BadEnd No--

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/11 13:50:27 更新日時: 2007/05/14 04:50:27 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
「今日はどこで遊ぼうかなあ」

 最近になってようやくまともに外へ出られるようになったフランドール・スカーレットは、どこへ行くとも無くふらふらと飛び回っていた。

「あんまり遠くへ行くなってお姉様は言うけど……そんなの聞いてられないわよね」

 私だって子供じゃないんだから、と頬を膨らますその姿は誰がどう見ても外見相応の少女にしか見えない。だが本人としては大人のつもりなのだろう。

「どうしよっかな…………あ、そうだ」

 何かをひらめいた彼女は高度を更に上げるために上昇する。

「んー、どの辺なんだろ……よくわかんないからこの辺でいいかな」

 ある程度まで昇ると、フランドールは適当な位置で停止した。

「よし、それじゃ」

 楽しげな声で彼女は力を溜め始める。

「たしか結界を壊せば外に出られるはず」

 そして幻想郷に住む者が耳にすれば仰天するような言葉を軽々と口にし、それどころか実行に移そうとする。

「どんなところなのか興味あったのよねえ」

 そんなことをしてしまえば大事件となるであろうことは想像に難くない。だがしかし、この少女はただの好奇心からそれを行おうとしているのだ。

「そろそろいいかな……っえい!」

 気合と共になんの躊躇いも無く、破壊の力が放たれる……そして、


 ぎしりと、空間が軋むような音を立てて、あっけなく博麗大結界に穴が開いた。


「うーん、思ったよりぜんぜん脆いわね」

 まあいいか、と踵を返し今度も何のためらいも見せずに、自分で作り出した穴から外の世界へと飛び出した。


 彼女はこの先に待っている運命を知らない。欲望の赴くままの行動が何を生むかなど考え付きもしない……好奇心は猫を殺すというのに。






 それから数日の時が流れた。依然として空の結界に開いた穴はそのままである。いつもなら真っ先に異変に気が付いて飛んでくるはずの人間たちも未だに姿を現さない。
 そして更に数日の後、ようやく動きが現れた。


「…………―――――っぁぁぁああっ!!」


 絶叫を響かせながら、その穴の中から飛び出してきた人影が一つ――――それは穴をあけた張本人であるフランドールだった。
 だがどうしたことか、行きとは違い彼女の外見は無残なものとなっている。纏っている布は既に服とは呼べないほど焦げていて襤褸切れでしかなく、そこから覗く白い肌には無数の傷が見え隠れしていた。

「もういやっ!」

 そして即座に彼女は振り返り、通ってきた穴へ向けて力を叩きつける。

「あんな場所認めない、認めないんだから!」

 まるでその穴の先から来る何かから、自分だけでなく幻想郷の全てを守ろうとするかのように、彼女は狂ったように力を込める。

「ぁぁああああっ!!」


 キィィィンと、澄んだ鐘の音のような響きが空間に流れた。


 穴をあけたときとは正反対の印象を受けるその音は、彼女の叫びに合わせるかのよう鳴り響きつづける。

「ぁぁああぁっ…………」

 いったい何があったのだろうか、少女の頬は涙に濡れている……だがしかし、不思議な事に彼女の瞳からはいつもの狂気が見出せない。
 そうしてしばらくの間、彼女の生み出す二重奏が辺りを支配する。

「…………はぁっ、はぁ」

 ようやく音が収まると、肩で息をして呼吸を整える。見ると先ほどまで開いていた穴は、綺麗に塞がっていた。

「ふ、は、はっ……はふ……」
「あらあら、お見事ね」
「っ!?」

 唐突に背後からかけられた声に、フランドールは勢いよく振り返る。

「外の世界はどうだったかしら」

 するとそこには隙間に座り悠然と微笑む八雲紫が浮かんでいた。

「あんた……!」
「随分と苦労したみたいね」
「まさか見てたの!?」
「ううん、そうじゃないわ。でもその様子を見れば予想がつくわよ……それでどう、楽しかったのかしら?」
「っ! ふざけないで! あんなモノのどこが楽しいって言うのよ!」

 彼女の言葉に激昂するフランドール。外の世界での経験はこの少女に対してどれほどの衝撃を与えたのだろうか。

「あんなモノねえ。いったい何があったのかしら」

 一瞬口篭もるが、自分の内に止めておく事などできなかったらしく、彼女は話を始める。

「あ、あいつら、遊ぶためでも食べるためでもなく……なんなのよ!」

 その出来事を思い返し、普段の彼女からは考えられない事だが身震いすらしている。

「最初は凄く激しい弾幕ごっこだと思ったのに……何時まで経っても終わらないし、ちっとも楽しくないし。腹が立ったから辺りの物を全部壊してやったら、今度はもっとすごい弾幕が飛んできて……気が付いたらなんか硬いベッドに寝かされていて」

 感情を落ち着かせようと一区切りして息を整える。

「動こうとしても全然力が入らなくて、そうしたら近くにあった変な箱から紐でつながれて……その間中ずっと白い人間たちがこっちを見てるのよ……笑うでもなくずっとずっと」

 湧き出る震えを隠そうともせずに、両腕で自分の身体を掻き抱く。味わった当人にしか感じ得ない恐怖、それは彼女の狂気すらも覆す、更なる狂気のだったのだろう。

「それで何とか動けるようになった時に必死で逃げ出したのよ」

 語り終えるとフランドールは紫に向かってじっと真剣な視線を向けてくる。それにはやはり狂気が含まれておらず、強い意志の力が感じられた。

「ねえ、確かあんた外の世界に詳しいんでしょ。教えてよ、あいつらはいったいなんなの? なんであんなことするの?」

 そんな必死の問いかけに返ってきた答えは、

「そんなの、珍しいからに決まってるじゃない」

 あまりにも簡潔で、そして納得のいかないものだった。

「何よそれ……そんな理由、なの?」
「あら、貴女だって今まで気に入らないものがあったら壊してきたでしょう? 貴女の出会ったその人間たちは珍しい生物を見つけたから捕らえた。どちらとも自分のやりたいことをやっただけじゃない。欲望に忠実なのは結構な事よ」
「なに言ってるのよ、それは……!」

 フランドールは一瞬だけ口篭もる。

「それは……何? 貴女の破壊するという行為には理由があったの?」
「もちろん、あったに決まってるわ」
「ふうん、いったいどんな?」

 試すようなその言葉に、フランドールは開き直って答える。

「楽しかったからよ!」
「そう、それじゃあその人間たちも楽しかったからだったのかもね」
「嘘! ちっとも楽しそうじゃなかったわよ! なんかよく判らない難しそうな顔してただけで、全然嬉しそうじゃなかった!」
「まあ人それぞれね……というより貴女にもわかってるんじゃないのかしら?」
「……なにがよ」
「貴女は既に狂気から解放されている……冷静に考えることが出来るのなら、おのずと答えは出てくるはずよ」
「……うぅ」

 完全に図星だった。
 そう、彼女が五百年以上生きるあのレミリア・スカーレットの妹で、そのうえ知識の宝庫ともいえる頭脳を持つ、パチュリー・ノーレッジと同じ館に住んでいるというのは伊達ではないのだ。
 そんな相手と長年一緒に居れば、狂っていようとも知識は溜まる。

「……そんなの認めないわ」
「ほら、判ってるじゃない」
「認めないって言ってるでしょ!」
「そう? でも貴女が実験動物として扱われたのは事実――」
「うるさい!」

 フランドールの掌から放たれた凝縮された破壊の波が紫を襲う。

「ほらほら、熱くならないで」

 だがしかし、紫はそんな物はどこ吹く風といわんばかりに涼しい顔でなだめようとする。

「……くそ」
「あまり下品な言葉遣いは感心しないわよ?」
「ああもう、ほんとにうるさいわね」
「そう? 私としては貴女の事を思っての発言なのだけれど…………まあいいわ、それで?」
「? なにがよ」
「許せないとしたらどうするのかしら? もう一度あちらに行って全てを破壊してくるのかしら」

 フランドールは苦々しげな表情で歯噛みする。

「……そうしたいのは山々だけど、残念ながら私では不可能ね。それに下手を打ってここの皆が被害に遭うのも気に食わないわ」
「あら、随分と思慮深いのね」
「馬鹿にしてるの?」
「誉めているのよ」

 フランドールは紫を睨みつけるが、彼女の表情にはからかいなど微塵も含まれていなかったため、とりあえず矛先を潜める。
 ……演じている、という可能性も否定は出来ないのだが。

「でも……狂気から抜け出した貴女は本当に思った通りね。これなら期待できそうだわ」

 ふとそんな意味ありげな言葉を紫は口にする。

「……なによ期待って」
「知りたいの?」
「いいから教えてよ」
「そう? じゃあ率直に言うけど……貴女、この幻想郷の守護者にならない?」

 紫のあまりに唐突な発言に、フランドールは硬直する。

「……あら、反応が薄いわね」
「って、そりゃそうじゃない! いったいなに言い出すのよ、冗談も程々にしないといい加減怒るわよ」

 普段の彼女からしてみれば随分と気の長いほうなのだが、そろそろ限界が近いようだ。

「冗談、ね。私は至って本気なのだけれど」
「はぁ? あんたなに言って…………って」

 そう言いながら覗き込んだ紫の瞳は今まで見たことが無いほど深い眼差しをしていた。

「…………本気、なの?」
「私は嘘は言わないわ」
「信じられないけど……とりあえず話は聞いてあげる」
「そう、ありがとう」

 ごくりと息を飲むフランドール。

「さて、まず初めに聞くけれど……貴女、龍というものを知ってるかしら?」
「馬鹿にしないで、それくらいは知ってるわよ」
「それなら話は早いわね」

 一つ頷き話を続ける。

「それじゃあ次の質問。その龍というのはいったいどういった存在かしら?」
「……確か、破壊と創造を司り、幻想郷の内と外を自由に行き来できる………………え、まさか」

 言葉にするたびフランドールは徐々に表情が強張って行き、ある一点の事柄に思い至るとそれは完全に驚愕に染まった。

「あら、本当に頭の回転が速いわね。予想以上だわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! まさか、そんな」
「何か不可解な点でもあったかしら?」
「あたりまえじゃない! っていうか何、あんたはもしかして……自分がその龍だとでも言うつもりなの!?」

 それを聞くなり紫は一層笑みを深める。それはまるで難問を解いた我が子を誉める母親のような笑み。

「ふふ、正解よ」
「何言ってるのよ! そんなはずないでしょ!?」
「そんなはずない、ねえ。そうしてそんなことが断言できるのかしら?」
「だって、龍って言うのは幻想郷の生物全てにあがめられる守護者でしょ? 何であんたみたいなのがそうなのよ」
「うーん、あまり理由になっているとは言いがたいわね……それじゃここでまた質問ね」

 身構えるフランドール。対する紫は深めた笑みを崩さない。

「守護者とは言うけれど……その姿が前に確認されたのは何時だったかしら?」
「たしか……博麗大結界が出来た頃だって言うけど……」
「じゃあその前は?」
「……詳しくは知らないけど、大きな事件が起こるたびに見かけたって言うわ」
「ふふ、正解。それじゃあ本題ね……ならば最近になってその姿を見せないのはどうしてかしら?」
「それは……大きな事件が起こっていないからじゃないの」
「はい不正解。残念ながら起こってるわね」
「なによそれは」
「まあ貴女の姉が引き起こした紅霧異変は実害としては皆無だから違うとしても、次に起こった幽々子の事件は大事よね。なんといっても西行妖の開花は幻想郷に住む全生命の危機だもの」

 反論できないフランドールに対して紫は更に言葉を紡ぐ。

「更に次はあの月の不死人が起こした事件。一見安全に終わったかに見えたけど……本当の所、下手をすれば月との関係が崩れて全面戦争も起こりえたのよ。流石にそれはまずいわ」

 一旦言葉を区切ると、彼女は全てを見透かしたような視線で問い掛けてくる。

「それじゃあまた質問よ。これらの事件に何故その守護者は関わってこなかったのかしらね」
「……忙しかったんじゃないの」
「ふふふ、お粗末な答えね。守護者たるものそんな理由で出てこないわけが無いじゃない」

 苦肉の反論とわかっているのだろうが、紫は律儀に答えを返してくる。

「はい、それじゃあここでもう一つの質問。それらの事件で普段は滅多に姿を現さない妖怪が関係していたわね……それはいったい誰かしら?」
「…………それは」
「それは?」
「……八雲……紫」
「はい、今度は正解ね」

 先ほどのように笑みが深まる事は無かったが、彼女の視線がどこか不可解な威圧感を含み始める。

「……うう、そ、それじゃあ聞くけど」
「なにかしら」

 ここで言い負かせなければ何かが終わってしまう。そんな脅迫感にも似たものを抱きながら、威圧感に負けじと反論しようとするフランドール。

「六十年周期の結界の緩みの時はどうして居なかったのよ」
「あらあら、よくそんな事実を知っているわね。他の皆は別の事に気を取られて本質に気が付いていなかったというのに」

 その質問がよほど嬉しかったのか、更に視線に力をこめる。

「そ、それは……気になってうちの司書に調べて貰ったのよ」
「ふふ、勉強熱心なのね」

 見るものに畏怖さえ抱かせるほどのそれを受けながら、フランドールはなんとか答えた。

「それで……理由は?」
「あら、調べたのなら判っているんじゃないの」
「……」
「無言は肯定と取るわよ?」
「く、ああそうよ、あの事件はその名の通り六十年周期で起こる定期的なもの。だから今まで龍が現れるなんて事は無かったし、今回もそうだった……そういうことでしょ!」

 吐き捨てるように叫ぶフランドールとは対照的に、紫は笑みを崩さない。

「質問は無いみたいね。それじゃあ次の証明に移りましょうか」

 ご機嫌な態度を崩さないままに、紫はこほんと咳払いをする。

「さっき貴女はこう言ったわよね。龍というのは破壊と創造の力を持つって」
「……ええ」
「それじゃあ再び問題よ……私の力は何だったかしら?」
「…………」
「あら、わからないのかしら」

 唐突に、彼女から向けられる威圧感が増す。

「う……ぁ!」

 しかしフランドールが呻き声を上げるとその威圧感は消失した。

「さあ、どうなの?」

 そんな遣り取りなどまるで無かった事のように紫は振舞ってくる。

「……くっ……」
「私の力は、なんだったかしら?」
「……『境界を操る程度の能力』」
「正解ね……そしてその力は転じて、全てを破壊し、全てを創造する可能性を秘めている」
「はっ……なにが可能性よ。純然たる事実でしょ」
「否定はしないわ。それじゃあこれに関係した事でもう一つ重要な事があるわ……それは何?」

 新たな質問を出す紫。先ほどの強大な威圧感はなりを潜めたが、それでも動きを制限されるほどには強いままである。

「……ふん、それはその力で開かれる隙間によって、どんな場所へも行き来できるってことじゃないの……そう、たとえそれが幻想郷の外だとしてもね」

 段々と諦めの色が濃くなってきた彼女の声。

「はい大正解。さてと、それじゃあ今までの問題の答えを纏めましょうか」
「……」
「最初に、龍というのは破壊と創造の力を持ち、幻想郷の守護者であり、大結界すら物ともせずに内と外を行き来する存在。そしてその龍は最近姿を見せなくなった。大きな事件が起こってもそれは変わらず、その代わりに私、八雲紫という妖怪が姿を現すようになった……さらにその八雲紫という妖怪は、姿を見せなくなった龍と同等の力を持っている。それはいったいどういうことか……まあ、ここまで言えばどこかの氷精でも理解できるんじゃないかしらね」
「ああもうっ、うるさい!」

 今まで向けられていた力を弾き飛ばし、紫へ向けて再び破壊の力を撃ち出す。だがそんなものは当然の如く無効化されてしまう。

「うふふふ、まだそんな気概が残ってるなんて。本当に予想以上だわ」
「イライラするわね……あんたが幻想郷の守護神? それはいい加減に認めるわ……でも、だからどうしたのよ。それと私がいったいどんな関わりがあるって言うわけ!?」

 ここに来てようやく、といった風に紫は紫は空中で組んでいた足を下ろし、差していた傘を閉じて隙間に放り込む。

「だから最初に言ったでしょう? 幻想郷の守護者にならないかって」
「……これまで通りあんたが続ければいいじゃない」

 フランドールは更に警戒を強くしながら返す。

「そうね……それがいいのかも知れないけど……でもね、長年そんなことをやっていると飽きるのよ」
「……ちょ、ちょっと、ふざけないでよ。何その理由?」
「あら、ふざけてなんて居ないわ」
「そっちの方がよほど問題よ!」
「そうは言ってもね……でも貴女だってわかるんじゃないかしら。同じ事の繰り返しというのは苦痛でしかないって」
「う……それは」

 彼女には否定する事が出来なかった。それはそうだろう、五百年近い長い年月を殆ど館の地下にて過ごし、たまに出られたとしても決して外の空気には触れさせて貰えない。
 そんな生活を続けてきたフランドールには、その理由が痛いほど理解できてしまうのだ。

「でもだからって、守護者を辞めるなんてそんな簡単な事じゃないでしょ!」
「ええそうね、だから代わりを見つけたのよ……貴女という新たな守護者をね」

 紫は徐々に近づいてフランドールの目の前にまで来る。

「……わからないわ」
「なにがかしら」
「どうして私なのよ」
「あら、あなたの力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』でしょう?」
「そうよ」
「そして貴女はさっきこちらに帰ってきたときに、いったい何をしたのかしら」
「……あ」

 彼女は思い出す。
 まるで外の世界での出来事を無かった事にするかのように、必死になって博麗大結界の穴を塞いだ事を。

「そう、貴女は既に新たな力を手に入れているのよ」
「…………」
「その切っ掛けが狂気からの逸脱か、それとも何かを守りたいという意思からなのかは判らないけれど……貴女は確かに『ありとあらゆるものを破壊し創造する程度の能力』をその身に宿しているの」
「……そんなこと」
「認めなさい……誇り高き紅い悪魔の妹、フランドール・スカーレット。貴女はこの幻想郷を守るための権利を得たの。それは誇りこそしても決して嘆くようなものではないわ」
「……」
「さあ、どうするの? 私と代わってくれるのかしら」

 フランドールは無言のまま、紫を睨みつける。そしてその小さな唇から放たれたのは、

「お断りよ」

 拒絶の言葉。

「あんな人間たちと関わる可能性があることなんて願い下げよ」
「…………そう」

 それに対し紫は多少残念そうな顔を見せたものの、余裕な態度は全くと言っていいほど崩さない。フランドールはそんな彼女に不審なものを抱いたのか咄嗟に距離を置く。

「なら、仕方ないわね」
「な、なにするつもりよ」

 張り付いたような笑みを浮かべる紫に対して気丈な態度で立ち向かおうとするフランドール。

「何をするかって? ふふ、それはね…………貴女という存在を消すの」
「……は……ふざけないでよ!」
「こっちは真剣よ。あなたのことは嫌いじゃないけれど、残念ながら龍に至る存在は二人も要らないの。だってもし二人も居てしまえば、片方は守護者などではなく幻想郷を脅かす害悪でしかないのだから」
「そんな、そんなこと……!」
「異論は認めないわ。これは私が今まで何千年もの間、ずっと行ってきた事なのだから」
「っ! それって!」
「本当に惜しい人材ね……そうよ、貴女みたいな存在は今までも何人か居たのよ」

 どこか遠い目をする紫。

「でもね、その全てが貴女のように拒絶したわ……そしてそのたびに私は消してきた……悲しい事よね」

 彼女の口から漏れ出る言葉は、その意味どおりに誰が聞いても判るほどに深い悲しみを含んでいる。それは自分の同類が生まれようとも決して共には歩めないという、たった一人の孤独な妖怪だけが持つ悲しみだった。

「ならなんでそんなことを……」
「言ったでしょう、幻想郷に守護者は二人も要らないって……そう言う役割なのよ」

 胸元で組んでいた紫の右腕がフランドールへと向けられる。

「役割……そんな理由で消されるなんて納得できるはず無いじゃない!」
「それはそうよね。今までも皆そうだったわ」

 彼女の掌に力が集まる。


「……だから、抵抗なさい」

「言われなくても、そうさせてもらうわ!」


 その言葉と同時に、フランドールの掌から炎が噴出す。

「幻想郷の最高神? だからどうしたって言うのよ。あんたが神を語るのなら……私はその戯言と一緒に全て壊してあげる!」

 叫び、彼女は両腕を振りかぶる。

「喰らいなさいっ!!」

 小さな両手に握られたのは、彼女の破壊の力を一点に凝縮した炎の剣。
 その名はレーヴァテイン。奇しくも神話上にて、世界ごと神々を焼き滅ぼしたと謳われる魔剣と同じ名である。

「ふっ」

 極限の破壊の力を秘めた一撃は、紫の掌に集まった紫紺の力に受け止められる。

「なっ!」

 一瞬だけ驚きを見せるフランドールだったが、それで力を弱めるといった事は無い。

「あらあら、本当に素晴らしいわね。稀に見るほどの力だわ……でもね」
「うるさい! 囀ってないでさっさと消えなさい!」

 勢いを増す炎、しかし紫は揺るがない

「貴女の頑張りは惜しいけど……私たちの力は究極的には同質のもの。それがぶつかり合った時……勝つのはそれを相手よりも研鑚していた方よ」

 先ほどとは逆に今度は紫の力が増していく。そしてこれも先ほどとは逆で、フランドールの手にする炎の剣が徐々に減少していく。

「なんで、なんでなのよ!」
「言ったでしょう、力自体は同質だって。つまりそれはお互いが破壊しあうということ。純粋に力の強い者の方が、相手の破壊の力を破壊する……道理じゃない」
「そんなっ……嘘!」

 叫び、全身全霊を込める。だが彼女の手に握られた剣が力を取り戻す事は無い。

「けれど事実よ……ほら、そろそろ諦めなさい」

 ついに跡形も無く消え去ってしまう炎の剣。必殺を込めた一撃を完全に封じられ、フランドールは愕然とする。

「あ、ああっ!」
「ふふ、そんなに悲しまなくてもいいのよ」

 そんな彼女を優しく、まるであやすかのように紫はそっと抱きしめる。フランドールは当たり前に抵抗を見せようとするも、なぜか体が言う事を聞いてくれない。

「……っ!」 

 そして少女の体を襲う不快感。

「や、なに、なんなのこれ!?」
「怖くないわ……貴女は私と一つになるの」
「なに言って……」

 恐怖の色に染まった瞳でフランドールは目の前の相手を見つめる。だがそれに対する紫は慈母のような笑みを浮かべたままである。そしてその表情が更なる不安を煽り、吸血鬼の少女は絶望に身を硬くする。

「いやぁ!!」
「大丈夫……貴女という存在が消失した事によって生じる穴は、私が埋めてあげるから……安心なさい」
「あ、安心なんて出来る訳ないじゃない!」
「そう、なら仕方ないわね……」

 そう呟いた紫の瞳が一瞬だけ揺れる。すると今まで頑なに抵抗を示していたフランドールの動きが止まった。

「……ぁぅ」
「少しだけ、貴女の感情の境界を弄らせてもらったわ……なんて言っても、もう判らないわね」

 先ほどまでの力強い意思を湛えた瞳は見る影も無く、フランドールはぼんやりと、どこを見つめるでもなく空中へ視線を向けている。
 紫にとって相手の抵抗を奪うことなど初めから簡単だったのである。しかしここまでそれをしなかったのは、彼女なりの慈悲だったのかもしれない。

「さあ」

 そして彼女の口から出る一言。 
 それは少女にとっては死刑宣告に等しい。

「……ぅ」
「ふふふ」

 紫の唇がゆっくりとフランドールのそれへと近づいて行く。


 そして、


「……ん」


 二人の影が一つになる。






「あは、やっぱりこの子の力はかなり強大だったみたいね」

 先ほどまで二つ浮かんでいた人影は一つだけになっていた。

「どうにも滾って仕方ないわねえ……っと、危ない危ない」

 どこか狂気を含んだ紅い瞳が、無意識の内に細められていくのを抑える。

「多少なりとも正気になっていてくれていてよかったわね……いつものことだけど、これの後はついつい引き摺られるもの」

 身の内から湧いて来る破壊衝動を抑えながら、紫は過去の出来事を思い出していた。

「そのたびに事件を起こしてるんだから、私もまだまだかしら」

 普段なら思いを馳せる事も少ないのだが、この時ばかりは記憶を反芻する。

「……そういえば、ここの妖怪を扇動して月に攻め入った事もあったわねえ……あそこまで元の想いに引き摺られるなんて、あの頃の私も若かったわ」

 自嘲する紫の口元からは、鋭く尖った牙が覗いている。

「まあ、あの月人の執念がそれほどまでに強かったって言う事なんでしょうけれど」

 世界から抹消された千年以上前の月人のことを思い出す。

「今の月との関係があるのはあれが切っ掛けだというのに……今居る蓬莱人すらもその恩人の存在を覚えていない、か。自分でやったこととはいえ、悲しい話よね」

 永遠亭に住む少女が広い地球の中でこんな小さな島国に来れたのは先達が居たからである。だが紫の行いによってそれすらも曖昧な記憶の彼方へと忘れ去られてしまったのだ。

「ふふ、本当に悲しいわ」

 笑いながら呟いてはいるものの心中は決して穏やかではない。彼女は本気で悲しんでいるのだ。だがその役目ゆえ、露骨に表に出す訳には行かない。
 それでもあえて口に出して嘲笑するような響きで確認するのは、自分に対する戒めからかもしれない。

「……あら」

 そうしている内に紫は遠くから見慣れた紅白の少女がこちらに向かって飛んでくるのを見つける。

「こんにちわ霊夢。そんなに急いでどうしたの?」

 目の前で停止した博麗の巫女に声をかける。

「どうもしないわよ。ただちょっと大結界に不審な反応があったから来てみただけ。ほんとは何日か前から異変はあったんだけど、位置が正確にわからなかったのよね」
「それはどうかしたってことなんじゃないのかしら」
「大丈夫よ、不審な人物を見つけたから。多分それが原因じゃない?」
「あらそれは大変ね。いったいどこに居るのかしら」

 何を言ってるんだと言わんばかりの表情になる霊夢。

「目の前に」
「心外ね」
「でもあんたでしょ」
「まあ、間違ってはいないわね」

 確かに間違っては居ないだろう。いまや彼女の一部となった存在が引き起こしたものなのだから。

「それでどうするの? 弾幕ごっこでもするのかしら」
「しないわよ、面倒くさい……ってなんか今日のあんた変じゃない?」

 妙に好戦的な紫から不可解な違和感を覚え、怪訝な顔をする霊夢。

「そうかしら」
「ええ……んんん? やっぱり気のせいかしら」
「どっちなのよ」
「んー…………まあいいわ」

 ただの気のせいだと判断し、霊夢はあっさりと会話を打ち切る。

「ならいいわ。それじゃ、用も無い事だし行きましょうか」
「どこに行くっていうのよ」
「あなたの家よ。何なら魔理沙も誘いましょうか」
「いやいいけど……やっぱり……んんん??」

 妙に楽しそうに話す紫に首を傾げつつ、霊夢は彼女と一緒にその場を去っていくのだった。


 後には何も残らない。結界の歪みも残っていないし、ましてや紫以外の誰かが居た痕跡など欠片ほども残っていない。

「…………」

 一瞬だけ、紫は視線を背後へ向け、すぐに前方の霊夢へと戻す。






 こうして、幻想郷から一人の少女が消え去った。
 しかしその事実は誰にも認識される事は無い。それがたとえ彼女の姉であろうと変わらない。例外があるとすれば……唯一それを行った妖怪だけだろう。

「……さようなら、フランドール・スカーレット」

 呟いた彼女の言葉は、幻想郷の風に溶けて消えていった。
灰次郎
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/11 13:50:27
更新日時:
2007/05/14 04:50:27
評価:
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1. 4 A・D・R ■2007/05/13 03:31:00
文章は読みやすかったのですが、お話にあまり入り込めなかったです。
趣味的なものがあるかもしれません。
2. 4 shinsokku ■2007/05/14 19:30:10
同じタイプのスタンドッ!
は兎も角、Bad確定してからが長いですな。初代かまいたちの皆殺しルートみたいな。
ていうか設定時点でどう転んでもBadなのか。
嫌いではないけれど、どうにも苦手さんです。申し訳ない。
3. 3 爪影 ■2007/05/15 13:45:24
採点者からのメッセージはありません。
4. 7 反魂 ■2007/05/15 23:59:43
面白かったです。純粋に。
斬新なストーリーなのは間違いなく、それでいて読まされる魅力がありました。フランドールと融合した後の紫が、良い具合に狂気を孕みだしていて見事です。
敢えて言うならフランドールが外界で遭った何かしらの災難、それについてもう少し分かりやすい言及があったならという思いは否めません。そこがもう少ししっかりしていたなら、序盤からきっちり物語に入り込め、もっと良い読了感を味わえていたと思います。
とはいえここまで書いてきたとおり、総合的には非常に面白い作品でした。ありがとうございました。
5. 3 どくしゃ ■2007/05/19 02:46:44
最悪の読後感…。けど、話は面白かった。
紫怖っ!
霊夢遅っ!!
6. 4 秦稜乃 ■2007/05/22 15:28:42
最強ゆえに、破壊すらも、創造すらも掌るか。
なんとも言えない気持ちです。
7. 4 詩所 ■2007/05/24 04:20:25
後味悪く、まさに救われない話。
自分の存在を認めてくれる人は消え、そしてだれもいなくなる。
8. 1 人比良 ■2007/05/26 20:57:36
率直すぎて今一。磨いて洗って干したら素敵になるかも。

9. 1 流砂 ■2007/05/26 21:45:23
あー、うん、まぁなんていうか。
私には合わなかったというかなんというかもにゃもにゃ。
とりあえず、ゆかりんもフランも知能指数が低すぎるかと。
相手を小馬鹿にしつつ理論立てて説明する、といってもこれはちょっと……。
10. 2 deso ■2007/05/27 00:00:34
どうにも受け付けません。この話と自分が持つ東方のイメージが違い過ぎます。
いきなり何の前振りもなしに設定語り(それも独自解釈の部分を)なので、読まされている感じです。色々なエピソードを積み重ねて説得力があれば、多少の無茶な設定も飲み込めるんですが…。
11. 5 風見鶏 ■2007/05/27 03:14:01
黒い紫も結構良いけど、紫の行動原理を考えるとちょっと動機付けが希薄かな。
外は西方の世界かしら。
12. 4 blankii ■2007/05/27 11:03:54
考察系、でしょうか。龍とゆかりんの符号する点を突き詰めていったのは面白かったです。
13. 6 椒良徳 ■2007/05/27 19:40:29
龍=紫とは面白い解釈ですね。
丁寧に説明がなされていてなるほどとうなってしまいました。
ただ、オリ設定盛りだくさんの作品ということもあり、十点と言うわけにはいきませんな。
個人的にはもっとバトルに力を注いでいただきたかったのですが、それは私の我儘か。
14. 1 木村圭 ■2007/05/27 23:30:19
自分勝手だなぁこいつ。見ててイライラする。最高神なんて何でもアリの存在ならわざわざ吸収しなくてもどうとでも出来るだろうに。
何千年も紫が守護者やってたのに、龍が姿を見せていたのは紫が姿を変えて出て来ていたから? じゃあ最近になってそれをしなくなったのは何故?
ところで、紫って妖々夢の本編には全然関わって無いような。
15. 7 ■2007/05/28 10:00:33
狂気がなくなる所とか、創造の力に目覚める過程とかが理屈がほとんどなかったので、ちょっととってつけた感がありました。
16. 2 らくがん屋 ■2007/05/29 11:01:13
いやぁ、よぉ考えなすった。でもこじつけ設定の羅列は読んでて楽しいものじゃないです。
こじつける力(悪い意味ではなく)は凄いと思いますけど、物語自体がつまらなきゃSSとしては駄作です。
17. 3 鼠@石景山 ■2007/05/30 00:50:58
フランから狂気が抜けるきっかけが分かりませんでした。外で何があったのやら。
説明するための前フリがちょっと長い気がします。
あと壊して壊れるものなのか? 博麗大結界。 「ルールを壊す」なら出られるような気もしますが、それをやったら博麗がかっ飛んできそうな? お題が弱いのもどうかと。
18. 3 いむぜん ■2007/05/30 02:23:12
フランドールの一人歩きが災難を呼ぶ、というのは割りと良くあるネタか。
>ようやくまともに外へ とあるのに、いきなり結界破壊をやらかすのは、レミリアの監督不行き届きなのか。
こんな事をサラリと考えるのに、一人で外に出してよいものかね。
解釈は面白いが強引さが目に付く。……うむう。紫が微妙にトリニダート入ってるキガス。
19. 3 ■2007/05/30 02:55:45

物語が設定解釈のレベルを出ておらず(公式設定の使い方が『活かす』ではなく『語る』になってしまっている)、純粋な読み物としては正直物足りないです。
お題もほとんど絡んでおらず、コンペ向きの作品とは言い難いです。
文章力は十分にあると思いますので、読者を楽しませることを第一に意識して書くといいでしょう。
20. 5 リコーダー ■2007/05/30 16:19:23
フランが天下取った世の中もそれはそれで面白そう、とか。
21. 3 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:28:49
お題の穴が……ちょっと薄いかなと思いました。
こういう捉え方もあるのかと感心する反面、置いてけぼりにされたようにも感じます。
読者を納得させる為に、もう少し地の文が欲しかったかもしれませんね。
未熟者が偉そうにすみません、お疲れ様でした。
22. 5 二俣 ■2007/05/30 19:29:25
本気でバッドエンド。
全体的に暗く統一された文章から、もう戻れないよーと嘲笑うような構成から、徹頭徹尾容赦なしに一点目掛けて突き進む姿勢がナイスです。
…多少、黒すぎる感はありますが。
23. 6 K.M ■2007/05/30 20:32:42
作中にもあるとおり、「好奇心は猫を殺す」…まさに恐怖。
妹様を拘束できた外の技術もたいしたもんだが、それ以上に紫様は恐い。
24. 4 たくじ ■2007/05/30 22:30:06
新しい能力を得たというのが強引で辻褄を合わせるためという印象を受けました。それから本気で相手を消してしまうというのも何だか東方っぽくないような感じがします。
25. 4 藤村る ■2007/05/30 23:25:25
 うーん……創造する能力のところが少し厳しいかなあ。
 個人的にはどんでん返しを希望したのだけども。このままだとゆかりん酷いまま終わっちゃいますし。
 穴弱いなあ……。
26. 1 時計屋 ■2007/05/30 23:33:05
実は紫=龍だったというお話ですが、説明がどうも牽強付会に見えてしまいます。

SSの大半が説明に終始してしまっているので
読者を納得させるより、まず、読者を楽しませることを
優先してほしかった。
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