Border of Life

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 08:57:40 更新日時: 2008/02/13 23:57:40 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00







貴女もそろそろ式神をつくってみてはどうかと、紫様が不意にそんなことを仰った。



最初は戯言だと思った。あるいは、私の至らなさを揶揄しているのだろうとも。
式神が式神をつくる。
それは人間のように子がまた子を成すことと、単純に同義であるわけではない。
式神はあくまで式神であり使役者本人では決してない。使役者がいるからこそ式神が存在できる。
その末が何十、何百代に至ろうとも、太源である使役者が朽ちれば式の系譜は自壊するのだ。
だから普通、式神はそんな無益なことをしない。足りないと思えば使役者がもう一体式神を増やせば済むことだ。

私は真意がつかめないまま、曖昧な返答だけをしてその場を辞し、紫様も二度とその言葉を繰り返すことはなさらなかった。
だが、その言葉は何故か私の脳裏に、何時までも残る古い傷痕のようにこびりついた。

私はよく所用のため人里に行く。そこで必ずといっていいほど、人間の親子連れを目にする。
乳飲み児を背負いながら、畑を耕す母。
母に手をつながれ家路へと歩いていく童子。
父母の野良仕事を黙々と手伝う少年。
親が子を見る目には慈愛が溢れ、子が親をみる目には信頼が満ちていた。
それを目にするたびに私の脳裏にあのときの言葉が思い出される。

いや。
式神を成すことと、子をつくることは違う。
私は一層自戒の念を強める。
だが、式神が子と違うと言っても、それは系統全体を見ての話だ。
使役者が式神を育み、式神は使役者の命を聴き成長する。
その一個の関係は、親子の関係とそう違いはないのではなかろうか。
もしかしたら、あの無私の慈愛が式神である私に宿ることがあるのではないか。
もしかしたら、あの無垢の信頼が式神である私に向けられることもあるのではないか。

……ばかばかしい。なんという妄念だ。
現に私と紫様の間にはそのようなものはない。
式神の能力は主の能力をそのまま写す。
だから私が式神をなしても、その関係は似たものにしかならないはずだ。
道理が立たない。理屈がつかない。
それは式で構成される私にとって耐え難く、忌避するべきものであるはずだ。

………………しかし、ならば何故。
何故、紫様は私にあのようなことを仰ったのか。
その真意もつかめぬまま、年月だけが過ぎていった。







私はある日、所用があって、人間の里に来ていた。
用事を済ませて帰路につこうとした頃には、すでに日が暮れかけていた。
夏の陽の滞った熱気が、土から立ち上る微かな冷気に脅かされ、中空へと逃れていく。
夜空はすでに東の空を覆い始め、西の山々はそれを崇める灯火であるかのように山頂を橙色に染めていた。

だが――、私はそんなありふれた風景の中に、肌がちりつくような何かを感じていた。
それはまるで巣に近づいた敵を警戒する雀蜂のような気配。
羽音のように囁きあわされる声。
自らの巣を守るように蠢きあう男たち。
妖怪であった私にとって、それはあまりに見慣れた、しかし式神となっては久しく出会わなかった気配だ。

彼らが敵とみなした者が私ではないことは一目でわかる。
それと同時に、彼らがそれを私の目に晒したくないことも見て取れた。
だが、紫様はこの人里を幻想郷に欠かすことの出来ない要素の一つであるとし、妖怪の中でもとりわけ積極的にその保護に努めている。
然らば、式神であるこの私とて、人里に変事があればそれを見逃すことなどできようはずがない。
私は人間達の意に逆らうように、しかしなるべく彼らの感情を逆立てしないように、気を配りながらその敵意の流れを遡っていった。



思い思いの獲物を手にしてそれを取り囲む男衆。
好奇と興味を隠そうともせず、母の手をかわしてそれを覗き込む童たち。
その中央に、夕焼けに照らされ橙色に染まった鉄の檻が在った。

