Sad and Beautiful World

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/27 06:28:11 更新日時: 2006/10/29 21:28:11 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00








 ガタガタと古臭く揺れるバスの中。メトロノームの様に左右にふれる吊り革。
 いつもの無振動バスは何かの展覧会のために回されているらしい。それで今日はこの古臭いバスだ。
 古いのは情緒があっていいけれど、よく揺れるので眠くなるのがとてもよろしくない。
 徹夜明けの頭には特に。

 ぽーん。そんな音がした。反響する波動。反転する正弦波。
 漠然とした空想をしてみた。妄想という方が正しいのかもしれない。

 音は跳ね返って相手に伝わる。
 光も跳ね返って相手に伝わる。たまに突き刺さって。もしくは分かれて。

 なら想いは、どうやって伝わるのだろう。どうやって人は人と繋がっているのだろう。

 心? 言葉? 触れ合うこと? 寄り添うこと?

 思考は堂々巡りし、頭がこんがらがる。


 頭を掻こうとしたら、誤って帽子が飛んでいった。
 ふわー、とバスの中を飛んでいく黒い帽子。柱に当たってぱたりと落ちる。
 慌てて取るために立とうとしたら、若い助教授みたいな人が取って渡してくれた。
 礼を言った後、座席に戻る。ほっと軽く息を吐く。
 そのとき、ぼやけた答えが浮かんだ。


 なーんだ、簡単なことじゃない。
 そう思いながら、私はバスが揺れるたびに周期を速くさせる吊り革を見ていた。








「それでそんな変なもの買ってきたの? 蓮子」
 退屈そうな顔で言う相方のメリー。「そんなことよりコーヒーおかわり欲しいわね」とか言ってて興味なさそうだ。黙っていれば何人でも男が食いつきそうなのに、そうじゃないのはこんな不満を簡単に表に出す性格のせいだと思う。

「いやぁ、だから気になったんだってば……」
「だからって、いきなりそんな大きな蓄音機買ってくるのはアンティーク商くらいなもんだと思うわ」
 そう指差す先にある、平台に咲きかけの朝顔が生えたような物体。私がバスを降りた後に通りがかった古具屋で買ってしまった蓄音機だ。全然買い手がいなかったのか、何台か投売りされていたところへ私がたまたま通りかかってしまったのだ。そこで売り文句を散々畳み掛けられ現在に至る。

「で、いくらだったの?」
「3000円」
「安っ。オークションとか出したら結構高値付きそうじゃない? 出してみたら?」
「いや、別にお金が稼ぎたいわけじゃなくて……。そのとき考え事をしていたの。それに使えそうだったし、安かったから買ったのよ。別に騙されたわけじゃないわ」
 そう、店主に騙されたわけではないと思う。……ホーンの付け根辺りが素人目で見ても壊れているように見えても。

 蓄音機のプラグをコンセントに繋ぐ。正直ちゃんと繋がるか不安だったけど繋がった。
 そして1枚のレコードを取り出す。入っていた袋にもレコードにも一切の説明はない。
 ちなみにこのレコードは実家にたまたまあったもの。なぜかこっちにくるときに荷物の中にまぎれていた。せっかくだから、ということで部室で鍋敷きに使っていたけど、まさか聞くことになるとは夢にも思っていなかったわね。

「A面ってこっちでいいのかしら」
「何も書いてないんじゃ確認のしようがないと思うんだけど」
「気分的な問題よ。後は針を乗せて、っと」


 次の瞬間、凄まじい爆音が部室に響き渡った。

 慌てて耳をふさぎながら針を戻す。


「……、こういうの、お約束って言うのかしら」
「……多分そうだと思う……」




 今度は場所を確認しつつ針を乗せる。
 ポツ、という淡いノイズの後にゆっくりとした音楽が流れてきた。どうやら正解だったみたい。
 煤けたようなギターの音。それに重ねるように逆巻くベース。派手でいて全体をまとめるかのようなドラム。古臭いような新しいような音楽が流れる。

