キカイな私とキカイな彼女

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 08:06:41 更新日時: 2008/03/13 22:02:43 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 感じた事をそのまま言葉にするのならば『ずるい』というのが適切じゃないかと思った。



 黒の空を背景に紅白の影が奔る。
 『夜空』ではない。月も星も無い、ただただ真っ黒な『そういう空』に、唯一つの鮮烈な色彩が私の前を疾風の如き速度で駆けていく。
 視界から容易く消えるソレを、必死に眼球を走らせ追いかける。
 速い。
 影の隅を捉えるのがやっとだ。
 圧倒的な速度と、卓越した死角に回り込んで来る技術。
 己の手が裂け、身が千切れそうになるぐらいの勢いで撃ち続けている魔力弾は、掠める気配すら無い。

 勝てない。これでは勝てない。

 自分の手足の延長とも言える二体を呼び出し、弾幕の密度を上げる。
 陣形の指揮と、さらに複雑高度となった弾幕パターンの維持に、思考の処理が追いつかずに脳が悲鳴を上げる。
 眼前の視界に映るのは、弾が六分に空が四分と言った所か。
 ありったけの魔力を振り絞り、弾を放つのではなく、弾で埋める。
 そこまでやらねば、あの紅白は捉えられまい。
 津波の如く押し寄せる圧倒的な弾幕量に、さしもの奴も高速機動を諦めたのか、私の真正面で停止した。
 それを私は隙と見た。
 二体の弾幕陣形を敵の周囲を覆うように。逃げ道を塞ぐ形態へと移行。
 びっしりと隙間無く展開した弾幕を徐々に狭めて行き、さらに敵の回避先を限定、固定する。
 高速機動を封じ、回避の選択肢を減らし、誘いの弾を撒いて敵を目標地点に誘い込む。
 そこだっ!
 意思を持って叫ぶ。
 回避先を無くし、牽制の弾によるバランスを崩させた上での、左右に展開した二体と共に放つ三方向からの同時高速射撃。
 だがしかし、乾坤一擲の意をもって放った魔力光は、紅白の影を掠めただけで通り過ぎる。
 ミリ単位の挙動による回避。

 そんな、と悲鳴を上げそうになり、だが限界まで駆動している己が体躯は声を発する余裕などなく、奇妙な呼気が一つ漏れただけだった。

 圧倒的な弾幕量に足を止めさせ、立て続けに放ち続ける魔力光。
 傍目には、どこをどうやっても避けるだけの隙間など無いのに、敵の紅白はそのことごとくを容易くすり抜ける。
 灼熱する脳髄で考える。

 勝てない。これでは勝てない。

 二体が消える。
 そして代わりとばかりに、手に現れたのは一冊の古びた図書。
 表題のプレートに刻まれた文字は擦り切れ、grimoire ofで途切れており、正確な名称はわからない。
 だが、それが何かは識っていた。
 俗に禁書と呼ぶ類の物である。
 その内に秘める圧倒的な知識と魔力。
 そして、紐解けば奪われる、その中身に見合うだけの代価。
 知ったことか、と沸騰した思考は躊躇無くその封印を切った。

 そして、それまでの膨大な弾幕さえもが拙く見えるほどの、本質から違う圧倒的にして超絶的な、怒涛の魔力塊の群れが空間を支配する。

 その手から放たれた赤い連弾は、直撃すれば山さえ消し飛ばすだろう。
 青に輝く凍気の波濤は、広大な海さえ一瞬で凍りつかせるに違いない。
 紫の閃光は堅く築き上げられた城壁をも穿ち、蛇の如くうねる緑の光球は地平の彼方まで獲物を追う。

 放たれる魔法の一つ一つが、究極を冠するに相応しい超常の域にあるものだ。
 だが、しかし。

 勝てない! これでも勝てない!

 紅白の巫女は避ける。
 かわせるはずが無い、と理性が叫ぶが、現実は非情だ。
 ただそこには、届かないという事実だけがある。
 破山の威力を持つ魔法も当たらなければ意味が無い。

 悪い夢のようだ、と思い。
 夢なら醒めて、願う。

 闘志が痩せ細っていくのを自覚した。
 放たれる魔法の一つ一つが、傍目にわかるほどそれまでの勢いを無くし、もはや当てることよりも、目の前の現実を否定するために、闇雲にばら撒かれているようにしか見えないまでに劣化する。
 そして、一度威勢が弱まれば攻守が逆転するまで時間はかからなかった。
 必死に繰り出す究極の魔法をすり抜け飛び来る敵の呪符。
 かわそうと足掻くも、一撃、また一撃と被弾回数が増えていく。
 直撃を受けた右脚の感覚が消えうせ、額を掠めた事による出血で視界が朱に染まる。
 両の腕は被弾するまでもなく、超絶の魔力行使による反動ですでに襤褸切れの様相である。
 そして迫る紅白の残影。

 もう一度切に願った。


 悪い夢なら醒めてくれ。

 わるい夢ならさめてくれ。

 ワるイユメなラサメてクレ。





 サメテ。





 ・

 ・

 ・





「……ん」

 そして、彼女。
 アリス・マーガトロイドは悪夢の世界から帰還した。







 言うまでもなく、寝起きは最悪であった。

 カチリ、カチリと歯車が回る。
 最初に思ったのは、すごい汗だなぁとか、そんな他愛無い事だった。
 酷い悪夢とはいえ、見るのはコレが初めてではない。
 一度目は耐え難い悪夢であっても、二度、三度と続き、十を超えれば、それは最早よくある日常でしかない。
 ……とはいえ、慣れるものではないが。

 全身はびっしょりと気持ち悪い汗に包まれ、喉がひどく渇きを訴えている。
 ベットの横に置いておいた水差しから、コップに水を汲み、一息に飲み干した。

「……最近は、見る事も少なくなっていたのにね」

 ようやく一息ついて、アリスは自嘲の笑みを浮かべてから、ベットを抜け出した。
 額にびっしりと浮かんだ汗をぬぐう。
 ん、と。一つ伸びをして、カーテンを開けた。
 苦労して見つけ出した甲斐あって、今日もこの土地は日当たり良好である。
 朝の陽光を見上げ、眩しさに目を細めた。
 心地よい日差しではあったが、直前まで悪夢の世界にいたアリスのずっしりとした重い気持ちを好転させるには至らない。

「おはよう、みんな」

 振り返って、呼びかけるが応えを返すものはいない。
 返ってくるのは、無言のままの人形たちによる百に近い視線のみ。
 アンティーク調の家具が並ぶ小さな私室には、古今東西様々な人形が所狭しと並んでいる。

「せめて、受け答えぐらいはしてくれるようにするべきかしらね」

 彼らは、アリスによる操糸の魔法がなければ、決して動き出す事はない。
 だがしかし、今の研究がうまくいけば、挨拶を返すぐらいの簡単な反応は、アリスの意思、思考に接続していなくても行えるようになるはずである。
 慎重を期して、理論ばかりを積み重ねてきたが、そろそろ実験体の一つでも作ってもいいのかもしれない。
 成功した時の事を夢想する。
 人形とはいえ、挨拶の返礼は、少なくとも不快なものではあるまい。
 ましてや、森の奥に独り隠れ住む身としては、些細な物でもきっとそれはありがたい事となろう。

「こういう心境も少しは紛れるかもしれないし、ね」

 自嘲の笑みをもう一度浮かべてから、アリスは部屋を出た。
 まずはこの粘つく汗を洗い流さなければ。







 カチリ、カチリと歯車が回る。

 この土地に引っ越すにあたって、一番苦労したものといえば、水の確保だった。
 移住先を定め、向こうの世界の家ごと『こちら』に喚び出す事には、自分でも驚くぐらいすんなり成功したものの、待っていたのは水道や電力などのライフラインが使えないという割と逼迫とした事態であった。

 ざぁ、と。
 肌を流れる冷たい水の感触を素直に心地よいと感じる。
 頭から水をかぶり、頭がクリアになっていくのを実感する。

 大慌てで、地質学やら建築学やらの本を読み漁り、水道の歴史から始まり、サイフォンの原理なるそれまで日常に密接に関係していても聞くこともなかった物理法則に関心しながら、土木工事に勤しむ事二週間。
 水脈を掘り当て、錬金術を用いて水道を精製し、あの手この手の試行錯誤の果てに、ようやくここに至るまでになった。

「後は、寒くなる前にボイラーを組み込んで、お湯が出るようにしておきたいわね……」

 キュッと、蛇口を閉めて水を止めた。
 飲み水を確保できるようになって一週間。水浴びに使えるほどの十分な給水量を確保できるようになったのは一昨日の話である。
 なんとか、シャワールームは使えるようになったものの、まだお湯がでないのだ。
 暦の上ではもうすでに夏。
 しかし、異常気象なのか、それとも『こちら』の夏はそういうものなのか、朝の気温は時期にしては異様に低く、水浴びにはまだ少々冷たすぎる感がある。
 それでも、この粘つく汗を放置するよりは寒いほうがはるかにマシではあった。

 まぁ、急がなくてもいいだろう、と考える。
 この身は、最早昔とは違う。
 魔性を帯び、老いは遅く、病苦に強く、単純な意味での耐久性も高い。
 気象的な寒さぐらいであれば、それこそ裸であっても耐えられるかもしれない。
 ……試してみる気はないが。

