永遠と言う檻の中で

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/04 09:51:19 更新日時: 2006/10/07 00:51:19 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 初めて参加してから何度目かの宴会。いつもより少しだけ盛大に行われているそれは、遠目から見ても賑やかで、楽しそうだ。
 私、蓬莱山輝夜はそんな宴会場である神社の境内から少し離れた場所で一人酒を煽っていた。

「ふぅ」

 今日くらいは私の事を気にせずに楽しんでらっしゃい。永琳とイナバ達にそう伝えた事を、私は今になって後悔していた。

「……何で今日に限って来るのよ」

 藤原妹紅。今ここで彼女と顔を合わせばきっと宴会どころではなくなってしまうだろう。そう思った私は、まるで逃げる様にここへと避難してきたのだ。
 しかし、何で私が神社の片隅でひっそりとお酒を飲まなければいけないのか。無性に腹が立って来た。今すぐ宴会場に戻り、アイツを思いっきり殴りたい。そうすればすっきりするし、すぐさま逃げ出せば会場で暴れるような事体も回避出来るだろう。

「こんばんは」

 物騒な思考を中断して振り返ると、金髪に赤いカチューシャをした少女の姿があった。その両手には、瓶とワイングラスが2つずつ。

「一人酒は寂しいでしょ。一緒にどう?」

 何も答えない私の隣に彼女――アリス・マーガトロイドが腰掛けた。興奮するあまり周囲への警戒を怠っていたらしい。普段ならば永琳やイナバがやってくれている事なので、それも原因の1つかもしれない。

「あら」

 私の手元を見たアリスが、少しだけ顔をしかめた。つられて視線を追うと、そこには私の手と、お酒の入ったコップがあるだけだった。何に驚いたのだろうと、私は彼女へと視線を戻す。

「もしかして日本酒派だったかしら?」
「ん?」
「私の趣味で葡萄酒を持って来たのだけれど。構わないかしら?」
「いいけど……」

 基本的には日本酒しか飲まない私だけれど、別に他のお酒を飲まない訳ではない。毒も薬も効かない永琳は、彼女特製のソレでしか酔う事が出来ない。そして私も普通の酒では酔い辛い体質なので、普段からそれ飲んでいると言うだけなのだ。と言うか、彼女はそんな事を気にしてあんな表情をしたと言うのだろうか?

「とりあえず、乾杯でもしましょうか?」
「はぁ?」
「折角の宴会ですもの。魔理沙じゃないけど、楽しんだもの勝ちだと思わない?」

 くすりと笑うアリス。その論から行くと、妹紅から逃げて一人寂しく飲んでいる私は負けと言う事かしら? 妹紅に負けたのかと思うと、少し、いや、かなり悔しい。やっぱり一発殴りに行こうかしら。そんな事を考えている私の目の前に、ワイングラスが1つ差し出された

「はい」
「あ、ちょっと待って」

 私は日本酒を飲み干し、コップを適当な場所へと置いた。そして彼女の差し出すワイングラスを手に取り、葡萄酒が注がれるのを待つ。アリスはまたくすりと笑いながら瓶のコルクを抜き、私のグラスに半分程葡萄酒を注いで、自分のグラスにも同様に葡萄酒を注いだ。

「半分しかいれないの?」
「えぇ」
「どうして?」
「香りを楽しむ為よ」
「ふ〜ん」

 よく判らないが、きっと作法や慣習のようなモノだろう。私はそう考えながら、グラスを少しだけ持ち上げた。

「乾杯」
「乾杯」

 グラス同士がぶつかり合い、かつん、という小気味の良い音が静かに響いた。会場から少し離れているから出来る、何時もとは少し違った趣の楽しみ方。普通のお酒では酔い辛い私にとって、それはとても嬉しい趣向だった。
 アリスは乾杯をした後もグラスに口をつけず、手の中で回している。その仕草は優雅で、私は無意識のうちにそれを真似る様に自分のグラスを手の中で回していた。

「ふふ」
「な、何よ」
「そんなに勢いよく回する零れるわよ。それに、グラスの持ち方はこう」

 アリスは自分のグラスを置き、私の手とグラスに手を伸ばした。そして私の指をグラスの下の方へと誘導し、細くなっている部分を摘むように指示する。私はそれに従い、グラスを持ち代えた。

「そうそう。さすがにあの持ち方はどうかと思うわよ? どこかの悪役じゃないんだから」
「う……」

 知らなかったんだから仕方ないじゃない!
 普段の私ならそう言い返していたに違いない。しかし今日は、と言うか彼女にはそう言い返す気にはなれなかった。その声に嫌味や棘が無かった事がその原因だろう。

「静かに回した後、グラスを傾けて顔を近づけるの」
「こ、こう?」
「そう。で、香りを楽しんでから飲むのよ」

 グラスに口をつけると、先程の香りと相まってソレはとても美味しく感じられた。前に宴会で出されたワインを日本酒の入っていたコップで飲んだ時とは大違いの味に、私は驚いてしまう。

「美味しいでしょ?」
「えぇ」
「お酒でも紅茶でも、何でもそう。ちょっと工夫すればとても美味しくなるものなのよ」

 なるほど、と納得しながら私は葡萄酒を飲み干した。アリスはすぐさま瓶を傾け、自分もまたグラスを空ける。

「私がいれてあげる」
「あら、ありがと」

 瓶を受け取り、彼女のグラスへと傾ける。しばらくの間そうしていると、瓶はすぐに空になってしまった。

「もう一本いかが?」
「いただくわ」

 私がグラスを向けると、アリスはぱちんと指を鳴らした。すると傍らにあった人形が、私の手からそれを奪ってしまう。

「もう一本あるんでしょ?」

 不満にそう告げると、アリスはくすくすと笑った。

「少し違う種類にするから、グラスも代えようかと思ってね」
「……そう」

 まだくすくすと笑っているアリスを睨みつける。すると彼女は笑う事を止め、私から視線を逸らした。私の顔がそんなに可笑しいとでも言いたいのかしら?

「ねぇ」
「ん?」
「髪、触ってもいい?」
「……いいけど」

 アリスが立ち上がり、私の背後へと回る。アリスが居た位置には、何時の間にか2体の人形の姿があった。

「シャンハーイ」
「あ、ありがと」

 その片割れからグラスを受取る。私にグラスを渡した人形は、瓶を抱えている人形に近づくと、何かを囁きあうようにお互いに顔を近づけた。

「綺麗な髪ね」
「そう?」
「えぇ。少し分けて欲しいくらい」

 片方の人形が瓶を抱え、もう片方がコルク抜きを持っている。少し苦戦した後、綺麗な音と共にコルクが抜け、その勢いで人形が草むらへと飛んでいった。

「別にいいわよ? 何時でも再生出来るし」
「髪まで再生するの?」
「妹紅に焼き尽くされても再生したから、間違いないわ」
「へぇ。便利ね」

 飛んでいった人形が戻ってくる。服に付いた土や草を払っていると、心配そうに見つめていた方の人形もそれを手伝い始める。

「そうね。髪を切って気に入らないなら死ねばいいし」
「髪型が気に入らないから死ぬの?」
「えぇ」
「それは何か嫌ね」

 彼女は今、どんな表情をしているのだろう。私のそんな思考は、協力して瓶を持ち上げている2体の人形によって遮られてしまう。瓶を傾けて葡萄酒を注いでくれた2体に「ありがとう」と伝えると、とても嬉しそうだった。ような気がする。

「逆に、折角いい感じに切れた時に妹紅が来ると嫌ね」
「……?」
「負けて死ぬと元に戻っちゃうから。勝っても焼けてちりちりになっちゃうし」
「なるほどね」

 また同じ様にしっくりとくる髪型になる事は珍しい。何せ、永遠に変わる事のない私達は、いい感じに伸びてくると言う事がないのだから。

「だから大体はこの髪型のままね」
「そう」

 アリスの指が髪の間に通される。手櫛がすんなりと通るこの髪は、いくら痛んでも元に戻る為であり、決して普段からの手入れの賜物などではない。まぁ、たまに永琳が手入れしてくれてるけど。

「髪型、弄ってもいい?」
「えぇ」

 手櫛から本物の櫛へと入れ替わる。髪型を弄るという事は髪留めも持っているのだと気づき、妖怪でもやっぱり女の子なのね、と思い、髪に毎日櫛を通さなくなって久しい自分は女としてどうなのだろうと言う思考に辿り着く。これから毎日、いや、せめて2日に一度くらいは櫛を通すようにしようと私はこっそりと決心した。

「本当に綺麗。ねぇ、本気少しだけ譲ってくれない?」
「いいけど、何に使うの?」
「うし――じゃなくて、人形の髪に使おうと思ってね」
「ふぅん」

 言い直した言葉が少し気になったが、私はあっさりとそれを承諾した。ワインの美味しい飲み方を教えてくれた事と、一人酒をしなくてすんだ事へのささやかなお礼のつもりで。

「そう言えば、今日は珍しい顔があったわね」

 アリスの触れている部分に鳥肌が立つ。嫌な、予感。

「貴方が行かせた肝試しのお化け役がね」
「そう」

 なんとか声を絞り出したが、きっと裏返っているだろう。このままでは駄目だと思った私は、こっそりと息を吸い込み、小さく深呼吸をした。

「彼女が居るから、貴方はこんな所で飲んでいたのかしら?」
「その通りよ」

 深呼吸のかいあってか、声を普通に出す事が出来た。と思う。

「彼女の事、意識してるのね」
「そりゃあ、仇敵だし」

 たまにあの半獣が無理やり連れ出しているのは知っている。そういう時は私が行かないようにしていたのだけれど、今日は運悪くどちらも出席してしまったのだ。今までこんな事はなかったと言うのに。帰ったら偵察のイナバ達にお仕置きしなきゃいけないわね。

「私の顔を見れば、死ねー、って突っ込んで来るのよ?」
「へぇ」
「あの子の前じゃのんびりお酒も飲めないわ」
「それで貴方が避難して来たって訳?」
「えぇ。宴会を台無しにしたら悪いしね」

 アリスは「そうね」といいながらクスリと笑った。表情は見えないが、きっと先程と同じ様に笑っているに違いない。

「今日は皆に好きにしなさいって言っちゃったから、相手をしてくれる人もいないのよ。もう、妹紅なんて大嫌いよ」

 ふぅ、と溜息を吐く。私の髪を束ねようとしていたアリスの手が、ほつれ毛を取る為か、私の耳に触れた。くすぐったい。

「ふふ。よっぽど妹紅が嫌いなのね」
「えぇ。だ〜いっきらいよ」

 アリスの手が頬に触れる。妖怪であるせいか、もしくは彼女の体温が低いせいか。その手はひんやりとしていて、気持ちがいい。

「嘘ね」

 声質ががらりと変わった。
 温度のない、無機質な声。

「貴方は妹紅を嫌ってなんかいない」
「な、何を根拠に……!」

 叫ぼうとするが、喉は小さな声を出すのが精一杯だと告げていた。アリスの手が、何時の間にか首に絡まっていたせいだ。

「同じ時間をずっと過ごしてきた唯一の相手を、嫌える訳ないじゃない?」
「え、永琳がいるわ」

 私の過ごして来た永い時の、大半を共にした従者。彼女が居たからこそ、私はこうして暮らしていられるのだ。彼女だけが自分の理解者で、妹紅なんてどうでも――。

「そうね。でも、彼女は所詮共犯者」

 アリスの細い指が、再度髪に通される。その繊細な動きが、今はとても気持ち悪い。

「貴方を糾弾してくれるのは彼女だけ。違う?」
「違うわ!」

 私は罪なんて犯していない。自分の能力を行使する事が罪になる訳がない。そう、罪だと勝手に決めたのは月の民であり、幻想郷ではそれは罪ですらないのだ。

「じゃあ、貴方は何故あの子を消さないの?」

 彼女の的外れな言葉に、私は少しだけ冷静さを取り戻していた。言い負かせば、この理不尽な論争から抜け出せると思ったからだ。

「あの子は蓬莱の薬を飲んだ。だから消せないのよ」

 私は後ろ髪を引かれていた。慣用句などではなく、言葉どおり、物理的に。

「それも嘘ね」

 今度は全身に鳥肌がたった。そんなはずはない。不老不死の相手を消せるはずがないのだと自分に言い聞かせるが、それは収まらない。

「貴方の能力は永遠と須臾を操る程度の能力。そして蓬莱の薬は貴方の永遠によって造られている。そうよね?」
「……えぇ」

 私の能力と永琳の腕。この2つから作り出されたのが蓬莱の薬。だが、それがどうだと言うのだろうか?

「だったら何故、貴方は須臾を操る能力であの子を殺さないのかしら?」

 須臾、それは少しの間を意味する言葉。それを私が操れば、永遠さえも一瞬のモノとなる。しかし、だ。

「それで殺せるなら苦労はしないわ」

 昔、試した事がある。その能力で自分で自分を殺す事が出来ないのかを。無論、失敗に終わったのだけれど。

「そうね。でも、あの薬師なら作れるんじゃない?」
「……え?」
「永遠を無効化する薬を」

 それは私が考えた事のない事だった。いや、考えないようにしていた事だった。

「でも、貴方はそうしなかった。違う?」

 言い返せなかった。作れるかもしれないが、作れないかもしれない。どちらにしても、私の前には五つの難題など問題にならない程、苦しいモノが立ちはだかるのだから。

「あの子が殺せるという事は、自分も殺される可能性があるという事。死にたくないと言うのは人間にとって普通の欲求だもの、恥じる事はないわ」

 喉がからからだった。しかしグラスには既に葡萄酒はなく、何時の間にか人形達の姿もない。

「貴方は生にしがみ付いた。気に入ったモノばかりを集めた生に」

 後ろからごそごそと音がする。どうやら何かを取り出そうと、アリスがポケットを探っている音のようだ。

「舞台は永遠亭。登場人物は従者と好敵手。ついでにエキストラ。それは永遠に続く人形劇」

 私は生まれながらにして永遠を手にしていた。永琳は私に付き合ってくれた。紅妹は恨みを晴らすために手を出した。私はそこで、ふと最初の疑問に対する矛盾に気がついた。

「貴方、私が死にたくないから須臾で薬を作らないって言ったわよね?」
「えぇ、そう言ったわ」
「だったらアイツを殺さない理由はそれで十分なんじゃない?」
「そうね。でも」

 衣擦れの音。後ろ髪が何か紐のような物で縛られるのが、髪から伝わる感触で判った。それは少しきつく、少し痛かった。

「地上で過ごした記憶を共有しているのは彼女だけでしょう?」
「それがどうしたって言うのよ?」
「そんな相手を無下になんて出来ないモノよ」
「それは貴方の気持ちであって、私の気持ちではないわ」

 アリスの手が髪から離れたのを見計らって、私は立ち上がろうとする。話す事はもうない、と言わんばかりに。

「でも、貴方は彼女が好きでしょう?」
「っ」

 立ち上がろうとした瞬間、頭を抑えつけられた。更に髪も捉まれ、私は身動きが取れなくなってしまう。本気で引き剥がせない訳ではないのだが、何故か躊躇してしまう。

「私とアイツの関係は知っているでしょ!」
「えぇ」
「憎み、憎まれる。それをどう見れば好きなんて言えるの!?」

 苛立ち、怒り。様々な感情をごちゃ混ぜにした私の言葉を気にする事なく、アリスは括った髪に櫛を通していた。横目でその様子を見ようとすると、大きなリボンを抱えた人形の姿が目に入った。

「好きって言う気持ちは、冷めれば消えてしまうでしょ?」
「……はぁ?」

 間抜けな声。しかし彼女は気にする事なく、言葉を続ける。

「でも、憎しみは消えない。それに炎の様に油を注げば更に燃え上がる。好きって気持ちはどんなに注いでも、空回りしたり、答えてもらえなければお終いでしょ?」

 しゅるしゅると言う音。どうやら先程のリボンが自分の頭に飾られているらしい。

「だから貴方は憎まれる事を選んだ。永遠に彼女を繋ぎとめる為に」
「ありえない! それは貴方の勝手な想像よ!」

 事実、そう思った。妹紅との思い出は殺し合いのみ。楽しい事なんて何もなく、ただ憎いだけの相手なのだから。

「ありえない、ね。貴方はどう思う?」

がさ

 後方の茂みから聞えた物音。振り返るとそこには、妹紅の姿があった。

「輝夜……」
「妹紅……」

 聞かれていた?
 そう理解した私は、焦りを感じていた。聞かれて困る内容などないし、焦る必要などない。そう判っていたが、その感情を止める事は出来そうになかった。

「輝夜にとって貴方との殺し合いは愛情表現でもあった。歪んだ愛情表現だけどね」

 アリスが苦笑する。違う、と叫べばまるで肯定しているようで、声を出す事が出来なかった。

「こうも考えられるわね。貴方は輝夜の人形劇で、彼女に割り振られた役を全うさせられいただけなの。好きな人を自分の手中に治めたいって気持ちは判るでしょ?」
「あ、あぁ」
「だから輝夜もそうしたの。貴方を自分の手の上で躍らせる事によって、貴方が離れていかないようにした」

 意地悪な笑み。
 一体彼女は何をしたいのだろう? 最初は私と妹紅の間を取り持ちたいのかと思ったのだけれど、今はまるで拗らせたいように聞える。真意が、読めない。

「そしてそれは見事に成功したわ。貴方は今でもずっと彼女に縛り付けられている」

 妹紅の肩がびくんと揺れた。違う、勘違いするな。私はお前の事が、

「好きなのよ。そこまでするほど、貴方の事が」

 違う違う違う。
 私はそんな心の叫びを声に出す事が出来ず、そうしている内に妹紅は踵を返して宴会場の方へと消えてしまう。それを追いかける影を見つけ、今更ながら他にも誰かがいた事に気づいた。

「あら、行っちゃったわね。どうする?」

 妹紅を追っていた視線を、アリスへと向ける。その表情には数分前に見た優しい色は存在せず、ただ妖艶に微笑んでいる。

「何が目的?」
「目的、ねぇ。強いて言えば本が目的かしら? まぁ、貴方には関係ない事よ」

 くすりと笑うアリス。同じ笑い方であるはずの笑顔から、先程とはまるで違った印象を受ける。

「どうしてあんな嘘を吐いたの?」
「嘘? 何が?」
「私が妹紅を好きだって言う嘘よ」

 感情的になっては駄目だ。自分にそう言い聞かせ、出来うる限り平静を保ちながら淡々と言葉を発する。乾いた喉が潤いを欲するが、今はそれ以上にしなければならない事があると、それを押さえつける。

「本当に嘘かしら?」
「えぇ。私はアイツが大嫌いだもの」
「うふ。強がっちゃって」
「強がってなんかいないわ!」

 アリスが立ち上がり、私の前方へと一歩踏み出す。そのまま私の前に回り込み、私が使っていた日本酒用のコップを手に取った。

「貴方が彼女を憎む理由はないでしょ?」
「あるわよ!」
「嘘。よ〜く考えてみなさい」

 考えるまでもなく、結論はすぐに出た。私はアイツが憎いと。

「貴方は何時から彼女が憎いなの?」
「初めて会った時から大嫌いよ」

 彼女に初めて会ったのは幻想郷に来てから。その時、私が輝夜だと判るや否や、いきなり飛び掛って来たのだ。それまでは普通に話をしていたと言うのに。

「嘘ね」
「嘘じゃないわ」
「出会った時に憎んでいたのは妹紅の方でしょ? 貴方に恨む理由はないはずよ」
「そ、それは……」

 いきなり攻撃された事に腹は立った。しかし彼女の境遇を知ってその苛立たしさは……。いや、そんなはずはない。私はアイツの事を腹立たしく思っていたはずだ。

「じゃあ、貴方はなんで彼女が憎いの?」
「そ、それは」

 憎い理由。気に食わない事ならば幾つも思いつくが、それは全て出会った後の、具体的に言えば最近の事ばかりだった。

「顔を合わすたびに攻撃して来る相手を憎いと思うのは普通でしょ?」

 故に、私は苦し紛れにそう答えていた。

「それじゃあ最初の質問と矛盾するわね」
「う……そ、そうそう思い出したわ。私がある人間にお礼として渡した蓬莱の薬を奪ったからよ。恩人に迷惑を掛けられれば憎くもなるでしょう?」
「口止め料として渡した、と私は聞いたんだけど?」
「だ、誰から!?」
「貴方の従者」

 永琳のヤツ、余計な事を。そんな事を考えながら、私は他の理由を考えるべく、更に頭を働かせていた。

「ほら、恨む理由なんてないでしょ?」
「ちょっと待って!」

 アイツの親にされた事から殺し合いをしていた時の些細な言葉まで思い出しながら、私はその理由を考え続けた。

「ねぇ、輝夜」
「何よ?」
「貴方さ、理由を考えようとしてない?」

 判っているなら話しかけるな。私はそう思いながら彼女の言葉を無視し、思考を続ける。

「そう、あれは――」
「もしそうだとしたら、貴方はとても大きな思い違いをしているわ」

 言葉を遮られ、私はアリスを見つめたまま黙り込んでしまう。その手にあったコップは何時の間にかなくなっており、よく見れば私の周りにあった物は全て綺麗に片付けられていた。

「憎いから理由を考えるんじゃないの。理由があるから憎いのよ。妹紅のように」

 親の復讐の為。不老不死にした責任を糾弾する為。彼女が自分を憎む理由は、考える間もなく思い浮かんだ。

「一度よく考えて見なさい」
「な、何を!」
「貴方の周り、全てについて」

 アリスはそう言うと、私の目の前で踵を返した。そして一度だけ振り返り、こう言った。

「これ、ありがと。それと、ポニーテールも似合ってるわよ」

 その手には私の髪が握られていた。










 崩れ落ちた体を地面に手をついて支えた。
 壊れてしまいそうな私の心。
 しかし、私は本当の意味で壊れる事が出来ない。
 ただそこに在る事が私の能力で、存在意義なのだから。

 永い時を過ごした場所の事を、私は初めて真面目に考えていた。
 遠い昔、幻想郷での住まいとして選んだ永遠亭。
 のんびりとしか動いてくれない頭で、アリスの言葉を思い出す。
 箱の中にある3つの人形。舞台装置は竹林と永遠亭。
 庭にはウサギの姿もあるが、どれも同じ姿をしている。

「私にとって、それが全て」

 永く続けて来た人形劇。
 遠い昔に作り出した私の永遠。
 がらがらと言う音を立てて、それが崩れて始めている。
 禁じられた薬を作ったのは、永遠を共に歩む仲間が欲しかったから。
 忌み嫌われ、追放されてしまおうとも、私はそれを欲したのだ。
 ならば何故、後悔しているのか。
 らんらんと光る炎が、彼女の声でそう問い掛けているような気がした。

 生ぬるい風が吹いた。
 まだ宴会は続いているらしく、風に乗って声が聞こえて来る。
 れいせん、と呼ばれて返事をする聞き覚えのある声。
 ただのイナバで、アリス風に言えばエキストラでしかない存在。
 事ある事にそう言い聞かせてきた。
 もう覚えてしまった名前を、一度も口にした事はない。
 罪人して月から追放されてから約千年。
 でも、その間に出会った人の名前はほとんど覚えていない。
 すべて忘れてしまった訳ではなく、覚えようとしなかったからだ。
 かたくなに拒否していたのは、養父母の様に失うのが怖かったから。

 私はそこで初めて本題とも言える妹紅の事を思い出していた。
 はじめて出会ってからずっと殺し合い続けている相手。
 永い時を共に過ごして来たし、きっとこれからも過ごす事になるだろう。
 遠い昔、出会わずに出会っていた人間であり、今は永遠の同類でもある。
 にやりと笑いながら私を焼く姿は、憎らしいくらい綺麗で。
 罪を侵した私を、その罪ごと焼き尽くしてくれるような気がした。
 人の身で蓬莱の薬を飲み、永遠を手に入れた彼女。
 でも、人の身であるが故に彼女は罪人ではない。
 すこしの、しかしそのおおきな違いを私は少しだけ妬み、羨んだ。
 かすかに、彼女ならば自分の罪を消せるのでないかと思いながら。

「それが私の憎む理由……?」

 誰かの気配を感じて顔を上げると、そこには誰の姿もなかった。
 か細い声で、遠くに見える炎に問い掛けてみる。
 教えて、私は間違っていたの?
 えんえんと燃え続けている炎は何も答えてくれない。
 てのひらに汗がにじんだ。
 下を向きそうになるを堪え、私は夜空を見上げる。
 さも当然のように、そこには月が浮かんでいた。
 いつまでも気にしていては駄目だと、私はそう思った。

「妹紅が来なくなっても、元に戻るだけ。それだけの事よ」

 私は地面を蹴り、永遠亭へと向って飛び出した。
 はやく帰って眠ろう。そしてすべて忘れてしまおう。
 生ぬるい風が再度吹き、宴会の喧騒を運んで来る。
 きもちわるい。
 てゐの声も、鈴仙の声も、永琳の声でさえ。
 もう一秒もこの場に居たくなかった。
 いつも見ない振りをしてきた事。
 いまも見えない振りをしている事。
 のんきに生きていたいだけなのに。
 できるだけ嫌な事は見たくないだけなのに。
 すべてを振り切るように、私は全速力で永遠亭へと飛んだ。
 かすかに聞える喧騒を、なるべく聞かないようにしながら。
 その日、アリスの家には珍しい客が来ていた。

「約束の報酬だ」
「ありがと」

 珍しい来客――慧音は一冊の本をアリスに手渡した。それは妹紅と輝夜の殺し合いを止めて欲しいという依頼の報酬である。あれから数日、その間一度も殺し合いは行われていない。

「これで魔理沙に色々と言われずに済みそうだわ」

 この本は慧音曰く、魔理沙の歴史を読んで図書館で彼女が読んでいた本の内容を写本した物なのだそうだ。内容は、自立人形について。

「魔理沙が自立人形に興味を持つなんて、珍しいわね」
「そうかな? 彼女は気になったらなんでも探求する方だろう?」

 慧音がそう言うと、アリスは少しだけ誇らしげに胸を逸らした。

「そうね。でも、絶対に私に負ける分野だから、今まで手を出そうとはしなかったはずよ」
「なるほど」

 アリスの反応に苦笑しながら、慧音は一歩下がった。

「自立人形を実際に見たから勝てると思ったのかもしれないな」
「ありうるわね」

 ばたんとドアが開き、お盆がふよふよと部屋の中に入ってくる。どうやら人形がお盆を担いで飛んでいるらしい。

「私はそろそろお暇するよ」
「お茶くらい飲んで行ってよ」
「いや、しかし……」
「最近、上海が紅茶を淹れるのに凝ってるのよ。予定がなければ飲んでいってあげて」
「シャンハーイ」
「む、そういう事ならご相伴に預かろう」

 慧音とアリスが笑い合い、テーブルに備え付けられた椅子に腰掛ける。上海人形はテーブルの上に着地すると、紅茶を淹れ始めた。

「そういえばアリス殿」
「ん?」
「魔理沙殿が人間に詳しいと称賛するだけはありましたな」
「何が?」

 アリスは本気で判らないようで、不思議そうに首をかしげている。

「輝夜殿の事です。どうやって知ったのですか?」
「だから何を?」
「彼女の真意を」

 慧音は歴史を読み、彼女達の事を出会いから全て、正確には幻想郷に来てからの全てを知っている。しかし、そこからアリスの言った事を想像する事は出来なかったのだ。

「ん、あぁ。あんなの出鱈目よ」
「は?」

 今度は慧音が不思議そうな顔をする番だった。彼女は、言葉の意味が判らない、と言った風情で口をあんぐりを開けている。

「自信満々に言い切れば、少しはそうじゃないかなって思うモノなのよ。人間なんて」
「は、はぁ。なるほど」

 まだ納得のいかないという顔の慧音を気にする事なく、アリスは上海人形が淹れた紅茶に口をつける。

「で、ではもし否定されたらどうするつもりだったのですか?」
「適当に言い返すつもりだったけど?」

 さも当然とばかりに言い返すアリスに慧音は溜息を吐いて呆れてしまう。そして失敗しなかった事を、本気で神に感謝したくなった。

「失礼ね。負けない自信があったからこそよ?」
「そ、そうですか」
「そうよ。私が負けるなんてありえないもの」

 自信満々のアリス。一体どこからそんな自信が沸いてくるのかと慧音が実直に問うと、アリスはこう答えた。

「あんな箱入り娘に、私が負ける訳ないじゃない」
asa
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投稿日時:
2006/10/04 09:51:19
更新日時:
2006/10/07 00:51:19
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1. 6 2:23am ■2006/10/28 00:48:41
好きに反対は嫌いではなく無関心、そんな言葉を思い出しましたね。
それにしてもこんなにかっこいいアリスは初めて見た気がするような……。
あと誤脱字が多少目に付きました。気になる人は気になるのではないでしょうか。
2. 2 スミス ■2006/10/28 01:19:42
輝夜さんの箱入り娘は、私のみならず大方の予想通りだと思うのですが、

