夜咲く花が在るところ

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/23 07:16:29 更新日時: 2006/10/25 22:16:29 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 通りを1人の少女が歩いている。
 銀色の髪を揺らし、しっかりした足取りで行く先をまっすぐ見つめて。
 そこへ、子ども達が駆け寄ってきて少女を取り囲む。
「妖怪!お前なんて退治してやる!」
 そう叫び、子ども達が次々に石を投げつける。
 少女はよけるそぶりも見せない。
 しかし不思議と、石は少女に当たらなかった。
「に、にげろ!」
 命中確実の石が当たらなかった事を気味悪がった子ども達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 残された少女が、逃げていく子ども達を冷たい視線で見つめる。
 その少女が往来を歩くだけで、今のような光景が繰り広げられる。
 しかし周りの大人達は、それに見向きもせず、子ども達を咎めることもしなかった。
 それは最早日常で、少女は何の感慨もうかばなかった。


 少女には特異な力がある。
 それがいつ備わったのか、生まれたときからあったのか、少女は考えもしなかった。
 ただその力を使い、人に嫌われた。
 『時間を操る力』
 それが少女の力。
 始めはそれを信じてもらえず、嘘吐き呼ばわりされた。
 止まっている間は、誰にも分からないから。
 だから分かってもらえるよう、止まっている間にいろいろな悪戯をした。
 そしたら、今度は疎まれた。
 止まっている間に何をされるかわからないからだ。
 結果、少女は周りの人間から嫌われる存在になった。
 両親にさえ。
 腫れ物扱いされ、なるべく接しないようにと、両親はいつも外にいた。
 最初は寂しがっていた少女も、それが1年2年と続くようになるとそれが当たり前となり、1人で暮らしていくために家事が身に付いた。
 同時に、冷めた心も身に付いた。
 人間扱いされず大切にされなかった少女は、他人を人間扱いせず大切に思わなかった。
 ただ、力を使って何かをしようとは思わなかった。
 人に興味を持たず、全ての物に興味を持たず。
 何の期待もせず、恨むこともなく、少女にとって他人は路傍の石と同じだった。


 学生である少女は、学校に通っている。
 通学途中、子ども達が少女を見つけてはやし立てる。
 学校に着き教室に入る。
 挨拶どころか、誰も見向きもしない。
 しかしそんなことはいつものことなので、少女はスタスタと自分の机に向かう。
 教室に教師が入って出席をとる。
 少女の名は一応呼ばれるが、返事をしてもしなくても教師の反応は変わらない。
 授業中。少女は教師から指名されることはない。
 昼食。各自弁当なり学食なりを食べに学校中がざわめいている中、ひっそり自分で作った弁当を食べる。
 放課後。部活などやっていない少女は、まっすぐ家に帰る。少女が眠るまで誰も帰ってこない家に。
 自宅に帰ると宿題を済ませ、夕飯の買い物に出かける。
 買い物の途中。
 子ども達は少女をバカにしながら去っていく。
 商店で店員が、事務的で無機質な繰り言を述べる。
 自分の夕飯をてきぱきと作りそれを食べ、風呂に入るとすぐに就寝。
 毎日が同じ生活だった。
 しかし少女は、特に何か不満を感じるでもなく、毎日を淡々と過ごしていた。
 少女がもっと幼かったとき、少女自身もそれがいつだったかは忘れているが、思っていたことがあった。
 人間はそれぞれの尺度を持っていて、その枠からはみ出しているものを絶対に認めないんだ。
 人間という枠からはみ出した自分は、何なんだろう?自分は人間なんだろうか?何でこんな変な力があるんだろう?
