とんがり帽子

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/13 06:07:20 更新日時: 2007/05/15 21:07:20 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 魔法の森の夜は暗い。
 空に月や星の出る晴れた日でも暗いのだから、こんな空一面雲の雨の日ではなおさらだ。
 一寸先は闇とよく言うけれど、そんなもんでは済まないだろう。
 言うなれば、一分先まで全て闇。
 手に持つカンテラの灯りがなければ、この森の中に住む私ですら、家にたどり着くことも外に出ることも不可能に違いない。
 で、なぜ私がそんな雨が降る夜の森の中を歩いているのかというと。

「いやー、難儀だったな、アリス。こんな真っ暗な森の中を歩くことになるなんて。しかも雨も降っている」
「あんたのせいでしょう」

 カンテラの灯りの中、隣でけたけた笑っている魔理沙に何度目かわからないつっこみをしつつ、私は頭が痛くなるのを感じて手で押さえた。
 この頭痛の原因は、決してこの雨のせいでも闇のせいでもない。こいつのせいだ。

「あんたが寄り道して夕食食べていこうなんて言い出さなければ、夕方くらいまでには家についてたはずなのよ。そうすれば雨に降られることもなかったし」
「なぁに、昔から言うじゃないか、腹が減っては戦はできぬって。あのときの私がまさにその状態だったんだ。だいたい、お前もぐちぐち言ってた割に、しっかりついてきてたじゃないか。しかもうまそうに食ってたぜ」

 それはまぁ、確かにまぁまぁ美味しいお店だったけれど。
 魔理沙から教わった人間の里の小料理屋のことを少しだけ思い出しかけて、すぐに首を振った。このまま魔理沙のペースに乗せられるわけにはいかないわ。

「こんなに時間がかかるって知ってたらついていかなかったわよ。っていうか、あんたの家はさっきの所を右でしょ? なんでまだ私についてくるのよ?」
「雨が降って真っ暗だからだぜ。こんな所を灯りなしで歩くのは相当の阿呆か気の触れた奴だけだ。私はそのどっちでもないから、灯りのあるところを歩いてるだけだぜ」

 そしてそのまま、私の家まで来てお茶の一杯でもせびるつもりね。下手したら魔導書付きで。

「帰りなさい。あなたを家に招くとろくな事にならないんだから、このまま家まで着いてきても入れないわよ」
「ならそれでもいいぜ。ただしその場合、お前は明日早起きしなきゃならなくなる。家の軒先に死体があるのが見つかると罰金らしいからな」
「何の話よ、それ」

 よくわからないけれど、魔理沙ならそのくらい本気でやりかねない。
 朝からそんなことをされたら、寝覚めが悪くなるどころか、呆れかえって二度寝したくなるわ。
 そして、何故か次の日ひょっこり生き返って「お茶しに来たぜ、あと魔導書」とのたまうところまで想像出来た。
 何の化け物よ、それ。どこかの蓬莱人もびっくりだわ。

「はぁ、わかったわよ」
「へへっ、そうこなきゃアリスじゃないな」

 私のつくため息の理由を、こいつは一生理解することはないだろう。
 それはつまり、こいつが死ぬまで私はこんなため息をつくことになるわけで。
 はぁ、鬱だわ。

「さーて、今日はどの魔導書を読むことにするかな?」
「やっぱり、それが目的なのね」

 魔理沙はすでに私の家の魔道書に思いを馳せているらしく、ニヤニヤと笑いながら私の隣を歩いている。
 右手に先ほど里で買った蛇の目の傘を差し、そして左手には、今彼女が頭にかぶっているものとまったく同じような帽子を持っていた。
 つまり、つばの部分に白いレースのフリルがついている時代遅れの魔法使いがかぶるような黒くて大きな三角帽子である。
 手に持っている帽子は魔理沙が今日の昼までずっとかぶっていた帽子で、今かぶっているのは今日買った新しい帽子。
 なんでも今日、里の帽子屋に新しく入荷したらしく、魔理沙はその帽子を買うために人間の里へ行ったそうだ。
 私は人形の服を作るための布地が切れていたのを偶然今日発見し、偶然今日それを買いに行こうと思い立って人間の里へ行った。
 そしたら、ばったり魔理沙と遭遇してしまい、こうして一緒に行動することになってしまったのだ。
 魔理沙の行く帽子屋と私の行く服飾問屋が斜向かいの位置にあるとはいえ、この偶然は怖いものがあるわね。

「みんな、まだ少しかかりそうだけど、しっかり持つのよ。家についたら、ちゃんと乾かしてあげるから」

 私の上を浮遊している人形たち数体に声をかけると、それぞれがこくりと首を縦に振った。
 私は指にくくられた糸に魔力を通して人形たちに命令を伝えることができ、人形たちはその命令通りに行動することができる。
 今、私の声に反応した人形たちには大きめで厚い布地を私の頭上に広げて持たせるように命令してあった。
 この布地が傘の役割をして、私を雨から守っているのだ。

「便利だな、そいつら」

 感心したような魔理沙の声。右手に傘、左手に帽子を持ち、魔理沙は少し歩きづらそうだった。
 ちなみに私は荷物を人形たちに持たせているから、手ぶらの状態だ。

「あげないわよ」
「誰もくれなんて言ってないぜ。大体もらったところで、私には動かし方を知らないからな」
「まぁ、それもそうよね」
「ただ……」
「荷物も持たないわ」
「そいつは残念だ」

 魔理沙の言うことなんてお見通しよ。
 ふんと軽く鼻を鳴らす。
 とその時、私の服の裾をくいくいと引っ張る感覚。

「シャンハーイ」

 引っ張っていたのは上海人形だった。

「どうしたんだ?」
「この子には、周辺の魔力感知をやってもらってたのよ」

 魔法の森には、夜目が利く妖怪や魔物が沢山いる。
 私は人間じゃないけれど、それに近い容姿をしている以上、そう言った輩の襲撃を受けることがたまにある。
 だからそいつらの奇襲を防ぐために、私たちの周囲数十メートル内に魔力や妖力を持つ者が近づいたときに知らせるよう、上海に命令していたのだ。

「なるほど、つまり近くに私たちにケンカを売ろうとしてる身の程知らずがいるわけだな。ちょうどいい」

 にやりと口元をゆがめた魔理沙が、懐からミニ八卦炉を取り出している。
 傘と帽子を持っているためか、微妙に持ちづらそう。

「腹ごなしと雨に降られたうっぷん晴らしに一発撃っておきたかったところなんだ。誰だか知らんが、そんな身の程知らずは私が雨ごと吹き飛ばしてやるぜ」
「もう、相変わらず野蛮ね。それにあんたの場合は吹き飛ばすじゃなくて、消し飛ばすの間違いでしょ?」

 そう言いつつ、私も妖怪たちの急な襲撃に備えて、槍や剣を装備させた戦闘用の人形を何体か宙に浮かせる。
 と……。

「シャンハーイ!」

 今だ私の服の裾に取り付いたままだった上海がぶんぶんと首を大きく横に振った。
 どうやら、私たちを止めようとしているみたい。

「上海?」
「シャンハーイ」

 人形だから上海の表情は変わらないけれど、その瞳は私に何かを伝えようとしているように見えた。
 戦闘準備を止めるってことは、上海の感じた魔力に敵意はないってことなのだろうけど。
 こんな雨の降る夜の森の中に、いったい何がいるって言うのかしら?

「上海、あなたが感じた魔力の元へ案内して」
「お、先手必勝か? やっぱ、戦闘の基本だもんな」
「あなたと一緒にしないでくれる? 私は上海が感じている魔力が気になっただけよ。上海、お願いね」
「シャンハーイ!」

 上海に先導されて、今まで歩いていた道から外れた獣道を歩いていく。
 木々の密度はどんどん濃くなり、それに連れて周りの闇もさらに深くなっていった。
 聞こえてくるものは雨の降る音と、私たちの足音と、それと。

「?」

 遠くからかすかに聞こえてくる音に、ふと足を止める。

「魔理沙、何か聞こえない?」
「アリスも聞こえるってことは、私の耳がおかしくなった訳じゃないってことだな」

 それは、雨の音にかき消されそうなくらいの小さな声だった。
 私たちの前。生い茂った茂みの向こうから聞こえてきた。
 上海が私の服を引っ張り、その茂みを指さしている。その先に上海の感じた魔力の元があるのだろう。
 私たちは警戒を緩めないまま、ゆっくりとその茂みへ分け入った。

 茂みを超えた先にあったのは、木々に囲まれた広場だった。
 広場と言ってもそんなに広くない。むしろ木々の間にできた小さな空間と言った方がいいだろう。
 私が最初に広場を見た時、そこには誰もいないように見えた。
 しかし確かに聞こえる小さな声に、おかしいと思ってカンテラをかざした時、ようやくその姿を確認することができた。

