■ぷれぜんと。

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/24 20:02:44 更新日時: 2006/10/27 11:02:44 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


■はじまり。


 五月。
 久々にスーさんの毒を集めた私は、永琳へと毒を分けてあげる為、軽い足取りで永遠亭へと向かっていた。
 天気は快晴。あの花の異変の時には敵わないけれど、やっぱりスーさんが咲いているこの時期が一番気分がいい。
 だからだろうか? 何度通っても迷ってしまう竹林も今日はすんなりと進む事が出来た。その事にも嬉しくなりながら、私は辿り着いた永遠亭の玄関を開け、
「こんにちわー……って、あれ?」
 後ろ手に玄関の戸を閉めながら中に入ると、何か今日は屋敷の中が慌ただしかった。何なんだろう? と思いつつも、取り敢えず永琳の部屋へと足を運ぶ事にした。
「今日、必ずスーさんの毒を持って来てって言っていたのに……。この調子だと、永琳も忙しいのかな」
 そう何気なく呟きながら歩いていくと……その途中、正面からやって来たてゐに呼び止められた。
「あー、来た来た。メディ、ちょっとこっち来て」
「? 何?」
「良いから良いから」
 微笑むてゐに背中を押され、私は訳も解らないままある部屋へと通された。そこはあまり入った事が無い大広間であり、普段然程使われていないと聞いていた部屋でもあった。
 けれど今日はその話とは違っていたらしく、部屋には沢山の因幡達と豪勢な料理、それに色とりどりの綺麗な花が並んでいて、
「これは……一体?」
 何気なく呟いた問いは、部屋の中で準備を進めていた鈴仙から返って来た。
「やっと来たわね。てゐ、案内ありがと」
「別に良いわ。それじゃ、私はあれを用意しておくから」
「うん、お願いね。箱は私の部屋にあるから」
「りょーかい」
「……」
 目の前で繰り広げられる話に全く付いていけない。去っていくてゐを眺めつつ、ちょっと置いてけぼりな気分に陥った私に、鈴仙はごめん、と微笑んで、
「いらっしゃいメディスン」
「うん……。それで、この騒ぎは一体何なの?」
 疑問を持って問い掛ける私に、鈴仙は楽しげに部屋を見渡しながら、
「ほら、前に誕生日会をやるって話をしたでしょう?」
「たんじょうびかい?」
 言われてみれば、そんな話をしたような気がする。確かあれは、今から二・三ヶ月ぐらい前の事だ。



「そういえば、メディスンの誕生日はいつなの?」
「だんじょうび?」
 小さく揺れるうさみみの向こうから放たれた質問に、私は一瞬、それが何の事を聞いているのかが解らなかった。
 問いを放った鈴仙もすぐにそれに気付いたらしく、棚の奥にある瓶を三つほど手に取り、しゃがんでいた体を立ち上がらせると、
「よいしょっと……。そう、誕生日。メディスンがこの世に生まれた日の事よ」
 手に持った瓶をテーブルに置きながら、鈴仙が言う。けれど彼女は、手元の瓶の蓋を開けながら少し悩み、
「……でもメディスンの場合、誕生日が二回あるのよね……」
 蓋を開けながら告げられた言葉に、私は小さく首を傾げ、
「どうして? 私が生まれたのはスーさんの所だから、他には無いよ」
 そう答えた私の言葉に、何故か鈴仙は少し悲しげに頷いて、
「ん、そっか。……じゃあ、メディスンはいつあの鈴蘭畑で『生まれた』の?」
 鈴仙の問い掛けに、私は生まれた頃の記憶を辿った。けれど……
「うーん……解らないわ。気付いた時には、私はスーさんと一緒に居たから」
「となると……鈴蘭が咲いている時期なのは確かだろうから、四月後半から五月上旬ぐらいか……」
「でも、どうして突然そんな事を聞くの?」
 私の生まれた日が何かあるのだろうか。そう思っての問い掛けに鈴仙は微笑んで、
「ほら、もうメディスンもこの永遠亭の一員みたいなものだし、次の機会に誕生日会を開いてあげようと思って」
「たんじょうびかい?」
 鸚鵡(オウム)返しに聞き返す私に、鈴仙は頷くと、
「その人が生まれた事を記念するお祝い会のこと。まぁ、実際に主役となって行っているのは私達因幡だけで、もう自分の年齢すら解らない姫や師匠を主役にした誕生日会は開いてないんだけどね」
「そうなんだ。……不老不死も大変なのね」
 長い長い時を生き、そしてこの先も生きていく運命にあるからこそ、年齢というものにこだわる事も無くなってしまうのかもしれない。
 私に呟きに鈴仙は深く頷き、
「そうね……。でも、私達因幡が姫達と一緒に暮らしてきた年月は、確実に積み重なっているから。それを忘れない為にも、私達は誕生日会を開いているの。当然、姫達にも参加してもらってね」

