Sister of Horizon

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 05:23:07 更新日時: 2008/02/13 20:23:07 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 永遠邸の大広間は、全員で食事を取る場所でもあり、因幡達の寝床でもあり、集会場でもある。
 その広さ故に、大人数が集まる所としては適しているからだ。
 そして今も、永遠亭に住まう因幡の大半がそこに集結しつつあった。

「ひめさまのおはなしー」
「おはなしー」
「はいはいみんな座って輪になって。姫様のお話が始まるわよー」
『はーい』

 わいわいと勝手に盛り上がる小さな因幡達。
 そんな彼女らを見事に正座させるてゐの手腕に感心すると、輝夜は何を話そうかと思いを巡らせた。
 蓬莱人として長く地上で生活し、とても多くのものを見て来た輝夜の話は、
歴史の勉強……とまではいかなくとも、心を豊かにする糧になる。
 語れる話はそれこそ星の数ほどあるものの、半刻程すれば夕食の時間。
 長過ぎず短過ぎず区切れる話は何があっただろうか。

「そうねぇ……それじゃあ昔私と住んでいた、ある子の話をしてあげましょうか」



 ――私が最初に見たものは、柔らかな緑色のものでした。
 それが縦と横に組み合わさって、平面を作り出していたのです。
 微かで不規則な音が聞こえ続けていましたけれど、それは私にとって心地よいものでした。

 ……私?

 私は……誰?

「よかった……目が覚めたのね」

 私の視界に入ってきたのは、長い長い黒髪の人。

 私は――

「誰、ですか?」

 身体を起こして見回したその家は、1人で住むには少し広く、2人では少し窮屈なくらいの大きさでした。
 ほとんどが黒い色をしていたけれど、何故かその所々が緑色をしていたのです。
 その集大成とばかりに、私がさっきまで見ていた天井は、全部緑色でした。
 その2色が混ざったこの家は、まるで継ぎ接ぎだらけに思えます。

「えっと。もしかして……記憶、ないの?」
「……そうみたいです」

 その方は私の言葉に、参ったようにこめかみを押さえました。
 事情はよく解りませんが、少なくとも私の記憶がないことでご迷惑をかけてしまっているのでしょう。

「その、あの、すみません」
「うーん……気にしないでって言いたい所だけど、言ったら言ったで余計に気にしちゃうわよね。
 ないものは仕方ないからいいわよ、安心して。別に取って食べたりするような趣味ないし……。
 あ、でも食べさせてあげたりはするわよ」

 そう言って何かを思い出したのか、その方は綺麗な髪を揺らして振り返ると、すぐに私に何かを差し出しました。
 円筒を半分に切ったような器は、またしても柔らかな緑色。
 そこにある、白と緑が混ざりあったどろどろとした物は……何なのでしょう?

「さ、ご飯にしましょ。七草粥には時期が違うけど、山菜くらいしか入れられる物がなかったから。
 ……ふふ。さ、口開けて。食べさせてあげるから、動かないでね」
「え、えぇぇっ!?」
「はい、あーん」

 白い手にはいつの間にかさじが握られ、粥と呼ばれた物をすくいあげて私の口元へ運んでいました。
 その仕草と雰囲気に、強制するような感じはありませんでした。
 ですが、その方があまりにも自然でしたので、私は言う通りにしなければならないような……そんな感じが。
 ……何故かは、解りませんでしたけど。

 口に含んだそれは意外にも暖かく、薄味ながらも甘さがありました。

「まずはちゃんと食べてゆっくり寝て、難しいことはそれからにしましょう」

 そう、微笑んで。
 名前も知らないその方との食事は、私が食べられなくなるまで続いたのでした。
 ……とても、とても恥ずかしかったのですけど。

 一夜明け、またしても恥ずかしい食事を経て、私はようやくその方の名前を教えて頂きました。

「私の名前は輝夜。蓬莱山 輝夜よ。ここで竹細工を作って暮らしてるの」
「輝夜さん、ですね」
「ええ。でも、姉様と呼んでもいいわよ?」

 ……冗談、だと思いました。
 私は私の名前すら思い出せないのですから、輝夜さんはきっとその辺りを気遣ってそう言っているのでしょう。
 でもきっと、それを指摘した所で気遣いを無駄にするだけでしかないから。
 私は、その厚意に甘えさせて頂きました。

「……ねえさま」
「ふふ、素直で良かったわ……えっと」

 昨日から輝夜さんを見ていて気付いたのですが、この方は本当に表情豊かで、気分などがすぐ顔に出てしまうようです。
 満足気な微笑みが、今はちょっぴり思案顔。

「すみません……教えて頂いたのに。私のことはどう呼んで頂いても構いませんので」
「う、鋭いわねぇ……助かるわ」

 やはり私の名前のことで困っていたようです。私の言葉に輝夜さんは安堵して、名前を下さいました。

「記憶が戻るまでは、そうね……リンと呼ばせて貰おうかしら」

 ――リン。

 私が授かった名前は、何故か懐かしい響きで。

「よい名前をありがとうございます。
 思い出したら私も名前をお教えしますけど、それまではどうぞリンとお呼び下さい」
「う、うん。でも無理しなくていいから。それと……これからよろしくね、リン」

 ――でも何故か、妙に固いその表情が心に引っ掛かりました。
 何故でしょう。また私が何がしたのでしょうか……?



「……という訳で、私はそのリンちゃんを保護して、しばらくの間一緒に暮らしたのよ」
「記憶喪失の方を保護されたんですか?」
「そういうこと。自分が誰か解らない、なんてことはそうそうあることじゃないし、やっぱり不安だったと思うからね。
 出来る限りのことはしてあげたわ」

 一緒になって聞いていた鈴仙が確認すると、輝夜はそれはもう嬉しそうに微笑んだ。
 話を聞いてくれているということが、実感出来るからだろう。語り手にとっての最高の報酬は、聞く者の反応なのだから。

「これは私がまだここに住み着く前の話でね、人と妖怪の関係も今みたいに丸くなかったんじゃないかしら。
 だからね、妖怪に襲われて必死で逃げた結果、当時の我が家に誰かが訪れる事もあったのよ。とっても稀にだけどね」

 妖怪が人を襲い、人が妖怪を退治する。それは古来よりの両者の関係。
 それを『丸くなった』と言えるのは、多少なりとも比較でき、その変化を感じられるからだろう。

「ひめさま、たけざいくって……?」

 やや遠慮気味に挙手し、訊ねるのは先程騒いでいた因幡。
 見た目は似たり寄ったりなのだが、少なくとも輝夜にはそう思えた。

「竹を編んだりして色々な物を作るのよ。
 今は滅多にやらないけどね、昔はよく櫛とかかんざしとか、気分が乗ってたら弓とかも作ってたの。
 それを人里に持って行って、食べ物と交換してたのよ」
「おやおや〜それはそれは姫様のお手製ですから、さぞかし繊細な職人芸だったんでしょうね」

 てゐの露骨な持ち上げに、隣にいた鈴仙がうろたえる。だがその程度でどうこうする輝夜ではない。
 機嫌を損ねることもなく、さりとてそこに乗っかることもなく、ただ笑みをたたえたまま。

「そうでもないわよ。小さい頃におじいさんを手伝ってただけだもの。
 ……まあ、昔の事だし、今よりはずーっと上手だったかも。知りたい子は永琳に弓を見せてもらってね。
 あれ、私が作ったんだから」

 にわかにざわつく因幡達。静かにさせるはずのてゐも、今ばかりはその役目を忘れていた。

「ああ、そういえば言ってなかったわね。
 その時に住んでいた家なんだけど、たまたま見つけた廃屋を、所々直して住んでたのよ。
 それにも竹を使ってたんだけどね、天井だけはまるごと作り直したのよ。
 直す前はとってもぼろぼろで、これはもう直せないなーって思うくらい朽ちてたから。
 自分で言うのも何だけど……ここまでいくと、大工さんかもしれないわね」



 目を閉じても真っ暗。
 目を開けても真っ暗。
 私は暗闇を恐れることはありませんでした。
 特に動かなければ、見えていようといまいと不都合はありませんから。

「リン……眠れないの?」

 ……ですが、怖いものがあることを、その後私は知ることになったのです。

「はい、あの……」
「ごめんね、もう少しで終わるから」

 既に日も落ち、家の中は真っ暗になるはずなのにも関わらず、輝夜さんは竹を編んで籠を作っていました。
 薪を節約するために火を消した状態で、です。
 輝夜さんが作業出来るのも、私がそれを見ることが出来るのも、開いた窓から差し込む月明かりのため。
 どうやら輝夜さんは壁に空いた穴を、動かせるように工夫した竹の網で塞ぎ、窓にしていたようです。

「いえ、その……怖いんです、月が」

 夜は暗くなるべきなのに、夜空にある月はただ静かに輝いています。
 それはまるで、誰かを見続ける大きな目。
 その視線のように思える光を、何故か私は恐れていました。

「うーん……あんまり考えたこともなかったわね。夜でもこうして仕事が出来るから、便利だなってくらい。
 うん――よしっ、じゃあ今日はこのくらいで切り上げましょ」

 そう言って、立ち上がった輝夜さんは窓を閉めました。
 家の中はあるべき暗闇を取り戻しますが、さっきまで私にあった視界を奪ってしまいます。
 ――と、ムシロをかぶった私の隣に潜り込んでくる温もりが。もちろん誰かは言うまでもなく。

「……すみません、姉様」
「いーのいーのっ、夜更かしはあんまりよくないしね。
 それに誰かに止めてもらわないと、私も朝まで頑張っちゃうかもしれないし」

 その表情は見えないけれど、きっと輝夜さんは笑っているに違いありません。
 見えなくても感じられる、楽しげな雰囲気。
 私と話している時はいつも……いや、それは普段からだったかもしれませんが。

 ただ、私が目覚めた直後。
 私の記憶がないと知ってから少しの間は、そんな雰囲気は纏っていなかったと思います。
 ……それも、当然と言えば当然。
 目が覚めた者は記憶を、自らの過去を持たない者だった、なんて状態で動揺しないわけがありません。

「むぅ……これから寒くなるし、新しいムシロを編んだほうがいいかもね。
 リン、もうちょっとくっついていい?」
「は、はい」

 ……輝夜さんの意図がどうであれ、お世話になってばかりというのも心苦しくあります。
 睡眠と休養をしっかり取るように、と言われてはいますが、家の中で動く分には大丈夫です。
 私に出来ることは、何かないのでしょうか……?


 そう思っていた矢先、私は輝夜さんから大切な仕事を与えられたのです。

 ――翌朝、私は輝夜さんから米の炊き方を教えて頂きました。
 それだけではありません。
 家の中にある物で、私が扱ってもいいものといけないものの区別や、家の裏手にある井戸の使い方等々。
 急なことではありましたが、私がなんとか覚えると、輝夜さんは笑って意図を明かしてくれました。

「――うん、きっとこれなら大丈夫ね。なるべく早く帰ってくるつもりだけど、半日くらい留守番してもらえるかしら?」

 輝夜さんは竹細工の職人です。しかし買い手がいなければ、生活していくことは出来ません。
 お話では、ふもとにある人里まで降りていって、食べ物と交換してくるそうです。
 ……確かに周囲に人気がないとは思いましたが、ここはどうやら相当な山奥らしいです。

「解りました。気をつけて行って下さい」
「うん、リンも気をつけてね。あまり出歩くと迷うから」
「はい。でしたら戸を閉めて閉じこもることにします」

 私の言葉に微笑む輝夜さんの背には、多種多様な細工物が詰め込まれた籠が。
 帰って来る時には、きっとこの籠に沢山の食べ物が入っているのでしょう。

「もし売れ残ったらリンに何かあげるから、楽しみにしておいて。じゃ、行ってきます」

 いってらっしゃいませ、と玄関とも言えない戸口から見送った輝夜さんの表情は、妙に嬉しそうでしたが苦笑いでした。
 ……もしかしたら、私の口調が固いのを気にしているのかもしれません。
 自らのことを姉と呼ばせるくらい、家族のように接して頂いているにも関わらず、私はずっとこんな調子です。
 もちろん、輝夜さんが嫌いなわけではありません。ですが……何とも言えませんが、自然とそうなってしまうのです。
 やはりそれは助けて頂いたことや、食べさせて頂いていることから来るものでしょう。
 感謝してもしきれないほど、こうしてお世話になっているのですから。

 ――でも、一体どうして私は記憶をなくし、輝夜さんに保護されていたのでしょう?

「……あ」

 そうです。肝心要のそこは、未だに教えて頂いていないのです。
 聞く機会はそれこそいくらでもあったはずなのに、私の中にそんな考えはちっともありませんでした。

 私の頬を撫でる冷たい風は、周囲に葉擦れの音を響かせて駆け抜けていきます。
 そんな風に吹かれて、私はようやく我に返りました。
 どうやら輝夜さんを見送った時からずっと、私は戸口で立ち尽くしていたようです。

「はぁ……」

 今の私には過去がありません。
 ですがそんな私でも、自分が少し参ってしまっていることくらいは解ります。
 どれほどの時間そうしていたかは解りませんが、何と言うか……情けない。

 ……例え記憶がなくても、お世話になった分は輝夜さんに恩返しをしなければ。
 そう意気込んで家の中に戻り、何か出来ることがないか探します。
 道具類は小綺麗に纏められていて、家の中も特に散らかっていませんから掃除は却下。
 となると……お昼の準備ですね。

 竹の器を取ろうと屈むと、私の肩口から零れる長い髪。
 その色は輝夜さんの黒とは違う、光を弾く雲の色。


 もしかしたら、私は――



「……と、まあ。その日は麓の人里まで行ってきたの。でもね、目的は食料確保だけじゃなかったのよ」
「リンさんについての、聞き込みですか?」

 言葉を滑り込ませた鈴仙に、輝夜は満足気に頷いた。

「そうよ。近くに住んでいる人っていったら、その辺りにしかいないから。
 ……でもね、聞いて回ったけど、リンの事を知ってる人は誰もいなかったの。
 雲みたいな色の髪だから、随分目立つんじゃないかなって思ってたんだけど、ね」

 話の流れから、ふっと空気が沈みかける。だがそれでも輝夜は優しい声で言葉を紡ぎ、話を進めていく。

「それでもリンはね、私が帰って来るとご飯用意して、おかえりなさいって出迎えてくれたの。
 誰かが待っててくれるって、やっぱり嬉しいものよ。
 だからね、リンが自分を待ってる人を思い出せるまで、私はリンのお姉さんでいようって決心したの」



「リン、ちょっと後ろ向いてもらえる?」
「はい、構いませんが……」

 沢山の食べ物を持ち帰った輝夜さんを出迎え、少し遅めの昼食の後、突然私はくるりと後ろを向くことになりました。
 ――と、私の髪に触れる感覚。

「うーん……やっばりリンって綺麗な髪してるわよね。ちょっと梳いてあげるわ」
「え、あの、よろしいのですか?」

 肩越しに見えるのは、私の髪を手に穏やかに微笑む輝夜さん。

「何て言うかね、手持ちぶさただし、丁度よく売れ残った櫛があるのよ。それとも、髪を触られるのは嫌かしら?」
「そ、そんなことはないですけど」

 言うが早いか、私の髪に櫛が通ります。何度も何度もゆっくりと、とても丁寧に。
 何度か引っ掛かる事もありましたけど、長さの割に意外と私の髪は絡まっていなかったようです。

「綺麗だし艶もあるし、やっぱりちゃんとしておかなきゃね」
「……姉様」
「ん、どうかした?」
「私の髪の色、どう思いますか?」

 手を止めた輝夜さんは、少しの間を置きました。
 ……いえ、それが本当に少しの間だったのかは、私には解りません。
 ただ、聞かなければならないことは多く、それは私にとってとても恐ろしい事でした。

「うーん……とても綺麗だし、月明かりにはよく映えるなぁって」
「でも、姉様とは違います。私は……」

 夜空の藍色よりも更に深い、思わず目を引く美しい輝夜さんの黒髪。
 それに比べて私の髪は、真昼の空に雨を降らせそうな雲の色。

「……私は、人ではないのかもしれませんよ?」

 答えを聞くのが恐い問い。
 拒絶されるのが怖くて、聞けなかった問い。
 聞いてしまった。
 口にしてしまった。
 もう引き返せない。
 なかったことになんて、出来ない。

 なのに――

「――だからといって、リンがリンであることには変わりないでしょ」

 それなのに、輝夜さんは相変わらずの優しい口調で、

「もし人じゃなくても、こうして一緒に生活してるんだから、それは家族ってことでしょう?
 まさかお昼ご飯作って待っててくれるとは思わなかったわ」
「だ、だってそれは……お世話になってばかりですし」
「誰かのために何かしたいって気持ちにね、人も妖怪も神様もないでしょ。
 あまり気にしたこともなかったけど、私はリンが何者であれ家族だって思ってるわ。
 ……確かにリンには本当の居場所があるかもしれないけど、それを思い出すまでは、遠慮せずここにいてもいいのよ」

 私の精一杯の言葉ですらも、この方の優しさの前では無力でした。

「だからね、リン。お願いだから焦らないで。自分が解らないことで苦しまないで。
 頼りないかもしれないけど、私はずっと一緒にいてあげるから、ね?」
「そんな、頼りないだなんて……」

 ……聞きたいことは、まだありました。
 輝夜さんが私を見つけた時、私は一体どんな状況だったのか、等々。
 でも、こんな風に言われてしまえば、それ以上聞くことなんて出来ませんでした。

「……ありがとうございます、姉様」

 詰まりそうになる声を、必死にいつもの調子に戻そうとして絞りだしてみるけれど、それが上手くいったかは解りません。
 輝夜さんはただ無言のまま、私の髪を梳いているだけでしたから。


「――あ、ひとつだけ前言撤回させてもらうわ。
 リンの記憶が戻って、それでも私と一緒に居たいって思うのなら……私は構わないからね」


 ……見事な時間差攻撃と言いますか、その時の私にとってはそれがとどめでした。
 その後はもう、何も――何も言えなくなってしまいましたから。



「――それからは、一緒にご飯作ったり談笑したり、竹細工を手伝ってもらったりもしたわね。
 相変らずリンは真面目に丁寧だったけど、毎日少しずつ笑うようになってくれたわ。
 しばらくはそうして慎ましく、仲良く暮らしていたんだけど、やっぱりそれもずっと続く訳じゃなかったの」

 大切な事を思い出すように、静かに目を閉じる輝夜。
 出会うということは、いつか別れが来るということだから。

「少し経ってから、リンは突然記憶を取り戻して、私に本当の名前を教えてくれたの。
 リンは本当は矢頃 栄子やごろ えいこっていう、山に住む狩りの神様だったのよ」
「かみさまですか?」

 神様、という存在は永遠亭の因幡にとってはあまり馴染みのないものだ。
 もっとも、彼女達のリーダーはそんな神様に縁がありそうなものなのだが、きっと知らされていないのだろう。

「ええ。矢頃って言葉は矢を射るのに丁度いい距離って意味なの。頃合って意味でもあるわ。
 だから厳密には狩りというより、弓の神様なんだけどね。
 それでね、また恩返しがしたいって言いだしたから、リンに弓の作り方を教えてもらったの」
「じゃあ……もしかして、お師匠様の弓って」
「そ、神様直伝の弓……ってことかしらね。
 まあ、教えてもらって作った訳だし、そこまで大仰なものじゃないけど、私とリンが家族だった証にはなるかしら」

 てゐを含め、にわかにざわめく因幡達。ただ、その中に在ってなお、1人だけ思案顔の鈴仙。
 それを知ってか知らずか、輝夜はぽんと手を叩き、話をまとめに入る。

「――これで今日のお話はおしまいよ。みんなも困ってる誰かを見付けたら、助けてあげましょうね。
 さ、そろそろ永琳も待ってると思うし、みんなでご飯の準備しましょうか」
『はーい』

 立ち上がり、わらわらと大広間を出ていく因幡達。
 だが、鈴仙だけはその場を動こうとはしなかった。
 不審に思ったてゐがくいくいと袖を引っ張る。

「ね、鈴仙。どうかした?」
「あー……ごめん。やっぱり私、正座ってダメかも。悪いけど先に行っててくれない?」

 その言葉を聞いて、悪戯好きなてゐが笑顔を浮かべないはずがない。
 きっと痺れている細い足へちょっかいを出そうとして……穏やかな空気がそれを遮った。
 いつの間にこんな距離を詰めていたのだろうか。その傍らには、苦笑気味の輝夜が立っていたのだ。

「仲がいいことは咎めないけど、それは止めておきなさいね。酷い時は本当に辛いんだから。
 後から一緒に行くから、先に他の子達をお願い出来る?」
「は、はーい……」

 せっかくの好機ではあったが、姫のお願いとあってはてゐも聞かざるをえない。
 残念そうではあったが、そそくさと因幡達を誘導して出ていく統率力は、流石リーダーといった所か。
 因幡達がみんな出ていった大広間には、輝夜と鈴仙だけ。
 妙に広く感じられる空間に寂しさを覚えながらも、足を伸ばし始めた鈴仙に輝夜は声をかける。

「足の方は大丈夫? 別に正座して聞かなくてもよかったんだけど」
「うーん……でも何と言いますか、みんな正座してる所で私だけ足を崩すわけにもいきませんし、
 姫様のお話ですから、何だかそうしなきゃいけないような気がしまして」
「あらら、リンみたいなことを言うのね。
 リンもね、楽にしていいって言ってるのに、そんな感じの事を言って、ずーっと丁寧な口調だったのよ」

 目を細めるその視線の先にあるのは、過ぎ去りし日々の光景だろう。
 その頃を懐かしむような輝夜を前にして、鈴仙は少し迷い、切り出した。

「先程のお話ですけど、いくつか質問してもいいですか?」
「ええ、もちろん。でも、あまり長くなるようなら、歩きながらにしましょう。私達だけサボっちゃったら悪いし」
「いえ、そんなに多くはありませんから。
 先程のお話ですけど、まだ姫様達がここに――永遠亭に住むよりも前のことですよね」
「そうよ。でも幻想郷の中だったかどうかは解らないわね。いつの間にか来ちゃった訳だし」

 輝夜は腰を下ろし、鈴仙と目線を合わせる。
 そう。それは今ではないずっと昔の話。
 鈴仙が月から逃げ出すよりも、てゐと輝夜が出会うよりもずっとずっと昔の話。
 だからこそ、鈴仙は気付いたのだ。居るはずの者が話の中に居ないことに。

「ここに永遠亭を構えるまでは、月の追っ手からの逃亡生活だったと聞いてますけど……その頃師匠はどうしてたんですか?
 あの師匠が姫様の元を離れるとは思えないんですけど」
「ちょっと……うん、大喧嘩しちゃってね。リンが居た頃はちょっと離れてたのよ」
「あの、姫と師匠の喧嘩って、想像出来ないんですけど」

 輝夜にそう言われても、鈴仙としては簡単に納得できるものではない。
 彼女の師匠――永琳は、それこそ『姫の為ならば宇宙の果てまでも行って見せましょう!』と言い放ち、
 それを有言実行してしまいかねない程の性格と実力の持ち主なのだ。
 ……いや。確かにそうなのだが、輝夜が出て行けと言ったのなら本当に出て行くのかもしれない。
 ただ、やはり2人の喧嘩というものも想像するのは難しい。
 きっと喧嘩に発展する前に、永琳が先に折れて場を収めるだろう。

「そうかもね。まあ……その後色々あって仲直りして、今に至るのよ」

 はあ、と気の抜けたような返事を返す鈴仙。やはり彼女としては釈然としないものがあるのだろう。
 もっとも、彼女と輝夜では、永琳と過ごした時間に比べようのない差があるのだ。
 輝夜しか知らない永琳のことなど、おそらくは数えていったらキリがない。

「じゃあ次に……えっと、リンさんは狩りとか弓を司る神様だったんですよね?」
「ええ。それはさっき話したけど」
「そんな方が妖怪か何かに襲われて、記憶喪失になったんですか?」

 単に神と言っても、司るものはそれぞれ違う。何せ八百万もいるのだから、当然と言えば当然だ。
 だが、狩りを……少なくとも弓を司るような神ならば、それ相応の実力は持っていて然るべきである。
 そんな神が襲われて記憶喪失になるのだから、相手は一体どんな大妖怪か。
 だが、そんな質問に輝夜は首を横に振る。

「こう言うと失礼だけどね、リンは臆病な子だったから。
 きっと妖怪に襲われて追いかけられるだけでも、相当なショックだったんでしょうね。
 だから私も、あんまり思い出させないようにしてたのよ。結構泣き虫だったし」
「そう、ですか……」

 納得したような、していないような、微妙な表情の鈴仙の手を取り、輝夜は立ち上がる。

「そろそろ行きましょう。ご飯の支度、みんなあの子達がやっちゃうかもしれないし」
「あ、はい。じゃあ歩きながらでいいですので、最後に1つだけいいですか?」

 返されたのは小さな頷き。永遠の姫が纏う雰囲気は相変らずの、春のような穏やかなもの。

「リンさんは――」

 鈴仙の質問は、そんな空気を霧散させかねないものだった。



「――実在、したんですか?」



「あ、あのねぇ……それならさっきまでの私の話は一体なんだったのよ」

 彼女が激しく肩を落とし脱力する姿を見て、何も知らずに『姫』と呼べる者はどれくらいいるのだろうか。
 それはともかくとして、その質問は今までの話の大前提を崩しかねないものだ。輝夜がそう言い返すのも無理はない。

「もしリンが人々に忘れられ、こっちに来ているのなら……もしかしたら会えるかもしれないわ。
 山奥にでも行けば会えるかも。そしたら聞いてみればいいわ、私の話が本当かどうかね」

 一転して強気に出る輝夜を相手に、鈴仙はすみません、と頭を下げて続ける。

「姫のお話が全部嘘だとは言いませんけど……ちょっと曖昧だったり、不自然な点がありませんか?
 リンさんと家族だった証の弓を、何で師匠が持ってるのかなって点もありますし。
 でも、リンさんについても思う所があるんです」
「どの辺に思う所があるのかしら?」

 赤い瞳が宿す光は知性の輝き。それはさながら彼女の師匠のように、真っ直ぐに輝夜を射抜く。

「リンさんの本名は矢頃 栄子さんでしたね。『やごろえいこ』という本名と、『りん』という呼び名。
 これを合わせて並び替えると『やごころえいりん』になりますよね。
 偶然かもしれませんけど……もしかしてリンさんって、師匠じゃないんですか?」

 ――それに対する答えは、遥かな夜空から地上を照らす月のような微笑み。
 思い切った鈴仙の質問に、輝夜は笑ったのだ。

「……ふふっ、意外だったわね。永琳ったら言葉遊びまで教えてるの?」
「いえ……暗号通信とかは昔からやってましたし。それに、てゐが隣にいたから気付けたのかもしれません。
 あの子の運って、本当に凄いですから。
 えっと、お話の中ではリンさんは神様になってますから、その辺りは姫様の創作だと思いますけど」
「なら、お詫びとご褒美も兼ねて教えてあげましょうか。本当は何があったのか。
 ――あ、でも昔のことだからね。あんまり幻滅しちゃ駄目よ?」



「――ふぅ」

 額に浮いた珠の汗を袖で拭うと、輝夜は遠い空を仰ぎ見た。
 竹林の中から見上げる空は、決して広いとは言い難い。
 しかしながら、火照った頬を撫でる冷たい空気が気持ち良くて、ついそうしてしまうのだ。
 その様子は、姫と言うよりは逞しく生きる村娘と言う方が近い。纏う服も豪華な物ではなく、麻で作られた質素な物だ。
 素性を隠して生きる以上、こういった偽装はしておくに越したことはない。
 もっとも、こういった格好の方が動きやすくて良いのかもしれないが。

「さーて……もう一仕事っ!」

 気合いを入れた細腕が持ち上げるのは、水が入った瓶。
 古びた滑車を備えた井戸に背を向け、彼女はふらつきながらも戸口を目指す。
 普通に開ければ確実に音を立てる、そんな立て付けの悪い戸をそっと開くと、そこにはいつもとは違う光景が待っていた。

「あ、あのっ――」
「あら……ごめんね、起こしちゃった?」

 家の中に居たのは、雲色の髪の娘。輝夜が目覚め、朝食の準備をしようと水を汲みに行く時は、まだ眠っていたのだろう。
 だが彼女が居ること自体は何の問題もない。
 問題は、彼女が非常に慌てた様子で、正座して待っていたことである。

「リン。何かあったの?」

 彼女が少々堅物で、生真面目なくらい礼儀正しいのは輝夜も知っている。
 しかしながら、こうも慌てる理由が見つからず輝夜は首を傾げ……穏やかに笑った。

「ああ、別にいいのよ。眠いときは寝てていいから。毎回水汲み手伝ってもらうのも――」
「申し訳ありませんっ!!」

 いきなり土下座して言葉を遮るリンの様子を見て、輝夜の中で何かが切り替わる。
 そう、この声色はもはや、臆病な記憶喪失の娘のものではない。

「八意 永琳、ただいま記憶喪失から回復致しましたっ!!」

 必死で頭を下げているのは、月の頭脳と呼ばれた天才にして、輝夜と共に地上へ逃れた月の使者、八意 永琳その人なのだ。

 ――しばしの間、両者の間に沈黙が訪れる。
 土下座したまま微動だにしない永琳からすれば、それはさぞかし重苦しいものだった。

「……っ」

 その沈黙を破ったのは輝夜だった。
 ぷるぷると肩を震わせ、必死で何かを堪えるその様子をもし永琳が見ていたのなら、酷く叱られるだろうと予測していただろう。

「こ、ごめん永琳っ……まさかそこまでするとは思わなかったからっ……」
「ひ、姫?」

 だが、思わず顔を上げた永琳は信じられないものを見た。

 輝夜は、笑ったのだ。

 それは堰を切ったように溢れ出る笑い声。
 この小さな家のみならず周囲の竹林に、もしかしたら遠くの山にまで響いて返って来るくらいの笑い声。
 拍子抜けする永琳をよそにひとしきり笑った後、ようやく輝夜は落ち着いて息をついた。
 目元に涙をたたえ、けほけほと咳き込んでいる辺り、かなり笑い過ぎたのだろう。

「はー……こんなに笑ったのはいつ以来かしら。永琳、具合はどう?」
「は、はい。特にこれと言って不都合はありません」
「なら大丈夫ね。待ってて、快気祝いにしっかりと朝ごはん作るから」

 支度に入ろうと髪をまとめ、手拭いをかぶる輝夜。
 よいしょと瓶を持ち上げる姿は、その重さにも関わらず、心なしか嬉しそうに見えた。


 ――湯気からほのかに香るのは、煮込まれて増した芋の甘い香り。
 竹の器に盛られ、それを目の前に並べられても、永琳は黙り込んだままだった。

「食べないの?」
「いえ――」
「……はい、あーん」
「すみません食べますからそれは勘弁して下さい」

 顔を朱に染め箸を手にする慌てように、輝夜は箸を置いて小さくため息をつく。

「あーあ。こうすればいいって解ってたら、無理矢理にでも口にごはん入れてたのに」
「う」
「永琳。反省してるのなら私も叱らないけど、叱ってけじめがつくのなら、それでも構わないわよ。
 ……どうする?」

 穏やかな口調の中に見え隠れするのは、優しさだけではない。
 箸を置いた永琳が『お願いします』と答えると、輝夜が纏う雰囲気が、静かに張り詰めたものへと変化していった。

「――何事にも限度があるんだから、程々にしなさいね。
 いくら食糧を倹約しなければならないといっても、何日間も水だけで凌ぐなんて真似はしないこと。
 身体が食物を受け付けなくなるなんて事もあるんだからね」
「はい……」

 言葉遣いこそ丁寧なものの、そこに含まれる鋭さは永琳の肩を小さくさせるには十分だった。
 それでもなお、輝夜は追求の手を緩めようとはしない。

「それに追っ手を警戒するのは構わないけど、自分だけで寝ずの番をし続けるのも考えものでしょう。
 何日続けてやってたかは解らないけど、あんなにふらふらな永琳相手だったら私でも組み伏せられるわ」
「き、気付いていたんですか……?」
「当然よ――うん、本当にやってあげればよかったわね。そうすれば倒れる前に何とか出来たのに。
 それでご飯の件もそうだけど、何日くらい我慢してたのよ」

 問われ、額に手を当てて考え込む月の頭脳。やがて出された答えは、それこそ蚊が鳴くような声で。

「えっと……15日程度だったかと」
「……何と言うか、褒めていいのか呆れていいのか解らないわね」

 山奥のあばら家に、こほんと小さな咳払いが響く。
 不意に緩んだ雰囲気に気付いて、永琳ははっと顔を上げた。

「とーにーかーくっ、今後はこんな無茶はしないでね。やっぱり、衰弱してる永琳なんて見たくないし。
 ……あ、でも倒れるのは勘弁してもらいたいけど、たまに頭打って記憶をなくして、リンになってくれたら嬉しいかも」
「……は?」
「ふふ――いつも冷静な永琳が『姉様、姉様』って甘えてくれるの、嬉しかったから」



 それは、とてもとても遠い昔の物語。
 月の追っ手から逃げ続けた2人がほんのひとときだけ住んでいた、ある山奥の小さな家での出来事。

 ――過去とは過ぎ去り続ける現在を積み重ねたものである。
 ならば現在を大切にする者の過去は、さながら煌く宝石箱なのかもしれない。
 だからこそ輝夜は、因幡達に昔話を話す際に、嬉しそうな表情をするのだろう。


 渋い香りのする湯飲み茶碗を手に、輝夜は夜空を見上げていた。
 傍らには急須、頭上には弓なりの三日月。
 そして背後には、やかんと湯飲みを手にした人影が。

「……どうかした?」
「隣、宜しいですか?」
「ええ。もちろんよ」

 背後から近付く人物に対し、振り返らずに問う。返って来た声は、彼女の考えていた通りの人物のもの。
 彼女の了承を得て、その人物は隣に腰を降ろす。月明かりに映えるのは、光を弾く銀色の髪。
 普段はみつあみにしているその髪は、珍しくおろされていた。それに気付いた輝夜が小さく声を上げる。

「あら……小さい子に悪戯でもされたのかしら」
「いえ。悪戯と言いますか、みつあみの結い方を教えて欲しいとせがまれしまいまして」

 永遠亭やその周りの主要な者には、意外と長髪が多い。
 輝夜を筆頭として、永遠亭では永琳に鈴仙。竹林には妹紅。人里まで行けば慧音もだ。
 だが、その中で唯一髪を結っている永琳は、あまり長髪という印象を受けにくい。

「――うん。やっぱり綺麗よね、永琳の髪」

 急須に湯を注いでいた永琳は、危うく湯をこぼしそうになった。
 その様子に小さく輝夜が吹き出すと、僅かに頬を膨らせた永琳の抗議が。

「突然何を仰るんですか」
「綺麗だと思ったものは綺麗だもの。そう思った瞬間はすぐに過去になるんだから、称賛は惜しまないわ。
 ふふ、そうしてむくれてる永琳も可愛いわよ?」
「……お茶のおかわりは要りますか?」
「ありがとう、頂くわ」

 あっさりと返され潔く退くのは、適わないと悟ったからだろう。
 輝夜の湯飲みに茶を注ぐと、持参した自らの湯飲みにも注いで、共に空を見上げる。

「――随分、懐かしい話をされたそうですね」
「あら、懐かしくない昔話なんてないわよ。一歩一歩を大切に生きてきた足跡なんだから」
「あの一件は……私にとっては不始末なんですが」

 小さい因幡から昔話の件を出されて、弓を見せて欲しいとせがまれたのか。
 それとも、真実を聞いた鈴仙から何かを尋ねられたのか。
 ぐぐ、と茶を煽る様は、見方によっては自棄酒にも見えるかもしれない。
 空いた湯呑みに絶妙のタイミングで注ぐと、永琳はすみませんと頭を下げる。

「何言ってるの、失敗なんて誰だってするものでしょ。
 私だって家事とか竹細工とか、最初から出来る訳じゃなかったし。
 失敗して限界を知って、それで次から間違えないなら、それでいいのよ」
「……まあ、それは解りますが」

 冷めかけた手の中の茶に口をつける輝夜。その優雅さに、永琳は茶を注ぎ足すのを一瞬忘れていた。
 月明かりに照らされて浮かび上がる白い横顔。
 完成された芸術品のようなその表情が、不意ににこりと微笑んだ。

「ふふ……たまには私にも甘えてね。永琳は覚えてないかもしれないけど、あの時は本当に嬉しかったんだから」
「……ええ、覚えています。せっかくの機会ですから、甘えさせて頂いて宜しいですか?」

 赤と青の懐から取り出されたのは、とても懐かしい贈り物。
 気弱で甘えがちで、丁寧で少し頑固な妹への、たったひとつの贈り物。
 それを目にした送り主は、ぱちくりと瞬きして見つめた。

「――まだ、持っててくれたのね」
「当然です。姫様からの贈り物を、私が手放すわけないじゃないですか」

 それは、未だに瑞々しい緑色を残す竹の櫛。
 売りに出されても誰の手にも渡らず、結果として彼女の手に渡ったのは、ある種の因果のようなものか。
 それとも輝夜は、そもそも最初から売りに出してなどいなかったのか。
 もしかしたら、彼女は最初から贈るつもりで作ったのかもしれない。

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。
 覚悟なさい永琳。私がとことん綺麗にしてあげるからね」

 櫛を受け取った輝夜は背後に回ると膝立ちになり、丁寧に髪を梳いていく。
 永琳はただ目を閉じてされるがまま。やはりそれは信頼の証だろうか。


 ――時の流れの中で暮らす以上、小さくとも日々何かしらの変化は訪れる。
 ある瞬間と似た状況はあれど、全く同じ瞬間はもう二度と訪れない。
 ならば、代わり映えのしない日常の一瞬一瞬とは、常に一期一会。
 同じものがないからこそ、今という瞬間は大切な、かけがえのないものなのかもしれない。


 遥か遠くの月の姫とその従者は、夜空の下でほんのひとときだけ、懐かしい姉妹に戻った。
 最後まで読んで頂きありがとうございます。
 緊張と不安の高まりの中、もう後書きでこれ以外何を書いていいのやら解りません。

 胃が痛いのをこらえつつ、皆様の評価をお待ちしています。
鈴風 鴻
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3706858
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 05:23:07
更新日時:
2008/02/13 20:23:07
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 6 小山田 ■2008/02/13 02:04:18
永遠亭の二次創作として良作の出来でした。ただ、お題の色があまりに薄すぎたので8点から2点マイナスということで。機会というのは、話を作るうえで意識しないでも使う部分だけに、お題として改めて使うのは難儀しますね。あと、輝夜の語りはもっと簡潔でもよかったかと。
2. 5 反魂 ■2008/02/23 16:56:49
 まず斜体字が決定的に読みづらいです。
 書籍などの上では案外目立たないですが、長文の文字効果は特にウェブ上だと非常に読みづらくなります。これだけでも読む気を削ぐに値するものだと、個人的には思います。

 一方お話ですが、こちらも今ひとつ面白味を感じられませんでした。
 そもそも昔話という形態をとった理由が今ひとつ分かりません。回想で語られる意味・メリットが今ひとつ掴めず、果たしてこんなことを鈴仙達に語って聞かせるものか? という動機付け面も不充分で、不自然さばかりが際立ちました。「リン」の秘密要素を活かす為かもしれませんが、それにしても過去物として書けない訳じゃないですし、説明っぽさが増していることも考えるとどうにも構成を誤った感じばかりを受けます。ちょっともったいない気がする作品でした。
3. 7 ■2008/02/27 21:52:10
永琳がんばりすぎです。それをフォローする姫様も素敵。
この二人の関係に、新たな一面を見つけた気がします。
あと因幡達、可愛いですね。
真相が明らかになる展開がちょっとストレートすぎる気もしますが、
話としては綺麗にまとまっていたと思います。
特にラストの二人の情景は、ちょっと想像しただけでジーンときます。
4. 3 つくし ■2008/02/28 16:22:18
永琳が輝夜に「姉様、姉様」って言って甘えるのを想像して悶え転がった。悶え転がった。(重要なことなので二度言いました
小説として佳い作品なのですが、「きかい」がどこにあるのかよくわからなかったのでこの点数でつけさせてもらいます。(「機会」だとしたらちょっと薄いかも。)
5. 3 ■2008/02/28 20:16:17
意図もない、ただの昔話。しかし輝夜がするのだからそれでいいのだろう。
起伏の少ない、ゆるーいお話だけどキライじゃないです
6. 5 たくじ ■2008/02/28 22:23:34
ほんわかしてていいですね。永琳を想う輝夜の優しさがいいなぁと思いました。
だけど何だか輝夜が単なるいい人って感じで、ちょっと物足りなかった感じです。
7. 5 つくね ■2008/02/28 23:43:50
こんな永琳と輝夜がとても好きだ! こういうほのぼのとした話は心が温かくなりますね。
8. 5 椒良徳 ■2008/02/28 23:47:38
まあ悪くないですね。こんな永琳も斬新というか。
9. 2 時計屋 ■2008/02/29 00:30:28
まず気になったのが、輝夜から語られる回想であったにもかかわらず、内容が別の人間の一人称になっていた点。
輝夜が知りえないリンの心理を語っては辻褄が合わないのではないかと思いました。

また、文章や話の作り方もぎこちないところがありますので、
プロットの立て方や読みやすい文章の書き方等、色々と工夫してみてください。
10. 4 飛び入り魚 ■2008/02/29 00:44:28
永琳に胃薬か精神安定剤作ってもらいなさいな。
甘くてハートフル。
そんなに不安になるほど悪い点は全然ないように見えるのになあ……
リンの時点で分かってしまった。エリならしばらく気づかないで済んだかも。
それと、斜字はやっぱり目に毒で気になった。
物語の流れ、構成がうまく思えた。
その上であちらこちらに技がちりばめられているのがいい。
ただ、山が低いせいか、こう、ぐぐぐって来そうで来なかった。
それがなんなのか、凡人にはうまく説明できなくてごめんなさいです。
もっと惹きたてれば、恐ろしい破壊力を持つSSに変貌しそう。
11. 7 ZID ■2008/02/29 01:22:01
なんというドジっ娘えーりんw 何故だろう、カリスマ溢れる姫様を新鮮と感じてしまうのは。
12. 3 木村圭 ■2008/02/29 04:50:07
アクティブ美人系お姉ちゃんの輝夜可愛いよ! (多分)輝夜より身長が高くて出るとこ出てる永琳が輝夜を「姉様」と呼ぶのって傍目から見ると凄い光景なんじゃないかと思ったりしました。
13. 5 とら ■2008/02/29 08:50:19
なかなか新しいシチューエーションだったと思います。ただ、少し力業が過ぎるかなとも思いました。
14. 5 らくがん屋 ■2008/02/29 11:00:58
「やごろ えいこ」を見た瞬間爆笑した私の心はきっと汚れきっています。
普通に面白かったけど、テーマを活かした面白さは感じられなかった。ちょいと残念です。
15. 7 カシス ■2008/02/29 14:57:29
いい話でした。ただ、斜め文字が主体となるのは避けたほうが良かったかと。
16. 2 中沢良一 ■2008/02/29 15:09:55
作中からお題を見つけ出せませんでした。
輝夜と永琳の仲のよさがよかったです。
17. 7 八重結界 ■2008/02/29 18:31:34
リンで永琳という考えは大方の読者が予想していたと思います。
月が怖いの辺りでそれは確信に変わりました。勘の良い人なら、それで記憶喪失という核心にも達したでしょう。
それでもなお楽しく読めるというのは、輝夜に甘える姫が魅力的だからです。
リンが永琳という事に気づこうと気づくまいと楽しめる、なんともお得な話でした。
18. 8 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:45:18
一期一会、上手く使ってきましたね。
にしても、髪の色で気づいた人は何人いたのか!
正体に気づいたのが、本当の話をし始めてからの自分は相当遅いのか。
ていうか「あ〜ん」をしている永琳の姿を想像してニヤニヤしてしまったのは、もう末期症状なんだろうか。
面白かったです!
19. 7 K.M ■2008/02/29 19:54:44
ちょっとどじっ子な永琳さん……可愛い!そしてほのぼのしつつも余韻ある終わり方もよかったです。
20. 8 レグルス ■2008/02/29 20:09:23
雲のような髪って辺りでなんとなくわかってはいたけど、
やっぱり取り乱す永琳は面白かったです。
なんとも甘い主従関係がとても印象的でした。
21. 7 12 ■2008/02/29 21:33:48
これは幸か不幸か、下の作品から順に読み進めていた私は、最初ずっとリンが妹紅とばかり思い込んでいました。すっげぇ落差、フヒヒヒなんて思っていたのですが、まあ途中でそうじゃないことがわかりました。もう少しその辺りを最後まではぐらかしても面白かったかもしれません。
22. 5 O−81 ■2008/02/29 21:50:36
 偽名はちょっとわかりやすかったかなあとは思いましたが、別段本気でごまかそうとしているようにも見えなかったので、そのへんは些細なところかもしれず。
 素直な展開でよかったです。
23. 6 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:56:06
タグは使わなくても良い希ガス。ちなみに永琳のモデルは八意思兼神で知恵の神ですな。
まぁ、意図的にはずしててるよが因幡に嘘を教えたというのなら野暮な突っ込みですが。
輝夜の語りであるはずなのに永琳の視点で回想が展開されていたのは、輝夜のお話とみせかけて永琳本人が回想してたのかな。
まぁ、構成に多少の違和感も感じるものの、基本的に文章表現のレベルも高く、お話も面白かったです。
24. 5 BYK ■2008/02/29 22:01:14
逆に輝夜が記憶喪失になったら、今度は永琳が姉役になるのだろうか。とか考えてしまった…。
25. 7 名無しの37番 ■2008/02/29 22:08:11
お姉さまな輝夜と甘えんぼな永琳。んむ。鼻血が出そうなシチュエーションですね。
ほのぼのとした過去語りですね。なるほど、こういった情景も違和感ないですね、この主従なら。
ただ何と言うか、本筋がほのぼのしている割に、要所でシリアスっぽい雰囲気が垣間見えるのはどうだったのでしょうか。ちょっとした謎解き仕立てにしている以上しょうがなかったとはいえ、なんとなく合っていないように思えました。
まあそう思ったのは全部読み終わってからなので、自分が変に引っかかっているだけかも知れませんが。
26. 6 moki ■2008/02/29 23:17:12
名探偵ウドンゲ。無駄に格好いい。
ほのぼのしてて良いお話でした。……お題はどこへ?
27. 5 blankii ■2008/02/29 23:47:28
飲み込みやすい文章がスルリと喉を通る感じが心地良かったです。題名の由来を考えてみる。Horizon → ほらいぞん → ほうらいじん。つまりは姉妹が不死人であることを示していたんだよー、そ、そうなのかー。絶対違うと思うのでごめんなさい。普段とは異なる、永琳→輝夜の依存っぷりが面白かったです。

28. フリーレス 鈴風 鴻 ■2008/03/02 00:55:02
皆様採点と感想ありがとうございました。作者の鈴風です。
お題『きかい』から自分が最初に連想したものは『機会』でした。
そこから転じて『一期一会』としたのがこの作品です。
もっとも、こういった昔話形式や小さな謎解きのような実験作を書こうと思ったのも、このこんぺという『機会』があったからなのですが。

今回の結果はしっかり勉強させていただきます。

フォローしたい所は多々ありますが、流石に見苦しいので1つだけ。
タイトル『Sister of Horizon』の由来は、blankiiさんの読みがかなり近いです。
Horizonは蓬莱山のもじり。Sisterは姉と妹どちらの意味でもとれますので、
蓬莱山お姉さん=輝夜 もしくは蓬莱山の妹さん=リン=永琳という意図がありました。

最後に余談ではありますが。
後半の甘ったるい部分を書いてる間中は、真冬にも関わらず脳内の春度が異常な状態を叩き出していまして例えるならば脳を砂糖漬けにしたような状態であり、ここぞとばかりに追い込みをかけていました。
しかしながら、こんぺを知らない(百合に理解のある)友人に閲覧して頂いた所、『甘さが足りないっ!』という返答が。

いずれディスプレイの前でニヤニヤが止まらないような、そんな作品を書きたいものです。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード