幸せの青い酒 〜愛欲と友情の争奪戦〜

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 06:53:58 更新日時: 2006/04/18 16:28:55 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

薄暗い竹林に、肉を引き千切る音が響いている。

くっついているものを、力任せに引きちぎってしまう音。

純粋な破壊の行為。純粋な殺戮の行為。

妹紅が、輝夜に、陵辱されているのが見える。

なのに私は動けない。声を出すことすら出来ない。

竹が全部燃え尽きていれば、闇があの行為を覆い隠してくれるのに。

私の意識が途絶えてしまえば、あの行為から目をそらせるのに。

妹紅が、輝夜に、ぐぢゅりぐぢゅりと――

肉が、骨が、血が

妹紅が――――





「 ち ょ ォ ッ と 待 っ た ァ ァ ァ ア ア ッ ッ ! ! ! 」






これは誰の声? どこにいる?

竹林が、一瞬昼間のように明るくなった。

「おい、あんな所に誰かいるぞ!」
「スクープです! 『竹林の惨殺事件に謎の救世主が!?』」

パシャ、パシャッ……フラッシュの音。明かりはこれか。
あの声は、黒白にブン屋? 一体いつの間に?


「天呼ぶ地呼ぶ賽銭が呼ぶ! 悪をシバけと轟き叫ぶ!! とうッ!!」


声と同時に竹の一本が揺れた。そうか、上――

「何奴ッ!?」

妹紅を投げ捨てた輝夜が、謎の人物へ向けて無数の大玉を放つ。
しかし、弾幕は全て弾け飛び消滅した。『誰か』がシュタッと着地して、


「――姓は博麗、名は霊夢! 命が惜しけりゃ、賽銭置いてとっとと帰んなさいッ!!」



  ◇  ◇  ◇


「そういうわけでな。夢の中のこととはいえ、感謝するにやぶさかではないわけだ」
「そりゃ有り難いわ慧音」

あまり良くない夢から覚めて数時間、昼を少し過ぎたあたり。
私は、突然家に押し掛けてきた霊夢と茶を飲んでいた。

「だが、だ。その感謝も、お前さんが玄関の戸を壊したことで差し引きゼロになってしまう」
「壊そうと思って壊したんじゃないわ。一秒でも早くここに来たかったから、勢いが余っただけよ」
「私にそんな言い訳が通用するか」
「通用しないの?」
「妹紅以外はな」

そりゃ結構なことで、と霊夢は言って、ずずっと茶をすすった。
私はゴホンと咳払いして、話を戻すことにする。

「で、だ。その壺を“隠せ”とだけ言われて、ハイわかりましたと言うと思うか?」
「言ってくれないの?」

戸を壊す勢いで飛んできた霊夢の用件は、持ってきた壺を“隠してほしい”ということだった。
さほど大きな壺ではないが、大きさに意味はなかろう。
私に頼むからには、物理的な意味だけではなく、『歴史的』な意味で言っているだろうからだ。
だが、

「事情も何も言わないやつの頼みを聞くほど、私はお人好しじゃないぞ」
「勝手に歴史見てもらって結構よ。口にするのもおぞましいもの……」
「お前、そんなモノを『勝手に見ろ』と言うのか……?」

はあっ、と溜め息をついて、私は説教をすることにした。
巷で噂の閻魔ほどかは判らないが、私だって説教には一家言ある。

「あのな霊夢。私はスジを通せと言っているんだ」
「スジ処理してない肉であろうと御供物は大歓迎よ」
「人に頼みごとをするからには、事情を話すのがスジってもんだろう。
親しき仲にも礼儀あり。私とお前の親しさがどんなものかはともかく、
事情を話さないんだったら私は頼みを聞かないだけだ」

説教終了。
短い? 説教道はシンプルイズベストだ。妹紅もそう言ってくれている。

「……やってくれると確約するなら、事情を話すわ」
「それは順序が逆だろう」

どうやら、よほど深い事情があるらしい。無重力が信条の博麗の巫女らしからぬ態度だ。

よく考えたら、霊夢がこんな風に私を頼ってきたのは初めてだ。
確かに私は、こいつとスキマ妖怪に何度かボコられた経験がある。
だからと言って、助けを求めてきた者を追い返すというのもどうだろう?
私は助け船を出すことにした。

「まあ、あれだ。お前さんには間接的に里を守ってもらっていることになるし、
前から貸しっぱなしだった米も先日きっちり返してくれたしな。夢の――
……どうかしたか?」

米のくだりを話した時、霊夢の体が一瞬震えたように見えた。

「う、うん? べべ別にどうもしてないわよ?」
「そうか? で、夢のことと戸のことをトントンにしてだ。
戸はすぐに直せそうだし、私がよほど迷惑をこうむるような話じゃなければ、頼みを聞いてやっても――
…………霊夢?」

今度は、霊夢の横顔に冷や汗を発見してしまった。
段々と嫌な予感がしてきた。

「ど、どどどうかした慧音? えっ聞いてくれる? 私の頼み聞いてくれる?
オーケー聞いてくれるのね決定ねじゃあ耳の穴かっぽじって私の話を聞きなさいいいわね!?
あれは遡ること半月前……」
「おい霊夢、ちょっと待……」
「何、聞いてくれるってのはウソだったの!? あなたそれでも知識と歴史の番人!?」
「別なのが混じってるぞ」
「細かいことはいいのよ! そう、あれは遡ること半月前……」

ううむ、力ずくで押し切られてしまった。
まあ最近は里も妹紅も平和なことだし、聞くだけ聞いてみるとしよう。


  ◇  ◇  ◇


半月前、博麗神社の賽銭箱事情、もとい台所事情は最悪に近かったわ。
あなたや他の連中に借りた食料もとうに底を尽き、水と野草で飢えを凌ぐ生活だったの。
宴会部長の魔理沙は丹の練成とかで引き篭もっちゃうし、
全自動酒供給機の萃香は「究極の酒を見つけてくる!」とか行って旅に出るし。
うん、なんか「自分の足で見つけることに意味がある!」そうよ。
酒飲みのプライドってのも大したものね。
――ああ、話がそれちゃったわ。
ともかく、水&野草生活が一週間を突破したときに奴は現れたの。
誰かって? ……紫に決まってるじゃない。