 そして、同じ人間として扱ってくれないのなら、いっそ誰もいない所に行きたい、と思っていた。
 しかし、人間しかいないこの世界で、どこに行こうと疎外されることを理解した少女は、そんな思いも忘れ自らの殻に閉じこもって生きるようになった。


 ある休日、少女は山に来ていた。
 普段は家で勉強や、掃除・洗濯などをしているのだが、今日はなんだか外に出たい気分だった。
 どうせなら誰もいないような所に行こうと、特に人気のない山を選んだ。
 プラプラと歩いていると、ちらほら山菜が見える。
 あてもなく散歩しているのも飽きるので、採って行こうと思い、バッグの中に詰め始めた。
 夢中になって山菜を漁っていると、いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。
 山菜汁を楽しみに、ゆっくりと下山するが、一向にふもとに着かなかった。
 おかしいな、と思い辺りをうろついている内にすっかり日も暮れ、枝葉の茂る森の中は真っ暗になった。
 長時間の散策に足が疲れ、お腹も空き始めた少女は、とりあえず休憩しようと決め、落ち葉や木を拾い集め焚き火をした。
 腹ごしらえといっても、きのこを焼いて食べるくらいで、あとは木の実を食べた。
 一息つき、辺りを見渡せばいっそうの暗闇。
 この中を闇雲に歩いても仕方がないと少女は思い、今夜はここで眠ることにした。
 次の日の勉強が遅れることだけは気になったが、あとはどうでもよかった。
 どうせ、帰っても誰も居ない。学校に行っても、誰も気にしないから。
 横になってしばらくすると、何かの声が聞こえた気がした。
「人間…食べ……」
「博麗…が来た……明日また…」
 まどろむ中、夢かな、と思いながら眠りに落ちた。


 次の日、明るいうちに帰ろうと、起きてすぐに下山を始めたが、やっぱりふもとに着かない。
 辺りをよく見ると、御札の張ってある木が土地を区切るように並んでいて、それを越えてしばらく歩くとまたその木にあたった。
 なんだか御札の張ってある木が壁になっているように少女は感じ、試しにその木に傷をつけてみた。
 そしてしばらく歩くと、同じ傷がついている木にあたった。
 少女は不思議に思いながら、いったん見晴らしのいい所まで行ってみようと、今度は逆に山を登るように歩く。
 今度は同じところを回っている感じはしなかった。
 相変わらず森の中だが、木々の変化がわかる。
 すると急に視界が開け、一軒の家を発見する。
 人がいるかもと思い中を覗くと、不意に後ろから声を掛けられる。
「泥棒していく物なんてないぞ」
 振り向くと、黒い服に黒い帽子をかぶった少女が、箒を持って立っていた。
 まるで魔法使いみたい、と少女は思った。
 少女のほうが背が高いので、黒い少女を見下ろす格好になる。
 黒い少女は、早朝の急な来客にも特に驚いている様子はなかった。
 ここは迷いやすい山なのかしら、と少女は思い、帰り道を聞こうすると、先に黒い少女が口を開く。
「普通の人間には、持って行ってもしょうがない物ばっかりだぜ?」
「………」
 普通の人間、という言葉に少女は引っかかった。
「それにしても、お前無口だなぁ」
「……家を無断で覗いた事は謝るわ。
 でも、なにか盗もうと思って覗いたわけじゃない」
 黒い少女は二カッと太陽のような笑顔を少女に向ける。
「そうか。そいつは疑って悪かったな」
「それより、少し中を見せてもらってもかまわないかしら?」
「かまわないけど、さっきも言ったが普通の人間には意味ない物ばかりだぜ?」
 普通の人間、という言葉が少女を揺さぶる。
「…その普通、が知りたいの…」
 少女は口の中だけで呟き扉を開けた。
 家の中をざっと見渡すと、こざっぱりとしている。
 というか、ベッドとテーブル以外は何もなかった。
 部屋の奥まった所に地下へ続く階段を見つけ、それを下る。
 地下室は大釜こそなかったが、これぞ魔法使い、という感じの部屋だった。
 本棚には見たこともない本がぎっしりと並び、試験管やフラスコ、何かの生き物のホルマリン漬けなど、用途不明の器具が所狭しと並べられている。
 上の階に比べるとかなり散らかっていて、食事をしたと思われるお皿などあちこちに散らばっていた。
 黒い少女が普段はここにいるということが、少女には容易に想像できた。
「……普通の人間じゃなくても、持って行くものはなさそうね」
 ひとしきり見渡した後少女はポソっと呟く。
「探し物か?」
 黒い少女の問いかけに、少女はありがとうとだけ挨拶をして、階段を上り家から出て行った。
「何がしたかったんだあいつ?」
 少女の出て行った階段を見上げ、黒い少女は不思議そうな顔をした。


 黒服魔法使い風少女の家を出て森を抜けると、少し整備された小道に出た。
 整備と言っても草が生えていない程度で標識もない。
 少女は適当に左と決め、それからしばらく歩くと後ろの方から声が聞こえた。
「あれ?昨日の人間」
 首だけ振り返るが誰も居ない。
 前に向き直ると、目の前に紅白の巫女装束を着た少女がいた。
 前方は見通しよく、さっきまでは誰も居なかったのに、と少女は不思議に思う。
 何より声は後ろから聞こえたはずだ。
「あんた昨日森で寝てたでしょ?
