天路帰航にキミは笑む

作品集: 最新 投稿日時: 2007/05/13 07:12:33 更新日時: 2007/05/15 22:12:33 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


1.
  
 今日とて埃の匂いの染み付いたヴワルを訪れるのは、白黒の魔法使いそのひとである。それを横目で流し見つつも歓待するのは紫の魔女。

「よぉ、パチュリー。またまたまたまた、てか何度目か忘れたけど貰ってくぞ」
「もってくな馬鹿鼠。てか返せ、今まで貸したのノシ付けて」
「ああ、ああ。返してやるよ、しっかりきっかり三倍返しの弾幕付けてな。まぁ、そのうち、あんまり遠くない内には」
「……遠慮、しておくわ」
「そうかい? 嬉しくはないのか?」
「本を返してくれるのは嬉しいわ。でも、ね。言わずもがな」
「なんだいそいつは。言うのが恐いか? 言葉遊びは火傷の元かい?」
「……」
「それじゃあな。今はちぃとばかし時間が惜しい、やらなきゃならないことがある。最近は紅茶の味がイマイチとばかり思っていたが、随分腕を上げたもんだ。まぁ褒めてやれや、お前の秘書兼部下兼な悪魔っこ」

 立ち去る魔理沙。舞い上げた埃が再び床に積もる頃には、喧騒の跡形もない。

「よろしかったのですか、パチュリー様?」
「ん、なにが?」
 頁を繰る手が止まる。背後には盆に紅茶を盛った小悪魔。
「つぎが、あるかは分かりませんよ?」
「ああ、ああ。良いのよ構わない。あの馬鹿鼠にはほとほと呆れ果ててる所だし……そうねぇ、なんというか。似合わないのよ、私達には、ね」


 2.

 翌日。友人である所の吸血鬼、レミリア・スカーレットが告げる。
「……それと、実際困ったね、なんというかその言いにくい。昨夜は気分が乗らなくてね――近頃はいつだってそんなものだけど。ひとりで夜の散歩なんて風流でも、酔狂でもなんでもない。寂しいもの、さ。ロクなもんじゃない。そんなイライラした気分の時には、余計に憂鬱なものを見つけるものよ。見てしまったのさ、私は。香霖堂にうすぼんやりと――忌の提灯があがっているのを」
 
 それが示すのはただ、ひとつだけのことである。半妖である香霖堂の主人がこれほど早くに亡くなるはずはない。となれば死んだのは、この世からいなくなったのは、彼に最も近しい人間である霧雨魔理沙その人以外にはいないではないか。

「ああ、そうね」
「あら、なんだい? 随分と驚かないねぇ。私はパチェの泣き顔を堪能した後にあらゆる手段でなぐさめるとか、雅やかで高貴な趣味を満喫したいのに」
「人が早くに死ぬのは道理よ、不思議でもなんでもない」
 
 視線を切って、目をそらすレミリア。見詰めるのは書棚の横、机の引き出しである。
 その中には小さな箱に納められた懐中時計が一個。彼女には触れることさえかなわない銀製のそれ、すでに動きはしない、こわれた時計。ただそれだけのゴミクズをレミリアが持ち続ける理由を、パチュリーは知っている。

「そうね、道理よ。つまんない、つまんない、がんじがらめの運命に縛られた人間とかいうヤツに相応しい、ちっぽけな道理よ。そんなもんに従順なヤツばかりで困るわ、ああつまらない」

 
 ヴワルへと訪ねて来た霖之助、両手で山と積み重なった本を持って。

「往時は、魔理沙が世話になりましたようで。差し当たって店に置いてあった分は持ってきたんだが……。ハハッ、これでも未だ一部だけという訳さ。おまけに魔理沙の家には更に山とある」
「これは御丁寧にどうも。小悪魔、返却済として処理して頂戴な」
「あ、ハイ。これとこれとこれと〜〜っと、アレ? この本てばヴワルの本ではありませんよ」
 ハイっと一冊の本をパチュリーに渡す。
「なになに……『オートマタと魂の座〜あるいは概念物質交換の基本式〜』ね。見るからに怪しい題名、こんなもんの所有者はあの人形遣いくらいのものよね」
「ああ、アリスさんのことですね」
 小悪魔の言葉に霖之助は慌てた顔をつくる。
「これは失礼、これから彼女のところにも廻ろうと思っているので。……そうそう、彼女にも伝えるつもりなのだけれど、明後日、魔理沙の家まで来てくれないかい?」
 何故、と言葉を紡ぐその前に、霖之助はスッと掌をこちらに向けて制するよう、「遺言があってね」と、小さくそう言った。
「『親しい奴を集めて家へ呼んでくれ、是非見せたいものがあるんだ。頼む頼むばっかで悪いが……んじゃな、香霖』てね。最後までフザケタ奴でしたよ、まったく」
 魔理沙のことを思い出していたのだろう、霖之助の顔は優しく歪んで、よじれた笑顔ばかり張り付かせる。寂しいという言葉ひとつにパンパンと風船のように膨らんだ空虚感へと精一杯抵抗するように、ぎこちない笑みとことば。

「ささやかなお別れ会みたいなもの、できれば皆さんご一緒にどうぞ。その時に見せよう、遺言にあった通りに――最後の魔法、あの霧雨魔理沙が遺していった、有終の魔法というものを」


 3.

 2日後のこと。紅魔館を守護する大門の外側、外壁のつくる長大な日光よりの遮蔽線の内側。整列する妖精のメイド達。が、あちこちからは私語が漏れ聞こえて騒がしい。というのも、彼女達の見送る一団――当主たるレミリア・スカーレットと他3人。そこには、メイド達の普段見慣れない一人の少女が混じっていたからだ。
 頭をふわふわ覆う巻き毛の金髪、大きな紅い瞳。日焼けとは縁遠い生活をしているのが想像には難くないほど、半袖の服とスカート裾から伸びる細くて、しろい華奢な手足。けれど何より彼女の異質を際立たせるのは、背中、両の肩甲骨辺りから伸びる枯れ枝のような羽根。そしてその先端ではキラキラと光線を反射する彩々の宝石が、まるで羽毛を模すかのようにぎこちなく揺れていた。

「ねぇ、あれが?」
「そうよそうよ、間違いない。アレが、噂の、妹様」
 
 噂の、とは、既にフランドールの存在が紅魔館において怪談じみた位置に在ることをしめしていた。
 
 語られる所、尾ひれをつけたままをそのまま伝達するならば、曰く、紅魔館の地下へと続く階段を降りていくと『唄』が聞こえてくる。
 ワイン蔵でお嬢様用の飲料を見繕っていたメイドの話では、普段は誰も近寄らない入り組んだ廊下の先に、更に地階へと降りていく階段を見つけたということだ。好奇心に促されて一歩を踏み出したのが彼女の不幸、としか言いようがない。
 階段は螺旋状に続いて、数メートル間隔のポツリポツリとした燭台の灯りが照らすばかりで足元さえおぼつかない。くるくると連なって下へ下へと小さくなっていく蝋燭のか細い灯りだけが見下ろせて、押し付けるばかりの暗闇に耐え切れなくなった頃には既に10分も降り続けていたのだろうか。コツコツと響く自分の靴音に混じって、低い声が、かすれた声が、取り囲む石壁の微かな間隙から、冷え切った空気に生まれる雨だれが身体を濡らすように、静かにゴゥンと耳朶を打った。

『ひとりの王様、ふたりの王妃。さんにん生まれた、王子様。よにんの姫様隣の国へ、ごにんの子宝めぐまれたっ。ろくにん囲むはお大臣、しちにん騎士達ちゅうぎに厚い! でもでも、やつざきするのは誰も彼もと。くしんさんたん、おわってみれば。ころころ転がるギロチンの露、塗れて王様わははと笑うっ。とうとうテラスに縄を垂らして、ああ、ああ。そしてそうして、だぁれもいなくなった!』

 よく聞いてみれば楽しげな数え唄、内容が不穏なことを除けば幼い少女の口ずさむ童歌。けれど、この裏表のない喜びに包まれた歌を聞いたメイドは、背中に走る冷感と怖気に耐えられず、立たない足腰を引きずるように命からがらと地上まで這って戻るしかできなかった。
 ことの真相を言ってしまえば、唄の主はフランドール・スカーレット。彼女が暇の慰めに唄うのを、忍び込んだメイドが聞いてしまったというのが真相だ。フランドールに何の悪意も善意もあろうはずがない。彼女は遠い日に教わった記憶の糸をたどりつつ、詩が口に出るのをまかせていた。けれど、フランドールの持つ吸血種としての脅威、その幼い精神の持つ不躾な感情の波動が、絶対の弱者たるメイドの彼女の心を砕いて打ち崩してしまった、というだけだ。
 ひと昔前には姉であるレミリアと夜の散歩に出掛けることも多かったが、最近ではそれも少なくなったという。一説にはレミリア自身が沈みがちな気分のせいか、フランドールを構ってやる余裕がないというのがもっぱらの噂ではある。真相はいざ知らず、じきに600歳を数えるだろうふたりきりの姉妹が顔を揃えて、メイド達の面前に姿を見せるのは随分久しぶりのことであり、新参者にとっては初めての経験にさえなるのかもしれなかった。