あいつは米俵三つと野菜の山と共に現れたわ。そうだ、味噌まで持ってきてた。
最初は貰わないつもりだったの。藍に食べ物を無心した後だったもの。
でも、「主の方が良いと言ってるのよ? ほらほら遠慮しないで」って。
スキマからどんぶり一杯の銀シャリまで出してきたわ。
……ええ、そうよ。七日に渡る野草生活は、体だけでなく頭と心まで蝕んでいたらしいの。
ちょっと考えれば判ることだった。その“ちょっと”が出来ない程度には追い詰められていたみたい。
紫でなくても言うじゃない? 『美味い話にゃ裏がある』って……。

約一週間、一汁一菜の満ち足りた食生活を送って気づいたの。何かおかしいって。
虫の知らせもあったけど、藍へのお礼のつもりでマヨヒガまで足を運んだわ。
え? だって、あそこの実質的な家長は藍だもの。少しは幽々子や輝夜を見習って、
……似たり寄ったりね……。
で、玄関先で藍が開口一番何を言ったと思う? 「遅かったな」よ?
ピーンと来たわね、ッピィーンと。こりゃ何かあるって。
玄関で待ってるように言われて、藍が持ってきたのが、そう、この壺よ。
そして藍は、この壺が何なのかを語り始めたの。

――さあ、ここからが本題よ。
トイレには行った? 魔界神へのお祈りは?
月夜の夜に竹林の奥で妹紅をcaved!!する心の準備はOK?

……ごめん、本当にごめん! ほんの冗談、いや、『様式美』なの!!
お願い怒らないで! 締め出さないで! 話を最後まで聞いてぇッ!!

……うん、大丈夫、もうOKよ。こっからはおふざけ無し。

蓋を取った壺を覗くと、半分くらいまでに白いものが詰まっていたわ。
それで、わずかだけど香ったのよ。――酒、っていうかアルコールの匂い。
密造酒でも寄越してくれるのかって藍に聞いたら、首を振って答えたわ。

「これは、お前さんが咀嚼した米だ」って。

意味不明もいいところ、……何でこれだけで判るのよ。いいから最後まで聞きなさい。
何でも紫の馬鹿が、私の口の中に極小のスキマを作って、そこから噛んだ米を抜き取ってたらしいの。
珍しく三食の時間に起きてるからって藍が怪しんだんだと。それで判ったって。
で、それを食うでもなく壺に溜めてた理由が『酒』ってわけね。
発酵だの、だ液酵素だの、かもすぞだのって藍が解説してくれたけど、私にゃよく判んないわ。
判るのは唯一つ。私の米とだ液と尊厳が、紫に蹂躙されそうになっているってことよ。
藍の方も、「戯れとはいえ、これはここ十年で一番酷い」って言って、快く壺を渡してくれたわ。


  ◇  ◇  ◇


「……で、私に預けに来たというわけか」
「そういうこと。私だと、隠そうが封印しようがすぐにバレるだろうし」
「捨ててしまえばいいじゃないか」

霊夢は苦々しい顔をして首を振った。

「捨てられないの。逆さまにしても中身は落ちないし、壺を割ろうとしても全然ダメ。
おまけに中に物を入れることも出来ない。口のとこで弾かれたわ」

どんだけ境界いじってんのよ、と霊夢は毒づいた。
確かに、大した気合の入れようだと私も思う。

「とにかくそういう具合だから、お願いします慧音様ッ!」

パンッと私に向けて拍手一つ。
こらこら、お前さんは神社の巫女だろうが。

「だがなあ霊夢、私は言ったぞ? 『私がよほど迷惑をこうむるような話じゃなければ』とな」
「うっ。……だ、ダメ?」
「あの八雲紫を相手にしろってことだろう? いくら私とて――」

――いや、そうだ確か……。


「……明日の夜が満月か」


私の呟きを聞いた霊夢が、バッとこちらへ振り向いた。目に期待の光が宿っている。
うん、期待に応えてやるとしよう。条件はそう悪くないし、放っておくには不憫すぎる話だ。

「いいか霊夢。満月の夜なら、知っての通り私は全力を出せる。
スキマ妖怪が手を加えた壺であっても、歴史を創り直して“なかったこと”に出来るだろう。
今夜、目覚めたヤツが行動を開始したとして、約一日壺を隠し通せばこちらの勝ち、
それまでに壺を見つけられたらこちらの負けだ」

一旦言葉を切る。霊夢を見ると、神妙に続きを待っていた。

「さて、それまで壺を隠すにはどうすればいいか。
例の事件で判ったことだが、今の私が歴史を隠しても紫はすぐに見破ってくる。
そこで、お前さんに囮になってもらう必要がある」
「お、囮!?」

案の定大声を上げる霊夢。

「嫌だろうが、必須事項だ。
霊夢、起きて壺が無くなっていると知った時の紫を想像してみろ」
「えっ? えっと、まずは藍を折檻する」
「その後は?」
「藍の目の前で橙にちょっかいを出す」
「……その後は?」
「無くなった壺を探そうとするんじゃない?」
「探すのは壺か? 藍はきっと、お前さんに壺を渡したと白状するだろう?」

霊夢は、得心いったという風に頷いた。

「成程。壺を探すよりも私を問い詰めた方が、紫にとっては面白いわけね」
「そういうことだ。そして、その可能性を磐石にしつつ、紫自身の妨害も出来る良い方法がある」
「紅魔館に身を寄せろ、でしょ?」

流石は博麗霊夢。皆まで言わずとも理解したようだ。

「そうだ。要点をはぐらかしてレミリア・スカーレットに運命操作を頼み込め。
ついでに屋敷に泊めてもらえれば、紫が来てもかなり時間が稼げるだろうしな」

レミリア・スカーレットと八雲紫の仲は、決して良いと言えるものではない。
霊夢を間に挟んだ二人の仲はさらに悪くなる。これを利用しない手はない。

「私の身の振り方は判ったけど、慧音の方はどうするの?」
「上手くことが運べば、明日の夜までに気づかれることはないはずだ。
壺の歴史を少し調べて、あとは普段通りに過ごすだけさ」

