか想像するのが楽しいのかもしれません。
私の希望ですが、それでも絶対に帰りたくないと言う鈴仙も、
未練たらたらの鈴仙もどちらも魅力的だなぁとは思うのです。
重荷ではないというのは割り切ろうとする理性で、感情は素直じゃないという感じかなぁ。
20. 5 木村圭 ■2006/04/12 02:03:15
言葉にできないこの苦しさを誰か言葉にしてください(無理
後書きが心にグサリ。参った。
21. 6 銀の夢 ■2006/04/12 13:46:37
やりきれないお話ですね……
彼女は此方にあることを選んだ。だから彼方を想うことは、あるいは身勝手なのかもしれないけれど。
ずっと彼女はこの罪にさいなまれていくことでしょう。でも、どうか、許してあげられるようになって。弱い自身を。そして前へ歩いていってほしい……
それがきっと、罪を償うことだと思うから。
22. 5 とら ■2006/04/12 17:40:24
この少女に幸多からん事を。
23. 4 K.M ■2006/04/12 20:04:00
なんとも業の深い・・・
文章の構成は見事と思いました
24. 8 椒良徳 ■2006/04/12 23:20:23
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
25. 5 名無し ■2006/04/12 23:29:49
取り返しのつかない話は大好きです。
26. 7 ラナ ■2006/04/12 23:43:55
過去は過去だからまだ耐えられるのに、とか。
27. フリーレス 匿名評価
28. 9 vpsuoza ■2011/11/13 11:47:13
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29. フリーレス led highbay ■2013/09/02 00:24:18
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