トリ違え事件の顛末

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/27 09:01:34 更新日時: 2006/10/30 00:01:34 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 森には不思議な屋台があった。
 森のどの辺りで営業しているのか、実の所は誰も知らない。店の主は鳥頭なので、そんな瑣末は気にもしない。それでも行こうと思えば誰でも行けるし、行こうと思わなくても闇夜に迷えば必ずそこに辿りつく。

 そんな不思議な赤提灯、それでも変わらぬ日常を持った屋台に、今日はいつもと少し違う点があった。
「ねえ、その辺の箱は何なの?」
 本日最初の客である氷精チルノが店主ミスティアに問うように、なぜか屋台のあちこちに普段は見られない箱があった。
 まずは壁面にかかった縦長の段ボールの箱。カウンターの上段、料理を出すスペースの端には小ぶりのものが二つ、それぞれ洒落めなブリキ製と、年季ものの木製だ。最後に屋台の一番端の椅子の上には、上面を切り取られたゴミ箱くらいの大きさの段ボール箱が置かれていた。前面には幻想郷では見ることのない円形のマークが描かれている。
 4つの箱には、ちょっと見では全く統一感を見出せない。
「ああ、それらね。ちょっと今そういう流れなのよ。私は鳥頭でないから、ここにやってきた経緯とかまで含めて事細かに説明できるわよ」
 鳥頭でないから、の部分がことさらに強調された。
「いや、別にそんなの聞いてないし」
 チルノの言うことなど聞かずに、ミスティアは一方的に話し始めた。
「えーと、まずきっかけはこの箱でぇ」
 話を要約すると以下のようになる。



 きっかけとなったのは、今や常連客の一人となった射命丸文が持って現れた箱である。
「文々。新聞に、投書欄を設けてみようかと思ったんですよ」
 この投書箱に投函された文書の中から適当な物を見繕って、読者の生の声として新聞に掲載する試みなのだそうだ。
 この幻想郷で人妖が集まる場所といえばまず博麗神社が挙がるが、神社には一般の人間が集まらない。いろいろな種族の意見をまんべんなく聞ける場所として、この屋台を選んだらしい。不党不偏は全ジャーナリストの座右の銘であるべきなのだそうだ。
「新聞とは一方通行ではいけません。つねに読者あり、読者の声ありきでなくてはならないのだと最近思いたちましてですね」
 以下長々と語られたジャーナリズム論を聞くのが面倒になったので、ミスティアはとりあえず了承することにした。

 するとその投書箱を見た人妖のうち数人が、いいアイデアだと次々に箱を持ち寄ったのだ。
 まずは森の人形使い。
「ええと、それはナニブツ?」
「アリスちゃんの夢見る郵便箱よ。ちょっと前からうちの前に据えといたんだけど、郵便屋さんもうちみたいなへんぴな所には来づらいわよね。ここなら郵便屋さんも仕事帰りに寄れるかなって」
 聞いてミスティアは本気で可哀想になった。おもに頭が。彼女に心配されるのだから間違いない。
 よりスマートに突っ込むなら、幻想郷に郵便網などという気の利いたシステムがあるのだろうか。あったとしても、仕事帰りの時間まで郵便配達に充てるような労働意欲溢れる郵便屋さんは希有だろう。よしんばそんな物好きがいたとして、彼の郵便バッグの中にアリスへの郵便物がある可能性は……いや、もうやめよう。
 あまりにいたたまれなくなり、ミスティアは無言でその箱を屋台の隅に置いた。

 紅魔館の小悪魔が持って来たのは、本人曰くリサイクルボックスだ。
「どこの家にも、いわくの付いた物の一つや二つはあると思うんですね。そういうのは迂濶に捨てると家が呪われたり色々面倒ですから、ほったらかしにされている場合が往々にしてある。そこでこの箱の出番です。とりあえず放り込めば、後はあらゆる魔術・呪術に精通した我らがパチュリー様にお任せ、って訳です。紅魔館のイメージアップにもなるし、運が良ければこちらもレアなマジックアイテムが手に入る。これって無敵ですよね?」
 あ、決め台詞取られた

 最後の賽銭箱に関しては説明は要らないだろう。



「という訳。どう? 完璧でしょう」
「いや、あたいが知りたいのはそんな事じゃないわ」
 説明を終えて一息つくミスティア。しかし、チルノは撫然とした表情を崩さない。
「例えばさ、この4つの箱の中で、賽銭箱はどれ?」
 そりゃどう見てもこの木の箱だろう、という常識的な見方はこの二人には通じない。事実、問われたミスティアは固まってしまった。

