Air

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/13 06:03:16 更新日時: 2007/05/15 21:03:16 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 その孔から響く音は、静かな振動なみだった。
 低く高く変調し、彼女の体内を貫くその心地よい振動は、彼女の心を揺すぶる。
 あの時、初めてこの振動なみに触れて以来、心は、体は、檻に囚われてしまったかのように忘れる事が出来ない。

 それからだ。
 彼女が妹らと共にして居る時間が減少したように見えはじめたのは。
 普段からしっかり者の長女が、彼女と比べて幾分騒がしい妹達と行動を別にしている影響で、多少の問題が(主に部外者を中心として)起きはじめていたが、それにすら気がつくことがないほどに、想いを奪われていた。
 彼女の目から離れている場所での騒々しさなど、今の彼女に気がつくはずも無い。

 何故ならば、たった今も妹たちがしっかりとノックをした上で扉を開けて部屋の中に入ってきたのだが、それにすら気付かないのだから。

「姉さん、姉さんってば!」
「あら、リリカ。そんなところでどうしたの?」
 やや疲れた顔で扉に寄りかかる、呼び声の主。
 呆れた様な溜息も、ここ最近では見慣れた光景。
 それを知ってか知らずか、身だしなみを整えながら相手をする長女。
「ここ最近、毎日じゃない。ちょっと一人でやりすぎてない?」
「なら、リリカも一緒にやれば良かったじゃない。私は別にかまわないわ」
「(……はぁ)いいよ、別に。姉さんの邪魔したかった訳じゃないし」
 もっとも、そういう彼女は姉に対して不満がある訳ではないのだが……ただ少しだけ、回りを気にして欲しいとは思ってはいる。
 一方で、姉がこちらに意識が傾いている間は多少の悪戯も見つからないし、見つからないから小言も言われない。
 構ってもらいたいような、そうでないような。
 そんな機微も、当然判ってはもらえないのだけれども。

 微妙な心の動きに悶々とする妹なんてどこ吹く風、と衣服を整えた長女は、少し複雑な表情を浮かべている妹を見て、不思議な顔をしているわ程度にしか思わなかった。



 プリズムリバーの館から、それも長女の部屋から漏れ聞こえるそれは――





“ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 管弦楽組曲 第3番 第2曲”






 ――その日もいつも通り、いや、きっといつも以上の演奏が出来ていた、と今は思う。
 いつぞやの長い冬が明けた時と比較する事は出来ないまでも、今年の桜もいつになく美しくて。
 それに見合うだけの演奏を、心から奏でられたと。
 まるで体の心柱を、魂を震わせるように、ヴァイオリンを、私を突き抜けていって。



 1/fのゆらぎは、象られた孔から溢れ出て、人にも、霊にも、半妖にも、妖怪にも拡がる。
 幻想郷に名だたる“かの”大妖怪ですら音色に、旋律に、その内に静かな波紋を浮かべているかのよう。
 悪戯をした子供の様な毒気のない(しかしその実、何を企んでいるかわからない、胡散臭い)笑みを口の端に乗せていた事に気がついたのは果たして何人いたのだろうか。
 この地において妖怪の畏怖を集める彼女は、隣に座していた珍しい顔に柔らかい笑みを向けながら、薫り強く濃厚な液体を杯に注いだ。
「ああ、どうも」
 ぼう、としていて、たった今目を覚ませたように意識を宿らせた青年は、器に満たされたもの――度数の高い濁り酒だった――を一息で煽る。
 まるで、そうする事が気付けだとでも言わんばかりに、彼も惹き込まれていた。
 魔理沙に強引に連れられてきた霖之助だったが、今日ばかりは悪くなかったな――普段の彼を知る者からすれば、最大級とも言えるその賛辞に驚くだろうが、それを言の葉に乗せるほど彼も野暮ではない。
 もっとも、胸中で呟いたそれも、紫を始め彼と特に近しい数人にはしっかりと見抜かれていたのだが。
「とてもよい演奏だったわね」
「ええ、そうですね」
 緩やかに流れる雰囲気の中で酒を酌み交わす二人だが、その一方の心裡ではひとつの事が多くを占めていた。

 その話術、彼女のと彼の立場、そして彼女の持つ力からすれば目論見を果たすことなど容易く、霖之助はまた(彼にとって)大事な商品を手放す事になったのだが、結局いつもどおり彼にそれが充分に扱えようも無く、その意味からすれば、落ち着くべきところに落ち着いたのではあるが、それはまた別の話。
 機械仕掛けの百合こそが、今の彼女に必要なものであった。



 大妖怪、八雲紫が唐突に現れてそれを置いていったのは数日前のこと。
 やや不恰好な金属の花と黒い円盤を数枚取り出し、うち一枚を台座に滑らせて針を落とす。
 小さな回転音、開かれた花の口の暗い奥底から垂れ流される途切れ途切れのノイズと、過去のf字孔より溢れる耳慣れた振動なみの連なる記録。
 私を捉えて放さず絡みつくそれは、G線上のメロディ。



 気がついた時、私はその頬を濡らしながらヴァイオリンを弾き続け、、二重奏は発条が切れるまでずっと止まなかった。

 この曲は、そう。
 私が、レイラに聞かせた最初の――



 それはまだ、今の私たちが生まれる前。
 記憶の私たちがレイラと共にあったころ。
 やっと覚えた曲を、レイラの、みんなの前で弾いたときの事。
 みんなで演奏した時の、今はもうない幻想の音……

 私の中の、私たち三姉妹の間を埋めるこの曲を、フォノグラフが埋めてゆく。

 だからこそ、私は奏でよう。
 今でこそ三姉妹だけれども、レイラは私たちの妹なのだから。

 レイラは今も、私たちと共に居られるのだから。
久々に聞こうとして引っ張り出したCDが、某アニメのサントラBOXでした。
今度普通にクラシックの方を買ったほうがいいんだろうか。
そる・あーす
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投稿日時:
2007/05/13 06:03:16
更新日時:
2007/05/15 21:03:16
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1. 2 乳脂固形分 ■2007/05/13 02:50:50
少々わざとらしく大げさな表現が多いように感じます。
ところで、ルナサはG線上のアリアを1stヴァイオリンのソロで演奏しているんですか? もともとヴァイオリンソロ用の編曲版を演奏しているんですか?
2. 3 A・D・R ■2007/05/13 16:53:31
綺麗で、独特の、いい雰囲気だったとは思います。でも、私はいまいちのりきれず…
3. 2 反魂 ■2007/05/14 13:48:52
解釈の余地を考えても紫や霖之助という立場を上手く使えているとは思えず、その点でもう少し書き様のあった作品ではないかと思います。
詩情的な書き方を用いられてはいますが、その割にはやや平坦に過ぎ、作品の空気が伝わってこないもどかしさもありました。
申し訳ないのですが、今ひとつ判断に困る作品という評価です。広げたかった物はそれなりに垣間見えてはくるのですが。
4. 3 爪影 ■2007/05/16 23:48:58
 レンタルもアリかと。
5. 7 ■2007/05/25 10:49:41
>魔理沙に強引に連れられてきた霖之助だったが、
>今日ばかりは悪くなかったな――普段の彼を知る者からすれば
「今日ばかりは悪くなかったなと口の中だけで呟いた」とか、今日ばかりは悪くなかったと思っていた、ならば文章が繋がるのですが、このままだと文そのものが繋がっていません。そういった「繋がりがすとんと抜けている」箇所が数箇所見受けられるのが残念でした。それにてマイナス1点、です。
6. 4 shinsokku ■2007/05/26 14:10:22
ちくおんちくおん。
幻想の音の穴ですか。程よく幻想っぽくて良いですのう。
7. 1 人比良 ■2007/05/26 21:04:05
お題が音ならば、少し素敵で、そこそこ魅力的。
8. 7 流砂 ■2007/05/26 21:56:28
ここらへんの思考の狭さが鬱のルナサ姉さんたる由縁ではないだろうか。
普段から優しいと言うかおっとりしてはいるものの、他者を理解できる程に
賢いわけでもない。
一人で勝手に自己完結。 あぁこんな姉がいればそれは姉妹の絆も強くなる。
『いかにもルナサ!』という感じの作品でしたね。
4姉妹の穴、今は亡きレイラを埋めようともがくルナサ姉さん、素敵でした。
9. 5 deso ■2007/05/26 23:43:26
しっとりした良い雰囲気ですが、ちょっとあっさりかなぁ。
もっとエピソードを詰めて盛り上げれば、結構泣ける話になりそうですが。
10. 5 blankii ■2007/05/27 11:26:58
クラシックは全然詳しくない訳ですが……。蓄音機を『百合』とする例えに、ああそうだようなぁ、と惚れ惚れしました。啼く百合、唄う百合、さえずる百合の乙女――いいなぁ、一台欲しい。JSBは昔マタイとか聞いたっけな。
11. 6 椒良徳 ■2007/05/27 20:01:05
ヨハン・ゼバスティアン・バッハじゃなくて、ヨハン・セバスティアン・バッハじゃありませんでしたっけ? 
 それはともかく、よい雰囲気の作品であったと思います。少々読みづらかったですが、だからと言って点数を削るのは無粋か。ただ、切ない作品というにも感動の大作と言うにも文章量が足りず、読み足りない感があります。それが残念。
12. 3 木村圭 ■2007/05/27 23:42:55
アリアを聴きながら再読。美しいメロディーが胸に沁みる……。紫もたまには良い仕事しますね。色々と胡散臭いのは相変わらずですが。
13. 5 秦稜乃 ■2007/05/28 21:40:48
プリズムリバーの過去を思い起こさせるいい作品。
きっと姉妹はずっと一緒にいられるはず。
そしてあとがきがww
14. 6 らくがん屋 ■2007/05/29 10:46:16
面白いけど判らねぇ。不勉強ですみません。
15. 3 鼠@石景山 ■2007/05/30 01:49:52
ルナサの単独行動から始まるそれ以降が、なんだか繋がらない気がしました。
テンションの上がらなさと、読みおわってもすっきりしない所はルナサの話に相応しいのかも知れないですけど。
いまいち読み取れませんでした。
16. 3 いむぜん ■2007/05/30 02:34:36
見えにくい話だなぁ。
紫が変にお節介焼きだが、もうなにをしても「紫のすることだから」で片が付く気がしてきた。
もうちょっと分かるように書いてほしかったというのは贅沢だな。
17. 3 リコーダー ■2007/05/30 16:05:12
ちょっと置いてかれる感じがありました。
18. 3 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:54:43
短い文章の中に、少し詰め込みすぎたように思います。
そのせいか展開が速く感じてしまい、どうも違和感を覚えました。
しかし、レイラに初めて聴かせた曲、というネタはとても面白かったです。
失礼な言い方で、気を悪くなさったら申し訳ありません。お疲れ様でした。
19. 5 K.M ■2007/05/30 19:00:30
レコードと長女か…(想像中)…似合いますね。
20. 5 二俣 ■2007/05/30 21:08:09
バッハとどぶろく、この組み合わせが最高に幻想郷的で好きです。
酒盛りの風景はもうちょっと突っ込んで書いて欲しかったかも。
21. 4 たくじ ■2007/05/30 22:19:59
三姉妹の過去からすればこういうしっとりした話もありなのでしょうけど、やっぱり騒霊じゃないのは私のイメージとは合いませんでした。
22. 5 藤村る ■2007/05/30 23:45:26
 短い中に妄想できる要素がたくさん詰まっててよかったです。
 ここにきてプリズムリバー初登場なんだなあ……。
 そういえば、どこが穴や。わかりづらい。
23. 1 時計屋 ■2007/05/30 23:47:40
一つの文に対して、意味や効果を詰め込みすぎたように見えます。
もう少し平易に分かりやすく書いたほうが良くなるのではないでしょうか?

また、プリズムリバーが主役の話は珍しいのですが、
話自体はちょっとありがちのように感じました。
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