彼方より

作品集: 最新 投稿日時: 2006/10/28 08:58:32 更新日時: 2006/10/30 23:58:32 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
「とはいえだ」
 と霧雨魔理沙はおどけるように右手をひらひらとさせて、歩を合わせる鈴仙にシニカルな笑みを向ける。だからどうしたはよ帰れという顔をされて、魔理沙は視線を中空に泳がせた。
「なんだ……もうちょっと愛想良くしても、罰あたらんと思うがね、わたしは」
「できればとっとと帰って欲しいって私の気持ち、わかる?」
「照れるなよ。私、ますます頑張っちゃう」
「やかましい」
 静かな平面を延々と伸ばす板張りを歩く二人を追って穏やかな日差しが差し込み、その先に鬱蒼とした竹薮が遠くに見える。永遠亭はその名の通り、毛ほども変わらぬ姿を土台において、今日も一日を開始する。
 廊下に影を落とす魔法使いと月兎は、実のない会話をしながら、迷路のような廊下を行ったり来たりしながら目的の場所へ到着した。
 秋がようやくまどろみから目覚めて、ときたま吹く風がかすかに肌寒さを感じさせるような季節であり、そろそろ十五夜の月が昇ろうかと言うころである。
「何度も言うようだけど」と月兎が視線を険しくさせて魔女を見、
「あんまり大それたものもって行くんじゃないわよ? 師匠にはだまってやってるんだから」
「そんなこといわれてもなぁ。どちらかといえば私は手を打ってやるほうなんだが」
「あんたが! へんなことしたからでしょ!」
 耳をほじくって魔理沙は口笛を吹き、鈴仙は頭痛が痛いといった様子で人差し指をこめかみにやった。

二日前、永琳の使いで届け物に出された鈴仙に、魔理沙がちょっかいをかけた。声をかけただけだが、よくある幻想郷的展開の売り言葉に買い言葉で弾幕ごっこに発展してまった。いつになく調子のよい両者がルナティックな弾幕を撒き散らし、闇と光がなんどもまたたくなか、届け物の薬瓶が粉砕したのも気付かず鈴仙は魔弾と化した魔理沙を受け止め、
「しまったー!?」
 と悲痛な叫びを空に放った。
 あーあーやっちゃった私しーらない永琳にいいつけちゃろと永遠亭に向かう魔理沙に、師匠にはどうか内密にっつーかあんたのせいでしょあんたのと鈴仙は羽交い絞めにし、弾幕ごっこから口論へ発展したものはやがて取引へ移り、永遠亭の宝物をひとつ上げるから魔理沙が黙る、という結論に達した。あきらかに鈴仙が割を食っているが、もともと口の立つ魔理沙にいささか遠慮のある鈴仙ではよくもったほうである。
 そういうわけで、魔理沙は今、鈴仙がここならばれないでしょ……とめぼしをつけた宝物庫に案内されているところだった。

「げっほ! ごっほ! なに、この、」
「ひどい埃だな……豪雪注意って書いとけよ! げほ」
「仕方ないじゃない! こんなだなんて、私だって……」
 ここだと案内された扉を開けば、そこは埃の山だった。
 くるぶしさえ埋める灰色の絨毯はふたりの侵入によって急激な気流の変化を起こし、永年の静止を停止させる。唯一歩踏み込めば薄闇に固定していた世界は新しい色を添えて、ふわふわと綿菓子のように繊細に踊りだす。二人もぎゃあぎゃあと踊りだす。
 ひとときの狂乱を終え、魔理沙は改めて宝物庫を見渡した。
「しかしなんで家の中に蔵なんだ? 外に立てろよ、建築学的観点から」
「うーん。『別に家の中に蔵があってもいいじゃん』ぐらいの考えじゃないかな」
「さよか……いいよなぁ、空間弄れる連中は。すき放題やりすぎ。ちっとは自重しろってんだ」
「ねぇ蹴っていい?」
 などと微笑ましい会話をしながら、魔理沙はいそいそと薄暗い宝物の巣に潜っていく。手持ちぶたさな鈴仙は蝋燭に火を灯し、魔理沙がへんなことをしないように気を立てながらついていく。
 うっすらと蝋燭の明かりに照らし出された宝物庫は雑然と、しかし長年の静止から解除された微細な表情を陰の中から垣間見せる。
舌なめずりせんばかりの顔でそろそろ進む魔理沙は、無造作に詰まれた箱のようなものが封印処理を施されたものだと気付いている。マジックアイテム独特の魔力はそのせいで外に漏れず、蔵は水中に沈められたように見かけ上の平静を保っていた。魔理沙の感覚でも、中身がどのような品物なのかは判別しない。それはじつに不気味なことで、魔理沙は無意識にうなじをなでさすっていた。
「こりゃ、いささか面倒だな。なにが入っているのか皆目わからん。まさにあけてびっくり玉手箱の山」
「私も姫様から、宴の席で聞いただけだからね。どんなのがあるかまではちょっとわかんない」
「ふうん……。ま、いいや。手っ取り早く行こう」
「というと」
「この箱、封印が施されてるが、それでもわずかに魔力がもれているのがある。その漏れが、一番強いのを探すのさ」
 ふうん……と鈴仙は手近にある箱に手を伸ばしてみた。蓋は簡単にもちあがるように見える。開く。中には何の変哲も無いスパナがいくつか収められていた。
「魔力ねぇ……」
 蓋を戻し、首をめぐらしながら進む魔理沙にため息を一つついて、鈴仙は後を追った。
 奥へ、果ての見えない奥へと進んでいく。黙々と歩を進める魔理沙はもはや舞い上がる埃にも特別な反応を返さず、後ろを行く鈴仙はゆらゆらとゆれる蝋燭の火でちりちりと燃える埃たちに耳を済ませる。外部のおとはなにひとつなく、ただ二人がのそのそと進んでいく空気の流れだけがあった。
「これだな」
 と魔理沙は唐突に歩みを止めた。意識をそらしていた鈴仙はあやうく蝋燭を魔理沙にぶつけそうになり、そしらぬ振りをしてなにが、と聞く。
「なにがもはみごもあるか。これこれ、みろよこのマジックだだもれ具合。おもわず涎が」
「き、きたな」
「てめこの、場を和ませようと言う親切な気遣いをあだで返しやがって」
 魔理沙の目の前、唐突に現れた蔵の最奥、そこにぽつんと魔理沙の示す箱はあった。ほかと何の変わりも無い箱である。なんとなく鈴仙には馴染み深いものであるような気がするが、それが何なのかはわからない。ただ、たしかに、その箱から発せられる波長は周囲のものより強力であった。
「うーん……ほんとうにいいのかしらこれ……」
「何言ってるんだ、良いって言ったのはお前だぜ?」
「そらまぁそうなんだけど……いやいや、元はといえばあんたが原因じゃないの? なにナチュラルになすりつけてんの?」
「やだな……おまえってじつは粘着キャラだったのかよ……」
「どこの行間を読めばそうなるのよ!」
「まぁいいや。ともかく開けよう」
 いそいそと魔理沙は腰を下ろし、蓋に手をかけた。鈴仙がとめるまもなく、じつに不用意に、開く。
「う……?!」
 切られた封印の端から形容しがたい感触があふれ出てくる。魔理沙はすぐさま蓋を持つ手を離し、背後へと飛びずさった。だが一度切られた封印はもどらない。蓋はずりずりとその位置を動かし、いな、蓋の下、箱の中身が蓋を押しのけて、予想もつかない現象が立ち昇ろうとしている。
「ちょっと! 開けるならじぶん家でやってよ!」
「ばかやろ、これでも万全だったんだぞ……!?」
 そういい募る魔理沙の服のしたから、しゃらん、といくつもの護符やクリスタルの鳴る音がした。自宅から引っさげてきたアミュレットはしかし何の反応も返さない。首をかしげる魔理沙をよそに、あっというまに箱は解放された。
「「……」」
 開放された。
 二人は固唾を飲んで状況を見守る。が、それ以上の反応はなく、箱がただ、からん、と蓋を地に落としただけだった。
 ひんやりとした空気が二人を包み、舞い上がっていた埃がしずしずと降りてくる。細やかな雪のような。
「なに……」
「わからん……だが気をつけろ。まだ『居る』ぞ」
 ヴン……と羽虫のはためくような音をたてて、中空に二つの人影が現れた。ぱきぱきと霜を踏むような軽やかさとともにかたちを確定させ、ふたつは二人に現出した。
 霧雨魔理沙と、鈴仙・優曇華院・イナバである。
「はぁ?」と魔理沙は冬に蝉を見つけたような顔をし、
「へ?」と鈴仙はすっとんきょうな声を発する。

 その瞬間、二人、もともとからいる二人は、自らの体の異変に気付いた。自分が居る空間が圧縮されて密度を高くし、彼女たち自身の内側に引き込まれていく。ふたりに特異点が生まれる。二人の二組は互いに波長を干渉しあい、魔理沙と鈴仙は津波に巻き込まれた小船のように転覆する。ゆらゆらとともし火がうつす二人の影は消えて、もうひとりの自分、<魔理沙>と<鈴仙>にその真体を移動させられる。影は、真実の自分にしか現れない。魔理沙と鈴仙は自らの主体を失い、偽身と言い表すことのできる身になった。それは自分以外のすべての異変であった。
 ふ――と<魔理沙>と<鈴仙>が、かたや愉快そうな、かたや悲しそうな微笑をみせ、猛烈な空間歪曲爆発を引き起こした。狂眼により波長を爆発力に変調させ、八卦炉より魔力を変換、発火した膨大な熱量が空間を蝕んでいく。固定化されていた蔵は一般物理法則にひきもどされ、収束を開始、するまえに爆発に巻き込まれ、あまたの宝物とともに吹き飛ばされた。上辺が消え、空が日差しを降り注ぐ。そのむこうへ<魔理沙>と<鈴仙>は消えた。
 わずか一瞬のことである。その間を引き伸ばされた魔理沙と鈴仙は数々の対抗手段をすべて無効化された姿で、呆然とへたりこんでいた。

