幽霊達のおくりもの

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/28 05:37:58 更新日時: 2006/11/22 07:51:42 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 日の光の通らない埃だらけの暗い空間に、ポツリとひとつだけ灯っているランタンの灯り。
 灯りが映すものは、古ぼけた木のテーブルと、その上に乗った大量の本、紅茶が入ったポット、ティーカップとソーサーのセット。
 カップとポットの中身はもう温くなってしまっただろう。
 いつもの悪い癖ね。本を読むことに集中しているとすぐ、飲むのを忘れて無駄にしてしまう。

(もぅ、パチュリー様ったら……本を読むのもいいですけれど、たまには紅茶もちゃんと飲んでくださいよ。せっかくの自信作だったのに)

 小悪魔がすねたように唇を尖らせている姿が一瞬だけ頭に浮かぶ。
 それが妙に微笑ましくて、少しだけ私は唇の端をあげた。
 でもそれも一瞬のこと。すぐに私の意識は目の前に開いた本のほうへと引かれていく。
 ただひたすら本に書かれている知識を、私の持つ知識へと変換する作業。
 たいていの者にとっては退屈な作業だろう。妹様ならきっと五分足らずで投げ出すに違いない。
 でも、私はもう百年以上、この作業を続けて生きてきた。それが私の生きがいであるかのように。
 まぁ、それが私の魔女たる所以なのだろうけど。
 ひとつのページを読み終え、次のページをめくる。ぱらりと音がして、私の目に次の知識が飛び込んでくる。
 その知識を全て私の知識に加え、また次のページをめくる。
 私の覚える知識が増えるたびに、しんと静まり返った図書館にぱらりぱらりと微かな音が生まれる。

 そんな中、ふと私が生み出す音とは別の音が聞こえてきた。
 ぱらりぱらりと言う音に混ざって、カツカツという足音。
 最初は小さかったその音がだんだんと大きくなってくる。
 それはつまり、誰かがこちらに向かって歩いてくるということ。

 レミィが退屈しのぎに遊びに来たのかしら? それとも、また魔理沙?
 いえ、魔理沙は違うわね、彼女なら飛んでくるだろうし。
 本に目を走らせながらそんなことを考えていると、やがてその足音は私の数メートル後ろのあたりでぴたりとやんだ。

「貴方がパチュリー・ノーレッジですね」

 凛とした高い女の声がした。
 その声を聞くのは初めてだったけど、私の持つ知識でなんとなくわかった。
 顔を少しだけ、後は目を動かして後ろにいる誰かの姿を確認する。
 ランタンの頼りなさげな灯りにぼんやりと映る姿は、やや小柄。オレンジの光に映る緑色の髪に、荘厳な装飾のついた帽子。
 その下にある眼は細くて、そしてどんな嘘でもすぐに見抜いてしまうくらいに鋭かった。
 両の腕は胸の下で組まれ、手には笏を持っている。
 その姿を見て、私の知識から導き出した彼女の正体が、まったく正しいものであることを確信する。

「そういうあなたは、夜摩天かしらね?」
「あら、良くご存知で」
「私の知識を甘く見てもらっては困るわね。あなたに関する書物もこの図書館には多く保管されているわ。その書物から得た知識とあなたの容姿、風格を比較してみると……一目瞭然ね」
「なるほど、動かない大図書館という異名は伊達ではないというわけですね。申し遅れました、私は幻想郷の閻魔をしている四季映姫・ヤマザナドゥ。何の予告もなくこちらへ赴いたことについての非礼はお詫びいたします」

 閻魔が軽く会釈をする。その姿を確認して、私は再び机の上の本に目を落とした。
 正体は確認したのだから、もう彼女の姿に興味はない。相手を見て話をするくらいなら、本から知識を得るほうを選ぶ。

「それで、その幻想郷の閻魔がこんな場所に何か用かしら?」

 私の問いかけに閻魔はすぐに答えず、こちらをじっと観察しているかのような間合いをおいてから話し始める。

「読書とは……関心ですね。無限に湧き出る知識の泉から絶えず知識を汲み取る。知識の追求者である魔女にとって、これほどの善行はないでしょう」
「……」
「ですが、少々、場所がいただけません。この場所はとても埃臭く、そしてとても暗い。こんな場所で本を読み続ければ、貴方の目はすぐに見えなくなってしまう」
「別に気にしないわ。目が悪くなるというのは、私の目がこの環境に順応するってことだもの」
「悪くなるのではなく、見えなくなるのです。見えなくなるということはすなわち、本から知識を得ることができなくなるということです。それは、貴方の魔女としての寿命を指すも同然」
「本から知識が得られなくなるのならば、別のものから知識を得るだけのことよ。あなたはそんなことを私に言うためにわざわざこんな場所まで訪れたのかしら?」

 だとしたら、相当の変わり者ね。
 もっとも、この幻想郷で変わり者でないものなど、それこそ数えるほどしかいないかもしれないけれど。

「用件は違いますが、ここに誤った道を行こうとする者がいたから諭したまでです。もう少し健康に気を使うこと、それが今の貴方に積める善行よ」

 前言撤回、どうやら彼女は相当な変わり者で確定のようだ。
 話を打ち切るため、考えておくと適当に返事をする。余計なお世話と心の中で呟いておくのももちろん忘れない。
 閻魔は私のことについてそれ以上言わず、ひとつ軽く息をつくとここへ来た用件を切り出した。

「ここへ来た用件ですが、貴方の遣い魔に用があってきたのです。いいえ、正確に言えば違いますね。貴方の遣い魔のところにいる子達を迎えに来たのです」

 小悪魔のところにいる子達……閻魔の言うその言葉に、私は心当たりがある。
 私はそれをおくびにも出さず、また本のページを一枚めくった。

「賢明な貴方ならもうわかっているのでしょう? あの子達はここにいるべきではない。あの子達が本来いるべき場所へ帰らせなければならないのです」
「小悪魔ならあなたを出迎えに行ったはずよ。ならば、あなたはもうすでに会っているはず」
「ええ、会いました。ですが、用件を伝えたところ逃げてしまいました。あの子達は渡さないと言い残して。ですから、こうして貴方の元へと訪れたのです。彼女と契約を結んでいる貴方なら、居場所がわかるのではないかと思って」
「残念だけど、私に彼女の居場所はわからないわ。確かに私は彼女を召還し主従関係を結んではいるけれど、彼女と契約をしているわけでも私の監視下に置いているわけでもないから」

 本来なら悪魔は、契約を結び対価を払い、その契約によって従わせなければならないものなのだけれど、小悪魔は違う。
 彼女は契約などお構いなく、私を慕い、従ってくれる。私と小悪魔の間には、何の束縛もルールもないのだ。
 悪魔としては異端かもしれないが、私にとっては優秀と言える遣い魔だと言える。

「いるとしたら、この図書館か、この館のどこかね」
「……」

 閻魔の鋭い視線がずっと私のほうに向いている。私の一挙手一投足を余すことなく観察している。
 今言った事が嘘であれば、即時に見破られていたかもしれない。

「隠し立てをしている……わけではなさそうですね」

 けれど残念、私が言った事は真実なの。

「隠し立てをする必要なんてないもの。あなたが言う件については、彼女に全てを任せているわ。だから私からは何の関与もするつもりはない。彼女を手助けすることも、あなたを手助けすることもね」
「なるほど……」

 閻魔はその言葉でようやく悟ったようだ。この場所にいても時間の無駄でしかないと。
 かつんと閻魔の靴の音が鳴る。彼女が私に背を向けたことを知らせる合図。

「少し、この図書館内を探させてもらいます。構いませんね」
「結構よ。蔵書を傷つけたり、持ち出したりしなければね」

 私の言葉が終わる前に、かつかつと足音が遠ざかっていった。
 やがてその音は聞こえなくなって、この場の音は、私がページをめくる、ぱらりぱらりという音しかなくなった。

 そう言えば、あれからもう2ヶ月が経つのね。時間なんてすっかり忘れていたのだけれど。

 2ヶ月なんてあっという間。この図書館の中では、時間なんて無意味なものだし、そもそも存在すら必要ないもの。
 2ヶ月だろうと1年だろうと、おそらく100年だろうとあっという間だろう。

 でも。

 私にとってはあっという間でも、小悪魔にとってのこの2ヶ月は果たしてどうだったのだろう?
 笑ったり、怒ったり、うっとりしたり、悩んだり、落ち込んだり。
 本ばかりを見ている私でも、ここ2ヶ月の彼女の感情はいつも以上に起伏に富んでいたのがわかった。
 それも、すべてあの子達のおかげなのだと思う。

 軽く目を本から上げてみると、紅茶の入ったティーカップが目に入った。
 小悪魔が閻魔を出迎えに行く前に、私に用意してくれた紅茶。
 ティーカップを手に取り、その中身を一口飲む。
 それは思っていた以上に冷たくなっていて、苦味がきつくなっていた。
 小悪魔が出てからずいぶんと時間が過ぎていたことに、今ようやく気がついた。

 ティーカップをソーサーの上に戻す。
 そのとき、ティーポットの少し奥のあたりに一冊の本が置かれているのが目に映った。
 私が普段読む本よりも薄く、表紙はランタンの灯りの中ではあまり目立たない臙脂色。
 しかし何より、目を引いたのはそこに白いインクで書かれた文字だった。

