酢いた酒もまた旨し

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/24 07:58:09 更新日時: 2006/03/26 22:58:09 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 さあさあと、葉が擦れ合う音がする。
 風に揺られる竹林が月明かりで陰影を帯びてしなる様を、輝夜は永遠亭の縁側に足を崩して座り、柱に身体をあずけて見ていた。輝夜の手元には小さな燭台と一緒に、杯と銚子が置かれている。朱塗りの小さな杯には僅かに酒が残り、輝夜がゆるゆるとそれを飲んでいることを窺わせた。燭台の赤い灯が風に揺れている。それが青い月明かりと混じって縁側だけを紫色に染めていた。
 時間は遅い。
 普段は兎たちで賑やかな永遠亭だが、全てが寝静まり、生き物が出す音は何もない。あまりの静けさに、風がやんで竹林の奏でる密やかな演奏会が途切れると月の光が降り注ぐ音すらも聞こえそうな夜だった。
 輝夜はさあさあと揺れる、竹を見ていた。
 輝夜がそれを見ながら思い返していたのは月を追放された彼女を拾ってくれた、翁のことだ。翁はつれ合いに飲みすぎを注意されつつもやめられない、酒好きな人だった。飲み方が汚いわけではない。酒が入ったときにも笑いを絶やさない、いい酒飲みだったことを覚えている。けれど、幼い輝夜がせがんでも酒を飲ませてくれたことはなかった。いつも「味がわかるようになってから」と言って、輝夜を酒から遠ざけた。輝夜が求婚者たちを蹴散らす年齢になっても飲ませては貰えず、結局一緒に飲む機会はこなかった。
 杯を手に取ると、残った酒に竹が映る。輝夜はしばらくそれを見つめた後、一息に呷った。
 迎えに来た使者を撃退して地上に隠れ住むようになってから、ふと思いついて酒に手を出してみた。初めて飲んだ酒には随分と驚かされた。拾ってくれた翁が好んで飲んでいたものだから、よほど美味しいものだろうと思っていたのに、いざ口にしてみると焼けるわ辛いわで、よくこんなものを飲めるものだと思ったものだ。永琳にも随分と笑われた。
 杯を下ろすと同時に落ちてきた髪を払いながら、縁側に杯を戻す。自然と酒の匂いを含んだ吐息が漏れた。
 無理をして酒を覚えたのは、隠遁生活が長くなってからだ。少なくとも酔っている間は普段と違う気分になれるということであまりにも変化のない生活の慰みとして酒を口にするようになり、妹紅とひょんなことで鉢合わせしてからは酒量が一気に増えた。蓬莱の薬を残した老夫婦の行く末を彼女に聞いてから増えたのだ。
 銚子を片手で持ち上げ、中身を杯に注ぐ。透明なそれを、赤い杯に並々と注ぐ。縁側に置かれた杯に、冷え冷えとした色の月が映った。
 まだ碌に力を持たない妹紅を繰り返し繰り返し返り討ちにしては、酒を口にする毎日だった。永琳はともかく、てゐや他の兎たちには随分と白い目で見られたものだ。傷を負った月の兎が転がり込んできたのはその頃だ。
 月が映る杯を傾ける。
 鈴仙、と名乗った月の兎の言葉を聞いたあのときの感情を、輝夜は今でも分別できてはいない。郷愁とも嘲りとも、喜びとも悲しみともつかないそのときの感情を思い返しながら、輝夜は杯を干した。
 また酒を注ごうとしたところでふと、ちりちりという音に気がついた。見れば、燭台の蝋燭が最後を迎えようとしていた。
 毎日のように口にしていた酒が減ったのは、間違いなく鈴仙が語った月のその後に対する感情だったが、もうひとつ、それまで毎日のように姿を見せていた妹紅が、急に姿を見せなくなったからだ。妹紅の存在は輝夜にとっては老夫婦の行く末を思い出させ、心をささくれ立たせるものだった。その妹紅の姿をあまり見なくなれば自然と酒の量は減る。
風前の灯火を、注いだ酒に映してみる。ゆらゆらと頼りない炎が杯の影を躍らせた。
次に輝夜が妹紅をみかけたのは、ふらりと散歩に出たときだった。顔を合わせるなり襲い掛かろうとする妹紅の横に、慌てて止めようとする青い髪の娘がいた。その娘に対して何故か強く出られない妹紅を、語彙を尽くしてからかってやったら結局弾幕ごっこになってしまったのだが、不思議とそれまでのような殺戮合戦に至ることはなくなっていた。
 燭台の灯かりが瞬き始める。何故かそれに急かされたような気がして、輝夜は酒を喉に流し込んだ。
 輝夜が杯を空けると同時に、燭台の灯が僅かな煙を残して消える。なんとなくにんまりと笑みを浮かべてから、灯が消える前に杯を空けることが出来て喜んでいる自分に苦笑した。
随分と酔っているらしい。そんな当たり前のことをわざわざ脳裏に浮かべながら、手元の銚子を軽く降ってみる。予想通りの軽い手ごたえと、僅かな水音。ほとんど残っていないようだ。朱塗りの杯に一杯、あるかどうか。
 いい酒だった。そう酒に強くはない輝夜が、肴もなしに銚子一本を悠々と空けられる酒だ。柔らかな香りで口当たりは軽く、喉に通してやれば絡まずに腑まで落ちて心地よく焼く。後味も口に残って存在を主張するのに量を飲んでも酒気が鼻に抜けることもない。
 銚子に残る最後のそれを、杯に注ぐ。やはり、ちょうど一杯分。
 未練がましく杯の上で銚子を振ってから、杯を縁側から取り上げる。それを口に運びかけて、ふと手を止めた。最後の一杯も、何かを映して飲もうかと考えたのだ。
 竹は飲んだ。月も飲んだ。炎も飲んだ。
 ふらりと視線を彷徨わせてから、輝夜はまた笑った。
 それらを飲んだ後なら最後に映すものは考えるまでもないことに思い至ったのだ。
 一度杯を縁側に戻し、笑みを含んだ息をつきながら柱に手をついて立ち上がると、裸足のままひょいと庭先に飛び降りた。永遠亭の庭先の、飛び石の上に着地する。ひんやりとした岩肌の感触が酔って火照った肌に気持ちいい。
 改めて杯を手に取ると庭と続きになっている竹林に向かって歩き出す。
 竹林に向かう途中、庭園にある池のほとりを歩くと、他よりも苔が多く生えているのかふかふかとした感触がする。その感触が面白く、跳ねるように歩くと手の中の酒がこぼれそうになって慌てて歩き方を戻した。
 それでも土や石の感触を楽しみながらぺたぺたと歩き、輝夜は竹林までやってきた。
 杯を片手に空いた手で触れた竹林の中でもひときわ立派なそれは、最初に足をつけた石と同様に硬質のひんやりとした肌触りを返してきた。酔いの冷めるそれが、不思議と飲酒を諌める翁の連れ合いを思い出させて輝夜は笑みを深くする。
 軽く謝っておいて、輝夜は竹の根元に酒を飲ませた。
 きっちり杯の半分だけ。
 それが終わると輝夜は酒を飲ませた場所から少しずれて、竹を背に座り込んだ。
 ふと視線を上げると、いつの間にか雲がかかった月が見える。輝夜はしばらく表情を消してそれを見ていたが、視線を下げたときに永遠亭が月明かりで青白く浮かび上がっていることにわずかに目を見開いた。
 驚きが去ると、軽く息をつく。思わず苦笑のようなものが漏れた。
 そうして輝夜は中身が半分の杯を持ち上げ、月明かりで永遠亭を映す。
 いつもどおりのその風景を竹と分けた酒に映す。
 少し考えて、炎の消えた燭台も少しだけ映してから、一気に呷った。
 輝夜は杯の中を一滴残らず飲み干して、大きく息をつく。
 何だか無性におかしかった。
 堪えきれずくすくすと笑いながら、竹の根元に横になる。
 何だかわからないけれど少し涙が出た。
 涙の理由を笑いすぎのせいにしておいて、横になったままもう一度竹に触れる。

