シュレーディンガーの未来視

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/26 04:57:19 更新日時: 2006/10/28 19:57:19 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
ぼやけた意識が、視界とともに像を結ぶ。
天空の底には十五夜の月が沈み、風の波紋が竹林の中を広がる。
なびく光景を無心に感じているうちに、徐々に体中の感覚が起動してゆく。
五感が神経に繋がるにつれて引きずり出される記憶。

……くそ、そうだ。
思い出した。
まただ。
また、私は負けてしまった。
以前とは違う、この「夜」なのにもかかわらず。

そこまで思い至ると、この竹林に『何故』倒れていたかのもっとも根本の理由に行き当たった。

「そうだ、妹紅は」

軋む体に鞭を打って、奥を見遣る。
やや明るいのは彼女の使う炎故か。
ここからでは様子は掴めない。
重い自身を引きずるように、薄ら赤い光の方へ向かって行った。

果たして、重いのはその肉体のみなのか。
その事は彼女自身が知悉していた。



その光景はほんの刹那、形造られたものだった。
だというのに、まるで永いことその場に在り、また永く在り続ける彫像のように。
力の行き届いた五指を指先に集めるように、そしてわずかに丸め水滴を模したフォルムは、なるほど、貫くという行為において実に適している。
思わずそう感嘆してしまうほどに、彼女等の創り出した攻防の帰結は芸術品じみていた。
絵画のような永遠の一瞬は一呼吸の後、自然な動作により終焉を迎える。
不死人の左胸、背中側に咲く吸血鬼の右手は、静かに引き抜かれて富士の炎と同じ色の滴を零す。
「肝試しはここまでね。なかなか愉しかったわ」
振るわれた右腕は既に白く、生臭さ以外に血の痕跡は残らない。
もっとも、辺りに漂うより強い生きた鉄の香りの前では、その程度ほんの些細なものでしかなかったのだが。
「さて、歴史喰い。再戦ならば受け付けるけれど?」
こちらを振り返る事もなく、背中越しに投げられる声。
「いや、もうそうするだけの理由などない。また、私は何も出来なかった」
そう零し伏せられた目には、紅い悪魔の一瞥は映ることはない。
そこにある愉悦とも憐憫ともとれる瞳は、少しだけつまらなそうに遠くに向かった。


「本当に貴女は何も出来なかったの?」
「……何を言いたい」
「貴女にとっては結果が全てなのかしらと、ね」
メイド長の一言に、彼女は応じる。
手近な足場に腰掛けて、その双眸は夜空の光源の、更に向こうを望むように。

「私は誰よりも過去を、歴史を知っている。知っているからこそ、まだ見ぬそれを越えなければならない。
 だと言うのに、私に出来た事は過去をなぞる事だけ。そんな私に何の意味があるんだ。
 結局私は過去に縛られているだけで、その先なんてとても望めないんだ」



「本当にそう思っているのならあなたはとんだ道化、いや愚者ね。
 余程の知識人だと思っていたけれど、買い被り過ぎたかしら」

深紅の瞳が、彼女を冷たく見下ろしていた。

「運命を操れるからと言って、私は決して“全てを与えられた者パンドラ”ではないわ。
 私の視える運命なんて言うのはね、何でも見通せるほど大した物じゃないの。
 貴女や咲夜の知ることの出来る運命は“箱の中の猫が生きているか死んでいるか”程度でしょう。
 私の視える運命はね、せいぜいが『それ』に“もう助からないから、苦しまないように一息で殺してあげる”か“今ならばまだ辛うじて助けられるかも知れない”を加えるぐらいが関の山。
 箱の中に猫を入れないようにすることは出来ないのよ。
 ……どちらにしても、好奇心が猫を殺す事に変わりはないわ。
 少なくともそれが無ければ、箱の中で死ぬ猫の存在は知らないでいられる。」

夏がまだ強く居残り続ける夜に、少しだけ冷えた秋の薫りの混じる風が、辺りを吹き抜けてゆく。
閉じられた眼の奥から、小さく震える声が絞り出されるように拡がった。

「……いいえ、違うわ。
 結局、私もあの全てを与えられた愚か者と同じだったわね。
 それよりも私の方がもっと酷い。
 プロメテウスの火共々、館の地下に閉じ込めているのだもの。
 封ぜられた絶望と同居しているだなんてそれこそ狂気の沙汰、とんだ皮肉ね。
 レーギャルン、とでも名を変えるべきかしら?」



