笑顔の魔法

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 04:08:30 更新日時: 2008/02/13 19:08:30 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 霧雨魔理沙の姿が見えなくなって、どれぐらい経っただろうか。
 私の家に来ることもないし、森を歩いても出会うことはない。彼女の家はあれど、そこに住人の姿はなく、まるで時が止まったかのように彼女がいた頃のままだった。

 だけど、私は信じている。
 霧雨魔理沙は、いつかかえって来るのだと。
 あの日交わした約束を、絶対に守ってくれるのだと。

 ときどき、不意に思い出すことがある。
 彼女のいなくなる直前、そう、あの約束を結んだときのことを。
 あのときほど嬉しくて、あのときほど哀しかったときは、過去にも未来にも、たぶんない。

     § § §

 霧雨魔理沙は意地悪だ。
 何が意地悪だって、何もかもだ。
 本を貸してもなかなか返してくれない。私がきのこをあまり好きではないと知っていて、しきりにきのこを勧めてくる。大事にしていた人形に悪戯をする。人形の研究の邪魔をする――ざっと例を挙げてもこれだけ出てくる……まぁ、それが魔理沙なのだけれど。
 で、最近いちばん困るのは、言いたいことを言わせてくれないことだ。言い出そうとしても、絶対に何かしらして遮ってしまうのだ。
 あるときは
「魔理沙、私ね――」
「ああ、アリス、この前借りた魔道書について聞きたいことがあるんだがな」
と言って阻止され、またあるときは
「魔理沙、私――」
「お、この人形新作か? よくできてるじゃないか」
と邪魔され、この前なんか、
「魔――」
「すまんアリス、なんだかこのごろ研究疲れがたまってだるいんだ。一眠りさせてくれんか」
ほとんど何も言っていないのに口を止められた(このときばかりは文句の一つや二つぶつけてやったが、彼女自身は本当にぐっすりと寝てしまっていて聞いていなかったようだ)。

 だから、今日こそは、と思ってはいるのだが。

「ふぅ、やっぱアリスの淹れる紅茶は天下一品だな」
「褒めても何も出ないわよ」
案の定、相手のペースに嵌ってしまっている。しかも口を開く前に言い出すとは……おそらく抜け出すのは至難の技だろう。
 しかしここで諦めては始まらない。今日はどうやってでも伝えるつもりなのだ。
 たった二音の、素直な気持ちを。
「魔理沙、私ね」
「おお、このクッキー、いつにもましてさくさくしてるじゃないか。どうやって作るんだ?」
その手には乗らない。
「……あとで教えてあげるわ。それより、私、多分ね」
「あ、そうそう、この前教えてくれた茶葉なんだがな――」
今度は、魔理沙の言うことを遮った。少し良心が痛む。
 そして、ゆっくりと、想いを口にする。
「魔理沙のこと――」