□ 

 と、そういったやり取りが確かにあった。
 それを思い出せた事が顔に出てしまったのか、鈴仙は私へと微笑んで、
「思い出した?」
「うん、思い出した。じゃあ、今日は誰かの誕生日なのね」
「あ、それはちょっと違うかな。今日だけじゃなくて、今月生まれの因幡の誕生日会だから。でも……今日の主役はメディスン、貴女よ」
「……私?」
「そう、貴女」
 言って、鈴仙は微笑みを強めると、
「去年の春先にメディスンと出逢って、貴女がこうやって永遠亭に出入りするようになってもう一年。丁度生まれた日もこの前後みたいだし、今日の主役はメディスンにしようって、みんなで決めたのよ」
 その声が聞こえたのか、うんうんと頷く因幡達に笑みを返す鈴仙に対し、思っても見なかった状況に混乱して上手く言葉が返せない。けれど嬉しい気持ちはそれ以上に強くて、私は顔に浮かぶ感情を隠さずに、
「えっと、その……ありがとう」
 でもなんだか恥ずかしくて、最後の方が少し小さくなってしまった。
 鈴仙はそんな私の手を取ると、
「良いの良いの。さ、座って待っていて。師匠と姫が来たら、すぐに誕生日会を始めるから」
「う、うん」
 なんだかちょっと緊張してきて、歩く足取りがぎこちなくなる。もしこの体の中に心臓があったなら、今は早鐘を打っている所なのだろう。
 気を許した相手の前でも緊張するという事を学びつつ、私は鈴仙に指示された場所に腰を下ろした。
 そこは縦に長い大広間の一番端で、因幡のみんなを良く見渡せる位置だった。一段高くなっているから、余計なのかもしれない。
「……あれ? でも……」
 ふと、過去に永琳から教えてもらった事を思い出した。
 確か、部屋の一番奥というのは、何か特別な意味を持っていて――と、思考が答えに行き着いたと同時、部屋の襖を開けて永琳と輝夜がやって来た。
「ウドンゲ、姫をお連れしたわ」
「お連れされたわ。んー、今回も豪勢ね」
「師匠、姫。もう少しで準備が終わりますので、席に着いて待っていてください」
「解ったわ。では姫、こちらに」
 鈴仙の言葉に頷き、永琳が輝夜をエスコートする。先程思い出した通り、私が居る上座へと。
 上座というのは、目上の人が座る場所だ。今日の主役だと言われても、私が居て良い場所じゃない。
 一歩一歩を儚げに美しく進む輝夜の姿に一瞬見とれつつも、私は慌てて席を立とうとし、
「あー、メディスンはそこに座ってて良いのよ。なんたって姫からOKが出てるんだから」
 と、遠くから鈴仙の声が飛んできた。
「で、でも……」
「良いのよ。イナバが言った通り、私が許可を出したのだから」
 そう言いながら、すっと音を立てず、輝夜が綺麗な姿勢で私の隣に座した。
 定期的にこの永遠亭に遊びに来ているとはいえ、私は輝夜とはあまり話をした事が無かった。あの永琳が主従を誓っている相手だから、なんだか近付き難い感じがしたのだ。
 けれどそんな勝手な印象とは裏腹に、上手く言葉を返せない私に輝夜は優しく微笑むと、
「緊張しないで。今日は貴女が主役なのだから」
 そして彼女は、その白く細い手を私の髪へと伸ばした。
 そのまま、ゆっくりと髪を撫でられ……ふと、その感覚に覚えがある事に気が付いた。何だか懐かしいその感触に、一体いつそれを感じたのだろうかと記憶を手繰り寄せ……
「それじゃ、始めましょう!」
「ッ?!」
 元気に響いた鈴仙の声に思わず体が震え、同時に輝夜の手が髪から離れていった。
 それを残念に思いながらも、みんなの方へと視線を向けた輝夜に習うように私も正面を向……いたのは良いものの、予想以上に多いその視線に、顔を上げ続ける事は出来なかった。


