Hello_World.

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 07:18:57 更新日時: 2006/03/27 22:18:57 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00









 小野塚小町は現在夢を見ている。
 ああ、いや、誤解してやるのは可哀想だ。別に仕事をサボって昼寝しているわけではない。
 この睡眠は純然たる健康維持にかかせぬ健全たる夜中の睡眠なのだ。
 昼間の仕事は既に終えた。
 だので、たとえ相手が閻魔だろうと小町の熟睡にいちゃもんを付ける筋は無く、彼女はおおよそ生き物のとれるだろう最高にだらけきった表情で爆睡をこいているわけだ。

 さて、というわけで現在、小町は夢を見ている。

 内容まで話すのならば、昔々にあった出来事を夢に思い出している。
 以下のような。

 その日、小町は、偶然手に入れた焼酎のとっくりを腰にぶらさげ、賽の河原を歩いていた。
 上機嫌だ。
 あのお堅い閻魔の下にあって、酒などと俗物な飲料水がどれほどの価値を持つのか想像に難くない。
 小町だってすぐさま玉砂利の上にあぐらをかいてお猪口など投げ捨てつつ一気飲みしたいわけである。
 ただ、しかし、それには少し問題もあった。

 ひとつは、酒を飲みあい愚痴を言い合う仲相手がいないということだ。
 こいつが無いことに、小町は満足して酒を飲むことなぞ出来はしない。
 飲む。愚痴る。飲む。絡む。吐く。飲む。
 どうだ最高じゃないか、と小町は思う。
 酒は相手がいてこそなのだ。一人で月を肴に飲む宵酒のなんと虚しいことか。
 出来る事ならば対面に誰かがいて欲しい。
 まずこれが一つ目の問題。

 ふたつめは簡単だ。
 閻魔がうるさい。
 見つからぬうちさっさと処理せねば、どんな断罪を被ることか。

 ふたつの問題を総合するに。
 小町は早急を期して飲み相手を探さなければならなかった。
 しかしまあ、こんな真昼間、賽の河原にいるのは魂ばかりなわけであり。
 加えて、決断ばかりは早い姉御肌の死神だ。


 ――よおよお、そこの魂。久しぶりだねお帰り
 ――一杯どうだい
 ――いいんだよ。口が無くったって気持ちで飲むんだよ
 ――そういうもんだろ。な

 ……。

 ……。

 ――でな、聞いてくれよ。ウチの上司ったらお堅くてな
 ――きっと仲間と酒も飲まないんだぜ、あれ。付き合い悪いよなあ
 ――ああそうさ、間違いないね。私が保証する

 ……。

 ……。

 ――前世はカゲロウでその前は夏ゼミだったって? 次はもっと長生きしたい?
 ――いやー、あんたも苦労してるねえ。大丈夫、次はきっと人間になれるよ
 ――。
 ――まずい、閻魔さまがしびれ切らしてる。まだ酒は残っているけれど、そろそろあんたを送らなきゃいけないね
 ――そうだ、次にここにきたら、残りの酒でまた一杯やろうよ。どうだい
 ――大丈夫、魂の気質ってのは変わらないもんでさ、判別できるんだよ
 ――あんたは、儚くて一本芯の通ったまっすぐな魂

 ……。

 ……。

 ――さて、いこうか

 ――酒飲んで嫌なこと忘れて、そしたらまた、気概を持って次にいけるだろ。うん
 ――そういうもんだ

 ――生まれ変わったらきちんと挨拶しなよ
 ――誰に、って、新しい自分にさ

 ――あぁ? なんて言うかくらい自分で考えなこの朝鮮人参





 そこで小町は目を覚まし、がばりと上半身を起こしながらスパっと言うのだ。


「うわー、今思い出したよ」


 ☆


 さて、小町が夢から目を覚ました頃。四季映姫・ヤマザナドゥは二日酔いの真っ只中で出勤中だった。
 がんがんとひび割れんばかりの頭を抱え、賽の河原を出勤中なのだ。
 いつもは足の裏に心地よい玉砂利も今日ばかりは不快感。流れる三途の河、地平線上の朝日、なにもかもが敵である。

 それもこれも全て、自分の部下である所の小野塚小町が悪いのだ。
 毎日毎日日がな一日飽きもせず飽きもせず年がら年中サボタージュを繰り返す小町の上司にあって、映姫の負担は並でない。
 昨夜だって同僚の焔摩天に、お前の部下の怠慢を地蔵菩薩に暴露されたくなければ今夜一日付き合ってもらおうか、などと道理不明な脅しに屈し貫徹で飲み通したのである。
 素敵完璧加えて無敵、三百六十度眺め回せども欠点の見えぬ映姫に唯一の特異点があるとすれば部下の小野塚小町に他ならず、正論で返されれば部下の管理不行き届きで懲罰もありえるだろう。