羆でも閉じ込められそうなほど無骨で、恐怖を象徴するかのように無機質なその中に、
驟雨に曝された蝋燭の火のように、震えて消えるのをただ待つだけの存在があった。

小さな、本当に小さな少女が、その檻の真ん中に、居た。

常識と道徳が金切声をあげるその光景。
だが当事者たる里人の目に、それをねじ伏せるような狂気はない。
むしろ、いったいどうしたらいいのか、誰か知っていたら教えて欲しい言わんばかりの目で、お互いの顔をかわるがわる見合わせていた。
無理もなかろう。私とて事情は知る由もないが、現状は把握できる。

その少女は紛れもない妖怪だった。
抱きしめれば壊れてしまいそうな、未熟な肢体。
事態をまるで理解できないといったきょとんとしたあどけないその顔。
その体に、その顔に。
人間の子にあってはならないものが存在した。

獣の耳と、獣の尾。
人と一線を画す存在であるその証。

――猫の経立(ふつたち)か。

私はそう見て取った。
だが同時にそこからは疑問も生じる。
経立は禽獣が長い年月を生きて変化した妖怪だ。
その中でも元々霊的素質が高い猫は比較的短い年月で変化できるとはいえ、相応の知恵や知識を身につけているはずだ。
そんな妖怪がこんな人里にのこのこ降りてきて人間に囚われることなどありえるだろうか。
しかも表情を見る限り、この状況がどれだけ危機的かまるで理解していないようだ。
これではまるで外見どおり、ものの道理も理解できない幼子のようではないか。
しかし、彼女は人間達に対して何事かをやったのであろう。
人里に降りてきたとはいえ、妖怪を何の咎もなく捕らえるはずはない。
妖怪と諍いを起こすなどということは、彼らとしても極力避けたい事態だ。

里人にその疑問をぶつけようにも、妖怪である私にはありのままには話してくれまい。
人間から見れば、私も彼女も同じ妖怪の仲間なのだ。
私はここに居る全ての人間が生まれる前から人里に出入りしている存在だから、里人も恐れはすれど、今更怖がりはしないだけだ。
しかし里人だけではどうにも出来ないことも見て取れた。
まさかこんな幼子の姿をしたものを撃ち殺すわけにもいかない。
とりあえず危険を及ぼさないように閉じ込めておけば、そのうち文字通り化けの皮をはがすだろう、
とでも考えたのだろうが、いつまでたっても事態は動かず、膠着してしまったわけだ。

そのうちこの幼い猫の妖怪もようやく不穏な空気を察したのだろう。
急に心細くなったように両腕で肩を抱えると、しゃくり声を挙げながら泣き出した。
その仕草は人間の子と寸分変わらない。これが演技だとすれば狐狸や鼬の類とて裸足で逃げ出すであろう。

いよいよ振り上げた拳を降ろすところが見つからず、里人たちはただただ困惑するばかりとなった。
夕暮れの赤さだけが刻一刻と深まり、子供たちも早く帰ろうといわんばかりに母親の袖を引っ張り出す。

――仕方がない、多少脅してでも事情を聞きだすか。彼らとて自分達だけでは解決できないことはわかっているだろう。

と私が足を踏み出しかけたそのとき、人波が音もなく裂けた。
まるで神様に道を譲り渡すかのように。
人々はかしこみかしこみ、脇に下がって頭を下げる。
夕陽を後光のように借景しつつ、ゆっくりとその参道を来る者があった。

その身に纏うのは紅と白。
その二色が象徴するものは幻想郷では問うまでもなく明らかだった。

「博麗の巫女様」

誰ともなくそう呟いた。
その声は瞬く間に群集に広がっていく。
それにつれて、人々の顔に安堵が浮かび始める。まるで彼女が来ただけで事件が解決したと言わんばかりの反応だ。

無論、私とて彼女とは初対面ではない。
博麗の巫女は境界の妖怪と同じ、幻想郷の守護者の一人だ。
しかし守護者といっても色々ある。
紫様のように常に幻想郷全体のバランスを考えて行動しているものもあれば、
自ら為すべきことを為すことが結果として幻想郷を維持することにつながるとする存在がある。
博麗の巫女は人間と妖怪のバランスにおける人側の要として、妖怪を祓い、怪異を解決する。
いわば妖怪の常の敵である。