■きっかけ。


 誕生日会は楽しい空気全開で進んでいく。
 私は人形だからご飯を食べる事は出来ないけれど、そんな事が気にならない程に楽しい気分でいっぱいだった。
 あの花の異変の時、もし外に出ようと思わなかったら、私はこんな風に笑う事も出来ずに過ごしていたんだろう。
「……」
 だからこそ、思う。
 あの時、閻魔様は私の心が小さいと言っていた。それは認めたくない事だったけれど、やっぱり本当だったみたいだ。こんな楽しい事を……道具である人形だってこんな風に笑える事を、あの頃の私は知らなかったのだから。そんな過去の私では、人形開放を叫んでも誰も賛同してくれなかったに違いない。
 だから……この先ももっともっと色んな事を学んで、一歩ずつ着実に、人形開放を目指していこう。
 と、そんな事を考えていたせいか、ついぼーっとしてしまっていたらしい。隣に座る輝夜が私へと視線を向けると、
「どうしたの? 何か考え事かしら」
「え? あ……うん、そんなところ」
 そう答えた私に、輝夜は柔らかく微笑んで、
「そうだったの。でも、まだまだ会は続くのだから、そんな風にぼーっとしてちゃダメよ?」
「そうそう、まだまだ宴は続くからね」
 輝夜の後に続いた声に視線を向けると、そこにはほんのりと顔が赤い鈴仙が居た。
 輝夜も私と同じように鈴仙へと視線を向けると、
「ねぇイナバ、いつの間に誕生日会から宴に変わったのかしら?」
「そこは気にしちゃダメなポイントですよ、姫」
「あらそうなの」
「そうなのです。……で、ここでメインイベント!」
 テンション高く鈴仙が叫び、みんなの視線を注目させた。
 取り敢えず、代表して聞いてみよう。
「めいんいべんと?」
「そう、メインイベント。実はね、メディスンにプレゼントがあるの!」
「ぷれぜん、と?」
 ……何だろう、その言葉の響きは何か凄く嫌な感じがした。
 でも、みんな楽しそうに笑っているし、嫌な事じゃないに違いない。
 そう自分に言い聞かせ、何とか顔に笑みを浮かべる。鈴仙はそんな私の言葉に頷くと、背中に隠していたのだろう何かを私の正面に差し出した。
「はい、お誕生日プレゼント!」
 それは、白い箱にピンクのリボンでラッピングされた物だった。
 そしてそれは、プレゼントという物だった。
「――プレゼント」
 プレゼント。
 白い箱に、ピンクのリボン。
 そこには、私が、
『これ、いらない』
「――ッ!」
 その瞬間、言葉では表現出来ない程の恐怖に襲われ、
「い、嫌ぁぁぁッ!!」
 目の前に差し出された箱を、私は思い切り腕で払いのけていた。
 中に入っていたのは硬い物だったのか、畳へと落ちたそれは硬い音を立てて転がった。
 そして次の瞬間、どうして自分がそんな事を行ったのかが全く解らず、私は激しい動揺に包まれた。
「め、メディスン……?」
「え、あ……」
 声に視線を上げると、そこには驚きと不安、そして悲しみの入り混じった表情をした鈴仙が立っていた。
 そしてすぐ背後から、
「一体どうしたの? 何か、イナバが気に障るような事をした?」
「ち、ちが……」
 否定の言葉を必死に紡ぎながら視線を向けると、そこには私の事を心配げに見つめる黒い瞳が――
『もう大丈夫だからね』
 刹那、強烈な既視感と共に、世界がぐらりと歪んだ。
 そして次にやって来たのは――奇妙な安堵感と、過去の記憶。
「あ、あああぁぁぁぁ……」
 あの頃には流す事が出来なかった涙が、瞳から溢れ出してくるのを感じる。

 無意識に輝夜へと抱きつきながら、私は自我が目覚める以前の記憶を思い出していた。 

 
■とおいきおく。


 私の中に自我が目覚めた時、過去の記憶と呼べるものはあまり無かった。そもそも私には脳みそが無いから、それは仕方が無かったのかもしれない。
 そんな記憶の中でも、特に私の中に深く刻み込まれていた記憶がある。
 それは私が置かれていた部屋での記憶。
 この幻想郷ではない、どこか遠い場所での記憶。
 ……思い出す事すら、止めていた記憶。


 
 その部屋の中で、私の居場所はいつも箱の中だった。その箱はとても狭くて、でも色んな種類の仲間達が押し込まれていた。
 今にして思えば、あれはただ私達を仕舞う為の玩具箱だったのだろう。私の持ち主だった少女は広い部屋を持っていたけれど、そこに私達を飾ろうとはしなかったから。
 彼女はいつも私達を乱雑に扱い、適当に玩具箱へと押し込めていた。だから私達の体はすぐにどこか壊れたり汚れたりして……そしてその度に、彼女の部屋から追い出されていった。
 けれど、仲間の数は減る事が無かった。一人の仲間が部屋から追い出されて暫くすると、新しい仲間を『お父さん』と呼ばれている男性が彼女へと持ってきていたからだ。
 そう考えると、お父さんが部屋にやって来る時は、必ず綺麗にラッピングされた箱……プレゼントを持って来ていたように思う。
 まぁ、私は玩具箱の外に出ていた時にしか部屋の様子を知る事は出来なかったから、本当の所は解らないけれど。

 そんな入れ替わりの激しい部屋の中、私は他の仲間達よりも長く部屋に居る事が出来ていた。どうやら彼女は私の事を気に入っていたらしく、どんなに汚れても私の事を部屋から追い出そうとはしなかったのだ。
 それでも扱いが丁寧だった訳ではなかったから、新しい仲間達から見れば私はみすぼらしい存在だったに違いない。
 でもだからこそ、あの日、私は消えていった仲間達がどうなるのかを知る事が出来たんだと思う。



 その日、私を相手に遊んでいた彼女へとお父さんが持ってきたプレゼントは、白い箱にピンクのリボンでラッピングされていたものだった。
 そしてお父さんが部屋から出て行ったあと、彼女は私を床へと放り投げると、引き千切るようにリボンを取り外し、荒っぽく乱暴にその箱を開けた。
 私は床に放り出された体勢のままそれを眺め、
「……なにこれ」
 興味無さそうに呟く彼女の声を聞いた。あの頃の私には言葉の意味は解らなかったけれど、多分こんな単語だったと思う。
 そして彼女が箱の中から乱暴に取り出したのは……『私』だった。
 正確に言うなら、私に良く似た人形だった。今だから解るけれど、あれは本当に私と瓜二つだった。
 そしてそれは、私がこの部屋から追い出される事を意味していた。普段とは逆のパターンとはいえ、いつも通りなら彼女は新しい仲間を部屋に残し、古い仲間を外に追い出してしまうのだから。いくら私がお気に入りになっていたとしても、私に良く似た人形がやって来てしまっては仕方が無い。
 ……でも、今回は違っていた。
「なんでこの人形なのよ……いらないって言ったのに。私は新しいクマのぬいぐるみが欲しかったのに……!」 
 そう叫ぶと、彼女は手に持った私に良く似た人形を壁へと思い切り投げつけた。
 大きな音をあげ、私に良く似た人形が壁へと衝突し、床へと落ちる。
 彼女は空になったのだろう箱を蹴飛ばすと、床に寝たままだった私を手に取った。そして壁際に転がった私に良く似た人形を拾い上げると、そのままドアを開けて外へと出た。
 彼女は怒り覚めやらぬといった足取りで廊下を進み、階段を降りると、広く開けた部屋へと入りながら声を上げた。
「お母さん、ちょっと良い?」
「はいはい……。何かしら?」
 彼女の声に答えたのは、綺麗で長い黒髪を持つ『お母さん』と呼ばれている女性だった。 
 お母さんは何かをしていた動きを止めると、彼女へと目を合わせる為にしゃがみこんだ。
 その黒い瞳が私と、彼女が持つ私に良く似た人形へと向けられ……しかしお母さんが何かを言う前に、
「これ、いらない。捨ててくれる?」
「え、でも……こっちを捨てるの? まだこっちは新しいわよね?」
「いらない」
「でも、どうしてか理由を……」
「いらないったらいらない! お母さんはこれを捨ててくれれば良いの!!」
 強く声を荒げる彼女に押されたのか、お母さんは少し怯えたように頷いて、
「わ、解ったわ……。じゃあ、貸してくれる?」
「はい」
 勢い良く突き出された私に良く似た人形をお母さんが受け取り、そして優しく胸に抱いた。
 そしてお母さんは立ち上がると、
「それじゃ、後で捨てておくから、貴女はお部屋に……」
「ダメ。今すぐ捨ててきて。お母さん、捨てるって言って捨ててない時がある事、私知ってるんだから」
「……解ったわ」
 半ば諦めたように言うと、お母さんは彼女を連れて歩き出した。



 彼女の手に掴まれたままの私がやって来たのは、家から少し離れた場所にある鉄の箱の前だった。長い煙突が伸びたそれは、確か焼却炉とかいうものだったと思う。
 お母さんは焼却炉の扉を開くと、私に良く似た人形をその中へゆっくりと入れた。
 薄暗い焼却炉の中には他にも幾つかの袋が積まれていて、私に良く似た人形は、その上にちょこんと座るような体勢でこちらを見ていた。
 そして、あの瞬間がやって来た。
 お母さんが何か小さな箱を取り出したかと思うと、更に箱の中から小さな棒を取り出した。そしてそれを箱に擦り付けると、不思議な事に棒の先から炎が生まれたのだ。
 点くお母さんはその炎を躊躇いがちに焼却炉の中へと入れ、
「さ、火をつけたら、もう行きましょう」
「やだ。最後まで見てる」
「でも……」
「見てるの」
 そう、彼女がお母さんへと言葉を放っていた間、焼却炉の中に変化は無かった。けれど次第に袋を舐めるように火が燃え上がり、焼却炉の中を炎が包み込んでいく。そしてその火の手は、私の良く似た人形へと及んでいった。
 まず洋服に火が点き、広がったスカートがゆっくりと燃え始め、次いで火が点いた金色の髪の毛が溶けるように無くなっていった。そのまま体へと炎は纏わり付いていき、私に良く似た白い肌が、どろどろと熱に溶かされて燃えていく。
 最後までこちらを見ていた青い瞳は、崩れていく体と共に炎と一つになり、消えた。
 まだ自我を持っていなかったあの頃の私には、部屋から追い出されたらこうなる、という事に対する感情が湧く事が無かった。
 だけど、今なら良く解る。
 あれはどうしようも無い程の恐怖の記憶。
 死の疑似体験、だったのだ。



 その後の事は、あまり覚えていない。
 いつの間にか私は、彼女の部屋では無い、沢山の仲間達が飾られた部屋で暮らしていたから。
 ……けれどその生活も、突然現れた彼女によって崩壊した。
 彼女は部屋の中に居た仲間達を床へと叩きつけ、踏みつけ、投げつけた。そして私の事を見つけると、
「こんなもの……!!」
 叫び、私を掴み上げた。
 最後に見た彼女は鈴仙と同じぐらいの女の子になっていて、目には涙が浮かんでいた。
 そして私は窓から投げ捨てられて……再び気付いた時には、鈴蘭畑に居たのだった。


■なみだのりゆう。

 
「……その間にも色々あったのかもしれないけれど、思い出せない。
 そして私は、スーさんの毒のお蔭でこうやって自我を持つようになれて……今、ここに居るの」
 輝夜に抱き付き、そして抱きしめられていた私は、思い出す事が出来た過去をみんなの前で告白していた。
 そしてゆっくりと輝夜から離れ、棒立ちのまま話を聞いてくれていた鈴仙へと体を向けると、
「ごめんなさい……。折角のプレゼントなのに……」
 そう言って、私は深く頭を下げた。
 恐怖に駆られてやってしまった事とはいえ、悪いのは私の方だ。嫌われても仕方が無い。そう思いながら頭をゆっくりと上げると、
「良いよ、大丈夫……。そんな事があったなんて知らなかったから、酷い事をしちゃったわ……」
 ぎゅっ、と鈴仙に抱きしめられた。
 予想していたものとは真逆の反応に慌てながら、私は顔を上げ、
「で、でも、私……」
「メディスンは何も悪い事はしてないよ。だから、謝らなくて良いから……」
「……うん……」
 そのまま鈴仙の胸に埋まるように頭を下げる。同時に過去の事を告白していた時とは違う胸の痛みが襲って来て、私は辛かったり悲しかったりする時以外にも涙が流れる事を知った。
 暫くその格好のままで居ると、鈴仙の背後から永琳の声が聞こえて来た。
「ほら、二人とももう離れなさい。みんなビックリしているわよ?」
「え、あ……ご、ごめんなさい師匠。つい……」
「……一方的な略取は、貴女も経験している事だもの。仕方ないわ。それよりも、元々これを渡す時間だった筈でしょう?」
 そう言って永琳が差し出したのは、五つの小瓶と白いドレス。
 鈴仙は私をそっと解放すると、永琳からその小瓶とドレスを受け取り、
「良かった……。安全の為に厚めの瓶を使っていたのが幸いしたみたい」
「それは……?」
 私の問い掛けに鈴仙は微笑むと、その小瓶を一つずつ私へと手渡し、
「これが、師匠と私からメディスンへの誕生日プレゼント」
「これが……?」
「そう。瓶の中身は、自然では精製されない私と師匠特製の毒セット。前に希少な花の毒を貰ったから、そのお返しも兼ねて。
 次に、このドレス」
 肩の部分を持って、鈴仙がドレスを広げてみせた。
 私はこの体に丁度良いサイズに見えるそれと鈴仙の顔を交互に見ながら、
「これも、私に?」
「うん。これは私達みんなからのプレゼント。メディスンに似合うように、鈴蘭色のドレスを選んでみたの。……でも、遊ばれてるみたいで嫌……かな?」
 微笑みから一転、不安げに聞いてくる鈴仙、そして同じように不安げな表情を向けてくるみんなへと私は大きく首を振ると、
「そんな事ない! 凄く、すっごく嬉しい……!!」
 笑顔で答え、私は貰ったプレゼントを胸に抱きしめた。
 この優しさを放さぬよう、強く、強く。
 
 嬉しい時にも涙が浮かぶ事を知りながら。


■たんじょうび。

 
 一騒ぎ起こしてしまった誕生日会も無事に終わって、その片づけも終わったあと、私はさっそく貰ったドレスに袖を通していた。
「ん、と……あれ? 背中が……」
 背中のボタンに上手く手が届かない。ボタンは掴んでいるのだけれど、どうも上手くいかない。
 必死になって頑張っていると、洗い物が終わったのだろう鈴仙が部屋に戻ってきた。
「やっと終わった……って、どうしたの?」
「背中のボタンが、上手く付けられなくて……」
「ちょっと待って。手伝ってあげる」
 そう言うと、鈴仙が私の背後へと回り、上手く付けられなかったボタンへと手を伸ばした。
 ドレスの胸元が少し引っ張られるのを感じながら、ふと、私はある事を思い出した。
「……ねぇ鈴仙。前に私の誕生日が二つあるって言っていたけれど、あれはどういう事なの?」
「ああ、あれ? ……あれはメディスンに失礼かもしれないけど……良い?」
 窺うように聞いてくる鈴仙に、私は頷き、
「大丈夫。だから教えてくれる?」
「解ったわ。えっとね、昔何かの本で読んだ話なんだけど……っと、出来た」
「ありがとう。お話の途中だけど……似合うかな?」
 鈴仙の手が離れた事を確認すると、私は振り返りざまに軽く一回転してみた。今まで着ていたドレスとは違う感触が、ちょっとくすぐったい。
「似合ってるわ。それに、今までが暗い色のドレスだったから、ちょっと別人みたい」
「本当?」
「うん。みんなで選んだかいがあったわ」
 そう言って優しく微笑むと、鈴仙がドレスとお揃いになっている白いリボンを手に取った。そしてそれを私の髪へと通しつつ、
「で、話の続きね。私も何かの本で読んだだけだから、詳しくは知らないんだけど……人形にも誕生日があるらしいの」
「人形にも?」
「うん。確か……その人形に名前を付けて、こんな風に初めてリボンを巻いてあげた日、だったかな」
 言葉と共に、鈴仙がリボンを結び終えた。
 そして一歩下がった彼女の顔を眺めつつ、
「名前と、リボン……」
「でも、メディスンは……」
 そう。私は捨てられた人形だ。そして持ち主だった少女は私を乱雑に扱っていて……当然、名前なんか付けて貰った事は――
『今日から貴女はメディスンよ。よろしくね』
「あ、れ?」
「どうしたの?」
 何か、記憶の奥に引っ掛かっているものがある。
 私の顔を覗き込むように腰を下ろした鈴仙の顔を眺めながら、私は記憶を手繰り寄せる。
 そして、
「……思い、出した」
「思い出した? また、辛かった事……?」
「ううん。そうじゃないの。私の、メディスンの誕生日を思い出したの」
 ああ、そうだ。私には名前がある。メディスンという名前があるじゃないか。
 そう、だから。
「私の、本当の誕生日は――」


■あのひをわすれない。


 あれは、外から響いてくる音が五月蝿かった日の事。多分あの音は、蝉の鳴き声だったと思う。
 ついに彼女の部屋から追い出される事となった私は、お母さんと共にある場所へとやって来ていた。けれどそこはあの焼却炉ではなくて、彼女の部屋ともまた違う部屋だった。
 薄暗いその部屋に光が灯ると、狭い室内にずらりと棚が並び、そこには部屋から追い出されていた筈の仲間達が飾られていた。
 お母さんはその棚の一つに私を乗せると、床に置いてあった箱から何かを取り出し、再び私を手に取った。
 そしてお母さんは汚れていた私の服をドレスへと着替えさせると、ボサボサになっていた髪を優しく櫛で梳かし……最後に、頭に赤いリボンを付け、
「これでよし、っと」
 小さく呟き、満足したように微笑むと……お母さんは腰を下ろし、私を膝の上に乗せ、
「貴女がこの家に来てもう一年……。……こんなにボロボロになって……でも、もう大丈夫だからね」
 私の髪を撫でながら、どこか悲しげにお母さんが呟く。そのまま、暫くの間私を撫で続け……
「……さてと」
 意識を切り替えるようにそう言うと、お母さんは私を抱いて立ち上がった。そして私を再び棚の上に置くと、
「今日からここが貴女のお部屋よ。これからみんなと仲良くしてね。……でも、貴女には名前が無かったのよね……」
 お母さんは口元に指を立て、んー、と少し悩んだ後、
「そうねぇ……。この前の子にはムギナって付けたから、今度はメが付く名前でいきたいわよね……。……メ、メー……メディ……メディカル……んー、あんまり可愛くないわね……。
 うーん……。メディ……メディ……あっ、メディスン! メディスンなんてどうかしら?」
 答えられる訳が無いのに、お母さんは私へと問い掛ける。
 そして一人で何度か頷くと、
「うん、それが良いわね。今日から貴女はメディスンよ。よろしくね」
 そう楽しげに微笑むと、お母さんは最後に私の髪を一撫でし、
「それじゃあみんな、行って来るわね」
 部屋に居る仲間達全員へと伝わるように言い、灯っていた光を消すと、お母さんは部屋を出て行った。
 小さく音を立てて扉が閉まると、誰も居なくなった部屋は途端に静けさを取り戻した。
 ただ外から届く蝉の音だけが、小さく部屋の中に響いては消えていく。

 そして私の視線の先には、数字の書かれた四角い箱が幾つか並んでいた。
 今なら解る。あれは万年を刻む七曜表。
 私の誕生日を示した、その数字は――





「――八月、十四日」


 その日が私の、本当の誕生日。
 メディスン・メランコリーが、生まれた日。










■おしまい。

 
宵闇むつき
http://redchain.hp.infoseek.co.jp/
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1. 3 箱根細工 ■2006/10/28 05:36:01
ふむ。
2. 6 床間たろひ ■2006/10/28 10:56:38
メディスンの話という事で珍しさもありましたが、その優しい物語に暖かいものを感じました。
綺麗過ぎる物語には何か嘘臭さを感じてしまうという歪んだ魂の持ち主なので、全面的に納得という訳にはいかないのですが。
文章技術はかなり高いと思いますので、展開にもう少しタメがあったらもっとハマり込めたかなぁと。そういう意味で惜しいと思いました。
3. 6 爪影 ■2006/10/29 03:46:26
 子供というのは可愛いものだ……無邪気だからこそ、自分に正直で良い。
4. 8 Fimeria ■2006/10/30 01:13:27
メディスンと箱、そうきましたか。
なんとなく想像し難かったメディスンの人形時代。
この作品がすっぽりとはまりました、素敵。
永遠亭はやはり、優しさの溢れるところだなぁ……なんて。
5. フリーレス サカタ ■2006/10/30 23:30:32
いい作品でした。文体に癖も無く読みやすく、非常によかったと思います。
6. 8 2:23am ■2006/10/31 22:54:12
いいですねぇ。どこか晴れ晴れとした気持ちになります。ちょっと箱というイメージが弱かったのが惜しい。話の組み立てもうまくて羨ましいですな……。
7. 5 翔菜 ■2006/11/01 19:40:16
大切にする子も居ればどこまでも乱雑に扱う子も居る。
それを残酷と呼ぶか無邪気と呼ぶかはまた考えるところなのでしょうけど。
メディスンに、そして皆に幸あれ。

ところで、

>「お連れされたわ。んー、今回も豪勢ね」
輝夜かわえぇ。
8. 8 nn ■2006/11/01 21:52:01
良い話でした。永遠亭の住人の様子やプレゼントの内容もそうですが、何より最後の母親が名前を付けるシーンが愛が溢れていて素晴らしかったと思います。ただ、娘が単純な悪役になってしましい、彼女の心情が見えてこなかった点が残念でした。全体的に良い話だっただけに、余計にその部分の荒が目立ってしまった気がします。
9. 6 おやつ ■2006/11/02 05:50:16
優しい、良いお話だと思いました。
メディには笑っていて欲しいと思います本当。
10. 4 らくがん屋 ■2006/11/02 16:10:17
箱SSというよりメディスンSS。そしてメディ好き以外が面白く読めるのか疑わしいSSでもある。
11. 7 椒良徳 ■2006/11/03 10:32:52
メディスンかわいいよ!
……こんな感想しか浮かばない自分の脳味噌が悲しい。
12. 5 つくし ■2006/11/04 13:31:38
箱を叩くシーンにドキっとしました。メディの過去のお話というのも新鮮で、楽しめました。ただ、それ以降がすこし冗長に感じたことも確かです。「なみだのりゆう。」以降はもう少しコンパクトに出来るような。それと、メディの誕生日を具体的数字で決めてしまうよりは、ぼかした方が効果的だったように思われます。
13. 6 as capable as a NAMELESS ■2006/11/06 10:26:41
新しい方でなくメディを選んだかと思えば、こっそり保管されていた古い人形達を見て怒りをあらわにした「彼女」の心境をもう少し知りたいところ。
14. 6 反魂 ■2006/11/10 03:53:37
最初に大切にしてもらえた日が誕生日になる――
その点で言えば、人形も人間も誕生日の意味は一緒なのかもしれません。
なればこそメディスンにとって二つめの誕生日も、また紛れもない誕生日ということになるでしょうか。
素敵で優しいお話でした。

……と、お話としては悪くなかったんです。ただ……ハッキリ言えば、構成が稚拙です。
関係あるところに差し掛かったらエピソードを挟み、また戻ってまたエピソードを挟み……というやり方は、あまりに単純すぎて興醒めするという印象が拭えません。また文章的な面として、二シーンの書き分けの工夫が薄かったことも感じます。少なくとも焼却炉のシーンまでは二元構成で別々に流れを作っておいて、肝の場面で“合流”というのが、ベタですが有効な手段じゃないかなあと。そうすれば、物語全体の伏線としても生きてきますし。
映像作品だとこういう構成でもOKとは思うんですが、文章となるとちょっと面白味に欠ける印象です。繰り返しになりますが物語は素敵なだけに、その良さをなお層倍に引き立たせる余地があったんじゃないかな、と私は感じました。ちょっともったいなかった印象です。
15. 8 ■2006/11/11 00:04:01
今回間に合わなくって良かったかも…プレゼント箱ネタ、被るところだったw

それにしても、なんか立派な輝夜ですね。大して出番があるわけでもないのに、何か姫っぽい感じで。
16. 6 たくじ ■2006/11/12 22:38:35
いい話ですね。こういうの好きです。
ただ、メディが捨てられる時の場面で女の子がどうしてあんなことをしたのかなって、その後のフォローがないので気になりました。結局あの女の子は何だったんだろうと。
あと、全然関係ないんすけど、子育てって大変だよなぁとか思いました。
17. 5 藤村うー ■2006/11/13 01:10:59
 女の子のフォローがあるかと思いきや結局酷いまま終わっていたため、ちょっと肩透かしなところも。拾ったのは母親の方か、という驚きもありましたが。
 最後、八月十四日が意味深なのですけど改めて調べないとどういう意図で設定されたのかよく分からないのが何とも。お盆の時期だから、死んだ人が帰ってくるとか人形の供養とかそのあたりなんだろうか……。
 締めのあたりも、メディスンが昔のことを思い出したところで終わりだとやや尻切れとんぼな感がありました。折角だから、メディスンが生きている現在のところに締めのシーンを持ってきても面白かったんじゃないかなあと思ったりしました。
18. 6 いむぜん ■2006/11/15 20:21:24
咲夜ほどでないにしろ、外からの漂着物説が主流のメディスンもまた、過去話が多い。
しかし、ドレスと薬か……既視感が。
静かに明るい終わり方。じんわりしっとり。
日付は、まあ、この日だろうなぁ。
19. 6 blankii ■2006/11/16 20:24:22
メディ良かったねメディ。8/14の由来は……夏コミしか浮かばないorz
20. 7 ABYSS ■2006/11/16 21:05:32
個人的にはどえらい好き。メランコとか。
箱、がきっかけにしかすぎないように描写されているのが残念といえば残念。もっと中心に出来たかもしれないと思うので。でも話の流れとしてはしょうがないとも思いますけどね。
テンポはとてもよくすらりと読めました。
21. 5 しかばね ■2006/11/17 00:58:47
少女の母親が娘に捨てられた人形達を匿っていた理由、
そして人形達がいた部屋についてもう少し言及されていれば
良かったのではないかと思います。ちょっと最後のほうが唐突に思えたので。
しかし永遠亭はナイスファミリーですね。

22. 5 目問 ■2006/11/17 21:43:04
 箱がメディのトラウマだというのはいいとして、それで終わってしまってる感じが。もう少し、箱に関しての展開が欲しかったように思います。
 お母さんのキャラがなんだか印象的。
23. 6 K.M ■2006/11/17 21:43:10
お母さん、なかなかによいネーミングセンスですね。
メディスンには、ぜひとも幸せになってほしいものです。
24. 4 木村圭 ■2006/11/17 22:46:13
なんか終着点がずれてしまっているような気もしないでもないですが、とてもよいお話でした。
プレゼントに恐怖を覚えたメディスンが抱きついたのが鈴仙でも永琳でもなく輝夜だったのは、無意識に人形時代の「お母さん」を覚えていたからなんでしょうね。
25. 3 時計屋 ■2006/11/17 22:50:51
珍しいキャラにスポットが……。
お話がちょっとありがちでしたが良いSSだったと思います。
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