 妖怪に食われそうになってたわよ」
 怪訝な表情をしている少女を無視して、さらりと大変なことを言う。
「妖怪に…食われる?」
 ぞんざいな言い方と非現実的な言葉に、少女はオウム返しする。
「あー…、まぁいいわ。
 しっかし、あんたってば結界のまん前で寝てるんだから。もう少しずれたところで寝てれば、って…」
 巫女は言葉を切り、しげしげと少女を見つめる。
「………」
 少女も無言でまっすぐ見つめる。
 巫女の視線から嫌なものは感じなかったが、なんだか見透かされている気がした。
「…ま、ここはいい所よ。早いとこ慣れるといいわ。
 ちなみに、私は見てのとおり巫女だから。ここで何か困った事があれば来なさい。
 博麗神社って所にいるから。あっちのほうね」
 今来た道を指す。
 ここに住み着くつもりはない。それに困った事と巫女が何か関係があるのだろうか、と少女は思った。
「それじゃ」
 少女の反応も確認せず、短い挨拶をして背を向けた。
 帰り道を聞くため、少女が呼び止めようと手を伸ばすと、巫女は指を刺した方向にふよふよと飛んで行ってしまった。
「……!」
 空を難無く飛んでいる人間を見て、少女は目を見開き驚いた。
 ありえない光景に、少女の心がうずいた。


 先ほどの光景がまだ目に焼きついているのか、どこか上の空で少女はさらに歩いた。
 次第に景色が変わり、小さな林を抜けると、大きな湖が見えてきた。
 その湖沿いに歩いていると、青い髪の女の子が湖に手を突っ込んで、なにやらバシャバシャと探していた。
 女の子は目的のものを捕まえると、嬉しそうに空に掲げた。
「カエルゲットー!!」
 今時カエルを捕まえて遊ぶなんて田舎らしい光景だ、と思いながらじっと女の子を見つめる。
 不意に、少女は女の子に違和感を感じた。
 注意して見ると、女の子の背中が時折キラキラと光を反射している。
 アレはなんだろう、とさらに近付いて見てみようとすると、その視線に気付いた女の子が、少女に顔を向けてぎょっとする。
「ちょっと!あんたいつからそこにいたのよ!
 声ぐらい掛けなさいよ。びっくりするじゃないの!」
「………」
 女の子は勢いよく立ち上がり、小さな子ども独特の金切り声で騒ぐ。
 少女は何も答えず、女の子の手を凝視する。
 女の子が手に持った蛙は、なぜか氷の塊になっていた。
「ムカー!アタイのこと無視するとはいい度胸じゃない!」
 パキン
 ムキになった女の子が手をグッと握ると、氷が割れ、蛙がバラバラになった。
「あ!」
 それを見て女の子はさらに怒る。
「せっかく捕まえたのに!生き返らす前に死んじゃったじゃない!」
「あなたが握り締めたからでしょ?」
 ぼそっと少女は答え、スタスタとその場から立ち去ろうとする。
 こんな子どもに道を聞いても分かるわけはないし、何よりこの子はどう見ても普通じゃないと思ったからだ。
「ちょっと待ちなさいよ人間!」
「…?」
 不思議な事を言う子だ、と思い少女は向き直る。
「この最強のアタイにケンカ売ったんだから、ただで帰れるなんて思わないでよね!」
 女の子がカードみたいな物を取り出し何かを叫ぶ。
 すると、氷の塊がどこからともなく無数に飛び出してきた。
 氷塊が飛んでくるという不可思議な現象に、少女は驚きつつも回避のために時間を止めた。
 女の子は両手を振り上げたまま固まる。
 氷の雨はよく見ると隙間だらけで、時間を止めなくても避けられたかもしれない。
 少女は時を止めたまま、その場を立ち去った。
 女の子の横を通り過ぎる時、背中を見てみると、薄い氷でできたような6枚の羽根が付いていた。
 止まった時の中を歩きながら、少女の心の中に疑問が膨らんでくる。
 何だろう。ここは何なんだろう。さっきの氷を飛ばす女の子や空を飛んで行った人は何なんだろう。
 それは、久しく少女の心から消えていた、好奇心という感情だった。


 だんだんと暗くなり、東の空には月が低く顔を出していた。
 少女が見上げると月は紅く、満月のような丸い月だった。
 さらにしばらく湖畔を歩くと、とても正気の人間が建てたとは思えない大きな館が見えてきた。
 館は赤かった。あまりにも鮮やかな色で、紅いと表現したほうがしっくりする。
 おまけに館には、見る限り窓が1つもなかった。
 2日連続の野宿は嫌だと思い、少女は迷いなく館へ足を向けた。
 館の入り口正面には立派な門が立っていて、その門の真ん中に、緑色の中国服を着た少女がいた。
 中国少女は緊迫した表情で警戒し、その隙をかいくぐるのは難しく思えた。
 もちろん少女は、かいくぐる気もなかったし、時間を止めればそれは可能だったが、悪意のある使い方は絶対にしないと決めていた。
 だからまっすぐに門に進んだ。
 それに気付いた中国少女は、敵意をむき出しにして近づいてくる。
「そこの人間。何の用だ」
「…あなたは誰?」
 中国少女の詰問に、少女は疑問で答える。
「私の名前は紅 美鈴。この紅魔館の門番だ。
 お前は何者だ。何しにきた」
 ムッとしながらも律儀に答え、改めて誰何の声をあげる。
「私は…人間…かしら?」
 今度は自分の答えに疑問符をつける。
「そんなのは見ればわかる!
