最期の挨拶

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 08:26:16 更新日時: 2006/03/27 23:26:16 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 


 ――私は常に独りであり、これからもそう在り続けるだろう――
 
















「五粮液?」 

 そう言って顔を傾けながらも、その手は部屋のものを常に物色して動いている。彼女は魔理沙のそうした手癖を好ましく思っていないのだが、言葉でどうにかなる相手で無いことは長い付き合いからしっかり理解していた。
「ええ、とても稀少な液体よ。それが無ければ始まらないわ」
 窓から真っ直ぐに差し込む光が鬱陶しく刺さって、自らの眼を細い指で覆い隠した。照らされた金の髪と美しい顔立ちが彼女の魅力を十二分に惹きだしている。彼女――アリスは引き出しから一つの魔導書を取り出した。重厚な表紙に守られたそれは、いかに貴重なものであるかを物語っていた。惜しむ様子もなく片手で手渡され、魔理沙は呆れたように呟いた。
「そんなにもこだわるのか?」
 アリスは即答した。
「私にとって、それが全てよ」





 § § §

「こんにちわ、私の事はシャルって呼んでね。貴女の事はなんて呼べばいいかな?」
 当時、私は研究の一環として人間界に身を置いていた。特に魔族と気づかれるような事も無いが、人間との接触は極力避けていた。元々私は独りで居るほうが好きであったし、何より研究の邪魔はされたくなかった。
「つまらない事に付き合いたくないの」
 人形作りのための材料調達に店に入り注文をしていた時、横から“同志”として話しかけてきたのが彼女であった。背が高くスラっとした体型は、多くの者が美しい人間だと思うのだろう。長くウェーブのかかった茶髪に付けられたリボンが唯一それに似つかわしくなく、幼く可愛いイメージになってしまっている。
 私は彼女との世間話には興味も無く、用事を済ませるとそのまま立ち去った。それが最初のシャルとの出会いだった。

 § § §




 アリスが眠りから覚めると、倦怠感が全身を襲う。最近は良く昔の夢を見るようになったものだ、と欠伸をしながら思う。手早く着替えを済ませ顔を洗い目を覚ます。身支度が了すると、次に紅茶二杯分の用意を始めた。外の音に耳を澄ませている間に、アールグレイの良い香りが部屋に広がっていった。
「おはよう、今日は良い天気でよかったわ」
 アリスはハッとして口を抑えた。静けさに満ちた部屋は、そこに誰も居ない事を示していた。憂鬱になった気分を落ち着かせ紅茶を口に含むと、体が温かいものに護られる心地よさに酔いそうだった。しばらくして、ノックの音と共に約束の相手が訪れた。
「今日は良い天気だぜ」
 魔理沙は清々しい顔と共にその姿を見せた。今日は魔理沙と共にヴワル魔法図書館へ行き、協力して調べ物をする約束であった。アリスは魔理沙と挨拶を交わすと、二杯目の紅茶を入れて飲み始めた。
「なんだ、この家は客にお茶も出さないのか」
「貴女は紅茶は好きじゃないでしょう」
「うん、まあそりゃそうだが」
 魔理沙が好む茶は、アリスにとっては好みではなく持ち合わせていなかった。アリスの方は魔理沙を、客であって客でない――気遣う相手ではないとしてるので良しとしている。しかし魔理沙は今のように、たまにつまらなそうな目を投げかけていた。アリスにはいつまでもその理由が皆目掴めないでいる。特に長時間、退屈に、置いてけぼりにさせているわけではなかったのだから。
「さて、行きましょうか」
 先に魔理沙に外に出てもらい、片付けをしていたアリスはその後に続いた。戸を閉める際に部屋をじっくりと見渡す。多くの人形と目が会おうとも、そこに生きるものは誰も居ない。この部屋は寂しい部屋なのだ。





 § § §

「私の家にあるから分けてあげるよ、ついでに茶でも飲んで行きな」 
 人形作りの材料調達のために店に出向くと、また彼女に出会うことになった。運悪くそれが品切れであったために、横からの彼女の提案は渡りに船だったのである。私は材料を手に入れたらすぐに帰宅するはずだったが、彼女の家に着くとそんな考えは吹き飛んでしまった。“同志”であった彼女の部屋には、人形がたくさん置かれていた。様々な人形があるもののどれも完成度が高く可愛く、美しいものばかりであった。そして聞けば、その全ては彼女自身が作ったものだと聞いて改めて驚かされた。私もこの道に関してはかなりの自信があったのだが、彼女には負けているだろう。悔しさと共にまだまだ頑張らねばと自らを戒め高揚していると、それを落ち着けるかのような匂いが私の鼻に辿り着いた。それは彼女が私のために用意してくれた紅茶であった。断ることも考えたが、その香りの良さからは逃れられず口に含む。私は感極まって、一瞬呆けてしまった。そんな様子を見て彼女は私に、紅茶が嫌いだったのかと訪ねた。
「キライじゃないわ。……あまりにも美味しくて、何も言えなくなってしまったの」
 素直に答えた私に、彼女は満面の笑みで喜んでいた。

 § § §






 疲れてたんだろう、と魔理沙に笑われてしまった。そんな事になってしまったのも無理は無い。魔理沙の箒に乗って共に移動していたアリスは、気づくと背中に身を預け眠ってしまっていたのである。確かに連日研究に追われ夜が遅くなっていたのは事実であったが、無理をしていたつもりではないしそこに反省点は無いと考えていた。アリスにとってこの研究は、それほど大事なものなのだ。
 ヴワル魔法図書館にアリスが訪れたことはほとんど無い。目を疑うほどの本の群れは、どんな者をも圧倒し重苦しく締め付ける。恐ろしいほどの静けさ、得体の知れない本に潜む魔力の塊に並みの者は耐えられる術は無い。そんな人を寄せ付けないこの雰囲気の中、慣れた様子で魔理沙は本を物色していく。改めてアリスは、並の人間とは違うものを魔理沙に感じた。
「賢者の石を使えば擬似的な事までは出来るけれど、純粋に成立させるなんて事が出来たら確かに凄いわね」
 ヴワルのマスター――パチュリーは自分の読む本から目を離さずにアリスにそう言った。さほど興味が無いのか、パチュリーがそれ以上口にする事はなかった。アリスも見習って、自分の研究のために本を黙々と探し続けた。二人はそういった意味ではとても似たもの同士だったのである。そして他愛も無い雑談を繰り返し喧騒を繰り返す魔理沙は正反対のタイプと言えるだろう。もっと真面目に探して、とアリスは言う必要はなかった。魔理沙にとってはこれが精一杯の真剣な姿勢で、これ以上は無いことを知っていたからだ。素直に純真に、明るく楽しく生きる魔理沙、付き合うものは誰もが羨ましくなる。アリスもその一人であったが、自覚することは無かった。





 § § §

「おはよう、今日は良い天気だね〜」
 彼女と会うたびに、最初に挨拶と天気の話は必須項目よ、と私に説いてくれた。でも私にはあまり理解できなかったので、特に実践する気は無かった。そんな事よりも、私は彼女から有用な知識を得たかったのだ。人形について私が色々訊ねると、彼女は本当に楽しそうに私に語りかけてくれた。明るく、素直に生きる姿に私は不思議な感覚を得た。
「シャル、また明日も来て良いかしら」
 シャルとは友達じゃない、あくまでも彼女から得るものが大きいという理由で会っている。そう、それだけの理由だったのだ。

 § § §





 結局一日懸けても収穫を得ることが出来なかった二人は、主の行為に甘えて泊めてもらったのだ。慣れないベッドで寝たせいもありアリスの身体は重く、疲れが溜まっていることも自覚できた。あと僅かの辛抱なのだと自身に言い聞かせ、顔を洗い身を引き締めて図書館に向かった。
 そして、それは予想外の所から発見されることになった。アリスと魔理沙は、翻訳と成分の比較に明け暮れて必死な作業を続けていた。そこにパチュリーと話していた紅魔館の門番が二人の元に来てこう言ったのだ。
「貴女達が探しているものを、私は持っていると思います」


「しかしなぁ、まさか酒だったとは」
 大きな樽に入った五粮液をまるごとアリスの家に運び込むと、魔理沙はこの達成感と疲れを潤す意味も含め五粮液――酒を飲むことにした。
「アリスも飲もうぜ、祝杯だ」
 魔理沙は部屋から勝手に杯を二つ手に取り、波々と注いで置いた。
「悪いけど私は飲まないわ。度が低いならまだしも……」
 アリスは机に向き合って、窓を眺めながらそう答えた。すでに辺りは暗く夜も更けていた、焦ることなく今日はそのまま休息を取る事に決めた。
「おいおい、酒は一人で飲むものじゃないんだぜ? 酔うのを嫌がってちゃダメだ、こう気持ちよくなって楽しんでこそだ」
「酔うのは勝手だけど、ちゃんと残しておきなさいよ」
 魔理沙の説得を他所に、欠伸をしながらアリスは倒れるようにベッドに潜り込んだ。





 § § §

「聞いてよアリス〜、あの裁縫屋の店主ったら酷いんだよ〜〜」
 その日、シャルの家に訪れると酔っ払った彼女に出迎えられた。
「ろくに飲めないのが分かってるなら、どうしてここまで飲むのよ」
 シャルは自分が酒に強くないことを知っていた。それなのにこんなに酔うまでも飲んでしまったのだ。
「ほらほら一緒に〜〜乾杯ーー!!」
 彼女曰く『体が弱いから普段は飲めない、こんな時にこそ飲まなくてどうする』とのことだ。何か嫌な事があったらしく、私に愚痴を聞かせ続けた。とてもたまらなかったので、適当に隙を見てそそくさと退散することにした。私は酒はやらないが、あんな風に醜くなってしまう姿を他人に見せてしまうなら、これからも絶対に人前で飲むことは無いだろう。

 § § §





 充分な睡眠を取ったアリスは、万全の体調を以って研究に努めていた。五粮液が手に入ったことで全ての材料が揃い、ついに生成をするに至ったのだ。分量や温度をノートに記し何度も繰り返して試すが、中々結果を出す事が出来ずにいた。成功すれば紅い液体となって生成されるはずなのだが、ただの水になってしまったり蒸発して消えうせてしまったりと散々だった。それでもアリスは、成功が近いことを信じていた。これまでに独りで何度も研究を重ね、計算してここまでやってきた。その成果が出ないわけがないと確信していた。
「絶対に作って見せるんだから、待っててね」
 アリスはそう語りかけて、またハッとして口を押さえた。そこには眠っていた魔理沙以外に誰も居なかったが、アリスの視線の先にはちょこんと座っている人形――“上海人形”があった。
 アリスは一時期、人形に語りかける癖が付いていた。意識してそれを辞めるようになったので、最近では全くそんな事は無かったのだ。先日といい、今日といい、どうかしているのだろうか。アリスは難しい顔をして唸っていた。
「どうした、悩みでもあるのか?」
「失礼な、悩みなんて無いわ!」
 いつのまにか起きていた魔理沙がそう語りかけると、アリスは自分の心をごまかすかのごとく怒ったように答えた。
「ところで、それが完成品なのか?」
「え?」
 気が付けば、アリスの目の前には紅い液体が在った。
 
 ついに成功したのだ。







 § § §

「ついさっき完成したの〜!」
 そう言って私に見せてきたのは、一つの人形だった。長くストレートの金髪に、赤いリボンが付けられたとても可愛い人形だった。聞けばこの人形はシャル自身を投影させたものらしい、そう言われて見ると確かに顔付きや雰囲気にどことなく共通するものを感じた。
「私の毛って天然で真っ直ぐにならないんだよー。ストレートで、そして貴女みたいな金髪に憧れてるんだ」
 シャルの憧れが詰まったその人形から私は目が離せない。
「かわいいわ……本当に」
 どうして彼女はこんなにも魅力ある人形を作れるのだろうか。その秘訣を彼女に尋ねると、一つの条件を提示した。
「今度は貴女の成果を見せて欲しいわ」

 § § §






「どうして“蓬莱の薬”にそこまでこだわっていたんだ?」
 魔理沙の問いにアリスが答えることは無かった。“蓬莱の薬”は、その名の通り永遠の生を得ることが出来る幻の薬である。魔族であるアリスは元々寿命が長い生き物であったし、永遠の生に魅力を感じる要素は在り得ないのだ。いったいどうしてアリスがそれを欲したのか? それは自身ですら忘れかけていた事であった。
「まあそれは後でいい、完成したこれをどうするんだ?」
 魔理沙にとってそれは難題であった。せっかく完成した薬を使わないなんて言い出す事は有り得ないだろう、それではアリスのこれまでの努力は全て無駄になるのだ。魔理沙はアリスがどんな決断を下すつもりなのか、固唾を飲んで見守っていた。
 そして魔理沙は初めて見てしまったのだ、恐ろしいほどの虚ろで哀しいアリスの目を。




「魔理沙、貴女に飲んで欲しいの」




 魔理沙は言葉を失った。アリスは真剣な眼を以ってじっと見つめていた。
「人間である貴女は、寿命も短いでしょう? 悪く無い話だと思うわ」
「……悪いが太く短く生きるのがモットーでね」
「冗談。魔法使いは長生きしてこその魔法使いのはずよ、野魔法使いでもそれは変わらないと思ったけれど」
「残念、私は魔法使いであるまえに普通の人間だ」
「別にそんな慎重になることじゃないわ、薬というからには中和剤というのが必ず存在するのよ。気に入らなければそれを飲めばいいわ、いつでも作れるから」
 それを聞いて魔理沙はホッと胸をなでおろし、呆れた顔でアリスを睨みつけた。
「なんだ、つまり実験体になれってことだな」
「そういうことね」
 アリスも笑顔で応えた。






 § § §

 私はドアをトントンと叩いたが、中から返事が返ってくることは無かった。寝ているのだろうか、珍しい事もあるものだと思った。丁度いい機会だと感じた私は、勝手に家に上がりシャルの部屋へ行き起こしてやることにした。そしていつもの仕返しでこう言ってやるんだ、『おはよう、今日はいい天気ね』って。シャルの驚く顔を思い浮かべると愉快になった。綻ぶ口元を抑え、私は忍び足でこっそり部屋に向かう。その途中で何かに躓いて転びそうになり、あっと声を出しそうになったのを必死で堪えた。危ない所だった、なんだってこんな所にこんな――
「な…………シャ、シャル?」
 私の眼前には、一人の人間が居た。部屋には多くの人形もあったし、彼女も居るというのに、なんて寂しく虚しい空間なのだろう。シャルはこの時、生命に終わりを告げた状態で横たわっていたのだ。
 手に持った茶髪の人形が、風に揺られて虚しく音を立てていた。

 § § §






「魔、魔理沙ぁ……良かったぁ……」
 魔理沙が起きると、何故か自身はベッドに寝かされていて、椅子に座ったアリスが上半身を布団の上に預けていたのだ。最初は何が何だか全く分からず、ゆっくりと昨日の事を繰り返し頭に浮かべた。そしてようやく思い出したのだ、魔理沙は蓬莱の薬を飲んだ後、意識を失い倒れてしまったのだ。アリスの様子を見ると大分心配させてしまったのだろうと魔理沙は思った。目にうっすら残る跡は涙を流したものかもしれない。
「でもまさか、たった一口であんな反動が来るとは思ってなかったよ」
「強力な薬が身体に作用するのだから、当然だったのかもしれないわね。……それで、体の具合はどうなのかしら?」
 すぐさま元気を取り戻し、結果が気になるアリスを見て魔理沙は少し可笑しくなった。アリスはクールで無愛想に見えて、興味のあることには純粋で幼い子供のようなのだ。もちろん当人に言えば怒られるので魔理沙は黙っていた。
「体は元気なんだが、慣れないベッドで寝たせいか体が固まってるな。頭も少しボーっとする」
「まるで病人ね、しばらくしたら治るでしょう」
 『しばらくは私が看病してあげましょう』と流し目で言うアリスに、魔理沙も『高級接待とは光栄だな』と笑って返して見せた。

 アリスは蓬莱の薬の被験者を観察する必要があったので、しばらくの日々を魔理沙と一緒に過ごすことにした。共に朝を過ごし、他愛も無い雑談を繰り返し、共に散歩をし、弾幕勝負もやった。
「おいおい、病み上がりなんだから手加減してくれよ」
「えっ……あ、ああそうね」
 何気ない魔理沙の一言に、アリスは一つの不安を抱いていた。







 § § §

 葬式には多くの者が参列していた。皆から人気者であったのだろうと想像していたとおりで、皆が嘆き悲しみ涙を流していた。私は全く涙を流さなかった。私は裁縫屋の店主を見つけシャルの事を訪ねてみると、驚くべき事実を幾つも聞かされたのである。
 シャルには友達が居なかった。昔から病弱だった彼女は誰とも遊べず、部屋で人形と遊ぶ日々が続いていた。いつしか人形が友達となり、手放せなくなっていつも一緒に過ごしていた。成長して、外に出るようになってもどこか陰りがあって、他の者と馴れ合う事は無かった。でもとっても健気で良い子で、そんな境遇もあることだから、周りの者からは好かれていたし常に温かく見守られていた。そして彼女にとって人生を変えるようなキッカケが起きた。それは“私”の事だと彼は言った。そんなバカなことがあるわけがない、そんなバカなことが。私とシャルは――友達じゃなかったのだ、それ以下の、ただの知り合いだったのだ。
 
 § § §






 今朝は魔理沙に肩を貸して起こすようにまでなった。“病状”は明らかに進行しているのが、互いに分かったのである。それでも二人とも何も言い出さなかった。いや、言い出せなかったのだ。魔理沙が口にすることは、必ずアリスにとっての責め苦となってしまう。アリスは何もいえないばかりか、魔理沙と目を合わせることすら出来なかった。今のアリスに出来ることは中和剤の生成のみであった。

 幾度と無く、中和剤を生成し魔理沙に飲ませても効果が現れることは無かった。元よりその中和剤は、想定の“蓬莱の薬”の効果に対してというのが前提であって、元より“蓬莱の薬”が何もかも失敗だったのである。アリスは絶望を感じ、魔理沙に語りかけられる度怖くてたまらなかった。それなのに、魔理沙は一度足りともアリスを責めることはしなかった。それどころか平然とこんな事さえ言い始めた。
「なあアリス、私ももう長く無いと思うんだが」
「…………そ、そんなこと……」
 無いとはとても言えなかった。
「どうせなら私の魂を、人形に使ってくれないか?」
「!? ま、魔理沙……それは……」
 アリスは戸惑いと驚きを隠しきれなかった。
「お前と一緒に居る上海人形、いつも不思議だったんだ。何かの魂を使ってるのは分かるが、簡単に手に入る魂なら量産できるはずだ。しかし実際は量産されていない、お前のお気に入りの上海人形が特別だっただけなんだ。……特別な奴の魂を入れたんだろ?」
「…………!」
 魔理沙はアリスの上海人形の真実を見抜いたのだ。







 § § § 

「めんどうだわ……何もかも」
 私はシャルに何もしてあげられなかった。挨拶を交わすことも、酒を飲むことも、成果を見せることも、何一つ友達として出来たことは無かった。だから私はシャルの友達じゃないのだ。もし友達だったとしたら、私はシャルに今までなんて仕打ちをしてしまったことになるのか。何一つ彼女の想いに応えられなかったのだ。きっと恨んでいるに違いない、そうに決まっている。
 シャルが居なくなってこの部屋は寂しくなった、私はあれから何もする気力が起きなかった。多くの人形が並ぶ中、中心にポツンと最期の作品が置かれていた。長い金髪でリボンを付けた、あの可愛い人形。“上海人形”とすでに名前まで付けられていた。
 私は決してこの世界で使うことが無かった魔術を展開した。手に汗を握り、強く想いを込めながら成功を祈っていた。この上海人形に、シャルの魂を込めて――それは何の意思も持たない、喋らない、動くだけの人形であったとしても。