 浴室から出て、用意しておいたタオルで身を拭く。
 何気なく目をやると姿見に映る自分の身体が視界に入った。

 シルクのようにきめ細かく、白く透き通るような肌。 
 無駄の無い、しなやかなで健康的な手足。
 客観的に見て、理想的と言える胸の隆起。
 およそ十台の少女としては究極的と言える裸身。


 その姿に吐き気がした。


 理想的、理想的、理想的。
 やってみたことはないが、きっと正面から顔の造形をよく観察してみれば、さぞや理想的なバランスに仕上がっている事であろう。
 そう、完全な左右対称。
 人間では、いや、生物であるならばあり得ない、美という観点にあっては理想の形。
 造り物だからこその、その形。

 カチリ、カチリと歯車が回る。

 姿見を叩き割りたい衝動を堪えて、髪を乾かすのもそこそこに、アリスは脱衣所を出た。







 カチリ、カチリと歯車がまわる。
 ティーカップを掴む。
 持ち上げるだけのトルクを生み出すために、歯車がガチンと切り替わる。
 ワイヤーが滑車をすべり、軋みをあげて腕を持ち上げる。

 幻聴だ、というのはわかっていた。
 だが、しかしアリスはいつからか消えなくなったその錯覚に形の良い眉をしかめた。
 ティーカップを傾け、熱く、芳醇な香りの紅茶を口内に注ぎ、飲み干してようやく心が落ち着きを取り戻す。

「はぁ……」

 深いため息を一つ。

 こんな幻聴が聞こえるようになったのはいつからだっただろうか。
 そう、幻聴である。
 機械仕掛けの人形の幻聴。
 はじめて歯車の音が聞こえた時には、不安のあまり自らの腕を切り落として、調べようとしたほどに取り乱した。
 今は、対象走査の魔法を駆使し、調べに調べた上で、この身は機械仕掛けではない、という確信と確証を得てはいる。
 だが、どうしても、この音は消えることはない。

「……造り物、か」

 要はコンプレックスというやつなのだろう。

 はぁ、ともう一度ため息をついた瞬間、小さくお腹が鳴った。
 今更になって、ひどい空腹感を覚えていることに気付く。
 そういえば、昨日の昼から何も食べていない。
 何か作ろう、と。食料庫へと向かう。



 『こちら』に来てから、かれこれ二ヶ月が経過していた。
 言い換えれば、元いた世界が被災してから、二ヶ月経ったという事でもある。

(みんな、元気かな)

 友人は決して多くはなかったが、それでも気心の知れた友は幾人かいた。
 あの日現れた災害は、立ち塞がる者以外には目もくれていなかった。
 無事、と信じたい。

「……ま、もう私には関係のないことだけどね」

 己が全力をもってやぶれ。
 しかし、その現実を認めることができずに、禁じられた魔道書を持ち出し。
 そして、魔道の身に堕ちてまで行使したその力をもってさえ、打ちのめされ。
 アリスは元の世界での居場所を失った。

 改めてため息をついてから、食料庫を開く。

「って、ほとんど何もないじゃない」

 そういえば、それで昨晩の夕食を抜いたのだったか。
 しょうがない、買出しに街へ出るとしよう。
 ……はたして、持ち合わせは足りるだろうか。

 心もとない懐を思って、アリスは先ほどとは違う種類のため息をついた。







 軽い財布を握り締め、空を行くこと20分と少し。
 遠くに、街並みが見え始めたところで、アリスは高度を落とし、人目の付き難い茂みに降りた。
 街まで飛んでいく事もできないわけではないが、それには色々と都合が悪いのである。

「ここからは歩きね」

 街までは、およそ5kmといった所か。
 ちょっと買い物に、と歩く距離としては、少々遠くはあるが、コレも仕方がない。
 当面。少なくとも生活環境が完全に整うまでは、頻繁に街に出入りする必要がある以上、人外の身の上を隠して『普通の人間』として振舞ったほうが都合が良い。
 取り立てて、街の住人をどうこうしようという意思は無いが、下手に警戒心をもたれて、ろくに買い物もできなくなるのは困る。
 念のため、目撃者がいないか周囲の様子をしばらく探ってから、アリスは街を目指して歩き出した







 不思議な街だ、と思う。
 道には人が溢れ、立ち並ぶ商店の前には露天のように商品が並べられており、客を呼ぶ威勢の良い呼び声が飛び交っている。
 こちら側に来てから知ったのだが、どうやら今いるここも、隔離された一つの箱庭世界らしい。
 土地は無限ではなく、物資は有限であるはずなのに、街に来ると不自然なまでに、潤沢に商品がそろっている。
 人間の生活圏の面積から予測される物資の生産量。圏外での安全性の問題、人的被害から来る流通経路の維持の困難さ。
 そういった諸々を考えていくと、この街は色々とおかしい。
 物資が容易く手に入る、というこの現実は異常ではないのか。

「……ま、どうでもいいか」

 不便よりは良い。
 それに、なんというかこの世界は様々な不都合……もう少し正しく表現するなら、『不整合』が無視されるようではある。
 故に、幻想郷。
 人も、妖も、魔も。相容れぬはずの全てがうまく行く楽園。
 それはまさしく理想郷と呼ぶに相応しいと思う。
 幻想郷は全てを受け入れる、とはどこで聞いた言葉だったか。

(なら、私の居場所もここなら見つかるのかしらね)

 ふと浮かんだ言葉に苦笑を浮かべ、買い物を開始した。
 しらみつぶしに立ち並ぶ店々をまわり、少しでも安いものを見つけて、購入していく。

(野菜、良し。塩の値段がこの前来た時より下がってるわね。少し多めに買っておこうかしら)

 食料品を中心にまわり、生活雑貨も買い足していく。
 一時間あまりかけて商店街をぐるりとまわり、気付けば、商品を入れた紙袋は、両手で抱えて持たなければならないほどに膨らんでいた。
 ゴソゴソと中を漁り、購入物をチェック。買い忘れがないか確認する。

「後はパンと……。果物の類を一切買ってないわね」

 基本的に米食文化の幻想郷では、ベーカリーの数は極めて少ない。
 購入する所が必ず同じなので、先に店ごとに価格差の出る商品からまわるため、後回しになったわけなのだが。
 果物については、取り扱っている店も何件かまわるも、買得なものが見つからなかったのである。
 はて? と首を傾げ、ちょうどよく通りがかった青果店をのぞいてみる。

「……なんで、こんな高いのかしら」

 普段の倍以上の値札がつけられた商品に、今度は逆の方向に傾げた。
 以前来た時の記憶と比較すると、妙に商品の数が少なく、また質も決して良いとはいえないものばかりだ。
 だというのに、この値段。
 物資の流通が異常なまでに盛んなこの街では、珍しい出来事である。
 まぁ、青果店はここだけではない。
 他の店もまわってみよう。


 




「ああ、それは湖の霧のせいだね」
「霧?」

 アリスが普段から利用するベーカリーである。
 店内には香ばしいパンの香りがたちこめ、棚には色とりどりの商品がならんでいる。
 人の良い事で知られる店主から、購入した商品を受け取りながらアリスは聞き返した。

 店主の話によると、街で流通している果物の大部分は、東にある果樹の育成に適した土地で栽培されているらしい。
 その近くに、昼間から霧が出る事で知られる広大な湖があるのだが、その湖の霧が日に日に範囲を広げているのだという。

「ここのとこ続く低気温が原因なのか、霧による日照不足が原因なのかはわからないんだが、この一週間でかなりの果樹がやられたみたいだよ」
「そんなことになってるんですか」
「毎日手入れができれば、もうちょっとなんとかなるんだろうけどねぇ。霧のせいで、視界が悪く行くのがかなり大変だし、日光が届かないせいか昼間だってのに、妖怪が出るって話もあってね」
「それはなんとも物騒ですね」
「うん、今日なんか最寄の街道まで、霧に呑まれたって話だしね。当分は色々と不便な事になりそうだよ」

 迷惑な話だ。
 とはいえ、こればかりは誰かに文句を言って、どうなるものではないし、仕方が無いと言えば仕方が無い。
 それにしても、それで果物の希少価値があがっているわけか。
 それならば、とアリスに一つの案が思いつく。
 逸れて行く思考が、店主から声をかけられて戻ってくる。

「アリスちゃんは確か街の外に住んでるんだっけ?」
「ええ、はい」
「どの辺り?」

 正直に言っていいものか、と少し考え無難な回答を用意する。

「えーと、方向的には森のある方なんですけど」

 まぁ、嘘は言ってない。

「森だと……湖とは逆方向か。なら大丈夫だろうけど、とりあえずしばらくは東の方へ出るのはやめておいたほうがいいよ」
「ええ、お気遣いありがとうございます。それじゃ、また買いに来ますね」
「また、よろしくね」

