永久機関は幻想の最奥で回る

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 08:27:34 更新日時: 2008/02/13 23:27:34 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


ここは魔法の森。


それも森の住人である魔理沙やアリス達ですら滅多に立ち入らない人外魔境の最奥部。
そんな鬱蒼とした密林を、これまた面妖な漆黒の球体がフヨフヨと宙に浮かんでいます。
球体は風船の様に無軌道に木々の間を行き来していますが……

ふよふよ、ゴチン! ふわふわ、ゴツン!

「痛ったぁ〜い、なんなのよ、もー」

黒い球体は鬱蒼と茂る木々に何度も何度も激突しています。さすがに堪らなくなり
身に纏った“闇”を解放しその姿を現したのは、宵闇の妖怪・ルーミアでした。
彼女は赤く充血したオデコと鼻柱をさすりつつ、ちょっぴり涙目でその場にペタリとへたり込んで
しまいます。

「あぅぅ〜〜痛いぃぃ〜〜」

少々気の毒な姿ですが、彼女にとっては日常茶飯事のこと。

というのも彼女は日光が大の苦手。日中は暗闇を周囲にまとったまま、矢鱈滅多にあさっての方向に
突き進む傾向があるのです。だから先程のように見えぬ障害物に激突して思わぬ怪我をしたり、
また、闇を解いた時に自分が見慣れぬ場所にいて迷子になってしまう、そんなこともしょっちゅう
なのでした。例えば今みたいに。


「此処……どこ?」


ルーミアは周囲を何度も見渡して、ここが彼女にとって未知の領域ということを再認したようです。
僅かに木々を照らす斜光はそれを黄色に染めていて、程なく茜へと染まる兆しを見せていました。
真昼もとうに過ぎ去り夕刻を迎えるのも時間の問題。
けれどルーミアにはどうしても解決したい課題がありました。それは、


(ぐ〜〜、きゅるるる〜〜)


鳴り出したのは、もちろんルーミアのお腹。
彼女はここ二、三日、食事らしい食事をしていません。わずかにありつけたのは幾つか落ちていた
季節外れのドングリだけ。獲物を探して踏み入れたことのない森の奥へ奥へと進み、
木々に激突して傷だらけになりながら、食べるものも見つからずフワフワさまよっているのです。
少々哀れではありますがそれも捕食者の定め。

ともかく、彼女はポケットに残しておいた最後のドングリを取り出してポリリと囓ると……

「まったくさー 私はリスじゃないってのに。
 はぁ……鹿でも兎でも、なんでもいいからお肉が食べたいよ……できれば人間が良いけど」

なんて、ぼやきながら……これからどうしようかと思案していました。
すると……


「(〜〜〜♪♪〜〜〜♪〜〜)…………ん? なんだろ、この音?」


どこからか音が聞こえてきます。それも木々のざわめきといった自然音とは違います。
明らかに人為的な音です。それもルーミアも何度か聞いたことのある音。
そう、これは……バイオリンの音。

(ラッキー♪、近くに人間が居る!)

そう思い、ルーミアは音のする方へ進路を決めました。
サク、サク、サク、と音を立て、木の根をかき分けてルーミアは進みます。

(うわ……、すごい……)

しばらく進んだルーミアが辿り着いたのは一面に枯れ芝が広がる奇妙な広場でした。
直径にして約十数メートル、それまで鬱蒼と茂っていた森の上空は嘘のようにぽっかりと開け、
青空が広がり、奇妙な薄明かりに包まれたその広場は、日光が苦手なルーミアでさえも心地よい
気分に包まれる、そんな不思議な空間でした。

(バイオリンの音はどこから聞こえるのだろう?)
 と、ルーミアはきょろきょろと辺りを見回します。

まず彼女の目に入ったのは、その広場の中心に鎮座している木組みの奇妙な小屋でした。
まるでサイコロのようなそれは四方を平板で囲われて、屋根も壁も無く、およそ居住には適さない
その形状。なによりも一番不思議なのはサイコロの側面に据え付けられた水車のような大車輪です。
その何が不思議かといえば、周囲に川も風車もないのに車輪だけがグルグル、グルグルと
軽快に回転し続けていることでした。

(音がするのは……、あっちかな?)

ルーミアは音のする方へ、小屋の脇を通りすぎグルリと建物の反対側へと歩を進めていきました。
途中で彼女が目にしたのは積み上げられた幾つもの“がらくた”。大きいのもあれば小さいものもあります。
ボロボロにやつれた旧世代の家具が大半でしたが、中にはルーミアの見たことのない目新しい
ピカピカのものも転がっていました。
そんな雑多な置物の中、ひときわ大きな“がらくた”の上に、一台の古びた蓄音機が乗っています。

レコードをクルクル回して演奏し続けるその蓄音機がどうやら発生源にちがいないようです。
ルーミアは様子を見るために、ゆっくりと蓄音機に近づいていきます。


「おや……お客さんとはめずらしいな」


突然の声にびっくりしてルーミアが振り向くと、そこには初老の、人の良さそうな男性が佇んでいました。
随分と古めかしい洋服を身にまとったその男性は、小屋の傍らから離れてゆっくりと歩み寄ると、
ルーミアに優しく語りかけました。

「こんにちは、お嬢さん。多分始めまして、かな?」
「うん。はじめまして、だね。私はルーミアっていうの、よろしく。おじさんは?」
「私かい? 私の名は『ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラー』という」

「よはん……えるん……、何?」
「『ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラー』さ」
「うぅ……ダメ。覚えられないかも……」
「はは構わんよ、覚えにくい名前だからね。ならば私のことを『オルフィレウス』と呼んでくれたまえ。
 みんなは僕のことそう呼ぶからね」
「オルフィ……レウス……、うん、それなら、なんとか覚えられそうだね……多分だけど」

彼の名を覚えることができてホッとしたのか、ルーミアは漸く本題を切りだしました。

「それじゃあさ……早速だけど『オルフィレウス』は食べてもいい人間?」

思いも寄らない質問にちょっぴり驚いた様子の男性でしたが、
やがて柔和な表情に戻るとやはり優しく語りかけます。

「ははは。僕なんか食べても美味しくないだろう、それより、君はお腹が空いているのかい?」
「ええ、とっても」

男性は全く気付かない様子でしたが、相変わらずルーミアの視線はひどくギラついたままです。

「そうかい、それじゃ君のために“ごちそう”を用意してあげるから、それで勘弁してくれるかね?」
「美味しいお肉じゃなきゃダメだよ?」
「はは、注文が多いお客だね。オーケー、お肉だね。了解したよ」
「わたし、結構食べるほうだから多めにお願いね?」
「ああ大丈夫、いくらでも用意できるから」
「うん、お願いね〜〜」

ルーミアは男性の申し出を承諾することにしました。
なぜかといえば……彼を捕食することは彼女にとって造作もないことなのですが、初老の男性は、
残念ながら良質な肉とは言い難いのです。ルーミア好みの肉質ではありません。
ですから彼の用意する料理に期待する方がいいと判断したのでしょう。
もし彼の用意した料理が口に合わなければ、“彼”を変わりにしよう、という算段なのです。

ルーミアは促されるままに“がらくた”の一つ、サイコロ小屋の脇に置かれたダイニングテーブル
に座ります。上機嫌で頬杖をつき、レコードの演奏に合わせハミングで口ずさんでいます。
けれど、果たして肉料理など出来るのでしょうか。
見渡す限り、精肉はおろか小麦などの食材すらひとつも見あたりません。
石弓と猟犬を引き連れて“鹿狩り”に行ってくる、などと言い出しかねない状況です。

しかも、男性が取った行動と言えば『奇妙なもの』をテーブルに乗せただけなのです。

まずは、“何も乗っていない”真っ白な大皿。これは至って普通です。恐らく肉料理を盛りつける為でしょう。
続いて現れたのは、見たこともない金属製の器具です。まるで巨大な“逆向きのシャンパングラス”
それを、大皿をスッポリ隠すようにしてテーブルへ屹立させました。

「ちょっと待っていてくれたまえ。すぐ出来上がるから」

そう言って小屋の方へ近づくと、ゆっくり回転している歯車のほうへと歩み寄りました。

それは見れば見るほど不思議な歯車でした。歯車の側面に幾つも据え付けられた紐付きの“おもり”が、
歯車の回転に合わせて、その頂上に達するごとにゴトゴトと音を立てて落下しているのです。
まるで、“おもり”自体が重力で歯車を回しているように……

男性は回転している歯車、その車軸の根本辺りから延びている錆びた金属製のレバーへと手を伸ばしました。
レバーの先端に付いている留め金を外して握り込むと、勢いに任せて手前に引き込みました。

ギギギ、ガチン、ガチン、ギギギ

重そうな歯車がきしむ音、錆びた金属のかみ合う音とともに、

ごぉん、ごぉん、ごぉん

先程とは比べものにならない速度で車軸が回り始めました。
順調に動作していることを確認し終えたのか、男性は引き返しテーブルへと戻ってきます。
イスを引き、深々と腰をかけ、腕を組み、暫くそのままにしていました。
全くと言っていいほど料理に取りかかる素振りはありません。相変わらず、ゴン、ゴンと歯車の音が
聞こえてきます。