 § § §






 魔理沙はついにベッドから起きれなくなった。アリスは魔理沙に食事の世話から何から全てを尽くした。魔理沙の体はこうなっても全くやつれることもなく元気なままだった。“蓬莱の薬”はその効果を皮肉な形で残していたのである。
「なあそろそろいい加減、人形に――」
「魔理沙、二度とそんな事口にしないで」
 アリスは黙って魔理沙に尽くし続けた。

 魔理沙は口が利けなくなった。アリスが話しかけるとまだ反応がある、耳は聞こえているようだ。食事の世話をし、体も全身を拭いてあげた。

 魔理沙がほとんど動かなくなった。指の先や、口元をかすかに動かすことは出来るので意識はあるようだ。精一杯アリスは身の回りの世話を尽くした。

 魔理沙が動かなくなった。もう反応も何も無い、それでも体は元気な肉体そのものだし、心音もしっかりしていた。アリスは精一杯世話をしていた。

 魔理沙はいつもと変わらない。いつものようにアリスは身の回りの世話を尽くした。といっても食事もしないし汗もかかないし、やれることはほとんど無くなってしまった。





 アリスは椅子に座ると五粮液を杯に注ぎ、独りでそれを飲んだ。酒を飲むと、心の弱さを露呈してしまうことを知ってずっと節制していた。でも今のアリスはそんなに強くない、心が耐え切れなかったのである。
 アリスは魔理沙にずっと憧れていたのだ。それはシャルと同じ、人間特有の不思議な魅力に惹かれたのである。シャルを失った時、アリスは彼女の死を受け止めきれず、上海人形を使ってせめてもの逃避をしたのである。しかしシャルの魂を得た上海人形も、しょせんただの人形である。

 ――私は一体なにをやっているの?――

 人間はすぐ死んでしまう。魔理沙もすぐに死んでしまいシャルのようになってしまうのは耐えられなかった。だから蓬莱の薬を使った。それなのに今ここに居る魔理沙は動かない。人形にだけはしたくなかったのに、気づけば結局人形そのものだった。

 ――私が欲しいのは、こんな人形じゃなかったのに――



 アリスは持っていた上海人形を地面に叩きつけ、何度も何度も足で踏みつけた。身体は歪み、手が取れ、足が取れ、首が取れた。変わり果てた上海人形の姿を目にしながら、アリスは泣いた。いくら涙を流しても、流しきれず気が晴れることは無かった。
『魔理沙も壊そう』。アリスは引き出しからナイフを取り出すと、手にとって魔理沙に忍び寄った。
 ――ふと、足に何かがひっかかり躓きそうになる。それは先ほど壊した上海人形の首であった。その時に人形の体の中から、何かが飛び出ていることに気づいた。その何か――白い紙切れを手に取ると何かが書かれていることに気づいた。それはシャルからの手紙だったのだ。アリスは食い入るようにその手紙を読み始めた。






“親愛なるアリスへ――

 こんなところに手紙を隠してしまいました。
 この手紙を貴女が読むことになるでしょうか。もし読んでいたらそれは素敵な運命ね。
 私はもう死んでいるのよね、この手紙を読んでいるとはそういうこと。
 貴女に伝えられなかったことをここで伝えようと思う。
 実は私は、アリスが最初の友達だったのよ。
 貴女に初めて会った時ピンと感じたの、私と貴女は似ているってね。
 とても貴女の事が気になって、貴女の為なら嘘みたいに元気が出てくるの。
 今まで私は幸せだと感じたことは無かったけれど、私は貴女のお陰で幸せに生きれたわ。
 人間はその短い命の中で、どんな長生きする種族よりも輝いて生きていける。
 だから悔いは無い、私の生は素晴らしいものだったわ。
 
 そして最期の作品“上海人形”をこうやって今まで持っていてくれてありがとう。
 でも壊しちゃったのかな? 挫折しちゃったのかな?
 苦しいときは辛いよね、私も辛かったわ。
 魅力ある人形作りの秘訣ってなんだと思う?
 それは私にとって貴女のような、共に歩める友達の存在だと思うの。
 独りで寂しくなったら、いつでも友達に甘えるといいと思うよ。
 だから、アリスもお酒を友達と飲んでみるといいよ!
 ……なぁんてね、私がお酒が好きなだけだね。

 本当に有難う、アリスも幸せに生きてね。
                               貴女の永遠の友――シャルより”








 
 
「はは…………あはははははは!!」

 アリスは涙を流しながらこれ以上無い叫び声を以って笑い続けた。笑いが止まらなかった。彼女にとって全てが空回りし、全てが皮肉な結果となり、全てにおいてそれに気づくのが遅すぎたのだ。
 笑いを止め、一つの決意をした。どう考えても、もうその道しか残されていなかったのである。アリスは新しい杯を用意すると、それに紅い薬品を波々と注いだ。自らが無生物へと回帰する道リターンイナニメトネスを選んだのだ。



 最期に魔理沙に向かってその言葉を言うと、杯を飲み干した。

 





「親愛なる友へ、乾杯――」





せめて、良い夢が見れますように
夢見人
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/25 08:26:16
更新日時:
2006/03/27 23:26:16
評価:
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POINT:
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Rate:
5.00
1. 5 S某 ■2006/03/25 16:33:42
人形二つ、いや三つ。
これまたなんとも救いのない。
しかし蓬莱の薬の成り立ちを考えると、違和感の残る話ではあります。
でもそのせいで、と考えると納得できる話ですね。
2. 5 月影蓮哉 ■2006/03/26 10:11:53
ぞくっとしましたね…。アリス、マジで怖かったぜ。
3. 6 反魂 ■2006/03/26 16:56:18
最初で最後の友情は、しかし最期の友情だった。
哀しい物語ですね。

え〜と、ちょっと評価の方が難しい……
並行二元構成が物語を凄く活かしていて文章も巧いと思うのですが、
前・中半に比べて後半が展開・進行速度共に唐突すぎてかなり混乱しました。
特にラストは、壮大な物語の結末にしては些か淡白すぎる印象が拭えません。
しかし何はともあれ、世界観の大きな物語で幻想的に読めました。
良い物語をありがとうございました。
4. 4 爪影 ■2006/03/29 15:19:34
夢と現の曖昧ミーマイ。
5. 5 名前はありません。 ■2006/04/01 07:49:11
こういう救いがないのもたまには良いですね
たまにでいいですけど
6. 5 つくし ■2006/04/02 16:25:58
うぅむ、とうならされました。良い意味でも、悪い意味でも。ごちそうさまです。
7. 6 おやつ ■2006/04/06 15:00:14
最期はどうか、安らかに……
でも、神は泣いてるよきっと。
8. 4 藤村琉 ■2006/04/07 02:11:49
 うーん……。
 バッドエンドはいいとして、もうちょっとやり方があるような気もします。アリスのバッドエンドはどうしても魔理沙が絡んでしまう、という点も含めて。必ずしも後味を悪くさせるのがバッドエンドという訳でもないでしょうし。
 救いがなく、どんづまりの袋小路といったイメージは実にバッドで好ましいのですが、心理描写を中心とした文章からは焦燥感や絶望感といった強い負の感情を刺激されなかったので、そういう意味での完成度はあまり高くなかったように思います。
9. 5 水酉 ■2006/04/08 02:51:35
・・・独りで寂しい時は確かに友人と共に飲みたくなりますね。
趣味が同じ輩なら尚良し!(笑)

話自体はとても興味深かったんですが、少し展開を焦り過ぎたかな、と
思う部分もあったり。
幻想郷には蓬莱の薬についての第一人者が居る訳だし、
二人が、その彼女を頼らない事についての動機付けが
描かれていれば良かったかなあ、と思いました。
(少なくとも魔理沙はもっと「人としての生」にしがみ付くはず、
そうでなければアリスを悲しませる事は明白なんですから)
10. 8 ■2006/04/10 00:39:53
あまりといえばあまりに悲しい。でも綺麗な流れでした。
11. 6 papa ■2006/04/11 02:09:56
この話もそうですがアリスの過去の話って、暗いものが多いですね。
この話のオリキャラはなかなかいい感じでした。
12. 8 MIM.E ■2006/04/11 21:36:15
その薬を飲んだ魔理沙の気持ちは如何程か。
最期の選択をしたアリスの刹那的な衝動が何にも増して甘美。
救いの無さに憧れを求めて止みません。
それは、私がひねくれた思考の持ち主だからというよりは、描かれていないところでせめて
二人は幸せだったと。例え歪んでいても。そう結論付けないと真っ直ぐ受け止めたくない感情を持ちました。
それほどに強く揺さぶられたので高く評価させていただきます。
これはうへぇって鬱になれる。でもそう言うのも物語の面白さですよね。
欲を言えば、こういう結末が是ならもう少し深いところへ思い切って欲しかったと思った。
13. -1 木村圭 ■2006/04/12 03:08:53
この手の話は大好きなのですが、この話はどうしても好きになれません。登場人物皆殺しの大バッドエンドなのに、それに至る(キャラの心境の)過程が全然納得できない。
心境の変化が唐突に見えるアリスもそうですが、危険極まりない薬を安易に飲んだ挙句、人間として死にそうになってるのに全然関係ないことばかりを口にする魔理沙が特に。
アリスのことが好きとかそういうレベルじゃない、洗脳されてるようにさえ見えました。
シャルの描写も少なすぎると思います。
14. 6 とら ■2006/04/12 03:54:21
救われない……
15. 2 床間たろひ ■2006/04/12 16:03:05
むーん、コメントしずらいなぁ。
何と言うか……惜しい。シャルとアリスの交流や、弱っていく魔理沙の描写、
それをもっと強く深くしていれば、最後の絶望感ももっと映えるのにって感じ。
こういう話は嫌いじゃないだけに、ねw
16. 6 かけなん ■2006/04/12 22:13:15
うわぁーお。
上海について、なるほどそういう見解もアリですね……。
17. 5 K.M ■2006/04/12 23:07:08
ホラーだ・・・
リアルに考えると、最良の人形の材料は人間なのか?とか考えが及んだり

「覆水盆に帰らず」「零れたミルクは戻らない」等の格言が頭をよぎりました
18. 5 近藤 ■2006/04/12 23:19:56
もう少し視点の切り替えを利用したギミック的な物があれば更に面白くなっていたと思います。
しかし解釈としては中々面白く、それ以上にこういう話に弱いんだなぁ……。
19. 7 椒良徳 ■2006/04/12 23:43:53
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
20. フリーレス 夢見人 ■2006/04/14 21:44:00
皆様今回はお読みいただき大変有難うございました。
そして大変申し訳ありませんでした。
今回私、時間に間に合わせようと焦り、数時間で後半を埋めて投稿致しました。
その時はただ間に合わせるだけで精一杯で気づかなかったのですが、直後冷静になってすぐに
なんて中途半端なものを出してしまったんだろうと悔いました。
これは実力云々以前に、作家の心構えとして最低な行為だったと反省しております。
今後は気持ちを切りかえて、改めて真剣な思いでSSに取り組ませていただきます。


若干ですが作品について語らせていただきます。
酒ということでまず最初に思いついたのが最後のセリフ、そしてホラー。
アリスと魔理沙で書くことも簡単に決まりましたが、何かに趣向を凝らしたい。
そこで『オリキャラ』を使い、反魂氏の言う
『平行二元構成』による「ダブり」を上手く表現して行こうと思いました。
そして前半の(薬を飲む直前まで)それは、比較的上手く出来たとは思っています。
(二回読ませて浸透させる狙いもあったのですが、どうなんでしょうか)
ただ問題はそこからで、本来「魔理沙が弱っていく様子」を、
かなりのボリュームで書いて悲壮を訴える予定だったのが
1日2行という酷い有様になってしまいました。
(その時は、こう淡々としてても味があるかな、とか思ってしまったのですが)

そんなところでしょうか。実力不足も含めて今回を機に心を入れ替えます。

私のHNとか作中に忍ばせてたんですが、分かった方居るんでしょうか。
それではまたいつかお会いしましょう。
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