「うるさいねぇ、まったく。昔に比べて質が落ちたかい、宅のメイド達は?」
 うんざりとした口調のレミリアを沈ませているのは、ざわつくメイド達の責ばかりではあるまい。彼女に片手をきつく握られながらも、余った腕をぶんぶんと振り回し、好奇心に満ちた両の眼を輝かせながら外界の様をめずらしげに眺めているフランドールのためでもある。

「おねぇさま、おねぇさま! 鳥が飛んでる、とりとりとり。欲しいの欲しいの、ギュってしても良い?」
 
 いささか呆れた様子のレミリアに代わって、振り回すコブシをパシンと受け止めて優しく握りこんだのは長躯の女性である。

「やめておきましょう、妹様? あんなに気持ち良さそうに飛んでいるのですから、捕まえてしまうのは酷というものですよ」
 
 紅い長髪を団子に結って後頭部に整え、その上には黒帽。レースの網が左右を覆い、顔に浮かぶのはふわりと笑顔。長袖にロングスカートまで黒の一色で統一された服装は喪服に違いなく、見ればレミリアも黒を基調とする落ち着いた服。隣に控えるパチュリーは、普段のゆるやかな寝巻き姿など何処吹く風。詰まった首から胸、腰とひとつなぎの暗色のカーブが続く。眼を捉える深紺色の、手に持つ魔道書を離さない白い手、いっそ蒼白いとでも表するべき顔色との対比。お気に入りの紅の服を着ることに拘泥ったフランドールを除けば、皆の装い自体が今日の外出の目的を明確に示していた。
 
 優しく諭すような長身の女性の言葉にフランドールは、
「ん、ごめん。そうだよね、美鈴」
 と、そう言う。
 
 案外と素直に静まったフランドールに周囲一同ホッとした様子であったが――瞬間、光線でも穿入したようにフランドールは両の眼裂を静かに細める。そうして少しだけ寂しそうに、遥か青空遠くへと一直線に飛び去っていく一羽の小鳥を、いつまでも眩しそうに見詰めていた。

 
 4.

「それじゃあ出発するとしますかね」

 レミリアの号令一下、歩き始める4人の総勢。いってらっしゃいませ、とバラバラの声で主人を見送るメイド達にあっては、賑々しくこそあれ統制のとれた様子はない。

「……そろそろ後任人事も必要か。ねぇ美鈴、アナタやってみる?」
「わー、美鈴すごいね。フリフリだよフリフリ。それでクルリ回って、おかえりなさいませーってかいらさいませーっ」
 
 先頭を歩くふたり、レミリアとフランドール。射す陽光に塵は塵、自分の葬式を挙げるハメにはならないように、レミリアの手には巨大な日傘が握られる。八方に伸びる骨の間を埋める特殊な遮光材、日光の波長を弄くる魔導具の製。フリフリとヒダを縒らせて少女らしさを強調する一品でもある。

「なんですかっ、その異空間じみた冥土・超の挨拶は!? てか無理ですよムリムリムリ」
「随分と笑いを取りにいくものねぇ美鈴、それとも媚? まぁ本気でないのは重々承知、という所でしょうレミィ?」
 
 後列を歩くふたり、美鈴とパチュリー。日傘の防護域からはみ出さないよう、ふらふら動くフランドールを空いた手で抱きとめるレミリアの様子に苦笑い。
 一方では淡く紅潮する頬を冷ますようにフンと息を吐き、顔のすぐ傍から見上げる妹の視線を感じながらの返答。

「当たり前。この門番風情には少々荷が勝ち過ぎるかもしれないねぇ。まぁ、適材適所が我が家の運営方針なワケよ」
「うう、有り難いのやら悲しいやらな返答をありがとうございます。でもまぁ、目の届く範囲で指導はしておきますよ」
 
 そうして頂戴、とレミリア。気分の変調を告げるように、小さく答える。
 黙りこくってしまったレミリアの小さな背中、歩く内にも去来する心中はいかばかりのものか。あの日以来、紅魔館の取り纏め役は空席のままである。まるで、それが義務であるとでも言うように、子供じみた言い訳の結果であるかのように。つまる所、どれだけ時間が過ぎてもレミリアは一歩とて前に進めていないのだ。
 その結果は、あらゆる事象の遅滞として表面化していた。けれどもその遅滞さえ、今のレミリアには安らぎを得るための唯一の拠り所とも言えるのである。
 
 なにもうごかない、なにもかわらない、なにもなくならない。
 
 小さくて偉大な吸血鬼のモラトリアムを、紅魔館の住人達は誰一人として責めるつもりもない。
 けれど、心のどこかでは期待もしている。いつかは忘れてくれる、それが彼女を立ち直らせる、と――もしかするとレミリア自身でさえも。そうした気持ちの伯仲こそが、レミリアの深い深い憂鬱病の原因なのだった。


 5.

「ねぇねぇ、ぱっちゅりー。今日どこ行くの? お散歩? ピクニック? それとも、とれじゃーはんてぃん?」
 無言で手を引いて歩くレミリアの様子がつまらないのか、フランドールが背後に振り向いて尋ねてくる。
「今日はお葬式に行くのですよ、妹様。ですから静かにしてなければいけません、手のひらの皺と皺を合わせてレッツしわあわせ。ハイっ」
 
 見本をみせようと手掌を合わせると、えー、と頬を膨らませていた妹様も神妙な顔つきで真似してくれた。
 けれども数秒の後にはすっかりと飽きてしまったようで、キョロキョロと回る瞳を揺らしつつ、フランドールは最も答えにくい事柄を聞いてきた。

「おそうしきって、誰かが死んじゃったってことだよね。だれ? だれだれ? それとも聞いちゃ駄目?」
「そんなことないわ、妹様。そうね、貴女も知るべきだと思う。それで良いのかしら、レミィ?」
 
 振り向かないままにかぶりを振るレミリア。無言の肯定に対しては、如何に説明したものかとは頭を悩ませるしかない。
 

「「「「「」」」」」

 
 記憶の巣から流れ出るのは、遠い遠い出会いの日。魔理沙とフランドール、ふたりの弾幕ごっこの終焉の有様。
 
 一寸の光届かぬ、紅魔館地下の大回廊。長大なスケールを誇る幅員と、壁一面の燭台の列、天井には煌くシャンデリア。けれど床に敷き詰める赤絨毯には多数の焦痕、所々に築かれた瓦礫の山のオビタダシイ。そんな眼を覆いたくなる破壊の中心に、ふたりはいた。
 自分の敗北を信じられぬといった様子で、呆然と座り込んだフランドール。その向かいに立っているのは、焦げた箒と白黒衣装。やがて魔理沙は手を差し出して、躊躇なくフランドールの頭をグイと撫でる。
 そうして言い放ったのは次のこと。いやらしいけど裏表のまったくない、あの、際限ない熱量を込めた笑顔を浮かべて。

「ほれ、私の勝ちだ。パワーは充分だが、ちぃとばかし技術が足らんな」

 魔理沙に言われるとは、どんだけ技術が足らんのか、という所である。当の言われた相手のフランドールは、ぷぅと頬を膨らませたと思えばぐしぐし音を立てて、遂には我慢が効かずに目元の堤防を決壊させた。
 うわぁぁん、と地下の閉鎖空間には響き渡り、壁を打った泣き声は反響して耳に返る。涙に鼻水に汗にエトセトラと、体中の水分を総動員して泣きじゃくるフランドールの様子にはいささか魔理沙も慌てたらしい。

「てぇ、おい、こら、泣くなよ。何処行ったパチュリー? 大事な妹様が泣いてるぞ……って、うわわ。やめてやめて、エプロンで鼻かむのは止めて」

 ずびびっと、魔理沙の懇願も聞き入れずに壮大な音を立てる。
 けれども躊躇っていたのは一瞬、すぐに魔理沙の顔には何か吹っ切った苦笑いが浮かび、パシンとフランドールの手首を掴んだ。

「ほら、いくぞ。ええと、こういう時には……甘いものが一番だ。何が良い?」
 
 眼の周りをすっかりと赤くしたフランドールは少しだけ躊躇いがちに、上目遣いで怯えた子猫の視線を湛えて物を言う。

「……こうちゃと、けーき」
 
 小さな小さな、そんなフランドールの返答ではあったが瞬間に――破顔。

「よし、よぅし。幸い今はあの鬼メイド長もいるまいし、その辺のヤツをとっ捕まえて用意させるとしましょうマダモヮゼル」
 
 くくくと音を立てて、魔理沙は今度こそと恭しく手を差し出す。
 フランドールは、ピクリと肩を震わせて、ゆっくりゆっくりと逡巡しながら。でも、確かに、自分に向かって伸ばされた魔理沙の手を、とった。


「「「「「」」」」」


 それこそが彼の事変の終末模様であり、パチュリー・ノーリッジの見届けた始終である。
 
 酷、というものであろうか。魔理沙の存在は、フランドールにとって一種の『特別』であったと思う。その喪失の痛みを深慮すれば、黙って、忘れるようにしむけて、済んでしまうのを待つのもひとつの方策だった。
 フランドールにほんとうのことを告げるのは、上策か下策か分からない。フランドールの為を想ってか、それとも己の責任を回避したい故なのか、それさえも知ることはできない。だからか、と。クールに凍結した頭で解決しようと都合よく思案するのは、結局、思考の途絶と一緒なのだ。詰まる所じぶんは、自分だって、なにもかんがえたくない、それだけが真実なのかもしれない。


「死んだのは――ひとりの老婆。妹様の良く知る、魔法使いの彼女」
 
 名前さえ、口に出ない。パチュリーにはそれが随分と悲しいことのように感じた。
 回りくどい言い方だったからだろうか、フランドールの紅い瞳は疑問にまぁるく見開いている。

「まほうつかい? ってことはぱちゅりー? って違う、ぱちゅりーは目の前! いきてる!! うぅんと、ええと。それじゃあ、めーりんさんに全部ぅ」
 手を横に、平行にぶぅんと揺らして往復反復、その言葉を全速力で美鈴は否定する。鍛え抜かれた体術と体力のコノ上ない無駄遣いに違いない。それ、光速ノリ・ツッコミにでも応用したらどうか。
「いやいや、私も死んでませんから妹様! 魔法使いでもないし! というかなんというか、あのそのその」
 
 言いにくそうに語尾を濁す美鈴。
 歩く速度は緩めないが、気まずい空気のままに視線を少しうつむかせる。
 右足、左足、右足。美鈴の眼に映るのは、そんな自身のつまらない動きの回転と、それが踏みしめる土の道。乾いた空気に苛立つ砂埃、靴の裏に当たる小石の痛み。川に沿った小径の往来をいく。

 偶にすれ違う人間がいたと思えば、驚いた様子に身をすくませてサッと道から避けていく。
 危害を加えやしないのに、と思いつつも仕方のないことと納得もする。得体の知れない妖怪の集団、しかも中心には『あの』スカーレット。個体として弱々しいことを宿命付けられている人間にとっては、触らぬ神に祟り無し、には違いあるまい。
 
 そんなことさえ、忘れていた。
 
 周囲に人間がいることは随分と長い間、美鈴には当然のことであった。そう感じていた。
 けれども実際は異なる。実際というのは、一般にはということだ。随分と特殊な人たちばかりが最近はいたものだ、とひとりごちる。
 これから待っているのは、その裏返しの日々であろうか。お嬢様に妹様、そしてパチュリー様に自分自身。珍しいことの多い日々に慣れた自分達は、このぼんやりとした平凡な『以後』に、再び慣れていけるのだろうか。
 美鈴の胸に去来するのは決して焦がすような疼きではなく、そんなぼんやりとした不安であった。


 6.

 ちょろちょろと水の音。
 
 背後に山を頂く紅魔館にあっては、稜線を伝い下りてきた水の勢いを周囲に湛える湖が受け止める。そこから発した河川はゆるやかに変わり、数本の尾を引きながら低地へと拡がる川幅と一緒に流れていく。果ては知れない。
 水に潤うのは植物である。柔らかに流れる川は両側に森を迫らせて、一方の側には低い丈の花や草に満ちる川原。そうした川原にぴったり寄り添うように、目下に歩く道は伸びていく。
 水に潤うのは植物ばかりではない。動物に妖怪に、更には人間。特に人間の居留地は多くの人口を有する故に、その口を満たすだけの大量の水が必要となる。とすれば、川の傍に里や農地があるのは道理だろうし、川を辿る道は人里に流れ着くのが道理である。こうした道の内の一本はいわゆる『人里』へと続いているし、空を飛べないメイドにあっては買出しの一般的なルートとなっている。
 が、目下の道は里へと続いた道ではない。この川が続くのは霖之助の待つ魔理沙の家へ、つまりは魔法の森への方向であり、あの湿地一帯へと水気を供給しているそのものである。

 
 とぼとぼと歩いていく4人の道すがら、気重い沈黙を破ったのは紅の少女。その唇は何気のない言葉を紡いだように軽く涼やかに、けれど聞く者達の耳には暗鬱な調子を伴って届く。

「……てことは、魔理沙?」
 
 核心。
 
 やはり告げるべきではなかったか、と場に存在する誰もが思う。逃げ場のない事実というものに、フランドールは啼くであろうか。それとも軋音を上げながら叫ぶのであろうか。決して安定には達し得ない、激烈な振幅を上下運動するだけの精神は一体どのような態度を表出するのか。
 フランドールの手を引くレミリアの拳には自然と力がこもる。パチュリーに美鈴も鋭い眼光、一挙手一投足の不穏を見逃すまいと警戒する。
 パチュリーの方へと向かい、くるり、回転する頭。フランドールの顔が見える、けれども浮かんでいたのは予想外の表情。
「あはは、ッ冗談じょーだん。魔理沙がそんなにお婆さんのハズはないもんね」
 
 ――えっ、と息を飲む3人。けれど、それとは対照にフランドールは喜色へと満ちていく。
 
 魔理沙のことを話すフランドールはいつだって嬉しそうだった、とレミリアを思い出す。 
 まるでとびっきりの秘密を、内緒よ、と言いつつ話して聞かせてくれる小さな娘のように。たどたどしく、けれども必死に話す様子のフランドールを過去に何度見たかは知れない。それに対して頷きながら、ああそれで? と素っ気なく先を促すのが己の役割であった。
 そうして今現在のフランドールの表情が過去と照らして、その笑顔が偽りのハズはなくそれだけの器用を持ち合わせるハズもない、とレミリアは確信するしかなかった。
 
 一方でパチュリーは苦々しく、けれどもようやく合点がいったと過去の事象を思い出す。
 数十年は前になろうか、フランドールの部屋の正面に魔理沙がいた。後ろ手に扉を閉めた様子で、そのまま背中を寄りかかるように呆然と立ち尽くしていた。平時と変わらぬ小憎らしい、快活な表情を浮かべて苦笑っていた。
 けれども、その眼の端には薄い照明にも光るものが揺れる。どうしたの、とそう問いかける間尺さえ与えてくれずに、
「なぁ、パチュリー。わたしは、わたしだよな?」
 と、それだけ言って去った魔理沙の態度には当時、疑問符を浮かべるより他になかった。

 それも、ようやくと納得ができる。合点がゆく。
 つまりあの日を境として、魔理沙は『魔理沙』として認識されなくなったのだ――このフランドールには。
 人間は年齢を経れば変わらざるを得ない、例えそれが身体であったとしても精神であったとしても。どれだけ強固な心の持ち主であっても、必然と衰えていく肉体の前には無力でしかない。
 
 出会いの日から数えて、段々だんだんとブレていく。
 
 『魔理沙』の正像を瞬間に網膜へと焼灼したフランドールにとって、それから段々と変容していく魔理沙というものは、まるで影絵のようにゆらゆら揺れて不確かな虚像へと陥るしかなかったのだろう。そして遂には、当時の魔理沙自身が誤差の範囲を振り切る『異物』として認識されたのに違いない。
 フランドールの認識は強固だ、強固に過ぎる。あの、歪みの過ぎた純粋な精神の前にあっては、単に友誼を交わすことさえ魔理沙には荷が重過ぎる作業だったのだ。何より、眼前には立ちはだかるものがある。『魔理沙』という己自身の、正像とも虚像とも判断のつかない、厄介の極まりない代物だけが。
 そうして魔理沙は拒絶されたのだ。コノ上ない否定の言葉、「あなたはあなたでない」とそう言われて。
 だからあの日の彼女は、泣き言を重ねない内に立ち去ることを選ぶしかなかったのだろう。その判断が何より魔理沙らしかったのは、最早、最上の皮肉という他はないのだろうが。
 
 このこと以来、魔理沙がフランドールに会う回数はめっきりと減った。既にふたりの邂逅が何物も持たらし得ないのは明白だ。ならばいっそ、ということであったのか。
 『魔理沙』という思い出を持って生きてきて、そうして今も嬉しそうに微笑むフランドールという存在は悪夢の他には変わらない。
 そうした双方の拒絶を以って続いてきたふたりの関係、故に、フランドールは魔理沙が死んだということを絶対に受け入れないのだろう。否、むしろ、受け入れる必要性がまったくない。なぜなら、それは『あり得ない』ことだから。
 フランドールの認識の範疇では、今も、賑やかに魔理沙が笑っているのに違いない――あの日の、あのときの、フランドールへと差し出した少女の笑顔そのままに。
 

 7.

 道は続く。
 
 いつしか両側に木々を迫らせて、左右から枝が頭上に覆いかかるよう伸びる。差し込む陽光は斜に近づいて、出発の頃には天頂付近にあった太陽は地へと墜ちかけている。若葉を透かして赤へと染める斜陽、眼に届くのは痛いとばかりに滲む彩色。近景に重なり合う葉っぱが疼くようにかさかさと響を立て、遠景には蒼と紅のグラデーションが溶け合うように、重なり合った末に落ち込んでいく黒色の空は彼方より追ってくる。
 
 
 今宵はもう今際の直ぐ傍らに、と夜の王はぼんやりと思考する。
 
 必要性の減じた日傘は畳んで仕舞い、振り向かないまま従者へと――手渡そうとして、傘の柄が、中空を切った。
 瞬間の思考途絶、短笑するしか他にはあるまい。ハハッと笑う。
 訝しげに横から覗き込んできた妹の紅い瞳を避けるように、己に付いた無意識の習慣を嘲るように、傘の先端を後方に向かってグイと突き出して押し込んだ。

「ぐぶぅっ」
 
 後列からはクグモッタ呻き声。哀れ美鈴の腹筋には傘の先端がめり込んで、ぐぶぐぶと悲しげな音だけ口から漏れる。

「いやいや、いたいですから……って、やめれ。それ以上は刺さってしまふのでふ、がふがふがふ」
 
 遂には空気が漏れるだけとなった美鈴の唇、けれども振り向かないままに俯くレミリアの紅い頬。

「まったく、気が利かない。主人の欲する所は従者の求める所。私が傘を差し出したなら、それを両手で包むのが、貴女の」
 
 と、そこまで言って言葉は途切れる。
 痛む腹を抱えこんで姿勢を落とした美鈴の視線、先に不意と捉えたのはレミリアの顔。口を真一文字に結んで、何かに耐えるよう顰めた眉。その眼球の裏に映っているのが何者であるかは簡単に想像がつく。けれど、それが届かないものであることも同時に知っている。
 従者ってのは主人を悲しませるものではないのにな、と至らぬ自身への罵声と不満とを噛み砕いて飲み下す。そうして主人の悲しげな顔には気付いていないと言いたげに、

「まったく不甲斐ない門番で申し訳ないです。はい、確かに受け取りましたよ――お嬢様」
 
 とだけ美鈴は言って傘を受け取る。そうしてレミリアの帽子の上へと、空いた片手をポンと置いた。
 撫でるではなく静かに置かれただけの手のひら、けれど頭上の軽い重量だけが世界の支柱を為すように感じられる安心感、それがレミリアには不思議と不快な感触には思えない。
 普段なら半殺し、と心中では毒づきながらも、レミリアは温かな手の感触をすぐには引き離す気になれなかった。

 
 8.
 
 森の中を歩き続ける。

 次第に増してきた湿気の不快、服がペトリと肌に貼り付く。視界の端、ひと際大きい周径の根元には大小の黒い影。密度を増していく枝振りの数々、見上げた視界を覆う暗い大きな緑葉、敷き詰められた茶の落ち葉。ますます落ちてきた陽射しに辺りはすっかり暗鬱な情景を見せる。
 流石は魔法の森の名に恥じない不気味さ加減、ぬかるむ地面に不快さの二乗、張り出した巨木の根には転びかかる。最早これは、道と呼ぶのも危ういのではないか。
 
 パチュリーは美鈴に手を引かれながら、一歩一歩を確かめるように踏んでいく。

「まったくまったく、何で私がこんな悪路を歩かにゃならないのか。白黒鼠は最後まで面倒の掛け通し、て所よね」
「ああ、それには同意しとくわ。本は返さぬ、鼾はうるさい、おまけに……勝手気ままで逝くなんて! なによなんなのよこの三重苦」
「その分には、初めて会った時から諦めてたわ。鼠は結局の所ネズミのままで、チューチューとうるさいだけわずらわしいだけ相手にしても虚しいだけ」
「あらら、その割には随分と厚遇なされていたようで。ヴワル秘蔵の魔道書なんて、私も一度は借りてみたいわー」
「あらあら――正面切って突破したなら貸し出しますわ。まぁ、ヴワルの全力挙げて蚊トンボ墜としに精出すけれど。てか、さっき聞き捨てならないこと言わなかったかしら? いびきとかなんとか」
「いえいえ、不可抗力のオン・パレード。ああ、あの時の魔理沙の寝顔――かわいかったわぁ。って刺すな射すな、視線が痛いのよっ三白眼!」
「随分と故人とは親しかった御様子で、ねぇドール・アホリック? まさかまさかと思うけど、今夜は呪人形な気分なの? 遺品盗んで招魂ましまし」
「誰がするかぁっ! てか今日は随分と御喋りねぇアキネジック・ヴワル。アナタ、無口推奨系とは違ったかしら?」
「いい夜いい森いい獲物、そして夢気分。一度銃把を握ればあとは急所を撃ち貫くだけ、慈悲なし容赦なしの連射のみ」
「てかアンタ、さっき私の登場シーンを無視したでしょう? なにそれ『おまえ影うすいから』とか言いたい訳?」
「あらあら急に会話に加わる無粋がいたと思ったら、そんなに話し相手がいなくて寂しかった? ねぇ、アリス・マーガトロイド」
 
 止まる所を知らぬ舌戦、応酬する言葉の刃が切りつける。エスカレートするだけの罵詈雑言に、見守る3人と1体――レミリア、フランドールに美鈴、更には上海人形の小さな機影。呆
れ顔の取り巻く中にあり、パチュリーとアリスの両名は睦まじくイガミ合う。

「あいやー、おふたりとも随分仲がイぃ……」
「「うるさいっ」」
 
 口を挟もうとした美鈴の胸と腹に鉄拳双撃の炸裂、てか何この悲惨。けれど美鈴の体幹は微動ともせず、両脚に込めた力で踏みしめ耐える。叩き込んだ拳に合わせた焦点、衝撃に歪まず毀れずの身体に驚いて見上げてみれば、あったのは優しいやさしい美鈴の笑顔。
 細めた眼裂をヒクつかせながら美鈴は微笑む。
「あー、どちらかと言えば痛いのですが。ねぇパチュリー様? アリスさん?」
 貼り付かせた表情をそのままに、両名の襟口をグイと掴む。そのまま高く掲げた両手、筋線維の浮き出た上腕に更なる馬力。不意に重力の一切を失った感覚、パチュリーとアリスは不安定感にばたばたと脚を動かすが、蹴るのは空気ばかりで拠るべき地面は何処にもない。二段ばかり上昇した視線のレベル、少し冷静に冷ました脳味噌で思考すれば、ああ私達ってば美鈴に持ち上げられたのね、と。

「めーりん、やめてー。てか降ろせ上司命令、ロイヤルフレアするわよコラ」
「やめろーこの紅髪女☆中華風味! あ、締めるな、喉ぐるじぃ。上海たすけてシャンハーイ」
 
 持ち上げられたままにジタバタドタバタ、呆れ顔を増す周囲の面々。
「あー、いい加減にしなさいな。故人を含めた痴情のモツレかい?」
 はぁ、と大きく溜息を吐くレミリア。好奇に眼を輝かせて上海人形へと手を伸ばそうとしたフランドール、その頭をギュっと押さえつけて溜息の二乗。
「あうぁ、ふわふわ浮かんだお人形なのに。離してはなして、おねぇさま、離してー」

 
 9.

「はいはい、仲直りしましょうね〜〜。お姉さんが飴アゲルから、ほら麻婆風味」
「「舐めるんかソレ!?」」
 
 美鈴の取り成しにも頑として応ぜず、ふたりは左右に分かれたまま歩く。フイと逆方向を見詰めて視線を合わせずに同族嫌悪、長年を生きてきた魔女達の威厳など微塵もない子供の喧嘩。普段からの出不精を本分とする生業の責もあって接点の少ないふたりではあったが、故人を取り巻く因縁浅からぬ旧縁のタマモノなのだ。
 やがて見えてきた光、窓に四角く縁取られた照明が地面に映じる。辺りはすっかりと暗い。時折りホゥと啼く不気味な声、風に擦れ合いながら一面に音を振りまく深い森。進んだ先が少しく拓ける。黒い森をポカンとくり抜いたような広場、月光に伸びる巨大な影を辿っていけば一軒家。
「あれよ。魔理沙の家……っわぁ?」
 胸に上海人形をキツく抱きしめながらアリスが示した、その先。語尾の上がり調子は疑問符、あまりの驚きには息を呑むしか術がない。
 家の玄関口を見れば、薄い月光の射す中に『霧雨魔法店』の文字。ならば、間違いはない。この家こそ霧雨魔理沙の生活拠点、アリスが幾度となく訪れたことのある場所である。
 けれどアリスと同様、『それ』を見た一同が唖然とするのも道理。その家は、今や、すっかりとその有様を変えていた。

 
 正面から見れば問題はない。
 
 二階立ての平凡な洋風建築、所々に蔦蔓が絡みつくのは魔法使いのタシナミとして見逃そう。玄関口、張り出した軒先に寄ってみれば、商売っ気のまるで無い下手糞な文字で自己主張する看板が縦に掛かる。端のやや黒ずんで丸みを帯びたそれ、風雪に耐える幾歳月を経て来たのに違いない。曇り硝子の嵌る一枚扉の重厚、足裏を冷やす石畳の列。視線を横に遣れば、灯りの漏れる窓。その内側にはおそらく呼び寄せた張本人、森近霖之助の姿があるハズだ――とココまでは良い。

 問題なのは、家の背後。

 家と遠景に控える森とを接着するように延長する黒影の塊、木々が枝を伸ばす様の模倣、八方へと放射する細い棒切れの円環が取り巻く。折れ曲がる線分を良く観察すれば鉛管状、パイプは蜘蛛の網目の如く互いに連結・乖離して伸びては端へと至る。遠目には一塊として見えていたもの、それは求心して集約された管達の密集。
 その最奥、正に核となるのはキューブ、一辺を3メートルとする立方体の陰影。その六面には、合わせるように縒り固まった密集帯から蛇行する管がグサリと突き刺す。かくして中空へと固定された箱は奇妙に角度を捩れたまま、天頂へと向かう一面は黒天を睨む。そしてその一面からは図太い円筒が、遥かそらの高く高く、届かぬ星へと懸命に手を伸ばすかの巨大な砲塔が空を仰ぎ、鈍重な異様は大気を揺るがせて彼方へと咆哮する。

 それらの総体とはつまり、一個のバカゲタ大きさの高射砲。問題となるのは『何故こんなものがココにあるか』ではない――魔理沙が設えたに決まっているのだから。必然の疑問は、『コレが何の為に存在するか』の一点。


「なんだってのかしら、このバカでっかいの?」
 
 丸く眼を見開いたレミリアの疑問、それは一同誰もが思ったことに違いない。その体部から更に頚部へ、そして全体を舐めるように細まる砲塔の先へ先へと見詰めていく。先端は囲む森の巨木の高さを抜けて、大空へと突き刺さる長槍の如く鎮座している。微か斜めに角度を合わせているのは、果たして何に照準するが故なのか。
 巨砲の全体像を見渡すため、魔理沙の家の側面へと移動していた一同の背後でギィと音。驚いて振り向けば、開いた扉から漏れる逆光の中に佇む霖之助の姿があった。

「ようこそパチュリーさんにアリスさん、それに皆々様方。その化物は言うなれば『タネ』、奇術師不在の手品の、ね」


 10.

 先導するように砲身へと近づいていく霖之助、一同の取り巻く中で台座に触れる。すると周囲には装置の起動を知らせる低音が響き、明滅するランプが砲塔を駆け上る。中心部分へと連結するパイプには波状に光が流動し、一面に浮き上がった台座部分は光輝する球形を形造る。

「起動完了、と。それじゃあ後は任せたよ、おふたりさん。暗号をコイツに打ち込んで欲しい」
 
 親指で台座の機械盤を指し示す霖之助に対し、指名を受けた魔女ふたり――パチュリーとアリスは眼を丸くする他にない。

「暗号って? 何にも聞いてないわよ、私は」
 
 首を振るアリス、それにパチュリーも無言で賛意を示す。冷静な微笑を崩さない霖之助の反応、それを不信がったパチュリーは機械盤へと寄っていく。

「どういうつもり? 私達は何も知らされていない、それなのに任せるって……」
「知らなくても大丈夫。否、むしろ貴女達にしか分からないだろうね。なにせ、僕は魔法使いではないもので」
 
 一層に不信を増す霖之助の言葉、けれど不意に指先を機械盤へと触れた拍子に疑問は氷解する。ああ、と嘆息してパチュリーは
「貴女も触れてみたらどう、アリス?」
 と呼び掛ける。アリスも機械盤へと触れ、慨嘆。

「あんの、バカ魔理沙! ……魔導書の原理同様って訳ね。随分と凝ったマネするわ」

 
 魔導書は魔法使いにしか読むことが出来ない、とは相応の仕掛けがあるということだ。魔力を通じた指先で頁を繰る、それが読解のための鍵を探し始める作業。あとはパズルと同様な頭脳と技巧の衝突、読める読めないは個人の力量如何という訳である。
 今回魔理沙が仕掛けたのも似たようなもの。機械盤には特殊加工の魔法文字が仕込んであり、魔力を通じて読むことで砲塔始動の暗号が得られるという仕組みだ。つまりは、魔法使いたるパチュリーかアリスでなければ暗号は得られない。しかしながら実際に入手できるか否かは、回答者の力量に依存している。言うなれば『魔理沙からの愛を込めた挑戦状』ということか。

 さて、パチュリーの眼前に展開したのは一種『ゴミの山』とでも評するべきもの。フェイク、ダミー、デブリと様々に表現できる大量のゴミが、真実必要な情報を隠蔽する。これらから真正の情報だけを選りすぐるのが第一関門という訳だ。
 ゴミといえども組成は同様の文字列、必要な作業とは有意味と無意味を瞬時に判別するそれである。百と二十八を縦横に並列展開、サカディックな眼球運動で読み取るは既に数万文字。駆け上る情報、そして瞬時に発する運動命令。両腕に五指十本の小刻みに震えるような精密運動、けれどパチュリーの口をつくのは「まだ足りない」の一言のみ。
 皮質でセメギアウ膨大な情報量、眼球奥フラッシュする明滅、キンと鳴って遠くなる世界の音。限度を超えた酷使がツラクナイハズはナイ、けれどパチュリーは口をニィと歪ませて笑う。彼女を突き動かすのは自負と愉快。たった百年にも及ばぬ生を終えただけの小娘が、ちっぽけな野良魔法使いの鼠風情が、知識の魔女たるコノ私に情報戦を挑む? なんてなんて傲岸不遜! ねぇ違うかしら魔理沙!?
 
 
 楽しかった、と思い出すことがある。夢中を通り越す没頭だけが過去の記憶を呼び覚ます。
 
 眼前のテーブルには本の山、囲むのも視界を埋め尽くす限りの書棚。テーブルの端っこ、ポツンと追いやられたように白磁のポット、カップを載せた盆が見える。
 山と積まれた本が交互に不揃いと折り重なった隙間から、彼女の顔が覗く。ズゥと下品に音を立てて紅茶をすすっている。
 そうして私へと顔を向け、いつもみたいにクダラナイ冗談を飛ばすのだ。会話の内容はつまらないことから魔法の秘儀に至るまでの多彩、今ではその一片一片まで思い出すことなんて不可能だ。
 
 でも、その表情だけはおぼえてる。
 ――何がそんなに楽しいの? と質問したことがある。私は不機嫌なのよ、と言外に匂わせながら。
 彼女がなんと答えたか、正確には記憶にない。でも、たしか。笑うから楽しいんだ、なんてアベコベなことを言っていたのではなかったか。

 楽しかった、と思い出す。
 『過去』がいつでも楽しかったからではない。それが『過去』になったからこそ、楽しかったと思い出せるのだ。
 あの鼠は実に卑怯だ。百年ばかりのちっぽけな生。そんなものでは誰にとっても、スグに『過去』になってしまうじゃないか!
 ああ、なんて腹立たしいヤツだったんだ。だって私はそうやって、いつだって思い出すしかないんだから。
 
 
 凹に凸を充填する二重コード、けれどもパチュリーは難無くそれらを解き明かした。
 そうして抽出されたのは、縦十四横十四のそれぞれ異なった連なる文字列。これらを長い長い『糸』と例えるのであれば、これから仕上げるべき物はまさに『布』。繊維素を縦横に組み込んで編みこんで、一枚の正鵠たる織布を得るには熟練の技を必要とする。
 ふぅ、と一息を吐く。これまでの第一関門は情報の抽出と精製、まさにパチュリー・ノーリッジの得意分野。けれども今に始める第二関門、これには情報の統合力こそ必要となる。統合する能力に必要なのは第六感じみた何か、言うなればバラバラに裁断された紙片よりの全体像の把握、完成すべき『何物か』を両半球に自在に浮遊するイマジネーションが何より重要。この点一寸劣るか、とそう自己評価するパチュリーには一層難題となるべき分野である。
 
 ううん、と唸り腕組みするがチクタクと時間のみの経過。眉根を寄せて思案しても解決は遠く、そもそも得手不得手は如何ともしようがないと自己弁護。ならば採用すべき最良の手段は、と――神経集中する指先に違和感。最初は冷たいとさえ思った。けれど回復する血流と感覚、伴って知覚される繊細でか細い、誰かのあたたかな指腹の感触。
 ハッと気付いた時には横顔。眼前には波打つ金髪、揺れる睫毛に隠された決意、深い蒼の両眼がパチュリーを見詰める。機械盤に乗せられたパチュリーの手、それを折り重なるよう包み込む、アリスのあたたかな両の手のひら。
「選手交代、バトンタッチ。てかアンタばかり格好良いまま終わるってどうよ?」
パンッと互いに手を打っての主役交代、苦笑を浮かべならパチュリーは退場する。

 
 一文字に結んだ口唇、アリスの見詰める先には未然。十指から垂らす銀糸の十本、うち二本は上海・蓬莱への接続確保に使用、三倍化した両手で操るのは総計二十八の魔力パス。これらを文字列各々へと対応させて、縦横無尽に接続乖離を繰り返す。思い描くべきは完成図、魔理沙の遺した何か、その一言が胸の奥にヤキゴテを当てる。

「ドールマスターの面目躍如かしら? まったく、まったくまったく……あのバカはいつだって不愉快に過ぎるわ!」

 脳裏を過ぎる過去の情景、一本一本と追い越していく竹の幹はいつしか緑一面の背景。あの夜は魔理沙の高速を追うのに必死だった、黒い空からは欠けた満月が見詰めていた。
 あの夜は何故それほど必死だったのか? と今更ながら不思議に思う。
 魔理沙に置いて行かれたくなかったか、それとも自分自身が彼女を追っていたかったのか。
 追いかける、ということは、何か自分の望むものが彼女にはあったのだろうか。
 分からない。それは、友として過ごした数十年を振り返っても分からない。
 私にはいつか見つかるだろうか? 私があの日追った、ずっと追いかけ続けた、魔理沙の持っていた眩しい『何か』は?
 
 駆使する十指、滲むのは涙。飛び回る上海に蓬莱のサポート、けれども埋めるべき回答は未だ見えない。
 悔しい、と奥歯を噛み締める。拍子にポロリと零れた涙、邪魔、と右袖でゴシリと擦る。痛みにじんで歪む視界――けれども瞬間のインスピレーション。
 
 理解する。文字列で重要だったのは文字内容そのものではない、と理解する。滲んだ視界、そこに見えたのは輪郭さえ明瞭でない黒い線分の集塊。けれど、回答への鍵とはココにある。文字の意味内容を頭から追い払い、それらは一個の単なる模様となる。とすれば文字列とは単なる白黒の斑の連続、各々のパターンを脳髄へと入力して概観すれば重合の先――その絵が見えた!
 
 ここまで至れば後は単純、精緻に念入りにと糸を織り込んでいくだけ。完成したのはまるで一枚のタペストリ、黒の背景に白く文字の浮かび上がる魔理沙からの回答。
 はぁ、と大きく息を吐く。深い疲労は隠すこともできず、頭の中は真っ白い霧がかかったように見通しの不良。けれども薄らぎゆく胸の痛みと一緒、全力出すのも偶にならねぇ、とアリスは小さく小さく去った昔を懐かしむようにひとりごちた。


 11.

「『以下を読み上げてくれ』ね。音声入力とは猪口才な」
 パチュリーは浮かび上がった、今は亡き者の言葉を一句一句と復唱する。
「『よぉパチュリーにアリス。それに香霖もいるか。コイツを読んでるってことは、見事に私の謎掛けを解き明かしたってワケだ。おめっとさん』 ……頭痛い。止めてイイかしら?」
 あまりに軽い言葉の連続に一同は苦笑い、パチュリーを取り成しながら先へと促す。
「ええと、『もしかしたら妹様アタリもいるかい? だとすれば随分と懐かしい、まぁしっかりと楽しんでいくことだ』」
「楽しい? なんでお葬式があみゅーずめん?」
「『まぁ聞け。そもそも今回の企画は、そう、私の心残りが発端だ、と言ったら驚くか。だけれど先に逝っちまうアイツが悪い。さっき数えてみたら――と、ひぃふぅみぃ。実に3勝と2997敗、生涯成績がコンマ以下とは悲し過ぎる。という訳で最後の最期、アイツに一泡吹かせる計画を思いついた。ゆえに実行する。……とまぁ、そういう訳だ。計算上では上手くいくハズなんだが、ポシャンと萎めば御愛嬌。ではでは春の椿事も今宵限りということかねぇ。さぁ、発射!』 って何コレ? これでも遺言?」

 訝しげに話すパチュリーの背後、砲塔からはチーンと間の抜けた音がする。あ、と気の抜けた返事をする一同、けれども振り返って目の当たりにしたのは異様。ゴゥゴゥと呻きを上げる砲塔、切り立った無数のパイプ端からは蒸気、焼かれた水滴混じりの熱波が肌を焦がす。

「うわわわわっ、とばされる〜〜」
 
 熱膨張する空気の圧力、飛ばされかけたフランドールの右手をレミリアが掴んで引き寄せる。高速回転する填め込まれた歯車、ギイギイと轟音を立てながら火花。熱量を一塊として集約させつつある砲台、望むのは天空高く、放たれるのは弾丸。最終段階たる照準の微調整、カクンと砲身の先端が微かに下がり衝撃は大地を揺らす。何せこの大きさこの重量、化物の巨体には微かな身動ぎ、けれど卑小なる宿世の身には耐え難い。
「うう、何なのコノ弩級エフェクト。艦砲射撃も真っ青?」
 一帯の混乱に呻くパチュリー。その顔先には一本のパイプの口、今まではオトナシク塞がっていたそれ、けれどもパタパタと蓋が揺れて蒸気が漏れる。ますます核心部分へと貯留していく固定熱、弾丸を遥かへと運ぶエネルギーの回転、自壊防止のパイプから排熱も増加の一途。すなわち、今パチュリーの眼前にある排熱口からも高熱の蒸気が爆発的に噴出し、

「あぶない!!」
 
 吹き出す高熱を敢然と、手に持った盾で上海人形が遮断する。指示をするのは勿論アリス・マーガトロイド、この異常時においても冷静沈着の仮面は揺るがない。

「あら、助けられたわね」
「フン、礼を言うなら今のうちよ? 時間が経ったらありがたみも薄れるわよほらほらほら?」
 
 飄々と返すパチュリー、一方のアリスは頬を染めて勢いに乗ったまま捲くし立てる。柄でも無いことしたかしら、と慌てて仮面がポロポロ剥がれ落ちる。

「ん、ありがとう」
「って何それ? ソコはツンデるのよソコは! ふんだ。ありがとうなんて言わないんだから、とかなんとか言いなさい」
「ハイハイ――と、クダラナイ話はココまでよ。どうやら、終わりも近いらしいから」

 
 見上げた視線の先には、静止した砲塔。揺らいでいた地面も今は沈静、その聳え立つ異様は重厚を持って一同を睥睨する。
 不意に霖之助が砲塔へと近寄ると、ポンと台座の一部に手を置いて撫でる。見詰める先は砲の先端、そして、彼女が昇るだろう高いたかい黒の空。

「コレの用途は、『誰よりも速く空を駆けること』。そして、」

 轟、と音が響いた。集約していた熱量が液化魔力へと引火、膨張して破裂する空気の悲鳴、耳をツンザク音量の渦。世界は一瞬の爆発に線となり点となる菲薄した陰影。光輝は遍々とあまねいて、瞬目もさせぬ間に視力を奪い去る。白色の下に一切の消え去った景色、目蓋の裏に赤く残像する一点。
 数瞬の経過。視力を回復した網膜に映ったのは、天頂へと尾を引いていく白色の線。飛行機雲はたかくたかく、やがて黒色へと溶け混じりながら姿を消す。撃ち出された弾丸は何処へ行ったか――誰もが抱いた疑問への回答は、直後に準備されていた。

 第一の爆発。

 遥か上空、光の破砕。黒天に紅く燃える新星、けれども数秒の後には力なく落下する。

 
 12.

 さて、ここで問題となるのは『魔理沙が何を欲して何を行ったのか?』という一点だ。魔理沙からのメッセージ、その内容を見てみれば答えは自ずと手に入る。
 鍵となるのは魔理沙の心残りと『アイツ』――すなわち博麗霊夢の存在。魔理沙の生涯の友人、最大の好敵手、そして何より大結界の守護者としての顔。魔理沙が敗北を重ねた幻想郷随一の力量、そして今は既に失われた人物。これらが示す唯一とは、すなわち彼女を置いては他にいない。
 
 ならば、魔理沙の心残りとは何か。メッセージでも言っているだろう、『アイツに一泡吹かせる』と。
 死者を墓場から引きずり出して水でも浴びせかけよう、とは誰も思うまい。
 もし博麗霊夢に、既に鬼籍に入った彼女にさえ魂胆を寒からしめんと思うのならば、その標的は彼女が生涯を賭して守り抜いたもの。そう、この幻想郷を覆う『大結界』の他にはあるハズがない。
 
 その目的を達する為の砲塔と弾丸である。
 そもそも博麗大結界は物理的な障壁では一切ない。幻想郷の内なる『虚』と外部たる『実』を隔てるもの、そうして外世界において『虚』となった概念を内部へと取り込んで、仮の肉さえ与えるもの。そうした概念の障壁、受け渡し役こそが大結界の本分である。膨大な計算式と演算過程の果て無き回転こそが、結界を虚実の境界として機能させる。
 ならば魔理沙が望んだものは、そうした機能に一泡吹かせる――つまりは幻想郷を覆うシステム自体を『騙す』ことでありはしないか。正面から正々堂々と打ち破るのではない、その為には時間も能力も目的意識も全ての面で不足している。そも、これは幻想郷を破壊するのが目的ではない、己の愛するものを破壊する性向は魔理沙にはない。
 
 それなら何故こんなクダラナイとさえ思えることをしなければならなかったのか? 本人がいなくては想像するしか道はない、けれど、もしかすると悔しかったのではあるまいか。霊夢に負け続けたことが、ではない。そんなクダラナイことではない。悔しかったのは、博麗の強大な能力を生得して、けれどそのまま終わってしまった友人そのものが、だ。

 
 魔理沙のかつての観測によれば、結界には時折高度の熱量が生まれる。すなわち結界が最大に活性化するのは、外世界から忘れ去られた概念を取り込むその時である。
 『外』で高まりを見せる概念濃度は『内』の濃度との不平衡、すなわち結界に穴さえ開けば、勾配に従いながら概念は幻想郷へと流入するのである。
 これを感知して制御するのが概念取り込み作用の本体、と魔理沙は想像した。
 魔理沙自身に穴を開けるのは不可能、けれど条件さえ整えば結界は己から手を引いてくれる。まさにシステムの穴とはコレのこと、その主たる役割であるのだから尚更と修正は効きにくいハズ。
 ならば――利用する他はあるまい。

 
 打ち上がった弾丸の形態は双球の連結、すなわち鉄亜鈴を想像してもらえば簡単だ。それぞれの球形には炉心が入る、時間差によるこれらの連爆こそが魔理沙の仕掛けたトリックの本体。
 高々度へと至った弾丸は、やがて速度を減じながら境界の限界面へと隣接する。その再近接点における静止、これを契機として第一炉心の融解が誘われる。
 中心には八卦炉。第一爆発における選択は熱量の飛散、ハジキトバス、という必要性の所産。霖之助から貰った愛用品、その自己融解しながら生み出される莫大な熱量こそが、魔理沙の目的には不可欠であった。
 
 かくして結果は生じる。
 
 爆散は周囲のあらゆる構成要素に対して遠心の加速度を加え、その地点を中心とする世界の希薄化が瞬時に生じる。世界に溶け混じって存在する概念さえも希薄化の例外ではありえない。つまり、結界の内側には概念的な一種の真空状態が生じた、と言える。
 普段であるならば問題はない。やがて周囲から拡散してきた世界の構成が、概念濃度をも再びの平衡状態へと戻していく。
 けれども、だ。今回の一事は人工的な状態、そして何よりコレを為したのは無謀で無茶を頭に冠する魔法使い、あの、霧雨魔理沙であったのだ。

 この時点において、大結界は感知した――境界の内外における概念の著しい濃度差を。
 
 外部の高値と内部の低値、これらは『差』という一事を以ってすれば同一のこととして認識される。大結界という一定に書かれた式が為すべきなのは、己の本分を果たすことだけ。すなわち、境界へと穴を穿つことでしかないのだ。
 
 
 13.
 
 第一爆発より5秒の経過。空に舞った八卦炉の跡形は、赤く細切れて姿を消した。
 
 ここに至って魔理沙の弾丸に残存するのは唯一、第二炉心のみ。周囲世界は希薄の極みへと達し、眼前の境界には無数の小孔が穿つ。微かな物質と概念がシューと音を立てるかのよう、静かに静かに流入してくる――これを、この流れを逆転するのだ。
 
 第二炉心に火がともる。目指すべきは概念の奔流、外へ、果ての無き空の彼方へと駆け昇る幻想からの溢路。
 
 故に炉心の核となる為に必要なのは、何より凝集された概念の塊としての性質。
 必要なのは積み重ね、鬱積した堆積した折り重なった本のページそのもの。
 使われたのは魔導書、とは言っても世間の称する魔力の秘められたそれではない。書かれていたのは、失敗、失敗、そして成功。幼い日よりの修練、老いてからの熟練。昨日の天気、今日の昼ごはん、明日の思い出。霊夢のこと、パチュリーのこと、アリスのこと、そしてフランドールのこと。今日は敗けた、だけれど明日は絶対に勝つ。それらはつまり、

 
 地上から霖之助が見詰める。唯一彼は計画の全貌を知っていた。だからこその進行役、パチュリーとアリスを呼びつけたのもコノ時のため。
 この場所は幻想郷、世界の虚ろが漂うところ。つまり、想いは重ねれば重ねるだけ概念を強くする。
 悔しい、と嘆じたかつての少女がいた。アイツは結局最期まで博麗のままだった、とそう言って泣いていた。
 だからだろうか、弱い彼女が泣く姿をいつまでも見ていたくなかったからだろうか。こんな余分な知恵をつけてまで、終わり逝く貴重な時間を費やしてまで。
 けれど、と彼は思う。自分だって見たくはなかった。ひとりの少女の始まりから、こうして終わる姿など見たくはなかったのだ、と。

「そして、その名称は、『霧雨魔理沙』。……さぁ手を取ってくれ魔理沙、カーテンコールだ」
 
 そう言って、右手のひらを頭上へ掲げる。まるで降り注ぐものが、眩し過ぎるとでも言いたげに。


 14.

 新星の炸裂。けれども、それは無数へ。
 
 巨大球の一瞬、赤となり青となり白となり、そして、星、星、星、ほし、ほし、ほしが分かれて――。
 
 満天の、という形容は既に十分ではない。黒い空の『一面』ではない、世界が、空間軸の最辺までが無数の星達に満たされていた。
 尾を引いて、あの山の稜線へと隠れるように。迫りくるように、視界にバラ撒かれた万を超えて。天頂を通り越し、見上げる私さえも追い越して、遠く彼方へと過ぎ去って。
 流れ去るものがあった。燃え尽きるものがあった。星と星の航路がつくる間隙さえ流れる星が埋め尽くす。
 その一片一片が、彼女だった。遠い日の匂いが満たした。花が咲いた。紅く灼熱する、空気を光輝へと染め上げる。
 彼女の笑顔を、まるでひまわりみたいだ、と私は思った。私を照らしていた、私のほうを向いていた、だから。
 
 さぁ、大好きだったあのひとへ、お別れの台詞を言おう。
 


「ああ――魔理沙だ。なつかしいなぁ」



「「「「「」」」」」


 
 その日の夕刊タブロイド紙『都報日々文々』、ローカルニュースの見出しは最高だった。なにせ、『東山稲荷の峰から激写、宙へと伸びる流星の尾!! 神罰仏罰から果てはICBM、本紙記者の追った真相とは!?』なんてね。
 
 『穴』というテーマで途方にくれました。そんで結局、『喪失』とか『結界の穴』とか連想していたらこんな感じにorz
 フラマリが好きです。パチェマリも好きです。アリマリには赤面します。最近レイマリにも目覚めました。でも霖ちゃんは漢なので微妙。
 ……とかいう作者が書きました。まぁ微妙というか幻想郷ぽくないというか、ノリがいっぱいいっぱいなのは作者がHな責に違いない。
 という訳で、読んで下さった方がいたなら有難うございました。
 


blankii
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2007/05/13 07:12:33
更新日時:
2007/05/15 22:12:33
評価:
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0
Rate:
5.00
1. 8 yansen ■2007/05/13 17:56:52
泣いた。やっぱり魔理沙には星が似合う。
2. 9 A・D・R ■2007/05/13 20:26:08
笑えて、泣けて…和めて、とてもいいお話でした。
そして、こういうのは魔理沙らしいなぁ…と思ったりww
3. 6 反魂 ■2007/05/14 01:01:19
作品自体は、申し訳ないのですが私には少々合いませんでした。面白くはあったのですが。
恐らくは意識的に着飾りまくった装飾文章に仕立てられたかったのだと思われ、それ自体は一つの方向性としてアリだと思います。ただそれは如何せん何がテーマになるのかがはっきりしないといけないもので、軸がぼやけたままでは読んでいて苦痛になってしまいます。前半に伏線のようにしてばら撒いた要素、特にフランドールの件なんかが後半にほとんど絡んできていませんし、そもそも語りの軸が前半と後半でかなりずれてしまっている印象さえ受けます。

構築された物語はかなり異色ですが、或いはこの作品自体が霧雨魔理沙というキャラクターの破天荒さを投影した物と見ることも出来、ある意味では心地よいぶっ飛び方でした。その面ではかなり面白く、また作者様の稀有な才覚を垣間見ることが出来ました。ただやはり先述のような点から、強烈な一作という感想までには至りません。
溢れるパワーは感じましたが、痒いところに行き届ききらなかった所も多かった。テーマ処理も取って付けただけの感じがあり、面白い作品ですが、私の中での印象としては以上の通りに留まります。

※)誤用
>とそう問いかける間尺さえ与えてくれずに
間尺は寸法や勘定に用いられる単語であり、時間的な間隙を言い表す単語ではありません。
>魂胆を寒からしめんと思うのならば
それを言うなら「心胆寒からしめん」では。
「魂胆」に寒からしめるという動詞は続きません。単語の意味を鑑みても通じません。
4. 7 詩所 ■2007/05/16 21:56:22
時の流れが違うということは残されたものにとって残酷なこと。
その中で残ったものに娯楽を与えられる人物は稀有だと思います。
遊び心からできている人物、魔理沙は朽ちても魔理沙だったってことでしょうか。

5. 7 爪影 ■2007/05/17 16:07:03
 まったく、彼女らしい。
6. 1 あああ ■2007/05/23 20:04:52
読むのに疲れました。
7. 4 人比良 ■2007/05/26 21:05:10
タイトルが秀逸で、素敵。

8. 4 流砂 ■2007/05/26 21:58:45
地力は非常に高いだろうに色々と急ぎすぎてから回りしてる感じ。
物語と言うよりは作者さんの幻想郷を纏めて並べただけな感じがする。
9. 6 deso ■2007/05/26 23:40:27
それぞれが故人を偲ぶ様が美しい。個人的には、パチュリーとアリスが暗号を解くシーンが綺麗で気に入りました。
10. 8 ■2007/05/27 00:26:39
結界という壁の内部である幻想郷の場合は拡散したものの逃げ場がなく、「内部の一点の濃度」は変化し得ても、「結界内の濃度が変化した」と感知される状態になり得るかどうかちょっと疑問があります…という、細かいツッコミはさておいて。魔理沙の最期ならば、確かにこんな風にやんちゃで派手で純粋なんでしょうね。清々しい風のようでした。

ただ、ちょっとカタカナの使い過ぎという感がありました。あくまで私見ですが…。
11. 9 shinsokku ■2007/05/27 15:28:52
素敵な魔理沙像に激しいコスモを感じます。
淡々と清々しく、粛々と物悲しい。
得難い雰囲気でかなり好みでございました。
12. 5 椒良徳 ■2007/05/27 20:05:52
 なんというか、貴方の文章は私のバイオリズムに合わないのか、たいへん読みづらい。そのため長さ以上に長く感じる。なので辛めの評価になりますがお許し願いたい。

 何故読みづらいのか、それは気取った表現を使いすぎているのではないでしょうか。小難しい言葉を選んで使っているような気がします。そんなつもりが無いのでしたらごめんなさい。私がそう感じたというだけですので。ただ、意図的であるならば、止めた方が良いと思います。不思議な迫力のようなものは出ていますが。日常的に使わないような語彙や体言どめを多用しすぎているのが読みづらさの原因だと思うので。

 そんなことは良い。さて、内容についてですが、人妖の離別というネタは語り尽くされている所があり、目新しさはありませんでした。妹様の狂いっぷりの解釈は面白かったですが、それだけです。
 完全にSFしてますが、おなじSFなら第三回コンペ作品の「彼方より」や「それは、軌道に咲く。」の方が面白かった。結局の所、とっつき辛い文章を乗り越えて読者に読ませるだけの力をこの作品は持たない。そう思います。ユニークな作品ではありますけれどもね。もっと精進しましょう。
13. 8 らくがん屋 ■2007/05/29 10:43:01
この文章はちょっとしたゴイスーですね。台詞が誰の発言か判断出来なくなることが多々ありましたが、まぁいいかという気分にさせられてしまいます(えぇんかソレで)。別に魔理沙死んでなくてもよかったんでないかい?とか思いましたが、読んだものを感じたままに評価いたします。
14. 8 鼠@石景山 ■2007/05/30 01:51:41
ちょっと説明くさいところろか、言葉使いにクセがあるけど、これはむしろ作品の味付けとして楽しめました。
フランドールがズレているのが、オチを際立たせるのに繋がっている事だと、最後まで分からないままなので途中ちょっと寂しい思いをしたり。
あ、他の連中のやり取りは非常に好み。魔女二人は大好物です。
ただ、あとがきでちょっと損してるかも。
15. 7 いむぜん ■2007/05/30 02:36:44
魔理沙の葬式? 生涯を賭した魔理沙の最期の魔法、とでも言うか。いかにもやりそうだ。
片仮名にしてあるのは個人的に良。重い漢字を避けることで読む勢いが途切れなかった。
でも、当代の博麗は黙って見逃してくれるかな。大丈夫か? 結界に穴を開ける術理を解明したわけだが。
「たかだか人間ひとりの葬式」に出向く紅魔館ご一行がすごくイイ。
16. -1 ■2007/05/30 03:37:24

一言で言うと、読んでいて疲れました。
地の文は、回りくどい表現が多用される一方で、本当に必要な描写が飛ばされていることが多く(特に前半部分で顕著)、展開を追うのに苦労します。
また狙ってやっているのでしょうが、地の文が小難しいのに対してセリフが壊れギャグなのも逆効果で、話のテンションが安定せず疲れる要因になっています。
読者を置いてけぼりにして理論や理屈を長々と語るのもよくないです。
私の見たところ、ハイテンションな話を作るセンスに優れていると感じましたので、難しい言葉や理屈を組み込んで文学っぽいもの目指すよりも、壊れギャグに徹した方がよい作品を作れるのではないかと思います。
推敲の段階で、この書き方で読者の人は理解できるだろうか、もっとわかりやすい言葉や表現に置き換えることはできないだろうか、といったことを心がけると良いと思います。文章はわかりやすければわかりやすいほど良いものです。捻った言葉や言い回しを使うのは、そうしなければ表現できない何かがある時だけにしましょう。
私は本来加点しかしない主義なのですが、作品の長さともあいまって、さすがにどうかと思ったのでマイナスさせて頂きます。精進しましょう。
17. 8 リコーダー ■2007/05/30 16:03:40
フランの「ああ――魔理沙だ」は結構きたっす。
18. 5 眼帯因幡 ■2007/05/30 17:55:22
非常に魔理沙らしい遺言だと感じました。
ただ、気になったのが、所々に見られるカタカナを用いた表現。
雰囲気を出すように意図したのだと思いますが、あまり好きになれませんでした。
そのせいか、キャラの会話にも時々違和感を覚えまして、良い話だっただけに残念です。
お疲れ様でした。
19. 5 K.M ■2007/05/30 19:01:06
死してなお残すは遺志。
2人の魔法使いを経由しての成就…魔理沙、凄い人ですね。
20. 5 秦稜乃 ■2007/05/30 20:17:57
…!り、理解が理解が!?なんという理系会話。かく言う私は理系(
21. 6 二俣 ■2007/05/30 21:19:05
なんだかわかるなぁ、と。
正直言って好きな傾向の話じゃないんだけどああなんだかわかるなぁ、と。
非常にレベルの高い作だと思いますが、正当な評価が出来てるかは怪しいです。
22. 6 たくじ ■2007/05/30 22:18:00
それぞれに魔理沙を思う面々に加えて美鈴の優しさがいいなぁ。終わり方もすごくきれいで好きです。しかし独特な地の文には読み疲れました。特に打ち上げてからの説明はくどくて分かり辛くて。
23. 3 藤村る ■2007/05/30 23:49:05
 大人気だな魔理沙。
 結局のところ、彼女たちがどう帰結したかどうかは想像に任せるしかないわけで。それはそれで想像の余地があるだけ面白いと言うべきか、不親切というべきか、何にしてもあるひとつの見方はあってもわかりやすかったかなあとは思う。文章とか視点は不親切だったしね。せめて締めくらいはわかりやすく。
24. 8 時計屋 ■2007/05/30 23:49:18
幻想郷らしいお葬式だなぁ。
こういう故人の偲び方もありですね。

さて批評です。
文章については、少し変わったテンポの文体ながら丁寧に書かれていて読みやすく、
お葬式というモノクロなトーンの話に花を添えていたかと思います。
お話もそれぞれのキャラが魔理沙の死をどう受け止めるか、よく描かれており、
読み応えがありました。
最後のオチも実に魔理沙らしいと、
作中のキャラと一緒に読んでいるほうも納得してしまう出来でした。
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