あのー、お腹すいてるんですけど、そうルーミアが声をかけようとした矢先……

「もう、いい頃合いだろう」

そう言って男性がその“がらくた”、シャンパングラスのお化けをグイと持ち上げました。

すると……

何もないはずのその場所に鎮座していたのは……ホカホカと湯気を立てている出来立てのローストビーフでした。
途端、牛肉の匂いが飛散して、周囲を幸せな気分で浸食していきました。

「わ、凄い! 何で?」
「はは、そんなに驚いて貰えると嬉しいかな。さ、どうぞ召し上がれ」

ルーミアは、用意されたフォークとナイフを使い、切り分けた肉片を口に運びます。
暫くぶりの食事です。思わず表情が綻ぶのはしかたありません。それも久方ぶりの牛肉です。
人間の家畜である牛を襲うこと、それはあの凶悪極まりない腋巫女を敵に回すに等しいのです。
だからこんな上質の牛肉なんて、祭りの日でもなければ食べるチャンスは皆無なのです。

「でも……何で急にお肉が出てきたの?」

男性は、肉料理には全く手を触れず、ただ嬉しそうに答えるだけでした。

「それはね、あの機械はごく局所的な“タイムマシン”なのさ。キミが食べているのは別の平行世界から
 拝借してきた私の昨日の夕食さ。もっとも、それすらも随分前に作ったものだけどね。
 たしかに便利な機械なんだけど、その分稼働させるのに膨大なエネルギーを必要とするから、使われなく
 なってしまったんだろうね……」

「……たいむましん? ……ってなに?」

「……そうだね、タイムマシンというのは……」

それまで物静かだった男性は、ルーミアに判るように、饒舌に、熱心に、延々と説明を続けてくれましたが、
ルーミアにはその大半が理解できませんでしたし、また、ルーミアにとって特に興味を引く事柄では
ありませんでした。ただ一つだけ……ルーミアにも判ったことと言えば、

「よくわかんないけど、でも、あのグラスのお化けが、とっても凄い機械なんだってのは判ったよ」

ルーミアの言葉を聞いた男性は目を細めて、少々悲しそうに言いました。

「いいや、別にあの機械自体は大したことないんだよ。さっきも説明したように、単なるタイムマシンに
 過ぎないのだから。むしろ本当に凄いのは、あの“自動輪”の方なんだよ……」

「自動輪? あのグルグル回ってる輪っかのこと?」

ルーミアが指差した先には、小屋の脇で回っている水車の姿です。

「そう、私の発明した『永久機関』さ」
「えいきゅうきかん……ってなに?」
「外部からエネルギーを受け取ることなく、仕事を行い続けることができる装置のこと、
 つまり、『無限のエネルギー源』というわけさ」
「……? 全然わかんない」

「あはは、ごめん、そうだね……一言で言うならば『“無”から“有”を生み出す装置』のことさ。
 だから、君がどんなに旺盛な食欲を持っていても、いくらでも食べ物を作り出すことができる。
 そんな夢の機械なんだよ」

「ふーん、よくわかんないけど、とにかくすごい機械だってことは判ったよ」

笑顔で信じるルーミアでしたが逆に男性は驚いたようでした。
そして少し寂しそうに言いました。

「みんなが君みたいに喜んでくれれば、この機械も幻想にならずに済んだのかも知れないのにな……」


その後も、オカワリをねだるルーミアに男性は次から次へと晩餐を振る舞いました。
また、食事だけでなく男性は色々と珍しいモノを見せて貰いました。
重りをつけているため、一度回すとずっと回転し続ける歯車。
グルリと一回転して延々と水が流れ続ける不思議な水差し。
放っておくだけで、発熱し燃え上がるマクスウェルのなんたらと呼ばれる木箱。

最後には、あの『自動輪』の図面を引っ張り出してきて、嬉しそうに詳細を説明してくれました。
もちろん、ルーミアには全くもって理解できない用語だらけでしたが、そのどれも全てが、
ルーミアには初見の品々でした。そのたびに驚きと賛辞を述べて、楽しい時を過ごしました。
けれど、そんな面白いモノをみせて貰っていたルーミアですが……やがて日も暮れ始めて、
ルーミアは自らの寝床へ帰ろうと考えていました。

「ごちそうさま、おいしかったよ、でも…………私、そろそろ帰らないと……」
「そうか、残念だね。今日は久々に人と話せて愉しかったよ」


男性は目を細めて、寂しそうに言います。


「じゃあね、おじさん。えっと、ヨハン・える……、ごめん、なんて名前だっけ?」

やっぱり覚えられずに、頭をかいて照れ隠しをしているルーミア。

「『ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラー』だ。だが、『オルフィレウス』で構わんよ」

やはり男性は笑顔で答えてくれました。

「うん。それじゃね『オルフィレウス』、お肉美味しかったよ、また御馳走してね?」
「ああ、また、いつでもおいで。待っているから」

そういって、ルーミアは見送ってくれた男性に手を振りながら、
ザクザクと足音を立ててもと来た道を帰るのでした。

もちろん……彼女が寝床に辿りついたのは、散々迷ったあげく、夜が明ける頃になって
ようやくだったというのは言うまでもありません。


   †   †   †


それから数日後の博麗神社。今日は人妖連れだっての大宴会。


……というのに、参加者達はちょっぴり“変”な盛り上がり方をしています。
誰かを取り囲むような円環型の人だかり。まるで『土俵』です。
彼女達はその中心で取っ組み合っている二人に、あれやこれやと声援を送っているようです。
誰かが痴話喧嘩でもしているのでしょうか?

よくよく見れば、青を基調としたワンピースを着ている河童の少女『河城にとり』が
ルーミアに馬乗りになって、胸ぐらを掴んで、なんやかんやと大声を張り上げているようです。
劣勢のルーミアも足をバタつかせ、ぎゃあぎゃあと喚いています。

いったい何を揉めているというのでしょうか?

「あんたッ!、『オルフィレウスの自動輪』を見たんだって? ねぇ、ねぇったら!!」
「だからッ、さっきから何回も見たと言ってるじゃないの〜〜」
「だったら、どこで見たのか教えてよ!! 独り占めするなんてずるいよ!! どこったら、ねぇ!!」
「だ〜か〜ら、さっきから言ってるじゃないの!! 魔理沙の家の近くから目隠ししたまま、
 南南東の方向にしばらくフラフラ進めば辿りつくって!! 何回も言ってるじゃないのー」

「言われたとおり行ってみたけど見つからなかったんだよ!! “目隠し”も試してみたけど
 できたのはタンコブだけだった!!」
「じゃぁ、私にも分かんないよ!!」
「判らないじゃ困るのよ!! だって『永久機関』よ? 外界の人間はおろか河童の科学力ですら
 実現していないオーバーテクノロジー。そんな夢の機械に、お目にかかれるチャンスなんだから。
 とにかく思い出してよ!! ねぇ、ルーミアったら。お願いッ!!」
「何度、言われても、思い出せないものは思い出せないってばッ!!」

……なんて感じで、二人は“教えて!!”“知らない!!”の押し問答を繰り広げているわけです。
好戦的な者達が多い幻想郷です。腋巫女ですら止めるどころか面白がってけしかける始末。
なかには、「さぁ、張った張った〜〜」、と賭け金を集め始めるちゃっかりものまでいたりします。
結局のところ、このキャットファイトを止めようという物好きは誰一人いませんでした。

さて、この喧噪の蚊帳の外、神社の縁側に座り静かに酒を嗜んでいる二人組がいました。
よくよく見れば珍しい組み合わせ。ワーハクタク・上白沢慧音と、七曜の魔女・パチュリー=ノーレッジです。
知識人二人組は、このトラブルなどに目もくれず、持ってきた酒瓶もそっちのけで、難しそうな顔を
してあれこれ議論しているようでした。


「…………ふむ、するとパチュリー殿の意見を纏めると、ルーミアが見た『オルフィレウスの自動輪』は
 ニセモノと思ってる、ということかな?」

尋ねられたパチュリーは、かすかに顎を左右に動かして、

「……確かにそうなんだけど……ただ『完全なニセモノ』とは言い切れないというのが私の意見ね……
 ほら、彼女が見た『自動輪』は、外界で、ただ一つだけ実在したとされる永久機械、
 『オルフィレウスの自動輪』の特徴を十分に満たしているもの」

そう言うと、パチュリーは脇に抱えていた本をパラパラとめくり、とあるページを示しました。

「ほら、ここを見て頂戴。『巨大な木製の歯車』、『鉄製の車軸』、『車輪に繋がった幾つもの重り』
 ……何よりも、『水力も風力も使わずに二ヶ月以上も回転を維持する』とか、『少し加速させただけで
 膨大なエネルギーを加速度的に生み出している』点について書かれているでしょう?
 これは『第一種永久機関』の特徴である、“無”から“有”を生み出す性質を顕著に表しているの。
 だから、ルーミアが見たという『自動輪』自体はホンモノである可能性が高いということね……でも……」