私が言うと、霊夢は表情を変えた。
少し暗く、険のある表情へと。

「慧音。助けてもらう私が言うことじゃないけど、紫相手にそんな甘い――」
「判ってるよ。だからな」

私は霊夢の目を見据えた。

「ヤツが明日の夜までにここに辿り着いたら、私は抵抗せずに壺を渡す。
それがお前さんを助けるための条件だ。私自身の安全のために、な」
「…………」

沈黙が私たちの間に降りる。
視線を合わせたまま数秒。先に口を開いたのは霊夢だった。

「……判った」

ふっ、と霊夢の表情が和らいだ。

「ま、そんなところが妥当な線よね。
そうならないように、せいぜいレミリアには頑張ってもらうわ」
「だが、レミリアが壺のことを知ったら紫と奪い合いになるぞ?」
「ちょっと、怖いこと言わないで」

私の冗談に、二人して笑った。


  ◇  ◇  ◇


「それじゃ、一旦帰って紅魔館に行くわ。壺の方はよろしくね」
「任せておけ」

最後にどうなるかはお前次第だが、とは口に出さないでおいた。

霊夢を見送り家の中に戻り、まずは壺を調べることにした。
中身については、おおよそアタリがついている。
『口噛みの米』に間違い無いだろう。
口噛みの米とは日本酒の一種――と言うより元祖――で、
製品・商品名ではなく、まさに“口で噛んだ米”のことだ。

酒は発酵、つまり『菌による“かもし(醸し)”』によって造られる。
ワインならブドウ。ビールなら麦。日本酒なら米をかもすわけだ。
さて、口噛みの米ということで、日本酒に焦点を当てよう。
米の場合は、米それ自体が即酒になるわけではない。
米のデンプンをA・オリゼーという菌が糖化させ、
その糖をS・セレビシエ等の菌がかもすことで、アルコールが発生するのだ。

この辺りの理屈は、以前香林堂で購入した“緑色の漫画”が判りやすく詳しいと思うぞ。

口噛みの米の場合は、デンプンを糖にする作業が菌ではなく“だ液酵素”によって行われる。
糖になった米は、上記と同じ様にS・セレビシエにかもされ、アルコールが発生する。
この時腐敗菌なども寄ってくるわけだが、アルコールによってそれらの菌は追い払われる。
そのため、口で噛み、吐き溜めた米が腐らないのだ。

「とはいえあのスキマ妖怪のことだ。菌以外に何か手を加えているかもな」

わざわざ他人の噛んだ米を酒にしようとする時点で正気の沙汰ではないが、
幻想郷においては『新ネタ』程度の意味しか持たない。
しかしその新ネタに何を仕込むか判らないのが、アレの怖い所の一つだ。

さて、まずは簡単に歴史を調べてみようか。


  ◇  ◇  ◇


お泊りセットの準備をして、風呂敷背負って博麗神社を出発。
途中でチルノと弾幕ごっこをしたら、紅魔館に着いたのはもう夕方だった。
私は門の前に着地する。

「ごめんくださーい。…………ん?」

反応ないなーと思ったところで、門柱に背を預け体育座りしている門番に気がついた。
近づいてみると、何やらブツブツ言っている。

「…たしは泣いた ただただ泣いた 『やっぱ弱いな』言われて泣いた……♪
私は泣いた 深々と泣いた 『中国』と呼ばれてまた泣いた……♪」

うお、歌ってやがる。しかもかなりネガティブな歌詞で。
どうせならネイティブな歌でも歌えばいいのにね、中国人らしく。

「…あのリババriv……あ、あれ? 侵入者!?」

ズザッと飛びすさる門番。

「遅いし、しかも侵入者じゃないわ。客よ客」
「嘘だッ!! あの黒白も、いつも自分のことを客って言う……!!」

うわ、目のハイライトが抜けてやがるわ。
周りをよく見れば、地面や塀に幾つか焦げ跡がある。
どうやら魔理沙が強襲済みだったみたいね。それでこの反応かあ……。
私は何も持ってない両手をひらひらと振って、

「ほらほら、弾幕りあう気は無いの。レミリアはまだ寝てる? ダメなら咲夜に取り次いでくれない?」
「え? ……っと、ちょ、ちょっと待ってなさい!」

屋敷へと小走りに向かう門番。
ん? なんかこっち振り向いた。

「わ、私がいなくなったからって勝手に入っちゃダメだからね!!」

ンなこたしないわよ。……ああ、魔理沙はやったのね。



門番が戻ってくるのをぼーっと待ってたら、眼前にナイフが突きつけられていた。

「手品とか、超能力とかじゃネェ……」
「? あなた何言ってるの?」

眉根を寄せる咲夜。どうやら時を止めて来たらしい。

「紅魔館の侍従長は客の出迎えにナイフを使うの?」
「あなたはね、現時点では頭に“招かれざる”が付く客なのよ、霊夢」

咲夜の表情は、……無表情。緊でも険でも、当然喜でもない。

「じゃあ今招いてもらえれば無問題ね。――今日泊めてくれない?」

咲夜の表情は変わらない。でも、心なしか不機嫌になったように見える。

「一体どういう風の吹き回しかしら。
あなた一人で泊めてくれなんて、今まで言いに来たことなかったじゃない」

うーむ、やはり警戒されている。

「貞操とか尊厳とかの危機なのよ」
「ますます意味が判らないわ……」

警戒が和らぐ様子は無し。
気は進まないけど、力ずくでレミリアのとこに通してもらうしかないかなあ……。
と思ったその時、

「ナイフを下げなさい、咲夜」

朱差す館の玄関前に、凛とした声が響き渡った。
咲夜は私を睨んだまま、無言でナイフを仕舞う。
玄関の方へ顔を向けると、日傘を斜めに持ったレミリアと、
何故か肩をすくめて歩いてくる門番が目に入った。

「中国、まさかあなたがお嬢様をお起こししたの?」
「ちッ、違います! そんな……」
「私が勝手に起きたの。中国に咎はないわ」

玄関で一緒になっただけよ、とレミリアがさらに付け足した。

「よく来てくれたわね霊夢。背中のは嫁入り道具かしら?」

アンタが婿かよ。

「最近はいろいろ平和だから、気まぐれに一晩泊めてもらいに来ただけよ。嫁入りはしないわ。
家族を増やしたいなら、魔理沙を婿養子、……む、婿甥?にでもしたら?」
「その予定は当分無いわ。具体的には五百年くらい。
ともかくまずは上がりなさい。歓迎するわ」

レミリアが屋敷へと振り返って歩き出す。咲夜は無言でその斜め後ろに着いた。
逆にこっちへ歩いてくる門番に、私は「お疲れ様」と一言かけて、二人を追った。


「おお霊夢。珍しいな、お前が紅魔館に来るとは」
「あ、ホントだ。久しぶり〜」
「黒白と紅白がここに揃うなんていつ以来かしら。……不吉ね」

通された部屋には、フランドールを膝に乗せた魔理沙と、魔道書を読むパチュリーがいた。
不吉と言ったパチュリーの第六感に感心しつつ、私はその言葉を受け流す。

「咲夜、私と霊夢の分のお茶を」

レミリアが言い終わった時には、咲夜はティーセットの揃った盆を持っていた。

「流石は種無し手品師」
「あなた、もうちょっと気の効いた台詞は言えないの?」

苦笑しながら、テーブルにカップを並べる咲夜。
魔理沙たちの分まで入れ替える辺りが『瀟洒』ってやつなのかしら。
レミリアは用意されたお茶を飲みながら、

「咲夜、食事の支度をお願い。ご馳走を揃えてね。
あっ、でも人肉はダメよ?」

チッという舌打ちが聞こえた気がしたけど、気のせいよね。

「おいおい、私とは随分対応が違うじゃないか」
「あなたは正真正銘の招かれざる客じゃない。フランやパチェの手前、入れてあげてるけども」
「なら立派な客だな。今日は私もメシ食ってくぜ」

ふと、『通いヒモ』という新フレーズが私の頭に浮かんだ。

「まさに 魔 理 沙 ……」
「ん、何か言ったか?」
「別に何も」


さて、私はのんびり茶ぁシバキに紅魔館に来たわけではない。
あくまでそれは目的に付随する副産物ってやつだ。うんきっとそう。
咲夜が去ってから数分。私は行動を開始した。

「ねえレミリア、ちょっと話があるんだけど」
「何かしら?」
「ここじゃちょっと。どっか二人で……」

そう言って立ち上がると、私以外の四人がビクッと体を震わせた。
……な、何で?

「え、ええわ判ったっわ。別の部屋にい行きましょう」

噛みまくりのレミリアが、ギクシャクした動きでドアへと向かう。
「お姉様がんばれー」とか「赤飯を厨房に頼まないと」とか聞こえるけど、
きっとスキマに幻聴の境界をいじられてるのね。うんきっとそう。


「それで、は、話って何かしら……?」

聞いてきたレミリアは、手でワイングラスを弄んでいる。それ一体いつの間に出した。
窓辺に立ち、既に暗くなった外を眺めるレミリア。私はその背中に、沈ませた声を投げる。

「実は私、……最近ストーキングされてるみたいなの……」
「ストーカー?」
「うん、多分。家にいても、視線を感じたり、物音が聞こえたり……。
ブチのめそうと思っても、誰もいないのよ……。
妖怪の気配は感じないし、妖夢に見てもらったけど霊の残滓も感じないって」
「それって、まさか……」

レミリアの声に苛立ちが混じる。ここが押し所だ。

「うん、紫……だと思う」

パキッ、と鋭い音を立てて、ワイングラスの脚が折れた。
気にせず、でも声はさらに落として私は続ける。

「そんな陰湿な悪戯するやつじゃないと思ってたんだけど……。
でも、マヨヒガに行って藍に聞いてみたら……」
「白状したの?」
「ううん、知らないって。でも、最近紫が変だって言ってた……」

バキャッ、と鈍い音を立てて、ワイングラスが握り潰された。

「お願いレミリア。頼れるのはもうあなただけなの。
私を、……守って……」

ブフッ、という妙な音と共に、レミリアの足元に血溜まりが出来た。
きっとスキマに幻視の境界を弄られてるのね。うんきっとそう。

「……わ、判ったわ。でも安心して霊夢。ここにいる限り、あなたには指一本――」
「違うの」

窓の外を見続けるレミリアの肩に、そっと手を置く。

「私の目の前で、あいつを懲らしめてやって」
「霊夢?」
「……あいつのことは、そんなに悪く思ってなかったわ。
でも間違いだった。こんな、酷いことをする奴だったなんて。だから……」

言葉に詰まる私の手を、レミリアがそっと取った。

「あなたが望むなら、今からマヨヒガにカチ込んだって良いわ」
「ううん。紫はきっとここに現れる。そんな気がするの。だから」
「皆まで言わずとも良いわ」

レミリアが振り返り、私の顔を、目を見る。
彼女の鼻の下には、赤い紅い二本の筋。
鼻血吹ききれてねぇよと突っ込みたくなったが、私は全身全霊で笑いを堪えた。

「今宵、紅魔館は血に染まるわよ。――八雲紫の血でね」



落ち着くまでここにいたらいいわ、と言ってレミリアは行ってしまった。

「……プフッ……」

我慢していたものを少し吹き出す。でも大爆笑は出来ない。
紅魔館がどれだけ立派な館でも、壁にえーりん障子にめーりん、
どこから『博麗の巫女が腹を抱えて笑っていた』なんて話が伝わるか判らないのだ。

「ともかく、これで第一段階は成功ね……」

レミリアの性格上、紫とはタイマンでガチるだろう。
咲夜が勝手に手を出す可能性はあるが、まあそれはそれだ。
紫の差し入れ自体は有り難かったが、その後の行いは限度を超えている。キモすぎる。
それに、ちょっと私が頼み事をしたくらいで鼻血吹くレミリアもキモい。
竜虎相討つとまではいかなくとも、ちょっくら痛い目にあってもらうとしよう。

「さて、久しぶりに来たことだし、レミリアに屋敷の案内でもしてもらおうかしら」

勿論、逃走経路のチェックを兼ねてだ。




襲撃は意外と遅い時間に行われた。

夕食のメインが既に下げられ、デザート待ちの場が和むひと時。

「いやあ食った食った。やっぱ大勢で食べる飯は美味いなあフラン?」
「うん! 魔理沙も毎日来ればいいのに」
「取って行った魔道書を返しに来るなら立ち入りを許可してもいいわよ」

両脇に少女(少なくとも見た目は)を侍らせた魔理沙が、いつもの調子でくつろいでいる。
いつもレミリアがどう対応するのかは知らないけど、
今日のレミリアにとって魔理沙なんかどうでもいい人物らしい。
食事が始まる前からずっと熱っぽい目で見られて困る。
お陰でおかわりが三回しか出来なかったじゃない、全く。

「ねえ咲夜、今日のデザートは何?」
「今日はですね――」


「レミリア・スカーレットのスキマ和え、なんてどうかしら?」


声の主は上から現れた。
ふよふよと漂いながら降りてくるのは、勿論あの忌々しき――

「こんばんは八雲紫。飛んで火にいる虫とは良く言ったものね」

即臨戦態勢に入った咲夜とは対照的に、気楽な調子でレミリアが答えた。

「魔理沙、フランを部屋に連れて戻って一緒に遊んであげて。客人の義務よ。
パチェはこの部屋全体に結界を張ってちょうだい。頑丈なのをお願い。
咲夜はナイフを仕舞って下がってなさい」
「お言葉ですがお嬢様。
侵入者の退治に先にお嬢様に出られたとあっては、紅魔館侍従長の名折れです」
「いいのよ咲夜。今宵の私は紅魔館の主としてではなく、一人の女として闘うのだから」

立ち上がるレミリアの周囲には、彼女の闘気による陽炎がゆらめいている。

「……フラン、邪魔しちゃいけない。一緒に行こう」
「えーでもお」
「フラン。今日のレミリアは本気だ。あれはただ単に猛っているんじゃない。
一人の女として、人生を背負って闘う気だ……」

名残惜しげなフランドールの手を引っ張って、魔理沙が部屋を出て行った。

「レミィ。結界なら私よりもそこの専門家に頼んだ方が良いんじゃない?」
「ダメよパチェ。霊夢の手を煩わせることは私が許さない。紅魔館の主として命じるわ」
「アンタさっきは一人の女っていったじゃないの」

レミリアの言動をいぶかしむ様子のパチュリーだったが、結局あっさりと頷いた。

「仕方ないわね。その代わり、貸し一つよ」
「その程度の小事、構いやしないわ」

そしてパチュリーが結界を張る間、メイドにより室内の物が運び出される。
大体の家具が持ち出された室内は、弾幕ごっこには十分な広さを持っていた。

「……霊夢、あなたお嬢様に何吹き込んだの?」
「レミリアの不利益になることじゃないから安心して」

嘘はついていない。

私と咲夜、それにパチュリーが見守る中、レミリアと紫が部屋の中央で向かい合った。

「ねえレミリア。やる気満々のところ悪いけど、用があるのは霊夢の方なの。どいてくれない?」
「人の家に土足で入り込んできて言える台詞?
霊夢に用があると言うのなら、まず私に話をつけなさい」
「話をする気なんか無いじゃない」
「そうよ。だから――」

レミリアが靴を脱ぎ捨て、背の翼を広げ、腕を振りかざす。


「――肉体言語にて、語らせてもらうわッ!!」


ドバアアァァァンッ!! という書き文字が一瞬見えた。
そう錯覚させるほどに、レミリアの周囲に気が満ちている。
……つーか弾幕ごっこじゃないんかい。

「お嬢様があれほど本気になるなんて……」
「レミィの喧嘩を見るのなんて何十年ぶりかしら……」

ギャラリー二人の言葉から察するに、やっぱり今日のレミリアはヤバいらしい。
だけど紫は平常心を保っている。少なくともそう見える。

「……ステゴロタイマンなんて、何百年振りかしら……」

地上に降り立った紫は、傘をスキマに放り込み、そのスキマを閉じた。
両腕を下げたままのその姿勢は、自然体とも違うし、でも構えには見えない。

「霊夢をいぢめる前の丁度良い準備運動になりそうね。
さあ、かかって来なさい」
「ほざけるのも今のうちよ。――霊夢! そこで私の華麗なる勝利を見てなさい!!」

言い終わると同時、レミリアが神速でもって紫に飛びかかる!
その瞬間、見えないゴングが確かに鳴らされたのだ!!


  ◇  ◇  ◇


「……始まったか」

歴史を見るまでもない。これほどの闘気のぶつかり合い、意識を向けるだけで判る。
いや、だがこの闘気は弾幕ごっことは違う。
かといって霊力を全開にしてのぶつかり合いでもない。
気になった私は、戦闘開始の少し前の歴史を見てみることにした。

「…………まさかステゴロとはな……」

呆れつつ、ふと、今朝見た夢の妹紅と輝夜もステゴロだったのを思い出した。
正夢、ということもないだろうが、一応見に行くことにしよう。
しばらくやりあう気はないと先日妹紅が言ってたが、あいつも輝夜も気まぐれだ。
念には念をということで、私は壺を押入れにしまい家を出た。
紫の方は、あの調子だと夜明けまでは殴り合ってるだろう。


  ◇  ◇  ◇


「いっけえぇぇッ! そこですお嬢様ッ!!」
「レミィ腰よ! 腰の回転を使うのよ!!」

「――シュッ!!」

ギャラリーの声援を受けながら、レミリアがデンプシーロールを放った。
小柄な体躯を振り子の運動量で何倍も大きく見せ、ひねりの入った重いパンチを連続して紫に放つ。
だが、紫は左手一本でそれを受け流す。スキマを使っている様子は無い。
これは技量の差? それとも――

「ぬるいわねえレミリア。この程度が全力だとしたら絶望しちゃうわよ?」
「こんなものっ! 準備運動! よっ! ――ハァッ!!」

デンプシーロールの勢いをそのままに、レミリアはその場で高速スピン。そしてジャンプ!
トリプルアクセルを決めながら繰り出されるのは、超高速のローリングソバット!

パアンッ!! という肉同士のぶつかる音。
紫はソバットを交差させた両腕で受け止めていた。

「右手を使う気はなかったんだけど、――ねッ!!」

予備動作無しのチョッピングライト!?
妖怪ならではのスーパーパンチを、レミリアは一歩後ろに下がるだけで避ける。

「寝てばっかりいて動きもノロくなったんじゃない?」

レミリアの挑発に対し、紫はトントンと自分の頬をつついた。
そう、レミリアの頬には一筋の傷が付いている。

「――おっお嬢様の顔に傷が!? ああ、なんてことを……」
「レミィがステゴロで出血するなんて、何百年ぶりかしら……」

咲夜がショックのあまりガックリと崩れ落ちた。
一方のパチュリーは、この攻防を見逃すまいと集中力を増したらしい。
レミリアは、手に付いた血をペロリと舐め、……笑った。

「やっぱりあなたね、八雲紫。私が本気を出す相手は、あなたみたい……」
「御託はいいから来なさいってば。――お・じょ・う・ちゃんっ」

あからさま過ぎる侮蔑の言葉に、しかしレミリアは動いた。
さっきまでは私の目で捉えられた攻防も、もうほとんど見えやしない――


  ◇  ◇  ◇


「あれ、慧音。こんな時間にどうしたの?」
「なに、ちょっと来てみただけさ」

竹林奥の妹紅の住処に行ってみたが、別にどうということはなかった。
安心したのは確かだが、どこか拍子抜けしたのも事実だ。

「あっそうだ、慧音夕飯もう食べた? まだなら作ってよ」
「なんだまだ食ってなかったのか? 私はもう食べたよ」
「えーじゃあ私の分だけでいいから作ってよ」
「ったく、お前って奴は……」

と言いつつ、結局作ってしまう私。
甘いなあ……。

「っかあー美味い! やっぱ私が作ったのより慧音のが美味しいね!」
「褒めても何も出ないぞ」
「まったそんなこと言っちゃってーうりうりうり」
「……なあ妹紅、もしかして酔ってないか?」
「酔ってないよ? ちょっと飲んだだけー」
「それを酔ってるというんだろうが。
ほら、とっとと食え。食わんなら下げるぞ」
「けーねのいじわるー」
「うるさい、お前が飲んだんなら私も飲むっ」

台所道具の置き場どころか、酒の置き場も私は知っている。
戸棚を開け瓶を取り出すと、……中身が随分減っている。
アルコールの匂い、そんなに感じなかったんだけどなあ……。

「ごちそーさまでしたー」

能天気な声が無性に恨めしい。
ええい、こっちはあのスキマ妖怪を敵に回すのかもしれないんだぞっ!

ムカついたので、瓶の中身を一気飲みした。

「わお、良い飲みっぷり。でも慧音、私の分まで飲んじゃダメじゃん」
「もう酔っ払ってる奴が何を言うか」

このくらいは許せぃ妹紅。

「じゃあ酒代ってことで、今日泊まってってよ」
「……はぁ? お前何を言ってるんだ?」
「だって明日満月でしょ。慧音、満月の時は会いたくないって言うから、
だから今日のうちに、……ね?」

私がじゃなくて、お前が会いたがらないんだろうが。都合よく記憶を改変しやがって。
しかもなぁにが「……ね?」だ! そんな仕草に、そんな仕草になあ!!

「――妹紅、今夜は寝かせないぞ?」
「やぁん、慧音ってばぁ……」

釣られるに決まっているじゃないかッ!!


  ◇  ◇  ◇


不可視の域まで達した喧嘩は、日付が変わっても延々続いたらしい。
らしいってのは、どうせ見えないからと観戦をパチュリーに任せ部屋の隅でごろ寝したからである。
ソファーなりベッドなり持ってきてもらえればよかったが、
咲夜はハンカチを噛みながらレミリアを見つめるだけで、ぶっちゃけ役立たずになってた。
そして私は、空が白み、太陽がもうすぐ出るだろうという頃合に起きたのである。

「良いタイミングで起きたじゃない霊夢。恐らく次が最後の一発よ」
「さいですか」

パチュリーの目は充血し、浅黒いクマに縁取られている。
病弱らしいのによくぶっ倒れなかったもんだ。それだけスゴい闘いだったんだろうけど。
ちなみに咲夜は椅子に座り、真っ白に燃え尽きていた。
闘ってんのはあんたじゃないでしょうに。

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
「ゼェッ……息が上がってるじゃない、やっぱり歳のせ、ウェッゴホゴホッ!」
「小娘が、抜かしといてそのザマじゃない……ゲホッゴホッ……」

レミリアも紫も、本当に息が荒くなってる。弾幕ごっこでは見せたことの無い姿だ。
服は破れ、肌には青アザが浮き、顔には相手の拳による切り傷が無数にある。
これが、ステゴロタイマン……。

「……来なさいレミリア。決着をつけましょう」

紫が拳を顔の高さに構える。

「……望むところよ紫。夜も明けるし、眠らせてあげるわ」

レミリアが右拳を引き、腰を落とす。


 「「――――いざッ!!!」」



打撃音が二重に聞こえた。鈍く重たい、原始的な音。
そう、二人の拳はどちらとも相手を捉えていたのだ。
宙に浮いたレミリアの短い腕が紫の左頬を捉え、
その腕の外側を回って紫の左拳がレミリアの右頬を捉えていた。

「……クロス、カウンター……ッ」

パチュリーが膝から崩れ落ち、呆然と呟く。
あんだけリーチに差があってクロスも何もあるかいと思ったけど、私は口には出さなかった。
水を差すのがはばかられる、まるで一枚の絵のような決着の構図だったからだ。

先に崩れたのはレミリアだった。
着地した瞬間、ぺたんと尻から座り込む。足にきているのか、余力がもう無いのか。
紫が勝者か――そう思った瞬間、紫はよろよろと数歩下がり、こちらも座り込んだ。

「……ふっ……」
「……はっ……」


「「――あっはははははははははは…………」」


「な、何!? 二人とも壊れたの!?」

急に声を揃えて笑い出した二人の不気味さに、私は思わず後ずさった。

「いいえ違うわ。あれこそ『週間BOYS飛翔』の伝統の一つ、――“友情”よ!」
「友情ぉ!? あの二人が!?」
「ええ、間違い無いわ。河原で日が暮れるまで殴りあった二人は、固い友情で結ばれる。
それと同じことが、今、朝焼けに包まれる紅魔館で起こったのよッ……!!」

まるで笑う二人の熱気が移ったかのように、熱い解説をしてくれるパチュリー。
でもアンタ口から熱い血潮がこぼれてるから。

「――やるわねレミリア。こんなに汗をかいたのは何十年ぶりかしら」
「紫こそ大したものよ。よっぴいて殴りあって、こんなに気分が良いのは初めて……」

二人の目が合い、そして、どちらともなく手が差し出される。

二人は、固い握手を交わした。

「うぅっお嬢様ぁぁ……。激しく、激しく感動いたしましたああぁぁぁぁ……」
「終わり良ければ全て良し。All’s well that ends well、ね」

いつの間にか復活した咲夜は涙をハンカチでぬぐい、
口から血の筋を垂れ流すパチュリーは綺麗な台詞で場を締めた。

私も、目の端に浮かんだ涙をそっと指でぬぐいとった。
でも、この涙は感動の涙じゃないわ。床にゴロ寝で熟睡できなかったせいだもの……。



拳を交わした二人に友情が生まれ、ギャラリーが感動に包まれるこの空間。
ここと外界を隔てる扉が、無粋な音と、そして声と共に開かれた。

「よっ、おっはよぉさーん! なんだお前ら皆徹夜か? 不健康だなあ全く。
おっとレミリア。フランはちゃんと寝かしつけてきたから問題無いぜ?」

あーそーいえばコイツもいたわねえ、という十の視線が魔理沙に集まった。

「ねえパチュリー、結界はどうしたのよ」
「アレは室内のエネルギーを外に漏らさないためのものだもの」
「さいですかい」

「しかし、ぐうたら妖怪の紫まで随分はしゃいでたみたいじゃないか。珍しいことばっかだぜ」

テメエ場違いなんだよという無数の視線を気にすることなく、魔理沙は喋り続ける。

この時、魔理沙の口を封じなかったのは私の最大のミスだった。


「ところで、紫は何で紅魔館まで出てきたんだ?」



やべぇ逃げなきゃ。

「そう言えばあなた、霊夢に用があるって言ってたわね」

はやく逃げなきゃ。

「うーん、でもレミリアが許してくれなかったし……」

とっとと逃げなきゃ。

「それは謝るわ紫。用件も聞かないうちに追い出そうとして、私失礼だった」

友情に浸っているうちに逃げなきゃ。

「元々押し掛けてきたのは私の方よ。レミリアが謝ることはないわ」

奴らが談笑してるうちに逃げなきゃ。

「じゃあ、おあいこってことにしましょ。霊夢もまだいることだし、ほら、用件を――」


「――――ルェッツ逃走ッッッ!!!」


「霊夢、ちょっとどこに行くの!?
レミリアお願い、霊夢を捕まえるのを手伝って!」
「任せて紫!
――咲夜! 手の空いているメイドを全員招集! ついでに門番隊も!
霊夢を捕らえて私たちの前に連れてきなさい!」
「了解ですお嬢様ッ!」
「文字通り、朝飯前の運動ってやつだな? よっし私も手伝ってやるぜ!」
「全く、元気な黒白ね。……ゲホッゴホッ」

後ろから色々聞こえてくるけれど、
もう廊下にメイドが配置済だけれど、
ていうか中国来るの早すぎだけれど、


「――私の邪魔をッ、するなあああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


  ◇  ◇  ◇


チュンチュンという雀の声で、私は目を覚ました。
竹林に雀というのも変だし、朝まで起きてた夜雀の声かもしれない。

「ま、些細なことだな……」

横に寝る妹紅を起こさないように、そっと布団を出る。
昨日は夢の反動のせいか、その、色々と激しくしてしまったからな。
朝飯の方は、昨日作った味噌汁が残っているから大丈夫だろう。
私は服を着ると、音を立てないようにして家を出た。
こういうシチュエーションでは、男は黙って先に帰るものだ。いや私は女だが。


朝もやの中をゆっくり飛んで、我が家へと辿り着いた。
と、そこで気づく。

「しまった、私の朝飯は無いじゃないか……」

昨日の残りは何があったろう。疲れてることだし、簡単に済ませたいが……。
しょうがないので適当に朝飯を作っていたら、玄関の戸がトントンと叩かれた。
朝早くから一体誰だ?

「はいはい、どちらさんで、――うおぉっ!?」

戸を開けると、そこには手を縛られた霊夢に、八雲紫、レミリア・スカーレットがいた。
いや、その後ろには十六夜咲夜に霧雨魔理沙までいる。

「上白沢慧音。ホシは全部吐いたわ。大人しく壺を出しなさい」
「れ、霊夢……お前、捕まってしまったのか……」

霊夢はうつむき、何も言わない。
紫とレミリアの服がボロボロなのを見るに、よほど抵抗して、それでも捕まってしまったのだろう。
しかし、レミリアが紫と手を組むとは一体何があったんだ? これは是非歴史を見ないと……。

「慧音、ちゃんと聞いているかしら?」
「あッ、ああ……。とりあえず上がってくれ、玄関先にいる必要はあるまい」

こんな面子相手に抵抗するのは無謀としか言えない。
霊夢には悪いが、身が惜しいというのは最初に言ってあるから問題無いはずだ。

「この人数だと少々狭いが、それでもいいな?」
『お構いなく』



茶を淹れようかと言ったが、咲夜にやると言われてしまった。
なので大人しく壺を出す。

「こっこれがブツなのね……」

ゴクッと生唾を飲み込むレミリア。その後ろで霊夢が泣いている。

「ええ、造るのに苦労したわ。でも発酵は早めてあるし、ちょうど飲み頃のはずよ」

ジュルリと生唾を飲み込む紫。その後ろで霊夢が泣いている。

「後学のために是非ご相伴に預かりたいぜ」
「お嬢様の前に、まず私が毒見いたしますわ」

魔理沙は手で、咲夜は瀟洒なハンカチで垂れる唾をぬぐった。
当然、その後ろで霊夢が泣いている。

「腹をくくれ霊夢。元はといえば、紫から食料を貰ったのが始まりだったんだ。
自業自得と言えなくもない……」

霊夢が泣いている。だがスマン、これ以上かばうことも、慰めることも私には出来ん。
私が慰めるのは妹紅だけだからな。

「それじゃ、開けるわよ……」

私が包んだ紐を紫がほどき、蓋を取る。
そして霊夢以外の全員が中を覗き込んだ。

すると――――


『いやぁ、変わった味だけど美味い酒だねぇッ!』


萃香の“群れ”が酒盛りをしていた。



  ◇  ◇  ◇



『文々。新聞 第百○○季 弥生の○』

三月○日の早朝、人間の里の近くに住む上白沢慧音氏の家が
謎の異常なエネルギーにより全壊しました。
この件について、慧音氏及び関係者とおぼしきレミリア・スカーレット氏、
八雲紫氏に取材を行いましたが、コメントは『酒……』の一言のみでした。

また、記者宅にこの件について匿名の投書が寄せられていました。曰く、
「私は酒飲みのカンに従って動いただけよ。
あと、えーっと、“青い鳥”だっけ? そんな感じ」
……だそうです。

また、事故現場に博麗霊夢氏が転がっていたとの未確認情報もあり、
そちらの方にも取材に伺いたいと――――
読んでくれた方、ありがとうございました。今から読む方、よろしくお願いします。

当人達は大真面目なのに、どう見ても勢い重視のスラップスティックコメディです。
ともあれ、平和が一番ということで一つ。


4/15 数箇所加筆修正。

こんぺ終了ということで、コメントを下さった皆さん、ありがとうございました。
初東方SSだったもので、二週間経った今ではぶっちゃけ不満だらけの文章です。
後悔先に立たずということで、次にこんぺや創想話に投稿する際はもっと質を上げたいと思います。
改めて、読んで下さった全ての方、ありがとうございました。

ちなみに、口噛み酒の資料に使った漫画は『もやしもん』です。
らくがん屋
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/25 06:53:58
更新日時:
2006/04/18 16:28:55
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 9 月影蓮哉 ■2006/03/25 17:36:49
大笑いしました。どうしてくれる(ぇ
2. 6 S某 ■2006/03/25 21:58:30
出だしで引きかけましたが……読み終えておいてよかった。
まあ、霊夢でもお手上げだった壺のなかに、どうやって萃香が侵入したのかは気になるところですが。
3. 5 爪影 ■2006/03/28 17:22:44
今日も平和……平和?
4. 7 名前はありません。 ■2006/03/31 21:19:10
オチで笑いました
5. 7 つくし ■2006/04/02 15:12:38
小鬼が全部持っていったーッ!?(ガビーン)
口噛み酒は古くから主に巫女が作るものだったそうですね。私も考えてはいましたがこうくるとは(笑)。感服。ごちそうさまです。
6. 6 Fimeria ■2006/04/04 01:22:58
caved!!の行で噴出したのは私と貴方だけの秘密ですよ?

紫とレミリアの異常な程の愛と演技派で冷たい霊夢に腹を抱えました
ゆかりん行動キモイよ?レミリア鼻血キモイよ?

コメディに見受けられる読者を混乱させる視点の激しい変更も無く、ちゃんと段落によって変えられているため混乱することなく笑えました。

以上の点により6点をつけさせていただきます。
7. 5 水酉 ■2006/04/05 07:58:28
萃香恐るべし。まあ現実でも酒飲みの酒に関するカンって、
確かに凄いものがあるような気はしたり。
8. 7 おやつ ■2006/04/05 21:04:37
やっべぇこれテラワロス。
しっかしお嬢はいいとして、ステゴロでタイマンやる紫様というのもシュールなもんですなw
9. 4 藤村琉 ■2006/04/07 02:03:36
 生理的にちょっとアウトかもしれず。歴史的にそういうものがあったのは事実でしょうが、それを性的な方面に結び付けるとどうも背筋が痒くなってしまいます。
 あとは、少しキャラが多かったというところ。魔理沙とフラン辺りがほとんど話に関わっていません。
 萃香が伏線になってちゃんと落としてきているのは好印象。
10. 9 ■2006/04/09 03:32:20
スデゴロ噴きましたwそして最後のオチがナイス!
11. 7 かけなん ■2006/04/10 18:25:20
うほっ、いいカオスっぷり
12. 6 papa ■2006/04/11 02:05:07
オチはなんとなく予想していたのですが、まさか、そっちのほうとは・・・。

視点移動の使い方が微妙な気がします。これなら、三人称表現のほうがよかったかも。
13. 5 MIM.E ■2006/04/11 21:41:15
酷い展開だwww しかし慧音が一番とぼけてる気がした。
泣け霊夢。
14. 8 NONOKOSU ■2006/04/12 02:34:54
酒を求めて旅立った萃香が、そう繋がるとは!
15. 5 とら ■2006/04/12 04:52:19
誰か打算抜きで霊夢に食料をあげてやって下さい……
16. 3 二見 ■2006/04/12 20:38:42
コメディなのか何なのかコンセプトがよく分からない感じがしました。
勢い重視にするならば、もっと畳み掛けるように
すっ飛ばしちゃってもよかったのではないかと思います。
17. 8 K.M ■2006/04/12 21:14:57
全力コメディ。
変態達は救われないけど、まともな人はすくわれるっぽいな・・・足を
18. 5 床間たろひ ■2006/04/12 21:56:03
あっはっはw
オチがナイス。あと殴り合って友情ってのが、少なからず俺の根っこの部分を揺さぶった。王道とは何時の時代も輝ける故に王道なのだw
19. 7 ■2006/04/12 22:42:09
究極の酒は、すぐそこにあったのですね。
妹紅関係では本音まっしぐらな慧音がかなりステキw
20. 5 反魂 ■2006/04/12 23:04:12
殴り合いの後の固い握手、これは良い女の漢達ですね(何

…こんだけやっといて、平和が一番もクソもあるかいw
21. 6 椒良徳 ■2006/04/12 23:40:25
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード