少如群像

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 05:12:16 更新日時: 2008/03/06 15:57:06 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

「ああ、遅くなっちまった……おっかさんに叱られちまう」

 人里の東にある、近辺で一番大きな守矢神社の分社へお参りをした帰り、男は道を急いでいた。もう日は落ちて明かりは見当たらない。守矢への参道とは言っても、守矢はまだ幻想郷へ降りて一年も経ってはおらず、分社が出来たのもつい最近である。さして人里から離れた場所に建っている訳ではないが、立地的な問題によって多少歩かねばならぬ場所にある。周りには木々が生い茂り、風に揺れる草や葉が、まるで物の怪のように見えて無気味であった。

 ここに分社が建立されたのはつい三ヶ月ほど前である。山に大変偉い神様が参られて、人々の安定した生活を願い毎日祈ってくれていると云う噂が立った。これを素晴らしい事だと持ち上げた里長他実力者によって分社を建立する事と相成ったのである。建立するにあたり稗田家と上白沢慧音は全面的に協力、守矢の本社とは言わずとも、博麗の本殿ほどに立派なものが建った。

 幻想郷の住人はあまり神社に参拝はしないものの、生活の一部としての自然信仰が染み付いている。故に最初里人達も守矢神社への信仰は、幻想郷各所に点在する道祖神やお地蔵様を拝むのと大差ないものであった。ただ時間が経つにつれ、一般生活の信仰とは異なる点が出てきたのである。守矢は博麗と違い神様がしっかりと居て、わざわざ人里まで降りて徳を説いてくれるのだ。大歳神なども収穫祭に招かれたりしていたが、友達感覚のこの神様達と違い、八坂の神は数倍人をひきつける力を持っていた。

 現に今帰り道を急ぐこの男も、そんな身近で美人な神様に見惚れて分社への参拝を三日に一度欠かさないのである。彼のような人間は、東の偏狭に棲んでいる紅白巫女が思っているよりも数多い。

 幻想郷の人間とて、それなりの常識はある。神様だって無理なものは無理。完全に頼り切るもんじゃあない。皆それを理解していて尚、守矢への信仰心は着実に増えていった。本来の地方神社信仰らしい形が幻想郷に出来始めたのである。そして、皆と同じ信仰を共有する事は、心の穴を埋めるにも役立った。これに異を唱えるものは無く。人たちも、一部妖怪も大変満足であったし、文句などありはしなかった。

 この男もそれで満足だった。
 ただ――流石に、今日ばかりは新しく染み付いたこの日課を恨んだのである。

「うん……ありゃあ、なんだ……?」

 薄暗く陰鬱な道を抜けて、少し開けた場所に出た時の事。男の目に、二つの丸太ような物が転がっているように映ったのである。明かりも無い為それが何であるか判別しかねた男は、その物体へおずおずと近づく。

「ひっ……」

 神経が凍りつき、背筋が伸びた。まだ十歳程度の童の死体。頭は爪でこそがれたように歪になり、周囲には夥しい血液が流出している。まさかと思い辺りを見回すと、同様の死体がもう一つ転がっていた。

「ひい、ひぃぃぃっ!!」

 下半身が緩み、失禁する。春先とはいえまだ寒い幻想郷。直ぐに股間は冷たくなった。震える脚を引き摺り、這うようにしてその場から離れて行く。妖怪にやられたんだ。そう気がついたのは二体の死体から十メートル程離れてからであった。意識を保つように自らの頬をひっ叩き、無精ひげを擦り、手拭いで股を拭いて立ち上がると、すぐさま駆け出す。その場に居ては不味いと思う心と、二人も死体を放置しておけないと云う気持ちからである。

 男は人生で一番の速さで人里まで走り、早速上白沢慧音へと報告した。それを受けた慧音は知的さと頼もしさを湛えた顔立ちを引き締め、ただ飯を喰らって寝ている妹紅を叩き起すと、若い衆の召集に走り、早速皆を引き連れて男の言う現場へと向かった。

 暗がりを提灯の一団が歩く。男を道案内にし、その後ろを慧音と妹紅、そして若い衆がぞろぞろと行く。これだけ召集が早いのも、今回が初めてではないからだ。普段から、人里は危険と隣り合わせにある。スペルカードルールが制定され、巫女が実質的に幻想郷を支配していようとも、やはり妖怪は妖怪の本能があり、そして道を外れた者、注意を怠った人間を襲う。こればかりは誰も咎められない。精々、巫女が出てきてボコボコにする程度である。妖怪自身も人が滅びては困るのであるからして、自重はしている。

 しかし謎だったのは、男の話では一度に二人が襲われ、そして死体を放置されたところだ。妖怪は普通、食事の為にしか人を狩らない。食物連鎖からはみ出るような虐殺は無駄だし、折角殺したのに放置するのは道理から外れるのだ。まさか二人で妖怪に戦いを挑んで殺されたか、とも慧音は推測したが、話からすると一人は子供、片方は恐らくは親。そして倒れていた所は守矢分社への参道である。妖怪に喧嘩を売る状況でない事は火を見るより明らかである。

「け、慧音先生、あ、あれでさぁ……あれ?」
「死体がないな」
「う、嘘なんかついてやせんぜ!! あっしゃこの目で確かに!!」
「嘘などとは思っていない。妹紅、少し火を強くしてくれ」
「ほいほい」

 慧音の指示通り、妹紅は指から炎を強く出す。周りはカガリ火でも焚いたかのように明るくなり、そしてその情景は皆の目に入った。砂利道には目を覆ってしまいたくなるような赤が零れ落ちており、特に男の証言した子供が居たと思われる部分は、頭の形が解る程色濃い。数メートル先には、出血量こそ少ないものの、引きずられ振り回された痕が生々しく残っている。川が近いここには水を求める妖怪が屯する事もある。もう少し注意していれば、と慧音の頭に後悔が過ぎった。

「酷い出血量だ。これなら間違いなく、死ぬ」
「二人分ね。位置が離れてるし。それにしても……」
「……死体は確かにあった。後から持ち去ったか」
「そう考えるのが妥当さね」
「すまない人間。私が注意していればこんな事には」
「とんでもござぁせん。慧音先生は良くやってらっしゃいまさぁ」
「さて慧音、どうする。遺体がないんじゃあ、家族に形見ももっていってあげられないね」
「若い衆。この手拭いに血を含ませて、分けて瓶詰めにしてあげてくれ」
「なるほど」
「ういっす!!」

 若い衆が仕事にかかる。その内、不安そうな顔をした男が一人、慧音に話し掛けた。

「姉御。実は、妹と母ちゃんが、参拝に行くっていったっきり、戻ってねぇンだ」
「他の者はなんと」
「こいつら、みんな知らねぇって……くそ」
「……泣いても構わんぞ。お前は昔から泣き虫なんだから」
「ぐっ……うぅ……」

 人里とてそれなりに住人は居るが、こんな遅くまで里に帰ってこない人間は少ない。男の話と照らし合わせる限りでは、この青年の家族と見て間違いがなかった。なんとも居た堪れない空気が周囲に流れる。だが、そんな沈み込んだ場でも、慧音は気丈である。子供のように泣きじゃくる青年の頭を抱え込んで、己の無力さを噛み締め、そして次の為に次の為にと考える。

「妖怪は人間を肉団子にして食うらしいな」
「臭いありそうだし。ネギとか生姜とかで臭い消しするにも、練り物がいいわな。つみれ汁か?」
「えげつねぇ話しするな……不謹慎な」
「とはいえなぁ……ん?」
「お、おい。今何か観なかったか」
「あ、ああみた。空を何か飛んでた」
「妹紅、頼む」
「合点」

 男達の声があがる。空に未確認の飛行物体在りと言う話題に皆がざわめきたった。直ぐに妹紅が空へと舞い上がり、男達が指す場所へ向かうが……数分後には手ぶらで戻ってきた。

「……ありゃ、メイド。紅魔館の。時間を止められて逃げられた」
「十六夜咲夜? なんとも、容疑者容疑者しすぎるな。現場を見るに、人間の仕業とは思えんし」
「慧音はそう思うかもしれないけれど、人はどう思うかしらね」
「……」

 噂に戸口は立てられない。誰かがメイドを見たと言ったなら、狭い里は瞬く間にその噂で持ちきりになるだろう。そうなると基本的に人付き合いの少ない咲夜でも……人里への買物は、七十五日ほど来る事が出来ないだろう。紅魔館とて人里と仲を悪くしたり、下手に刺激したりして良い事はない。

 慧音は空を見上げる――雲行きが怪しい夜空の隙間から、本当に細い月が顔を覗かせている。
 満月はまだ遠い。

「満月はまだ先だね」
「歴史さえ把握出来れば犯人が解るのだが。仕方ない。みんな良く聞いてくれ。これから暫く、人里には見張りを立てる。若い衆には大分頑張ってもらう事になるが、良いだろうか」

『うぅいすっ!!』





 それから数日後。慧音が懸念していた通り、憶測でしかない噂が里中を飛び交っていた。奇しくも昔の教え子の親と妹の葬儀の後、人が一同に会する場所で噂は拡大してしまったらしい。里社会は閉鎖的であり、変化には敏感である。これを恐がったり面白がったりする輩は沢山いるし、そして誇張も激しい。最近では『紅魔館の奴等が人里を全滅させようとしている』とまで言われ始めた。慧音もさほど紅魔館の人間と親しい間柄ではないが、それはなかろうと考える。慧音の歴史から行けばありえないのだ。妖怪達はむやみに人を襲わぬように制限をかけているだけだが、吸血鬼は大きな前科があり、事件解決後には安易に破れぬ契約書を書かされている。契約に厳格な性質である悪魔が、簡単に破るはずもない。

 殺人現場の状況を観るに獰猛な力を有した妖怪である事は予測出来るのだが、女子供を手玉に取れる妖怪は……と考えると、残念ながら幻想郷全ての妖怪が該当してしまう。ここで例えを出すなら、慧音でも可能だ。それほどに、人間と妖怪の生物としての能力差は激しい。その点を踏まえて紅魔館を擁護してやれないかと考え至るが、難しい。慧音が擁護すれば、慧音自身があらぬ噂を立てられる。普段はある程度楽天的な人里ではあるのだが……今回は何時もより人間達の反応が過敏だった。

 では、この問題を沈静化させるに必要な策は何か。
 結局は犯人をとっ捕まえて皆の前に引っ立てるしかない。

「悩んでるね」
「妹紅か。実は一つ聞きたい事があってな」
「なんだろ」
「うん……あのな、私は歴史を知っている」
「うん」
「過去こういう事が無かった訳ではない」
「そりゃあそうだ」
「実際に人たちが恐れたり怒ったり暴れたりしなかった事もない。だが不思議なのだ。何故みんなここまで噂に噂を繋げて、尾ひれ背鰭つけて、実体の無い恐怖を煽るのか」
「人間ってそんなもんじゃないかしら。噂ってのは広がるし、誰かが損したり特したりする。昔ね、宮中で物の怪が出るって噂が立ったことがあったけれど、その時なんかは『お前は物の怪に憑かれているのでおじゃる』って言って、政治利用されてたわよ」
「時代背景も舞台も違うと、何の参考にもならんな」
「まぁそーでしょ。幻想郷は特殊すぎるわね。それで、博麗には」
「無理だな。実害が少なすぎる。あれは異変と判断しない限りは、動かない」
「怠惰で使えない巫女だわねぇ」
「巫女ねぇ巫女……そうだ、巫女。そうだ」
「え、何が?」
「困った事があれば守矢を頼れと、あの神様も言っていたしな」

 ……こうして、東風谷早苗に白羽の矢がたったのである。





   1、奇妙な塊





「構いませんよ。博麗が仕事しないなら、うちがバッチリ引き受けます。あ、でも巫女じゃなくて風祝」
「腋が出ているし、似たようなものだろう。それはさておき、良かった。私で退治出来るならしたいのだが、生憎人里を離れる訳にはいかない。妹紅も居るが、彼女は居候気味の保護対象であるし」
「今離れて大丈夫なんですか」
「今は昼だからな、知性の足らない妖怪とて、昼に人里には降りてきまい。里にも一応、退魔師はいる。だが、夜はせめて私が精神支柱になってやらねばならなくてな」
「背負うモノが大きいと大変ですね」
「……まぁ、人間が好きだからな。依頼する事はたった一つ。妖怪をひっ掴まえて、ひっ立てて貰いたい。里人の前で泣いて詫びさせてやる。そうすれば人間達も不安にかられることもなくなるだろう」
「見せしめって、良い意味でも悪い意味でも必要ですもんね。解りました」
「しかしいいのか? 大分参拝客もいるようだし、忙しくはないのか」
「その事件の所為か、分社にはめっきり人がこなくなって。代わりに此方に流れているみたいです。妖怪達も疑われたくないんでしょう」
「ふむ」
「でも大丈夫です。神様達をアルバイトに雇っているので」
「む……豊穣神達か」

 チラリと視線を向けた先には、秋姉妹が巫女装束姿で妖怪相手にお守りやら破魔矢やらを売りさばいている。神様としてのプライドは大丈夫なのだろうか、と慧音は心配したが、当人達は嫌そうな顔をしていないので、きっと良いのだろうと、一応は納得する。それに、今気にかけている事はそんな瑣末な問題ではない。

「では頼む」

 人里代表だと言う半獣は、丁寧に頭を下げて守矢神社を後にして行った。東風谷早苗は箒を持ったまま、その後ろ姿を眺めて……完全に見えなくなると、やがて溜息を吐く。半獣の話は、多いに解る。解りやすく実に簡単ではあるのだが、些かシンプルすぎはしないだろうかと悩むのだ。妖怪と大まかに言われても、幻想郷には妖怪が居すぎる。守矢神社にだって沢山来る。幻想郷は神奈子に聞いていた以上に異常であった為、正直な話、まだこの幻想郷には慣れていない。妖怪相手には愛想笑いをするのが限界。知り合いも無く、情報源も無いのだ。顔見知りと言えば麓の巫女なのだが、巫女に代わって仕事を引き受けた手前、なんだか気まずい。勿論、博麗霊夢はそんな事、どーともおもっちゃあ居ないのではあるが、現代のピリピリした空気に慣れた早苗はその辺りに強い配慮をしてしまう。

「こんにちは巫女さん」
「は、祝(はふり)なんですけど……あはは、巫女で良いです」
「麓の巫女と違って仕事熱心ですねぇ」
「い、いえいえそれほどでもーあはは……」

 ……。
 天狗の少女は笑いながら去って行く。
 引き受けてしまったものは仕方が無い。それに、ここで一発当てればまた守矢神社の信仰は増える。そう考えると、この仕事も中々に燃えるのではないか。と割り切る。割り切らざるを得ない。箒を片隅の用具部屋に仕舞い込み、早苗は早速我が神様に伺いを立てる事とした。

「……へぇ。お前さんも大変だったんだね。それで、諏訪はどうしたんだい」
「まぁ、他の神が来るか、廃れるかでしょうね。そういえば伊吹の、他の仲間はどうしたのよ」
「死んだか封印されたか、はたまた地獄に逃げたか、他の理想郷に居るか、寝てるかのどれかだよ」
「ここは退屈じゃあないの?」
「お前さんだってどうなの」
「居心地良いわ」
「私もだよ。巫女は面白いし、アンタ達も来て賑やかになったし、今年の花見は楽しみだなぁ」
「でもまぁ、刺激は足らなそうね」
「あっはは……刺激ねぇ」
「あの、宜しいですか」
「お、神奈子の巫女かい。かわいいね」
「でしょうでしょう。諏訪子の子孫だし、可愛くないわけがないけど」

 本殿の中で談笑を交わしていたのは、胡座をかいた神奈子と、早苗よりも頭一つ分小さな鬼であった。早苗は一礼して中へと入ると、二人の輪に加わる。伊吹萃香はニヤニヤと早苗を見つめ、まるでそれをツマミにでもするかのように瓢箪から酒を一口。神奈子も笑って盃から一口。相変わらず人外の頭の中は訳が解らない、と早苗は小さく溜息を吐く。

「いいよ、行ってきな。信仰集めにもってこいだ」
「聞いてらしたんですね」
「そりゃ、自分の神社だもの。ガッツリ稼いできなさいね」
「おーおー。出稼ぎに行くみたいだな。あら。現代じゃもうそういうの終わったんだっけか」
「終わったわね」
「うーん。長く生きるとどうにも時代が曖昧で。特に現代は」
「ま、ここは明治からゆっくりしか動いていないから、時代的に丁度なんじゃないかしら。早苗、頑張ってね」
「はい。あのそれで、お伺いしたい事が」
「妖怪でしょう? なら総当り戦確定。全部のして全部氏子にしてしまえばいいわ」
「……神奈子様、本気?」
「現人神よー? 妖怪すら鶴の一声で収められるようにならなきゃ、現人神で名前負けするわ」
「うぐぐ……」
「いーってらっしゃーい……ああ、それで伊吹の……」

 二人の酔っ払いを背に、早苗は本殿の戸を大きな音をたてて締める。これじゃあ駄目だ、として足を諏訪湖方面へと向けるのだ。洩矢諏訪子が本殿に居ないなら、恐らくは其方だろうと。空を飛んで小高い山を越えた所にぽっかりと空いた巨大な盆地が現れる。以前は川が通る谷だったらしいが、今は里にまで伸びる川の貯水池のような存在になっていた。自分達が持って来たとはいえ、湖ごと移住など常識外れも程がある。

 湖の中心に出ると、早苗は御幣で水面を打つ。それは波となり一瞬にして全面に広がって、水中に住む者たちを呼び起こした。ゆるゆるとあがってくる鯉の群に声をかけると、みな散り散りになって洩矢諏訪子を探しに行く。

 数分後。鯉の群は背中に蛙様を乗せて現れた。眠たそうな目を擦る諏訪子は、おっきなお口を開けて欠伸を一つし、早苗に頭を下げる。

「おはやう……はう」
「おはやう御座います、諏訪子様。もう昼ですけれど」
「だって昨日も飲むのに付き合わされて……神奈子飲みすぎ! あの鬼も!」
「あれ、昨日から居たんですか、あの小鬼さんは」
「あー。小鬼といっても見た目だけだよ。見た目が信じられないのが、妖怪の国なの」
「じゃあ数百年生きてるんですね。可愛らしい方ですけど」
「でも飲むの凄く、凄く飲むの。きっとあの子のお腹の中は別次元に繋がってるんだわ。何考えているか解らないのも怪しい。飲みすぎるのも怪しい。可愛こぶるのも怪しい」
「神奈子様が取られたからってそんなに怒らなくても」
「怒ってないわよー。あーもー。それで、早苗は何? どしたの?」

 やっと話が通じた諏訪子に先ほどの事を忠実に伝える。諏訪子はフンフンと聞き、頭をひねり、やがて、天を指差した。早苗もつられて示された部分へと目線を向ける。春先の真っ青な空に、何かが浮いている。

「……塊?」
「塊だね。可哀想な塊。現世で幾つも地獄を見たけど、あれほど歪な塊は見たことがない」
「あれ……なんで私、それが塊だなんて」
「そう意識するようになっているのかもしれない」
「でも、あれが、何か関係あるんでしょうか」
「博麗ならきっと、怪しいって言って倒す。そこから糸口を見つけるに決まってる」

 奇妙な形をした「塊」は、上空をゆっくりと舐めるように漂い、やがて、早苗達の真上ですっかり停止した。一瞬、涙が零れるほどの怖気に襲われる。麗かな日和が、一瞬にして地獄と化した。湖面を泳いでいた全ての魚たちが水深くへと潜り、蛙達も逃げて行く。早苗自身もまた、御幣を持つ手がガクガクと震え、しかしその「奇塊」から目を離す事が出来なくなってしまう。

 あれはなんだ。早苗は根っからの現代人である。SFやファンタジーなんて幾らでもフィクションで目にした。そして、自分は神様と話す風祝であり、それを全てメタ的に把握してはいたのだ。どれもこれも、全てが嘘などではなく、一部の真実がフィクションに脚色されて面白おかしくおぞましい物語に彩られ、人々の娯楽として提供されているのだと。

 だから、信じられないような物を見ても、それは真実であると云う前提から入るようにしている。だがこれは何だろうと、そんな早苗ですら戸惑ってしまった。

「神様の出番じゃないわね。早苗、頑張ってね」
「け、けど。私……その、こ、恐いです、あれ」
「恐いと思うから恐いだけ。恐くないと思えばどうって事ないよ。そんなんじゃ何時までたっても博麗霊夢には敵わない。あれは強いよ、凄く強い。だから早く追いついて、さっさと追い越さなきゃ。アイツに嫉妬されるの、きっと気持ちがいいよ」
「……は、はい」

 博麗霊夢。表面上仲良くは装っているが、己の劣等感を一番刺激するのがあの女だ。修行もしないくせに強くて、知らない間に仲間が沢山いて、恐れる事を知らない巫女。巫女の身で神にすら喧嘩を売る馬鹿者である。

 負けてられない、と意気込み、視線を定め、目標に対して一気に突っ込む。近づくにつれ、それがやはり何かの塊である事がはっきりと見て取れるようになる。湖から約百メートルほど上に上った場所にそれはあった。シルエットだけなら、丸に枝を生やしたようなモノ。逆光でそう見えてはいたのだが……近寄って後悔する。

「……ひ、人の……塊!?」

 想像を絶する奇妙さであった。二、三人の人間が『丸い塊になって空を浮いている』のである。腹の底から震えが起こり、全身に行き渡りそうになるのを、深呼吸して抑える。意識で飲まれたら終り、そう思わせる不気味さがある。

 幻想郷には様々な妖怪がいる。もしかしたら、人の形を取らない、出来そこないのような妖怪も居るのではなかろうか。だったらこれは何か。妖怪か? 単なる異形か? もしかしたら、神の類かもしれない。神様が皆綺麗であるとは限らないのだ。汚物からなる神もいる。

 距離にして十メートル。早苗は、大きく声を張り上げた。

「ここは! 神聖なる神の湖!! 用が無いのならば、早々に立ち去られよ!」
「……む」
「む……?」

 球体といっても、人間が固まったようなもの。そこには、体があれば顔もある。その内の一つの顔が、言葉を発する。本当は直視したくないのだが、舐められない為にも目は逸らせない。

「……娘だけは……娘だけは……」
「……人間、人間なの?」
「こないでこないでこないでこないでこないでこないで」

 奇塊の至る所から瘴気が発せられ、周辺を包み始める。次第に視界が奪われ始めるが、早苗は冷静にこれを対処する。御幣を掲げ、剣指にてセーマンを切り、依り憑こうとする邪気を一蹴。相手に敵意ありと判断し、話し合いで解決する事を投げる。

「化け物……って、あれ?」
「こないで……こないで……」

 ブツブツと呟きながら、奇塊が湖を離れて行く。追い払えたならそれで良いのだが……問題は方角だ。其方には、博麗神社がある。今回引き受けた依頼と重ね合わせると、あれが容疑者である可能性が高い……いや寧ろ……もっと宜しくないものかもしれないのだ。幾ら怠惰な巫女でも、こんなものが神社に侵入したなら、容赦なしに叩き潰すに違いない。そうなると、話がややこしくなる。

「待ちなさい!!」
「こないで……こないで……」

 この奇塊がなんであろうとも、この悲惨な現状、あまり人間の里には、見せられない。見せるにはあまりにもショッキングであるし、誰もが受け入れられる現実でもないのだ。内々に処理、これが一番確かであろう。





 紅白の巫女、博麗霊夢は境内に幾つも植えてある桜の木を見上げる。大分温かくなってきはしたが、桜が咲くまでまだ時間があるらしく、小さな蕾が点々と、もっと春度を増すのを待ち構えている。霊夢はこの桜が満開になる日を楽しみにしていた。様々理由をつけて人に文句は言うが、大人数で集まる花見は霊夢も好ましい。どうも巧く感情を表現してやれないのだ。嬉しい時に嬉しいと言えば、もっと可愛げも出ると云うものなのだが。

「あー。後一週間先だな。そっから毎日宴会だと思うとわくわくするぜ」
「たまには幹事じゃなく、設営も手伝いなさいよ。なんで私ばっかり」
「長い付き合いだからな。お前がそれすら喜んでやってるの、知ってるぜ」
「……もうしないわ」
「また、嘘ばっかり。鬼に怒られるぜ」
「ふん」
「あー。それにしても暇だな。弾幕でもするか?」
「やめておくわ。今日はなんか、ありそうだし」
「霊夢がそう言う時は必ず何かあるからな。ほら、やっぱり」

 桜の木を見上げる二人の視線の先。鳥居越しの空に、二つの影が現れた。霊夢は溜息を吐き、魔理沙は腕まくりを始める。春の温かい陽射しの中馴染みの友人と他愛ない会話を交わす今の幸せを甘受するのも好ましくはあったが、二人の目に入った問題は、そんな日常をうっちゃって、幻想郷的なイベントを演出してくれるに違いなかったのだ。それを放って置く手はない。魔理沙は早速箒に飛び乗り対象物二つへと一直線に飛んで行く――が、直ぐに霊夢の元へ戻ってきた。

「やだやだ、あれやだ……霊夢、頼む」
「えー……観る限り早苗っぽいけど、もう一つはなんだったのよ」
「くく、口で表現出来るかばーろー……なんだあのごちゃごちゃしたの……うわ……うわ……」

 いつも必要以上に威勢の良い魔理沙が顔面蒼白で帰ってくるほど気味悪がる物とは何なのか。霊夢は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、仕方なく自分が赴く事にする。

「早苗っ」
「霊夢、それを止めてっ」
「それって……きもっ」

 その物体。奇塊を目にした霊夢が眉を顰めて訝る。早苗もまぁ仕方ない、と思うのだ。これはまさに異形。人が人でなくなってしまった何か。幾ら霊夢が百戦錬磨の化け物でも、これほど怪しいものを観た事はなかった。物凄く遠慮したかったのだが、早苗は奇塊の後ろから追い立てているし、正面に立ったからには霊夢が避ける訳にもいかない。

 うめき声をあげて昼間の空を飛ぶ異形のシュールさときたら、恐怖心より嘔吐感をあおられる。それに加えてこの饐えたような臭気がたまらない。一体どんな構造になっているのか、果てしなく興味深かったが、今は止める事が先決である。

「早苗、離れて」
「え、あ、うわうわうわ」
「あーあーあああーあー……」
「……な、なに?」
『――私は私。思ったままに幻想郷の空を飛ぶ。解き放たれた私を縛るのは博麗という鎖。所詮、自由など名ばかりの身。故に、自分はその鎖を解こうと、必死になって、解けないと嘆いて。そして無理だと諦めた。だから私は欲しいんだ。一緒に縛られてくれる、友人が』

 奇塊が、何かしら言葉を放つ。霊夢はそれを受けて顔を顰めた後――

「やかましい」

 ――早速結界を張り始める。幾何学的に展開する神符の渦は、対象物をすぐさま目に見える異界へと封じ込めた。早苗はこの光景を唖然として見つめ、己の力の至らなさが恥かしくなり、顔を伏せる。

「早苗、なんでこんなのに手間取ってるの」
「……む……その、結界ってあんまり、得意じゃなくてその……」
「まぁいいわ。この気味が悪い奴、放っておくわけにもいかないし……お話聞かせてもらえるかしらね」
「……」

 境内に降り立った二人は、端っこで脅えている魔理沙をひっぱり、三人でその塊を囲む。箱のような結界に閉じ込められた一メートル半程度の大きさがある球体は、中で嫌悪感を駆り立てるような動きを見せている。誰もが気持ち悪がるであろうコレだったが、近距離で観て明らかに人間の塊であると判断してからは、寧ろ哀れみが大きくなる。

 なんでこんな事にと早苗が涙を零すが、霊夢は動じる事なく、奇塊を見つめてどうすべきか考えていた。

「……なぁ霊夢、今里で広がっている噂、きいたことあるか」
「ないわ。買いだめしちゃって、最近降りてないし」
「このあいだの事だ。守矢分社に向かった二人の親子が、ある男に死体で発見されたんだが、皆を呼んで改めてその場に行くと、死体がなくなっていたそうだ」
「……私は、その親子を殺した妖怪を人里に引っ立てて欲しいと依頼されていたのだけど、諏訪湖の上空でこれを見つけて、追って来た。もしかしたら関連性……いや、あるわよね……うっぷ」
「見た感じ、親と子ね。二人分の肉の塊だわ。あ、早苗、ここでぶちまけないで、陰でお願い」
「うぅ……失礼」

 結界内で暫く暴れていた肉塊だったが、今は大分大人しくなった。これをどうすべきかと考えると、選択肢は多くない。遺体として遺族に引き渡すのが最良なのだが、そこに至る過程が問題なのだ。遺族に、いや、里の長、もしくは上白沢他にどう説明せよと言うのか。『空を肉の塊が飛んでいたので掴まえてみたらおタク等の探している死体でした』って、何の冗談にもならない。

「……空飛ぶ肉団子。そうそう、そんな噂を香霖から……」
「……もう人の目には触れているのね。じゃあ隠す必要もないっか。早苗、早苗ー」
「むぅ……手水屋貸して、口の中がキモチワルイ……」
「解ったから。それでね、貴女の受けた依頼の事だけれど」
「……うん」
「手を貸すわ。こんなの、自然発生するとは思えない。誰かが悪趣味な異変を起そうとしていると、私は睨むの。駄目かしら。まぁ、否定されても勝手に調査するのだけれどね」
「止めても止まらないなら、止めないわよ……はぁ……ぐずっ」
「ほらほら泣かない泣かない。人の死体ぐらいで驚いてたら、幻想郷じゃ暮らせないわよ」

 心底落ち込んでいる早苗の頭を撫でてやる。涙ぐんでいるのがなんとも痛ましい。早苗が手水屋に消えた後、霊夢は魔理沙も退けて、奇塊と一対一となる。流石に、この状態で引き渡す訳にもいかないのだ。ともすれば、それなりに、人が直視できるよう加工してやる他ない。

 結界を解くと同時に、霊力を込めた御幣を叩きつける。上手にやらないと中身が飛び散ってしまいそうで心配ではあったのだが……なんとか、見られる程度に分離を為す事が出来た。魔理沙に筵を持ってくるよう指示。霊夢はそれをかけると、改めて二人に手を合わせた。

 ……原動力はなんだったのか。霊夢にもさっぱり解らない。確かに、霊力をぶつけた瞬間、反発する何かを感じた気がしたのだが、妖気や魔力とは似ても似つかないものであり、そしてつかみ所がない。専門家に聞いた方が……と考えたが、専門家は自分であった。ともなると、誰が答えを出してくれるかなどさっぱり見当が付かないのである。数人ほど、こんな奇妙な事例を知っていそうな知り合いもいるのだが、元から頭数に入れていない。

「人を背負って里に運ぶにも、時間がかかりそうね。明日朝に出ましょう」
「この人たちは……?」
「客間に運ぶわ。早苗そっちの子供をお願い」
「うん」

 何が原因なのか。これを殺した妖怪はナニモノなのか。巡らせるべき思考は沢山あったが、今はこの哀れな死体を手厚く保護してやる事が先であった。





 短い人生を生きてきて、こんな惨いものを観たのは初めてであった。良く、外の世界では『ああ今日もまた殺人事件か、惨い事をする』などと夕方のニュースを見ながら口にしていたものだが、それを現実に目の当たりにし、更には現実以上の装飾が加わった死体を見せ付けられたのだ、気分も沈む。奇妙な塊を追いかけている時は必死であった。しかし間近であのように見せられると、人らしい神経も反応すると云うものである。

 本日は結局博麗神社にお世話になる事となった。食事時、お勝手には逆さになって血抜きされている最中の鶏がぶら下がっていたと思ったが、霊夢は一応空気を読んで晩御飯には山菜と芋の煮っ転がしを出してくれた。それでも箸は進まなかったのだが。

 人は死ぬ。殊更幻想郷での人間の立場は、狩られる側である事が多い。博麗霊夢、霧雨魔理沙などは自己を防衛するに余る力を持っているからこそ、危機的状況に直面しても切り抜けられるのであるが、他は違う。人間は食物連鎖の上から二番目なのだ。最上位には妖怪がいて、更にその中でも細分化されている。幻想郷は面白い所で、まだまだ慣れはせずとも、良い場所だと思っていたのだが、重要な部分をすっかりと見ない振りをしていた。汚い所を見ない振りをするのは、現代人の悪い癖だ。

 ……用意された布団に潜り込んだ後でも『こないで』と呟く声が耳から離れず、鼻腔を突く嫌な臭いも取れなくて、早苗は何度も布団から抜け出しては、記憶と残り香を消し去ろうと頭を振った。

「眠れないの?」

 そんな風に寝つきの悪さと己の弱さに打ちひしがれているところに、襦袢姿の霊夢が、何の挨拶も無く襖を開いて入ってくる。髪は結っておらず、何時もより大人しい印象があった。

「……霊夢。魔理沙は」
「久しぶりに嫌なもの見たぜ、っていって布団にもぐりこんできたわよ。帰らないのかって言ったら黙り込むし。今、寝かしつけたの」
「まるで子供ね」
「真っ当に育っちゃいないし、親に勘当された身だしね、一応解るわ。あまり、人に優しくされた事がない子だから、不器用なのよ。恐い思いをした時、人に縋りたいけど素直に言えない。だから図々しさでカバーしてる」
「親みたいな言い方するのね。霊夢、お母さんみたいよ」
「居た試しがないから解らないけど、そうなのかしらね……ところで貴女はどうなの?」
「……私は、両親にも、神奈子様にも、優しくしてもらったわ」
「その割には素直そうには見えないわね」
「あんまり優しくされるから、逆に反発したのよ」
「自己分析できてるなら、まぁあの子よりは大人ね。それにしても……慣れ無そうねぇ」
「あればかりは大人も子供も慣れないわよ。人の死体なんて、お葬式でしか見たことないもの」
「そっか。外の世界じゃ道端に人間が転がってるなんて無いわよね。そりゃそうだ」
「少なくとも現代日本ではそうそう見ない……え、そんなしょっちゅう転がってるものなの……?」
「まさか。半年に一回程度よ。大抵は妖怪に食べられて、骨だけだし」
「うげぇ……」
「でも、仕方ないのよ。妖怪は人を食べる。これ当然のこと。外の世界ではもう、妖怪は食物連鎖の上に存在しないだろうけれど、ここにはあるの。貴女もこれからここに住むなら、忘れないでおいてね」
「まぁ、今回それとこれとは、別問題だけれど」
「そうね。あの死体は食べられていなかった。大分損壊も酷くなっているから、何が死因だったかも判別がつかなかったわ。たぶん、出血死だとは思うのだけれど……何故妖怪は、食べなかったのかしら」

 話長くなりそうだから布団にいれなさい、と高圧的な霊夢に押された早苗は仕方なく霊夢を隣へと置く。少しライバルらしい自覚を持ってもらいたいと早苗は思うのだが、如何せんその考えは既に魔理沙が通り越した位置にある。魔理沙も相当悩んではいたのだが、今となってはこの巫女をライバル視する事自体阿呆らしい行為であると気がついたらしい。それでもしつこいのは性分だろう。

 霊夢は基本的に緊張感など持っていない。常に緩く、自然体で、本当に頑張らなければいけない時以外本気にはならない。これが幻想郷を丸ごと背負う存在なのかと考えると、早苗も多少不安になるのだが……こうでなければ勤まりそうにないと云うのも、また事実である。

 恐れる事なく、あの塊を封じ込め、淡々と死体を処理する。一体、どんな精神を持っていればあのように振舞えるのか。強い弱いなんて範疇で語ってよい神経なのか。それすらも怪しい。この人物を越えようと思ったのなら、どれほどの努力が必要か……考えると、途方も無い。

「霊夢は……」
「うん?」
「霊夢は、なんで強いの? 認めるのも悔しいけど、強いのは事実だし。それに、何で人の死体なんてみて飄々としていられるのよ。魔理沙だって引いていたじゃない」
「話し合いの内容がずれてるけど」
「そ、そうだけど……」
「うーん。他人以上に客観的に物事を見ているのよ。無関心とも言うわ。私という人間に、もうワンクッション置いているの」
「つまり、ニュースを観ている感じ?」
「ニュース? ああ、紫が見せてくれた外のテレビか。そうそう。思い切り他人事」
「それって病気よね、なんか」
「貴女が思っているより、幻想郷は過酷よ。確かに何もかもを受け入れるけれど、その分リスクもデメリットも大きくなる。私って誰?」
「博麗霊夢。そうか」
「一応ね、自覚はあるの。大結界なんて大層なものを護ってる。私情を挟みすぎると、いざという時に雁字搦めになってしまうのよ。だからもし魔理沙なんかが妖怪に殺されたとしても、私はそれを客観的に見て、異変になりそうなら動く。なりそうにないなら、動かない」
「……冷たい生き方」
「慣れたわ。何とでも言って頂戴」
「いえ、蔑んでいる訳じゃないわ。ただ、可哀想なのよ。そこまでしないと、貴女ほど強くなれないのね」
「わたしを超越したくば、私を捨てて幻想郷に身を奉じることね」
「そうしているようにも見えないけどね……ふぁぁ……ふぅ」
「眠い? なら寝るといいわ、明日は早いから」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
「霊夢」
「なに?」

 一つだけ、疑問があった。突如肉の塊が喋り出したあの言葉の意味。一体何を語っていたのか。何を意味していたのか。霊夢はあの言葉を受けて、相当嫌な顔をした。

「なによ?」
「犯人、見つかるといいわね」

 しかし、聞けない。

「見つける。こんな自然の摂理に反するような事する妖怪、ぼっこぼこにしてやるわ」

 霊夢が部屋を出て行くのを見届け、布団へ横になる。結局話は脱線して、何の確証を得る事無く終わった。霊夢からすれば、話の内容などどうでも良かったのかもしれない。そんな無駄話のお陰で早苗には睡魔が良い具合に訪れてくれた。

 博麗霊夢。楽園の巫女。時折見せるあの寂しそうな表情に、早苗は胸の奥を擽られるような感情を抱く。きっとあの言葉も本心ではない。大して歳も離れていないと言うのに、あの物言い。ただ、まだ瀟洒さは足らなかった。だからこそ、早苗は可哀想だなどと思ってしまうのである。

「一生敵わないかも……」

 布団にもぐりこみ、目を瞑る。明日は早い。解らない事も多い。
 悩むべき事は、沢山あった。





   2、疑






 翌日。三人は朝早くに神社を出た。空を飛びながら背中に乗せている子の遺体が、時折ズレ落ちそうになるのを何度も直して人里へ向かう。勿論、気分が良い筈もない。だが、表情一つ曇らせない霊夢を見ていると、自分がどれほど器の小さい人間なのか強く意識させられてしまう為、なるべく平静を装うよう心がけた。魔理沙は文句を言わず、霊夢と一緒に親の遺体を運んでいるが、普段の明るさとは比べ物にならないほど落ち込んでいる様子である。

 空を飛べば人里までさほど時間も掛からないのだが、人を運んでいる分大分ペースが落ち、結局辿り付いたのは昼も前にした頃であった。

「ごめんください」
「……おお、現人神様。妖怪はとっちめて……む。博麗、それに霧雨。なんだ、そんなでかい荷物を……」
「お邪魔するわ」

 人里につくと、早速上白沢宅にお邪魔する。早苗が依頼を受けたのもこの人物である為、まずは知らせねばならないとした結果だ。慧音は三人を中に入れると直ぐに“荷物”を検める。多少驚いたようだが、三人の様子を見て、話が大分ややこしくなっていると推測する。

「……とりあえず、私から礼を言う。有難う。これで二人もうかばれるだろう」
「犯人をとっちめない限りは駄目ね」
「まぁそうだ。それは現人神様に頼んだはずだが」
「それが、上白沢さん。色々ありまして。聞いてくださいますか」
「聞かねば話が進みそうにないからな。お願いする」

 早苗が慧音に昨日あった事を事細かに伝える。しかしどうも、早苗があまりに詳細を語る為、慧音も想像してしまったらしく、何度か席を立っては戻ってくると言うのを繰り返していた。半獣のクセにとは三人も思ったが、それだけこの上白沢慧音が人間を案じていると云う事の現れなのだろうと悟ると、無粋な突っ込みは入れられなかった。

 慧音は幾度か涙を流し、三人に改めて頭を下げる。

「……なるほど。奇塊な。言い得て妙だ。何故こうなったか奇妙であるし、それが外を飛ぶ様などまさに奇妙であろう。可哀想に。何でこんな事に」
「間違いないのね、その被害者で」
「ああ。被害者といえば、この二人しか出ていないからな」
「それで、犯人の話だけれど。アンタ何か知らない?」

 霊夢の言葉を受けた慧音は、目を瞑って腕を組み、頭を捻る。知識の半獣がこれではしょうがない、と霊夢は大きな溜息を吐いた。

「あの日は慌しくてな、里の警備を強めるのと、遺族を労うので精一杯で……」
「まさか、何も調べていないの?」
「つ、次の日には雨が降っただろう……」
「跡形もなく現場が洗い流されたと」
「――面目ない!!」
「……頭良いクセに、何してるのよ。あー、じゃあ何か情報は?」
「それがだなぁ……」
「何よ。それにまで問題があるわけ?」
「霊夢。上白沢さんは悪くないのだから、声を荒げないの」
「そうだぜ、霊夢」
「私はただ、早急に解決すべき問題だと思っているから聞いているだけ」
「だからって上白沢さんを責めても仕方が無いでしょ」
「――解ったわよ」
「なんだ、素直だな」
「宜しい。それで、上白沢さん。情報はないんですか?」
「う、うむ。実はな……」

 慧音の口から語られたのは、三人が予想している状況をはるかに超える問題であった。

「情報と言うか、憶測が憶測を呼んでデマカセが勝手に一人歩きしてる感じだぜ」

 慧音曰く。現在人里では様々な噂がひっきりなしに飛び交っているらしい。しかもその噂一つ一つが全くもって根拠がなく『隣の隣のそのまた隣のアイツが言うには』『親戚の友達の友達の従姉弟が言うには』となるほど確実性が薄い。まるで誰か故意にデマを振り撒いているのではないかと怪しむほどだと言う。

「これほどデマゴギィに支配された幻想郷も、私は未だかつて観た事が無いな」
「つまり流言飛語が至る所で発生して、どれがホントかウソか、どのデマの本流がドコかさえ解らないと言う訳ね」
「有名所だとそうだな。『紅魔館の連中が攻めて来る』『肉団子が飛んでいる』『空飛ぶメイドが人狩りをしている』だ」
「まるで噂のパズルだぜ。空飛ぶメイドに空飛ぶ肉団子。どっかで混ざってる」
「妖怪は人間を肉団子にするなんて話もあったわね。でも、実際肉団子が飛んでいたのだから、一概に全てが虚言って事もなさそう。それにしても、紅魔館に関する噂が多いわね」
「……実は。そこの……二人が死んでいると聞いて駆けつけた際、空を飛ぶメイドが目撃されていてな」
「容疑者その一」
「待て待て霊夢。アイツは殺人鬼っぽい気はあるけど、レミリアの飯作る以外人殺しなんてしないって。私たちが一番知ってるだろ? 短い付き合いでもないんだぜ?」
「妙に庇うわね。でも現場に居たら怪しいわ」
「潔白は証明出来ないのか。というか慧音センセ、アンタは咲夜に事情を聞いたのか?」
「……それがだな、霧雨。私もそうは思ったのだが……今の現状を考えると難しいぞ」
「なんでだ?」

「魔理沙。だからね、あること無い事噂されているの。誰かが一番怪しい容疑者の擁護でもしてみなさい」

 首を傾げる魔理沙に、早苗が注釈を入れる。現状を含めて考えた推測ではあったが、まさにその通りであった。人里がこんな状態では、きっと妖怪がいるだけで犯人扱いされかねないだろう。

「なるほど。私たちも晴れて噂の仲間入り――まぁ、私はいいけどな」

 霊夢達がこの程度の事で止まるはずが無い。そもそもこの二人、外聞など気にしていないのである。噂が立って不味い人間は、信仰心を集めてやまない守矢の風祝と、人里の守護者である。霊夢は人の言葉など気にも止めないし、魔理沙は別の噂どころか、強盗現行犯である為今更だ。

「早苗、貴女は降りなさいよ。悪い噂が立つと、守矢神社の信仰に響くでしょう」
「馬鹿言わないで。私が引き受けた仕事なのに、ここで降りたらそれこそ守矢の名折れよ」
「私は面白そうだから付き合うぜ」
「まったく、幻想郷の人間は何時からこんなに疑い深くなったのかしら」
「……」
「早苗、何?」
「い、いいえ。兎も角。紅魔館でしょう? 確か、湖の真中に建ってる」

 早苗が慌てた様子で紅魔館のある方角を指差す。霊夢はそうよと頷き、魔理沙はもう早速出る準備を始めていた。

「まぁ、実際のところ守矢神社の信仰なんてどうでもいいのだけど。来るなら来てもいいわよ。でも足は引っ張らないで頂戴ね」
「私が受けた依頼なのに、随分偉そうね、貴女」
「だって私は巫女だもの。異変を解決する為にいるの」

 反論は……しなかった。早苗の頭の中には、どうしても昨夜の言葉が残っていた為、なんと言い返せば論理的なのかと考えても、思い浮かばないのである。博麗霊夢は幻想郷の守護者。これには絶対的なまでのインパクトと説得力がある。

「さ、行きましょ。ぐずぐずしていると日が暮れるわ」
「ああ、頼む」
「貴女はしっかり人里護ってなさいね。それが仕事であると思うなら」
「……肝に銘じよう。武運を」
「えぇ」

 慧音に別れを告げた三人は、紅魔の湖へと方向を定める。温かくなりだした春の日和は、いつもと変わらぬ穏やかな幻想郷を演出していたが、事実上現在は異変の真っ只中にある。仮初の麗らかさと言う程でもなかったが、素直にこの空気を楽しむ事は出来ない。

「あまり長引かせたくない異変だぜ、なんか」
「奇遇ね。私もそう思う。満月にならない夜よりよっぽど不気味」
「私はどちらかといえば、春が来ないほうが不気味だぜ」
「満月? 春?」
「ああ、早苗は最近だものね、ここに来たの」
「まぁ、そうだけれど」
「ふふん。実はねぇ」
「始まったよ、霊夢の武勇伝。早苗、話半分に聞いておけよ。脚色されてるから」
「……?」

 空をゆるゆると漂いながら、霊夢が得意げに過去の話をし始める。紅い霧が幻想郷を覆った日。春がこなくなった日。宴会が不必要な程増えた日。月齢が止まった日。華が咲き乱れた日。そして博麗神社が乗っ取られそうになった日の事。早苗も完全に知らない訳ではない。博麗神社を訪れる妖怪メンツを見れば、霊夢の話がどれほど真実味あるか、一目瞭然である。まして、自分はこの人物と直接戦った事もある。そして、洩矢諏訪子の言葉通り。博麗霊夢は自分より格段強い。

 彼女の話から劣等感を感じる事は無かった。悠々と楽しげに語る霊夢は、いつもより幾分も明るく見えたのだ。感じるものは寧ろ、劣等感より疎外感であった。

「スペルカードルール制定後初めての異変が、今から向かう紅魔館であったと」
「そう。魔理沙ったら呼んでもいないのに現れるし」
「楽しい事は分けるもんだ。お前一人だけなんてずるいぜ」
「……異変は……毎度、お祭りか何かなのかしら」
「似たようなものね。ただ、今回は悪質」
「そうか? 紅魔異変の時は霧に中てられて何人も倒れたし、春雪異変の時は遭難者が出たし、永夜異変では妖怪に数人食われたし、よくよく考えると、今回なんてまだ被害者は少ない方だぜ」
「――なるほど。でも、気味の悪さなら今回が一番だわ。殺された人間にあの奇塊に流言飛語、私は総合的に見て作為を感じる」
「それには同意する」

 疎外感。決して霊夢達に悪気がある訳ではない。早苗が勝手にそう感じているだけである。だが、あの時はああだこうだと話し合う二人を見ていると、ずるいように思えるのだ。共有する過去が無い。折角と言うと不謹慎ではあったが、人間三人揃って何かしら共同作業をするような機会、外の世界以来始めてであった為、まるで一人除け者にされているようでならない。しかも、お遊びではないのだ。組織に組み込まれて強要されるモノではなく、自発的でいて、己の力を信頼する者がいて、それを存分に発揮出来ると言う、まさに早苗の望んだ幻想郷の生活の理想を行く今である。二人だけで仲良く話されるのは、多少癇に障った。

『もし魔理沙なんかが妖怪に殺されたとしても、私はそれを客観的に見て、異変になりそうなら動く』

 そんな言葉を紡ぐ割には、やはり、仲が良さそうだ。

「あの時はアンタが訳も解らないクセに突っ込んでくるから悪いんでしょ」
「紫とペア組んでる方がずるいぜ。あの反則妖怪」
「何よ、だって貴女は――――うん?」
「あ、霊夢?」
「……ウソだわ。なんでアレが?」

 ……。
 仲良き事は美しきかな。別に仲を妬んでいる訳でもない。そう諦め、改めて視線を紅魔館に向けたその先。早苗は、霊夢と魔理沙は、ありえないものをみた。三人が飛ぶ場所から数十メートル先。丁度、紅魔館が見え始める場所。薄い霧にぼやかされてはいたが、三人の目に入った物体の存在感たるや否や、視覚認識以上の直感認識が『ソレ』を『ソレ』だと意識させる。

『さみしい、さみしいさみしいさみしいさみしい』

 早苗の背筋がピンと張る。全身が総毛立ち、血の気が引く。御幣を持った右手がガクガクと震えるのに気が付き、左手で押さえつける。ありえてはいけない。あってはならないソレ。人を固めた人ならざる人の形を持たぬヒト。その奇妙な塊は、死に際の呪詛をまるで毒でも撒き散らすかのようにして、三人の目の前へと現れる。

「――霊夢、魔理沙。これはありえると思うかしら」
「ありえないとは言わん。何せ幻想郷だからな」
「不可解ね。不可解だけど」
「……うん、理由なしに出たりはしない。そして、私たち三人は確実に見えている」
「まさか、他に被害者がいるのかしら?」
「さぁどうだろう。出ていたのなら、慧音センセが黙っちゃいないだろうが」
「出てないわ。あれ……被害者と『同じ面』をしてるもの」

 霊夢が遠くを見つめて言う。しかしそれでは可笑しいのだ。同一存在が同じ時間に存在してはいけない。こんな事は童でも解る。だが、早苗もこれは同じなのではないかと、思わざるを得なかった。早苗を貫く不気味さ、そして気配は、あの奇塊と全く同じであったから。

「向こうさんが……好意的とは限らないぜ。私が行く」
「一番話し合いに向きそうにないわ、貴女」
「霊夢だって似たようなものだろ」
「……私って選択肢無いのかしら」
「貴女、腕が震えてるわ。それじゃ駄目よ」

 じゃあ私が、と。魔理沙は箒に跨りなおし、奇塊へと近づいて行く。三人では行かないのか、と早苗が霊夢に質問したが、それをやると周りの人間が被害を被ると諌められる。幻想郷で共闘と言う概念はなかなかありえるものではないらしい。精々疲れたら仲間と交代する程度だ。不甲斐無い、とは思うのだが、足手まといには成りたくない。魔理沙も以前は恐がっていたと記憶していたのだが、今はもうそんな様子もない。八卦炉を片手に意気揚揚と、話し合いなどする気もないだろう勢いで近づいて行く。

「魔理沙も恐がっていたと思うけど」
「恐いはずよ。ただ、強がってるの、いっつも。話したでしょ、あの子は、自分で何かを成して、そして認められないと生きて行けない。あの子が何で魔法使いになりたいか知ってる?」
「知らないわ」
「お父さんに認められたいのよ。強がって強がって、意地張って意地張って、魔法使いになるって飛び出したんだから、魔法使いになって見返してやりたいの。だから、恐がってなんていられない。一つ一つ経験を積み重ねて、認められたいの」
「……私に話していいの?」
「隠してるって聞いた事はないから大丈夫よ。それより、今は目の前のアレね」

 魔理沙の攻撃のとばっちりを受けない距離にまで近づき、遠巻きから様子を窺う。つくづく、気持ちが悪い。一体誰が、どんな目的で、いや、そもそも、ありえる筈のないコレが何故空を浮いて自分達の目の前に現れたのか。疑問が尽きず湧いて来る。

 ――霊夢は、奇塊と魔理沙を交互に見つめ、不安そうにしていた。早苗の目で観ているからこそ、そう感じられたのではあるが、実際その表情の変化に気がつけるものは少ないだろう。しかも表情とは言うのだが、筋肉の変化で現れたものではなく……雰囲気、言わば霊夢の纏う空気が不安そうである、といった感情を表している。奇塊への危機感もあったが、何より、早苗はどうも安定していそうにない霊夢が一番心配であった。

「おい、おまえ」
「さみしいさみしい」
「お前みたいなのがいるとな、皆が不安がるだろ。ドコカに消えるか、退治されるか、ドッチがいい」
「わたしをみて」
「――なんか知らんが、頭に来る。駄目だな、こりゃ。意思疎通が出来ない」
「あーあーあーああーあーああー」
「……うん?」
『――私は私。何にでも干渉され、何にでも干渉する。自由が欲しくて飛び出たけれど、所詮は籠の中の鳥だった。だったらこの限定された世界の中を、自由に飛び回ってみようと思ったんだ。友達欲しそうな奴にくっついて、あらゆるものに干渉する。でもやっぱりそれだけじゃ足りなかった。自由なんてやっぱり仮初の言葉だった。結局私がほしかったのは、名声。私を私と認めてくれる、皆の声が欲しかった』
「――――お、お前、何を……?」

 ぐっと、空間に瘴気が発せられる。魔法の森の数倍濃度が高い瘴気。視覚認識出来るほど濃密なソレは、薄い霧のかかった湖上空の視野を奪い去る。話し合いが通じないと判断した魔理沙は八卦炉を構え、相手の出方を窺うのだが……奇塊はその気配を察したのか、瘴気と霧の中へと消えて行く。

「あ、まてっ!」
「魔理沙、どこへいったの!?」
「くそ……霊夢!! お前等こそどこだ!?」

 一方向から声が聞こえるのならばそれなりに位置は特定出来るものの、瘴気に乱反射しているらしく、声は全方向あらゆる所から耳に響く。まるで結界内に閉じ込められたかのような閉鎖感が早苗を不安にさせた。霊夢はキョロキョロと辺りを見回し、思いついた方向へ弾幕をぶっ放す。一時的にその砲撃を受けた場所のみ霧は晴れるものの、すぐさま周りの霧が視界を歪めてしまう。

「魔理沙!!」
「――魔理沙の返事がない。そもそも、今私たちは何処にいるの?」
「私たちはあの場から殆ど動いていないわ。つまりここから正面に向かって進めば紅魔館がある距離にはいる筈。でも、魔理沙とあの奇塊が動いていないという保障がない」
「……息苦しい」
「早苗、貴女水を割れるでしょう」
「……なるほど」
「お願い」

 ――開海「海が割れる日」

 宣言と共に二人の正面が、割れるように晴れて行く。適用されるのは水分を含む霧のみではあったが、二人には人離れした勘と魔を見る力がある、これだけ開ければ十分だ。瘴気はまだ周囲を渦巻いている。長い間持つ事もないだろう。霊夢は早苗にその場を任せ、開けた場所を真っ直ぐ突っ切る。

「魔理沙っ!」

 数十メートルに及ぶ霧と空気の谷を越えた先。そこには、なんとも形容し難い光景が広がっていた。
丸い肉の塊が……今まさに、魔理沙を飲み込むとしている。口からではない。丸い肉の塊が「あんぐり」と割れて、得体の知れない液体を零しながら、ご馳走でも頬張るが如く――

「させるか……!!」

 口に出したが早いか遅いか、霊夢は躊躇う気持ちなど欠片も無く奇塊へと体当たりをかます。横殴りになった物体に、コレでもかと言う程の符弾を浴びせ掛けてやる。

「魔理沙、魔理沙!!」

 奇塊から引き剥がした魔理沙は力なくぐったりとして動きはしない。まるで目の前が真っ暗になるような感覚が襲い来る。何が平等で何が公平か。どれだけ博麗霊夢が、己が強かろうとも、昔馴染みがまるで死んだようになる姿を見て、取り乱さない筈がない。震える指先が抱え込んだ魔理沙の腕に食い込む。呼吸があがり、心臓が早鐘の如く打ち鳴らされる。見開いた目は瞬きを忘れ、乾いて痛くなっても閉じる事はなく、喉がカラカラになっても、唾を飲み込むことさえ出来ない。

「霊夢!! アンタ何してるの!!」

 早苗の声が耳朶を揺るがす。気が付いて後ろを向いたそこには……グズグズになって腐敗臭を撒き散らす、この世のものとは認めなくない、腐肉の塊。

「――あっ」
「あっ、じゃないっ!! くうぉぉぉんのぉぉおッッ!!!」

 早苗の命令を受けた光弾が、豪雨となって上空から降り注ぐ。一つ二つと弾を受ける毎に奇塊は崩れて行くが、それでもなお、まだ正面で停止したまま動かぬ霊夢を“食おう”と、大口を開けて迫る。しかし、それは早苗も想定していたのか。光弾の次に降り注いだのは、早苗自身であった。

「大人しく神上がりなさいっ!!」

 霊力をそのままぶつけるような、様式も術式もない、感情のみの強制的な攻撃。咄嗟の判断故調整が出来ない。一撃に放てる力量の限界値まで目一杯に込められた御幣が、物体に叩き込まれる。大質量の力は奇塊内部で行き場を失い、やがて外へと向けられる。

 目で見えるほど強い霊力の閃光が一瞬だけ世界を支配し、やがて瘴気もろとも物体が四散した。

「……はぁ……ふぅ……全く」
「魔理沙……ねぇ、魔理沙……」
「揺すっても無駄よ。息はしてるし脈もある。霊夢、少し落ち着いて」
「けれど……」
「外傷もない。きっと気絶しているだけよ。霊夢、貴女らしくない」
「……」

 ハラハラと零れる涙が、抱えられたまま動かぬ魔理沙に滴る。これが楽天的で過剰なまでに強い博麗霊夢の姿とは、とても思えなかった。涼しい顔で自分の弾幕を避け、お遊びとは言え自分の神二柱とも打ち倒す程の力量を秘める霊夢と、今ただ幼子のように涙を流す霊夢。しかし、双方本物なのだ。これは、博麗霊夢は皆が思っている以上に脆い。

 大きく溜息を吐いた早苗は、懐からハンカチを取り出し、両手の塞がった霊夢の目元を拭う。これがどれだけ恥かしい事なのか霊夢も自覚はしていたが、今はなす術もない。結界の守護者として、幻想郷を護るものとして、強くあり他人を寄せ付けない姿勢は、強固なまでの客観性と実力による衣を纏っているからこそ。外側から貫くは難しいが、内側から剥くとなると、あまりにも弱いのだ。早苗は博麗霊夢を自分以上の妖怪じみた存在であると認識していたが、これを見る限りではやはり、単なるか弱い少女であった。

「紅魔館の人、知り合いなのでしょう。魔理沙も」
「え、えぇ」
「人里に戻るよりは紅魔館の方が近い。休ませて貰いましょうよ。あの吸血鬼だって、しょっちゅう貴女の所に入り浸っているのだし、貴女が押しかけても文句ないでしょ」
「そ、そうね。うん。そうするわ。そうしましょう」

 決まれば早い。湖の上にポツンと姿を現した紅魔館に向けて、二人は進む。





 門番は目を見開いて驚いた。何せ、何度侵入させまいと戦ったか知れぬ黒白が、ぐったりとしたまま霊夢に抱えられていたのである。事態は急を要すると判断した美鈴はすぐさま三人を館内に案内した。時刻はまだ昼、普段ならまだ咲夜も寝ている頃だったが、運良く起床時間に当たったらしい。うろたえて話す美鈴を何事かと諌めてから、彼女の話す通り一階のロビーに赴くと、これまた美鈴と同じような反応、いや、それ以上に驚いた顔で三人を迎え入れる。

 三人が通されたのは来客用の部屋であった。一秒かからずに全ての用意を整えた咲夜が、意識を取り戻さぬ魔理沙を診察する。霊夢と早苗の二人はどの程度咲夜に医療知識があるかなど全く知らなかったが、淡々と魔理沙の容態を見る咲夜に、安心感を覚える。

「咲夜、どう、かしら」
「……お医者さんの範疇じゃないわね。だから解ったけど、生命力が持っていかれてる」
「……あ、そ、そっか」
「霊夢、貴女だったら解るでしょうに。相当気が動転していたと見るけれど、どうかしら」
「……」

 早苗は声に出してどんな様子であったか喋ろうとしたが、咄嗟にそれを悟った霊夢が鋭い視線を向けてきたので取りやめた。よく考えればそれも仕方ない。一体、他の誰が“博麗霊夢が泣きはらす姿”など観た事があるだろうか。本人も恥かしいに決まっている。

「ともかく、魔理沙は寝かせておけば大丈夫よ。それより事情を窺いたいから、別室に移りましょう」
「私は、少し魔理沙をみてるわ。早苗、お願い出来るかしら」
「構わないわ。えーと、十六夜さん、私が話すわ」
「咲夜でいいわよ」
「えぇ」

 二人を残して部屋を出る。客間に案内され、腰が深いソファに座る。次の瞬間にはお茶を用意されていたので、早苗も流石に面食らった。咲夜はいつも通り瀟洒に振る舞い、自分も早苗の正面へと腰掛ける。

「あ、そうか。神社で顔はみたけど、こうして話すのは初めてだっけ」
「そうね。じゃあ改めて。東風谷早苗よ。守矢神社の風祝」
「風祝? 巫女じゃなくて?」
「……巫女で良いわ」
「私は十六夜咲夜。ここでメイド長をしているわ」
「ところで、今のは……」
「時間を操れるの」
「……は、はぁ? それってつまり、漫画とかアニメとか……」
「マンガ? アニメ?」
「いや……そうね。ここ、幻想郷だものね。私だってそもそもアレな存在だし……」
「そうか。外から来たのだものね。それも興味深いけど、今は今起こっている事のがきになるかな」
「私も気になるけど、そうね」

 早苗はここまでに至った事情を説明する。
 人死にが出たこと。死体が消えたこと。いやな噂が拡大していること。
 話の混乱を避ける為、奇塊については控えた。確かに関連性はあるのだが、殺人とあの謎の物体が繋がっていると説くには、情報が足りていない。

「もしかして私の所為なのかしら」
「その線が濃厚だとして、霊夢と一緒に来たのよ。でも実際、怪しすぎる要素が多すぎて逆に」
「貴女はどう思っているの?」
「本当に犯人なら、こうして話なんてしないと思うのよ。確証があったのなら、霊夢だってここへ魔理沙を運ぶことを拒むだろうし。それにね、魔理沙は絶対に違うって言っていたし」
「魔理沙が……?」
「私は貴女がどういう人物なのか知らない。でも、私も違うと思うの。貴女、人を狩りまわったりしていないでしょう?」
「しなくても、提供されてくるからいらないわ。屠殺やらも私の仕事だけれど、人を狩りまわって遊ぶほど暇じゃあないの」
「……提供?」

 その問題については咲夜が説明する。ここが悪魔の館であること。妖怪と分類する者が五人いること。吸血鬼の盟約のこと。人を掻っ捌くなど到底早苗に理解出来る話ではなかったのだが、ここは幻想郷である。人間の倫理観で物事を語ろうとすれば当然齟齬が出る。故、妖怪同士の規約を優先して話を噛み砕く。

「レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔。この中で人間を好むのはお嬢様お二人と小悪魔よ。お二人は血を適量とればそこまで人間を欲する訳でもないし、小悪魔も小食よ。だから、そうね。一ヶ月一人二人。必要以上の人間は寧ろ邪魔。保存加工が出来ない訳じゃないけど、それじゃ料理が限られるし」
「うぅ……聞いていて気持ち良い話じゃないわ」
「慣れよ」
「つまり、紅魔館自体、人間は提供されているから必要以上要らず、狩りの真似事もしないと」
「貴女の話では私が相当悪者にされているみたいだけど、私は殆どここに詰めてお仕事よ。膨大な量。炊事洗濯雑用その他、二日に一回全館掃除は欠かせない。おーけい?」
「ふぅむ……じゃあ最後に。あまり疑って悪いのだけど、五日前の夕方頃、何していたかしら」
「時間止めすぎて今一はっきりしないわね」

 咲夜はスカートから(どこに仕舞っていたのか)手帳を取り出し、日付を確認する。

「その日は……ああ、お嬢様達のワガママを聞いて博麗神社に行っていたわ。帰ったのは夕方過ぎ。そうね、帰り際に、藤原妹紅に追われたわ。争うのも面倒だったから、時間を止めて逃げてきたけれど」
「それで現場に居合わせて、人々からあらぬ疑いをかけられている、と」
「紅魔館は、いえ。レミリアお嬢様は一昔前にやらかして、大分敵視されていたから。今は人里とも友好的にしているけれど、お嬢様が猛威を振るった時代を覚えている人もいるんでしょうね。それで、今回みたいな事件の場所に私が居たら……まぁ、噂が拡大するのも仕方がないんじゃないかしら」

 なるほど、と納得し、早苗はお茶を啜る。

「私からも質問いいかしら」
「えぇ」
「貴女達は、私を疑って紅魔館に現れた。それは良い。けれど、なんで魔理沙が運ばれてくるのかしら」
「う、うぅぅん」

 話がややこしくなる。確かにこれは重要なのだが、早苗にはどう説明して良いかはっきりしなかった。人の死体が消えて、消えたと思ったら一塊になって現れて、それを届けていざ早速犯人探しとなったら、また同じ形をした肉塊が現れた。これでいいのだろうか。いや、説明が足りなすぎる気がしなくも無い。だが、それ以外話しようがなかった。

「……死体、ねぇ」
「犯人は同一人物なのか、それとも……」

「いや、同一人物はないわ。だって犯人は『熊』だもの」
「……く、くま?」

 カップを手に取った早苗が、口に運ぶ手前で停止した。すっかり失念していた。そう、あの場所あの時間に通りかかったというなら、現場を見ていて可笑しくは無い。自分は探偵には向かないと感じさせられる。どうも、細かい部分を失念しすぎる。

 犯人は熊。春先の熊。獣に引き裂かれたような傷跡、引き摺られたような擦り傷。妖怪妖怪と追いかけていただけに……目からウロコである。これだけの山奥だ。妖怪に襲われる確率と熊に襲われる確率、双方考えると……熊の方が多い気がする。しかしそうなると、また別の犯人がいる事になる。人間をあのような姿にした者。そして……何故か現れた『届けたはずの肉の塊』を再び生み出した者。

「空を飛んでいたらね、雑木林で大きく動くものがあったから、気になって降りたのよ。そうしたら死体があった。逃げて行く熊も見たわ。お嬢様達は放っておけと言ったけれど、私が嫌だったのよ、そのまま放置するの。女子供だったし。時間を止めれば幾らでも動けるけれど、さすがに人間二人を運ぶわけにもいかないし。だから少し目立たない場所に移動させただけ。後日改めて人里なりに知らせようと思っていたわけ。ま、結局忙しくて知らせにもいけてなかったけど。ご理解いただける?」
「……? でも、フジワラノモコウさんに追われたって事は、そうだ、そうそう。逃げずともその人に死体がありますって伝えればよかったんじゃないかしら?」
「馬鹿言わないで。あんな状況で真っ当な話し合いが出来るとでも? まして相手は蓬莱人。何回も生き返るから面倒なのよ。こっちはお嬢様待たせているのに」
「あくまでも、お嬢様優先であると」
「私ってば、メイド長だもの。当然じゃない?」

 共感できない。全く解らない。死体とお嬢様なら死体じゃないのか。と、早苗の倫理観は言うのだが、やはり幻想郷補正は強力であると考えると、それに納得せざるを得なくなる。相手を可哀想だと思う気持ちはあっても、所詮ご主人様の餌である人間如きなのだろう。ナイフのように冷たい人間――などと称すにしても、この十六夜咲夜はどうも自分とは軸が違う。外れているというよりは、別の場所に軸がある。所謂天然なのではなかろうかと早苗は考えに至る。

「解ったわ。それで納得する」
「解ってもらえたらいいのよ。それで、私としてはここからが本題なのだけれど」
「何かしら?」
「魔理沙を倒したって言うその塊。それを生み出した黒幕が気になる」
「仇討ち? 魔理沙ってなんだかんだ、みんなに愛されているのね」
「いいえ? こういう異変は自ら参加して、お嬢様のお暇を潰すお話のネタにするの」
「……うぅん」

 現在の状況を鑑みるに、手広く捜査するがの肝要であるようには思えた。口ではそのように言っているが、咲夜の目は真剣そのものであるし、知り合いがやられたのだから気持ちも解る。けれども咲夜が人の目に付く場所に出るのは、あまり良い影響を齎すとは思えないのだ。人間達は有る事無い事全て噂にして、互いに恐怖感を高めている。最初は面白半分だったのかもしれない。しかし噂のエスカレート振りを見るに、咲夜が出て行くとなると、余計人々は脅えるのではないだろうか。

(――――いや、間違いなく、絶対的に、脅える。更なる噂が噂を呼んで、面倒になる)

「咲夜、貴女はここにいなさい」
「霊夢」

 どう答えようかと頭を捻っている所に、目元を腫らした霊夢が現れる。

「魔理沙は?」
「目は醒まさない。でも今は……仕方が無い。とりあえず咲夜、貴女は魔理沙の面倒を見てあげてよ」
「押し付ける気?」
「人聞きが悪いわね。なんだか知らないけど、話は決まったのでしょ?」
「これから犯人を上白沢さんに伝えに行って、それから別の犯人探しね」
「何? 殺した妖怪と、あの肉塊を作り出した妖怪は別だって?」
「霊夢、犯人は熊よ熊」
「熊? 熊? くまぁ? 咲夜、うそついてるんじゃないわよね」
「吐かないわよ」
「ふぅん。じゃあ、死体を弄った黒幕が居るって訳ね」
「そういう事。まず人里に戻りましょう」

 早苗はお茶を飲み干してからその場に立ち上がる。だが、次の瞬間には座っていた。

「勝手に話しを進めないで。私も付いて行く」
「――!! び、びっくりしたっ!! 貴女、何するのよ、もう」
「早苗さんが勝手に話しを進めるからでしょう。私も犯人を探すわ」
「咲夜、貴女は魔理沙の様子を見ていてよ。レミリアやフランが出てきて弄ったらどうするの」
「弄らないわよ、子供じゃあるまいに……」
「精神子供じゃない。無抵抗な若い人間の娘一人で放っておいて、アイツ等が手を出さないって?」
「だ、出さないわよ。きっと、多分。恐らく」
「魔理沙の目が覚めたら吸血鬼の下僕にされてました、なんて、ホントに止めて」
「何よ、偉そうに」
「……悪いと思ってるわよ。貴女、意外とアイツと仲良いし、犯人とっちめたい気持ちもわかるけど」
「二人してなんなのかしら。ああ、もういいわよ、行けばいい」
「早苗、行きましょ」
「――あ、れ、霊夢……咲夜さん、またあとで」
「はいはい。いってらっしゃーませ」

 咲夜のキツイ目線を背にして、二人は紅魔館を後にする。早苗は無言で飛ぶ霊夢に何と言って良いか解らず、ただ後ろを付いていった。

 霊夢、魔理沙、咲夜。三人の人間。人の身で妖怪と渡り合う、幻想郷でも類稀な存在。異変の度に顔を合わせ、異変の度に張り合い、それが終わったらみんなで呑んだり呑まされたり。不可解な土地の不可解な関係。早苗には何一つ、実感出来る部分も共感できる部分もない。だが、霊夢と咲夜のやり取りを見る限りでは、やはり――深い部分で思う所があるのだろうと予測は付く。

 平等で公平な振りをして、決して他人に深入りしようとはせず“素っ気無い少女を演じ続ける”霊夢。だが彼女も人間。親しい友人が目の前でやられたら、精神的に堪えるに決まっていた。自分は強いから、博麗霊夢は博麗大結界を、幻想郷を守護する為にいるから。親しい仲間を作ってしまうと、危険な状況に巻き込んでしまうかもしれない。だからこそ何事にも興味ない振りをしている。けれど結局、霧雨魔理沙は博麗霊夢の傍にいた。魔理沙は強かったから、霊夢も、安心したに違いない。

 それが裏目に出た事が、悔しいのだろう。自己防衛。自分の心を守る為の処置。仲間を作らなければ仲間を失う悲しみもないから。だから、悲しいのだろう。無事とはいえ“仲間”に被害を出した事が。

 十六夜咲夜はもっと特殊だった。あれは人を掻っ捌く事などどうとも思っていない人種である。吸血鬼のメイドなのだ。人が一人二人死のうと、彼女は悲しくも何とも無い。しかし死体をわざわざ人目のつかぬ場所に隠し、後から人里に知らせてやろう、などという思考がある所を考慮すると、それも一概ではない。子供は駄目なのだろう。早苗は博麗神社で数度見かけた事があるが、彼女の主人も歳は別として、容姿は子供である。

 瀟洒な彼女からすれば、霊夢も魔理沙も子供に分類されているのだ。そして何より、魔理沙は他人ではない。幾度の衝突と幾度の馴れ合いから、友人という認識が生まれているのだろう。

 双方の立場を客観的に比較するに、心中複雑であると察せられる。咲夜の立場を変わってやれたらと考えない訳ではなかったが、無理が多い。自分は紅魔館の勝手など知らぬし、そもそも仕事の依頼を受けているのは自分なのだ。……犯人が熊だと解った所で依頼も終わっているとは思うのだが、この事態の収拾をつけぬ限り、自分の仕事は終わりではないと、やはり思うのである。

 東風谷早苗として、東風谷早苗を思う。これはその存在が自分であると認識出来る生物ならば誰でもそうであろうが、基本的に自分及び自分の近辺に関わる物事が一番大事である。

「……」

 不安で仕方が無かった。現世を捨てて異界に足を踏み入れる恐怖。例え早苗が現人神とて払拭しきれないものがある。唯一の希望であった、自分が特殊であると言う優越感も、ここに来て打ち砕かれている。ただ、予想外の出来事は多々あったのだ。ここには人間がいた。そしてそれ等は、決して自分を特別扱いしたりせず、普通に接してくれる。東風谷早苗の思惑は逆転し反転し、落ち着くところに落ち着いた。そのきっかけを与えてくれたのは他でもない、霊夢と魔理沙である。

 自分はこの非人間的人間達の枠の中に入れる可能性を秘めている。それは――きっときっと喜ばしく、楽しいことなのだ。だからこそ、この異変は、この事件は自分で解決して、自分が霊夢達と同格の存在であると、広く知らしめたい。

 ……自分が一番なのである。咲夜には悪かったが、これを引く訳にはいかないのだ。
 ……そして、ずるい事に。
 ……現時点で出回っている噂の正体を知っていながらも、明かせない。

 自分が悪いと思われたら、どうしよう。
 自分はあの面白い“輪”に加われなくなってしまうのではないだろうか。
 この異変の一端を担っていたと知ったら皆、自分を白い目で見たりはしないだろうか。

 だが……とも考える。これを黙っていて、もし看破されたのなら。仲間どころか……裏切り者ではないのだろうか。霊夢と何かしらの協定や盟約がある訳ではないが、これは信頼と沽券に関わる。

 ……何も力を見せる事だけが、博麗霊夢達へのアプローチではないのではなかろうか。

「れ、霊夢……あのね」「――早苗、油断しないで」
「え?」
「人里の様子が可笑しい」

 見渡す先の集落。幻想郷のちっぽけな人間達が暮らす場所。そこでは、起こりえてはいけない事態が起こっていた。

「奇塊が……沢山、いる」
(――やっぱり)

 迷い考えあぐねた結果を言葉として発しようとした口は、戦慄によって閉じられた。





   3、「こころのつめもの」





 ――霧雨魔理沙の頬を撫でる。
 そう年齢が離れてもいないが、咲夜には魔理沙がまだまだ子供に見えた。幾度かの衝突。幾度かの馴れ合い。憎たらしくも、憎めない奴である。

 吸血鬼の下僕たる自分が、人間如きに感傷を抱くようになっては、狗として失格ではなかろうかといった不安もあるが、やはり、何処となく似ているこの子が心配だったのだ。阿呆で向こう見ずで自分とは違った趣向に生きる人間。だが、その何処か定まらないような、不安定な姿から、魔理沙の脆さが透けて見えるのである。周りには、自分を含めて脆い存在が多すぎると、感じてしまう。

 自分は一生紅魔館のメイドで、外界と触れ合う事無く、馴れ合う事無く、物静かに主人へと忠誠を誓い、生きて行くものとばかり考えていた。それを打ち破って現れたのが霊夢と魔理沙。彼女たちによって、紅魔館はただの紅い恐怖の城ではなくなった。レミリアも、フランも、パチュリーも、美鈴も、そして自分も――迷惑がりながらも、怠惰に過ごすだけの長すぎる余生に適度な刺激が与えられたのだ。殊更咲夜は、幻想郷の特殊な二人と触れ合う機会は多かった。変人二人。何処かベクトルの違う場所を歩くよう装っている霊夢と、己の劣等感を払拭しようと何にでも顔を突っ込む魔理沙。自分はちょくちょくと顔を出し、そんな愚か者達と戯れる。

 自分には魔理沙ほどの熱心さはない。どちらかといえば冷めて物事を見ているし、その点で言えば霊夢に近いだろう。だが魔理沙に透けて見える空虚さと保守的感性を思うと、他人事とは思えなかった。

 幻想郷は全てを受け入れる。こんな自分すら受け入れてくれる住み心地の良い場所で暮らす、非人間的人間達の輪に自分が加わる事。それは、霊夢や魔理沙が抱える苦悩を共有する事と同義であった。

 だから不安なのだ。
 だから恐いのだ。

 もし、この中で誰かが欠けてしまったらと思うと、もし、この輪が乱れてしまったらと考えると、恐ろしくてたまらない。欠けてしまっても結局自分には拠り所である紅魔館が存在する。しかし、そうなれば二度と十六夜咲夜が「人間」に戻る機会はなくなるだろう。人間はやはり、人間と触れあってこそ人間である。例え皆が、非人間的人間であってもだ。

 ……霊夢は泣いていた。早苗と話している間、数度時間を止めて、その姿を覗き見た。悪趣味だとは思ったが、霊夢自身が魔理沙をどのように想っているか、気になったのだ。

 ……結局は同じであったと知って安堵し、そして余計に、魔理沙をこのような目に会わせた奴が、許せなくなった。霊夢と衝突するのも、仕方が無い事だったのである。

「今回は……あの新人さんに任せるしかないかしら」

 非人間的人間。新しく幻想郷へやってきた東風谷早苗。人の世で生きるにはそぐわない能力を秘めているからこそ、自分達の輪に加わろうと必死なのだろう。咲夜にはそのような思想はなかった。取り入ろうとも仲良くなろうとも思ってはいない。気が付いたらその輪の中に居たのだ。きっとそうでなくとも、生きて行けたとは考えている。だが、彼女達の居ない幻想郷はきっと、空虚な自分からしても余計つまらないに違いない。だからこそ、東風谷早苗が彼女達に近づこうとする意思を、理解出来ない訳ではないのだ。

「失礼します」

 魔理沙の髪に改めて手をかけた所で、此方の返事も待たずに美鈴が入室してくる。あらぬ噂を立てられては面倒である為、一瞬だけ時を止めて、美鈴に向き直した。

「あら? あらら?」
「失礼ね。此方の返事を待ちなさいよ」
「何かやましい事でもしてらしたんですか」
「してないわよ。この小娘に何しろっていうの」
「小娘って。大して歳はなれてないじゃないですか」
「妖怪の一年と人間の一年を一緒にしちゃ駄目よ。それで、なに?」
「はい。まずこれ、魔理沙の八卦炉と箒です」
「ちゃんと拾ってきたのね、偉い偉い」
「全く届けるなら部品も一緒に届けてもらいたいものです」
「仕方ないわよ、焦ってたみたいだし。それで、用事はこれだけ?」

 美鈴は魔理沙の道具を側に置くと、なんと言って良いやら、と首を捻って考え始めた。

「実は妖精メイド達が……その、なんといったらいいんでしょ?」
「解らないわよ」
「うーん。ざわめいている、とでも言うんでしょうか。具体的には言えないんですけど、何かに脅えているような気がするんです。口にはしないんですけれどね?」
「何か、侵入したかしら? 魔理沙はここにいるしね。霊夢も里に出てる。アリスは挨拶して入るものね」
「妹様が出てきましたかね?」
「出てきたら解るわよ。妖気駄々漏れだもの。何か目撃証言なんかはないの?」
「正門及びその他入り口からナニモノかが侵入したという知らせは受けていません。気のせいでしょうか」
「……うーん」

 霊夢や早苗、魔理沙の方がよっぽど心配で気を回すに値するのだが、こんな報告を受けては放っておく訳にもいかない。一体どんな命知らずが現れたのかと思うと哀れでならないのだ。三妖精辺りなら、気配を消して忍び込んだりするかもしれない。フランなどに見つかった場合、どんな目に合わされるか想像すると無残であるので、咲夜は行動へ出る事にした。

「美鈴。魔理沙をお願い。私が見回りに行くわ」
「え、えぇ。私コイツ、苦手で……」
「寝てるときは可愛いものよ。弄っちゃ駄目よ」
「いや、弄りませんよ」

 咲夜はそう決めると、魔理沙を美鈴に任せて部屋を出る。廊下を抜け、ロビーに赴くと、いつも通り、何の変哲も無く変化無いメイド達が羽をパタつかせて掃除をしたり、雑談をしたりしている。慌てた様子は見受けられない。

 足を東館に伸ばしてみる。此方も普段と変わりなく、メイド達が鬼ごっこをして遊んでいた。一匹捕まえて睨みつけてやると、すぐさま掃除へと戻っていった。では西館はどうだろうかと足を向ける。普段なら仲良しのグループが用具室前辺りで雑談をエスカレートさせているのだが……今日はそれに限らないらしい。

「咲夜」
「おはよう御座います、フランお嬢様。こんな時間にどうされました」

 真っ赤な絨毯にぽつんと一人。普段通りの変わりない姿でフランドール・スカーレットが佇んでいた。表情は無く、何を考えているかは読み取れない。咲夜の経験から行くと、こんな様子のフランが一番恐ろしい。

「ざわめきを感じたの。品性に欠けている様子の」
「気のせいではありませんこと?」

 ややこしい事情は避ける。フランはレミリア程戦い慣れてはいない為、暴れても咲夜のみで押さえつける事は叶うが、あまり刺激のある話は無しにしたい。面倒ごとは少ないが良い。

「咲夜は何をしているのかしら」
「咲夜めは妖精メイドの見回りですわ。サボっていないかどうか」
「そう。今日、お外は良い天気かしら」
「お日様が照っていて、実に最低の日です。間違っても、お外に出るなんて言わないで下さいましね」
「……お姉様は自由に出ているのに、あの時……」
「咲夜めは今日忙しいんです。お付きは出来ませんわ」
「そう……」
「そんな悲しそうなお顔なさらないでくださいまし。霊夢や魔理沙に会いに行けるよう、私もレミリアお嬢様に陳情してみますから」
「機嫌、直っているかしら」
「レミリアお嬢様は、フランお嬢様を愛してくださっています。ご存知でしょう?」
「――うん」
「それでは、私はここにいる筈のメイドを探します。お嬢様は如何なさいます?」
「テラスで、気分の悪い空気でも吸ってくるわ」
「では」

 なんとか感情の起伏を最小限に抑えて往なす事に成功した咲夜は、本来の作業に戻る。用具室前にいないとすれば何処へ行ったのか。手軽な場所といえば用具室内であるが……グループはいつも四匹。この狭い中に入るには些か辛いのでは……とも考えるが、動かねば何も始まらないので、開けて見る。

「……あ、め、メイド長」

 中には、まるですし詰め状態の妖精が居た、というよりはあった。

「何してるの、貴女達」
「それがね、あのね、めいどちょー、あのね」
「うんうん。なに?」
「わからないけど、わからないの。恐いけどみえなくて、みえないけどこわくて」
「わたしもっ私もなのよさっ」
「……直感的に恐ろしいような気がする……って事?」
「うん。何かが通る度に背筋がぞわーってなってね、でも何もいなくって」
「……チルノでも迷い込んだかしら」
「湖の氷精なら、見えるよ、めいどちょー」
「尤もな話ね。解ったわ。貴女達は本館でお掃除しなさい」
「はーい」

 四匹はそそくさと用具室から出て行く。果して、何がそんなに恐ろしくて隠れていたのか。妖精は向こう見ずである。死んでも直ぐに生まれ変る故、全てとは限らぬが、知性が少ない者は死を決して恐れない。命がけでイタズラをするような輩なのである。これらを恐怖に陥れようとするならば……肉体的より、寧ろ精神的な攻撃が有効だろう。その恐ろしい何か。見えない何か。咲夜は漠然とソレの正体を探りながら、一部屋ずつ調べて行く。紅い絨毯を足音も立てず歩きながら、見落とさないよう隅々にまで気を配り……結局、西館は全て異常なし。

「……」

 本館と西館を区切る大きな扉の前まで来て、咲夜はとまった。止まらざるを得なかったのである。唾を飲み込み、世界を停止させることも忘れる。

「さみしいさみしい」
「……こりゃまた酷いわ」

 ゆっくりとゆっくりと近づいてくる、塊。臭気と瘴気を撒き散らす、人の嫌悪を具現化したような、醜悪な物体。これは一体なんであるのかと問われても、咲夜は答え得ないであろう。人間の死体などそれこそ飽きるほど見てきた。自分で捌くし、振舞っているし、今更脅える事もない。だが、流石の咲夜も、これには眉を顰めてしまう。ワザとらしい形。ワザとらしい声。ワザとらしい存在感。実に実に、わざとらしいモノである。

「魔理沙をやったのはお前」
「れいむ、まりさ、」
「……何?」
「――私はメイド。自己の無い道具。そうあればどれだけ楽だったか。主人に忠誠を誓うだけで幸せなら、どれだけ楽だったか。でも駄目だった。どれだけ演じようと、どれだけ頑張ろうと、私はどうあっても銀のナイフにはなれなかった。私は人間。完全でも瀟洒でもない。人恋しい、ただの人間。だから欲しかった。どうしようもなく焦がれた。だから、だから、今の幸せを、決して壊したくはなかった」
「なんかムカツクわね」

 話通り、会話にはならないらしい。意思が無いのか。これがどのように構成されているのか、どんな理念によって成っているのか。一つとして汲み取れないが……何にせよ、紅魔館に無断侵入した輩は、須らく洗礼を受けねばならない。相手は人間ではないのだ。咲夜も、容赦はしない。スペルカード宣言などしてやる必要性すら感じない。故に、決まるのは一瞬の事であるように思えた。時間を止め、ナイフの雨を降らせる。そこで終了。相手は沈黙し、本当の意味での肉の塊となる。

 ……だが、本当にそうだろうか。

 妖精メイド達は、見えなかったのではないか? この奇塊には、ステルス機構があるとは思えない。もっともっと単純で頭の悪い思想の塊であるようにしか思えないが……メイド達は見えないのだ。肉の塊? 肉の塊なのだろうか。生命力を喰らう類は須らく……そう、須らく、考えている以上に面倒な存在だ。

「――まさ、か」

 冗談も程々にしてもらいたかった。何もかも停止する灰色の空間。世界に介入して、物事の流れを別つ非理論的超常能力。十六夜咲夜の世界から逃れられる者など、例え八雲紫とてありえない。ではこの奇塊は何者であるかと自問自答する。ありえない。ありえないのだ。『時間の流れを止めて尚動く』など、非常識を超越している。

「面倒ね……」

 触手のようなものを伸ばし、咲夜を捕らえようと奇塊が蠢く。一本二本と切り落とすと、そこからは真っ赤な血が漏れ、床を灰色に染めあげた。汚いうめき声と共に、球体にへばりついている子供の顔が歪み、ひゅーひゅーと息を洩らす。戦闘能力に関しては、あまり強いモノではないらしいが……人間に恐怖感を植え付けるにはもってこいである。

 ……強くはない。故に、怖くは無い。怖くはないが、気味が悪い。どんな法則を用いたらこんな可哀想な形になってしまうのか。どんな法則を埋め込んだら、止めた時間の中を動けるのか。

 世界を動かす。止めて意味が無いなら止める意味が無い。

「わたしはにんげん、わたしはにんげん」
「違うでしょ、どうみても」

 ナイフを投げる。刺さる。血が吹き出る。周りを汚す。掃除が面倒だと、嘆く。ナイフを投げる、投げる。投げる。だが、止まらない。それどころか、ナイフが刺さるたびに玩具のようになって行く姿が、余計気持ち悪い。

「……」

 それでも投げる。駄目なら、吹き飛ばす。銀のナイフに力を込め、奇塊へと直撃させる。デフレーションを起したナイフが肉をこそぎ、亜空間へと葬り去る。これならば利く……そう思った矢先、肉はどこからともなく生まれ出でて、元の形へと戻った。

 ――さっぱり解らない。物質では構成されていない、のだろうか。妖精メイド達の意見を含めて考えた場合、その可能性が高い。立ち回り立ち回り、気がつけば廊下の端にまで追いやられている。逃げるは楽だが……館内で逃げても、結局は倒さねばいけない。

「……ひとりがこわい。じぶんがこわい。わたしも怖い?」
「怖いわよ、畜生。なにそれ、なによ? 意味が解らない」
「そう、怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「え、ちょ……な、何よ!?」

 奇塊が、膨れ上がる。まるで言葉を糧にしているかのように。富栄養化を起した沼の如く。膨れ膨れ膨れて、通路を塞ぐ。最初は一メートル半程度の大きさだったものが、今は五メートルある巨塊と成り果て、場を押しつぶそうと、迫る。ぐちゃぐちゃと嫌悪感を誘う水音を立て、ぬるぬると迫る。ひゅーひゅーと吹く息は只ならぬ臭気を発し、にゅるにゅると動く手足は触手。ニヤニヤと笑う顔は……もう、人と呼ぶには憚られる。

 デブレーションワールドで吹き飛ばすか。吹き飛ばすはいいとして、しかし、そうなるとだ。紅魔館は自分の能力によって拡張拡大されている。空間ごと消滅させると、空いた空間を埋め合わせる為に別の空間が押し迫ってくる。規模にもよるが、そうなれば此方が紅魔館に潰される可能性すらある。

 後はない。逃げても、無駄だ。

(物質でないとしたら思念体。意思の集合体? けど……幽霊にしては歪すぎる。もっと生々しい)

「にくたい、にくたいがほしい」
「……みんな」

 自分では倒せない。
 己の意思が虚弱となり、衰退する。胸に空いてしまった穴を埋めるのは、自己の心にあらず。異形はゆっくりと、嬉しそうに、咲夜の中へと入って行く。紅魔館の人々と、慕うべき仲間達の顔が浮かぶ。己を空虚だと位置付け、一人虚しく想っていようとも、やはり咲夜は人間であった。何も無い日常を、愛すべき人々を、何の変哲も無く、ただ穏やかに時の流れる幻想郷を、十六夜咲夜は愛していた。失って初めて気がつく、友情と郷愁。自分は自分が考えているより、余程人間らしい心を、持っていたらしい。



「何諦めてるんだ、らしくもない」


                ――――――『恋符』マスタースパーク



 それは一筋の閃光であった。身を焼くような苦しみはなく、取り憑いたものだけがこそがれるような、強い光。心を支配する異形がうめき声をあげて咲夜から飛び出る。だが逃げ場は無く、睨みをきかせた魔理沙の星弾の渦へと消えて行く。

 朦朧とする意識。途切れ途切れの視界。ふらつく足元は、魔理沙の元へ辿り付き、倒れかかった所を受け止められる。こんなチビ助に抱かれるなど不覚極まる。極まるのだが、ここまで安心した気持ちになったのも、恐らくは二度目であった。主人たるレミリアに忠誠を誓ったその時のように、自分が狗であると自覚させられた日の如く、咲夜は満足だった。何かに縋る事で生きる性分は、こんな恥かしい行為によって救われるらしい。

「え、え? 魔理沙、今何を吹き飛ばしたのよ。というか、咲夜さんにぶち込んで何を……」
「門番、咲夜でっかくて重いから、手伝ってくれよ」
「し、失礼な……歩けるわよ……」
「おお、そうかそうか。なら良かったぜ」

 現状をさっぱり理解出来ていない美鈴が、目をパチクリさせて抱き合う自分達を眺めている。やがて顔を紅くしてソッポを向き、取りあえず部屋へ行きましょうと促す。随分近距離で見つめ合ったせいか、咲夜も魔理沙も恥かしくはあった。

「美鈴には、見えていないのね」
「そうらしいぜ」
「あれは……何?」
「さぁ。私はまったく解らん。でもお前が見たこと、話してくれると助かる」
「……そうね。情報の統合をはかりましょう」
「頭がいい奴は付き合いやすいな」

 咲夜に肩を貸して歩く。悩むべき問題の渦中にありはしたが、何故か二人は、救われたような気がしたのだ。

「お前に変な気があるのかと心配したりはしたけど」
「え、お、起きてたの?」
「気まずかったぜ」
「ぐっ……」

 あんな顔を向けられたら、反骨の魔理沙とて、無碍には出来ないと考える。あの寂しそうな表情は、心ない人間に作れるものではなかった。どこか自分に共感を抱くような、自分を羨むような、自分に似ていると哀れむような、人らしい表情。冷たいナイフは実質、もっと有機的で難しい構造をした少女であった。

 もっと早く汲み取ってやっていれば。もう少し、仲良く居れたのかもしれない。

「……横になったほうがいいんじゃないか」
「大丈夫よ。直ぐにでも出れる。私は、あの巫女二人が心配ね」
「しかし、ありゃあなんだ。思わずぶっ放したが、あれで正解だったんだろうか」

 顔色が悪い咲夜をソファに据えて、魔理沙も正面に座る。美鈴は気を使う程度の能力でもってして、水を持ってくると深入りせぬよう小脇に大人しく立っている。

「――時を止めても、アレは止まらなかった。何度吹き飛ばしても再生する」
「時間を止めても動くってそりゃあ、冗談か?」
「私だって冗談だと思いたいわ」

 咲夜は奇塊が自分を襲った経緯を掻い摘んで魔理沙に説明する。魔理沙は帽子を弄りながら、口元をひん曲げてその話を噛み砕こうとするが、今一しっくりこなかった。

「えーと、小難しくすると理解不能だぜ。少し、列挙してみるか」
「あれは、妖精妖怪には見えない」
「時間を止めても止まらない」
「複数体居る可能性が高い」
「物質ではない」
「ああ、そうよ」
「何だ?」
「怖いか、と聞かれたわ」
「それで」
「怖いと答えたら、大きくなった」
「……恐怖を食い物にするのか」

「あはは。まるでオニですねぇ。実体がなくて、恐怖だけが存在するって」

 美鈴が一言、そういう。魔理沙と咲夜は目をまるくして美鈴を凝視、何か不味い事を言ったかと思い、
おどおどと挙動不審にする。だが、違うのだ。実に、的を射ている。

「美鈴、もっと詳しく」
「あ、はい。オニは『穏爾』だったり『隠』だったりします。つまり隠れていて見えない恐怖を言うんですね。柳が幽霊に見えたり、疫病だったり、噂であったり。隠が日本では訛って『オニ』となったって聞きますけど」
「なるほどな。じゃあ奴は、幽霊に近い存在なのか」
「どうかしら。貴女も分けるでしょうけど、あれはもっとおぞましいわ」
「あの二人の幽霊が、色々取り込んで大きくなったり増えたりしている可能性は」
「無きにしも非ず、ね。でも、ただの幽霊なら、妖精にも妖怪にも見える筈だし、幽霊だって私の『世界』から逃れられはしないわ」
「……人間にしか見えないってことか。人間が持っている恐怖を糧にしてる――ああ、そうか」

 ――至る。魔理沙は目をしっかりと開き、咲夜を見つめた。

「あれは恐怖そのもの。人が認識する限りは、あれに時間なんて関係ない……となる。つまり、人が居る限り、あれは存在し続けるって事になるわ」

「――霊夢と早苗は」
「人里よ」





   4、ニンゲンの声





「慧音!!」
「上白沢さん!!」
「巫女か!! よかった!!」

 人里の居住区周辺。長屋が連なる裏通りに、上白沢慧音は数十人の人間と共に居た。そして、そこには住人の数に匹敵する程の奇塊も存在した。霊夢は急いで降り立つと住人達の群がる場所へ即座に結界を張り、間髪居れず弾幕をばら撒く。幼い子供や女性の悲鳴が響き渡ったが、手加減出来る度を越えた状況である。のそのそしてはいられない。瞬く光弾は奇塊に衝突すると同時に、複数回爆発して、さらにはそこから符弾が散った。

「慧音!! 被害者は!!」
「わからんが、商店街で妹紅が踏ん張っている!!」
「霊夢、そちらをお願い」
「解ったわ!!」

 霊夢が踵を返した所に早苗が降り、わらわらと迫る奇塊と向き合う。状況は非常に、絶対的に芳しくないが、ここで早苗が恐怖にかられている暇もないのだ。伸びる触手を御幣で叩き落し、結界へ体当たりしようとする奇塊を力任せにぶっ飛ばす。霊夢の結界のお陰で暫くは防ぎきれるだろうが、数が数。自分が退治した分を含めてもまだ足りない。正面に三十、左右に五十はいる。

 思い切り噛み締めた唇から血が滲む。これをいかにして処理すべきか。考えれば考えるほど策がない。術式攻撃、弾幕攻撃、封殺呪殺色々手はあるが、個々にかける時間が長すぎ、数十体で攻めてこられた場合、対処のしようが無い。そうなると、まずは手のつけられる場所からつけるべきだ。

「上白沢さん、これは一体いつから?」
「つい先ほどだ。どこからとも無くわらわらと湧いて出て……」
「それは、遺族に死体を見せる前? 後?」
「あ、後だ」
「やっぱり――これはただの妖怪なんかじゃないっ」
「ど、どういうことだ?」
「あとで説明しますっ」

 大口を開けた奇塊が二体、のらりくらりと近づいて来る。動きが遅いことだけが救いだ。早苗はまず右手から迫る化け物から取り掛かる。形と良い、臭いと良い、大口を開けたその滑稽さと良い、実に吐き気がする。しかしうだうだ言って何もせずいたら誰にも顔向けなど出来なくなってしまう。この事態は、必ず守矢の風祝が解決しなければならない。そうで無くてはいけない。

 ――自分の尻拭いは自分でしなくてはならないのだ。

「ぬぅぅあああぁぁぁッッッ!!」

 絶叫と共に、早苗は悪臭を撒き散らす奇塊の口の中へ手を突っ込む。反射的に口を閉じた所で、握り締めた霊力を内部で爆発させる。ボンッと云う衝撃が周囲を揺るがし、奇塊は破片も残さず消え失せた。早苗の背中を見守る人々の中から歓声が上がる。これは良い、これで良い。こうでなくては、絶対に奇塊を全て消滅させる事など叶わない。

「上白沢さんっ」
「なんだっ!」
「被害者の遺族はそこに居ますか!?」
「こ、ここにいるよっ」
「良い? 良いわね、悪い筈が無い、見てなさい!!」

 結界が張られたギリギリの位置まで『奇塊の元となった被害者の遺族』を近づける。早苗はもう一方から迫る奇塊をおびき寄せ、遺族の間近まで寄せ付けた。

「これは誰?」
「そ、それは……」
「誰?」
「う、うちの母ちゃんと、妹」
「いいえ違うわ。これは貴方の恐怖そのものよ。肉団子の噂、耳にしたわね?」
「う……」
「このビジュアルは貴方が作った。家族は肉団子にされて食われたと」
「う、うぅぅ……」
「――大丈夫、貴方は決して悪くない――サモン」

 最も近づいた所で、早苗は御幣を、そのまま奇塊に突き入れる。

「タケミナカタ!!」

 真名が紡ぎきられる。御幣が折れると同時に、集束した風が奇塊の内圧を一気に引き上げ、数瞬を置いて爆ぜた。

「これは、貴方の家族なんかじゃないわ。だから脅えないで。怖がらないで。もう知っているでしょう。貴方の家族は、もう貴方の元にいる。肉団子なんてない。そうでしょ?」

 ……複数存在した奇塊が、まるで霞のように消えて行く。

「――うん」
「上白沢さん、ここはお任せします。なるべく、恐怖心を煽らないように」
「難しい注文だ」
「私は、霊夢と合流します。たぶん、まだまだ湧きますから」
「……解った」
「皆さん!! 大丈夫、私が居ます。守矢があります。人里は必ず、必ずお守りします!!」

 応援の声に手を振り、早苗は霊夢が抑えている商店街へと向かう。上空まで来て直ぐに解ったが、今消滅させた奇塊はほんの一握りだ。『噂を聞いて恐怖している人間』『遺族が恐怖とともに具現化させた奇塊をみて驚いている人間』は、人里に数多と居る。あの青年の場合、遺族だけにその想いが強かったのだろう。里中に広がるバケモノの波は、皆の恐怖心を取り払わない限り決して消え去ることがない。

「霊夢、モコウさんは」
「人を引率して何処かに隠れた。とりあえず、大分片付いたわ。でも、まだ湧いてきている」
「動き自体は遅い。それに今、ある程度抑えてきたから」
「……抑えてきた?」

「全て私の、守矢の所為」

 東風谷早苗は、俯いたまま小さく呟く。博麗霊夢に言葉はない。

「霊夢。信仰ってどうやったら集まるか、知っている?」
「知っていたらさっさと実践するわ」
「信仰はね、不安と恐怖から生まれるの。神奈子様はそれを良く弁えていた。勿論、こうなるとは、予想外だっただろうけれど」
「……」

 例えば、国の情勢が傾いたとき。例えば、未曾有の災害を被ったとき。人の心同士で埋めあいが効かなくなった場合、人間は超常的存在に縋りつく。決して悪い事ではない。それによって人達が救われたと感じたならば、宗教としての役割が果たせているといえよう。人間は様々なものに立ち向かってきた。立ち向かう中、どうしても埋めきれぬ空虚な心を埋める為に宗教はある。では、幻想郷はどうだろう。

 ここはあり方が単純明快で、難しい要素がない。統治する者は居らず、皆が気ままに生きている。ある程度の信仰とある程度の秩序だけで成り立つ幻想郷に、強い信仰心は芽生えなかった。特に、人間には。

 守矢は外の世界での信仰を諦めて幻想郷へやってきた。まずは妖怪山、そして順々に下がり、やがては人里へ。それは数ヶ月にして為しえたのだ。だが、人里での普及は困難を極めた。何せ、博麗神社を見ての通りの信仰である。収穫祭などに神様を呼ぶなど、まるで友達感覚だ。フランクな方が信仰も集まると神奈子は説くが、それも限界であるように感じたのである。

 では、強い信仰を集めるにはどうしたらいいか。

 答えは明快。情勢を不安定にすればいい。しかしそうなると麓の巫女が黙っていない。故に、間接的な方法を取るしかないのだ。

「……信仰とは不安や恐怖から生まれる。ではそれを駆り立てるには?」
「……疑心暗鬼」
「噂するの。何か怖い事があったらまず疑い、そして守矢に頼れと、そのように神奈子様は説いた。私も、それが正しいと思ったのよ。神奈子様の庇護下にあれば、幻想郷の信仰心は失われず、幻想郷の内部破壊を未然に防げる。ここは進歩しない事によって安定しているのだから、信じていれば良い」
「そんなの、必要ないわよ」
「問題を片付けるだけで信仰による政治が出来るとでも? 問題に対処するだけで幻想郷が護れるの?」
「それこそ、外来の思想なんじゃないかしらね。ここはもっと、大らかよ」
「ええ。だからね、こんな状態になってしまってから、気がつかされたのよ。奇塊は疑心暗鬼からなる恐怖の塊。一つの出来事を誇張し、拡大し、皆が抱く不安を具現化した、言わば幻想郷らしい醜悪な物体ね」

 でも、と早苗は付け加える。
 確かに、疑うように怖れるように仕向けたのは神奈子及び早苗である。ではあるのだが、果して疑っただけで恐怖が具現化するのだろうか。ここは幻想郷、何が起こりえても誰もそこまで疑問に思ったりはしない。しないが、物事には順序があり、非常識にも非常識なりの論理がある。何もない所から生まれたりはしないのだ。疑っただけで奇塊が生まれるなら、外の世界はまさにバケモノだらけだろう。

「つまり、第一黒幕が守矢で、第二の黒幕もいるのね」
「……けど、意図が解らない。こんな事をして得する者なんて、幻想郷に居ると思う?」
「異変を起す事で満足する輩なら沢山いるわ」
「恐怖を与えるだけ与えて、その先がない」
「貴女のところは繁盛するでしょう?」
「おかげさまで、毎日参拝客が絶えないわよ」
「じゃあ、黒幕は神奈子で、更にその先も神奈子」
「ま、待ってよ。少なくとも、神奈子様は人間の事を考えてる。これだけの恐怖を煽るのは、無駄だわ。それに、妖怪を作り出す術なんて、私知らない」
「……ま、それは後で追求しましょう。まずはこの溢れかえった奇塊をなんとかしないと」
「……はぁ」

 人里のあちら此方で漂っている、新たに湧き上がった奇塊の視線が一気に霊夢へと向かう。どうやら、敵意に反応するつくりとなっているようだ。此方に敵を集中させた上、人間達は皆半獣と妹紅に身を寄せている。人間に被害を出す憂いは少ないが、早苗の心中は複雑であった。黙っていても解決はしない。誰に責任があるのか自分の口から告白する事で事態の収拾を図れれば良いと思ったからこそ、そうしたのではあるが……霊夢の目は冷たい。本当にいけ好かない子だ。自分と同い年くらいのクセに、冷めてて、どうでも良い振りして、本当は脆い人間。まるで取り繕ったようなその生き様が、異様に腹が立つのだ。何故にここまで早苗の神経に障るのか。考えて思い出して、結局は納得せざるを得なかった。

『早苗さんってなんか冷めてるよね。まるで、上からモノ見てるみたいで、感じが悪い』

 ――博麗霊夢は、外にいた頃の自分と同じなのだ。

 普段から周りに興味のない振りをして、必要以上に関わらない。抑圧した意識に逆らいながら、人に縋りつく事もしない。冷たい人間だと蔑まれ、怖れられる。

 同族嫌悪。まして自分よりこれは強い。本当に本当に、理不尽で頭に来る。自分はそんな冷たい人間を演じていたからこそ、誰も寄り付かなかったのに。彼女はどうだ。冷たい人間を装っていても、こんなにも皆に愛されているじゃないか。不平等だ、不公平だ。

「ああーーもーーー数が多いーーー!!」

 きっと奇塊は人里の人間の数ほどいるのだろう。それは霊夢の霊撃によってぽろぽろと落ちて行く。早苗が一匹倒すのに必死にならなければいけないものを、ものの一発で打ち落とす。不平等だ。理不尽だ。自分と同じなのに。彼女は、全く自分とは違う――強いのだ。紛う事無く。どうやっても、追いつけそうに無い。きっとこんな奴の近くにいたら面白いだろうし、頼もしいだろう。嫌いでも嫌いでも、幾ら嫌いでも引き寄せられてしまう彼女が憎い。嫌われたくない。彼女を中心とした輪に入りたい。非人間的人間のコミュニティーに。誰が築き上げたものでもないし、早苗が勝手に考えている集まりだ。誰かしらの許可が必要である訳ではない。しかしそこには明確な境界線がある。

 それは強い事。博麗の巫女に匹敵するか、それ以上で有る事。

 霊夢の目は冷たかった。本当に、彼女は東風谷早苗を、自分を鼻にもかけていないかもしれない。こんな楽園に来てまで、自分は除け者なのだろうか。また守矢神社に篭って、神様と侘しく生きねばならないのだろうか。考えれば考えるほど、億劫である。もう少し巧い信仰心の集め方はなかったものだろうか。なぁなぁに付き合っていれば、霊夢の輪に入れたかもしれないのに。これでは完全に、目の仇ではないか。

「――――早苗!!」
「なによっ!!」
「何怒ってるのよ。手伝いなさいよ」
「五月蝿い!! 異変解決は貴女の仕事でしょ!!」
「さっきまでやってたじゃない!! 意味わかんない!! ああもう、数が多いのよ!!」

 四方八方から霊夢を襲う奇塊。落としても落としても、また次が沸いてくる。それでも霊夢に恐怖心はないのか、決して慌てている様子はない。手伝えというのは、単に面倒くさいからなのだろう。ただ着実に減ってはいる。勇猛な博麗霊夢の姿を見た人間が、個々の不安感や恐怖心を浄化されている。これならば、自分は手伝う必要もなかろう。好き好んで、気持ちの悪い異形を叩く真似はしたくない。

「――怖い?」
「こわ……ひっ!!」
「あーあーあーあーああー……」
「ぐっ……」
『――私は風祝。自己は自己の為に無く、自己は神の為にある。新天地に私が望むものが無かった訳じゃない。神様達は満足そうで、私もそれで満足で在る筈だった。けれど、本当に満足かと問われると、心が疼いた。折角ここで私は神になれると信じていたのに。何も変わらない。外と何も、かわらない。このまま埋没するなんて嫌だった。特別な人間から特別な感情を抱かれるような、私を中心として私に人が集まるような、そんな世界を望んだのだ。自己は自己の為にしか、なかった。愚かで、稚拙で、悲しいけれど、私は新しい幸せが、欲しかった』
「――な、……なに、なに、いっ……てっ!!」

 耳元に、現れる。握りこぶし程度の奇塊はその驚き様にケタケタと笑い、肢体を膨らませて行く。怖いのだ。気持ちが悪いのだ。魔理沙を食おうとしたあの様子を目の当たりにしている筈の霊夢は勇敢に戦っているのに――なのに自分ときたら……。

 疎外感。劣等感。自分は必要ではないのではないかと、自信を無くす。霊夢は、本当に自分を求めているのではないか? いや、面倒なだけだ。自分の手を煩わせている元凶が早苗なのだから、自分で尻拭いしろと、そう言っているに違いない。だから、本当の意味で必要などではないのだ。

「おい、ぼさっとしてると、食われるぜ」

 早苗の脇をレーザーが抜ける。膨れ上がった奇塊が、ゴム風船の如くしぼみ、消え失せた。

「魔理沙……」
「魔理沙!! 無事!?」
「あんなんでくたばったりしないぜ!! ほらほら次つぎぃ」

 霊夢が飛びのくと同時に、群がっていた奇塊へマスタースパークが打ち込まれる。ボロボロと崩れ行くそれらは、驚く程の再生力で見る見る内に元の形へと戻って行くが、突如出現した『渦』に、全てが吸い取られて消滅する。

「遮蔽物がないなら、これほど簡単な処理方法もないわね」
「咲夜――来たのね」
「来るわよ。さっさと片付けて、お茶が飲みたいわ」

 霊夢と、魔理沙と、咲夜。人間達が空を飛ぶ。その顔は、こんな状況にあっても面白そうにしていた。面倒くさそうにしていた霊夢もまた、彼女達の顔をみて、余計余裕さを取り戻している。

(やっぱり私は、彼女達の輪には入れないのかしら)

 自分には彼女達と共有する過去がない。友情もなければ、共感する部分もない。所詮自分は現代人。幻想郷の突飛な人間達とは、相成れない存在。

「どうした、早苗。立ちっ放しじゃ奇塊は減らないぜ」
「私は必要ないもの。貴女達、楽しそうだし」
「卑屈な奴だ。そんなんで紅白に追いつけるとでも思ってるのか?」
「……な、何よ」
「ははっ」

 小生意気な笑みを浮かべる魔理沙。馬鹿な振りをしているが、魔理沙は早苗より計算高いし、先を見ている。まるで見透かされたような気分になるのだ。あちこちで爆音が響く中、魔理沙は遠くの霊夢を見ながら呟く。

「そんな簡単に認めてもらえる訳ないだろ。私が今の位置にいるのに、何年かかったと思ってる。不愉快だぜ、実に不愉快だが、アイツといると暇をしないんだ。あいつと張り合っていると、その都度強くなれるんだ。だから私はアイツの近くにいる。アイツにライバルだって思ってもらえるまで」
「私は。そんな事、思ってないわよ」
「ウソつけ。アイツが強いのが、頭に来るんだろう? ライバルだって見てもらえなくて、頭に来るんだろう? 認めてもらいたいんだ。違うか?」
「……」
「だったら戦えよ。霊夢のお株奪うくらい戦えよ。異変になったら真っ先に乗り出して、霊夢に迷惑かけてやれよ。アイツな、邪魔されると燃えるタイプなんだ。くく、単純なんだぜ、あれ」
「でも、私は」

「……。こいよ。一緒にさ、霊夢に嫌がらせしてやろうぜ。アイツが振り向くまで、邪魔の限りを尽くしてやるんだ。そして何時か『アンタ達には敵わないわ』って言わせてやるんだよ。きっと気分が良いぜ」

 魔理沙から手を差し出される。これを握るか否か、早苗は迷った。博麗霊夢、楽園の巫女。何者にも脅えず、何者にも干渉を受けない。冗談のように強くて、冗談のように楽天的な奴。冷めているくせに、根本的な部分でか弱い少女。かの少女を打ち倒し、打ちのめすことを目的とした人間、妖怪はどれほどいるのだろうか。恐らく、片手では余るのだろう。

 ――そう。自分は、そんな有象無象の一となるのが嫌だったのだ。もっと特別に見てもらいたかった。何かあれば自分を恨み、自分に嫉妬して欲しかった。焦がれるような想いである。破れたあの日以来、東風谷早苗は博麗霊夢に……怒りとも悦びともつかぬ感情を抱いていた。

 魔理沙を見る。彼女は、かわりがない。ニヤニヤと笑って、自分の手を握るのを待っている。

 ……仕方がない。彼女はあんなにも強いのだ。だったら自分も、その有象無象のライバルの一となるしかない。

「ねぇ魔理沙知ってる?」
「なんだ?」
「アイツね、貴女がやられたとき……めそめそと女々しく泣いてたわよ」
「ぷっ……だはははははははははははははははッッッ!!! 霊夢が!? 冗談だろ!」
「こらそこで何やってんのよ、さっさと手伝いなさい!! 魔理沙、」

 手を、

「早苗!! いい加減すねてないで、手伝いなさい馬鹿!!」

 繋ぐ。

「いちいち喧しいわね、泣き虫。ほら、手伝ってあげるわよ」
「なっ――あ、アンタ!!」
「そうそう聞き忘れてたわ。早苗さん、後でゆっくり聞かせてね」
「えぇえぇ。多少誇張も交えて、面白可笑しく語ってあげるわ。表題は何がいいかしら?」
「そうだな。『霧雨魔理沙暁に死す。博麗の巫女の涙』だな」
「お花見、楽しみね」
「――――くぅぅぅぅッッ!! 早苗嫌いっ!!」
「あっはははははっ!!」

 言われてみれば、その通りである。振り向かないなら、ライバルと認めてくれないなら、何度でも挑めばいい。異変の度に立ち上がって、我先にと解決へと迎えばいい。皆が経験してきた歴史を、自分から作ればいいだけだ。こんなにも楽しくおぞましい幻想郷、それぐらいしなければ、損である。霊夢に、魔理沙に、咲夜に、その他妖怪達に。非人間的人間ここにありと、知らしめる。

 きっと気分が良いに違いない。自然と、いがみ合い、笑い合える仲になれるかもしれない。今回の事だって、何でも無い。開き直ってしまえばいい。霊夢に依る妖怪達だって、一度は大きな異変を起した輩ばかりではないか。何の問題もない。

 自分はこんなにも、博麗霊夢に惹かれている。恋心なんかじゃなく、その在り方に。自分と同じ選択肢を選びながら尚、人妖を惹きつける魅力を持つ霊夢に。何時しか、彼女の目の上のタンコブになれる日を夢見て、幻想の空を征けばいい。

「それにしてもキリがない。もっと効率的に処理出来ないのかしら」
「出来るわよ。出来るけど、やってもいいのかしら?」
「どういう意味よ?」
「奇塊は人の恐怖で成り立ってる。どうしてこうなったか疑問ではあるけれど、それを抜きにしても、この策は効果的だと思うわ」
「だから、何をするの?」
「人間を集めて。私が一声かけるのよ」
「はぁ? それで何か意味があるわけ?」
「霊夢は馬鹿ねぇ。畏怖と信心は同義。畏怖によって信心が集まっているのだから、私がその信仰の確実性を見せつけるのよ。守矢の風祝がこの災いを取り除きますって」
「……む」
「ふふ、信仰総取りね」

 今人里を取り巻く恐怖は、守矢の進言の所為である。だが、それと同時に集まっている信仰は守矢のもの。守矢の巫女が一つ演じれば、問題は取り払われる。

「魔理沙、人を呼び集めて」
「おうさ」
「霊夢、奇塊を集めてきてよ」
「……はぁ」
「咲夜さん、私が攻撃を放つ瞬間、みんなに見えないよう時間を止めて攻撃してもらえる?」
「楽しいお話の対価、これで払うわ」

 早苗の指示通り、三人が動く。魔理沙は上白沢慧音宅へ赴き、一塊になる人間達を外に出るよう言うが、なかなか出てこない。それも当然だ。外は奇塊だらけであるのに、誰が進んで出るだろうか。渋る住民達に困り果てた魔理沙だったが、ここで慧音と妹紅が先頭に立った。

「策があるのだな」
「あるよ。手伝ってくれるかい」
「構わんさ。妹紅、絶対奇塊を寄せ付けないように」
「慧音は人使いが荒いよ」
「ただ飯食わせてるんだ、これくらい働いておくれよ」
「それを言われると弱いなぁ」
「よし、じゃあ行くぜ」

 様子を見た霊夢が、奇塊に罵詈雑言を浴びせて寄せ集めはじめる。まったく、久々の貧乏くじであった。頭を使わない異変ならば大本をぶちのめすだけで済むが、これはどうしようもない。仕方なく早苗に従いはしたが、実に腹立たしい。

「ふん……何よ」

 幻想郷に現れた、新しい人間。信仰の集まらぬ博麗神社とは違い、信仰を集めてやまない守矢神社。信仰に興味のない振りは、神奈子の前でもした。余裕でそれを往なしたつもりでもいた。しかし、いざ幻想郷と言う場所の事を考え、信仰の大切さを説かれたとなると、まるで自分のお株が奪われたような気分であった。

「たすけて、たすけて」
「うるさい!! 大合唱しないで!!」
「霊夢、倒しちゃ駄目よ」
「あーもー解ってるわよ」

 咲夜が霊夢の傍についてそれをサポートする。人里上空二十メートル地点。集まった人々の正面に早苗、その背後には奇塊を集めた咲夜と霊夢が控える。奇塊の姿を見て脅える人間達の恐怖を食い物にし、次第に肥大化するこれら。あまり時間はない。

「見よ!! 人の子らよ!! あれは何であるかっ」

 小さな口を大きく開く。早苗の澄んだ声が静まり返った人里に響き渡る。余裕を見せるよう抑えてはいるが、早苗もいっぱいいっぱいだ。

「あれは恐怖だ! 信仰無き幻想郷の民が生み出した恐怖そのものだ!!」

 子供が、咲夜を指差す。噂の起点となる部分の彼女は、それを見て苦虫を噛み潰したような表情をするが、早苗も決して馬鹿ではない。わざわざ咲夜を見えるようにしたのは、理由がある。

「人の言葉に言葉を繋ぎ、ありもしない怖れを抱く事は愚かである!! 現に彼女は今、守矢の風祝である私に協力し、皆の為に戦ってくれているではないか。あの奇塊は恐怖、皆の恐怖の具現である!! けして、彼女一人が生み出したものではない!!」

 人々がざわめき立つ。それと同時に、奇塊の縮小が始まった。化け物だと思っていたものが単なる思念の塊であると知らされ、恐怖の度合いが曖昧になったのだ。ましてそれを皆に触れ回っているのは、流行の守矢の巫女さんだ。

「早苗さん、そろそろ」
「う、うん――脅える事はない。怖れる事もない。幻想郷は、人里は、我等守矢が必ず護る。人よ、現人神の力、とくと見よ!!」

 ――奇跡「神之風」

 空間を埋め尽くすような弾幕が広範囲に展開される。実質的な威力はない。一発に込める力を抑え、数を増やしたのだ。これは、奇塊を滅ぼす為にあるのではなく、力を、威厳を人に知らしめる為の、見せ弾だ。予想通り、人々から歓喜の声があがる。そしてそれに応じ、奇塊はどんどんと小さくなり、蹴球玉程度に収まって行く。

「恐怖よ! 守矢の奇跡を思い知るが良い!!」

 霊夢と咲夜が離脱。動きの遅い奇塊は何処へも行けずその空をぐるぐると回って止まっている。放たれた弾幕は全弾、一発残らず集合体へと向かって行く。そして、トドメと言わんばかりに咲夜のデフレーションワールドが発動、青空を穿つ。呻き、叫び、呪詛、及び罵詈雑言の声をあげる奇塊。それら恐怖の具現は、一片残らず空間に圧縮される。

「……よしっ!!」
「おお、上手く行くもんだぜ」

 一瞬の沈黙の後、人々から歓声があがる。下では慧音一同が皆手を振っていた。

「いいところ全部持ってかれたわ」
「まぁいいじゃないか。霊夢、たまに譲ったってさ」
「……いけ好かないわ、アイツ」
「おーおー。早苗が羨ましいぜ。お前にそう言わしめるとはな」
「な、何よそれ」
「お前さ、早苗の事気にしてるだろ、意外と。ポジション的な問題か?」
「うう……」
「はは、早苗はいいなぁ」

 無限に湧いていた奇塊は、跡形もなく消え失せ、新たに湧く事もない。早苗は地上に降りると、人間達の下へ赴く。在る者には握手を求められ、在る者には拝まれ、在る者には取材を求められ。半ば自作自演ではあるが、異変を解決した事には変わりない。

「ふふん」
「うぅ……アイツ嫌い」
「早苗はいいなぁ」

 ――これでやっと、霊夢と早苗は一勝一敗である。魔理沙はぶつぶつと文句を言う霊夢の手をひっぱり、早苗の元へと連れて行く。

「霊夢、魔理沙」
「早苗、浮かれてないで、次行くわよ」
「次とはどういう事だ、博麗」

 人垣の中心にいた慧音は、早苗の手を握りながらきょとんとした顔を霊夢に向ける。確かに人里の災厄は免れたが、根本的な部分の解決には至っていない。すべきことがまだ二つ残っているのである。早苗はああそうだ、と頷き、慧音含め関係者を引っ張って人の集まる場所からそれる。

「霊夢、大きい声では言わないで頂戴」
「わぁかってるわよ」
「む……」
「皆に訊かれたく無い事か。なら、私の家へ行こう。説明してもらいたい事も沢山あるからな」
「解ったわ」

 未だ静まらぬ人間達の喧騒を避け、早苗、霊夢、魔理沙、咲夜、妹紅の5人はぞろぞろと慧音について行く。本人達はあまり意識するものでもないが、人間の領域を踏破した者達が練り歩くと、状況も状況だけに余計目立つ。皆を家の中に招き入れると、慧音は早速各人にお茶を振舞う。膨大な書籍、巻物群に囲まれた客間は、さながら物置であった。狭い事を謝罪し、魔理沙には持っていかぬよう忠告。やっとの事で皆は一息吐ける。主要四人はずっと気を張っていたし、慧音と妹紅の二人も人里警護の役目故、ここ暫く久しぶりに気が緩まる。早苗は大きな溜息を吐き、咲夜はナイフの手入れをし始め、霊夢は慧音にお茶の銘柄を聞き、魔理沙はどうにか物色出来ないかと辺りをキョロキョロとし、妹紅はそんな砕けた様子を見ながら半笑いである。

 暫くの沈黙。どうにも、幻想郷の人間は会議には向かないらしい。良識派である慧音も霊夢に気を取られていて、何が本題だったかすっかり忘れている。外からきた恐らく常識人だろう早苗はどうか、と妹紅は視線を向ける。しかし、どうやらスポーツをして疲れた人のように中空を見上げていた。

「なぁ、本題は一体誰が切り出すのよ」
「あっ」

 妹紅の問い掛けに霊夢が声をあげる。早苗は半分寝ていたのか、その声に驚きビクンと体を震わせ、キョロキョロと周囲を窺い始める。魔理沙は早速見つけた本から顔を上げ、咲夜はどこから持って来たか知らないお菓子を食べる手を止める。

「そうそう。別にここでゆっくり休憩する為に来た訳じゃないわ」
「解ってたならお茶の銘柄なんて聞いてるんじゃないよ、怠惰巫女」
「何よ蓬莱人、偉そうに」
「く、食って掛かるなぁ……」
「とにかく、ある程度の事情は慧音に話さないとね」
「いや全く。私もボケていた」

 霊夢が今までの事情を掻い摘んで慧音に説明する。その間、早苗はその二人の様子を窺っていたのだが、気が気ではない。諸問題の根源に近い部分は、間違いなく守矢の所為である。自ら事態の収拾はつけたが、巻き込んで迷惑を掛けた各人には、実に申し訳ない。

「犯人は熊か……十六夜、それはどこまで本当だ?」
「私って信用ないのね」
「いや、誰の言葉であろうと再確認はするつもりだったが」
「――本当だってば」
「まぁ、ウソにせよ本当にせよ、どちらにも証拠はないからな。まずそれは良い」
「なら聞かなきゃいいじゃない……」
「一応だ。それで、次と言うのは、守矢神社についてか」
「そ。馬鹿な神様とっちめに行くのよ」
「現人神様、紅白はこう言っているが、思う所はあるかな? 今のうち言っておいた方が良いかもしれん」
「う……その、まず、大前提として……」

 大前提として、守矢は決して人里に迷惑を掛けようと思っていた訳ではない。人の信仰が集まれば、それだけ守矢の神は強くなり、人々に幸福を齎す事が出来る。幻想的法則性の強い幻想郷で、その恩恵は誰が疑うまでも無く、真実だ。ただ、様々な事象が絡み、複雑化し、その土台となったのが、守矢への信仰であった、という話である。

「だから解らないの。人が視認出来る程強く恐怖が具現化する事は、並大抵の事じゃない。大体、恐怖といえば外の世界なんてそれこそ恐ろしいことだらけだけど、奇塊のようなモノがそうそう生まれたりはしなかったわ」
「信仰の影響を受けていることは解った。だったら、それに近しい何かじゃないのか。現人神様、何か気になったことや、普段と違ったことはなかったのですか」

 早苗は口元に手を当てて考える。ここに至るまで、事件が始まり現時間に辿り付くまでに、何かおかしな事は、変わった事はあったか。大体、今回の経験そのものがオカシイのではあるが。

「……うーん。参拝客は増えた。分社への参拝客は、事件以来激減した……それは仕方ないし関係ないか。だったら……ああ、そういえば、みんな噂をするにも突然だったのではないかしら」
「その通りだ。しかしそうなると……そうだな、信仰が増え始めた頃から不穏な事件が一切無かった訳ではない。それが噂として拡張されても、何ら不思議はなかったのだが、何故今回だけ……」

 それこそ妖怪の仕業なのではないか、と霊夢が口を出す。神奈子でないとしたらそれしか考えられない。しかし、と咲夜が言う。ある程度適当な能力群で区切られている妖怪達だ。皆わかりやすい力を解りやすく使っている。中には曖昧なモノもあるが、それは大抵強い妖怪である。八雲紫の「境界を操る程度の能力」レミリア・スカーレットの「運命を操る程度の能力」伊吹萃香の「密と疎を操る程度の能力」妖怪ではなく転生宇宙人蓬莱山輝夜の「永遠と須臾を操る程度の能力」

 どれと照らし合わせるかは問題だったが、それよりも今回の事件、目的が見えない。大体、答えにたどり着き難い異変では、強い妖怪達の自己顕示欲が満たされない。西行寺幽々子や蓬莱山輝夜は兎も角、レミリア・スカーレットは故意であったようにも取れる。だとすれば今回も春雪や永夜など、元凶にたどり着いて欲しいとは思っていない輩が起した事件なのだろうか、と考えられる。

「気紛れの異変じゃなく、誰かが明確な目的を持ってやっている、と。そういう事かしら? ここに来て長くはないから、あまり解らないけれど。でもどうかしら。私には、そうは思えないけど」
「今回は人間の恐怖心が齎したものなんだろう? しかも誰かが手心を加えている。人の心を萃めるといえばほら、一度あったじゃないか。それに今回も前回も、元凶にたどり着き難い」
「ああ、萃香のね……あれ、そっか。そうね、萃香とか怪しいわね」
「萃香って、あの小鬼? 守矢神社で神奈子様とお酒を飲んでいたけど」

 全員の顔が早苗に向く。まさしくソレであった。





「いやぁ、神奈子さんの巫女さん、素晴らしい活躍でした」
「はっはっは。そりゃあまぁうちの子は何処ぞの紅白とは出来が違うからね、出来が。あと、風祝だよ」
「細かいことは良いのです。兎も角、これは良い記事になりそうですよ」
「うんうん。これで更に守矢の信仰が増すこと間違いなしだ。ああこれ、一本持ってって良いわよ。高いお酒だから、ぐいぐいやっちゃ駄目だよ、うわばみ」
「蛇はアナタでしょうに。ま、いただけるなら頂きます」
「そうかそうか、早苗は立派にお勤めしているか……」

 日もそろそろ傾き始めた頃。山間の風がゆっくりと撫でる守矢神社で、八坂神奈子と射命丸文は早苗の活躍話に華を咲かせていた。腰を降ろした大鳥居から望める風景を遠目で見ながら、神奈子は守矢に尽くす風祝の殊勝ぶりに心打たれる。昔から出来る子であった。外の世界では生かせなかった技も知識も、幻想郷で存分に発揮されていると思うと、此方に連れてきた甲斐があると言うものである。

 外の世界では本来の自分を隠す抑圧的な生活を心配し、新天地では紅白に出鼻を挫かれた早苗の今後を心配し、と、兎に角早苗への心労ばかり絶えなかったのだが、天狗の話を聞けばそれは杞憂だった。掛け値無しに嬉しい。手放しで喜べる報告である。これで守矢の地位は不動となり、そして早苗も一目置かれるようになる。幻想郷へ越してきて本当に良かったと、神奈子ははしゃいだ調子で射命丸に話す。

「それで、どの辺りから見ていたんだい?」
「最初からです。上白沢慧音が何かしら話しているのを聞いてからずっと今まで」
「アンタも好きだねぇ」
「天狗ですからね。ああ、でもおしいですねぇ」
「何がさ」
「いえね、今回は巫女達が奇塊と呼んだ物体を巡るものだったでしょう? 見えたのは肉体を持っていた最初だけで、あとは見えなかったんです。半獣や蓬莱人は見えていたらしいですが、生粋の妖怪の目には映らないらしくて」
「その法則で往くと、私には見えるということになるかな」
「――あ、はいはい。神様は信仰の塊、人間の心ですものね」
「しかし、幾つか疑問があるんだけど、質問してもいいかしらね」

 神奈子が聞きたかったことは二つある。一つは何故奇塊が人の目に映るほどの濃度を蓄えて具現化したのか。もう一つは何故肉団子だったのか。

「肉団子は噂でしょう。人間は恐怖でオニをみた、ってことじゃないですかね」
「そういうものかねぇ」
「寧ろ私は、神様と同じ素材で出来ているのに、何故妖怪に見えないのか、の方が疑問です」
「そりゃ簡単だ。アンタ達妖怪、畏怖なんかで神様崇めてないでしょ?」
「便利ツール」
「似て非なるとでも言うかな。あれは人間の恐怖ででしか出来ていない。アンタ達は人間の死体に恐怖なんかするかい」
「食料を怖いなんて、なんの冗談なのか」
「私等は居る。長い長い年月と強い信仰で成り立っているし、見えると好ましいからね。アンタ達は見る必要なんかないでしょ、人間の畏怖や恐怖なんて」
「小難しい理屈で出来てるんですね、シンコウって」
「だから解らないんだ。人間には見える。それは解る。でも、人間がその奇塊とやらを見るには、噂や強い恐怖だけでは不足だよ」
「ふぅむ……」

 射命丸は小首を傾げて文花帖を開いたり閉じたり。今説明された内容と似通う問題を問われても、答えなど出る筈がない。神奈子としては、実際に現場を見ていたからこそ解るのではないかとして訊いたのだが、的外れであったらしい。

「おーい、かなこぉー。何やってるんだー?」
「おお、伊吹のー。実はなー……」

 鳥居の下から呼ぶ声に神奈子は振り返り、そして、まさかと思った。

「そういえば、神奈子さん。一昨日から萃香さんと何かお話でもあったんですか」
「――あ、いや、あは、あはは……あっちゃぁ……」

 ……。

 なぁ伊吹の。美味い酒がそりゃあもう大量にあるんだ。

 魚心に水心。何か頼み事かい。欲しいモノでもあったかい。

 いやぁ。私のほしいものっていえば、ほら、あるじゃないか。

 あー、はいはい。萃めればいいのね。お安い御用さね。

「……」
「萃めちゃったんだなぁ。人間の心に、信仰とか、色々」
「萃めちゃったって……」
「きょ、恐怖の濃縮具現」
「巫女の事です、絶対気がつきますね」
「おー? おーい神奈子、向こうから何か、来るぞー」
「じゃ、私はこれで。楽しい記事になりそうです」
「あちょ、おま、射命丸!! て、手伝って、数多い数!!」

 東の空から飛んでくる一団の数は六人。東風谷早苗、博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、上白沢慧音、藤原妹紅。事情の知っている者、総動員である。

「いやぁ。霊夢さんって何度かやりあいましたけど、考えていた以上に強かったですし。魔理沙さんも。ああ、咲夜さんもやだなぁ。これだけ集まるとほら、手加減とか出来ませんし。じゃ」
「いやいやいやいや、意味が解らん!! あ、きた、きたきたきたっ」
「萃香さんとペアでやったら良いじゃないですか。良い線行くと想います。あはは、信仰心って素晴らしいですね。非人間的人間に、実にモテる。じゃ」
「しゃ、射命丸ー!!」
「おうおう、神奈子、だからどうしたのって」
「い、伊吹の。突然だけど」
「う、うん?」
「死ぬか封印される覚悟、今して欲しい」
「なぁに言ってるんだ。討伐隊が来た訳でもあるまいに」
「――来たの」

 夕焼けをバックに、博麗霊夢が先行して二人の前に姿をあらわす。神奈子も萃香も並大抵の強さではないが、多勢に無勢という言葉もある。特に不敵な笑みを浮かべる楽園の巫女の醸し出す、言い知れぬ恐ろしさは否定し難いものがあり、神奈子はそれを頭を掻いて誤魔化す。

「あっはは……いやぁ、麓の巫女じゃないか。きょ、今日はお日柄も良く」
「こんにちは。使用スペルカードは100枚、カードの被りは認めるわ。タッグ、チーム、これを認める。賭けるものは謝罪、あと花見用のお酒。賽銭と信仰の一部。私が勝つまでずっと続ける。以上異論は認めないわ」
「え、ちょ、神奈子、どういうこと?」
「こう言うことよ! さ、早苗、止めなさなっ」
「物事を丸く治めようと思ったら、誰かが責任を取るしかないと思うんです、わが神様」
「お、恩知らずーーー!!」
「ごめんなさい」
「むぅぅぅ……いいわよ、いいわよっ!! 全員まとめてかかってらっしゃ……へぶっ!!」

 神様の寛大なるお言葉を、霊夢の夢想封印が遮断した。人間からの反逆の一撃。一応互いに真剣なのだが、神奈子にも霊夢にも悲壮感はない。冗談みたいな吹っ飛び方をして、鳥居から転げ落ちる。その様が妙にシュールだったのか、早苗は口元を抑えながら笑うのを堪えていた。自分の前では良く笑う子であったと記憶している。だが、こんな人間達に混じって、楽しそうにしている様子をトンと見たことはない。環境の変化、生活の文化低下、なれない土地になれない人間、幽霊妖怪鬼に化け物。この先、この年端も行かぬ少女が何処までやっていけるか、悩みどころであった。

 しかし、今の彼女を見れば……。何時の間に知り合ったのか、自分と霊夢が弾幕りあっている傍で、早苗は他の者達と面白おかしそうに笑っている。今回の事が彼女達を結びつけたのなら、守矢の信仰あつめは失敗だったとしても、十分に収穫があったのではないだろうか。いや、もしかしたら、それ以上に得るものが多かったのではなかろうか。

「神奈子、余所見してると当たるわよ!!」
「そうだね、アンタを中心にしてるんだもんね」
「な、何がよ?」
「――なんでもない――なんでもないさ、ははっ」

 神奈子は人間が好きだった。何も私利私欲だけで信仰など集めている訳ではない。幻想郷の人間の安定、しいては幻想郷そのものを安定したものにする為、信仰は必要不可欠である。日々変容する幻想郷と外の世界。外の世界では古くなったものが新しいものとして流入する幻想郷は、安定しているとは言い難い。いつ何時、危険な物体、危険な思想、危険な人物などなど、害悪にしかならないものが入ってくるとも知れない。だからこそ、揺ぎ無く信じられるものが必要なのだ。人間が好きだから。この新天地が好きだから。護りたいから。

 ……多少目先の事に囚われすぎていたと、神奈子は反省する。

 ここ半年、自分の娘ほど大事な少女に、色々と強要しすぎた。里に下りると言っても買い出しか布教であったし、自由にして良いと言っても、するような子ではない。するような子なら、わざわざこんな辺鄙な土地についてきたりはしなかったかもしれないのだ。そう、もう少し『娘』を気にかけてやるべきだった。今の早苗を観て、漸く気がつかされたし、漸く安堵する。ここには、面白いモノが、者が沢山あって沢山居る。自分の失策で早苗が大事なものを得れたとしたら、何の悔いもない。特にコレ、この博麗霊夢の近くに居れるような仲になったら、もう心配することなど一つもないだろう。

 霊夢は強い。霊夢は面白い。これは、愛すべき新天地の要。神様に牙を剥くような馬鹿者が知り合いになったなら。早苗にはもっともっと新しい仲間と信仰が出来上るに違いない。

「霊夢」
「なによ、さっきからチラチラと余所見ばっかりして」
「早苗と仲良くしてあげてね」
「嫌よ、仲良くなんて」
「はいはい。どーせそれ他の奴にも言っているんでしょう。なら安心だ、安心」
「解ったから、さっさと沈みなさいっ」
「伊吹のー、手伝えってー」
「神奈子が負けたら次は私で良いよ」
「はぁ……よし、さぁこい紅白。神に逆らう愚か者。二度と反逆できぬよう、調教してくれる」
「二度と異変起さないよう、ぼっこぼこにしてやるわっ」

 神奈子は、弾幕を避けながら早苗に手を振る。それがどんな意味かは早苗も良く解らなかったが、ただ、何も問題なく今後も守矢はあり続けるのだろうとは、予感させてくれた。

「過ぎたるは及ばざるが如しか。現人神様も、大変だな」
「そうでもありませんよ」

 辺りを見回して、言う。そうでもない。確かに、やりすぎた。反省すべき点はある。しかし、正誤含めこのたびの出来事は、東風谷早苗が認識する幻想郷イメージを改め、そして新しい関係を結んでくれた。毎度こうでは流石に狼狽してしまうが、一度きりなら構わないだろう。

 己の神と弾幕りあう霊夢の姿を見ながら、早苗は口元を緩ませる。灰色に近かった自分の世界は、少しずつ色をとりこみ、鮮やかになって行く。取りこぼした想いを拾い集め、パズルのように当てはめて行く。まだまだ充ちぬまだまだ至らぬモノではあったが、今はこれを集める楽しみが出来た。

「私、やっていけると思います。この幻想郷で」
「そうか。人里の者達も、頼りにしている」
「――はい」

 上手く行かない、納得出来ない、いけ好かない、頭に来る。そんな想いもこれから経験するのだろう。特に博麗霊夢とは、今後も争うに違いない。最初は劣等感と疎外感という、ネガティブなイメージしかなかった彼女ではあったが、もう違う。

「なぁ早苗」
「魔理沙、何?」
「下で酒かっくらってる鬼の相手をしてやろうぜ」
「なぁるほど」

 こんな馬鹿な知り合いも出来た。そんな馬鹿を笑ってみている知り合いも出来た。これ以上の充実はきっと、外の世界ではありえなかっただろう。自分には、彼女達と語り合えるような過去はない。身内としてみてもらえなどしない。だが、時は進み人は動き、妖怪は跋扈する。そんな巫山戯た幻想郷で、これから作って行けばいいだけだ。何も悩むことなんてない。

「じゃ、やりますかっ!!」
「そうこなくっちゃなっ」

 早苗はやっと、幻想郷の住人となれたような気がしたのである。





   5、非人間的人間達の幻想郷 (EXTRA MODE)





 嫌われるのが嫌だった。どうしようもないほど、嫌悪されることを恐れ、失敗を恐れた。間違ってはいけない。そう、自己に言い聞かせてきた。完全で瀟洒であれ。十六夜咲夜は、呪詛の如く呟き続けて生きて来た。こんな辺鄙な場所の、こんな辺鄙で狂った紅い城でメイドを始めた頃には、自分は既に完全で瀟洒であった。誰にも疎まれること無く、誰にも邪魔されることなく、忠誠を誓った主に尽くし、時に意見し、めったなものをお茶に混ぜ、くだらない冗談を紡だし、自分では自覚のないボケによって、笑ってもらえるこの生活に、満足であった。

 しかし、ある時を境に、十六夜咲夜は人間が恋しくなったのだ。

 閻魔には冷たい人間だと馬鹿にされはしたが、それは当たりであり、外れであると今になって思うのである。冷たいナイフであれ。銀色であれ。完全で完璧で瀟洒であれ。そうでなければ馬鹿にされる。嫌われる。楽園を手放すきっかけにすらなりかねない。

 それでも、咲夜は結局、人間であった。

「……フランお嬢様」
「……ごめんなさい。お姉さまも、ごめんなさい……」
「はしゃぎ過ぎね。なんだって、人間をこんな肉団子にしてしまったの」
「み、見つかったら、怒られると、思って……たたんで、片付けようと……その……」

 三人の足元に転がる肉塊。四肢がまるっきり折り曲げられ、絡まりに絡まり、二人が一人になってしまっている。紅いおべべを真っ赤に染めて、透き通る白い肌も、真っ赤に化粧して。そんなフランを見る二人の目は、怒りなどなく、ただ、哀れみだけが篭っていた。かわいそうな子なのだ。こんなに小さく可愛らしい、無邪気な少女にしか見えぬ容姿でありながら、無尽蔵で凶悪無比な力は痛く精神を傷つけ、姉に、そして自ら自重せざるを得ない、そんな生活を強いられているのであるから。

 その日は、フランの申し出とレミリアの思惑が一致し、三人で博麗神社へと向かった。久しぶりの昼間に、気分の悪い天気ねと、元気一杯飛び出たフランであった。姉もメイドも、童女の戯れる姿に心奪われ、今日こそは大丈夫だと錯覚した決意を抱き、そして憎き巫女の下へと向かったのである。

 順調であった。巫女も嫌そうな顔をしながらも、フランを歓迎してくれた。まるでこの世が楽園であるかのように嬉しがるフラン。姉に抱きつき、メイドに抱きつき、巫女に抱きつき、魔法使いに抱きつき、それはもう、皆に妹が出来たかのようだったのだ。この調子で行けば、これで慣れてくれれば、メイドをつけるだけで外出も叶う。姉は期待した。

 しかし、所詮は錯覚。
 それは、姉とメイドが少し眼を離した隙であった。

「こんばんは」
「こんば……あ……?」
「貴女達は面白い人間かしら、強い人間かしら。私ね、人間っていうと霊夢や魔理沙しか知らないのよ。もしかして、貴女達みたいな人間が、私の紅茶になっているのかしら?」
「お母さん……この子、怖い……」
「逃げなさい、里まで走るの、早く」
「あっ……うぅ……」
「あら? 鬼ごっこ? 遊ぶの?」
「た、食べるなら、私を。娘には、手を、手を出さないで……」
「逃げないの? ほら、私が鬼をやるわ。お姉様がね、お友達になるには、友好を深めることが大事だって言っていたわ。それには、やっぱり遊ぶのが一番だって。ほら、逃げなきゃ、ほらほら」
「ひ、いっ」

 ――――――

「……あれ? 霊夢や魔理沙はひょいひょい避けるのに。もしかして、あの子達って特別なの? ねぇ、貴女、答えてよ。何故、動かないの?」

 ……親子には同情するほか無かった。フランはただ、掴まえる為に手を伸ばしただけ。フランはただ、止めようと思ってぎゅっとしただけである。その行為が、人間の常識の範疇ではなかった、というだけだ。決して、フランの頭が悪い訳でも、鬼畜な趣向を持っている訳でもない。吸血鬼として人間を追いかけた。何の事は無い、吸血鬼が居る風景なれば、存在しえる事実である。

「あ……壊し、ちゃったんだ。そう、よね。ああ……どうしよう……お姉様に怒られちゃう……」
「おや……なんだ、ありゃ」

 遠くから聞こえる声に、フランは咄嗟に身を隠した。姉やメイドに見つかったら、きっと怒られる。姉は厳しい。メイドも訳が解らない程強い。反抗したって必ず押さえつけられて、また光もない場所へ、幽閉される。自分も、それに納得するしかなくなってしまう。

「ひ、ひぃいぃぃっ」

 男が逃げて行く。ここから物事がどのように進み発展して行くかなど、社会を知らないフランには想像もつかなかった。今フランの頭の中にあるのは、この死体をどう処理するかである。二人も抱えて隠すのは面倒だし時間がかかる。だったら、何時ものように。折りたたんで、玩具を仕舞うように、するしかない。片付ける、という発想が、それしかなかった。それ以外、教えられたことなどない。ほかのことは大抵、メイドがやるのである。

 ……。

「咲夜」
「はい」
「お片づけ、してあげて」
「畏まりました。お嬢様方はお先にどうぞ。私は後から」
「――面倒なことばかり、押し付けるわね」
「お気になさらず。咲夜はメイド。メイドは道具ですわ」
「愛してるわ、咲夜」
「勿体無い。そのお言葉は、どうぞフランお嬢様に」

 ……言葉だけは達者であった。だが、焦る。人間など何時も解体している。この死体と思しきものに恐怖などしない。だが、恐ろしいのは『状況』。これがもし、博麗霊夢に知れたら。霧雨魔理沙に知られたら。彼女達は挙ってフランを退治しにくるだろう。そうなれば、また自分は敵対しなければならない。この死体らしきものをみて、二人はどう思うだろうか。今までは、単なる異変での衝突であった。紅霧異変とて、然したる問題も少ない異変であったし、それ以来築き上げて来た関係は不動であると思っていた。

 しかし、殺人となるとどうか。

 楽しい弾幕が出来るか? 否に近い。吸血鬼には契約がある。それを破ったのだ。『あら殺しちゃったの、次気をつけてね』で済む筈がない。次が起こらぬよう、本気でかかってくるだろう。きっと面白くない、殺伐とした弾幕ごっこになる。自分は主人の道具。主人に歯向かう敵は打たねばならぬが、その打つべき敵が友人である場合、紅霧異変の時の如く、飄々と弾を交せなどはしないだろう。

 不安である。不安なのだ。どうしようもなく、果てしなく、悔しくなる。フランは、哀れだ。決してフランを恨んだりは出来ない。だが、作られてしまった現時間を突破し、何事もなくやり過ごす事を、今は考えなければならない。

「肉団子、ね。本当に」

 特に、魔理沙には嫌われたくなかった。どこか似通った、あの馬鹿者には。





「ひちばん!! こちゅやしゃなえ、うたいまふっ!!」
「いいわよー、早苗さいこーあいしてるー!!」

 こいつぁ愉快だと、霧雨魔理沙は盃を傾けながらニヤリと笑う。事件から三週間ほど過ぎた頃。リリー・ホワイトは例年通りに現れて春を齎し、それに伴って幻想郷の住人達は皆一様に博麗神社へと集合。連日連夜の大騒ぎを繰り広げていた。

 桜の花びらが一枚、盃の中へと落ちる。花より団子とは言っても、こういった風流さは嫌いではなかった。焚かれたカガリ火にゆらめる人妖の影が躍り、へったくそなポップスが聞こえてくる。なんとも幻想郷は平和だと、安心させられる。空には星が瞬いて、丸い月は煌々と地面を照らす。月には花見があるのだろうかと、魔理沙はらしくない感傷に浸るのだ。今宵の月はやけに銀色。あんな冷たさでは、きっと花も無く冷たいに違いないとして、視線を温かい地上へと向ける。

 先ほどまで隣にいて絡んでいた霊夢の姿が見当たらない。ツマミでも作りに行ったのかと思い、そこは納得する。しかし、どうにも数人見当たらないのだ。知り合いは全部呼んだつもりである。紅魔館、白玉楼、永遠亭、彼岸、妖怪山に人里まで声をかけた。始める段階である程度メンツは揃っていた筈だ。

 ひいふうみいと顔を一致させながら数える。どうにも足りない。霊夢が居ないのは良しとして、上白沢慧音、十六夜咲夜の姿がない。珍しい組み合わせで居ないものだと思い、魔理沙は一升瓶を抱え、重い腰をあげて探しに行く。増えたり減ったりが常の宴会だが、妹紅や阿求などと大体ワンセットである慧音が見当たらないのは不自然であった。レミリアとワンセット気味の咲夜が隣いないのも気がかりである。

「おい、レミリア」
「なんだ黒白?」
「犬はどこに行った?」
「……あら? おーい、わんちゃーん、しゃくやぁー……いないわ」
「御手洗いか?」
「それだったら時間止めて済ませそうだけど」
「アイツ、何でも止めるんだな。おっかない」
「そう言ってあげない。あれは瀟洒なの。不要なところは見えないようにして生きてるのよ」
「小難しい奴だ……ま、いいか。お前も早苗と一緒に歌ったらいいんじゃないか」
「山の奴等は勘弁して」
「ああそうかい」

 宴会の輪から外れて、境内の中を歩き回る。御手洗いなら御手洗いで良いのだが……なんとも言えず、気になった。強いて言えば仲間意識故、いつの間にか輪から外れている事に違和感を覚えたのだ。たびたび衝突はするが、あの何でも卒無くこなす割にどこか抜けている雰囲気は霊夢より取っ付きやすい人間だ。そして彼女は、魔理沙より格段に大人。そんなどこか、姉のような空気を纏う咲夜が、魔理沙は悪い気がしないのである。

「お、いたいた」

 咲夜は一人手水屋に佇んでいた。水を汲むでなく、銀色の月でも凝視するかのように、空を仰いで立っている。この際おちょくってやろうと静かに近づいて行くが、気がつけば目の前に咲夜は居らず、後ろから首根っこを掴まれた。

「わっ」
「ぐむっ……お、脅かし甲斐の無い奴だ」
「アンタこそ。何か用?」
「犬が居ないから探しに来たんだ。そしたら犬に掴まったぜ」
「あら、私なんて気にかける人間だったかしらね」
「面白いこと見つけて消えたのかもしれないだろ、そうなりゃ気になる」
「そうよね」

 パッと手が離される。振り返った先にある咲夜の顔は、あまり明るそうには見えなかった。いつも何処か惚けている咲夜ではなく、嬉しそうに主人に奉仕するような顔でもなく。突っ込んで良いものかと考え、いつも通り……を更に茶化すようにした。

「どうした、月なんか眺めて。お迎えでも来なくなったのか」
「げっひんな……」
「閉経でもしたかって意味だぜ。お前、なんか長年生きてそうだし」
「あらゆる意味で最低よ。まったく。用が無いならさっさと消える」
「そうでもないぜ」

 一升瓶を取り出し、近くに咲く桜の根元に腰掛け、手招きする。咲夜は一瞬戸惑ったが、それに付き合う事とした。決して、嫌な顔はしていない。

「騒いで呑むのも良いが、静かに呑むのも良いな」
「……」

 差し出された酒を、咲夜は一気に煽る。良いのみっぷりだとして次を注がれ、それも飲み干す。
 ……何か考えているのか。何を悩んでいるのか。あからさまに解りやすかった咲夜。魔理沙がそんなよわっちい咲夜を見逃すはずも無く。次に次にと注ぐ頃には、顔を真っ赤にしてフラフラとしだした。

「――あつい」
「そら、がぶ飲みすりゃああっつくもなるさ。それで、喋る気にはなったか?」
「――魔理沙は」
「うん?」
「魔理沙は、不安になったりしないかしら。あの時の失敗が今に響かないかとか、あの時隠していた事が今になってバレないかとか。バレたらバレたで、疎外されるんじゃないかとか。輪から外されるんじゃないかとか、目の仇にされるんじゃないかとか。誰からも見てもらえなくなるんじゃないかとか」
「何言ってるんだ。私がそんな事、気にする訳が」
「ウソ。嘘だ。嘘よ。アンタは一番そういうことを気にしてる。見てもらえなくなったら怖いと感じてる。霊夢や私からぞんざいに扱われるようになったら恐ろしいと思ってる。だから心の支えを探してる。霊夢にくっついていれば、否が応でも誰かに見てもらえるもの」
「酔っ払ってるな。てんで的外れだぜ」

 魔理沙が立ち上がる。しかし、去ろうとする後ろから、腕を掴まれる。魔理沙にも耳が痛い話であった。なるべくなら、こういった話題は避けたい。誰にも悟られぬよう、命を削るような努力に勤しみ、何が何でも霊夢や咲夜といった人間達に追いつき、自分が非人間的人間であるという事実を誇示していなければ生きて行くに苦しい魔理沙だ。こんな話題は、口に出すものではない。

「聞いてよ。アンタが呑ませたのだから」
「……はぁ。私にはサッパリわからんね。少なくとも、お前は私たちに見限られたって、紅魔館があるじゃないか。人間の繋がりなんて希薄だぜ。それだったら、絶対的に必要とされる紅魔館に居た方が、幸せじゃあないのか」
「私だってそれで良かったわよ。でも、それをぶち壊したのは、貴女達じゃない。やっぱり、人間は、面白いのよ。人間でありたいのよ、私は……。不安なの、不安……」
「咲夜、お前……」

 魔理沙の眼に映る『丸い影』
 魔理沙の腕をしっかりと握り締めた咲夜と重なって映る、つい三週間前にみた、おぞましい物体の影。

「……よっぽどの事が無い限り、別にどうでも良いんだよ、お前なんて。居れば良いし、居なくても良い。好きにすれば良いじゃないか。何をそんなに不安がる必要がある。少なくとも私は……」
「私は?」
「お前のこと嫌いじゃあないし。好きでもないし。居ても居なくても、構わない」

 影が薄れる。月明かりに出来た影は、元通り、咲夜の影となって静まった。目の錯覚だったかと、疑いはすれど、しかし。鮮烈に残る奇塊のイメージは、そう見間違うものでもなく、払拭しきれぬものでもある。咲夜に何故重なって見えたかなど答えも出る筈はないが、兎に角、現実であると疑ってかからねば、また痛い目にあう。

「……そう、よね。私なんて別に、居ても居なくてもいいわよね。ごめん、意味解らない事言って」
「い、いや……」

 しかしそれを危惧する以上に、咲夜の沈みきった様子に、居た堪れなくなる。どう言葉を繋いでよいものか解らない。認めれば良いのだろうか。しかし、自分の口から言われても、うそ臭くなってしまうのではないかと懸念する。幾ら魔理沙が巫山戯ていても、咲夜が切羽詰っている空気は窺えたし、茶化してどうにかなるものでもないと思わされる。あからさまなのだ。咲夜は、心配してもらいたいのだ。強くあれと言うにも、咲夜は強い。肉体的にも精神的にも。そんな完全な人間に、そんな完全な人間が垣間見させる弱さに、どう助言し、助けてやれば良いかなど、魔理沙には解らない。

 自分の頬を撫でられた感覚が、思い起こされる。完全な振りを、しているだけなのだろうか。全ては繕われた、切り貼りしたような、不完全さを更に一つの幕で覆っているような、完全さなのか。

「私は行くぜ」
「あっ」
「なんだ」
「なんでも、ないわよ。なんでも」
「そうかい」

 背を向ける。己の不器用さに腹が立つ。
 アンタは嘘を吐いている。尤もだ。その通りだ。だからなんだ。馴れ合いなどしたくない。しかし、助けてやれぬ己の弱さに、本当に、腹が立つ。





「だっは……呑みすぎた。向こうで風に当たってきます」
「風なら吹かせるわよー、ほれほれふぅー」
「やだ、神奈子様お酒臭いあっち行ってください」
「……ぶわっ!! 諏訪子!! 早苗に、早苗に嫌われた!!」
「調子に乗って樽ごと一気呑みなんかするからよ。寝てなさい」

 嫌にテンションが上がり過ぎて色々と無茶をし終わった頃。早苗は酔いを覚ます為に立ち上がった。改めて周囲を見渡せば、見たこともないような妖怪や人間も混じっている。いつぞやの小鬼は低級妖怪とザコ妖精を集めて呑み比べ20人抜きを達成している最中。つい最近話し掛けられた覚えのある金髪の魔女は、おかっぱの少女と静かに呑んでいる。本当に誰も彼も集まるのだなと、今になって感心させられた。あれだけ傍若無人、変態的なまでに強い博麗の庭でも、須らく人が集まる。人徳なんて言葉では説明のつけようがない。やはり、博麗は特殊なのだろう。そもそも、嫌いならこんな場所で花見などしない。嫌でも付き合わされる花見といえば、外の世界の義務ぐらいで、此方にはそんなものないのだ。

「かなわないわねぇー……おろ?」

 だが、その本人が見当たらない。よく見れば魔理沙や咲夜も見当たらない。主要人物不在の花見も珍しいものだと思い、風に当たるついでに周りの様子を見て回る。派手な服を着た女が此方をチラリと見て、ニヤリと笑う。思わず吃驚するが、その視線は直ぐに外され、亡霊姫へと戻された、と同時にカラオケセットがスキマからにゅるりと引きずり出される。ビビる。正直恐ろしい。その女を中心にした輪から漂う妖気といったら、非常識の非常識レベルにある。恐らく、あれも霊夢が退治したのだろうと考えると……益々霊夢が恐ろしい。

 宴会の輪には居ないのだろうと判断し、少し外れた場所へ向かう。境内の奥まで赴くとあるのは母屋ぐらいなものなのだが、そこには見知った顔があった。縁側に腰掛けた霊夢と、上白沢慧音である。

「……そう、フランなの、面倒ね」
「被害者家族は今の状態で納得しているし、解らないなら解らないままでも、構いはしなかったのだが。歴史を知るのが仕事であるし、お前にも直接関係のある話であったしな」
「二人とも、何してるの?」
「早苗。ああ、丁度良いわ。貴女も聞きなさいよ」
「現人神様か。そうだな、最初に依頼したのも貴女であるし」
「何の話かしら」
「今回の事件の真相よ」
「……は?」

 霊夢と慧音が話すにはこうである。
 事件の日、博麗神社に赴いたのは三人。レミリアと、咲夜と、そしてフラン。その帰り道、はしゃいだフランが道を外れ、参拝帰りの親子を襲った、というものだ。霊夢の説明するレミリアの妹、フランドールと言う少女には同情させられる。数百年の幽閉を経て、やっと人に触れるようになったのにこの事件、再び暗い地下に押し込められているだろうと言う話だ。しかし、やってしまった事はやってしまった事、これは否定出来ない。

「……神奈子様も疑問に思っていたの。信仰を集めたぐらいで、人の肉が塊にはならないでしょって」
「これ、お茶」
「ありがとう……それで、どうするの?」
「……難しい所よ。妖怪が人間を殺す事に疑問はない。それは当たり前であるし、私が少しとっちめれば良いだけの話なの。でも、吸血鬼は違うわ。紅魔館は人間を提供されている。必要以上に人を殺さないようにと契約もあるの」
「なら、しっかり教育しに行けば良いじゃない。貴女の仕事でしょう」
「簡単に言うわね。この問題は私だけに限らないのよ。レミリアが暴れたとき、これを退治したのは八雲紫。紫がどう出るかも判断しなきゃいけない」
「紫って……」
「派手な女」
「ああ……さっき空間からカラオケセットとか持ち出してた、あれか……腰を抜かすほどのバケモノね」
「ああ、誰かさんが隠蔽なんてしなきゃ、ここまで大きな問題にゃならなかったのに」
「そうか……殺された後、暫く死体は見当たらなくて、私が見つけたのだものね」
「隠したのは十六夜咲夜だ。まぁ、立場上仕方が無いな。吸血鬼のメイドだから」

 なんでそこまで解るのか、という疑問には慧音が答えてくれた。つい昨日の満月で理解したという。意味不明であったが、どうやらハクタクは満月時に幻想郷の歴史を集めて創るらしい。つまり、幻想郷で隠し事など不可能に近い。

 霊夢の顔は明るくない。あの姉妹を叩くにも叩けないのだろう。なんだかんだと仲が良いのだ。妖怪が人を狩ること。それに対する制裁。単純な構図ではあるのだが、契約が全てを面倒にしている。霊夢は、決して公平でも平等でもない。間違いなく、躊躇っている。

「契約の内容って……?」
「『幻想郷での叛乱行為の禁止。人間は決められた者が吸血鬼に提供するものであり、今後一切の無意味な殺人行為を容認しない。これを破った場合、強く制裁を与える事とする。如何なる例外も認められない』つまり、これを破った場合、幻想郷を守る者にそりゃあ盛大な制裁を受ける。私や、霊夢なんかにね」
「紫、アンタ居たの」
「居たわ。初めまして、東風谷早苗さん。八雲紫ですわ」
「は、初めまして」

 ぞっとする。なんだこのむちゃくちゃな存在は。空間に穴を空けて、そこから通る。非常識の斜め上である。紫は隙間から顔を覗かせたまま、ニヤニヤと霊夢を見つめている。霊夢も霊夢でそれに向き合い、眉を顰めて言葉を待っていた。早苗は早苗で、おっかないので触らない事にする。

「霊夢の裁量に任せるわ。私よりレミリアと仲が良いでしょう。あの暴走お嬢様と、それと狗とも」
「そうだけれど、いいのね?」
「大した問題じゃないわ。人が二人死んだだけだもの。常習にさえならなければ、レミリアの小娘だって馬鹿じゃないし。それに、今回大事になったのは守矢の所為。元凶とは言えこれが直接人を恐怖に貶めた訳ではない」
「……見てたのね」
「面白かったわ。霊夢が泣くと、ほとほと可愛らしいんですのね」
「不覚……不覚……っ」
「あの、紫さん」
「あら、東風谷早苗さん。初めまして、八雲紫ですわ」

 本気なのかボケているのか。その顔からは全く解らない。恐ろしくはあったが、この人物には聞かねばならぬ事があるように、早苗は思えたのである。

「……今回はすみません。此方の不手際です」
「いいのよ。異変のない幻想郷も、退屈でしょう」
「けれど、思ったことがあります。何故物事を客観的に見ていながら、貴女は顔も出さなかったのか」

 人里まで巻き込むような異変である。ひょっこり顔を出しても、可笑しくはなかったのではないかと思うのだ。霊夢の話では、満月にならなくなった夜は慌てて霊夢を連れ出したと聞いている。この人物が何も知らない訳がない。仮にも幻想郷の守護者と言うならば、干渉しないのもおかしい。幻想郷を保っているのは調和である。これが著しく崩れる事態に、何の危機感も抱かなかったのだろうか。

「何故?」
「何故、と言われましても」

 紫は――ニコニコとしたまま、答える気はないらしい。遠回しに自分で考えろと言っているようにも取れた。それにしても、おっかない。

「……人間の事件、だからかしら」

 長い沈黙の後、やがて霊夢がポツリと零す。紫の顔を観る眼は鋭く、厳しい。

「そこまでわかっているのなら、もっともっと気が付きそうなものだけれどね。ああ、吸血鬼なんて適当でいいわよ。もっと悩むべきことがあるでしょうから。それじゃ、私は宴会に戻るわ」

 そういい残し、隙間の中へと消えて行く。早苗は呆っとしたまま。慧音は今の言葉を考えるように。霊夢は、中空を見上げて……やがて、ハッとする。

「人間の事件なのよ」
「そりゃ、そうね。殺人は吸血鬼の所為だとしても、事件の拡大は人間の所為だし」
「私も、早苗も、慧音も、妹紅も、魔理沙も――咲夜も」
「いやまぁ、私は半獣だし、妹紅は蓬莱人だがな」
「でも人間なのよ。人間。私たちは、何と戦った?」
「霊夢……なんか変よ、貴女。奇塊と私たちが呼んだものよ。人間の恐怖。守矢が広めて、吸血鬼が殺して、伊吹さんが萃めて、具現化して……それを、私たちが人間達から祓ったじゃない」



「そこがおかしいのよ。何故、私たちは例外なの? まさか、そんな筈がない。私たちも確実に萃められていた。萃められた結果が、具現化していた。ねぇ早苗。貴女、奇塊に何か……何か、言われなかった?」



「――――あっ――――」



 気が遠くなる。そうだ――



 ――私は私。思ったままに幻想郷の空を飛ぶ。解き放たれた私を縛るのは博麗という鎖。所詮、自由など名ばかりの身。故に、自分はその鎖を解こうと、必死になって、解けないと嘆いて。そして無理だと諦めた。だから私は欲しいんだ。一緒に縛られてくれる、友人が。

 ――私は私。何にでも干渉され、何にでも干渉する。自由が欲しくて飛び出たけれど、所詮は籠の中の鳥だった。だったらこの限定された世界の中を、自由に飛び回ってみようと思ったんだ。友達欲しそうな奴にくっついて、あらゆるものに干渉する。でもやっぱりそれだけじゃ足りなかった。自由なんてやっぱり仮初の言葉だった。結局私がほしかったのは、名声。私を私と認めてくれる、皆の声が欲しかった。

 ――私はメイド。自己の無い道具。そうあればどれだけ楽だったか。主人に忠誠を誓うだけで幸せなら、どれだけ楽だったか。でも駄目だった。どれだけ演じようと、どれだけ頑張ろうと、私はどうあっても銀のナイフにはなれなかった。私は人間。完全でも瀟洒でもない。人恋しい、ただの人間。だから欲しかった。どうしようもなく焦がれた。だから、だから、今の幸せを、決して壊したくはなかった。

 ――私は風祝。自己は自己の為に無く、自己は神の為にある。新天地に私が望むものが無かった訳じゃない。神様達は満足そうで、私もそれで満足で在る筈だった。けれど、本当に満足かと問われると、心が疼いた。折角ここで私は神になれると信じていたのに。何も変わらない。外と何も、かわらない。このまま埋没するなんて嫌だった。特別な人間から特別な感情を抱かれるような、私を中心として私に人が集まるような、そんな世界を望んだのだ。自己は自己の為にしか、なかった。愚かで、稚拙で、悲しいけれど、私は新しい幸せが、欲しかった。



「……あ……う……」

「……誰も彼も……恐怖していたのよ。何も、解決なんかしちゃいない。大体、噂っていうのは、元になるものがなきゃ、生まれはしないわ」

 本当に考えるべきこと。本当に戦うべきモノ。異変は、何も解決などしていない。あの時、確実に人里の恐怖心は取り除かれた。だが、自分達は、奇塊と張り合った自分達はどうだったかと考える。戦うにつれ自信はついたが、むしろ人を救うことで手一杯であった事実が否定出来ない。あの大祓に、自分達は決して含まれてはいない。

 真実を観る。噂はどこから広がった?

『最初の奇塊は一体、誰が生み出した?』

 最初に人間の塊を見つけた本人以外、ありえるわけがない。

「早苗、手伝ってくれるかしらね」
「えぇ。良いわ。貴女からお願いされるなんて思わなかったけれど」
「……慧音、魔理沙を呼んできて」
「いや……その必要はなさそうだが」

 慧音の視線の先。そこには、バツの悪そうな顔をした魔理沙がいる。

「私も行く」
「そう」

 夜が更けて行く。宴は弾け、収束して行く。様々な想いが、思惑が、思想が交差する。誰かから始まって誰かによって終焉を齎される奇妙な宴の結末は、近づいていた。





 ――掃除が進まない。

 現れた紅白と黒白にそう言い放った。十六夜咲夜の思考停止は終りを告げ、余計なことを余計に考え、余計に望むようになってしまった。

 ――眼に見えることのみが真実としたならば、聞いたことだけが全てであったとしたら、この世はきっとつまらなく、そして幸せだろう、必要以上のことは考える必要がないだろうから。しかし、世の中はもう少し複雑に出来ている。誰一人として同じ考えなど持ち合わせては居なく、個人には個人の思惑、集団には集団の思想がある。人間世界以上の有象無象かつ不可解な生物の集合体こそが、幻想郷知的生命体群だ。人間然り、現人神然り、神様然り、妖怪然り、鬼も然り。智慧のある者とは本当に面倒くさいものである。

 信心とは畏怖で成り立つと誰かが説いた。崇拝する対象、愛すべき者、畏れ多く尊きモノに寄せる心は、時に起こった事柄全てを捻じ曲げる。殊更曲げられてしまいがちなもの。誰もが、本当のことは望まないこと。つまり、真実は、探らぬ限りは解らぬし、探ってもわからぬ事が多い。

 だが、ここは幻想郷であった。隠しとおせるウソなど、ありはしない。

 隠し通せると思ったことこそ、恐怖の始まり。いつはか絶対に見破られる。全てが最初から計算違い。後悔は己を更にどん底へと突き落とすのみ。不安で不安で、仕方が無い。

「咲夜、今日は霊夢と魔理沙と、山の現人神が来ると言っていたわ」
「霊夢と、魔理沙と、早苗さんですか」
「昨日の宴会でそう言ってたの。拒む理由もないし」
「だから今日はお昼から起きていらしたんですね。畏まりましたわ。それにしても、突然ですわね」
「そりゃ、昨日のことだもの。準備して頂戴。ああそれと、フランも顔を出すように言っておいて」
「フランお嬢様を……?」
「何? フランが顔出しちゃいけないっての、咲夜」

 主人の申し出は突然であった。勿論、いつものことなのだが、些かの違和感を感じずにはいられない。霊夢は良しとしても、早苗が来て、しかもフランドールも出席させろと言うのだ。フランはあの事件以来、館の外、庭にすら出してはもらえていない。

「宜しいのですね」
「かわいそうな子なのよ。せめて人が来るときくらい、いいじゃない」
「……はい」

 姉なりに心配している。そう受け取れば、此方に否定する理由はない。咲夜はレミリアに紅茶を出し終えると、早速準備にとりかかった。巫女二人。お茶に関しては五月蝿そうだと判断。人里でお茶菓子を調達するようメイドに指示を飛ばし、自分は自分で客間の掃除に取り掛かる。急いでいるなら所要時間0秒にて掃除など済ませるが、人前に出る身支度も整えないレミリアを見るところ余裕があると判断、静々と普通に作業する。

「クロスをかえて……花瓶のお花もかえて……あーとそれから……………………はぁ」

 拭えぬ焦燥感。拭えぬ不安感。霊夢や魔理沙達と顔を合わせるたびに、バレやしないかとそわそわする。実際に人を殺したのはフランであり、自分ではない。だが、紅魔館と一体である自分は、この責任を背負う立場にある。決してフランが悪いなどとは言えぬし、言う気も無いし思わない。監督不行届き。己の所為なのである。バレたら、霊夢はどのような顔をして現れるのだろうか。あれとて、我主人とそれなりの付き合いをしている。もしかしたら、もっと軽度の制裁で、済まされるかも――などと、自己防衛の為の、温い考えが浮かぶ。しかし同時に、八雲紫の顔も浮かび上がるのだ。契約は絶対に近い。結界のバケモノ二人。許しては、くれそうにない。魔理沙もきっとついて来るのだろう。酷く、憂鬱である。

 どう申し開きをしよう。話は聞いてくれるだろうか。妥協したい。妥協したい。だが向こうはしてくれそうにない。

 ――駄目だ駄目だと頭を振る。

 主人がいる。忠誠もある。相手がその気なら、此方は全力で向かい打たねばならない。今日のお茶会とて、油断ならないのだ。構成が怪しい。霊夢と魔理沙なら納得は行く。だが霊夢と魔理沙と早苗だ。何故だ? そんなに仲良くあっただろうか。いいや。早苗はあからさまにライバル視しているし、霊夢も内心そうである。その二人が一緒になってお茶を飲みに来る?

 馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な。ありえるか。ありえるもんか。

 テーブルを拭く手を止める。雑巾を絞り、部屋の隅に放置する。立ち向かわねば。お茶など、出してやるものか。バレたのだ。間違いなく。平穏無事に終わることなんてない。あの紅白が居る限り。究極的な幸運と勘を持ち合わせたあの巫女が、ただで済ませる筈なんて、ありえないのだ。

「――あ……れ?」

 それは、部屋を出た瞬間の出来事。後頭部に激しい打撃を受ける。自分の眼に映った最後の光景は、寂しそうな顔をした紅白であった。



 ……自分はただ、人の輪に居たかっただけ。他に大きなものなんて、望みはしない。魔理沙ほどの自己顕示欲など持っていない。ただ、観てもらいたかった。完全で瀟洒な自分を。人間の身で妖怪を蹂躙し、世界を操り、メイドとして最高の機能を有した、有能な自分を、認めてもらいたかった。完全で瀟洒であれ。主人よ永遠なれ。世界よ永久なれ。私はここに居る。十六夜咲夜は、劣等感の塊はここに居る。人間として生きるにはあまりにも規格外で、迫害しかされないような、そんなよわっちい自分はもうどこにも存在しない。ここにいるのは、その劣等感を凌いで凌いで、上り詰めた自分だけだ。周りとは違う。もっともっと超常的で、人に妖怪に望まれて当然の自分だ。数なんていらない。自分の認める者に、自分を認めてくれる者に、もっと、深く、観てもらいたかった。

 虚勢を張り続ける魔理沙が、観ていて痛々しい。両親に認めてもらいたくて、両親に認めてもらいたいからこそ沢山の人に認めてもらいたくて、力を欲して、戦い続け研究を続ける彼女が、見ていて痛々しい。まるであれでは、過去の自分だ。だからこそ。だからこそ、そんなアイツにこそ、自分を見てもらいたかった。弱い私は、弱い自分はこんなにも強くなった。紅魔館という小さな檻の支配者だ。愚かにも、その檻に飛び込んできた弱くも強く装う彼女達に、認めてもらいたかった。楽しかった。愉快だった。新しい価値観と、忘れていた人との繋がりを教えてくれた彼女達との日々が、あまりにも魅力的だった。だからこそ、欲が出る。幻想郷の、力持つ住人達は自分こそが最強だと思い込んでいる。思い込んでいるからこそ、張り合える、戦える。認められる。

 十六夜咲夜は、幻想郷最強の人間の輪の一となった。

 小さな檻から大きな籠に移った自分。

 これからも――これからもまた――楽しいくだらないつまらないふざけた日々の中を、命尽きるまで生きて行けるものだと――信じて、疑わなかったのに。



 酷い頭痛と共に眼を醒ます。そこは薄暗く、点々と灯る蝋燭だけが光を放っていた。ジメジメしていて、息苦しい。肌に張り付いた埃を払い、咲夜は立ち上がる。まさか、奇襲をかけてくるとは思わなかった。予想の上を行っている。自分は幽閉されたのだろうかと考え、部屋を歩き回る。ここはどう考えても、フランドールの部屋。人間の力ではこじ開けるに叶わない場所。まして相手は霊夢。パチュリーのかけるロックの魔法の数倍強い結界などで覆われていると考えるが妥当である。大きな鉄製の扉。広い広い部屋にはこの扉しか、出口はない。自分を戦力に含められると厄介だと判断したのだろうか。確かに、妖怪一体魔女一体吸血鬼二体は、荷が重く、更に時間を操る自分まで居ては、戦いにくいだろう。

「おはよう、咲夜さん」

 だがどうだろう? 状況は、もっともっと悪いとしたら。咄嗟に振り向いた先には、紅白と青白が並んで立っている。そもそも、ここはフランの部屋だ。フランを何とかしない限り、自分を閉じ込めても意味がない。いや、そうだ。違う。彼女達の目的はフランであるはずだ。真実を知り、紅魔館に現れたのならば、フランを打ちに来る筈。そしてここにフランの姿は見当たらない。つまり、つまりつまりつまり、状況は最悪じゃあない。

 終わっているのだ。

「お嬢様お二人はどうしたの」
「退治したわ。夜でなければ容易いものね。リジェネートさせる暇もなく、悉く須らく退治したわ」

 青白が……東風谷早苗は小首を傾げ、じっと咲夜を見つめている。紅白は……博麗霊夢は一歩前に進み、御幣を突き出す。

「幻想郷は紅魔館を危険と判断した。自制心の無い悪魔を、野には放てない。放った結果が無意味な殺戮。そしてフランドール・スカーレットの特殊能力を考慮に入れた結果、制裁を下した。あれは危険すぎる。制裁遂行において、姉のレミリア・スカーレットがこれを邪魔立てしたわ。故、私はそれを排除した。質問は?」

 眼を、丸くする。紅白の言っている意味が解らない。何度も何度も、言葉を噛み砕く。飲み込んで、吐き出して、反芻する。吸血鬼が、やられる? 何の冗談なのか。笑えないし面白くない。納得など出来ない。吸血鬼が、人間如きに倒されるはずがない。それは自分が一番よく解っている。時間を、世界を止めようとも彼女達に殆ど意味など無い。超反応で全てを避け、超筋力で全てを弾き飛ばす最強クラスのバケモノを、二体も、たった二人の人間が『殺害』するなど――

「吸血鬼には契約がある。人間は、殺せないのよ。これがなんだか解るかしら。契約書よ。これの前で、私たちを殺す事なんて、既に不可能なの」
「矛盾してるわ……何を……言っているの。現に……フランお嬢様は人間を……」
「自供ね」
「ぐっ……」
「こんな紙切れ、意味ある訳ないでしょ。本当に、もう退治してしまったわ。姉妹震えて、泣いて、許しを懇願して、身を焼かれて、灰にされて庭の肥しになったわよ」

「うそだ――――!!! ありえない!! お嬢様方が、お前達人間なんかに――!!」

 部屋に絶叫が反射する。慟哭はじわりじわりと呪詛となり、滲み出る。畏れが、恐怖が肥大化する。

「早苗」
「えぇ」

 霊夢に声をかけられた早苗が、麻袋から何を取り出し、咲夜に投げてわたす。咄嗟に受け取ったその球体は、酷く歪な形をしていた。毛があり、完全には丸くはなく、無残に薄汚れており、札が何枚も貼り付けてある。

「……う、あ、あ……うそ……いや……」

 顔。吸血鬼、レミリア・スカーレットの頭部。抱えて、崩れ落ちる。もう、何も考えられなかった。どうにもならない現実が、十六夜咲夜を支配する。一体、自分が何をしたのか。主人が何をしたのか。確かに、フランは愚かであった。だが、何もここまで無残にしてしまう必要など、ありはしないではないか。妖怪は人間を殺すのだ。狩るのだ。食物連鎖だ。上位存在だ。制裁はあっても、ここまで、こんな酷い仕打ちをされるようなことは――

「リスクは背負うものよ。狩ったら、狩られる覚悟もしなきゃ。私、幻想郷に来てそんなに間もないけれどね、これは真理だと思うのよ。力がなければ、狩られるの。そして人間は徒党を組む。強い存在に立ち向かう。狩ったら狩られる覚悟も、しなきゃ」
「お嬢様……お嬢様……ひどい……ひどすぎる……なんて事……」
「ではあの親子はどうかしら。貴女は、あれを見てなんとも思わなかったの? 四肢を折り曲げられ、畳まれて一つにされてしまった親子の気持ちは? 因果応報。従いなさい、咲夜」

 霊夢が追い討ちをかける。主人が打たれた。では、メイドはどうすべきか。狗はどうすべきか。きっと戦わなければいけないのだろう。しかし、吸血鬼を蹂躙する程のバケモノに、自分は敵わない。幻想郷最強の人間と、神にも近しい守矢の風祝。時間を止めてどうにかなるものなのだろうか? 答えはない。戦ってみなければ解らない。だが戦えない。力が出ない。終わりしか見えない。

 居場所が――なくなったのだ。

 人間に嫌われようとも紅魔館がある。紅魔館から捨てられようと人間がある。今まさに、その両方を失った。十六夜咲夜に戻る場所はない。居場所が無いのでは、誰も認めてくれないのでは、戦う意味が、見出せない。また自分は迫害されるだけの、つまらない人間の一。そんなものに戻るくらいならば、この場で死に果せた方が百倍まし――

 ――死ねるか?

 否である。それは、一番恐ろしいことだ。死なぬ為に、認められる為に生きて来たというのに。今更、生を投げ出すことなど叶わない。生きたいからこそ、生きて来たというのに。


「咲夜さん――怖いかしら?」


 ――私はメイド。自己の無い道具。そうあればどれだけ楽だったか。主人に忠誠を誓うだけで幸せなら、どれだけ楽だったか。でも駄目だった。どれだけ演じようと、どれだけ頑張ろうと、私はどうあっても銀のナイフにはなれなかった。私は人間。完全でも瀟洒でもない。人恋しい、ただの人間。だから欲しかった。どうしようもなく焦がれた。だから、だから、今の幸せを、決して壊したくはなかった。


 脆く崩れ去った。たった一つの間違いが、己の幸せとその他全てを完膚なきまでにぶち壊した。こんな恐ろしいこと。こんなおぞましい出来事、他にはない。

「こわ……い……」

 ――十六夜咲夜が決壊する。
 湧出するのは己の恐怖。己の空虚な心に住み着いた、不安と言う名の奇妙な塊であった。

 それは大きな大きな肉の塊。咲夜の思考思想とあいまり、決して霊夢達が今まで追ってきた奇塊と同じではない。顔は幾つもある。霊夢であり、咲夜であり、魔理沙であり、早苗であり、フランであり、レミリアであり、パチュリーであり、美鈴であり。つなぎ目はなく、肌色の球体に、様々なものが張り付いている、と表現したほうが正しい。それぞれの顔は絶望に歪み、呻き声をあげている。

 奇塊事件の、大本。十六夜咲夜が抱き、想像し、萃められ、誇張され、流布された、元凶。長い時間が経ってしまった為か、親子の形はとっていない。咲夜の抱くもの全てが凝縮されているのだ。

 何もかも、タイミングが悪かった。守矢の信仰集めも、フランの殺人も。そして何より、十六夜咲夜が影響を直に受けてしまったこと。不安を抱いた所に、各人からの疑い、隠蔽する背徳感、後悔と戦慄。怖れと疑心暗鬼。そして――主人の死と、人生の終焉。

 これこそが、この塊こそが。咲夜の負の全てである。

「もうなにもないわ。私には何も無い。紅魔館も、貴女達も。ならいいわよ。ならいい。もう、こんな仮初の理想郷、ぶち壊して蹂躙しつくして、また新しい、自分の安住の地を、見つけに行く」
「貴女みたいな異形、受け入れてくれるところなんて、あるかしらね」
「あるわよ、きっと」
「とことん事大主義者ね。誰かに受け止めてもらわなきゃ、誰かに指示されなきゃ、生きていけないの? 残念ながら、幻想郷は最後の理想郷よ。ここで否定された貴女は、もう行き場なんてない。滅びると良いわ、十六夜咲夜」

 ――イヤだ。

 奇塊を背にした十六夜咲夜が、一歩、また一歩と、二人へ迫る。霊夢は早苗に下がるよう指示。部屋中の気温が下がり、妖気が満ちる。後悔と不安と疑心暗鬼は、オニを作り上げた。霊夢との距離は三間半。先に出たのは霊夢である。踏み込んだ瞬間、姿が消える。出てくる場所は予測するまでもない。時間を止め、移動する。容易い。あまりにも。くだらない程、欠伸が出るほど容易い。出現した霊夢はギョッとした顔で振り返り、驚く声を上げる暇もなく、咲夜の一撃を喰らって倒れる。

「――え、ちょ、ちょっと?」

 早苗が素っ頓狂な声をあげた。

 これでは苛めである。最強? 幻想郷無敵? 阿呆らしい。笑えて来る。冗談も大概にしてほしい。主人を首だけにした鬼畜がこの程度。現人神など更にレヴェルが知れる。自分はこんなにも強い。世界を支配するもの。人間の身で人間を超越し、妖怪の域にまで食い込み、妖怪すらも手玉に取る、バケモノ。考えればそうだ。最初から、人間として生きようとしたこと自体が間違い。人間と同じ時を生きようと考えたのが間違い。

「……馴れ合いなんて馬鹿馬鹿しい。悪魔の犬は悪魔の犬らしくあるべきだった。人間なんて儚くて脆いものに、憧れを抱くなんて、馬鹿も大概にしろってことよね。馬鹿。馬鹿ね。本当に。私はこんなに強いのに、それ以下の奴と仲良くしたって、意味ないじゃない……ないのよ……ないわ。絶対、ないの」

 咲夜は、泣いた。この愚かしい自分に。弱すぎる精神に。誘惑に勝てぬ己に。悲しくて悲しくて、仕様が無い。霊夢がこなければ、魔理沙がこなければ。お前達が、微笑んで、相手などしてくれなかったら。紅魔館は永遠に紅い月の城であったと言うのに。十六夜咲夜の世界であったと言うのに。コイツ等は、禁断の実を持ち込んだ。あまりにも、それが美味しかったのだ。悔しい。誘惑が憎い。人間でありたいと望む心が憎い。しかしもういらないのだ。主人は無く、神はいない。人の心など持っているだけ無駄。

 では……これから自分は一体、何に仕えて生きて行こうか。

「霊夢――!! この、バケモノめっ」
「バケモノで――」
「あ、しまっ――」
「――結構よ」

 なんと愚か。なんと無残。咲夜の支配下において、生きていることは死んでいる事と同義。通常に生きとし生けるもの須らく、永続的に流れ続ける時を寸断する者には、勝てなどしないのだ。

「……無様……なんて瀟洒じゃないのかしら、私」

 もう、この場には何も無い。倒れた二人は、動きはしない。本格的に何もなくなった。それに応じ、奇塊はまた肥えて行く。ぶくぶくと膨れ、悦びの声をあげるのだ。無様すぎて、こんな様は誰にも見せられたものではない。その場にへたり込み、両手で顔を覆い、すすり泣く。

「……私は……誰に仕えて生きて行けばいいのよ……私は、どうやって生きて行けばいいのよ……誰も見てくれない、誰も信用してくれない……誰も、私を必要となんて、していないのに……生きる意味……生きる意味が……意味がほしい……」

 世界が歪む。己が己では、なくなって行く。

「誰か――誰か!! 私を、十六夜咲夜を必要として――!! 何もない世界じゃ……こんな寂しい世界じゃ、生きて、生きて、ゆけない……ぐっ……うっあ……あぁあっぁあぁッッ!!」

 捨てきれないのだ。どうあっても。人間として生まれ、人外の能力をもって吸血鬼に仕えたメイドは、所詮人間の子。感情に左右されて、一時の出来事に心乱す、つまらない生物の一。完全で瀟洒なんてありえない。自分は、愛も恋も怒りも悲しみも、何もかも当たり前のように内包した、人間なのだ。幾百の努力。幾千の後悔。幾万の涙の先にあったものは、こんな不完全で不瀟洒な人間。繰り返してもまだ足りない。終りの見えない無限地獄。地獄の釜なら浸かろう。針山なら飛び越えよう。だが、先が見えない事実だけは、否定したい。否定する為に否定し続けてきたのに。

「ごめんなさい……うっ……みんな……ごめんなさい……」

 誰に許しを請うわけでもなく、咲夜は謝る。もしかしたらこんな声に答えてくれるものが居るかもしれないと、ありもしない期待を込めて謝る。一人で追い詰って追い詰って、結局最後に他人の顔色を窺う。恥ずかしいことこの上ない。しかし、今の咲夜に羞恥心も何も無く。ただ真っ赤に腫らした目を、暗闇の先に向けるばかりであった。

 闇に飲まれる声も掠れて行く。絶望の先には希望など存在しない。耳の奥で聞こえてくる、鉄の扉が開く音もまた、自分が望んだあまりに幻聴したものだと、決め付ける。

 ――謝るぐらいなら。

「……謝るぐらいなら戦えよ。戦って戦って、勝ち取ればいいじゃないか。観てもらいたかったら努力しろよ。人間で在りたいと思うなら人間で在る努力をしろよ。咲夜、私が一番嫌いなのは、泣き言だ。お前がどれだけ完全で瀟洒だかは知らない。でも、私が観る限りじゃあ、どうあってもお前は不完全だ。泣くな笑え、叫ぶな笑え、戦って戦って戦って、努力して努力して努力して、それでも駄目なら、独りで泣け。泣いて泣いて、明日はきっと、もっと強い人間になっているんだって信じろ。そしてまた戦って努力しろ。勝ち取れ、喚くな。人に、そんな弱い姿、見せるんじゃないぜ――咲夜」


「まりさ……」

 光が、差し込む。それは、決して天然光ではなく。魔理沙自身が、そう見えた。またコイツ。またこいつだ。いつもこいつ。頭に来る。自分の下位を歩みながら、絶対的な自信で自分を最強だと思い込んでいる、めげないコイツ。こんな奴が現れてホッとするなど、尚更腹が立つ。矛盾構造の感情が、全身を奮い立たせ。まだ。やらねばならないと、鎌首を擡げる。

「お前から同情の目なんて向けられたかないね。私はお前なんかとは違う。私は絶対に、お前みたいなよわっちい人間なんかにゃならない。私は私の完璧を目指すんだ。お前と私は、違う。だから、お前に助言なんかしないし、同情してやったりもしないし、相談にだって、乗ってやるもんか」
「……勝手で馬鹿で、愚かなのね」
「お前ほどじゃないさ。馴れ合いなんて虫唾が走るぜ。私が認める奴、どんな奴か知ってるか」
「……参考までに、聞いておくわよ。どうせ貴女も、今ここで倒すのだし」
「はン。誰がやられるか馬鹿。良いか耳の穴かっ穿って、魔理沙様のありがたぁいお言葉をよぉく聞きやがれよ」

 散々言い散らし終わると同時に、魔理沙はずかずかと歩み寄る。低い位置から咲夜の正面に現れ、胸倉を掴まえ引き倒す。馬乗りになられた所で、咲夜は自分がどんな状態にあるか把握した。魔理沙の手は、上に上がっている。気がつくと同時に、平手が思い切り、咲夜の頬を打った。乾いた音が部屋に響き渡る。奇塊は……これに動じず、攻撃しようともしない。自身を訝る。

「私は強い奴が好きだ」

「だから、何よ」

「弱音なんて吐かないで、ずっとずっと前を向いている奴が好きだ」

「降りなさいよ」

「外とも戦って、内とも戦って、葛藤して苦しんでいる筈なのに、それでも前を向いている奴が、大好きだ」

「降りなさいって、いってるじゃない……言ってるじゃない!!」

「五月蝿い!! そういう奴こそ、認める価値があるんだ!!」

「だったらどうだっていうのよ!!」

「お前は――お前はそういう奴だと思ってた。お前は人間としても完璧な奴だと思ってたのに、失望したぜ、咲夜」

「――な、、、、、」

 饒舌に語りながらも、魔理沙の目は、咲夜を一点に見つめ、泣いている。ポツリポツリと咲夜の顔に零れる涙は、酷く、熱い。

 人間。これが人間。何があろうと前を向き。犠牲を生みながらも進み行く。過去は過去だと諦めながら反省し、同じ轍は踏むものかと、前進して行く。間違って間違って、諦めて諦めて、見つめなおして、不安になりながらも、それが正しいかどうか疑いながらも、生きて生きて、生きて行く。

「なんで……なんでよ……貴女は……こんなにも弱いのに……なんで、強いのよ……」

 境遇を恨む事無く。

「そんなの決まってる」

 他人の所為にはせず。

「……」

 ただただ、もっとも単純な、人として重要な部分だけを見つめて行く。

「お前より強いからだ」
 
 何故奇塊は攻撃しないのか。そんな理由、考えるまでも無い。倒したくなどないのだ。勝てそうに無いのだ。生を渇望し、己を見ていてくれた、この強い人間を、殺したくないのだ、倒せないのだ。

「……なんで奇塊があんな形で、幻想郷を飛び回ったかわかるか?」
「……」
「見つけてもらいたかったんだよ。お前自身が、お前自身が、助けてもらいたかったんだ。恥かしい奴だ。自分の恐怖を外に垂れ流して、助けを求めるなんて……お前は本当に、馬鹿だな……」
「魔理沙……私……」
「戦うのは私か? 霊夢か? 早苗か? 違うだろ」

 魔理沙は咲夜から降りると、帽子で顔を隠し、背を向ける。捨てられてなどいない。見限られてなどいない。魔理沙は。自ら孤独を望み、本当の自分を愚かしくも探す為に戦い続ける少女は、咲夜を観てくれていた。

「でも……レミリアお嬢様も、フランお嬢様もいないわ……そんなつまらない世界で戦ったって……なんにも、戻ってはこない……」
「はぁ? 誰がいないって、咲夜?」
「誰がいないの、さくやぁ?」
「……お嬢様がた……」

 立ち上がる。視線の先にいるのは、蝙蝠が二匹。見渡せば、先ほど早苗が投げたレミリアの頭部もない。混乱した頭はやがて、当たり前の事に気がつく。そもそも。吸血鬼はバラバラにされようが、そう簡単に死ぬ訳がない。蝙蝠の一匹でも補える部分が残っているならば、くたばりなぞしない。

「おい、霊夢、早苗、起きろ。もう死んだ振りはいいぞ」
「……咲夜、アンタ力入れすぎ。幾ら当たり所外してるからって、流石に痛いわ」
「ぐづっ……ぐぐ……頭、タンコブ出来たかも……」
「早苗はまだまだねぇ。時間止められて、咄嗟に判断鈍ったんでしょ。咲夜が殺す気なら、死んでたわよ?」
「時間とめた相手の攻撃をいなすなんて、尋常の人間が出来る事じゃないわよ」
「あ、あなたたち……」

 霊夢と早苗は咲夜に顔を向ける。痛々しく頭をさする早苗は恥かしそうに笑い、霊夢は不機嫌そうに早苗の頭を撫でている。思わず、乾いた笑いが出た。自分は最初から、誰かの掌の上だったという事だ。

「どういう……事?」
「全ての元凶は、アンタ。肉の塊の妄想を空に飛ばしたのはアンタ。一番解決しなきゃいけない問題は、つまりアンタ!! さぁ、ここまでお膳立てしたのよ。咲夜、戦いなさい。アンタの敵は、あれ」

 霊夢の指し示す方向。そこには、萎縮しつつある奇塊。鈍い動きで大きく口を開き、蠢いている。

「さぁ早く。根本的な解決を望むには、極限まで引き出された恐怖の塊を打つしかないの。戦いなさい。私たちが戦ってもサッパリ意味がないわ。さっさとやってもらわないと困るのよ。アンタが不安がる度に幻想郷が奇塊だらけになったら、私疲れるわ」
「ま、守矢の信仰は増えそうですがね」
「そうだな、射撃の的くらいにはなるかもしれないぜ」
「霊夢、みえないー」
「魔理沙、みえないー」
「はいはい、お嬢様方は下がってなさい。これから貴女達の大事なメイドが、頑張るんだから」
「……」

 霊夢、早苗、魔理沙、レミリア、フラン。五人が並び、咲夜を見つめている。そう、改めて。何も心配する必要はなかったのだと、思い知らされた。自分という人間は、十六夜咲夜というメイドは、どちらに居ても、いいのだ。不安がることはない。疑うことはない。ありのままに生きるのが、幻想郷の住人、本来の生ではないか。

「みんな――」
「ほら、咲夜さっさとやっちまえよ」
「せっかくこの人たちの輪に入れたのに、行き成り一人減られたら、なんか困るわ」
「早くお茶飲みたい。ねぇ、紅魔館ってもっとグレードの高い緑茶とかないの?」
「さくやぁー、みえないけど頑張ってー」
「魔理沙、魔理沙。あとで一緒にお茶しましょうね? ね? 咲夜、早く終わらせてお茶いれてよ」
「――ありが……いえ」

 自分はここで生きてよい。

 自分は人と生きてよい。

 自分の世界はここにある。

 限定などされていない。

「みんな――――――――大馬鹿女郎」

 咲夜は満面の笑みを浮かべ、再び奇塊と向き合う。

「さぁ覚悟して……弱い私。今日で貴女とは、絶交よ」

 十六夜咲夜は、ここに居るのだ。





   ※、いきること





 博麗霊夢は、己の境遇を嘆いていた訳ではない。ただ、ほんの少しの楽しみが欲しかったのだ。

 東風谷早苗は、己の在り方に悩んでいた訳ではない。ただ、ほんの少し友達が欲しかったのだ。

 霧雨魔理沙は、ずっと前だけを向いてきた。悩みなんて、あっても口になんてしない。それでは、博麗霊夢に、十六夜咲夜に馬鹿にされてしまうから。

 十六夜咲夜は、なんでもない。本当にただ、観てもらいたかったのだ。

 咲夜は決して望みすぎたのではない。人らしく、人を好んだ。それは皆も同じであった。偶然によって生み出された感情もまた、偽りでもなく。人間、必ずしも抱いている、ほんの少しの不安が、面倒な程大きくされてしまっただけである。

「早苗、はい」
「ありがと……渋っ!! 渋いわよっ!!」
「飲んだ? じゃ、お賽銭入れていってね」
「やよっ!」
「一々五月蝿いわねぇ。現代人ってのはみんなこうなの? 外には出たくないものだわ」
「違うわよ馬鹿」
「ばかぁ? 誰が馬鹿ですって?」
「アンタよ!! 脳みそスッカラカラのカラッカラなんじゃないのかしらこの紅白はっ」
「……表に出なさい!!」
「ここ表よ!!」
「姦しい奴等だ、なぁ咲夜」
「賑やかでいいんじゃないかしら」

 春の麗らかな日の光にあたりながら、縁側でお茶を啜る。異変からまだ数日しか経っていないというのに、彼女達は余韻など引き摺る事もなく、マイペースであった。殊更十六夜咲夜は、後遺症も無く飄々としている。

「そういえば、お前最近良く顔出すな。掃除はいいのか?」
「門番の妖精を増やして、美鈴をメイドに仕立て上げたの」
「似合いそうだな、あれは」
「ちょっと出来すぎて怖いくらいメイドよ、あの子。フィクションじみてる勢いでメイド」
「いやそういう意味じゃないんだが」
「私が居ると、何か不都合でも起こるのかしら」
「……べ、別におこりゃしないだろうが……」

 ただ、変わったこともあった。良く、博麗神社に顔を出すようになった。霊夢も文句の一つも言わずお茶を出し、咲夜はそれをのんびりと啜る。それはまだ良かったが……。

「そうだ。クッキーを焼いてきたのだけれど、食べる?」
「あい、う、え……あ、う、うん……食べるが……食べるさ……食べるとも……」

 魔理沙の調子を崩すほどに、妙に優しい。クッキーを焼くなど普段から無かった訳ではないのだが、満面の笑みで手渡すのだ。逆に不気味であった。魔理沙の警戒指数は、咲夜が居る限り常にマックスである。こうなると落ち着いて茶も飲めない。

「お前……なんか変」
「そうかしら。閻魔に言われた時より、もう少し優しくしてみただけなのだけれど」
「……なんというか……笑顔が板についてて……そう、不気味さがなくて逆に不気味だ」
「酷い言いよう……魔理沙、私の事、そんなに嫌い?」
「好きとか嫌いとかそんな問題じゃねーだろ! 霊夢、助けてくれ!!」
「五月蝿い!! 泣くな喚くな!! こちとら早苗で手一杯だってのよ!!」
「余所見するな!! 前を向け前を!! あああ今日こそ落とす!! 絶対に落とす!!」
「妙に熱いわね。ライバル?」
「……はぁ……なんだここ……」

 余韻などは引き摺っていなかったが、人間関係のあり方には大分変化があった。早苗と霊夢は良く小競り合いを起すし、咲夜は嫌に優しい。変わっていない者といえば魔理沙ぐらいなものである。これはこれで、暫くしたら慣れるか落ち着くかと諦めてはいるのであるが。

「努力しろって言ったじゃない。あれってただの台詞?」

 顔を真っ赤にし、涙を一杯にため、咲夜に馬乗りになって吐き出した言葉。台本でもあったのかと思ってはいたのだが……どうやら、当初のシナリオとは違ったらしい。霊夢と早苗が咲夜を煽り立てて奇塊をひり出し、説得の後に奇塊と向き合わせ、魔理沙が後押し……という臭い手順だったと言う。

「いや……違うけど……しなくていいぜ」
「させてよ。最近、こんなのも良いんじゃないかって、思えてきたのだから」

 アドリブ進行は、予想外に上手く咲夜へ作用していた。

 待っていても、誰も来てなどくれないのである。何時かでかくなる。強くなる。そんな筈、ないのだ。咲夜は自己にのみ完璧を求めた。強くあり完全であれば、やがて人はやってくるものだと、信頼は創られるのだと、信じて疑わなかったから。ただ、それでも不足だったのだ。切欠は確かに向こうから訪れた。しかし、それを生かさなくては、サッパリ意味がない。

 幻想郷の人間が抱える孤独。これは何でも無い。皆努力が足りないだけである。魔理沙は知らず知らずの内にこれを埋め、咲夜は自覚無きまま一人疎外感を抱いていた。不完全な人間と完全な人間は、実質的にどちらが幸せかと言う問に、真逆の答えを用意されていた。

 今回の出来事は、厄介で面倒で、失うものも得るものも多かった。人間だけの、虚妄のような異変。だが、咲夜は萃香により拡張された、度重なる後悔と不安の先に、やっと本当の意味を見出すことが出来た。

「成!!! 敗!!!」
「また負けた……また負けた……ぐずぐず」
「泣かなくてもいいでしょ、早苗。ほら、服が汚れるから、立ちなさいよ」
「さ、さわらないでよ……ぐず……」
「ほら、膝すりむいてるじゃない……救急箱持ってくるから、ちょっと待ってなさい」

 ……。

「い、いたっ」
「あ、しみた?」
「……もう少し、優しくしてよ」
「わ、解ったわよ……」

 ……。

「……なんだあれ」
「微笑ましいわねぇ」
 
 笑顔を向ける。魔理沙は一度も微笑んでなどくれはしない。ただ難しいものでも観るように、眉を顰めてそれに答えている。やがて視線を外し、咲夜のクッキーを一口。

「これ、うまい」
「そ。じゃあ次も作って来るわ」
「……なぁ、咲夜」

 なんだかんだと仲が良くなった二人を見ながら、魔理沙が問う。

「お前は、幸せか?」

 勿論、その答えは用意されている。もう、空虚な自分ではないのだ。もう、寂しがるような不完全な人間ではないのだ。何をもって完璧をさすかは、誰も知りはしないが、少なくとも、個人個人でこれこそが素晴らしい本当の答えだと言うものを、見つけられるし、答えられる筈である。

「おー、人間達は元気だ。霊夢―花見―するぞー」
「咲夜、美鈴が使えないわ。メイド長はやっぱり貴女じゃなきゃ勤まらないわよ全く……あ、霊夢―、そんな青白巫女なんてどーでもいいから、一緒にお酒呑みましょー」
「お姉様、私も、私もー」
「さ、早苗がやられてるっ!! おのれ紅白、神の力今こそ……」
「や、やめてください神奈子様!! 霊夢は悪くないんです、私が未熟なだけで……」
「ぐっ! 人間妖怪節操なしにとっかえひっかえとは、なんと業の深い!!」

「あ、アンタ達が勝手に集まってきてるんでしょ!! 私は別に、来て欲しいなんて頼んでないわよ!!」

 ぞろぞろと集まる人、神、妖に、霊夢が一喝。盛大に笑いが起こり、霊夢は何が面白いのかサッパリ解らない、といった振りでキョロキョロしている。

「魔理沙」
「おう」

「私は――幸せよ」

 今日も今日とて幻想郷の緩い春風が靡く。攫われた桜の花びらが、儚く散る人の人生の様と重なり、魔理沙には酷く美しく見えた。果して、自分は魔女になるべきか、ならざるべきか。そんなことまで、考えさせられてしまうほどに。気張って気張って気張り尽くして、自分なんかよりずっと強い人間に突っ込みを入れて、人間を捨てようとしているクセに、人間なんたるかを語るなぞ、おこがましいのではないか。強くありたいと願い、霊夢の鼻をあかしてやりたいと努力し、その先にあるのは、人間としての強さなのか。妖怪としての強さなのか。

「魔理沙は、幸せかしら」

 この問に。自分はどう答えたら良いだろう。

「魔理沙、ほら、準備手伝ってよ。霊夢が呼んでいたし」
「なぁ早苗。お前、幻想郷にきて、良かったと思うか?」
「はい? 馬鹿ね、当たり前じゃない」
「……なんでだ?」
「またまた。貴女が一番、幻想郷を楽しんでいる人間じゃない。このアホらしさ加減が解らない? この常識外れ加減が理解出来ない? こんなあったまに来て面白い場所、外にはないわよ」
「……はは」

 自分が幻想郷ライフを説いた人間に助言されるなど、思いもしなかった。何も深い考えなんて、ここにはいらないのだ。思ったまま。思うまま。生きて幾らの幻想郷。差し出がましい事を無責任に言い放って、つまらない事に楽しみを見つけて、私最強を名乗っていれば、それで良いのである。

「咲夜、魔理沙、早苗―。はやくこっちきて手伝ってよーもうー」

 自分の愛しいライバルから、泣き言が聞こえてくる。

「咲夜。私は、幸せだぜ」
「――そうよね」

 さぁ今日も騒いで暴れよう。思ったままに生きて行こう。不安なんか蹴散らして、疑いなんて弾幕で晴らして、ありのままに、あるままに。

「泣くな喚くな!! でも今行くぜっ」

 幻想郷は、必要以上に春だった。





「……い、いや」
「大人しくなさいよ。これは制裁なの」
「や、やめて霊夢霊夢やめて……お、お話しましょう……ね、霊夢……」
「ひとぉつ」
「ひぃぃ」
「ふたぁつ……ふふ、まだまだ入るわ」
「やめふぇー……ッッ」
「みっつぅ……」
「……ぶぇっくしゅんッッ!!」
「まだ三つしか鼻に豆詰ってないわよ。もっと詰めさせなさい」
「(ぶるぶる)」
「ふ、ふらんー!! き、鬼畜!! 悪魔ー!!」
「レミリア、アンタもよ……監督不行届きだわ」
「ひっ……」
「鰯の頭の煮物だぜ」
「な――なんておぞましいものを!!」
「ほら、あーんしな」
「う、うぅぅ……あっつ!! 熱い!!」

 早苗は思うのである。本当にこんな奴等の輪に入ってよかったのかと。いや、なんでこんな所にきちまったのかと。妹はぴくぴくしながら意識を半分失いかけており、鰯の頭をおでこに押し付けられた姉は霊夢に押さえつけられて某おでん芸状態である。側で気絶している咲夜が見たら一体どう思うのだろうかと考えたりはするのだ。するのだが、この顔をみていると意外とイタズラしたくなったりもしちゃうのである。嗚呼、所詮自分もこんな所にきてしまうような非人間的人間なのであると辛くも意識させられてしまう。

「魔理沙、咲夜さんいじってもいい」
「だ、だめだぜ」
(なんでよ……)

 そう言って魔理沙は自分から赴き。咲夜の額に中と描いた。それをみた美鈴が、唾を飛ばしながら笑うのである。パチュリーは焦った。今月の新刊のネタと被るとして焦った。仕方が無いのでとり合えず魔理沙に猫なで声にて篭絡にかかるが、魔理沙は咲夜に夢中だった。

「この泥棒犬っ」

 気を失ったままの咲夜に対して罵声を浴びせる。浴びせたは良いが、実は気がついていて、魔理沙とそういうプレイを楽しんでいたとしたらどうか、という仮説が成り立ち、それ以上の行為には及ばないよう注意、手ごろな美鈴を引っ立てて紅魔館の奥へと消えて行く。やめてくださいパチュリー様、私には咲夜さんが、という批難の声もあったがこれを完全に無視。逆さ釣りにして鼻からラーメンを食べさせると言う恐怖の魔法の実験台として扱われたのは後世にも語り継がれている。

「豆がー豆がー(どきどき」
「あつっ!! あついわよっ!!(どきどき」

「という訳で私たちのシナリオに従って貰うわ」
「し、しかたが無いわね、ちょっとだけよ?」
「れ、霊夢がそういうなら仕方が無いわ」

「……」

 早苗は思うのである。人間万歳と。




 お疲れ様です。





>ぽるぽと氏
終わる恐怖終わらせる恐怖って、あります。

>takuwan氏
有難う御座います。視点がかなり移り変わるもので、心配したんですが。

>小山田氏
今の私では、どの辺りが冗長なのか良く解らないのですよ。出来る限りで削ったのですが。難しい。

>レグルス氏
何せ心理描写ばっかり書いてるというか、これしか書けないので、いやはや。あとレティはふくよかだよ。

>猫氏
そういっていただけると幸いです。キャラ一杯扱えて楽しかったです。

>反魂氏
イベント性は薄いけど文章だけ長いって、良く指摘されます。動きをつけると余計書いてしまうし、削ると薄くなって
でも長いと怒られる。どーもこの辺りのバランスが、うまく取れんのですよ。もはや構成に問題があるか。いや、世の中
五十人とか出てきても収拾つける話もありますし、やっぱり力不足なんだと思います。
御題はー。見逃してくださいよw あと愛してます。

>#15氏
こればっかりはどうにも対処しようがないですw

>nanasi氏
どうもどうも、でもアリス出てきたよ!? 名前出てないけど。

>織村 紅羅璃氏
いえいえ、もっと単純化できるはずなんですきっと。ただ力不足で。

>冪氏
夢と希望がつまってます。

>畦氏
群像と銘打ってあるだけに、一人一人の事情が異なったりします。もっと一本筋を通せたらよかったなと反省。

>もろへいや氏
いえいえトンでもありません。此方こそ読んでくださって有難う御座いました。

>つくし氏
そう言ってくださると幸いです。何層か輪をかけて攻めてみたのですが、満足していただけたらよかったです。

>鼠氏
有難う御座います。咲夜をもっともっと書きたかった、というのが本音です。
あと、良く如の意図を読み取られましたね。此方こそ末恐ろしい。ここまで読んでいただけると、作家冥利につきます。

>つくね氏
どうもどうも。物事を隠しとおすのは、まっこと難しいものです。

>たくじ氏
実はこれ……ここだけの話、ガチ百合話なんです。そりゃあもう皆さんの目に映らないところであんなことやそんなこと
をしていたりしていなかったり。人間、いいなぁ。あと、場面転換、普段・・・・・で区切ってるんですが、それで区切
ると創想話と同じ体裁になってしまって。ほかにもっと簡素に区切りゃよかったんですが、早苗の部分とか魔理沙の部分
とかは☆にしてみたくて。えへへ。

>椒良徳氏
そんなこと言われてもw
しっかし読みづらいですかね。読みやすいとも評価して頂いていますし、こればっかりは好き好きですかね。

>時計屋氏
人数が増えるので、その辺りを考慮したつもりなんですが、どーにもこーにも力不足でした。描写はー……好きなんです
よね、繰り返すの。この辺りどうも凝ってしまって。味と受け取ってくださる方とクドイと受け取ってくださる方、かな
り解れてると思います。現に、人を選ぶ作品ばかりのようで、創想話の方でも評価が真っ二つになったり。もう少しスマ
ートになれば、時計屋氏のような方にもスンナリ読んでもらえるでしょうか。何分好きなものばかり書いているもので。
それにしても良く読んでくださっていますね。ご批評有難う御座います。

>木村圭氏
 ご都合主義が得意技。この後スカーレット姉妹は追加制裁により博麗神社の巫女として働く事に……。




>とら氏
群像と銘打って後から「だいじょぶかこれ」とは思ったのですが、今の力量ですと此れが限界みたいです。みのがしてー

>らくがん屋氏
も、モヤモヤしました……? 私書き終えて「すっきり爽やか!!」とかパソコンの前で逆立ちしながら鼻に割り箸突っ
込んで叫んだんですが。うあー、駄目ですねー、こりゃ。がんばります。

>飛び入り魚氏
弟子なんてとんでもない。弟子を取るのは後五回ぐらい転生して徳を積んでからって、ご先祖様と約束したんです。

>as capable as a NAMELESS氏
いやまー、恐怖と不安にとり憑かれた状態なので、過度に取り乱させてみたのですが。伝えきれなかったーかー。残念です。

>中沢良一氏
あの見栄っ張りどもが感情を口にするかよ、と思って書いてたので、かなり対極的な位置に我々はいるようですね……。
くく、面白くなってきやがった……久々に俺の邪気眼が疼きやがる……!!
構成上、会話イベント持たせすぎるのもな、と思った結果がこれです。ゆっくりしすぎました。

>名無しの37番氏
この後追加制裁によりスカーレット姉妹は霊夢のメイドになり、紅魔館は乗っ取られ、霊夢により独裁政治が敷かれます。
そして、物語は新たなステージへ……。

>カシス氏
寧ろ踏んで下さい。

>☆月柳☆氏
そんなに言われるとドキドキします。頑張った甲斐があったというものです。
咲夜くぁわいいよ咲夜。これからも楽しんでいただける作品を書けたらいいなと、おもっちょります。

>K.M氏
某吸血鬼に限らず、見えないものを恐怖する話は結構あると思います。私の場合、なんとも言いようの無い、あるか無い
かも解らないような、形の見えないものを奇塊というものにでっち上げてみました。ただ、みんなが思ったとおりの形に
はなりません。どれに恐怖するかという自由選択権が、人間にはないのです。その縛りをどうにか表現したいと思ったら、
こうなりました。

>12氏
ご想像の通りです。だーめだったかなー。個人的には総括したつもりなのですが。

>おっぱいさん
普段から人間を掻っ捌いて料理に出されている側の吸血鬼という立場と、暴れんなよ吸血鬼って立場を天秤にかけました。
人間の価値をどう扱うか、かなり悩みましたが、結果この通りに。
視点はー、登場人物が多いと散りますねー。反省反省。

>只野 亜峰氏
それはエヴァンゲリオンなのか、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウエルなのか。

>BYK氏
まさに似非ミステリー。実はミステリとか、殆ど読んだことないです。

>赤灯篭氏
創想話でも、何時も読んで下さって有難う御座いますw
グロ表現修行中であります。これからも是非是非、よろしくお願いしますねw

>ぬこまた
んもー。あんまり図星ばっかりつかないでよ、んもー。ともかく、次は倒せるよう頑張ります。
あと何レベルくらい足りないんだろ。

>moki氏
あ、こりゃ毎度どうも有難う御座います。これからも頑張りますよー。

>blankii氏
もう兎に角人間が書きたかった。といっても普段から人間ばっかり主人公で書いている気がしなくも無いですが。






 どうも、俄です。

 思えばもう今月で東方ファン歴十ヶ月。初めて創想話に投稿して、評価していただいた日を未だに忘れることが出来ま
せん。一ゲームの一サイトの一コンテンツ。しかしながら、その存在の大きさには言い知れぬ悦びと感謝を覚えます。ク
ーリエ様及びコンペ企画者様、そして読者様に、この場を借りて感謝させて頂きたいと思います。

 このたびは少如群像、よんでくださって有難う御座いました。皆様のお陰で、初参加ながら四位という大変ありがたい
称号をいただくことが出来ました。これに満足する事なく、もっと皆様に楽しんでもらえるような作品を書いて参りたい
と思います。







         ,,.. -──-- 、.,_             _,,.. -- 、__,,..,,__
       ,. '::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヽ.      ,. -<.     `ヽァo、`ヽ.
      ,.':::::::::::::::::;::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ.    , '7´    )       ';`ー゚) '、
    /__二ニ=-ハ::::::i:::__i_::::::、::::::::::::',   ノ !   _!_ ,!  ! /_!_  ,i'´    .i
    /:::/::::!:,!ヽ.! L::! /-ヽ!::::::';:::::::::::i ;.'  ';   ゝ、 |__」/_」_ ,i     ,i
    i::::i:::::/(ヒ_]     ヒ_ン )::::::::i:::::::::::| ,'    '; (ヒ_]     ヒ_ン ) ソ   ,.イ |
    |::::!:::ハ  ,___,    !__」::::i:::| i ,'   !  ,___,    .!  /  ,'
   └-iヽ::!///ヽ _ン /// .|::::!::::::::|:::| !_ハ_!  ,ハ///ヽ _ン ///  !コ    i
     .|::::7          レi:::::::::|::|  ソーr' !         r'´二.ヽ ',
     レ'iゝ、          ,イ:::|:::::i:::|:::| ;'  ノノ>.、.,_    ,.イ/´ _iノヽ i
俄雨
http://niwakass.web.fc2.com/index.html
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 05:12:16
更新日時:
2008/03/06 15:57:06
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 7 ぽるぽと ■2008/02/11 02:19:27
おわりよければすべてよし
2. 10 takuwan ■2008/02/12 00:18:29
最初から終わりまで、内容盛りだくさんで面白かったです。
最後の展開も、ドキドキ性抜群でした。
心情表現が、すんなり入ってきました。
3. 4 小山田 ■2008/02/13 02:02:07
長さがかえって仇になった感じでした。冗長な部分を削った方が、構成がしまるかもしれませんね。
4. 10 レグルス ■2008/02/13 03:45:27
トラウマ物というか人の深層心理を抉るような話が好きな私には、
大変面白かったです。
隠しとおせる嘘など無いけーねが奇塊以上に怖いですね。
肉の塊と聞くとどうしてもレティが…(ぉ

そして後書き…(苦笑
良い物を読ませていただきました。
5. 9 ■2008/02/15 13:24:13
痛快愉快豪快不愉快。いろんなものを感じさせる物語でした。
幻想郷でたくましく生きる人間たちの密かな弱み。そんな部分が見れてよかったと思ってます(←ヒデー
ともかく、読みやすく、ストーリーにのめりこんでしまう良作でした。
6. 8 反魂 ■2008/02/16 02:59:18
 不安というテーマを軸に敵を作り上げ、そこに早苗達の感情を絡めて事態を収束させてゆくというのは巧みで、非常に面白い話だったとは思うのですが――
 物語が進行してゆく中、展開の端緒となる部分が全体的に薄弱でイベント感に欠けるため、実際に早苗達が躍動しているほどには、物語に動的印象を受けませんでした。文章自体は安定した力をお持ちだと思いますが、ひとつひとつを丁寧にしすぎた分テンポ感に欠け、重厚すぎるほど重厚だった印象です。登場人物を多くしすぎたことで、収拾がつかなくなったまま誤魔化された気分も少なからずあります。

 また御題の使い方にしても、「奇塊」というのがほとんど造語に近い存在である以上、御題だからってことで単語を無理矢理使ったという感が否めません。「奇塊」が物語上有効に働いたにしても「きかい」が活かされたとは感じられず、その「奇塊」が辞書にも見当たらない単語である以上はやはり、「御題がうまく使えた」と判断することはできません。
 ……この辺は御題のそもそもの悪さもあるのでしょうが、一般論として当て字・言い換え的な単語で「御題消化」にしてしまうとそれこそ何でもアリなわけで、やはりそれは「御題の有効利用」と言えないんだろうなという。より平たく悪い言葉で直截に言えば、本作の場合あとからここに「きかい」という文字コードがありますよーという、こじつけに似た程度の価値しか感じられませんでした。
7. 2 #15 ■2008/02/17 21:57:44
うーん…。悪いわけでは無いのですが…。何というか、違和感がありますね。
あくまで私の主観での話ですが。
8. 10 nanasi ■2008/02/17 22:39:34
イイハナシダナー。



アリス・・名前すらでて・・・ウッ
9. 6 織村 紅羅璃 ■2008/02/21 01:26:28
ストーリーがややわかりにくいかな、と言う印象を受けました。ただ単に私の理解力の不足という点があるやも知れませぬが。
10. フリーレス ■2008/02/25 00:51:30
バットエンドかと思ったがパッドエンドのようでよかった
11. 8 ■2008/02/27 21:48:57
徐々に明らかになっていく真実にワクワクしてました。
しかも結末が変化するし。そうか熊だったのか、と一度納得してしまっていたから余計驚きでした。
ただ、その結末の変化とあわせて、心理描写の中心となるキャラクター(早苗と咲夜さん)も変化していて、話のメインがどこにあるのかが分かりにくくなっているように思います。
(でも、そのおかげで真相が上手く隠せている部分もあって……ウーン難しい)
12. 10 もろへいや ■2008/02/28 02:08:51
いやもう言葉が出ないくらい面白く素晴らしかったです。
この作品を投稿して下さった作者さまに感謝を。ありがとうございました。
13. 10 つくし ■2008/02/28 16:02:17
か ん ぱ い

あさっての方向向いた様々な事象を一本の物語に組み込んでしまうお手前、魅力的な少女たちの心理描写。宴会でオチがついたかと思ったらまた隠し球にしてメインディッシュ。ぐぅの音くらいしか出ません。ぐぅ。

そしてあとがきのスカーレット姉妹が可愛すぎて人間万歳。
14. 10 ■2008/02/28 20:13:57
真相および咲夜さんの葛藤と、求聞史紀前提のルールを厳守しちゃってる部分にズレを感じる。
これだけの腕を持った文士なら、いっそ条理を捻じ伏せてくれた方が気持ちいいんだが、こうしないとただの乱暴な話になってしまう恐れもあるか。
手腕は見事の一言。でもこれについてこれる読者が限られそうだ。そこが心配。
硬い、重い、目が流れる。こんな強度の話、そうそうお目にかかれるものじゃない。だが、それがいい。
如の字が「女」と「口(言葉、声)」という所に得も言われぬ寒気がする。
ごめん。ありがとう。愛してる。
個人的感情も含めて15点くらい。
15. 9 つくね ■2008/02/28 22:03:54
いや〜咲夜が元凶とは思いもよりませんでした。後書きまで含めて最高の一品。
16. 8 たくじ ■2008/02/28 22:22:20
長いっ!けど一気に読めました。
暗かったり深刻だったりする話しは割と苦手なのですが、この作品は各キャラの動かし方が見事で、どのキャラもらしいなぁと感じながら読んでいました。だから長くてもスラスラといったのかなと思います。
この作品に出てくる早苗、霊夢、魔理沙、咲夜、みんな好きです。それぞれに色々抱える想いがあって、それぞれに立ち向かう。真剣なんだけど、どこか緩い。そんなあたりが何だか東方らしいと思えるのです。お互いに求め合う姿もいいですね。異変を乗り越えた先にあって、説得力があるなぁと感じます。
それからお題の使い方が上手いと思いました。奇抜だけど取ってつけた感じもしないし、面白い使い方だなぁと。
一つ気になったのは、場面転換で☆記号が3つ並ぶところ。何だか可愛らしくて気が抜けちゃいました。話の腰を折られるような気分になるのです。
作者からのメッセージが笑えました。点数には加味しませんが、すごく楽しいです。
17. 4 椒良徳 ■2008/02/28 23:46:07
なんというかまあ…… 
人間の肉団子が空を飛ぶという私好みの作品であるはずなのに、ちっとも勃起しなかった。
というか、あなたの文章は読みづらすぎる。
起承転結はあるわけだし、文章力も多分あるのでしょうが、これは評価できないなあ。
ただ、咲魔理カップリングに光をあててくださった事には感謝したい。
18. 4 時計屋 ■2008/02/29 00:25:42
100KB超の大作、お疲れ様でした。
奇怪で不可解な事件に挑んでいく人間達の群像劇、大変力作であると感じました。
文章も際立ったミスが無く、よく推敲されていると思います。

しかし読む側としましては、正直なところ面白さよりも疲れが先立ってしまいました。
以下その要因と思しきものを、私見で恐縮ですが、述べさせていただきます。

まず文章ですが、誰が何をしているのか分かりづらいところが散見されます。
特に会話のシーンにおいては、その場に三人以上の人物がいるにも関わらず、
誰が発言主か明示されないまま会話が進められていることがあり、一通り読んだあともう一度読み返さなければなりませんでした。

また描写も似たようなものが何度も繰り返されるため、全体で見ると冗長に感じます。
反復法または列挙法のような効果を狙っているのだと思うのですが、あまり頻繁に使用すると逆効果と
なってしまいますので、加減を調節してみては如何でしょうか?

最後に全体の構成ですが、物語の展開が急なように思えます。
例えば、最初に奇塊が現れたシーンですが、あまりに登場が唐突です。
また、キャラの視座や感情のオンオフも頻繁に切り替わっていくので、
読んでいて感情移入する暇が無いように感じました。

以上です。
苦言ばかりになってしまい恐縮ですが、一読者の意見としてご参考いただければ幸いです。
19. 7 木村圭 ■2008/02/29 04:48:58
事実上お咎めなしというのはいくらなんでも甘すぎやしないかい、と思わないでもないですが。奇塊があるおかげで後半の展開が唐突にならない辺りが素晴らしいです。見事な東方SSでした。
20. 6 とら ■2008/02/29 09:30:04
この作品だけで東方一作品できそうですね。
プロットはしっかりと描かれていると思います。また、それぞれのキャラの内面にも深く踏み込んでおり、各人の葛藤がよく伝わってきます。
ただ、それでもやはり冗長であったという感は否めません。主体として描かれているキャラが何人もおり、絞りきれてないと印象もあります。誰か一人に絞って、話を進めていった方が良かったような気がします。
21. 9 らくがん屋 ■2008/02/29 10:59:18
すっげえモヤモヤした読了感。幻想郷の人間・少女達が描けている作品だけど、“奇塊”が気持ち悪くて困った。でも、珍しく文章を読むだけで気分が悪くなったので、それだけ上手かったんだろうなァと思います。感情を動かしてくれてありがとう。
22. 10 飛び入り魚 ■2008/02/29 13:28:16
拝啓 作者様
春も近づき、次第に暖かくなって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。
全身の毛が立つようなその展開、洗練された技巧、
そして御題を特有の手法で活かしきれたその発想力。
それら全てを持ち合わせた完全で瀟洒な文章、しかとお受けしました。
東方の世界観でサスペンスという、並大抵では成し遂げられない業を
ここにまで発展なされたことに、私、目を見開き驚き申しました。
氏の文章に強く心を打たれ、弟子入りしたく思っている所在でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
なお、わずかばかりですが、10点を同封致しました。御気持ちとして受け取ってくだされば、幸いでございます。
作者様、いえ、御師匠様がこれからも健康でいられますよう、心よりお祈り申しあげます。
        敬具
23. 7 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 13:33:47
咲夜さんの取り乱し方がらしくないというか、ちょっと嘘臭い感じを受けました。
早苗はなにげによく頑張ったと思う。
24. 2 中沢良一 ■2008/02/29 15:08:48
よく練られた作品だと思います。ちょっと世界観が現実よりで、自分の東方観とはちがったので、評価しづらいなぁと言うのが正直な感想です。みんなもっと気楽に生きてそうなので。なにせ幻想郷には背負うものが何もないです。みんな自由に生きていると思うんですよね。まあいいですが。
会話の部分で表現が省かれていたので、地の文の量に対して少し違和感がありました。それと、もうすこし会話、というかキャラクターに感情を語らせたほうが感情移入ができたかな、と思います。地の文でほとんど説明されているので、物語の中にはいりこめず、絶えずどこかのものを読んでいるという感じでしたので。
25. 10 名無しの37番 ■2008/02/29 16:13:15
みんなみんな仲良し!
私にとって、どこをどうしても文句のつけようが無い作品でした。手放しの称賛を贈らせていただきます。
奇塊の設定をどこどこまでも上手く使いきって、あの手この手でキャラクターの内面を上手く、深く掘り下げています。また、人間の少女それぞれの対比をあちこちで使うことで、これまた彼女たちを内外から明確に描写されています。
それでいて物語も一本筋が通っていて、張った伏線もきっちり生かしきり、文体も地に足がついており、非常に読みやすく長さを感じさせない、それでいて読後感の素晴らしい作品でした。
まだまだ幾らでも褒められそうですが、きりが無いのでこのへんで自重します。
でもあとがき自重wwそんなんでいいんだ制裁って!
26. 8 カシス ■2008/02/29 18:48:26
なんと言ったらいいか解りませんが、この作品を読めたことを嬉しく思います。
生きてく以上不安はあって、歪みも出るわけで。努力していきたいです。

メッセージの最初でどきどきしてしまった不届き物を罰してください。
27. 9 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:44:26
始まりから惹き込まれる内容。
これからどうなるんだろ?犯人は一体誰?!みたいな感じで、どんどんはまっていきました。
魔理沙が意気揚揚と出向いてすぐ戻った場面に萌えたり。
でも、まさか人里の死体は熊がやったもんだったとはね。
東方SSだから相手は妖怪だと思いこんでた。
早苗の言葉を拝借するなら「目からうろこ」です、ほんと。
霊夢、魔理沙、咲夜の心情もよく書けてるなぁと、違和感もなかったし。
それにしても、前半のシリアスと後半のギャグとのギャップがすごい。
しかも終わったぁ、とおもったらEXTRA MODE開始!
まさかのフラン様の流れ…;;
なるほど、後半はEXTRA MODEに入るためのクッションでしたか。
いやぁ、もう言葉が思いつかない。
だからEXTRA MODEについては完結にいきますね。
EXTRA MODEの真実と咲夜に感服、そしてツンデ霊夢に乾杯!
28. 10 K.M ■2008/02/29 19:59:54
偶然が偶然と重なり合う、恐怖が恐怖を呼ぶ…ホラーな話で終わることなく、登場する人物達の内心描写がすばらしいです。
二転三転する事件の展開は、非常に読み応えがありました。

中盤まで読んだところで、「件(くだん)が元ネタである」と明言されている某飲血鬼を連想したことは仕方ない、ですよね?
29. 9 12 ■2008/02/29 21:27:21
超大作。すごいね。
ただ、EXで賛否が分かれそうだなぁー。
私は否、派。
筋を立てるためにはこのEXは必要だったのだろうけれど、それまでの完成度に比べてどうしても力技感がある気がする。
そんな些細なことが気になるくらい、本編の完成度はすごかった。
奇塊も超怖い。
30. 5 O−81 ■2008/02/29 21:51:53
 面白いんだけど、EXTRA以降がくどすぎて何が言いたいのかよくわからなくなってました。
 なんだかやっぱり最後の方はいい感じに終わってしまっているのですが、どうしても殺された親子のことが頭から抜けません。結局、紅魔館側に制裁があったのかどうかもあやむやになってますし(首ちょんぱになったのがそうかもしれませんが)、フランが反省もなく楽しくやってるのはどうなのか、とか。いろいろ。
 あと視点がばらつきすぎて、地の文で誰の思考を書いてるのかよくわからないところが多かったです。咲夜の思考の後に魔理沙の思考が来たり、移り変わりが激しすぎで。
31. 4 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:56:59
エヴァい。
32. 6 BYK ■2008/02/29 22:00:16
まずは早苗さんに労いのお茶を。
ミステリから解決したように見せての急展開。お見事です。
33. 9 赤灯篭 ■2008/02/29 22:10:20
 純粋に感動した、という作品なら他にもありますが、時にキャラの揺れる心情にはらはらし、時にその活躍に胸躍らせ、時に思いもよらない急展開に緊張するといった風に様々な面で楽しませてくれる、いわばエンターテイメント作品という点において、この作品は今コンペ随一だと私は思います。
 ただ、欲をいうのならば、奇塊の描写はもう少しグロテスクさを感じるようなものであって欲しかったです。まあ、単に私個人がそういう描写の多い小説を読み慣れて感覚が麻痺しているだけで、他の人から見たらちょうどよいのかもしれませんが。
34. 7 綺羅 ■2008/02/29 22:47:50
話の内容は色々な意味で疑心暗鬼を生む、秀でたものでした。大変構成力がある方とお見受けします。しかし誰が話しているのかわかりにくいところがあちこちで見られました。これのせいでテンポを崩されてしまったなあと。それと各々のキャラクターが落ち込む場面がありましたが、みんな呆気ないほど簡単に立ち直ってしまっているような感じを受けました。そういったことが不自然に見えてご都合主義を感じてしまい、話としては上質ですが心から楽しむことができなかったと言いましょうか。
35. 10 moki ■2008/02/29 23:13:15
圧倒的な文章量と物語。奇塊異変と呼ぶに相応しく、堪能させていただきました。素晴らしいです。文句なしの満点を。
36. 6 blankii ■2008/02/29 23:46:48
「群像トナル如キハ少シ」とか読み下してみる、群像とは「群れる」「肖像」から人の意として、すなわち人っぽいものが少ない。なんとも幻想郷。ともあれ、人間賛歌が終始徹底されていた作品だと思います。人間が人間であることに意味を見出す完全な自己肯定、それはある意味で瀟洒なのかもしれません。咲夜さんの自己肯定っぷりがなんとも愛しい。

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