「ぐすっ……うぐっ、ひっく……」

 カンテラに照らされた小さな広場の真ん中で、小さな女の子が泣いていた。
 ただの女の子じゃない。背中に白くて大きな翼がある女の子だった。
 彼女が身にまとうのは、カラスのように黒いローブ。最初に見た時に誰もいないように見えたのは、そのローブが闇に紛れて見えなかったからだろう。

「ひぐっ、えぐ……うっく……」

 彼女は近くまで来た私たちに気がつかないまま、ただ、その胸の中に何かを抱くようにして泣いていた。
 傘はない。ゆえに、その身体は雨に打たれてずぶ濡れになっている。
 黒いとんがり帽子が乗った金色の長い髪も、雨に濡れて力無く垂れ下がり、細かに水滴をしたたらせていた。

 私は、その女の子に見覚えがあった。といっても、別に親しいわけではないし、直接出会ったのもこれが初めてだ。
 彼女はこの時期、幻想郷の各地に見られ、幻想郷中の住人達にその存在を知られているから。

「リリーブラック」

 びくりと彼女の身体が一つ震えた。
 今の私の声に気がついたのだろう。その顔がゆっくりと上がり、私を見て止まった。
 悲しい色をした彼女の瞳に見つめられ、私は思わず声を詰まらせてしまう。
 こういう時、なんて声をかければいいのか。私はその答えを持ち合わせていなかった。
 ただ、馬鹿みたいに立ちつくして、雨に涙に濡れている彼女の瞳を見つめ返していただけだった。

「よぅ、いつぞやの花のときは世話になったな。こんな雨の森の中を傘も灯りも持たずに散歩か?」

 すぐ近くで聞こえてきた声に驚いて振り返ると、私の横で魔理沙が彼女に向かって片手をあげていた。

「魔理沙、知り合いなの?」
「今、言ったぜ。まぁ、あの時、お前は引きこもってたから、知らなくても当たり前か」
「うるさいわね」

 魔理沙が言う花のときっていうのは、おそらく去年の春にあった異変のことだろう。
 あのときの異変は害がなさそうだったし、特に興味もなかったから気にしなかったのよね。

「にしても、妖精にゃ馬鹿が多いと思ってたが、こいつはちょいとひどいな。こんな雨の降る暗い森の中で一人でいるなんざ、妖怪に食べて下さいって言ってるようなもんだ」

 人を小馬鹿にしたような物言い。
 妖精とはいえ、目の前で泣いている奴に向かってよくそんなことが言えるものだと感心してしまう。
 魔理沙らしいと言ってしまえばそれまでだけど。
 魔理沙の言葉を聞いて、彼女は赤くなった目を丸くして魔理沙を見た。
 そして、キッと魔理沙を見据えると。

「あ、あなたには関係ないわ……」

 まだ少し震えた小さな声で言い、涙をぐしぐしと拭った。

「あんたねぇ、怒らせてどうするのよ?」
「泣かれっぱなしよりはマシだろ? それにお前だって、何も言えなくてずっと突っ立ってただけじゃないか」

 魔理沙を肘でつつきながら小声で言ったら、そんな言葉を返された。そこを突かれると正直痛いわ。
 リリーブラック……黒百合はしばらく雨に濡れた服の袖で涙を拭っていたが、やがてすっくと立ちあがった。
 いや、立ち上がろうとして大きくバランスを崩し、再び地面に座り込んでしまった。
 どれだけの間、雨に打たれていたのは知らないけれど、相当体力を消耗しているみたいね。

「おー、こりゃ、本格的に妖怪の餌だな」
「そ、そんなことは……ないわ」

 ゆっくりと立ち上がる。今度は倒れることなく立ち上がれた。
 でもふらふらとして足元がおぼつかないし、目も虚ろで焦点が定まっていない。
 このまま、森の中に居続けたら、降り続ける雨に身体が参ってしまうか、その前に妖怪の餌食になってしまうか。
 どちらにしろ、いい状態にならないことは確かね。
 私は人形たちに命じて、黒百合の身体を支えさせた。

「な、なに……?」
「動かなくていいわ。別に危害を加えようとしてるわけじゃないんだから」
「ウソだぜ。そうやって安心させておいてから、ばくっと食っちまうつもりなんだ」
「魔理沙、あんたは黙ってなさい」

 傘代わりの布を持たせた人形たちを黒百合の頭上まで移動させ、私も黒百合に近づく。
 顔をのぞき込むと、彼女の瞳が私を見返した。
 強がっているけれど、その瞳はおびえて泣いているように見えた。
 それが私に対してなのか、他の何かに対してなのか、それはわからないけれども。
 そっと彼女の頬に触れる。触れた瞬間、その冷たい感触がびくりと震えた。

「冷たい頬ね。まるであの氷精みたい。こんな身体で春を伝えられたら、寒い春が来そうで心配ね」

 しばらくその冷たい頬をなでるように触れた後、手をスライドさせて彼女の手を取った。
 その手を軽く引くと、驚いた黒百合がばっと手を引っ込める。
 もう一方の手で、その手をかばう姿。

 いえ、違うわね。かばっているのは彼女の手じゃなくて、その手の中。
 今、引いた手の中に何かを持っているみたい。
 気になるけれど、今はこの子自体の事が先ね。

「少し歩いたところに私の家があるの。よかったら、今日は休んでいくといいわ」
「そ、そんなの、余計なお世話だわ」
「このままこの場所にいても何にもならないわ。イタズラに体力を消耗するだけ。安心して。あなたが悪さをしなければ、私は何もしない。もっとも、このまま妖怪の餌になる方がいいって言うのなら、止めはしないけれども」

 黒百合はしばらく考え込むようにうつむいていたが。

「わかったわ」

 やがて、そっと手を私に差し出してくる。私がさっき引いた手とは反対の手だ。
 私は彼女を驚かせないように、そっとその手を取った。

「おいおい、こいつをお前の家に連れて行くのか?」
「ええ、そうよ」
「別にほっといてもいいんじゃないか? もしかしたら、こんな成りで私たちを騙しておいて、寝静まったころに何かをやらかすかもしれないぜ?」
「その時はその時で叩きだすだけよ。大体嫌でしょ? 放っといて次の日、その死体が見つかったとか知らせがきたら。後味悪くて」
「まぁ、たしかにそいつは嫌だな」
「あ、安心なさい。あんたがのたれ死んでも、私はまったく気にしないから」
「差別だぜ」
「自業自得よ」

 黒百合を連れて、私の家へと向かう。
 人形に支えられるようにしながらゆっくり歩く黒百合に合わせているため、さっきまでとはずいぶん歩調がゆっくりになってしまった。
 家につくまで、あとどのくらいかかるかしら?
 黒百合は私に手を引かれ、少し後ろ辺りを歩いている。
 相変わらずうつむいたまま。彼女が何を考えているのかなんてわかるはずがない。

 私はその後、黒百合の手の中へと視線を向けた。
 彼女が涙を流していたときに、胸に抱いていたもの。最初に手を引いた時、慌ててかばったもの。

 ……あれは、帽子かしら?

 手に持っているから形はわかりにくいけれど、白い布地に赤い線が帽子を縁取るようにジグザグに入っている。
 そしてその帽子の真ん中から少し上の辺りに穴が開いていた。
 遠目から見て、だいたい五センチ程。広げれば十センチ超えるかもしれない。力で無理矢理引き裂いたかのような大きな穴だった。
 あの帽子はいったい?
 そんな疑問が浮かび上がるが、考えて答えが出てくるはずもないし、今の黒百合に聞いて明確な答えが返ってくる様子でもない。

 とりあえず、まずは家に帰らないと。この雨にもいい加減うんざりしてきたわ。










 私の家。
 黒百合をお風呂に入れた後、私は彼女を伴ってリビングへと向かっていた。
 黒百合が今着ているのは、フリルが沢山ついた黒いワンピース。昔、私がよく着ていたけれど、今は少しサイズが小さい。でも、黒百合にはそれがちょうどいいくらいで、よく似合っていた。
 着替えを用意したのは、彼女の着ていたローブや帽子がずぶ濡れになっていただけではなく、所々が破けて見るに堪えない状態だったため。
 特に帽子はひどい。何かに引っかけて破いたらしく、帽子の真ん中辺りに大きな穴が開いていた。
 ちょうど黒百合が持っていた帽子と同じような状態だ。

「よう、遅かったな」

 リビングのドアを開けたとたん、中から遠慮のかけらもない声が聞こえてきた。
 リビングは部屋の壁に掛けられたランプの灯りが灯っているだけで少々薄暗い。
 部屋の中心にあるテーブルを挟んで向かい合わせにおいてある二人がけのソファー二つ。その一つを陣取ってごろりと寝そべっている奴に憮然とした顔を向けてやる。
 当然、効果なんてありはしない。

「勝手知ったる何とやらとはよく言ったものだけど、あんたほどその言葉が似合う人間はいないわね」
「そんなに誉めるなよ。誉めるくらいならお茶よこせ」
「誉めてない」

 ため息をついて、人形たちに運ばせたトレイをテーブルに乗せた。トレイの上には、紅茶の入ったポットとティーカップ、ホットミルク入りのカップが乗っている。黒百合をお風呂に入れている間に、人形達に命令して用意させたものだ。
 待ってましたとばかりに魔理沙が起きあがり、ポットに手を伸ばす。

「なんだ、紅茶かよ。私の最近のブームは最高級の玉露なんだがなぁ」
「どこぞの巫女みたいなことを。文句あるのなら飲まなくていいのよ」
「文句はあるが飲むぜ」

 勝手にポットの紅茶を入れて勝手に飲んでいる魔理沙はとりあえず放置。
 黒百合の方はというと、いまだに入口のドアの前で立ったまま、部屋の中をきょろきょろと見回している。

「なに? 私の部屋がそんなに珍しいかしら?」
「帽子はどこ?」
「あなたの帽子のこと? それなら、ローブと一緒に隣の部屋に掛けてあるわ。でもずぶ濡れで所々破けてるから……」
「違うわよ! 私の帽子なんてどうでもいい! そうじゃなくて、白いほうの帽子よ!」

 ああ、黒百合がずっと持っていた帽子の方ね。

「それは、こいつのことか?」

 ティーカップを口に付けてずずずと意地汚く飲んでいる魔理沙のもう一方の手に例の帽子があった。
 指に引っかけてくるくる回している。

「返してっ!」
「うおっ!?」

 それを見た瞬間、黒百合はものすごいスピードで魔理沙に飛びかかった。
 さすがの魔理沙も今の行動に驚いたらしく、持っていた帽子をあっさりと奪われてしまう。
 黒百合は奪い取った帽子の無事を確認し、安心した表情を浮かべてその帽子を胸に抱きしめた。

「あ、あぶねぇ。危うく紅茶を落とすところだったぜ」
「あんたが悪いんでしょ、人の帽子で遊んでるから。せいぜい自分の帽子でも回してなさい」

 言い捨てて、黒百合にそっと近づく。
 胸に帽子を抱いたまま、近づいてきた私をじっと見た。まだ少し、警戒の色を帯びている目。
 私は少しだけ立ち止まり、言葉を探してから話しかけた。

「その帽子、白百合……リリーホワイトの帽子でしょう?」
「……そうよ」

 やや時間をおいて、黒百合が首を縦に振る。

 黒百合の服を人形たちに運ばせたときに確認した。
 黒百合が持っていた帽子は、ちょうど黒百合がかぶっている帽子と同じような形の白いとんがり帽子だった。
 一目見れば、その帽子が白百合の物であることくらい、誰だってわかる。

「この帽子は、白がずっとかぶってた帽子よ。ずっと昔から、どんなときも手放さないでかぶり続けてた。朝も、昼も、夜も、ずっとずっと」
「そのずっとかぶり続けてた帽子をなんであなたが持っているのかしら? しかも、そんなに大きく破けているし」

 口ごもる黒百合。何かを考えているかようにうつむいている。
 あまり話したくないことなのかもしれない。私は息をつくと、黒百合の手を引く。
 先程、森の中で引いた時ほどの驚きはなかったけれど、それでも黒百合は軽く震えて私を見た。

「別にいいわ。話したくなければ無理には聞かない。それより、こっちにいらっしゃい。せっかく入れたミルクが冷めてしまうわ」

 私は黒百合をソファーへと導いた。
 ソファーに座った黒百合に、ホットミルクの入ったカップを持たせた人形を向かわせる。
 少し戸惑いながらカップを受け取る黒百合を見つつ、私自身もその隣に座る。
 せっせと人形たちが私の前にソーサーとティーカップを用意し、その中に並々とポットの紅茶を注いでいく。
 注ぎ終わった所でそのティーカップを手にし、軽く一口。
 軽いレモンの風味が口の中に広がる。紅茶独特の苦みは砂糖の甘みによって薄められ、でも消えることなくちょっとしたアクセントとして私の舌を楽しませてくれる。
 さすが私の人形ね。今日もいい入れ具合だわ。
 ふと目を別のソファーに向けると、魔理沙がその場に寝そべりながら、魔導書を読みふけってきた。
 あの魔導書、たしか書斎にしまっておいたものだと思ったのだけど、いったいいつの間に持ってきたのかしら?
 まったく、魔理沙には油断も隙もない。
 黒百合に目を戻す。黒百合はいまだにカップを手に持ったまま下を向いていたけれど、私が自分の持っているカップを軽く持ち上げて飲むように促してあげると、ようやく自分の持っているカップに口を付け始めた。
 私も少し安心して、再び紅茶を飲む。

 しばらくはその場を沈黙が支配していた。
 聞こえる音は、私たちが紅茶をすする静かな音と、魔理沙が魔導書のページをめくる音、それと遠くにかすかに聞こえる雨の音だけ。
 魔理沙や黒百合はどう思っているか知らないけれど、少なくても私にとっては心の落ち着く環境だと思った。

「今日ね」

 不意にそんな言葉が聞こえて、私はティーカップを口に付けたまま黒百合を見た。
 黒百合は私のことを見ていた。何かを決意したような目で。
 ゆっくりと口からカップを放し、黒百合を見返す。

「今日、白とケンカしたのよ」

 そう前置きして、黒百合は今日あったことを話し始めた。





 事の始まりはとても些細なこと。黒百合が白百合に新しい帽子を手に入れたらどうかと提案したことだった。
 長い間、かぶり続けていた白いとんがり帽子は汚れが目立ち、ほころびが多く見られた。
 白い布地だったからなおさら顕著に見えたのだろう。
 しかし、白百合は黒百合の提案を拒否した。黒百合が何を言っても何度言っても、白百合は首を縦に振らなかった。
 そんな白百合に、やがて黒百合は苛立ちを覚えた。
 話し合いは次第に口論になって、そしていつしか、白百合の帽子の取り合いにまで発展していた。
 白百合の帽子を、白百合と黒百合がそれぞれ掴み、引っ張り合う形。
 そんな状況がどんな惨事を引き起こすかなど、すっかり興奮していた二人が気付くはずもなかった。


びりぃっ!


 帽子からそんな音が聞こえた。
 それに真っ先に気がついた白百合が反射的に手を離し、その反動で黒百合が後ろに転がる。
 黒百合もその音には気がついていた。起きあがって自分が手にした帽子を見る。
 大きな穴が開いていた。
 白の布地を乱雑に引き裂いて現れた異質な穴。そこから見える帽子の裏地……陰のかかった白を見て、黒百合は血の気が引く思いをした。
 目を白百合に向ける。
 白百合は顔面蒼白で立ちつくし、自分の帽子を凝視していた。目には既に涙があふれ、今にもこぼれ落ちそうな状態。
 黒百合が何かを言おうとして、その言葉を探す。
 しかしその答えが出る前に、その場から逃げ出すように白百合が飛び、森の中へと消えていってしまったのだ。

 もちろん、黒百合は白百合を追いかけた。しかし白百合は黒百合が思っていた以上に素早く、また木々が茂っている中を飛んでいるため、視界が狭い上に飛びにくかった。
 そのせいで、黒百合はとうとう白百合の姿を見失ってしまう。
 白百合を見失った後も黒百合は必死になって探し続けたが、右を見ても左を見ても木しかない森の中で、白い妖精の姿はいくら探しても見つからない。
 やがて雨が降り出し、日が落ちて森が闇に包まれる。
 木々の隙間から降る雨が、容赦なく黒百合の体力を奪う。
 何も見えない森の中でひたすら飛び続け、迫ってきた木や枝を避け切れずぶつかり、小さな傷をいくつも作った。
 これ以上探し続けるのは無理だ。そう思った黒百合は、森の中の小さな広場に降り立った。
 黒百合がずっと白百合の帽子を手に持っていたことに気がついたのは、ちょうどそのとき。
 穴の開いたその帽子をじっと見つめると、白百合の顔が浮かんでくる。
 帽子を破いてしまったときのあの泣き顔。一度思い出してしまったら、もう脳裏に焼き付いて離れない。
 自分はなんて取り返しのつかない事をしてしまったんだろう。
 白百合の帽子を胸に抱きしめる。
 目から止めどなく流れる水は、けして雨によるものではない。もっと温かくて、もっと悲しいもの。
 もう、我慢できない。
 黒百合は帽子を胸に抱いたまま、声を上げて泣いた。
 雨の音と一人のか弱い妖精の泣き声が、しばしの間、森の中に流れ続けていた。





「その時に私たちと出会ったってことね」

 私の言葉に、黒百合はこくりとうなずき、ミルクの最後の一口を飲み干した。
 私もカップに口をつけたが、その中にすでに紅茶は残っていなかった。黒百合の話を聞きながら、いつのまにか飲み干していたらしい。
 何事もなかったかのような優雅な動作でティーカップをソーサーに戻し、再び人形たちに新しい紅茶を注がせた。

「それで黒百合、あなたはこれからどうするつもり?」
「もちろん、白を探すわ。そして、白と仲直りする」

 強い口調で言う。しかし、その後に目を伏せて「でも……」と付け加えた。

「私が謝っても、きっと白は許してくれないと思う」
「どうして、そう思うの?」
「この帽子が白にとってどんなものなのかわからないから。それがわからなきゃ、謝ってもそのうわべの気持ちしか伝わらないと思う」

 確かにうわべだけの謝罪ほど無意味なものはないわね。
 でも、黒百合が言うその答えを知っているのは、おそらく白百合自身じゃないかしら?
 ケンカしている今の状態では、それを聞くこともできないし。

「何か、心当たりはないの?」
「何もないわ。ずっとかぶっていたくらいだし、とても大切なものだって事はわかるけれどそれだけ。その大切にしていた理由がどうしてもわからないの」

「なんだ? そんなこともわからないのか?」

 その声は唐突に、私たちの横から聞こえてきた。
 驚いて振り返る私と黒百合。振り返った先で、その声の主の魔理沙が眠そうに目をこすっていた。

「何よ、魔理沙。あんたは理由がわかるって言うの?」
「当たり前だろ? っていうか、アリス。まさかお前もわからないのか?」

 意外そうな目でこっちを見てくる。
 言い方が多少むかつくけれど、私にもわからないのは事実。
 口ごもっていると、魔理沙がやれやれと呆れたように手を挙げてみせた。なおむかつく。

「なんだよお前ら、ずいぶん寂しい生活してるんだな。ま、しゃあないか。その価値なんてそれぞれだからな」
「うるさいわね、もったいぶらないで教えなさいよ」
「やだね」
「なんでよ?」
「私が教えたところでピンと来ないだろうし、それに眠いからな」

 魔理沙はそう言って、大きくあくびをした。
 時間はもう日を跨ぐ頃だ。人間の魔理沙はそろそろ眠くなる時間帯だろう。
 って、そんなことはどうでもいいのよ!

「アリス、書斎借りるぜ。あそこの椅子がちょうどいい硬さで寝心地がいいんだ」
「ちょっと魔理沙!?」

 立ち上がってリビングから出ていこうとする魔理沙を止める。
 黒百合も魔理沙のことを足止めするように、彼女の手を掴んだ。

「逃げないでよ! あなた、白が怒っている理由がわかるんでしょ? なら教えてよ!」
「うるさいなぁ……」

 さも迷惑だと言わんばかりに黒百合の手をふりほどく魔理沙。
 そして、しばらく腕を組んでうーんと考えると。

「んじゃ、ヒントだけやるよ。謎掛けだ」
「謎掛け?」
「手に入ったばかりじゃ見えないが、大事に使っていくうちに段々はっきりしていくものだ。ホワイトはそいつのことが諦めきれなかった。それだけだぜ」

 それだけ言って、魔理沙はさっさとリビングから出ていってしまった。
 止める暇すらない。私と黒百合は頭に?マークを浮かべた状態のまま、リビングに取り残された。

「何よあれ! 人が真剣に困ってるって言うのに!」
「あなたは妖精だけどね……でも」

 魔理沙が出ていったドアを見つめる。
 言い方はむかつくけれど、魔理沙は嘘をついてないと思う。
 本当に白百合が泣いた理由を知っている。知った上であんな謎掛けを残したんだ。
 黒百合を見ると、すっかり肩を落として途方に暮れている様子。

「今日は家でゆっくりしていきなさい。一日経てば、白百合も少しは落ち着くかもしれないわ」
「ええ」

 力無くソファーに座る黒百合。壁のランプの灯りに映される姿は思った以上に弱々しく見えた。
 こんな姿を見せられると、なんだかかわいそうに思えてくるわね。
 とはいえ、私にはどうすることもできないし。

 あ、そうだ。

 私は隣の部屋に行って、黒百合の服と帽子、それから裁縫道具を一式持って戻る。
 リビングに入ってテーブルの上にあるランプに火をつけると、部屋が少しだけ明るくなって、それと同じだけ気分も明るくなった。

「何をするつもり?」

 黒百合が私の顔と私が持ってきた黒百合の服を交互に見ている。
 私は針や糸を用意しながら、そんな黒百合に微笑みかけた。

「ちょっとしたサービスよ。気分転換も兼ねた」

 裁縫用の針に糸を通してから、改めて黒百合の服を見る。
 未だに濡れて重くなっている黒いローブは、何箇所も破れた所があるけれど、その大きさはどれもあまり大きくない。
 これなら黒い糸でその箇所を縫いつれば、傷が目立たない程度にまで直せそうね。
 私は早速、裁縫針を傷のできた場所に宛がい、通した。
 服の穴を飛び越え、反対側でもう一度布の中を通す。針の先が私に顔を出す。
 針を引っ張って糸を完全に布に絡ませ、もう一度針を布に通す。
 その繰り返し。
 ちくちくと針が布の中を通り抜けるたびに、黒い糸が服の傷に絡み、巻き付き、直っていく。
 何度か針を通した後、私は糸を布にできるだけ近づいた場所で結んで切った。

「できた」

 さっきまで開いていた穴は、黒い糸でしっかりと塞がれていた。
 ぱっと見ただけではもう目立たない。ギザギザした糸の感触に触れて、ようやく直した場所だとわかる程度だ。

「す、すごいわね」

 黒百合が感心したかのようにつぶやく。

「そんなたいしたことではないわ。まぁ、手先が器用なのは私の強みではあるけれど」

 ちょっといい気分になりつつ、次の破れた箇所の修繕に取りかかる。
 そういえば、黒百合は私が裁縫をしている間、珍しそうにじっと見ていたようだけれど。

「あなたは裁縫をやったことないの?」
「やったことはあるけれど、うまくできなかったわ。あのときは何回も針を自分の指に刺して、途中で投げ出した気がする。私だけじゃなくて、白もできなかったはずよ」
「ふーん、こういうのできるようになると色々便利よ。自分で服を修繕できるようになるから、弾幕で勝負した後も安心だし。妖精はあまり力ないんだから、便利なんじゃない?」
「なによそれ、馬鹿にしないでよ。妖精だって、力があるのはそれなりに……」

 憮然として言葉を返した黒百合が、不意にその言葉を止めた。
 不思議に思って彼女の顔を見ると、何かを思いついたような、はっとした顔をしていた。
 
「ねぇ、あなた、手先が器用って言ったわよね?」
「ええ、言ったけど?」
「じゃあ、これを直せないかしら?」

 そう言って差し出してきたのは、ずっと手に持っていた白いとんがり帽子。
 私はその帽子を受け取って、その帽子に開いた穴の部分を調べてみた。
 穴は大きいけれど、傷口はそこまでひどくなってはいない。
 同じような白い布地を裏に当てて、穴に沿うように縫っていけば穴を目立たなくできそうね。

「そうね。特段難しい作業ではないかしら」

 その言葉を聞いて、黒百合の顔が少し明るくなる。
 私はその顔を見て、次に彼女が言う言葉がわかってしまった。
 この帽子を直してほしい。
 そう、私に頼んでくるだろう、と。

 確かに、私は白百合の帽子を直すことができる。
 別に帽子ひとつの穴を塞ぐことくらい、そんなに手間はかからない。
 塞ぐべき穴がひとつ増えるだけなのだから。

 でも、私はそこまでやってしまってもいいんだろうか?

「あなたに頼みたいことが……」
「待って」

 私は黒百合が話し始める前にそれを止めた。

 違う。
 そこまで私は手を出しちゃいけない。

「悪いけれど、あなたの頼みを受けるわけにはいけないわ」
「え?」

 大きく見開かれる黒百合の目。
 断られるとは思っていなかったのだろう。

「あなたの言いたいことはわかるわ。その白い帽子を直してほしいのでしょう? 私にはそれが可能だし、引き受けてあげてもいいとも思ったわ」
「なんで? じゃあ、やってくれてもいいじゃない!? 断る理由なんてないんで……」
「でも、あなたはそれでいいの?」

 私の問いかけに、黒百合は押し黙った。
 私がその帽子を直せば、穴を塞いだ跡も目立たない完璧な仕上がりにできるだろう。
 完璧に直った帽子を見て、白百合はきっと喜ぶだろう。それによって黒百合と仲直りできるかもしれない。
 そうなればまさに理想の状態と言っていいと思う。
 でも、

「私が直した帽子で白百合と仲直りするってことは、私の力に全てを任せるってこと。あなたは納得できるの? あなたが壊した白百合との関係を、あなたの力ではなく私の力で修復することに」

 それはつまり、自分の責任を他人に全て任せるという行為だ。
 私なら納得できないだろう。だって惨めじゃない、そんなの。

「……そうね」

 黒百合は私に差し出していた白いとんがり帽子をそっと降ろした。

「確かにそんな仲直りは納得できないわ。もともと白とケンカしたのは私のせい。だから、私の力で白と仲直りしないといけない」

 黒百合が持つとんがり帽子が形を変える。彼女の手に力がこもった証拠。
 その帽子をぼんやりと見つめ、やがてぱっと何かを決意したような目を私に向けた。

「じゃあ、お願いを換えるわ」

 強い瞳の色。黒百合の意志の固さが目を見た時点でわかってしまった。

「私に裁縫の道具を貸して。私はあなたのように手先が器用じゃないし、うまくいかないかもしれないけれど、自分の力でこの帽子を直してみる」

 私はその言葉を聞いて軽く微笑むと、彼女の前に自分が使っているものとは別の裁縫道具を並べていった。










「痛ったぁっ!」

 悲鳴と共に、黒百合の左手が大きく跳ね上がる。
 これでもう4回目だったかしら。

「また刺したの?」

 私の問いかけに涙目でこくこくうなずく。
 黒百合の左手を取ってよく見てみると、中指の真ん中あたりで血がにじんでいるのがわかる。

「今度は中指ね……上海、絆創膏をお願い」
「シャンハーイ」

 上海が持ってきた絆創膏を黒百合の中指に貼る。
 ちなみに彼女の左手の親指と人差し指にも、同じように絆創膏が貼られている。右手の中指にもだ。
 裁縫を始めてから、半刻ほど。
 帽子の裏に布地を宛がって縫いつけるという簡単な作業に、黒百合は苦戦していた。
 私はその間、黒百合のローブを修繕しつつ、黒百合に裁縫の仕方を教えたり、縫い方のアドバイスをしたりしていた。
 のだけれど、彼女が針を指に刺しながら悪戦苦闘している姿を見ていると、だんだん居たたまれなくなってくる。

「大丈夫……なわけないわね。それだけ刺すと」
「くぅぅ、だんだん指がひりひりしてきたわ」
「あなたがここまで不器用だったなんて思わなかったわ」
「うるさいわね! もうそろそろ慣れてくるはずだから平気よ! さ、続けましょう」

 そう言って再び針を繰り始める。
 手つきが端から見てても危なっかしい。というか、針を出す場所に指を置いちゃだめだってば。

「痛たぁっ!」

 ほら、言わんこっちゃない。
 上海から絆創膏を受け取って、また貼る。
 このままいくと、終わらせる頃には手が絆創膏の固まりになりそうね。

「うぅぅ、裁縫って、思ってたより痛い作業なのね」
「普通はあまり痛くないはずなんだけどね。ほら、貸してみなさい。私が少しやってあげるから」
「だ、大丈夫! もう少しでちゃんとできるようになるから!」

 そのくせ、私が手を出そうとすると途端に強がって、譲ろうとしない。
 さっき、無理に焚きつけたのが変な風に効いてしまったらしい。

「本当に大丈夫なの? 確かにさっきはああ言ったけれど、怪我をしてまで頑張ることでもないんだけど」
「平気平気! それにこれも白と仲直りするため。白と仲直りできるのなら刺し傷ぐらい、なんて事ないわ」

 白百合のために頑張る。その言葉になんの偽りもない。
 ただ純粋に、白百合と仲直りしたいという思いが、黒百合をここまでさせているのだろう。
 妖精は自然から生まれた純粋な存在、とはよく言われていることだけれど、その純粋さがこういうところで現れているのかもしれないわね。

「きゃあっ!」
「上海」
「シャンハーイ」

 でも絆創膏、足りるかしら?

 そんな感じで裁縫を続ける黒百合だったが、暫く続けていると本当に慣れてきたらしく、次第に手つきがよくなってきた。
 指に針を刺す回数も段々と減ってきて、私も見ていて安心だ。
 横目で彼女の様子をちらちらと窺いつつ、私も黒百合のローブを直していく。


 それから、再び半刻ばかりして……。


 私は最後の一針を抜き、糸を結んで留めた。
 一通り見て、これ以上、穴が開いているところがないことを確認する。

「よし、完成」

 さっきまで穴だらけで見る影もなかったローブが、すっかりきれいになっていた。
 我ながらいい出来映えに惚れ惚れしてしまう。

 あとは黒百合の帽子を直せば私の仕事は終わりね。
 と、裁縫道具の中から黒い布地を取り出そうとした時、一体の人形がふわふわと飛んできて、私の手をつかんでぐいぐいと引っ張った。
 この人形は来客があったときに、私にそれを伝えるように命令した人形のはず。

「こんな夜更けにお客さん? 一体誰かしら?」

 この時間に活動してるのなんて、妖怪や物の怪のたぐいしかいない気がするけれど、そいつらがわざわざ客を装ってここに来るとは思えないわね。
 黒百合は帽子を直すことに熱中しているようなので、私はちょっと出てくるわねと言い残して、リビングを後にした。

 玄関まで続く廊下の窓から、外の様子が見える。
 いつの間にか雨は止んでいたらしく、よく晴れた夜空にぽっかりと下弦の半月が浮かんでいるのが見えた。

 玄関のドアを開けると、降り続けていた雨で冷えた外の空気が家の中に入ってくる。
 その肌寒さに軽く身震いした後、私は玄関に立っていた小さな姿を確認する。

 全身を包む白いローブは、上から下まで雨に濡れ、肌にぴったり貼り付いている。
 背中には水のしたたる白い翼。
 帽子はかぶっていなくて、肩までかかる濡れた金色の髪が、優しい月の光に照らされてきらきらと輝いているようだった。

 雨の降る暗い森の中で、黒百合と出会った時と情景がよく似ている。
 違いは黒百合が泣いていたのに対し、こちらは不安そうな笑顔で私のことを見ているということだろうか。

「あなた、リリーホワイトね」
「すご〜い! まだ何も言ってないのに、よくわかりましたね〜?」

 開口一番にそう言ってやると、白百合は目を丸くして驚いた。
 と言っても、口調がやたらと間延びしているからか、あまり驚いている風には見えない。

「えっと〜、あなたとどこかで会ったことありましたっけ〜?」
「会ったことはないけれど、あなたのことは何度も見たことあるから」

 それに今はあなたと似たような妖精がすぐ近くにいるし。

「こんな夜更けに春告精の訪問を受けるなんて、今年は夜桜が見放題って事なのかしら?」
「夜だけじゃなくて、お昼も桜が満開なんです〜。でも、今日は春を伝えに来たんじゃなくて、妖精を探しに来たんですよ〜」

 妖精? あら、もしかしてそれって。

「それはもしかして、リリーブラックのことかしら?」
「!?」

 白百合の目がさっきよりも大きく丸く見開かれる。
 口もしばらくパクパクと開けたり閉じたりさせていたが、やがて。

「もしかして、心を読むのが趣味なんですか〜?」
「趣味じゃないし、そもそもできないから、そんな期待に満ち溢れたきらきらした目で見ないで」

 というか、もし私ができるって言ったら、何をやらせるつもりなのかしら?
 気にはなったけれど、このまま彼女に喋らせておくとずるずると話が長くなりそう。
 私はさっさと本題に移ることにした。

「黒百合なら家の中にいるわ」
「え! ほ、本当ですか〜!?」

 私がそう告げたとたん、白百合の顔がまるで花が咲いたかのようにぱっと明るくなった。
 そして、ずずいと私に詰め寄ってくる。

「お願いします〜! 黒ちゃんに合わせてください〜!」
「え? ええ、それは別に」

 会わせるのは構わない。別に私は黒百合を匿っているわけではないし。
 でも。

「あなたと黒百合、たしか、今はケンカしてるんじゃなかったのかしら? あなたの帽子のことで」
「……それ、黒ちゃんから聞いたんですか?」

 その話を聞いて、白百合の声がトーンダウンする。
 うなずいて肯定すると、白百合は。

「たしかにケンカしちゃいましたけど、でももういいんです〜」

 そう言って、笑みを浮かべた。
 その笑みが諦めを意味しているということはすぐにわかった。

「もうあの帽子、古かったですし、いつかはなくなるんだってわかってましたから〜。それが今日だったってだけなんです〜」

 下を向いて、必死に何かに耐えるように絞り出す声はすでに震えていた。

「破けちゃった時、ショックで思わず逃げちゃいましたけれど、黒ちゃんにもすごく迷惑かけちゃったけど〜」

 玄関前は屋根で雨を防いでいるにもかかわらず、白百合の顔からぽたぽたと水滴が流れ落ちる。

「でももう、ぐすっ、だいじょ、ひっく……うぶです」
「泣きながら言われても、まったく大丈夫に見えないんだけど」

 そう言いながら、私は人形に持ってこさせたハンカチを白百合に手渡した。
 どうやら、口で言っているだけで全然ふっ切れてないらしい。

「ぐずっ……すびません」
「とにかく家に上がりなさい。いつまでもずぶ濡れのままじゃ困るでしょ。まずは身体を温めることが先よ」

 ハンカチでぐしぐしと涙をふき取る白百合を家の中へ入れる。
 まったく、今日はよくずぶ濡れの妖精を保護する日ね。

「それにそんなに悲観することもないわ。まだ壊れたと決まったわけじゃないのだし」
「え?」

 白百合が涙を拭う手を止めて聞き返すが、私はそれ以上答えず、未だにリビングで頑張っているだろう妖精の姿を思い出していた。





「黒百合、入るわよ」

 リビングのドアをノックしながら声をかける。
 しばらく待ってみたけれど、黒百合からの返事はない。
 もう一度ノック。

「黒百合?」

 返事はない。
 後ろでお風呂に入って温まった白百合が、ずぶ濡れのローブの代わりに着せた白のワンピースをぎゅっと握って、心配そうな顔をしている。
 私はリビングのドアをそっと開け、中の様子を確認してみた。
 部屋の中央のソファーに黒百合の姿は……あっ。

「寝てる」

 ゆっくりとリビングへ入る私と白百合。
 黒百合はソファーの上で丸くなって、すやすやと寝息を立てていた。
 テーブルの上には、散乱したまま片付けられていない裁縫道具と、白いとんがり帽子。

「これ……」

 白百合がその帽子を手に取る。
 帽子に開いた穴は、しっかりと塞がれていた。
 後ろから当てた白い布がでこぼこになっていたり、縫いつけた糸がちぐはぐになっていたりと目立つ部分が多いけれど、初心者でここまでできればたいしたものだと思う。

「もしかして、黒ちゃんが〜?」
「さっきまで、ずっと頑張ってたみたい」

 再び、黒百合の寝顔を見る。
 これが自分がやりたいことをやり遂げて安心しきった時の顔っていうのかしら。とても安らかな寝顔だと思った。
 白百合はその白い帽子を手にしたまま黒百合のことをじっと見ていたが、やがて帽子をゆっくりした動作でかぶり、黒百合のそばに腰を下ろして、ゆっくりと黒百合の頭をなでた。
 黒百合の金色の髪が、白百合の手の動きに合わせて揺れる。黒百合は軽く反応を見せているが、起きる気配はなかった。

「ありがとう、黒ちゃん」

 そうつぶやいて、白百合はずっと黒百合の頭をなで続けた。
 優しい微笑み。まるで、仲のいい姉と妹を見ているようだった。

「ところで」

 もっとその様子を見ていたかったけれど、私には聞きたいことがある。

「あなた、その帽子のことをとても大切にしているみたいね。何かその帽子に秘密でもあるの?」

 黒百合が知りたがっていた、白百合が帽子を大切にしている理由。
 今ならそれを聞けるような気がした。

「あ、はい〜、これはですね〜」

 白百合はかぶっている帽子に手をやりながら、静かに話し始めた。

「昔、私、この帽子を森の中に落としてしまったことがあるんです〜。どこで落としたかも、どうして落としたかもわからなくて、一生懸命探したけれど全然見つからなくて〜。もうだめだ、見つからないって私が諦めかけていた時、黒ちゃんがこの帽子を見つけてきてくれたんです〜」
「なるほど、それで?」

 続きを促す私に、白百合はきょとんとした顔で告げる。

「それだけです〜」
「それだけ?」
「はいです〜」

 これには私も目が点になるしかなかった。
 もっと壮大な話が出てくるかと思ったのに、いざ聞いてみれば過去のちょっとした出来事が原因だったなんて。

「呆れた。あなた、そんな簡単なことでその帽子をボロボロになるまでかぶり続けていたの?」
「簡単なことですけれど、とっても大切なことなんです〜」

 呆れてため息をつく私に、白百合はまじめな顔で答えた。

「あの時の黒ちゃん、とっても優しかったんです〜。そのころ私はまだ黒ちゃんのことをよく知らなくて、ぶっきらぼうでいっつも怒ってて、ちょっとだけ怖かったんです〜。でも、そんな黒ちゃんがいっぱい疲れてヘトヘトになって見つけてくれてたんです〜。疲れてるのを頑張って隠そうとしながらぶっきらぼうに、次はなくすんじゃないって言ってくれたんです〜」

 昔を懐かしむように、どこか遠い場所を見るような目で話す。
 どことなく儚い仕草が、不思議と白百合の雰囲気に合っている気がした。

「あの時から、この帽子はとても大切なものになったんです。黒ちゃんとの思い出がいーっぱい詰まった、私の宝物なんです」

 両手を大きく広げ、全身で表現する。
 そのとんがり帽子が、白百合にとってどれほど大切で、どれほどたくさんの思い出が詰まっているかということを。

(手に入ったばかりじゃ見えないが、大事に使っていくうちに段々はっきりしていくものだ)

 なるほど、そういうことね。
 魔理沙が出した謎掛けの答えがようやくわかった。
 よく考えれば単純な答え。でも、確かに大切な答えだった。

「あれ〜?」

 白百合がいきなり素っ頓狂な声を上げる。
 何かと思ってみると、彼女はテーブルの上にあった黒百合の帽子を手に取っていた。

「黒ちゃんの帽子、穴が開いてます〜」
「ああ、それ」

 そういえば、ローブの修繕が終わって、帽子の修繕に取りかかろうとしたときに白百合が来たんだったわね。
 黒いとんがり帽子に開いた穴を見ながら、うんうんと何かを考えている白百合。やがてその目がテーブルの上に散らばる裁縫道具へと向き。

「あっ! そうです〜!」

 良いアイディアを思いついたとばかりにぽんと手を叩いて、裁縫針と黒い糸を手に取った。
 白百合が何をしようとしているのかは一目瞭然だ。
 別に私は止めるつもりはない。白百合がそうするだろうことは百も承知だったわけだし。

 でも、ちょっと待って。さっき、黒百合が言ってたわよね。
 白もできないはずって。

「う〜ん、なかなか針に糸が通らないです〜」
「……上海、家の中にある絆創膏、ありったけ持ってきて」
「シャンハーイ」

 懸命に針を手に持って糸を通そうとする姿に色々と不安を覚え、私は上海にそう命令した。
 今夜はまだまだ長くなりそうね。










 魔法の森に朝が来た。
 それまで暗かったリビングに窓から朝日が注ぎ、ぼんやりと部屋全体を白く明るく浮かび上がらせる。
 リビングの中で眠る者たちの姿もそれに合わせて浮かび上がった。

「う、ん」

 最初に目を覚ましたのはどうやら黒百合の方。
 ソファーの上に横たえた身体をもぞもぞとけだるく動かしている。

「そっか、あれから寝ちゃったのね」

 ぼんやりとした声でつぶやき、身体を起こそうとしたところで何かに気がつく。
 彼女が枕代わりにしてずっと頭を横たえていたもの。
 すらりと伸びた白い足、白のワンピース、背中から伸びる二枚の翼、金色の髪、安らかな寝顔。
 その全てが、彼女の知る人物と一致して、

「う、うわぁっ!」

 黒百合は大声を上げて、飛び起きた。
 そのまま勢いよく飛びのいて、あやうくソファーの上から落ちそうになる。

「んにゅ? ……んぅ〜!」

 白百合のほうも今の声で目を覚ましたらしく、座ったままの状態で大きく手を上げてのびをした。
 そして、ソファーの隅で落ちないように賢明に踏ん張っている黒百合を見つけ、にっこりと笑顔になる。

「あ〜、黒ちゃん、起きたんだね〜! おはようございま〜す!」

 元気のいい朝のあいさつとともに、ぺこりんとお辞儀をする。
 一方、体勢を整えてからもなお、黒百合は目を大きく見開いたまま絶句していた。
 無理もないだろう。昨日までケンカしていたはずの相手が、こんな笑顔であいさつをしてきたのだから。

「黒ちゃん? 朝はちゃんとあいさつしないとダメだよ〜?」
「し、しろぉっ! なんでっ!? 何であんたがここにいるのよ! しかもちゃっかり、膝枕なんてしてるし!」
「えへへ、寝心地よかったですか〜?」
「それは、悪くなかったけど……って、そんなことはどうでもいいのよ!」

 顔を赤くして詰め寄る黒百合に、白百合はのほほんと答えている。
 黒百合が怒っている理由がまるでわかっていないようだ。

「だ、大体、私たちは昨日ケンカしたはずなのよ。それなのに、何でこんな普通に会話してる……」

 そこで黒百合の言葉が止まった。
 彼女が白百合の頭の上、修繕されたばかりの白いとんがり帽子を見つけたからだ。
 白百合が黒百合の目線に気付き、そのとんがり帽子を手で抑えながら、無邪気で明るい笑顔を温かくて優しい笑顔に変える。

「ここの家の人に聞いたよ。黒ちゃんが頑張ってこの帽子を治してくれたんだって」
「べ、別にそんなのたいしたことじゃ」

 いい淀み、顔をそむける黒百合の手を、白百合がきゅっと握る。
 白百合の視線はずっと黒百合に向けられたまま。

「そんなことないよ〜。だって黒ちゃんは、私の大切なものを直してくれたんだもん! すーっごくうれしいよ〜!」

 その言葉に嘘偽りはない。それは黒百合を見る目が証明してくれている。
 それがわかるからこそ、黒百合は白百合の顔を見ることができなかった。
 純粋な感謝を送られることに慣れていないのかもしれない。

「あ、あのね、白」
「な〜に、黒ちゃん?」
「えっとね、昨日のことだけど……」

 白百合が見つめる中、黒百合は顔を赤らめたまま、意を決したように言った。

「ご、ごめんなさいっ! 帽子破っちゃったこと、謝るわ! 私が悪かったの!」
「……」
「帽子を直したのは、そのお詫びのつもり。あまり上手く直せなかったけど、私なりにいっぱい頑張ったの! だから……その、よかったら、仲直りしてほしい」

 黒百合が深く頭を下げる。
 白百合はそんな黒百合を優しい笑顔のまま見続けて、そして自分の背中の後ろから黒いとんがり帽子を取り出すと、黒百合の頭にかぶせてあげた。
 驚いた黒百合が、慌ててその黒いとんがり帽子を手に取る。
 大きく開いていた穴は白いとんがり帽子と同様、少し不恰好に、でもしっかりと塞がれていた。
 自分の帽子と白百合を交互に見る黒百合に、白百合が少しだけ困ったような顔で話しかける。

「私も黒ちゃんみたいに頑張ってみたの〜。私も裁縫なんてできないから、いっぱい失敗しちゃったよ〜」

 白百合は恥ずかしそうに笑って、両の手を胸の前で組んだ。
 その指には、黒百合と同じようにたくさんの絆創膏が貼られていた。

「白……」
「失敗ばかりだけど、それでもいいのなら私からもお願いします。私と仲直りしてください!」

 白百合がそう深々と頭を下げた。
 黒百合からの返事は……。

「黒ちゃん〜? お返事は〜?」
「……」
「黒ちゃん?」
「うっ、く……」
「黒ちゃん、泣いてる?」
「ううっ、ぐすっ」
「えっと〜。もっときれいにやらなきゃダメ、かな?」
「ぐすっ、ばかぁ……」





「覗きとは趣味悪いぜ、アリス」

 リビングと廊下をつなぐドアを少しだけ開けて、中の様子を窺っていた私に声がかかる。
 振り返ると、魔理沙のにやにやとした笑みがそこにあった。

「あんたこそ、後ろからいきなり声をかけて驚かそうなんて、趣味がいいとは言えないわよ」
「お前は最近たるみ気味だから、こうして驚かせて気を引き締めてやってるんだぜ。ありがたく思いな。……お、なんかいい雰囲気だな」

 私の反論をいつものように聞き流した後、魔理沙は、少しだけ開いたリビングのドアの隙間から中の様子を伺う。

「あんたも覗きじゃないの」
「この様子だと、どうやらちゃんと仲直りできたみたいだな。よかったよかった」
「……そうね」

 私も再び、ドアの隙間から二人の様子を覗く。
 嬉しそうに笑う白百合、涙を浮かべながらも笑っている黒百合。
 とてもケンカしたように見えないくらい仲の良い姿だった。
 彼女たちをみている私も自然と笑顔になってしまうのがわかる。

「そんじゃ、解決したってことで、私はそろそろ帰るぜ」

 魔理沙がドアから離れる。
 身なりを整え、昨日までかぶっていた帽子を片手に持ち、魔理沙はすっかり帰り支度ができているようだった。

「あら? 朝食食べていかないのね」
「知ってるだろ? 私は和食派なんだ。このまま霊夢のところにたかりにいく予定だぜ」

 あらあら、それはご愁傷様ね。
 私は万年金欠の紅白巫女に軽く心で合掌した。

「んじゃ、そう言うことで」
「あ、ちょっと待って」

 ふと聞きたいことを思い出して、魔理沙を引き留める。

「なんだ?」
「あんたが昨日言ってた謎掛けの事なんだけど」
「おお、答え、わかったか?」
「おかげさまでね。で、そのことで聞きたいんだけれど。あんたのその帽子」

 魔理沙がかぶる帽子、それから魔理沙が手に持っている帽子と順に指す。
 同じ色、同じ形の帽子。

「その帽子が、あなたにとっての謎掛けの答えだったりするのかしら?」
「あん?」

 魔理沙はしばらく考えた後、あー、なるほどと声を出して笑った。

「残念だが、これは単なるこだわりだぜ。まぁ、答えでもあるわけだから中正解だな」
「なによ、それ? じゃあ、あんたにとっての謎掛けの答えって、いったい何なのよ?」
「そんなの決まってるだろ?」

 くいっと帽子をあげて、魔理沙はさも当然といった感じで。

「私の周りにあるもの、全てだぜ」

 そう言い残し、片手をあげて歩き去っていった。
 欲張りな奴ねと思いつつ、私は魔理沙の答えにも一理あるかなと納得していた。

 魔理沙の謎掛けの答え。
 それはおそらく無限にあるもの。誰もが持っているもの。
 でも、きっとそれは他人には曖昧にしかわからない。
 だってそれは人の価値観によって、数も価値も姿すらも、まったくかわってしまうものだから。
 ある者はそれをとても大事にするかもしれない、またある者はそれをないがしろにするかもしれない。
 それでも、必ず近くに存在するのだ。


 大切な、思い出のカタチが。


「シャンハーイ」

 上海が戻ってきた。魔理沙が帰ったから、それを伝えに来たのだろう。
 お疲れ様と言って上海を抱きとめる。

 必ずということはすなわち、私の周りのあるということだ。
 今までずっと、そんなことを気にせずに生きてきたから全然気付かなかったけれど。
 果たしてそれが何なのか、私にとってそれがどんな価値を持つのか。
 少しだけ興味がわいた。

「私にとっての思い出のカタチ……いったい何なのかしらね? ね、上海?」
「シャンハーイ?」

 私の問いかけを理解していないだろう上海が、ちょこんと首を傾げて私のことを見つめていた。




 先日、帰省した際に、子供の頃によくかぶっていた野球帽を見つけました。
 凄く懐かしくなって、その日、ずっとかぶっていた気がします。

 思い出のカタチ。
 あなたにとって、その価値がどれほどのものか、たまに考えてみると面白いかもしれませんね。
papa
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/13 06:07:20
更新日時:
2007/05/15 21:07:20
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1. 9 A・D・R ■2007/05/13 18:06:26
王道ですね、でもとてもよかったと思います。
ある程度予想しうる結末でも、主人公の心理描写がとても丁寧で、登場人物それぞれにも個性があり、それぞれの気持ちの動き等がしっかり書かれていたおかげで、途中で飽きることなくのめりこみました。
こういったストーリー、そして文章が大好きだったのでとても楽しめました。
2. 4 爪影 ■2007/05/17 08:51:48
 思い出というのは、多過ぎても少な過ぎても駄目らしい。
 多過ぎればその重みで先へと進めず、少な過ぎれば先へと進み過ぎるから――だとか、なんだとか。
3. 7 詩所 ■2007/05/17 22:34:52
思い出から生まれる価値ですか。
私の周りには無駄なものばかりあるような気がします。
なんだか大掃除したくなってきたw
4. 9 ■2007/05/25 11:02:43
お題の「穴」がちょっと弱いので、10点にぎりぎり届かずかな?9+くらいです。でも、作品そのものの力は充分でした。何より静かな夜の雰囲気がいいですし、リリーシスターズの凶悪な破壊力と来たらもう。
5. 7 流砂 ■2007/05/26 21:56:51
旅の思い出プライスレス。
黒ちゃんと知り合えたこの帽子、仲良くなれたこの帽子、
そして仲直りできたこの帽子はきっと何にも勝る宝物。
ふんわりあたたか、少女臭全開の作品、ご馳走様でした。
あと、白百合のですです口調が普段は喋りなれていない感じで萌える。
6. 8 deso ■2007/05/26 23:42:56
これは暖かくて良い話。会話も地の文もとても自然で読みやすかったです。
可愛いリリー達もさることながら、魔理沙がずうずうしくもかっこいいのが気に入りました。
7. 6 blankii ■2007/05/27 11:27:33
うう、ええ子達や>>リリーズ。
 黒百合さんと白百合さんのコンビの幸せそうな様子に癒されました。あと、黒百合さんナイス・ツンデレ。
8. 4 shinsokku ■2007/05/27 13:47:35
可愛くて優しくて良いですね。話の運びも丁寧な感じで。
しかし、もう一捻り、幻想テイストが欲しいように思いました。
9. 7 椒良徳 ■2007/05/27 20:01:45
アリスの服をくいくいとひっぱる上海はレイプしたくなる。
ぶきっちょな黒百合とぼけぼけな白百合には勃起がとまらない。うぎぎ。
 さて、それはともかく誤字脱字もなく読みやすい文章で良かったです。また、内容もいわゆる二次設定を上手く料理しているなと感じさせられました。この作品が、白百合と黒百合の可愛らしさを表現するための作品であるならば、それは成功しています。ほのぼのしました。ただし、それだけです。感動の大作というには少し及ばない。及びませんが、貴方の他の作品も読んでみたいなと思わしめる作品でした。貴方の新作に期待しております。
10. 3 木村圭 ■2007/05/27 23:43:25
アリスも魔理沙の“答え”なんだぜ?
白黒なリリーは上手く料理されていたと思います。感謝の気持ちっていうのは、与える方は結構簡単に忘れてしまうんですよね。
11. 9 秦稜乃 ■2007/05/28 22:00:00
ふと見つけたときに懐かしくなる大事なもの。
…ちょっとバットでも振ってこようかな。
しかしいい白黒でした。大満足です。
12. 7 らくがん屋 ■2007/05/29 10:45:55
文章がすごく読みやすい。単に平易というわけではなく、アリスが語っている自然さが感じられました。ただのほのぼの話とは一線を画している気がします。具体的に挙げるのは難しいですが、冒頭のちょい硬めの文章とか、帽子の穴という本題に入るまでにしっかり文章費やしている構成とかも大好きです。
自分の書き方とちょい似てるのかもなー、と余計なことも思ったり。
13. 6 反魂 ■2007/05/29 13:56:11
やや展開が平坦というか、盛り上がり無く終わってしまったなあという感じが少しだけ。
伝えたいことがはっきりと伝わってくる、やさしいお話でした。終始穏やかな空気が流れていて、まとまりも良く、掴みやすい物語だったように思います。
技術的にも、淀みのない文章と安定した構成で読みやすく、高い筆力を感じました。きっちりと完成度の高い作品だったと思います。
14. 4 鼠@石景山 ■2007/05/30 01:50:17
行間を制御したほうが引き締まっていいと思いました。
もともと緩い話だからそんな雰囲気でもいいんですけど、話も構成も緩いとだんだんダレて来そうで。
どっか一箇所で締まってるといい話なんだけどなぁ、最初からスローテンポな上に白が出てくると更に緩くなる。
悪くは無いんですが。
15. 4 いむぜん ■2007/05/30 02:35:01
珍しい(失礼)リリーの話。
話の構成はよくあるすれ違いと和解モノ。白の天然と黒のツンデレもデフォ。 でも悪いわけじゃない。
ところで、上海は「シャンハーイ」しか言えないわけじゃないんだぞ。
まあ、柔らかい雰囲気の話だから、細かい事はいいや。
16. 3 ■2007/05/30 03:32:55

リリーかわいいよ!
17. 6 リコーダー ■2007/05/30 16:04:54
「モノより思い出」という落とし所は、少し読めてしまった感があったり。
けど、みんな可愛いです。
18. 8 K.M ■2007/05/30 21:02:16
布に穴が開いて、友情にも穴が開いて……
だけども、最後には塞がって。いいお話でした。
19. 4 二俣 ■2007/05/30 21:11:26
丁寧にかかれているのですが、流石にちょっと長すぎるかな、という印象です。
王道なお題の使い方と締め方はとても良いと思います。あとタイトルも。
20. 6 たくじ ■2007/05/30 22:19:45
王道のいい話ですね。しかし帽子がどんなものかわからなくても、申し訳ないという気持ちがあればそれはうわべだけの謝罪にはならないと思うのですが…そんなわけでブラック・アリス・魔理沙のやり取りには違和感がありました。ちょっと強引に話を持っていったように感じます。
21. 6 藤村る ■2007/05/30 23:46:00
 シロとクロって犬みたいだなあ……。
 白百合語尾間延びしすぎだろとかベタベタすぎやんとか思いましたが結構楽しめました。
 素直なSSだなあと思ったです。
22. 2 時計屋 ■2007/05/30 23:48:02
一人称で書かれていますが、文章がぎこちなく、文法の誤りも多いです。
これならば最初から三人称で書いたほうが良かったのではないでしょうか?

また、頑張って書かれているのはわかるのですが、全体的に冗長です。
長文を書く場合、読んでいる人間が飽きないように、そして疲れないように
色々と工夫をしてみてください。
23. フリーレス 眼帯因幡 ■2007/06/01 01:28:27
白百合黒百合という名称に慣れていないせいか、文章に違和感を覚えてしまいました。
しかし、妖精たちが互いの帽子を直す物語は、ほのぼのとしていて楽しめました。
お疲れ様です。3点
24. フリーレス papa ■2007/06/01 12:14:05
この度は、僕のSSを読んでいただきまして、ありがとうございます。
前回の勢いに乗れるかと思ったのですけれど、やはり一筋縄ではいかないですね。
あらためて、SS書きの奥の深さを知りました。

では、気になったコメントいくつかに返答いたします。

>王道ですね。
王道な話が好きなもので。とはいえ、今回はさすがに王道すぎた感は否めないですね。あまりにありきたりな話ですと、展開が簡単にわかってしまいますから。
次回はもう少しひねれたらいいなと思います。

>思い出というのは、多過ぎても少な過ぎても駄目らしい。
思い出はしっかり持ちつつ、でもそれに縛られることなくまっすぐ前を向いて歩く。
そんな生き方が僕の理想です。

>リリーシスターズの凶悪な破壊力
リリーズかわいいよリリーズ

>白百合のですです口調が普段は喋りなれていない感じで萌える
僕のイメージでは、白百合はいつも間延びしたですです口調なのです。

>もう一捻り、幻想テイストが欲しいように思いました。
うーん、SS内でキャラがやっていることが裁縫だからちょっと現実的すぎたでしょうか。
たしかに幻想とはちょっと離れてしまったかもしれないです。

>感動の大作というには少し及ばない
まだまだ修行が足りないということですね。がんばります。

>アリスが語っている自然さ
一人称視点ということで、この部分は気をつけて書いたつもりでした。
そう感じていただけてありがとうございます。

>盛り上がり無く終わってしまった
>どっか一箇所で締まってるといい話
この面々で話を盛り上げるのはちょっと難しかったです。
結果、ちょっと足りない話になってしまったのは反省したいところですね。

>丁寧にかかれているのですが、流石にちょっと長すぎるかな
丁寧な文章作りは意識してやっているつもりだったりします。
そのせいで長くなってしまうのは、たしかにきびしいところですが。

>ブラック・アリス・魔理沙のやり取り
今回、このSSを書くにあたって、一番頭を悩ませた部分がそこだったりします。結果、グダグダになってしまったのは今思い返しても痛いです。

>文章がぎこちなく、文法の誤りも多い
完全に修行不足です。ごめんなさい。
今後、SSを書きながら少しずつ直していければいいなと思います。

>白百合黒百合という名称
アリスから見た視点なので地の文の人称表現もそれに合わせて統一したつもりでした。
それによって感じさせてしまった違和感についてはごめんなさいと謝るしか。


今回のコンペで、まだまだ自分のSS作家としてのレベルが低いなと感じました。皆さんから頂いたコメントを今後に生かして、次のSS書きに取り組みたいと思います。
SSを読んでくれた方、コンペ運営のスタッフの方、全ての方に感謝の言葉を。
ありがとうございました。
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