春の桜に月の雫を

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 08:59:21 更新日時: 2006/03/27 23:59:21 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 沈んでいく意識。
 深い闇の中は光なく、されどそれが恐怖を与えることはない。
 暖かに包み込んでくれる。それはまるでお母さんの胎内のように。
 その中で、紫銀の髪を花びらのように散らして、鈴仙は丸くなる。
 ぬくもりに包まれて、どこまでも沈――


「れーせん、れーせん」


 ――もうとしたら引っ張りあげられました。
 小さく、ささやくようにかけられる幼く高い声。てゐのものに違いない。
 正直ものすごく不機嫌です。
 それはそうです。
 布団。それは絶対的聖域。
 その中ですごす至福のときを邪魔されてどうしてブチ切れずにいられるでしょうか。

 鈴仙は聞こえないふりをして、布団を深くかぶった。
 でも、てゐはなおもしつこく鈴仙を揺さぶります。
 ユッサユッサ、ユッサユッサ……

「…………」
「れーせん、れーせんってば」

 粘り強く鈴仙を起こそうと声をかけます。
 そうするたび、弾むようなリズムが強さを増していきます。
 それが逆に鈴仙の苛立ちを増長させ、へにょりとしたうさみみはわなわなと震えています。
 マジでブチキレ5秒前。

「れーせん、起きてよ」
「……」

 4、

「れーせん、れーせんってば」
「…………」

 3、

「れーせん、寝てないでほら」
「………………」

 2、

「れーせん、起きてよれーせん」
「……………………」

 1、

「れーせん、れーせん」
「くぉらてゐ、今何時だと――――!?」

 堪忍袋の緒が切れて、ついに鈴仙はガバッと布団を跳ね除けて起き上がり、てゐに一発ぐーでも
ブチ込んでやろうとして。
 その口が、急にふさがれました。
 てゐの手で。
 でも、すぐ間近にはてゐの顔があって。
 ふわりと石鹸の良い香りが鈴仙の鼻をくすぐって、思わずドキッとしてしまう。

「☆○■△$%&〜〜!?」
「シッ、静かに」
 騒ごうとするけれど、てゐの手が強く鈴仙の口を押さえつけてるので声がくぐもったものに
なって消えていく。
 とりあえず息苦しいのだけれど、このまま声を上げようとしているとずっと口をふさがれたまま
になりそうなので抵抗をやめる。
 しばらくするとてゐの手が離れ、鈴仙ははぁはぁと荒く息をした。
「息苦しくて死ぬかと思ったわ……ったく、いったい何なのよ。大体今何時だと思ってるの」
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。それよりほら、これ見てよ」
 不満げに言う鈴仙に、てゐは後ろにおいておいたものを手にとって見せる。
 何だろう、そう思って鈴仙が赤い瞳を闇に凝らしてみると、それはビンの形をしていることがわかる。
 ラベルが張ってあり、『月の雫』と書かれているのがわかる。
「ってこれ、うちの蔵で一番高いお酒じゃ……むぐっ!?」
「だから大きな声をあげないでってば。ね、どう? たまにはさ、兎同士で一杯やらない?」
 再び口を手でふさがれた鈴仙は、一瞬我が目を疑う。
 あのてゐがこんなことをするからには、何かたくらんでいるに違いない。
 日ごろいたずらされてきたその心身が警戒しろと告げているのだ。
 自然、てゐを見る目がジト目がちになっていく。
「そんな心配しなくったっていいよ。コレ、ちょっとくすねてきたんだけどさ、これぐらいの
ボーナスはあってもいいと思わない?」
「ぷはっ……んー、でもなんか後ろめたいなぁ。盗むのはよくないよ」
「じゃあ日ごろがんばってるご褒美だと思えばいいじゃん」
「ご褒美って……」
「いっつも永琳様の言うことしっかり聞いてよい子にしてるんだからさ、こういうことが
あったっていいじゃん。ほら、いこうよ」
「うーん、なんかうまく丸め込まれた気がする……でも、いくってどこへ?」
 釈然としない顔をしながらも諾と答える鈴仙は、差し伸べてくるてゐの手をとって立ち上がり、
たずねた。
 すると返ってくるのは、いたずらっぽいような、でも楽しげな笑顔。

「春に夜、ときたら……桜しかないじゃない」




§   §    §    §




「へぇ、こんなところが近くにあったんだ……」
 あたり一面をくるっと見回しながら、鈴仙は思わず声をこぼした。
 ひらひらと、藍色の空に優しい月明かりが包み込んでくれる中、舞い散るは薄紅色の吹雪。
 されど吹雪というには優しく、風雅で、見るものを捕らえて離さない、そんな美しさがある。
「ふふん、どお? こんなに桜が咲いてても誰も来ないし、見上げれば空が望めて、いい風が
吹き抜ける丘。いい穴場でしょ?」
「うん、本当、これはきれい……」
 鈴仙は答えながらも、うっとりした声で呆けたように見つめ続ける。
「あっち、行こうよ。いいところがあるのよ」
「うん……」
 上の空のまま返事をした鈴仙は、てゐに引っ張られるままついていった。


「わぁ……」
 遠く広がる幻想郷の穏やかな夜景を見渡して、鈴仙から感嘆した声がする。
 心地よい夜風が吹いていき、流れに乗って桜の花びらが舞い降りる。
 まるで粉雪のように、静かに、ふわりふわりと。
 けれど雪のように空を閉ざすことなく、ゆえに月明かりがそっと兎たちをなでてくれる。
「さ、れーせん。座って。乾杯しよ」
「あ、うん」
 てゐに促され、鈴仙は丘の草原に座り込んだ。
 酒瓶のふたに手がかけられ、キュポッという音とともに栓が開く。
 用意してあった兎の模様が入ったお猪口になみなみと注がれていく酒。


「それじゃあ――」             ――――てゐが右手を高く上げる。
「乾杯」                  ――――応えるように鈴仙の手も上がる。


 チン、と低い音を立てて二つの杯が交わり、離れて二人の兎たちの可憐な唇へと吸い込まれていく。
 こくり、と少女たちののどがかわいらしい音を立てる。
「ん……おいしい」
「ほんとだ……スーッとのどが潤う感じ……」
 一気に飲み干すと、ほぅ、と息をついてそんな言葉を零す。
「さすが、秘蔵の銘酒……」
「ううん――――」
 てゐの言葉を遮るようにしてふるふると首を左右に振って鈴仙が声をあげる。
「てゐが今夜ここにつれてきてくれなかったら、こんなにおいしいって思わなかったと思うな」
 えっ、と間の抜けた声をあげながらてゐが鈴仙のほうを向くと。

 薄紅色の桜の花びらさえ霞んで見えるほどに、

「あ、うん……そ、そう言ってもらえると、うれしい、かな?」

 ピュアな笑顔が、ほんのりと桜色に染まって、そこにあった。

「こちらこそ、ありがとうね、てゐ」

 思わず見とれてしまいそうな、何ものにも変えがたい、一瞬に咲いた夜桜。


 ――これが、見たかったんだ、きっと。
 じっと鈴仙を見つめるてゐ。澄んだ赤い瞳が鏡のようにその顔を映し出す。
 月兎に見とれた素幡が、そこにある。
「……どうしたの、てゐ?」
「え、うん、なんでもないよっ!」
 不思議そうな顔をして鈴仙が顔を近づけてくると、飛びのくようにしててゐは離れた。
 狩猟者に狙われたときだって、きっとこんな速度で逃げないだろうな、と思えるような速さで。
「変なの……ま、いっか。それより注いで頂戴、もっと飲みたいわ」
「あ、おっけー。っていつもより良いが回るの早くない?」
「そうかな? 平気だよ」
 ほらほら、と催促してお猪口をよこす鈴仙。
 まあいいか、とてゐはまたなみなみと注ぐ。
 くいっ、と飲み干して、ほぅっ、とため息をひとつ。
 甘いような、艶やかな吐息。

「ん……ちょっと、暑くなってきたかな?」
 何とはなしに独りごつと、鈴仙は首もとのネクタイに手をかける。
「ちょ、ちょっとれーせん!? 酔いが回ったからって脱いじゃマズイって!」
「脱いだりはしないわよ。ちょっと涼しくするだけ」
 苦笑しつつネクタイを緩め、Yシャツのボタンをはずしていく。
 わずかにのぞく鎖骨のラインが綺麗だった。
 けれど――