とてもか細い声で、珍しくも熱弁を振るう病弱魔女。そんな、消え去りそうなパチュリーの一言一句を
聞き取ってから、慧音はパチュリーに再度問いかけます。

「しかし、パチュリー殿は、先程“ニセモノ”と考えているといっていたのではないか?」

その言葉にパチュリーは頷きます。

「……確かにそうなんだけど……腑に落ちないのは彼の性格なの。だって『オルフィレウス』は
 ルーミアの証言とまったく違う人物像なのよ。ほら、ここを見て」

再びパチュリーは開かれたページの、とある場所を示します。

「『ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラー:通称 オルフィレウス』、西暦1680年 ザクセン、
 ツィタウ生まれ。機械学、医学を学び時計職人を経て、発明家に転身したらしいわね。
 彼の性格はというと『オルフィレウスは常に人を食ったような性格で他人を見下していた』とあるわ。
 ルーミアは他人にモノを尋ねることが多いでしょ? もし彼女が質問したのが『ホンモノ』の
 『オルフィレウス』だったら、もっと傲慢な態度を取っていたと思うの……」

「……それだけでは何とも言えないだろう。単に彼の機嫌が良かっただけかもしれないし」

ちょっぴり呆れ顔の慧音にパチュリーは咳払いを一つして、再びページをめくります。

「確かにそうかもしれないけれど、もう一点、決定的に違ってる特徴があるの。
 ……彼はね、『自分の研究内容を他人に知られるのを極端に嫌っていた』らしいのよ。
 なんでも、『オルフィレウスの自動輪』の肝心な部分は常にキャンバス布で覆われており、
 その内部構造を見ることが出来たのは、一番の出資者で当時の権力者だったカール大公だけらしいわ」

パチュリーは慧音にその部分を指さして説明し、慧音も興味深げに一文一文を追いかけています。

「しかも更にすごいエピソードもあるの。当時の学者達に『自動輪』がホンモノと証明するために、
 約二週間、『自動輪』を稼働させ続ける『公開実験』をしたみたいなのね……で、その間に
 『自動輪』の秘密を盗まれないようカール大公におねだりして、周囲に見張りの警備兵を付けさせたの。
 ……もちろん、それだけじゃないのよ? 
 彼は、『その警備兵たちに秘密を盗まれるんじゃないか』と疑っていたのよ。可笑しいでしょ?
 しまいには独断で『警備兵を見張るための警備兵』を自腹で雇って監視させたらしいわ」

「……猜疑心の強い男だな」

「まあ、同じ探求者として気持ちはわからなくもないけれど……極めつけは『カール大公が彼の研究内容を
 非常に高く評価して、2万ポンドという法外な価格で買いとると言いだした際に、“自動輪”の秘密をタダで
 奪われると疑い、自動輪を破壊しつくして逃走した』らしいのよ。それ以降、この『永久機械』は
 外界の歴史から姿を消すことになった……というわけね」

「確かに、ルーミアに聞いてた特徴と随分違うな。明らかに別人に思える」
「もっとも、彼は、外界の『西暦1745年』に死去したと書いてあるわ……そう考えると、
 ルーミアが見たのは少なくとも本人では無い……だとしたら彼女が見た人物が誰だったのか、
 判らないままね……」

パチュリーの本をマジマジと見つめて、慧音は素直な感想を漏らしました。
けれど、そうすると問題になることが一つ。ルーミアの出会った存在がなんなのか。
二人は暫し無言のまま、解を求めて頭をひねっているようでした。やがて、

「もしかすると『幻想化した理想』かもしれないな」
「……なに、それ?」
「ああ、紫 殿に聞いた話なのだがな。外界から幻想郷に来るには三通りの方法があるらしい」

パチュリーはジト目で見つめて慧音の話に聞き入っています。

「一つめ、これは一番簡単な方法だ。博霊大結界をこじ開けて無理矢理入ってくる。
 もこタ……妹紅や東風谷早苗なんかが良い例だな。これについては特に説明の必要もないだろう?」

慧音の言葉にフムフムと頷くパチュリーでした。
もちろん“もこタン”と言いかけて慌てて訂正したのも聞き逃しはしませんでした。

「二つめ。外の世界で時代遅れとなり、人々の記憶から忘れ去られること。
 失われた技術や習慣なんかがこれにあたるだろう。例えば忘れ去られた神々や妖怪達などといった、
 外界で忘れ去られた存在は自然とこの幻想郷へと送られてくるというわけだ」

パチュリーは再びふむふむと頷きます。

「そして三つめ。外界で存在が“完全否定”されている、にも関わらず人々が求めてやまない品々。
 人々が常に抱き続ける“こんなものが欲しい”とか“あんな人がいれば”という強い“理想”。
 そういった幻想の類は、“今は無理だが、いつかきっと実現するかもしれない可能性”として、
 幻想郷の何処かで実体化しているらしいのだ」

パチュリーが怪訝な顔をしたのを察したでしょうか、慧音は更に説明を続けました。

「例えばだ……錬金術師の究極目標である『賢者の石』……あらゆる物質を貴金属へと変化させる物質。
 自分のカード名に使うほどだから……パチュリー殿の方が専門分野な物質だろうがな。
 だが、そんな『賢者の石』も外界では、“科学”という理によって完全否定されてしまっている。
 それでも人々は『賢者の石』を夢に思い描き続ける。黄金を生み出す物質だ。皆が夢見るのは当然、
 人々の記憶から忘れ去られてしまうことは無いのだろうな……するとどういうことが起こるか?
 存在自体が否定されてしまったモノたちは外界に居場所が無い。けれど人々が夢見る限り
 忘却されることもない、実に、宙ぶらりんな状態になる。
 そんな行き場を失った“まだ実現していないだけで、いつかきっと『賢者の石』は実現できる”
 という“夢想”や“幻想”の精神エネルギーが膨大に寄り集まって実体化する場所が存在する、
 それが幻想郷の何処かに存在するという話を、紫 殿に聞いたことがあるのさ……」

「俄には信じがたいけれど、だとしたら『オルフィレウス』の人柄が全然違うのも何となく判るわね。
 人々の理想的な人物が傲慢で猜疑心が強かったらおかしいものね……それに外界の史実には無い機械が
 存在していたことも頷けるし。ただ一つ言えることは……実際にホンモノなのかどうか……
 それは実物を見ないことには判らないってことね……」

「そうだな……」

沈黙した二人は人だかりのほうへと視線を戻しました。どうやらキャットファイトは終了したようです。
にとりは幸せそうにルーミアと握手したまま上下にブンブンと振り回しています。恍惚とした表情で
明日絶対見つけてやろうねと叫んでいます。どうやら二人で探しに行くことで話がまとまったようです。
ルーミアはとても迷惑そうな表情でしたが。

「……ねぇ、慧音」
「ん?」
「私たちもあの子達について行ってみない? 結構興味あるし」
「確かに『オルフィレウスの自動輪』があったら、幻想郷の暮らしは随分発展するだろうな」
「ふふ、それじゃ賭けでもしましょうか。先に見つけた方が相手に二万ポンド払うと。もちろん、外のお金で」
「ま、幻想郷で、ポンドは使えないがな……」

クスクスと笑い会う二人の知識人。

「さて、それじゃ、先祝いに乾杯しましょ……偉大なる発明家『オルフィレウス』のために」
「そして、幻想郷のどこかで稼働し続ける『オルフィレウスの自動輪』の為に」

「乾杯」

掲げられた杯が触れあい、小気味よい音を立てました。


   †   †   †



その後、河城にとり、ルーミア、上白沢慧音、パチュリーを中心に捜索隊が結成され、
何度も何度も森の奥へと足を伸ばしましたが、結局、オルフィレウスの居場所を見つけることは
できませんでした。慧音とパチュリーは初回の探索であきらめてしまい、最後まで情熱を燃やし
続けた河城にとりも、11回目の捜索の後、体調を崩したことがキッカケで自然と捜索を
止めてしまいました。結局、ルーミアが見たものは幻想郷の歴史からも忙殺されてしまうのでしょう。


けれど……

彼、『オルフィレウス』は、今この時でも魔法の森の最奥部で、
外界に必要とされる日をずっとずっと待っているのでしょう。

彼の発明した、唯一の永久機関と共に。



現代日本の特許庁にも、永久機関を発明した、という申請がひっきりなしに来るらしいです。
もっともその全てが、詐欺か偽物なのですが。
Солярис
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作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 08:27:34
更新日時:
2008/02/13 23:27:34
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1. 10 小山田 ■2008/02/13 08:20:24
一見してとっつきにくい題材をここまで読みやすく、丁寧に物語の中に組み込めるのは素晴らしいですね。そのまま出すと違和感のある素材も、ルーミアの目を通したことで御伽噺のような感覚になり、うまくとけ込んでいました。
2. 5 #15 ■2008/02/14 18:30:06
「永久機関」、確かに「幻想」ではありますね。
3. 3 反魂 ■2008/02/19 21:06:12
 微妙です。
 「永久機関」を物語中に取り込んでルーミアがそれに触れたところまでは良いのですが、そこから先に何の結末も待っていませんでした。別に笑いや涙のオチをつけるべきだったとは思わないのですが、それにしても本当に何も起こらないまま終わってしまったという感じで、ルーミアやにとりがそのキャラを活かすわけでもなく、完全に拍子抜けしてしまいました。
 後半は結局知識紹介にしかなっていませんし、物語という体裁を考えれば片手落ちと言わざるを得ません。辛辣で申し訳ないですが、世界を広げただけで終わってしまった印象でした。
4. 3 飛び入り魚 ■2008/02/20 15:45:10
ロマンがあって不思議な魅力。
「幻想化した理想」に私の彼女も含まれるようです。よし、幻想郷に行こう。
5. 3 俄雨 ■2008/02/21 17:58:49
おっしゃりたいことは解ったのですが、東方キャラがもう少しどうにかならなかったのかなーと思うのです。オリジナル要素はキャラクターとの親和性あってこそだと考えていたのですが、如何でしょうか。
6. 4 あまぎ ■2008/02/24 14:09:40
なんとも夢のあるお話でした。
面白いですね、永久機関。

しかし、その題材が魅力的すぎるあまり、肝心の内容まで飲まれているような気がしました。
もう少し、キャラを絡めた展開が欲しかったです。

ところで、もこタンって言いそうになった慧音可愛い。可愛いなあもう。
7. 5 ■2008/02/27 22:13:41
ルーミアの無邪気さと、永久機関を使った機械の不思議さが相まって、
メルヘンチックな(幻想的な?)お話に仕上がっていると思います。
SSとしてはよくまとまっているのですが、全体を見てちょっと盛り上がりにかけている気がしました。
まあ主役がルーミアである事を考えると盛り上がりのないまま和やかにいくのもまた良しですが。
8. 3 床間たろひ ■2008/02/27 22:52:06
知識に振り回されてるなーというのが第一印象。
オルフィレオスとルーミアの物語とすればそう悪くもないんですけど、その後の解説で興ざめ。
書かないと読者が解らないんだろうなぁという配慮なのは解りますが、そのために物語の面白さを犠牲にしては本末転倒というもの。
オルフィレオスの昔語りをルーミアが聞くというスタイルを徹底してれば、傑作にもなっただろうなと思うと正直勿体無いです。
9. 8 織村 紅羅璃 ■2008/02/28 00:10:10
一瞬の夢のような出会いだったのですね。
終わり方もなかなか綺麗だったと思います。
10. 7 カシス ■2008/02/28 17:07:56
第一種永久機関が幻想で無くなる日は来るのでしょうか。理想を現実にするのは可能でしょうか?私は出来ると思っています。
11. 3 ■2008/02/28 20:33:54
永久機関関係の知識が無いから良く分からんが、そんな事もあるのだろう。
この際、おバカなルーミアの方がいいのだろうと納得する事にする。賢者達との対比が面白い。
12. 3 つくし ■2008/02/28 21:03:03
素材と発想は凄くいいです。でも、特に最後のほう、説明過剰になってしまって折角の風味を損ねてしまっています。不思議なものを不思議なまま、しかし読者に納得させるのはかなりさじ加減を要求されます。ううむ、惜しい。
13. 6 たくじ ■2008/02/28 22:34:10
妖精さんに会えるのは子どもの間だけみたいな感じがしますね。だから欲にまみれたにとりやパチェには見つけられないのかな。
ですます調は序盤は良かったのですが、パチェと慧音が議論してるような場面には合わないような気がします。
それと、段落が変わる部分以外で改行されているのが私には読み辛かったです。私はテキストで読んでいるのですが、普段使っているエディタの設定を変更して対応しました。どんな環境でも問題なく読める書き方の方がいいと思います。
14. 5 椒良徳 ■2008/02/28 23:57:40
オルフィレウスとはまた渋い。まあそこそこ面白かったですが。そこそこですね。
15. 5 時計屋 ■2008/02/29 00:47:42
永久機関もまた、不老の薬や賢者の石と同様、科学の発展に寄与した徒花でしたね。
その点を考えると幻想郷入りしても全く不思議はないんだろうなぁ。
どこかの出鱈目妖怪が普通にスペルカードに使ってたのは無かった方向で。

お話にもう一味欲しかった気もしますが、綺麗にまとまった良いSSでした。
16. 5 ZID ■2008/02/29 01:33:49
子供の頃、どうにかして永久機関が作れないかなー、とか考えてた日々を思い出しました。まぁ、それは置いといて。興味深くはあるけれど、いまいち華に欠けるとでも言うのでしょうか。もう一ひねりが欲しかった。好きなんですけどね、こういう話。
17. 2 木村圭 ■2008/02/29 04:56:57
パチュリーと慧音の会話が説明的すぎる上に長くてくどいです。せっかく童話調になってるのも台無し。タイトルのセンスは良いだけにもったいない。
18. 6 とら ■2008/02/29 08:49:24
幻想郷ならではのお話ですね。それぞれのキャラの個性も良く出ていたと思います。ただ、主人公がルーミアである必要があったのかと考えると……少し首を捻りました。
19. 4 らくがん屋 ■2008/02/29 11:10:47
ネタ自体は感心できるものだけど、ルーミアにちょっと違和感。幼児性と妖怪らしさのバランスが難しいのかな。
20. 2 中沢良一 ■2008/02/29 15:18:39
評価の基点を2点としています。とくに悪いところが無かったと思います。ただ、自分の好みで言えば、『だから?』で終わる作品はあまり好きではないです。ここが良かったという点もなかったので、基点であるこの点数です。
21. 3 つくね ■2008/02/29 16:28:41
彼の永久機関は一度ミニチュアを試作してみて駄目だった記憶があります。彼が幻想入りしてすでにこちらの世界に存在しないならば、当然の結末なのでしょう。

ただオルフィレウス自身にお題が偏っていたように思います。もう少し彼との絡みを持たせれば、もっと点数は上げられたと思います。
22. 10 K.M ■2008/02/29 18:57:09
スタンダードな解釈ながらも、実に楽しく読ませていただきました。
幻想の上にまたさらに幻想を重ねたかのような『永久機関』に乾杯。
キリー・モーターじゃ駄目なのです。
23. 9 名無しの37番 ■2008/02/29 19:18:07
ふぅむ、不思議な作品です。理屈くさい点は否めないのですが、それでもこの丁寧語で語られる童話調の不思議な雰囲気が損なわれていないように思えます。
科学者の理想としての幻想にたった一人出会えたのが、科学を全く解しない、しかしその無知ゆえに純朴なルーミアだというのも象徴的で面白い。おそらくこの雰囲気の半分以上は、ルーミアの魅力が作り出しているのではないでしょうか……いえ、勿論そのルーミアの魅力を上手く表現した作者氏の手腕であることは疑う余地はないのですよ?
寡聞ながら、そのオルフィレウス氏についてはほとんど存じ上げないのですが(むかーし、狂科学狩人なライトノベルでちらりと見たような気も)、わからない自分にもわかりやすいように書かれていたのも良かったと思います。
24. 6 ☆月柳☆ ■2008/02/29 19:51:57
難しいお題を使ってきましたね…。
難しいお題や、元ネタが分からないネタを使った作品だと、どうしても置き去り感が否めない作品が多いんです。
でも、この話しはそこまで深くは突っ込んでないし、東方世界に上手く使ってきたなぁって思いました。
面白かったです!
しかしあれですね、慧音先生自重しろwww
25. 7 八重結界 ■2008/02/29 20:50:26
優しげな語り口とは裏腹に、少々小難しい単語が色々と出てきています。こういう話は大好きです。
それにしても、どうしてルーミアだけたどり着けたのか。その部分だけが謎でした。
あとドクター中松も永久機関を作ったそうですけど、これも幻想郷入りする日はくるんでしょうかね。
26. 3 O−81 ■2008/02/29 21:42:51
 議題としては興味深いけれど、話としては中途半端かも。
 永久機関とオルフィレウスの説明に終始していて、これが何かの物語の序章なら完成度高いのですけど、これだけで終わるとちょっと消化不良かなあと。
27. 6 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:45:54
変なところで改行されてるのは何故なんだぜ。
そういえば紫も第一種永久機関持ってたやうな。
28. 7 12 ■2008/02/29 22:10:27
予備知識があるかないかで、評価が変わりそう。
29. 5 BYK ■2008/02/29 22:10:33
時代に流されず、同じ理想を追い続ける人々の幻想。それこそが真の永久機関なのでしょうか。
見果てぬ夢をも受け入れる幻想郷には、ドラえもんのひみつ道具も流れ着いていそうですね(ぉ
30. 6 綺羅 ■2008/02/29 23:12:34
なるほどこういう手法もあるのかと思いました。斬新だけど、非常に上手に書かれていて、感心しました。惜しむらくは終盤が半ばオルフィレウスの紹介になってしまって、ここぞと話を盛り上げることができなかった点でしょうか。
31. 4 moki ■2008/02/29 23:23:21
寡聞にして知りませんでしたが、これも一つの幻想郷ですね。ルーミア可愛いなぁ
32. 5 blankii ■2008/02/29 23:51:43
発明こそ漢の浪漫……なのかもしれません。悪魔の証明のように、誰かが一度考えついた発明は、二度とは「ないこと」を証明できないのかもしれません。確かに浪漫。

33. 7 冬生まれ ■2008/02/29 23:57:25
永久機関というまさに幻想郷入りしてそうな奇怪な機械。
その小道具を見事に生かしきっていると思います。
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