「――そこの、吸血鬼。
 もし不老不死になれる薬があるとしたら、貴女は口をつける?」

胸元を緋色に染めた不死人が倒れた姿勢のまま、大の字に寝ながら空を見上げ、紅い悪魔に問いを飛ばす。

「少なくとも今のアンタを見てそうなりたいと思うやつは少ないんじゃない?」
「そうね、こんな目にあうって判ってたら、いくら私でも飲まなかったかもしれないね」

軽く勢いをつけ、上体のみを起こしながら呟く。

「それはどうかしらね。
 判っててもどうしようもない事は存在するわ。
 運命を知っていて先手を打っていても、やがて訪れるものはさして変わらない事の方が多い。
 猫の存在を知らなかったとしても、死ぬ猫は存在してるのよ。
 死にゆく様を見取るがいいか、後から知って後悔するか、その差でしかない。
 ならば私は、死にゆく獣に抵抗を命ずる。
 貴様の存在はその程度なのか、と。
 貴様の存在を知らしめる事なく死ぬのか、と。
 それが貴様の生き様か、と。
 それが夜を統べる私の生き様よ。

 ――運命を操る王として命じよう――

 覚えておきなさい、未来を知らずに運命を失った不死人、藤原妹紅。
 意味を持たない刻の流れに抵抗し、貴女を記しなさい。
 それすらせずに無為に時を重ねるならば、お前の存在に意味など無い。
 生者の嫉みに、怨みに塗れ、その炎をくすませるがいい。
 己の無能を、無意味を呪い続けるがいい。

 覚えておきなさい、過去のみに囚われし半獣、上白沢慧音。
 貴女の生き様、私に、過去に、歴史に刻みなさい。
 精一杯過去に抵抗して、それから死になさい。
 それすら出来ないと言うならば今すぐ私がお前の運命を、未来をこの手で刻みつけてあげるわ。

 覚えておきなさい、人の時を選び、刹那の生にしがみつく私の下僕、十六夜咲夜。
 人として生きる間、私に貴女を残しなさい。
 ならば、私はお前を人として生かし、人のまま死を見取ろう。
 人である尊厳を失う時は、その前に私の手で殺してあげる。
 私の誇りとして、運命に抵抗なさい。


 そして私はこの望月に誓って、私で在り続け、私の存在を世界に知らしめ続けよう。
 それが私の、この満つる月の眷属としての責務。
 それが、今宵の月の元に集いし我らの確約よ。
 異義があるならばかかってきなさい。
 この私が、その不遜を打ち砕いてあげるわ!」





秋を告げる風がまた一陣、強く優しく吹いた。

恭しく頭を下げ、その言を受けるは現在を手にした従者。
呆けた表情のまま、悪魔を見つめるは過去を抱く半獣。
堪えきれずに、そして心底楽しそうに笑いを漏らすは時間から零れ落ちた不死者。

「敵わないね、これは。通りで勝てない訳ね。
 良いわ、夜と月の貴族。貴女のその命、のってやる」
「妹紅!」
「良いよ、慧音。ここまできっちり言い切られたんだ。
 それに、そういう“生き方”も悪くなさそう。
 けど、貴女もその『在り様』を違えるなよ?」
「愚問ね」

静かな笑みが、彼女達に浮かんでいた。





――全てを与えられた者、パンドラに渡された箱には、全ての災厄が封じられていた。
好奇心によってその箱を開いてしまった時、災厄は世界に蔓延していった。
パンドラはすぐに箱を閉じたが、時既に遅く災厄は全て出て行った後だった。
唯一、未来視の能力を残して。
未来を知る事が出来ないから、希望を持つ事が出来た。
可能性は、残された。



――だが、希望故に絶望する事もある。
希望が残された故に、より深い絶望を味わう事もある。

視える者と視えざる者。

果たして、どちらがより絶望を知るのか。
それは、ラプラスの悪魔以外、知り得ないのかもしれない……――
本格的な物理屋さんには噴飯モノで申し訳ない。
ラプラスの悪魔は少しやりすぎたかも。
(それを言ったらプロメテウスやレーギャルンもだいぶアレはありますが)
そる・あーす
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2006/10/26 04:57:19
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1. 3 床間たろひ ■2006/10/28 11:35:43
んー正直借り物の知識を並べているだけで、こう……何というか生きた言葉って気がしなかった。
何を偉そうにと自分でも思いますし、無学なので細かい突っ込みなど出来ませんが、これが素直な感想です。

2. 2 箱根細工 ■2006/10/28 15:23:26
今一。
3. 4 爪影 ■2006/10/29 12:30:20
 はてさて、不遜なのはどちらやら。
4. 3 らくがん屋 ■2006/10/30 17:33:24
どうも、大仰な言葉を使うあまり上滑りしている気がする。芝居がかった台詞は割りと好きなんだけど、この作品にはカッコ良さが足りない。レミ様のカリスマの裏付けが無いからかな。
公式設定でカリスマ充分じゃね? という質問は却下。作中でカリスマ見せてくれないと。
5. フリーレス サカタ ■2006/10/31 03:51:12
レミリアのかっこよさ?に圧倒されました。私はこんなレミリアが大好きです。ただ、残念なのは出てくる単語の意味不明さ。調べれば分かることでもありますが、それは読者にあまりさせてはいけないこと。できれば単語一文字のかっこよさに頼らずに、文章表現でのかっこよさを見せて欲しかったです。
6. 4 Fimeria ■2006/10/31 06:34:16
お嬢様がカリスマに溢れていた。
所詮視える者にはなれない私は視えざる者の絶望が深くないことを希望しましょうかね。
7. 5 nn ■2006/11/01 22:46:34
何か色々なことを言い過ぎて騒がしい感じがしますし、物語が死んでいてただ漫然と読むしかないような感じがします。もうちょっと長めの話にするか、シンプルにまとめた方が良かったのではないでしょうか。
8. 1 2:23am ■2006/11/02 23:28:55
単語云々より、物語自体が見えてきません。
9. 3 椒良徳 ■2006/11/03 10:46:00
ぅゎぁお嬢様っぉぃ。
10. 3 おやつ ■2006/11/04 06:00:30
格好良いなおい!?
最近妙にお嬢様のカリスマが減っていると思っていたがとんだ間違いだったようだ。
夜の王とはかくあるべし。
でもかーいい幼女もそれは又良しw
11. 4 つくし ■2006/11/04 14:05:09
乱暴な言い方をすれば、私の趣味に合わなかった、と言えるのかもしれませんが。どうもその装飾過多の文章に一種の「クサ」さを感じてしまいました。もって回った言い方に読んでいて疲労を感じました。しかしこれほどに凄まじいレミリア様のカリスマも、実は貴重かも。
12. 3 翔菜 ■2006/11/04 23:52:33
深い話……自分には難しい(;´Д`)
13. 6 as capable as a NAMELESS ■2006/11/07 09:09:06
「シュレディンガーの猫 ラプラスの悪魔」でぐぐると色々難しい問題が出てきて面白いですね。
14. 8 ■2006/11/11 00:19:58
ちょっと理屈っぽ過ぎるかな?と思いました。ところで、フランの火はむしろ、元ネタそのまま北欧神話のムスペルヘイムの火ではないかと思います。プロメテウスの火はただの「コントロールすることが難しい大いなる力」ですが、スルトの放つ火は、新世界が現れる前に一度世界を焼き尽くすことが定められた「破壊を前提とする火」で、破壊の能力にはより相応しいのじゃないかと思います。
15. 4 たくじ ■2006/11/12 22:35:08
レミリアが格好いいとは思いますが、ただそれだけという感じで、物語としては物足りなさを感じました。
16. 1 藤村うー ■2006/11/13 01:18:03
 レミリアが神様みたいになってますね……。
 運命うんぬんの能力を拡大解釈したにしても、何だかキャラがわけわからなくなってるような気が。尊大さやわがままな面は多分にあると思うのですが……。
17. 4 反魂 ■2006/11/15 06:45:48
いや、なーんか似た作品読んだこと有るなあって思ってたんです。何のことはない、自分の作品だ(笑
永続という異端の運命に向き合う奴、過ぎ去った運命を一目に覧じられる奴、運命の流れを一時止めてしまう奴、そして、運命を操る程度の能力を持つ奴。幻想郷にはとかく、ラプラスに怒られそうな住人の多いこと多いこと。
過去や未来に対する観念も、下手すれば我々と全く異なるのかもしれませんな。罪な場所です。
18. 5 いむぜん ■2006/11/15 20:26:07
永夜抄の会話を掘り下げた感じか。 つくづく運命を操るってのは難しいなあ、と。
あ、でもこの演説すらも「方向付け」なのかもしれないな。
19. 8 ABYSS ■2006/11/16 19:57:24
レミリア様かっこいいよ!
でもかっこよさにテーマが持っていかれちゃったよ!