「小悪魔の日記……あの子ったら、こんなところに日記を置きっぱなしにしていったのね」

 それは、小悪魔が毎日のようにつけている日記帳だった。
 彼女が香霖堂へ遣いを頼まれたときに一緒に買ってきた日記帳で、あのとき大はしゃぎで私に見せに来ていたことを思い出す。
 日記帳には小さな鍵穴が付いていたが、鍵はかかっておらず、そのすぐ脇にその鍵穴に合うだろう鍵が転がっていた。
 おそらく小悪魔が私に紅茶を用意した後、日記を書いている最中に、あの閻魔がやってきたのだろう。
 少々、無用心だけれど、あの子らしいと言えばそうかもしれない。
 日記帳と鍵を手にし、鍵を掛けようとして日記帳に着いた鍵穴に鍵を挿し込もうとした。
 そこで私の手は止まる。この日記帳を見て、少し気になることがあったから。
 ぶっちゃけて言ってしまうと単なる好奇心みたいなものなのだけれど。

「小悪魔……恨むならあなたのそのおっちょこちょいさを恨みなさい」

 そうつぶやくと、私は挿そうとした鍵だけをそっとテーブルに置き、日記帳をめくった。

 彼女の性格を現したような丸っこい字が、一日一ページといった間隔で書き連ねてある。
 内容はその日にあった出来事、ちょっとした失敗談から、楽しかったことまでいろいろな事がちょこちょこと書かれていた。
 中には私に対する愚痴まであった。
 やれ、紅茶は冷める前に飲んでほしいだの、洗濯物の靴下を裏返したまま出さないでほしいだの。

「……少し気をつけてみようかしら」

 っと、いけないいけない。私が探しているのはこういうことではないの。
 ぱらぱらとページをめくる。
 私の記憶を頼りに、あのときのことが書かれたページを日付から探す。

「……あったわ」

 そして、私はそのページを見つけた。



『6月16日
    今日、パチュリー様が変な形をした箱を持ってきました・・・・・・』



 その日の日記を読む。そして、思い出す。
 あの日の出来事を……。





   ・   ・   ・





「パチュリー様、この箱は何なんですか?」

 小悪魔が素っ頓狂な声をあげ、私に聞いてくる。しかし、その目は私のほうを向いていなかった。
 彼女の紅色の瞳は、テーブルの上に置かれた箱に釘付けになっていた。
 その箱は、直径70センチ、高さ40センチくらいのドーム状の形で、中の様子は無造作にかけられた黒い幕によって遮られ、見ることができない。

「ああ、それ? 私がレミィのために作った箱庭よ。と言ってもただの箱庭じゃないけれど」

 それは長い冬が終わった後、私が作り上げた箱庭霊界だった。
 メイド長の咲夜が食材にしようとしていた幽霊をいくつか拝借し、霊界の土をこねた粘土で作りあげたものだ。
 他にも、桜の木の下に20分の1サイズの死体を埋めてみたり、本物の自縛霊を取り憑かせてみたりとギミックを凝らしたものである。
 これをお披露目した当時、レミィにはとても好評だったし、それからおよそ一ヶ月ばかりはレミィの部屋に観賞用として置かれていたらしいけれど。

「とうとう、レミィが飽きたらしくてね」
「それはそれは、お気の毒に」
「いいのよ、レミィの気まぐれは今に始まったことじゃないから。それで、さっき咲夜が来てその箱庭を置いていったのよ。中のきれいな造形を壊すのはもったいないと言ってね」
「そうなんですかー」

 小悪魔は私の言葉に返事を返すものの、箱の中身が気になって仕方が無いようだった。
 きょろきょろと箱庭をあっちこっちから見てみたり、そうっと黒い幕に手をかけようとしてあわてて引っ込めたり。
 耳や背中の羽も尻尾も面白いくらいせわしなく動いていて、とても分かりやすい。

「気になるのならいいのよ、中を見ても」
「え! そ、そんな! 別に気になんか……」
「さっきから羽と尻尾が面白いくらいせわしなく動いてる奴が言うセリフじゃないわね」
「う」

 指摘され、真っ赤になる。
 なかなか楽しいわね、この子。

「あの、本当に見てもいいんですよね?」
「ええ、どうぞ」
「ほんとにほんとですよね? 後から『うっそぴょ〜ん☆』とかいって騙したりしませんよね」
「ほんとにいいわよ。というか、そんな気持ち悪い言い方は絶対にしない」
「言いましたね? 今、いいって言いましたね? んじゃ、見ちゃいますよ。隅から隅まで眺め回しちゃいますよ」
「いいから早くしなさい」

 いつまでも引っ張りすぎよ。
 ため息をつく私を尻目に、小悪魔はわくわくと楽しそうに、その箱庭の黒い幕を取り払った。

「うわぁー! きれぇー!」

 そのとたん、小悪魔が大きな声を上げる。
 薄いガラスのケースの中に広がる風情ある純和風の庭園は、レミィに見せたあのときのまま、寸分違わずそこにあり続けていた。
 朱がちょっとだけ禿げた門。
 少し型くずれした石庭。
 濁りのある池にひび割れた壁のある古いお堂。
 そして満開の桜の木。
 その全てがあのときのまま、きれいな形で残っている。
 今改めて見ても、惚れ惚れするくらいの出来だった。
 ただ、中に入っていた幽霊は咲夜が追い払ってしまったのか、どこを探してもいないようだった。

「これ、本当にパチュリー様が作ったんですよね? パチュリー様、すごーい! 実はとても器用な方だったんですね。全然そう見えませんでした」
「小悪魔、それは褒めてるのかしら? 貶してるのかしら?」

 私の突っ込みもどこ吹く風。小悪魔は眼をきらきら輝かせながら、その箱庭に魅入っているようだった。
 まぁ、私が作ったものを褒められるのは悪い気がしないし、今回は不問にしましょう。

「ここに幽霊が入っていれば、もっと風情があったのだけれどね」

 幽霊の影どころか、取り憑かせていた自縛霊もいない。
 咲夜の完璧な仕事ぶりには目を見張るものがあるわね。動けないはずの自縛霊をどうやって追い払ったのだか。

「まぁ、いいわ。幽霊は生ものだし。死んでるけど」
「あ、パチュリー様」

 小悪魔が私を呼ぶ。箱庭の片隅のほうを指差して。

「この彼岸花もパチュリー様が作ったんですか? すごいですねー、まるで本物そっくりです」
「彼岸花?」

 小悪魔が指差すほうを見ると、粘土で造られたお堂の陰で、二本の彼岸花が寄り添うように咲いていた。
 はて? 私、こんな場所に彼岸花など作ったかしら?
 自問して、すぐに答えを出す。答えはノー。

「彼岸花なんて作った覚えはないわよ」
「え? でも、ほらここに、こんなミニチュアサイズの彼岸花が……」
「あったとしても、それは私が作ったものではないわ。だって、季節が違うでしょう」

 彼岸花は秋の花。でも、私はこの箱庭を造ったとき、春をイメージして作ったはずである。
 春をイメージした私が、秋の花である彼岸花を作るはずがない。
 それに……。
 彼岸花をよく観察してみる。
 質感、色、ツヤ……どれを見ても、とてもじゃないが作り物とは思えない。
 ここに咲いているのは本物の彼岸花。
 偽物の庭にある、ただ二本の本物。
 この彼岸花はいったい何?
 なぜこの造られた箱庭の中に、本物の彼岸花が咲いているの?

「パチュリー様!」

 小悪魔の切迫した声に、ふと我に返る。
 見ると、いつの間にか箱庭のガラスの蓋が開けられており、小悪魔は箱庭の中の何かに触って慌てて手を引っ込めたような、そんなポーズのまま固まっていた。
 勝手に蓋を開けて、咲いている彼岸花に触ったってところかしら?

「彼岸花の中から何か出てきました!」

 何か?
 不思議に思って、その彼岸花を見ると。

「これは……」

 一本の彼岸花のちょっと上あたりで、何かがふよふよ浮いている。
 ちょうど飴玉くらいの大きさで、白くて丸く、後ろの部分が尻尾のように細くたなびいている。
 そして、今すぐにでも消えてしまいそうな、か弱い霊力を感じた。

 しばらく見ていると、もう一本の彼岸花からも同じようなものがすうっと現れた。
 大きさも形も、感じる霊力も同じくらい。
 二つの何かは、しばらくの間ふわふわと漂っていたが、やがてこちらに気がついたかのようにくるっとこちらを振り向く。

 しばしの沈黙。

 そして、二つの何かは唐突に、
 私たちの視線から逃れるように、箱庭のお堂の中へ隠れてしまった。

 「なるほど……。そういうことなのね」

 今のでようやく、私の中で結論がまとまった。
 彼岸花から現れた二つの何か。
 私の知識がそれらの正体をはっきりとさせてくれた。

「小悪魔、この彼岸花は今の幽霊達が咲かせたものだわ」
「幽霊ですか?」

 お堂の中を覗き込んでいた小悪魔が、きょとんとした顔を上げる。
 私の今の言葉が、いまいちよく飲み込めていないようね。

「ええ、そうよ。この二匹の幽霊は、霊力が安定していない。つまり、非常に不安定なの。そう言う幽霊は拠り所として花に憑依するのよ。おそらく、粘土に使った霊界の土の中に彼岸花の種が混ざっていたのでしょうね。その種に幽霊が憑依し、それによって花が咲いた」
「うーん……」