 やっぱり冷たいそれに小言を言われたような気がして、輝夜は大きく笑った。

 きっと翌日は風邪っぴき。
 熱と二日酔いに加えて永琳の(勝手に秘蔵の酒を持ち出したことに対する)説教で悶絶。

 いいお酒でいい酔い方をしたときの、
 自分でも制御する気になれない浮かれた感じを思い出していただけたら嬉しいです。

 ではでは。
FELE
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2006/03/24 07:58:09
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2006/03/26 22:58:09
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1. 3 無記名 ■2006/03/25 03:51:15
メッセージにて書かれてる作者さんが表現したかったものは表現しきれてないように感じました。少々独りよがり気味なとこもあって短いのに読んでて疲れる感も。
2. 4 月影蓮哉 ■2006/03/25 14:49:18
ほぼ文章だけで表すのも珍しいですね。
輝夜様の雰囲気がしみじみと伝わってきました。
3. 3 反魂 ■2006/03/26 12:14:57
朱の盃に月を浮かべれば、酒の旨味もまた格別というものなんでしょうな。
やったことないけどorz

……これは私の欠点と重なるので指摘するのもアレなんですが、やや説明臭すぎるかなと。
とはいえ、風流で良いSSで御座いました。
4. 5 爪影 ■2006/03/26 19:18:01
ちびちび静かに、呑みたくなりました。
5. 6 おやつ ■2006/03/26 21:59:41
雰囲気が凄く輝夜してるなと思いました。
後書きの未来も効いてますw
6. 3 名前はありません。 ■2006/03/28 10:48:40
良いと思います
7. 6 水酉 ■2006/03/28 18:15:21
「良い」酒を飲まれるようになりましたな、姫。
8. 6 papa ■2006/03/30 19:06:41
会話が一切ない分、情景が引き立ちますね。

ただ、そのせいでレイアウト的に少々読みづらいものになっていますが。
9. 8 つくし ■2006/04/01 14:31:33
すっと喉元を通り過ぎる、旨い酒のような文章でした。ごちそうさまです。
10. 5 かけなん ■2006/04/05 04:47:16
良い夜を
11. 6 ■2006/04/05 15:37:12
まだこんな風に酔った経験はないけれど、いつかはこんな酔い方が出来ればなぁと、思う次第であります。そもそも未成年。
12. 3 藤村琉 ■2006/04/07 01:40:00
 伏線をばらまくだけばらまいて、全く回収せずに終わってしまうというのも随分勿体ない使い方ではなかろうかと。いろいろと昔を振り返るのはいいのですが、ただ起こった出来事をなぞっているだけで発展性が見られません。最後に他の誰かと遭遇して飲み明かす、という展開だと、散々ばらまいてきた昔話が生きてきたのですけど。
13. 7 ■2006/04/09 01:38:29
ちょっと輝夜の繰り返しが目にさわるかも知れません。でも、情景は綺麗で気分もいいと思います。
14. 6 床間たろひ ■2006/04/11 21:15:30
みんなと呑む酒は楽しいけれど、偶には思い出と共に呑むのも良いものです。
楽しい事ばっかりじゃないけれど、そんな思い出もまた酒に深い味わいを与えてくれるでしょう。
良い姫さまでしたw
15. 10 MIM.E ■2006/04/11 22:12:52
大変情感あふれる作品でした。酒を飲む嬉しさ、些細な事にこだわる楽しみ、一人で居る事の
浮かれ具合と静けさと寂しさと、輝夜という人物の風情ある酒の楽しみ方と内に残る幼さと
脈絡なく羅列しましたが、たくさんの情景と感情の思い浮かぶ良い作品でした。
彼女と一緒にこの空間を楽しめたなら良いでしょうね。酔うとはそういうことだと想いたい。
16. 3 木村圭 ■2006/04/12 02:17:52
二日酔いの辛さを知っていても、怒られることが分かっていても。どうでもいいやと思えてしまう酒の不思議。次の日には死ぬ思いをしながら後悔するのですが、次の酒の席でも以下エンドレス。
17. 8 NONOKOSU ■2006/04/12 03:21:29
幻想郷はすべてを受け入れる。
その受け入れ方は、まるでお酒のようだなぁ、とふと思いました。
とても良い雰囲気の、良い小説でした。
感謝。
18. 6 とら ■2006/04/12 06:30:38
確かに、『美味し』じゃなくて『旨し』ですな。
大人の味だなあ。
19. 4 Hodumi ■2006/04/12 17:31:03
良い酔い。
20. 8 ラナ ■2006/04/12 20:59:22
そのうち幻想郷も呑もうと思う時が来るのかしらん。
21. 5 偽書 ■2006/04/12 21:56:05
短いながらに味があるといいますか。雰囲気が好きです。
22. 5 K.M ■2006/04/12 23:15:05
輝夜の魅力を凝縮したような作品と感じました
翌日の予測も含めて
23. 6 椒良徳 ■2006/04/12 23:28:48
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
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