スウィートポイズン井戸の中

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/12 18:55:34 更新日時: 2007/05/15 09:55:34 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


 葦の髄から天を窺く。
 もしくは、井の中の蛙大海を知らず。

「あああああーーーっ!」
「うわ、しくじったー!」
 廊下のクランクの向こう側から突如、紫色の霧が溢れ出して来た。一瞬遅れて空飛ぶ箒が姿を現し、そこに立っていた人物のすぐ横を通り抜けていく。
「永琳、永琳、人間だよ、人間が出たよ!」
 さらに遅れて姿を見せたのは、少女の姿を模した人形、メディスン・メランコリーだ。ちょこちょこと廊下を作り物の足で駆け、毒霧が満ちる前も後もその場に変わらず立つ人物、八意永琳の胸に収まった。
「よしよし、怖かった? メディ」
「うん、けど大丈夫。永琳に会えたから」
 メディスンは永琳の胸で落ち着きを取り戻す。メディスンの躰はそれを動かすための毒で常に満たされており、本来なら触る者を問答無用でかぶれさせる。そんなメディスンにとって、あらゆる薬と毒に耐性をもつ八意永琳は必然的に、鈴蘭畑以外で初めて自分を抱いてくれる者となった。
 のだが。
「けどね。世の中にはもっと怖いモノがあるのよ」
「え……」
「例えばね、あの白黒をけしかけたのが、この私だったとしたら?」
 メディスンが顔を上げる。どこがとは言わないが、永琳の体は一箇所出っ張りが凄いため、抱かれた姿勢からでも無理なく目と目が合う。
「うそ、だよね。そんなことする理由は?」
 永琳はにっこりと笑って答えた。
「あなたを――改造人形にするためよ!」
「いやああああああ!」
 メディスンは再び叫び声を上げると、永琳の腕を振りほどいてもと来た方へと一目散に逃げて行った。

「さて、と。無垢お子様をからかうのは楽しいわね」
 永琳は振り返って後ろを見た。この廊下は、さきの異変で侵入者たちが通った大きな廊下から、一本入ったものである。部屋と部屋の間を縫うように通っているため、曲がりが多い。現に振り返った先は、三間もなく再び直角の曲がりになっている。
 こんな所を高速飛行などしようものなら、確実に顔面から壁に突っ込む事だろう。
「ねえ、霧雨魔理沙」
 永琳は、その場で泡を吹いて倒れている白黒の魔法使いに声を掛けた。

「永琳のばか」
 メディスンは膨らまない頬を使って、精一杯むーっという表情を作った。
「繰り返すけど、永琳は馬鹿じゃなくて天才。まあ、天才とソレは紙一重だっていうけどね」
 四畳半にてメディスンと相対するのは、何を隠そうこの永遠亭の姫君である、蓬莱山輝夜だ。
 永琳に悪気が無かったという事を順を追って説明していた所である。
 この永遠亭の住人のうち、てゐ以下の兎たちは縄張り意識が強く、鈴仙もよそ者とのコミュニケーション能力に若干難があり、永琳は色んな意味で超越的だ。そうすると、この中で一番話せるのが引きこもりと名高いこの姫様という事になってしまうという、不思議である。
「お姫様は、人間ってどう思う?」
 その問いに、待ってましたとばかりに身を乗り出す輝夜。
「よくぞ聞いてくれました。私に人間好きを語らせたら五月蝿いわよ。何しろ、その為に月の使者を皆殺しにしたようなものだもの」
 何か違う。大体、人間好きを語る口調が、ひいきのラーメン屋を語るそれと同じベクトルな時点でおかしい。
 しかし世の中を知らぬメディスンに、そんな違和感を感じ取れるはずもなし。初めは釈然としない面持ちだったメディスンも、輝夜が求婚者たちの失敗談に脚色を加えて面白おかしく語るうち、すっかりその話に聞き入っていた。
「ふう、今日は喉が渇いたからここまで。続きは今度ね」
「うん、ありがと。お話聞かせてくれたお礼に、飲み物入れてあげるね」
 メディスンが部屋の襖を開けると、そこにはいろいろな茶道具が収まっていた。一応、この部屋は茶室である。この館には部屋が幾多あり、その何割かが茶室だ。大小さまざま、趣向を凝らした中庭に面したもの、変わった意匠の内装を施されたものと、およそ古今東西の文化の粋を、この屋敷に居ながらに味わう事が出来る。
 しかし中でもこの部屋のような四畳半一間は、茶室の基本にして完成形という事で、屋敷の要所要所に同じような部屋が配してある。
 さて、そんな茶室備え付けの茶道具の中からメディスンが取り出したのは、簡素な茶碗と茶筅。この永遠亭の物という事はそれなりの値打ち物なのだろうが、互いにそんな事を気にしたふうもない。
 メディスンは再び元の座につくと、空の茶碗の中を茶筅でかきまわす動作をした。すると茶碗の底から、にわかに濃緑色の液体が湧き出して来た。
「お茶は出せないから、梅ジュースだよ」
「ふふ、分かってるわね。お手前、頂戴いたします」
 輝夜は抹茶の味に飽きたとかで、様式だけ茶の湯にして別の飲み物を味わう茶会をやらせる事があった。この永遠亭にはそんな奇行をたしなめる者もなく、人参ジュースなど使った日にはむしろ部下の兎たちから好評である。もっとも、ちゃんと茶道を習えば、そういう型にはまらない茶会の流儀も会得は出来るのだが。いかんせん茶筅でジュースを混ぜるなど、どうにも勘違いジャポン文化の感が拭えない。茶道具にもよくない。閉鎖空間の中ゆえの危険性、という奴か。
「これは、ちょっと若い梅を使っているわね。この青臭い渋味が、胸のあたりにこう、何というか、く、苦しい……」
 青梅の種には、いい感じに青酸が含まれている。輝夜も、メディスンの能力で出てきた時点で毒物だと気付くべきだ。
「姫、大丈夫ですか、姫!」
 タイミングをはかったように、掛軸の裏の隠し通路から永琳が現れた。
「担架を早く、治療室に運ぶわ。ウドンゲ! ブドウ糖3ml点滴、急いで!」
「師っ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 その声に応えて、部屋の外から別の叫び声が聞こえた。
 続けて障子が開け放たれ、
「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおうっ!」
 現れたブレザー兎のローリングソバットが、永琳を壁まで吹っ飛ばした。
 見えそうで見えない。
「あ? そ・ん・な・に不満ですか? 確かにこの永遠亭の立地では、一刻を争うような患者が運び込まれる事はまず無いですけど!」
 そういう人間は、大抵竹林を抜けるまでに手遅れになる。
「けど、欲求不満はどうしようもないのよ。たまにどうしても、車輪の付いた担架を転がしながら診察したくなるの。こう、ガラガラーって。それとも、ウドンゲが患者になってくれるの?」
「丁重にお断りします」
 師の戯れ言の相手をしながら、鈴仙はメディスンの方を見遣った。輝夜が苦しみ出した所も含めた一部始終を、メディスンはただぽかんと眺めていた。
(あの娘は、見識をもっと広める必要がある)
 それはメディスンが閻魔様に言われた事であり、鈴仙が見てもそう感じられる事だ。
 その為に、この永遠亭にも出向いて来るようになったのだが。
「ぷは、よく死んだわー」
 背後で輝夜がリザレクションしたようだ。
(けど、明らかに偏るわよね、こんな屋敷じゃ)
 正直、メディスンの前途に希望を見い出せないと思う鈴仙であった。




 その頃魔理沙はというと、まだ永遠亭の中をうろついていた。
「まったく、何で何処に行っても面倒な奴と出くわすんだか。あれか、泥棒への嫌がらせだな」
 人それを普通は防犯対策という。
 さておき、今回の魔理沙は若干永琳にはめられた感が無きにしもあらずだ。というのも、今回魔理沙はメディスンに会う前に、一度永琳に会っているのだから。

 魔理沙が永遠亭を訪れる回数は、お気に入りの紅魔館に比べるとかなり少ない。主な理由は永遠亭の周りに茂る迷いの竹林である。日々成長する竹によって視界が変わり、しかも上から飛んで入ろうものなら、兎たち曰くどんな目に遭っても責任は取れないらしい。よって、大分来慣れてきた魔理沙でも、相当な時間を徒歩で迷わなくてはならない。
 その分入り口に着いてしまえば、門番が突然変な補正を発揮したり、ヒステリックな魔女に丸焼きにされたり、何故か館をうろついている妹様の遊び相手をすることになったりといった危険は少ない、と認識していた。
 が、そんな弛みきった意識で乗り込んでみて。
「ああ八意の、久しぶりだな」
「あら白黒。今日の発掘スポットはあっちよ」
「そうか、親切に助かる」
 こんな幻想郷の風情あふれる会話(?)を交わしたあと、魔理沙は永琳に指差された方とは逆側を発掘しに行った。
 で、先ほどのような地雷を踏んだという話である。
 
