苦杯

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 08:54:46 更新日時: 2006/03/27 23:54:46 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 辺りは酒気に満ちている。喧噪で禄に隣の者の声も聞こえぬと、更に大声を出して騒ぐ者達。合間には肴が香り、もっと呑めと誘うかのよう。
 宴席に着く者は大小様々。柳のように匂い立つ男も居れば、天を突く大男も居る。まるで柳にしか見えぬ何者かも居れば、本当に天を突く大男も居た。顔の中心に一つ目を持つ者や、逆に全身を無数の瞳が覆う者など。
 その姿は様々でまとまり一つ無かったが、ただ一つ等しいのは、この者たちが鬼と称せられる存在であること。
 ここは鬼の住まう国。曰く、鬼ヶ島である。


「なーんか。微妙に暗くない?」
 島が砕けるかと思われるほどに騒がしい中、一人呟く者が居る。大小の小に属する者の中でもひときわ小さい、小鬼である。その傍目には女童にしか見えぬ姿とは裏腹に、その頭から生える角はひどく立派なものであった。
 身につけた鎖をじゃらりと鳴らしながら、小鬼はその身と大差ないほどある瓢箪を逆さにぐびりとやる。訝しげな視線で、傍目には騒ぎすぎとしか思えぬ宴会を見やった。何時も通り大騒ぎをやらかしているものが多いが、小鬼の目に幾人か似たような目で見回す者が映る。目が合うと互いに疑問符を浮かべ、続けて周りを更に見回した。
 よく見ればちらほらと、不味そうに酒を啜る者が居る。持ち込んだ酒が不味ければ隣の者に寄越せと迫るような鬼が、まるで己に苦行を強いるように不味そうな酒を飲み続けているのであった。
「なんだろうねぇ、あれ。閻魔様じゃあるまいに」
 浮き世の罪を飲んで心で泣くような地獄の判官は、酒を飲んですら愚痴も吐かずにため込むと風の噂に聞きはするが。その風は信頼の置けぬお調子者であったが、夜摩天の気質を鑑みればそれは不自然なことでもない。しかし、陽気で酒飲みの鬼が苦みを堪えるように酒を飲むというのは、小鬼にとって寝耳に水である。
「や、萃香。飲んでる?」
 呼びかけられた小鬼・萃香が振り返ると、そこには知己の鬼があった。顔見知りでない鬼など居ないようなものではあったが、中でも萃香が親しくしていた鬼である。
「温羅。久しぶりじゃない、こっちに来るの」
 便りがないのは元気な証拠、とはよく言ったもので。鬼の集まる宴会にも顔を出さないのは、おおむね下界で楽しく過ごしていると見て間違いない。滅多なことで害されることのない鬼にとってはなおさらであった。
「そう云えば久しぶりか」
 温羅がどこか遠い目をするのに、萃香は首を傾げた。こんな顔を見せる奴だったかと訝しがりながら、駆けつけの一杯と温羅に瓢箪を傾ける。受けた杯を飲み干すその表情は。
「ねぇ。あんたちょっと変じゃない?」
 萃香の酒は何時も通り、芯に響くように熱く旨かった。しかし、温羅の顔は苦いものを飲み干すようで。
「変かな? いや、変なんだろうね」
 溜め息こそ吐かぬものの、それは今にもこぼれそうであった。
「何よ、それ。流行ってるの?」
 奇怪なものでも見る目で温羅を映し、周りにちらほらと居る似たような顔つきの鬼を萃香は指し示すように見た。
「私だけじゃないのか」
 温羅は呆然としたように呟く。点在する覇気のない鬼を同類と認めたのだろう。
「あんたみたいに大当たり引いた奴がそんなでどうすんのよ」
 萃香が言った当たりとは、温羅を退治した人間のことである。鬼は人との勝負事を好むが、鬼が本当に本気を出してはどう足掻いても人間に勝ち目はない。それほどに、鬼は何をやらせても強い。だから鬼は負けても良いと思った相手に、程良いところで負けてやるのが常なのであるが。
 温羅を倒した人間は、なんと真っ正面から温羅を打ち負かしたのである。
 温羅が弱い鬼だったから、などと云うことでは無論ない。弱い鬼など、居るはずもないのだ。萃香も見てくれは小さいが、それに油断した輩は既に負けが確約されているに等しい。鬼は当然のごとく、強いのだから。
「大当たりか。でも私たちと人間の関係は、もう限界なのかも知れないよ」

 *

「温羅の奴、弱気の虫にでも憑かれたのかしら?」
 不満げに口走りながら、萃香は酒をぐびりとやった。下界の住処に戻ってみたものの、温羅の態度がどうにも腑に落ちないのである。温羅や一部の鬼の覇気のない態度もさることながら、それに僅かな不安を感じる自身にも苛立ちを禁じ得なかった。
「ったく。幻想郷だかに引きこもった、紫じゃあるまいに」
 紫とは姓を八雲と称する妖怪で、萃香の旧知である。鬼である萃香が規格外と認めるほどの大妖であるのだが、隠居でもするように鳴りを潜めてその地を見守るようにして暮らしているという。
「うっあ。口にしたら余計むかついてきた」
 動乱を振り撒いて喜ぶような非常に質の悪い妖怪であったが、今思えばその方がまだましだったように萃香には思えて仕方がなかった。あれほどの妖怪が人に迎合でもするように大人しくなってしまったのは、萃香にとって裏切られたような気分だったのである。今でも人を襲うことには変わりないらしいが、かつてを思えばままごとのようなものだ。
「飲み直し飲み直し。む」
 萃香は何かに気付いたように頭を上げる。
「伊吹童子は居られるか!」
 室内を震わせるような力のある声が響いた。
「やっぱり居るじゃない、骨のある奴。心配しすぎだっての」
 ほくそ笑んで萃香は立ち上がり、
「我こそが伊吹童子! 人間風情がよくぞここまで来たわね」
「おんなご、か?」
 武装した六人組の男たちの一人が、意表を突かれたように声を上げた。鬼退治に来たであろう彼らは、まさか萃香のような姿を想像していなかったのだろう。他の者達も大小差はあれ、似たように驚きの顔を見せている。
「おんなご? ふん」
 あざ笑いながら、萃香は傍らにある卓に拳を振り下ろす。分厚い木製の卓は萃香の小さな拳を受け、薄い玻璃のように粉々に砕け散った。男たちはその様に、一瞬で表情を引き締めた。
「これでまさか私を嘗めまいね? まだ子供に見えてやりにくいなら」
 言いながら萃香の背丈がみるみる伸び、美丈夫とでも言うべき凛とした娘となった。
「これでどう? それでも数に任せるのを厭うなら」
 萃香はこめかみに生えた短い毛を数本抜いくと、ふぅと息を吹きかけた。それらは見る見るうちに膨れ上がり、男たちに等しく合わせて六人の萃香となる。
「そなたが伊吹童子に相違ないらしいな」
 頭目とおぼしき男は表情を引き締めながらも、恐れ戦く様子を見せない。期待はずれで無さそうだと、萃香はにやりと笑った。
「しかし、先ほどの怪力。確かに人の届くところではないな」
「怖じ気付いたか?」
 幽かに落胆しつつ、萃香は挑発するように言葉を返した。
「まさか。これで勝負致さんか、と言いたいだけよ」
 頭目の男が指したのは大きな酒瓶であった。萃香の住処はかなりの山奥にある。持ち運ぶだけでも一苦労であろう。萃香としても、なかなか面白い趣向と感じた。
 頭目の男は瓶に柄杓を差し入れて酒を酌むと、ぐびりと一呑みに飲み乾した。見事に飲んで見せた男は、挑戦するように萃香へと柄杓を向ける。
「いいわ。けれどおまえたちは、鬼に剛力で挑む以上の絶望を味わうことになるよ」
 柄杓を受け取った萃香は一酌み、酒を嚥下した。

 *

 数度柄杓を飲み干した後、萃香の視界が揺れていた。瓶を丸ごと飲み乾しても酔うはずもないと高を括っていたのに、萃香にとってあり得ない酔いの進みである。
「私が、たった……?」
 呟きながらふらりと揺れ、倒れ込む。男たちは同時に顔を見合わせると、刀を抜いて立ち上がった。部下の一人が腰だめに一閃、鮮血が飛んだ。
 一瞬の風切り音の後、堅い音と共に刀が止まった。首を刎ねる一撃に萃香は腕を挟み、刀を留めたのである。斬りかかった男が力を込めるが、腕半ばまで食い込んだ刀はびくともしない。
 殴りつけようとした萃香の腕を、別の部下が剛力で抑えにかかる。
「こ……の。謀った……な! 鬼は決して……人を欺かないというのに!」
 その言葉を聞いた男たちの表情が、一瞬で変わった。その顔の既視感に、萃香の力が一瞬抜ける。
 食い込んだ刀が振り切られ腕が飛び、頭目の横凪が萃香の首を刎ねた。千切れ飛んだ首で猶も食らい付こうとしたところで、萃香の意識は途切れた。

