ぴったりのおつまみをどうぞ

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/24 12:10:29 更新日時: 2006/03/27 03:10:29 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00





 その酒を呑んではいけなかったのだが。



 始めに感じたのは、ああ私は酔っているいや酔わされてるのね、と思い至るに足る、酷く深い酩酊。
 揺らめき溶け合う意識の狭間にある、ほんの少しの冷静さが、自分と他人とを隔て、押し包む。
 壁があるから、乗り越えた時が気持ち良いのだ。
 徒に妄りに混ざり濁れば、ただただ悪寒を覚えるだけ。

 それを、その観念を極めて強く磨耗させる、酷く深い酩酊。
 楽園の果実もかくやと思わせる、禁断の道標、別の世界への案内人。
 ぐらぐらとふらつき、一度も定まらない崩れた視界は、あの液体によって齎される腐食の祝杯。
 堕落への手引きが誰によるものだったかなんて、今更問うまでも無い。

 やがて天地は反転し、黒と白の違いも判らなくなる、酷く深い酩酊。
 この揺らぐ世界は、切り取られ、紐先にぶら下げられた生首の見るそれではないか。
 体の在る事を忘れて、頭だけになれば、世ごと軽く思えるものだろう。
 ならば納得できる、私は矢張り、かの地に辿り着くことが出来たのだ。


 くるくると回る世界も慣れてしまえばこちらのもの。
 私は軽い自分の近くで沢山の人影が宴に興じていることに気付いた。
 誰も彼も私など見ず猪口やらぐい飲みやらジョッキやらグラスやらを傾けつつ箸を口に運んでいる。
 ぺちゃくちゃと喋りながら、それでもなお行儀を保ち。

 宴会とは乙なもので、頭だけの私でも相手をしてもらえる。
 何なに、何の話をしてるんです。
 軽い私の隣に座る、枝一つ無く美しい金色の長髪を枝垂れさせた女の子が答えてくれた。
 久々の宴会ねぇ、って話。近頃はこんな大きな宴も無かったものだから。

 なるほどと思っていると、黒のセミロングが麗しい別の娘が来て、金髪の彼女の差し向かいに胡座をかく。
 近頃、って、先週も似たようなことしていませんでした?
 ハテという表情を浮かべる金髪の彼女。
 あなたは風速が速いんじゃないかしら。先月なら兎も角、先週はなしのつぶてよ。

 まぁこういった席、意見の食い違いなどままあることでは、と言ってみる。
 どちらの彼女も全くその通りという顔で肯いた。
 ふむふむ、とこれが宴会における挨拶のようなもので、そのまま更にまあ一献、というわけだ。
 不思議に回る視界の中、まぁまぁ悪くない気分。

 つまり一つの絶壁は越えられたということ。頼みごとも請合ってもらえよう。
 すみませんが、ついでといっちゃあ何ですけれど、あたしにも一杯、いただけませんか。
 二人の娘が其々に微笑み、喜んでと応え、各々手に持った徳利と一升瓶を逆さにし、
 ざあばざばばざ、と私の頭にぶっ掛ける。

 これには流石に頭だけの私も驚いたが、なるほど洒落たことだ。
 今の私の軽さでは、口から呑もうにも一向巧くいくまい。
 頭から引っ被って、全体で呑むより旨い呑み方は無いだろう。
 二重三重に美味しい話ですねと言えば、二人ともにくつくつと笑う。

 美しい金の流れが風に靡いて震える。
 頭だけではぼうっとするのもしょうがないだろうけど。
 綺麗な黒髪も風を受けてさらさら悶える。
 どうして躰が無いのかと、気にはならないのかしら。

 ああ、それは不粋な問いだ、お二方。
 どうしてそのことに気づかない所以がありましょうや。
 私は頭の置かれた器から転げ落ちないようにぐでぐでと揺れながら応える。
 いささかの憤慨をもって。

 最早、体があろうがなかろうが、私には関係の無いこと。
 あの液体を注いだ時に、私は身から這い出たのですから。
 答えを聞き得心した二人の箸が動く、その向かう先を見ても何も思いはしない。
 黒髪の彼女の箸は私の左足の付け根を刺し、ぶするりと私に音を伝える。