 小悪魔が指を口に当てて、私が言った言葉の意味を考えている。
 首をひねっている。さらにひねっている。
 あ、パンクしたっぽい。一気に情けない顔になる。

「よく、わかりません……」
「言葉通りなんだけれどね」
「幽霊が花に憑依した……それはわかったんですけれど、それでどうして花が咲くんでしょうか?」
「花はね、魂の質を現すものだから、幽霊と相性がいいのよ。だから、幽霊が憑依しやすい。それに、私が言った不安定な幽霊というのは、まだ自分が死んだということに気がついてない幽霊のことなの。不慮の事故や災害に見舞われて、予期せず生を終えてしまった者の霊。花に憑依するのは、そうすることでまだ自分が生きていると思うことができるからよ。たとえ、それが偽りであったとしてもね」
「偽りの生……」

 小悪魔が、再びお堂の中をのぞき見る。
 私は、彼岸花のほうを見ていた。
 二本の彼岸花は、どちらもとても小さい。ミニチュアサイズと言っても過言ではなかった。
 この小ささで社の陰に隠れていたからこそ、咲夜も気が付かなかったのだろう。
 花の大きさがその幽霊の力に比例すると仮定するならば、この花を咲かせた幽霊達は私が思っている以上に弱く儚い存在なのかもしれない。

「……かわいそう」

 隣から小悪魔のつぶやく声が聞こえた。

「いきなり生きることを放棄させられて、それでもなお生きたくて、幽霊達はこうして花を咲かせている。もっと生きたかったはずなのに、こんなに小さいのに……」

 そして、ゆっくりと。

「……だいじょうぶ」

 安心させるように。

「だいじょうぶです。ここにはあなた達を脅かすものなんて、何一つありません」

 優しく、語りかける。

「安心してください、私はあなた達に危害を加えません。安心してください、私はあなた達の味方です」

 その小悪魔の言葉が、幽霊達に届いたのだろうか?

 お堂の中から二匹の幽霊がでてくる。
 警戒しながら、おそるおそる、ゆっくりと。
 小悪魔は幽霊達を怖がらせないようにそっと手を差し出す。
 幽霊に触れたとき、小悪魔が小さく声を上げた。
 幽霊は体温が低いから、ひやっとした感触に驚いたのでしょうね。
 小悪魔は、そのまま幽霊達の頭をなで始める。

 ゆっくり、ゆっくり……優しく、優しく……。

 最初は怖がっていた幽霊達。でも、次第に彼女の手に身を寄せるようになった。
 その様子を見て、小悪魔は優しくほほえんでいた。

「ふむ……」

 もう少し、彼女たちの様子を見ていたかったところだけれど、そろそろ決めなければいけない。
 私はこの箱庭の処分について思案した。
 いくら箱庭の造詣が良かろうと、この図書館にも私にも必要のないものだから。
 普通なら適当な亜空間をつないで、その中に捨ててしまえばいいのだろうけど。
 ここに適任がいるみたいだし、おそらく彼女もそれを望むだろう。

「小悪魔」
「あ、はい、なんでしょう?」
「その箱庭の処分は、あなたに任せるわね。あとはあなたの好きになさい」

 私は読んでいた本を取り、読書を再開した。
 ずいぶんと長い時間、読書を中断していた気がする。中断していた時間を、得られるはずの知識に換算したらどの程度になるかしら?

「パチュリー様……」

 小悪魔が私の名前をつぶやいた気がした。そして、

「はい! この小悪魔にお任せください!」

 この言葉とともにあふれた小悪魔の笑顔が、はっきりと想像できた気がした。





   ・   ・   ・





『箱庭を彼岸花が良く見えるように私の部屋に飾りました。
 今日からここがあなたたちの居場所ですって幽霊達に言ってあげたら、二匹ともうれしそうに私の周りをくるくると回ってくれました』



 読んでいた日記をおいて、静かに目をつぶる。
 あのときのことは、今でもはっきりと思い出せるくらい私の記憶の中に残っていた。
 まるで2ヶ月という時間を本当に無にしたかのように。

 咲夜あたりが何かタネのない手品でもやったのかしらね?
 そう言う手品があるのなら、ぜひ教えて欲しいものだわ。

 私は再び目を開けて、手の中の日記のページを一つめくった。



『6月17日
 朝起きて、すぐに箱庭を覗いてみたら、幽霊達が二匹ともいませんでした。
 どこかに隠れているのかと思ってガラスのドームを軽くノックしてみると、彼岸花の中からすうっと幽霊達が出てきます。
 どうやら、普段は彼岸花に憑依して過ごしているみたい。私はにっこり笑って、おはようって言ってあげました。
 午前のお仕事のあと、門番長さんからじょうろを借りて、お花たちに水をあげました。ガラスケースを開けてお花たちにたっぷりかけてあげました。
 お水を飲んで、花が大きくなり、やがて小さな箱庭の中に大きくてきれいな花が咲く。その周りをすっかり元気になった幽霊達がうれしそうに飛び回る。
 縁起はともかく、さぞ風情のある光景になるでしょうね。なんてことを想像していたら、ちょっと多くあげすぎてしまって、箱庭の中が水でびちゃびちゃになってしまったので、慌ててコップで水をすくってあげました。えへへ、失敗失敗』



「いきなり危なっかしいわね」

 あの大きさの箱庭に、じょうろで水をあげたりしたら溢れるに決まってるじゃないの。
 ちょっとでいいのだし、コップがあるのなら初めからそっちを使いなさい。
 まぁ、今言ってもしょうがないのだけれど。

 ぱらりぱらりとページをめくっていく。



『6月24日
 早いもので、私が箱庭を飾ってから一週間が経ちました。
 ここのところパチュリー様がよく外出するようになりました。三日に一度の割合でお嬢様や咲夜様とともに博麗神社の方へ赴いているそうです。
 普段から埃っぽい場所で本を読んでばかりなので、外に出ることで少しは健康になられれば良いのですけれど、用向きが宴会に出席するためらしいので、たぶん不健康なままで終わりそうですね。
 パチュリー様にも困ったものです』


「悪かったわね」

 このときは変な子鬼のせいで、毎日のように宴会をさせられていたのよ。私は本を読みたかったのに。


『花を見ているうちにふと、この幽霊達はなんで彼岸花に憑依しているのかが気になりました。
 パチュリー様の話では、不安定な幽霊が、安定を得るために花に憑依するわけですから、ようは憑依さえできれば、どんな花でもいい気がするんですけれど。
 何か理由があるんでしょうか?
 まぁ、こんなことを今更気にしても仕方はありませんし、箱庭の中に彼岸花の種しかなかったってことにしておきます』



「彼岸花に憑依する理由……」

 そういえば、前に何かの本でその知識を得ていたような気がする。
 ずいぶん昔に読んだものだから、おぼろげにしか覚えてないのだけれど。
 あれはなんだったかしらね?

 ぱらりぱらりとページをめくる。



『7月3日
 今日はとても、恐ろしいことがありました。
 魔理沙様がこの図書館にやってきたのです。
 この図書館では日常茶飯事のことですが、今の私にとってはこれ以上にない脅威。
 魔理沙様が、あの箱庭の幽霊達を見て放っておくわけがないからです。つまり、「いい箱庭だな。少し借りるぞ、私が死ぬまで」です。
 魔理沙様は、パチュリー様と弾幕ごっことに似た格闘ごっこを仕掛け、すうぃーぷキャンセルマスタースパークでパチュリー様をむきゅーな状態にしてしまいました。
 私は普段通り振る舞って、幽霊達のことを隠し通そうとしたんですけれど、なぜか魔理沙様にしっかりばれてしまいます。
 お宝の匂いがどうこう言ってましたけれど、あの人の鼻はいったいどうなっているんですか?
 あやうくマスタースパークで黒こげにされるところでしたが、そこで私を助けてくれたのが、早々と復活したパチュリー様!
 パチュリー様お得意のセントエルモピラーで魔理沙様を吹き飛ばしてしまいました。
 さすが、パチュリー様! パチュリー様、かっこいいー! でも、図書館内で火を使うのは正直勘弁してください』



「仕方ないじゃない。あの日はそういう気分だったのだから」

 って、何言い訳してるのかしら私。
 本ばかりの場所だと、使う魔法に制限がかかって嫌ね。もっとも、そんな制限に従ったことなんてこれっぽっちもなかったけど。

 コホンとわざとらしく咳払いして、再びページをめくる。

 ちなみにわざとらしくページを飛ばしているのは、読む意味がないと思ったため。

『今日はお花が……』
『箱庭の中が……』
『だんだん幽霊達が元気に……』

 こんなのばっかり。
 これじゃあ、日記じゃなくて観察日記ね。
 いっそ、改名したらどうかしら?



