棋界平等

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 03:49:21 更新日時: 2008/02/13 18:49:21 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 幻想郷の「棋界」といえば、一般に妖怪の山に生息している将棋キ○ガイどもの集まりの事をさす。長命である妖怪たちにとって暇つぶしの手段は極めて重要であり、皆真剣に暇つぶしに取り組んでいる。数多くある暇つぶしの内、人気の高いものは囲碁と将棋である。ここで注意しなければならない事は、ここで言う「将棋」とは、我々人間が一般に行なっている本将棋ではなく、大将棋だということである。囲碁の方はもともと時間がかかるので、人妖共通のルールで行なわれており、人里の猛者と妖怪の山の猛者が戦ったこともある。しかし、本将棋は百手くらいしかかからないので、長命な妖怪にとっては暇つぶしにすらならない。そこで、十三世紀ごろに成立し、以降凄まじいスピードで廃れた、すなわち幻想郷入りした大将棋が妖怪の山では行なわれているのである。
 大将棋について簡単に記そう。大将棋はその名の通り将棋の一種類であり、縦横十五マス、百三十枚の駒を用いて行なわれる。駒の種類は本将棋で用いる王将(玉将)、飛車、角行、金将、銀将、桂馬、香車、歩の九種類に加えて、仲人、飛龍、横行、堅行、龍馬、竜王、奔王、猛牛、嗔猪、悪狼、麒麟、獅子、鳳凰、反車、猫刄、猛豹、盲虎、醉象、石将、鉄将、銅将を加えたものになっている。これだけの駒の動かし方を覚えるだけでも大変であるが、実際やってみると何十時間もかかり、人間がするには大変なものである。もちろん、長命で暇を持て余している妖怪たちにはもってこいの品である。
 さて、あなたのようなスキモノが、大将棋のルールを覚え、妖怪たちと混じって将棋を指したいと思っても、少し待って頂きたい。妖怪の山には「目上の者と指す時には、駒を落としてもらうのが当然の礼儀」という不文律がある。貴方は妖怪の山からすれば、客人である。よって、何か駒を落とさなければならない。そこに、将棋の実力は関係ない。平手で勝った負けたと騒げるのは親しい友達の間だけである。少し自分の先輩や後輩、仕事の上司や部下、客人などと将棋を指そうとすると、駒を落としたり、落としてもらったりしなければならない。山の妖怪たちはそういうしきたりにはうるさいのだ。
 雲ひとつ無い夜空に、満月が晧晧と輝いていた。いまは真夜中。美しい満月が頭の真上に来る時間帯である。そんな月明かりの元で、このSSの主人公であるところの河城にとりは、親友の犬走椛と酒を飲みながら大将棋を指していた。不真面目な指し方だが、酒を飲んで将棋を指すと、普段はしないような素っ頓狂な手を指すことがあり、面白おかしく将棋を楽しむことが出来るので、この二匹はときどき酒を持ち寄っては将棋を指し、けらけらと笑いながら将棋を指していた。

「にとりんにとりん」
「なんだ」
「聞いたわよ。深山様に喧嘩を売ったそうじゃない」
「喧嘩って…… 私はただ、将棋をしようと申し込んだだけよ」
「む〜 バカにとり。あれは喧嘩を売るっていうんだぞ」

 深山様、とは妖怪の山の頂点に立つ深山の大天狗、深山緑のことである。椛にとっては直属ではないが、遥かに目上の上司に当る。その緑ににとりが将棋を申し込んだのは、この日の夕方の事だった。