「あっ――」

 思わずてゐがそんな声をもらしてしまうほどに。

 鈴仙がその長く綺麗な紫銀の髪に両手をかけて、髪をかき上げる。

 ふわりと、まるで花が咲くようにして髪は夜空に踊る。

 その瞬間覗いて見える白いうなじ。

 緩んだYシャツから隠れることのない白い素肌は、酒に潤いほんのりと上気していた。

 少女の肌に桜が咲いたかのように、そんな薄紅色に。


「――――」
 声にならなかった。
 いつも一緒にいたから気付かなかったのか。
 だからこそ垣間見えたその艶がより一層映えて見えたのか。

「――てゐ?」
「あ、えっと」
 再び鈴仙に見とれていたてゐは、その声でようやく正気に戻った。
 だけれどまだ、その小さな胸はトクントクンと高鳴っていて。
「さっきから変なの。それより――風が気持ちいいね」
 両手を後ろにして体を支え、目を閉じると、鈴仙は心地よい風に身を任せていた。
 可憐な唇から言葉が零れることはなく、吹き抜けていく風だけがささやいていた。
 長い髪は風に流れるまま桜の花びらとともに踊る。
 普段見えないその白いうなじにもまた、桜の花びら。
 見とれるてゐ。自然と、顔が熱くなっていくのがわかる。
 なぜだかそれが恥ずかしくて、だから鈴仙に倣って風に身を任せてみた。

 ――落ち着いていく。
 まだ冷たい春の夜風が穏やかさを取り戻してくれる。
 ちょっぴり残念な気持ちもするけれど、あせることもないと思う。
 だってまだ、夜は長いんだから――――

「ん……」
 しばらくすると、鈴仙は眠そうな声を上げて目をこすった。
 仕方のないこと。何しろ、寝ているところをたたき起こされたのだから。
 だけれどてゐは風を浴びていたから。
 だから、気付くのが遅れた。
「えっ、ちょっとれーせん?」
「気持ちいいな……このまま寝かせて……」
 てゐの膝に頭を乗せて、まるで赤ん坊のように丸くなると、そのまま穏やかな寝息を立てて
寝入ってしまった。
 すぅー、すぅーと規則正しいその呼吸を聞いていると、あっけにとられていたてゐに笑みが浮かぶ。
 ――しょうがないなぁ、もう。
 くすっと笑うと、そっとその綺麗な髪を撫でる。
 三度のぞく白いうなじは未だにほんのりと上気していて。
 さっきはときめいてドキドキしてしまったけれど、今は、ただ愛おしく感じる。
 そんな桜色の素肌に、薄紅色の花びらが風に乗り舞い降りた――――




「で、どうするの永琳? 勝手に秘蔵のお酒を因幡たちが持ち出したみたいだけれど」
「申し訳ありません、姫。後で厳しく言いつけておきますので」
 永遠亭の楼閣にて二人。輝夜は杯を手に月を見上げており、永琳は丁寧に頭を下げている。
「いいのよ。たまにはこういうことがあっても、ね?」
 輝夜はコロコロと笑いながら永琳のほうを向くと、顔を上げて、と言った。
「それよりほら、お酒、注いでちょうだいな」
「はい、ただいま」
 徳利を持つと、輝夜の差し出す杯に静かに酒を注いでいく。
 月明かりを照り返すその様は神秘的で、きらきらと輝いていた。
 飲み干そうと輝夜が杯を口元まで持っていって――そこで、止まった。
 艶やかな唇から杯が離れ、まるで穏やかな湖のようなその水面をじっと見つめる。
 映るのは、彼女の故郷。遠い遠い、尊き珠の煌き。
「――私も貴女も、鈴仙も……あの遠い遠いところから零れ落ちた月の雫」
 ぽつりと、誰に言うでもなく零れるそんな言葉。
 さびしいような、思い返すような。似ているようで、けれど違う。
「ずっと一緒にいて頂戴、永琳。鈴仙も、因幡たちもみんな」
「もちろんです、姫。どこまでも、お付き合いいたします」
 迷うことなく返ってくる言葉。
 月の光のように優しく、だけれど強い意志。
「ありがとう」
 輝夜は穏やかに、これ以上ないというぐらい美しい笑顔を浮かべる。
 あらためて杯を飲み干そうとすると、風が強く吹いた。

