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作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/11 12:48:03 更新日時: 2007/05/14 03:48:03 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


 なぜか左手がドリルになっていた。

 霊夢はおのが左手を見て呆然とする。
 大き目の筍程度か。形も似たようなものだ。根元は自分の握り拳の倍ほども太く、先端は指先よりも鋭い。刃こぼれ一つ無い青銅色の螺旋が整然と巻きつき、斜めストライプが陽を浴びて燦然と輝く。
 とてもよく掘れそうなドリルだった。
 「……は?」
 日頃、異変にも怪異にも慣れた彼女だが、おのが身に生じた場合は流石に当惑を隠せない。おそるおそる右手で触れてみると、やはり金属特有の冷やっこさと滑やかさがあって、なるほどこれはドリルに違いない。
 だが、しかし。
「なんで、こんなのが付いてるのよ」
 至極もっともな疑問が巫女の口をつく。
 無論、霊夢にとってこんなシロモノが左手となる由縁は知らない。いつものように起きて、いつものように身支度をして、朝餉の支度のため大根を持とうとして、見慣れぬ何かに気付いた。それが現状である。
 いつからドリルになっていたのか。もしかして起きてからずっとなのかしら。
 朝からの記憶を辿るが、特に印象は無い。強いて言えば、最近は雨続きで洗濯物が乾かず、やむなく先年の着物を出したくらいのものか。もともと毎日変わり映えのしない生活をおくっているのだ。習慣は体に根強く染み付いていて、特に意識せずとも体は動く。そこで問題なかったということはいつもどおりじゃないのかしらと考えるが、さて本当に朝起きてから今に至るまでドリルでなかったかと問われれば、確たる証拠もなく胡乱である。
 あらためてドリルをしげしげと観察する。
 どう見てもドリルは霊夢の手首から先にがっしりとくっついており、試しに引っ張ってみても外れる気配は無い。包丁の背で軽く叩いてみたが、ドリルには感覚が無く、痛くも痒くも無い。
 回るのかしら、と左手を握るように力を込めると、ドリルは力強くぎゅいんと回った。
 その思わぬ響きに、つい霊夢はきゃあと可愛らしい悲鳴を上げて飛びのいたが、我が左手のことゆえにバランスを崩してドリルは大根に刺さった。
 まるで抵抗無くドリルは大根に穴を穿ち、慌てて霊夢が引き抜いた時には、大根を入れていた籠を突き抜けて板壁にも蜜柑大の穴を開けていた。
 その威力に、さしもの霊夢も言葉を失った。呆然と自分が開けた穴を見つめ、それから左手のドリルに視線を戻す。ドリルは既に止まっており、今しがた使ったとは思えぬほどに依然としてぴかぴかだった。
 しばし逡巡して、今度は少し弱く力を込める。すると、応じてドリルは先よりは緩くきゅるきゅると回った。
 回る。止める。回す。止める。
 しばらく繰り返すと、徐々にコツがわかってきた。もともと要領は良い彼女のこと。ほどなく回す分には自在になった。
 回し方がわかると今度は使いたくなるものである。
 台所を見回すが、流石に家の物に穴を穿つのは躊躇われる。それならと家の外へ目を向けたところで、ぐぅと腹が鳴った。
「……まずは腹ごしらえよね」
 朝食も忘れてドリルに熱中していた自分を気恥ずかしく思い、霊夢は頬を紅くして右手で大根を手に取った。



 さて、朝餉も済んだところで、霊夢は外に出た。
 春になったとはいえ、ここ数日は寒の戻りで朝夜は息が白い。しかし、清冽な空気に含むほのかな香りが、季節が巡ったことを十分に知らせてくれる。先日来の雨で桜は散ってしまったが、よく晴れた今日は野に咲く花がよく映えて、その華やかさに歩く足も自然と軽くなるというもの。
 加えて、彼女の左手には新たな力が宿っている。戯れにぎゅうんと回すと手首を通してその力強さを感じ、それを使うことを思って心が躍った。ドリルとなった理由に関しては若干気になるものの、今は興味が勝った。普段、泰然自若とした風の霊夢だが、これでいて好奇心は強い方である。
 参道の階段を下り、途中で道を外れて山に踏み入る。木々の間を迷い無く歩いた先には、目指す岩壁があった。
 この辺りの妖精がよく遊び場としている岩山である。上面までは大人の背よりもずっと高く、人の手で登るには取っ掛かりが少なく厳しい。人里から外れたここは、人外にとっては誰にも邪魔されず昼寝を楽しめる憩いの場だという。もちろん、霊夢はこんなところで昼寝をしたりはしないのだが。
 霊夢は岩に近づいて、その肌をさすった。長く風雪に耐えてきたそれは適度に硬く、奥の奥までぎっちりと詰まっていることを感じさせて霊夢は満足する。
 試しとしては十分である。
 ぺろりと舌なめずりをして、霊夢は左腕の袖をまくる。岩壁にぴたりとドリルの先端を合わせ、目を閉じてすうと深呼吸一回。