 以前の私なら、そんなことをされて正気ではいられなかっただろう。
 泣き叫び喚き散らし、痛いやめて助けて殺さないでと、臆面も無く請うただろう。
 だけどそんな無邪気はもう忘れた、昔のことだ。
 刺さって痛いのは、体に私が縛られていたからだもの。

 無数に張り出していた襞が、あの液体を注ぎ込んでから引き伸ばされた。
 縮退、縮こまって怯えていた私が、あの瞬間から無限大に広がったのだ。
 するとなるほど、縮んだままでは何処にも行けないわけだと思い知った。
 尺取虫を思い出すだろう、どちらが彼らの常態なのかは知らないけれど。

 今まで私が私であるために必要だった総身がいらなくなって、ここを探した。
 無用の長物といったところで、誰が廃棄してくれるわけでもない。
 必死にここまで引きずって、やっとのことで辿り着いた。
 頭だけで体を動かすのはしんどく、あまりに疲れたもので、気を失った。

 その酒を呑んではいけなかったのだが、確かにそう聞いていた筈だったのだが。
 気付くとこのドンチャン騒ぎの只中で、私の体は私の望んだとおりになっている。
 縮んでいた頃、私にとって何の役にも立たなかった肉だけど。
 うまいうまいと言ってもらえるのは嬉しいものだ。



 ふと回想から戻る、と、金髪の彼女が迷い箸をしている。
 ああ、何という事か、こんな綺麗な娘が行儀の悪い。
 私は耐えられなくなって、つい言ってしまう。
 何処でも美味しいですから、落ち着いて選んでくださいね。

 さて・・・言うべきではなかったのか、それともこれが正道だったのか。
 金髪の彼女の惑いはぴたりと止まり、そうねぇ、とひとつ呟く。
 そのまま彼女が黙ったので、出過ぎたことを言ったかなと思い少なく弁明したところ、
 彼女はもう一言、ああいいの、そろそろ染みて、食べ頃だろうし、と加える。

 何のことだろう、と思ったのも束の間。
 突如私のぐらぐらが留まり、視界に大きな黒点が二つ現れた。
 遅れて届く、ぶぶすうりという音。
 続き、黒点から赤い何かが滲み出る。

 広がるそれが血だと思い当たると、ぐじゅるという音と共に世界が撓む。
 今度の理解は早かった、差し箸の後、対象物を挟んだだけのこと。
 赤がみるみる染み渡り、少しずつ全体が擦れていく。
 更に、突然凄まじい勢いで景色が流れ、停止すると同時、暗転する。

 何かの中に入ったのだと気付くより早く、視覚そのものが無くなる。
 私の両目は死んだのだ。金髪の彼女の口の中で、ぎゅちゅりと啼いたのを最後に。
 真っ暗でもう揺れない世界の中、酩酊感だけが私にある。
 一体何を以って酔っ払っていることを証明したものか図りかねるな、と思う。

 私は己の勘違いに気付いたが、もう手遅れであることにも気付いた。
 どうやら、体の中から這い出ることができたわけでは無かったようだ。
 単に必要な容積が狭まっただけだったのだ。
 体はまだまだ、私にとって必要なものだったのだ。

 だのに私は、こんな所に来てしまった。
 カモネギどころの話ではない。
 彼女たちがご馳走を目の前に食欲を控えるような小さい肝の持ち主ではないことは明白だ。
 このまま私は、その全てを喰らい尽くされてしまう。
 
 が、しかし、そこまで考えても。
 私を未だそうして正気たらしめているのは、酷く深い酩酊。
 ならば、私があの液体を受けて、壁を取り払うことに成功したのは、事実なのだ。
 この世に敷衍する常識の多くを破壊することができたのだ。

 実証する手立てなどあろう筈が無い。
 壁が無ければ証明などできない。
 融和という言葉さえ無い、全てが1であり0である世ならば、立証すべきものなどない。
 そう、私は生と死の壁を乗り越えた。

 このまま食われ死んでも、構うまいと思えるのだ。
 その酒を呑んではいけなかったのだが。
 呑むまいと耐えていた頃より、今の方がずっと気楽である。
 ――ああ、そうか判った、なぜこの酒が禁じられていたのか、今わか



 ずじゅ、ぬりゅ、ぐずちゅ、きち、はむ、ちゅるん。












「うわ、狡い。味噌まで全部独り占めですか!?」
「ご馳走様でした。って、私が連れてきたのよ?」
「うぅー、酷い酷い酷い」
「そんなに拗ねないの。
 それに・・・味噌は、爛れていてあまり美味しくなかったわ」
「なんだ、じゃあいいです」
「淡白ねぇ」
「蛋白質ですねぇ」

いつ逝っちゃってもよくね? よくね?
よくねーよ。
(構想執筆、三時間)
shinsokku
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最新
投稿日時:
2006/03/24 12:10:29
更新日時:
2006/03/27 03:10:29
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5.00
1. 2 月影蓮哉 ■2006/03/25 15:01:17
真面目な話だと思ったのに、最後の台詞で台無しだ…。
2. 4 爪影 ■2006/03/26 19:56:30
や、不可思議、ですね。
3. フリーレス おやつ ■2006/03/26 22:48:00
うむなんというか、私の読解力不かな。
よく分からなかったのでフリーレスおば。
4. 7 名無し妖怪 ■2006/03/29 02:53:50
いいんじゃないかな? いいんじゃないかな?
5. 3 名前はありません。 ■2006/03/29 16:54:15
カニバリズムですね
6. 4 水酉 ■2006/03/29 17:51:11
人に変換して考えると・・・身の毛がよだちました。
もっとも幻想郷では、ソチラもアリなのかもしれませんが・・・。
7. 6 papa ■2006/03/30 19:08:28
読んでいるうちに鳥肌が立ってきました。なんともリアルな描写ですね。
で、結局、何食べてたんだろう?

ただ、東方である必要性がちょっと薄いですね。
8. 6 つくし ■2006/04/01 14:56:48
酔いました。境界を越える酩酊感。ごちそうさまです。
9. 4 かけなん ■2006/04/05 04:51:19
まぁ、それもまた
10. 5 ■2006/04/05 17:57:16
恐い。
11. 5 藤村琉 ■2006/04/07 01:43:30
 うぎぎ。
12. 5 偽書 ■2006/04/07 22:03:34
3時間でこれかー……凄いですね。こう、綺麗な文で書かれてるだけなお怖い。
13. 4 反魂 ■2006/04/08 18:20:17
何コレw
いや〜必死で「主人公は何か」を予想しながら読み続けました。
ここまで読んできた中で、一番個性的。良いわあ。
14. 7 ■2006/04/10 23:12:54
ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
しかし、実際こういった食風景は妖怪には全然おかしくないわけですが。
15. 6 MIM.E ■2006/04/11 22:11:27
金髪の少女の出たあたりでなんとなくそうではないかと思いましたが……。
妖怪ですから、こういうことはあるのでしょうが、丁寧に描写されるといやはや辛い。
もっとも、それが狙いの作品でしょうから大成功だと思います。
むしろ、ちょっとやそっとのホラーやグロは笑って読む私がこんな感情持ったのですから
文章としての質はとても高いと思いました。目を食べられる感覚とか、普通知りえない事
味わっちゃえました! てへへ(壊れた)
16. 2 木村圭 ■2006/04/12 02:20:50
味噌なのかー。どういう頭の構造してたらこんな文が書けるのかとても気になる次第です。勿論良い意味で。
17. 8 NONOKOSU ■2006/04/12 03:12:53
地獄極楽紙一重。
法悦苦境も一重なら、
おつまみになるのも一興でしょうか……?
18. 7 床間たろひ ■2006/04/12 03:52:24
うーんカニバリズム。
でも喰われて死ぬなんざ、生き物の死に様としては最上級かもしれませんねぇ
俺は御免ですがw
19. 5 とら ■2006/04/12 06:18:19
わけもなく無性に”それ”が食べたくなってくる時がある。
20. 6 Hodumi ■2006/04/12 17:38:41
これは、これは、これは……
21. 3 K.M ■2006/04/12 20:08:40
こういう視点でくるとは思わなかった
でも、ちょっと作品が難解に思えたのでこの点数にさせてもらいます
22. 10 椒良徳 ■2006/04/12 23:30:36
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
23. 6 名無し ■2006/04/12 23:52:24
グロいのに本人酩酊していてサラッと読めるのがよかった。
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