 まこと理不尽だ。
 六道輪廻は如何にしてかような因果を回しているのか。

 まあしかし、結局の所映姫の実行し得る最善の手段といえば小野塚小町を叩いて叱って改めることであり、その事実は世界が反転しようが変わらない。
 だから今日も映姫は、賽の河原、三途のほとりにて呆けている小野塚小町に叫ぶのだ。
 朝一番、一発目、いつもの如く。

「小町! もう朝ですよ! 迷える魂たちの並ぶ時間です!! さっさと渡し舟及びその周辺を掃除して来るべき業務時間に備えなさい!!」
「もう終わりましたよ」
「ああ小町!! だから貴方はいつもご苦労様!! そんなことで死神が勤まりますよ!!」

 あれ?

「ええと、だ、だから! 早く魂たちを向こう岸へ渡す準備をしなさいと私はですね」
「いや、だから、もう終わりましたって」

 ……?
 三度深呼吸をしてから、映姫は渡し舟の周辺を見渡す。
 綺麗だ。
 舟はきちんと掃除し片付けられ、いつもだらしなく置いてある小町の私物も見当たらない。
 周辺の砂利も綺麗に平たく敷き詰められごみも落ちておらず、言うことなしである。
 ……。
 えぇっと。

「そうですか。ご苦労様でした。その調子で頑張るように」
「いつも頑張ってますよお」

 もしかして小町やつ、ようやく心を入れ替えて仕事をこなし始めたか。
 馬鹿な。戯言を。
 いまいち拍子を外された映姫は訝しげに首を傾げ、本日の仕事をすべく自分の定位置へと歩いてゆくのであった。


 ☆


 小野塚小町が誇れるものの一つに、約束を一度も破ったことがないという題がある。
 だので、昨夜の夢にて思い出した、一介の魂との飲み約束を忘れていたということは、それなりに憂慮すべき事態であった。
 一体あれはどの程度昔の約束だったろうか。
 あの魂の野郎は何に転生したのだろうか。
 もしまたカゲロウだったりすると、一週間くらいで地獄に舞い戻ってくるではないか。その時に自分は気付かなかったのか。
 人間だったとしても生きて八十年かそこらだろう。

 うーむ。
 うぅむ。

 考えても埒の明かぬ問題だと判断した小町は、とりあえず、例の魂が地獄へ帰ってきたときのために酒盛りの準備をしておこうと決めた。
 そのためにはまず、酒を用意しなくてはいけない。
 さてはて、あのときに残った焼酎はいったいどこへ隠したのだったか。
 小町唯一の物置と言っていい渡し舟に首を突っ込んで探すが見つからず。
 いや、それ以前に渡し舟の上がもう私物だらけでごちゃごちゃだ。こんな状態で探し物などと満足にこなせる筈がないではないか。

 あー、仕方ねえ。ちょっくら片付けてやるかな。約束だしな。

 上司の閻魔に声をかけられたのは、渡し舟を片づけ終わり周辺まで掃除捜索した小町が手持ち無沙汰で雲など眺めつつ呆けてからであった。

 酒飲もうとしたら褒められちゃったよ。らっきー。
 まあ、普段から善行を積んでればこういうこともあるわな。


 ☆


 昼。
 地獄の業務開始から早数時間。
 映姫はいつもの玉座に居座って勤労に勤めている最中だ。

 さて、四季映姫・ヤマザナドゥが誇れることの一つに、今まで一度も仕事を休んだことがないという事実がある。
 雨の日でも風の日でも実後変わらぬ玉座に座り、頭を垂れて並び倒す魂たちに向かい地獄送りの判を押し続けるのだ。
 であるからして、例え自らが二日酔いの悪夢に頭を悩まされようと、映姫の意志は揺るがない。

 だがしかし。
 しかしである。

 映姫は座った玉座から前方の風景を眺め見た。
 行列。
 信じられないほどの行列。
 いつもの三倍を数えようかとばかりの魂たちが頭を垂れて並び倒している。

 いまだかつて映姫の玉座前がこれほどの盛況を見せたことがあったろうか。思い出す限りは皆無皆無。
 それもこれも原因はあの怠惰な船頭小野塚小町にあり、おかげで真面目一筋のはずだった映姫は思うような業務量をこなせなかったのである。
 だがここにおいて、映姫玉座前が行列のできる地獄行き相談所かくやという大人気を得る事実は小野塚小町が大人しく職務を果たしているという証であり、それはまた映姫が森羅万象に願ってやまなかった奇跡なのだ。

「小町……。本当に改心したのですね……!」

 映姫の脳裏にきびきびバリバリと働く精悍な小町の背中がよぎって消える。
 ああ、なんて、なんて善行。
 よかった。本当によかった。まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった。
 気が遠くなるほどの四季が繰り返す間、意識が消え入りそうなくらいの小言を発し続けた苦労がついに報われたのだ。
 これでもう、同僚から管理不行き届きだなどといちゃもんをつけられることもなく、名実ともに地獄の裁判官としての職務を全うすることが出来るのだ。

 よく頑張りました小町。
 周りから見れば規則正しく働くことはごくごく当たり前の行為です。
 でも自分は分かっていますよ。元々怠惰な気質の貴方がそれを更正するためにどれほどの努力と気力を払ったのか。

 ああ、小町、貴方がそんなに頑張っているのに、昨夜、酒などと俗な液体に浸っていた自分が恥ずかしい。
 これまで一度も仕事を投げ出したことのなかった自分だが、今日ばかりは自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。
 しかしそれはいけない、部下がこれほどのやる気を見せているのに上司が受け止めてやらなくてどうするのか。

 死神の上司、閻魔であるところの映姫はぐっと握りこぶしを作り、更なる仕事の効率化を図らんとすべく没頭していった。


 ☆


 映姫が涙を流している頃、小町は粗悪品を乱造していた。

「ああ、おい、おまえ。うん、そこの魂。さっさと舟に乗りな。……何? 金を持ってない? ああ、いいよいいよ。今日は急いでるからね。ほら、そっちの金持ちな魂に少し分けてもらいな」

 おかげで本日の仕事量は例日の三倍を数える大繁盛。

「うわー、この舟、五人乗りだったと思ってたけど十五人も乗れるんだなあ軋んで壊れそうだけど」

 いや、怒らないで聞いてやって欲しい。
 これも、例の魂との約束を果たすためなのだ。

「あんた似てるなあ。でもちと違うかな。ん、いや、なんでもないよ」

 酒探しが空振りに終わった小町は、何故自分が例の飲み約束を忘れていたのかを考えてみた。
 自分で言うのもなんだが、この手の約束をすっぽかすほど小町は義理に欠けていないし、ちょっとやそっとで忘れてしまうほどもうろくしてもいない。
 加えて、あの魂の気質はよく覚えてる。
 儚いが一本芯の通ったまっすぐな魂だ。
 仮に自分が約束を忘れていたとしても、その魂を見れば絶対に思い出す。その自信はある。

 というわけで小町の出した結論は次のようだった。


 ――恐らく例の魂はまだ地獄に戻ってきていない。


 約束をしたのはいつだったか。
 三十年前? 六十年前? 百年前? よく覚えていない。
 いずれにせよ、あの約束をしてから、まだ例の魂の転生先が死ぬほど時間が経っていないのだ。きっと。多分。

 そのくらいしか、小町は自分が飲み約束を未達成の理由など思いつかなかった。

 さて、そこまで思考を展開しきった小町はいても立ってもいられなかった。
 まだ死んでないとはいえ、恐らく例の約束をしたのは随分と昔だ。自分が忘れそうになっちまうくらい。
 そろそろアイツも死ぬ頃だろう。
 いやあ、死んだら会えるなんて地獄は面白い所だね。

 というわけで現在、小町は粗悪品乱造を重ね、魂の回転率を早めているのだ。
 こんだけ魂が流れるのが早けりゃ、そのうち例の魂とも合えるだろうと。

 あー、でも映姫さまにしかられるかなあ。
 まあいいか、いつものことだしね。


 ☆


 午後になっても映姫は上機嫌だった。
 それもそのはずだ。小野塚小町という泣きたくなるほど優秀な部下を持ってから、映姫が全身全霊を持って仕事に励めたことなどこれが初めてではないだろうか。

「苦労したのねえ貴方。でも地獄行き。はい、そちらの貴方も地獄行き。ああ楽しい。貴方も貴方も地獄行き。仕事楽しいぃ」

 正に修羅。
 仕事の鬼と化した四季映姫・ヤマザナドゥを止める者などこの地獄において存在するはずはなく、次々と押される承認印に誰が口を挟めよう。
 承認承認承認承認。

「……ふぅ」

 満足だ。
 火照った頬でどすんどすんと判を押しつつ映姫は思う。
 まさか小町がこれほど勤勉に勤めてくれるとは思ってもみなかった。

「ふむ?」

 もしかして、と気付く。
 もしかしてここはひとつ、小町のやつを褒めてやらねばならないのだろうか。
 部下のやる気だって無限じゃない。いい仕事をしたら褒めてやれ、と拾った本に書いてあった気が。
 映姫は判を振り回す手を止めずに考えた。

「うーん」

 素直に褒め言葉をかけてやるのがよいだろうか。
 いやしかし。
 どすん地獄行き。
 小町のことだ。いくら更正したといっても、素直に褒めたらそのまま満足して逆戻りするのではなかろうか。
 考える。
 どすん地獄行き。
 考える。

「どうしたものかしら」

 そうして、地獄行きのやつらがめでたく四桁を突破しようかというとき、魂の行列を横から割り込み、映姫の目の前に伝令を持った他の魂が飛び込んできた。

「貴方も地獄行き……じゃなくて、……手紙? ご苦労様」

 こいつは上からの伝令を伝えに来たようである。
 いくら人手が足りないからって魂を使うことはないだろうに。
 受け取った手紙の折り目を解き、内容確認四季映姫。
 連なった文面を目で追うと、一人小さく息をついた。

「ははぁ、そういえばそんな時期ですね」

 そうして、思いつくのだ。


「ああ、これならご褒美にちょうどよさそう」


 ☆


 映姫に呼び出された小町はブルっていた。
 やべ。
 朝から酒探してたりとか魂を適当に運んでたりとかしたのがついにばれたか。
 何とか言い逃れをしようと、小町の脳みそは素晴らしい速さで回転する。

 いやあしかたがなかったのですよ。実は仲良くなった魂と飲み会う約束をしちゃってね。映姫様もよく言っているじゃないですか、嘘は人間が持つ大罪の一つだってね。あたいはそれを避け善行を積むために精一杯の気力を持って酒を探したのですよ。ね、間違っちゃいないでしょう。え、何時約束したのかって? えぇと、忘れたなあ。どんな魂と? ははぁ、なんかかっこいい一本気なヤツですよ。あはは。

 断罪間違いなし、だ。
 死神が地獄に落とされるかもしれない。
 と、そんな想像をしながら映姫の前に立った小町を待ち構えていたのは、なんか変な指示だった。

「小町、これから三途の河のほとりに、ひとり人間が来ます。彼女を追い払いなさい」

 小町は思う。
 なんだそりゃ、と。

「先の花異変で随分沢山の人間がきましたけれど、まだ来るっていうんですか」
「そうです、彼女は毎回、花異変も見納めのこの時期に必ず来るのです」
「はぁ、そりゃまた」

 んで、三途の川を越えられたら困るから追い払え、ということか。

「はい、まあ、分かりました。別に酒で怒られるわけじゃなかったようで」
「怒られる?」
「いえ別に」

 どうやら叱られるということはないらしい。
 それならそれで万々歳だ。

「それじゃ、行ってきますね」

 飛び上がる小町。

 さて、六十年に一回しか起きぬ花異変に複数回やってくる人間とは如何なる者かと。


 ☆


 飛んでゆく小町の背中を見送る映姫。
 がんばれよと声でもかけようと思ったが、まあその必要もないだろう。

「ふむ」

 例の人間は、地獄の方でもどうのようにすべきか、扱いの難しい人間ではある。
 あちらから干渉してこないのなら全く問題はないのだが、何故か六十年に一度の花異変にあわせて地獄へ花見に来るのだ。
 全く難しい。
 ただ、追い払う、という点になるとやけに簡単であり。

 飲むのだ。

 勧められる酒を一緒になって心行くまで飲めばいい。

 沈没するまで飲んで、意識が戻った頃に、もう彼女はいないのだ。
 何が目的かはさっぱり分からないのだが、そうなのだ。
 全く、地獄にあって似合わない怪談じみた話である。
 ただ、仕事の名目で酒を飲ませてやるならば、これ以上ない好都合。
 まあ、勤労の褒美くらいにはなるだろう。

 そういえば、小町がさっき『別に酒で怒られるってわけじゃあ……』とか言っていたか。
 映姫も酒は嫌いじゃあないが、仕事中となれば別である。
 昔一度、小町の飲酒現場を抑えて叱ったことがあった。
 残っていた酒も取り上げて、どこぞへと放り投げてしまった気がする。

 まあ、今となっては懐かしいばかりだ。


 千年も昔のことだものなあ。


 ☆


 三途のほとり、辺りに咲き乱れる彼岸花。
 一時期はあれほどの栄盛を誇った花たちも今はまばらとなり、この先一週間が見納めだろう。
 小町はそんな歪な花畑の中心に、砂利を蹴って舞い降りた。

「さてと」

 ぼけーっと周囲を見回す。
 薄暗くなってきた。
 そろそろ一日も終わりだ。
 陽光は既に西日となり、一日の役目を終え、地平線へずぶずぶと沈んでいる真っ最中。
 なんだか今日はやけによく働いた気がする。
 ただ、

「結局なんも分からなかったなあ……」

 酒を探したが見つからず。
 人を捜したが見当たらず。
 結局何にも分からなく。

「うーん」

 本当に約束をしたのかさえ疑わしくなってきた。
 よく考えたら、自分は例の魂と再開するまで毎日三倍速で働かなくてはいけないのか。
 えぇー。

 と、刹那。

 背後に熱気を感じた。
 肌が焼け、ひりつくような熱気。
 薄暗くなりかけていた辺りを原始的な光が照らし、小町の影が縦長に伸びる。

 こいつか。
 これはまた、えらいもんを任された。
 刺激しない方がいいのかな?
 突然襲ってきたりとかしないよな?
 というかどうやって追っ払う?

 そうして。
 恐る恐る振り向いた小町を驚かせたのは、次の三点であった。

「よぉ、今年はあんたが飲み相手なの?」

 ひとつ、飛んでいる彼女は人間の癖してごうごうと燃え盛っていたこと。

「お邪魔するよ。……っと」

 ふたつ、座った彼女は弾幕でなく焼酎を取り出したこと。

「じゃあ、飲もうか」

 みっつ。
 彼女の魂は間違いなく、儚くて一本芯の通ったまっすぐな魂だったということ。

 こいつ?
 不死人?
 酒。

 それで納得した。


「ああ、あぁ、あぁ! そういうことか!! なるほどね」


 ☆


 三途の河に映った月を眺めながら飲む酒というのも、なかなかにしておつなものだ。
 まして、あぐらをかいた対面に愚痴る相手がいるとすればなおのことだと小町は思う。

 ……。

 ……。

 ――よおよお、あんた。久しぶりだねお帰り
 ――なんでいつの間にか不死人になってるんだよ。おかげで約束忘れるくらい時間が経っちまったじゃないか
 ――地獄には死ななきゃこれないんだよ。だから私は死なないあんたとは永遠に会えなくなっちまってたんだねこれが

 ……。

 ……。

 ――ああ、そうか。ところでさ、おまえ。なんできっかり六十年に一回、地獄に来て酒飲んでんだよ
 ――花見がしたいのか。え? 違う?
 ――ははぁ、なにやら訳がありそうだな。いってみいってみ

 ……。

 ……。

 ――うん、うんそうかぁ。確かにな。そうかもしれないなぁあははは
 ――まあ、それも宿命ってヤツだよ。甘んじて受け入れるといいさねぇ
 ――うげはく

 ……。

 ……。

 ――おぉ
 ――うん、またな
 ――いいかぁー、きちんと挨拶するんだよ

 ――誰にって?

 ――前世でも言ったろぉ


 ――新しい自分に、さ


 おぼえてるわけないってそうかもなあぁよくわかんねえやぐー


 ☆


 事が終わって次の日の朝。
 映姫の見る限り、小町は満足そうな顔で帰ってきた。

「どうでしたか、小町。少しは楽しめましたか」

 小町は満面の笑みで答える。

「ええ、それはもう! さすが地獄の閻魔様、何もかもお見通しですね!」

 何やら引っかかる言い方だが、まあよしとしよう。
 うん、と映姫は頷く。
 上手く部下にご褒美を与えることに成功した。これでこそ出来る上司というものだ。
 部下がよし。上司がよし。風向きよければ仕事も快調。言うこと無しの絶好調。
 これで今日も明日も明後日も、清く正しく仕事に励んでいけることでしょう。

「そうですね、お酒もたまにはよいものです。昨日までのことは忘れて、また新たな明日へ向かうことができる。昨日までのことを忘れるなんて、まるで転生のようですね」
「いやあ、映姫さまよく分かってるなあ」

 やはり何か引っかかる言い方である。まあよし。

「花見に来た火の鳥も、満足して帰っていったのでしょう」
「はは、映姫さま。そいつは違いますよ。あいつは花を見に来たんじゃないんです」

 はあ?
 引っかかりまくる言い方だがまあ許す。

「さあ、小町。これでまた、明日から――」
「いやあ、しかし、もし映姫さまがあいつに逢わせてくれなかったら、あたいはこれから永遠に魂を三倍速で回し続ける所でしたよ。これでまた、今日からゆっくりできるってもので」


 引っかかるので地獄行き。


 ああ今日も地獄の沙汰は仕事の出来次第。
 仕事の出来ぬ要領悪いやつはすぐさま逝けども、仕事をサボる要領のいいヤツは半殺しで生き続けるのだ。
 極に憐れむべきは出来の悪い部下よりも滑りのよい口よ。
 妙に突っかからず放っておけば清く正しいままで上司の頭の中に輝き続けたであろうに。

 並ぶ魂は両手が必要な合掌をすることも出来ず、ただただ新しい世界を待ち望みつつ、彼女らの痴態を眺めるだけである。


 ☆


 ……。

 ……。

 ――なんで六十年に一回、酒を飲みに来るかって?

 ……。

 ……。

 ――花見? 違うね

 ……。

 ……。

 ――わかんないかな。私は『花見』じゃなくて『地獄見』にきてるんだよ

 ……。

 ……。

 ――六十年に一回、酒を飲んで地獄を見て、何もかも忘れて私は死んだつもりになるのさ

 ……。

 ……。

 ――もちろん忘れられないこともあるけどね

 ……。

 ……。

 ――飲み終わって目が覚めたら挨拶するんだ

 ……。

 ……。

 ――私は死ねないからさ

 ……。

 ……。

 ――そうそう、明日からの自分に挨拶するんだよ

 ……。

 ……。


 こんにちは、私


 ってな具合にね












ご読了有難うございました。
なんだか珍しいコンビになってしまった気も致しますが、こういうのもいいかなあとか思いつつの投稿です。
ではでは。
殺意の波動に目覚めたうにかた
http://www.geocities.jp/enjoy_slowly/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/25 07:18:57
更新日時:
2006/03/27 22:18:57
評価:
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Rate:
5.00
1. 9 ありがとう ■2006/03/25 03:02:24
読んでて気持ちよかった。小町いい。
2. 7 S某 ■2006/03/25 16:58:25
これは新しいですね。

>六十年に一回、酒を飲んで地獄を見て、何もかも忘れて私は死んだつもりになるのさ

この一文がお気に入り。
3. 6 落雁 ■2006/03/25 20:18:11
珍しいけど違和感が無い、上手い組み合わせ方だと思いました。
4. 6 月影蓮哉 ■2006/03/26 09:06:27
もこたん……なのですかね。
後承認とあったので、某GGGと勘違いした私を裁いて(ぇ
5. 10 kt-21 ■2006/03/26 15:08:10
お見事でした。
小町と同時にすとんと納得しました。上手いです。
『引っかかるので地獄行き』で「あ゙〜〜」と仕置きされる小町が幻視できました。
映姫さま、ナニをしてますか映姫さま。
6. 5 爪影 ■2006/03/29 11:05:15
金は天下の回り物。酒も天下の回り物。
7. 8 名前はありません。 ■2006/03/31 23:22:45
ここでもこたんは予想外でした
良いお話だと思います
8. 9 つくし ■2006/04/02 15:48:21
読了して、タイトルを見返してゾクリときました。非常に楽しめました。ごちそうさまです。
9. フリーレス shinsokku ■2006/04/04 01:07:58
好き。
10. 8 水酉 ■2006/04/05 09:29:23
昨日の自分に別れを告げて、今日の自分に笑顔で挨拶。
日々の生活でも、そういう区切りって必要だと思いますね、ほんとに。
・・・
そういやこの二人、個人的には公式設定でもはすっぱかつ一途な
アネゴ的イメージが強いので、良いコンビになりそうな気がしたり。
11. 7 おやつ ■2006/04/05 21:34:42
構成と設定が見事としかっ!
いいなぁ、不死人と死神も。
でもそっか……妹紅たん前世は朝鮮人参かw
12. 8 藤村琉 ■2006/04/07 02:07:00
 いい。
 映姫の役どころがただのツッコミ役になっているから、もうちょっと重要な役割としてはめこんだ方がすっきりしたような。あんまり前に押し出すと話が冗長になるから難しいところなのですが。
 飲み交わす相手が妹紅というのは、なるほどと思わされました。新鮮でありながら、話の流れとして自然ですし何より無駄がありません。
 小町も適度な適当さがそれっぽくて好き。
 ただ、もうちょっと二人の会話が見たかった、というのは贅沢な注文でしょうか。小町が妹紅との飲み会で最後に言う台詞も、笑っていいんだか泣いていいんだか分からない投げっぱなしな感じが素敵、というか寝るな。
 あとタイトルちょっと目立たなかった。
13. 8 偽書 ■2006/04/07 22:07:44
いいですね。特に映姫のはっちゃけっぷりが素敵でした。
14. 8 名無し ■2006/04/09 20:32:03
四季様のコメディっぷりが素敵だなぁ。
六十年、丁度竹の花のように、散って咲いてを長いスパンで繰り返すのですね。
15. 10 ルドルフとトラ猫 ■2006/04/09 23:32:29
いやんもうなんだよこいつら仲いいなぁ!
16. 6 反魂 ■2006/04/10 02:14:24
死ねば死に損、生きれば生き得。
今宵花見酒、呑まなきゃ損損!
行かぬ地獄を見やりつつ、六十年分地獄酒。

珍しいコンビですが、それをきっちり良いお話に仕立て上げられた手腕お見事で御座いました。
17. 7 papa ■2006/04/11 02:06:48
最初の特徴的な言葉回しにみょんに惹かれました。

その分、後半が少し味気なかった気もしますけれど。
18. 9 かけなん ■2006/04/11 16:37:46
途中でオチが読めた作品こそ、何故だかしんみりとしてしまう気がしてならない。
約束は大切にっと。

>小町は粗悪品を乱造していた。
素で吹いた。
19. 7 MIM.E ■2006/04/11 21:39:28
なるほどと強く思わされる作品でした。
新しい自分に挨拶をする。そう言う謙虚な心構えは大切な事かもしれませんね。
前世の私敬意を払いこの一生を大切に生きる。それが出来ない妹紅でもその気持ちは持っている。
二人の意外な縁と小町の義理堅さ、映姫とのかみ合わなさ、どれも楽しく良いお話でした。
20. 9 ■2006/04/11 23:57:15
読了後の爽快な感じがいいですね。そして、えーき様と小町のすれ違いっぷりがかなり笑えました。
21. 7 NONOKOSU ■2006/04/12 01:53:57
お花見ならぬ地獄見。
これも一応、末期の酒ということになるのでしょうか?
ちょいと粋な末期ではありますが。
22. 3 無記名 ■2006/04/12 02:41:28
ちょっと読み難く感じました。
あと、「うげはく」の意味がいくら考えてもわからなかったんですが、どういう意味なんでしょうか?
23. 7 木村圭 ■2006/04/12 03:03:51
ざくざくと豪快な口当たりなのにどうしてこう爽やかーな後味でほわわーんとしてしまうんだろう(意味不明
小町ってば普段真面目に働いてればたまに酒飲むくらい許してくれそうなものなのにねぇ。分かっててもそう在らないのが彼女なんだろうけれども。
24. 8 とら ■2006/04/12 04:37:44
生き生き生きて、死に死に死んで。
ああ、上手く立ち回っているんだなあ。
25. 8 K.M ■2006/04/12 20:59:23
タイトルで某ゲームを思い出してみたり

小町はやっぱり小町ですか
映姫様にはめげないでほしいものです
26. 4 床間たろひ ■2006/04/12 21:17:18
おぉ、確かに珍しい組み合わせ。
でも小町と妹紅は中々いいコンビかもしれませんね。どっちも竹を割ったような性格だしw
27. 6 折柳 月暈 ■2006/04/12 22:54:45
まだ再開していない理由が不死人になったからというのにはやられた、と。まあ、「約束は1000年前」の辺りからはニヤニヤしてましたがw
こういう変わった組み合わせもいいものですね。
28. 8 ■2006/04/12 23:25:22
なんだか小町が男前だぁー…w
この二人のコンビは確かに珍しいけれど、いい感じでした。うぃ。
29. 10 椒良徳 ■2006/04/12 23:41:32
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
30. フリーレス うにかた ■2006/04/16 01:25:48
感想を下さった皆様有難うございます!
短くではありますがレス返しなどしちゃいますね!

>ありがとうさん
気持ちよく読んでいただけたのなら何よりです! ありがとうございます!

>S某さん
新しいというか珍妙といった感じかも知れませぬ。
そこのところの一文は何回か微アップデートしているので、苦労した甲斐がありました。ありがとうございます!

>落雁さん
上手いといわれると眉間が痒くなって体がくねくねしてしまいます! ありがとうございました!

>月影蓮哉さん
もこたんだとおもわれます大佐! 某GGGと言われて元ネタが分からない私を裁いてください。ありがとうございました!