 店主に礼を告げて、店を出た。

 さぁ、気合を入れて一仕事、といこう。







「さて、いきますか」

 アリスは、魔法の森の上空で一人意気込んだ。
 買い物してきたもの一式は、人形の一体を操糸の魔法で動かして、自宅にすでに運んである。
 精神を集中し、呪を紡ぐ。

 カチリ、カチリと歯車が回る。
 
「操糸、17体。接続。広域展開、魔力探査」

 空間容積をいじってあるケープの裏側から、手足となる人形たちを次々と喚び出す。
 いずれの人形もアリスの手作りである。

「じゃ、みんな。よろしくね」

 立ち並んだ人形達に話しかけると、各々が一つ頷いてから方々に散らばっていく。
 再び耳の奥で鳴り始めた幻聴を無視し、アリスはふむ、と一息ついた。

 魔力を帯び、毒性の強い胞子に満ちている事で知られているこの魔法の森であるが、空白地帯というものが存在する。
 気流や、植物の分布。そして最大の要因として地脈の流れによって、胞子が寄り付かず、日照条件に優れるという特異点。
 アリスが邸宅を構えるのもそんな特異点の一つだ。
 その、あまり多くは無い特異点のいくつかには、清らかな気脈の収束点となっていて、果物や木の実などがなりやすいという特性があったりする。
 収束点は流動的で、発見が難しく、その上食用に耐えられる物が生っているかどうかは運次第という事もあって、普段はあてにしないのだが。

「……普段の倍以上の値段で売れるってことは、もしうまく群生地帯でも見つけることが出来れば、一攫千金よね」

 普段は、街の片隅で人形劇や、あるいは手作りの人形そのものを販売して生活費を稼いでいるアリスではあるが、その収入は決して潤沢とはいいがたい。
 今日の買出しで、資金のほとんどはついてしまったし、この先今やっている研究を進めるとなると、色々と物入りになる。
 稼げるうちに稼いでおくにこしたことはないだろう。

 幸い、というべきか。
 多数の人形を同時に操ることができるアリスの能力は、広範囲の探索に実に向いた能力である。
 探査精度を維持しながら、少しでも範囲を広げるため、今は17体にまで絞っているが、セミオートでの操糸を併用すれば、100体以上の操作が可能だ。
 まずは、今出している人形たちで、何点か特異点を見つけ出し、一箇所ずつしらみつぶしにまわってみるつもりだった。

「………………見つけた」

 探索開始から10分。
 まずは一つ目発見である。
 開始早々見つけることができたのは行幸ではあるが、一つ目から『当たり』を期待するのは、確率的に見て少々無理があるというものだろう。
 アリスはポイントに向かいながら、残る16体による探索も引き続き行う。

 胞子の空白地帯。
 真上まで来てみたが、眼下の樹海自体には目で見えるような、切れ目や地面まで見えるような場所はなかった。
 空白地帯の大きさは、5メートル弱といったところだろうか。
 特異点としてはかなり小さなもので、日照条件の悪さも考えると食用の果物などとても期待はできなそうであった。
 アリスは一応の確認を、という事でその特異点に降下を試みる。

 樹海に潜る。
 日の光が徐々に弱くなり、葉の下に来る頃には、本当にわずかな木漏れ日がのぞく程度になっていた。

 薄暗い中、目的の特異点をみやると、周囲6メートルはあろうかというこの森の中では異例と呼べるぐらいの、倒木が横になっていた。
 倒れからずいぶんと年月が経っているようで、遠目に見てもはっきりとわかるぐらい朽ち果てている。
 もし、いまだ地面に根を下ろしていたとすれば高さは50メートル弱といったところだろうか。
 平均的な樹木の高さが15メートル前後のこの森においては、異常と呼べる大きさではある。
 その大きさは、地面に倒れ、朽ち果てていてもなお雄大であると言えた。
 
「霊木の一種かしら。今は何も感じないけど、大昔はかなり大きな気脈の収束点だったのかもしれないわね」

 つぶやいて、その倒木の横に着地。探索を開始する。
 巨大な倒木はちょうど特異点の中心を横切るように倒れていた。
 特異点そのものをつぶしてしまっているので、これでは目当てのものはみつかりそうにもない。
 それでも何かあれば、と、その中心点を注意深く探ってみる。

「……これは、キノコ?」

 中心点の位置に、注意してみないとわからない程度に小さなウロがあり、その中に奇妙なキノコが一本生えていた。
 小さな円錐状の笠に、やや太い柄。
 形状だけを見れば普通ではある。
 だが、しかし最大の特徴として、そのキノコはまるでエメラルドのような緑の光沢とともに薄っすらと光を放っていたのである。

 過去存在した、巨大な霊木が育つほどの気脈の中心点の跡地にたった一本生えた、宝石のように光り輝くキノコ。

「ひょっとして、かなり珍しいものだったりするのかしら。確かに魔力反応も高いけど……」

 この森においては、魔力反応のあるキノコそのものは決して珍しくはないが、これだけ条件がそろってしまうと、何か価値のあるものなのではと思わざるを得ない。
 『こちら』に来てから、資金面の問題でなりを潜めていた蒐集癖がむくむく湧いてくるのを感じた。
 とりあえず、持って帰って調べてみよう。
 そう判断し、エメラルドのようなキノコを魔力で紡いだ糸を使ってそっと摘み取る。
 毒性の有無が判断できないので、操糸による遠隔操作と、浮遊の魔法を併用して、直接手に触れないように手の平の上に浮かべた。

 他へ探索に向かっていた人形たちに帰還命令を飛ばし、しばしの待ち時間の間に、件のキノコを観察する。
 そのキノコは、朽ちた霊木から切り離されても、その輝きを失うことはなかった。
 キノコといえば、どうしても陰湿なイメージが付きまとうものだが、不思議とそういった負の印象をまったく感じない。
 むしろ、魔性を帯びた宝石を手に取った時のような、ただ見惚れ、魅入るような感覚だけがある。

 ふと、時の経つのを忘れた。

 人形たちがまだ戻って来ていなかった事を考えると、わずか数分の間の事だったろうと後になって思う。
 アリスは、その声がかかるまで、不思議なキノコに魅入っていた。


「ちょいとそこのお嬢さん。その手のブツを渡してもらおうか」

 
 そんな男みたいなぶっきらぼうな言葉が、初めて聞いた彼女の声だった。







 我に返って、声のした方を見るとそこには、なんというか奇妙な。いや、ソレを通り越して奇怪とすら言える珍妙な風体の少女が一人、こちらを指差して立っていた。

 年の頃はアリスと同じぐらいだろうか。
 まず目に付いたのは、アリスにも馴染み深い、黒の三角帽子である。
 人によっては、魔女の正装とまで呼ぶそれは、最近こそ着用することはないが、魔法修行時代にアリスもかぶっていたものだ。
 まず、それはいい。

 首には手ぬぐいを巻き、軍手をつけている。
 背中にしょってるのは、一抱えも二抱えもありそうな巨大なカゴ。中に入っているのはキノコだろうか。
 服装に関しては、上は真っ黒な運動着。
 『こちら』に来てからは、ああいうジャージのような物を見る機会もなくなっていたので、ちょっとした懐かしさを覚えるが、ひとまずそれはどうでもいい。
 そして、下。
 あれは……なんという名前だったか。
 ズボン状の衣服で、異様に巾は広いが、足首の当たりでギュッと絞ってある。
 元の世界では、工事現場なんかで見たと思ったが。

 まぁ、つまりは。
 どこをどうみても、同年代の少女の服装とはとても思えず、そして、明らかに一つだけ趣を異にする三角帽が異様さを際立てていた。

「ふふふ。さぁ、そいつをおとなしくこっちに渡すんだ。何、従いさえすれば、手荒なまねはしないぜ?」

 にじりよってきたその異様な少女に、思わずアリスは一歩引く。
 とりあえず、何か話そうとして、しかし何も思いつかずに口を噤んでしまう。
 ええと、と。つぶやいてから、こめかみに指をあて、しばし考える。

「貴女、何?」
「ふむ。『私は何か』か。それはなんとも深遠な命題だな。今後の研究課題に値するぜ」
「いや、そういう事を言ってるわけではなく」

 指を差したまま、じりじりと進んでくる少女に、アリスも一歩また一歩と後退する。

「では、ここで問題です。私は一体なんでしょう」
「は?」
「制限時間は30秒。では回答者の方、張り切ってどうぞ!」
「え? え?」
「チッチッチッチッチ……。さぁ、残り時間は20秒を切った! 賞金は誰の手にっ!!」

 少女が生み出す急展開に付いて行けず、アリスはうろたえる。

 クイズ? クイズ番組なのだろうか。
 というか、賞金っていう事は正解すれば、お金がもらえるのだろうか?
 いや、では他の出場者は一体どこに?

 動揺し、混乱していくアリス。
 普段は規則正しく音を刻む歯車も、チグハグな不協和音しか奏でない。

「チッチッチ……。さぁ、残り10秒! 9、8、7……」
「えー……山岳装備のガテン系魔法少女?」

 とりあえず、搾り出した回答に、少女はというと、ニッと笑みを浮かべ、

「残念っ!!」

 こちらに向けていた指を、パチンと鳴らした。
 途端。
 ブワッと、土煙が舞い、アリスの視界を覆い隠す。
 思わず、一瞬目をつむってしまい、そして、直後、手の平に乗せていた感触が消える。

「あっ!」
「私は私だぜっ! そういう事で、不正解者からは賞品を没収。こいつは、いただいてくぜ」

 声は後方から聞こえた。
 振り返ると、10メートルほど先に先程の少女が、今し方までアリスの手にあったキノコを片手に立っている。
 そして、もう一歩の手にはやや古めかしい箒が一本。

(そんな。今の一瞬でどうやって?)
 
 混乱し、油断していたのは事実だ。
 だが、同時に不測の事態に対応できるように、と身構えていたのも確かだった。
 ほんの一瞬。
 まばたき一つの間に、奪われるとはっ!