巫女は私など眼中にないかのように、まっすぐと檻のほうへと歩みだす。
とたんに檻の中の妖怪が泣き止んだ。
恐怖が消えたわけではない。その不安を具体化する何かを目の当たりにして、恐怖のあまり、涙を流すことすら出来なくなったのだ。
彼女がその気になれば、変化したての小妖ごとき、一瞬で霧散するだろう。
巫女は檻の中の妖怪を睨んだまま、声を上げた。

「この子の母親。前に出なさい」
「し、しかし巫女様、その子は本当の私の子などでは――」
「出なさい」

凪いだ海のように落ち着いた静かな声。
しかし凪いだとて海は海。人に抗うことなど出来よう筈もない。
呼ばれた女は観念して人ごみより進み出る。
面相はげっそりとやつれはて、まるでこちらのほうが妖怪といった態だ。

「この妖怪の姿。在りし日の貴女の娘の姿に相違ありませんか」
「は、はい、まるで生き写しで……」
「しかし貴女の娘は先だって亡くなっていますね」
「はい、おそらくは。十日ほどまえ突然行方不明になりまして。三日前に靴だけが見つかりました。遺体だけが見つからないので、仕方無しに先日葬式を……」
「なのに今日、お前の前に現れたのですか」
「は、はいぃ。本当に魂消ました」
「どう思いました?」
「最初は娘が彷徨い出たかと……。でもよく見たら、頭に耳やらなんやらあるもんで、ははぁ、これは妖怪かと」
「なるほど、確かにこの子は妖怪です。しかし何を思って貴女の前に現れたのでしょうね」
「――そ、それは……」
「躊躇うことはありません。貴女の意見が聴きたいのです」
「娘は猫を可愛がっておりました。その猫が……その、化けたのではないかと」
「なんのためでしょう?」
「――猫は家人を喰い殺してその人間に成り代わり、何食わぬ顔をして家に住むことがあると訊いています。だから……その……」

言いにくそうに女は巫女の顔を窺う。
博麗の巫女の前で妖怪の解釈など、利休の前で茶の作法の話をするようなものだろう。
だが女の次の言葉は、宗匠ならぬ私ですらあっけにとられるものだった。

「その猫が私の娘を喰い殺して化け、娘に成り替わろうとしたのではないかと」

そんな馬鹿な話は無い。
もし入れ替わったのだとしたら、十日間も不在にする理由が何処にある。
人間の子一人攫って喰らうくらい、半日もあればよいはずだ。
第一、そこまで狡猾な妖怪であるならば、一目で見破られる稚拙な変化の腕といい、
葬式が終わってからのこのこと姿を表す間抜けさといい、道理に合わぬこと甚だしい。

おそらくこの女、娘を死なせてしまった悲しみと自らの力のなさに耐え切れなかったのだろう。
そこに降って沸いた元凶らしきものに飛びついたのだ。全てはこの怪異のせいだと。
おそらく他の里人とてそんなことは百も承知なのだろう。だからこそ、妖怪を閉じ込めておくだけでなにもしなかったのだ。

だが巫女は女の狂気じみた訴えに、真顔で頷いた。

「なるほど。ではおそらく貴女の言うとおりなのでしょう」
「や、やはりそうですか!」
「この妖怪は即刻始末します」

己の意が聞き届けられ、女の顔が爛々と輝く。
と、同時に人々から困惑した声が少なからず上がる。
私とて例外ではない。あの巫女は決して愚鈍ではないのだ。事実がそれとは全く異なることぐらい察していよう。

「では後は任せて、あなたは家に帰るといいでしょう。娘の姿をしたものが退治される様など目にしてはなりません」
「は……、はぁ……」
「皆のものも、同様です。家に帰りなさい。ここに残るものは長を始め、数人でよいでしょう」

巫女の言葉に、人々は潮が引くようにそれぞれの家に帰っていく。

「待て、博麗の」

私の声に、その場に残った人間が一斉に注視する。だが巫女は振り向きもせず、涼しげな顔をしたまま応えた。

「境界の式神風情が何か言いたいことでもあるのですか」
「理由も曖昧なまま妖怪を退治することなど許されるか」
「妖怪を退治するのに理由など要りません」
「貴様――」