 ひらり、ひらり――
「あ――」
 輝夜の黒く艶やかな髪が舞い上がり、のぞく白いうなじ。
 そして、杯に舞い降りる桜の花びらが、ひとつ。
 一瞬じっと見入っていた輝夜だけれど。
 くすっと笑うと、杯をそっと傾けて、月の雫を飲み干した――




 月の雫はここにある。
 ずっとみんな、幸せでありますように。




おしまい。
長い髪からのぞく白いうなじが実にエロい件
シュキバリアン
作品情報
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最新
投稿日時:
2006/03/25 08:59:21
更新日時:
2006/03/27 23:59:21
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Rate:
5.00
1. 7 ありがとう ■2006/03/25 00:46:33
うなじ。ありがとう。
2. 5 ラナ ■2006/03/25 04:18:04
されにはだうい。ところで咲いた夜桜という文が咲夜に見えてしまった件。
永遠亭に腹黒いのが全くいないことが微笑ましいような物足りないような。
でもエロかったので好きです。
3. 8 名無しに代わりましてVIPがお送りします ■2006/03/25 08:17:05
うなじというミスリードは見事だった
だが、鎖骨は見逃していない
4. 6 名無し ■2006/03/25 20:02:26
そんなうなじをそっと撫でたい件に……
あれ!? デジャブ!?
5. 7 月影蓮哉 ■2006/03/26 10:50:08
いやいや妖夢。鎖骨の方がエロいわよ。
6. 5 ひるぅ ■2006/03/27 02:09:28
こういうほのぼのとする話しは好きです。鈴仙を近くに感じてどきどきしてるてゐが可愛らしい。
7. 5 爪影 ■2006/03/30 00:13:19
夜桜、月、美し。
8. 2 反魂 ■2006/03/30 01:52:47
うなじ4作目確認。アンタも好きねぇ(死語)
9. 4 名前はありません。 ■2006/04/02 06:49:57
エロい鈴仙ですね
10. 3 つくし ■2006/04/02 18:05:52
桜色のうなじが実に幸せな件
11. 3 藤村琉 ■2006/04/07 02:18:38
 うなじ多いな。
 中盤までしんみりと爽やかに進んでいたにも関わらず、唐突にえろすな展開。いきなりかよー。
 というかやっぱりうなじは無理ありますって。浮いてるもの。
 えろを狙いすぎて逆に萎えさせてしまう典型的な例。
 良い雰囲気だっただけに悔やまれる。
12. 5 おやつ ■2006/04/08 22:43:52
鎖骨というだけで、うなじというだけで判断するのは偏見だ……
と判ってはいるんですがね。
月の雫達の幸せが、永く続きますように。
13. 7 水酉 ■2006/04/09 13:55:47
地上に零れ落ちた月の雫たちが、ずっとずっと、みんな揃って、
幸せでありますように。
14. 8 ■2006/04/09 23:33:44
いや、いい話だし情景も綺麗なんですが。実に え ろ くて素晴らしいですね。
15. 2 ■2006/04/11 19:20:50
ユッサユッサ…
16. 6 MIM.E ■2006/04/11 21:31:59
何かに気がついてしまったてゐ、けれどそんなてゐ自身がとても魅力的な件について。
17. 5 NONOKOSU ■2006/04/11 22:24:00
うなじ等の、いわゆる『フェチ』が東方界隈には多いのだろうかと、上から順番に読んでいる身としては考え、実は自分もそうだなあと自覚し、遠い目をする今日この頃。

だって、東方の半分はエロスで出来(以下強制削除――
18. 2 木村圭 ■2006/04/12 03:14:50
エロいと艶かしいは別だと主張してみたい件について。
19. 6 とら ■2006/04/12 03:16:33
うさぎは白い。白いはうなじ。
20. 6 papa ■2006/04/12 21:43:04
仲いいな、この二人。あと、てゐが色っぽい。

語尾は丁寧にするか普通にするか、そろえたほうがいいと思います。
21. 6 K.M ■2006/04/12 22:29:11
永遠亭の花見酒&月見酒
ほのぼの〜
22. 6 かけなん ■2006/04/12 23:11:22
OKいい雰囲気とうどんげと鎖骨だった
23. 5 ■2006/04/12 23:53:28
うん、鈴仙とてゐがほほえましい。
24. 7 椒良徳 ■2006/04/12 23:58:08
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
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