 見開くと同時に気合一閃。霊夢は最初から全開で左腕を突き出した。

 高く大きい音が響く。驚いた近くの鳥達が、木々からばたばたと羽ばたいた。
 だが、霊夢の左腕に思いのほか抵抗は少なく、そこに岩があることが嘘のようにたやすく進む。
 おお、と知らず霊夢の口から感嘆が洩れた。これほどに軽いとは霊夢も予想外だったのだ。気が付けば二の腕がすっぽり入るほどに穴が深い。
 ドリルを止めて穴から抜き、その成果を確かめる。
 穴の断面は粉ぶいているものの実に滑らかで、触るとほんのりと熱い。ドリルの表面も同様に熱を持って、今しがた穿ったことをあらためて霊夢に認識させた。
 楽しい。
 霊夢の口元が綻んだ。
 その単純な威力は、それゆえに人を虜にするのだ。
 二度、三度と霊夢は岩に穴を穿つ。
 使えば使うほどにドリルは霊夢に馴染んだ。
 どれだけ力を込めればどれくらいの穴が開くのか。そのことを理屈では無しに体が覚える。
 ドリルはいくら使おうとも全く毀れず、常に新品同然の堀り心地を霊夢に与えた。
 それがことさらに霊夢の心を熱く滾らせる。
 この一体感。まさに一心同体。
 掘るということはこれほどに楽しいものか。
 穿つということはこれほどまでに湧き立つものなのか。
 憑かれたように霊夢はドリルを回し続けた。



「……何やってんだ、お前」
 そうして声をかけられて、霊夢はやっと我に返った。
 目の前には大小様々な穴、穴、穴。気が付けば岩壁は見るも無残な痘痕面であった。
「ああ、魔理沙」
 応える霊夢の息も上がっている。ふと空を見上げれば、既に日は中天にさしかかっていた。いくらたやすく使えるとはいえ、霊夢が感じるより長い間、ずっと掘り続けていたらしかった。
「穴、掘ってたの」
「そりゃ、見てわかるけどさ」
 霊夢の様子を見て、魔理沙は呆れて首を竦めた。
「空を飛んでてもわかるくらい、がりがり音がしてたぜ。何事かと思ったら」
 魔理沙は箒を肩に担いで、霊夢の左手を見やる。
「どうしたことだ、こりゃ。これ以上マニアックなファンを増やすつもりか」
「誰のファンがマニアックよ」
 むっとして魔理沙を睨むが、夢中で穴を掘ってたところを見られては、いささかばつが悪い。すぐに目をそらして口を尖らせる。
「私もわかんないわよ。気が付くとこうなってたんだもの」
「のんきなもんだなぁ、相変わらず。自分の身体だろう。もっと慌ててみるのが普通じゃないのか」
 魔理沙は岩壁の穴に近づいて覗き込んだ。周囲の削り滓の粉を手に取り、指で確かめる。
「こりゃ見事なもんだ。今度から実験器具の工作は霊夢に頼むか」
 そう言って笑うあたり、魔理沙も明らかに状況を楽しんでいる。事件やトラブルは三度の飯より好きな娘なのである。
「どれ、ちょっとそのドリル見せてくれ」
 魔理沙は霊夢の左手を取って、その大きい瞳でためつすがめつ観察した。彼女とて魔術に携わる者である。新しいこと、不思議なことにはその魂が揺り動かされるのだろう。とはいえ、間近で見られ弄繰り回されては、いくらドリルとはいえ流石に霊夢も恥ずかしい。もういいでしょ、と紅潮して魔理沙の手から取り上げた。
 魔理沙はまだ弄くり足りない様子だったが、霊夢が嫌がるのでは仕方ないと諦める。
「これはがっちりくっついてるな。というかさ、これは左手が変化したものなのか、それとも左手の上にかぶさってるのか、どっちなんだ?」
 そう問われても、霊夢にも答えようが無い。感覚が無いところを見ると後者かもしれぬと思うが。
「いずれにしろ、このままってわけにはいかないわね……」
 さんざん使っておいてアレであるが、一応霊夢としてもその認識はあったりするのである。
「しかし、原因がわからんことにはな」
 魔理沙は腕を組んでみせるが、ポーズだけだ。あまり考えてないのは明らかである。
「もしかして、病気なのか? それ」
「どんな奇病よ、それは」
 そんな面白可笑しい病気があってたまるかと思うが、いかなるセンス・オブ・ワンダーも受け入れるこの世界では、冗談で済まされないリアルさがあった。
「伝染ったりしてな」
「そん時はあんたに真っ先に伝染してやるわよ」
 それは楽しそうだな、と本当に楽しそうに笑う友人を見て、どっちがのんきなのよと霊夢は思う。



 ともあれ、ここは一つ医者の意見を聞いてみようということになった。幸い、こういった異常事態でも対処してくれそうな医者を二人は知っている。
 深い竹林のさらに奥、永遠亭と呼ばれるその屋敷の一室で、八意永琳は霊夢を見ても顔色ひとつ変えなかった。
「なるほど、左手がドリルになってしまったと」
 永遠亭に開かれた診療所である。診療所といっても、元はただの和室だったところを板敷きに変え、襖も取っ払って作られたような一角である。凝った欄間が当時をしのばせ、診療所としてはいかにも急ごしらえに見える。それでも、ここで受けられる診察は幻想郷随一であり、永琳が調合する薬は人妖問わず評価が高い。診療所としての歴史は短いながらも実績は十二分である。
 肘付き椅子に腰掛けた永琳は、長い脚を組んで、ふむ、と手を顎に置く。同性から見て口惜しくなるほど、そういった仕草が様になった。
「それで、どうしたいのかしら」
 永琳は優しげに微笑みながら霊夢を見る。
「増やすなら、良いのがあるけど」
 ここに来たのは失敗だったかもしれない、と霊夢は天を仰ぐ。流石は宇宙人。人体改造はお手のものらしい。
「冗談よ。原因を調べればいいんでしょう?」
 いや、今の眼はマジだったぜ、と横の魔理沙はニヤニヤしながら霊夢に囁いた。そんな魔理沙をドリルで小突いてから霊夢は頷く。
「ええ、そうよ。正直なところ、こうなった原因がさっぱり思い当たらないの。治すかどうかは別として、まずは理由が知りたいわ」
「あら、治さなくてもいいの?」
 ええ、まあ、と霊夢は口を濁す。今のドリルも結構気に入っているのだ。治る手段がわかるのであれば、すぐに戻らなくてもいいかなぁ、と思っていたりする。
 そんな霊夢の思いを知ってか知らずか、永琳は、あらそう、と言いながらにやりと笑った。
「じゃあ、調べましょうか。じっくりと、ね」