 そうなのだ。彼女は箱を預けられた経緯などをしっかり記憶して鳥頭の汚名を返上しようと思ったのだが、どれが誰が持ってきた箱なのかという一番大切な部分がすっぽりと抜け落ちてしまったのだ。
「仕方ないわね。ほら、この箱なんか赤かったり白かったりで、いかにもあいつっぽいわよ」
 チルノが指したのは、どう見ても郵便箱。ここに置いてあるからいいものの、神社に据えられたこの箱の小さな穴に向かって硬貨を投げ入れるには、相当に緻密なコントロールが要求されそうだ。
 まあ、どうせ賽銭なんて入らないので、何を置いても一緒な気はする。
「けど、このマークは何?」
「それは鳥居ね」
「おー」
 〒マークと鳥居。足が一本足りないのは些細な問題らしい。

 そんなこんなで。
「結論。右から順にリサイクルボックス、投書箱、賽銭箱、郵便箱。はい復唱」
「投書箱、郵便箱、賽銭箱、リサイクルボックスね。もう忘れないわ!」
 間違っても訂正されないあたりもう復唱の意味すら見出せないが、彼女たちはそんな事には頓着せず互いの努力を称え合った。
「ほら、客商売なんだから、もうこんなヘマやっちゃ駄目なんだからね!」
「うん、ありがと。チルノもたまには役に立つわね」
「たまには、は余計よ」
多分、「役に立つ」の方も余計だ。



 それから今日までの一週間、小さな齟齬を内包したまま、ミスティアの屋台とその周囲の世界は仮初めの平穏を享受した。

 変わったことといえば、一つは屋台に現れた普通の魔法使いが箱に目を留め、
「へえ、アリスの郵便箱? あいつも寂しい奴だなあ。明らかにデザインおかしいし。どう見ても郵便箱じゃないだろ。うん、空っぽってのも寂しいから私が一筆したためてやろう」
 と、なぜか少し頬を赤らめながら、店の紙ナプキンを便箋代わりに手紙を書いたこと。

 あとは、永遠亭のニート姫が社会復帰への一歩とばかりに部下に黙って屋台を訪れ、ミスティアと打ち解けて明日への希望を得るものの、そのまま依存症状が出て毎日通うようになってしまい、ようやく行く先を探り当てたブレザー兎に引きずられて帰っていった事くらいだ。

「さてさて、投書は集まったでしょうか。あら、一枚だけ。最初はこんなものでしょうかね」
 屋台にあった箱のうち、壁に掛かっていた段ボール箱が腕の中に抱えられていた。初の試みの成否に胸を躍らせつつ、中の投書を読む天狗。

――――
   お前の事をいつも見てる奴がいることに、
  いい加減気づいたほうがいいと思うぜ。
――――

  「きょ・・・・・・脅迫文ーーーーッ!?」
 その天狗の叫び声により、平和は脆くも崩れ去った。



「さて、全員揃ったかしら」
 ヴワル図書館備え付けの読書テーブルに向かう日陰の魔女パチュリーの対面には、紅魔館から集められた数人が起立していた。
「まどろっこしいのは嫌いだから早く本題に入ってね、パチェ」
 館の当主レミリアが、いたずらっぽい笑みを浮かべ背中の翼を動かす。言葉とは裏腹に、これから起こる事を心底楽しむ心積もりのようだ。

「発端となったのは、この箱よ」
 パチュリーがテーブルの下から取り出したのは、段ボール箱の上面を切り取ってガムテープで補強した物。屋台にあった4つの箱の一つだ。
「あ、それはこぁさん発案、リサイクルと称して庶民からマジックアイテムを巻き上げ、深く考えず全部まとめて香霖堂に流して資金稼ぎBox、略してリサイクルボックスですね」
 気を使うけど空気は読めない門番・紅美鈴が言って、隣に居る小悪魔に小突かれた。彼女をわざわざ持ち場から引き抜いてくるという事は、これから荒事があるとみて間違いない。
「発案はこぁだけど、面白そうだったから私も協力したわ。本当にレア物が転がり込んでくるかも知れないし。箱の文様はエコマークといって、外の資料から調べて私が描いてあげたのよ」
 果たして箱に描いてある大きな円形のマークは、外では一般にエコマークでなく放射能マークと呼ばれる。多分、高速増殖炉計画の資料でも読んだのだろう。しかし核関連技術が幻想郷入りして来るとは世も末だ。
「で、こぁは知ってるだろうけど、箱にはアイテムの代わりに一通の手紙が入っていたのね。こぁ、読んでくれるかしら」
「はい、お任せくださいですよ」

