ドッグ・ファイト

作品集: 最新 投稿日時: 2008/01/11 09:19:20 更新日時: 2008/03/05 22:50:03 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


「できた」

 河城にとりが呟いたその小さな言葉を、暇な番犬こと犬走椛は聞き逃さなかった。
 何ができたのだろう、子どもだろうか、と将棋の駒を磨く手をとめ、誇らしげに微笑んでいるにとりを見る。
 彼女の手には箱型の何かがある。薄っぺらい板を釘で打ちつけただけの小さな箱だが、それが何なのか、椛にはよくわからなかった。
 とりあえず聞いてみる。

「何なのです、それ」
「ふ、聞いて驚け」

 不敵に笑いながら、にとりは小箱のふたを開ける。ふたも安っぽい。
 箱の中を覗き込むと、そこには丸っこいボタンのようなものがあった。親指の爪くらいの大きさで、原色の赤が無駄にまぶしい。ボタンは銀色の台に固定されており、見るからに怪しげな雰囲気を醸し出していた。
 嫌な予感がしながらも、椛はあえて説明を求める。

「詳しく」
「聞けば、もう引き返すことはできないよ。それでも?」

 首を縦に振るか横に振るかというだけの問題なのに、椛は悩んでいた。
 いっそのこと尻尾でも振ろうかと考えたが、今はもうついていないので諦めた。
 とりあえず、こくんと頷いておく。

「あなたの覚悟、しかと受け取ったわ」

 仰々しく前口上を述べるにとりは、先ほど大将棋でキュウリかじりながらうんうん唸っていた河童と思えないくらい、不思議なオーラを漂わせていた。
 やっぱやめておいた方がよかったなあ、と思いながら、まんまるボタンが気になるのも確かである。河童の発明する機械は外の世界を参考にしているものが多いから、見るだけ、聞くだけでも十分に暇を潰せる。暇な番犬を長らく続けている椛としては、たまにある本格的な仕事以外の時間をどう潰すか、それもまた大切なライフワークなのである。
 そしておそらく、にとりもまた同じ考えなのだろうと。

「これはね」
「うん」

 身を乗り出して、耳を澄ます。樹に立てかけた盾が突然倒れた。
 からんころん、倒れた盾が岩の上を転げ回り、やがて地に伏した。
 にとりは言う。

「自爆スイッチさ」

 彼女は微笑み、椛は納得した。
 その繊細な赤はきっと、火薬の色覚なのだと。

「ていうかなんでそんなもの作ったの」
「必要になると思って」
「何のために」
「そんなの、決まってるじゃないさ」

 さも当然のようににとりは告げて、横に退けた将棋盤を指差す。
 嫌な予感はした。

「負けそうになったら、こう、ぽちっと」
「いやボタンに触れないでいいから」

 実践しようとするにとりを押し留める。えー、と不満げに唇を尖らせる仕草に、以前のような凛々しさを見ることは難しい。けれども、あっちこっち口調やら思考やらが飛躍する傾向にある彼女だから、椛もあまり気にしていない。にとりはにとりである。そう、たまに気紛れで自爆スイッチとか作ってしまうくらいには、河城にとりなのである。
 でもできればひとりで自爆してもらいたい。

「だからたぶん、次に勝負したら負けないと思う」
「それは、もしかしなくても脅迫ってことかな」

 うん、と頷きでもしたら刀の柄本でほっぺたをつついてやろうと心に決めていた椛は、うん、と悪びれもせずに頷くにとりのほっぺたに、太刀の柄本をぐゅいいと押しつけた。
 無駄にやわらかかった。

「うわあ……すごくぶさいく……」
「ふぁめれ」

 やめた。

「まったく……傍若無人にも程があるよ……」
「どっちが」
「そっちが」
「えぇ……」

 それは、気だるい午後の出来事であった。






 ぱちん。

「王手」
「げっ」

 大将棋は既に詰みの段階に至り、後にも先にも上にも下にも退けない状況に突入している。
 爆弾を人質に取ったにとりが対戦を申し出て、椛もそれを快諾した。爆弾は爆弾、にとりはにとり、大将棋は大将棋である。勝負は勝負として遊びといえども真剣に取り組み、その背後に爆弾の恐怖があるとはいえ、手を抜くことは椛の矜持が許さない。
 駒に添えた指が、ゆっくりと離れてゆく。
 にとりの指が、自爆スイッチに近付いてゆく。