『7月20日
 箱庭を飾ってから1ヶ月がたち、箱庭の中の彼岸花も今ではお堂の塀を楽に越すくらい大きくなりました。
 お堂の隅ではだいぶ窮屈になってきたので、今日は彼岸花を箱庭の隅から真ん中へと移しました。
 地面を掘ったら思っていた以上に根がびっしりと張っていてびっくり。本当に小さかった彼岸花がここまで成長したんだなって思ったら、なんだかジーンとなっちゃいました。
 この年にもなって恥ずかしいなぁ。
 今日は幽霊達のお散歩をかねて、二匹と一緒に本の整理をして回りました。
 最初は飴玉くらいだった幽霊達もいつの間にかゴムボールくらいにの大きさに成長していてまたまたびっくりしました。
 本の整理の途中で、幽霊達が絵本を見つけて私に読んでほしいとせがんできます。二匹の様子がすっごくかわいくて、私は結局お仕事を途中で投げ出して幽霊達に絵本を読んであげちゃいました。
 こうして絵本を読んであげると、なんだか、子ども達に絵本を読んであげるお母さんになったみたい。
 いつか私がお母さんになって本当の子どもが生まれたら、きっとこんな感じで絵本を読んであげるのかな』



「母親ね……」

 感慨深くつぶやいてみる。
 私は母親のことなんてすっかり忘れてしまったけれど、それがどういうものかは知識で知っている。
 きっと、小悪魔はいい母親になれるかもしれないわね。

 ぱらりぱらりとページがめくれる音。

 日記帳の中で、時間がどんどん流れていく。
 箱庭と幽霊と彼岸花と一緒になって流れる、小悪魔の時間。

 ぱらりぱらり、楽しい時間。

 ページをめくるごとに、その微笑ましい姿が目に浮かんできて、私もつい笑みを浮かべてしまう。
 レミィがいたら、間違いなくからかってくるわね。
 こんな姿、何年も見せたことないし。

 ぱらりぱらり、ぱらり……。

 ページをめくっていた手が、ふと止まる。
 
 そのページは今までと違っていたから。



『8月1日
 8月に入って、図書館の中でも暑さと湿気から夏を感じられるようになりました。
 私は今日、図書館である本を見つけて……そして、知ってしまいました。
 その本は、私がパチュリー様から頼まれた鬼に関する本を探しているときに偶然見つけました。
 青い表紙に書かれた金色の文字で『花と霊の関係』と書かれていたその本には、花と霊の相性がいいことから、花に憑く霊の話、なぜ花を咲かせるのか、その他にも花についてまたは霊についてのことが事細やかに記されていました。
 パチュリー様に教えられたことも、それ以上のことも。
 その本には、彼岸花に憑依した霊は、孤独な霊である……と書かれていました。

 あの子達と一緒にいた一ヶ月半の間、私は片時もあの子達のことを忘れたことはありませんでした。
 朝、昼、夜。いつも一緒にいて、いつも一緒にすごしてきました。
 でも、あの子達はいまだに彼岸花に憑依し続けています。
 つまりこの本が正しいのならば、私とずっと過ごしてきた今も孤独を感じているということです。
 そのことが悲しかったです。
 私があの子達にとって、孤独を癒せる存在ではないことを知って、とても悲しかったです。

 がんばらなきゃ。
 あの子達がいまだに孤独を感じているのなら、私がそれを和らげてあげて、原因があるならば、私の力でそれを解決してあげなければ。
 ここで諦めちゃだめ。
 ここで諦めちゃだめ。
 ここで諦めちゃだめ』



 この日の最後のほうの文に手を当ててみると、文字を書いた部分が、ずいぶんとへこんでいるのがわかる。
 それだけ大きな筆圧がかかっていたという証拠。

 そういえば、この頃だった気がする。
 今まで毎日のようにうれしそうにしていた小悪魔が、急に落ち込んだり、考えごとをしたり、上の空になったりし始めたのは。



『8月13日
 今日は朝から幽霊達の様子がおかしかったです。
 そわそわと落ち着かないように、箱庭の中をうろうろと彷徨っています。まるで何を探し回っているよう。
 パチュリー様にそのことを相談したところ、今日は迎え盆であることを教えてくれました。
 お盆は幽霊達が彼岸から此岸へと戻ってくる日。たくさんの幽霊達が、この世に戻ってくる日。
 それをあの子達は感じ取っているのかもしれません。

 あの子達は、霊界へ行きたいと思っているのでしょうか?

 あの子達が孤独な理由と今日のあの子達の様子。今日が迎え盆であることを考えると、それが一番正しいような気がします。
 もしそうであれば、私はあの子達を霊界へと帰してあげなきゃいけません。
 あの子達の孤独を取り去るには、それが一番なんだと思います。

 でも、私は……。
 私は本当にそれでいいのでしょうか?
 あの子達を霊界に帰して、それで残った私は……。

 私は、どうしたらいいのでしょうか?』



「……」

 ぺらりと2つページをまくると、その日記はそこから白紙となっていた。
 その前のページには、今日の日付と数行だけ書かれている文。



『8月16日
 私は、あの子達と離れたくないです。
 あの子達がしてほしいことなら、なんでもしてあげたいです。
 あの子達の孤独は私が取り除いてあげたいです。
 だから、あの子達を霊界には』



 そこで文は途切れていた。
 小悪魔の過ごした2ヶ月が、ようやくここで終わった。

「……ふぅ」

 日記帳を閉じてテーブルへと置く。
 カップを手に取り、少しだけ残っていた紅茶を飲み干した。もうほとんど味のついた水としか言えないようなものだった。
 カップをソーサーに置く。
 音のない空間にカチャリと陶器がぶつかる音がして、再び静かになる。
 私は椅子にもたれかかったまま、目を閉じていた。
 
 難儀なことね。
 幽霊達を帰さない。そう決心した矢先にあの閻魔が来るなんて。
 こればかりは、小悪魔に同情せざるを得ない。
 遠くから爆音や弾幕の音が聞こえないということは、まだあの閻魔と接触していないということ。
 小悪魔と閻魔が接触すれば、間違いなく交渉は決裂し、弾幕ごっこへと発展するだろう。
 そうなれば十中八九閻魔の勝ち、あの幽霊達は強制的に閻魔に連れて行かれ、小悪魔は涙に暮れる日々。

 ふむ、少々後味が悪いわね。
 椅子から立ち上がり、テーブルに置いておいたランタンを持つ。

 後味が悪いとは、小悪魔が涙に暮れることについて言ったわけではないわ。
 小悪魔が事の真相を知らず、ずっと間違った答えを持ったままっていうのが後味悪いのよ。

 幽霊達は霊界へ帰りたい、そう小悪魔は思っている。
 でも、

(あの子達はここにいるべきではない。あの子達が本来いるべき場所へ帰らせなければならないのです)

 閻魔が言っていたその言葉と私の持っている知識を組み合わせ、今回の事象と照らし合わせ、考察を重ね、導き出された結論。
 それは小悪魔の答えと違っていた。
 具体的にいうのなら、方法は同じでも対象が違うってこと。

 さて、もし私の出した結論が正しかったとしたら、小悪魔はそこからどんな結論を導き出すかしら?

 ふわっと浮き上がり、一気に本棚の上まで上昇。
 魔力の感知なんて何年ぶりにやるかしら? うろ覚えの呪文が間違ってなければいいのだけど。

 私は呪文を唱えると、微かに感じるであろう小悪魔の魔力を探し始めた。





 魔法で鍵がかかっているらしく、ドアノブを回してもびくともしなかった。

 私がいつも本を読んでいるテーブルから10分ほど飛んだ位置。図書館の外れのほうの一角に小悪魔の部屋がある。
 彼女の魔力は、このドアの向こう側から感じられた。
 正直安心したわ。小悪魔がもし外へ逃げていたならば、それがわかった時点で投げ出していただろうから。
 閻魔の姿はまだいない。やってこられても迷惑だから、さっさと済ませてしまおう。

 ノブを持ったまま、呪文を唱える。
 ドアに掛けられた魔術封印の構造をサーチ。
 分析を繰り返し、封印の種類を私の持つ知識から検索する。
 魔術封印の初歩的なもので、封印の力も甘いし、構造もそれほど複雑ではない。
 この程度なら……。

 ばちっと、私の手とドアノブとの間に火花が走る。
 これでドアの封印は解けたわね。
 ドアノブを回すと、かちゃりと音を立ててドアが開いた。

 次の瞬間、中から高濃度の魔力を感知。
 すぐさま手を引いてドアを離れると、ドンッと言う音ともにドアが爆発し、そのまま貫通した大玉弾が図書館の奥へと飛んでいった。
 ぱらぱらと降ってくるドアの破片を障壁で防ぎ、収まってきたころに中を覗き込む。
 部屋の中は真っ暗。図書館もこの部屋も窓がついていないし、灯りもついていないのだから当然の事。
 私の持つランタンを部屋の中にかざすと、まず、黒くて長いスカートが眼に飛び込んでくる。
 先が矢印のようにとんがっている尻尾。白のブラウスに黒のベスト。
 細い両腕を前に突き出し、先ほどの大玉弾発射の反動に耐えている姿。
 背中の大きな翼、赤くて長い髪、背中のより小さめの頭羽。
 私を見据える、紅色の瞳。

「いい攻撃ね。次、鼠がでたらその調子でお願いするわ」
「パチュリー様……」

 小悪魔も私の姿を確認してもなお、警戒を解くことはしなかった。
 キッとした目で私を見据えたまま、すぐに攻撃できるように備えている。
 ランタンをもう少し上に位置まで掲げると、小悪魔の後ろにある机の上に黒い幕を掛けられた箱庭が置かれているのが見えた。

「いくら待てども戻ってこないから、何をしているのかと思って見にきたら……こんなところで何をしているのかしら?」
「……」

 答えない。
 まぁ、答えを期待しているわけではないからいいけれど。
 自分で言っていて白々しいと思ったし。

「さっき、私のところに閻魔が来たわ。暗い場所で本を読むなと説教されてしまったよ。あと、迷子の幽霊を探してるとも言っていたわね」

 話題を変えてみる。
 迷子の幽霊……その言葉に反応し、小悪魔の目がさらに鋭くなる。

「パチュリー様も……ですよね」

 静かな、それでいて威圧的な口調でささやかれる言葉。

「私も? 何かしら?」
「パチュリー様もあの閻魔様に言われて、この子達を奪いにきたんですよね」
「奪う? 私が?」
「来ないでください! たとえパチュリー様でも、この子達を奪おうとするならば容赦しません!」