――――
   あるニートに「お前は好きでニートをしているのか」と聞いたとする。
  ある者は「別に好きでニートやってる訳じゃない」と、またある者は
  「その通りだ。文句あるか」と答える。私自身も上のような問いを投げ
  かけられる事は多いが、回答は前者と後者が半々くらいである。
   この回答の矛盾は何から来るのであろうか。
   これにはニート特有の精神構造が少なからず影響しているように、
  私には思われる。ニートとはよく言われる「敷かれたレール」への反逆
  である。自ら道を選び取る、新しい生き方の提示なのだ。特に親族に
  対し、「好きでニートやってるんだ」と言い放つ事は、虚飾も何物もな
  い真実を口にしているだけなのである。
   一方それはニートに備わった強い向上心をも示唆する。自ら選び
  取ったその自由すらも否定しさらなる高みを目指す。
   「好きでニートやってるんじゃない」という、心に響く叫び。常人には
  なかなか不可能な事を、ニートは多大な努力をもって可能にしている
  のだ。
   みなさんも、ニートに対して新たな見方を持って欲しいと思う。
――――

「何ていうか、定職持ち的には何テメエって感じの文章ですけど」
 美鈴のその言葉に、何故か小悪魔が反応した。
「美鈴さん、パチュリーさまへの侮辱は許しません」
「あら、何処が私への侮辱だったのかしら?」
「はっ! な、なんでもないです、全く何も」
 パチュリーはらしからぬ失言をした小悪魔を一瞥すると、咳払いを一つして場を仕切り直そうとした。が。
「えー、おほん、げほん、ゴホッ、ひゅー、ケホケホケホっ!」
 ベタなギャグになってしまった。
「ほらパチェ死ぬな死ぬな。で、この意味不明な文章の何処に問題があるというの? うちのリサイクルボックスに入っていた事にあえて意味を見出すなら、この最低な穀潰しを社会的ないしは物理的な手段で徹底的に処分しちゃって下さい、って解釈で問題ないでしょう」
「いや、それは少々過激……」
「ゴホゴホ、さすがレミィね、いい線行ってるわ」
 フォローすると見せかけて話の輿をさらに折ると思われたレミリアの発言だったが、もう一段予想の上を行って正解に辿りついてしまったらしい。美鈴は納得いかなそうだ。
「ニートというのはカモフラージュ。でもレミィの言う通り、この手紙はリサイクルボックスに入れる事が出来ない物体の始末を依頼するものなのよ。この手紙、不自然な点があるでしょう」
 パチュリーがこちら側に向け直し差し出した手紙に顔をよせる3人。
「そうですね、『ニート特有の精神構造』あたりですかこぁ?」
「いいえ、それはノイズよ」
「『この回答の矛盾は何から来るのであろうか』あたりかしらうー」
「それもノイズ」
「『自ら選び取ったその自由すらも否定しさらなる高みを目指す』ですかねアル」
「それもノイズよ。ていうか3人とも、人数が多くて台詞が込み入るからって変な語尾を付けるのはやめて頂戴」

 パチュリーは一呼吸置いて、手紙を手に取った。
「ここに書いてある文章はね、全部フェイクなのよ」
「な、なんだってー!?」
「な、なんだかなぁ」
 全部フェイク。なかなか斬新だ。どこかで聞いた叫び声をあげるレミリアと小悪魔、呆れる美鈴。
「そんな、それじゃあ何の手掛りも無いじゃない」
「ところがそうでもないのよ。一番不自然な点。そもそもどうしてマジックアイテムを入れるための箱に手紙が入っていたのか、よ」
 ネタを明かすパチュリーに対し、美鈴は、
「そりゃ、現物を箱に入れられないからでしょう。さっきご自分で言ってたじゃないですか」
 と正論で返す。本当に空気が読めない。
「う、ゲホッ、ゲホッ」
「あ、パチェの喘息の発作が!?」
「美鈴さん謝れ、パチュリー様に謝れ!」
 理不尽なものを感じながら、とりあえず美鈴は謝った。
 すると、何事もなかったかのように話が巻き戻った。
「そう、キーワードは手紙よ。手紙、文(ふみ)、アヤ。そう、ヒントを持っているのは、ブン屋の射命丸文なのよ!」
「な、なんだってー!?」
「ありえませんよ。大体そんな回りくどいように見えて大雑把な伝えかたをする意味が、一体何処にあるっていうんですか」
「これは一種の封印なのよ、中国。封印っていう言葉は、手紙の封が切られていないという証の事を指すのね、本来は。で、この封印のカラクリは、この手紙の謎を解き真意を知る事が出来るのが少なくとも幻想郷の中で私一人である事よ。これほど確実な封印が他にあるかしら」
 なるほど一理ある。この手紙にそんなひねくれた解釈をするのは確かにパチュリー一人だろう。あと、どうでもいいが呼称が中国だ。
「けどですね……」
 食いさがろうとする美鈴にパチュリーが取った行動とは。
「うるさいわね! そんなに気に入らないなら一人で勝手に調査すればいいじゃない!」
「ええっ、ここで逆ギレ!?」
 もう何が何やら。
「そうですね、では美鈴は単独調査という事で。美鈴、今日は特別に無断欠勤ということにしておいてあげるわ」
 いつの間にか図書館の入り口に立っていた咲夜がそう言い渡した。
「よかったじゃない、中国。無断欠勤なんて滅多に出来る事じゃないんでしょ?」
 レミリアも容赦がない。あと、こちらも呼称が中国だ。
「うう、あんまりだー」

