鶏尾幻話

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 07:14:44 更新日時: 2006/03/27 22:14:44 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 気が付くと私はバーのカウンターテーブル席へ腰掛けていた。
 慌てて周りを見回すが、直方体のこの場所には自分以外の誰も居なかった。
 さらに注意深く観察し…一つの違和感に気付いた。
 周囲に誰も居ないのも妙だが、さらに奇妙なことにこの部屋には出入り口らしきものが一切無いのだ。
 自分の居るカウンター席の正面には棚がありそこには酒壜が所狭しと並べられている。
 正面以外の三方は全て白い漆喰の壁で覆われていた。
 テーブルや椅子がいくつかあるものの、全ての椅子はテーブルの上に置かれていた。
 天井と床は総板張りであり、無人のピアノが奏でる曲を不気味に反響させていた。
 シーリングファンが回っているものの、空気は微妙に生暖かかった。

「ようこそ、BAR『X・Y・Z』へ」

 カウンター席の後ろを向いている時に、カウンター席の方から声をかけられた。
 先ほどまで人の気配が全くなかったのに、と訝しみつつカウンターの方へ向くと、そこには一人の男が居た。
 使われている照明が指向性のためかバーテンダーの服装しか見えず顔が判別できないのだが、確かに人だった。

「ここは何処なの?そして貴方は誰なの?」

 まず質問する。
 しかし男は聞いているのかいないのか自分の語りを止めなかった。

「ここ、『X・Y・Z』はその名の通り最後の場所。最後それすなわちここの先はもうありません」

 朗々と、詠うように男は言の葉を紡ぎ続ける。
 身振り手振りを加えるものの、相変わらずその顔は見えない。

「逆に言えば、ここでならばまだ先を変える事が出来ます」

「私に…何をさせたいというの?」

 相手の意図は未だ不明だが、何かを選ばせようとしているらしい。
 そう判断し、相手の次の言葉を待つことにする。

「実に話が早い。私はアナタにコレを飲んで頂きたいのですよ」

 男は腕を後ろに回した。
 そして前に持ってきたとき、その手には一杯のカクテルが握られていた。

「酒というものはネクタルの昔より神秘を秘めてきました。当然混合酒にも神秘性があるといえましょう」

 カクテルをカウンターに置き、再び大仰な手振りを加えて話を続ける。

「そういえば、カクテル(cocktail)は‘鶏の尻尾’から来ていると言う説もありましたね…あなたは鳥ですか?」

 判りきった事を聞いてくれる。私のどこが鳥というのか。
 鳥に近いのは話の中だけだ。

「話が逸れましたね。このカクテルの名は『コープス・リバイバー(corpse reviver)』といいます」

 急に手振りなどの動き一切を止め、冷たく言い放つ。

「意味は『死者を甦らせる物』です」

「……」

「ここまで言えば判るでしょう。名前には‘言霊’というものがあります。そしてこの場所でならば、その力はさらに強まります。
 …アナタは、アナタの見捨てた方々を救いたくはありませんか?」

 ここが何処なのかは相変わらず判らない。
 しかし、判ったことが一つある。
 ここでは、カクテルを飲むことでその名が具現化するらしい。
 つまり、この一杯を飲めば見殺しにした大勢が…

「罪を意識し生きることはまさに罰でしょう。
 しかし、罰せられているという安堵から罪をつぐなう気持ちを失っていたりはしませんか?」

 思わずゴクリ、と喉がなる。
 どうしようもなく、喉が渇いている。

「罪を贖う気持ちを忘れることがあるくらいなら、いっそ罪自体を消すというのもいいと思いませんか?」

 たった一杯のカクテルを前に、逡巡を繰り返す。
 私の選ぶべき道は…





「別のカクテルを…作ってください」

 私の選ぶべき道を決め、私はオーダーを出した。

「ほう、別の道を所望しますか。
 かまいませんよ。自分のみが楽園へと行き着く『アルカディア(arcadia)』でも作りますか?」

 再び大げさな手振り付きの発言をする。
 だが、私の選ぶ道は決まっている。もう迷うことは無い。

「『ブルー・ムーン(blue moon)』をお願いします」

「ほほう。月が忘れられませんか。良いでしょう」

 男は『コープス・リバイバー』を持ち、その手を後ろにやった。
 再び手が前に来たとき、そこには別のカクテルが握られていた。

「さぁどうぞ。懐かしき月への旅路を」

 私は、一気にそのグラスを空けた。
 男は、黙ってそれを見ている。
 私が飲み終わって暫くしてから、ようやく男は口を開いた。

「何故『ブルー・ムーン』を選びましたか?」

「『ブルー・ムーン』にはこういう意味があるらしいですからね」

 カウンター席に背を向け、席を立つ。

「『できない相談』という意味が。
 死者を生き返らせる道も、無かったことにする道も、私に選ばせることは不可能です」

 その一言と共に、世界が罅割れた。

「何故ですか!何故罪を消す道を、罪を忘れる道を選ばないのですか!!」

 男は、どうしようもなく狼狽した声を上げた。
 しかし、もう男に用は無い。

「以前会った閻魔様が言っていました。過去の罪と向き合わなければ全く意味がない、と。
 さっきあった二つの道は、どっちも‘今’の私ではなくなる道です。
 それでは、別の私が救われても‘今の’私が救われたことにはなりません」

「しかし、しかし…」

 皹から崩壊しかけた部屋で、男はまだ何か言おうとしている。
 実に見苦しい。

「罪を消すことは罰にならない。罪を背負い裁かれることで清算されるのですよ。
 私は、どんなことになろうとも慎んで裁きを受けるつもりです」

 世界が、崩れ去る…





「鈴仙、ちょっと大丈夫?」

 目を覚ますと、そこは見慣れた永遠亭の一室だった。
 シェーカーやらバースプーンやらゴブレットやらタンブラーやらが乱雑に散らかっている。

「ええ、大丈夫です」

 そうだ思い出した。
 私は姫の「カクテルを作ってみたい」という提案に付き合って、毒見役…じゃなかった、味見役をやっていたのだ。

「姫ったら、隠し味とか言ってあんなものまで混ぜるなんて…」

 私が飲んだカクテルには、心の中を見つめる薬とかが色々入っていたのだそうな。
 師匠秘蔵の薬を、姫がいつの間にか持ち出したらしい。

「ホントに大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと夜風に当たってきますね」

 冷たい空気を浴びたいのは事実だったので、永遠亭の外へ出る。
 空には、青い青い月が浮かんでいた。

「私は…この罪から逃れられない」

 きっとあのバーは、裁きを避けようとする私の心の弱い部分だったのだろう。

「私、は…」

 反省だけでは駄目であり、後悔は以ての外だと以前閻魔様に聞かされた。
 私は裁かれるだけのことをしたのだ。ならば、きっちりと裁きを受けようじゃないか。
 その時まで、ずっと、ずっとこの罪を背負って生きていよう。と、私は改めて心に誓った。
『X・Y・Z』『コープス・リバイバー』『アルカディア』『ブルー・ムーン』は全て実在するカクテルだったり。

カクテルの薀蓄が骨格の話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
K.M
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投稿日時:
2006/03/25 07:14:44
更新日時:
2006/03/27 22:14:44
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1. 8 反魂 ■2006/03/25 16:56:24
静けさに包まれたバーのカウンターで、バーテンダーと二人。
カクテルの水面に映るは、消えざる罪人の過去……
う〜ん、夢幻的で良い雰囲気だあ。
2. 4 月影蓮哉 ■2006/03/26 09:03:09
「X・Y・Z」はcranky氏の曲を思い浮かぶ自分が来ましたよ(ぇ
姫様は隠し味といって蓬莱の薬を混ぜそうですが(何
3. 6 爪影 ■2006/03/29 10:54:55
お酒に映るのは、過去(むかし)か現在(いま)か、その未来(さき)か。
4. 2 名前はありません。 ■2006/03/31 21:49:15
良いのですが、半角記号や一般に使われない記号の使用が気になりました
5. 5 つくし ■2006/04/02 15:38:15
お酒と鈴仙の過去を上手く絡め、洒落が利いていて非常に楽しめました。ごちそうさまです。
6. 5 水酉 ■2006/04/05 08:56:02
鈴仙の心が、一杯のカクテルのように身に染みるお話でした。
7. 5 おやつ ■2006/04/05 21:22:05
頑張れ咎兎。
8. 5 藤村琉 ■2006/04/07 02:06:28
 アイディアと展開の運びは秀逸なのですが、うーん、もうちょっと練りこんで粘ってほしかったかなあ。途中で何か風呂敷包みを小さくまとめてしまった感じがしました。カクテルの名前ネタはもっとかぶると思ったのですが、意外に数は少なく印象には残りましたが。
 薀蓄を絡めるなら、もっと数を出して人海戦術に出た方がよかったかも。あと、バーテンの男も既存のキャラを流用するなりすれば、単によくわからんオリキャラを出すよりはすんなり話に引き込めそうな気が。
9. 6 papa ■2006/04/11 02:06:25
いい鈴仙の話ですね。閻魔の説教でしっかり成長しているところとか、好感が持てました。
10. 4 かけなん ■2006/04/11 14:11:05
うーむ、鈴仙の決意は堅く
11. 6 MIM.E ■2006/04/11 21:39:56
短いけれど、鈴仙の罪に対する意識がきちんと描かれていて
カクテルへの例えも面白く良いSSだと思いました。今の私がきっちりと裁かれる。
逃げ道は無く当たり前のこと。酒を飲んでいろいろ考えるのも乙だと思いますね。
12. 9 ■2006/04/11 23:15:58
いいですね、この雰囲気。夢か現かわからない、そんな不思議な場所らしい。
13. 4 NONOKOSU ■2006/04/12 01:54:29
カクテルは、キツイ酒でもすっと飲めるところがおいしく、そして恐ろしい。
14. 1 木村圭 ■2006/04/12 03:02:53
あっさりしすぎだと思います。展開の早さもそうですが、最初から結論を出してしまっている鈴仙が特に。
これだけ考えをまとめている鈴仙に変な薬を飲ませる意図もよく分かりません。
15. 6 とら ■2006/04/12 04:40:21
酒にすら逃げられぬとはまた不遇な。
16. 3 床間たろひ ■2006/04/12 21:29:20
カクテルの名前って、詩的で素敵なものが多いですよね。
名前に惹かれて頼んでみれば、ヤバいくらいに強いのがあって、次の日酷い目にあったりw
罪と向かい合う決心をした鈴仙の心意気に乾杯!
17. 6 椒良徳 ■2006/04/12 23:41:19
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
18. フリーレス K.M ■2006/04/18 17:24:55
「読んでくださった皆様、ありがとう御座います。」
と、まずは読者の方々全てに対してお礼の一言を。

この作品は、このこんぺに投稿したもう一作を執筆しているとき
不意に思い出した「ブルー・ムーン」の知識を発端としています。
「ブルー・ムーン」から「月→兎」と連想し、そこに「名は体を表す」と言う諺が加わり、
この作品のプロットがワリとすんなりと決まりました。
もう一つの作品を書くに当たってお酒について色々調べた際、
カクテルの辞典を読んだりもしたため、カクテルの名が即座に色々浮かんだのは儲け物でした。

ホントはタイトルを「Blue blue glass moon,under the crimson air」にしようとか
「空想具現化」と言う単語を入れようとか考えた事もありましたが、辛うじてそれは思いとどまりました。
…流石に悪乗りっぽいので。

それでは、前回に引き続きお礼を兼ねて投票者様へコメント返しをさせていただきます。

>椒良徳さん
お待ちしております

>床間たろひさん
酒に弱い私は、専ら「シンデレラ」や「シャーリーテンプル」のようなノンアルコールばかり飲んでたり
そんな私でも「マルガリータ」や「モスコー・ミュール」に憧れる時もあります
やっぱり名前の響きは大事ですよね…と書きつつ、一部カクテルのように強い月の兎に乾杯

>とらさん
罪を忘れては贖罪もなにもありませんからね
しかし、自分で選んだ道なれば後悔することはきっと無い…と私は思います

>木村圭さん
前回で読みにくさを指摘されたので、今回は意識してみたのですが…結果、
角を矯めて牛を殺す事になってしまったかもしれません。無念
あと輝夜が鈴仙に薬を飲ませた意図ですが、ただ単に姫の気紛れです
輝夜は深い意味も無く「珍しいから入れてみよう」と思ってヤバい薬をカクテルに入れた、と
そんな設定です。…ストーリーとして飲ませた意味を問うているのならば、
「どんなに決意の硬い意思でも、揺らぐときはある」という思考を根底に据えているから。
と答えさせていただきます

>NONOKOSUさん
カクテルは確かに飲み易い物がありますよね
と、かつて調子に乗って「カルーア・ミルク」やらを飲みすぎてエラい目にあった男が呟いてみたり
斯くもカクテル、ひいてはお酒とは恐ろしい

>翼さん
今回最高の評価、ありがとうございます
わざわざバーテンダーの顔を出さなかったりと非現実感を意識して書いたので、
それが成功したらしいのは何よりです

>MIM.Eさん
こうストレートに褒めていただけると、作者としては嬉しい限りです
何かを考えるときにも、お酒は人の良い友たりうるのかもしれません

>かけなんさん
彼女は、強い芯を持っていると、思うこともあります

>papaさん
説教を受けるのはできれば遠慮したいですが、それと真摯に向き合うことは大事だと考えました
そこで反発するのは簡単ですが、受け止めてこそより成長できる、そんなものかと

>藤村琉さん
もとより「月と兎」しか頭に無かったため、人海戦術というのは完全に盲点でした
バーテンダーも「心の弱さの現れ=一般的バーテンダーの抽象を具現」しか考えてなかったため、
目から鱗の落ちる思いです。そういうアイディアの出せる頭になりたいなぁ…(羨望

>おやつさん
彼女は咎兎ですが、いい子です
きっと、よき生を送ってくれると願って止みません

>水酉さん
直球な賛辞喜んで受け止めさせていただきます

>つくしさん
カクテル名とのつながりは、シャレと言うより駄洒落の範疇だったかも…
何はともあれ、お気に召して幸いです

>名前はありません。さん
う〜む、カクテル名は『』とかちゃんと意識して使い分けたつもりなのですが…
次回では記号を減らすことにチャレンジしてみます

>爪影さん
酒は現在を楽しませ、過去に思いを馳せさせ、未来に二日酔いをもたらす(?)
過去現在未来のどれとも斬って離せないと考えてみたり

>月影蓮哉さん
流石にそれは無いんじゃw…いや、まさか…でも輝夜ならあながち…(思考の袋小路にはまり強制終了
XYZって色々ありますよね。シティーハンターとかクリオネマンとか

>反魂さん
この雰囲気を気に入ってくださったのならば、筆者としては苦労した甲斐がありました
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