 その人間が何しに来たと聞いているんだ!」
 イライラした美鈴が少女に掴みかかる。
「コウマ館?というのは何かしら?誰が住んでいるの?窓がなかったり色が奇抜だったり、とても不思議ね」
 服を掴まれながら、少女は立て続けに質問する。
「質問ばかり、五月蠅い奴だな!」
 美鈴に言われて、少女ははっとした。
 たしかに、自分は目の前の物に興味を持っている。
 それどころか、知りたいことで頭が一杯だった。
「とにかく、誰もこの門をくぐらせるわけにはいかない」
 ぐいっと引き寄せ、美鈴は少女の顔の目の前に掌を向ける。
 何をされるのか分からなかったが、本能的に危機を感じ、少女は時間を止めた。
 止まった時の中で、美鈴を押し倒し、腕を締め上げた。
 そして時が動き出す。
「……はっ!…へ?」
 何が起こったのか、美鈴は突然目の前に地面が現れたと思っただろう。
「何をするのかは分からないけど、あなたにも変な力があるのでしょ?
 防衛させていただいたわ」
 ぎりぎりと締め上げながら、美鈴の耳元で優しくささやいた。
「何したのよ!?」
 痛みに顔を歪ませながら、美鈴は視線だけ少女に向ける。
「秘密」
 場面にそぐわない優しい笑みを見せた。
「………」
 あまりに綺麗な微笑みに、思わず見とれてしまう美鈴。
「それじゃ、門番を倒したので、通らせていただきますね」
 そっと腕を緩め、館の扉へと向かう。
「ま、まだまだ!」
 叫びながら跳ね起き、美鈴が少女の前に立ちはだかる。
「そう簡単に抜けられたら困るんだよ!」
「………」
 少女は心底驚いた。
 時間を止める力を使い、なんだか分からないうちに圧倒したにもかかわらず、美鈴と名乗る少女がなおも自分の前に立ちはだかった事に。
 気味悪がるでもなく、無視するでもなく、少女の存在を当然のように認め、全力で阻止しようとしている。
「何を笑っている!余裕のつもりか!?」
 指摘され、少女は初めて自分が笑っている事に気づいた。
「………あなたは、どんな不思議な力を使うのかしら?」
「秘密だ!」
 さっきのお返しとばかりに美鈴は叫び、一足飛びに少女の側面に回り込む。
「無駄」
 少女はポソっと呟き、また時間を止める。
 しかし、時間を止めたはいいが、少女は決定的な攻撃方法を持っていなかった。
 さっきの女の子の時の様に、止めたまま立ち去ってもいいのだが、少女はまだ美鈴と戯れていたいと思っていた。
 この山で迷ってから、少女が自分で認識する以上のスピードで、心は変化を遂げていた。
 さてどうしたものか、と思案しながら十分な間合いを取り、時間を動かす。
「はぁ!…ってまたいない!?」
 きょろきょろする美鈴に、少女はこっちよ、と声を掛ける。
「遅いわね」
 少しバカにしたように呟く。
 本当は、美鈴のスピードはかなり早い。
 しかし、時間を止められてはどんな速度でも敵いはしない。
「…………攻撃してこないのか?」
 ジリジリと間合いを詰めながら美鈴は構える。
「そうね…」
 あごに手を当て攻撃方法を考え、何かを思い出した少女はポケットを探る。
「じゃあ、次はこれで攻撃してみましょうか」
 そう言って、少女は小さな針を取り出す。
 いつも持ち歩いているソーイングセットの針だ。
「へ……?」
 少女の手の中に納まっている小さな針を凝視して、それが本当にただの針だと確認すると、美鈴は堰を切ったように笑い出した。
「あはははははははははは!そんなちっぽけな針で何…が……!」
 言い終わる前に、少女は美鈴の後ろに回りこみ、針を喉に当てていた。
「チェックメイト」
「…………やっとお前の能力がわかったよ…」
 喉に突きつけられた小さな針の感覚を味わいながら、美鈴は背中に冷や汗をかき、喉を動かさないよう喋る。
「そう。
 で、どうする?」
「…死ぬよりは、怒られるほうを選ぶよ。
 止められてるうちに、体中穴だらけにされたらたまらないからな。
 お前の勝ちだ。通れ」
 意外にも悔しがるでもなく、清々しい表情を浮かべる。
「ありがとう」
 針をしまい、少女は扉へ向かう。
 その後姿に美鈴が声を掛ける。
「しかし、いつもそんなものを持ち歩いているのか?」
 少女はふわりと振り返り微笑む。
「乙女のたしなみですわ」
「そうか」
 美鈴はククっと苦笑する。
「楽しかったわ。また遊びましょう」
 口から自然と出た言葉に、少女はもう驚かなかった。