 そんな美鈴を尻目に、パチュリーも椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私もこぁと一緒にブン屋に接触してみることにするわ」
「珍しいわね、パチェが外出なんて」
「ふふ、いい知らせを待っていてね」



「さて、少し落ち着いて状況を整理してみましょう」
 風に乗って絶えず幻想郷中を移動しつづけるのが大好きな文が、珍しく森の上空をホバリングして物思いをしていた。

 脅迫文を送りつけられた。これが文の認識する状況の全てだ。
「言葉にすると短いですが、そんなことをする意味がある人物はというと、かなり絞りこむ事が出来ますね」
 新聞記者に脅迫文を送りつける目的は、一般的にほぼ100パーセントは継続中の取材を断念させる事である。しかし、文はあまり一つの事柄を継続取材をしたりはしないのだ。分担制でなく一人で複数記事の執筆から紙面割り・清書までを手がけるとなると、一つの件にあまり長い時間をかける訳には行かない。
 変わった事があればとりあえず野次馬的に飛んでいき、背後関係の追求などは二の次にして、記事になりそうなら記事にする。
 ならないなら、その事は今後別の事件で役に立つ事を願って頭の片隅に留めておくだけなのである。

 ただし、足しげく取材に向かうため、事実上は継続取材になっている所なら何箇所かある。紅魔館、永遠亭、博麗神社、などなど。
「恐らく、その中の一つで間違いはないはず」
 さらに言えば、こういった常連組になると今度は、今まで大人しく取材されていたのになぜ今更、という問題になる。物事にはきっかけという物が必要らしい。

「例えば、記事にされる訳には行かないような計画が進行中、とかね」
 彼女に語り掛けられた左肩の鴉が、人間で言えば伸びをするように、翼を大きく広げた。

 結論としては、とりあえず大きな事件を追っていれば、犯人は向こうから尻尾を出すだろうという事になる。
「やるべき事がいつもと変わりませんが。まあ、そうと決まれば記事のネタ探し開始、と」

 と、そこを狙いすましたかのように、文の視界の隅になんとも奇異な光景が飛び込んで来た。
「賽銭〜賽銭〜がーっぽーりー賽銭〜」
 ちょうど文がいまやって来た方角を、三半規管に響く歌声をあげながら巫女が飛行しているのだ。持っている小型の賽銭箱は、投書箱と一緒に屋台に置いてあった物だ。巫女も文と同様に箱を回収して来たのだろう。
 小さいながらも重さは大分あるらしく、頻繁に持ち方を変えている。その度にジャラジャラと音が鳴った。
 ありえない光景だ。
「間違いない。あれは事件、いやむしろ異変です。すぐに追わないと!」
 そのとき、背後で樹冠の枝葉がガサリと動いたのを文は聞きのがさない。
「と、見せかけて」
 音のした方向に天狗烈風弾を放った。



「ひゃぁっ! と、いけない、バレちゃいましたか」
 黒い影が慌てて飛びだして来て、さらに慌てて態勢を正して笑みを作った。
「あなたは、紅魔館の悪魔ですね」
 文が眼を細める。
「ああ、そんな恐れ多い。紅魔館の悪魔というのは当主レミリア様か妹様を指すいわば固有名詞でありまして、私などはただの小悪魔で十分なのですよ」
 黒い影、小悪魔は両手を胸の前で組んで恭しく応えた。
「どうでもいいです。それより、いつも私の事を見ている人物とは、貴方の事ですか?」
「滅相もない。自分は今来たところで」
「会話になりません。悪魔は下っ端の方が性質が悪いです」
「全くね、こぁ。茶番が過ぎるわ」
 そこにパチュリーも現れた。向き合う二人。
「さて、ブン屋さん、新聞いつも楽しみにしてるわ」
「これはこれは、ご愛読ありがとうございます」
 そのお陰でパチュリー様の幻想郷知識がさらに偏るんだよなあ、と小悪魔は割と緊迫気味な雰囲気を崩さないよう留意しながら小さくため息を漏らした。
「それで本日のご用件は?」
「話すと長くなるから、とりあえず貴女を倒してから、聞きたい事は身ぐるみひん剥いて調べ上げる事にするわ」
「ひゃあ、乙女のピンチです」
 ちゃらける文に、パチュリーは問答無用の態度。
 というのも、なるべくこちらの目的を文に悟られないように、と図書館コンビは事前に示し合わせていたのだ。
 文はヒントを持っているとしても、核心の部分には無関係かもしれない。下手にこちらの動きがバレると、根掘り葉掘り聞かれた上で新聞に流れて、せっかく依頼者が暗号まで使って秘匿した事が無意味になってしまう、との事だ。
「それにしても2対1ですか」
「ああ、この子は使い魔扱いだから」
「え゛っ!?」
 あんまりな言いぐさだが、別に理不尽はない。八雲紫のところの藍はかなりの実力者だが、紫と共に戦う時は使い魔だ。
「いえ、そういう話ではなくて……」
 文が愛想笑いに似た曖昧な笑みを浮かべる。
「二人で足りるのかな、って」
「……言うわね」
 文とパチュリーの唇の端が大きく釣り上がる。それが、開戦の合図となった。

 始めのうちは、双方互角の戦いが繰り広げられた。パチュリーが手始めに発動させた火符に重ねるように、小悪魔も文に接近して弾幕を展開する。かなり難度の高い弾幕になった。しかし文はその全てを回避しつつ、目の前の小悪魔を追い込んでいく。
 長引くほどに、文の優位は明らかとなった。
「そろそろ諦めたらどうです? 何だか、ご主人様のスペルも元気がないようですし」
 しかし、小悪魔には余裕の表情があった。
「パチュリー様のスペル? 何の話ですかね、それは」
 小悪魔が弾幕を撃ちやめる。すると、周囲を覆っていた火符による炎も、程なくして晴れてしまった。
「これは……」
「火符の制限時間は、とっくに切れてしまっているんですよ」
「!」
 文は図書館コンビの策にはまった事を悟った。小悪魔はパチュリーのスペルの余波に巧妙に自らの弾幕を重ねる事により、あたかもパチュリーのスペルが継続しているように錯覚させていたのだ。
 目的は考えるまでもない、時間稼ぎ。
「今日は喘息の調子は良い方ではないそうです」
 小悪魔はスペルに巻き込まれないように、自らがいた危険地帯から退いた。といってもギャラリーに回る気はさらさらない。
 ほどなく訪れるそのチャンスに、自らも最大限の火力を合わせるため。
「でも、ゆっくり時間を掛け、呼吸を整えながら呪文を詠唱すれば!」
 空間が光を吸収し、昼間だというのに周囲が薄闇に包まれる。新たなスペルの発動。



 月符『サイレントセレナ』



「しくしく、もうお嫁に行けません」
 結局勝負は図書館コンビの勝利となった。細かい経緯は省くが、パチュリーは文のスカートのポケットから投書箱の中に入っていた紙ナプキンを見つけだし、分析を始める。
「間違いないわ。これは魔理沙の筆跡よ」
「魔理沙さんというと、やはり博麗神社でしたか」
 何故か文が話し合いに参加している。
「やはり?」
 パチュリーの疑問を受けて口を開いたのは小悪魔。
「そうなんですよ、さっき、霊夢さんが賽銭持ってですね……あ、噂をすれば」
 その小悪魔の視界の隅に、こちらに飛来する巫女の姿が見えた。賽銭箱を持っていない事をみると、一度神社に戻って来たのだろう。
 小悪魔はさっそく接触を試みた。が。
「霊夢さん、少しお時間いいです……ぎゃぁっ!」
 近づこうとしたところ、霊夢は顔を上げずに小悪魔に向かって針を放つ。かなりの力が込められていたそれは、回避すら許さず小悪魔を一撃で撃墜してしまった。
「こ、こぁーーーーーーーー!?」
 小悪魔の姿が森の深みに落ちて見えなくなったのを認めると、目線を霊夢に戻す二人。
「霊夢、あなた」
「どうやら、隠すつもりもないようですね」
 二人が構えをとった、その時。

「ちょっと、待ってくださいよー」
 なんか緑色の影が乱入して来た。
「あら、中国じゃない」
 やってきた美鈴。左腕には夜雀の首根っこが抱えられていた。どうやら正解に辿りついたらしい。というか、リサイクルボックスが屋台にあったのだから、普通は誰だって最初に屋台に行くだろう。
 それにしても、ミスティアが額にたんこぶを一つこしらえて目の幅涙を流しているだけなのに対し、美鈴は服がいたるところ破れ、スカートの下半分がなくなっていた。木の葉があちこちに引っかかっている。帽子は被っておらず、付いていた「龍」のプレートだけが胸ポケットにあった。

 小声でヒソヒソ会話する二人。
「相当がんばっちゃったんですね」
「うちの門番守りは強いんだけど、追う戦となると途端にトロくなるのよね。地の利や幻惑を絡められればあんなものでしょう」
「ミスティアも、もう少し火力があればなぁ」
 さておき、二人に向かって謎解きという程でもない謎解きを始める美鈴。
「今回の件はですね、ただの取り違えなんですよ。文さんに届いたのはアリスさんに行くはずのお手紙で、私達が受けとったのが文さんの投書なんです」
 言われてパチュリーは魔理沙の手紙に目を落とした。
「ふーんこれはそうなのそうなんだまあ最近怪しいと思って監視は欠かさなかったんだけどねいい度胸ね本当にまったくあの子ってばあの子ってばあの子ってば」
「いや、そっちじゃなくて!」
 なおもつぶやき続けるパチュリーをひとまず置いて、美鈴は霊夢の方に寄って肩を叩いた。
「霊夢さんも、賽銭箱に変なもの入れられて怒ってらっしゃるんですよね。それはただの間違いですから、ほら、顔を上げてくださいよ」
 しかし霊夢は反応しない。
「霊夢さん?」
「ケ……」
「ケ?」

 その時、
 霊夢の眼球が反転し、
 口吻が耳まで裂けた。

「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
 猟奇的な笑い声とともに放たれた夢想封印・散。パチュリーと文は避け切ったが、至近距離にいた美鈴とミスティアはなす術もなく符や陰陽玉を全身に受けた。

「ああ、何しに出て来たんだろう……ごめんなさいミスティアさん、微妙な再登場に付き合わせてしまって」
「うん、べつに気にしないから、あとでうちに飲みに来なさいよ」
「あ、それはいいですね。どうせ今日一日無断欠勤だし」

「凄いあの二人、落ちながらやさぐれてる」
「それはそうと巫女ね。完璧に憑かれてるわ」
 よく見ると、霊夢の全身には宝石やら札やらが付着しており、そのいずれもが禍々しいオーラを放っていた。
「あれは多分うちで回収するはずだったマジックアイテムよ」
 まったく、幻想郷の連中は出すものは出さないのに、捨てる方は大サービスである。妖怪やまともでない人間はもとより、あの中には恐らくまともな人間のものも相当量含まれているだろう。
「よりにもよって、巫女が憑かれるだなんて」
「あのアイテムは賽銭箱の中に入っていたもの。巫女は賽銭箱を開けるとき、中の物を一瞬とても強く求めたはずよ。おそらく、その気持ちに付け入られたのね。と、来るわよ」

 そして、弾幕が交錯した。

――――
  呪われ巫女、暴走
                     紅魔館のアイテム回収に不祥事か

   今日の正午ごろ、大量のマジックアイテムに呪われた巫女・博麗
  霊夢が暴走する事件が起こった。マジックアイテムは紅魔館がボラ
  ンティアとして回収したもので、回収用のリサイクルボックスを、設
  置場所である屋台の店主が賽銭箱と取り違えたことが事件の発端とな
  った。
   その場に居合わせた回収の責任者であるパチュリー・ノーレッジ氏
  (妖怪)と本誌記者が事態を収拾しようとするも、巫女の激しい攻撃
  を前に攻めあぐねるが、事態を察知した八雲紫氏(妖怪)と霧雨魔理
  沙氏(人間)の介入により最終的には取り押さえることに成功した。
   マジックアイテムはすべてパチュリー氏に回収された。この後は
  安全に解呪・廃棄されるということだ。
   なお、この件の元凶は湖の氷精チルノ氏であるという見方があるが、
  この件についてチルノ氏は「やっぱり、あたいってば最強ね」とコメン
  トをした。

