夜の桜をあなたと

作品集: 最新 投稿日時: 2006/03/25 09:00:05 更新日時: 2006/03/28 00:00:05 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 ここはすでに荒地だった。
 草は思い思いに根をはり、人の痕跡を覆いつくす。
 墓は訪れる者もなく、刻まれた文字は判読もつかない。
 藍に墨を垂らしたかのような空気の中、私は友人に会いにきた。
「久しぶりね」
 彼女の近くの石に適当に腰をおろす。
 何から話せばいいのか。
 会いたい。話したい。笑いたい。触れたい。
 ずっとそう思っていた。なのになぜかこうしてみると、言葉は渦を巻いて私の中から出ようとしない。
 伝えたいことがあった。言わなくちゃならないことがあった。
 ほら、やっぱり私はこどもだ。
 素直になれない性格が災いして、自分の気持ちさえよく表せられない。
「いいたいこと、あったんだけどな」
 なんだか分からないけど、胸がきゅっとして切なくなった。
「そう、今日はお土産持ってきたのよ」
 振り切るように笑顔をつくる。
「私にも漸く判るようになったわ」
 手にした瓶から、勢いよく液体をそそいだ。
「酒の味ってやつがね」
















 一人きりでいるのは辛くない。
 昔からそうだった。私の周りには誰もいなかった。
 地下牢のような光も射さない場所で、今が夜なのか昼なのかもわからない、知る必要のない毎日。
 食事を運んでくる者も、私を怖れて目を向けようとすらしない。
 一体何に怯えていたのだろう。
 私は何もしなかったし、何もできなかった。
 ただ部屋の隅に蹲って、衣擦れの音を聞いていただけなのに。
 そんな風に疎まれていた私に、父だけは笑顔をみせてくれた。


「そなたの髪は美しいな」
「みなは鬼の頭髪だといいます」

「瞳も玻璃玉のようだ」
「血の色をした呪いの目玉だといいます」

「肌はこの上なく透き通っている」
「死者のごとき青白さと」


 父は私が何を言っても笑っていた。
 与えられた場所は座敷牢のようではあったが、鍵の掛けられることはなく、どこへなりと出歩くことができた。
 とはいっても日の高い時分は外を歩けなかったので、必然的に外出は夜になる。
 夜には恐ろしいものが徘徊しているといわれていたが、ならばこそ私にはおあつらえ向き。
 誰からも怖れられる私にはお似合いだ。
 それに、屋敷にいるのは好きではなかった。
 あからさまに敵意を露にしてくるものや、私がすこし身じろぎしただけで悲鳴を残していくものは、どうしたって好きになれない。
 私は気まぐれに訪れる父を待っているだけでよかった。
 あの女が現れるまでは。



 ある日を境に、ふっつりと父は顔を見せなくなった。
 いつも頻繁に会えるわけではなかったし、今はお忙しいのだと、私は耐えた。
 しかし三日月が満ちても、十六夜から十五夜を迎えても、月のない夜を幾度越えても、父は訪れない。
 辛くはない。
 所詮待つことしかできぬ身。
 大丈夫。
 父が気にかけてくださるのなら、私はいつまででも待ちましょう。