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 太陽が西にかかるころ、緑の屋敷に決死の表情をしたにとりが現れた。緑は基本的に遊びに来るものは誰でも彼でもウェルカムという妖怪であったので、にとりはすんなりと屋敷の中に通された。ちなみに、緑の屋敷の警備隊長犬飼楓と椛は同じ白狼天狗であったため、以降緑の屋敷の中で起こったこと、語られた事は一つ残らず椛の知る所となった。警備隊長の口が軽いのは考え物であるが、天狗は噂好きな生き物である。彼女が椛に洗いざらいしゃべってしまうのを止められるはずが無かった。
 緑の屋敷はコンクリート製であった。幻想郷にコンクリートがある分けなかろうと思われるかもしれないが、コンクリートは古代ローマ時代から使われてきた由緒の正しい建築部材である。幻想郷に有っても問題は無い。では、なぜコンクリート製なのかと言うと、自分で吹き飛ばしてしまわないためにである。どういうことか、というと、「風神」の名をほしいままにする天狗は、ものすごい速度で空を駆ける。空を駆ければ突風が巻き起こり、地上の木々や建築物を吹き飛ばす。日本でも時々竜巻が巻き起こる事があるが、あれは皆天狗の仕業である。そんな天狗たちの親玉である緑もそれはもう凄い暴風圏を形成する。その自分の巻き起こす風でいちいち屋敷が飛んでいってはたまらないので、緑の屋敷はコンクリート製なのである。他の天狗も、似たような理由で石を漆喰で塗り固めた家に住むものが多い。
 そんなコンクリート三階建ての屋敷ににとりは通された。幅十間(18 m)もある廊下の両脇には、いくつもの酒樽が並んでいた。天狗は一般に大酒のみである。大酒のみであるからいくら酒があっても困らない。緑の屋敷は何処の部屋も酒、酒、酒。酒樽の大行進状態であった。人間が見たらアル中と思うに違いない。まあ、あながち間違っていないのであるが。そんな酒臭い屋敷の中を、にとりはこわばった表情で進んでいく。楓は「たかが遊びなのになんでこんなに思いつめた表情をしているのだろう」と思ったが、それを口に出す事はしなかった。そして、二匹は緑の部屋の前まで来た。

「深山様。河城にとりが遊びに参りました」
「よし、入れ」

 部屋の扉が音も立てずに開いた。その中に、満面の笑みを浮べた緑が立っていた。身長は六尺(180 cm)。腰まで届く黒髪を首の後ろでまとめ上げている。大ぶりの乳房がパンと服の前を押し上げており、きゅっと締まったウエストとボリュームのあるヒップが同性であるにとりから見ても美しかった。鼻は高く、唇はふっくらとし、まるで子供のようにまん丸な瞳をキラキラと輝かせ、深山緑はにとりを自分の元に抱き寄せた。

「いや、よく来たにとり。遊びに来てくれるなんて嬉しいねえ。どうだい、一杯」
「ありがとうございます」

 枡になみなみと酒を注ぎ、緑が先に一口のみ、にとりに差し出した。固い表情をしていたにとりは、意を決したようにその枡酒を一気に飲み干し、言った。

「深山様。貴方と将棋がしたい」
「将棋か。良いねえ。今すぐに準備させる」
「ただし、平手で」
「なに?」

 わずか一言。わずか一言によって、部屋の空気は一変してしまった。緑の顔面に凶相が膨れ上がり、剣呑な空気があたりを満たす。楓は何を言っているんだこいつという驚きの表情でにとりを見、にとりは、固い表情をして緑を真正面から睨みつけていた。

「おまえ、今、なんて言った?」
「”おまえ”じゃない。河城にとりだ」

 まずい、にとりの馬鹿、深山様に喧嘩を売ってやがると楓は思った。そうなのである。上下関係にあるものが将棋を指す時には、目上の者が駒を落とすのは当然の礼儀である。にとりの言った事は、明らかに礼を失していた。緑は乾いた表情をしていた。その中でも、まん丸な瞳が、恐ろしいほど乾いていた。グワァと緑の髪の毛が持ち上がる。緑の発している気によって、髪の毛が、天を目指して駆け上っているのである。緑は胸いっぱいに空気を吸い込み、それを吐き出してから言った。

「河城にとり」
「――――」
「私は、そういう冗談は、嫌いだ」
「冗談じゃない」

 にとりの背中がじっとりと湿っていた。緑から立ちのぼる妖気に当てられ、冷や汗が止まらない。がくがくと膝が笑うのを止めようが無かった。いやだ、もう帰りたい。と思う気持ちと、負けてたまるかという気持ちがぶつかり合い、にとりの頭中を掻き乱す。今すぐにでも、土下座して謝りたいとすら思った。実際そうした方が良かった。しかし、にとりは懸命な方法を捨ててしまったのである。だって、にとりはどうしても緑とガチンコで将棋が指したかったのだから。

「一度しか言わないからよく聞けよ。深山緑」
「にとり、やめ――」
「うるさい」

にとりがしゃべるのを楓は止めさせようとしたが、それを緑にさえぎられてしまった。にとりはぽつり、ぽつり、と一言一言を搾り出すように言った。

「あんたと、将棋が、やりたいんだ。あんたと、将棋が、やりたいんだ。平手でやりたいんだ。ガチンコでやりたいんだ。あんたじゃなきゃ駄目なんだ! あんたと、将棋がやりたいんだ! 深山緑! 決闘を申し込む!」
「否といったら?」
「怖いのか?」
「何?」
「負けるのが怖いのか。深山緑。駒落ち戦ならハンディキャップがあることを言い訳にできる。平手ではそれが出来ない。自分の実力が明らかにされるのが怖くてたまらないんだろう?」
「おまえ、死ぬよ」

 こいつ、殺されると楓は思った。実際そうされても不思議ではなかった。緑の乾いた表情がピキピキと音を立ててひび割れていく。緑が吐き出す息は、紅蓮の炎と化し、にとりを燃やし尽くさんと襲い掛かった。にとりはそれを水符で防ぐが、緑が吐き出す炎はそれさえも打ち消してにとりの体を焦がした。にとりの全身をじっとりと脂汗が覆っていく。炎で身を焼かれる痛みに、にとりの本能が反応する。逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!
しかし、にとりはその本能にすら逆らって真正面から緑の顔を見据えた。

「判ったわ」

 まるで水をどこまでも吸い込む乾いた砂のような表情をして、緑が言った。

「やりましょう。ガチンコで。明日、守矢神社で。そのかわり河城にとり、私が勝ったらお前の皿を頂く」
「――――」

 河童にとって皿はまさに生命線である。それを奪われる事は、河童としての死を意味する。そこまでして、将棋がしたいのか。私は本当に、そこまでして将棋がしたいのかとにとりは思った。だが、すでにサイは投げられたのである。

「じゃあ、私が勝ったら。あんたの名前を頂く」

 妖怪にとって、名前を奪われるということは、呪術的な意味で鎖につながれる事を意味している。深山緑の名前を奪う事により、緑はにとりの奴隷と変わり果て、緑のついていた地位にはにとりがつくことになるのだ。名前を奪うのは、それほどのことなのである。

「良いだろう」

 深山緑は、そう言った。

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「ねえねえにとりん」

 にとりに椛が話し掛ける

「なんだ」
「怖くないの? 皿を奪われるのが」
「なんだ? まるで私が負けるみたいな言い方をするじゃないか。大丈夫さ、私は負けない。勝算があるからこそ決闘を申し込んだんだ。負けやしないさ」
「怖くないの?」

 もう一度、椛がにとりに心配そうに聞いた。

「正直に言うと、怖い。なんであんな事言ってしまったんだろうとも思う。でも、一遍決まった事は今更どうこう出来ない。今から、土下座して許しを請うのか? そんなみっともない事はしない。自分が惨めになるだけだから」
「にとりん」
「何だ?」
「私はね、心配してるんだよ」
「判ってるさ」

 にとりは酒を飲みながら言った。少し、手が震えている。明日に控えた緑との決闘に武者震いしているのだ。

「にとり」

 不意に、椛の口調が変わった。

「どんな事があっても、私は、にとりの味方だから」
「判ってるさ」

 にとりは、そう言った。

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 西に傾ぐ太陽が赤々と燃え上がる時間帯。守矢神社は妖怪でごった返していた。妖怪の山のドン、深山緑に河城にとりが挑戦状をたたきつけたという噂は僅か一日で噂好きの妖怪たちの間に広まった。なんと、お互いの存在を賭けて賭け将棋をするという。こんな珍事に妖怪たちが飛びつかないはずが無い。守矢神社には何百匹もの妖怪がたむろし、酒を飲みながら、どんな死合を見ることが出来るのかと本当に楽しそうに語り合っていた。境内では、どちらが勝つか賭けるものまで現れるしまつ。全ての妖怪が、緑とにとりがくるのをいまかいまかと待ちわびていた。