 ざわめきが森を伝っていく……夜雀のばちがいな歌が、聞こえる。





           *          *         *       *      *






 八意永琳は目の前で身を小さくしている弟子と、ぼりぼり頭を掻いている魔法使いをそれぞれみやり、重々しいため息をついた。ほとんどつかわれない客間に膝を下ろした三人は、面倒くさい空気に包まれて、それぞれが憂鬱になる。
 永遠亭はすこしばかり騒然となっていた。屋敷の一部が吹き飛んだのだから当然である。が、あまりに巨大すぎる世界は多少傷ついた程度では揺るがない。適当に掃除が終われば、忘れっぽい兎たちのざわめきは静まるだろう。
 内に棲むものにとっては、関係の無いことである。永遠亭の不動は永琳には伝わらない。もともと彼女たちはべつべつだったからで、永遠亭に影響の無いからといって彼女にも影響が無いとは言いがたい。
 つまるところ、
「馬鹿じゃない?」
 と開口一番に言うぐらい、永琳は怒っていた。
 ひゃああと鈴仙は頭を抱え、魔理沙は渋面でそっぽをむく。ものの、いごこち悪そうに身体を揺らし、
「いや……悪かったよ」
「まぁいいけど」
「あっさりしてるなぁ!?」
 やれやれと首を振る永琳に魔理沙は帰ろうかと思う。だらだらとした神社が恋しく思え、いやいやマイハウスだろ、と内心でつぶやく。
「師匠……その、黙ってたことは謝ります」
「え? ああ別にいいわよ蔵の中身のひとつやふたつ。まぁ黒白にタダで渡すのは癪だけど。それより今の状態のほうがよっぽど切羽詰ってるわ」
「と言うと?」
 永琳は悩ましげに人差し指をこみかみにあてて、
「貴方たちが開封したもの、たぶん姫の難題よ。永いことしまいこんでたからすっかり忘れてたわ」
「はぁ……」
「ふうん……何の難題だい」
「玉手箱」
「そんなもんまで持ってたのか。さすがに御伽噺の住人は違うな……」
 もとの態度に戻った魔理沙は大げさに肩をすくめる動作をして、興味深いな、と目を細める。
「まぁ、そのはずなんだけどね」
「……? なんでそこで歯切れ悪くなるんだ?」
「玉手箱が分身を作るなんて思っても見なかったわ。なにそれ? どういう効果?」
「わ、私に聞かれてもこまるって。あんたらの専門だろう、持ち主なんだから」
「悪いけど曰く謂れ効果もろもろは姫よりハクタクのほうが詳しいわよ? あっちは本職なんだから」
「じゃあ聞けよ」
「だからって私が分からないわけないじゃない。天才舐めるんじゃないわよ」
「さ、さすがです師匠」
「どっちだよ……」
 面倒くさそうに魔理沙は天井を仰ぐ。木目があるところでは大胆に、あるところでは細やかに入り乱れているのが美しい。渦を巻く視界の中で、魔理沙はそうするつもりもないのに影を思った。自分から離れていった影を。
「貴女たちの言っていたのを総合すると」
 と永琳はゆったりと編んだ銀髪を梳きながら、
「おそらくそれはあなたたち自身よ。なんの誇張もなく、混じりけの無い、あなたたち。でなければ影は取り付かないわ」
「うむ……影とは私たちの真実の姿、象徴と言ってもいい。影があるからこそ本当の自分として成り立つし、影がなければそれは偽者になる。そういう話だな」
「玉手箱からでてきたあなたたち、アバターとでも呼ぼうかしら? 彼女らはあなたたちの影を受けた。だからあなたたちに擬態……いや、あなたたちの真体になった。いまのあなたたちは、偽者よ。なんの影響も及ぼせない。まさに、陽炎」
「どうすればいい。影縫いしてもあちらさんがどういうもんなのかわからん以上、ドッペルゲンゲルは鏡の中から現れたままだ。アリスにどうにかしてもらうとか、そういう童話的な方法か?」
「それもいいかも。ただ、さっきもいったけど切羽詰ってるのよ。たとえ本質的に影が一つであろうとも、見かけ上あなたたちは二人いることになる。情報的に齟齬が生じるわ。打ち消しあうのか乗算されるのかわからないけど、どちらにせよプラスマイナスに無限大の情報量が加算されることになる。そのうち結界が負の方向性に耐え切れずゲシュタルト崩壊を起こすか正に膨張して宇宙ができるわ」
「そうなる前に、霊夢がどうにかするさ。もちろん私だって黙ってないぜ?」
「あ、私も」
「まぁ……その前にもうひとりでてくるでしょうけど」
 永琳は梳く手を止めて何か思うところあるように片目を閉じる。そうしてくるくるとなにかをさがすかのように人差し指を宙に回して、ぴしっと空間の一点をさした。
「そこね!」
 怪訝な顔をする魔理沙と鈴仙の真後ろで、
「わあ正解」
「うおっ」
「わあっ」
 八雲紫が中空に引かれた隙間から頭だけを覗かせていた。豪奢な金髪が寝癖で飛び跳ね、目やにのついた目元はしょぼしょぼ、口元には涎のあとがついているのが見える。ぺちっと間の抜けたくしゃみを一つ。御約束のように飛び上がった魔理沙と鈴仙は鏡のように同じ体勢でしりもちをつき、ずるりと隙間から身体を出す紫はそのままたたみに頭をぶつける。隙間から式の怒声とともに手が伸びて紫の首根っこをつかみ、引き戻し、紫は姿を消した。
一分ほど経ってから、いつものようにきちっと胡散臭い衣装と胡散臭い雰囲気をまとって、こんどこそ、八雲紫が現れた。すでにやる気下降中の魔理沙は半眼で耳の穴をかっぽじっており、鈴仙は見てはいけないものを見てしまったようにあさっての方向をむいている。
ひとり紫の狂態をスルーした永琳はやっと来たかという顔をして、
「あいもかわらずいい加減ねぇ。肉が垂れるわよ」
「うふふ、私にかかれば脂肪の一つや二つ」
「ちぎっては投げって? やれやれ……っは!」
「なにその笑い。いいのよ自分の力でナイスバディを保ってるんだから」
「はいはい定型な妖怪の言い訳」
「ふん……!」
「っは……!」
「なあ兎よ。なんでこの二人はこんなになか良さそうなんだ?」
「知らないわよ……」
 ともあれと姿勢を正した永琳と、ごそごそと畳に座った紫で車座に座り、ぱんぱんと永琳が二度手のひらを打つ。
「というわけで」
「どういうわけだ」
「御約束ありがと。八雲の、いまどうなってる?」
「雀が騒いでいるわ」
「雀? ああ、葛篭とも関係してたのね。まぁ、そっちは巫女がどうにかするでしょう。貴方たちはアバターをどうにかしなさい」
「どうにかするって……簡単に言ってくれるなぁ。いまお手上げだって言ったとこだぜ?」
「まぁぶっとばせばいいんじゃない?」
「お前もう考える気無いだろ……」
 ともかく、と魔理沙は傍らの箒を掴み、外へ出ようとする。鈴仙はあわてたように後を追う。
「あてにならんのなら、それもいい。どうにかするさ」
「え……あ、どうするのよ?」
「見つけ出して、ぶっとばす。なんの断りもなく私が二人いるなんて胸糞悪い。しかもこの私が偽者だって? こいつは海よりも広い心の魔理沙さんでもプッツンだぜ。人の影持っていきやがって。跡形もなくきれいさっぱり何の憂いも無く究極的に消し飛ばしてやる」
「わかってたけど、あんたも大概単純よね」
「いやいや鈴仙くん、これでいいんだ。あいつが私だというのなら、もっともいいのはどちらかが消えることだ。それも物理的な意味で。それで、納得する」
「納得?」
「そうさ、一番大事なのは、納得することさ。理解ではなく。理解してしまえばそれは私自身になってしまう。本質的な意味ではなく、思弁的な意味でな。それは許せん。納得してしまえばあとはどうにでもなればいい。納得というのは、それに関係する何もかもを承知することだ。そこには自分の消滅も含まれる。あいつが私だというなら、そう考えるはずだ。納得したものに慣習的な作用は意味を成さない。意思が、そうさせない。方式なんてくそくらえ、これは私とあいつの話だ。私さえいればなんとでもなる。私がルールだ」
 アバターを認めないと言っておきながら、そのアバターを自分と同じように考える魔理沙に鈴仙は不安を覚えた。自分という他者をそこまで信頼するのは、人の身では重過ぎないだろうか。
 魔理沙だから――と考えるのが一番正しいように思える。そういう考えが許せるような姿勢を魔理沙は持っていた。魔法使いという理性的な職業だから、というのもある。無茶無理無謀の見切り発進ではないのだ。確実な計算の元、自らを賭けている。自分自身を賭けるというのは、鈴仙には難しい概念だった。
「お前はどうする? そのまま永琳が名案を浮かべるのを待つか、このまま偽身のままでいるのか。いっしょにやつらを蹴りだすのもいいな。まあ、どうなるかはわからんけど。どちらにせよ私は勝手にやる。お前のアバターなんか知らん」
 小さく笑いながら魔理沙は意地悪な質問をする。魔理沙はすでにやることを決めており、もはやいまここにいる連中を当てにしては居ない。
 鈴仙は一度永琳を振り返った。丁度そのとき、永琳の背後のふすまが音もなく開き、麗しい黒髪と着物の裾を引きずりながら、蓬莱山輝夜が入ってきた。
「あ、姫様」
「あら姫」
「あはんお姫様」
「やあ純和風引きこもり」
 最後の台詞に約二名から物理的な突っ込みが入る。
「ってぇ! やめろよちょっとフランクな挨拶だろ!?」
「あー別にいいわよ二人とも。今度剥くから」
「そっちのほうが怖いな!?」
 それでー、と永琳の敷いた座布団に座り、漆黒の大理石のような瞳を一堂に巡らせる。最後に自分の従者に視線を止め、よくわからない微笑を浮かべた。
「永琳、私は玉手箱なんて持ってないわよ?」
「え?」
「あれはあなたとイナバの領分でしょう。わたし、しーらない」
 ふふふとなんとも可笑しそうな笑い声を上げる輝夜に、鈴仙は戸惑いを浮かべ、永琳は思案顔になる。紫は豪奢な扇子を取り出して仰ぎ、涼しい顔で何も考えていない。
「……ま、なんか進展が在ったら教えてくれ。私はいく」
「ええ、いってらっしゃい。場所はわかるの?」
「……は」
 魔法使いは笑みを深くさせ、瞳を煌かせた。どこか遠くを見るような、しかし目前の獲物に向かって照準を合わせる狩人のように。
「霊夢じゃないが、勘だな。それで十分だ。相手は私だぜ?」
「ならいいわね」
「いいのさ。じゃあな」
 ひらひらと片手を振って、魔理沙はふすまの向こうに消えた。少しして、魔力の咆哮が遠くに響く。魔法使いは幻想の空へと舞い上がった。
「ふむ。あちらはあれでいいとして……兎ちゃんはどうするのかしら、八の字」
「なにその呼び方。最悪」
「やだ、もう、えーりんちゃんったら、いやぁん」
 タンゴを踊る豚でもみるかのような視線を感じて、紫は静かに扇子で顔を隠す。正直外したと自分で思うが、やってしまったことは変えられない。
 鈴仙のアバターもそういうものだった。開いてしまったことを後悔しても、それはすでに手直しの聞かない確定してしまったもので、受け入れなければいけないものだった。過去を変えられるのは時間軸を無視することの出来るものだけだ。メイドではない鈴仙に出来ることではない。いまの現状から行動を起こさねばならなかった。
 たいがいのことはそういうものだ。どこかに原因があるわけではない。過去という線上の動きがそのまま今に繋がっているだけである。今、とは、その運動を変えることである。それで、未来は変わる。幻想郷であろうと、月面であろうと、それは変わることの無い不変の定理だった。
「なにもしない、という選択肢もあるのよ鈴仙」
「師匠」
「静観するということね。覚えておきなさい、我武者羅に動くのは運命を乱す。喜ぶのはお子様だけよ……思い出したわ。あれは、鈴仙、魔理沙が開いたのは、貴女よ」
 やれやれというように腕を組んだ永琳は少し怒った顔で自らの主人をにらむ。輝夜は知らないわよという表情であくびをした。
「わたし?」
「正確にはあなたの近未来予測装置ね。それの大元である月面防衛隊の資金管理用巻尺。かなり初期の……たぶん、わたしのご先祖様がくみ上げたんでしょう。ネガ渦動に廃棄したと聞いたけど、原形を留めているとは運のいい」
「なんでそんなものが」
「あれは情報処理体よ。放棄された後も、活動を続けていたんでしょうね。オメガと呼ばれていたあれは軍資金を円滑に管理するために長期的な未来予測装置を組み込まれていた。というより、そちらが本分ね。当時の月面防衛隊は月面世界の円熟した技術力で最終結論的な装備を開発していた。技術の結晶である未来予測技術もまずオメガで試され、そして装備に組み込まれた。鈴仙、あなたたちとして。オメガはあなたの過去よ」
「過去、ですか。私の近未来予測装置は封印状態にあります。でも、装備している、ということは変わらない」
「過去は、幻想」
 紫は静かに口を開く。
「そのようね」
 永琳は当然のように同意する。
「ネガ空間では時間は空間との軸が捩れ合い、我々から見てマイナスの方向に流れている。廃棄され、そのなかで奇跡的に原形をとどめ活動していたオメガは、現実から廃棄された幻想だった。ネガ空間の中で貴女がここに来ることを予測したと思われるわ。そして近距離未来予測能力という繋がりをたどって、ここへきた。幻想郷へ。封じていた蓋を開いたことによって、内側に向かっていた方向性が逆転したのね」
「師匠、理由の説明になっていません。なぜそんなものがここに」
「幻想だからよ。そうね、八雲の」
「ええ、忘却へ放り込まれたものの行き着く果てだもの。私はそうしているわ。月面のものがこちらに流れ着いたのは、兎ちゃんがいるからかしらね」
「月には……まだ、私の姉妹が居ますけど」
「貴女はもはや彼女たちではない。鈴仙・優曇華院・イナバという、個性を確立している。それは幻想の存在よ。――姫、玉手箱を持ってないだなんて、大嘘じゃないですか。私仕舞った覚えがありますよ、たしかに」
「あーそういえばそうかも。でもちょっと臭かったのよあれ」
「納得しました」
「玉手箱は二つある。ひとつは宝で、もうひとつは吃驚箱。オメガなるものは宝をそろばん勘定する玉手箱だったわけねぇ」
「アバターは、吃驚箱ね。確定されていない未来から呼び出された貴方たち。なぜ魔理沙なのか、なぜウドンゲなのかは、開いた瞬間に立ち会ったことが原因でしょう。高密度の計算力が二人を召喚したのね」
 ふと鈴仙はオメガの旅路を思った。色彩の無い捻じ曲がったネガ空間を、たったひとつだけ漂う構造体。未来からも過去からも分断され、ただ身のうちにだけ在る今を計算しつづける。情報は膨大になり、しかし記録装置は有限で、それでも無意味な活動を黙々とこなしている姿を。
 オメガはだれかに情報を引き出して欲しいのだと鈴仙は思う。みずからの計算結果を動力に変えて永遠に動くのではなく、道具としての本分を果たすべく。不要とされた月面では不可能なことだった。月面の過去へ出現しようとしてももはやなんの取っ掛かりも無い。いまだに月面に張られた結界は、幻想ではなく、現実だった。時間軸の不安定なオメガが出現しなかったということは、遠からず月面結界は現実的に消えるのだろう。その流れは決定的なもので、であるからこそ、オメガは幻想郷へ来たのだ。月面兵器でありながら姉妹との絆を断ち切り、地表へと降りた鈴仙をたどって。
「で、どうするの? 私が隙間に放り込んでもいいけど」
「手っ取り早くていいわね。魔理沙の言葉を借りるなら、それでは納得しないわ。こでものまま幻想郷なる結界が無くなるのは、私たちにとっても愉快なことではないし」
「では――」
「本物の吃驚箱を開く。構いませんね、姫」
「よしなに」
「ではそのように。……ウドンゲ、あなたはどうしたいの?」
「は、……私ですか」
 寄越された質問に、空想を旅していた鈴仙はすぐさま答えを返せない。していなければ、すぐ返事を返せただろう。だがオメガの旅路を夢想した鈴仙はどうすればいいのか判断が着かない。一瞬だけの思いが鈴仙を縛ってしまった。それは過去からの呪縛に似ている。
「これは、言ってしまえば私たちの問題ではない。貴女と魔理沙の問題よ。魔理沙は自分を信じて行動し、貴女は判断するべき情報を得た。なにをするにせよ、あなたの意見を尊重するべきだと私は思う……まぁどうあってもオメガは破壊するけど」
 決定権を預けられたというよりは、引き金を預けられたといったほうがよかった。用意はすぐに整い、あとは鈴仙の意思次第である。
 破壊するということは、幻想になったものを消去するということだ。幻想からも否定されて、真実、無に還る。それがいい事かどうかはわからない。幻想郷がなにもかもの最果てならば、オメガがここに居てはならないはずが無い。あの、悠久を彷徨っていたオメガがようやくたどり着いた世界なのだ。そう、オメガは鈴仙と同じだった。月面から不要とされたか、誰かの意思かの違いはあれ、こうして幻想郷へたどり着いた。活動を止めるまでの間、ここは永住の地になりえただろう。それを、同じような鈴仙が破壊していいのか。
 破壊するとしても、オメガはアバターと化して居る。真体を手に入れ、未来の鈴仙であるオメガ・アバターは実際とんでもない脅威である。影を奪われ影響力を無くした鈴仙の現状では厳しいものがあった。
 なぜ、オメガはアバターと化したのか……アバターという力を持って、オメガは自らの存在を守ろうと、脅威に対しているのか。誰ともわからぬ敵にむけて。
 そうであるならば、オメガは幻想的に敵といえた。敵は幻想郷に存在しえない。人と妖怪は脅威の関係であって、明確に敵とは位置づけられていないていどに、あいまいなのだ。対立しあうのではなく、明確な線引きはなく、であれば、オメガは幻想郷の敵だった。敵は、現実にしか居ない。
 オメガと私は同じではない、と鈴仙は気づいた。
 鈴仙は幻想郷になじんだ。オメガは幻想郷で異質になった。観測者を求めたオメガは、その観測者を敵とし、観測者によって破壊される。
 破壊せねばならない、と鈴仙は結論する。現在を破壊する意思を持つものを幻想郷はゆいいつ、否定する。現実を否定してできたのが幻想郷だった。そしてそれを破壊するのは、いま、鈴仙と魔理沙の役目だ。けっして定まらないはずの未来と変えることのできない過去がそうさせる。悲しくもあり、怒りもあり、義務もあり、なによりそれは権利だった。八意永琳が鈴仙にあずけた引き金を引く権利。すでに魔理沙は魔弾と化して、自らに決着をつけに行った。それがもっとも正しかったのだ。ドッペルゲンゲルは他者にどうにかしてもらうものではなく、自らがどうにかするものであれば、鈴仙は永琳に向かって結論を伝えた。
 永琳は軽くうなずき、
「わかったわ。
――ではパンドラを開きましょう。オメガの片割れ、巨大で陰湿なる希望のアルファを」








  *          *        *        *         *          *











 びょうびょうと風を切って魔理沙は翔ける。薄雲の下、瞬きのうちに後方に飛びずさっていく彼らを置いて、魔法使いは舞踏会にでも行くように身を飾っていた。
 日差しが時たま高高度の雲に隠れて魔理沙が影に入り、また日差しを受けて金髪が蜂蜜のような輝きを取り戻す。そこに影は映らず、魔理沙は唯一風だけが友だった。
 遠くには雲上にまで身を伸ばす山脈があり、そして眼下、ひたすらに続く森林には、無数の虫のような影が木々を覆っていた。
「むかし、むかしのことじゃった」
 芝居じみた口調で、雲と風に聞かせるように魔理沙はつぶやく。
「あるところに人のいいじいさんと人の悪いばあさんと、一匹の雀が住んでおった。あるとき洗濯物の糊を雀が全部食べてしまった。怒ったばあさんは雀の舌をちょんぎり、雀はどこかへいってしまう。爺さんが雀を探して四苦八苦し、ようやく雀をみつけると、雀は雀の館に戻っていた。館で歓待を受け、雀が無事であることに満足したじいさんは帰ろうとする。そのとき大きな箱と小さな箱のどちらかをもっていってくれといわれたじいさんは、腰が悪いからと言って小さな箱を持って帰った。家に帰って開けてみれば、そこには金銀財宝。ばあさんは、大きな箱を持って帰れば、もっとたくさん宝が手に入ったのに、とじいさんをののしり、あくる日自分でそうせんと雀の館に押し入った。首尾よくおおきな箱を持って帰ったばあさんは、帰り道でへとへとになり、箱を開けてみようと考え、そうする。しかしおどろくなかれ、ばあさんが開いた箱からは、有象無象の化生たちがぞくぞくと現れてきたではないか。腰を抜かしたばあさんは矛盾があるが脱兎の勢いで逃げ、ほうほうのていで家に逃げ帰ったという。――温情をたたえ、強欲を戒める、むかしむかしのおはなしだ」
 どうだい――と、魔理沙は声を大きくして、上空を振り仰いだ。
「ありゃあ玉手箱らしい。大きいのか小さいのかはしらんが。私なら大きい箱を選ぶね! 大きいほうに、化生だけ入っている道理はないからな!」
 そうして響いた声に反応したかのように、雲の上、さんさんと降り注ぐ日差しの中心から、ゆっくりと少女は降りてきた。太陽の中心、アマテラスを背にして、なんの気負いもなく、いつも通りの表情で。右手の払い串をゆるく風に舞わせ、紅白の巫女服が黒髪の主を影から取り払い、魔理沙の隣に少女は並ぶ。博麗神社の巫女、博麗霊夢。霊夢は乱れる前髪を左手でかきあげ、
「玉手箱は浦島太郎でしょうが。なんで舌切り雀と混ざってるのよ」
「そりゃお前、この一件が、箱、だからさ」
「どういうこと? ああ、今日はいい天気だから布団干そうと思ってたのに」
 魔理沙は自らの身に起きたことを大げさな身振り手振りで霊夢に話す。そして話の最後に、というわけで頼んだ、と付け加えた。
「……っは」
「……おいいま寝てなかったか」
「あ、うん。ううん? うん」
「聞いてなかったな。まあいいや、うんって言ったな。よろしく」
「え? あ?」
「いつも通り適当にいってくれや。それでいいってことさ」
「ああ、うん……よくわかんないわねぇ。とにかく原因ぶっとばせばいいんでしょ」
「お前も大概大雑把だな。……んん! なんだか聞き覚えのある台詞だ。魔理沙さん、痛恨のミスだな」
 そうこうしている間も、眼下の影は密度を増していく。四方八方から、文字通り大地を埋め尽くすようにみえる羽虫のような、それは無数の雀だった。いったいどこからこれだけの数が出てきたのか、神社のほうから、紅い屋敷のほうから、山脈から、人里から、数限りない雀が、ある一点を目指してその翼を羽ばたかせていた。
 霊夢は雀の集うある一点を指し示し、
「あそこに集まってるみたい……あれかな? この腹立つやかましさの原因は」
「だろうなぁ。なんだ、霊夢に任せなくてもよかったじゃないか。これなら適当にとんでれば見つかったな」 
「人の清清しい朝を台無しにしてくれて、あの雀ども。勘弁ならないわ。全部手羽先にしてやる」
「怖いな。あとで鰻を食いに行こう。きっと夜雀もてぐすね引いて待ってるよ」
「あんたの奢りね」
「お前にツケとくよ。じゃあ行こうか」
「行きましょ」
 かるく弧を描いて、二人は高度を下げる。寄り集まった雀たちはやがて自らの身体で巨大な館を作り、そこへ、二人は飛び込んでいく。羽音と鳴き声の嵐の中を、巫女と魔法使いがおおらかな軌跡で往く。







*               *             *                   *







 準備はすぐに完了した。召喚されたアルファは鈴仙に装備され、月兎はアルファを自分になじませる。影がない分の影響力は、これでまかなえることになった。同調完了。
「アバター・オメガの場所は、あなたしか判らないわ。とはいえ、予測は出来る。玉手箱であり雀の葛篭でもあるアルファは、その宝物の形をとっている以上それらの謂れに規定される。玉手箱としての姿がアバターならば、小さな葛篭としての姿を探せばいい……まあ、たぶんすぐ見つかるわ。八雲のだって居るし。あーほんとうに便利ね隙間ドア。頂戴」
「い、いやよ、なに言ってるのよ」
「ケチ……」
「うわそれはないない……あれ? 宇宙人的にはアリなの?」
「ええと、なにが駄目なのかさっぱり……」
「というか貴女が駄目なんじゃない? センス的に」
「これだからぐうたらは……」
 非難轟々である。いつになくうろたえる紫を無視して永琳は鈴仙に向き直る。
「たぶん、あなたのアバターと魔理沙のアバターは一緒でしょう。けれどあっちは放っておきなさい。八雲のの話を聞けば、巫女が出てくるでしょうし。あなたはあなただけを見て。でないと狂うわよ」
「はい」
「ま、適当にぶっとばしてきなさい。私たちが手を出すのはここまで。あと始末は自分で」
「はい」
「八雲の、カモーンオープン隙間」
「よばれてとびでてジャジャッジャーン、クール直行便いっちょー! ……え? さっきのアリでこれは駄目なの……?」
 目の前にあらわれた等身大の隙間は色がなく、鏡のように静かに口を開いている。鈴仙はひとつ深呼吸をすると、なにも言わずに身を躍らせた。
 ローファーが隙間の湖面に消えて、鈴仙は発った。それと同時にいっきにだらけた紫と永琳はもとからだらけている輝夜を交えて、しばらく寒天のようにひっくり返る。