「やれやれ。で、これを聞かせて何がしたかったの?」
「ほら、音楽って箱の中でしか聞けないじゃない。どんなに強い音でも、どんなに綺麗な音でも箱の中でなきゃ伝わらない」
 両手を広げて言う。ここも箱で、音が伝わっているから。

「確かにね。よく野外で公演とかしてるけど、本当に一番後ろの観客がその音を聞けているかは疑問だし」
「あれは自分の目で見たいから来てるんじゃない? あとは雰囲気とか」
「真空の中はどうなるのかしら。一応箱の場合もあるけど」
「人が生きていられないからダウト」
「瞬間沸騰だものね」
「北京原人もびっくり」

 蓄音機は次の曲を流し始めていた。煌くような、劈くような音が箱の中で響く。

「確かに音は箱の中でしか伝わらない。人は箱の中で生きるもの。自分の箱を見つけるもの。他人の箱を探すもの。そしてそれと自分の箱を共有させたがるもの」
「私の箱とメリーの箱は共有できるって信じたいけど」
「何言ってるの? 当たり前じゃない」
「どうもありがとうございます」
 大げさに会釈して言う。本当に嬉しかったからだけど。


「世界には様々な箱があって、ここはそんなひとつにしか過ぎない。過不足なく、ひとつここにある」
 メリーは確かめるように、思い出すかのように机の上にあった飲みかけのコーヒーを指して言った。

「そして世界の様々な箱には私たちの知らないものがきっとある。ただ隠れているだけで」
 私はメリーに繰り返すように蓄音機の朝顔のようなホーンを軽く叩きながら言った。


 さらに次の曲が夕暮れ間近の箱に響く。見えるような見えないような揺らめきが英詩として伝っていた。


「だったらそれを確かめてみたい。触れてみたい。そう思った」
「……つまりは意思を確認したかったということかしら?」
「いや、より深く箱を共有したかったもんだから」
「ふふ。何を今更」
 本当に嫌になるくらいメリーは綺麗だと思う。嫉妬したくなるくらい。

 本格的に斜陽が差す。箱は朱のような紅のような橙のような、はっきりしない色に包まれる。


「綺麗な夕日ね。ところで蓮子。黄昏の語源って知ってる?」
「なにいきなり。『誰そ彼』でしょ。現代語訳すると『あんた誰』」
「そう。道端で知り合いと会っても夕暮れだと分かりにくい。まぶしすぎる光は箱を分かりにくくさせる。もし、そんなことでわからなくなるのであれば、結局その程度の繋がりだったということなのよ」
 メリーが突然そんなこと言い出すもんだから不意に不安になった。別に本心ではないのだけど、メリーに確認しないと不安でしょうがなくなってしまった。

「……メリーは、今でも私がわかる?」
 心配だった。本当にメリーは私のことを分かってくれているかなって。


 僅かな間。揺らぐ影法師。
 いつの間にか時間が止まっていたような気になっていた。


「綺麗よ、蓮子」
「ありがと」





 さらに傾く陽。もう夜の闇はすぐそこまで来ようとしていた。

「でもメリー、なんでいきなりそんなこと言ったの? 別にメリーが聞く必要なんかないのに」
 一応、もう一度聞いてみた。やっぱり不安だったのかもしれない。そもそもこんな話を持ち出す時点で不安なのか。そう思っておくことにした。

「だって、蓮子ばっかり訊ねてくるんだもの。私だって不安にさせたくなるじゃない? つまりはお返しよ。私を不安にさせた、ね」
 小悪魔のように微笑みながらそう言うメリー。

 あぁ、こいつには一生勝てやしないんだろうなと、しみじみ思った。


 蓄音機はいつの間にか過去から未来へと繋がる優しく強い音を響かせていた。





 空が今までとは逆のように流れるようになった頃。

「さて、それじゃ行きますか。新たな箱を探しに」
 カップを部室に備え付けられた簡易台所に浸しながら言うメリー。
 学業に従事しすぎてこの倶楽部の目的をすっかり忘れていたことに気づいて慌てて立ち上がる。

「忘れてた忘れてた。この倶楽部はそういうものだったわね」
「……私としてはそっちの方も考えての発言だと思ってたんだけど」
 あからさまにあきれた顔を私に見せて言うメリー。
 やっぱり、不安でしょうがなかったのかもしれない。

「でもそうだよね。結局はそうなるんだ」
 一つ一つの物事を確認しながら呟く。様々な箱。隠れている箱。私たちの知らない箱。


「結局って何がよ?」
「ん、いやメリーが言ったみたいに、さっきのことと一緒だと思って。私たちのこの世界と、別の世界。それの関係も同じだって」
 空回りし始めたレコードを逆さにしてまた針を乗せた。

「ただ壁と向かい合ってるだけじゃダメなんだって。向こうに何も見えなくたってその先を目指さなくちゃいけないって。壊さなくちゃダメなんだ、箱と箱の間の壁を」


 星がいくつか瞬き始めた。
 レコードは愛の残る音を響かせている。


「人は人を想う。想われたいがために。同じように世界も世界を想うのかしらね。優しさ、悲しみ、そんな思いを伝えるために」
 振り向きつつ、コーヒーメーカーを洗いながらメリーはそう言った。

 何でそんなことしてるのかなってよく考えてみたら、私が出かけるために何も用意してないことに気がついた。慌てて机の上を片付けていく。

「まったく。もうすこしで大掃除始めるところだったわよ?」
「ごめんごめん。でも思い出した。私たちがすること、それの意味」

 全ての荷物を片付けて、すっかり黒い闇に包まれた箱の外を見据える。

「私たちは箱を壊してるんだね。これまでも。これからも。私たちは続けていくんだ」
「そして新しい箱を見つける。でもこの箱から離れるわけじゃない。その箱が知りたいからこの箱を壊すだけ。だって向こうの箱には見たこともない色や景色があって、私たちを驚かせてくれるかもしれないから」
 メリーは布巾で手を拭きつつそう言った。


「よーし。それじゃ行こう。箱を壊しに」
「『守破離』ね。世界を思い、世界を壊し、別の世界へ」


 部室の扉を開け、静まり返った廊下を抜け、暗く高い空へ飛び出した。
 常緑樹すら揺さぶらせる秋の強い風に吹かれながら、私たちは見下ろしている街へ走って下っていった。













 微かに鈍色の月が照らす夜空。
 蓄音機は誰もいなくなった箱の中で、破壊的な旋律を響かせていた。



どこまで行ったら人は人と分かり合えるのだろうか。
自分の永遠の命題ですね。
2:23am
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投稿日時:
2006/10/27 06:28:11
更新日時:
2006/10/29 21:28:11
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5.00
1. 4 箱根細工 ■2006/10/29 03:57:02
秘封多いな……。
2. 5 爪影 ■2006/10/30 14:54:45
 個々がある限り、人同士が完全に分かり合える事は無いと思います。
 ま、だからこそ面白味や情緒もあると思うのですが……分かり合えないからこそ、面白いかも。
3. 3 らくがん屋 ■2006/10/30 17:28:02
いや、……まァ、良い話なんじゃないスか? 秘封物は原則減点だから、点数低く付けてるけど。フリーレスってほど意味不明な文章じゃなかったし。
4. 7 Fimeria ■2006/11/01 23:23:38
恐らくは、生あるうちには完全に分かり合うことはない。
それでも、箱を繋げて分かろうとするのは大事なことなんでしょうね。
人を好きになるのは大事です。
黄昏の情景描写が巧く、レトロな雰囲気を楽しめました。
ありがとうございます。
5. 4 椒良徳 ■2006/11/03 11:55:27
ちょっと哲学的すぎて、自分のような人間はコメントに困る。
6. 6 nn ■2006/11/03 22:41:26
細部の描写とかは良かったと思います。ただ、箱が何の例えなのか分かりづらく、結局物語のテーマも曖昧になってしまったように感じます。
7. 3 翔菜 ■2006/11/05 02:49:00
箱を探し、箱を壊す。
ふたりの世界は箱だらけ。
8. 5 つくし ■2006/11/06 21:50:30
冒頭がことに白眉です。微妙に突き放した感じの文体もかなり好きです。後半、芝居がかったセリフが多くなるとともに無難な結論に収束してしまうのが少しだけ物足りない感じがしました。
9. 3 おやつ ■2006/11/07 17:26:02
その命題に答えを見つけたら、是非とも貴方の答えをお聞かせ願いたいです。
本当に、何処まで行ったら何やったら分かり合えるんでしょうねぇ……
10. 4 反魂 ■2006/11/08 16:34:34
打てば響くと言いますか、何とも私の理想に近い秘封倶楽部です。
箱の中で跳ね回っている割に、人の気持ちはいつの世も掴み所がない。
もう少し世界を旅してみましょうか。
11. 8 ■2006/11/10 01:48:40
境を壊すと、箱は箱でなくなる。ひとつ境を壊せば「5方向の壁」になってしまう。箱を箱のままに、その境を壊すには?…さて、難しい命題ですね。