「それ以上言うな!」

「――え?」
最初、何を言われているのかわからなかった。
「その続きの言葉は、お前が言っちゃいけない」
それは“拒絶”とは少し違うニュアンスだった。“不許可”とでもいえるものだろうか。
魔理沙はいつになく激しい表情で、いつになく激しい語調で言った。
「お前がその言葉を言おうとするたびに私が遮っていた理由、わからないか」
わかるはずない。だって、魔理沙はきっと、受け入れてくれるって思っていたから――
「あー、すまん、少しきつい言い方だったかな」
語調をさっきより柔らかくして、言った。
「まぁ、アリスならわかってくれるとは思っていたが。何で私があの言葉を言い出さないのか、何でアリスがあの言葉を言おうとするのを必死で言わせないようにしていたのか」
 理由を考えてみて、すぐに思い当たった。その瞬間、思わずはっとしてしまった。触れてはいけない場所、触れたくなかった場所に触れてしまったような気がしたからだ。
 魔理沙は笑っていた。綺麗な笑顔だった。
「な。それが理由さ」
 魔理沙は人間で、私は妖怪であること。
 それはすなわち、一緒にいられる時間が限られること。いつまでも一緒にいることなんて、絶対にできないということ。
 だけど、頭の奥ではわかっていても、認めたくはなかった。
「でも、その限られた時間だけでも、一緒にいられたらいいじゃない。いつか離れ離れになる運命なのに、今そうなる必要なんて、ないわよ……」
最後のほう、少し涙混じりになりながら、言葉をぶつけた。
「だから、お願い、言わせて」
たった二文字の、本当の想いを。
「いや、だめだ。そしたら、いつかのそのとき、二人とも哀しい思いをするだろう? 旅立つほうも、見送る側も。アリスは、そんな風に別れたいのか?」
そんなことはない。
「……笑って、笑顔で、手を振りたい……」
 いつだって、笑顔が一番の魔法だ。まだ人間だった頃、母親の笑顔ほど心強くて温かいものはなかった。妖怪になって、この白黒魔法使いに出会ってから、彼女の笑顔ほど癒されたものはなかった。私は、そんな笑顔の魔法を、かけることができてきたのだろうか。いつも彼女から魔法をかけてもらってきただけじゃないだろうか。
「それが正解。私も、アリスの笑顔に何度救われたと思ってるんだよ」
どうやら、私もその魔法を使えていたらしい。
 魔理沙は私の髪をなで、そっと抱き寄せた。このぬくもりがいつまでそばにあるのかわからなくて、なくなったらどうしようと思って、気づいたら嗚咽していた。一番つらいのは、魔理沙のはずなのに。私は魔理沙にいろんなものをもらってばかりだった。いつかそのときが来る前に、今までで一番大きな魔法をかけてあげられたら。でも、そのときなんて来ないでほしい。いつまでも、この変わらない日々が続いてほしい。そう思って、ふたたび涙があふれてきたのだった。

「ごめんね、魔理沙」
「ああ、気にするな」
結局、魔理沙は私が泣き止むまで抱いていてくれた。その優しさが、とても嬉しかった。

 その翌日。魔理沙は相変わらずの様子で、私の家に来た。
「いらっしゃい、魔理沙」
「邪魔するぜ、アリス」
 いつもと変わらない日々。失いたくない日常。
「なぁ、アリス。あれからいろいろ考えたんだけどさ、一つ約束しないか?」
 おもむろに、魔理沙が提案してきた。
「約束?」
「そう。いつ私がどこかへいなくなっても、必ずここ――アリスのもとへとかえってくる、って」
「ふふっ、いいわね」
 約束。形のない、どちらか一方が忘れてしまえば不安定なものだけど、私も魔理沙も、絶対に忘れるはずがない。それはわかっているけど、何かひとつでも魔理沙と過ごしている日々を形にしたくて、羽ペンと羊皮紙を取り出した。
 ふたりはくすぐったそうに笑って、ペンにインクを浸した。


    “私こと霧雨魔理沙は、何処へ旅立とうとも、必ずアリス・マーガトロイドの元へかえってくることを約束します”

    “私ことアリス・マーガトロイドは、ながき旅よりかえった霧雨魔理沙を、温かな笑顔で迎えることを約束します”


 それぞれの書いた約束を見て、ふたりは笑いあった。魔理沙の笑顔は、やっぱり綺麗だ。魔法にかけられたみたいに、哀しみを忘れられる。そして、魔理沙がこんな綺麗な笑顔なら、きっと、私だって――

 そっと、右手の小指を差し出す。魔理沙のがそっと絡んでくる。
「ゆびきりげんまん」と、魔理沙。
「うそついたら」と、私。
「マスタースパーク百本飲ーますっ」
「ははっ、なによ、それ」
「いやぁ、私は針よりもマスタースパークのほうが手慣れてるし」
「魔理沙らしいわね」
「いやまぁ」
 わずかなつながり。小指と小指、触れ合っているのはほんのちいさな場所だけ。それでも、いや、それだからこそ、いつまでも離したくなくて、くだらない話で笑いあった。なのに、このおまじないは、切らないと成立しない。なんという矛盾だろう。
 ふたりは声を合わせて言う。
「ゆびきった」

 魔理沙は今晩、私の家に泊まっていくという。自分の家の中がすごいことになってしまっているという。いかにも魔理沙らしくて、自然と笑みがこぼれる。
 魔理沙を客間に案内したら、倒れこむようにしてベッドにもぐりこんだ。また研究疲れなのかしら。
「おやすみ、魔理沙」
そう言った私は、たぶん、今まででいちばん上手に笑えたと思う。

     § § §

 その翌朝、魔理沙はいなかった。
 書き置きも何もなかったけれど、ながい旅に出かけたというのだけはわかった。
 少し哀しくて、少し淋しかったけれど、不思議と涙は出なかった。
 だって、胸には、今までの思い出が。握り締めた手には、約束があるのだから。

 結局、自分の気持ちを言うことはできなかったけれど、後悔なんてしているはずがない。
 彼女はいつかかえってくるのだから。そう、約束したのだから。
 そして、最後に彼女に、いちばんの笑顔の魔法をかけることができたのだから。


 魔理沙。
 私、いつまでもあなたと過ごした日々を覚えているわ。
 嬉しいことも哀しいことも、すべて。
 だって。

 きっとそれは、
 かみさまのくれた、
 いちばんのたからものだから。
魔理沙が何処へ旅立ったのかは、お察しのとおり。アリスもきっと気がついていることでしょう。
だけど、アリスは思い出と約束を胸に抱き、いつまでも彼女を待っているはずです。
とびきりの、笑顔の魔法を用意して。

悲しい物語と言われれば、そうです、と答えざるを得ません。
だけど、彼女は幸せなのです。信じていますから。
そう考えると、これは悲しい物語ではないような気がします。不思議ですね。

つたない表現ながら、がんばって書いてみました。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
織村 紅羅璃
作品情報
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投稿日時:
2008/02/11 04:08:30
更新日時:
2008/02/13 19:08:30
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 6 小山田 ■2008/02/13 01:59:36
難しい気取った言葉を使わず、平易な言葉で全体を構成しているため、やわらかさと暖かさ感じました。切ない内容ながらも、どこか優しさが感じ取れる文体で、好みです。
2. 9 読者 ■2008/02/13 04:22:23
切ねぇ
3. 3 あまぎ ■2008/02/14 01:15:57
アリスも魔理沙も可愛いなあ。
自分はそのケなんてないぜ! とは思いつつもニヤついてしまいました。

ところで、お題が、ちょっとどこにあるのか……。
それと魔理沙がどこへ行ったのかをはっきりと察することの出来ない自分のHっぷりに呆れます。
すいません、じっくりと考えられたらいいのですけど……。
……まあ、なんですか。可愛いは正義、ですよね。
4. 5 mizu ■2008/02/19 15:40:23
 これぞまさしく魔理沙&アリス。とてもふたりらしさが出ている作品だと思います。
5. 8 名無しの37番 ■2008/02/27 11:26:56
突出した長所というものが、私の価値観では全く見つけられませんでした。文章もテーマもキャラ造詣も心理描写も構成もストーリーも、全部がどこにでもありそうな作品です。
でも、何故か暖かい気持ちになります。この作品を、ひいては出演している魔理沙やアリスを好きになってる自分がいるのです。
私の中の言葉では、これ以上称賛できないのが非常に残念です。それだけ印象に残った作品でした。
6. 5 ■2008/02/27 21:43:52
お話はすごい好きです。
短いながらも二人の感情の行き来が綺麗に描かれていたと思います。
ただお題の使い所がちょっと分からなくて……、察しが悪くてすみません。
7. 2 つくね ■2008/02/28 14:55:33
う〜ん綺麗な物語ではあるのですが……安定感はあるもののややこの手の話は割と見かけるので、もう少し捻りが欲しかったです。
8. 1 つくし ■2008/02/28 15:13:54
メルヒェンちっく時空にあてられて砂吐いた
とかく、ものすごい自己完結ぶりです。起承転結の結の部分だけ読まされてる感じがします。そして人間と妖怪という関係性の料理の仕方も既存の域を出ず、王道にしても洗練されていません。自身で完結するのではなく、読者を説得するものが欲しいです。
9. 3 ■2008/02/28 20:11:30
ああ。そうか、そこに「きかい」ね
唐突に終わった、というか既に終わった物語だったんだな
物足りないけど、その事に気付いたらそれ以上は蛇足な気がした。
10. 3 たくじ ■2008/02/28 22:20:42
長い話の一部を抜粋したような感じがします。いいところだけ取ったような。いい場面であっても、それ単体ではあまり感動とかは生まれないと思います。二人がお互いに相手のことを想っているのはわかりますが、それが本当に唐突でしっくりこないんです。
11. 5 椒良徳 ■2008/02/28 23:42:53
これは良いアリマリですね。できればもっと甘々でお願いします。
12. 3 時計屋 ■2008/02/29 00:19:14
これはなんという面映いアリマリSS。
描写も丁寧で好印象でした。

ただ話があまりに抽象的だったのと、
お題が分かりにくかったのが残念でした。
13. 5 反魂 ■2008/02/29 00:57:53
 どことなく少女漫画チックな雰囲気を受けました。
 手垢の付いた題材かもしれませんが、まっすぐでよかったです。
14. 3 ZID ■2008/02/29 01:20:20
こういうベタな話は好きですが・・・。読解力が足りないのか、すいません。私には魔理沙がどこへ旅立ったの皆目検討が付きませんでした。貴方が伝えたかった内容を、言葉という他者に伝わる形にしきれていないような気がします。
15. 1 木村圭 ■2008/02/29 04:47:17
グリーングリーン?
16. 4 とら ■2008/02/29 09:03:50
一つのお話としては確かに面白かったですが、お題との絡みがあまりよくわかりませんでした。
17. 1 らくがん屋 ■2008/02/29 10:55:52
このテーマ処理は個人的にアウトだなぁ……。話自体も、引き込まれるものが無かったし。
18. 4 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 13:48:59
魔理沙らしくて良かったんじゃないかな、と思います。
19. 1 中沢良一 ■2008/02/29 15:04:49
作者の想いが先走りしすぎて置いてけぼりを受けた感じです。
魔理沙が何で旅に出たのか察してくださいということですが、察してもらうには情報が少なすぎると思うのですが。私にはコレだという明確な答えは出ていません。人間だからのフレーズで年齢を思い浮かべたのですが、それを確定するには情報が少なくて、すっきりしませんでした。
20. 1 飛び入り魚 ■2008/02/29 16:56:03
表現はきっとそんなにつたなくないはず。
でももっと、心を震わす場面設定ができたと思う。
短編は難しいなぁ。一気にずどどんと一発山が来ないと辛いというのは、本当難しい。
このネタであれば、もちっと色々、例えば言うべきか言うまいか葛藤したりと
場面数を増やしたほうが、魔理沙消失って山も一段と高くなるように思える。
21. 5 八重結界 ■2008/02/29 18:30:37
男っぽいところあれば、乙女チックなところもある魔理沙には好感が持てます。
仲の良い二人だなあと思いながら読んでいて、マスタースパーク百本のところで吹いた。
22. 1 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:42:40
お察しできなかったです。
全く分からないわけじゃなく、当てはあるんですが…。
23. 4 K.M ■2008/02/29 20:03:26
「きかい」成分が薄い気がするので、この点数で。
24. 7 カシス ■2008/02/29 20:21:55
魔理沙ならいつか帰ってきそうです。そう思うと悲しい話では無いと思います。
25. 1 12 ■2008/02/29 21:20:45
ええいっ、お題はどこだっ! お題を持てぃ!
26. 4 O−81 ■2008/02/29 21:53:35
 「きかい」はどこだと思ったら最後にありました。
 男前魔理沙。
27. 5 BYK ■2008/02/29 21:58:06
最後の3行の縦読みが"きかい"なのか! 何というお題の使い方(褒め言葉
28. 4 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:58:14
なんという縦。
29. 4 綺羅 ■2008/02/29 22:44:10
こういったお話は、この別れの一場面だけを挙げられてもいまひとつ心が動かないものです。原作でここに書かれるほどの親しい関係にあるならともかく、それが存在しない場合は自分で作り上げないといけない。それは別に長々としたものでなくてもいいのです。そうすることによって、この別れの切なさとか悲しさをより強く印象付けられるでしょう。このままでは未完成かな。
30. 4 もろへいや ■2008/02/29 23:02:46
話はとても面白かったです。目から汗が出そうなほどに。
ただ読解力不足故、お題をどう使っているか分かりませんでした。
31. 3 moki ■2008/02/29 23:10:49
避らぬ別れでなく、捨虫の魔法を探す旅に出たのだと思いたい。
お題がそれってのは……しばらく考えて見つけたとき、がくっときましたよ。
32. 4 blankii ■2008/02/29 23:45:50
お題は『機会』で良いのでしょうか。二度とは巡らない機会。そう考えると、やはり悲しい御話であるような気もします。約束ってのは叶わないから美しい(のかもしれない)。

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