逃れて墓穴に至る

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/12 10:34:55 更新日時: 2007/05/15 01:34:55 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 冥界の雨は冷たい。
 この原因を気象の知識に求めても無駄で、そもそもどこから雨雲がやってくるのかもわからなかった。
 それでもある程度の予測は可能だった。風には湿り気の他にも、鼻を澄ますツンとした匂いが認められた。霊魂らは落ち着き無さげに尾を引き、中には諦観を決め込んで動かなくなるものもいた。
 今の時期ならば、花を散らした後の桜が枝葉の顔色を暗くした。
 これらのことは庭師として働いている魂魄家の妖夢ならばすぐに見て取れたのだが、彼女は主家である西行寺の屋敷に避難するでもなく、黙々と剪定を続けていた。
 一連の所作の後に刀を収めた際、手の甲に雨粒が当たった。そこでようやく、妖夢は雨に気付いた。
 彼女の半霊はとっくに木陰へ入っていた。その木は他のものよりも懐が深く、幹に背を当てれば、濡れる心配はまず無さそうだった。
 おかげで妖夢は肩口を少し濡らすだけで済んだが、雨足は強い。
 伸び始めたばかりの雑草が強かに頭を打たれる様を見ていると、思わず溜息が漏れる。吐息は白味を帯び、手先には赤が差していた。
 彼女は膝を抱えた格好で、地べたに座り込んだ。元々からして体温は低かったが、誰かが彼女の手を取ったならば、その冷たさに思わず手を離してしまうに違いなかった。
 半刻もすれば雨足は弱まるだろう。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、膝下からはスカートから出てしまっている足を擦った。
 パンストとまではいかずとも、せめてサイハイぐらいは穿けば良かった。後悔にしかならないことを考えながら、足を擦り続ける。やがてそれも意味が無いと悟り、膝の上で組んだ腕に額を付けた。
 窮地にあって体力を温存するのは上策だったが、妖夢の歳では手持ち無沙汰が勝った。彼女は時間を与えられることに慣れてはいないのだった。
 雨音に任せて思い出してみれば、物心が付いた頃から西行寺家のためにと研鑽を積むばかりの生活だった。またそれが役に立ったかというと、そうでもなかった。
 西行妖を満開にすると言う幽々子を諌められず、侵入者に対しても大した役には立てなかった。
 以降に起こった異変に際しても一貫性に欠け、あるときには閻魔に怒られるという、情けないものだった。
 とはいえ、それらについて気にしているつもりは妖夢に無かった。何かの拍子に思い出しては溜息を吐くだけだ。未熟なのは自覚していたから、それで良かった。
 かといって奮起するでもない自分は、永遠に未熟なのかもしれない。そうした考えは不安に繋がったが、どこか安心するものでもあった。
 ふと、彼女は顔を上げた。視線の先には散り落ちた桜の花弁が、雨に濡れていた。
 こうなっては、ただの汚いごみだ。自分が嘲笑しているのだと気付いたとき、彼女は忌々しげに眉根を寄せ、再び顔を伏せた。自身の本性が雨の中で溶け出ているように思えたのだった。
 教えに従えば、こうしたものは気の迷いに過ぎない。だが、振り払うことが妖夢にはできなかった。一体、どの自分が本当の自分なのか、彼女には未だに確信を持ててはいなかったからだ。
 そんな彼女に、それこそが気の迷いに過ぎないのだと、わかるはずもなかった。


 雨音が止む様子は無く、冷えた場所を狙って風が吹き始めていた。
 散らすべき花も無いのに吹く風が、妖夢には空しく感じられる。比喩ではなく本当に心に穴でも空いていれば、風鳴りぐらいは聞こえただろうに。
 思った途端、どこからか風鳴りが聞こえてきた。それは低い唸り声ように聞こえ、おおんおおんと鳴いていた。
 妖夢はじっとしていたが、またしても半霊が先に動く。