「じゃあな、とっつぁん。あ〜ばよ〜♪」

 少女は箒に飛び乗ると、一瞬で樹海を突き破って、遥か蒼穹へと飛び去った。

「………………『とっつぁん』って誰よ」

 取り残されたアリスは、そうつぶやくのが精一杯だった。
 カチリ、カチリと歯車がまた規則正しい音色を取り戻す。

 土煙を受けて、砂っぽくなった髪を払い、また水浴びしなきゃだめかな、と。
 そんな事を考えた。 








 その日も寝覚めは最悪であった。
 のっそりと這うようにして、ベットから抜け出す。
 いつもは憎らしいまでに、正確なリズムを刻む歯車の幻聴も、ずいぶんゆっくりと回っているようだ。

 奇妙な少女との邂逅から、一夜明けての翌日である。
 遅くまで調べ物をしていたせいか、どうにも頭の回転が鈍い。

 はぁ、と息を一つついて、近くの机の上に開きっぱなしのままおかれている辞典に目をやる。
 そこには、昨日遭遇した、あの宝石を思わせるキノコがのっていた。

 朽ちた霊木を依り代に、周囲の魔力を帯びた胞子を貪欲に喰らって、その内に膨大な魔力を溜め込む結晶体。
 この魔法の森特有のもので、極めて貴重な魔術材料になるそうだ。
 ちなみに、厳密には菌類ではなく、魔性の胞子を喰らうために、キノコの外見になるだけらしい。

「20年分……か……」

 『こちら』に来てから入手した辞典という事もあって、その魔力結晶の事が詳しくかかれており、該当ページの最後に過去に市場に出回った時の価格が小さく掲載されていた。
 その額は、このとこ金欠に悩むアリスから見れば、膨大なもので、毎日人形劇で日銭を稼いだ場合に換算して、実に20年分ものものだった。
 それだけの価値あるものを奪われるとは、と。
 怒りがこみ上げてくるが、それ以上に落胆が今は大きかった。

「それだけあれば、当面必要なものは全部そろったのになぁ」

 アリスの収入源である、人形劇による収益と人形そのものの販売による利益は、実際のとこ一人で暮らしていくだけならば、一応は余裕がでるぐらいのものではある。
 だが、しかし。
 何せ、魔道の研究という奴には金がかかる。
 今行っている研究についても、必要なだけの材料がそろわないがために、日々、爪に灯を点すようにして節約を心がけているのだが。

「貴女を完成させてあげられるのはいつになるのかしらねぇ……」

 そういって、机の逆隅に置いてある、作りかけの人形に話しかける。


 自律人形。


 それが、アリスが現在目標としている研究だ。
 自らの意思を持って思考し、自らの判断でもって行動する。
 魔道材料をふんだんに用いたこの作りかけの人形は、その雛形になるはずのものである。

 通常、アリスが使役する人形は、一般的な普通の人形と同じものである。
 それに魔力で編んだ糸を通し、駆動させるのである。
 故に、アリスの魔力が無いと動かないし、簡単な命令を蓄積させておく事はできるが、複雑な行動や判断をアリスから独立して行うことはできない。

 人形とは、字に書くとおり『人の形を持ったもの』である。

 古来、様々な人形が存在してきた。
 ある時は幼子の遊び相手として、ある時は呪術的対象として、時には権力の象徴だったり、災厄の身代わりとなったり、単純に芸術品だったりしたこともある。
 では、その究極系とは何だろう。

 人と同じで。しかし人ではない物。

 人間と同じように、思考し、振る舞い、行動する。
 そんなものではないか、と考え、研究してきた。

 時として、不安になる事もある。

(人間だけど、機械仕掛けの人形のような私。つまりは、私が目指しているゴール地点は私自身なのかもしれない)

 人間のような人形。
 人形のような人間。

 そこにどれほどの差があるのだろう。
 ……そして、もし仮に。その人間のような人形が実存するとすれば。
 やはり、ソレも私と同じように自らの成り立ちについて思い、悩むのだろうか。

 そこまで思考し、アリスはふぅ、と息を吐いてから着替えるためにクローゼットを開けた。

 どうも、自分は色々と思い悩みすぎる癖があるようだ。
 どんどん負の方向に進んでいく思考を、停止さえ、別のものに切り替える。

 はじめに思い浮かんできたのは、昨日森で遭遇したあの奇妙な少女。
 一体、あの少女はなんだったのだろうか。
 寝巻きを脱ぎ捨て、クローゼットの中からお気に入りの一着を取り出す。

 怒り。
 それはもちろんある。
 だが、それ以上に鮮烈な少女であった。

 ニッと歯を見せたアリスにはできない快活な笑みを浮かべて放った言葉を思い出す。

『私は私だぜっ!』

 そんな言葉を迷い無く放てる彼女を、アリスは素直にうらやましいと思う。
 自分の成り立ちに悩み、人形を相手に黙々と思案と考察を続けているアリスには、辿り着けない境地だろう。
 奇妙で、奇怪で、奇天烈な少女ではあったが、また会いたいな、と。
 そう、浮かんできた感情に、我ながら驚きを覚える。

「案外、物好きなのね。私って……」

 そう言って苦笑を浮かべた。

 カチリ、カチリ。
 今日も歯車が回る。







 異常に気付いたのは、昼になって家の外に出た瞬間であった。

「……これは、何?」

 天を見上げて、その目を疑う。
 空を覆うのは、血のように濃厚な紅。
 紅色の霧が空を、そして、魔法の森そのものを覆っているようだった。
 視界は悪く、日の光はまったく届かない。
 薄暗さによる不快感より、呑まれそうな紅の視界に怖さを感じる。

 どこまでも広がる紅い世界。
 これが、後に紅霧異変の名で呼ばれる事件であった。







 魔法の森の中でも、アリスの家はかなり日照条件の良い場所に位置する。
 だが、あくまで魔法の森の中では、という前提がつく。
 どこまでいっても、森深い場所ということもあって、ちょっとした曇天でも森の外と比較するとかなり暗くはなるし、雨が降るほどのものであれば、他の土地とかわりない。

 故に、気付くのが遅れてしまった。
 このどこまでも続く紅い霧の異変に。
 薄暗いのも、ただの曇天だと思ってしまった。
 初動の遅れを気にするより、まずは何をなすかが問題だろう、と判断し、思考を切り替える。

 カチン。歯車が切り替わる。

 アリスがまず取った行動は情報収集であった。
 操糸の魔法を使って接続した人形たちを各地に派遣し、感覚を共有することで、情報を集める。
 感覚共有を行えるだけの精度で操るとなると、同時に動かせてもせいぜい2体が限度。
 動かせる数が少ないがために、日没までかけて調べたが、あまり詳しいことはわからなかった。

 まず、どうやらこの紅い霧に関しては、この森どころか幻想郷全体を覆っているものらしい、という事。
 そして、発生源は、街の東にある湖らしい、という事。
 いずれも、『らしい』という事までしかわからなかった。

 まず、どうもこの紅い霧にはわずかではあるが、魔力を帯びているようで、一体だけであるならば50km近い距離でも遠隔操作可能なアリスの人形が、20km程度でノイズのために操作不能になってしまうため、幻想郷全域の調査が行えなかったため。
 そして、後者は湖に近づいたあたりで何者かに撃ち落され、湖の中央まで辿り着くことができなかったためだ。

「さて、どうしたものかしら」

 湖の中央。
 発生源に何かあるのは間違いない。
 だが。

「……私が出て行って、何ができるのかしらね」

 自嘲気味に苦笑を浮かべた。
 思い出すのは、いつかの日の出来事。
 『こちら』の世界の何者かが、ものすごい勢いで暴れまわりながら『向こう』の世界に現れたあの日。

 あの時は、自分ならばそれをなんとかできると思った。
 行使できる魔法は誰より多く。使い魔を用いての立体的な空間戦闘能力に関しては、『向こう』でも随一、と自負していた。
 だが。
 蘇るのは、先日見た悪夢。
 身が千切れるほどの出力で放った魔法も。
 脳髄が焼けるほど入り組んだフォーメーションも。
 己を投げ捨ててまで行使した禁断の力も何もかも。
 全てが通じなかったあの日を思い出す。

「『こっち』には、あいつもいるんでしょうし。誰かがなんとかするでしょ」

 やけっぱちに言い放って、部屋の戸棚からボトルを取り出した。
 アルコールが欲しい、と。そう思ったのは、実に久しぶりの事だった。







 さすがに自棄になって、飲みすぎたらしい。
 気付けば、部屋に転がっているボトルは、7本にもなっていた。
 昔は、グラスの一杯でも意識が昏迷したものだが、魔道に堕ちてからというもの、アルコールにも強くなったらしい。
 加減が利かず、ついつい飲みすぎてしまった。

 熱く火照った頬を軽く叩いて、席を立つ。
 少し酔いを醒ましてこよう。
 そう思い、外へ向かう。

「ん……む……。世界が斜めだわ。さすがに飲みすぎたか……」

 フラフラと左右に揺れる体をなんとか制御し、玄関の扉を開ける。

「外は……まだ紅いままか。今、何時なのかしら……」

 幻想郷は、いまだ紅の濃霧に覆われていた。
 空を見上げ、陰鬱な気分に浸る。
 日中には、光が一切届かず。
 夜は夜で、薄ぼんやりと発光しているようで、昼間と体感的な明るさは変わっていない。
 情緒が無い、と。
 ただ、それだけの事ではあったが、妙に腹が立った。

「星……見たいな」

 深い理由があって、つぶやいたわけではなかった。
 ただ、思ったことをそのまま口に出しただけ。
 それだけの事であった。
 だが。
 そうつぶやいた瞬間。


 紅い空を閃光が切り裂いた。


 続いて響いてくるのは、凄まじい鳴動と爆音。
 膨大な魔力を、ただひたすら増幅し、それを無理やり束ねた放出攻撃だ、と。
 アルコールに昏迷した頭の片隅。魔法使いとしての部分が答えを告げる。
 落雷すら生ぬるく感じるほどの閃光と音の波を全身に浴びて、アリスは圧倒される。
 そして、閃光が過ぎ去った後に見えるのは、切り裂かれた紅い空からのぞく、綺麗な星空。

 目の前で繰り広げられた壮大な出来事に、アリスはただただ圧倒され───

 パタン、とショックでその場に倒れた。








 結局、朝まで倒れている羽目になった。
 後、病苦に強くなったといっても、やはり病にかかる時にはかかるものらしい。
 アリスは、火照る額に手を当てため息をついた。

「うーん……」

 寝苦しさを覚えて、寝返りを一つ。

 結局、昨日のうちにあの紅い霧の異変は解決したらしい。
 朝になって目を覚ますと、霧は消えうせ、元の日の差す幻想郷に戻っていた。

(結局、私は表に出ないほうが、世の中うまく回るのかしらね……)

 今回の異変で、自分がした事といえば、酔いつぶれてぶっ倒れていただけだ。
 自分が何かしなくても、自分より有能な誰かが何とかしてくれる。
 自己嫌悪で、憂鬱な気分が加速する。

 カチリ、カチリと歯車がまわる。

(……それにしても、あの時のあの閃光は一体なんだったのかしら)

 昨晩見た、夜空を切り裂く閃光。
 極大の魔力放射だというのはわかる。
 今回の異変を解決した何者かが放ったものなのだろうか。
 それとも、逆に黒幕が放ったものなのだろうか。

 目蓋の裏に焼きついたあの閃光を思い、綺麗だったな、と。
 つぶやいて、アリスは眠りに落ちていった。
 




 そして、次の日の早朝。
 アリスは再び魔法の森の上空にいた。

「さぁ、はじめましょうか」

 一日寝込むだけで、体調は回復した。
 何のかんのいっても、頑丈にはなっているという事か。
 強いんだか、弱いんだかわからない自分の身体に苦笑を浮かべる。

「操糸、29体。接続。広域展開、魔力操作」

 呪を紡いで、人形たちとの接続を確立する。
 今日はより徹底した探索を見越して、前回より増員している。

 今回の目標は、果物ではない。
 紅霧が晴れてしまった以上、先日街に行った時ほどの価格高騰は、いずれ収まってしまうだろう。
 だが、今の彼女には高騰食材よりも遥かに現実的な、アイテムのあてがある。

「なんとしても、一昨日のキノコ。アレと同じものを発見するのよ」

 アリスがコツコツ地道に日々を働いた場合の20年分相当の稼ぎになるあのキノコ。
 いや、厳密にはキノコではなく魔力結晶の一種らしいが、それはまずどうでもいい。
 アレに相当するだけの費用があれば、現在製作中の、あの人形に必要な最後のパーツもきっと完成させる事ができる。

「この間は、10分少々で見つかったんだもの。がんばればもう一本ぐらいは見つかるはず」

 資料によれば、発見は極めて困難という事ではあったが。
 だがしかし、それは普通の魔法使いの話だろう。
 広域探査に向いた能力のアリスであるならば、比較的容易に見つけられるはず。

「じゃあ、みんな。頑張ってね」

 呼びかけ、人形たちを解き放った。







 甘かった。
 そう認識を改めたのは、14箇所目の特異点がはずれに終わった時点での話だった。

「考えてみれば、朽ちた霊木を依り代にするんだものね……。あれだけの霊木、しかもすでに朽ちて、強い魔力反応も何も無い対象なんてそうそう見つかるわけないか……」

 ため息をついてから、その手に持った小さな一口大のリンゴを口に運んだ。
 今のとこ収穫は、野生種とは思えない美味しいリンゴのなる樹が一本と、小屋ぐらいならなんとか建てられるかもしれない、といった程度の、辛うじて日の差す空き地が3箇所。
 後はいずれも、特異点となってから日が浅く、コレといった特徴は無い平凡なポイントであった。
 とりあえず、このリンゴは後で街に売りに行こう。
 霧が明けてまだ間もない今なら、それでも相場以上の値段では売れるはずだ。

 人形の一体が、また一つポイントを見つけたようだ。
 残りの人形の遠隔操作を続けたまま、アリスはその場所へと向かう。

「そろそろ当たりが欲しいところね……」

 先日の探索は、しみじみ運がよいだけだったんだな、と実感する。

「アレは……」

 向かっていたポイントに辿り着くと、なにやら人口の建築物が目に入った。

「家……よね」

 こんじまりとした西洋調の一軒屋である。
 割と無計画な拡張工事を施しているようで、一階の一部分だけ奇妙な方向に突出してるのが印象的だった。
 その突出した一角だけ、妙に真新しいのが気になった。
 この森に住む魔法使いは、何人かいるらしい、というのは知っていたが、実際にその建物にまで辿り着いたのははじめてのことだった。
 珍しさから、近づいてしげしげと観察する。 

「特に障壁を張ってるわけでもないし……認識阻害もかけてないのね……」

 魔法使いの拠点として見るには、やや無防備ではある。
 ひょっとしたら、空き家なのかもしれないという発想が浮かぶが、窓からのぞく屋内から生活臭が伺える。
 少なくとも、頻繁にここに出入りしているものはいるはずだ。
 好奇心の向くままさらに見て回ろうとしたアリスは、だがしかし、その瞬間奇妙な魔力を感じて、後ろに跳び退った。

 頭の中で、危険を知らすベルが鳴る。
 続けて高密度の魔力反応。
 意識が、通常モードから一気に戦闘モードへ。
 ガチン、ガチンと脳内で様々な歯車が切り替わる。
 ガッ、ガッ、ガッと。着弾音は3つ。
 ちょうどアリスの後を追うように、横並びに3つ地面に弾痕が穿たれていた。
 収束させた魔力弾による高速射撃。

「お前さんに選択肢をやろう」

 屋根の上から声がした。
 なんとなく、ちょっと前にもこんなパターンがあったなー、とか感じるのは気のせいだろうか。

「盗人らしく、捕まった上でぶっとばされるか、ぶっ飛ばされた上で捕まるか。好きなほうを選ばせてや……る………ぜ?」 

 黒い三角帽子。
 今日は、動きやすくシンプルな構造にまとめた、エプロンドレス姿。
 ついこの間見た、奇妙にして、奇怪で、奇天烈な少女が、アリスの姿を見て固まっていた。

「………色々、言いたいことはあるけどね」

 頭痛を覚えて、こめかみを指で押さえながら、息を吸い込む。

「お・ま・えが言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 久しぶりに全力で放った魔力弾は屋根の一部ごと、黒服の少女をぶっ飛ばした。

 ……おかげで、ここのところの妙に鬱屈した気分が、かなりスッとしたのは秘密である。







「ひどいぜ。何も撃たなくてもいいじゃないか……」
「問答無用で撃ってきた、貴女が言うセリフじゃないわよ」
「それもそうだな」
「……あっさり頷かれても、それはそれで納得できないものがあるんだけど」

 再び軽い頭痛を覚えて、アリスは額を押さえる。

「世の中、考えすぎない事も大事だぜ? 重要なのはフィーリングとインスピレーションさ」
「なんだか、ずいぶん刹那的な生き方をしてそうね、貴女」

 自然とため息がもれた。
 とりあえず、飛んでいった少女を回収してきて、今は家の中である。
 正面の玄関から入るものかと思ったのだが、何故か案内されたのは、増築された一階部分に作られている勝手口だった。
 今、二人がいるのもちょうどその増築部分にあたる。
 妙に物が溢れているのが気になった。

「さて、自己紹介といこうか。私は霧雨魔理沙。見てのとおりの普通の魔法使いで、ここは私の家ってわけだ」
「マリサね。私はアリス。アリス・マーガトロイド。魔法使いで、私もこの森に住んでいるわ」
「ほう、森の中で同業者は初めて会うな」
「私もよ」
「それで、一体何のようだ? こんなとこに来ても何も無いぜ?」

 どの口が言うか。
 思わずツッコミそうになるが、自制する。
 だんだん、この少女──魔理沙のやり口がわかってきたからだ。

「ここに来たのは偶然。単に気脈の吹き溜まりを巡っていたら辿り着いただけよ」
「そうか。じゃあ折角来たんだから、茶でも飲んで、即行帰れ」

 これが、この少女の話法なのだろう。
 意図的に、身勝手で相手の反論を煽るような物言いをする。
 そして、本題を有耶無耶にしてしまう。
 相手のペースに持ち込まれると、なんともやりにくいタイプの相手ではあった。

「その前に、何かやることがあるんじゃない?」
「ふむ? 年頃の女の子が二人集まってやる事といえば………恋の相談か!?」
「いや、そうではなくて」
「じゃあシンプルにお茶でも飲むか」
「違う」
「トランプゲーム?」
「それも違うわ」
「ジョイメカファイトで対戦か?」
「いや、何よ。それ」
「うーん、わからん。オーディエンス使ってもいいか?」
「誰に聞きに行くつもりよ!?」

 思わず叫んでしまった。
 いけない、いけない。
 自分のペースを維持しなくては。

「……そろそろまじめな話をしたいんだけど、いいかしら」
「OK、わかった。この間のレアキノコの件だな」
「わかってるなら、何でもっと早くその話題に入らないのよ……」
「性分だぜ。気にすんな」

 魔理沙は、そういって用意してあったお茶に手をつけた。

「それで?」
「私の要求は一つだけよ。アレ、返しなさい」
「んー。私としても、アレを探して延々2週間も森をさまよってたんだぜ? 折角手に入れたのに……」
「先に手に入れたのは私よ。返しなさい」
「今すぐ?」
「ええ、今すぐ」
「100年後ぐらいじゃだめか?」
「いや、そんな経ったら、貴女生きてないんじゃないの」
「ああ。あんた、生粋の魔法使いだろ。職業じゃなく、種族としての」

 その言葉が、ほんの少し胸に刺さる。
 最終的には自分の意思でなったとはいえ、ついこの間までは、ただの人間だったのだが。
 一瞬、歯車が軋んだ様な気がした。

「ええ」
「なら、100年なんてあっという間だろ。それまででいいんだ。貸してくれよ」

 200年も、300年も生きてれば、いずれはそういう時間感覚にもなるのだろうが。
 あいにくこちらは、成り立てで、時間に対する価値観はそちらと同じなのだ。

「却下よ。返しなさい。今すぐ」
「ふーむ」

 この手のタイプの相手との交渉は、ともかく要求をシンプルにし、それだけを押す事だ。
 下手に妥協点を作れば、そこから、じゃあアレも、コレもと、どんどんその妥協点を広げられる羽目になる。
 解釈の違いによって、内容が変わるものや、下手な条件付の交渉は命取りなのだ。

 組み難し、と判断したのか、魔理沙はしばしの間を腕を組んで、うねった。

「実を言うと、だな」
「?」
「すでに、使ってしまった後なんだが」
「なにぃぃぃぃっ!!」

 思わず立ち上がってしまう。

「私の20年分の収入が……」
「まぁ、そう気を落とすなよ」
「だから、お前が言うなぁぁぁぁぁぁ!!」

 思わず、胸倉を掴んでブンブンと振り回した。
 しばし、して。
 はぁ、はぁとようやく息を落ち着けて、席に座りなおす。

「目が回ったぜ」
「知ったこっちゃないわ。それで、使ったって何に?」

 売った、とは言わなかった。
 魔道材料として何かのアイテムに使用、もしくは加工したのだとすれば、それを代価に取り上げるという選択肢もある。
 観念したのか、魔理沙は両手を降参とばかりにあげて、ソレを懐から取り出した。

「コレは?」

 色に関していえば、先日みたあのキノコと同じ、エメラルドのような緑色の宝石である。
 大きさは一回り小さくなり、キノコとしての外見は消え、上下に引き伸ばした八面体に加工されている。

「素材特性である、魔力の収束と蓄積の性質をそのままに、魔力炉心として再構築、結晶化させた代物だぜ」
「魔力炉心?」
「平たく言うと、魔力の増幅と、自己精製だな。周囲の……とりあえず、加工の段階では大気の魔力に焦点を合わせてあるが。ともかく周辺の魔力と術者の魔力を束ねて、炉心自体が生み出す魔力上乗せして解き放つ。そういう風に加工したつもりだったんだが」

 話だけを聞けば、魔力の大砲のようなものか。
 ふと、あの紅い霧の満ちる夜に見た閃光を思い出した。

「違うの?」
「どうも蓄積の性質が強すぎるみたいでね。魔力だけではなく術式なんかも蓄積できるみたいなんだが、増幅や収束の効果が発揮しない。魔力を溜め込む事はできても、入力と出力はあくまで等位になる」
「……………つまり?」
「術を保存しておいて、好きな時に発動させる。そんな代物だな。結晶自体の精度と、想定している魔力の絶対量の違いから蓄積できる量は桁違いに多いが、似たようなアイテムはもっと安価なものが多いから、実質には失敗作だぜ」

 魔理沙の言葉を一つ一つ、噛み砕いて租借する。

「な? もう価値はないものなんだから、別に慌ててもって行く必要なんてないだろ?」
「……ちょっと待ってね。マリサ、確認するわよ」
「?」
「そのキノコ……っていうか結晶は、魔力と術式を蓄積するアイテムなのね」
「ああ。だが、そういうアイテムは他にも……」
「それはさっきも聞いたわ。それで、一度使用した術式は消費されるの? それとも魔力だけが失われる形? あと魔術式の保存料はどれくらい?」
「そこまで念入りに確認したわけじゃないが……。性質を考えれば、魔力だけが消費されるはずだ。術式はあくまで魔法の設計図であって、消費される類のものではないからな。あるいは術式自体に加工は必要かもしれんが、残す形式は取れるはずだぜ」

 続けて、虚空に数字を書いて何かを計算するようにしながら、続ける。

「あくまで概算だが。記憶容量は一万倍は超えるはずだ。いくら保存できる式が多くても、蓄積できる魔力の限界量はせいぜい5.6種類分だろうけどな」
「増幅、収束の効果が発揮しないと言ったわね。先程言った周囲の魔力の取り込みは?」
「微妙だが可能だ。ただし大きな魔法を発動させるだけの量を確保するとなると、膨大な時間を要するんじゃないか?」
「これらの性質は磨耗するの?」
「データとして信頼できるほどの耐久テストは行っていないぜ。とりあえず、何回か術式付きで魔法を込めて、撃っての動作試験をした限りでは、劣化はしないようだが。入出力する量が大きいと破損する可能性はあるな」
「なるほど……」

 ピースが一つずつ埋まっていく。

「……失敗作、と言ったわね」
「あ、ああ」
「とんでもない。おそらくは、コレこそが私の捜し求めていたアイテムよ」

 そう言った私の顔を、魔理沙は不思議そうな顔で見返していた。







 自律人形を作るにあたって、最大の難点となっていたのが、経験と記憶の蓄積だ。
 経験も記憶も、共に魔術式に変換する事で、特定のアイテムなどに保管する事そのものは可能だ。
 問題となるのは、その容量である。
 経験や記憶というのは、一般的な魔術式に比べ、圧倒的に情報量が多いため、普通のアイテムにはほんのわずかしか保管することができない。
 自律人形に「自我」と呼べるだけの物が生まれるだけの、経験と記憶を蓄積させるには、そういう一般アイテムの何万倍という保存領域が必要になる。
 そして、いくら保存領域があっても、無限というのは物理的にあり得ない。
 そこで、知識を取捨選択する、生物で言うところの「忘れる」という機能を持たせなければならないのだが、コレを実行するためには、複雑高度な術式に加え、微量ではあるが持続的に一定量を供給可能な魔力が必要となる。
 たとえば、精製技術を駆使し、なんとか記憶容量を何万倍にも拡張できたとして、その自動削除「忘れる」という機能が常時稼動できるよう自ら魔力を集められないようでは意味が無い。

 膨大な記憶容量。
 魔力の自己精製。

 キーポイントとなる2つを両方併せ持つのが、そのものずばり今回のアイテムだった。







「……わかった?」
「なるほど。自律人形のコアにするって事か」

 魔力炉を組み込む事で、コアから発する命令通り身体を自由に動かせる素体は、すでに8割方完成している。
 術式の調整にまだ時間はかかるだろうが、それはあくまで『時間がかかる』だけで完成については目処がついている。
 最大のネックであったコアパーツさえ手に入れば、なんとかなる。

「……ひとつ、条件がある」
「何よ」
「その自律人形の作成。私にも手伝わせてくれないか?」
「え?」

 予想外の言葉に、思わず口が開いてしまう。

「一応、失敗作とはいえ、その結晶体は私の作品だぜ? それがどんな物を作るのか見届けたいってのもあるし」

 そこまで言って、ニッと、いつか見たアリスにはできそうにない快活な笑みを浮かべ、

「正直、楽しそうだなって思ったんだ。あんたを手伝うの」

 ガチリ。歯車が軋む。

「……なんで、そう思ったの?」
「あんた、さっき私に言っただろ。刹那的な生き方をしていそうだって。言われて。そして、あんたの話を聞いて、しみじみ確かにな、ってそう思ったんだよ」

 照れくさいのか、魔理沙は頬を指先でかきながら、

「んで、あんたみたいに、しっかりと目標を見据えて、一つの事に取り組む姿という生き方。それを見ていたくなった。それが理由だぜ」
「…………」
「まぁ、私自身はあくまで今の生き方を変えるつもりはないし、あんたのように先を見据えて生きていけるとなんて思ってないけどな。あくまで、あんたを見ていたいと思った。それだけの事だぜ」
「正気? 貴女も魔法使いならわかるでしょう。他の魔法使いの研究に関与するって事がどういう事なのか」
「もちろんだぜ。だから、私は積極的には関わらない。手が必要な時だけ呼んでくれればいい。もちろん、完成したら私にも披露してくれる、ってのが条件だがな」

 どうだ? と魔理沙が視線で問いかけてくる。
 条件としては、破格ではある。
 いや、そもそもこちら側のリスクと呼べるだけのリスクも存在しない。
 だが。

「こちらからも条件よ」
「なんだ?」
「私の持ち物をかってにもって行かない。研究資料はもちろん、私物もね」
「……………………………………オーケーだぜ」
「今の長い沈黙はなんなのよ。そして、もう一つ」
「?」
「とりあえず。一度、謝罪を要求するわ。例の結晶体。奪って行ったの、許したわけじゃないんだからね?」

 それはすまなかった、と魔理沙は素直に頭を下げた。







 二人は夏の湖に来ていた。

「あの屋敷に膨大な魔道書があるってのはわかったけど……本気なの?」
「勿論。つうか、今まで私はあそこに何度も行ってるしな。大丈夫、正面突破すれば、すんなり中に入れてくれるさ」
「いや、なんか色々と言葉おかしいでしょ、ソレ」
「私的にはオールオッケーだ!」







 二人は秋の森に来ていた

「言ってたじゃないか、術式の発動に一時的に魔力を貯めておくコンデンサが必要だって」
「確かに言ったけど……」
「そういうのの精製に向いた魔力キノコがこの当たりにあるんだって」
「この一面の落ち葉の中のどこか、でしょ。どうやって探すのよ」
「そりゃ、もちろん気合だな。後はキノコへの愛」
「…………」







 二人は冬の雪山に来ていた。

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おい、その石早く捨てろっ。もたもたしてたら、雪崩に飲まれるぞ!!」
「いやよ! こんな寒い思いしてまでようやく手に入れた貴重な鉱石なのよ!!」
「そうはいうが、って、ギャァァァ………」
「マ、マリサァァァァァ!!!」







 初めのうちこそ、考え方の違いから、衝突を繰り返したものの、何ヶ月目からは、純粋に誰かと協力してものに当たることを楽しむことができた。
 歯車の幻聴が聞こえなくなったのはいつからだっただろうか。
 お前を見ていたい、と。
 意志をもって、生きているお前を見ていたい、と。
 そう言ってくれる友ができた。

 こんな作り物の自分でも、価値を認めてくれる人ができた。

 きっとそれが理由なのだろう。







 そして、春。







「つうか、暦の上ではもう春だろ? なんでこんなに雪積もってるんだよ」
「まぁ、雪解けが遅い年もあるでしょうしね」

 アリスは、家にやってきた魔理沙を玄関で出迎えていた。
 研究室である工房まで案内する。

「それで、ようやく完成したのか?」
「試作体だけどね。これまでの人形とは違って、簡単な受け答えと、経験蓄積に伴う自己判断はこなせるはずよ」
「まだ、動かしてなかったのか」
「完成したら見せるって約束だったけど、どうせなら立会いたいでしょ?」
「そりゃ、そうだぜ」

 そういって魔理沙は快活に笑った。
 我ながらずいぶんとまぁ、仲良くなったものだと思う。

「こいつ、か」
「そう。銘は『上海人形』よ」

 机の上に座らせた人形。
 一見するだけならば、普通の人形と大差は無い。
 だが、その内には、様々な複雑高度な魔術式や、魔術素材がふんだんに使用されている。

「当分の間は、自律と呼べるだけの行動は無理でしょう。経験を蓄積していって、最終的には自我のようなものが目覚めるとこまでいければ、と思う。どれくらい時間がかかるか見当もつかないけどね」
「イケるさ、お前が作った人形なんだ。間違いないぜ」

 そういって、魔理沙はニッと快活な笑みを浮かべた。
 その快い笑みに、微笑み返して、アリスは術式を起動させた。







 この子に自我が芽生えるとすれば、それはもっとずっと未来になる事だろう。
 その時、この子は自らの生い立ちに悩むかもしれない。
 製作者である私を恨むかもしれない。
 でも、私は貴女を認めよう。
 作り物の私から生み出された、やはり作り物である貴女の価値を認めよう。
 貴女が作られるまでに、様々な試行錯誤があった。
 友と積み重ねた思い出があった。
 例え作り物と呼ばれようと、貴女は己を誇ればいい。
 貴女が芽生えたその事実は価値のある事なのだから。
 プロットタイトル:
 アリスの異常な愛情〜または如何にして彼女はロリスである事を止め”魔理沙”を愛するようになったのか〜

 割とギリギリまでタイトルで悩みました。
 後、裏テーマとして『歴史の穴埋め』。
 怪綺談から紅魔郷と妖々夢にかけてのアリスを書きたかったわけですが。
 歴史の……『穴』…埋…め?

 それでは、読了ありがとうございました。
ZID
http://etsnow.bufsiz.jp/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 08:06:41
更新日時:
2008/03/13 22:02:43
評価:
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POINT:
0
Rate:
5.00
1. 6 小山田 ■2008/02/13 02:13:39
バランスも文章も構成もよくまとまっていると思います。ただ、ほんの少しの物足りなさが残りました。印象に残る何かが欲しいと感じました。
2. -1 ■2008/02/14 13:48:38
歯車の謎が自分の中では未解決。妙なもやもやが残ってすっきりしない。
3. 7 反魂 ■2008/02/16 03:14:20
 全体的な語りの流れが非常に滑らかで、文章も小気味よく、小さな回転の捻りも利いており総じて読みやすかったです。
 ただ帰結点にはちょっと疑問も。
 それは結末そのものに得心が行かないという意味でなく、前半の語りの軸と結末とに微妙ーな齟齬を感じるという。まったく別方向という訳ではないのですが、若干拍子抜けした面もありました。
4. 6 あまぎ ■2008/02/21 17:31:28
非常に現実味のある、よく推敲された作品だと思います。
冒頭の戦闘、その迫力に胸が躍りました。

地脈云々による空白地帯という設定、またアリスの人形操作、時系列の絡め方。この辺りも凝っていて、なるほど、と考えさせられました。
多分、もっと高い点数が相応しいのでしょうが……何分、旧作を知らないもので……。
ああもう、旧作知らないだけで人生の1割損してるな自分。
ちなみに東方自体を知らない人は人生の3割損してるらしいですよ。
ソースは友人。……どーでも良い話してすいません。

とにもかくにも、戦闘描写が苦手な自分にとって、またリアリティある文章を目指す自分にとって、大変参考になりました。
ありがとうございました。
5. フリーレス 俄雨 ■2008/02/21 18:18:28
あれ……もっともっと、お話が続くような……いや、何かスッポリと抜け落ちているような……
6. 8 名無しの37番 ■2008/02/23 18:08:18
魔法使いの友情物語、王道ですね。
魔理沙とアリスの対比が、アリスの心理描写を主体に上手く書かれていると思いました。また、随所に出る紅霧による経済効果やらキノコや八卦炉や自律人形についての魔法理論など、論理立てて説明されていて、かつそれが文章のリズムを崩してないのがツボでした。
ただ、ちょっと最後が駆け足だったかな、と思いました。アリスの歯車の音が聞こえなくなったくだりや、上海誕生の瞬間など、もうちょっと盛り上がってもよかった気がします。
7. 9 織村 紅羅璃 ■2008/02/25 19:07:41
紅魔郷のときのアリス、上海人形の誕生、そして魔理沙との出会い。
公式では発表されていなかった歴史を垣間見ることができたのは、実に興味深かったです。
そして恰好いい。
表現方法が惚れ惚れするぐらいに恰好いいです。そしてアリスも。
唯一惜しかったのが誤字。
あまり目くじらを立てる気はありませんでしたが、殆ど完璧な作品だっただけにわずかなミスでさえも目立ってしまって、そこが口惜しいところです。
8. 2 飛び入り魚 ■2008/02/27 17:52:48
もったいなあい! ああ、もったいない!
人形作成の過程、魔理沙と親密になる過程を、
せっかくいい感じに書けていたのに最後の最後でぽつんと終わってしまった。
最後にもう一山挿入して、そこにメインアピールポイントさえあれば。
作者さんがアリスになりきっているのが高ポイント。
全ての文から一種のアリスの陰臭さがにじみしたたる文章に惹かれた。
9. 8 ■2008/02/27 22:09:23
(プロットタイトルの方が親しみがわくのはなんでだろう……)
手ぬぐいに軍手〜とか、『私は私だぜっ!』とか、キノコへの愛〜とか、
魔理沙の魅力が一杯に詰まっていて感激しました。
同時にアリスの心理変化もしっかり描かれていて、読んだ後に充足感のある一本でした。
ただ最後のまとめで、友との思い出の集大成的な意味が、ちょっと弱かった気がします。
なんか上海の自己に関する一言、みたいな雰囲気が強くて。
最後だけ主眼がアリスと魔理沙、からアリスと上海、に変わってしまったような。
(ちょっと曖昧ですみません)
10. 5 つくし ■2008/02/28 19:03:15
大胆な設定解釈と改変。かなり危いバランスの上でこの物語を紡ぎあげた作者さんに乾杯。
文章のテンポがちょっと鈍く感じたのと、アリスのニヒリズムの表現として歯車の音を使うのがちょっと月並みに感じたのとで、この点数で。
11. 4 ■2008/02/28 20:29:11
紅霧異変はともかく、妖々夢の頃に関しては魔理沙と久しぶりに会うんじゃ?アレ、霊夢が久しぶりか。
悪くはないけどテーマの処理が甘い気も
12. 4 たくじ ■2008/02/28 22:31:19
幻想卿には申し訳ないけれど笑いました。
最初の霊夢との弾幕戦にはあまり意味が無いように思いました。その後の展開につながっている感じもしなかったので。そしてアリスが自分を機械仕掛けだと思う妄想は、どうしてそう思ったのかがよくわからないし、これもその後の魔理沙との出会いとそんなに関係が無いのではないかと。
なんだか一つ一つがバラバラだなぁという印象です。
アリスと魔理沙が出会ったシーン、と再会の場面での台詞回しは好きです。勢いがあって気持ちがいいですね。
13. 7 カシス ■2008/02/28 23:31:38
旧作から紅魔郷への過程ですね。その時に魔理沙に会っていなかったら、きっとこんな感じになっていたでしょうと思います。
14. 5 椒良徳 ■2008/02/28 23:55:40
またあっさりとアリスが禁書に手をかけるなあと思ったら、夢でしたか。
公式設定と合致するかどうか微妙な所ですが、まあこういう作品も悪くない。
15. 5 時計屋 ■2008/02/29 00:42:35
文章は丁寧で読みやすいのですが、どうも展開が冗長な気がしました。
最初の弾幕勝負や紅魔異変の話は要らなかったのではないでしょうか?
個人的には、一つのテーマ、一つの話に絞ったほうが良かったのではないかと思いました。
16. 3 木村圭 ■2008/02/29 04:54:38
おいおいハニー、いつの話をしてるんだい? と前置き。
ストーリーに盛り上がりが足りない感じもしますが、それすら減点材料にならない良い作品だと思いました。が、何度読んでもアリスの生い立ちがさっぱり分かりませんデス。
17. 5 とら ■2008/02/29 09:34:41
お題との絡みが少しわかりにくかったです。また、話の内容にももう一捻り欲しかったです。
18. 6 らくがん屋 ■2008/02/29 11:08:49
後書きで思う――辞書登録使おうぜ☆
作品としては嫌いじゃないけど、もうちょい長い方が好みではあった。短くまとめている、というには序盤が微妙に長いし。構成がどうもしっくりきませんでした。
19. 4 つくね ■2008/02/29 12:36:36
上海人形の誕生に魔理沙が関わってくるとなれば、あのスペルも確かに納得がいきますねぇ。
20. 2 中沢良一 ■2008/02/29 15:16:22
なぜアリスは自分を機械仕掛けだと思ったのか、そこが読み取れませんでした。なので感情移入が出来なかったです。
21. 6 ルドルフとトラ猫 ■2008/02/29 19:11:50
そのテーマ前回のだろ?!
一応みんなしたであろう突っ込みおわり
良いものを読ませていただきました 感謝!

22. 9 K.M ■2008/02/29 19:42:21
アリスの心理描写と魔理沙のアグレッシブさは読んでいて楽しかったです。
悩むアリスを見て「作られたにせよ生まれたにせよ、今自我があるから自分はいる。いることに理由は要らないんじゃないだろうか?」と
思った私はきっと魔理沙以上に底抜けに刹那的なんでしょうね。
……で、あとがきの文章から察するにこれはもしや前回のコンペの未発表作プロットが使われていたりするのでしょうか……?

「卿」の字は、まさしく玉に瑕と言うべきでしょうか。
23. 10 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:50:06
魔理沙とアリスらしいやりとりだなと思いました。
なんか魔理沙の前ではアリスって人が変わるような、変わらないような。
所々面白いネタも組みこまれてたし、そういうネタ系好きなんで楽しめました。
ただ、穴埋め系のSSは矛盾点とか色々問題をこなさないと書けないので難しい。
でも、この物語はほんと良くできてるなと。
弾幕描写も上手いし、紅霧異変ではアリスは酒を飲んで倒れてたことも分かったしね!!
ちなみに自分が1番気にいった場面はですね「紅い空を閃光が切り裂いた」の場面だったりします。
気にいったというか、1番印象に残った場面かな。
後、アリスが突っ込む場面が良かったw
24. 8 レグルス ■2008/02/29 20:21:22
描写がとても鮮明ですね。
憂鬱で淡々としたアリスの心情が、
少しずつ晴れていく様子がとても印象的でした。
25. 3 O−81 ■2008/02/29 21:44:22
 いろいろと惜しい。最後急ぎ足だったのが勿体なかった。
 歯車の伏線も回収しきれてない気が。
26. 9 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:47:51
クールな話なのにあとがきは下。そんなあんたが大好きだ(ぇ
重苦しい雰囲気が徐々に解きほぐれていくのはなかなか爽快でもあり。
色々と感慨深いものはあるものの言葉足らずな自分が恨めしい。
27. 10 12 ■2008/02/29 22:01:18
なにこのアリマリ。パチュマリ派の私が10点を入れてしまった。
28. 5 BYK ■2008/02/29 22:08:04
いやいや「穴」は前回のお題ですから(待った
願わくば、魔理沙の目が黒いうちに自立人形が完成することを(ぉ
29. 4 赤灯篭 ■2008/02/29 22:27:15
 序盤から中盤にかけてはそのアリスの心象描写の巧みさに目を見張ったのですが、後半特に盛り上がることなく流れてしまった印象を受けました。難しいかもしれませんが、せめてもう一波乱ほど途中にあればもう少しよくなったかもしれません。
30. 6 綺羅 ■2008/02/29 23:01:44
旧作のアリスが昔のアリスでそれを遵守しろなどと勝手なことは言いませんが、里ではなく街とか、燃料が存在しないのにボイラーとか細かい違和感が付きまとい、文章としては端正なのですが心から入り込むことができませんでした。妖々夢での霊夢と魔理沙のアリスとの会話の差から一般に考えられているようなアリスの過去の固定概念を破ってこのように書き表したのは立派です。歯車の幻聴に関してもう少し突っ込んだほうが御題に沿ったといえるのではないかと思えたのですが……。
31. 7 moki ■2008/02/29 23:21:50
機械なアリスと奇怪な魔理沙でしょうか。創造者ー製作物の関係性があるからこそ、歯車の幻聴が聞こえていたのだろうか?
ん……白歴史はなかったことに?
32. 6 blankii ■2008/02/29 23:50:41
『穴』は前回のお題ですよー。ともかく魔理沙とアリスがどうにも共同開発者風味で良い感じです。『りさーち&でぃべろっぷめんと』は男のロマンだ――。

33. 6 カミルキ ■2008/02/29 23:57:43
じかんが たりない
34. フリーレス ZID ■2008/03/10 22:20:06
 お読みいただきありがとうございました。
 いや、何せ中だるみの激しい構成なもので、正直最後まで目を通してももらえるかも不安だったのですが、これほどの人に読んでいただけるとは……。
 ちょっと喜びの余り、道端で『最終鬼畜(ry』なぞ歌いだして通報されそうな勢いです。

 さて、まずは多数の方から指摘を受けてる件について。
 女々しくも、一応は釈明をさせていただきたいと思います。

 今回の作品を一言で表すなら『10週打ち切り』とかが適切でしょうか。
 初期プロットでは、作中のラストシーンがちょうど作品の折り返し地点になるはずでした。
 むしろ、ここからメインパートになる予定だったんですね。
 複線の未消化、序盤の展開と結末の齟齬などは、この辺が原因です。

 なんといいますか……。
 ずっと先まで思い描いていた作品を、無理矢理結末にもっていく作業がこんなにも悔いが残るものだとは、思いもしませんでした。
 これから、面白くなるのに、と。
 この伏線が明かされた瞬間、きっと読者は驚いてくれるのに、と。
 そう思いながらシーンを削っていく作業の辛い事、辛い事。
 一応の完成に漕ぎ着けた瞬間の、微塵も達成感の無い無気力感といったらありませんでした。

 未完成と呼ぶのさえどうかと思えるこんな欠陥作品ですが。
 これだけの人に読んでいただき、面白いと言って貰えた事、ここをこうすればと助言頂けた事。
 投げかけられた一言一句、何もかもがありがたく、感謝してもし切れない思いで一杯です。
 投稿締め切りが迫り、どう計算しても終わる見込みが無く。
 いっそ投稿しない事も考えはしました。
 ですが、完成すら諦め後悔するより、出すだけ出して後悔したほうが良かろうと思い、何とか脱稿。
 とても真っ当な作品とは呼べませんが、それでもこれだけの意見をもらうことができました。
 この判断だけは間違いではなかったと。
 そう思います。 

 改めて。
 全ての読了いただきました皆様に。
 感謝を。



 えー……。
 通常であれば、全レスに行くのですが、今回は控えさせてください。
 欠点指摘に対する、見苦しい弁明ばかりになってしまうので(涙

※追記と称した簡易個別レス

>後書きで思う――辞書登録使おうぜ☆
 辞書登録した言葉が間違っていました orz
 なんという孔明の罠……。

>もしや前回のコンペの未発表作プロットが使われていたりするのでしょうか……?
 いえ、ただの偶然です。ネタにはしましたが。
 原作未着手のシーンや歴史を夢想するのはもはや私のライフワークとさえ言えるものになってまして。
 そんな私はオラザク大好き。

>旧作知らないだけで人生の1割損〜
 私の旧作の知識はイザヨイネットと動画サイトのでプレイムービーに依存してます。
 序盤の戦闘シーンのイメージを固めるために、アリス戦のあたりは20〜30回は見たかもしれないですねぇ。

※追記の2
 一応、完全版と称して、カットしたシーンを補完しながら、丸々消えた後半部分を加えたものを現在執筆中。
 公の場には出せないですが、HPあたりでそのうち公開しますんで、興味をもたれた方はたまにのぞきに来て頂けると幸いです。
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