 *

 土に埋められた萃香の首が目を覚ます。それは解けて霧と化し、地上で再び結ばれた。
「腕が萃まらない」
 酔いから冷めた気分で、一つだけ戻らない腕を見る。卑怯者の人間たちは腹立たしかったが。
「何であいつらが温羅みたいな顔をした?」

 *

「腕を持っているのはおまえか」
 腕の気配を追って見つけたのは、萃香の腕を切り落とした者である。橋の上に立つ男は、萃香が来ると確信していた様子で驚きはない。
「腕ならば返そう。しかし、引いてはくれぬか?」
「それはもちろん従うよ。どう在れ私は負けたんだから」
 皮肉気に笑いながら萃香は言う。人間がそれ以外を倒すのに姑息な手を用いるのは、当然と言えば当然なのだから。無手の人は犬畜生に劣るのだ。それを補うのは仕方のない事とも言える。
「けれど聞かせて。なぜあんな手に頼った。おまえたちなら私を打ち倒せたかも知れないし、勝ちを譲っても良かった」
 こんな手を持ち出しては、あまり大仰にふれることも出来ないのではないかとも。
「鬼を打ち倒す者を人は人の子と見てくれるか?」
「英雄と持て囃すに決まってるじゃない」
 萃香の言葉に男は首を振り、
「それは今や昔のこと。常人はこの場を見れば女人を襲う野武士と見よう」
 男の言葉を笑い飛ばそうとして、萃香は出来なかった。その顔は同胞の、温羅の顔にそっくりであったからだ。
「同様に。人外を倒す者は人外と疑われる。姑息でも、人と見られる手段を使うしかない」
 うつむく男の手は堅く握られ、血も通わず白く染まっていた。
「悪かった。詰まらないことを聞いたわ」
 顔を上げた男の前に、もはや鬼の姿はなかった。

 *

 鬼ヶ島の喧噪は相変わらず。その筈だがどこか、萃香の目には色褪せて見える。混じる覇気無い鬼は、僅かに増えている気がした。
「や、萃香。飲んでる?」
 言ってくる温羅の顔はやはりどこか暗く、しかし、似たような顔であろうと萃香は思っていた。
「飲んでる」
 傾けた杯は苦かった。
時間がないー。
滋養の類
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投稿日時:
2006/03/25 08:54:46
更新日時:
2006/03/27 23:54:46
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1. 6 2:23am ■2006/03/25 00:39:57
ふうむ…。確かに鬼を打ち倒した者は人ですな。まぎれもなく。
でもそれを他人がーーとなると話は別。
しかし萃香には、そこで叱咤して欲しかった。
鬼は悪ではなく、悪役だと思う。
人が、悪になってしまったのかもしれない。
2. 5 S某 ■2006/03/25 16:17:43
うまいなー、幻想郷でないのに幻想郷のような話だと感じました。
短いけど非常に満足できる文だったと思います。
ただ後書きで台無しな感じが。
3. 10 ラナ ■2006/03/26 06:31:26
現実と伝説と東方のハーモニーっつーんですかァ〜、調和っつーんですかァ〜。素晴らしかったです。
読みやすさについてはいうまでもなく。ずっと長くともストレスなく読召そうな気がしました。
その後萃香が幻想郷にきたことも踏まえれば、失われた物について色々と考えてしまいます。幻想郷にいる人間達についても。
4. 4 月影蓮哉 ■2006/03/26 10:32:29
鬼という種族は、案外孤独なのかもしれませんね。
5. 5 爪影 ■2006/03/29 16:18:32
終盤、もう少し詰め込んだ方が良いかも、と感じました。
6. 6 反魂 ■2006/03/30 15:20:12
大いなる力に抗い得る謀略を身につけた時、その謀略もまた力となる。
鬼、卑怯という勿れ。人の力は、知の力なり。苦杯に打ち勝つ力こそ、また知の力なりと。