…いや、結構本気でそう思います。
本当に惜しい。箱、が申し訳程度に映ってしまうのが本当に惜しい。
20. 7 blankii ■2006/11/16 20:47:15
しくしくしく、知識が足りない。視え過ぎるのなら目蓋を閉じろ、て話も何処かにありましたね。
21. 4 しかばね ■2006/11/17 01:30:54
おや、珍しく(と言ったら失礼でしょうが)レミリアが
カリスマチック。
書く人によって色んなキャラが見られるのも良いものですね。
22. 1 人比良 ■2006/11/17 20:23:22

書きたいものが先行しすぎて足を滑らせて転んだような印象が。
23. 5 K.M ■2006/11/17 20:45:37
そのような台詞をはっきり言えるレミリア様が素敵です。
24. 4 目問 ■2006/11/17 21:46:02
 レミリアがかっこいいです。ここまで芝居がかってると好みも分かれそうですが。
25. 2 時計屋 ■2006/11/17 22:56:39
古典物理学的な意味でのラプラスの悪魔ならば、未来視の能力は否定されているので、シュレーディンガーがお題の話にそのまま用いるのは不適当に思えますが……。
まぁ僕も本格的な物理屋さんではないので……。
26. フリーレス そる・あーす ■2006/11/27 03:08:21
判り難いという指摘を多数頂いたので、解説(と言うか補足?)を書く事にしました。
本来的にはこういったものを書かなくてもそれを判ってもらえるようにするべきで、それが出来ていない時点で技術・構成その他が不足しているという事。
その結果としての今回の評価、非常に勉強になります。
コメントくださった皆様、ありがとうございました。

・パンドラの箱について
今回、パンドラの箱の中身についての解釈は、いくつかある説のうち大きく二つの物を連結したような物、として扱っています。
一つは、おそらく最も有名な解釈である未来視(予兆)の能力という説。
未来がわからないので希望を持つことが出来る、という説で、転じて希望が入っている、とも言われてしまう事の多い説です。
もう一つはそのまま希望が入っていたという説。
希望があるために諦める事も出来ずにいるという説です。

・シュレーディンガーの猫について
レミリアの運命を操る能力についてはこの話を例えにしていますが、この話についてある程度以上の正確な知識がないと例えとしては不適切ではありました。
またそれを暗喩として使っているので、更に判り難い状態に。
シュレーディンガーの猫の話は、半減期(ある原子が崩壊して、その数が半分になるまでの期間のこと。崩壊するまでの期間は確率でしかあらわす事が出来ない。)が一時間の原子一個と、原子が崩壊した時の放射線を感知したらば毒ガスを出す装置と、猫を同一の箱の中に入れておき、1時間後に猫の生死の観測をするという思考実験の話。
1時間後のまだ観測をされていない箱の中には死んでいる猫と生きている猫が両方重なって存在しているが、観測をした時点でどちらか片方の可能性が消え、もう片方の結果のみが観測される、という量子学を簡単に説明した話です。
半減期が1時間ということなので、一個の原子が1時間後に崩壊している確率(=死んでいる猫が観測される確率)は50%ということになります。
レミリアの能力を、このシュレーディンガーの猫を使って説明するのならば「1時間経たないうちに箱をあけて観測ことの出来る存在」という解釈で行っています。
作中において“もう助からない〜”“今ならばまだ〜”のくだりはその辺りを指していて、1時間後には死んでいる猫をそれよりも早い時間で箱を空けたために、まだ死んでいない(しかし、そのままでは1時間後には死んでいる)という能力なのだ、としています。
(余談ながら、早く箱を開けても“まだ〜”“もう〜”と言った結果が出ているのは、同じ時間(例えば10分前)に箱を開けたとしても、崩壊のタイミングは確率なので変動がある、と言う意味です)

・プロメテウスの火について
指摘にあった通り、フランドールのレーヴァテインを隠喩するには正確ではありませんが、ここでは名前の意味である「先を知る者」と言った未来を暗示するニュアンスを優先させています。
そのため、フランドール(というかレーヴァテイン)とプロメテウスに相関は一切なく、強いて言うならば火が共通していると言う程度です。

・レーギャルンについて
レーヴァテインが封じられている箱の事で、絶望の箱、と言う意味があるらしいです。
これについては情報源が少ない上に曖昧で、使う意味は薄く、遊びの要素が強いです。

また、プロメテウス・レーギャルンの二つを(「先を知る者」を閉じ込めた「絶望の箱」として)パンドラの箱と見立て、紅魔館そのものをパンドラの箱とし、フランドールを閉じ込めている事実をレミリアにとっての「絶望」として自嘲させようとしました。

・ラプラスの悪魔について
シュレーディンガーの猫がコペンハーゲン解釈(観測する(=箱を開ける)事により結果が収束(=猫の生死が判明)する)と言う解釈をベースにしているのに対し、ここのみエヴェレット解釈(箱を開けても生きた猫と死んだ猫はどちらかに収束するのではなく、死んだ猫を観測している人間と生きた猫を観測している人間が両方重なって存在しているが、それぞれが自分でない側の存在を認識出来ないという、パラレルワールド的な解釈のこと)的な捉え方をしているので、その意味では適切ではありませんでした。
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