おにんぎょうのロンド

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/10 13:31:09 更新日時: 2008/03/18 15:18:58 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00





 Farewell to my dear sir.













【The Day-dream-Night】


 うだるような体の熱と腹の痛みで私は目を覚ました。汗が蒸発して、覚めやらぬ頭から熱を奪っていった。
 首を僅かに回転させる。部屋の薄明かりに照らされ、なみなみと水の入ったコップが透明な影を作っていた。
 遠く、さながらよく磨いた黒曜石のように室内を反射する直方体を目視した。鏡ではなく窓である。
 と言うことは今は夜なのだろう。真っ暗な、夜だ。

 重い体を起こし、水を半分ばかり飲み干すと胃の滲むような熱さが若干和らいだ。黒曜石には老いた男の姿が映った。
 痛みの再発を恐れて私は紙袋を漁り、粉薬を取り出して残りの水に溶かし、二口で飲んだ。
 子供のようだが、粉薬のままでは以前に酷くむせてしまったことがあるのだ。
 顔をしかめる。実にまずい液体だが、仕方が無いことだ。これが私の苦しみをやわらげてくれるはずなのだから。

 やや落ち着いてから時計を見ると、果たして針は午前三時をさしていた。
 私は苦笑した。私の心の中は限りなく午前三時の夜色が広がっている。
 青も赤も許さぬ真なる闇。朝はまだ遠い。


 家族は恐らく眠りに落ちている頃であろう。優しい妻、よく気がきくメイドがこの家には居る。私を含め三人家族だ。
 倅はニューヨークに引っ越した。それは構わない。一年に一度くらいしか帰ってこない。それも構わない。
 だが結婚して子も出来たというのに、生まれたばかりの頃たった一回だけしか見せに来なかったのは残念だ。
 もうこの家を出て十年余りか。孫は大きくなったことだろう。倅も孫も赤ん坊の頃からでかい奴だった。

 いつまでも夢ばかり見てちゃ、父さんみたいになっちゃうだろ。

 あいつが引っ越す前の夜に言い放った言葉がよみがえってきた。
 ニューヨークの商社に勤めて、金を沢山稼いで家族に楽な暮らしをさせたいとのこと。
 金で夢は買える。どんな遊びもできるし、どんな物も買えるし、どこにも旅行できるじゃないか。そうあいつはしつこく言っていた。
 あいつの話は論破できない。実際成功しているようだし、六十歳をとうに過ぎた私達を養う金はあいつが出してくれてるのだ。


 花の咲き乱れた絵が、貴婦人の絵が、真っ暗な夜の海の絵が私を凝視していた。全て私の描いた絵だ。

 そうさ、夢ばかり見てるからこうなる。
 私の父は貿易商で、大変儲けていたようだ。それを差し引いても私の家はかなりの良家だった。
 それを私が一代で食いつぶした。 
 資産はそこをつき、ぼろぼろの三人暮らしには広すぎる家と妻とメイド一人だけが残った。
 この家で今一番価値がある物はこの窓から見える、鄙びた風景くらいだろう。これだけはいつまでも私のものだ。

 私は画家になりたかった。実際なった。現時点、評価は皆無に等しい。
 画家になると言ったときは両親と盛大に喧嘩したものだ。そして半ば追い出される形で出て行った。
 そして絵の勉強と、売れないことの悲嘆から始めた悪い遊びと酒で、両親の遺産も資産も全部消えてしまったのだ。
 恐るべき道楽息子であった。世間の評判は最低に違いない。

 もしその落ちぶれた評判が何とかなるとしたら、恐らく私が死んでからのことだろう。
 偉大な画家も生前は全く評価されないのが普通だ。私もそうなのだ、きっと。そうでも思わないとやっていけない。
 若い頃は酒で紛らわすことができたが、こう年老いると酒の一杯すら呑めないのだ。
 バーボンのとびきりいいやつをオン・ザ・ロックで。若い頃の午前三時はいつもそうだった。若い頃の睡眠薬は酒だった。

 再び三枚の絵を眺めた。幸運にも歳にしては目は良い。
 親の多額の遺産が転がり込んで豪遊していた頃に描いた、咲き乱れる花々の絵。
 金と人間の底が見えてきた、結婚した頃に描いた婦人の絵。アレンジはあるがモデルは妻だ。
 人生の深淵に直面した頃に描いた静かな宵闇の海の絵。僅かな紫の波立ち以外は真っ黒だ。船も月光すらも無い。星は幽かに三つ。
 ぱっと見た感じではただの黒地のキャンバスと思われるかもしれない。だが私はこれが一番好きだ。
 これ以外の絵は全部燃やしてしまった。自分自身、何故そんなことをしたのだろうかとは思うが、後悔はしていない。

 これらの絵の価値を劇的に高める最後の機会は、確かに私の目前にあった。

 夢ばかり見ていれば夢の無い暮らしになる。倅は正しい。
 あいつは小さい頃、エジソンのような発明王になりたいといっていた。
 だがじきに夢から醒めたんだ。夢から醒めたから改めて夢を手に入れられる。金を稼いで、家族を作って、楽しさを買って。
 私は夢を見続けた。だからもう夢を見ることはできなかった。考えれば当然のこと。
 間もなく死神がやってくるであろうという今、人生を振り返れば大して楽しくも無い遊びをした記憶しかない。
 埃だらけの空気を袋に詰め込んだような人生だった。
 その汚らしい袋の中、家族という輝かしい小石がたった三つ転がっていて、それだけが私の救いだ。
 小石の一つはどこかに行ってしまったけど。


 腹の中に悪い腫れ物があるらしい。
 それが時々暴れだしては私を疼痛へと誘う。助けてくれるのは鎮痛剤。だがそれも最近は効き目が薄い。
 しかも幻覚を見るようになった。蛆虫の乱舞、怪物へと豹変する人、死者の具現。
 やめようにも薬が切れたら今度は溶けた鉛を腹に流し込まれたような痛みがやってくる。悪い連鎖だ。
 それでも医者によれば私は相当長持ちしている方らしい。色々とありがた迷惑である。

 大体この時間、私は気分が悪い。夜は好きだがその腫れ物が騒ぐ、自然と気も滅入る。
 午前二時から三時頃になるとそういうわけできまって目を覚ましてしまうのだ。
 やることは定まっている、薬を飲んで、それが効いてきたら寝る。一年以上そうやってきた。
 それでも苦しい場合は手元にある呼び鈴を五月蝿く鳴らせば良い。メイドが顔を真っ青にしてどたばた足音を立てて来るだろう。
 遊びなら兎も角、本来の理由では一度も使っていない。
 幸いこの時間帯は向こうも加減を知っていると見えて、一旦痛んだら落ち着いてくれるのだ。
 昼や夕方は好き放題腹の中でやってくれる、だから夜は奴も休みたいのだろう。長く付き合えば可愛くさえもある。


 実は、痛みや熱で起きてから眠るまでの時間、私は必ず幻覚を見る。
 またか、と思うことは無い。毎度毎度あるせいで便所や食事と一緒で生活パターンの中に完全に組み込まれてしまっている。
 それが始まったのは、鎮痛剤を強いものに換えて貰ってすぐの頃だったか。医者がもう幻覚を見るのかと驚いていたのを思い出す。
 私はあの日、正しくこの時間に生まれて始めての幻覚を見た。今でも鮮やかな記憶。

 それからたった一日さえも休まず、日々この時間その幻影がちらつくようになった。
 しかもその幻は日を重ねるごとに色濃く鮮明になっていく。
 更に不思議なことに、その幻覚の内容は全く最初から変化していない。
 化け物や虫に変わるほど移ろいやすくは無く、また、この幻覚が見える時間私は他の幻覚を見ることは無い。
 日中は時々ではあるが、実に不定期に多種多様なおぞましい幻覚が見えるというのに。

 毎回同じ幻覚、これの原因は医者も良く分からないらしい。この痛み止めにはそんな効果はないそうだ。
 もしかしたら反復夢と関係あるかもしれないとか言っていたが、これは現実である。

 内容はこうだ。まず私の体がランプの明かりよりもやや明るくぼんやりと光る。青っぽい蛍光。
 そしてしばらくすると胸の辺りから紫色の光の粒子のようなものが立ちのぼっていく。
 そうやって出来たもやは、天井にまで届いて今度はゆっくり部屋を旋回するのだ。
 ぐるぐると、回転は必ず反時計回り。紫のもやが部屋いっぱいに渦を巻く光景は幻想的である。
 最終的にそのもやは真ん中に収束し、ふっと煙草の煙のように消えてしまう。そんな恐怖のない、ただ美しい幻覚だ。

 本当に幻覚なのだろうか。私は今でもそれが疑問で仕方ない。
 これは幻覚ではなく誰でも見える超常現象なのではないかと疑ったこともあった。
 だが私以外には誰も見えないのだ。周囲の人間は私が虚空を見つめているように見えるらしい。
 ということは幻覚としておかないと、今度は私以外の人間が皆おかしいことになる。
 おかしいのは私一人だ、だからこれは幻覚ということになった。
 どこぞの親戚は私の体から日々悪霊が出て行ってるのだとか言っていたか。私の悪い経歴にかこつけて。
 馬鹿らしい、悪霊が私の体の中に何百体居るというのだ。それに悪霊の発光があんなに美しいわけがあるか。
 あの若い頃に見たオーロラのような煌きが。


 若い頃。思い出したその常套句が私の頭を重くした。
 私の全てはそこにあって、そこで停止している。
 懐古主義などと簡単に言えるものではない。私には若い頃しかないのだ。
 三十のはじめの頃の幸せな結婚生活。だがはじめてからすぐに酒が祟ったか厄介な病気になった。
 日常生活はさほど問題ないが、体を使う仕事はできなくなった。かといってデスクワークができるほど教養も無い。
 妻とメイドに助けられながら、生きた。もう絵を描くしかなかった。売れないのに。
 酒も飲めなくなった。友人は一気に消えていった。そもそも友人だったか怪しいが。

 お蔭様で、その頃を過ぎると私は空っぽになってしまった。退廃的にただ時を刻んで老けていっただけだ。
 それなりに知り合いはいたが、殆どは私を温かい目でみていたとは思えない。可愛そうな人という押し付けがましい視線なのだ。
 まともな職もついたことの無いこんな私は早く死ねばいいのだと誰かは思っていたに違いない。
 何より私が一番そう思っていた。妻が居なければきっと私はもっと早く。

 だが、もうこれまでだ。
 私は間もなく天に召されるだろう。そして地の底に落ちるのだ。
 妻はきっと悲しんでくれると思う。メイドも。だがそれは所詮一時的なものだ。
 私の保険金もおり、少なくとも今よりは豊かで幸せな暮らしを出来るだろう。
 なんだったら知人のジェームズと再婚してもいい。あいつは私の妻を好いてるようだし、資産家だ。幸せな老後は約束できる。
 私を嫌う息子は喜ぶだろう。孫は幼いし特にどうも思わないだろう。
 その他大勢の知人は私というものが居なくなっても特に何も変わるまい。残酷なまでに。
 私の死が誰にとっても結果がゼロ以上になるなら、文句は無い。何と幸せだろうか。
 人に迷惑ばかりかけて、死んだら喜ばれて幸せとは何と皮肉だろうか。

 一言で、本当にシンプルに言うと、私は人生に失敗したのだ。



 咳き込み、ふと顔を上げると、それは始まった。
 体がやや温かみのある淡い光に包まれた。紫色のもやが香の様に立ち上った。天井に到達し、旋回した。収束していく。
 いつものように。

 否、いつもと違ったのだ。

 私は目を疑った。部屋の中央に収束した濃密なもやは消えずに何分間も渦巻いた。
 そして掻き消えた。
 中に誰かが居た。奇妙な髪の色、奇妙な服を着た女。それもまだ少女らしき容貌。
 目を閉じたまま、優雅に礼をして、その少女は口を開いた。

「雛」

 異国の言葉だった。どこの言語だろう、此処はアメリカだ、私には分からない。

「ヒーナ?」
「雛」

 復唱すると彼女は一本指を立てて幼い子供に言葉を教える教師のようにもう一度言った。
 私はさながら生徒のように繰り返す。

「ヒナ」
「そう、雛。鍵山雛。それが私の名前」

 名前と思しき部分以外は極めて普通の英語だった。意味はよく分かる。だが存在自体がとうてい理解できない。
 一体全体この部屋に何が起こってるのか。幻覚か? それとも夢か? しかし、それにしては鮮明すぎる。

 コツリと音を立てて彼女は一歩私に近づいた。その音が私にいやになるくらい現実性を与えた。
 目はずっと閉じられたままだ。妙に愛らしい外見を持って居るがゆえに、私は余計に戦慄を覚えた。
 逃げようかとも思った。だがこちらへ歩み寄ってくる全くもって奇怪な存在は私を圧倒し、そうさせなかった。
 怯え交じりの情け無い掠れ声が出た。

「君は一体……」

 恐るべき単語が彼女の唇から零れてきた。

「チャールズ」

 私は思わず身を引いた。ベッドの横の壁に背中がぺっとりと密着した。
 得体の知れない彼女の発した名前は紛れもなく私の名前だったのだ。
 更に足音は二歩ばかり近づいた。
 焦りと恐怖でどうにかなりそうな頭を必死に鎮め、私は先ほどから頭にちらついて離れない単語をなげうった。

「君がもしかして、死神というものなのか?」
「なんですって?」

 眉を顰めて、しかし目は開けずに彼女は立ち止まった。
 私は若干の安心を感じたが、気を緩めずに次の言葉を言う。

「見ての通り、私は老いぼれだ。重い病にも罹って死期が近い。そんな私の元にそんな風に現れたら死神と思いたくもなる」
「私は死神じゃない。神様よ」
「どんな?」
「『厄』を溜め込むことのできる神様。それと死神は名ばかりで神様じゃないわ」

 また異国語が混じった

「ヤク?」
「こちらの言葉では、ミスフォーチューン。日本語は分からないのね」

 どうやら日本語だったらしい。名前は兎も角として、どうしてそんなところでわざわざ日本語を使うのか。主義なのだろうか。
 いや、そんなのは瑣末な事。それより、どうやらこの神様を名乗る娘は不幸を溜めるらしい。
 死神で無いことにほっとしたのもつかの間、不幸をどうこうすると言われては、不安感は収まるどころか悪化してきた。
 いくら死を望んでいたとはいえ、それに伴う痛みや苦しみにまでは覚悟が出来ていない。だからこそ私は今まで生きているのだ。

 数十秒の無言があった。私は老いた頭脳である程度事態を整理して、大きくため息をついた。
 見た目は少女だが紛れも無く超自然的な存在が目の前に居て、私に何か仕掛けようとしている。結論はそうなった。
 銃は向こうの棚の中にあるが、役に立たないと私は確信していた。この私では絶対に太刀打ちできないとも。
 つまりはお手上げなわけだ。諦めと疲れの皺を顔に刻んだ。

「それで結局……何をしにきたのだろうか」
「何もしない、今夜は」

 疑問を呈す言葉を発しようとしたら、彼女が手で私の発言を制止した。

「ただ、御伽噺をしてあげましょう」
「御伽噺だと?」

 彼女は口と瞼を閉じたまま首肯した。
 私はふと何かが頭に引っかかり、俯いた。もう一度顔を上げて彼女の顔をじっくりと見た。
 ああ、と言葉にならぬ声が漏れた。それはきっと意識の深いところが指示した行動で、私には自分のその行動の意義を判じかねた。
 ただ、どういうわけか妙に心が落ち着いたのは明らかだった。

「夜はまだ深くて長いわ」
「そうだな」
「だけど決して目を閉ざさぬように、まどろみに誘われぬように、夢と現を違えぬように……」

 両手を広げゆるりと回転し、舞う様にそのフレーズを少女は謳いあげた。

「一つ確認させてくれ」
「ええ、どうぞ」
「これは夢なのかい? それとも現実なのかい?」

 クスリと笑い声。彼女は身を乗り出し、私の頬を手で撫ぜた。唾も無いのに喉がごくりと鳴る。
 それは象牙のように滑らかで、月光のように温度に欠けていたが、確かな感触を持っていた。
 すぐに私から離れ、彼女は元の位置に戻った。冷たい手は腰の辺りで結ばれる。

 そのとき本当に僅か。僅かではあるが彼女の瞼が動いた。
 彼女の一ミリばかりある瞼同士の距離を凝視した。そこには暗黒が宿っていた。
 私の目には冥すぎる、さながら光の無い宇宙の空間に投げ出されたが如くの闇。
 得体の知れない感動が襲ってきた。ああ、孤独を色にしたらこのような色になるのではないか、と。
 あんな色をパレットの上で再現できたら私はその一色をキャンバスに塗りたくって完成とするだろう。
 埃にまみれていたはずの絵描きの性が、何十年ぶりに狂おしく躍動した。

「良い、白昼夢の夜を」

 語り部はそう言って、その魔性の闇を瞼の奥に隠した。


 











【Once upon a time, she said...】




 むかしむかし、フランスのパリというところにお人形が居ました。
 綺麗な服、つやつやの髪、かわいらしい顔、まるでお姫様のようなフランス人形でした。
 あるお金持ちが自分の娘に送るために、沢山お金を使って、最高の職人さんと最高の材料をそろえたのです。
 瞳には本物の宝石、それも普通の人は一生に一度見られるかという、とても珍しい宝石がはめ込まれていました。
 日のよくあたる森を映した静かな湖のような、深くて透明感のあるグリーンでした。

 夜はお人形の時間。
 私はなんて美しいのでしょう。私はなんて可愛いのでしょう。
 職人さんに命を吹き込まれたお人形は、お月様の光を浴びて何度も何度もそう思いました。
 手が付けられるたび、足が付けられるたび、服が出来るたび、お人形は喜びました。
 とてもとても贅沢につくられたお人形です。その仕事部屋にあるどの人形よりも美人で豪華でした。
 お人形は他のお人形に、椅子に、コップの紅茶に、お月様に自分の美しさを自慢しました。


 だけど悲しいことが起こります。
 実はお人形は誕生日プレゼントでした。ええ、お人形を依頼した人が、自分の娘の誕生日に贈るつもりでした。
 お人形はそれを知っていたので、初めて自分を見た女の子の驚く表情や喜ぶ顔を楽しみにしていました。
 そして服が出来上がって、お人形が間もなく完成というところでその知らせはやってきました。
 送るはずだった女の子が誕生日を前にこの世から居なくなってしまった、と。

 それからすぐに女の子のお母さんがやってきて、お人形はもういらない、全て処分は任すと職人さんに言いました。
 突然のことに職人さんは困りました。お人形は沢山のお金と時間をかけて作ったものなのですから。
 だけど疲れたようにお母さんは言いました。子供の無い我が家に、人形を置くなんて辛すぎる。
 お金も宝石も返さなくていい、あの子のことを思い出してしまって胸が辛くなるから、と。
 そのままお母さんは出ていって、二度とお店に来ることはありませんでした。

 その翌日にお人形は完成しました。パリで最も美しい人形だと、惚れ惚れとした様子で職人さんは言いました。
 でもお人形は不安でした。自分の行くべき場所を失ってしまったのですから。
 お人形は結局、お店に飾られることになりました。
 どんなにお洒落なパリの紳士も淑女も、思わずお店の前で足を止めてしまうようになりました。
 沢山の人がこの人形を売ってくれと言ってきます。だけど職人さんは決して売りませんでした。
 彼もまた、このお人形が大好きだったのです。


 それからショーケースの中で何年も何年もお人形は人目を引いて美しくあり続けました。それがお人形の誇りです。
 だけど職人さんは人間で、しかもお爺さんでした。
 お人形は変わらないままでもお爺さんは年を取っていきます。
 そしてある日、お爺さんもまた、この世から居なくなってしまいました。

 お店は無くなることになり、お人形は今度こそ本当に居場所を失ってしまいました。
 捨てられてしまったら、乱暴に扱われて壊れてしまったら、暗いケースの中にずっと閉じ込められてしまったらどうしよう。
 どうであれ、もしも私が美しく在ることができないようになったら、きっと心がつぶれて死んでしまう。
 お人形は心配で仕方なくなりました。でも涙は出ません、お人形ですから。
 何時もよりもちょっとだけ俯いて、パリの赤い夕陽の中、お人形は憂鬱な時間を刻みました。

 だけどお人形は捨てられもせず、壊されもせず、片付けられさえもしませんでした。
 職人さんの家族は誰もお人形について詳しくありませんでしたし、お人形にも興味はありませんでした。
 だからお人形を売り払うことにしたのです。
 幸いお人形を欲しがる人は沢山居て、一番高い値段をつけた人にお人形は売られました。
 家族はとても沢山のお金を手に入れて喜びました。お人形も自分の輝ける場がまた用意されると喜びました。
 お人形を手に入れた人は? それはもう大喜びでした。
 そうして皆がずっと幸せ……

 ……だったらよかったのですが。

 お人形は海を渡って、イタリアという国にあるお屋敷に飾られました。ベッドの傍です。
 ベッドには痩せて具合の悪そうな女の子が寝ていました。
 お人形は病気の娘さんを励ますために、お父さんが大金を払って買ったものだったのです。
 それではなぜこの人形なのかというと、以前パリに旅行したときこのお人形を見て、どうしても娘さんが欲しがったからです。
 そのときは職人さんも居ましたから、売ってくれるよう交渉して断られたのでしょう。
 その一度は諦めたお人形が目の前にある。だから娘さんは苦しそうな顔でしたがとても嬉しく思っていたでしょう。

 毎日毎日お人形は娘さんに綺麗だといわれました。丁寧に手入れもされました。いっぱいお話もされました。
 お人形は昼も夜も娘さんの傍で相手をしていましたが、不満は感じませんでした。
 病気がよくなったら一緒にピクニックに行きましょう。あの森にはそれは綺麗な木の実がなるのよ。娘さんは何度もそういいます。
 お人形は日に当たると服や肌や髪が痛んでしまうのではないかとそればかり心配してました。

 お人形が来て数ヵ月後の少し寒い朝、娘さんは冷たくなっていました。
 お人形は家族のみんながベッドの傍に集まって騒ぐせいで、埃がたっていけないと思いました。
 この私の綺麗な服や瞳が埃を被ってしまったらどうするの、と。
 お人形は美しさを保つことだけしか考えていませんでした。だってそれしかお人形には無かったのですから。
 可愛がってくれていた人が動かなくなったことは、なんとも思いませんでした。
 次の人がまた私を可愛がってくれればいいとさえ考えていました。

 お人形は自分では気づいていなかったけれど空っぽだったのです。外だけ綺麗に整えられた、がらんどう。
 熱い鼓動も、悲しみの胸の痛みも、心の無い人形は全く知りませんでした。
 自分が褒められて嬉しいだけ、そうじゃないと困るだけ。自分が美しく在ることばかり考えて。
 お人形は多分、大事に作られすぎたのだと思います。お店ではずっと飾られてばかりで人とも触れ合いませんでしたし……。


 さあ、おかしなことが起こり始めたのはここからです。
 お人形は再び売り払われました。娘さんはもういませんし、お人形も仕方ないと思っていました。
 流石立派な人形なだけあってお金持ちがこぞってお金を出します。あっという間に買い手は決まりました。
 お人形は再び海を渡り今度はイギリスというところに行きます。
 買ってくれた男の人の家族で、一番年下の女の子のものになりました。

 始めの一ヶ月は特に何もありませんでした。
 すこし私の扱いが乱暴かしらとお人形は思っていましたが、それだけです。
 だけど二ヶ月目あたりから家族がおかしくなってきました。みんなが怯えているように見えるのです。
 お人形を遠ざけるようになりましたし、ちょっとした物音でも恐れるようになったのです。
 三ヶ月目、このお屋敷には猫がそれはそれは沢山いたのですが、その一匹が流産してしまいました。
 その数日後、親の猫も衰弱して、動かなくなってしまいました。
 お人形は知っています。このお屋敷に来たころからあの猫は調子が悪そうだったことを。
 やっぱり無理だったわね、とお人形は冷静です。でも家族は真っ青になりました。
 そして口々にこういいました。


「呪いだ」と。


 その意味がよく分からないままお人形は売られました。 
 やはり買い手には困りません。今度はオランダへと、人形は三度海を渡りました。
 そこの家族も同じようなことが起こったのです。
 家に来て一ヶ月ほど経つと家族の人たちが妙に神経質になって、何事にもびくびく怯え始めました。
 今度は二ヶ月で売り払われることになりました。家族の誰かが物音に驚いて滑って転んで、足を折ってしまったそうなのです。
 また買い手がつきます。海を渡って別の国の別の家へ。だけどそこも長くは居られず、また売られ……。

 何度も何度も海を渡り、ありとあらゆる国のいろんな町にお人形はいきました。
 だけど何処にも居場所は無いのです。すぐまた遠くの国へ。
 まるで流刑に処せられたようだわ、と思いました。

 十ほど海を渡った頃でしょうか、お人形は薄々気がついてきました。
 何故家族の皆がある日を境に怯えだして、不幸が起こり、彼女を売り払うのかが。
 お人形は職人さんが人形について精通した人だったので、こんな話を聞き知っていました。



 呪いの人形というものは普通、それ自体に特別な素材を使うわけでない。怪しげな血やら骨やらを使えばいいというのも概ね眉唾だ。
 ならばその人形を使って呪う儀式になにか魔法があるのかといえば、そういうわけでもない。
 だけどこういった呪いはあながち迷信でもない。もし効果が無いならばそのような風習が残るはず無いだろう。効果はあるのだ。
 ではただの道具とただの人が、どうして人形を使えば誰かを呪えるのだろう?