*       *        *               *







 ちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅん

「だああああああうるせぇぇぇぇ」
 耳に響く鳴き声は雷雨に響く轟雷の如く、天を割る咆哮地を打つ雷鳴、いつまでも鳴り止むことの無い卑小な雀の無数に重なり合い、混ざり合った姿は、それが一個の巨大な生命体であるような錯覚を魔理沙に覚えさせた。巨大な館は脈動する。雀と言う構成材料で形作られた館は、雀以外のものに対して敵対していた。
 稲光は鎌鼬、雀の翼が空を切る、それが十重二十重に重なり合い、バタフライ効果的に巨大な横殴りの竜巻となって魔理沙と霊夢を襲う。数億、数十億の敵意に晒されて、二人はしかし意気を減じていなかった。
「しゃらくせぇ!」
 影と影響力を失った魔理沙が飛ぶ。スーパー・ソニック・ショック・ウェーブが魔理沙の周囲を何度も弾け、一対の宝玉と一本の箒だけを頼りに魔法使いは飛ぶ。ただひたすらに速く、ただ我武者羅に速く、ただ狂おしそうに速く。それだけが今の彼女に出来ることだった。魔砲は使えず、魔力は意味を成さず、それでもなお残っているのが速さだった。影響力を無くすとは意思あるものに干渉しにくいと言うだけだ。魔砲はすべてに影響する。速さは、関係ない。
 ただひたすらに飛ぶのだ。そう、いまは一人ではない。たった一人で飛んでいるのではない。
「ふん!」
 心底面倒くさそうな鼻息を立てて、博麗霊夢が竜巻の中心に飛び込んだ。そのまま表情も変えずに突き進む。魔理沙は竜巻の外側を旋回するように霊夢を追い、雀が狂乱的な鳴き声をあげるのを止めさせる。音を置き去りに、魔理沙はみたび風の世界の向こう側へ往く。すべての光景が背後へ移り変わり、大地とした竜巻の表面もまた雲のような密度を持っているように見える。そこをただひたすらに魔理沙は飛んだ。
 背後で、霊夢が放つ符術の爆音が聞こえる。やがてそれは超高速移動する魔理沙のすぐ背後にまで迫り、吹き飛ばされた雀たちが伸びる世界にわずかに入ってきた。空間の裏道を渡りながら、霊夢はまったく容赦なく目の前の障害を排除していく。
 それも当然だった。雀は敵意を隠そうともせず、それは幻想郷には不要なものだった。あってはならないものを目の前にして、博麗の巫女が黙っているわけがない。光り輝く光球は幾度となく館を吹き飛ばし、立ち昇る呪法結界の柱は中空も大地も同じように焼き尽くす。無限枚数ほどもあるのではないかという御札は霊夢の左手から一時も休まることなくまろびでて、博麗霊夢はなんだかいつもの魔理沙のようだった。そう二人は同時におもい、同じタイミングでくすりとわらう。
 竜巻はやがて終わりを告げ、二人は大きく開いた空間へ到達する。相変わらず雀はやかましく、羽音は五月蝿いが、ここではいささかそれが減じているように思える。
「ボス部屋だな」
「みたいね。やっぱり私の勘は当たったわ」
 そう、巨大な、館に比例しても巨大な空間の中心に、彼女たちはいた。アバター魔理沙、アバター鈴仙。そして、
「っは……! おいおい、主人はお前かよ」
 ミスティア・ローレライ。葛篭を渡す、館の主。雀と同じようにただ歌う夜雀の歌姫はなにもみておらず、ただ歌うことのみに腐心していた。今の彼女は八目鰻屋の店主ではなく、歌声で幸福と死に至らしめる存在だった。
「なるほど、やつらの当てられた役割は玉手箱と雀の葛篭。玉手箱があの姿なら、さしずめこれは舌切り雀の姿か……ミスティアって、もしかしたら舌切り雀なのかいね?」
「知らないわよ。それより、あんた、どうするの? いつもの勢いが無いじゃない」
「いっただろう影が無いって。単純に言えば私は今大幅な戦力低下を起こしている。夜雀一匹相手にするのもめんどうだ」
「あ? とっとと帰りなさい。なにしにきたのよ」
「お前はほんとうに話聞いてなかったのな。大丈夫さ、私をだれだと思ってやがる」
 魔理沙は腰元のカードホルダーからすべてのカードを引き抜いた。五十三枚の四色のスペル・カード。軽やかに空へ投げれば意思あれかしと宙を舞い、魔理沙の周囲を取り囲む。
「魔法使いは用意する。魔法使いは準備する。無数の現象に対してすべてに対抗手段を打っておく。霊夢、この程度のことなんて、私は十年前に想定しているぜ」
「はあん。まぁつまり」
「ああ、つまり」
 ふたりはついっと顔を向けた。みえるのはこちらへと弾幕を形作るふたりのアバターと一匹の夜雀。ミスティア・ローレライは意識などもう持っていないだろう。彼女はまさにローレライとしての姿を強くしている。ミスティアという、人に似た 部分は消えていた。
 ためらうことは無い。弾幕ごっこは少女たちの解決手段だ。アバターは、それに乗った。あとは乗り返すだけだ。
「「ぶっとばせばいいわけね」」
 紅白と白黒は弾幕ごっこを開始した。










*        *        *      *       *     *        *      *







 飛び込んだ隙間はタールのようにおぞましく、しかし真実はなにもない場所だった。なにもない。時間も、空間も、それらは隙間以外のもので、境界自体である隙間の中にそんなものあるはずがない。
 これは幻影だ、と鈴仙は思考する。そのようなものはネガ空間しかない。隙間がネガ空間であったなら、八雲紫はオメガの存在を知っていたことになり、それではさっきの動作が矛盾した。それを楽しんでいたのかもしれないが、違う、と鈴仙は感じる。隙間はネガ空間ではない。マイナス方向に逆流しているネガ空間と、正方向に進んでいる隙間では、根本的に違う。
 アルファの、夢なのか。
 鈴仙に装備されたアルファはその機能を十全に発揮できる状態にある。すなわち、鈴仙の中枢思考回路および近未来予測装置とダイレクトに繋がっていた。アルファに影響された予測装置が中枢思考回路に影響を与えているのだろうか。
 一面の闇は闇ですらなく、しかし視覚的に暗黒、波長的にフラットな状態で、これは死んでいるのと同じであった。鈴仙以外が死んでいる。世界が凍っているのだ。しかし鈴仙には判る、この世界は、復活を望んでいる。すべてが死に絶えながら、どこともしれぬその場所は誰とも知れぬ鈴仙に、波長ではなく、調査でもなく、ましてや消え去った閾下情報連想機能でもない。肌で感じるとか、空気を読むとか、そういったレベルで鈴仙は把握した。
パンドラの箱にはあまたの悪しき祈りが篭っており、ふたたび封じたその中にはただひとつ、希望だけが残っていたと言う。人に真なる身を隠し、希望という絶望を与えるコインのような存在。悪辣な、アルファはこの世界の希望だった。
(それがどうした――)
 と鈴仙は思う。
(いまは、あなたのことを考えている余裕はない。わたしに従え、アルファ。コマンドを停止せよ)
 ふっと空間は消え、鈴仙はひかりに包まれた。眼球部の輝度調整機能が自動的に起動し、鈴仙はそくざに自分の位置を認識。
 そこは雀の屋敷だった。巨大な部屋を億か兆かといわんばかりの雀が形作り、そのなかで、五つの姿が華麗な機動を見せていた。そのうちの一体が鈴仙のアバターだとすぐさま認識できる。
 もはや鈴仙は言葉を発さなかった。格好をつけた台詞は用意してあったがそれは自分が言うべきものではない。自分とアルファが言うべきもので、いまだにアルファは鈴仙の中枢思考回路に手を伸ばそうとしている。邪魔である。だから、無言で行った。
 巨大なロジカルブースターの紅い推進炎が雀の館の天を焦がす。一挙に最高速度へと到達した鈴仙は照準をアバター鈴仙に合わせ、
「こっちだ!」
弾幕展開をスタート。アルファ両脇から総計二百発近いマイクロメディカルブレッドがいっせいに発射され、直線的に、曲線的に、しかしながら確実にアバター鈴仙へと向かう。察知したアバター鈴仙は中空を跳ね回って回避行動に移り、全MMBを回避する。そこへ鈴仙の狂眼発動。ローカル帯にストックされていた三次元干渉波長をMMBに発振し、すべての弾丸を再びアバター冷戦へ向かわせるようにホーミング機能を付与。アバター鈴仙は狂眼でその効果を打ち消しながら自らも右腕を変形、標準装備である上腕回転式砲身からはなたれるサイコブレッドで迎撃。唐突な鈴仙の乱入とその異形に魔理沙と霊夢は一瞬気をそらされた。そこへ、アバター魔理沙とローレライの弾幕が迫る。呪いと祝いの込められた歌声のソニックウェーブを霊夢は三枚の符で陣と成して弾き、返すように特大の博麗アミュレットを一枚投げる。絶妙のタイミングと速度ではなたれた強力な符は歌声をうけながしながらローレライの顔面に張り付き、それにむかって巫女は早九字を切った。
「夢想封印」
 剣指を縦一文字に振り下ろす。
「集!」
 ドドド――と館の各所から今まで放たれた光弾という光弾がローレライへ殺到し、妖怪を打ちのめした。封印完了。
その光を抜けて、ふたりの魔法使いが風を貫き翔けていた。
アバター魔理沙から発せられる出鱈目な数の輝線が逃げる魔理沙を追う。しばらくして輝線は数を減じ、何事かと振り見た魔理沙は心底頭を沸騰させられる光景を目にした。

 アバター魔理沙、八卦炉セット。

 地より始まり 天にのびゆくもの 我は望む 果てしない光の路を

 召喚、恋符――

「マスタースパークだとぉ!?」
 それは砲でありながらもはや砲の形態ではなく、広がりつづける光爆は視界のすべてを焼き尽くす。バハムートの吐息が大地を溶かすように圧倒的に、ヘルメスが天空へ翔けるように素早く、恋符はアバターでさえもその意を通す。アバターもまた魔理沙だった。未来から召喚された魔理沙。起こりえるかもしれない未来から。
 だが、それは許されないことだった。時間を操ってはいけない。それはあまりに脆く繊細で、それゆえに誰も触れてはならない高みにある。それを成したのはアバターであるのかもしれない。しかし魔理沙はそのようなことを考えていなかった。彼女は自分自身に始末をつけるつもりであり、それだから、だれの助けも必要なかった。自らの居るべきところは自らで決める。そういうことをせねばならない。
 マスタースパークが消えていく。館に巨大な穴が開き、天から日差しが入ってくる。すぐさま穴を埋めようとする雀たちを置いて、アバター魔理沙は魔理沙を探した。マスタースパークは直撃したのかもしれないしそうでないのかもしれない。消し飛んだ、という選択は、アバター魔理沙にはなかった。そんなことで落ちるはずがない。
 アバターも偽体を信じていた。霧雨魔理沙はこの程度では倒れないと。それは自らに対しても言えることで、二人はやはり、魔理沙に違いなかった。アバター魔理沙の影が鼓動を打つ。静かな、水面のように、しかし水銀のように変動する影が。アバターはそれが魔理沙の影響であると悟り、とまらないざわめきに真打が来ることを知った。
 天空の。
 太陽の中で。
 上だ、とアバター魔理沙は上空を見上げる。マスタスパークの威力を放出方向に逃げることで減じさせ、周囲に舞う五十三枚のスペルカードのうち半数を防御に当てて、霧雨魔理沙はまったく無傷で天にいた。
「……立腹だ。よくも私の姿でマスタースパークを撃ってくれたな……それは、私のものだ。ビッチ、なにもかもと一緒に帰してもらうぜ」
 スペル展開。二十六枚のスペルカードすべてが開放の輝きを強める。まずアステロイドベルトが日を陰らせ、スターダストレヴァリエが魔理沙に心地よい目線を与える、ノンディレクショナルレーザーの全方位的な力をシュート・ザ・ムーンの摂理で背後へ備え、ドラゴンメテオの加護の元、マスタースパークがファイナルスパークとまじり天を穿つ。ブレイジングスターの魔弾たち。減じた影響力を複数のスペルカードの同時起動というかたちで回復させた魔理沙は天空を夜空に変え、ただ一路、音速を超え、光を超えて、一筋、まさに流れ落ちる彗星がごとく、もはや誰にもとどかない力で、アバター魔理沙を貫いた。
 影が魔理沙にもどり、魔理沙は偽体から真体にもどる。絶ちぬかれたアバター魔理沙は幻のように消え、魔理沙はひとつ、ため息をついた。
 その上空を鈴仙とアバター鈴仙が飛びずさり、魔理沙は帽子を押さえる。
追う鈴仙と逃げるアバター鈴仙は文字通りの絵面ではない。影による影響力を回復させるためのアルファは巨大に過ぎ、機動性にかける。たいしてアバター鈴仙はその内部武装だけで十分にいまの鈴仙を破壊可能だ。そうさせる、真の敵として、破壊すると言うことが、幻想郷では異質であり、排除されてしかるべきものだった。だから、鈴仙はいま、幻想郷にいない。弾道計算用算盤アルファは同時期に開発されたオメガ・アバターと影響しあって、兵器と言う現実空間に纏われている。鈴仙に搭載された近距離未来予測装置は、この先を「現実」として誤認させるようにしある。鈴仙自身に影響力がなくとも、アルファを通じてならば、十分、影響は与えられた。これでオメガ・アバターは現実の中で破壊することが出来る。それをアバター鈴仙は判っているのか、攻撃は苛烈になり、もはや弾幕は華美を捨て、近距離戦へと持ち込んでくる。コンマ秒で行われる戦術提案回路の対応パターンは悲鳴をあげ、各部構造体はオーバーヒートへつきすすみ、ただ、背負ったアルファだけがもくもくとアバターに対して現実同調空間を形作っていた。
『調整完了。きこえるか、「わたし」』
「?!」
 削除されたはずの閾下共同連想機能が復活し、目の前のわたしから通信が入る。
『聞こえているわね。ならばききなさい。幻想郷の情報崩壊はあと30秒以内に引き起こされる。それまでに私を破壊しなさい、「わたし」』
『何を……!?』
『わたしはオメガではない。オメガに呼び出された、あるはずのない貴女。オメガはもっとも遠く、確率の低い未来からあなたを呼び出した。それは、ふたたび戦うことを選んだ、あなた』
『そんな……では、あなたは』
『私は月面防衛隊最後の兵器であり、月面世界の最後の守り手であり、月面世界の唯一の住人だ。「わたし」よ、私は消えてもいい存在なのだよ』
『信じられない。オメガはいったいなんのつもりでそんなことを』
『破壊されるためさ。ネガ空間に廃棄されながらも生き延びたオメガは自分の活動に嫌気が差したんだ。だから、こうして確実に破壊できるような手間を取った。近未来予測装置と言うのは、いってみれば事象変動装置とおなじだ。自分が生きのこる事象を選択し続けることなど造作もない。オメガは自動的にそれを行って、そんな自分がいやになったのさ。だからおなじ近未来予測装置を積んだ君の元に現れた。事象変動装置が聞かなくなる状況に。鈴仙、「わたし」よ、頼む、オメガを破壊してくれ』
『それでは貴女が』
『同じ時間軸に同じ存在がいるということはありえない。ドッペルゲンゲルではないのだ、わたしたちは。何もかもが一緒であり、それでは情報混乱が起きる。それに、「わたし」よ、私は、もう活動を停止したい』
 鈴仙はその言葉に思考クロックが一瞬停止したような感覚を覚えた。
『私はもう十分戦い、十分生き、十分悲しんだ。もはやあの世界には私以外何もない。そんな世界に返るぐらいなら、ここで破壊されたほうがましだ。オメガはいい心中相手をえらんだということだな』
『できない!』
『なぜだ、「わたし」』
『貴女は何も感じていない! 磨耗された感覚器官を開いて、この世界を見て! ここには私が寄り添える場所がある! あなたの力ならわたしと取って代わることも出来る! なぜそうしないの?!』
『いっただろう、わたしはもう、十分なのだ。ここはあまりに美しすぎる。私には美しすぎて、消えてしまう。ここはすでに過去なのだよ』
『そんなことを』
『過去は、変えることは出来ない。オメガも、八意永琳も、そういったはずだ。大切なのはいまだ。君にとっての未来は、私にとっての過去なのだよ。私はそれを否定することはしない。ただ、いまを選択するだけだ。安心しろ、わたしという未来は、この瞬間に消滅する』
 破壊されるのをのぞむというのは鈴仙には理解しがたい感覚だった。そんなものを望むほどの変動とは一体何なのか。過去とは、今とは、未来とは、いったいなんなのか。
(箱だ)
 とアルファがささやいてくる。
(すべては、箱が決定している。なにもかもは起こすために起きるのだ。自分が決めた運動がそのまま正の時間軸に伝わるわけではない。それらをつたえるのは、神の指だ。箱庭で引き起こされ、確認した事象を、入力しているだけに過ぎない。それではいけない。オメガを破壊しろ、鈴仙。あれは神に操られた存在。パンドラの箱を開き、希望をつかめ)
 アバター鈴仙とアルファの声が鈴仙のなかでこだまする。ふたつの意思は鈴仙を蝕んで彼女自身を喪失してしまいそうだった。
 意識を保て、と鈴仙はつよく中枢思考回路に入力する。反応が鈍い。思考クロックが低下し、近未来予測装置がアルファからの影響を受けて蝕まれていく。
 それでも、まだ意識はあった。ない、のではない。少ないが、意識領域がまだのこっている。そのなかで鈴仙は行動を行わなければならない。無限的な時間の中で一瞬だけ現れる個々の意識がどれだけでも強くなれるように、いまこの一瞬だけでも鈴仙は強くあらねばならなかった。いな、強くなくていい。選択すればよい。アバター鈴仙の言葉通り、アルファの支持どおり、でもかまわないから、自らが自らの主体にならなくてはならない。それが今を確定せしむるものだ。いまと、未来を。いまを過去にしてしまわなければならない。連結された未来の分岐路を後にして。
 オメガは破壊されるために来た。アバター鈴仙は自己の破壊を望んでいる。アルファはオメガの消滅を望んでいる。
 ――よろしい。ならば、すべてのわたしに伝えよう。
 負荷が強まる意識の中、
 オメガ、およびアバターを破壊せよ。しかるのち、アルファも自爆せよ――
 選択した。
 反応はすぐさま現れる。アバター鈴仙が示したタイムリミットはのこり五秒。
 一秒で背後のアルファが弾丸へ変わり、
 二秒でアバター鈴仙が鈴仙へ距離をつめ、
 三秒でアバター鈴仙へ照準をロック、
 四秒で鈴仙が咆え、
 五秒でアルファがアバター鈴仙に着弾した。
 ロジカルドライブの情報的対消滅機関がオメガとともにアルファを熱量に変換し、アルファと、オメガと、アバター鈴仙は真っ白な光の渦に巻き込まれ、消えていく。雪が天に帰るように。鈴仙は影が戻ったことにも気付かず、呆然と、空を眺めていた。







 ぎゃあぎゃあとわめいていた雀たちはゆっくりと身を分かれさせ、雀の館は消えていく。

 やがて雀たちがいなくなると、鈴仙は永遠亭に帰り、巫女と魔法使いは、片手に夜雀をかかえて、神社に帰った。






        *        *      *      *        *        *






 結局のところ、なにもかもは丸くおさまったように思える。鈴仙は茶の準備をし、廊下を歩きながらそう思った。
 オメガは望みを果たし、召喚されたアルファは役目を果たした。アバターも望んで破壊され、わたしはあの未来を選択しなくてよい。
 いいことのはずだが、何かしこりが残る。これはなんなのかと鈴仙は考え、
「箱だ」
 とつぶやいた。
 八雲永琳の部屋は相変わらず散らかっているのか整理されているのかわからない状況だった。鈴仙は静かに扉を開けると、文机に向かっている永琳にむかう。
「失礼します」
「ああ、置いといて」
「はい」
 ことんと置かれた急須から蒸気がほのかに立ち昇る。
 筆をおいて、永琳は鈴仙に向き直った。
「アルファとは」
 と湯飲みに茶を自分で注ぎながら永琳は切り出す。
「あれは私が開発した弾道計算装置、兼、ネガ爆弾よ。ただ、貴女には詰まれていない。あなたが開発されたよりももっと遅くの時期に出来ていた。アルファを召喚できたのは、オメガがそれを望んでいたからだと思われる」
「アルファは……わたしに幻覚を見せました。なにもかもが熱量的に死に絶えた世界で、ただ、復活を望む世界を」
「アルファに寄らせたのはパンドラの箱。希望だけを望んでいたんでしょう」
「希望は箱から出てこなかったゆいいつの悪しき祈り……」
「そういわれているわね。まぁあまり気にしないで」
 アバター鈴仙は、破壊されることを望んだ。希望は絶望へと変わり、熱意は風化し、なにもかもがまったいらになる。アバター鈴仙はそういう存在だった。それを破壊したのは、彼女がそう望んだからからで、鈴仙にはなんの非もない。いま、の鈴仙には。
 彼女も鈴仙だった。まったくおなじ鈴仙であり、それの責任は自分で取らなくてはならない。アバター鈴仙は責任を取ったのだ。パンドラによって希望が出されなかったことを償うために、鈴仙のまえに現れ、それを知らせた。
 だがほんとうに希望は絶望なのか。
 ほんとうに、パンドラのなかには悪しき祈りしか入っていなかったのだろうか。
 おおきな葛篭にひそむ化生の奥底で、玉手箱の煙の向うで、そこにあるものは見たままのものなのだろうか。
 鈴仙は、不安なのだと理解した。
 未来へ往くことが不安になりつつある。選択することが。
 しかしそんなことはだれも気にしない。それこそ自らの内で解決するべきことで、だれの手助けも必要とされなかった。そう、自分自身ですらも。アバター鈴仙がいまの鈴仙に助けを求めてきたのはいまの鈴仙にも責任の一端があるからだ。だが、いま、の鈴仙自身の問題は、鈴仙が解決せねばならない。未来はそこから変化していく。神の手が在ろうとも、そのような観測できないものを考慮に入れてもしかたない。アルファは故障していたに違いない。そう、鈴仙は考える。
「失礼しました」
 と鈴仙は部屋を離れる。永遠亭へ差し込む日差しは昨日より柔らかい。もはや秋が迫ってきているのだと鈴仙は感じる。そう、時間はなんであれ進んでいくのだ。箱庭の中であろうとも、それだけは変わらない。停止した世界は在りえない。そこにはまだ、希望と言う運動が残っている……鈴仙はそんな空想にひたり、すこしだけ肩が軽くなったような、こころもちういた足取りとともに、廊下を歩いていく。







*           *           *         *         *        *     *


 八目鰻の出店は巫女と魔法使いの貸切であった。意識を取り戻した夜雀に霊夢と魔理沙がなにがどうなってどのように二人が活躍し夜雀を助け出したかを説明し、だから鰻、と要求した。覚えていないがまぁ何かあったのだろうという程度の夜雀はご機嫌でふたりに酒と八目鰻を振舞う。二人分ツケておくのもわすれずに。
「んー……? あれ?」
「んあーどうした、店主」
「いや……ちょっと……あ、そうか。八意にたのんどいたんだった。あれ? でもずいぶん遅いなあ」
 魔理沙はあおっていた猪口をピクリととめてゆっくり下ろし、
「どういうことだい……」
「八意に薬味をこのまえもらったから出したら大盛況でさー。取り寄せ頼んどいたのよ」
「ははぁ……」
 巫女はなんかしっているなと言う顔を魔法使いに向け、魔法使いはそ知らぬ顔をする。
「いやあ、ほんとうに災難だな」
「うん、災難だわ」
「いや、まったく」
 おかしそうに含み笑い、酒のせいか、ツボにはいったかのように大笑いをする魔理沙を霊夢と夜雀は怪訝な顔で見る。
 魔理沙は目じりに浮かんだ涙を拭いて、
「いやいや……風が吹けば桶屋が儲かるとはよく言ったもんだな」
「はぁ?」
「気にするなよ。たぶんこれは、そういう話さ。もうしばらく囲い話はごめんだ、飲もうぜ」
「はいはい」
 八目鰻の赤提灯が屋台を照らし、鰻を焼く煙が夜に昇っていく。
 二人はいつも通りに酒を酌み交わしながら、この話は終わる。









非難題「事象平面玉手箱 〜ネームレスパンドラ〜」
 Spell Card Break!


ルドルフとトラ猫
http://plaza.rakuten.co.jp/phantom38/
作品情報
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投稿日時:
2006/10/28 08:58:32
更新日時:
2006/10/30 23:58:32
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5.00
1. 7 床間たろひ ■2006/10/30 11:32:25
いやー言葉の奔流に酔う酔うw
この俺のちっぽけな脳みそでは「アバター? 歯を白くするヤツか?」としか解りませんが、解らないなりに物語の結末に向けて押し流されるこの感覚は既知。メカ鈴仙にゼロゼロな二人と大好きキャラたちのオンパレードに私もうイッちゃいそうです。とか何とか言いながら違ってたら大笑いですがw
まぁ、真面目に語れば鈴仙とアバター鈴仙の葛藤が、ちょいとご都合ライクな香りがしたので、もう少しタメが欲しいなぁとか何とか。
2. 2 VENI ■2006/10/30 12:38:42
説明のしきれてない説明が続いてて、混乱しました。
盛り込みすぎだと思うので、もうちょっとアピールするところを絞った方が良いかと思います。
あと描写にも違和感がありました、特に暗喩的なものや詩的な表現。
それが余計に内容をわからせにくくしているように思います。
簡単に済ませて良いように見える説明さえ長くなりすぎていると、
どこに目を向けて良いかわからなくなるんですよね。伏線なら別ですが。

せっかく壮大な話なので、その辺に気を付けるともっと良くなると思います。
とにかくわかりにくさが先行してしまいました。
3. 3 復路鵜 ■2006/10/31 20:21:13
何か途中からSF混じってませんかこれ(笑
どうも所々漢字化されていない平仮名があり、また段落的に変なところもあるところから、読むのは非常に苦労しました。
ついでに後書きのスペルは何だかしっくり来ますね。
4. 4 as capable as a NAMELESS ■2006/11/01 00:22:49
ちょっと玉手箱らしさが足りないので、浦島太郎をなぞらえた展開でもあれば。
小さい葛篭が何を指しているのか、が結局分かりませんでした。それがキーになっている物なのであれば、魔理沙の私見の中で小さい葛篭を否定的に言わせるべきでないと思います。

あとは読み込み不足かも知れないのですが、アルファとオメガの役割の違いというのが今ひとつ解らないかな、と。どちらもモチーフが違うだけで未来を見せて鈴仙に解答を要求するという点で共通している気がします。どちらか削った方が話としてすっきりするんではないか。

それから、文体が少しLunatic。
5. フリーレス らくがん屋 ■2006/11/01 16:35:18
素人の理解を求めない文章は一見カッコ良いんだけど、真実カッコ良いかは玄人が見ないと判らんよねぇ。
玄人が読者だと仮定しているのか、ハッタリかませば点数入れる読者だと仮定しているのか。普通に考えるなら、「これが俺の全力なんじゃい!」かな。
邪推し過ぎな気もするけど、コンペでこういう作品出す人の考えがよく判らんので。
とりあえず、おっちゃん素人だからフリーレスってことにしとくだよ。
6. 5 近藤 ■2006/11/01 23:20:48
その 突き抜けすぎた 何かに 嫉妬
7. 7 椒良徳 ■2006/11/03 16:37:00
 凄まじい言語能力をお持ちですね。いや、凄い作品です。設定がやや読者を置いてきぼりにしかねないところがありますが、それをためらうことなく書いてしまった貴方がまた凄い。
 さて、無粋ではありますが、一応誤字脱字の指摘をば。
>二人の二組
>こでものまま幻想郷なる結界が無くなるのは、
>再びアバター冷戦へ向かわせるように
以上の個所が、打ち間違いではないかなと思われました。その分、減点しておきますね。
8. 2 反魂 ■2006/11/05 03:47:43
深い設定とメタファが仕込まれているのは感じます。これだけの大規模な設定を作り出す、それだけでも一つ物語作りの定礎となる、素晴らしい能力だとは思います。
ですが残念なことに、致命的に分かりにくい。正直言って、意味が分からないことが多すぎます。厳しい言い方をして申し訳ないのですが、大規模で難解な設定を物語に出来るほど、貴方の日本語能力が高くありません。
挙げれば色々ありますが、やたらに含んだような言い回しが多すぎるのがその主因でしょう。作者は分かってるんだろうけどなあ……という印象が強く、終始完全に置いてけぼりを喰らった感じです。読者は何も知らない真っ白の状態から読み始めるわけですから、もう少しその立場に立って文章を構成してみて下さい。
あと、変換はこまめに。無意味に平仮名になっているところが多すぎます。また、微妙に適切さが疑わしい語句の用い方も少なからずありました。

東方ということを考えると、この雰囲気には確かに齟齬も感じました。ですがもしこの舞台設定を余すことなく受け止められたなら、私は相当高い評価を付けていたと思います。一読者として僭越ながら、その点で作者様には無類の才覚を感じました。今後創想話等で、ご活躍の機会があることを祈っています。
9. 4 箱根細工 ■2006/11/07 05:03:18
とても読み難いです。
10. 7 爪影 ■2006/11/10 16:31:14
 端から全てを突き抜けて惑わせる流麗な文体は、どうにも私の趣向が馴染んでくれないので、この点数にて失礼します。
11. 7 ABYSS ■2006/11/10 17:29:09
読み応えのある作品でした。
しかし、そのおかげでじっくりと腰をすえなければ理解できないものになっていると思うのがちょっとマイナスかな、と。
その割には話自体はあっさり気味なのがちょっとアンバランスにも感じました。まあこれは私感なんですけどね。
12. 5 nn ■2006/11/12 14:50:19
ネタに馴染みがなくてなかなか骨の折れる作品でした。正直ちゃんと理解できてるか怪しいところがあります。
13. -1 匿名 ■2006/11/12 17:47:13
長くて意味不明でした。疲れました。
14. 4 たくじ ■2006/11/12 21:46:54
アバターとかの説明が、単語も含めて分かり辛かったです。
15. フリーレス サカタ ■2006/11/12 22:44:22
アバター?オメガ?さっぱりわかりませんでした。
言いたいこともわかりませんでした。
16. 3 2:23am ■2006/11/13 00:15:47
非常に分かりにくいです。説明が説明になっていない。しかも途端に難しくなる。流れについていけませんでした。
でもまぁ空気読めない紫はよかったですね
17. 5 藤村うー ■2006/11/13 02:53:52
 とてもSFちっくでした。
 簡単なことを言うために、わざわざ回りくどい言い方をしている印象がありました。句読点の区切りも詰まることが多く、そういう書き方なのだとしても読みにくいなあと。容量以上に長く感じられました。
 SFじみた設定の詳細は、とりあえずそれっぽければ満足です、というか理解が及ばないだけなんですけども……オメガと聞くと、もう某ゲームのメカメカしいのしか思い浮かびませんし。
 それから、魔力を失った魔理沙は箒を使っても空は飛べないんじゃないかと思えて仕方ないのですが……どうでしたっけ。
 あとひとつ、鈴仙が冷戦になっているので注意。
18. 2 Fimeria ■2006/11/15 18:12:01
うぅん、少し読み辛く感じました。
装飾というか、地の文がゴテゴテとしすぎていて逆に理解し辛くなっているように思います。
例えるのなら二日酔いの朝に油でギトギトの中華料理を出されたような。
合わない文体のせいか物語にも入り込め切れず、お話を理解できたかというと首を振ることしかできません。
私には合わなかった、そう流していただければ幸いです。
19. 8 いむぜん ■2006/11/15 21:26:29
タングラムがちらつくのはなぜだろう?
魔理沙の立ち居地が弱いかなぁ。物置に行くきっかけでもあり、物語の潤滑剤なのは分かるんだけども、鈴仙αとΩのキャラが強すぎて普通に普通な魔理沙がかっこいいはずなのになんか弱い。
でも、がっちり書き込まれた設定やら独自の言い回しやらで、食べ応えは十分。
広げた風呂敷をきちんと畳みきった腕前はお見事。
20. 5 おやつ ■2006/11/16 20:58:57
だまらっしゃーーーー!
MSは魔理沙のもんじゃねぇ! アレはゆうかりんのじゃーーーーーーー!

失礼。取り乱しましたおやつです。
魔理沙とレイセンという絡みが非常に新鮮で、あっという間に読めました。内容も考えさせる良い出来だったと思います。
21. 9 blankii ■2006/11/16 21:16:49
凄ぇ、としか言いようがまい訳ですが。……アレ、俺の知らない設定が――とか言ってるのはモグリの証でしょうか。全体的に読込み不足で申し訳ない。
22. 7 ■2006/11/17 01:18:53
ただでさえ理論系の構成ですのに、ちょっと文字が混み合いすぎて読みづらいです。あと、理論と理論の間の繋ぎが少し弱いかと。理論から理論への移動が一足飛びになってしまって、唐突に感じてしまう気がします。
それと、これはあくまで私見ですが、ビッチという言葉はマイペースな幻想の少女たちにはあまり相応しくない言葉かと思うのです。
23. フリーレス 蒼刻 ■2006/11/17 01:39:05
少し文のクセが強すぎて、私的には読みにくい感じがしました。
一文一文が結構長いので、もう少し細かく切った方が読みやすいと思いました。
それと、説明が長すぎる部分があるので、適度に会話などを挟んで間を取った方がいいと思います。
後、贅沢を言えば……弾幕合戦の緊張を増加させるような、情報などが入っていたら良かったなと。
ワケ合って点数は入れられないのですが、自己採点では5でした。
24. 1 つくし ■2006/11/17 12:32:01
ジャーゴンやらオレ固有名詞(?)、SFっぽい理論やらが説明無しに、あるいは過剰なジャーゴンによる説明で乱れ飛ぶため、おおよそ読者に優しくないです。読んでいて疲労を感じました。独自の言葉で独自の世界を展開するのは容易ですが、普遍的な言葉で独自の世界をいかに表現するか、というのもSS書きの腕の見せ所ではないでしょうか。
25. 3 翔菜 ■2006/11/17 12:47:29
>頭痛が痛いといった様子
意味が被ります。よくある事なので注意。

話は悪くなく戦闘のところは格好よかったくらいなのだけど全体的にとっつきにくかったと言うのが第一印象。
ここらへん完全にとっつければ言う事無いくらい楽しめるお話なのだろうなあ、とは感じましたが。
何となし、説明不足のようにも。
26. 2 人比良 ■2006/11/17 20:04:11

話は面白いですが、知識が知識のまま羅列している感じがしました。 
個人的な印象なのであしからず。      
27. 4 K.M ■2006/11/17 20:34:40
難解な話だ・・・用語の把握に手間取りました。
28. 8 目問 ■2006/11/17 22:38:42
 ここまで独自の世界を見せられるといっそ清々しいです。
 何がなんだか凄すぎてしばしば理解が追いつかなくなりましたが、話の筋はちゃんと掴めるようになってるあたり上手さでしょうか。
 まあつまり面白かったです。
29. 8 木村圭 ■2006/11/17 23:02:34
面白かったです。あまりに意外な始まりにグイっと引き込まれ、怒涛の展開に押し潰されないように踏ん張って踏ん張って。読み終えた時には些か疲れてしまいましたが、それだけ読み応えがあったということなのでしょう。
八雲のゆかりんがいい清涼剤になってました。ダメゆかりんもたまにはよいよい。
30. 5 時計屋 ■2006/11/17 23:30:45
力作だとは思うのですが、物語の流れが非常に把握しづらかった。
説明もちょっと足りない気がします。
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