 館の両脇は庭園で、見渡す限り紅い薔薇が植えられていて、それらはとてもよく手入れされていた。
 大きな扉を開けて中に入ると、窓のない館にしては埃っぽくもなく、嫌な臭いもしなかった。
 広い館の中に人気はなく、生活感もなかった。
 少女は適当に歩き回り、いくつもある客室や誰もいないキッチン、大きな図書館を見て、最後に地下への階段を見つけた。
 誰にも出くわさないことに不気味さを感じながら、少女は階段に足を踏み入れた。
 かつんかつんと足音が響く。
 響いた音が、誰かの足音じゃないかと不安になり、少女は時々振り返りながら階段を下りた。
 地獄に行き着くのではというほど長い螺旋階段。
 やっと底にたどり着くと扉が1つだけあった。
 そっとノブに手を掛けると、扉は音もなく開いた。
 広い、とても大きな部屋には、ぽつんと小さな棺桶が部屋の中央に置かれていた。
 明かりは、ロウソクが最小限照らせる程度においてあるだけで、所々暗闇に包まれている。
 空気は寒々としていて、じっとしていると震えてくる。
 少女はゆっくりと棺桶に近寄る。
 すでにこの山がまともな山とは思っていない。
 今まで会ってきた人(?)達も、とてもまともとは思えなかった。
 もしかしたら吸血鬼でも寝ているのかも、と少女は冗談半分で棺を開けた。
 しかし中を覗くと、紅い内装が見えるだけだった。
 なんだ、つまらない。
 少女がそう思った瞬間、首に冷たい指が絡まる。
「私の寝床を盗み見るなんて、ずいぶん胆の座った人間だな」
 ゾクッ!
 かつてない恐怖が少女の背中に走る。
 冷たい声が頭に響き、心臓を素手で掴まれたように、体中の血が凍りついた。
 慌てて時間を止め、ゆっくり振り返るが、そこには何もいなかった。
 嘘だ!時間を止めたのに!
 少女の中で恐怖が渦巻く。
 寒気がする体とは裏腹に、心臓は早鐘のように鳴り響いた。
 門番の美鈴には、いくら早くとも余裕を持っていられたのに。
 もしかして錯覚かも、とも思ったが、首に感じた感触が現実だと語っている。
 恐怖を感じながら、部屋の端に急いで移動し、壁を背にして時間を動かす。
「………」
 辺りを見渡すが、何もいない。
 ロウソクの明かりが届かない闇から、先ほどはなかった押し潰されるような恐怖を感じる。
 あそこから何かが飛び出してくるのではないか、もしくは天井から、少女の頭の中を無数の映像がよぎる。
「……時間を止めるのか…。ただの人間じゃあないようだな」
 広い部屋に先程の声が響く。
 反響してどこから話しているのかわからないが、その声はとても幼い少女のものだった。
「……私は…人間なのかしら?」
 手を握り締めながら、視線を部屋中に巡らし、少女は抱えていた疑問を口にする。
 恐怖心はあったが、響いた声は穏やかで、少女は少し落ち着いて話せた。
 そしてなぜか少女は、この声の主なら自分の疑問に答えてくれるという気がした。
「ははははは!おかしな人間だ!」
 本当におかしそうに笑う。
「お前は人間だよ。
 おいしそうな匂いがするからな」
 餌を前にした猛獣のような歓喜の声に、少女はまた寒気に襲われる。
「あなたは…吸血鬼?」
 喉の渇きに言葉をつかえさせながらさらに問う。
「本当に面白いな。物怖じせずに質問とは。
 そうだよ。私は『吸血鬼』、レミリア・スカーレットだ」
「レミリア…」
 少女は小さく呟く。
 名前を聞いたとたん、少し人間味を感じた。
 吸血鬼にも名前があるのか、と。
 それと、少し慣れてきたせいもあるが、レミリアの喋る声は、あまりにかわいらしく感じた。
「姿を…見せてくれない?
 それとも吸血鬼の間では、お互い闇に紛れて会話するのが礼儀なのかしら?」
「ふん。私を挑発するとは、身の程を知らない人間だ。
 ……ま、いいだろう」
 声が響くと、部屋中から無数の蝙蝠が集まって人の姿をかたどり、1人の幼い少女へと姿を変えた。
 背中に蝙蝠のような羽根をもち、目は綺麗な紅い色だった。
 声の通りの幼さは、パッと見12・3才ぐらいの可愛らしさだが、その外見とは裏腹に、全身から放たれる殺気と他を圧倒するカリスマ性が、見た目通りの印象をまったく持たせなかった。
 レミリアの姿を見て、少女の落ち着いた心がざわめいた。
 しかし、同時にレミリアからは自分と同じものを少しだけ感じた。
 それは…疎外感か寂しさか…。
 少女はこの1日で、幼い頃の感情がよみがえってきているのを強く感じていた。
「人間。何しにここに来た?
 私に血を吸われに来たのか?
 それとも、人間界にいられなくなったから来たのか?」
 レミリアは少女を睨みつける。
 意に沿わない答えをしようものなら、すぐにでも喰らいつこうとしているみたいだった。
「別に。道に迷ってうろうろ歩いていたら、この館が見えたから泊めてもらおうと思って」
 少し声を大きめにして話す。
 そうしないと恐怖に押し潰されてしまいそうだからだ。
「おまえは、道に迷った理由が分かっていないようだな」
 答えを聞き、哀れな子羊を見るようにレミリアは少女を見た。
「ところで、他の人間に会わなかったか?」
「会ったわ。
 もっとも、まともと言える人間には会っていないけど」
 魔女みたいな少女。空を飛ぶ少女。氷を飛ばす女の子。自分を気味悪がらない少女。
 誰1人としてまともな人間はいなかった。
「クククク…
 その中に、巫女はいなかったか?」
 空飛ぶ巫女を思い出し、会ったと少女は首肯する。
 笑いを堪えながら、レミリアは少女を指差した。
「おまえはココがどんな所か教えてもらえなかったようだな」
 その言葉に、少女は身を乗り出して聞いた。
「何なの?」
 重大な発表をするかのように、レミリアは重々しく口を開く。
「ココは、幻想郷だ」
「げん…そうきょう…」
 聞きなれない言葉を、口の中で小さく呟く。
「そうだ。世界から幻想になったモノが集まる郷だ。
 お前も、きっと幻想になったのだろう」
「…………そう」
 しばらくの沈黙の後、少女は一言呟く。
 レミリアはあまりにもあっさり受け入れた少女に少し驚く。
「あなたも…どこからか、幻想となってここにきたのかしら?」
 レミリアを見る少女の目は、どこか慈しむような、どこか哀れむような、そして、同じ境遇に共感めいたものが浮かんでいた。
「…そうか。
 強すぎる力とは、どこの世界でも嫌われるものか。ふふふふ」
 少女の瞳を見つめ、全てを悟ったように、レミリアは含み笑いをする。
「さて、まだやるかい?人間?」
 レミリアの表情が唐突に変わる。
 餌から同類を見る目に。
「やめておくわ。このままだと餌になるのがおちだもの」
 その目を見て、少女のレミリアに対する恐怖は消えていた。
「そうか。賢明な判断だな。
 まあ、もう1つの地下室へ降りていれば、餌どころではすまなかっただろう。
 運がよかったな」
 クスクスと笑うレミリア。
「ところで、帰る場所はあるのかな?」
 レミリアの目は少女の何かを見つめているようで、いっそう鮮やかな紅色に光っている。
「さぁ?とりあえず、生きてはいけるわ。
 今までも、1人で生きてきたもの」
 そう言って、警戒を解きレミリアに近づく。
 レミリアも特に身構えはせず、近づいてくる少女を見つめる。
 そして、少女はレミリアの前でひざまずき、頭を垂れる。
「お会いできてよかったわ」
 一言挨拶をする。
 少女にとって生まれて始めての敬意だった。
「…………私は、運命を操ることができる」
 目の前の少女を無言で見つめ、不意にレミリアは少女の胸、心臓の真上にあたる所に指先を当てる。
 少女はされるがままだった。
「おまえが幻想郷に来たのは運命だ。私にはわかる。
 そして、この館に来たのも運命だ。
 さて、私が今からお前の運命をさらに動かそう」
 言いながら、ゆっくり喉、そして額に指を這わせる。
「おまえは私に仕える。
 そうだな、メイドとして仕えることになるだろう」
「………」
 その言葉が少女に沁みこむ。
 レミリアの想いが、同類である少女には理解できたからだ。
「…ふふ、運命を操るね…」
「ちなみに、無給だけど。ふふ」
 2人は顔を見合せて笑う。
「おまえ、名前は何というんだ?」
 少女の額から指を離し腕を組む。
「悪魔に仕える身です。人間の名前なんて」
「そうか。
 では、悪魔の私がおまえに名を与えよう。
 今夜は、満月には1日遅い十六夜。
 夜に咲く花のように完璧な美しさを持て。
 十六夜 咲夜。
 それが、今日からおまえの名前だ」
「ありがとうございます。レミリアお嬢様」
 微笑んだ少女の目から、涙がこぼれ落ちた。
 子どもの時からためていた涙は、少女の自制を無視して流れ続ける。
 レミリアは愛しい者を撫でるように、涙で濡れた少女のほほに触れる。
「絶望は悪魔にとって最高のスパイスだよ」
「これが絶望の涙だとお思いなら、どうぞ遠慮なくお食べください」
 紅い月が昇る夜、紅い館の地下室で、1人の人間が1人の悪魔に運命を定められた。
 従者として。
 そして、悪魔の望む仲間として。




 永い夜。
 どこかの竹林の奥深く。
 大きな屋敷の永い永い廊下の先で、おかしな企てを阻止した。
 どうやら地上を大きな密室にしたかったらしい。


 紅い十六夜の月が浮かぶ夜。
 紅い館の庭で月光浴を楽しむ1人の悪魔と1人の少女がいる。
「可笑しな話ね」
「何がですか?」
 悪魔がクスクスと笑う。
「幻想郷の住人が、地上を密室にしてしまおうなんて」
「おっしゃる意味がよくわからないのですが?」
 少女が紅い紅茶を悪魔に給仕する。
「わからないの?