「来たぞ! 河城にとりだ!」
「河城にとりだ!」

 沸き立つ妖怪の間をくぐりぬけ、河城にとりがゆっくりと拝殿の前まで歩いていく。拝殿の前には本将棋用の将棋盤が置かれ。二人分の座布団が向かい合わせに、拝殿の賽銭箱に沿って並べられていた。鳥居からみて右側の座布団ににとりは座り、傍らに瓢箪を置いた。瓢箪の中には、皿を湿らせるための水が入っている。河童にとって命と同じくらい大事な水だ。これが傍らに無いといけない。そしてにとりは目をつぶり、緑が現れるのを静かに待った。にとり、頑張ってと傍で見ている椛は願った。西に傾いだ太陽が、徐々に山にその身を隠していき、一番星がキラキラと輝きだした。そのときである。

「深山様だ!」
「深山様が来たぞ!」

 一番星の輝く守矢神社境内に、風が舞い降りた。風はにとりの周りをまわったかと思うと、にとりの正面に収束し、深山緑の形を形成した。

「にとり、言っておくけれどね。自分が何処で戦っているか判っているの?」
「風神のおはします神域。守矢神社です」
「そこで私と戦って勝てると思う? 風神様のご加護があるのに私は負けないわよ。皿を置いて帰りなさいな」
「五月蝿い!」

 超妖怪弾頭河城にとりは爆発した。

「私が負ける? 馬鹿なことを言うな! 私は負けない! 絶対に負けない! 見守ってくれている親友が居る限り、私は負けない! 貴様を私の前に這い蹲らせてやる!」
「よく言ったにとり」

 恐ろしいほど乾いた表情をして深山緑は言った。

「それでは、状況を開始しよう」
「望む所だ」

 こうして、妖怪の山の歴史上にのこる戦いは、始まったのである。
 
 さて、ここで両者の戦いのルールを説明しておこう。基本は普通の大将棋である。駒落ちはない。そして、一局目は振り駒により先手、後手を決定し、それ以降は先手だったものが後手に、後手だったものが先手にというようにお互いに交代し合って七局大将棋を指す。時間は無制限。途中で食事をとってもよい。ただし、明らかに将棋と関係のない行為は慎む。七局勝負し、最終的に四局以上を制したものが勝つというものである。ここで注意しておかなければ行けない点は、大将棋は醉象が成った太子が王将(玉将)と同じ価値を持つので、太子がある限り、王将(玉将)が詰められても負けにはならないということである。また、本将棋と異なり、取った相手の駒を持ち駒として再利用する事ができない。そのため、駒枯れにより引き分けになるということがある。
 この勝負の記録係兼審判には射命丸文が名乗りをあげた。射命丸文が五枚の歩を手に握り、にとりと緑の間の盤面に投げた。歩が三枚、と金が二枚。第一局はにとりの先手である。にとりが得意とする戦法は、縦横斜めに何処までも動ける駒、奔王の前に獅子を配置し、相手の王将(玉将)を正面から叩き潰す棒獅子戦法である。この獅子という駒、中将棋で最強の駒と言われている。なにが最強かというと、一手につき一マスずつ二回動けるのである。そのため、一マス隣の駒を食ってもとの場所に戻るということすらできる。それぞれ一枚しかなく、あまりに強力なため、獅子には特別なルールが設けられているのであるが、ここでは割愛する。とにもかくにも最強の駒、獅子を奔王の前に配置し、相手を最短の手数で攻め落とすのが、にとりの得意とする戦術であった。よって、初めに指す手は7十歩である。これは、奔王と竜王を外に出すための脱出口をつくるという意味がある。対する緑は8六の歩これも、奔王を働かせるために指す手である。このようにして、二人の激戦は火蓋を切ったのである。
 十六夜の月が中天に昇るころ、ようやく二人の戦いは中盤に差し掛かった。にとりは超妖怪弾頭の名に相応しい苛烈な攻撃を仕掛けたが、対する緑も変幻自在の駒裁きでそれをしのぎ、お互いに一歩も譲らなかった。守矢神社に集まった山の妖怪たちは、次の手はああだこうだとがやがや騒ぎながら、二人の戦いを見守っていた。その中で、犬走椛は一匹でにとりの身を案じていた。にとりは8六のマスに龍王を進めながら言った。

「こんなことを言うのは野暮ってもんですがね」
「なんだ、にとり」
「私はね、あんたと将棋が出来て本当に嬉しいんですよ」
「何が狙いだ? にとり。私はお前の策略には引っかからないぞ」
「そのままの意味ですよ」

 対する緑はにとりの王将に角行で王手をかけて言った。

「深山様、あんたもそう思っているはずだ」
「ぬかせ」
「あんたも、将棋が面白くって仕方が無いって顔してるわ」
「む」
「そうなんだよ、あんたのそんな顔を見たかったんだよ。そんな顔が見たかったから、あんたに勝負を申し込んだんだよ」

 にとりは、金将を進めて王将を防御して言った。

「あんた、平手で勝負した事無いだろう。いつも獅子落ち、奔王落ち、二枚落ち、エトセトラエトセトラ。そんな将棋をして面白かったかい? 平手で思う存分指したかったはずだろ。私には判る」
「――――」
「だからさ、深山様」

 金将を取った角行を王将で払ってにとりは言った。

「この試合を楽しみましょうや」

 河城にとりと深山緑の七番勝負第一局は、十六夜の月が沈んで太陽が昇り、その太陽がまた沈み、十七夜の月が中天に達するまで続いた。結局にとりが攻めきれずにとりの敗北で終わったのである。

########################################################

 その後の勝負は、山の妖怪たちを沸き立たせた。愚直に棒獅子戦法で相手の王将(玉将)を狙うにとりに対し、緑は変幻自在の駒さばきで立ち向かいにとりを苦しめた。そして、試合はお互いに三勝三敗。一歩も譲らない状況で、最終局第七局へともつれこんだのである。
 戦いが始まった時には十六夜だった月も、いまや新月になってしまった。かがり火を焚き、その明かりの元で試合をするにとりと緑の顔には疲労の色が濃く浮かび出ていた。いくら、人間離れした妖怪であっても、十五日に渡って夜を徹して将棋を指せば精神的にも肉体的にも疲弊する。にとりも緑も、始めのころの戦いでは信じられないようなポカを連発し、周りで見守る山の妖怪たちを大いに沸き立たせた。その笑い声が二匹の精神をさらに削り取る。そして今、にとりは追い詰められていた。

「深山様」
「なんだ、にとり。命乞いなら聞かんぞ」
「そんなことしませんって」
「私のぼやけた頭でもはっきりと判りました。あんたには勝てない。この頭の皿はあんたにくれてやります」
「――――」
「これで終わりということです。さあ――」

そして、にとりが帽子を取り、自分の頭の皿を取ろうとした時、犬走椛が群集の中から飛び出してきて、声も枯れんばかりに叫んだ。

「あきらめるな! にとり! あきらめるな! まだ試合は終わっていないわ! だからあきらめるな!」

 椛の両目からはらはらと涙がこぼれ出した。

「にとりの居ない世界なんて私はいやだ!」

「そうだ!」

 にとりは目を剥いた。深山緑が立ち上がって叫んでいたのである。

「あきらめるなにとり! まだ私が勝つと決まったわけじゃない! お前は私に将棋の楽しさを教えてくれた! お前が私と平手で戦ってくれて本当に嬉しかった! だからにとり、あきらめるな! おまえが勝つチャンスはまだ残されている!」

 あるのか? チャンスが? あるのか? 私の勝てる方法が?

 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ。

「投了します」
「バカにとり! あきらめるなって言ったじゃない!」
「このままいけば、確かに私の勝ちです。三十五手詰め。詰みます。しかし――」

にとりはぽつりぽつりと話しはじめた。

「それを見つけたのは私の力ではありません。椛と深山様があきらめるなと言ってくれたからこそ見つけ出せたんです。私の力じゃないんです。だから負けです。私の皿を受けとってください。深山様。貴方に無礼を働いた事を謝ります」

 そういって、にとりが皿を差し出すが――
 深山緑はそれを手に取らず、叫んだ。

「射命丸文!」
「は、はい」
「おまえ、いまなんと聞いた!」
「なにも聞いていません!」
「そうだろう。よし! にとり!」
「――――」
「試合を続けよう。途中で逃げ出すなどということは許さないからな」
「深山様―― ありがとうございます」

 結局二匹の七番勝負第七局は、二人が互いの王を詰めることを放棄したため、駒枯れ(詰めるのに必要な駒がなくなること)により引き分けとなった。

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「えへへ、にとりん。暖かい?」
「暖かいぞ。ぬくぬくだ」

 そして、河城にとりと犬走椛は一緒の毛布にくるまりヌクヌクとしていた。

「もう、心配したんだからね。にとりん。聞いてるのにとりん? にとりん?」
 
 椛がにとりの方を向くと、にとりは安らかな顔で眠りについていた。十五夜に及ぶ連戦を潜り抜けた戦士の、安らかな寝顔であった。
 河城にとりと深山緑。この二匹の戦い以降、妖怪の山で将棋をする時には、目上だから目下だからということで駒を落とす事は止め、それぞれの実力に応じて勝率が五分五分になるように駒を落とすという風に変更された。河城にとりは、棋界平等をもたらしたものとして、妖怪の山の妖怪たちの間で長く語り継がれる事となったのである。

棋界平等・完
俺達ヘタレ作家は、文章を書くときにプロットを作ったりなんかしない!
書くと思ったときには、行動は既に終わってる!
椒良徳
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 03:49:21
更新日時:
2008/02/13 18:49:21
評価:
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POINT:
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Rate:
5.00
1. 5 ぽるぽと ■2008/02/11 00:56:55
そして熱かった!
2. 4 小山田 ■2008/02/13 01:57:28
テンションの高い語り口が、強く印象に残りました。これはもう立派なスタイルですね。ちなみに、このさらなるへたれ作家の私は、プロットがないと怖くてまったく前に進めません。太平洋に手漕ぎボートで乗り出すようで。
3. 8 名無しの37番 ■2008/02/13 12:05:14
やられたっ、将棋燃えで盛り上げておいて椛萌えで締められるとは思わなかった!
将棋という表現の難しい題材でしたが、楽しませてもらいました。
あえて難点を挙げるなら、前半の盛り上がりに比べて、将棋シーンがやや短いかなと思いました。
逆に言えば、それだけ燃えたということでもありました。
あと中将棋って最初誤字かと思ったり。調べてやっとわかった、将棋って色々と奥が深いなぁ。
椛のもふもふな添い寝……かつてこれほど幸せに満ち溢れた萌えシチュがあっただろうか。
4. 4 織村 紅羅璃 ■2008/02/17 23:49:42
取り敢えず椛とにとりの仲良しぶりにニヤニヤせざるを得ない。
5. 6 俄雨 ■2008/02/21 22:26:37
文章に物凄い勢いを感じます。そして良く大将棋調べましたね……。なんか、某有名なギャンブル漫画を読んでいる時に感じる、あの言い知れない不安と期待が凝縮しているような、強さがありました。強い。
6. 4 #15 ■2008/02/23 22:55:48
良い作品ではある。でも言わせてもらおう。プロットは書いたほうが良い。
7. フリーレス 床間たろひ ■2008/02/24 10:48:00
うー、む。
行間を読み、描かれなかった部分を想像して楽しむというのは、文章を味わうための必須事項であると思っているのですが……

なんぼなんでもはしょりすぎじゃね?
8. 6 dhlkai ■2008/02/25 21:13:42
大局将棋か・・・はじめて見たときは度肝を抜きましたね。
なるほど、妖怪たちの暇つぶしにはもってこいだ。

9. 8 ■2008/02/27 21:43:03
プロットなしでここまで書けるのが正直かなり羨ましいぃ、とまず言ってみる。
将棋とか囲碁の漫画・小説ってテンポが遅くて苦手なんですが、このお話はさくさく読めました。
将棋という要素が強い分、幻想郷っぽい雰囲気が薄めでしたが、
構成のまとまりを考えるとこれ以上ないくらいまとまっていますね(それでも物足りないと思うのは我が侭?)。
あ、それと、にとりんにとりん言ってる椛が激マヴです(でもダメだよっ同衾なんて早すぎるよっ)。
10. 3 つくね ■2008/02/28 14:51:55
うん。恥ずかしながら大将棋についてよく知らなかったので勉強になりました。説明文が多いか、とも思ったのですが文章の流れとして特に問題なく読めました。
11. 4 つくし ■2008/02/28 15:12:40
文章も上手いし見せ方も良いんですが、どうもにとりの言動に説得力がついてこない感じがします。サシ勝負をしたいっておいう動機も良く分かりませんし。あと、冒頭で「あなたのようなスキモノ」なんてちょっと特殊な語りが出てきて「おっ」と思わされたんですがそれがその後生かされていなくて非常に残念。
12. 6 ■2008/02/28 20:11:01
ちょ、読みづら!?
なんだこの熱血。

うん、面白い。
にとりの目的が山の問題に繋がってる事、娯楽を重んじる妖怪の気質など。
駆け足というがダッシュ気味の展開は気持ちいい。思考没入の演出もいい。
まさに「真剣」
13. 7 たくじ ■2008/02/28 22:20:07
か、かっこいい!なんなんだこのバカに熱いノリは。ひるまずに戦い通したにとり。受けて立った緑の迫力。そして椛の励まし…。ああもう、この山に棲む妖怪達のドラマはなんて素晴らしいんだろう。
14. フリーレス 椒良徳 ■2008/02/28 23:42:17
ちなみに、三時間で書いた作品である。
15. 3 時計屋 ■2008/02/29 00:18:20
にとり真っ直ぐだなぁ。さすが超妖怪弾頭。

さて、大将棋の勝負はある程度読み応えがあったのですが……、
長文の説明は正直余計な気がしました。
また最初の勢いに比べオチも弱いように思えます。
物語はなるべく後になるほど盛り上がるような構成を心がけてって私は人のこと全く言えないんですが。
16. 5 ZID ■2008/02/29 01:19:55
ドバっとあらすじが来て、会話シーン。面白くはあるんだけど、なんとも読み辛さというかテンポの悪さを少々感じます。綿密にプロットを組んでこの話をやるとすると、説明調の地文ばかりが続くでしょうから、この文章形態は理にかなっているとは言えるのですが。うーん。
17. 2 木村圭 ■2008/02/29 04:46:53
これ以外にどうしようもないとはいえ、やっぱりこのオチはあんまりじゃないかと思うのです。三十五手の詰め将棋を読みきって勝てなかったのは勝つのを放棄したからだし。不満。
18. 1 とら ■2008/02/29 09:03:10
勢いがあるのは確かに認めます。それでも、全体的に文章が乱暴だと思います。
19. 8 らくがん屋 ■2008/02/29 10:55:32
棋界モノではダントツの面白さ! 文章がほどよく壊れているし、大将棋解説が親切なのもポイント。シンプルだけど楽しく読める良作でした。
20. 5 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 13:43:48
棋界の様子とか、よく練ってあって良かったと思います。
こういう登場人物に余裕がないお話は、本当言うと苦手なのですが。
21. 1 中沢良一 ■2008/02/29 15:04:21
ちょっと話が唐突過ぎましたかねぇ。プロット作らなくても、もう少し手直ししようがあったかと。最初から平等を目指している、目指す理由があればもっと素直に入り込めたかと思います。最後も勢いで持っていた感がありました。
あと地の文があまりにも説明文すぎだと思います。もう少し物語調で書いたほうがSSとして読みやすかったかなぁと思います。
22. 1 飛び入り魚 ■2008/02/29 17:18:22
プロットを作ったりなんかしない!? いいともさ!
お陰で文章に勢いが出てるじゃあありませんか。
のびのびとした文が、かげないの無いものに思えるのです。
23. 5 八重結界 ■2008/02/29 18:30:02
丁寧な描写は良いのですが、もう少し改行に気を使ったほうがいいかと。
あれだけの文章が初っ端にあると、読む気が失せてしまいます。
ただ、大将棋のルールは非常に興味深かったです。人生にもう少し時間があれば、やってみたかったかも。
24. 3 ルドルフとトラ猫 ■2008/02/29 19:13:27
そのいきやよしー
25. 2 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:42:08
こういう話し嫌いじゃない。
でも何でだろ、高得点をつける気がしなかった。
ただ、考えろ〜「投了します」で不覚にも笑ってしまったので…。
26. 6 K.M ■2008/02/29 20:06:27
弾頭の名に恥じぬ、旧弊な「しきたり」をぶち破ったにとりんに乾杯。
そして、あなたのパッショーネ式行動理論にもう一度乾杯。
27. 5 カシス ■2008/02/29 20:40:52
とりあえず作者の将棋の知識は分かりました。大将棋、ちょっとやってみたいです。
28. 8 12 ■2008/02/29 21:19:49
ハンドルのないモンスターマシンというところでしょうか。
大将棋の薀蓄まで読ませられる一級の文章力、オリキャラさえも魅力的に見せるキャラ付けの巧みさがありながら、話の展開がすっとび過ぎです。
スタートの合図も待たずにコースに飛び出し、時速200キロの男らしいスピードでフェンスに激突。
そのまま星になった熱い男……!
そんな感じです。
創想話ならその熱さと文章力に10点を入れるところですが、このコンペにはハンドルのついたモンスターマシンがごろごろしてるので、
一歩譲ってしまうのは否めないでしょう。
29. 5 O−81 ■2008/02/29 21:54:21
 なんだか不思議な雰囲気でしたが、面白かったです。
 終わり方はああなるんだろうなあと予想は出来ていましたが、にとりが深山に啖呵切った理由がきちんと納得できるものでよかったです。
 書き手それぞれ、にとりと椛の書き方が違っていて面白いですにあ。
30. 5 BYK ■2008/02/29 21:57:25
にとり、今貴女は最高に輝いている!
31. 4 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:58:40
プロットなんて飾りです偉い人にはそれが(ry
32. 7 綺羅 ■2008/02/29 22:43:05
終盤での二匹の漢っぷり(女っぷり?)をみていると、なんだか漢文の世界の任侠話を思い起こします。いい感じですね。
33. 4 もろへいや ■2008/02/29 22:56:08
にとりんも作者さまもかっこいいこと言うなぁ。
大将棋についての説明助かりました。面白かったです。
34. 5 moki ■2008/02/29 23:10:24
にとり格好いいなぁ。
細かいとこですが、対局でにとりが目上ということはないんじゃないでしょうか?振り駒の歩、王と玉からにとりが目上となってますが。にとりから決闘を申し込んだり、身分の関係で深山様の方が目上ではないかと思いました。
35. 8 冬生まれ ■2008/02/29 23:40:11
意図的なものなのかもしれませんが、一部、改行がされていなかったので微妙に読みづらかったです。
でもそれは些細なことで、テンポよく進む展開と小気味いい語りでぐいぐいひっぱられるように読み進めました。
読む事事態が楽しかったです。
36. 8 blankii ■2008/02/29 23:45:30
面白かった、という他にはないッス。ぶっちゃけ大将棋とか知らない私(故に、作者さんが嘘言ってるのかも分からない。)に、気持ちよく説明を読ませてくれるのが心憎い。(追記: 調べてみたら、余計にすげぇぇぇとかおもいました。)

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