 近づこうとしたら拒まれた。
 再び小悪魔の手に魔力が集う。魔力を密集させた大玉弾をこの至近距離で撃たれれば、ひとたまりもないだろう。主にこの部屋が。
 ため息をつく。幽霊達に入れ込むのはいいのだけれど、まさかそれで召還主の私に魔力を向けるなんてね。

「小悪魔、あなた忘れたかしら?」
「何をです?」
「箱庭の処分はあなたに任せるから、好きになさいって」
「それは確かに……でも」
「私はね、あなたに教えに来たのよ。その幽霊達のことについてね」
「……」

 小悪魔の両腕がゆっくり下ろされる。
 まだ警戒は解いてないようだけど、いきなり撃ってくることはなくなった。
 いくら私でも、武器を突きつけられた状態じゃ話しにくいわ。

「小悪魔、あなたは賽の河原の石積みって知っているかしら?」
「え? ええ、確か……」

 賽の河原。死んだ子供が行く場所。
 河原に着いた子供の霊が、小石を積み上げて塔を作る。そして鬼によって、その塔を崩される。その繰り返し。
 積んでは崩され、積んでは崩され、何度も続く永久の作業。

「死んだ子供の霊は三途の川に着いたとき、渡し守の死神にこう言われるのよ、『父母の供養のために小石で塔を作りなさい。終わったらこの川を渡してやる』ってね。死神たちは、なんでそう言うかわかるかしら?」
「なんでって、パチュリー様が今言った通りではないのですか?」
「私が今言ったのは表向きでの話、でも本当は違うの。三途の川に子供の霊を近づけさせないようにするため。子供の霊を消滅させないようにね」
「子供の霊を……消滅?」
「三途の川に漂う瘴気は、魂を著しく疲弊させるのよ。どんな魂でも独りで川を渡ろうとすればあっという間に消滅してしまう。だから、幽霊達は三途の川の渡し舟に乗って向こう岸に渡るの。渡し舟は魂を瘴気から守る結界の役目を果たしているから。ただし、これは普通の幽霊の場合。舟に乗っていても、瘴気を完全に消失させることは出来ないから、普通じゃない霊……子どもの霊のように霊力が弱い霊なんかは、渡し舟で渡ろうとしても、途中で残っていた瘴気にやられて消滅してしまう。だから、死神は子どもの霊に小石を積ませて、鬼にその塔を崩させるの。終わらない石積み、それはある意味地獄とも呼べるものかもしれないけれど、消滅して何もかもが無になるよりはましなのよ」
「……」
「そこにいる幽霊達。初めて出会ったときはずいぶんと小さかったでしょう? 咲かせた彼岸花すらミニチュアサイズだったし、霊力も弱くて、存在も不安定で儚いもの。つまり」
「この子達は、まだ年端も行かない子供の幽霊ってことですよね?」

 私の言葉を遮るように、小悪魔が言う。どうやら説明しなくても、薄々わかっていたようだ。
 まぁ、2ヶ月の間、ずっと一緒にいたのだからそれくらいはわかって当然かしらね。

「それは私にもわかってました。この子達のしぐさや、行動や、振る舞い、どれも見ても無邪気で可愛くて。ああ、この子達は本当に幼い子供の幽霊なんだなって、わかっちゃいました。だから、なおさら霊界に帰すわけにはいかないです。霊界に帰したとしても、あの子達を待っているのは賽の河原の石拾い。無限に続く苦痛の作業をこの子達にやらせるっていうんですか!? そんなのひどすぎます! かわいそうです!」

 語気を荒げる小悪魔。
 幽霊達のことで頭がいっぱいの今の小悪魔ならば仕方のないことだと思う。

「小悪魔、落ち着きなさい。話はまだ終わってないわ。確かに、あなたの言うことは正しい。今のまま、その子達を霊界に帰しても、三途の川を渡れず、賽の河原で石積みをすることになるでしょうね。でも、あなたは気がついてない」
「私が、何に気がついていないって言うんです!?」
「あの閻魔はこう言っていたわ。あの子達は本来いるべき場所へ帰らせなければならないとね。あなたにはこれがどういう意味かわかるかしら?」
「どういうって……」
「子供達の本来いるべき場所。子供達が帰ることの出来る場所は、一つしかないでしょう?」
「……まさか」

 小悪魔の目がはっと見開かれる。
 どうやら、彼女にもわかったらしい。

「子供達が帰る場所……それは、子供達の家族がいる場所。その子達には一緒に死んでしまった親がいる。母親か父親か、それはわからないけれど、その子達を待つ家族の幽霊がいるのよ」
「その通りです」

 私の後ろから声がした。
 振り返ると、そこには腕を組み私の前の小悪魔を見つめる閻魔の姿があった。
 さっと、小悪魔が私の前に出て、手に再び魔力を集めだす。
 その目はキッと閻魔を見据えていた。

「立ち聞きなんて、趣味が悪いわね」
「それは失礼。話が聞こえてしまったものでして。小悪魔さん……貴方がかくまっている幽霊達には母親がいるんです。母親の幽霊が」

 小悪魔の行動を特に気にしていない風に、無防備のまま言葉を続ける。

「事の起こりは3ヶ月前、外の世界で不慮の事故が起こり、母親と二人の子供が命を落としました。母親は搬送された病院での死、子供達に至っては即死だったと聞きます。死んだことすら気がつかないほどにあっけなく、あっという間。その後、母親と子供達の魂は彼岸へと送られ、三途の川を渡って、私の元へ送られてくるはずでした。しかし、私の元へ来た幽霊は母親のみ。二人の子供の幽霊は、この幻想郷から三途の川へと向かう途中に行方不明になってしまったからです」

 そういえば、この幽霊達は咲夜が連れてきたんだっけ。
 咲夜には幽霊の区別がつかないみたいだから仕方ないとは思うけれど、ずいぶん厄介な時期に、厄介なものを捕まえてきてくれたものだ。

「母親はそのことをとても悲しみ、私の法廷で、2人の子供達を探して欲しいと懇願してきたのです。私はその願いを聞き届け、仕事の合間にその子供達を探しました。そして、ちょうど2ヶ月ほど前。この館から、かすかに子供達の霊力が伝わってきたのを感じたのです」

 つまり、私たちが幽霊達と初めて会ったとき、幽霊達が彼岸花から姿を現したときに、この閻魔も幽霊達の存在に気がついたってわけね。

「本来ならすぐにこの場所へ赴き、子供達を連れて帰るべきなのでしょうけれど、それは不可能でした。貴方達がご存じのとおり、彼岸の前には三途の川があり、子供達だけではその川を渡ることが出来ないからです。無理に連れて帰って、賽の河原で石積みを強制させる。それはあまりにもかわいそう」
「でもあなたは今、この子達を連れ帰ろうとしてるじゃないですか……。なんで、そのとき連れ帰らないで、わざわざ今日なんですか?」

 小悪魔の言葉は、少し震えているような気がした。

「子供の霊を三途の川を渡す方法がないわけではないの。子供をその家族の霊とともに渡らせることで、彼らをつなぐ縁が子供の霊を瘴気から守り、子供の霊を安全に彼岸に送り届けることが出来ます。今日は送りの盆の日、此岸へと降りた幽霊達が彼岸へと帰る日です。その子達の母親も今はこちらにいて、今日のうちに彼岸に帰らなければなりません」

 閻魔が淡々と言葉がつむぐ。
 その言葉の一つ一つが小悪魔の胸に深く刺さっているのだろう。
 小悪魔の表情がそう物語っていた。

「もう時間がないのです。すでに幽霊達の川渡しは始まっています。今日が終わる前にその子達を母親とともに彼岸へ帰さなければならない。でなければ、いつかこちらに留まれなくなった子供達の霊が彼岸へ向かったとき、三途の川を渡れず、そのまま賽の河原で永遠に石を積むことになってしまうからです」
「そんな……」
「貴方は2ヶ月という間、その子達のために尽くしてきたのでしょう。情が移るのもわかります。ですが、貴方がここで幽霊達を引き止めてしまえば、幽霊達に待っているものは不幸と苦輪しかないのです。その子たちのことを大切に思っているのなら、どうかわかっていただきたい」
「そんな……そん……な」

 前に突き出していた小悪魔の手がだらりと垂れ下がり、身体がすべるようにその場に崩れ落ちる。
 その手にたまっていた魔力は行き場をなくし、周りの空気に溶けるように霧散していった。

「わ、私は……あの子達と、ずっと一緒にいるって決めたんです……まだ、してあげたいことも、やりたいことも、いっぱいあるのに……でも、それであの子達を不幸にするなんて」

 小さくて掻き消えてしまいそうなつぶやき。
 小悪魔の心の葛藤を表す悲しい響き。

「パチュリー様……」

 小悪魔が顔を持ち上げる。
 焦点の定まらない虚ろな瞳が私を見ている。
 ランタンの光に、今にも零れ落ちそうな涙が光っていた。

「私はいったい……どうしたら……」
「小悪魔」

 私はその場に立ったまま、彼女の名前を言った。その声の中に優しさや憐憫は含まない。
 なぜなら今から言う私の言葉は、小悪魔がほしがっている答えでも温かい励ましでもない、単なる忠告なのだから。

「私には何も助言できないわ。私はあなたではない。幽霊達のことも何も知らない」

 助言できるというのなら、いくらでも助言してあげたい。
 小悪魔の代わりに答えられるというのなら、いくらでも答えてやりたい。
 でも、それはできないこと。

「あなたがどうすればいいか、それを一番よく知っているのはあなたなの。あなたが一番あなたのことを知っている。あなたが一番幽霊たちのことを知っている」

 だって、所詮、私は第三者でしかないもの。
 この問題は小悪魔と幽霊達の間で起こっている。私は小悪魔に全てを任せ、すでにこの問題を放棄している身。
 その私が、この問題の答えを出すなどおこがましいにもほどがあるし、その答えが本当に正しいなんてことはありえない。

「だから、もっと自分を信じなさい。そして自分で答えを出しなさい。どんな答えを選ぼうと、あなたが選んだ答えこそが一番の正解なのだから」

 ……。

 長い沈黙が訪れる。
 小悪魔は下を向き、ずっと自分の答えを探している。
 私が言いたいことは全て言った。後は答えを出す小悪魔の役目。
 閻魔もそれがわかっているのだろうか、何も言わず、ただじっと小悪魔を見つめている。

 いくらでも考えなさい。
 この沈黙がたとえ何十分、何百分と続いても、私は待ち続けるつもりだ。

「私は……」

 沈黙を破って、小悪魔の声。
 ゆっくりと、その身体を起こす。
 後ろを振り返り、黒い幕のかかった箱庭をじっと見下ろす。

「わたしは……!」

 表情は暗くてよく見えない、でも、なんとなくわかる。
 小悪魔がどういう表情で、どんな思いでこれから答えを伝えるのか。

「閻魔様」

 小悪魔が閻魔のほうを振り返った。
 名前を呼ばれても、閻魔は言葉さえも出さず、眉一つ動かすこともない。
 ただじっと、小悪魔の答えを待っているだけ。

 小悪魔は、

「この子達を……」

 自分の言葉をかみ締めるように、
 小さな声で、でも、はっきりした声で、
 答えを出した。

「この子達を……お返しします」

 ……。

 しんと静まり返る空間。
 この沈黙が今まで以上に重く感じられる。

 小悪魔は、幽霊達を彼岸へ帰すことを選んだ。
 幽霊達のこれからの幸せを選んだ。

 その答えに、閻魔が満足そうにうなずいた。

「よく、決断しましたね。ありがとうございます」

 その言葉を聞いて、小悪魔の身体から急速に力が抜け、その場に崩れた。
 彼女に近づくと、ぐすっぐすっとしゃっくり上げる音が聞こえる。
 大きな難題をやり遂げた小悪魔は、まるで小さな子供のように身体を震わせて泣いていた。

「小悪魔」

 彼女の名前を呼ぶ。今度は、私の中に篭った精一杯の優しさを詰め込んだ声で。
 そして、その小さな身体を包み込むように抱きしめてあげる。

「おつかれさま。よくやったわ」
「ぐすっ……パチュリーさまぁ……」

 私の冷たい胸の中で、いったいどれだけこの子を癒すことが出来るだろう?
 そんな疑問が頭をよぎったけれど、そんな答えなどでるはずがないし、出す必要もない。

 今はただ、泣いているこの子を抱きしめる。よくやったとほめてやる。
 それだけでいいと思った。





 小悪魔の部屋のランタンに灯りがともり、今までの暗い空間から一転して、明るくて暖かい空間が広がっていた。
 灯りがついているだけでこうも雰囲気が変わってしまう。光というのはそれだけ不思議なものなのだ。

 涙が枯れてしまうくらいずっと泣き続けていた小悪魔は、すでに私の胸を離れ、今、その箱庭と対峙している。
 ゆっくりと箱庭に近づいて、黒い幕を取らないまま、そっと顔を近づけて話し始めた。

「ありがとう」

 最初の言葉は、感謝の言葉。

「あなたたちが来てたった2ヶ月の間だったけれど、あなたたちと過ごした時間はとても楽しかった。あなたたちの世話をするのも、一緒にお散歩に行くのも、一緒に遊ぶのもすごく楽しくて、とっても大切な思い出になったよ。ほんと、まるで本当の家族になったみたいだった。私がお母さんで、あなたたちが可愛い子供達」

 昔を懐かしむように話をする。
 たった2ヶ月のことだけれど、小悪魔はそう思っていない。
 それだけこの2ヶ月は小悪魔にとって充実したものだったのだろう。

「でも、それも今日でおしまい。あなたたちはこれから、本当のお母さんに会えるんだよ。あなたたちのこと、ずっと探してたんだって。だから、早くお母さんのところへ帰ってあげて。そして、お母さんにうんと甘えてあげて。お母さん、きっと待ってるから」

 包み込むようにその箱庭を抱きしめる。
 その顔は笑顔だけれど、それが強がりであることはすぐにわかった。

「私は、大丈夫。ちょっと寂しいけれど、平気。だって、これであなたたちが孤独じゃなくなるから。あなたたちが幸せになれるから。そう思えば、ちょっとくらい寂しくたって大丈夫。あなたたちがお母さんと一緒に幸せそうに浮かんでいるのを思い浮かべて、私も幸せになれるから。いままでありがとう。天国でお母さんと幸せになってね」

 やがて、小悪魔はその箱庭を持ち上げて、閻魔のほうへと向かった。
 黒い幕はとらないまま。幽霊達を一回も見ないまま。

「よろしいのですか?」
「ええ、もう構わないです。お別れは済んだから、もう……」

 下を向いたまま答える。
 顔を上げて箱庭を見てしまえば、せっかくの決心が薄れてしまうかもしれない。
 小悪魔は必死に耐えているのだ。

 小悪魔は箱庭を閻魔に差し出した。
 重さのせいかそれ以外の理由のせいか、差し出された箱庭は小さく震えていた。
 閻魔がそれを下から支えて、震えはようやく収まった。

「閻魔様、この子達をお願いします」
「ええ」

 閻魔が身を離す。そうすることによって、小悪魔の手から箱庭がゆっくりと離れていく。
 その手が完全に離れたとき、これまでの小悪魔の2ヶ月が終わるのだ。そして、思い出に返る。
 小悪魔の小指が、まず箱庭から離れ、
 続いて薬指、そして、中指、
 最後に人差し指と親指が離れて……。


 人差し指に、黒い幕がひっかかった。


 黒い幕が小悪魔の指に引かれ、するりと滑る。
 なめらかなガラスのドームに凹凸なんてなく、黒い幕はそのまま滑るように、箱庭から離れた。

「え……」

 空気に揺られるようにゆっくりと床に落ちる幕。
 曇りのないガラスのドーム。
 箱の中に見える色は、血のように鮮やかな赤ではなかった。

 箱庭の中を覆い尽くす、白の花。

 一つ一つは小さな花びらだけれど、それが何百、何千と集まって大きな白を作り上げている。
 ちらほらと見える茎の色は緑。赤なんてどこにもない。
 彼岸花などどこにもない。

「これは……」

 私も、閻魔ですらも、箱庭の中の様子に言葉すら発せずにいた。
 小悪魔の驚きようはさらにすさまじいものだ。目を大きく見開き、口も半開きのまま、ずっとその白い花を見つめている。

「彼岸花ではないですね……これは」
「カスミソウね」

 私の知識とその花がようやく一致する。
 私が読んだことのある図鑑の中に、この花の項が写真つきであったことを思い出したのだ。
 でも、あの図鑑の写真に写った花なんて、今のこれに比べればちゃちな子供だましみたいなもの。
 それくらい、箱庭の中に咲いている花は白くて、大きくて、美しかった。

「このカスミソウは……まさか」
「おそらく、貴方のその考えは正しいでしょう。このカスミソウは、箱庭の中の幽霊達が咲かせたのです。彼岸花に憑依する理由がなくなり、カスミソウに憑依する理由が出来た。それだけのことです」
「カスミソウ……ね」

 カスミソウについての知識をさらに深く検索する。
 そして、頭に浮かび上がったのは、カスミソウの花言葉。

「花言葉は、感謝の気持ち」

 その言葉に反応するかのように、カスミソウの中から白いものが現れた。
 全部で二つ。どちらも、2ヶ月前に見たあのときより大きくてはっきりとしている。霊力もずいぶんと強くなっている。
 小悪魔が慌てて箱庭のふたを開けると、幽霊達が勢いよく飛び出してきた。
 思わず床にしりもちをつく小悪魔の目の前に、幽霊達がゆっくりと舞い降りてきた。
 ふわりふわりと漂って、小悪魔の周りをくるくると回る。
 それはまるで幼い子供がじゃれて、母親の周りを回っているように見えた。

「あなたたち、もしかして私に伝えてくれているの?」

 ポツリと小悪魔のつぶやき。

「このカスミソウで……ありがとうって」

 やがて幽霊達は小悪魔の元を離れて、部屋の外へと飛び出していった。
 すぐに立ち上がり、幽霊達を追って小悪魔が部屋の外へ出る。私と閻魔も、その後を追った。
 明るい場所から、急に暗い場所へ。明るい場所に慣れた視界では、すぐには幽霊達を見つけることが出来なかった。
 少しの間目を閉じて、暗闇に慣らしてから目を開け、私の数歩前に立って上空を見つめている小悪魔を見た。
 彼女の視線を追うその先にある、白くて丸い幽霊の形。小さな幽霊2匹が、二まわり以上大きな1匹の幽霊に寄り添うように身体を預けていた。
 その正体がなんなのかは、考察せずともすぐにわかる。言うまでもない。

「よかった……」

 私の前のほうから、そんな言葉が聞こえたような気がした。
 幽霊達はこちらを一瞥し、その丸い身体をお辞儀をするかのようにゆっくりと傾けて。
 そして、ゆっくりとゆっくりと、私たちから遠ざかっていく。

 だんだん小さく……、だんだん暗く……。

 やがて図書館の闇にかき消されるように……いなくなった。
 その様子を私も小悪魔も、いつまでも眺めていた。幽霊達が消えた後も、ずっと。

「小悪魔さん」

 振り返ると、閻魔がいた。
 箱庭を手にしたまま、先ほどまでの鋭い視線が嘘であるかのような、暖かいまなざしとともに。

「この箱庭は、貴方が持っていてください。このカスミソウはあの子達が貴方へ送る精一杯のメッセージですから」

 閻魔が箱庭を差し出す。
 小悪魔は恐る恐る手を伸ばし、やがて、しっかりとその箱庭を受け取った。
 幽霊達が去った今でも、箱庭には真っ白なカスミソウが咲いている。

「私からも言わせてください。あの子達と一緒に過ごしてくれて、ありがとうございます」

 カスミソウは多年草。扱いを間違えなければ、その花は枯れることなくいつまでも咲き続ける。
 花に篭った感謝の気持ちも、いつまでもいつまでも、潰えることなくそこにあり続けるのだ。
 すうっと、閻魔の体が浮かび上がった。

「では、私は失礼します。彼岸へ向かう多くの罪人たちが私を待っていますから……小悪魔さん」

 最後に閻魔は小悪魔の名を呼んだ。
 そして、手に持った笏をびしっと突きつけ、静かに、厳かに言った。

「その優しさをいつまでも持ち続けること、それが今の貴方に積める善行よ」

 閻魔の姿も、あの幽霊達と同じように図書館の闇に消える。
 最後の最後で説教とは……。
 あの閻魔の変わり者具合は相当のものようね。

 ひとつ息をついて小悪魔を見る。
 白い大きな花だけが残った箱庭をきゅっと抱きしめて、目を瞑ったまま静かに微笑んでいた。
 彼女の心に浮かぶのは、あの幽霊達の思い出か、閻魔の最後の言葉か、はたまたそれ以外の何かか。
 どっちにしろ、私には知る由もないことであるのは確かだった。















 こんこん……

 ドアをノックする小さな木の音が、静かな図書館に響く。
 中から、小さくはぁ〜いと返事をする声。
 小悪魔はまだ眠っていないみたいだ。
 しばらく待っていると、カチャリと音がしてドアが開き、その隙間からオレンジ色の灯りが漏れてきた。
 そっと顔を覗かせる小悪魔。オレンジ色のパジャマに赤いカーディガンを羽織っている。
 眠そうに半分開いていた目は、私を見るなりぱっと大きく広がった。

「あら、パチュリー様。まだお休みになられていなかったのですね」
「そういうあなたもね。ちょっといいかしら? 『食べられる毒草』って本、確かあなたが借りていたわよね。あれを貸してほしいのだけれど」
「え? あ、あー、あれですか。それなら部屋に置いてありますよ。ただ、どこに置いたかまではちょっと……」
「呆れた。あなた、それでも司書の真似事をしている身なの?」
「えへへ……ちょっと、探してみますから、中に入ってお待ちください」

 小悪魔は罰が悪そうに苦笑いしつつ、私を部屋へと招き入れた。
 部屋に冷房の魔法がかけられているのか、図書館に比べて湿気が少なく涼しい気がした。
 壁に掛けられたランタンのオレンジ色の灯りが部屋全体をぼんやりと浮かび上がらせている。

「待ってくださいね。今、すぐに探しちゃいますから」

 小悪魔は私のすぐ横にある本棚の中をごそごそと探し始めた。
 私はその間、手持ちぶさたに部屋の中を見回している。

「あっれー? どこにやったかな?」

 思えば小悪魔の部屋の中に入ったのは、久しぶりだわ。
 あの幽霊騒ぎの時以来。
 部屋の中の様子をよく見ていたわけではないけれど、あのときと比べると家具の配置や本の量が少し変わっているような気がした。

「うーん、ここにあると思ったのに……」

 光も音もない図書館。その中では時すらも完全に制止しているように思えるけれど。
 こうして一歩外に出るとよくわかる。間違いなく時は進んでいるんだって。

「ここじゃないとすると……あ、もしかしたら!」

 ベッドの横の小さな台、その上に置かれた物を見て少し微笑み、そのまま視線を横にスライドさせると、小悪魔の机が見えた。
 その机の上には、どこかで見た覚えがある本が置いてあった。
 小さな鍵のついた目立たない臙脂色の表紙と白いタイトル文字の本。厚みはなく、本と言うよりノートと言った方が近いかもしれない。

「あ、あった! ありましたー! パチュリー様、ありましたよ……って何を読もうとしてるんですかー!」

 ちっ……。
 机の上の本をめくろうとしたら、小悪魔に見つかってしまった。
 慌てて飛んできてその本をかっさらい、自分の胸にかい抱く。

「そんなに慌てなくてもいいのに。それ、あなたの日記帳でしょう?」
「あ、はい。正確には1年前の日記帳です。机の中にずっとしまっておいた物を、さっきまでずっと読み返していました」

 日記帳を胸に抱きしめたまま、ふっと小悪魔が遠い目をした。

「あれから、もう1年ですよ。なんか思ってた以上にあっという間。あのときのこと、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。あの子達と過ごした日々が、つい昨日のことのように思えて、懐かしくて」
「そう……」

 私の目に、壁に掛かったカレンダーが映る。
 今日は8月12日。明日は迎えの盆。
 あの閻魔は今頃大忙しなのかもしれない、彼岸から此岸へと大量の幽霊が戻っていくのだから。
 その中には、もちろんあの幽霊達の姿も。

「あなたは明日から3日間ばかり暇をとるつもりなのかしら? あの幽霊達を探しに」
「あ、パチュリー様、鋭いですね。そうしようかなって、ちょっと思ったりもしました。でも、やっぱりやめました。だって私が休んでしまったら、パチュリー様に紅茶をお出しする人がいなくなってしまいますからね」

 含みを持った紅色の瞳が私を見た。口元は完全に笑っていた。
 なんかしゃくに障ったからジト目で見返してやると、ごまかすようにひらひらと手を振って苦笑い。
 でも、すぐに顔を元に戻して。

「それに、探しになんか行かなくても、あの子達にはまた会える気がします。だから、もし本当に会えたなら、そのときはいっぱい歓迎してあげようって思ってるんです」
「そう……」

 小悪魔がそう言うのであれば、私がしゃしゃり出る意味はない。そんなのは野暮ってものよ。
 後は小悪魔自身が信じた道を進んでいけばいい、私はそれをじっと見守るだけ。
 それが、主人と従者としてちょうどいい関係なのではないかと思う。

「会えるといいわね」
「はいっ!」

 机の引き出しを開けて、胸に抱いた日記帳をその中へしまい込む。
 そして、中に入っていた別の本を取り出すと机の上に置いた。
 臙脂色の表紙には白い文字で『小悪魔の日記ver.5』と書かれていた。

「あ、これ、パチュリー様が探してた本です。どうぞ」
「ありがとう」

 小悪魔から探していた本を受け取ると、もうここにいる理由がなくなる。
 だから、私はすぐに退散することにした。

「それじゃあ、戻るわね。寝る前に邪魔して悪かったわ」
「あ、パチュリー様」

 入り口のドアを開けようとした私に小悪魔が声をかける。
 まだなにか用があるのかしら?

「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何かしら? 手短にお願い」
「え、と……」

 もじもじと恥ずかしげに羽根や尻尾を動かしつつ、少しだけ言葉を捜すように間をおいた後。


「私、まだ優しさを持ったままでいられてますか?」


 小さな声で、そう尋ねた。

「普通じゃないの」
「うわ、即答ですか! しかもどうでもいい回答ですか!」
「いや、まぁ」

 だって、仕方がないじゃない。

「ひどいですよー! もっとちゃんと考えて……」
「でも……」

 私の答えはすでに決まっているのだから。

「あなた以上に優しい悪魔には、この方お目にかかれたことはないわね」
「え……」

 きょとんとしたまま固まる。何を言われたのか、まだわかっていないらしい。
 私が思い描いていた小悪魔の挙動があまりにそのままだったものだから、私はつい小さく声を出して笑ってしまった。

「くく……じゃあ、帰るわね」

 ドアを開けて、外へ出る私の後姿に。

「も、もうっ! パチュリー様ったらー!」

 ようやく私の言葉に気がついた小悪魔の、怒っているんだか笑っているんだかよくわからない声が響いた。

 ドアが閉まる前にちょっと振り返ってみると、ドアからもれる灯りとともにベッドの横にある台が見える。
 その上に置かれた小さな箱庭と満開のカスミソウが、私の心に懐かしさと暖かさを届けてくれる気がした。
小悪魔かわいいよ小悪魔!
そんな想いを詰めてみました。

こんな優しい悪魔が一人くらいいてもいいと思うのです。
papa
作品情報
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投稿日時:
2006/10/28 05:37:58
更新日時:
2006/11/22 07:51:42
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1. 8 as capable as a NAMELESS ■2006/10/28 16:39:24
「感謝」の二文字にはどうしても勝てない。
2. 2 反魂 ■2006/10/29 08:22:47
>そんな想いを詰めてみました。
すんげえ伝わりました。ビシビシ伝わりました。
捻くれの無い優しさ。温かくて良かったです。

※誤字 造詣→造形
3. 3 箱根細工 ■2006/10/29 17:02:58
映姫の絡みが強引過ぎに思えました。
4. 7 らくがん屋 ■2006/11/01 16:38:43
完成度が高く、箱庭の使い方が良く考えられている。
花言葉や盆絡みの展開など、凝った細部にいやらしさが感じられず好感が持てる。
5. 9 椒良徳 ■2006/11/03 12:38:14
ええ話や。こぁまじ良い娘。
6. 5 床間たろひ ■2006/11/04 01:32:46
映姫可愛いよ映姫!
はっ、思わず対抗してしまった。いや、良い小悪魔と映姫でしたw
ただまぁ少しダレ気味だったかと。書きたいものははっきりしているので、もう少し削れる部分を削ればもっと締まったと思います。
7. 9 爪影 ■2006/11/04 04:42:22
 あくまでも仲良くして下さい。
8. 8 Fimeria ■2006/11/05 14:13:14
悪魔らしくない悪魔も一人くらいならいてもいいですね。
あの箱庭からこのネタを想像できるとは、凄いなぁと思います。
私も、こんな物語が書けるようになりたいです……
9. 9 nn ■2006/11/05 23:10:27
長編な上に完成度が高い素晴らしい作品であると思います。特にこの暖かい雰囲気を作り上げたその力量に感服いたします。
10. 8 つくし ■2006/11/07 21:28:41
あふれんばかりにこぁ可愛いよこぁ! その情熱、しかと伝わりました。ここまで王道かつまっすぐなおはなしも貴重だと思うのです。
11. 3 おやつ ■2006/11/07 23:33:49
小悪魔かわいいよ小悪魔!
優しい悪魔はいつか良いお母さんになるでしょうねw
12. 7 2:23am ■2006/11/10 22:32:49
優しい、ということは同時に強い、ということでもあると思っているんですが、この小悪魔は強くもありますね。そこが実にいい。いいものを読ませていただきました。
13. 4 翔菜 ■2006/11/11 00:56:16
小悪魔優しいよ優しいよ小悪魔。
ただ、話の内容からして仕方なくもあるのですが、若干冗長だったかな、と。
14. 7 復路鵜 ■2006/11/11 20:20:01
これはまた優しい悪魔さんですね(ノ>ヮ<)ノ
読んでいておもわずしんみりとしました。
15. フリーレス サカタ ■2006/11/11 22:22:23
いい話でした。
もう少し練ったほうが話としては面白かったかなとも思います。結果が予想できてしまったので。
16. 5 匿名 ■2006/11/12 17:58:19
やさしい小悪魔が好きです
17. 7 たくじ ■2006/11/12 22:13:19
ありがちな展開だけど感動。カスミソウのくだりなんかはグッとくるものがありました。
でもちょっと東方色が薄いでしょうか。小悪魔はほとんどオリキャラみたいなものだと思っているので。
18. 5 藤村うー ■2006/11/13 02:13:48
 そも、小悪魔は基本的にこういう描かれ方をすることが多いような。確かに、この作品では優しすぎるというか甘すぎる傾向にありましたが。悪魔ぽくはないですね。
 それと、箱庭の中にカスミソウの種やら何やらが入ってたということなのでしょうか。彼岸花がそうだったのなら、いきなりカスミソウが生えてくるのもおかしな話で。野暮な指摘だとは思いますが、気になってしまったので……。
 あとは映姫が病院とか現代的なこと話し出すのはちょっと違和感が。知っていてもおかしくはないと思うのですけども。
19. 10 ■2006/11/15 16:47:59
実は、悪魔って結構人の心がわかる連中だったりします。何せ、もともと人間に影響され過ぎて天から墜落した天使やら、人の間にいた神様だったりするわけですから。
しかし、地獄に住み続けてもそれを保っていられるのはすごいことかと。そして、それだからこそこぁみたいなのは心底から優しいのでしょう。


…つまりはジーク・こぁ。ハイル・こぁ。あかん、涙が…。
20. 4 いむぜん ■2006/11/15 20:57:39
妖々夢咲夜Aエンドの箱庭冥界を拾い花映塚と合わせたネタ。
チョイスはいいと思う。
でも、映姫自らが霊魂の回収に来ることはないんじゃなかろうか。これは小町の仕事のような気がする。
あと映姫がいい人過ぎる、もっと容赦ないはず。
個人的に「小悪魔」と声に出して呼んでいるのには抵抗が。あと、匹で数えんなw
少女少女している小悪魔は悪くないけど……
21. 8 ABYSS ■2006/11/16 15:37:04
小悪魔かわいいよ小悪魔! 便乗してみました。
中身もいいですね。中心に据えた箱庭の幽霊もいい味出してます。
でもすこし長かった感じもします。途中でだれた部分もあったので。シェイプアップできたかもしれません。
22. 8 blankii ■2006/11/16 21:02:27
こぁ〜(泣 妖々夢エンディングの箱庭、すっかりと忘れていました。母性愛溢れる、こぁに乾杯。いや、御飯なら何杯でも御代わり可。
23. 8 雨虎 ■2006/11/17 02:22:34
小悪魔が可愛いのは勿論、パチュリーも良い立ち位置でした。
二人の関係はこういうのが一番好きですね。
内容も私好みな優しい話で良かったです。楽しめました。
24. 8 名前が無い程度の能力 ■2006/11/17 12:41:21
いやはやあの時の箱庭がこう使われるとは
25. 2 人比良 ■2006/11/17 20:14:03

ネタありき。
半霊なら隙間なく詰まるでしょう。素敵。
26. 6 しかばね ■2006/11/17 22:13:15
小悪魔、いいやつだなあ。
子供の幽霊も母親と再会できて何よりです。
ほのぼのさせて頂きました。
27. 7 K.M ■2006/11/17 22:13:45
あぁ、まったくもってかわいすぎですよこの小悪魔は。

もしかすると、「造詣」「多い尽くす」は誤字かな?
28. 7 目問 ■2006/11/17 22:15:19
 ここまで優しさの成分だけで構成された小悪魔というのも昨今珍しいかもしれません。そうでもないかもしれませんが。
 とても優しい話でした。ネタを引っ張ってきた箇所もよかったです。
29. 4 木村圭 ■2006/11/17 22:55:17
いい子だ……いい子すぎるぜ小悪魔ッ!
30. 7 灰次郎 ■2006/11/17 23:12:26
優しい小悪魔に優しくされたくなりました
31. 6 時計屋 ■2006/11/17 23:17:19
綺麗にまとまった良いSSだと思います。特に最後のシーンが印象的でした。
しかし日記を使って時間の経過と子悪魔の幽霊への愛情を表現した手法は悪くはなかったのですが、
最後の場面を演出するには、それだけでは不足のように思えました。
32. フリーレス papa ■2006/11/19 08:26:33
このSSを読んでいただきまして、ありがとうございます。
思った以上の好評が得られたようで、とてもうれしいです。
では、以下にいくつかのコメントに対する返答を書きます。

>「感謝」の二文字にはどうしても勝てない。
ありがとうって言葉は思っている以上に重要な言葉だと思います。

>誤字
……orz
修正しておきました。指摘された事項の他にもまだあるかもしれませんが……。

>映姫の絡みが強引過ぎ
>映姫自らが霊魂の回収
自ら幻想郷を回って、教えを守っているかを確認するくらいなので、こんな感じで幽霊達を迎えに行ってもおかしくないかなと。
あとは単に話の展開上の都合です。

>少しダレ気味
マジすいません……orz
どうも話を冗長に書く癖がついているらしくて。

>あくまでも仲良くして下さい。
仲良くしてあげてください。

>王道かつまっすぐなおはなし
>もう少し練ったほう…
シンプルでわかりやすい話作りがモットーなので、物足りない人にはそう感じてしまうかもしれないです。

>優しい悪魔はいつか良いお母さん
小悪魔は俺の嫁……ウソデス、ジョウダンデス。

>東方色が薄い
最初、小悪魔の一人称で話を書き綴ろうと思ったのですが、それでは少し東方色が薄かと思って、パチュリーの一人称に変更しました。それでもまだ薄味なのか否めませんが。

>箱庭の中にカスミソウの種
そこはそれ、幻想郷だからって事にしておいて下さい。

>映姫がいい人過ぎる
確かにこの話の中では優しすぎる感はありますね。ただ、僕の中では映姫の説教は優しさの一つと思っているので、どうも厳しくしにくいと言いますか……。

>ここまで優しさの成分だけで構成された小悪魔
文字通り小悪魔と言えるような、いたずらっ子なこぁもいいですが、僕の中ではやっぱり、この話のような優しい悪魔という印象が強いです。

>日記を使って
前述の小悪魔一人称の案では、一日一日をちゃんと描写していく予定でしたが、それだと話が長すぎて……。

良かったというコメントも、ここがちょっと……というコメントもこれからの励みになります。
SSを読んでくれた方、コンペ運営のスタッフの方、全ての方に感謝の言葉を。
ありがとうございました。
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