 幻想郷が、すでに箱の中だということよ」
「ああ。なるほど」
 少女はポンと手を打つ。
 どんなモノでも、人も悪魔も妖怪も、自然物から何から何まで、枠やルールや法則の中でしか存在できない。
 それは出る事も入る事も自分の意思ではできない、箱のようなものだ。
 幻想郷もまたしかり、と悪魔は言いたかったのだ。
 少女の顔を見て少し考えた悪魔は、とびっきりの悪戯顔を浮かべる。
「そういえば、今夜みたいな月の夜に、枠からはじかれた人間が、この箱に入ってきたな。
 その人間も自分の箱に閉じこもっていたようだが、いったいどうなったかな?」
 少女は箱の外に逃げたいと願っていた。
 しかし逃げることはできなかった。
 人間の箱からはじかれたら、今度は結局幻想郷という箱に入れられたのだ。
 少女は幼い悪魔を目を細めて眺める。
 箱というモノから逃げられず、幻想郷に入れられはしたけれど、ここで初めて存在を認められた。
 そしてそこで1人の悪魔と出会って、初めて孤独から解放された。
 枠に収まり、必要とされる場所とはなんと居心地がいいのだろう。
 そんなことを思いながら、咲夜という名の少女は、夜に咲く花のように綺麗に笑った。
「さぁ。どうなったでしょうね」
読んでいただいてありがとうございました。
中沢良一
http://d.hatena.ne.jp/toho_naka/
作品情報
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最新
投稿日時:
2006/10/23 07:16:29
更新日時:
2006/10/25 22:16:29
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1. 2 箱根細工 ■2006/10/28 05:00:01
この口調はどうかと。
2. 4 床間たろひ ■2006/10/28 08:29:29
咲夜がメイドになる前に霊夢や魔理沙に会っていたとかの、設定的な違和感がありました。
ただそれよりも何よりも淡々とした文章と台詞が、意図的な部分を差し引いても勿体無いと思います。咲夜の平坦な感情を示しているにしても、もう少し何とかなったんじゃないかなぁって。うん……正直惜しいなぁと思いました。
3. フリーレス 爪影 ■2006/10/29 03:24:26
 いえいえどういたしまして……すいません調子こいていました。
4. 6 Fimeria ■2006/10/30 00:35:20
きっと幸せになたのでしょう。
永遠に続くマトリョーシカのような枠の世界。
幸せなのは、弾いた者か弾かれた者か。きっとどっちも違った法則の幸福を得るのでしょうね。
5. フリーレス サカタ ■2006/10/30 05:13:18
たしか紅魔館に窓は少しはあるのでは?
地の文が多いのに足りないなと感じました。おそらくセリフの後のキャラの動きや心情をうまく描けていないからだと思います。正直伝わりヅライですね。
6. 2 2:23am ■2006/10/31 22:32:21
話が淡々としているというか、無機質というか……。骨組みに肉付けせずに皮を被せただけの人形のように感じました。まず、深みがない。テーマも筋もいいです。ただ話が膨らんでいない。もっと沢山の話を読んで、膨らませ方を学んだ方がいいと思います。
あと、美鈴の口調に違和感を感じました。
7. 4 翔菜 ■2006/11/01 19:04:50
しっかりと考えた上で書かれたように思うのですけど、箱が最後にぽつと出てくるだけな気がしてしまって何か物足りない感じ。
前半、どこかで『枠』と一緒に『箱』の表現もあれば変わったのでしょうけど、永夜の事を書いてからというのもあって、どうにも無理に出した感が否めませんでした。

お話としては、それぞれのキャラが良くて大好きであります。
8. 6 nn ■2006/11/01 21:37:52
作品の構成も雰囲気も良いと思いますが、テーマ自体が余りにやりつくされているものなので、正直食傷感がありました。この感じを打ち破る程の新しさがなかったことが点数が伸びなかった理由です。
9. 2 おやつ ■2006/11/01 23:18:10
王道的なお話だと思いました。
10. 3 らくがん屋 ■2006/11/02 16:11:13
面白い箇所が皆無なSSは、それだけで評価する気が失せる。少しは工夫してほしい。
11. 1 椒良徳 ■2006/11/03 10:23:03
ええっと、人工知能が書いたかのようなガチガチの文章ですね。
具体的にどこをどうすればよいのかはわかりませんが、
もう少しイキイキとした描写が欲しいところです。
12. 1 つくし ■2006/11/04 13:24:12
咲夜とレミリアの出会い、というテーマはすでに書き古されているため、よほど巧く書くか、よほど誰も読んだことのない解釈を加えないと印象に残りません。とかく事象を平坦に連ねる文章だったので、読むのに疲れました。前半の余分な部分はごっそりと削って、お嬢様のシーンを際立たせればよかったと思います。
13. 4 PQ ■2006/11/04 23:08:12
咲夜レミリアが霊夢魔理沙と知り合いだったとすると、紅魔郷での会話に齟齬が生じると思うのですが。
14. 8 名無し ■2006/11/05 11:11:03
今まで何度か咲夜さんが外から幻想郷に来る話を見たが、
それらはドラマチックな体験の果てで来たが、
こんな風に日常の延長として来た話ははじめて見たと思う。
15. 5 as capable as a NAMELESS ■2006/11/06 09:56:30
ありきたりでお題も薄いけど、割と読み易い。
16. 2 雨虎 ■2006/11/06 19:36:34
正直なところ時間設定に違和感を感じて、
それが最後まで尾を引いてしまった感があります。
後テーマである箱が後付けにしか感じられなかったのも残念でした。
17. 4 反魂 ■2006/11/07 00:15:42
異能の血を持つが故に疎まれて、異能の血を持つが故に親しまれる。
咲夜のみならずレミリアの哀しさにも掠らせた、綺麗なお話でした。
願わくば、咲夜の苦悩や心情の移り変わりがもう少し克明に描かれていたなら、もっと良かったかなと思います。
18. 10 ■2006/11/11 00:11:04
む、流れが自然で無理がない。それに、感情をあまり沸騰させ過ぎないのも咲夜さんらしくていいですね。
19. 3 匿名 ■2006/11/12 17:38:02
よく考えたみたいですけど、文章に迫力が無く伝わってこなかったです。
20. 3 藤村うー ■2006/11/13 01:05:56
 この容量だと、少し厳しいネタだと思います。
 咲夜とレミリアの出会いにまつわる話は非常にたくさんあるため、ただ幻想郷侵入・出会い・命名という流れを淡々と説明するだけでは印象に残りません。一人一人の出会いを丁寧に書き込んで、咲夜がそれまでいた世界との違い、価値観の変貌などを強調して、それこそ箱の中にいた自分と箱の外に出た自分、という対比を描くことができれば、また印象が異なったのですけれど。
 いずれにしても、箱の部分が弱いです。
21. 2 いむぜん ■2006/11/15 20:19:21
今更感の漂う過去咲夜の上に、順当過ぎて盛り上がりに欠ける展開。
テーマの消化もイマイチな気が。
独自性がもう少し欲しいところ。
22. 5 blankii ■2006/11/16 20:23:52
典型的な咲夜さん・ミーツ・れみりゃ、でしょうか。もう一捻り欲しかったかなと思います。
23. 10 ABYSS ■2006/11/16 21:15:20
面白かったです。
すらすらーっと読めてしまったのはテンポが良かったからですかね。
お見事でした。
24. 3 しかばね ■2006/11/17 00:30:13
「箱」との繋がりが少々薄いところが難点かと思いました。
咲夜とレミリアの出会いというのは美味しいネタではありますが、
何か個別のテーマと結びつけるとなると難しいですね。
25. 1 人比良 ■2006/11/17 20:25:03

幻想郷が箱、というネタが味付けにすらなっていないように思えました。
26. 5 K.M ■2006/11/17 20:44:31
「少女は幸せを手にしました」
月並みだろうと、幸せな結末はやはり好きです。
27. 4 目問 ■2006/11/17 21:42:26
 こちらもこれまであった咲夜さんの過去話から抜きん出るものが感じられなかったです。
 箱の概念も同様、もう一押し何か欲しかったかも。
28. 3 時計屋 ■2006/11/17 22:50:19
しっかりまとまっていて読みやすいSSだと思います。
ただ咲夜の言動が機械的に見えました。
まぁそういうキャラだといえばそれまでですが。
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