虐めるのは個人的に予想外でした(TT


思考や言葉の巡りが少々くどいと思ったので二点に。
私もそうなのですが、一つの事実に対していくらかの内容を
詰め込みすぎるのは良くない書き方と思います。
3. 4 爪影 ■2006/10/28 01:32:49
談笑する 自信家の 人形遣い
4. 6 ABYSS ■2006/10/28 01:58:15
純粋に面白い話だとは思いますが、私の読解力が未熟なためにあとがきまで読まなければ「箱」がどう作用しているか判らなかったのでこの点数で。
輝夜の理由とか考えさせられました。もっと私も深く考えてみようと思います。ありがとうございました。
5. 2 箱根細工 ■2006/10/28 02:50:20
……今一。
6. 6 Fimeria ■2006/10/28 02:55:52
最初は箱という要素が見当たらないと思いましたが。
なるほど、確かに箱入り娘。巧いですね。
あとがきは本文に繋げてしまっても雰囲気を壊さず、逆にすっきりするかなとも思いました。
7. 8 翔菜 ■2006/10/28 03:29:08
最後のアリスがなんかぞくっ、と来る。
説得力があったからこそ、それをそんな風に完全否定されると逆に凄くいい。
何ともいいアリスでした。
8. 1 おやつ ■2006/10/29 08:51:04
私の中ではアリスさんも相当に箱入りなのですがまぁそれぞれか。
9. 6 雨虎 ■2006/10/29 11:53:23
後書きまで読んで納得できました。アリスがどうして、という謎が。
それにしても輝夜はこれから妹紅とはどのように向き合うのか。
是非続編を読んでみたいと思う作品でした。
10. 8 a ■2006/10/29 22:12:39
どんだけアリス自信満々なんだよwwwwwwwww
11. 4 nn ■2006/10/29 23:30:24
キャラクターはしっかりとしていると思います。
でも、本編と後書を別けた理由が分かりません。
個人的に本編は本編である程度完成していて欲しいという気分があります。
後、アリスが明晰過ぎるのと輝夜が無自覚すぎるのが、個人的に合いませんでした。まあ、この分は得点から引くつもりはありませんが。
12. フリーレス サカタ ■2006/10/30 04:06:49
未完成作品を投稿するのはもったいないと思います。せっかく中身をがんばっているのに。作者からのメッセージは作品を投稿する場所ではないので。
13. 7 らくがん屋 ■2006/11/01 16:44:36
アリスマジ外道。ぐやももこも可哀想すぎて涙がだだ漏れですよ。
読んでいて心をガシガシ削られたので、敬意を表してこの点数を捧げます。
14. 5 as capable as a NAMELESS ■2006/11/02 23:20:11
悪役持ちはブランデーグラスの持ち方だってゲーセンのスティックの持ち方について議論してる人が言ってた。
15. 3 椒良徳 ■2006/11/03 09:16:37
貴方の書く人形達は大変可愛いらしいですね。ウギギ。
ただ、輝夜から小悪党臭がプンプンと漂っており、そこになんとも言いがたい違和感を覚えました。ここまで小物だったでしょうか?
16. 6 つくし ■2006/11/04 11:02:44
危ない。読み返さなかったら縦読みに気づかないところでした。しかし一度では気づかないということはそれだけ自然に文章に溶け込んでいること、と評価して、採点に加味することにします。お見事。
さておき、戯曲やノベルゲームならまだしも、小説にしては少し短いセリフが多く連なり、読者としてはそれを頭で整理するのに少し労力が必要になるように感じます。もって回った言い回しが多いこういう類の話は、特に。実際少し疲れました。地の文に出来るところはもう地の文で整理した方が良いような。まあその辺は最終的に作者の好みの問題ですが。あと、せっかくシリアスな良い雰囲気だと思っていたのが、「シャンハーイ」で少し削がれました。いえ、個人的に人形の鳴き声はいつも甚だ疑問だったので。とかく、二次設定、というのか、読者の共通認識の見極めは必要だと思います。二人のやり取りの緊迫感は佳かったです。
17. 9 ■2006/11/05 00:53:04
さすがは魔界の娘、見事な魔女っぷり。輝夜もいい感じですが、背筋にぞくっと来るようなこのアリスは非常によいですね。
18. 3 反魂 ■2006/11/07 03:51:53
憎しみ合うからこそ繋ぎ止めていられる……蓋し名言ですな。
永遠という時間を舞台にした壮大なツンデレ……って言って良いのかどうか分かりませんが。
19. 4 たくじ ■2006/11/12 22:46:53
憎かろうがずっと一緒だったわけで、かけがえのない存在ではあるのでしょうね。
20. 4 藤村うー ■2006/11/13 00:28:47
 箱関係ないかも。
 あとがきのオチは本編に組み込んでも違和感があるものでもないように見えましたし、あとがきにあることで不利になる可能性があるのなら、あえてあとがきに据える意味もなかったのかなあ、と勝手に思ったりしました。
 アリスの誘導尋問は興が乗っていて面白かったです。
 そういうカップリングがやりたかっただけ、というふうに見えなくもなかったのですけど、まあそれはそれで。
21. 4 いむぜん ■2006/11/15 20:01:22
口先の達者なアリスはいいとして、千年なんて軽く超越している輝夜がその程度で揺らぐとも思えない、というかそんなまっとうな思考が残っているほど人間性があるんだろうか?あと、妹紅が「出てきただけ」という気がする。 案外妹紅人形だったりするのかもしれないが。演出の一環として。
解釈の一つかなぁ。なんか違和感がある。
あと慧音の口調にもちょっと。
22. 4 しかばね ■2006/11/16 18:13:21
少し「箱」との絡みが浅いような……。
あと、なぜ慧音がアリスに依頼をしたのか? といった背景も
もう少し描かれていれば良かったのではないかと思います。
23. 5 blankii ■2006/11/16 20:14:54
ぽにてるよ! 人間臭い輝夜はこんな感じだろうなぁ、と。界隈で非道な輝夜ばっかり見慣れてるので新鮮でした。
24. 4 人比良 ■2006/11/17 20:30:06

するりと心の中に入る物語でした。
25. 5 K.M ■2006/11/17 20:38:32
アリス凄いな、君は。輝夜を手玉に取るとは恐るべし。
26. 6 目問 ■2006/11/17 21:30:15
 珍しい絡みですね。しかもアリスが完全にリード。
 というか輝夜弱いなあ。脆すぎ。
 逆にアリスの怖いくらいの描写は良かったです。
27. 1 時計屋 ■2006/11/17 22:38:34
お題が生かされてないってことで、点数は辛目です。
アリスの説教も浅すぎる気がします。
28. 2 木村圭 ■2006/11/17 22:39:33
締めの一言がナイス。アリスかっこいいよアリス。
箱入りの未熟者と切り捨てられる輝夜は新鮮でした。
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