 それからの永琳の診察は、念入りを通り越して苛烈を極めた。
 その熱意が、ドリルの原因追求によるものか、博麗の巫女の身体を調べたおすという滅多に無い機会のためか、あるいはそのどちらともなのか、理由は永琳以外の誰にもわからないことであったが、いずれにしろ霊夢が後悔するに足る時間であったことは間違いない。
 性能試験と称して、木材、石材、謎の合金、永琳に言われるがままに霊夢は様々な物に穴を開けた。
 内部構造を調べるからと、ドリルには怪しげな機械の光線を何度も浴び、怪しげな溶液を何度も塗られた。
 血液検査だと左腕から血を抜かれ、血管を調べるためよと怪しげな薬液を点滴された。
 電流も流された。ドリルは平然と耐えたが、霊夢はバネ仕掛けの玩具のように飛び跳ねた。
 薬液のせいか電気のせいか、朦朧としてきたところに激しく明滅するライトを見せられ、死ぬほど緩慢で起伏の無い音楽を聞かされて更に意識が混濁してきたあたりで、じゃあ切ってみましょうとノコギリを持ってにこやかに迫る永琳を死力を尽くして撃退した。ドリルは主の意思に力強く応え、ノコギリを一ダースほども粉砕して永琳が折れた。
 和解し、手旗信号をし、反復横飛びをし、ゴーゴーを踊っているあたりになると、霊夢自身にも今何をやっているのか判断がつかなくなった。ゴーゴーに合わせて回るドリルに、見ていた魔理沙は過呼吸で倒れるほど笑い転げた。
 全てが終わり、流石の霊夢もぜいぜいと喘いでへたり込むと、永琳は厳かに診断結果を下した。
「わからないわねぇ」
 殺す殺すわ殺してやると純然たる殺意が湧いた。ドリルを永琳の右目に突きつけて容赦なく貫くつもりで唇を吊り上げて笑う霊夢。
「まあ、待ちなさい。現状どうなってるかについてはおおよそわかるけど、術理が解明できないのよ」
 そんな霊夢を前にして、まばたき一つせず動じない永琳も流石である。
「結論から言うと、貴方は健康だわ。そのドリルは病気のせいでもなんでもない。貴方自身よ」
 永琳の言葉に気を殺がれて、霊夢は怪訝な顔で彼女を見る。
「つまり、そのドリルは霊夢の左手が変化したものってことか」
 過呼吸から復活した魔理沙が会話に割り込んだ。永琳は応えて「それは少し違うわ」と首を振る。
「変化じゃないの。それは霊夢の左手そのものよ」
 わけがわからないわ、と霊夢は嘆息してドリルを下ろす。
「結局、原因がわからないってことじゃないの」
「わからない、じゃなくて、知らないの」
 永琳はカルテを手にとってひらひらと振る。
「その手がドリルになったのは、それなりの術理があるはず。でも、それは今のところ私が知るどの術とも違うわ。これは多分、地上人の術。それも幻想郷の外の人間が使う術ね。あいにく、私は最近の外の事情に疎いのよ。ある程度推測はできるけど、これ以上はもっと調べないと無理ね」
 そう言って、永琳は机の陰から十三本目のノコギリを取り出して霊夢へ笑いかけた。
「……遠慮しとくわ」
 霊夢はげんなりした表情で肩を落とした。内心、ここで原因がわかることを期待していたのである。だからこそ、検査と称する拷問の数々に耐えてきたのだ。徒労とわかった今、疲れきった霊夢の身体はいっそう重い。
「つまり、知ってる奴に聞けばいいんだな」
 反して、魔理沙は変わらず快活である。もっとも、霊夢がハードに責められるのを横で見ていただけなのだから、元気なのも当然だったが。
「しかし、外の世界について、か。一番いいのはあいつだろうけどな」
「紫のこと? そりゃあ、知ってそうだけど……」
 八雲紫は外の世界に通じている。彼女とのこれまでの付き合いで、霊夢もそのことは承知である。だが、しかし。
「紫に頼ると、碌なことにならないわよ」
 八雲紫は永く妖怪を続けているわりには人間臭さが抜けない。特に、人間臭い悪癖を好んで実践するきらいがある。彼女を巻き込めば、往々にして事態は悪化の方向を辿るのだ。また、性質(たち)の悪いことに、彼女の能力は事態を悪化させるに十分以上ときている。
「誰かに相談するなら、魔術に心得のあるものが望ましいわね」
 永琳が口を挟んだ。
「発動の原理はともかく、なんらかの法則があるのは間違いないから。魔術と似通った部分も多いだろうしね」
 魔術に携わる者といえば魔理沙もそうなのだが、永琳の言葉に彼女は苦笑して首を竦める。
「魔法使いには得手不得手があるのさ。しょうがないな。そういうことが得意なやつに聞きに行こうぜ」



「知ってるわよ」
 いともなげに、ラベンダー色の帽子の奥から彼女は言った。
「でも教えない」
 にべもなく言い放ち、図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジは視線を手元の本へ戻す。
「こらこら」
 ドリルをぎゅーんと回して抗議の意を示すと、パチュリーはうるさそうに霊夢を睨んだ。
「だって、あなたに教える義理なんてないじゃないの」
 まるで取り付く島のない様子だが、霊夢や魔理沙から見ればいつものことである。基本的に親切からは程遠い存在なのだ。永遠亭から紅魔館まではるばる来たものの、門番からは憐憫の眼差しを受け、メイド長からは「ずいぶんステキなファッションだこと」と嫌味を言われる始末。それに比べれば、ちゃんと会話をしてくれるだけまだマシと言えよう。まして、解答を目の前にして、ここで収穫無しに引き下がるわけにはいかない。
「まあまあ、そう言うなって」
 魔理沙はパチュリーの無愛想にも不機嫌にも慣れたものである。言葉少ない魔女の一瞥は、その小柄な見た目に反して十分に恫喝的で、気の弱い妖精などはそれだけで身が竦む。だが、生来心臓に毛の生えて面の皮も厚い魔理沙が、その程度で動じるはずもない。パチュリーと丸テーブルを挟み、行儀悪く頬杖をついてニカッと笑う。
「お前だって、幻想郷の外の魔法に興味が無いわけじゃないだろう。せっかく目の前に実例がいるんだぞ。知識の探求者としてはまたとない機会だと思うが?」
 言葉巧みに魔女の好奇心をくすぐる。人を乗せるのは得意なのだ。伊達に宴会幹事を務めていないのである。
 それが効いている証拠に、パチュリーの持つ本はさきから一頁も進んでいない。そんな彼女を前に、魔理沙は先刻永遠亭で行われた診察について、主に実験的な側面でとうとうと喋る。理屈屋を動かすには、具体的な数字こそが有効なのだ。
 事態が動くには、彼女が目の前の紅茶を飲みきるだけの時間が必要だった。
 いかにも大仰にため息をついて、パチュリーは読む本に栞を挟んで閉じた。
「……条件があるわ」
「呑んだ」
「こらこら」
 即決する魔理沙へ、この日何度目になるかわからないドリルツッコミを入れる霊夢。会話の流れから見て、その条件を呑むのは間違いなく霊夢である。
 パチュリーは、じろりと霊夢を見て言葉を続ける。
「この件について、私の質問には正直に答えること。それが条件よ」
「なんだ、そんなことでいいの」
 霊夢は拍子抜けした。もっと無理難題を言われるかと身構えていたのだが。
「ええ、そんなことよ」
 パチュリーは無表情に返した。そのあまりの素っ気無さに、何か言外の意味があるのかと霊夢は疑ったが、もともとパチュリーはリアクションの薄い娘だと思い直す。それにどの道、ここに来た用件を考えると条件は呑む他無い。

 パチュリーは、どう話したものかとしばし悩んだふうに黙り、やがて口を開いた。
「あなたは巫女なんだから、陰陽五行くらい知っているでしょう」
「そりゃまあ、当然ね」
 五行とは、万物が木、火、土、金、水の五元素の作用で成り立つとする観念だ。水は潤下し、火は炎上し、木は曲直、金は従革し、土は稼穡(かしょく)す。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生じる。また、木気は土気を剋し、土気は水気を剋し、水気は火気を剋し、火気は金気を剋し、金気は木気を剋する。生じる関係を相生、剋する関係は相克と呼ばれる。東洋の魔術では重要な概念である。
 私の精霊魔法も同様ね、とパチュリーは言う。例えば、ラーヴァクロムレクは相生、エレメンタルハーベスターは相克によるものである。
 重要なのは、異なる要素を組み合わせることで、異なる結果を得るところにある。組み合わせによって、効果は単一の要素に比べて格段に強くなり、あるいは極端に弱くなる。場合によっては思わぬ結果を生むこともある。つまるところ、魔術とはただひたすらに異なるものを掛け合わせた総当りの実験の歴史なのだ。
「また、それぞれには『色』もあるわね。五行なら青、赤、黄、白、黒。だから、魔術において色というのはそれだけで重要な意味がある。そこから推し進めて、青龍、朱雀、白虎、玄武のような四神もあるのだし」
 話が回りくどいぜ、と魔理沙がぼやく。往々にして知識人は薀蓄が長くなるものである。パチュリーは、魔理沙を横目で睨んで話を続ける。
「私が読んだ外の魔道書によると、今回の術も基本は似たようなものよ」
 赤の鷹、青の虎、黄の熊だと言う。
「この三神の組み合わせによって術を為すのよ。特に、どれを強くするかによってその特性が変わるの。つまり、今回は……」
 そこまで聞いて、結論が霊夢には察しがついた。なるほど、これなら霊夢にも思い当たることがある。
 魔理沙も、おお、と声を上げた。

「そういえば霊夢、今日は2Pカラーじゃないか!」

 そうなのだ。今日の霊夢は2Pカラー。普段の紅白ではなく、青を基調とするスタイルである。洗濯物が乾かず替えが無い。そこで引っ張り出してきた昔の服がこれである。
 ドリルのせいで全然気付かなかったぜ、と魔理沙は笑った。
「あれだ。おっぱい強盗みたいなもんだな。知ってるか? 裸で強盗に入った女がいたんだが、盗みに入られた奴はおっぱいばかり見て女の顔は全然覚えてなかったらしいぜ」
 おっぱいとドリルを同列に扱うのはどうなのかしら、と霊夢は思ったが、実は霊夢もドリルに気を取られて今の今まで失念していたのだ。魔理沙のことは笑えなかった。不覚である。
 そんな二人を、パチュリーは侮蔑を込めて冷ややかに見やる。アホを見る目である。どうして私がこんなあっぱっぱー共を相手にしなきゃならないのかしら、と思っている顔だった。
「つまり、青が強いとドリルってことなの?」
 霊夢の質問にパチュリーは頷いた。
「そういうこと。ちなみに、赤だと空が飛べるし、黄だとキャタピラが付くわ。先ほども言ったけど、色というのは魔術ではとても意味のあること。あなたは元々赤くて空が飛べるから、偶然この術理に沿ってしまったみたいね」
「なんだ、じゃあ私がその格好をしてもドリルが付かないのか。つまらんな」
 魔理沙は本当に残念そうに口を尖らせる。してみると、魔理沙は後で霊夢のその服を借りるつもりでいたらしかった。

「あれ、でもおかしいな。昔はこの格好でもドリルなんて無かったぜ」
 魔理沙が鋭いところに気付いた。内心、ぎくりとする霊夢。無論、霊夢も気付いているのだ。あえてそこには触れたくない事情があった。
「その時と今とでは、何かが違うのよ。その違いこそが、今回の鍵ね」
 そして、パチュリーも気付いている。多分、霊夢が触れられたくない部分にまで。
 ああ、なるほど。だからこその『条件』というわけだ。してやられた、と霊夢は臍を噛む。
「そういえばさっき、赤、青、黄の組み合わせだって言ってたな。しかし……」
 魔理沙とパチュリーの視線が霊夢を射る。その無遠慮な眼差しを避けるように霊夢は横を向いた。

「霊夢、スカートは赤いんだな」
 あいにくと、青のスカートは虫が食っていたのだ。今日一日だけ、と割り切った格好だったのである。
「青、赤ときて、黄色が無いわね」
 パチュリーは目を細めて霊夢の腰の辺りを注視した。魔理沙はおもむろに立ち上がり、手をわきわきと動かしながら霊夢へ迫る。
「べ、別にどうでもいいじゃない。そんなこと!」
 動揺が隠せない霊夢へ、パチュリーは無慈悲な一言を放った。
「条件よ。私の質問には正直に答えなさい」


 最近は雨続きで寒かったのだ。春だというのに、朝夜は吐く息が白くなるほどに。
 芥子色の毛糸編み。いいじゃないか。暖かいんだもの。




 紅魔館を訪ねた翌日、霊夢はその事件を天狗の号外で知った。
 ドリルから戻った左手で煎餅をつまみながら、霊夢はその記事を読んだ。
 紅魔館が消えてしまったのだという。
 館があった場所には、館をすっぽり飲み込むほどの大穴だけが開いているとか。写真も載っていたが、なるほど、それは地の底にでも繋がっていそうな深く巨大な穴であった。
 新聞には、幻想郷未曾有の天変地異か、と読者の不安を煽るような見出しが踊っていた。
 くだらない。と、霊夢は新聞を丸める。
 無論、霊夢には真実がわかっている。具体的な方法を知ればあの魔女のことだ。使いたくなるに決まっている。もしかしたら魔理沙も一枚噛んでいるかもしれない。
 それも無理からぬことだ。霊夢も体験したから知っている。

 その単純な威力は、それゆえに人を虜にするのだ。

 煎餅をかじりながら、縁側から外を見やる。


 あの地中のどこかを、今もなお紅魔館は掘り進んでいる。


ドリルは浪漫。
deso
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/11 12:48:03
更新日時:
2007/05/14 03:48:03
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1. 4 A・D・R ■2007/05/13 03:24:37
元ネタがあるのかなぁ…と思ったり、色々と意表をつかれました。
2. 3 だおもん ■2007/05/13 23:58:28
浪漫に溢れた作品でした。
3. 9 shinsokku ■2007/05/14 19:12:47
マッハ幻想空想穴。恐ろしさを味わわされました。
その発想はなかったわを地で行った。
嘘幻想くささ、胡散臭いありえなさ、間抜けっぽい突飛さ。
爬虫妖怪が未出であることが惜しすぎる。
凄いツボです。
4. 9 新角 ■2007/05/15 00:53:35
アイデアに脱帽せざるを得ない
なんだこのバカは……
5. 6 爪影 ■2007/05/15 11:36:16
 熱くなれ、夢見た明日へ――
6. 4 久遠悠 ■2007/05/15 19:48:18
あとがきに激しく同意。
7. 6 床間たろひ ■2007/05/16 02:19:24
ゲッターかwwww
ゲッターなら仕方がないなwwwww

いやー面白かったっす。
無茶苦茶強引なのに、思わず納得しそうな程上手いw
8. 7 反魂 ■2007/05/16 02:52:43
ドリルは浪漫です。主に漢の。
散々引っ張ったドリルの謎が解明されたように見えて割と強引っぽいのが少し拍子抜けです。そもそも突拍子もない以上それがオチだと言われればそれまでなのですが、やや歯に物が挟まったままという感じも。
ただ全体的は非常に好印象です。文章の妙というか、軽妙にしてつぼを抑えた筆力。テンポ良く、過不足無い展開で充分に楽しめました。最後のオチまで秀逸。見事。
日頃と違う衣装を纏った女の子は、その衣装如何に関わらず妙に可愛く見えると思うのです。制服っ子の私服とか、逆とか。
これは何故なのでしょう。世界の正義なのでしょうか。
9. 3 ■2007/05/18 01:18:57

実に浪漫。
10. 6 どくしゃ ■2007/05/19 02:32:06
凄い!冒頭は普通〜とか思って読んでたけど、
永琳の診療・パチェの話と、段々面白くなっていって。
オチもいいし。久々に冷静なパチェが読めて感謝!
11. 7 詩所 ■2007/05/24 04:21:24
まず最初で吹いたw
中盤はひたすらカオスで、最後にまた吹いたww
12. 7 流砂 ■2007/05/26 21:45:01
成る程、まさしくお題『穴』を代表するような作品でありますな。
もう純粋に穴。 小細工も何も無い穴、ドリル、ほり、すすむ。
文章も軽快で面白く、どこかとぼけた感じがたまらない逸品でした。
13. 2 風見鶏 ■2007/05/27 03:09:41
2Pカラーワロタ
14. 6 blankii ■2007/05/27 11:03:29
後書きを心からアクセプト。というか、なにこのドリルの魅力満載なSSは。俺もドリル欲しい……とか、霊夢と陰陽の話とかを何処かすっ飛ばしつつ。
15. 7 椒良徳 ■2007/05/27 19:39:43
「赤の鷹、青の虎、黄の熊」ちょww おまっww
いやいや、非常に丁寧に作られたギャグ作品だと思います。
笑わせてもらいました。
ただ、呼吸困難になる怪作には少し及ばないか。
あなたの新作に期待しています。
16. 8 木村圭 ■2007/05/27 23:29:49
開始一秒で粉砕されました。オチに至るまで隙がありません。もう大好き。
17. 10 ■2007/05/28 09:54:14
廻符「ミラージュドリル」
最強の幻想の一つたるドリルを己が身に降臨させる術。
術の代償としてこの話の挿絵が永井豪か石川賢に。

ほとんど動揺しない霊夢が物凄く素敵でした。
18. 6 らくがん屋 ■2007/05/29 11:03:52
「あぁ、ゲッ○ーか!」と思わず膝を打ちました。座布団一枚。
19. 4 鼠@石景山 ■2007/05/30 00:50:28
ネタバレがちょっと拍子抜けしましたが、天候不順という複線はあるからいいか。
永琳のトンデモ実験がありそうで、というかなんで増やすか(笑)
でも、漫画ドリルじゃ穴は開かんのですよー。
20. 6 いむぜん ■2007/05/30 02:22:40
ドリル! 青霊夢の件はちょっと強引だけどな。穴なのにドリルネタはまったく思いつかなかったw
赤で飛ぶってのも盲点w 笑った、こういうムチャな笑いも悪くない。
21. 8 ■2007/05/30 02:54:46

この作品のおかげでドリルの素晴らしさに目覚めたw
22. 8 リコーダー ■2007/05/30 16:19:37
さすがに裏をかかれ過ぎた。
23. 6 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:27:00
なんというドリル。もうテーマが穴というよりドリル。
ただ、後半のパチュリーの説明で少しだれた気もしますが、仕方ないかもしれませんね。
それと、空が赤でドリルが青、黄色がタンクって、もの凄くゲッ●ー臭がしますね。
ともかく、お疲れ様でした。
24. 3 二俣 ■2007/05/30 19:27:43
いろいろと無視して走り抜けたガッツに乾杯。
ナイスドリル。
25. 8 K.M ■2007/05/30 21:10:21
出だしでも吹いたが、オチでものすっごい吹いたw
行け行け僕らの紅魔館!(おそらく青色塗装)
きっとマグマライザー(ウルトラセブン)やカイザーベルグ(ファントム・キングダム)、ビームタンク(ガチャフォース)を超えてる、ぜ。
26. 9 たくじ ■2007/05/30 22:30:22
浪漫て…こんなに笑える作品に出会えるとは思いませんでした。ぶっとんだ設定なのに各キャラ特に霊夢の行動があまりに霊夢らしすぎて素直に受け入れざるをえません。「それゆえ人を虜にする」という一文に大いにうなずけました。
27. 7 藤村る ■2007/05/30 23:24:49
 チェェェーンジゲッタァァァー!!
 ふう。
 ゴーゴーのあたりでむせたわ。
 此処に来て、さんざん言われてたドリルの浪漫ぷりがようやく理解できるようになった気がする……。
 それにしても直球極まりないのによくまとめたなあ。すごい。
28. 9 時計屋 ■2007/05/30 23:31:57
そのとおり。
ドリルは男の夢ですね。
あれ、でも霊夢は女……。

さて批評です。
とても面白いお話でした。
ドリルの魅力がこれでもかと語られた前半に、
謎を追求していくうち意外すぎる真実にぶちあたる後半。
文章もギャグも非常に洗練されており、文句のつけどころがありません。
ネタが若干(?)古すぎるのがアレですが。

実に良いものを読ませていただきました。
ありがとうございます。
29. フリーレス deso ■2007/06/10 00:17:57
desoです。
こんぺ初参加でこういう作品投下して内心びくびくでしたが、意外と受け入れられたようで安心しました。
今更ですが、コメント返しなぞ。

>A・D・R様
元ネタ知らない人でも楽しめるように書いたつもりなのですが、ゲッター知らない人には厳しかったかなぁ。
読んでいただいてありがとうございます。

>だおもん様
浪漫わかっていただけて嬉しいです。

>shinsokku様
さすがに爬虫妖怪は絡めきれませんでしたね。どこまでゲッター味を混ぜるか悩んだのですが。

>新角様
一発ネタをなんとかこねくりまわしてこんな形になりました。

>爪影様
元ネタの熱さは異常。

>久遠悠様
同意していただいて嬉しいです。

>床間たろひ様
仕方ない、と思っていただけたのならまずまず成功です。ありがとうございます。

>反魂様
正直なところ、謎については後付けもいいところなのであまりスカッとした論理性はありません。もっと上手くまとめられればよかったのですが。
あと、日頃と違う衣装の女の子は自分も正義だと思います。

>紫様
浪漫を感じていただければ幸いです。

>どくしゃ様
楽しんでいただけたようで、嬉しいです。
自分のパチェのイメージはこんな感じですね。

>詩所様
最後のオチが先にできてたので、笑っていただけたのなら嬉しいです。ありがとうございます。

>流砂様
直球です。文章は一文にわりと時間かかってたりするので、面白いと言っていただけると嬉しいです。

>風見鶏様
2Pカラーネタは自分が見かけなかったので使ってみました。

>blankii様
ドリルいいですよねドリル。
正直、陰陽の下りは投稿前日にでっちあげたので、ドリルがわかっていただければそれで良しです。

>椒良徳様
実は、投稿した後で気付いたのですが、「青の虎」じゃなくて「青の豹」ですよね…。
誰もツッコミがなかったのでびくびくしてました。
怪作とするにはカオスが足りないですね。カオスは難しい…。

>木村圭様
あの書き出しはわりとすんなり決まりました。あれがあのまんま粗筋になるということで。
大好きと言っていただいて、本当に嬉しいです。ありがとうございました。

>翼様
挿絵が永井御大や石川先生で想像していただけるなら本望です。
自分の霊夢のイメージが合ってたようで良かったです。

>らくがん屋様
アイデア一発。「そうきたか!」みたいに思っていただけたら成功です。
ありがとうございます。

>鼠@石景様
あの下りは自分でもかなり苦しいと思ってます。実は結構悩んだところだったり。
マンガ版は読んだことなかったのです。そうなのかー。

>いむぜん様
うん、強引ですね。自分でもそう思います。
ドリルネタ、自分はネタかぶりをかなり覚悟してたのですが蓋を開けてみればびっくりです。

>執様
ドリルの啓蒙に役立てたようで嬉しいです。

>リコーダー様
裏をかきすぎました。

>眼帯因幡様
うん。もうテーマがドリルです。おっしゃるとおり。
パチュリーのくだりは、どれだけ胡散臭い薀蓄を出せるかが話としての肝だと思いました。
その分、多少冗長になったかもしれません。

>二俣様
勢いのまま突っ走ってみました。スタミナが無いので長くは走れませんが。

>K.M様
あのオチはかなり早く決まっていたので、笑っていただいて良かったです。
別のオチも考えていたのですが、一応絵としてインパクトある方を選びました。

>たくじ様
自分が持つ霊夢のイメージがうまく合ってくれたということでしょうか。
ドリル霊夢に愛を感じていただけたら幸いです。
ありがとうございました。

>藤村る様
ゴーゴーのあたりは、なぜかドリル霊夢が踊っているビジュアルが脳内に浮かんだのでそのまま描いてみました。
直球ゆえに突っ走りました。ありがとうございます。

>時計屋様
お褒めいただき恐縮です。ネタが古いのはこれくらい古くないと幻想行きじゃないかなぁ、とか。
いや、自分の持ちネタが古いのも勿論ですが。
楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございました。

最後に、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
こんぺ初参加でこれだけ良い評価をいただいて、書いた当人としては嬉しくてなりません。
皆様からのご意見ご感想等を自分なりにこなして、より良い作品を目指していきたいと思います。
ではでは、こんぺ参加の皆様方、お疲れ様でした。
30. フリーレス 乳脂固形分 ■2007/06/10 02:10:54
途中でゲッターに気付いてからラストまでずっと「くだらねえ(笑)、くだらねえ(笑)」と心の中で連呼していました。
いや、最高です、あなた。
全力で文章力と技巧を無駄遣いした職人芸、堪能させていただきました。
ありがとうございました。
31. フリーレス deso ■2007/06/14 01:46:33
>乳脂固形分様
楽しんでいただきましたか。良かったです。
こちらこそありがとうございました。
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