「……いま、なんといった?」
 名も知らぬ男は蔑むように私を見下ろし、怖ろしいことを口にした。
「聴こえなかったか。あのかたは、とある姫にご執心。今宵も姫の所望する宝を求めて、いずこかへ発っておられる」
 父の来訪の途絶えたのは、新しい女のせいか。
「それが天女と見まごう美しい姫だそうだ。あのかたは、すっかり虜になってしまわれた」
 そんなこと、いままでだってさんざんあった。
「思いを遂げられた暁には、新しい屋敷さえ贈ろうという」
 しらない。どうだっていい。いつだって最後には私の元に還ってきてくださる。
「ここを取り壊してな」
 私は
「わかるか? あのかたは、もとよりお前のことなど案じておらぬ」
 わたしは
「お前を産んだ母は、お前の姿の恐ろしさに心を病んで死んだ。お前もすぐに殺されるはずだった」
 ワタシは
「それが今まで生き永らえたのは、お前の悪鬼のような姿が奇妙でなんと珍しいものかと仰った、あのかたの戯れのおかげだ」
 私は父を、
「お前はもう見放されたも同然。飽きられた人形の末路など、ひとつしかあるまい?」
「煩い! 私は信じる! 父が私を棄てるなど、そんなことがあるものか!」
 激昂する私を、下卑た眼で嘲笑う。
 うるさいうるさいうるさい。
 出て行け、私の前から消えてなくなれ!
 唇を噛締め、手のひらに爪をたて、全霊をもって相手を睨みつける。
 最後に舌打ちを残して、見知らぬ男は去っていった。


 今夜の月はよく映えている。
 化け物は化け物らしく、満月の夜に闊歩しよう。
 例の姫の屋敷はほどなくみつかった。
 夜更けてなお牛車の行き交う、しかしうらびれたみすぼらしい、屋敷とよぶもおこがましい、そんな家。
 その女は、文をよせる者に無理難題をかせては翻弄し、その実誰にもなびくことのないという。
 私の父もその妖女に弄ばれる、哀れなひとりでしかないという。
 今宵の月は不思議と、私の気を昂ぶらせる。
 化け物は化け物らしく、月明かりに人をあやめよう。


 侵入は容易だった。
 柵の間には大きな穴があったし、警戒している者も皆無。
 入り口から声がきこえる。

 姫はどなたにも会いたくないと

 望みの品をみるまで、誰の申し出も受けないと

 何様のつもりだ。
 足音を忍ばせ懐の刃を固く握り、身を隠して進んでいく。
 小さな屋敷。目的の姫は、開け放たれた庭からただ天を仰いでいた。
 その姿を見た途端、呼吸のやり方さえわからなくなったように、動きを止められた。
 
 黒髪は美しく頬を流れ、小川のように涼やかに
 夜天を映した瞳は、憂いを帯びてかすかに潤む
 ほんのりと赤みのさした、滑らかな白磁の柔肌

 彼女を照らす月光までが、そのすべてを祝福するかのようで、
 あまりの神々しさに、ちっぽけな私は、
 人知れず、泪をうかべていた。



 できなかった。
 殺してやろうと思った。
 父の目を覚ますためにも、殺すしかないと思った。
 何様なんだと思っていた。
 ちょっとちやほやされたからって、調子づいているだけだろうと。
 しかしあの姿を目の当たりにして、なにもかも消し飛んでしまった。
 みなが天女と呼ぶのも頷ける、神秘的な美しさ。
 男を翻弄する性からは結びつかない、清涼な佇まい。
 なによりあれは、私の憧れてやまないものを余すところなく体現していた。
 身体に力が入らない。
 どうやって屋敷に戻ったのかすら思い出せない。
 私にできることといえば、はらはらと数年ぶりの泪を流し続けることしかなかった。




 幾日が過ぎたのか。
 私はあの夜から屋敷に篭りきりになっていた。
 誰が来ようと、顔も上げない。耳も貸さない。
 もう父が訪れることはないだろう。
 それは確信めいた残酷。
 ああ、私には何を願えばいいのかさえ判らない。


「まるで石ころのようだな」
 またあの男の声がする。
「まったく、これでは何の為にお前を嗾けたのか判らんではないか」
 何の話をしている。


「お前の父親は死んだ」
 


 何を言っている?
「月に住まう天人だとかぬかす、あの小娘に弄ばれた挙句、あっけなく命を落としたのだ」
 父様が、嘘、そんなこと、だって、私は
「どうすれば善かったというのだ。色に狂ったあの方にどんな言葉なら通じたか」
 あのとき おもったのだ
「お前は怖ろしくはなかったのか、父に裏切られることが」
 つきあかりのゆめのようだった
「その身をもって、あのかたに報いようとは思わなかったのか」
 父がこのゆめをのぞむなら
「鬼ならば鬼らしく、血を纏っておればよかろう!」
 私の夢など 捨ててしまえると



 
 無我夢中で走っていた。
 頭の中はからっぽなのに、なにかが立ち止まることを許さない。
 何を目指したわけでもないのに、あの屋敷に辿り着いた。
 それは、壮絶。
 扉という扉は開け放たれ、虚ろな闇を晒し、戦の痕を見え隠れさせる。
 倒れた車輪は、無情な風に乾いた音を響かせる。
 至る所にはじける、血の飛沫。
 そこに、糸が切れたように立ち尽くす、老いた夫婦がいた。
「なにがあった」
 うまく声がだせない。
「なにもできませんでした」
 抜け殻が、なにか言っている。
「この血はなんだ」
「月の使者を迎えました」
「輝夜はどうした」
「あのこは、行ってしまいました」
 老翁は力なく、手にした壷に視線をおとした。
「この薬だけを残して」
 あれは、もういない?
 殺しておけばよかった。
 あのとき、殺せばよかった。
 こんな結末が待っていたなら、あのとき知っていれば、戸惑うことなどなかった。
 父様、ごめんなさい。
 あなたを救って鬼となることこそが、私のただひとつの道だったのに。
「あのこは言いました。この薬を口にすれば、死をも怖れることはないと」
「けれどもあのこがいない私たちに、怖れるものも無くすものもありはしないのです」
 なにもないのは、私のほうだ。
「ふざけるなっ!」
  考える必要なんてなかったんだ
 壷は簡単に奪えた。
  あのとき、思う通りにしていれば
 得体の知れないそれを、泪ごと呑み込んだ。


 カラダが、熱い。


 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い
 いや、誰か、助けて、やめて、
 身体中がヤキツクサレル
 たすけて たすけて たすけて タスケテ
 どんなに叫んでも、地べたを転げまわっても、逃げられない。
 どうして? なんで? どうなってるの?
 いやだ、あついの、いたいの、助けて!
 声も嗄れ、身体も動かなくなってやっと気づいた。
 炎は、私自身から迸っていたのだ。










 不老不死でも、お腹はすく。不老不死でも、寒さは堪える。
 あれから私は、少しずつ少しずつ住処を変えながら、人目を避けて暮らしていた。
 人はみなこの姿を怖れ、逃げてゆく。
 なにもかも諦めていたが、私は生きなくてはならない。
 死ねない事がこんなに辛いなんて。
 どんなに痛くても、苦しくても、寒くても、空腹でも、終わりはこない。
 田畑のものを盗んでくるなど、誇りにかけてするものか。
 そんな思いも、飢餓の苦しみには勝てなかった。
 気が狂いそうな極限状態で泥水をすすり、枝木を食み、どうにかまともな頭を取り戻したときには、誇りなど残っていようはずもない。
 私はたびたび里へ下り、食料を漁るようになった。
 とうとう、名実ともに化け物の仲間入りをしてしまったのだ。
 苦痛だけが積み重なる毎日は、変らないかのように思えた。



「あなたね。里を襲う妖怪ってのは」
 札を携えた少女が、立ち塞がる。
「人を襲うわけじゃないみたいだけど、呼ばれたからには退治させてもらうわ」
 衝撃だった。
こんな日が来るかもしれないと、思ってはいた。
 しかし心構えはできていなかった、ということだったのか。
 違う。それ以上に私を動揺させたのは、もっと別のこと。
 今はとにかく、全力で逃げる。
「追いかけっこ?」
 歌うような声が耳に残った。