>kt-21さん
映姫さまはやっぱりちんまくえいやえいやしているのが可愛いと思うのです! 小町はこまっちんぐしてるのが可愛いと思うのです! ありがとうございました!

>爪影さん
酒はどちらかというと天下りものだと思われます! ありがとうございました!

>名前はありません。さん
ちょぴっとでも虚を突くことが出来たのでしたらしてやったりです! ありがとうございました!

>つくしさん
タイトルはごくNormalに積まれていたエロゲからインスパイア及びフューチャリングを交えつつパクらせて頂きました! 楽しんで頂けて幸いです! ありがとうございました!

>shinsokkuさん
愛してる。

>水酉さん
しかしなかなか現実は割り切れないものです! そこでこまっちゃんとかもこたんとかみているともう現実はどうでもいいかなーと思えます! そんなコンビとかいえたら素敵です! ありがとうございました!

>おやつさん
朝鮮人参から人間は結構出世ですよね! 一体朝鮮人参のときどんな善行を積んだのか今更気になってきました。ありがとうございました!

>藤村硫酸硫酸
恐らく映姫の本線からの外れ具合がこのSSの致命的な点だと思われます。なんとか修正しようとしたけどどうにもならなかった致命的技量。もう英字のタイトルは一生つけないよありがとうございました!

>偽書さん
映姫さまはSですよね! Sなんて言わずにサディストって言いましょう! ありがとうございました!

>名無しさん
映姫さまが頑張ってコメディってくれました! ―幻想郷へ―

>ルドルフとトラ猫さん
やんやん仲良きことは美しきことかにゃ? ありがとうございました!

>反魂さん
地獄酒ってなんか普通にありそうな銘酒ですな。ぼけーっと地獄眺めてるのも中々楽しそうです! ありがとうございました!

>papaさん
最初の方はノリで書き後半はノリで書きました! それ故だと思われます! ありがとうございました!

>かけなんさん
食い物と酒の約束は破ったらまずいっぽいです! 働かないのとマイナスベクトルに働くののどちらが有用かはまた明白であります! ありがとうございました!

>MIM.Eさん
挨拶には人柄が表れるような気も致しますよね! 失礼しました、ではなく、ありがとうございました、といえる人になれたら素敵です! ありがとうございました!

>翼さん
ミントガム程度の爽やかさを感じていただけたのなら作者冥利につきるであります! パセリまで行くとちょっとレベル高すぎなので勘弁してください映姫さまに裁かれます! ありがとうございました!

>NONOKOSUさん
粋と言えばこまっちゃんは江戸っ子ぽいですがもこたんはどうなんだろうとふと思い。多分もののあはれとかそのへんの情緒を保有しているんじゃないかという結論に至りました。 ありがとうございました!

>無記名さん
申し訳ない! なるたけ読み手の方が易しく読めるよう頑張りたいです! うげはくはなんかよく覚えてないけど、うげー吐く、とかその辺のノイズ変換だったような気が致します! ありがとうございました!

>木村圭さん
なんかローカリーなお菓子みたいですね! こまっちゃんも例え酒が後任になっても映姫さまの前では手が震えて飲めないんじゃないかとか妄想。ありがとうございました!

>とらさん
神の見えざる手というわけじゃないですが、世の中は結構適当適度に上手く回っちゃったりしてるような気もしちゃったりなんかしちゃったり! ありがとうございました!

>K.Mさん
ええ、仰るとおり、某ニトロのタイトルをフューチャリング、のちインスパイア。持続的にオマージュを重ねたあとにカバーし直し、最終的にパクるに至りました。小町と映姫さま、どちらが先にめげるのかは何気に永遠の課題かもしれません。ありがとうございました!

>床間たろひさん
竹を割ると中身は空っぽですし、こまっちゃんにはぴったりかもしれません! でももこたんは竹を見ると燃やしたがりそうです。輝夜の種だし。ありがとうございました!

>折柳 月暈さん
ニヤニヤしながら読んで頂けたのならニヤニヤです! 変り種の組み合わせはたまに書くと面白いようです。ありがとうございました!

>匠さん
もし二人がラブったらどっちが男役か考え込んでしまいますよ! ありえませんが! ありえませんが! 妄想をありがとうございました!

>椒良徳さん
コメントだなんてもったいない! その気持ちだけももう私は私はインフィニティーシリーズです! ありがとうございました!

以上、長いのか長くないのかは微妙ですが、レス返しでありました!
最後にもう一度、感想くだすった皆様、ページを開いてくだすった皆様に向けてありがとうございました! わーい!
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