 答えは簡単だ。そこには『悪意』がある。
 呪いのかけられた人形は、大抵呪いたい人間の名前と、おぞましい汚れや傷を持っている。
 それをもし当人が見たら、或いは噂で聞いたらどうなるか。誰かがここまでして自分を傷つけたいと思っているのだと怯えるだろう。
 もしこのご飯に毒が盛られていたら……夜道であの影から刃物をもった人間が現れたら……とね。
 しかも人の形をしているというのは、より相手にショックを与えやすい。
 いくら布と綿や或いは藁で出来ていても、人の形のものに穴があいていたり切断されていたりするとぞっとするものだ。
 東洋の言葉では疑心暗鬼を生ずというらしい。呪われた人間は、誰かからの悪意に恐れ、やることなすこと気が滅入り不安になる。
 自然と何もかも悪く考えるようになり、疑り深くて意地の悪い人間になる。そんな人間に幸せは見えない。

 そしていつか、何かしら不幸が起こったとき、それの捌け口にする対象が居ないから、人はその人形に呪われたというしかない。
 そう、人形はあくまで媒介に過ぎないのだが、そうやって呪いの人形は出来るのだ。
 人の悪意の情報が呪いという毒になって、幸福をかき消し、不幸を何倍にも増幅してしまう。

 ただ、まだ続きがある。
 もしこのように人形が何度も人の悪意を介し続けたらどうなるだろうか。

 これはあくまでも仮説だが……。
 そうやって何度も人の悪意に染まることによって本当に呪いの人形が出来てしまうのだ。忌むべき魔性の人形が。
 世に聞く髪の伸びる人形や血涙を流す人形もこれで説明がつく。
 実際そういう人形の多くは不幸が起こって気味悪がれ、何度も飾られる場所を変えたという過去があるという……。



 お人形には心当たりがありました。
 最初送られる予定だった女の子が、次に職人さんが、その次に送られた家の娘さんが、その次の家の猫が……。
 最初の女の子はお人形が出来上がる前でしたし、呪いとはまったく関係ありません。
 次の職人さんは、そもそも何年も一緒でしたし、お爺さんだったことを考えると遅かれ早かれ自然でしょう。
 その次は、相当なお金をかけてでも励ましたくなるほど、重病にかかって切羽詰った状態だったと考えると、これも説明がつきます。

 しかし、もしそれが、ただお人形に関わった三人があの世に行ったとだけ伝えられたら、どうなるでしょう。

 そうだとすると、あの猫の家のことも説明がつきます。
 あれだけ猫が沢山居れば猫が生まれるのも死ぬのもよくあることです。数ヶ月に一度くらいは何かあるでしょう。
 いいえ、猫だけではなくそもそも何ヶ月も家族の誰一人にも不幸なことが起こらないなんて不自然な家があるでしょうか。

 だけどきっと不幸が起こると考えているところでああなってしまうと、それは話が違います。
 やはり呪いだったんだと思っても不思議ではありません。
 そして売られて、さらに別の家へ。売るときは誰もそんな曰くつきのものとは言いません。売れなくなってしまいます。
 しかし売られてしばらくすると、何処からか噂が入ってもおかしくはありません。
 それもとびっきり話に尾ひれがついた噂を。
 そしてそれが不安を駆り立て不幸を呼び込むのです。

 
 お人形は更にあちこちへと海を渡り、話を聴いて、その考えが正しいことを確信しました。
 いつの間にか噂の上では、お人形は関わった人間を、ことごとく死に至らしめる忌まわしい人形ということになっていたのです。
 それも迂闊に壊そうとすれば、末代まで祟るだろうという、わけの分からない作り話までついて。

 お人形は自分が空っぽの存在であることに、この頃ようやく気がつきました。
 なぜならその空っぽの体の中に、なみなみと人間の悪意が溜まっていくのを感じたからです。

 そしてお人形はある言葉を聴いたとき、本物の呪いの人形になってしまいました。

 家族の誰かが怪我をしたということで、お人形はまた売られることになりました。
 やはり買い手はすぐにつきます。契約の後、一旦家に帰ってからお人形は箱に入れられました。
 そのとき、お人形を売った男が言ったのです。


「僕達だけが不幸なんてずるいじゃないか……」


 口を三日月の形に開いた、男の恐ろしい笑顔が、お人形の冷たい宝石の瞳に映りこみました。
 男は「どうか悪運を」と語りかけ、箱の蓋をそっととじました。
 幸運ならぬ悪運を託され、お人形は真っ暗箱の中。
 闇の中に、ぼんやりと『不幸』がぼんやりと浮いているのが見えました。お人形が手に入れた不思議な力でした。

 お人形はその言葉で知ってしまったのです。不幸を味わった人は、せめて他の誰かを不幸にして釣り合いを取ろうとする。
 悪意を渡されたならば悪意を誰かになすり付けようとする。そう、それは伝染し、感染し、蔓延するのだ、と。
 もしかしたら今まで私を売ってきた人間も同じようなことを考えていたのかもしれない。

 ああ、ついに私は、誰かを不幸にしろといわれてしまった。
 これじゃ、もう、本当に呪いの人形じゃないの……。

 悪意で、空っぽだった体が満たされたからでしょうか。皮肉にもお人形は心らしき物を持ちはじめました。
 今までお人形は殆ど道具と同じで、動くこともできないし、自分の使命である美しさの維持以外考えられない単純な存在だったのに。
 そんなお人形が生まれて初めて、自分に関係ない他人のことを思って胸が痛みました。悲しくて辛くて泣きたくなりました。
 でも泣けません。お人形ですから。


 お人形は更にあちこちへと為されるがまま運ばれていきます。
 完全に呪いの人形へと成り果てたお人形は、ただ静かに自分の起こす運命を見つめていました。
 たった数日可愛がられ、急に怯えられ、誰かが傷ついて、またどこかへ。
 それを繰り返すたびお人形はどんどん忌まわしい呪いの力を強くしていきました。
 いくら自分の中に不幸を閉じ込めようとしても、そばに居る人を不幸にすることはとめられませんでした。

 一番ひどかったときは、預けられたところの家族を一人だけ残して、みんな事故で死なせてしまいました。
 子供が幼かったせいで飾られたお人形を何度も倒してしまい、それにお人形は怒りました。それがきっかけ。
 別に呪い殺そうとしたわけではないのです。ただお仕置きにこの力を利用してほんのちょっとだけ不幸にしてしまえと思っただけで。
 でもお人形は歯止めが利かず、今まで溜めてきたありったけの不幸を家族にぶつけてしまいました。
 不幸を溜め込むことは上手にできるようになりましたが、吐き出すことは苦手だったのです。
 家族でお婆さんだけが、そのとき丁度家に居ませんでした。
 その数日後、旅行に出かけたお婆さん以外の家族は、誰一人帰ってきませんでした。
 一人になってしまったお婆さんも落ち込んですぐに亡くなってしまい、遠い親戚がお人形を引き取りました。
 そうしてまた、お人形は海と家族をわたることになりました。

 お人形はますます人の悪意を吹き込まれていきます。
 だんだん考えに幅が出来て、感情が強くなって、意思が生まれました。目の前のことを傍観するだけの人形とはもう違います。
 出来上がってきた心は体中に神経を張り巡らし、お人形は動けるようにさえなりました。
 独りでに動き、物を考える呪いの人形。果たしてそれは道具といってもいいのかしら?
 そんな人間と同じくらい複雑な考えも持つようになりました。

 ……人を不幸にするという、彼女の生き方は何一つ変わらなかったのですけど。 
 お人形はそのたび憂鬱な気分になります。
 いっそ道具のままだったらそんな感情抱かないですんだのに。こんな暮らしが何時まで続くのだろう。
 何十年もお人形はそう思いながら、旅を続けました。



 だけど突然お人形の旅は終わりました。
 そのときの、最後のお人形のご主人様の話をしましょうか。

 箱が開封されたとき、お人形の目の前には男の子が居ました。
 男の子は十歳くらいでしょうか。目をまん丸に開いてキラキラ光らせ、お人形を見つめています。
 その傍にはお人形を買った男の人が居ました。

「すごく綺麗だね、お父さん」
「ああ」
「どこ? どこで買ったの?」
「遠いところだよ」
「ふーん……」

 どうやら男の人はこの子のお父さんのようです。何だか素っ気無い人ねと思いました。
 お人形は誕生日プレゼントとして贈られたのでした。ただし、男の子へ。

 お人形は複雑な気分でした。男の子はお人形のことを綺麗だと褒めてくれます。それは嬉しいこと。
 だけど心配なこともありました。もし贈られたのが女の子なら、お人形を飾ったり服をかえたりするくらいでしょう。
 それでは男の子はどう私を扱うのかしら。もしかしたら私に悪戯をしたり、乱暴に扱って壊したりしないかしら……。

 お人形は自分が男の子に弄ばれて傷ついた時のことを考え、ぞっとしました。
 お人形の自慢はその美しさ。いくら心を持ったとしても元々がお人形だからでしょうか、必ずそれが先に思い浮かびます。
 その次にこの男の子も不幸にするのねと思い、諦めたようなため息をつきました。嫌な慣れです。

 そうしてお人形は男の子の物になりました。
 男の子は喜んで駆け足でお人形を自分の部屋にもって行きます。お人形はもっと優しく運びなさいと気が気ではありません。
 お人形は薄っぺらい板の台座を用意され、その上に着地しました。
 ザラザラの木の板です。硝子ケースとカーペット以外を知らないお人形は気づかれないように眉をしかめました。
 本当にいい加減に扱われるのではという不安がますます大きくなりました。

 でも数日経つと要らぬ心配だったと分かりました。男の子はとてもお人形を大切にしてくれたのです。
 いつもお人形の美しさを褒めてくれて、お人形は安心すると共に嬉しく思いました。


 この家は大変立派で、沢山のお手伝いさんに囲まれ、男の子とお父さんが暮らしていました。
 でもそれは果たして幸せだったかというと、そうでもなさそうでした。

 毎日男の子はお人形に話しかけてきます。
 お母さんが居ないこと。お父さんは貿易商で月に一度くらいしか家に帰らないこと。
 立派な大人になれるよう家庭教師を付けられたけれど、難しくてなかなかついていけないこと。
 あまり外に出るのが許されないので友達が少ないこと。昔お父さんに美術館に連れて行かれたときとても楽しかったこと。
 それから絵が好きになったこと。たまに絵を描いてみるようになったこと。
 でもお父さんに絵が描けるのは一部の天才だけでお前には無理だといわれて悲しかったこと。
 話し相手が居ない男の子は、そんなことを沢山お人形に教えました。お人形は何も答えることは出来ませんけど。
 お父さんは立派だけど厳しい人で、この子はこの子なりに苦労していたようです。愛に飢えていたのかもしれません。


 この家は今まで訪れたどの家とも違うとお人形は思いました。
 お人形はいつだって飾って鑑賞するための道具でした。だけど此処ではお喋りの相手、まるで人のように扱われたから。
 手入れが疎かなことが少しお人形は不満でしたが、これはこれで悪く無い気もしていました。
 お人形はいつの間にか、かなり人間らしくなっていたのです。昔だったら不満しか感じなかったでしょう。
 そのうち何かの本で見たのかちゃんと手入れをしてくれるようになって、もうなんの心配もなくなりました。

 他の家と違ったことはもう一つあります。

 ある日、この家にもそれはやってきました。ええ勿論、お人形が沢山人を殺した呪いの人形という噂です。
 このときはもう噂ではなかったかもしれませんね、事実になった部分が沢山ありました。
 お父さんはそのときやはり仕事で外国に行っていました。その行き先で噂を耳にしたのか家に手紙を送りました。
 お前の可愛がってる人形は酷い曰くつきの人形だ、クレームをつけて返品するから触れないように、と。
 まさにお人形の目の前でその手紙は男の子によって読み上げられました。
 更に付け加えて、噂交じりのお人形の経歴がずらずらと書かれていました。

 お人形はこれまで何回も人を呪ったせいで知っています。この噂の到来、これこそが呪いの引き金なのです。
 他人の無遠慮な悪意を所有者が知った瞬間からお人形の呪いは発動し始める。不幸がやってくる。
 他の呪いの人形と一緒です。

 手紙を持ってきたメイドは言いました。

「坊ちゃま、危ないので私がお片づけしましょう」

 お人形は分からない程度に伏目になりました。
 この家の暮らしは特別大きな喜びも無かったけど、何故かお人形は今までで一番心地よかったと感じていたのです。
 これですぐに悪いことが起きてこの家を離れるのでしょう。できればこの穏やかな時間がもうしばらく続いて欲しかった……。
 絨毯に水をこぼしたように、お人形の心に冷たさがしみこんできました。

「いやだ」

 お人形は男の子の声に思わず声を漏らしそうなほど驚きました。
 いえ、本当に驚いたのはそれからです。
 男の子はメイドから隠すように、お人形を優しく抱きこんだのです。思わず目を大きく開けて呆然としてしまいました。

「坊ちゃま……」
「これは僕のだ。絶対返すもんか」
「しかしとても怖いことがいっぱい書かれて居ますよ、何でもそのお人形は……」

 男の子の腕に力がこもりました。顔がくしゃりと歪みます。

「お人形なんて、居ない」

 少し震えた押し殺されたような声に、お人形もメイドも困惑しました。

「お言葉ですが、坊ちゃまが抱いておられるのは」
「僕の友達だ、一番大切な友達だ」
「しかし……」
「友達は僕を不幸になんかしないよ。だから僕は友達を不幸にさせやしない、手放したりしない」

 お人形は気づきました。男の子は寂しさから、人形を友達として見ていてくれたということに。
 男の子にとってお人形は、友達のような人形ではなく、人形の形をした友達だったんです。
 そんなこと今まで無かったのに。私は飾ったり着せ替えたりして楽しむ、ただの道具だったのに。
 お人形の額に大粒の雫が落ちました。男の子の涙でした。

「……友達は守らなきゃいけないから、だから、返すもんか」

 男の子は嗚咽を漏らし始めました。メイドもそこまで言われては片付けるわけにはいかなくなってしまいました。
 そうしてお人形は小さな勇者に守られたのです。少なくともお人形はそう思いました。
 胸が熱くなりました。涙が出そうな気がしました。


 それで結局何が他の家と違ったのかって?
 これは単純だけど重要なこと。なんと、その家では何も不幸が起きなかったのです。
 お人形は勘違いしていたのです。呪いのきっかけは、噂の到来ではなく、それによって持ち主が怯えることでした。
 いつも持ち主は噂を聞くや否やお人形を恐れ始めていたので、その区別がつかなかったのです。
 確かに呪いの人形も、あの職人さんの話をもとにすれば、本人がどうとも思わなければ不幸になるわけがありませんよね。
 そもそも世の中で幸せそうな人は、不幸というものを信じない楽天的な人に多いのです。
 男の子が幼く純粋だったことや、他の家族がいつも家に居ないのも幸いしたのかもしれません。

 男の子は勇敢でした。二ヵ月後、お父さんが帰ってきましたがそのときも守り抜きました。
 僕はもう何十日も一緒に居るけど全然不幸にならない、だからそんな噂は嘘だと強く主張しました。
 お父さんもお人形の返品ができなかったのか、男の子の必死さに折れたのか、一通り話した後に諦めました。
 孤独で寂しい、或いは既に不幸な家庭だったからこそかもしれませんが、お人形はもう新たな不幸を運びませんでした。

 お人形は男の子をどれほど頼もしく思ったことでしょうか。どれほど心が温かくなったでしょうか。
 どれほど救われたでしょうか。どれほどそれを伝えられないことを恨んだでしょうか。
 伝えたらきっと壊れてしまうのです。お人形は動かないし喋らない物ですから。
 だからずっとお人形はお人形のままでいました。



 また別のある日、男の子は嬉しそうな顔で何か台のついた箱のような物を持ってきました。
 いつもの場所で待っていたお人形は、一体何かしらと思います。
 秤みたいに見えましたが目盛りがありません。代わりに側面には緻密な木の彫刻が彫ってありました。

「面白い物があるんだ」

 男の子はお人形に話しかけながらポケットを探り、蝶のような形の金具を取り出しました。
 それを箱につけて……ぜんまいを巻いているようです。キリリ、キリリと二人だけの部屋に音が響きます。
 男の子は「よし」といって、その上に台がついたような箱をお人形の目の前に置きました。

 ピン……ピピピン……ピン、ピン……
 薄い金属をはじくような音が聞こえてきます。

「オルゴールという機械だよ」

 オルゴール。お人形は今まで富豪の家を渡ってきたのでそれはよく知っていました。
 安易で単調な、だけど妙に心の休まる音楽を奏でる機械。
 そういった家で聴いたオルゴールは高名なクラシックを紡ぎだしていました。

 何という曲だろうとお人形は思いました。三拍子で楽しいような、でもどこか悲しいような不思議な曲調。
 この曲は輪舞曲、ロンド形式の曲。わかったのはそれだけでした。
 暖かい日差しの中でのまどろみのような、ゆったりとして何だか好きになれそうな曲です。
 巻き切ったぜんまいがきれるまで二人は無言で聞いていました。

 そういえばあの上についている台座は何なのかしらと思った瞬間、お人形はひょいと持ち上げられ、その上におかれました。
 お人形の立つ場所を調整しているようです。近づいた男の子の真剣な瞳の中に自分の姿が見えました。
 ちょうど真ん中に立ったのを確認して、男の子は台座を揺らさないよう慎重にぜんまいをキリキリ巻きました。
 何が起こるのだろうとお人形はそわそわします。

 止まっていた曲が再び始まりました。
 するとどうでしょう、お人形の乗った台が、くるり、くるりと回り始めたのです。
 お人形はゆっくりと時計回りに旋回して、それはそれは優雅なダンスでした。
 しばらくして静々とお人形の輪舞は止まりました。お人形はちょうど男の子の正面で上手く踊り終えました。

 男の子は笑ってくれました。そして踊りを褒めてくれました。
 初めてのダンスで浮き立っていたお人形の心は一旦静まり、そして温泉が湧くように暖かさが広がりました。
 待ちきれないという風に、またぜんまいが巻かれます。

 巻きながら男の子はお人形にダンスを申し込みました。驚きで声が出そうになったのをこらえます。
 三度目の機械が奏でる音色。
 お人形はまず二周一人でダンスしました。そして三周目、男の子が軽く礼をしてお人形の小さい手をとりました。
 人差し指と親指で優しく手をとられて、お人形はドキドキしました。壊れないよう、ゆっくり手を顔くらいまで持ち上げられます。
 男の子はお人形と手を繋ぎ、回転にあわせて自分の手首を捻りました。
 まるでダンスで男の人が手をとって女の人をスピンさせるように。

 二人でできる踊りはそれだけでした。だけどそれで十分でした。
 少なくともお人形は心のつながりを感じていました。繋いだ手はとても暖かかったのです。
 お人形は切ないような不思議な気分になって、思わず繋いだ手に力をこめてしまいました。
 気づいたのか分かりませんが、男の子の指もかたくお人形の手を握ってくれました。
 ロンドが急速にテンポを落とし、お人形の回転が止まります。踊りの終わり。
 男の子はさも貴婦人を扱うようにうやうやしく礼をしました。

 手が離されました。お人形の小さい手にはそれでもまだ優しい温もりが残っています。
 また踊ろうと男の子は笑いながら言ってくれました。お人形は何もできないけれど、喜んで、と心の中で言いました。
 ダンスは毎日のようにありました、一人だったり、二人だったり。オルゴールの上はお人形の定位置になりました。
 真夜中になって、みんなが寝静まってしまうとこっそり動き出して踊りの練習をするようになりました。
 次はもっとうまくやって、もっと喜んでもらうために。

 お人形は踊っているときだけ自分がお人形ではなく人になれる気がして、踊るのが好きになりました。
 上手に踊ったら男の子が褒めてくれて、笑ってくれて、もっともっと踊るのが好きになりました。
 そして何より、お人形は男の子が大好きになっていました。




 ……それは突然、本当に突然のことだったんです。

 一年、二年と時間が流れました。
 お人形は変わらないものの、男の子は背も大きくなって、少しずつ大人になりはじめました。
 それでも男の子は毎日お人形に笑いかけてくれました。たまに友達を連れてきて、お人形を自慢してくれるようになりました。
 さすがに毎日はありませんが、時々行われる二人だけの舞踏会は、今までで一番心地よい時間でした。
 大切な人が傍に居てくれて、自分と心を通わせてくれる。なんて素晴らしいことでしょう。

 男の子は絵が好きだといいましたね。勉強で使ったノートの切れ端の落書きに、偶にお人形が居ました。
 お人形はこっそり、床に落ちて忘れられたそれを、オルゴールの下に隠して誰も居ないとき見ていました。
 こっそりそうやって練習しているおかげで、男の子の絵はとても上手になっていきました。
 お人形の絵が段々上手くなっていくのを見て、お人形自身も嬉しく思っていました。

「いつか、こんな大きい額縁に入った君の絵を書けたらいいな」

 男の子は色鉛筆で絵を描きながら、お人形にそういってくれました。
 その『いつか』とは一体いつごろなのか、お人形はよく分かりませんが、とても楽しみにしていました。
 男の子とは上手くやっていける、きっと何年たってもこのままずっと一緒に居られるだろう。
 そうしていつか私の絵を書き上げてくれるのだ。お人形はそう信じていました。

 その夜、オルゴールの前にはこれまでで一番綺麗なお人形の絵がありました。
 ベッドの上で疲れて眠りこけている男の子の布団を、お人形はそっと直してあげました。
 それとお礼のキスを頬に、おやすみなさいと添えて。


 しかしそんな生活は前触れ無く終わってしまいました。
 此処にやってきてから三年目になろうとした頃のことです。
 ある日を境にお人形の世界から暖かい光が失われ、真っ暗な夜がやってきたのです。
 本当に真っ暗な夜です。いつになったら次の朝が訪れるかわからないくらい……。

 その日、お人形は大きな倉庫の屋根裏にオルゴールと共に運ばれ、置かれました。
 お人形の大好きな男の子の手によってです。
 そのまま男の子はお人形とオルゴールを置いて倉庫から出て行ってしまいました。

 どこかにつれていってもらえるのかと思っていたお人形はわけが分からなくなりました。
 男の子は何か用事でもあってちょっと出て行っただけだろう。お人形は男の子が戻ってくるのを待ちました。
 だけど一日たっても、一週間たっても、一ヶ月経っても、倉庫に光がやってくることはありませんでした。
 大きく重い扉は固く閉じられ、倉庫の中は時間と埃だけが積もって溜まるばかりでした。

 お人形は……男の子が大好きでしたから……しばらくの間、ずっと男の子に何か悪いことがあったのではと思い続けました。
 まさか自分の不幸がうっかり降りかかってしまったのでは、とさえ考えました。
 不安でたまらなくなって扉を開けようとしましたが、開きません。声だって届かないでしょう。そもそも聞かせるわけにはいきません。
 お人形はできるだけ頭を捻って、ありとあらゆる脱出法を考えました。
 棚を上ったり、壁の隙間を潜ろうとしたり。綺麗に整えられたリボンは解け、ドレスは破れました。
 それでもお人形は諦めませんでした。ずっと、ずっと、どれだけ汚くなっても努力しました。
 お人形はもうただの道具であった昔とは違うのです。
 自分の美しさなんかより、もっと守らなきゃいけないものがある。それに気づいたから。


 二ヶ月経ちました、三ヶ月四ヶ月五ヶ月、半年が経ちました……。
 お人形は必死に脱出を試みましたが、まだ出られません。誰かがこの暗闇に訪れてくれることもありません。
 それでもお人形は疲れを知らない体ですし、心が続く限り動き続けます。
 そして一年が経ちました。二年三年四年……五年もの月日が流れました。
 お人形の夜は明けるどころか、ますます深まるばかりでした。
 気づかぬうちに、自分の心の中にまで闇が沁みこんでいました。

 私はあの子にとって、使い捨てのおもちゃだったのかしら。

 飽きられて、捨てられて……忘れられてしまったのかしら。

 お人形はただのお人形のように、身じろぎひとつせず、そう思いました。
 少し気を抜けば泉のように哀しさが湧いてきます。もう疲れきってしまいました、考えないようにするのも。
 昔はそんなこと、ちょっと考えただけで泡のように消えてしまっていたのに。

 何年もの孤独を身にまとったお人形は、最早動きませんでした。壊れて動けなくなった、というわけではありません。
 元が大変上等な人形だったせいか、アンティークとは思えないほど体は丈夫で、まだまだ動けるはずでした。
 つまり、お人形は自ら動こうとしなかったのです。

 なぜならお人形は……外に出るのが怖くなったのでした。
 外に出れば誰かがいるでしょう。成長した男の子もいるかもしれません。
 そこでもし、自分のことを捨てたとはっきり言われてしまったら、忘れられていたなら。
 それはお人形にとって何よりも恐ろしい猛毒でしょう。あっという間に心を壊してしまうに違いありません。

 お人形はそれくらいなら外に出ず、わからないままでいればいいと思いました。
 だから、動かない。時を止めた世界の中で、自分もまたその一部になっていました。
 外に出て、今までのきれいな思い出も何もかもを壊してしまうくらいなら、いっそこのままで、と。
 何もわからないことはある意味幸せなことです。

 もし出るときは……ここを出るときは、あの男の子の手でなければならないのです。
 いつか明るい光とともに私を牢獄から救い出してくれるであろう暖かい手。
 そして私を置き去りにした理由を教えてくれて、私は安心して、またあの楽しかった生活がはじまる。
 思い出が帰ってくる。

 いつやってくるかわからないそのときは、きっと笑顔でいようと、お人形はいつもいつも笑顔を作って待っていました……。
 そう、暗闇の中、彼がいつ来てもいいように、何年もずっと……微笑み続けて……哀しくても……。

 ……。

 お人形はまだ諦めていませんでした。心は弱まっていきましたが死んではいないのです。
 動かないのは彼を待つため。いつかやってくる再会の日をただ待ち望むため。
 真っ暗な未来の幽かな明かり、それだけを信じてお人形は暗い世界の中でしゃんと立っていました。


 ところで、お人形は動かないといいましたが、全くと言うわけではなく、実は一日にたった数分だけ動きます。
 お人形は倉庫に入れられたばかりのころ、懐中時計を見つけました。
 今も時々ぜんまいを巻けば動いてくれる、よくできた時計。
 その時計が短針が三、長針が十二をさすとき、お人形は動き始めるのです。
 金属が、ひやりと夜気に冷えた午前三時を見計らって。
 その時間は昔、誰もが寝静まった夜にこっそりとお人形が踊りの練習をしていた時間でした。


 三時になると、お人形はオルゴールの台座の真ん中に移動します。
 オルゴールのぜんまいは、巻きません。ぜんまいを巻けばあの回転が生まれてしまう。
 時計回りの回転。時の流れに沿った回転。昔と違ってお人形はそれが嫌いでした。

 オルゴールの上、いつもの微笑を少し翳らせて、お人形は思います。
 この世界は時間が停止している。あの日から何一つ、残酷なまでに変わっていない。
 私の心もまた、時間の流れから切り離され、思い出に置き去りにされてしまった。外の世界はいろいろと変わったでしょうに、と。

 日々時計回りに動いて、美しい音を奏でていたオルゴールのステージが停止して、もう何年でしょう。
 このオルゴールが使われなくなったときから、時間が止まってしまっているのです。お人形も。
 楽しい時間はあっという間に時計回りで過ぎて、そして停滞してしまった。
 お人形は無情な時の流れをオルゴールに見ていました。

 だからぜんまいは巻かない。これ以上時を進めないで欲しかったから。
 あのロンドはお人形の心に鮮明に封じ込められていて、音を聞く必要はありません。
 むしろ今、ぜんまいを巻いて煤けた音が出ようものなら幻滅してしまうかもしれない。
 お人形にとって世界で一番大好きで美しい音楽は、お人形自身の中にありました。


 お人形は目を閉じて、淀んでしまった大気の流れを感じました。
 ひんやりと冷たい午前三時。時がしんしんと降り積もり、朽ちていく道具たちのざわめき。
 或いはこれはレクイエムなのかもしれない、とお人形は思いました。
 さよならしていく、思い出が染み付いた過去の道具たちへ。さよなら、さよなら。

 目を開けると紫色の霧が見えました。お人形自身の不幸が立ち上っていたのでした。
 静かな薪の炎のように揺らめき、お人形を包み込みます。
 私は待つことができて、待つ人がいて、幸せよ。お人形がそう思うと、いっそう紫の火は渦を巻きます。
 来ないとわかってる人を待つなんて……暗闇から声がしました。きっと空耳だと思いました。
 
 これは祈りの儀式でした。午前三時、昔と同じで一日も欠かさず踊りの練習をすること。
 それがせめてもの、お人形の誠意でした。どこかできっと見ていてくださる幸運の女神への願いごと。
 私にぬくもりを与えてくれた、大切な人へ。貴方が仮に私を忘れてしまっても、私は貴方を想い続けます。
 その証明に、今日も貴方のために踊ります。だから、いつか、きっと、お願い……。
 お人形は聖母像のように胸で手を組んで、想いよ届け、と暫し目を閉じます。


 ……前奏が、お人形の体の中からあのロンドの前奏が聞こえてきました。
 お人形は組んだ手を離し、目の前に立派な紳士がいるように凛として虚空を見据えました。
 前奏が終わる一小節前、いつかまた踊ることのできる男の子を想像しながら、お人形はパートナーを求めて手を伸ばしました。
 お人形の手の中には、今日も何もありません。

 さあ、踊りましょう。愉快で孤独なお人形のロンド。
 薄い金属の台座を軽くトントンとリズムを取ってお人形は流れるように踊り始めました。
 昔のようなオルゴールの回転に任せた踊りとはもう違います。
 長い暗闇の中で見つけ出してきた、自分だけのステップ。お人形だけのダンス。
 時に激しく時に穏やかに、そして優雅にお人形はステージいっぱいを使って踊ります。
 舞踏会で踊れば、そこにいる人すべてを魅了してしまうほどの素晴らしさ。残念なのはパートナーがいないこと。

 お人形はこのダンスにルールを持っていました。左回りということ。
 ステージを反時計回りにお人形は回転して、自らも反時計回りに回転して、素敵な舞をするのです。
 時の流れが止まってしまったこの世界で、時計と逆向きに踊ればあの頃の時間が戻るのではないかと、淡い願いを抱いて。
 ああ、とまってしまった時間が戻って、あの頃の幸せが戻ってこればいいのに。
 何もかも戻って戻って、私は貴方の手で包まれたい、と。

 あっという間に終わる短いオルゴールの曲。だけどそれは何度も何度もお人形の中で繰り返されます。そしていよいよクライマックス。
 お人形はゆらりくるりと、感情をこめて、踊りました。まるで河に浮かんだ落ち葉の舟のよう。
 狂おしくそれでいて優雅な、切ないまでの祈りと願いをこめた、誓いと約束のお人形のロンド。


 ときよ もどれ もどれ

 なつかしいひびよ かえれ かえれ


 ロンドの終わり、お人形は正面を向いて礼をしました。
 いつかやってくる男の姿を瞳に浮かばせて。哀しさを見せずに、ただひたすら微笑んで。ロンドの終わりに、男の子としていたように。
 こうして夜を重ね、少しずつ踊りを上手くして、お人形はずっとロンドを舞い続けるのです。
 繰り返し、繰り返し、何度も、何度でも。いつか訪れると信じている、その日が来るまで……。
 いつか、この空っぽのお人形の手のひらが満たされるまで……。

 お人形は心の中の永遠を感じながら動きを止めました。次の夜まで動くことは無いでしょう。
 ただ粛々と、停止した世界の一部と化して。きれいな瞳で何よりも深い闇を、ずっと見つめながら。
 一瞬であれ、永遠であれ、いっそ眠れたらいいのに。そう思いませんか。
 でも無理なのです、お人形ですから。はじめから眠る必要など無い、道具です。
 一日分の時間を積んで、お人形はきっと明日も踊るのでしょう。
 一週間後も、一ヵ月後も、一年後も、きっと、踊っているのでしょう。
 哀しいほど純粋で、終わりを知らないお人形のロンド。






 物語は……これでおしまい。
 ……えっ、お人形はどうなったか?

 それは……そう、きっと、今も踊っているのでしょう。明けない朝は無いと信じて。
 誰にも見てもらえず孤独に舞って。暗闇の世界で、たった一つの綺羅星となって。空ろな目で希望を見つめて……。
 そして踊りが終わったら、また長い長い明けない夜を越えて……ただ男の子を待ち続ける。
 だって、待つしかできなかったもの、お人形は、待つしか……それしかなくて……。
 だから、だから……ずっと……まってる…………。

 まってた…………。
















【The fine night】





 私は最後に「それで、その後お人形はどうなったんだい?」と質問したのを少しばかり後悔していた。
 彼女は閉じた瞼をわずかに震わせ、かみ締めるように声を出して、黙り込んでしまった。
 しんと静まりかえる部屋に、私の吐息と、布団の擦れる音が共鳴していた。
 ふと思う。彼女は息をしているのだろうか?
 だが彼女の固く握られた両手を見て、それは罪深い行為に思われ、確かめようとしてやめた。

 時計の針はこそばゆいような音を立てて回っていく。もはや空は漆黒から暗紫へと変化を遂げていた。
 朝の足音が、鳥の声とともにやってくる。遠くでエンジン音も聞こえた気がした。
 彩が窓という黒いキャンパスに散っていく。朝はじきにやってこよう。

 停滞した部屋の空気を感じる。カンフルが必要かと私は考えた。
 朝になったら、終わってしまう。第六感とでもいうべきものがそう告げていたのだ。

「悲しい話だ」

 痰がからんで、一度咳き込んだ。

「実に……悲しい話だ」
「私がここにきた理由は」

 ゆっくりと述べあげた私の言葉を遮るように彼女は言った。

「明日の夜、私が貴方を呪い殺すということを告げるため」


 私は眉をひそめて見せたが、動じてはいなかった。
 半ば心が不感症になっていた。「そうか」とだけ言って、さらに明るみの増した窓を見やる。
 闇空に太陽が一条の光を空に放つまで、そのままずっと見つめていた。互いに終始無言だった。
 急速に明度を増していく室内に、やはり彼女は在った。足元には人や動物と同じように影が伸びていた。
 その顔は目を閉じたままのせいもあるのか、眠った少女のそれに似ていた。
 笑みは、無かった。

「もう、行くわ」

 トッと音を立てて彼女は踵を返した。部屋の中心、先ほど現れた場所へと足音は遠く。
 引きとめたいわけでもないのに、私は何か声をかけたい気分になった。 
 言葉を選んでいるうちに、彼女はゆっくりとあの回転を始め、紫の霧に包まれていく。

「ヒナ、君の存在はだね……なんというか……矛盾していると思わないかい?」
「全ては明日の夜に」

 親にきついことを言われた子供のように、私は唇を力ませた。
 先ほどから彼女は私に言葉を言わせまいとしているように思われた。

「また会いましょう、チャールズ」

 目の前の渦巻きは流れを失い、ほどけるように消えていった。
 その中には果たして何も無く、ただのありふれた朝の空気が詰まっていた。




 ということはこれが私にとって最後の朝か。そうなのか。

 体が震えるのを感じる。怯えか? 否、これは興奮の起こすものに違いないと私は思った。
 私の錆びた心臓は、今は忙しく拍動し、得体の知れない期待に戦慄を覚えている。
 それに怯えや恐れで、私の顔の筋肉は笑みを造るはずが無い。

 意欲が湧いてきた。溜まりに溜まった心の贅肉は一気にふるい落とされた。私はしなければならないことがあるのだ。
 家族への遺言ではない。言いたいことはとっくに全部言ってある。今更慌てるようなことなど何も無い。
 私が為さねばならないことはもっと大切で、且つ崇高なものだ。

 死は確かに絶望であったが、それをはるかに上回る希望と使命感が曙光の如く燃えていた。
 素晴らしい。今日のものほど美しい朝焼けは見たことが無い。今日ほど空気が上手い日は無い。
 若い頃、これほど胸騒ぎに駆られた朝があっただろうか?

「寝よう」

 あえて口に出して言った。
 いくら気が充実しても、所詮は老いた身体。休まねば折角の美しい日に活力が伴わない。
 何、せいぜい二三時間くらいでかまわない。私は怠けるために寝るのではなく、働くために眠るのだ。
 長々と寝ていては、ばちがあたる。九時あたりには妻が起こしに来るだろう。それまで寝るんだ。
 お前には使命があるんだぞ、老いぼれチャールズ。
 そうだ、見放しかけていた我が人生に有終の美を与える、最後の機会がまさに目前にある!






「やあ、いい朝だ」

 私は妻とメイドのいる食卓で言った。

「実にいい朝だ」
「今日はよく食べられるのね」
「食欲があるんだよ、今日は。何を食べても美味い」

 不審なものを見るかのように、私を見てから二人は見つめあった。

「昨日は果物を一切れほどしか召し上がらなかったのに」
「そういう日もある」
「まあ、何にせよ健康なのはいいことだわ」
「そうだとも。素晴らしいことさ」

 チーズとハムとサラダとパンを平らげて、食後に果物まで頬張ってもまだ私の体はエネルギーを欲していた。
 二人は信じられないという様子である。私自身も確かに信じがたいことではあった。
 昨夜のことで気持ちが若返ったおかげだろうか、体がそれにつられて若いときと同じくらい活発に動き出していたのだ。
 病は気からと言うそうだが、確かにそれは至言に思われる。

「頼みが三つばかりある」

 口元を拭いて、皿に残ったハムの欠片を口に含んでから私は言った。

「何かしら?」
「うむ、まず一つ目はだな、この家の外に倉庫があるだろう?」
「ああ、あの……」
「あそこの中から探したい物がある、手伝っておくれ」
「旦那様は何を探していらっしゃるのですか?」

 メイドが皿を片付けながら問う。
 私は詮索されるのを面倒だと思い、適当に言葉を濁した。向こうもその気配を感じたのか早々に切り上げた。

「二つ目の頼みは、仕事がしたいということだ」
「仕事ですって?」
「そうだ、久々にインスピレーションが冴えている。今ならば傑作の絵が書けると思うんだ」

 幸運にも題材はある。

「そういうわけで、油絵の具やらパレットやらキャンバスやら一式を用意して欲しい。無論手伝う」
「いいけれど……なんで貴方、今日はそんなに元気なのかしら?」
「それは今日が最高の日だからだよ」
「最高の?」
「そうとも、人生最高の日だ」

 笑い声混じらせて言うと、妻はやっと少し微笑んでくれた。

「詳しいことはわからないけど、元気を出してくれたのね。よかったわ、昨日とはまるで別人みたい」
「生まれ変わったんだよ」
「ジョークばかり」
「それだけ調子がいいのさ」
「覚えてる? 一週間後は私たちの結婚記念日よ」
「ん? ああ……そうだったかもしれない」
「去年の結婚記念日で、これが最後だと思ってたわ。でも今年も無事迎えることができそうね……」

 目を細めて楽しそうに話す妻を見て、私はなんとも歯がゆい感情を味わった。
 きっと今年は無理だ。そんなことは到底言えるはずも無い。若干麻痺していた死の存在がチクリと胸を痛ませた。

「どうしたの? 難しい顔して。食べ過ぎてお腹の調子でも悪い?」
「ああ、いや。そうか、結婚記念日か。いいところでその話が出た。実はそれに三つ目の頼みが関わるんだが……」
「え?」
「結婚指輪、あるだろう?」
「勿論。歳とって指のサイズと合わなくなってしまったからつけてないけど、ケースの中に在るわ」
「それが欲しいんだ」
「……今日の貴方は本当に変ねえ」
「特別な日だからね」
「いいでしょう。ちゃんと返して頂戴ね?」
「さあ、まずは倉庫を探検だ。倉庫の中で私が瓦礫に埋もれてしまわないように助けてくれたまえ、諸君」


 倉庫を数十年ぶりに開き、私はなんとも言えず立ち尽くした。
 探検という言葉は当然ながら大仰に言った言葉だったのだが、そこは鬱蒼としたジャングルを思わせる混沌がひしめいていた。
 なんだか埋葬がいい加減な墓場に乗り込んだ墓荒らしのような気分になってくる。
 それもそうだ。ここは道具たちの墓場である。ここに入れられることはまさに死蔵をあらわす。
 使い道が無いが処分するのが面倒だったりする道具ばかり詰め込むのだからそうなるのも仕方ない。
 手前に保管されてあるものはまだ子供の頃の記憶にあるが、奥となると、まったく未開の世界であった。

 この倉庫自体も、とうの昔に役目が無くなり、まったく外の空気を入れていない。
 もともとほとんど使われなかった上、父が死んでから私が家の中の道具を売り払ったせいで、道具が置き場に困らなくなったのだ。
 鉛のような大気が倉庫の中から漏れ出してきた。埃臭く、かび臭い。

 場所は覚えている。あの屋根裏だ。
 記憶のままに木のはしごがかかっているのを見つけた。あれを上りきってすぐのところにそれはある。
 しかしはしごはボロボロになっていて、さすがに危険だろうかと思われた。

「家の中にちゃんとしたはしごがあります」

 メイドが言った。

「この高さならば届きそうです。私が行って見てきましょう」

 できれば私自身が見つけたいところではあったが、やはり任せることにした。
 ここでうっかり落ちて腰を打って寝込もうものなら全てが無駄になってしまう。
 メイドは軽い金属製のはしごをいそいそと持ってきた。
 彼女はもともと、昔からここで世話していたあるメイドの親戚で、唯一この家が落ちぶれても残ってくれた。
 もう中年で決して若いとはいえないが、私たちよりはずっと機敏に動ける。 

「いろいろな物があります。お探しになっているのはどのような物でしょうか」
「木の箱だ。側面には彫刻が彫ってあり、上部には金属の台がある。オルゴールだ」
「ええと……」
「金属板は黄銅でふちに細かく模様が彫られている。大きさは子供が両手で抱えられるくらいだ」
「……はい、ありました。おそらくこれがそうでしょう」
「傷みはあるだろうか?」
「大丈夫です、このあたりのものは全部埃をかぶっているだけで、問題はありません」

 私は安堵のため息をついた。
 やれやれ無事だったか、よかった。虫に食われてたり腐っていたりしたらどうしようかと思った。

「他に何か探し物はありますか?」
「いいや、無い。私が探しているのはそのオルゴールだけだ。ありがとう、ご苦労だった」

 彼女はその機械仕掛けの箱を胸に抱いて降りてきた。
 改めてねぎらいの言葉をかけ、私は早速次の準備、油絵の用意にうつった。時間は限られているのだ。
 一日が二十四時間なのが、一時間が六十分であることが、一分がたった六十秒しかないことが恨めしい。
 急げば急ぐほど時間は短い、残酷なまでに。


 私は先に部屋に戻り、やや息を荒くして、何かにせき立てられるようにオルゴールのぜんまいを巻いた。
 あの音楽が流れてきたら、それはとても素敵な気がしたのだ。
 巻いた。巻こうとした。空転。

「……むう」

 私は木の箱を開き中の機械部分をみようとした、だが継ぎ目がよく見えない。
 指で埃を払いながら探すと、継ぎ目らしきものを見つけた。やや強引ではあったがドライバーでこじ開けた。カパンと底が抜けた。
 底に張り付いた重い本体部分。そこからさらにチリンと何かが落ちた。
 金属光沢のまぶしい欠片だった、錆も何も見当たらない。
 メッキがしてあったか、機密性がよかったか、或いはもともと錆びにくい金属だったのか。
 私はざわめく様な不安に見舞われた。この欠片の意味はいまひとつ把握しかねる。
 だが、しかし……これは……。 

 遠くで妻の声がした、用意を手伝えといっているのだろう。
 私はそっと外れたオルゴールの底を閉め、ベッドの脇に置いた。
 先ほどの自分の考えを回想した。急げば急ぐほど時間は短くなるということ。
 ならば逆もまた然りだ。待てば待つほど時間は長く伸びていくように感じるもの。

 一日が二十四時間も、一時間が六十分も、一分が六十秒もあるなんて!

 あの物語で、お人形はきっとそう思っていたのではなかろうか?
 私は物語の中で感じた疑問をふと思い返した。妙につじつまが合ってきたような、そうでないような。
 いい加減妻の声が近いので、それを今度は枕のあたりに放って、私は小走りで部屋を出た。
 悲しい物語と私は彼女に言った。物語自体は確かに悲しい。だが、本当に悲しいのは……。

「今、行くよ」

 私はおそらく妻に向かってそう言った。





 弾丸のように時間は過ぎた。空はすっかり暗い。こんな夜なのに空は曇って星どころか月も見えなかった。
 いけないことだと思った。『あの絵』の完成に関わってくる……。

 昼の大部分はキャンバスの前でひたすら筆を走らせていた。
 驚くべきことだ、私がこんなに集中できるとは。気を抜けばあっという間に時計の短針が角度を大きく変えている。
 それに、不思議といつものように腹のできものの傷みで苦しみはしなかった。
 脳みそが興奮で麻薬を散らして、傷みすら忘れさせていたのかもしれない。

「まだやるの?」
「ああ……やるとも、これは完成させなきゃならん」

 妻がそっと部屋に入ってきた。昔書いた婦人の絵と見比べて、モデルはやはり老けていた。
 だが昔と違い不思議と落ち着いた感じもして、これを比べるのは無粋と思われた。

「何の絵かしら? 昔、どこかで見たことあるような……」
「うん、まあ、そうかもしれない」
「顔は最後に書くの?」

 まだ真っ白なままの顔の部分を指差して彼女は言った。

「記憶で描いていいものと、悪いものがある」
「悪いのね」
「たとえばそこの女の絵、今記憶で描けば絶世の美人になってしまうだろうな。誰かわからないくらい」

 妻は持ってきていたコップ一杯の水を、画材入れの箱の上に置いた。

「酒が飲みたいな」
「駄目よ、お医者様から言われているでしょう」
「ほんの少し」
「駄目」

 やれやれ、不相応にもいい妻を持ったようだ。
 私は肩をすくめて鼻で笑った。

「今日は冷えるだろう、温かくして寝なさい」
「それは私の台詞よ。無理しないで寝なさいな」
「大丈夫、だ」

 筆を変えた。妻の顔を一瞥して、すぐに再びキャンバスを向いた。
 昔と同じでやはり勘がいいと見える。長年暮らしたせいか、こういうときは私としては鈍くあってほしかった。

「信じるわよ」
「信じるがいいさ」
「それじゃあ、お休みなさい」
「ああ、お休み……それと」

 いったん離れかけた足音が止まった。
 私はもう振り返って彼女の顔を見ようとはしなかった。

「ありがとう」

 持ってきてもらった水を一口飲んで、私は言葉を続けた。

「メイドにも言ってやってくれ」

 戸の閉じる音がした。何も言ってくれなくてありがとう、と私は目を細めて小さくつぶやいた。




 午前三時が、風のようにこの家にたどり着こうとしていた。
 私は顔を残して何とか完成した絵を見つめた。我ながら改心の出来に思われる。
 この部屋には、花園の絵、婦人の絵、夜の海の絵がある。私の自信作たちだ。
 そのどれにも勝るとも劣らない、私にとっては奇跡のような出来だった。絵の神様が訪れて、私の手をとって描いてくれたようだ。
 思うがままの色がパレットの上には広がった。全てのタッチが最高のものだった。
 ミスは無い。というよりも、ミスで塗ったところさえもが私に斬新な塗り方を提供した。
 私のありきたりなセンスを快く壊し、頭の中で描いたものより素晴らしい絵を作り上げた。

 私は何か欠けていると思っていた。
 この部屋に既にある三枚の絵。左から花、女、海。傍目には十分上等な出来だとは思う。
 だがそれは所詮美しいに留まり、私が描くときに感じた情熱は希薄になってしまった気がする。
 それでは意味が無い。ただ美しいのを望むのならば、鮮やかな花の写真を撮ればいいのだ。
 もっと美しい女性を描けばいいのだ。もっと明るい、透き通るようなブルーの海を題材にすればよいのだ。

 やはり欠けていたのだ。
 これらは私の人生の縮図。人生に深く影響を与えられたときにこれらを完成させてきた。人生の色と風景を添えた。
 だがこれだけでは私の人生に決定的なものが欠けていた。ゆえにこの三枚はどこか中途半端な出来に見えていたのだ。
 今までそれに気づかなかった。正確に言えば、なんとなく物足りないだけでその原因を理解できていなかった。

 華やかな青春の時代。翳りを帯びてきた人生で出逢った最愛の人物。沈黙と暗闇と虚無に支配された私の心。
 当然ながら、私は絵描きになってからこういう風に本格的に描き始めた。当然。そう、当然だからこそ忘れてしまったこと。
 私は常に現在の自分を描くがゆえに、根本を忘れていた。お蔭様で、この三枚は宙ぶらりんの出来になってしまっていたのだ。

 私にも、子供だった頃があったのだ。

 青年と、中年と、老年と、三つそろっておきながら、少年時代が無かった。
 私はいきなり青年になったのではない。それなのに絵が青年時代から始まるのは、なんともいえない矛盾となって私を悩ませていた。
 やっと今になって気づくことができた。この絵が完成すれば、残りの三つも完成する。
 そして今までになかった輝きをきっと手に入れることができるだろう。

 この四枚で、私は一人の男の生涯を描く、描き切る。
 最後に苦くも美しかった少年の時間を揃えて、親愛なる友の絵を描きあげる。
 これがせめてもの懺悔だ。

 必ず全てを描かねば。
 私は絵の横にある窓を見遣った。ことあるごとに見ている窓。
 あの向こうには最後の秘宝がある。小さい頃からの、たからもの。





 ぼうっと体が光ったり、紫のもやが立ち上ったり、そんなことは無かった。
 ただ、気がつけば彼女は静かにそこにいた。時計はきっかり三時だった。

「やあ、よく来てくれたな」
「……絵を?」
「ああ」

 私は座りっぱなしで固くなった腰を上げ、目の前にあったベッドから布団と道具をどかした。

「座ってくれたまえ」
「悠長なのね、貴方を殺しにきた相手に向かって」
「絵が描きあがるまで待ってくれ、一時間もすれば出来上がる。それから好きにすればいい」
「そんな我侭通じると思ってるの?」
「通じるさ」

 早速私はベージュに混ぜ合わせた絵の具に筆をつけた。

「暇つぶしにはなる、面白い話を用意しているから」
「……朝までは待たないから」

 トスンとベッドが音を立てた。こちらを向いて、彼女は
 彼女は相変わらず目を閉じたままだった。だが開いてほしいとは言わなかった。
 口と鼻と頬と……瞳以外は全部描ける。今のところはそれで十分だ。

「まるで私そっくりね」
「ああ、すまないがモデルにさせてもらったよ」
「別に、かまわない」

 キャンバスの空白に薄く色を塗った。人ほど暖かくなく、死人ほど冷たくない色。

「面白い話とやらを聞かせなさい」
「そうだな。それじゃ、教えてあげよう」
「早く」
「急かさないでくれ、筆遣いが乱れてしまう。そうして出来上がりが遅れたら、君のやることも遅れてしまう」

 実際はまったくの好調であった。平面が見事なまでに立体感を作り出していく。私は思わず笑みを浮かべた。
 目の前には対照的な、眉をひそめて不満げな彼女がいた。

「ヒナといったね。実は君の昨日の物語について言いたい事がある」
「何かしら?」
「実は偶然にも、私も似たような話を知っているんだ」
「それは、興味深いわね」
「もっと驚いてくれたまえ、私の話は君のものより遥かに詳しい部分もある」

 さて、最初から本題に入ろうか。それとも今朝見つけた疑問の手がかりを突きつけようか……。
 私は十秒待って、その間に彼女が話しかけてきたら前者にしようと決めた。
 何も起こらず、後者に決まった。

「実は不思議なことに、お人形の使っていたオルゴールは壊れていたらしい」
「あら……そうなの。倉庫にいる間にボロボロになってしまったのかしらね」
「いいや、それは違う。中身はとてもきれいなものだったらしい。錆もカビも何も無い。壊れた部品にすらね」
「へえ」
「ここからわかることがあるんだ。オルゴールは勝手に壊れたんじゃない。誰かに壊されたんだよ」
「もしかして男の子がオルゴールを仕舞ったのは、壊れてしまったからかしら?」
「いいや、私の話では、オルゴールは仕舞う前日までちゃんと動いていたと聞く」

 水を口に含む。やはり少々緊張していたのか口の中がすぐに乾いていた。
 粘りつくようになった唾液をゆっくりと溶かして飲み込んだ。

「つまり、お人形が壊した。或いは壊してしまったということになる」
「確かに、それしかないわね」
「しかしオルゴールの箱は丈夫だった。それを開ける力があったなら、お人形はすぐに外に出られただろう」
「お人形の力は弱いのよ、すぐに壊れてしまうから」
「ならば残るは、使いすぎて壊してしまったということだ。ここで、君の話でおかしいなと思ったところがあるんだが……」

 ギシリとベッドがなった。キャンバスから目を離すと、唇を固くむすんだ彼女がいた。
 頬の血色はもっと赤っぽくしたほうがいいのだろうかと、やや不謹慎なことを考えた。

「どこがおかしかったのかしら?」
「君の話では、お人形はずっと男の子がやってくる日を信じて、ずっと一途に待っていたと」
「そうよ、来る日も来る日も健気にね……」
「だけどそう考えるとおかしいと思わないかい。お人形は、時が戻るように願って左回りで踊ったという」
「……それが?」
「私がお人形だったら右回りに踊ったと思うんだよ、いつかその日が来ると本当に信じていたら、時よ速く進めと考える」

 彼女は鼻で笑うように「ふぅん」と言った。

「速く時が流れたなら早く男の子に会える日が来るからね。だけど、逆ということはつまり……」
「本当は、もう二度と来てくれないと思っていた。だからお人形は未来を諦め、時よ戻れと祈った。そういうことになるわね」

 私は少々驚いた。確かにその考えは何度か頭に浮かんだが、まさかと思い続けてきた。
 それを彼女の口から肯定するような言葉をきくとは。思わず筆がキャンバスの上で止まった。

「私の話には抜けていた部分があったの。今思い出したわ」
「ほう」
「お人形は確かに貴方の言うとおり、右回りに踊ったわ。最初の頃はオルゴールを何回も使った」
「何回も」
「ええ、何度もオルゴールを鳴らしたの」
「もともと古いものだったようだし、確かに壊れるかもしれない」
「そして踊り続けたわ、私はここにいるって願いもこめて。だけどある日、とうとう壊れてしまった」
「ふむ」
「もうオルゴールの台座は時計回りに動かなくて、お人形は思ったのよ」
「なんと?」
「時間を進めても、未来は断たれている……まるで、運命の神様に言われたみたいで」

 彼女は自嘲するように中途半端な笑みを作って、小さな声でぼそぼそといった。
 言わなければよかったと思った。

「お人形はね、それから心の底ではもう会えないと思っていたわ。でもやっぱり待っていた、これは本当」
「そうだったのか……」
「待つしかできないもの。もう会えないと知って、それでも踊らずにはいられなかったんでしょう。男の子が大好きだったから……」
「だから、途中から」
「……ええ、反時計回りにかえたのよ。だから踊る時間は……待ってるのか、諦めてるのか……それでもやめられなくて……ね?」

 もうやめてと言わんばかりに、彼女はゆっくりと重々しく、だが震えを帯びた声で言った。ひどく後悔した。
 未来と過去のジレンマにあったわけだ。私の心ではそう説明がついたが、なんとも薄っぺらい表現。
 彼女に向かってそんな感想をいう気にはなれず、また他の言葉も陳腐に思えて、私は沈黙した。
 彼女もまた無言であった。絵筆とパレットばかりがニチニチと騒々しくお喋りをしていた。



 繊細に丁寧に筆を進めるうち、時計は三時四十分をまわっていた。
 全体に若干のアレンジを加えたく思ったが、それよりまず解決しなければならない課題があった。
 このお人形の絵、目が無いのだ。彼女はずっと目を閉じているから。

 私は残っていた最後の水を飲んだ。ほとんど数滴だった。
 いよいよ本題を話さねばならないときが来たようだ。彼女もまた、それを望んでいると思われた。
 これは私の罪だ、語るのは気分がいいものではない。だが、それならば私は何故今日絵を描いているのだ。
 懺悔ではなかったのか。

「話さねばならないことがある」
「……ええ」
「君の教えてくれた物語は、悲しい話だ」
「貴方はそう言っていたわね」
「お人形はもう会えない男の子を待ち続けていつまでも踊る、確かに同情を誘うものだろう」

 私はいったん息をついた。途端に目の前が閉ざされたように暗くなった。恐れの帳が下りている。
 そのなかで、ただ彼女の姿だけが鮮明に見えた。まるで世界で二人だけになったようだ。
 私は水も無いのにコップを口につけた。唇にわずかに雫が付着しただけ。それを舌でなめとって喉を湿らせた。

「だが、本当に悲しいのはそこではない。そこじゃないんだ……」
「言って」
「む……」
「言って頂戴」

 私は壁にかかった貴婦人の絵を見た。私に力を、と念じた。

「悲しいのは、君が、嘘をついているからだ」

 彼女は何も言わなかった。

「君は、嘘をついて、物語を捻じ曲げている。肝心の終わりがまったく違う」
「私、は……」
「本当の物語で、お人形は男の子と再会した、そして……」

 手に持っていたコップを箱の上に置こうとした。汗で手を滑らせ、コップは床に落ち、ごろんと転がった。
 ただそれを私は静かに見ていた。動きが止まった瞬間に私は、儘よと心中で叫んだ。

「大きくなった男の子は、お人形の瞳を、抉り取ったんだ……!」




 腹が、疼きだした。私はこれが最後の痛みだと確信した。もう次の傷みはやってくるまい。
 まだ十分耐えられる程度だ、目以外の箇所に一点も遣り残した場所が無いように筆をはしらせた。

「この物語の終わりは、少なくともお人形にとってはとても残酷なものなんだ」
「……」
「だから、君は嘘をついた。先ほどの話も含め、希望が残されているような終わりにした。それが、悲しい……」

 もし本当の話を忘れ、作り話を本当だと思い込んでいるのなら、それはなんと悲しいことではないか。
 もし本当の話を忘れられず、作り話を本当だと思い込もうとしているのなら、なんと悲惨ではないか。

 あの物語は決定的に矛盾している。
 男の子の手以外で外に出ないのならば、何故彼女は今此処にいるのだ。
 男の子と会えたのならば、何故それをハッピーエンドとして語らないのだ。
 その答えは、男の子と再会したが、その男の子に裏切られ、ひどいことをされたという結末に他ならない。
 それに彼女の閉ざされた瞼が何よりも雄弁に、物語の悲劇を語っているではないか。
 私の記憶だって、同じだ。



「もう……いい、わ……」

 彼女は目を覆い、嗚咽をこらえるように背を丸めた。恐ろしさが蘇ってきたのかもしれない、ブルブルと震えている。
 腹の痛み以上に、胸が太い杭で打たれたように疼いた。目の辺りがツンと腫れたように傷んだ。

「すまない……泣かせてしまって」
「泣いてないわ……お人形は……神様になって、それでも泣けない。目が、無いから……」
「あれは、悪いことをした。心から謝る」

 唇をかみ締めた、強くしすぎたか塩と鉄の味がしてきた。

「いい加減、面倒なのは無しにしよう。君はあのときのお人形なんだな、ヒナ」
「貴方は、私のご主人様で、男の子だった、チャールズよ」

 露骨に私の少年時代を語ったりして、彼女は私がこう言うことを望んでいたのかもしれない。
 私が思い出せないままならば、それこそが一番の悲劇に違いないから。
 しかし、やはり彼女にとっては辛い記憶なのだろう。私だって言うのは辛い。言うべきか迷っていた。
 だが、彼女は過去を清算しに来たのだと思えば、言わないほうこそ卑怯であると結論付けて私は今夜を待っていた。

「物語の結末は、貴方の言うとおりよ。ほんの少し続きがあるけれど……」
「聞かせてほしい」
「お人形は、いえ、もうそれは無しね。私はあの日、倉庫の重い扉が開けて貴方がやってきたとき本当に嬉しかった」
「ありがとう」

 引っかかるように出た感謝の言葉は、生者のものとは思えないほどひどくかすれて、ぱさついた声だった。

「信じられなかった。まさかまた会えるなんて。これからどうなるのかなんて考えられないくらい」
「期待していたのだろう」
「最初はそんな感情が吹き飛ぶくらいだったわ。でも車に乗せられてから降りるまでは、また幸せになれると喜んでいた」

 車。そこまで覚えているのか。近所の者に遠出だからと借りたのだ。私自身の車などあるはずも無かった。
 私は暫し手が止まっていたのに気がついて、再び絵の具を混ぜ合わせ始めた。
 話を聞くのも大事だが、これを完成させることの方が互いにとって優先事項だろう。

「貴方の手に抱かれて降りたら、町だった。お店に入った、そのとき貴方はこういったのよ」

 あの店は質屋だ。知り合いの質屋にいったんだ。

「この人形を大金で買ってくれ、見たとおり丁寧な造りだし、とても古いものだ。しかも目には宝石が入っている……って」

 そこまで覚えられていては言葉もでない。
 私は頭をガリガリと掻いた。筆を持ったままだったから、白髪に絵の具がついたかもしれない。

「わけがわからなかったわ。私が売られるだなんて、昔じゃあるまいし。何で? どうして? それで頭がいっぱいよ」
「だが結局、売られなかった。あいつはそんな汚れた人形いらないし、欲しがる人も居ないと」
「それでも貴方は食い下がったわね。どうしてもお金が要るって」
「ああ、結局提示された金額があまりにも少ないものだから帰ってしまったが」
「私は……貴方たちの話で知ったわ。貴方は、たくさんお酒を飲んで、遊んで、お金が無かった……って。だからお金ほしさに……」

 言葉を続けようとして、こらえきれなくなったか、彼女はまた顔を覆って震え始めた。
 また痛いところをつかれてしまった。だが彼女の言葉は半分正しく、半分間違っている。
 それを言ったほうがいいのか迷った。いや、もうなんと声をかければいいのかもうわからなかった。

「それで貴方は、私を車の中で、いろんな道具を使って、瞳の宝石を……両目とも抉り取った……!!」



 彼女の震える唇の奥で、歯がカタカタと音を為していた。
 圧倒的な恐怖と絶望だったのだろうと、私はまたしても陳腐な回想をした。
 馬鹿らしい、私の目が取られたらどう思うというのだ。知りもしないくせに慮ろうということ自体がおこがましい。
 いくら相手が人ではないからといって、意思が存在するのを知らなかったからといって、許されるものか。
 ただの人形ならともかく、彼女は人間らしく生きていたのだ。

「お人形は……いえ、意思の宿った道具は目が無くても物は見えるけど、私はお人形として一番大事なものを奪われたのよ」

 謝ろうと思ったが、何度も謝ってはかえって意味が無いのではないかと思い、私は口を開くことができなかった。

「本当に視覚を失ったみたいに真っ暗になったわ。あの滑らかな緑の宝石が剥がされていく瞬間!」

 明かりが揺らめいて、一瞬であるが、限りなく部屋は暗くなった。
 彼女が何かしら私達の常識を超えた力を使ったのだろうと思った。
 そこで感じたのは、物理的な意味を除いた、精神の暗闇だった。あの色だ。彼女の瞼の奥の色。
 洞窟の最深部でも、海淵の奥底でも、宇宙の果てでも、これと比べれば明るすぎる。

「信じてたのに、信じてたのに……宝石だけなら売れると思ったのでしょうね。私は汚かったもの、宝石に纏わり付いたゴミだったのね」
「それは……」
「あんまりに悲しくて、どうしようもなくて、遣る瀬無くて……! 私は、私は、貴方のいない間に車から抜け出したわ」

 あの時、宝石を見てもらってから車に戻ると人形が消えていたのだ。
 窓が開いていたから、盗まれてしまったのかもしれないと思っていたが。
 道理であの後いくら探しても見つからなかったわけだ。

「私はわけもわからず走ったの、そうしたら急に浮遊感を感じて、水の中に落ちたわ。下水道か、それとも川か……」
「……川だ。小さい川がそばに流れていた」
「私はそのまま流れに飲まれて、きっと海まで行ってしまったのでしょう。まさかこんな形でまた海を渡るとは思わなかった」
「海だと? 海になんて行ってしまったら」
「あっという間に身体はバラバラになったわ。だけど私は魂がちゃんとできていたから、死ななかった」
「そのまま……流されたというわけか」
「そう。そのまま果てしなく何十年も海を漂ったわ」

 何十年。何十年も生きながら何もできずに漂っていたというのか。
 それも不幸な記憶を抱きながら、ずっと。私だったら発狂どころか死んでいるだろう。
 彼女の瞼の奥に幽かに見た、孤独の闇のルーツは、そこにも在るのかもしれない。

「そのうち色々な神様や妖精と関わって、あるとき神様の集会があるときいて、私は藁にもすがる思いでついていったの」
「どこへ?」
「行き先は日本だった」
「日本」

 なるほど、道理で日本語がどうとかいっていたわけだ。

「一年の間で、一ヶ月間だけ力のある神様が集まる……実質ただの宴会みたいだけど」
「それで?」
「私はそこで、慈悲深い厄神様に出逢った。今の私よりもずっと力の強い厄神様」

 彼女は一人でその神様について語りだした。とはいえ、日本語が多くわかりにくい。
 いわゆるシャーマンの王であったとか、スミヨシダイジンとハチマンサンシンの両方に属するとか……女神であるのもわかった。

「私の魂を拾い上げて、私の記憶をたどって、私を哀れんでくれて神様にしてくれた。生きている身体も手に入れた」
「そうして神様になったのか」
「そう、もともと私は付喪神だったらしいけど、本当の神様になれたの」
「ツクモガミ……?」
「妖怪みたいなものよ。道具が意思を持って動くようになり、持ち主に恩返ししたり仕返ししたりする」
「なるほど」
「鍵山雛。その名前も頂いたわ。私の過去を流し雛になぞらえて」

 人の不幸のためた人形を川に流し、幸福を祈願するもの。彼女はそう続けた。
 確かにそれは、皮肉なほど彼女の過去と類似しているように思われた。

「流し雛はお守りと同じ。人間の不幸を肩代わりして壊れるのよ。私は、全然違ったみたいだけどね……」

 息が詰まった。腹の疼きがそろそろ宜しくない。手はじんわりと汗を帯びていた。
 精神的な理由もあるかもしれない。私は彼女の言葉に、反論したい気分になった。

「そうしてお人形は厄神様となって、今貴方の前に居るのよ」



 話は終わりらしい。

「すまなかった」
「謝られても、どうすればいいかわからない」
「ならば今度は私の話をすべきだな」
「そうね」
「先に言っておくが、私の話は利己的で、しかも謝罪というよりは開き直りに近い内容だ。だが正直に話そうと思う」
「構わないわ、どうせ私はただの道具だったのだから、それでいいの。一々消耗品に情けをかけてたら人は生きていけないものね」

 それは自虐の意味なのか、はたまた道具というのは人間の利己で扱われて当然という意味なのか。

「まずは何故君を閉じ込めたか、だが。あれは私が進学した学校でのことが原因だ」
「……他に友達ができて、私に興味がなくなったの?」
「違う。私はあの時、無邪気にお人形の友達が居るといったんだ。何も恥ずかしいとは思わず公言した」

 今でも思い出すと胸が悪くなる。

「そうしたらどうなったと思う? こいつは変態だってクラス中から貶され、苛められたんだ。何ヶ月もね」

 あまりよくない記憶だ。頭が痛い。水が欲しい。
 痛み止めの薬を飲もうかと思ったが、こいつは飲めば眠くなってしまう。駄目だ。

「最初の頃はわけがわからなかったが、そのうちお人形が友達なのは世間から見ておかしいのに気がついた」
「そんな……」
「私は強くなかった。幼かったしそれなりにプライドもあったからね。ある程度は耐えたが、ついに憤りが爆発して君を幽閉した」

 忘れるわけが無い。
 あの日、私は泣きながら家に駆け込んでお人形を引っつかみ、倉庫へ叩き込んだ。やり場のない怒りに震えながら。
 決して涙を見られたくなくて、ずっとお人形を背中に回して持っていたくらいだ。
 あれから私は何度も後悔し、再び倉庫を開けてお人形を取り戻そうとした。
 だがそのたびにクラスメートの罵声が聞こえてくるような気がして、とうとうできなかった。
 倉庫に寄り付くたびに気分が悪くなって、もう近寄ることも無くなった。

 誰もがお人形のことを忘れた頃は、私のお人形に対する思いも、時間によって残酷に風化されていた。
 過去の苦しみを思い出す上に、閉じ込めた場所までたどり着くのも苦労だった。
 心には留めつつも、怠惰さが私を動かしてくれなかった。
 面倒だ、今はやる必要が無い。それに今更お人形を取り戻したところで、昔のように遊べるほど子供じゃないんだ……。
 或いは、もしお人形がボロボロに朽ち果てていたらと思って、怖かったのかもしれない。

 夢中になって遊んだ玩具も、気がつけば時間とともに何処かへ置き忘れてしまう。
 それは悲しいことだが、人間誰にだってあることだと思う。そうしないと人間は大人になれない。
 残念なのは、私の場合、お人形が生きていたということなのだ。
 玩具というただの道具のありきたりな結末は、人間や彼女のようなものの心にとってあまりに辛い。

 道具に心があったら、どう思うだろうか?

 私だって、彼女に再会するまでは、ただの詭弁としか思わなかっただろう。
 私達人間は、そうやって残酷な物語を沢山の道具に突きつけ、それを気づこうともしない罪深い存在だ。
 そうやって、痛みを感じぬように生きているんだ。自分以外の心を見えなくして、終いには捨て去って。
 そんな私達の業は限りなく真理であり、その被害者が彼女であった。


「慰めになるかわからないが……私はもうひとつ言わねばならないことがある!」

 私は膝をたたいて叫んだ。病の痛みと私自身への怒りが胸の中で熱く爆ぜた。
 何故、あんなことを思ってしまったのだろう。何故、ほんの少しでも子供の頃の想いを振り返ろうとしなかったのだろう。
 きょとんとした姿の彼女に、私はポケットを探りながら告げた。

「君の二つの瞳は、今、私の手の中にあるんだ」
「えっ……!」

 私は箱の上に、カランと二つの宝石を置いた。
 それはまさしくあの宝石。森を映した湖面のような、透明感をもつグリーン。オパールのように滑らかにカットされている。
 彼女は絶句していた。『売り払ったのではなかったのか?』そう言いたげに口がパクパクと開く。

「君をいったん売ろうとしたのは真実だ。どうしてもお金が欲しかった」
「なんで、なんで……」
「恋人がいたんだ、私を堕落した道から救ってくれた大切な女性が。その女性に結婚を申し込もうと、指輪を手に入れようとした」
「ありえないわ。こんなことが、ありえない」
「必死に働いたが、遊びが長かったせいで要領も評判も悪く、定職に就けなかった。指輪を買おうと決めて一年たっても、足りない」

 不幸にも、家に在った高級な道具は、既に全て遊びの費用に使い切っていた。
 親の遺産もとっくに無くなっていた。おまけに長年の遊戯が祟り身体の調子が悪くなりだして、肉体労働もできなくなってきた。

 何か金策は無いか。苦し紛れに私が手をつけたのは、忘れられて久しい倉庫だった。
 もうお人形のことなどすっかり頭から抜けていて、抵抗無く扉を開いた。
 そして彼女を見つけたのだ。

 いっそ売ってしまえ。持っていても仕方が無い。お人形が必要な人がいるかもしれないし、売られたほうがこいつにとって幸せだ。
 私は自分の大切な思い出を捨てるために、気がつけば正当化の理論で武装していた。痛みは全く無かった。
 知り合いの質屋に彼女を連れ込んだ。後は彼女の言うとおりだ。

「君は売れなかった。それで車の中に戻ったとき思ったんだ」
「……!」
「この瞳の宝石は、指輪にするのにちょうどいい。宝石が自前ならば、指輪は何とか今のお金で作ることができる、と」

 宝石の台座だけならばさほどお金もかからない。幸い、瞳を掘り出せそうな工具は車の中にあった。
 いや経済的な理由以上に、私は残酷で身勝手な理論を思いついていた。一種興奮状態だったせいも有るのだろう。

「このお人形は私にとって大切なものだった。だから、そのお人形の部品を使えば、私が真に心を尽くしていると思ってはくれまいか」

 彼女は目に手を当てて、たださめざめと泣いている。実際は涙など無かったが、そう思った。
 目だけが無い、私のキャンバスのお人形の絵。それはあの抉り出した瞬間の回想を私に強いた。
 瞳が丁寧に掘り出され、白目だけになって虚空を見上げたお人形。
 吐き気を催した。『なぜ?』と彼女が訴えているように思われた。毛布をすぐにかぶせて見えないようにした。
 ただの道具だ。私は何度も反復して言い聞かせ、自分の心の中にある、膨大な恐れを必死に塗りつぶそうとした。
 だが気がつけば私は宝石店で、同じ大きさの安いイミテーションを買っていた。

「私はそう思ったんだ。申し訳ないが、これは正直な話だ」
「うぐっ……」
「せめてイミテーションを買って、君の失った瞳の代わりにしようと思ったが、車に戻ったとき君は既に居なかった……」




 話はこれでお終いだ。お互い、もう過去について語るべきことは無かろう。

「私は汚い人間だよ。謝罪の気持ちはあるが、心の奥底には濁った感謝の念がある」
「感……謝?」
「私はその指輪で完全に彼女の心を射止めた。結婚した。そして幸せに暮らしたんだ、今までずっと」
「幸せ……幸せだったのね?」
「そうとも。私の人生で一番の幸せだ。だから、その……君の瞳を使わせてくれてありがとうと……良くないとはいえ思ってしまう」

 彼女は口を閉じたまま、こちらをじっと見据えた。気分を害したのだろう。

「いや、こんなことばかり……何が懺悔なのやら。絵が完成してないのは残念だが、もう構わない。望むのなら今すぐ私を殺してもいい」
「返して」
「返す。ああ、宝石をかい」
「私の瞳を返して。そうしたら、私は貴方を赦す」

 耳を疑った。

「私を……赦す、と?」
「何度も言わせないで。返して頂戴」
「う、うむ。わかった。だがどうやって返せばいいのだ……」

 人間の少女と同じくらいの姿の彼女。瞳にはめ込むには、どう考えてもこの宝石は小さすぎる。
 それに彼女の瞼を開いて、そこにこの二つを押し込めとでも言うのか。流石に怯えが来る。

「ちょっと待ちなさい。オルゴール、借りるわ」

 彼女はベッドから腰を上げて、そばにあった壊れたオルゴールの前に立ち止まった。
 ゆらりと紫煙が、彼女の体中からあふれ出した。そしてオルゴールの上に小さく収束していく。

「これの瞳に、その宝石をつめて」

 今更どんな超常現象も驚かないつもりではあったが、私は感嘆の言葉をもらさざるを得なかった。
 オルゴールの台座の上にはなんと、あのときのままのお人形があったのだ。

「レプリカ、私の分身みたいなもの。御神体といってもいいかもしれないわね」
「信じられない」
「早く。分霊の仕組みなんか語っても仕方ない」
「ああ……」

 私はよろよろと立ち上がり、乾いた指先で宝石をもって、オルゴールの前まで行った。
 震える手で宝石をひとつ取り、そっと閉じてあるレプリカのお人形の瞼を開けた。 
 あの時見た、人の根本的恐怖心を煽るような白眼。メデューサの目の如く私を凍りつかせた。
 私はそれでも必死に、できるだけ直視しないようにしながら、指と宝石の位置を瞳に合わせ、えいと押し込んだ。
 接着剤も何も無かったが、まるで最初からそうだったかのように装着された。

 生が戻ったように思えた。瞳の緑を取り戻したお人形は、あの呪わしい感じをすっかり失っていた。
 すぐにもう片方の瞳へも装入する。両目が帰ってきた。美の結晶へとお人形は還元された。
 私の昔の記憶までもが、津波のように押し寄せてきた。

 思わず、レプリカを胸に抱いた。何故あんなことをしてしまったのだろう。何てすまないことをしてしまったのだろう。
 私の目は熱く充血し、老いて乾いた目じりに水脈ができた。これは本物ではないとわかっていても、年甲斐も無く嗚咽が漏れた。
 そして、空気だけが私の胸の中に残った。
 宝石を手に入れたレプリカのお人形は、ほどけて再び何処かへ流れていってしまったのだ。
 恐らく彼女の中に戻っていったのだろう。


「チャール……ズ……?」

 つっかえるように、そんな声が聞こえた。後ろを振り向く。ヒナがいた。
 その目には、闇ではなく、深い緑がゆれていた。
 初めて自分の親を見た小動物のように、儚く脆そうな眼光を宿していた。
 宝石の瞳が還っていた。

「……ッ!」

 彼女は私を見るなり、くしゃりと顔をしかめて目を覆った。
 そしてそのまま後ずさりするようにベッドの上にもつれ込み、顔を深くうずめてしまった。
 狼狽した。何かよくわからないが、ショックを与えてしまったのではないか?

「ど、どうしたんだい……?」
「本当に……」

 僅かに顔をシーツから離して、彼女は言葉を続けた。

「貴方は、本当に老いてしまったのね……」

 棍棒で殴られたような、痺れを伴う痛みが胸に突き刺さった。

「本物の目で見ないうちは、まだ信じないで居られたけど。やっぱり、本当に……居ないのね」

 彼女の心中がわかった気がした。男の子はもう居ないのかと失望して嘆いているのだろう。
 それは理不尽だ。男の子は私自身であり、別に男の子を殺して今の私ができたわけではないというのに。
 とはいえ、理不尽はお互い様である。心を持っていれば、誰だって完全な合理性は保てない。私もそうで、彼女もそうだ。

 何か声をかけたい気分になったが何も言葉が思いつかない。腹の調子も、かなり良くない。



 私はキャンバスの前に座った。
 完全に細部まで描けるか怪しいが、あの時一瞬見た彼女の瞳で、ある程度は目を書くことができそうだ

「いいわ。私は、赦す……貴方を赦す」
「それは大変嬉しいのだが」

 とりあえずその言葉を聴いて、私は心のつかえが取れた気がして安心した。絵に注意の方向を向ける。
 半ば大雑把にパレットの端で絵の具を混ぜると、恐ろしく彼女の瞳に似た色ができた。
 どうも本当に絵の神様が降りているらしい。最後の最後で私に幸運がやってきたようだ。
 まず目の輪郭からつくろうか、白目から塗ろうか、それともいきなり瞳を描いてしまおうか。
 竜の絵に瞳を描くと、絵の竜が抜け出て飛んでいってしまう、という話を思い出した。
 私は最後に瞳を入れようと思った。すると筆が何かに憑かれたかのように滑り出した。

「私は、赦してもらえないと思ったよ。それなのにこんなにあっさりだなんて」

 まつげの感じ。眼球の凹凸。手早く加えていく。

「昔々あるところに、立派な王子様の像がありました。目には宝石、体中には金箔……」
「ああ、その童話ならば知っている」

 慈悲深い王子の像は、つばめに頼んで、苦しみに喘ぐ者達へ自らの金箔や宝石を運ばせ、救ったという話だ。
 冬になり、王子は全ての宝石と金箔を与えてしまったため、みすぼらしい姿となってしまった。
 つばめは寒くなっても暖かい場所へ渡ろうとせず、死を悟って最期に王子にキスして息絶える。
 すると王子の鉛の心臓は割れ、彼もまた死んでしまった。だが、二人の魂は天使に救われ天国へ行ったという。
 題は確か幸福な王子……。

「……そういうことよ」



 手は止めないものの、私は少なからず動揺した。
 私は今の話でぼんやりとつかんだ彼女の意思に、今までのことを照らし合わせた。すると新たなる考えが出てきたのだ。
 彼女は何故此処にきたのだろう。そして、何故死神でもないというのに私を殺すというのだろう。
 私が見たのは幻ではなかった。それではあれはいったい何だったのか。
 三つの疑問が交錯して、新たな可能性を示唆していた。

「こういうことを言うのは如何なものかと思うが」

 老いてすっかり思い切りが悪くなった。若い頃ならこんな予防線など張らずはっきりといえたものを。
 ……何をしている、懐古しているときではない。私は再び思考をめぐらせた。
 螺旋のように空想と妄想の糸が絡み合って、それは私の口からその言葉を引っ張り出した。

「本当に私を殺しに来たとは思えないんだよ、君の話を聞いていると」

 彼女の端正な顔が僅かに歪むのを見て、私はさらに言葉を引きずり出した。

「まるで君は、死に掛けの昔の主人を、看取りに来たように思えるんだ」


 彼女はひたすら無言であった。
 私は絵の片手間に、ぽつぽつとそう思った理由を語りだした。

 まず私の見ていた『幻覚』のこと。あれは、薬のせいではなかった。
 今までのことを考えるに、あれは私の中の不幸が紫のもやとなって立ち上っていたのだ。
 部屋を旋回して収束するのも、反時計回りなのも、今なら彼女の仕業だったという証拠になる。

 ならばここで誰もが思うだろう。幻覚が始まったのは、何も今日昨日の話じゃない。随分前からだ。
 彼女はずっと前からこの家の何処かに潜んでいたのではないか。或いは私達に見えないだけで、ずっとそばに居たのではないか。
 そう考えてもおかしくない。至極自然な話。

 何故わざわざそんなことをしておいて、もう勝手に病で死にそうというところで私を呪い殺すといってくるのか。
 そこに私は殺意を感じられなかった。寧ろ、もう時間が無いと思って、我慢を破って現れたようにも思われる。
 私を殺すといったのも、今となっては『貴方の寿命はあと一日』と、教えようとしたようにしか見えない
 無論、彼女が遠隔的に能力を使えて、実際は此処にいなかったのならば話は別だが。


 もうひとつ。何故彼女はそんなことをしたのか。
 彼女は不幸を溜め込むと、物語でも現実でも語っていた。するとあれは私の不幸を吸引していたということになるのだろう。
 私は思い込みをしていた。彼女が不幸を強調するものだから、私は彼女が不幸を与えるだけのものと固定観念を抱いてしまった。
 だが良く考えれば、不幸を奪われた人間は相対的に幸せになってしまうのではないか。苦しみを除く鎮痛剤のように。
 彼女は不幸を溜め込むことは説明したが、そのとき不幸を奪われた周りの人間がどうなるかは説明していない。

 鎮痛剤と考えて、私はさらに思い出した。この決まった時間に起こる幻覚、見て不思議というわけではない。
 この数ヶ月、私はあらゆる時に腹の痛みに襲われた。昼も夜も、いつだってだ。
 しかし、この幻覚を見ている時間だけは調子がいい。一度も痛んではいない。夢の細波にたゆたっているようだった。
 彼女は私の知らぬうちに、苦しみを減らしてくれていたのではないか。
 だが、決まりきった死までは彼女にも動かせず、私の目の前にあらわれたのではないか。


 我ながら気恥ずかしくなるくらいの好意的解釈では有った。
 だが、それは私にとって無視できる程度の些細な仮定ではなかった。

「それに君は、一度も復讐に来たと言っていない」
「ちがう」

 目を閉じたままベッドにうつぶせになり、じっと聞いていた彼女が口を開いた。
 きゅっとシーツが握られた。

「何?」
「言ったはずよ。私は付喪神だった。それは持ち主に恩返しや仕返しをする妖怪みたいなもの、と」
「それはそうだが……」
「もしかしたら、私は貴方に仕返しに来たのかもしれないわ」
「なあ、ヒナ」 

 私は大きく溜息した。

「時間が無いのは真実なのだろう? もう私も先が見えているんだよ」
「……うん」
「質問に『もしかしたら』なんて答えられても困るんだ。じきに、言葉も出なくなる。絵も描けなくなる。スマートに答えてくれないか」
「二者択一で答えろと」
「ああ。完成させたいんだ……絵を」

 彼女は押し黙った。言葉を選んでいるようにも見えた。
 私の絵は瞳を除いてほぼ完成したと思われた。だが、まだ気は抜けない。不安なところには全て修正を施さねば。

「君に再会できて、私は幸せだ。そうだ、君は不幸ではなく幸せをくれたんだ。最後の最後でとても大切なものに気づけた」
「……」
「この絵が完成したら最初の鑑賞者は君だ。自画自賛のようだが、約束の絵ではあるし、君に喜んでもらえると信じている」
「……」
「君が私を幸せにしてくれたのだから、私は君を幸せにしてあげなければいけないんだ」
「『友達は僕を不幸になどしない。だから僕は友達を不幸にさせやしない』」
「え?」

 抑揚の無い感じで彼女はつぶやいた。

「少年の貴方が、私をかばって言ってくれた言葉」
「あ、ああ……そうだったかな」
「貴方の今の言葉は、それと似ていたけれど、全然違う」
「不幸にしない、幸せにする、か」

 彼女は身体を起こした。ベッドの上に、先ほどのように座った。
 髪がさらりと揺れる。昔、彼女の頭を手櫛でといてやったときの滑らかさを指先に感じた。
 彼女はこちらに向かって、瞼の向こう側から私を凝視していた。

「厄神様は、不幸を奪う神様。人を幸せにはできない」
「だが」
「でも貴方は幸せだと言ってくれた」

 深々と彼女は頭をたれた。動き続けていた筆が止まった。

「ありがとう」

 一息ついて、彼女は意を決したように、凛として美しいソプラノで語った。

「全て、正しい」



 突然、内臓が食いちぎられるように痛んだ。唸り声が胃の底から上がってくる。
 落ち着け、腹の中の悪魔め。あとでたっぷり暴れさせてやる。今はもう少し待つんだ……!

「私は貴方を憎もうとしたわ。だけどできなかった」
「う、うむ……」

 気がつけば彼女は私の目の前に居た。痛みをこらえて強張った拳をやさしく解いて、手を重ねてくれた。
 痛みがゆるゆると失速していくのを感じた。彼女が私から苦しみという不幸を吸っているのかもしれない。

「冷え切ったお人形の手に、貴方の手は暖かすぎたから……」

 嘘だ、と思った。
 彼女の手は優しく、そして春の日差しのように暖かかったのだ。昨夜の彼女の手とまるで違う。
 汗ばみ、皺だらけの黄色っぽい私の手、しかも絵の具がべたべた付いている。それにも拘らず、彼女は優しく手を包んでくれた。
 胸が一杯になった。鳥肌が立ちそうなほどの感動を覚えた。
 ただの手と手の接触、それだけで私は果てしない心のつながりの妙を感じざるを得なかった。

 そうか、君も、そうだったのだな。
 私と出逢ったばかりのあの頃。

「貴方は私を恨めますか?」
「いや…………もう、無理かもしれない」
「私も同じだった。恨むことも、憎むことも、怒ることもできず、ただ悲しみだけが……」
「そうか」
「不幸な過去を背負ったのに、祟り神にならず厄神になれたのは、きっとそのおかげだったのだと思う」
「ヒナ」
「貴方は卑怯よ。これから悠久の時を生きる私に、一生消えない呪縛をかけたのだから。いっそ、救わなければ良かったのに……」
「君の手は、暖かい」
「貴方も、まるで昔みたいに」



 時計を見た。恐ろしいほどの時間が過ぎていた。
 太陽が月夜を執拗に追跡し、食らおうとしている。私の命もその中で焼き尽そうとしている。

「絵を完成させねばならないんだ。世界で一番愛する友と、約束した絵なんだ」
「うん」
「だが、彼女は目を開けてくれないんだ。あと瞳さえ描けば完成なのに」
「……うん」
「もう、何のわだかまりも残っていないだろう。だから」

 そっと手が離された。大気が冷たく感じるほど火照っていた。

「目を開けておくれよ、ヒナ」

 彼女は首を横に振った。

「できない」
「……何故だ?」

 空気が停滞し、濁った淀みを作っているようだった。あの倉庫の中と同じだ。
 むやみに時間を引き延ばし、たかだか数秒の間を、何年にも感じさせた。

「目を開けたら、きっと、泣いてしまう」

 筆がカランと音を立てて落ちた。

「そうか、そうか…………そうか」
「そんな顔、できない」
「ならば、目は構わない。だが、せめてもっと笑ってはくれまいか?」
「できない」

 今度は何故とたずねる間もなかった。

「笑ったら、零れてしまう。もう、限界なの」



 震える瞼を見ていられなくて、私は目をそらし、落ちた絵筆をとろうとした。
 そして座ったまま背を丸め、筆が指先を触れたそのときだ。

 体内で、釘と針を詰め込んだ爆弾が爆発したかのような痛みが走った、広がった、痺れた。

 声も出なかった。乾いていたはずの口からは、涎か胃液か良くわからない薄い液体が流れ出て、靴のつま先に落ちた。
 どうやら最後のスイッチを押してしまったらしい。喘ぎながら必死に背もたれへ体重を預け、私は激しく息をした。
 酸素が何分の一にもなってしまったようだ。いくら呼吸しても吸った気にならない。
 身体がかっと熱くなり、骨も肉も内臓も火事を起こしたのではないかと思うほどだった。

 医師に死を宣告されたときの言葉を思い出した。
 残念ながら、貴方のお腹のそれは手術では摘出できません。なぜなら厄介な血管に癒着しているからです。
 それを傷つけずになんとかする技術はこのアメリカ全土を探してもあるか……そもそも、年齢的にも無理があります。
 腫れが大きくなるにつれて貴方はかなり苦しむはずです。鎮痛剤を差し上げましょう。
 覚えておいてくださいね、貴方は爆弾を抱えているのです。いくら元気でも、破裂したら、あっという間です。何分と持ちません。
 だからご家族には前もって……。

 何分も持たないときたもんだ。くそっ……!

「ハアッ……ハア……!」
「チャールズ!」

 何てことだ。まだ絵は終わっていない。白目に緑の宝石を刻んでいない。
 このまま終わらせれば、それは気味の悪いだけの人形の絵になってしまう。
 彼女は私の手を再び掴んだ。痛みは若干薄まった。だが、長くは持つまいと思った。

「ち、誓うよ、ヒナ……」
「何? 何を?」
「涙は、決して、決して描かない。だから、その瞳の煌めきを……今一度、私にくれ!」

 彼女が歯噛みしたのがわかった。白い歯が唇の奥に見えたから。
 彼女の手を強く握り締めた。二つの異なる脈を感じた。

「約束」

 瞼は開かれた。
 今まで見てきたものの何よりも美しい、森の風の如き深緑の珠玉がそこに在った。


 ふと思った。筆が落ちてしまったのだ。拾おうにも、そんなに身体が動いてくれない。
 彼女はすぐにそれを了解したのか、私の手に筆を拾ってもたせた。
 しかし、私の手には既にそれを安定して握り締め、キャンバス上を走らせるだけの腕力と握力が無かった。再び地に筆が落ちる。

 破れかぶれで、私は利き腕の人差し指に、作っておいた瞳の色を塗りたくった。
 だが、絵の中のお人形の白眼の前で、指は凍ったように止まり、すぐに震えが止まらなくなった。
 もし失敗したら、もうやり直しはきくまい。私の九十九パーセント完璧に仕上げた作品はここにて駄作になるのだ。
 彼女の眼は恐怖心を余計に煽った。瞳を抉ったとき、私を見つめていたあの瞳……。

 ゆるさない。

 失敗することか、怖気づいて絵を完成させないことか、どちらかはわからないが絵の中の彼女はそう告げていた。
 震える。世界自体が共鳴して震えている。私が歪む。

 手だった。
 私の震える手を握り締め、暖かさと落ち着きを与えてくれたのは、またしても彼女の手だった。

「完成させなきゃ。私が支えていてあげるから……」
「お……おぉ……」

 感謝の言葉は頭の中で空中分解した。口も言うことをきいてくれなくなったようだ。
 だが不思議と焦りは収まった。キャンバスと私の指の間の空間が埋まっていく。着地した。
 あのとき宝石を押し込んだように、えいと両目に濃い目の緑を捻じ込んだ。

 ミスは無かった。まずは、よしだ。
 だが彼女の瞳はたかが一色で表せるほど単純ではない。すぐさま別の指でパレットの色を混ぜ合わせた。
 パレットはヒナが持っていてくれて、私の望むがままの色を作らせてくれた。
 そして二人の手で色を重ねていく。平面は立体になり、透明感を得て、質感を手に入れた。
 細かい感じは爪先で刻む。やったことはなかったが、思いがけず良い効果が出た。

 美しい、ただ美しい。絵の中の過去の彼女も、そして私の最後の我侭に全力でこたえてくれている現在の彼女も。
 二人の彼女の瞳は常に私を向いていてくれた。濡れ濡れと光って、片方は泉のように頬を潤していた。
 金よりも、権威よりも、名誉よりも、遥かに高貴で美しい物を、私はその輝きに見た。
 胸の奥が震えた。

 いよいよ最後、私は爪の先で白色をとった。目に光を入れ、命を吹き込むのだ。
 僅かに横を向いた。視線が交じり合ってひとつになった。どちらとも無くうなずいた。
 支えられながら、私の指が塗りこまれた絵の具の上に触れる。
 引っかくように、白をこすりつけた。丁寧に周りと馴染ませる。白い絵の具は絵の中に眼光として封じ込められた。


「おお……完成、だ……!」


 感動に打ち震えながら、くぐもるような声を出した。
 完璧だった。私の人生を彩る、最後の絵。まさに有終の美というべき作品ができた。

 力が抜けた。下の辺りを切られて砂の抜け落ちるサンドバッグのように私はへたり込んだ。
 天井を見上げると、よくわからないしみが有った。蜘蛛が壁に這っているのも見えた。
 これで、この部屋を見るのも最後か。

 どうしてだろうか、私は涙を流していた。
 痛すぎて、もう痛みがあるのかないのか、何もわからなくなってきたというのに。
 若い頃は太く短く生きるとか言っていたことを思い出す。実際はそううまくいかなかったようだよ、あの日の自分。

 だが、これだけはわかる。私の心の暗雲は最後に訪れた光が綺麗に晴らしてくれた。
 窓の向こう、今宵の空から雲が消えて、星と月が明るく輝きだしたように。

 いい人生だった。



「おめでとう」

 澄んだ声が聞こえる。頭の中へ直接呼びかけられたように、明瞭だった。
 身体が冷えていく。鼓動がテンポを遅くしていく。目がかすんでいく。遠い。

「そしてありがとう。貴方は約束を守ってくれた」

 私はもう何も言えなくなっていた。まもなく訪れる運命を感じていた。

「綺麗な絵。嬉しいわ、本当に嬉しい……」

 軽く笑ってみた。実際はどんな表情になったのかわからない。
 だが幸せそうな顔には、なった気がした。きっと……。

「一緒に踊りませんか」


 ああ。全て終わったのだ。幼い頃遊んだように踊ろう。あの音楽で。

 彼女は私の汚れた手をとって、手の甲に唇を落とした。
 これは敬愛のキスだと私はぼんやり考えた。

 私は、彼女に手を引かれ、ふうっと立った。
 身体は羽のように軽かった。椅子の上では満足そうな笑顔の老人が、抜け殻となっていた。
 私の身体はお人形と遊んだ頃の年齢へと姿を戻していた。


「踊りませんか」
「喜んで」


 つないだ手を強く握り、私は会心の笑顔を浮かべた。
 彼女は、もう泣いていなかった。花の咲くような可愛らしい笑顔を私に捧げてくれていた。
 この世の全てが至高の芸術品になったように見えた。いや、気がつかなかっただけで最初からそうだったのかもしれない。

 止まった時が動き出す。
 夜が破れ始め、窓の向こうには永久に届かない朝がやってこようとしていた。
 壊れていたオルゴールが、ピンと音を鳴らした。次の音が流れ、零れるようにフレーズが溢れた。
 テンポを少しずつ上げ、あの懐かしい音色が、流れてきた。

「時が戻った……」
「ああ」
「あの日が帰ってきた……」 
「……ああ」

 彼女の反時計回りの踊りは、最後の最後、こんな形で魔法を発動させたのかもしれない。
 素敵な魔法だ。


 特に始まりの合図も無く踊りは始まった。
 小さく揺れ、大きくスイングし、足を踏み出してステップをとる。流れるように回転し、アレンジを加える。
 揺り篭の揺れのように静と動を織り成す、心地よい眠りを誘うようなダンスだった。
 壊れた機械の奏でる三拍子のリズムが、心地よく耳に届いた。儚げな音色が私の魂を陶酔させた。

「お上手なのね」
「若い頃、よく踊ったもんだ」
「そう」
「どの女性も君ほどは上手くなかったが」
「私はもう何十年も踊っているのだから」

 ロンド。輪舞曲、或いは回旋曲。主題と間奏が繰り返し繰り返しやってくる曲のこと。
 彼女の生き方はまさにそれではなかったか。可愛がられ、手放され。踊って、眠って。
 違う、眠ってはいなかったな。待っていたのだ。


 私は、身体の表面が幽かに光の霧となって漂っているのに気がついた。
 ……曲はもう何度繰り返されただろう。

「いつまでこうしていられるのだろうか」
「朝まで」
「そうか」

 部屋の中には薄く明かりが満ちてきた。夜空は薄紫へと変色して、ただ茫々として在る。
 時間が無い。

「次でお終いにしよう」
「そうね」

 オルゴールの一巡は、短い。人の命よりも儚い。
 ずっと見つめあいながら、ゆらりくるりと踊った。
 回転の方向が時計回りだったことに今更気がついた。私達の運命なのか、単に昔をなぞらえただけか。

 私は死んだか、殆ど死に近いところにいるのだろう。
 だが限りない生の歓喜を感じていた。生の一切合財を灰も残らず焼けつくす煌めきを発していた。
 私はこんなに美しく終わることができる。
 やはり君は不幸のお人形なんかじゃなかった。
 幸せの神様だ。




 オルゴールは流れ続けている。だが最後の一巡は終わった。
 私達は足を止め、手をつないだまま無言となった。お互いの目の少し下あたりを見ていた。
 映画のスタッフロールを思わせるように、お人形のロンドは悲しく切なく鳴り続ける。

「私は幸せだった」
「私も幸せよ」

 過去形と現在形の差が、否応も無くできていた。

「これからどうなるのだろう。私に死はわからない」
「貴方は、幻想の国へ逝く」
「幻想の国?」
「世界から忘れられたものが、たどり着く場所」
「それは天国なのか、地獄なのか」
「逝って見ないとわからない」
「そうか」

 朝の近さを小鳥の歌い声に聞いた。
 生きとし生けるもの達の賛歌だ。死者は在るべきでない。

「私も、近いうちにそちらへ行くと思う」
「何だって!? それでは……」

 彼女は哀しそうに首を横に振った。

「私は貴方のように死ぬのではなく、生きたまま人々に忘れ去られる。幻想の国に移される」
「会えるのか」
「会えない。貴方は私のいる場所を通りすがって、死後の世界へと行き、いつか転生する」
「場所が違うと」
「……ん」

 彼女の他の厄神が、そしてありとあらゆる不可思議な存在がそこへと移動しているのだと彼女は告げた。
 もうこの世の中で常識を覆す存在は欲されなくなった。
 科学に従わないものは疎まれ、見放されるようになった。全ての不思議は計器のミスになってしまった。
 だから、神様も此処を見放すものが増えてきた。妖精も妖怪もどんどん消えている。
 私もそのうち消えて、あちらへ行く。

 だが、それは死者あるべき場所とは違う。
 自分はこの世から排除されていった有象無象の集う最後の楽園に行くのだと彼女は続けた。
 死した者は、その楽園を掠め、時には迷うことはできる。だが殆どは、そのまま死後の世界へ行かねばならないのだ。
 しかも霊魂は姿形はおろか、記憶までもがあやふやになる。ちょっとしたことで消えてしまう脆い存在へと変わる。
 亡霊となってそれらを例外的に保つには、残念ながら執着の念がなさすぎた。

 強いて言えば、その楽園に転生すればまた会えるかもしれない。
 だがそのときは完全に記憶を失い、新たな身体を得て、最早ただの他人となってしまっているだろう。
 だから私達は永遠に会うことはないのだ、と彼女は言う。

 手を離すのが怖くなった。

「わかった。私のことはわかった。だが、君はこれからどうやって生きていくんだ」
「考えていなかったわ。私の全ては今日このときのために……」

 彼女は幼子が両親の喧嘩を見たときのような、困惑と悲しみを帯びた顔をした。
 私は暫し考えた。参ったな。彼女が私以上に未来が無いなんて。

「ならば」

 うつむきがちだった顔が、くいとこちらを向いた。

「待っていてくれ。私は必ず、君に会いに行く。そのときを待っていてくれ」

 寄せられる眉。ぽかんと開いた口。
 何を言ってるのだこの人間は、と思っているのだろう。私だってそう思う。

「何を言ってるのかしら。私は今これだけ再会は無理って言ったのよ?」
「絶対にかい?」
「絶対に、無理」
「百パーセントか」
「それは……殆ど百パーセントよ」
「ならば今君が省いた、百パーセントに満たない分の誤差に賭けよう」
「方法が無いじゃない」
「これから考える」
「仮に会っても、どうするの?」
「全て話すには夜は短すぎた。私はもっと感謝したいし、謝罪したい。そうすべきだ。そうしなければならない」
「そんなの、貴方の決めることじゃない」
「それに私は君とまた話がしたい。もっと触れ合いたい。そしていつかまた、この曲で踊ろう」

 ぼろぼろ出任せを言った。私は確かにその可能性に期待はするが、それを夢見ることはできないだろう。
 これは寸劇なのだ。彼女も良くわかっているはずだと思う。
 私は未来を約束しようとしているという演技をしているに過ぎない。
 そうしてとりあえずの未来を作っておいて、そこからは彼女の歩みに任そうと考えたのだ。

 希望、一歩間違えれば呪縛。彼女が約束してくれる演技をせねば、泡沫だ。
 そんな危なっかしい社交辞令に想いを託すだなんて、私は大人になってしまったものだなと思えた。

「貴方は……そうなのね。そうだったわね。残酷な、とてもとてもひどい人」

 手が強く握り締められた。
 眉間に力をこめて、私に鋭い眼差しを向けた。演技とは思えないほどの意思が眼光になっていた。

「約束するわ。待っている。ずっと」
「すまない。ありがとう」
「大丈夫。私は大丈夫だから」

 私は吐息で疑問を呈した。

「来ない人を待つのは、もう慣れてしまったもの」



 夜は破れてしまった。魔法は消えていく。私の身体は次第に不安定さを感じ始めていた。
 君は気づいていたのだろうか、ヒナ。実は『五枚目の絵』がこの部屋にあるのだ。
 お人形の絵、花の絵、女性の絵、海の絵、その終わりにある、最後の絵。

 私はその絵を見遣った。白々と光があった。素晴らしい出来だった。最高の状態で完成していた。
 美しい夜の終わりと、麗しい朝の訪れの絵画が。

「必ず、再会しよう」
「ずっと待ってる」
「いつか機会がつかめるまで、きっと何処かで在ってくれ」
「平気よ」
「そうか」
「私に眠りなどやってこない」

 私は私の抜け殻を見た。よく眠っていた。

「こういうときに出すありがちな常套句しか用意してないが」
「構わない」
「また会おう」
「また会いましょう」
「「きっと」」

 重なった言葉。妙におかしくて、私達は悪戯っぽい目で会釈を取った。
 魔法が解けてしまったのか、オルゴールはリタルダンドをかけた。
 再び時が止まっていく。もう動くことは無いのかもしれない。
 でも今回はいいのだ。心地よい無音を私達は聴く。
 繋いでいた手を解いた。温かみが残っている。
 レクイエムという単語を思いついた瞬間、音楽は途切れた。

 ダンスの終わり、幼い日の私達の約束。
 必ず踊った相手には敬意を払い、礼をするものだと。

「良い夜をありがとう」

 私は言った。深々と、やや格好をつけて礼をした。

「良い朝をありがとう」

 彼女はスカートをつまんで、優雅に礼をした。



 目を閉じた。
 いよいよそのときだ。
 心の中で、ドンキホーテの如く勇ましい声を張り上げた。

 いざ、死よ来たれ!
 私をどこまでも連れ去っていけ!
 だが魂の芯まではわたすものか!
 さあ!

 目を開いた。
 落涙している彼女がいた。
 戦慄く唇と頬。潤みきった瞳。雫。


「チャールズ……」

 まるで闇の中を探るように、彼女はふるふると手を伸ばした。

 反射的にその手をとろうと、私も手を伸ばした。

「ヒナ」


 あと僅かの距離を埋められないまま、私は光霧となり、暁に溶けた。
















【The end of the Rondo】





 父が死んだという連絡が届いたのは三週間前だった。
 私にとって、それはごくあっさりとしたもので、特に何の感慨も無かった。
 隣の家の犬の泣き声のほうが幾分か気がかりなほどであった。

 葬儀への参加は仕事があるので断った。費用だけ出しておいて、いつものように出社した。
 同僚に、会った。彼は先日母を亡くし、たいそう悲嘆にくれていたのを思い出す。
 私は以前からそれなりに覚悟と期待をしていた。さて、あの父が死んだら私も心を震わすことができるのやら、と。
 実際は何も無かった。
 へえ、そうかい、わかったよ。連絡の応答はそれだけで十分だった。
 私よりも、私の妻のほうが慌てていた。いらないと言ったのに、息子を連れて勝手に私の実家へ行って葬儀に参加した。
 そうしてしばらく空っぽだった家はひどく広く見えて、父の死なんかよりもよほど哀愁を誘った。


 私は今、実家にいる。流石に実の親が死んで、ずっと顔も見せないと世間の評判も悪いだろうと思って、仕方なく来た。
 一日ほど此処に泊まって、すぐに帰ろうと思っている。
 都会と違ってこういうのどかな田舎もいいものではあるが、景色を見て心が休まるほど私は暇ではない。

「もう少し居れば良いのに」
「そういってもね、母さん。仕事があるんだよ」

 たった今父の墓を見て、帰ってきたところだ。
 特になんの代わり映えも無い外見で、話す内容にも困る墓だった。ほう、この下にはカルシウムが眠ってるのかと思ったくらいだ。
 私は神も魂も神秘も信じない。葬儀や墓の意義が理解できない。
 父が生体活動能力を失った。私以外の関係する人間が、それを機会に昔を振り返ってああだこうだと言った。
 葬儀というのはたったそれだけのイベントだ。不経済且つ非合理である。

「仕送りの金額を減らす気は無いから、今まで父さんが浪費してた分で何か贅沢をしてくれ」

 私は父が嫌いだ。
 彼は夢ばかり語るくせに、ちっとも実力のない、どうしようもない人間だった。
 昔はそのひたむきさに憧れたこともある。だが、そのおかげで家は裕福ではなかった。
 母に働かせて、昔の縁で安月給でメイドを働かせて、それなのに自分は一切金を作れなかった。
 学校ではクラスメートと差を感じたし、家を出てからは余計にあの頃の生活水準の格差を感じた。
 家は広いくせに何も無いから、恥ずかしくて人なんて呼べなかった苦い記憶。
 社会に出て金の保有のみが唯一の信仰となり、自分が金の亡者になっていく気分の悪さから、私は父を憎むようになった。
 努力しても報われない人間なんて、悲劇的な美談にはなるかもしれないが、はた迷惑この上ないのだ。

「全く、あれだけ時間と金をかけておきながら、一つとして世間に認められる作品を作れないなんて」
「……世間に認められるかと、作品の価値は別よ。わかってくれないのかしら」
「わからないさ。芸術とはね、美術館に飾られたりして、作者の名を知らしめることのできるものだけを指すんだよ」
「そんなことはないわ」
「いいや、他の全ては落書きに過ぎない。音楽だって、文学だって、芸術は全てそうだ。落書きが綺麗か汚いか論じても仕方が無い」
「違う。大体、貴方の中での芸術の定義はともかく、それは人の心を動かすかどうかに全く関係ないでしょう」
「可愛そうに。世界の名だたる芸術に触れる機会が無かったからそういうんだよ、母さんは」
「私はあの人の描いた絵に素直に感動したわ。彼は最後まで無名だったけど、それでもあれは芸術だと言い張れる」

 私はやれやれと首を振り、肩をすくめた。
 母さんは頑固なのだ、とくに父を貶されたときは絶対に退かない。
 何が良くてあんな男と結婚したのだろう。どうしてそんなに愛することができるのだろう。理解できないことだ。

「そこまで言うのなら、貴方も見てみなさい」
「絵を?」
「そう」
「まあ構わないけれど。期待はしないけどね……」


 母は、私をある部屋へと案内した。
 父の寝室兼アトリエだった部屋だった。物も少なく、がらりとしていた。
 壁には四枚の絵があった。
 真っ黒なところに僅かに何か波のようなものが描いてある……恐らく海の絵。
 母に似た女性の絵。花園の絵。そして、西洋人形の絵。

「ほお」

 私は色々と向こうで芸術をたしなんだ。展覧会もよく行った。
 そんな私の目から見て、意外にも、それらは決して悪くない出来だった。

「へえ、父さんにもこの程度なら描けるのか。他には?」
「無いわ。あの人が残したのはこの四枚だけ」
「これくらいなら何ドルになるかな……千ドル……一枚二千ドルくらい行くといいな」

 まあ、綺麗な絵ではある。飾ってあったら、暇人ならちょっと立ち止まってみようという気にはなるかもしれない。
 小金持ちが道楽として買うなら、それはそれで用途がありそうだ。
 流石に一生かけて全く駄目だったわけじゃないのか。
 だが、せめてこういうのを何枚も描ければいいのにな。たった四枚じゃ……。

「最後に仕上げたとか言うのは?」
「そのお人形の絵よ」
「ああ、これか。道理でこれだけ妙に際立って上手いと思った」
「そのお人形ね、何故かはわからないけど、何十年ぶりに出てきたの」
「ん? 母さんはこの題材を知っているのかい……」

 振り向く途中に、箱の上に乗った、絵のものと同じお人形を見た。

「このお人形?」

 私がそれを指差して尋ねると、母はうなずいた。

「私はね、あの人と幼馴染だったから。小さい頃、何度かだけど此処に来たの。そのとき、あの人が自慢してくれたのがあのお人形」
「ははあ……こいつは良くできているお人形だな。素人目にもわかる」
「それはもうしつこいくらい見せびらかして自慢してきたわ、おかげで覚えているの」
「へえ」
「でも、それ以来一度も見ていなかったのに、いったいどこから出てきたのでしょう?」
「大方隠してたんじゃないのかな?」

 近寄ってみると、箱ではなくオルゴールであった。ぜんまいを巻くと、台座が動く仕掛けに違いない。
 私は空中を見つめて微笑を浮かべているお人形の手をとってみた。服を調べてみた。瞳を覗き込んだ。
 これは凄い。あの絵全部よりも遥かに価値があるだろう……父さんもこんなお宝をもてたなんて、報われたもんだ。


「これは……多分、貴方は信じないでしょうけど」
「何を?」
「不思議なのよ。あの人が亡くなった朝ね、色々奇妙なことがあったの」

 おいおい、母さんまで人が死んだくらいで感傷的になって、幻覚でも見たんじゃないだろうな?
 幽霊やら心霊現象やらは大抵、精神的に不安定な人が物に過敏に反応したり拡大解釈したりするのが原因なんだ。

「まずはね、朝にオルゴールの音楽を聴いたのよ。そのオルゴールの」
「実際目の前に在るんだから、最後に父さんが聞いていたんじゃないかね?」
「そんなはずは無いのよ、このオルゴール、壊れてるから」
「何だって?」

 私はそのオルゴールのぜんまいを巻いてみた。なんの引っかかりも無く空転した。
 確かに壊れている。巻くことができないなら、音も流れない。

「他の音楽と間違えたんじゃ?」
「いいえ。小さい頃遊びに来たとき、このオルゴールも聞かせてもらったわ。何故かわからないけど妙にはっきり覚えてるの」
「むう」
「曲名は知らないけど、ロンドよ。間違いない。小さい頃あの人が自慢げに何度もそういってくれたわ」
「ロンドねえ」

 最後に聞いたとき、壊れたのだろうか?
 いや、それよりも幻聴の可能性の方が高い気がする。

「それとね、もう一つおかしいことがあって、絵のサインが……」
「奥様、お客様がいらっしゃいました」

 メイドが戸を半分ほど開けて呼びかけてきた。
 母は少し迷った風であったが、私が促すと、メイドと一緒に部屋の外へと出て行った。



 独りきりになった部屋は妙に肌寒く感じた。安そうなベッドに腰掛け、全体を見渡した。
 オルゴールの上のお人形を見る。この機械が壊れなきゃ、この台座の上でくるくる回っていたのだろう。
 今度は絵の中のお人形を見た。写真のような鮮明な描写ではなく、さながら夢の中に出てきたお人形のように思われた。
 暗い部屋に光が差し込んだような背景。微笑を浮かべてこちらを見つめるお人形。
 なんだか今にも動き出しそうだ。不吉なくらいそんな予感をさせる。

「絵のサイン……」

 私は母の言いかけた言葉を思い出し、立ち上がった。
 全ての絵のサインを見れば何かわかるのかもしれない。どうせ暇だし、やってみるか。

 私はまず、一番近くにあったお人形の絵を見た。
 赤い絵の具で右端に父の名前が書かれている。まあ、普通はこういうものだ。日付も添えてある。亡くなった日と同じだ。
 次に右隣の花の絵を見た。やはり右下に在る。若干の違和感を感じた。
 さらに隣の女性の絵を見た。絵の具の色は全て赤だが……おかしいな。
 その隣の夜の海の絵。おかしい。サインは全て同じ箇所、赤い絵の具で書かれている……だが。
 その隣には、閉め切られた薄いガラスの窓があるだけだった。

「なるほど」

 筆跡が違う。あとの三つは大体同じ筆跡だ。
 だが、最初のものだけ、お人形の絵だけは明らかに筆跡が違う。妙に丸っこい。
 気が変わった? まさか、流石にそんな酔狂なことはすまい。作者が自分と認められなくなってしまう。
 ならば、別の誰かが書いた? 何のために? この字は母のものとも、メイドのものとも違うぞ? 

「確かに、謎だなあ」

 私は何かヒントが掴めないかと、最初のお人形の絵に戻り、食い入るように見つめた。
 すると、サインの下の方に、さらに小さい字で何か言葉が書いてあった。



 Farewell to my dear sir.



「さらば……親愛なる我が主……?」

 何だこれは。主って誰だ?
 父さんのことか? 父さんがいったい誰の主だったというのだ?

「あっ」

 私は母の言葉を思い出した。このお人形は、小さい頃父が遊んでいたものだということ。
 ならば、このお人形の主は父であり、間違っていない。そうだ、それならつじつまが合う。

 ……いやいや待て、だとするとどういうわけだ? この字はあのお人形が書いたとでも言うのか?
 馬鹿な、そんな不思議なこと起こるわけが無い。








        ピン……ピピピン……ピン、ピン……



 まるで、金属をはじくような音がした。

 私はその瞬間、ここ数年来で一番驚愕した。獣のように振り向いた。そして目撃したのだ。 
 先ほど壊れていると確認したばかりのオルゴールが、音楽を奏でている様を。
 その上で、今私が見ていた絵と同じお人形が、くるりくるりと回る姿を。

 そして、あろうことか、私に向かって華麗にお辞儀したのだ。
 お人形が。

「……神よ……!」

 無神論者が、気がつけば神に呼びかけていた。
 一体全体何が起こっているのだ。お人形が、オルゴールが、動くはずも無いのに動くなんて。
 慌てふためき、私はあたりを見渡した。
 一番左端のお人形の絵の前、四枚の絵が全て視界が入るように横を向いたとき、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 私は勿論父から、父の過去のことを教えてもらっていた。
 若い頃は遊びほうけて無茶をやったそうだ。そして、遊びを楽しめなくなった頃、母と結婚した。
 晩年は決してよいものではなく、暗澹としたものだったろう。私が邪険にしていたせいも、ある。

 このお人形の絵を基点とすれば、これは一続きで、父の人生を表しているのだ。
 単に書き散らされたものではなく、そこには全編を通すテーマがあったのだ。

 そしてそれに気づいたからこそ、私はこの部屋に隠されたもう一枚の絵の存在を知った。



 私は、もう否定できなかった。
 この世の中にはありえないものがある。父は最期、それと出逢ったのだ。
 幼い日のお人形……。

 額縁に入った絵の中の彼女は、先ほどよりも悪戯っぽい笑みに見えた。
 やっと気づいたのね、と言わんばかりに。全身が粟立った。

 私は一歩、父の人生の過ぎる方向に向かって歩いた。
 咲き乱れる花の絵があった。今の私よりもさらに若い頃描いた物のようだ。
 栄華を極めた、人生の絶頂期。絵の中に光が溢れ、華となって炸裂していた。

 もう一歩歩む。貴婦人の絵があった。
 母と結婚した年の、結婚記念日に完成していた。私と同じくらいの年齢だ。
 女性の姿は、暗い背景に浮き上がって、先ほどよりも神々しさを帯びている気がした。
 父の心が、千の言葉でも語れないくらい、まっすぐ鮮明に心に入ってきた。

 一歩。夜の海の絵。
 静かな細波、か弱い三つの星。光は他に何も無く、物も無かった。
 水面は全てを飲み込み、跡形も無く沈めてしまいそうなほどの闇色を浮かべていた。
 三つの意味は、今なら判る気がする。私が居た頃の、家族。私と、母と、メイドと。
 或いは他の何かかもしれないが、私の心をえもいわれぬ不安に落とし込むだけの力があった。

 テーマだ、一貫したテーマ。
 これがあるおかげで、私は先ほどの鑑賞より遥かに心を動かされた。
 ただ一人の人間としての父の生き方を、正確にたどったようだ。

 そうだとしたら、父はお人形の絵をどちらにおこうと思ったのだろうか。
 少年期に置くのもよし。この海の右に置くもまた良しだ。
 先ほどから踊り続けている、彼女が本当に会いに来てくれたのならば。


 そして、私はもう一つの絵を見据えていた。四枚の絵を見終えて、さらに最後の絵がある。
 少年から大人へなって、老人になって。
 それでは老人の描いた海の絵の次には何があるか? 何があるべきか?

「……死だ」

 私は最後の一歩を踏み出した。




 小川が見えた。実をつけた木々が見えた。つがいの鳥が見えた。やわらかい花が見えた。
 風が見えた。光が見えた。春が見えた。

 私は震える手で、鍵を開けた。
 力をいれずとも、勝手にガラスは開いた。

 生命の詩が聞こえてきた。煌めくような空気が吹き込んできた。
 桃源郷を思わせる、美しい風景。そして青空が遥か、彼方まで。


 五つ目の絵は、窓だ。

 窓に切り取られたこの風景は、まるで額縁に飾られた一幅の絵のようではないか。
 そしてこれが父さんの死の絵。
 終わりの風景……。



 不覚にも、私は感動していた。
 今まで大嫌いだったはずの父が、途端に羨ましく思えてきた。
 幼い日の回顧は、色あせていた父に色をつけ、生き生きと私の中で過ぎ去った日々をよみがえらせた。
 父さん。貴方は。

 カタリと音がした。私は振り返った。お人形が消えていた。
 それを見て、私は父の最期の物語を知り、胸が張り裂けそうになった。死んだと聴いても心は動かなかったのに、目が熱くなった。
 説明のつかない感情だ。私は悲しんでも喜んでも怒ってもいないというのに、深く動じている。
 私の知ってきた芸術という言葉はいったい何だったのだろうか。

 曲はテンポをおとし、オルゴールはうつらうつらと、永遠の眠りに就こうとしていた。
 お人形という主に付き従って、最後の役目を果たしきったのだ。
 そんな数分前は考えもつかないような思考を、私の頭は行っていた。
 本物の不思議を知って、私は不思議であることを不思議に思わなくなったのである。


 脱帽した。しばらく帽子を顔の前にあてて、胸にやった。
 目の前には父の死の風景画がある。あまりに美しい。なんと幸せに満ちた、甘い死だったのだろう。

「父さん」

 窓の向こうには父が笑っている気がした。どうだ、私の凄さがわかったかと自慢げに。
 貴方にはかなわないと私も少し笑った。

 戸の向こうにはどこまでも生に満ちた死が、或いは死に溢れた生が広がっていた。
 手を伸ばせば届く距離にある。だが、私は今それに手を伸ばしはしないだろう。
 これは貴方の終着点だ。私の終着点は、違う。
 だが、貴方のように在りたいと願ってもいいだろうか。いつか、貴方の絵に触れたいと祈ってもいいだろうか。

 ……いやはや、参った。参りましたよ、父さん。


「見事です」


 ピィン――と最後の音が鳴る。余韻が響いて散っていく。
 崩れるように、ほどけるように、カシャリと音を立てて、オルゴールは眠りに就いた。
 二度と音が紡がれることは無いのだろう。物言わぬ機械箱。

 お人形のロンドは終わったのだ。




 父が愛し愛された桃源郷は、茫漠として窓の彼方に広がっていた。

「連れ去られてしまったのだ」

 私は呟いた。

「永遠に」

 一幅の幻想は何も変わらず、ただ一人の男を変えて、其処に在る。























【ある神様のパラドックス】












 みんな しあわせになればいいのに















 ― fine
幼い頃に夢中になって遊んだ玩具はありますか?
貴方はその玩具の行方を知っていますか?

前者は殆どの人が是と答えるでしょうし、後者はかなりの人が非と答えるのではないでしょうか。
誰かにもらわれてしまったのか。捨てられてしまったのか。今も玩具箱のなかで眠っているのか。
確証を持って答えられる方はいらっしゃいますか?

まるで神隠しにあったように、玩具というのは行方不明になってしまうものです。
後述の曲と併せて、其処から考えたのがこの物語です。
もしこの物語で何か感じるものがあったなら、そんな玩具達に思いを馳せてあげてください。

さて少々補足しますと、ゲーム中、雛は反時計回りをしています。(右移動時のみ時計回りですが、他の回転は全て反時計回り)
そしてスペルは厄符「厄神様のバイオリズム」→疵痕「壊されたお守り」→悲運「大鐘婆の火」→創符「流刑人形」です。
というわけで上の二つの雛の要素を組み合わせて、スペルを逆転してストーリーを作ってみました。
あとお題の「きかい」は色々と使いましたが、話の鍵になっているオルゴールが機械として対応しています。

100kbを軽く越える話に、あまり長い後書きも宜しくないので、最後にこの話の元ネタ……
というほど厳密に使っても無いのですが、逆回転(逆再生)や一部の話の着想を得るのに用いた曲を紹介して終わりとします。
宜しければどうぞ。

おもちゃばこのロンド
http://www.youtube.com/watch?v=wHJGwlFi3hc&feature=related

ご読了ありがとうございました。
綺羅
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/10 13:31:09
更新日時:
2008/03/18 15:18:58
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5.00
1. 10 菜々氏 ■2008/02/11 23:07:59
最初は「おや、この題材は珍しい」(失礼)と思って読み始めましたが、
長さを感じさせない話術、展開に見事やれれました。
中盤で予想ついても、最後まで読ませるあたりが秀逸です。

特に準備の一日、最後の対面、やがて来る話の終わり、
後日談までが鮮やか。

>私は言った。深々と、やや格好をつけて礼をした。
>彼女はスカートをつまんで、優雅に礼をした。
という部分ですっと宵闇の幻想から現実へ引き戻すあたり、憎いです。


お題のキカイも機械、機会、奇怪と沢山入ってますし、
文句無しに10点満点です。
2. フリーレス 綺羅 ■2008/02/12 23:31:36
fine フィーネ

音楽でダ・カーポなどの反復記号に組み合わせて使われる、繰り返しの終止記号。

作者です。
最後の文で心配なことが出てきまして。
ロンドとは繰り返しの曲ですから、それの終わりという意味なのですが、fine(ファイン)と読まれたらどうしようと。
小中学校の音楽で習うレベルですが、忘れている人もいるかもしれない。
章の題名のThe fine nightで引っ掛けてみたのですが、気づいてもらえなかったらただの誤字にしか見えませんよね。
不安です。
そもそもこんなオリキャラ大活躍の話が受け入れられるのか、もっと不安です。
現在テスト中なのでもっともっと不安です。
今から勉強します、すいません。

上でちょっと触れましたが、章ごとの題はいろいろ読みかえができるよう凝ってみました。
これを皆さんが見られるのは感想期間なので言っても余り意味はないかもしれませんが……。

それと、この物語の暗部には気づいていただけたでしょうか。
そうしてもらえると、私が少し喜ぶと思います。
続きは発表後のレス返しで。
3. 3 小山田 ■2008/02/13 01:54:13
長い内容ながらも、整然とした物語を書ききったことはすごいと思います。文章も書きなれていて、最後まで手を抜いていません。
ただ、分かりづらい飾った表現の連続に、少し疲れてしまいました。卓越した文章力と構成力は、陶酔よりも物語を伝えやすい形に噛み砕くことにこそ注いで欲しかったです。
4. 10 レグルス ■2008/02/13 03:52:09
リンクで現れたのがオルゴールかと思いきやポップン(苦笑

切ないけど懐かしいような、ノスタルジックな雰囲気がとても良かったです。
幼い頃遊んだおもちゃの行方と聞くと、
恐怖のリカちゃん人形とか思い出しますね。

幼少期を共有した記憶の再来というのは、
恩返しにしろ仕返しにしろどうにも切ない気分になってしまいすね。
後味が良い意味で形容しがたいお話でした。
5. 7 反魂 ■2008/02/15 23:27:29
 物語としては非常に好みです。衒い無い、正統派の心象風景を切り取ったものとして、楽しめる作品でした。
 以下は品評として書きますが、全体的に書きすぎて重くなった印象があります。全体の1/3の描写で事が足りると思います。基本的な文章力は高いとお見受けしますが、ちょっと無駄が多すぎる感じです。もう少し洗練できるかな、という印象でした。
 またストレートな描写はパワフルでもあるのですが、反面面白味に欠けるものでもあり……。各セリフ・描写があまりにも"予想通り"すぎるものだったことで、一層単調さに拍車が掛かっていたような印象を受けました。粋な言葉回しを、もう少し演出として見てみたかった気がします。そうすれば、抑揚や味付けが自然と付加されたのではないかというのが私の感想でした。
6. 10 織村 紅羅璃 ■2008/02/17 22:06:28
誤字なんて気にしない。最後の最後でのスペルミスも気にならない。

素晴らしい。

すべてがつながった瞬間鳥肌が立ち、背筋がぞくっと。
......物書きとしては、世界の広さを実感したわけですけれど(笑)
7. 9 俄雨 ■2008/02/21 22:31:17
一キャラクターを愛する人間の、その発想と思い切り。「俺はこんなにも雛が好きだぜ、へへ」そう聞こえてきます。奇抜でありますし、首を傾げてしまうような部分が無い訳ではありません。ありませんが、ここまでやられてしまうと納得せざるを得なくなってしまう。無粋な突っ込みは、無しにしたい。大変美味しゅう御座いました。
8. 7 #15 ■2008/02/21 22:51:05
雛ぁぁぁぁ!!!
9. 10 名前は無いのです。 ■2008/02/22 15:20:18
こういうときに出すありがちな常套句しか用意出来ないのが、正直言って悔しいのですが……

感動しました。
涙をこらえるので必死です。
ヒナとチャールズの物語はもとより、父の人生の旅路を眺めて感動した、息子の後日譚もとても素敵でした。
10. 6 床間たろひ ■2008/02/24 10:34:00
上手いし、よく練られているとは思います。
ただ如何せん冗長だったという印象ががが。
雛の成り立ちとしてこういう話もありと思うのですが、チャールズも雛も語りすぎているが故に説明臭くなってしまって、今ひとつキャラとしての魅力に欠けていた気がします。力作というのは伝わってくるのですが、どうにも語り部が自己完結に過ぎるととと。
いや、実に勿体無い。
11. 10 ■2008/02/27 21:41:00
感動した。←読み終わった時、咄嗟に採点表にこれだけメモしました。
作中で雛がずっと目を瞑っている理由が分かった時とかも結構涙モノで……。
読む前は長そうだなぁと思っていたのですが読み始めたらあっという間でした。
素敵すぎるお話をありがとうございましたっ。
12. 10 つくね ■2008/02/28 14:35:18
悲しくも美しい物語とは、まさにこの事。
……さて、久しぶりに押し入れを開けてみようか。
13. 8 つくし ■2008/02/28 15:08:52
最後の一文が卑怯すぎるちくしょう見事。
しかしまあ100KB読まされました。メインとなるチャールズと雛のエピソードも素晴らしいですがそのあとに息子の視点を取り入れたのが間違いなく勝利の鍵。良い人生だった、と思って往生遂げたいものです。ああもう雛かわいいよ雛
14. 9 ■2008/02/28 20:09:14
雛の解釈が見事。呪いの人形に変じていく所、回転と時間を絡めたところなど独自設定を納得させるだけの筆力を感じさせる。
雛のセリフがいちいちイイ。イメージ通りすぎて涙が出てくる。
あとチャールズが他人に思えん。
順当に進んで、葬式(息子視点)で軽く躓いた。気分を害されたと思ったが、それは跳躍前の屈伸でしかなかった。「おお! 神よ!」そう、厄神さまだよ。
絵=窓はそんな予感は有りましたが、そんなのは関係ない。
雛の過去を語る事が全編通じて重要な要素なので、説明に費やす量が多くなるのは仕方ないと言うか当然なのだろう。
人死には読者の感情を揺さぶりやすいが、厄という死へ繋がりやすいものを扱う以上、これも仕方ないか。
ツクモ神、流し雛、人形、オルゴール、どの要素もステキでした。

 みんな しあわせになればいいのに

この行で叫びそうになった
15. 8 たくじ ■2008/02/28 22:18:20
全体的にとってもきれいなお話ですね。じーさんと雛のお互いを想う気持ちが悲しくもあるけど、すごく優しい。最後に二人で踊るシーンは本当に美しいと思いました。
雛の設定が見事だと思います。長い作品は読んでて疲れる場合も多いのですが、この作品は長くなっても丁寧に描いているからこそ、幻想郷外でオリキャラ主役の話にも関わらず、二人の存在がすんなりと受け入れられました。
中盤まではすごく切ない雰囲気。最後はその切なさを残しつつもさわやかに終える。いやーまいった。感動しました。
16. 10 椒良徳 ■2008/02/28 23:36:42
ファイルを開くといきなりオリキャラというのはハードルが高い。
しかし、中身を開けると感動の長編。たいしたものです。
年甲斐も無く涙してしまいました。いや、よきかなよきかな。
個人的には雛とチャールズのロンドのシーンで終わっていた方が好みでしたが、それは私の我儘か。
また、貴方のほかの作品もぜひとも読んでみたいですね。
17. 9 時計屋 ■2008/02/29 00:17:10
実に素晴らしい作品でした。

老人の、死というものから終始目を背けず最後まで自分の生に忠実であろうとする姿には、心を打たれるものがありました。

雛の過去や設定も深く考察されていながら、
違和感無く物語に組み込まれていたのも見事です。

文章や構成も文句の付けどころがないほど素晴らしく、
100KB超という長編にもかかわずまったく苦にならず、
最後まで物語に引き込まれました。

良いものを読ませていただきありがとうございました。
18. 9 木村圭 ■2008/02/29 04:45:58
これは上手い。何のひねりもない直球が胸にずどん。寄り道もいらない飾りつけも無いだけに、切なさと暖かさがストレートで。違和感無く雛を絡めた素敵な幻想の物語、お見事でした。元ネタの曲を知らずに道中および彼女の曲を脳内再生しながらロンドになってねぇーと首を捻ってたのは私だけじゃないだろうけど。
19. 9 とら ■2008/02/29 09:29:07
この長編を取りまとめるだけのプロットを構築した氏には感服致します。プロットがしっかりとしているため、話の流れに違和を感じることもありませんでしたし、次の展開も常に気になっていました。東方らしさは少し薄いかったかもしれませんが、雛というキャラを真摯に書ききっていると思います。
また、ゲーム中の雛の動きから着想を得るという、氏の観察眼にも恐れ入ります。雛への愛をひしひしと感じます。
ただ、敢えて難を言わせていただければ、少し説明が冗長過ぎるといったところでしょうか。長すぎる説明が、文全体のテンポを少しだけ悪くしていたような印象を受けました。

いずれにしても、本当に素晴らしい作品だったと思います。ありがとうございました。
20. 9 ZID ■2008/02/29 10:09:56
見事、の一言でしょうか。100kb越えというと、かなりの容量に聞こえますが、それでもコレだけの内容を、この容量で書ききったのは素晴らしいと思います。話の起承転結、文の書き方。いずれも極めて高水準の、実に良い作品でした。
21. 10 らくがん屋 ■2008/02/29 10:54:13
余談から入りますが、この作品は最後から三番目に読みました。後に回して良かったと心底思います。もし一発目がこの作品だったら、残りの作品を読む気力が湧いてきたか判りません。圧倒され、感動し、落涙しました。この作品を読めて良かったと心から思います。ありがとうございました。
22. 10 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 13:34:29
ずるいなあ。人が死ぬのはずるい。
文句の付けようがなくなっちゃうじゃないですか。
23. 3 中沢良一 ■2008/02/29 15:03:09
長かったですがいいお話でした。雛の一人ぼっちで待ち続けるくだりはかなりうるるときました。
設定がお人形ということで、メディは? と思ってしまって素直に受け止められませんでした。流し雛という明確な公式設定があるので、SSとしての評価をする自分としては辛口になってしまいます。これがオリジナルであれば大絶賛すると思います。こういう話は大好きですので。
24. 9 名無しの37番 ■2008/02/29 16:09:42
正直なところ、前半あたりまでは読んでいてこの作品に対して良い印象があまりありませんでした。丁寧に書かれているのはわかりましたが、冗長でつかみ所が無いように思えたからです。
ですが、チャールズが行動を始めて、同時に物語が一気に加速したあたりから印象が変わっていきました。そしてそこから彼の最後にいたるまでへの一連の流れを読むに当たって、「ああ、それまでの丁寧な過去描写は、必要不可欠なものだったんだ」と考えを改めるまでに至りました。
そうすると、今度はチャールズの命の最後のきらめきにひきつけられました。特に、チャールズが雛の瞳を描き、それを雛が寄り添って手伝い見守る情景は、はっきりと一枚の絵のように目に浮かぶように想像できました。
舞台が幻想郷でもなければ秘封も関係ない、それでも東方という作品からこれほどのものが創れるのだと、そういう意味でも感心させられた作品でした。
25. 9 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:41:19
最初は、これ東方SSとしてはどうなんだ?すごいよさそうな作品なんだけどなぁ。
そんな気持ちを持ちつつ、読み進めてました。
なんかよく分からないし、東方とも関係ないしなぁってね。
でも話しが進むに連れて引きこまれていきました。
人形の話しに入ったあたりからはどんどん読み進めてて、この当りからは何かを感じていたんだと思う。
だから、最後に雛が来たところで、雛と人形の関係に気づいたとき鳥肌が立ちました。
これ、どこで気づくかで、感じ方がそれぞれ違ってくるかも?
それにしても、最後の絵についてもそうですけど、ほんとよくこんな話し考え付きましたね。
10点つけたい!!そう思ったほど良い作品でした。
でも、やっぱりどうしても許せない行為があったので−1点で…。
26. 9 飛び入り魚 ■2008/02/29 19:44:14
「私はこの人の描いたSSに素直に感動したわ。このコンペでは感想期間まで匿名だったけど、それでもこれは芸術だと言い張れる」
もはや採点に、人の好き嫌いしか入ってこないであろう域に達していると思います。この域こそ、まさに芸術。
様々な要素を盛り込んでおり、きかいが、他よりわずかに埋もれてしまったか、というのが1点。
純粋な作品としてみるならば、もう100点を与えざるを得ません
27. 9 K.M ■2008/02/29 20:09:30
「呪いのダイヤというものも、そういった上等な品を持つのは上層階級の人だから強盗や暗殺とかで早死にしやすいから必然的にそうなった」というのはどこで聞いた話だったか…

過去のおもちゃとの現在の邂逅、最後に残る切なさ、すばらしかったです。
28. 10 八重結界 ■2008/02/29 21:01:44
マーベラス。久方ぶりに小説を読んで感嘆のため息をつきました。
ともすればホラーや残酷なだけの話に転がりそうなものなのに。
気がつけば私は、一人の男と一体の人形が幸せそうに踊る姿を幻視していました。
「良い夜をありがとう」「良い朝をありがとう」、この時点で作品の評価は10に決まりです。
それなのに最後にもっと素晴らしい展開を持ってくるだなんて。今ほど上限が10点しかないことを恨んだことはありません。
老人の人生は本当に幸せだったのか。それは再会できたそのときまで、保留にしておきたいと思います。
素敵な話をありがとう。
29. 10 赤灯篭 ■2008/02/29 21:05:38
 最終的な順位がどうなるかは分かりませんが、私の中ではこの作品が今コンペNo.1です。
30. 9 12 ■2008/02/29 21:09:24
力作。
あるいはこの作品には、東方らしさがあまりない、という感想がつくかもしれない。
それぐらい、独自のかっこいい作品世界を作り上げることに成功している。
さらに、作り上げた世界に、これまた独自解釈の雛を、キャラを壊さずに当てはめられていると思います。
惜しむらくは、はぐれ者への作者の優しさが行間から滲み出しすぎていて、ハッピーエンドの確信が揺ぎ無さ過ぎたことでしょうか。
狙ってそうしたというのなら、うん、大成功しています。
31. 8 O−81 ■2008/02/29 21:55:26
 最後ちょっと長い。あとはよく出来てました。すごく。
 良いオリキャラの使い方だなあ、と。若干、幻想郷や付喪神に関する説明が物語の流れから浮いていたところが、すこし気になりました。
32. 7 BYK ■2008/02/29 21:56:35
雛の出生にここまで壮大なバックストーリーを創られるとは…脱帽。
33. 8 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:59:49
たぶん主題が雛りんじゃなくてメランコだったら満点つけてた。個人的に。
文章も安定してて構成も素晴らしく、物語としてはおおよそ完璧だったと思います。
左回りやスペルカードからの考察も着眼点としては良かったのですが、なんで西洋と結びつけたのかなと。
いや、確かにゴスいですし、西洋人形っぽくもありますが。(はっ、まさか俺の知らない間に雛西洋誕理論が)
構成上仕方ないとはいえ雛意外が全てオリキャラだったので、少し幻想郷という存在と乖離してるようにも思えました。
さらに言ってしまうと東方SSである事が逆に物語の足を引っ張っているようにも見えます。まぁ、それでも綺麗に収まってはいましたが。
なんか辛口になってしまいましたが、良い小説だったと思います。ごちそうさまでした。
34. 10 カミルキ ■2008/02/29 22:58:35
数あるオルゴールネタの中でもこれが文句なしで1番。即10点をつけさせていただきます。泣かせてもらいました。
人形が人々の間を回るところで、少しだれたましたが後はもうただ引き込まれるのみでした。
35. 9 moki ■2008/02/29 23:09:35
読みやすく、ぐいぐいと話に引き込まれました。長いのに全くそれを感じさせない文章。ご馳走様でした。
36. 8 blankii ■2008/02/29 23:44:44
練り上げられた良作であったと思います。鍵山雛という在り様が、スペル・エフェクトと矛盾なく膨らまされ、表現されているのが凄い。悲劇の似合う2ボスってのも素敵なのに違いない。

37. フリーレス 綺羅 ■2008/03/05 16:44:36
朝と夜はお互い誰よりもそばに居て、だけど決して触れ合うことはない。
そんな言葉を言ったのは誰だったでしょうか。
ある始まりと終わりの物語「おにんぎょうのロンド」を読んでいただき誠にありがとうございました。
何だか点数やら順位やら平均点やらがとんでもないことになっててびっくり。
オリキャラメインで不安でしたが杞憂でしたね。あと、雛スレで話題になっててちょっと恥ずかしいけど嬉しい。
そんな綺羅です。
西洋文学的東方SSという珍しい試みだったのですが、ちゃんと受け入れていただけて幸い。

採点レスの前に、下の方でちょっと言ってた題名と読み替えについて。

一章 The Day-dream-Night
デイドリームで白昼夢。白昼夢の夜というなんだか矛盾した感じの題名。
このお話では、夜というのは老年・晩年を指していることにお気づきになられましたか。
そうすると、Dayとはなにかわかるでしょう。
若い頃の幻にとらわれた晩年、不思議な少女の現れた白昼夢の夜、でした。

二章 Once upon a time, she said...
Once upon a timeとは童話の始まりにある「むかしむかし」の意味。
お話に準拠すれば、「むかしむかしと彼女は言った」です。過去の物語ですからね。
だけど「むかしむかし、彼女は言った」とも訳せます。
むかしむかしの物語の主人公は彼女自身という意味を引っ掛けていました。

三章 The fine night
これは下で語ったとおり。fineはファインとよんで晴れた夜。フィーネとよんでおしまいの夜。
晴れた夜は無論最後の絵と関わり、心の曇りが取れて晴れ晴れとした晩年、或いは死。
ロンドにフィーネで決着をつける夜という意味になります。

四章 The end of the Rondo
このお話でロンドとは何だったか。
オルゴールの音楽であり、雛の過去そのものでした。
チャールズが最後に残していた不幸は息子だったわけですが、それを解消し、繰り返しの過去を断ち切るという意味。
最後にオルゴールが流れていたという意味も。
……ここであれっと思った人は鋭い。

五章 ある神様のパラドックス
といっても一行しかないんですが。何故此処で日本語なのか。
それはこれまでの舞台が全てアメリカであり、この五章において雛は幻想郷=日本にいるということでした。
ある神様が誰か、何故パラドックスか、これは皆様にお任せして。


元ネタっぽくつかった「おもちゃばこのロンド」ポップンの曲ですね。
逆再生するときちんとした日本語の歌詞が聞こえるという、なんとも不思議な曲。
歌詞は作曲者のページのこちらをどうぞ。
http://mp.i-revo.jp/user.php/tomosuke/entry/37.html
それと、奇遇にも「オルゴールばこのロンド」(おもちゃばこのロンドオルゴール版)が同じHPにあるのでこれも。
http://mp.i-revo.jp/user.php/tomosuke/entry/44.html
最後こんな音楽が流れていたと考えたら素敵。
にゃんだふる55といいdormirが大好きな私でした。にゃん!


さていよいよお返事を。

>blankii様
雛の回転を使ったらいい感じに練れました。
悲劇性を強めてみた作品でしたが似合っているといわれて何より。

>moki様
端正でよみやすく、だけど読者をとらえてはなさない。
そんなのが私のSSの目指すところです。ちょっと近づけたかな。

>カミルキ様
多分あれでしょう、雛の回転がいい感じに人を巻き込んだみたいな。
人形がたらい回しされるのは流刑人形というスペル的な意味としても重要なのですが冗長なのはよろしくないですね。
がんばります。

>只野 亜峰様
雛を日本製だとこれといって定義付けるものがないように見えたので西洋人形にしてしまいました。
悲劇の流し雛軍団の長ではあるけれど、別に彼女自身が流し雛である必要はないような気がして。外見も西洋風ですし。
そもそも東方キャラって日本名のわりには日本出身らしくないのがいっぱいなのでそこらへんはもう適当でいいかと思い。
上で書きましたが西洋文学的東方SSという酔狂なものだったので、東方世界との乖離は覚悟の上です。
そのあたりはもうこのSSの宿命ではあるのですが、気になったのなら申し訳ない。

>BYK様
概ね東方キャラの過去はわからないのが殆どなので、非常にいじりやすく、過去SSは好きです。
話を壮大にしすぎて収集がつかなくなるということもしばしばな私でした。

>O−81様
藤村さん、これはおっぱいと読めばいいのですか?
幻想郷周辺のは苦し紛れです。あれをつけとかないともう東方SSと認められないかなと。
次回からはいいかんじでやっていこうと思います。

>12様
そうですね、最初からこの話に影を落とす気はなかったといっていいでしょう。
「白い犬とワルツを」という著者テリー・ケイのお話があります。
この話を大変参考にし、人の死を扱ったものなのに爽やかな終わりを目指してみました。
うまく私の世界に引き込まれて満足していただけたなら、これ幸い。

>赤灯篭様
貴方はエスパーか。
見事的中おめでとうございます。次回も一位だといってもらえるようがんばります。

>八重結界様
あまりホラーの書き方がわからなかったので普通のハートフルストーリーにしてみました。
雛=朝 チャールズ=夜 その対比は何度も伏線を張っているのですが気づいていただけましたでしょうか。
次回も10点じゃ物足りないSSを書けるよう努力します。

>K.M様
呪いとか超常現象を殆ど信じない、根っからの科学教信者な私です。
結局不幸も幸福も確率論的均等に人は得られるわけで、それを気づけるかがその人の幸福度なのだと思います。
切なくて胸が締め付けられるようなSSを目指してみたので、その感想は大変ありがたく頂戴します。

>飛び入り魚様
そこを改変されてしまったか――。
「見事です」周辺の言葉で褒めてもらえるかなという私の目論見は崩れ去ったのであった。
芸術というのは大変恐縮ではありますが、感謝してお褒めに預かろうと思います。

>☆月柳☆様
目をえぐるシーンが駄目だったのでしたっけ。
ただの綺麗な文章ではこれと言って読者にインパクトを与えにくいものです。
そこでこのSSでは思わず目を背けたくなるようなぞっとする描写をして、読者の心に印象を刻もうとしました。
描写以上に私が残酷なのですが、技術論的なものなので、これはもうお許しくださいとしか。
物語が雛の登場から一気に加速していく感覚、それを感じていただけてありがたい。
先にも言いましたが、そうして読者を物語から話させないのが私の目指すところでありまして。

>名無しの37番様
東方の世界は散在した情報の欠片でできていると思うのです。
それを一つ取り上げてみればいくらでも物語が作れる。それが二次創作の醍醐味ですよね。
丁寧な過去描写とお褒め頂き光栄です。最初のあたりで人を選ぶと思いましたが良くぞよんでくださいました。
貴方の言うとおり、あれは物語に必要だったのです。非常に残酷な意味で。
瞳のない人形の絵は過去の過ちの象徴であり、それを互いに歩み寄って解決するという意味が最後のシーンにはありました。
貴方の心にそのシーンがありありと浮かんだのならば大変幸福なことです、私にとっても。

>中沢良一様
流し雛というのは明確な設定と思っていなかったとしか言いようがありません。
詳しくは只野 亜峰様へのレスを参照してください。
あくまで厄神としての長であり、秘神流し雛なのかなと。
人の不幸を寄せ付けられてあちこちへと流される様を流し雛になぞらえて、そこらへんを何とか解釈したという次第です。
メディスンは諸々の事情で避けたかったといいますか。お話は気に入っていただけて何より。

>as capable as a NAMELESS様
人死には比較的簡単に人の心を動かすことのできる反面、丁寧に扱わないと不謹慎極まりない諸刃の剣ですね。
私見ながら今回の評価を見ると上手くかけたようで安心しています。
最初からこの物語は重くて陰鬱な死が付きまとっていました。だけど後口は爽やかに切なく。
最後は息子が抱いたような、鳥肌の立つような得体の知れない感動を。私の思惑が上手くいったなら嬉しく思います。

>らくがん屋様
なんだか身に余るようなお言葉ですね。
東方らしさを代償にして私の世界に引きずりこみ、ひたすら美しい幻想を抱いてもらおうと。
なんだか格好つけた言葉ですが、そんな話を書こうとして、実際書いてみました。
上手くいったかはどうともいえませんが、少なくとも貴方には上手く合ったようですね。
ありがとうございました。

>ZID様
実はこの話、削ってこの容量だったんですね。なんたることだ。
長編しか書けない癖がでてしまい、私からすれば全て必要な情報なのですが、長くなってしまいました。
次回も気をぬかずがんばっていこうと思います。

>とら様
どうしても過去物を書くとなると、年代的にも地域的にも他のキャラと絡ませづらくなってしまうという。
おまけに何もないとこから一人で勝手に生まれて育っておしまいにはできないのでオリキャラが必要に。
だからもう東方らしさは最初からかなぐり捨ててやっちゃいましたので、そこらへんの批判は覚悟しています。
説明の冗長さは次への課題ですねえ。何とかせねば。でも楽しんでいただけて幸い。

>木村圭様
いっそ雛関連の曲も聴いて何かネタとしてつめこめばよかったかなと今更思う私。
雛の動きを基にして作ったので雛自体に違和感があったらもうそれまでだったのですが、受け入れていただけてよかった。
切なくて暖かい話を目指した私にとってこの上なくありがたいお言葉です。

>時計屋様
こんぺで毎回好成績を残す貴方に褒められっぱなしだともうなんか嬉しすぎますね。
読む人をとらえて放さず読みおわったあとも心に残るSSを書きたい。
と、今思ったのですが、これってまるで悪質なキャッチセールスですよね(笑)

>椒良徳様
やはりこの物語、最後との兼ね合いもあって、みんなしあわせにならないといけないんですよ。
だから、息子は父を軽蔑したまま終わったというしこりを残したくなかった。
ロンドのシーンは美しいけれど、最後にもう一つの幻想として、あの章を見ていただけるとありがたい。
あと私のほかの作品は色々と偽って書いた気がするのであんまり見なくてもいいと思うにゃ。

>たくじ様
いよいよこのあたりになると感想の返事も言い尽くした感じで大変になってきましたよ。
長くても楽しめたといってくださる方が多くて何より。
まさに私の期待していたとおりにこの話を受け取ってくださって大変ありがたい。
後口のよさを研究した成果が出たと思いました。

>鼠様
絵=窓の展開は実は結構あとで付け足したんですね。だから少々物語への接着が甘かった。
上手いこと息子の言葉でつまずいてくれて嬉しい。創作者にぐさっとくるような言葉ですもんねあれ。
あくまでプラスへの変換として息子のシーンをいれ、最後に全てを総括する雛の言葉。
クライマックスへと全てを高めて解放する感じが、上手く伝わったようで嬉しく思います。

>つくし様
実は最後の言葉は私が考えたんじゃないんです。以前ある機会で絵描きの知人が雛に言わせてた台詞。
なんか上手く使えないかなあと考えてたところでコンペだったものでこっそり流用してしまいました。
息子視点を勝利の鍵とまで言われるとなんか照れますね。入れるか迷っていたもので。
雛かわいいね雛。

>つくね様
私は実家から離れているので押入れを開けても何もありません。
でも次帰省したときは向こうの押入れを開けて、過去の玩具たちをまた見てあげたいと思います

>畦様
人を感動させられる話をかけたとは嬉しい。
私自身、余り感動しない人間なので、このおわりでちゃんと感動してもらえるのかと思ってました。
時間泥棒なSS目指してがんばります。

>床間たろひ様
お話を削るってのは難しい。いや、難しい。下手すると作るより難しい。
冗長といわれてしまっては話を詰め込んだ意味がないですね。
語りすぎてしまうのはもう仕方なかったといえばそれまでなのですが、もう少し上手いやり方があったかもしれません。
一位になっても課題は山積みですね。感想ありがとうございました。

>名前は無いのです。様
常套句でも嬉しいものは嬉しいです。ありがとうございます。
息子と父の仲違えは死後という形ではありますが解消され、蔑みは憧れとなる。
それを見送って雛は幻想の存在となる。この一連の流れを楽しんでいただけたようで感謝です。

>#15様
みんなしあわせにしたくて、だけどそれはできないということを一番知っているのは彼女なのだろうと思います。
厄神というものが存在すること自体が不幸の存在の何よりもの証明なのですから。

>にわかん
宗教観欠いてごめんよ。メリケンでごめんよ。オリジナル要素強くてごめんよ。
一キャラクターだけで書くとか前衛的過ぎるよね。そもそも西洋文学的東方SSとかもうね。
だけど楽しんでくれたらそれでいいさ。ありがとう。
だが一位の座は渡さぬ。渡さぬぞ。

>織村 紅羅璃様
fineについては下を見ていただくということで。
誤字と論理の破綻が三箇所ほど見られたので後々直そうと思います。
本当に物書きの世界は広いですよね。まだまだ凄い人がお……いっぱいですし。

>反魂様
次回こそ、本気の貴方と真っ向勝負!と行きたい私です。
三分の一は私には無理だ。もうどう考えてもそんなに短くする方法がわからない。
描写が単調というのは、課題ですね。ただ、意識して込み入った表現を使わなかったというのもあります。
特に中盤から終盤はお互いが真摯に語りかけるべき場面だったのでどうしてもストレートなのが自然に見えて。
だけど改善点はいろいろとそこらへんにありそうなので、気をつけていきたいと思います。

>レグルス様
ポップンは14と15で神曲が多すぎて困る。サントラにお金が飛んでいく。
切ないお話って大好きなんですよ。悲劇を絡めるとまさしく私好み。
そのぶん他の方に受け入れられるか心配でしたが、上手くいったようで嬉しい。
ノスタルジックな、セピア色の似合う世界を書けたら素敵だなあ。

>小山田様
わかりづらい表現ですか、ふむう。
結構ストレートに書いたつもりだったのですが見落としがあったようですね。
一方でストレートすぎといわれ一方で飾りすぎといわれると困ってしまうのですが、曖昧な表現だったのでしょうね。
以後気をつけてみます。ありがとうございました。

>菜々氏様
こんな早いうちに採点してくださるとは。ありがたや。
そういえば此処までの話でちっとも御題について触れられていないのに気づきました。
あとがきでいっちゃったせいもあるのかしら。
珍しいけれどただ奇を衒っただけで終わってしまわぬようにいろいろと練りました、雛の回転で。
楽しんでくださってありがとう。
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