 壁に激突して毒に巻かれ重態となった魔理沙は、永琳が輝夜のもとに駆けつけるまでの間に、彼女によって蘇生された。重態の割には早い。
「お前が指差した方と反対に行ったら酷い目に遭ったぞ」
 勝手に上がりこみ、忠告を無視し、挙句の果てに蘇生してもらった恩まで忘れて、酷い言いがかりである。
「当たり前じゃない」
「いや、お前からは強烈な悪意を感じる。ペナルティとして、今度こそ安全に物を漁れる場所を教えろ」
 明らかに理不尽な要求に対し、意外にも考えるそぶりを見せる永琳。
 人差し指が宙を泳ぐ。ああして、こうして、と独り言を呟き。
 ポンと掌を拳で打った。
「いいわよ、但し、教えるのは場所ではなく方法。私が今から言うとおりに行動しなさい」
 明らかに怪しげな交換条件。

 で、その方法というのが。
(この匂い。いたな、毒人形)
 果たして、メディスンは先刻出会ったのと同じように、廊下の向こう側から歩いてくるようだ。
 先ほどは、普通に姿を現して挨拶したら、毒を出された。
 今回、魔理沙は物陰に身を潜めた。
「コンパロ、コンパロー」
 メディスンは歩きながら、数種類の毒を散らしていた。特に何も無いときでも、ああして気分で毒を出しているようだ。
 普通なら、近寄ることも出来ない。
 その毒のただ中のメディスンに、魔理沙は背後から組み付いた。
「ひっ」
「私に毒は効かない、大人しくしろ」
 メディスンはあまり豊かではない表情を殊更に凍りつかせたまま、キリキリと振り返る。目に映ったのは、先ほど自分を襲おうとした(とメディスンには見えた)侵入者。
「黙っていれば何もしない。ただお前は、私がここから脱出するまでの人質になってくれればいいんだ」
 安っぽい芝居だな、と魔理沙は思った。

「人質事件の人質と犯人との間に、奇妙な連帯感が生まれる事があるって話、聞いたことある?」
 出し抜けに言い放たれたのは、こんな言葉だ。
「はあ? それと私のトレジャーハントと、何の関係があるんだよ」
「メディと連帯感を育め」
 笑顔で言い放つ。
「回りくどすぎる! 大体、あの毒の塊を拉致るなんて自殺行為だろ」
 自殺するしてにも、服毒自殺は薬物の入手とかが面倒な癖に、失敗したときの苦しみは他と大差ないし、割に合わないだろ、と魔理沙。
「無論、毒を防ぐ薬は出すわ。この薬自体も作戦のうちよ。あの娘は普通なら誰も触れることが出来ない。逆に、自分に肌で触れてくれる人間や妖怪には、非常に短期間で懐くようなの」
 永琳が不安定なメディスンをからかって遊べる背景には、自身の能力があるのだ。
「……その薬さえあれば、安全の確保という私の目的は達せられるのだが」
「これは長期的な視野に立った話よ。今回は安全に探索が出来ても、薬の効き目は短い。恒常的に安全を確保するにはどうしたら良いか。まあ、どちらにしても薬は出すわ。その上で、この話に乗るか乗らないかは、あなたが決めなさい」
 挑発。どうしたものか。

「あなたは人間?」
「ああ、人間だぜ」
「怖いの?」
「普通だぜ」
 胸に人形を抱えたまま、廊下を歩む魔理沙。すれ違う兎たちは皆、毒を省みないその蛮勇にぎょっとして、関わり合いにならぬようにそそくさと道を譲った。
(嫌われてんのか。まあ、あの毒じゃ無理もないか)
 この人形を抱いている事によって、同時に兎たちも面倒にならずに済むというのは、思わぬ副産物だった。これは、普段は到達できない深部に挑戦する好機かも知れない、と魔理沙はビジョンを描く。
 こうして形だけは永琳のシナリオに沿って動く魔理沙だが、言いなりになる気はさらさらない。何とか隙を見つけて、あの自称天才の鼻を明かしてやろうというのが、正直に言えば現在の行動の指針であった。
(とはいえ……)
 魔理沙はメディスンを抱く腕にさきほどから、何だかむずむずした感覚を覚えている。実際に腕を見ると、微妙に変色している。
(本当に効いてるのかよ、あの薬)
 魔理沙が飲んだ薬はカプセル一錠。よく考えれば、メディスンはニコチンやアルコールからトリカブトやゲルセミウム・エレガンスに至るまで、ありとあらゆる毒を操る事が出来る。その多種多様な毒をカプセル一錠で完璧シャットアウトというのは、流石に色々と無理がある気がしてならない。
(もしかして予防薬というよりは、ただの麻酔……)
 そんな考えを、無理やりに押し込める。一応薬効もあるはずなのだ。そうでなければ、今頃は色んな毒に対する身体の反応が一目で分かる、便利な人体サンプルになっている。
 騙しているのか、騙されているのか。
 安っぽい芝居だな、アドリブにしてもお粗末すぎる。と、魔理沙は思った。