…ところで、鍋敷きに使ってたレコードって、いくら何でも溝は大丈夫なんでしょうか?
12. 4 たくじ ■2006/11/12 22:29:04
言いたいことがわかったような、わからないような。
13. 3 藤村うー ■2006/11/13 01:42:15
 箱についての考察が行き過ぎて、話が何だかよく分からない方向に捻じ曲がってしまったような感じが。
 箱、という表現にこだわりすぎて、余計に話が分かりづらくなっている面もありそうな。
 あと台詞が格好付けすぎです。蓮子やメリーが自分の台詞に酔っている、という印象が少し。
14. 4 いむぜん ■2006/11/15 20:36:20
箱、という単語にしないでも成立するとは思う……
よく出来ている、という気はするんだが……
情景は目に浮かぶ。でも入り込めない。
15. 7 as capable as a NAMELESS ■2006/11/16 16:42:33
何だか読んでいて安心できる気がしました。
16. 9 ABYSS ■2006/11/16 18:56:32
長くないながらも言いたいことは過不足なく述べられていて、諸手をあげて降参してしまいますね。
あえて重箱の隅をつつくとするなら、「言いたいこと」しか無い点でしょうか。あまりありすぎるのも良し悪しなのですが、もうすこし無駄なところも欲しかった、と思うのはきっと贅沢なのでしょうね。
ともあれ、よき作品でございました。
17. 7 blankii ■2006/11/16 20:52:40
『箱』の扱い方が素敵です、なんとも。余韻がじわじわと効いてつい、ぼーっと考えてしまいます。秋だなぁ。
18. 3 雨虎 ■2006/11/17 00:06:02
つかみ所のない感じが二人っぽい物語ですね。
ただそれ故か軸が見えてこなかったようにも思えます。
私の理解力足らずなのもあるのでしょうけど。
19. 4 しかばね ■2006/11/17 03:42:58
蓄音機ではないですが、実家にまだ現役のレコードプレイヤーが
あることを思い出しました。
どこか掠れた音は、幻想に似合うかも知れません。
20. 3 人比良 ■2006/11/17 20:20:51

平行線は交ざらないけれど離れないという言葉を思い出しました。
21. 6 K.M ■2006/11/17 21:37:33
箱の中でなら繋がる色々。
とりあえず、音は止めてからお出かけください。
22. 3 目問 ■2006/11/17 21:54:06
 雰囲気などは良かったのですが、箱にあてはめた概念みたいなものにちょっと違和感を覚えてしまいました。私の理解度があれなのだと思いますが。
23. 4 木村圭 ■2006/11/17 22:50:44
これはカッコいいメリーさん。
未だ見ぬ未踏の地を目指す探検家も、友達をたくさん作りたがる賑やかさんも、見てるものは案外同じなのかもしれないですね。
好奇心は最高のエネルギー。タイミングと方法は計画的にお願いしますわ。
24. 5 時計屋 ■2006/11/17 23:04:30
音楽にのせた流れるような対話が印象的でした。
けどもう一歩踏み込んだ考えが欲しかったです。
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