……と気取ってみました。以下は私の世界観です。
拙作でも以前少し触れたのですが、鬼は負けてあげるために何か弱点を持っている、
何故なら人間との勝負が好きで、人間と離れたくないから。
だけど人間が離れたのは何故か?それは人間が卑怯な鬼の乱獲を繰り返したからである。
とここまでは公式の設定を借りてるのですが、その卑怯な乱獲とは何かと考えた時に、
それは知略任せの退治を言ってるのでは無いような気がする。
それはもっと残酷な、鬼という存在そのものを「乱獲」してしまう行為だったのではないかと思うのです。

…というのが、私の人妖観です。長くなって申し訳ありません。
勿論、世界観の差は採点とは切り離しております。作品は本当に素晴らしい物でした。

…ただ後書きで一気に冷めてしまったのも事実で、それはちょっとだけ残念です。
7. 4 名前はありません。 ■2006/04/01 20:41:02
オリキャラは名前を出す必然性が無いのなら出さない方が良いと思います
おっちゃん、とかそんな感じで
8. 6 つくし ■2006/04/02 16:56:04
なるほど、という感じでした。伊吹童子のお話、新解釈。人間自らの手でお酒を不味くすることは避けたいものですが……。ごちそうさまでした。
9. 6 藤村琉 ■2006/04/07 02:15:16
 鬼っぽい。
 確かに時間はないのだろうと思いました。萃香っぽさがわずかでも欠けていたら東方のSSには見えなかったと思います。
 続きがありそうに見えるのですがこれで終わりでも納得できような絶妙のバランス。
 時間がないー、というのは執筆時間に限らず鬼と人の信頼関係が崩れるまで時間がない! という意味でもあったのでしょう、と思った方がいいような気もしてきました。
10. 6 水酉 ■2006/04/08 07:42:15
真っ向から王道のテーマに挑んだ事に敬意を。
ただ、だからこそもう少し書き込んでほしかったかもしれないです。
11. 5 おやつ ■2006/04/08 21:57:05
切ないなー。
悪役だけが卑怯なことするわけじゃないんですよね。
しかし、何飲ませたら鬼があんなになるんだろw
12. 9 ■2006/04/10 00:10:10
何とも悲しい。鬼と戦う人間達も、やがて幻想の中のものになるのか。いやしかし、それはそれで、彼らは永遠に消えない。失われないことがせめてもの慰めとなる。
13. 5 MIM.E ■2006/04/11 21:34:25
そして、どうなったのだろう。
この後幻想郷へ来てそして……続きの物語が無いのは時間ゆえか、ここで終わりか。
もし時間のせいで最後を削ったならば残念です。そうでないのなら、最後に締めが欲しかった。
鬼が苦杯を傾ける理由。変わった人間と鬼との関係。とても面白いテーマと文章なだけに
それが残念です。
14. 7 NONOKOSU ■2006/04/11 22:31:00
もうすこし長いのが読みたい、とは思ったものの、やはりこの長さが適当なのかもしれません。
鬼の苦しみや悲しみが、ちょっと切ないです。
15. 7 m ■2006/04/11 22:36:17
真っ向から萃香を書くのは自信の表れでしょう。鬼たちは自分たちの国でどう過ごしているのだろうか。ちょっと考えさせられました。
16. 3 木村圭 ■2006/04/12 03:11:50
人の心は日々移り行く、然も酒の席の気分が如し、か。
変わらなかったが故に消えざるを得なかった鬼は、今頃どこで何をやっているのやら。居場所を奪ってしまった我々が言えることではないですが、新しい相手を見つけて楽しくやっていてほしいものです。
17. 8 とら ■2006/04/12 03:29:34
うわあ、こりゃ苦い。
脳使って生きるってのは本当に難儀だな、と。
18. 7 床間たろひ ■2006/04/12 04:20:30
異能、外れる事を怖れるは弱者の妬みか……その弱者が萃まりて、最強の群体と化す。その最強との力比べには悦びなどはなく、ただ砂漠の砂を掬いて掻き出すような空しさが残るのみ。鬼に見捨てられるもむべなるかな。
そしてかく言う俺もまた、妬む弱き者の一人。
……苦いねぇ
19. 9 K.M ■2006/04/12 20:53:18
鬼の飲む苦い一杯
人も鬼も何かと大変ということか
20. 6 papa ■2006/04/12 21:40:05
鬼には鬼の、人には人の事情があるということなんですね。
悲しいことです。
21. 5 かけなん ■2006/04/12 22:47:01
いいすいかー
22. 6 ■2006/04/12 23:44:10
そりゃあ折角の酒も苦々しくなるわー……ううむ。
23. 6 椒良徳 ■2006/04/12 23:50:25
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
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