「ねえ」
「何だ?」
 メディスンが魔理沙を見上げる。永琳と違い、少し抱き上げるような格好にしないと目が合わない。
「こっちは入っちゃ駄目なんだよ。私もそう言われてるの」
「ああ、泥棒はいいんだぜ」
 泥棒は屋敷自体に入っちゃ駄目だ。
 とかそういう点は考えない事にして、魔理沙は心の中でガッツポーズを作った。この辺は明らかに物置で、危険物があるようには見えない。となれば、貴重品があると考えるのが普通だ。薬のせいか、さっきからどんどん嗅覚が鈍っている気がするがそれでも、年代物特有のかび臭さが、魔理沙には肌で感じられた。

 最初に入った部屋は、どうにも雑然としていた。
「ちょっと、ここに置かれておいてくれ」
 魔理沙はメディスンを部屋の隅に置くと、壁の棚から床まで一面に置かれた桐箱の中身を改め始めた。
 作業をしながら、魔理沙はメディスンを横目で見た。彼女はじっと、魔理沙の方を睨んでいる。
(隙をついて逃げるとか、そういう発想は無いもんかね)
 逃げないからといって、魔理沙に心を開いているようにも見えない。宇宙人の計算は大丈夫なのか? と魔理沙は思う。まあ、変な心理学を適用するには、この人質事件は若干緊張感に欠けるきらいがあるので、そのせいだろう。
「ウサ、ウサ、見回りウサー」
 声と共に、とたとたと足音が聞こえてきた。考え事のせいで反応が遅れそうになる。慌てて棚の陰に隠れる魔理沙。
「こそこそするのは性じゃないんだが、今回は宇宙人の鼻を明かさなきゃいけないから特別だぜ」
 小声でメディスンに語り掛けるが、反応は無し。
「ウサ、ウサ、ってゲッ、この匂いは……この部屋は異常なしウサ」
 足音は去った。
「お前、本当に便利な奴だなあ」
 それを聞いて、メディスンは仏頂面をさらに曇らせた。
「便利。それは、人間が道具に言う言葉」
「気難しい奴だな。付喪神なんかは、そう言ってもらえないから持ち主に悪さしたりするんだぜ」

 物色を再開するも、成果は上がらなかった。
「この部屋は、ほとんど焼き物とかだな。ちょっと魔力を帯びてるっぽいのもあるが、宇宙人に嫌がらせするならもっと大物を狙わないと駄目だ」
 部屋を出て、狭い廊下を奥に進む。
 物置区画とくれば、廊下にも物が積んであったりしそうなものだが、そういった気配を微塵も感じさせないあたりが、管理が行き届いていることをよく表している。
「まあ、一番重要といえば一番奥の部屋だよな」
 さっきは少し天邪鬼してみたんだが、最初の道案内よろしく、やっぱ今日は裏の裏で表を取る日だな、と魔理沙。
 部屋に入る。内装は一面の黒漆であった。永夜の折に立ち入った、輝夜の部屋に続く廊下に匹敵する豪華さだ。
 弾幕ごっこが問題なく出来るほどの広さでありながら、床や壁には他の部屋のように物は置かれていない。ただ、部屋の真ん中に台があり、そこに厳かに、一つの碗が置かれている。
「おお」
 感嘆の声を上げる。その碗は、部屋同様に真っ黒であった。正直、魔理沙には焼き物の良さなど分からない。魔力も感じないため、この碗は魔理沙からすれば対象外の代物でしかない。
 しかし今回の目的は、永琳の鼻を明かすこと。
「さて、頂いていくか」
 といっても、いきなり碗に手をかけるような真似はしない。まずは服のエプロンの部分を取り、とんがり帽子の中に詰める。
「クッションだぜ」
 それを台の後ろ側にセットした。
 続いて緑に蛍光を放つ粉末を取り出すと、指先に小量塗り付けた。
 その指で鉄砲の形を作り、クッションの反対側で構え、
「バン!」
 小声のかけ声と共に、指先から小さなマジックミサイルが発射される。ミサイルは台のへりに当たると炸裂、その振動で碗が台から落ち、帽子の中に収まった。
 同時に、部屋の四隅からシューッという音が発せられる。
「毒ガスか。吊り天井あたりを想定してたんだが」
 これなら手で取っても変わらなかった。よく考えれば、普通のトラップでは碗が割れたり、そうでなくても急に侵入者を殺すと碗を床に落とされる可能性がある。神経ガスで徐々に侵入者の体の自由を奪うのが上策だ。ついでに、おそらく敷設者である永琳なら、トラップを解除する仕掛けなどを作らなくても自由に碗を取る事ができるというおまけ付きだ。
 だが悲しきかな、毒ガスは今の魔理沙にも効かない。メディスンの毒でないが大丈夫か、とも思われるが、古今東西のあらゆる毒に耐えられなければ、メディスンを拉致する事は出来ない。
「さて、行くぜ。繰り返すが、お前には私が脱出するまで人質やってもらうからな」
 魔理沙は悠々と碗の入った帽子を被ると、部屋の入り口の戸を開けた。