 冷たくなり過ぎた足で立ち上がり、音のする方向へと歩き始めた。
 顔にかかる雨を潜るようにして、足を進める。音の出所について彼女に心当たりがあったわけではないが、一度も立ち止まらずに辿り着いた。
 日頃から庭の彼方此方を飛び回っていたからこその方向感覚だ。風のおかげで雨に角度が付き、妖夢が木々を伝って歩いたことで、彼女はほとんど雨に体を曝さずに済んでいた。
 大した苦労も無く辿り着けたものだから、本当にここで良いのかと小首を傾げる。辺りには他の場所と同じく桜の木々が枝葉を寄せ合っており、程無くして音も止んでしまった。
 それでもここで間違いないと思えるのは、半霊がすぐ近くにいることが感覚的にわかったからだった。
 普段は意識していないが、ちょっとしたことで半霊が傍を離れた場合、こめかみの辺りを細い糸で引っ張られるような感覚が起こった。
 今回もその糸を頼って首を回すと、すぐに半霊が見つかる。ある一本の木に頭を半分埋めている状態で、尾ひれだけが確認できた。どうやら幹に開いた横穴に入ろうとしているらしく、じたばたともがいている。
 そのみっともなさに妖夢の気が緩んだ瞬間、半霊の余計な力も抜けたのか、すぽっと幹の中に入ってしまった。
 妖夢は慌てて駆け寄り、穴の中を覗き込んだ。中では半霊が心細そうに体を震わせていた。
「大丈夫か?」
 言葉にする意味は無いのだが、口を突いて出ていた。半霊は幾分か落ち着きを見せ、妖夢の方に顔と思われる部分を向けた。
 木屑で多少煤けていたが、中はほぼ完全な空洞になっているらしく、窮屈そうではなかった。
 とりあえず半霊の無事を確認してから、妖夢は木の外部を検めてみることにした。
 凡そ、高さは六メートル、目通りは一メートル後半と、特別大きいわけではない。表面はすっかり硬くなっており、葉も枝の先にちょぼちょぼと付いているだけだ。
 根も所々浮き上がっており、枯れ木と言ってしまっても差し支えがなかった。しかし、外観は綺麗なものだ。これだけ原型を保った状態で枯れていくのは珍しく、妖夢も自分一人で発見したのは初めてのことだった。
 よく見れば周りの他の木々も、敬意を表してでもいるのか、枯れ木の根を避けている。それは全くの妄想ではなく、冥界の樹木には有り得ることだった。
 何の変哲もない枝を剪定してみたら血が噴き出したこともあれば、複数の木があたかも一つの大樹のごとく絡まって育ったこともあった。
 事例の絶対数こそ多くはないものの、そういうことがあっても不思議ではないという程度には認識されていた。
 妖夢が試したことは無かったが、彼女の祖父によれば普通の刀で剪定をしたら一ヵ月と持たなかったらしい。
 幽々子辺りに言わせれば「刀で枝を斬れば傷むのは当たり前」なのだが、兜や鎧を刀に傷一つ付けずに割ってみせる腕を持つ魂魄家の者が使ってもそうなるのだから、当たり前とは一概に割り切れない。
 一方、現在では専ら剪定に使われている楼観剣はどうかといえば、いくら斬っても傷むことが無い。むしろ適度に刺激を与えてやらないと、刀そのものが化け物になりかねないだけの力があった。
 もっとも妖夢にしてみれば便利だから使っているだけで、大して気を吐いているわけでもなかったりする。
 今回も大して気兼ねもせず、背中に担いだ二振りの刀の内、楼観剣を引き抜く。曲がりなりにも自身の半霊をこのままにはしておけず、雨が止むまで待つ必要も見出せなかった。
 いざ、と切っ先を枯れ木に向けて構えたとき、枯れ木が震え始めた。
 いくらなんでも人間的に過ぎる反応に、妖夢は踏み込もうとしていた足を止めた。
 刀を下げ、穴の傍に駆け寄って中を確かめる。中では半霊が縦横無尽に飛び跳ねており、それが木を揺らしていたのだった。
 妖夢が覗いているのに気付いた半霊は動きを止め、今度は中側から目一杯に顔を突き出そうとする。
「出たいのならじっとしていろ」
 大声を出したつもりだったが、呆れたような声になっていた。思ったよりも体力を消耗しているらしい。
 やるからには半霊が倒れた木に巻き込まれないだけの正確さで斬らなければならず、これ以上は雨の中にいられなかった。
 今の状況では、一太刀が精々。これは自分を卑下しているのではなく、正確に洞察しているだけのことだ。
「だから、お前は」
 言いかけたのは気持ちを切り替えたかったからだが、自分の半身に言い聞かせるのも憚られた。
 再び木から離れ、刀を正面に構える。また木が震え始めたが、今度は慌てず、逆に集中する。
 鍛え上げた神経と眼力を用いれば、半霊がどの辺りを叩いているのか推察することは可能だった。
 見切りを付けて刀を振り上げ、体重を前へと移動する。その瞬間、今までに無く木が大きく揺れ動いた。
 枝に溜まっていた雨粒が周囲に飛び散り、その内の一つが妖夢の目の中に入った。
「ひゃっ!」
 急に目を瞑った所為で、足がつんのめる。倒れまいと踏ん張ったは良いが、肝心の刀は手から放れてしまう。
 あんまりな仕打ちに、刀を放ったまま木に歩み寄る。靴の底で幹を蹴ったが、今度はそれによって、枝葉から水が落ちた。
「……何をしたいんだ」
 それは二人の自分に対しての言葉だった。

 落ち着いたというよりも気落ちした妖夢は、とりあえず刀を拾った。合わせなどは緩んでおらず、立ち昇る妖気も相変わらずだった。
 片手で軽く振り下ろしただけで、刀身に付いていた水気やカスが除かれる。
 自分もこれほどの妖気を纏うことができれば、雨になど濡れずに済むのだろうか。詮無いことを考えながら、刀を鞘に収める。
 背中を枯れ木に預け、腰を落とす。気になるのはやはり半霊のことだが、気長に待っていれば入ったときのように、何かの拍子にでも出て来られるはずだった。
 そう、何も気負う必要なんて無い。気負って良かったことは、一度も無かった。
 達観というよりも諦観に近い感慨でもって、顔を伏せる。それが一番安心できた。
 やがて雨音も幾分か静まり、周囲は寂然とした。晴れるにはまだ時間がかかりそうだったが、妖夢は立ち上がった。雨の最中よりも雨上がりにかけての方が、堪えるには忍びないのだった。
 件の穴を覗くと、半霊の頭が少しだけ見えた。
「早く出て来い。じきに晴れるぞ」
 しかし半霊は頭をくねらせ、沈むようにして視界から消える。自分と同じく半霊も気が萎えてしまったように、妖夢には感じられた。
 名残惜しさのまま穴に手を掛けていた妖夢の胸が、不意に凍みた。雨に濡れた所為ではないのは、胸というよりも肺腑に凍みた感触があったことから、わかった。
 一瞬だけ下げた顔を上げた先では、半霊が心配そうにこちらを窺っていた。妖夢は何度かゆっくりと息を吐き、刀を膝に置いた格好で木の下に座り込んだ。
 普段よりも半霊の存在が濃く、悪意の無い雑音が体に流れ込んでいる。肺腑が凍みた原因は半霊にあった。
 どちらが主で、どちらが従か。それは妖夢の家系にとっての核心と言えなくもなかったが、これという答えを後世に示した者は皆無だ。そうした答えを求める気風は彼らに無かったし、自分なりに折り合いを付けられれば良かった。その折り合いを、妖夢は欠いた。
 変に穴なんて空いているからこうなる。妖夢のそんな憤りは、的を射ていた。半霊が木の中に入ってしまったことだけではなく、一種の実験装置として機能している現在の状況にも適用できるからだ。
 つまり半身の間を繋ぐ穴が、繊維を解いて取り出した純粋な一本の神経となっている。その神経を介して、実体の無い伝達が行われていた。これによって普段は茫茫としている半身同士の関わりが、顕著な挙動となって顕れている。
 もとより、その通りに周囲が機能しているとは誰にも保証出来ない。妖夢も、自身が穴を意識してしまうことだけを問題にした。
 瞼の裏に、様々な穴が浮かぶ。材木に空いた穴に始まり、蟻の巣穴、太陽に穿たれた黒い穴まで、穴として連想できるものは一通りだ。
 次に、穴の円周を球体の外縁に見立て、縦横に回転させる。想像の産物であるそれは際限無く速度を高め、黒い玉となった。
 元は二次元状の円でしかない球体は中央に走った白い線によって分断され、拡散した。
 瞼を開けた妖夢の手には振り終えた楼観剣があり、それを鞘に収めると同時に枯れ木に空いた穴の上下が中心を境にずれる。
 木には斬られたという意識でもあるのか、真一文字に切断されたにも関わらず、躊躇いも無く倒れた。
 そこで一拍の間があった。鳥が囀ろうとしたときにも似た、間だ。だがそれは、囀りではなく稲光だった。
 轟音が地面から起こり、それに呼応して、切り株の内側から花弁が吹き出した。桜の花弁だ。
 その総量の体積たるや、空の一角を埋める渡り鳥の大群に匹敵し、切り株の内側に収まっていたとはとても思えないものだった。それが一斉に羽ばたいていた。
 そこは花弁であるから、羽音や鳴き声は無い。だがまさしく鳥のように方向を見定め、とぐろ状の軌跡を描きつつ、天へと昇った。
 凡そ十秒程度の、出来事だった。残されたのは妖夢と半霊、そして天に向けて洞を曝した切り株だけだ。
 他に残されたものといえば、妖夢の罪悪感ぐらいなものだった。


「それにしても不味いですね」
 執務室の隣にある応接室で妖夢の話を聞いていた四季映姫は、口に含んだ饅頭をすぐに茶で胃に流し込んだ。どうも皮だか餡だかが口の中に付いたらしい。安作りの証拠だ。
 それは妖夢が『温泉卵にヒントを得た店主が独自の製法で作り上げた真の温泉饅頭』とかいう謳い文句に乗せられて買って来たものだった。
「お気に召しませんでしたか」
「私としては『無し』ですが……置いておけば誰か食べるでしょう」
 まだ七つも入っている饅頭の箱を、映姫は机の端に寄せた。
 ここは応接室とは名ばかりで、ほとんど休憩室と化している。更に隣にはロッカー室があり、それが原因で仕事を終えた者の溜まり場としても使われていた。
 ソファとテーブルの周りは綺麗なもので、大理石製の灰皿まで用意してあった。反面、いくつかある衝立の向こうには、脱ぎ散らかした仕事着や某のタイムカード、使ったままの花札がちらちらと見え、妖夢には雑然とした印象を与えた。
 映姫は帽子を外して軽くなっている頭を、衝立の方に向けた。髪型にはあまり気を遣っていないのか、横に分けた髪が首の辺りで揃えられており、映姫はその片方を神経質そうに指で梳いた。
「小町辺りが喉を詰まらせてくれれば、この饅頭を作った者を特別に天国行きにしますよ」
「……霧雨の魔理沙なんですが」
 思案げな顔になった自分の頬を気だるそうに擦ってから、映姫は「釜茹で地獄」と呟いた。
 それから机に置いた自分の帽子を一度だけ見遣り、妖夢に目を合わせた。
「さて、無闇に木を斬ってしまったという話ですが、管理については西行寺の方に一任してあります。わざわざ報告されても、正直、困りますね」
 幽々子を通すべきだと暗に注意していたが、それについて妖夢は無視した。
「一応、お耳には入れておこうかと思いまして。個人的に」
「個人的になら構いません。あのときもそうでしたしね」
 花が咲き乱れたときのことを指しているのは自明だ。ただし個人として扱われるのは妖夢だけであり、映姫が閻魔の立場で接するのは、かつても今も変わらないはずだった。
「しかし私の耳に入れられても、既に枯れ木だったことや魂魄家特有の事情があったことも鑑みれば、取り立てて罰すべきこととは思えません」
「そうですか……」
「まあ、罪悪感があるのは良いことですよ」
 律儀に足を揃えた映姫の姿は妖夢から見ても幼かったが、正確に相手を洞察しているのは疑い無かった。
 諸々のことのけじめとして妖夢はここに来ていて、そう都合良くはいかないことを今では痛感していた。
 映姫も呆れてしまったかもしれない。それならそれで、彼女が仕事に戻るまで顔を伏せていよう。妖夢はそう思ったが、沈黙が数分に渡ってもなお、映姫は席を立たなかった。
「貴方は少し、せっかちですね」
 唐突な指摘に妖夢は顔を上げたが、映姫の表情は柔和なもので、言葉以上の意味はわからなかった。
「人間も動物も、それに妖怪もですが、幼ければ幼いほど、行動に差異は認め難いものです」
「はあ」
 言っていることは何となくわかる。猿みたいな顔の赤ん坊。警戒心の強い仔鹿。思い当たる節は多い。
 問題はそれらの事実がどう演繹されるべきものかで、これが妖夢の首を傾げさせていた。
「要するに、貴方は魂魄としてはまだ幼いんです。年齢的にはもちろん、精神的にも。だから人間のように惑い、ときに力を持て余すのですよ」
「そ、それは自覚しています」
「でしょうね。であればこそ、私の所につまらないことを申し立てに来たのですから」
 言い過ぎたと思ったのか、映姫は口元を手で覆い、舌なめずりをした。
 喝破されてしまった妖夢は舌の音も出ない。そんな彼女を置いて、映姫はいよいよ帽子を手に取り、腰を上げた。
「貴方に代わって、私は面白いことを教えてあげましょう。罪悪感は優しさを源とします。貴方は少し、優し過ぎる。あの枯れ木の所に、もう一度足を運んでみなさい」
 言ってから映姫は帽子を被り、執務室への扉に手をかけた。
「待ってください。どうしてそこまで」
 映姫の行動には不審な点が多く思えた。つまらない話などというのは聞いた時点でわかったはずで、多忙な彼女にしては時間を割き過ぎていた。
「饅頭をもらった上で閻魔としての意見は言えません。接待を受けたと見なされますから。今までのは全て、『私個人の』考えから話したまでです」
 ならどうして、饅頭を受け取った上に食べたのか。それを重ねて訊ねるほど、妖夢は蒙昧ではなかった。
「今度は肩でも揉みに来てください。美味しい手土産を忘れないでくださいよ」
 そう言い残して、映姫は重そうな帽子を揺らしながら執務に戻っていった。


 昨日とは打って変わり、冥界は快晴だった。
 世の中は、もといあの世は、存外に単純なものらしい。自分で倒した枯れ木の上体に腰掛けていた妖夢は、苦笑いを浮かべた。
 すっかり枯れてしまったとはいえ、全盛期の残滓なのだろう、幹の外縁は倒れた際の衝撃ですら砕けてはいなかった。
 流石に辺りの地面には剥がれ落ちた外皮が散っていたが、汚さよりも爽快さが目立った。
 半霊はあまり懲りてはいないらしく、切り株の内側に入って何やらごそごそとやっていた。それを咎める気は起きないでいた妖夢に、半霊が近寄る。
 ここに来るよう映姫が言ったことについて一緒に考えてくれるのかと思ったが、単に妖夢を遊びに誘いに来ただけらしい。ぐるぐると周りを回っては、先ほどまでいた切り株の方に頭を向ける。
 妖夢が無視を続けると、半霊は諦めて切り株へと一人、戻った。
 目ぼしいものは無く、いい加減に仕事に戻ろうかと思い始めた頃、半霊が再びやって来た。
 その姿を見た妖夢が、目を丸くする。半霊の体にはびっしりと桜の花びらがこびり付いており、気持ち悪いぐらいだった。
 しかし慌てて半霊の体をはたいてみれば、花弁はあっさりと落ち、すぐに真っ白い体が露わになった。
 切り株の中を覗いてみると、所々に半霊が体を擦り付けた跡があった。桜の花弁は無く、不審に思いながら妖夢が切り株の内側に触れる。
 途端、ぼふっという具合に手先に桜が咲いた。
「うきゃあっ!」
 汚らしいものでも触ったときみたく手を振ると、これまたあっさりと花弁が散り落ちた。
 息を整えて、とりあえずの冷静さを取り戻す。そこで妖夢は、恐ろしい可能性に行き当たった。
 まさかまさかと思いつつ、腰を落とし、居合いの構えを取る。刀身が鞘を走った直後、その軌跡に沿って桜が舞い踊った。
 試しに何度か、刀を収めては抜くを繰り返したが、その都度桜が舞った。量は減るどころか増えているようにすら感じられる。
 どうやら穴の中、即ち鞘の中もだが、そうした場所限定の呪いらしく、刀自体に影響は無い。
 楼観剣の妖気があれば、遅かれ早かれ呪いは解けるだろう。枯れ木の執念とて、やがて消えていく。その事実は、妖夢を焦らせはしなかった。諦観ではなく、正しく達観へと導いた。
「私の目も、まだまだ節穴だな」
 舞い踊る桜を一瞬でも綺麗だと感じてしまった。今の自分も、いつか綺麗だと感じられるかもしれない。
 妖夢は渾身の踏み込みで刀を振り切り、その場を去る。
 手向けられた桜は、倒れた枯れ木を暖かく包み込んでいた。その傍には一つ、小さな足跡があった。
私も妖夢に個人的な援助をしたい
司馬子
http://moto0629.hp.infoseek.co.jp/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/12 10:34:55
更新日時:
2007/05/15 01:34:55
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 3 A・D・R ■2007/05/13 13:36:28
西行妖?とか思ってしまったのですが…
何度か読み返してみたのですが、私の目は節穴なようですorz
2. 6 だおもん ■2007/05/14 00:11:41
奇しくもおかしなお話でした。
3. 9 shinsokku ■2007/05/14 22:33:56
地に足の着いた格好良さ。幻想郷的日常エピソード。そして妖夢スキー。
色々と見所が多すぎ。
気持ちよい読書の時間をありがとうございます。
4. 5 爪影 ■2007/05/15 23:43:33
 頑張れ、妖夢。
5. 5 秦稜乃 ■2007/05/23 15:55:32
これはいい妖夢&映姫。

>私も妖夢に個人的な援助をしたい
待て、抜け駆けはさせん。
6. 5 詩所 ■2007/05/24 04:06:39
妖夢は未熟である、だがそれがいい。
7. 7 反魂 ■2007/05/25 16:47:33
半霊は独自の意識を持っているのかしら、という妙な部分が気になったりも。

非常に空気の良い作品でした。語られた内容すべてを理解できたかどうかについて自信はありませんが、鼻につかない程度の匙加減でもって、妖夢というキャラクターの味を引き出せていたように思います。ラストの視覚的な美しさが感じられるシーンも見事でした。

文章面も見事で、並ならぬ技量の程が伺える作品でした。ただ、ちょっと腰が重すぎる印象も否定できないというか。そこまで持って回ったような装飾をしなくても、と思う面が少なからずありました。もっともこれは作品の重厚さとトレードオフという面もあるので、その辺は評価の上では割り切るべきなのかもしれませんが。

個人的にはかなり気に入った作品でした。
ありがとうございます。
8. 3 人比良 ■2007/05/26 20:59:30
悪くはないけれど、よくもなく。でも少しだけ良い風味でした
9. 4 流砂 ■2007/05/26 21:48:37
色々と読み難かった。 というのが第一の感想です。
とにかく読んでて疲れる、というか文字の密度に気が滅入る。
内容も頭を使わないとするすると読む事が出来ない。
話的には面白かっただけに残念。
10. 7 deso ■2007/05/26 23:54:13
半霊が可愛いです。雰囲気が良いですねぇ。
11. 5 風見鶏 ■2007/05/27 03:15:51
節穴に繋げたのは上手かったけど、もう少し読み手を意識して文章書けるといいかな。
途中で目が流れそうになった。と俺が言っても説得力が無い。
12. 7 blankii ■2007/05/27 11:08:20
文章の硬質さと精緻が妖夢を描くのにピッタリでした。あと、四季様が素敵すぎ。
13. 6 椒良徳 ■2007/05/27 19:49:11
「舌の音も出ない」こんな言葉ありましたっけ? いや、私が知らないだけなんですが。
「せめてサイハイぐらいは穿けば良かった」ぜひ穿いて欲しいものですな。そしてレイプする。
 さて、内容に関してですが、貴方の文章が私のバイオリズムとあってなかったので読みづらかったのですが、半霊の動きがコミカルでよかったと思います。ただ、こんなほのぼのちょっとシリアスといった作品はコメントに困ると言うか。思わずうならされるシリアス長編には力不足です。もっとあざとく点数を取りに行っても良いかと思います。
14. 7 らくがん屋 ■2007/05/29 10:56:18
今回の『後書きで台無しで賞』を捧げます。堅苦しいが心地良い本文と内容。そして妖夢と援助交際したいとしか読めない後書き。このギャップには脱帽するほかありません。
15. 9 ■2007/05/29 13:34:46
妖夢の性格が適度に脱力しつつも未熟でいい感じなんですが、映姫様も泰然としていて美味しい感じですね。
16. 6 鼠@石景山 ■2007/05/30 00:55:19
いろいろと生真面目な妖夢は「らしい」と思います。
映姫が柔軟な所が面白いです。贈賄にまったく応じないが故に、個人的な意見が出てくる所は上手いと思いました。
妖夢はその事を理解しないで饅頭を持っていったのだろうけど。
17. 6 いむぜん ■2007/05/30 02:26:36
ちょっと難しい、でも面白い。節穴が二つの意味を指しているところとか。
私の是非庁のイメージはそんな感じ。予算の少ない傾いた市役所。
18. 5 ■2007/05/30 03:05:29

重厚な文章を書く力は素晴らしいのですが、それに対してプロットが正直薄っぺらいのでアンバランスを感じます。
この文体でしたら、もっとシリアスでちょっと鬱が入るぐらいハードなストーリーの方がしっくりくるかと思います。
19. 5 リコーダー ■2007/05/30 16:13:48
桜を切ったら叱られたー♪
結局どんな桜だったんでしょう。
20. 5 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:34:43
なんというか、妖夢にはそのままで居てほしいと思う反面、成長する姿を書きたくもなりますね。
これは良い成長……進歩? こんなことを繰り返して変わっていくのでしょうね。
あと四季さまが格好いいのですが、休憩室がリアルすぎていて吹いた。
お疲れ様です。
21. 4 K.M ■2007/05/30 18:04:08
妖夢と奇妙な枯れ木の話。
仕事とプライベートをきっちり分ける閻魔様、お疲れ様です。
22. 7 二俣 ■2007/05/30 20:13:13
妖夢っぽい。とても妖夢っぽい。
この文章量できっちりまとめるのは上手いな、と素直に感心しました。
23. 4 たくじ ■2007/05/30 22:26:51
何が言いたいのかよくわからなくて退屈でした。読解力の問題かもしれませんが。
24. 8 藤村る ■2007/05/30 23:31:05
 いい感じだなあ。
 今の自分も、いつか綺麗だと思えるかもしれない、のあたりが良いです。胸に染み入りました。
 私は個人的に映姫様の肩を揉みたい。
25. 7 時計屋 ■2007/05/30 23:40:25
なんか子供がお爺さんに席譲ろうとしたら「わしはそんな年ではないわ」と一喝される光景を連想しました。
いや、そんな光景見たことないですが。
それはさておき、妖夢の微笑ましい駄目駄目さがよく出ていました。
しかしその上をいく駄目さ加減の半霊のほうにむしろ萌えそうになりました。
両方ともボケ気質だから二人いると泥沼になるんですね。って同一人物なのだから当たり前か。

さて、批評です。
描写に過不足がなく、非常に理性的で丁寧な文章でした。
淡々と綴られる物語ですが、退屈ということはなく、徐々に引き込まれていきました。
強いて指摘をするならば、妖夢の優しさ故の未熟というのが、前半部には見られなかった点です。
そのせいか話全体のまとまりが少し悪かったように感じました。
私が読み取れなかっただけなら申し訳ありません。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード