なにみてはねる?

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 04:51:27 更新日時: 2006/03/27 19:51:27 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 ――月は夜毎に肥え太る。
盛りを過ぎたとはいえ、繁る山々を青く染め上げる光線と、両耳が茹るような暑さの日々は未だ遠い話ではない。日没とともにいくらか涼しくなったのかもしれないが、忙しく動き回らねばならない此の身では服に篭る熱気に対処のしようもないのだ。ああ暑い。独りごちて立ち止まり、ぱたぱたと空いた手で風を送る。己の長い髪を嫌いではないが、汗でぺたりと頬に張り付くのが煩わしい。他方の腕で抱え込んだ荷物が思いの他にかさばって視界を塞いでいる。
「手伝いを頼めば良かったかしら」
 言葉に次いで出た溜息が彼女の心情を何よりも物語っていた。白い産毛も汗に濡れ、くしゃりと縮まった長耳の外見を一層際立たせている。ぴぃんと屹立した両耳を見て此の地の兎達から疎外感を感じるのではないが、少しだけ羨ましいのは何故だろう。あの人の弟子としてもイマイチ自信を持てないでいる、己の不甲斐なさ故だろうか。
「耳がしゃんとすれば、自信も付くってハズはないのにね」
それだけ呟くと、先を急いで彼女は再び足を動かし始めた。
 少女は慣れた足取りで、竹林の隙間隙間と縫うように歩を進めていく。うすらと霧を乗せた冷め切らぬ夜気の中、照らす月はまだらに地を染め上げる。竹の陰と月照とを順々に踏みしめて、剥き出しの地面を駆けるように抜けていく。ハッハッと息を荒げる段になり、随分と早足になっていることに気付いたが速度は緩めない。顔は熱くなり、朱が差していく。それでも満足がならないか、急がなきゃと少女は一つ呟いた。大きく息を吸い込んだかと思えば、右の爪先に力を込める。すると呼気と同時、力強く伸びる足の先でポンと地を蹴った。
 ――跳ねる。右、左、右とテンポ良く足に力を入れる。スカートから伸びた大腿も露に、筋が浮き沈みを繰り返して律動する。空からは月が照らし、地では竹が風に揺らぐ。そして、一体の黒影。長い耳をなびかせて、月にも届かんと跳ねる一匹の兎。柔らかな光は辺りを満たし、一枚の影絵を貼り付かせる。その中でたった一匹が、必至に必至に跳ねていた。

うさぎ、うさぎ。何見て跳ねる? 
 
 やがて少女は竹林の深く、一軒の和館へと辿り着いた。門前には二人の衛士を見るが、どちらもが頭からぴょこりと兎の耳を立てている。その姿は齢十と少しを数えるだろうかという、少女のもの。姿相応の可愛らしい、とても荒事向きには見えない服装とも相まって、見張りと言えど形式的なものであろうかと思わせる。両腕一杯に荷物を抱えた少女は不格好にも衛士達へと会釈をし、門の内へ入っていく。掲げられた灯火は館を囲む白塀を照らし出し、それが竹林の奥を何処までも続いているかのように錯覚を抱かせる。塀の内からは賑やかな声が漏れ聞こえ、ときおり拍子に合わせて唄となる。それらは館の者達にとって、今宵が特別であることを告げていた。
 靴を脱ごうと苦闘する少女の背後、玄関の隅。きゅぴーんとか音まで立てそうに光る双眸に、少女は未だ気付いていない。いししっと小さく声がしたかと思えば、黒い影が少女の背後へ忍び寄る。少女が大切そうに抱え込む荷物の束から一本だけそっと抜き出すと、黒い影は口元をにやりと歪ませる。そうして手に持ったそれ――ススキを一本構えると、大胆不敵に少女の耳へと突っ込んだのだ。
 
 ――んみゃぁあああっ。叫び声とも奇声ともつかない音を立てて少女が勢い良く跳び上がる。余程驚いたのか、ススキの束を辺り一面に撒き散らし、ぴくぴくと顔面を痙攣させていた。
「あははは。鈴仙ちゃんたら、おっかしいのーー」
 鈴仙と呼ばれた少女を指差し、先程の黒い影は笑い声を隠そうともしない。悪戯好きそうなくりくりとした両目に黒髪、桃のワンピースを着て笑い転げる少女の姿がそこにはあった。
「て、てゐちゃん?」
 鈴仙は目を瞬かせて、自分を驚かせた黒い影――てゐを見詰める。鈴仙の呆けた顔が一層嗜虐心をそそらせたのか、てゐの笑い声は止むことがない。
「むふふふ。あんなに驚かなくてもいいのにぃ。鈴仙ちゃんたら10mは跳び上がったよ?」
 明らかな冗談と取れるてゐの言葉だが、鈴仙は少し困り顔で応じる。
「そ、そうかな?」
「そうだよ。天井に大穴空けて、またまたまた永琳様に怒られちゃうんだからね」
 永琳という言葉を聞いて、鈴仙の顔に陰が差す。
「あー、また師匠に怒られるのか……」
 しょぼんとした声に、てゐが慌てて声を出した。
「じょ、冗談だってば。どこにも穴なんてないでしょうに」
 てゐの指先は天井を指し示し、そこは当然のように何事も無い。しばしポカンとしていた鈴仙だったが、やがて「ああ、冗談か」と独り言のように呟いた。
「どう? びっくりでしょ? こいつは参ったでしょ?」
 えへんと腰に手を当てて威張るてゐに対し、鈴仙は少しだけ笑う。
「う、うん。そうだね。凄いなー、てゐちゃんは」
 返答にてゐは顔を渋くする。てゐの作戦では、此処で鈴仙が「何するのよー!」と怒り出すハズだったのだ。てゐの悪戯はコミュニケーションの一部であるのだが、今回は上手く機能してくれなかったらしい。
「……怒らないの?」
 渋い顔で聞き返すてゐに、鈴仙は一層の困り顔で応じる他にない。何か気に障ることを言ってしまったのだろうかと自問する。
「う、うん。あ、あの」
 沈黙もまた雄弁な返事。言葉に詰まった鈴仙の様子は、今日の作戦が見事に失敗だったことをてゐに告げていた。おまけに絞るように出された言葉が「……ごめんね、てゐちゃん。何か、怒らせちゃったかな」では、溜息とともに肩を落とすしかないというものだ。ばつが悪いのを誤魔化すように無言で散らばったススキを集めると、てゐはそそくさと歩き出す。
「てゐちゃん」
 背後からの鈴仙の呼びかけにも振り向けない。自分が嫌われたかもしれない、と不安になったのはてゐとて同じなのだ。
「……ススキ、拾ってくれてありがとね」
 思わぬ鈴仙の感謝の言葉に安堵するとともに、てゐは自分の顔が赤くなるのを感じていた。これでは振り向きたくとも振り向けないではないか。今回の失敗はしかたない、でもいつかきっと。染まる頬を隠しながら、素直には程遠い地上最古の妖怪兎は誓っていた。絶対に『悪戯をきっかけに鈴仙ちゃんと仲良くなる』んだ、と。

 てゐが先導して扉を開けた先、続いていたのは果ても見えずに伸びる廊下。庭に面する障子は皆等しく開けられており、見上げれば優しい月明りが差し込む。月見に相応しい時と場所。他にすべきことは何も無いとでも言うかのように、数多の兎達が酒盃を交わす。思い思いに飲んで食い、調子はずれの唄には囃す声が答える。顔を真っ赤に染めて酔い潰れた者がいるかと思えば、その横で黙々と杯を空ける兎の姿も見られる。そんな中の一匹、くいと猪口を傾ける兎の肩をぽんと叩くと、てゐがススキの一束を差し出した。
「はい、これ。雰囲気出るでしょ? 鈴仙ちゃんが取って来てくれたんだからね」
 ススキを配られた兎達は、ありがとうございまふ〜と呂律の廻らない舌で口々に礼を言う。中にはそわそわ足を動かしたかと思えば、矢も楯もたまらぬ風に庭へと降りていく者達の姿もあった。庭に立つ兎達は片手にススキを持ったままに輪となって踊り出し、月光を満身に浴びる。やがて一匹が恥ずかしげに細く歌いだしたかと思えば、一つ二つと続く声は増え始める。ぴょこぴょこと踊りながら跳ねながら、重なる声は唱和となって鈴仙の耳へと届いた。

『うさぎ、うさぎっ。何見て跳ねる?』

 月の下で踊る兎達を鈴仙は呆と眺めていたが、不意にくいと手を引かれる感覚に気付いた。
「ほら、鈴仙ちゃんっ」
 傍らを見れば、てゐが銚子を掲げて立っている。
「え、え? いいよ、私は。お酒弱いし……」
 つれない鈴仙の台詞にも、てゐがめげることはない。チッチと人差し指を振り、瞳は再び怪しく輝く。
「駄目だよー、他人のお酒を断っちゃ」
 鈴仙の口元にロックオン。悪戯兎の照準に抜かりはない。
「ていうか」
 てゐはぴょんと飛び跳ねたかと思えば、片手で鈴仙の首に抱きつく。うわぁと面食らってバランスを崩した鈴仙のスキを見逃さず、口元へと銚子を差し込む。
「――てゐ様の酒が飲めないってのかぁ!」そのまま銚子を傾けると、ごくりと鈴仙の喉が鳴った。
 
 しばらく鈴仙はぷるぷると小刻みに震えていたが、やがて
「ひ、ひどいよ、てゐちゃん! ……アルハラだから裁判所に訴えたら地獄の一丁目送りになるんだからぁ!!」
と叫んだ。まるで、酒とともに何かすっかりと飲み下したかのように。
 一方のてゐは、まさにしてやったりと満面の笑みを崩さない。今まで遠慮に遠慮を重ねていた鈴仙の態度を突き崩したのだ。ようやく鈴仙と仲良くなるきっかけを掴んだのだ、とてゐは思う。ここで畳み掛けてしまうのが最善手に違いない。そう考えて、てゐは鈴仙の手を取ると兎達の輪に加わるために歩き出した。
「わ。ど、どうしたの、てゐちゃん? いきなり手なんか掴んで」
 突然の行動に戸惑う鈴仙だが、てゐはぎゅっと手を握って離さない。
「何って、決まってるじゃないの。踊ろうよ、跳ねようよ、みんなと一緒に。だって私達、兎なんだし!」
 てゐの言葉に、鈴仙は永遠亭に居着いて以来の己が引いていた一線を思い出す。月の兎と地上の兎、たった一匹の己。そんな一線を少しでも踏み越えられたのは、何よりてゐのお陰であるし、もしかしたら……お酒の力なのかもしれない。

『うさぎ、うさぎっ。何見て跳ねる?』

 双つの影は縁側から駆け出すと、兎達の輪へと入っていった。頭上には照らす月。手を取り合う影は解け合って、境界は何処にも見えない。ただ彼女等は、ススキ片手に掲げ持ち、遥かな月を仰ぎ見る。足は自然と浮き立ち流れ、ぴょこりぴょこりと跳ねては踊る。
 ――何故って、みんな一匹の兎なんだから。

『十五夜お月様、見て跳ねる!!』

 そんな、昔々。鈴仙が永遠亭へやって来て間もなくのお話。
 小品投稿完了ーー。あとは自分の作品が場違いにならないのを祈るのみです。酒との絡み具合が不安ですが、まぁノミ二ケーション(死語?)の話ということで。ともあれ、主催者様と読んで下さった方には本当に感謝。

 ……実は冒頭の一文がパク(ry
匿名希望。
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/25 04:51:27
更新日時:
2006/03/27 19:51:27
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 4 月影蓮哉 ■2006/03/25 16:10:30
やっぱりてゐさんに振り回されますね、うどんげは。
2. 7 反魂 ■2006/03/26 14:10:37
文章のテンポの良さが、そのまま将来の二人の気の置けない間柄を示すようで
気持ちの良いSSでした。GJです。
3. 5 爪影 ■2006/03/27 19:47:21
耳攻めか……貴方のてゐとは仲良くなれそうだ。
4. 3 名前はありません。 ■2006/03/31 13:35:00
よいてゐですね
5. 7 つくし ■2006/04/01 22:20:57
お酒の力を借りて、ですね。ほのぼのと楽しめました。ごちそうさまです。
6. 7 水酉 ■2006/04/02 21:31:13
いいお月見話だぁ。
たらったらったらったうさぎのダンスぅ〜♪
7. 5 おやつ ■2006/04/04 22:51:48
丸いウサギさんですなぁ。
二人の幸福は、これからであって欲しいっす。
8. 4 藤村琉 ■2006/04/07 01:54:09
 可もなく不可もなく。
 てゐの性格が無難すぎてちょっと違和感。悪戯好きというよりは詐欺師、嘘吐き。その印象が擦り切れて見えなくなってしまったのが無念。
 仲が良いのはいいんですけど、それだけってのも味がないです。しんみりしてるのに無味乾燥。
9. 7 偽書 ■2006/04/07 22:02:11
冒頭の一文……元は知りませんが、成る程、確かにいいフレーズ。綺麗な話でした。
10. 6 かけなん ■2006/04/09 22:46:10
インスパイアと言えばかっこi(削除

いいウサギたちでした。
11. 8 ■2006/04/11 00:24:09
か、可愛いじゃねえか、てゐ…
12. 6 papa ■2006/04/11 02:00:12
とても素敵な永遠亭ですね。素直でないてゐがかわいいです。
13. 5 MIM.E ■2006/04/11 22:04:38
こんなてゐたちも可愛いですね。仲良くなるのには些細なきっかけいたずらでいい。
あたしゃ、跳ねる兎を見て跳ねますかね。
物語はすごく柔らかいのに、文章は硬く感じました。
この文体なら鈴仙の心理描写もあとほんの少し欲しかったかな。私の好みですが。
14. 2 木村圭 ■2006/04/12 02:32:07
これはまたずいぶんと可愛らしい年寄r(デューパー
転校したてとか入学したての頃は、どうしても一歩引いて見てしまうもの。引っ張り込んでくれる存在は何よりありがたかったり。
15. 5 とら ■2006/04/12 05:27:10
こういう楽しいお酒なら大歓迎です。
16. 6 ■2006/04/12 20:10:07
これは好きな子に意地悪をしてしまいそうな良いてゐですね。
17. 5 K.M ■2006/04/12 22:54:54
噛み合ってないと言うかギクシャクしてると言うか初々しいと言うか、そんな二人の関係がナイス
18. 5 椒良徳 ■2006/04/12 23:37:23
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
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