 戸を開けると、にっこりと微笑む永琳の顔があった。

「うわああああああ!」
 思わず絶叫し、尻餅をつく魔理沙。
「永遠亭探検はどうだったかしら?」
「色んな意味で、心臓に悪い所だって事が分かったぜ」
「そう。それだけ分かって頂けたら、もう探検は十分ね」
 永琳は、戸の横に立ち位置を変えた。
「アスカ、勘三郎、参拾弐式、グーテンモルゲン、常闇ノ残滓、以下省略!」
「ウッサぁーーー!」
 扉から六匹の兎がなだれ込んで来た。
「あの名前を全部覚えてるのかよ。メディ、お前も油断すると変なミドルネーム付けられるぞ」
 どさくさに紛れて「メディ」などと愛称で呼んでみる魔理沙。メディスンは無反応。
 さて、なだれ込んで来た兎たちは魔理沙めがけ一斉に飛び掛かろうとして。
「ウ、ウサ……!?」
 みな一様に、白眼をむいてその場に崩れ落ちた。
 忘れられかけていたが、この部屋にはさっきのトラップのお陰で、神経ガスが満ちている。
 永琳が忘れているはずはない。
(ひょっとして、今のはギャグでやったのか?)
 永琳は、床に転がった兎たちを冷徹な瞳で見下ろしていた。
(……突っ込んでやるもんか!)
 魔理沙は隙をついて出入り口を狙うが、永琳が素早く前に回り込む。
「おっと、今日は度忘れが酷いようだな。こっちには人質がいるんだぜ」
 魔理沙は右手の箒を脇に挟み、両手でメディスンの躰を掲げた。
「どうする、つもりかしら?」
 僅かに逡巡したそぶりを見せる。演技かも知れないが。
「手始めは、こうだっ! それ、こちょこちょ〜」
 だしぬけに、メディスンの脇をくすぐる魔理沙。
 だが。
 メディスン、完璧に無反応。
 上目遣いの刺すような眼差しが、魔理沙を射抜く。
「楽しい?」
 永琳の問いに答えるなら、どちらかというと気まずい。
「っ、そったれ、こうなったら手足とっちゃる!」
「やだ、やめて、はなしてっ!」
 人質と犯人が揉み合うという、大変くだらない事態。そこで、さらにくだらない事が起こった。
 揉み合いの中で、魔理沙の帽子の中から黒光りする茶碗がこぼれた。
「あっ!」
「あー?」
 パリーン。
 擬音語で表現するならこれ以外に表現できないような情けない音を立て、陶器はバラバラに砕け散った。
 それを見てまず固まり、次いで恐る恐る永琳の方を見る二人。

 永琳は、淡々とメディスンに向かって語り始めた。
「メディ、分かったかしら? この小賢しいのが人間よ」
(おいおい、茶碗割ったのに反応薄いな宇宙人。床の方は見ようともしないって……)
 魔理沙は気付いた。
 どうもあの茶碗、ダミーだったっぽい。
 永琳の書いた筋書きを、今度こそ理解した。

「ふ、うふ、あはははは!」
 魔理沙は突然笑い出した。
(昔の偉い人は言ったさ)
 さすがに驚いて、魔理沙の顔を見上げるメディスン。
(毒を食らわば、皿までってな!)
「そうだぜメディ! 私が人間で悪党だ。さあ、私を倒してみな!」
 魔理沙はメディスンを放り出すと、帽子の中からエプロンを取りだして着け直し、箒にまたがった。

 人間にトラウマを持つメディスンに、いきなり人間との交流などという難題をふっかけるのは得策ではない。
 井の中にいる者みなが、大海を知る必要はない。
 魔理沙の悪行を存分に見せ、メディスンの中で人間を「何だか分からない恐怖の対象」から「倒してもいい奴」に格下げする。
 紆余曲折あったが、今回永琳がやりたかった事はたったのこれだけだ。
 実際、妖怪の大部分は人間のことを、さらったり驚かしたりしすると楽しい奴、という程度にしか考えていない。
 こういう認識を植え付ける事が出来れば、とりあえずメディスンの人間に関する教育は完了と言っても良いのだ。

 永琳は魔理沙とメディスンの間で始まった戦闘に目を移した。
 押しているのは、意外にもメディスンだ。
 魔理沙は毒を吸いすぎたせいで、動きが鈍っている。
「おい、やぶ医者」
 魔理沙が弾幕の隙間を縫って高度を下げ、永琳の横に張り付く。
「さっきの薬について、詳しく聞かせろ」
「最初に説明したとおり、毒を防ぐ薬よ。完成してる中では最善の奴。毒素を分解する肝臓の機能を高め、生体機能で対処できないもののうちメジャーで致命的な分は無毒化する成分を入れ、それ以外は麻酔で耐えてもらうって感じかしら」
 つまり、致命的でない一部の毒は効果があり、致命的なものも限界を超えればじわじわと身体に蓄積される。
「なるほど、分かった。後で見てろ」
「後で看てくれ、の間違いね」
「察しが良くて助かるぜ」
 魔理沙は再び高度を上げた。
 そういう訳で、メディスンの得意技である行動制限の毒霧、スウィートポイズンが存分に効果を発揮し、魔理沙を追いつめる。
「なるほど、経験が浅い割にはよく考えてあるな」
 部屋は、前後左右を壁に囲まれている。
 メディスンの弾幕は、端にも安全地帯を作らない。
 こういう場所での弾幕の、最低条件だ。
「けど、どうせならこれくらい壁を有効利用してみたらどうだ?」
 カッ、と、メディスンに向かって光の筋が走る。メディスンが察知して横にずれるが、光はどんどん横に広さを増していく。
 普通のレーザーではない。
「マスタースパークには、こういう使い方もあるんだ!」
 太くなったレーザーはついに壁と天井に接し、メディスンは閉じこめられた。狭い領域に、星形の弾幕が飛び交う。
「え、こんなのずるい、無しだよ!」
「アリもアリ、大アリだ。よし、宿題にしよう。今度やる時までに、壁を使った奇抜な弾幕を考えておくように」
 それだけ言ったのを最後に、マスタースパークは徐々に減衰していった。
(本当は、素直に落ちた方が楽なんだがな。今のは餞別ってところか)

「勝負、あったわね」
 メディスンの弾幕能力は、毒霧以外は直線的すぎるのが難だが、正直かなりのものだ。案外、完調の魔理沙とやってもいい線行くのではないだろうか。
 魔理沙は毒霧のもっとも深い部分にはまった。恐らく抜け出せない。
 メディスンは、弾幕を楽しんでいた。人間に対する恐怖は、少なくとも今は感じられない。
 人間狩りを楽しむ位のレベルまで、もうすぐだ。井の中の蛙は、井の中でふんぞり返るくらいの気概があってこそ一人前なのだ。

 と、永琳がそんな風に考えていたところで、メディスンが不意に弾幕を撃ち止めた。
「ちょっと、どうしたのメディー?」
 メディスンはその声に応えず、自身の躰で魔理沙の眼前に迫っていった。
「名前」
「は?」
「あなたの名前は?」
 なんとメディスンは、そんな風に魔理沙に問うた。
 魔理沙はニッ、と白い歯を見せた。
「霧雨、魔理沙。よろしくだぜ」
 メディスンは聞くだけ聞いて、特に応えるでもなく、再び距離を取って弾幕を張り始める。
 だが、それは永琳にとって、本日初めての、完全な計算外の出来事であった。
 永琳は大きくため息をついた。
(よく考えたら、大結界の事といい、私も実は井の中の蛙なのよね)
 魔理沙は程なく意識を手放した。弾に当たったのか、毒によるものかは、本人にも周囲にも分からなかった。



「うっわ、すごい毒。ししょー、何かあったんですかー?」
 鈴仙が現れた。こういう場に率先して出現するというのは、ひょっとすると後始末とか面倒の押しつけられとかが好きなのだろうか。
「ちょうど良かったわ、ウドンゲ。その魔理沙、どっかに運んでおいてくれない?」
 鈴仙は嫌々といった仕草で魔理沙を背負うと、ちらとメディスンの方を見た。
 いい笑顔だった。
(一皮むけた感じだなあ。案外あの娘の成長、この永遠亭よりは早いんじゃない?)
「んー、働いたら喉が渇いたわね。メディ、何か飲み物ない?」
「インクベリージュースでいいかな」
「ん、最高。ウドンゲ、魔理沙はその辺に置いておいていいから、飲んでいきなさいな」
「飲めません! ていうか、そうやってメディの毒物をおいしそうに飲むの止めてくださいよ師匠。私たちも勧められる事になるんですから」
 鈴仙はさっさと魔理沙を運びだそうとする。そのとき、足下の陶器の破片が目に入った。
 魔理沙を床に下ろし、両手でごしごし目をこすってから、再び床に視線を落とした。
「って、んのぉーーーー! 国宝級といわれる一品がぁーーーーーー!」

 さすが宇宙人、ダミーも規格外だ。
 壊れギャグを書いたつもりは無いのですが、魔理沙と永琳の会話がデフォルトでブッ壊れているせいで、一部ちょっと愉快な事になってます。
 あと、メディはやっぱり毒バラ撒いてこそメディだよね!
リコーダー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/12 18:55:34
更新日時:
2007/05/15 09:55:34
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5.00
1. 6 A・D・R ■2007/05/13 14:29:02
お題へのつなげ方が少々強引に感じたのですが、タイトルの語呂はいいし、本編も楽しめました。
適度に笑えて、そして和めてとても良かったです。
2. 7 shinsokku ■2007/05/15 01:15:42
幻想くささや東方らしさにちょっぴり壊れ気味エッセンスを加えた一品ちう感じで。
面白いのです。
しかしどうも自分の読み手としての功夫が足りないらしく、
穴がどこにあったのか読み返しても見抜けていません。井中蛙オンリー? 
3. 6 爪影 ■2007/05/16 08:39:20
 本当、愉快な方達ですね。
4. 3 反魂 ■2007/05/18 01:56:02
文章に指向性が感じられず、正直に言ってかなり読みづらいです。もう少し丁寧にストーリーラインを意識して書いて貰えたならという感じでした。
ひとつひとつの文章は決して読みにくくないのですが、やや情報の整理が甘い気がします。構成的にも、特に序盤は展開が掴みづらかった印象。
もう少しまとまりがあったなら、キレのある作品になったかと思います。
5. 6 詩所 ■2007/05/19 23:41:26
永琳って天才ゆえにいい具合に性格がぶっ壊れている感じがします。

>壊れギャグを書いたつもりは無い
無意識でこんな危険物書かないで下さいw
6. 5 秦稜乃 ■2007/05/23 16:16:34
純粋に面白い作品でした。
第三者視点のSSとして、ナレーションのツッコミが多いのがちょっと気にかかったぐらいでしょうか。
いや、そういうスタイルなら全然構わないんですが…申し訳ない。
7. 9 ■2007/05/26 01:27:21
結局、えーりんのボケは天然なのか計算なのか。それを問いたい。
さすが宇宙人だ、簡単に解析出来るような芸風じゃないぜ。
8. 2 人比良 ■2007/05/26 21:00:08
内容はかわいいです。あとがきの一文で久能妹を思い出したり

9. 3 流砂 ■2007/05/26 21:50:35
井戸の中=穴なのかな? ぶっ飛んだ作品でしたー。
10. 5 deso ■2007/05/26 23:52:26
冒頭のシーンや輝夜のシーンなど、唐突過ぎて笑うところなのか微妙な部分があります。
メディスンの狂言人質も方法としてピンときません。多分、メディスンの内面があまり描かれてないせいかと思いますが、そもそも人間のことを良く思っていないメディスンに人質の役をやらせる意味があるのかなぁ
11. 7 風見鶏 ■2007/05/27 03:14:43
井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る。でしたっけ。
12. 6 blankii ■2007/05/27 11:09:59
井の中でふんぞりかえる――それも大事だよなぁ、と最近つくづくと。ともあれメディが一歩一歩前進していく姿が心に染みます。
13. 4 椒良徳 ■2007/05/27 19:53:04
「驚かしたりしする」は「驚かしたりする」でしょう。
なんだろうなあ、笑えないギャグ作品ってのはコメントに困る。
14. 7 木村圭 ■2007/05/27 23:36:03
軽快なタイトルとさらに軽快な変わり者たちが素敵。
壊してるのではなく壊れてる、この塩梅が絶妙で悔しいほどに違和感を感じませんでした。ボケが変態だとツッコミは大変。頑張れ鈴仙。
15. 6 らくがん屋 ■2007/05/29 10:54:27
ごめんなさい、本当は7点級の面白さなんだけど、テーマを薄めすぎてる気がしたんで1点マイナスさせてもらいます。面白かっただけに、自分の基準が恨めしい……。
16. 6 鼠@石景山 ■2007/05/30 00:59:29
とんちきな永琳やノリが良く機転の利く魔理沙など「らしい」感じがします。
まぁ、ゆっくり成長するといい。先は長いんだろうし。
17. 5 いむぜん ■2007/05/30 02:27:54
立派な蛙になってから外に出るといい。周囲は悪い大人がいっぱいだよ。 薬屋の人とか花の女王とか。
18. 6 ■2007/05/30 03:08:23

なかなか面白かったです〜
19. 5 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:38:13
井戸=穴と言うわけですか。
それにしても、永琳だったら何でも見透しているというイメージがありますが、もしかすると僅かな誤算(確立の低いものは計算に入れないとか)を天才脳ミソで誤魔化したりしているのかも?
メディスンの心変わりも、微笑ましくて楽しめました。
お疲れ様です。
20. 2 二俣 ■2007/05/30 20:29:27
申し訳ない、かなりの部分噛みあわなかったです。
21. 7 K.M ■2007/05/30 20:47:17
この話は、要約すると「師匠最強」?
最後の鈴仙の叫びに盛大に噴いたw
そしてメディよ、そこは情操教育的に若干問題あるからもっと外も知ろうぜ。
22. 5 たくじ ■2007/05/30 22:25:49
ウドンゲにつっこまれるような変な永琳は好きです。
23. 8 藤村る ■2007/05/30 23:32:51
 いかん、なんかツボだ。良い話もしてるはずなのに。
 あと永琳が楽しすぎだろ。
24. 1 時計屋 ■2007/05/30 23:42:15
描写が抜け落ちているのか、意図的に省略しているのかわかりませんが、
何がどうなっているのかわからないシーンがいくつかありました。

お話も、キャラの行動がやや突飛すぎるように感じました。
そこに至る経緯や考え方など、もう少し記述したほうが良いように思われます。

苦言ばかりになってしまいましたが、キャラ同士の掛け合いなどギャグには光
るものがありました。

後、お題に沿った内容とは言い難いため、次回以降参加されるときは気をつけてください。
25. フリーレス リコーダー ■2007/06/03 11:11:47
祭りの熱気に当てられて、というか。
最初は穴→蛙の井戸&葦の髄→見識の狭さとか閉鎖空間の危険性(毒ガスとかも)という辺りについて割と真面目に書くつもりだったのですが、
勢いで書いたらコンセプトどころかまずジャンルが違うものになっていました。

執筆時間3日。書いているときは、これを言い訳にするまいと思ってたんですけど。
確かに書き上げる時間としては十分だったのですが、自作を見つめ直す時間としては決定的に足りなかったっぽいです。
これでも投稿時は「ちょっと変だけど、ちゃんと書けたよね」とか思ってました。マジで。死にたい。

あまりの事に今から書き換えも考えたのですが、一度投稿した作品が別ジャンルに変わるというのもどうかと思いまして。
この作品は、誤字等も含めてこのまま現場保存とさせていただきます。

あと、「文章が読みづらい」「キャラの思考に一貫性がない」というのは、バックグラウンドを抜きにしても今後の課題となると思われます。
肝に銘じておきます。

個別レスに関しては胸が一杯なのと、ここまでで言うべき事をほぼ書いてしまったのとで、無理っぽいです。
こんな作品ですが、読んで頂いた方には本当に感謝申し上げたいと思います。
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