「にとり」
「はい」

 怒った。

「素直に負けを認めるのです。爆弾なんかで、勝負ごとそのものを無かったことにしようとせず」
「ぽちっとな」

 押しやがった。

「ちょっ、ひとが折角いいこと言おうとしてるときに!」
「ばかめ、窮鼠に隙を与えるからこういうことになる!」
「河童がー!」
「メス犬がー!」

 ふたりの興奮が最高潮に達した頃、ふたりが将棋の舞台に選んだ岩がゴゴゴゴゴと鳴動を始める。
 耳を澄まし、瞳を凝らせば、ふたりが座っている岩のみならず、大地、滝、御山の全域から震動を感じ取ることができる。こいつはいよいよもってまずいことになったとばかりに、椛は戦慄し、にとりはリュックを背負って逃げた。
 即座に確保。

「待てこら」
「何か用かね」

 不遜な態度が腹立たしい。

「これって確か自爆スイッチとか言ってたような気がするんだけど」
「ふむ……記憶に御座いませんな」

 ほっぺたをぐりぐりしておいた。
 とりあえず半泣きになるくらいねちっこく折檻していると、滝の裏側から盛大な爆発音が轟き始めた。揺れは次第に大きくなり、すわ幻想郷の最後かと疑いたくなる前兆に、椛はにとりの襟首を掴みながら器用に頭を抱えた。

「おかしい……全体的に何かがおかしいわ……」
「芸術はエクスプロージョン!」

 うるさいので襟首を締めた。
 その間もどんどこどんどこ爆発は続き、滝壺から、森の中から、山の斜面から凄まじい土煙が上がる。いつの間に仕掛けたんだと思うくらい、爆破装置は広域にわたって展開されているようだった。
 いっそ幻想郷を破滅に導くためというのなら、理解や納得のしがいもあるというものだが、大将棋の負けから逃れるためにあっちこっちに爆弾を埋めこんだとあっては、山に生きる妖怪たちも理解に苦しむというものである。
 それとも、河童ならやりかねない、河城にとりならマイナス面の期待も裏切らない、と思われているのだろうか。
 今はちょっと顔面蒼白になっているにとりの表情から、このくだらない事件の顛末を汲み取ることは難しい。というかこれどう考えても収拾つかないからさっさと逃げちゃおうかなあと椛が考え始めた頃、ようやく、地震のような揺れが収まった。
 だが、油断はできない。
 これが、何かの前兆でないという保証はどこにもない。
 そう、たとえば、更に大きな爆弾が起動する前触れとか――。

「――あ」

 はっとする。
 その拍子に、にとりを絞めていた手が離れ、一匹の河童が解き放たれる。
 ふ、と不敵に笑う彼女の相貌から、椛はこの事件の結末を唐突に感じ取った。

「これは、自爆スイッチと言ったはずだよ」

 にとりの宣告を聞くが早いか、椛は盾を拾い上げて後方に跳躍した。
 上空は危ない、爆発の規模が想定できない以上、なるたけ遠くに飛ぶことが必要とされる。
 一秒、二秒。
 だが遅い。

「いざ、さらば」

 合掌。






 弾幕が爆発物に値するか否か、それはおそらく各人の判断に委ねられる問題なのだろう。
 遠く、凄まじい爆発音とともに、空高く打ちあがる将棋盤を仰ぎ見ながら、犬走椛は人生について考える。
 きもちいいくらいのジェット噴射だった。

「あー……」

 やりやがった。

「射命丸様に貰った貴重品なのに……」

 がっくりと肩を落とす。
 ――爆弾は、将棋盤に仕掛けられていた。
 将棋の負けをなかったことにしたいのなら、その勝負の爪痕ごとなかったことにする必要がある。そのためには、何らかの手段で将棋盤を引っ繰り返さなければならない。ちゃぶ台のように引っ繰り返しても、一陣の風に吹かれたり、水に流されたり、爆弾に吹き飛ばされたり、などなど。
 かくて将棋盤は天高く空に舞い上がり、今は遥か雲の隙間に隠れようとしている。
 こつん、と椛の頭に将棋の駒が落ちた。
 泣けてくる。

「で、にとりは……あ、いた」

 はた迷惑な喧騒をばらまいた張本人はといえば、千里を見通す能力を持つ椛でなければ見つけられないくらい、遥か遠くに逃げていた。
 リュックの下部から噴出される、ジェット噴射が忌々しい。
 ため息は重く、今は失った尻尾も垂れているような気がした。

「とりあえず……射命丸様におねだりしないと」

 悲観している暇はない。
 新しい将棋盤を手に入れるための戦いは、既に始まっているといっても過言ではないのだ。
 地面に降り立ち、禍々しい焼け跡の残る爆破地点を見下ろす。
 にとりはまたここに現れるだろうか。
 愚問だ。
 椛は首を横に振り、にとりが消えた方角を見る。
 その空には二本の白雲がどこまでも長く伸び、やがては薄れて消えてゆく儚い風景であるにしろ、見るものの心にその足跡を深く刻みつけた。

「今度会ったら、絶対に負けを認めさせてあげる」

 太刀の切っ先を地面に向け、焦げた岩の中心に鋭く刃を突き立てる。
 それはあたかも死にゆく者たちの墓標のように、あの白く長い雲を線香の煙に見立て、いつか訪れる河城にとりの敗北を予言しているかに見えた。



 それは、とても気だるい午後の、小さな小さな事件。
 いちばん爆発したのは、事件とあまり関係のない射命丸文であることは、もはや語るまでもないことである。


負け犬の遠吠え、みたいなものかも。
藤村流 @ O−81
http://www.geocities.jp/rongarta/index.html
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投稿日時:
2008/01/11 09:19:20
更新日時:
2008/03/05 22:50:03
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1. 5 名無しの37番 ■2008/02/11 18:14:35
綺麗にまとまってて面白かった。
ですがギャグ仕立てにするなら、もうちょっとハイテンションでも良かったかな、と思いました。
やーらかいにとりんのほっぺハァハァ。
2. 6 織村 紅羅璃 ■2008/02/11 23:53:15
なんか...和んだ。
3. 4 小山田 ■2008/02/13 01:23:24
ほんわかした独特の文体とキャラクターを楽しめました。
4. 3 頭痛 ■2008/02/14 22:28:32
お題の消化がストレート過ぎて弱いかなあ
さっぱり味なSSありがとう
5. 6 床間たろひ ■2008/02/15 23:15:15
面白いし、上手いんだけど……なんかこう一味足りない。
なんだろうなぁ。なんだろうねぇ。
テンポやリズムってなると好みの問題でしかないんだけど、ゆっくり読みたい部分に描写が少なく、続きが気になる部分で描写が多いせいかな。
あとまぁ、オチが弱いかな。ネタはいいのにw

6. 4 あまぎ ■2008/02/24 09:15:24
いくつかある爆弾ネタの中で、この作品が今のところ一番有り得そうな気がします。
今思うと、剣も盾も持っている椛って結構文字映えしますね。
最後の表現なんか似合っていて好きです。
7. 6 つくし ■2008/02/25 18:03:46
なんだこれ(誉め言葉
文章の全体的なトボけ具合が読者の思考をユルくジャーマンスープレックス、みたいな、とにかく思考があさっての方向に投げ飛ばされてここまでされると実にすがすがしいです。合掌。
8. 7 dhlkai ■2008/02/25 21:28:56
勢いがあっていいないいいなww
9. 10 #15 ■2008/02/26 20:52:14
ステキ過ぎるし、ぶっとび過ぎてるwwwwww
10. 3 つくね ■2008/02/27 18:09:00
これは酷いにとり(褒め言葉) この場合は負け河童の自爆とでもいいましょうか?
11. 6 ■2008/02/27 21:22:28
秋空が見えてくるような綺麗なお話でした。
椛とにとりの絡みもテンポがよくて楽しかったし(にとりはほっぺものび〜るんですねぇ)。
でも一つだけ叫びたい…………、自爆してないじゃんっ。
12. 4 ■2008/02/28 19:59:16
無駄な事に手間をかける……んだろうなぁ。どうせ暇だろうから。
ああいう形式の自爆スイッチも幻想入りなんだろうか。
13. 5 たくじ ■2008/02/28 22:11:45
短い中でもしっかりまとまってて面白かったです。文たん哀れだ。
14. 5 椒良徳 ■2008/02/28 23:29:01
ええ、椛しっぽついてないの! そんなぁ。それはともかく、まあまあの作品ですね。それ以上でもそれ以下でもなく。
15. 3 時計屋 ■2008/02/29 00:00:24
自重しろ、超妖怪弾頭。

さて。
文章は全体的に丁寧でありながら、良い感じに力が抜けていて読みやすかった。
ただ、自爆スイッチという出だしのインパクトに比べ、その後の展開にもう一味足りないように思えました。
16. 3 ZID ■2008/02/29 01:14:14
もう一味、ヤマかオチが欲しいとこ。文章の書き方そのものは良いと思うのですが。
17. 5 もろへいや ■2008/02/29 01:39:20
ユニークな河童だなぁ、にとり。
椛頑張れ椛。
18. 3 木村圭 ■2008/02/29 04:38:50
頑張れ椛さん。キミが報われることはきっとないけれども。人の大事な物をフライハイさせるような外道は改心しても次の週には元の性悪に戻っちゃうのだ。ギャグ漫画のお約束。
19. 5 とら ■2008/02/29 08:55:30
よくまとまっていて、オチも良かったと思います。ただ、短さのせいかネタ感は否めませんでした。
20. 5 らくがん屋 ■2008/02/29 10:46:27
こういう馬鹿馬鹿しさは大好きです。もうちょいボリュームあっても良かった気がするけど、冗長になる危険性と天秤で難しい。
21. 4 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 13:37:46
つっこむ気にもならない。まあいいか。
22. 2 中沢良一 ■2008/02/29 14:56:52
にとりと椛のやりとりがニヤニヤできていいですね。
地の文で一人称と三人称がいったりきたりしているので、少し読者を置いてきぼりにさせている気がします。一人称がにとりの気持ちなのか、テンポをつけるための文なのか分からなくなりました。どちらかに統一したほうが、締まった文章になると思います。
お題は、『棋界』か『機械』なんでしょか。
23. 4 八重結界 ■2008/02/29 16:20:57
これはたくましい椛。前向きな姿勢には好感が持てます。
24. 3 ルドルフとトラ猫 ■2008/02/29 19:15:04
あっはっはw こりゃみごとな爆発オチ
25. 2 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:36:10
これがにとりクオリティか。
にとりと椛のやりとりは結構楽しめました。
26. 5 K.M ■2008/02/29 20:39:42
自爆スイッチはロマンですよね!!それにしてもにとり往生際悪すぎるww
とりあえず、無関係なのに最大の被害者文さんは頑張れ。
27. 5 12 ■2008/02/29 21:10:42
三行目で吹いたw
後はもう、壊れに壊れすぎていて正直感想をつけるのも難しいのだけれど、節々の小ネタは面白い。
小ネタで加点。
28. 5 BYK ■2008/02/29 21:49:56
貴重品を壊された射命丸御愁傷様。にとりのリュックがロケットなのは全力で同意したい。
29. 5 只野 亜峰 ■2008/02/29 22:08:10
あやややや
30. 4 カミルキ ■2008/02/29 22:09:15
にとりの暴走っぷりがなかなか。
31. 6 綺羅 ■2008/02/29 22:23:46
自爆スイッチは所謂一つの浪漫だとおもいます。さっくりと読める愉快なお話でした。
32. 3 moki ■2008/02/29 23:04:27
椛かわいそう。でもいいぞもっとやれ。
33. 5 カシス ■2008/02/29 23:12:37
奇怪な機械を使う機会ってところでしょうか。棋界。
34. 2 飛び入り魚 ■2008/02/29 23:27:30
不思議と、まとまっている。
洗練すれば素晴らしい短編SS書きになれそうな気がしてなりませぬ
35. 4 blankii ■2008/02/29 23:40:37
どこまでも微笑ましいふたり……てか、自爆スイッチとか微笑ましいのか俺マジ考え直せ。にとりんのぶっとびぶりが加速するばかりで凄いです。

36. フリーレス 藤村流 @ O−81 ■2008/03/02 22:50:36

 この度は、「ドッグ・ファイト」に目を通して頂き、まことにありがとうございました。
 単発のギャグながら、多くのコメントを寄せて頂いたことは感謝の極みです。更に精進致します。
 ちなみに自爆スイッチで機械でした。わかりづらいですね。

 それでは、改めてありがとうございました。
 そして、こんぺに参加された全てのみなさまへ、お疲れ様でした。
 またこのような機会に出会えることをこっそり願いながら、失礼を致します。

 藤村流@O−81でした。
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