  投書欄:ニートの精神構造――
――――

 こんなふうに書かれた新聞を、霊夢は縁側の隅に放り出した。
「平和ねぇ」
 神社は何事もなかったかのような佇まいを見せている。いや、実際神社では何事もなかったのだが。

 そんなこんなで、他愛も無いきっかけにより起こった他愛の無い危機は去った。
 配られた新聞の扱われ方はどこも似たり寄ったりで、大半の読者は一度だけ記事を流し読みし、そのまま忘れ去ってしまった。
 結局、過ぎてしまえば日常の出来事なのである。

 霊夢が啜るほうじ茶の水面に、頭上から近寄る胡散臭い妖怪の顔が映る。正直どうでも良いのだが、貸しを作ってしまったからには相手をしない訳にはいかないだろう。



 一方。
 人形使いは、一週間に渡り屋台にて賽銭箱としての役割りを果たした、件のブリキ製の箱を開けた。
「ふふふ、空っぽ」
 程なく現実を直視するのに疲れ、箱を閉じた。
 結局さきの現実を受け入れる事が出来なかった彼女は、再び箱を開けた。
 そんなループが森の奥で続いていたが、誰も知る所ではなかった。





 


「え、アリスの事いつも見てる奴? パチュリーだよ。何で気付かないかねーあれは。まあ何ていうか出場亀? ほら、やっぱり友人として喜ばしいだろ、ああいうのは。マリアリ? 何それ、美味しいの?」

as capable as a NAMELESS
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2006/10/27 09:01:34
更新日時:
2006/10/30 00:01:34
評価:
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POINT:
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Rate:
5.00
1. 4 箱根細工 ■2006/10/29 04:08:52
色々と惜しい。
2. 5 爪影 ■2006/10/30 15:08:17
 もう皆、駄目だこりゃ(褒め言葉
3. 9 PQ ■2006/10/31 13:41:35
テンポがよく展開にも無理が無くて、ほどほどに笑いもあり、落ちながらやさぐれたり、オチも綺麗にまとまっていたりと、かなり好みな作品でした。
4. 5 らくがん屋 ■2006/11/01 16:32:50
被っていないとはいえありがちな題材で、正直あまり楽しめなかった。
ただまあ、SSとしての出来は悪くないと思うのでこの点数を。
5. 8 74 ■2006/11/01 23:57:31
中盤までの盛り上がりはすごかったんだが
6. 6 Fimeria ■2006/11/01 23:58:26
あとがきで魔女三人も取り違えをしている事実に微笑みました。
全体的にクスクスと笑わせるネタで構成されて微笑ましく思いながら読み進めることができました。
それにしても、核のマークが幻想郷に来る……本当にあってほしいことですね。
7. 7 椒良徳 ■2006/11/03 11:59:56
面白いコメディだと思います。が、文章に軽妙さが足りず、やや物足りなさを感じます。傑作にはやや及ばず。
8. 6 nn ■2006/11/05 02:15:09
途中まで良い感じで読めたのですが、最後の方は誰が何をし、何を言っているのか状況を把握するのが困難になってしまいました。もう少し、まとめて欲しいところです。
9. 8 翔菜 ■2006/11/05 03:26:48
ダメだ、ちょっとまてこらみたいな突っ込みどころはあるけどそれで吹きまくった時点で負けてる……!
テンポ良く読んでいける文章もあっていい具合に笑えました。

そして魔理沙ヒドスwwww
10. 5 2:23am ■2006/11/07 00:39:32
なるほど確かに取り違え。うまい。ただノリがよく分からなかったですね。
11. 6 つくし ■2006/11/07 16:01:24
ところどころに仕込まれた笑いどころが楽しく、面白く読ませて頂きました。ところで、このプロットってやりようによってはもっと風呂敷の大きいおはなしにできたような、と思うと少しもったいない気が。いえ、これくらいの短編もサックリ読めるという点では望ましいのですが、事件の解決あたりにもう少し落差(ドラマ、盛り上がり、ヤマ)があるとなお良かったのではないかと思います。
12. 3 おやつ ■2006/11/07 17:41:08
ア、アリスさん……。・゚・(ノД`)・゚・。
お家に帰ろう? 神綺お母さんが待ってるから。
疲れた心を癒してまた羽ばたこうよ……
13. 8 ■2006/11/10 01:44:41
見事なまでのすれ違い。笑わせてもらいました。それにしてもアリス、ひっどい扱いだw
14. 4 たくじ ■2006/11/12 22:27:10
こういう取り違えネタは、もう一ひねりすればもっと面白かったのかなぁと思います。
寂しい寂しいアリスちゃんは大好きです。
15. 7 藤村うー ■2006/11/13 01:44:21
 面白かったです。
 紅魔館でのやり取りが特に。こあとかうーとか中国とか、ベタなのに笑ってしまうという不覚。素敵。
 また、致命的なのが「右から順にリサイクルボックス、投書箱、賽銭箱、郵便箱」の賽銭箱と郵便箱が逆になっているところです。でないと後半の霊夢とかアリスの話に繋がらなくなってしまうので。このまま読むと賽銭箱が賽銭箱のままですし。
16. 6 反魂 ■2006/11/14 11:02:38
上手いお話です。
こういう絡繰り仕掛けが利いているお話は、ギャグの乱発よりもやはり純粋に楽しめる要素があると思う。
多段に畳み掛けるオチも個々に秀逸。良いお仕事でした。

ただしちょっとだけ、ストーリ展開に唐突さ・強引さを感じることがありました。
それは思うに、ギャグの匙加減のせいじゃないかと。二次設定系のギャグを多用されてましたが、あれらは割と不条理さを笑いにするタイプが多いので、ちゃんと筋の立つ正統派コメディのこの作品にあってはやや馴染まなかったかな、という印象があります。切り口を変えた言い方をすると、各キャラの行動原理がギャグ的に描かれていたことがかえって、この作品にはマイナスに働いている気がするのです。純粋にきっちり捻りが利いているストーリですから、その基軸になる部分までギャグでぼかすことは無かったように思います。例えばパチェの行動なんかキバヤシギャグで誤魔化すのではなく、多少力業でも何かしら筋の通る理屈をつけてあげるべきだったかと。オチはきっちり用意してあるのですから。

立てるところは立てて、その上で適度にギャグを散りばめてゆくというデザインだったなら、という印象でした。端的に言えば「無理に安易な二次設定ギャグに頼らなくても良かったのに」という感じです。
17. 7 雨虎 ■2006/11/15 00:25:03
チルノの勘違いがとんだ事件に発展したと。
それぞれの箱と思惑の交錯が面白かったです。
18. 9 いむぜん ■2006/11/15 20:38:22
雑煮系の中では抜きん出て面白い。
チルノとみすちーを起点にあっという間に状況を作り上げ、混ざると面白い順番がきちんと決まっており、オチがアリス。
ありがち副次も上手く使えば効果的という見本の一作。素晴しいです。笑いました。
19. 8 ABYSS ■2006/11/16 18:52:14
笑っちゃったから負けです。
流れが素敵過ぎます。文のくだりで大爆笑しちゃいました。
最後の霊夢の暴走を、もう少し細かく書いて欲しかったなあ、と思いこんな感じに。
20. 6 blankii ■2006/11/16 20:53:42
箱を交換する、というアイデアが面白かったです。冒頭でチルノすげぇ、とか思った俺がH。
21. 7 灰次郎 ■2006/11/17 02:13:27
上手いなあ
22. 7 しかばね ■2006/11/17 04:13:57
登場する面々の、見事な噛み合わなさにやられました。

>「美鈴さん謝れ、パチュリー様に謝れ!」
パチュリー=右京さん。なるほど、確かに不健康な二人。
23. フリーレス 人比良 ■2006/11/17 20:20:16

ここぞとばかりに箱を詰め込んだような快活なやり取りが素敵。
24. 5 目問 ■2006/11/17 21:56:39
 面白かったのですが、この状況設定ならもっとひどい混乱を作って暴走気味にしても良かったかも。このままでも十分に楽しめましたが。
25. 8 K.M ■2006/11/17 22:32:57
流石チルノだ、自体を無駄に引っ掻き回してくれるぜ。

ちりばめられたギャグが素敵でした。
落ちながらやさぐれる…矢車・影山のホッパーコンビを思い出してみたり。
26. 2 木村圭 ■2006/11/17 22:51:30
結局アリスが泣けば解決なのかー!?
27. 4 時計屋 ■2006/11/17 23:05:48
箱を取り違えた、という発想は面白かったです。
ただ後半ちょっと盛り上がりに欠けてました。
大仕掛けの割にはオチも平凡だったので、
もっと読者の予想を裏切るようなもののほうがいいのではないでしょうか?
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