 荒れた呼吸を整える。
 もうあの里には行けない。違う所を探さなければ。
 情けなさに泪が出そうになる。
 そんなもの、こんな身体になったときに涸れつくしてしまったと思っていたのに。
「みーつけた」
 逃げ切れなかった。
 しまった。こんな所で休んでいる場合じゃなかった。
「近寄るな!」
 反射的に身体をひねり、少女との間合いをとる。
 動揺を隠すことはできそうもないが、自分を奮い立たせるために、真正面から相手を見据えた。
 そのまま、私のすべてを集中させる。
「あら、やる気になったのね」
 少女は懐から次々に札を取り出し、流れるように展開させてゆく。
 喉が張り付くように苦しい。でも、ここでやめるわけにはいかない。
 体中の熱が、限界まで高められる。頭がぐらぐらする。
 途切れそうになる意識を懸命に繋ぎとめ、そのすべてが臨界点を超えたとき、
 私の背後に、まさに不死鳥をかたどった、炎の群れが現れた。
 札のほとんどは、炎にまかれて焼け落ちている。
「灰になりたくなければ、さっさと消えろ」
 帰れ、早くいなくなれ。
 これはただの虚勢。私には炎を操ることさえできない。
 こうしているだけで、今にも気を失いそうなのだ。
 だから、これは最後の手段。
 このまま相手が逃げてくれれば、
「面白いじゃない」
 耳を疑った。この少女には逃げるそぶりもない。
 それどころか、私を見て心底楽しそうに笑っている。
「これならどう?」
 そういって彼女が広げた札は、一枚一枚が淡い光を放っていた。
 とめられない。
 札は意思を持つかのように、炎をすり抜けてくる。
 ああ、死ぬのは慣れてはいるけど、



「なに、いまの」
 生き返ったばかりの私を、少女は穴が開きそうなほどに見つめていた。
「今ので分かったでしょう。私は死んでも何度だって蘇る。残念だけど、退治されてあげることはできないわ」
「今ので死んでたの? やけに弱いわね。一体なんの妖怪かしら」
「妖怪じゃない!」
 これだ。これが堪らなくこたえる。
 どうしてこいつは、恐怖でも侮蔑でもなく、友人を呼ぶような気軽さで私を妖怪と呼ぶのだろう。
「私は、私は……人間よ」
 口に出した言葉は、ずっと忘れようとしていたことだった。
 すでに私自身、自分は妖怪だと思っていた。
 だから人と交えないのだと。そう思えば楽だった。
 しかし、それは違っていたらしい。
 気づかないうちに、私はやはり人でありたいと、強く願っていたのだ。
「なんだ、あなた人だったの」
 目の前の少女は、思いもしなかった反応をみせた。
「信じるの?」
 今度は私があっけにとられる番だ。
「だってあなた、妖怪にしては弱すぎるんだもの」
 くすくすと笑顔をみせて、私の手をとる。
「そういうことなら、退治はしない。私は妖怪専門だからね」
 握った掌から彼女の体温が伝わる。
 この日から私は、人を取り戻すことができた。




 以来、少女は暇をみつけては遊びに来るようになった。
 私にとって始めての友達。
 どういう態度をとればいいのかわからなくて、いつも必要以上に素っ気無く振舞ってしまう。

「遊びに来たよ」
「また?」
「あら、せっかく来たのに」
「こう頻繁だとうんざりもするわ」
「つめたいわねえ」
「こんな所に来ても、暇なだけよ」
「そうでもないわ。ほら」
「……今度はなに?」

 彼女はたびたび訪れては、お節介をやいて帰っていく。
 雨風を凌ぐだけのその日暮らしをしていた私に家を造ろうと提案し、どこからか道具を集めてきた。
 出来上がったものは家というよりはみすぼらしい馬小屋だったが、私には安心できる場所になってくれた。
 私が炎を制御しきれないことを知ると、暫くして奇妙な髪飾りを持ってきた。
 それは念をこめた札で出来ており、霊力と集中力を高める効果があるらしい。
 確かにそれを身に着けてから、徐々に炎を御せるようになっていった。
 私に里で暮らす意思がないことを悟ると、次の日には畑を耕させられた。
 自給自足は一人暮らしの基本らしい。
 口先では文句を言っていたが、実際楽しくて仕方なかった。
 彼女も、軽口をたたいては笑っていた。
 でも毎日が楽しいほど不安になるのは、別れが決まっているからなのか。
 少女は私の前で、いつも笑顔を見せている。


 
 やってくるときは突然で、去るときは後をひかない。
 彼女の訪問は予測がつかない。
 冬が去り、春の訪れを肌で感じるようになった頃、ふらりと真夜中に訪れたことがあった。
「ね、お花見しよう」
「こんな夜中に?」
「いいから、いいから」


 その日の空には星明りだけが瞬いて、大木の輪郭を浮かび上がらせていた。
 大きな桜。
 昼間は里の人達も、ここで春の宴を開くのだろう。
 夜桜も粋ではあるが、月明かりさえない今夜。
「やっぱり何も見えないわよ」
 非難するつもりで呟いたのだが、彼女は欠片も堪えない。
 跳ねるように桜に駆け寄り、私を呼ぶ。
「ここであなたが花を照らすの」
「あー、そういうこと」
 暗闇にまぎれてよく見えないが、彼女はきっと満面の笑みで待っている。
 仕方ない、応えてあげましょうか。
 軽く眼を閉じ、意識を集中させる。
 私の身体の真ん中に小さな珠を作るように。
 それをゆっくり背中に移動させ、身体から抜け出すと同時に羽化する蝶を思わせる動作で、炎の翼を大きく広げる。
 以前とは違う。この炎は私の意志で自在に操れる。
「凄い奇麗。完璧じゃない」
「ま、お守りのお陰なんだけどね」
「ちがうよ」
 彼女は、今まで見たことのないくらい優しく微笑んでいた。
「あれはね、効果は本当だけどこんな劇的なものじゃない。ちょっと手助けする程度なの」
「それじゃ、」
「そう。こんなものに頼らなくても、自由に力をつかえるわ」
 おめでとう、と言った少女の後ろで、火の粉と花びらが踊るように舞い落ちていた。


「よし、今日は朝まで呑み明かすわよ」
「私酒は駄目なんだって」
 花と炎に囲まれて、二人きりで宴をひらく。
 桜の下では飲まなければならない仕来たりだと言われ、しぶしぶ酌をうけた。
「辛い」
「あはは、これが判らないなんてまだこどもね」
「どうせこどもよ。いつまで経ったって」
 小さく息をついて、杯を置く。
「私は七つの頃から呑んでたわ」
 私の置いた杯を取り、一息に呷る。
「ね、妹紅。身体はそのままでも心は成長するわ。長い人生、余裕と楽しみが必要よね」
 また新しく注いだ杯を差し出してくる。
「……火、呑んでるみたい」
「あはははは」
 結局ほぼ彼女ひとりで空けてしまい、珍しく私の家で朝を迎えた。
 彼女はいつもの通り終始笑顔を絶やさなかったが、なぜか時折見せる顔が知らない誰かのように見えた。



 花の頃も過ぎ去り、木々は一層瑞々しさを増している。
 そのかわりに雨も多く、憂鬱な気持ちにもなる。
 こんなときは彼女の訪問が待ち遠しいのだが、勤めて本人には悟られないように振舞った。
「妹紅」
 彼女の声がする。
 はやる気持ちを抑えて、いつも通りに。
「ああ、いらっしゃい。少しご無沙汰だったわね」
 出迎えた先の彼女は、知らない姿をしていた。
 少女らしく下ろしていた髪を清楚にまとめ、動きやすいからという理由で好んでいた袴を脱ぎ、口元には紅を引いている。
 少女は、大人になっていた。
「どうしたのそれ」
 彼女の顔から、笑みが消えている。
「私ね、知らない遠家にお嫁にいくの」
 どう言葉を返せばいいのか。
「うちは先祖代々符術師の家系で、より強い血を残すように婚姻を繰り返してるのね」
「いつ」
「今日。隙を見て抜け出してきたの。あなたに会いたくて」
 またなのか。
「どうしてみんな突然なの?」
「ごめんなさい」
 こんな風に会いに来るなんて、最後だって言ってるようなものじゃないか。
 どうして大切に思う人は、私の前から去ろうとするの。
 私にとってはじめての、
「あなたは、私の始めての友達だったの」
「え?」
 私が言うはずだった言葉は、彼女の口から発せられた。
「接し方が分からなくて、好き勝手に振り回したわ。迷惑だったかも知れないけど、あなたと一緒だと楽しくて、ほかのどんな事も我慢できた」
「それなのに、行くの?」
「ええ。決めたの」
 こんな顔の彼女は、見たことがない。


「行けばいいわ」


 なんと言えばいいんだろう。
「構わないわ。もとに戻るだけだもの」
 違う。そんなこと言いたいんじゃない。
「また里を荒すかもしれないけど、あなたには関係ないしね」
 違う、
「さよなら。もう会うことも無いでしょうね」
 だめだ。
 頭はぐちゃぐちゃで自分がなにを言っているのか判らない。
 彼女の顔を見ているのが辛くて、背中を向けた。
 彼女の息をのむ気配がわかった。
「うん。さよなら、妹紅。……ありがとう」
 足音が遠ざかる。
 これで、おしまい。
 















 彼女の名前を見つけたのは偶然だったのだろうか。
 千年経っても、忘れることはなかった。
 あんなに憎んでいた輝夜でさえ、もう普通に話せるくらいになったのに。
 これが彼女の墓だという確証はない。
 きっと他人だろうとも思う。
 それでも構わない。
 思い出が残っていれば。
 あたりはすっかり更けていた。
「妹紅」
 どきりとする。
「慧音」
「変わったところにいるな」
「ちょっとね。で、どうしたの?」
「ん、里のみなに良い酒をもらってな。おまえと呑もうと探していたんだ」
「それはいいわね。せっかくだから夜桜見物でもしない?」





 桜の花の降りしきる中、炎を纏った鳥が躍る。

幻想郷の少女に幸あれ
noco
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/03/25 09:00:05
更新日時:
2006/03/28 00:00:05
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1. 1 S某 ■2006/03/25 15:56:11
いい話、だとは思うんですが……
これ、酒出てこなくても成立する話ですよね。
2. 6 ひるぅ ■2006/03/25 17:16:08
妹紅はもう髪のお札をつけなくても炎を自由に操ることが出来るのに今でも付けている理由はやっぱり今は亡き古い友人との思い出が詰まっているからなんだろうなぁ。
楽しく読ませて貰いました。
3. 6 月影蓮哉 ■2006/03/26 10:55:48
偶然Lagunaの曲聴きながら読んでいたのですが、泣きそうになりました。
いや、感動しました。
4. 6 爪影 ■2006/03/30 00:53:22
郷愁を肴に飲むのも、悪くない。
5. 5 反魂 ■2006/03/30 12:21:28
卓絶した見事な文章力で、純和風文学のようなムードで楽しめました。
こういう小説を書きたいと、羨ましい限りです。

ただ、前半と後半の展開にやや齟齬を感じてしまいました。何というか、前半で書かれたことが後半に繋がっていないという印象を受けました。また、「お酒」要素がちょっと薄いかな、と思います。

ああ、でもやっぱり良い作品です。
6. 4 名前はありません。 ■2006/04/02 07:15:36
良いのですが、妹紅が薬を飲むくだりが唐突なように感じました
7. 5 つくし ■2006/04/02 17:24:06
お札から幻視されるエピソード。なるほど。ごちそうさまでした。
8. 7 藤村琉 ■2006/04/07 02:19:07
 時の流れを感じます。しんみり。
 淡々と過ぎて行く歴史の中に、ふと感傷的な部分がよぎったりするので余計にぐっと来ます。
 やっぱり博麗の人なんでしょうかねえ。それにしても、縁というのはどこで繋がってるか分からないものです。全く全く。
 贅沢を言えば、最後もうちょっと引っ張って余韻か何かあれば。
9. 6 おやつ ■2006/04/08 22:49:54
幻想郷に幸あれ。
10. 6 水酉 ■2006/04/09 14:08:54
焔に照らされる桜はきっと美しいでしょうね。
符術・・・もしかしたらその血は今の幻想郷にも
受け継がれているのでしょうか。
11. 9 ■2006/04/09 23:30:58
幻想なればこそ、それは望みの高みにあるもの。望みに包まれて幸せであらんことを。
12. 7 ■2006/04/11 19:19:23
ほうほう
13. 5 MIM.E ■2006/04/11 21:31:26
初めての友人との別れにすねる様子の妹紅が良かった。
父親の事から輝夜とのことまでの流れと、友達との事の流れ、そこにつながりが薄く
全体として漠然とした物語の印象になってしまったのが少し残念でした。
けれど、妹紅という人物の過去話の一つとして楽しく読まさせていただきました
14. 8 NONOKOSU ■2006/04/11 22:23:02
ちょっとくらい異形の方が、桜の下は似合いますよね、きっと。
15. 6 とら ■2006/04/12 03:15:07
これも何かの因縁でしょうかね。
16. 7 木村圭 ■2006/04/12 03:15:44
淡々とした文が胸に沁みた。
どことなく霊夢に似ている少女は、多分博麗の家系じゃないんだろうけど。それでも一目霊夢を見た時は、思うことがあったんだろうなぁと妄想してみるテスト。
17. 3 床間たろひ ■2006/04/12 04:55:11
永い生の中、様々な出会いと別れがあったんでしょうねぇ
良い話だと思うのですが、ちょっと個々のエピソードが弱いかな。
少し勿体無い気がしました。できれば彼女とのエピソードを中心に、妹紅の心の動きを魅せて欲しかったなーって。
18. 6 papa ■2006/04/12 21:43:26
いいな、このオリキャラ。

お酒分がちょっと少なかった気がします。
19. 7 K.M ■2006/04/12 22:01:51
その過去を考えれば、辛い記憶とかも数え切れないほどあるんだろうな
でも、それ以上に幸せな記憶があったことを願いたくなりました
20. 8 かけなん ■2006/04/12 23:19:46
悲しきかな、別れは。
願わくば妹紅が成長出来ていますように。

いや、願うまでもなく出来ているでしょうか。
21. 7 ■2006/04/12 23:58:19
幸せになってもらいたいものです、本当に。
22. 8 椒良徳 ■2006/04/12 23:58:45
御免なさい。時間がないようなので、コメントはまた後日書かせていただきます。
23. 7 折柳 月暈 ■2006/04/12 23:58:53
素直になれなかった妹紅に涙を誘われまくりです、はい。
文章・内容ともに文句らしいものは思いつきませんし…GJ!
24. フリーレス noco ■2006/04/16 02:18:30
コメントをくださった皆様、ありがとうざいます。
想像以上のお言葉を頂いて、冗談抜きで涙ぐみました。
このお話は、妹紅の通常攻撃を見たときに思ったことをこね回して書いたものです。
ずっと頭に漠然とあったものが、酒というキーワードで形になってくれました。それにしては、ご指摘にもあるように酒成分は少なめになっていましたが……。
唐突な展開、前半から後半への違和感については、完全に推敲不足です。
箇条書きにした少女との毎日も、書き込んでいれば物語に奥行きができたかもしれません。
パスワードがわからなくなってしまったのでこのままにしておきますが、勉強させていただいたことを踏まえて、もう一度彼女の過去に思いを馳せてみようと思っています。
日々、精進。皆様、本当にありがとうございました。

最後に。捏造キャラをメインに据えることに不安が尽きなかったのですが、彼女に関して嬉しい言葉ばかりいただけて、感謝の言葉がみつかりません。
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