嘲笑を含んだその声に、私は相応の殺気をもって返す。
金毛の尾が逆立ち、その毛の一本一本に至るまでが針金のように尖る。

「事の次第がどうであれ、この妖怪はこれだけされれば人に敵意を持ちます。この妖怪は、幼い。一度敵意を抱けば、人を殺めるのになんの躊躇いも抱かないでしょう」
「どういうことだ。何故、経立が精神までこんなに幼い?」
「この経立は、年月に依って変化したのではありません。強い情によって変化したのです」
「なに?」
「化け猫といえば、老婆に成り代わるほかにもう一つ有名な話があるでしょう。主人の恨みを晴らそうと化けてでて敵を討つ。もっとも今回は恨みなどではなく、もっと別の情に動かされたようですが」
「情……?」
「この猫はあの親子に可愛がられたのでしょう。そして、娘が死んだ時、あの母親が嘆き悲しむのを見た。猫はそれを見てこう思った。娘が帰ってくればあの母親はきっと元気になってくれると」
「まさか……」
「そうです。この妖怪は信じて疑わなかった。死んだかどうかなど関係無しに、娘が家に帰ってくれば、母親が無条件で喜んで迎えていれてくれるのだと。半端な変化と知識だけで、在りし日の娘とみんな見間違えてくれるのだと」
「………………」

だとすれば……、この妖怪の心境はいかばかりだっただろう。
帰ってきたとき幼い子を出迎えたのは、慈母の笑顔ではなく、鬼女の憤怒だったのだ。
訳もわからぬまま、里人達に取り押さえられ、檻に入れられ、今こうして恐怖のうちに殺されようとしている。
確かに人を怨むな、というほうが無理だろう。特に道理もわからぬ子であれば。

「だが、罪が無いと知りながらそれでも殺すのか」
「罪が無いものなどこの世には在りません。祓い清めるなどと大言を吐いても、所詮私がやっていることなど、罪をあちらからこちらへなすりつけるだけ。罪の坩堝を緩やかに攪拌するだけの、ただの作業に過ぎません。しかし、誰かがこの子の罪を引き受けなければならない。妖怪が人に仇なす前に罪を引き受けることこそ、博麗の巫女たる私の役目――」
「その役目」

躊躇いは無かった。ただ疑問があった。

「私に引き受けさせてはもらえないか?」

いったい、私の何処からこれだけの決意が湧いて出てきたのか。
妖怪にとっては恐怖の対象でしかない博麗の巫女を前にして一歩も引かぬだけの決意を与えてくれる、その拠所は何処にあったのだろうか。

「式の貴女が妖怪の罪を引き受ける。――それは、貴女がこの妖怪を殺すということですか?」
「違う。文字通りこの子を私が引き受けるということだよ」
「意味が――分かりませんが」

巫女はここで初めて私の顔を見た。
真っ暗な、深夜の海のように冷たい目だった。
その底知れなさは、弱い心をたちまち打ち砕き、本性を曝け出させてしまうだろう。
だから私は高らかに宣言する。
その意思が、誰よりも私に、金毛の一本に至るまで、隈なく伝わるように。

「この子を、私の式神にする」
「……驚きましたね」

言葉とは裏腹に、巫女の表情は一筋とて動かなかった。

「同情ですか? 哀惜ですか? それとも私に対する憤懣ですか? いずれにしろそんな非合理的な決定を、まさか式神である貴女が下すとは」
「お前の感想などどうでもいい。それより異存はあるか?」
「ありませんね。貴女がこの妖怪の使役者となれば、全ての罪は貴女に帰する。何しろこの子は道具となるのですから、道具に罪など問えるわけがありません」

巫女はそこで視線を私から外し、夕陽の消える山の端のほうへ向けた。
いつのまにか、陽は沈みかかっており、空は紺碧の夜と橙色の夕焼けに二分されていた。

「しかしそれを言ってしまえば、式である貴女の罪はあの境界の妖怪に帰するわけですが」
「心配などせずとも、紫様の顔に泥を塗るような真似はしないさ」
「そう願いましょう。――鍵を」

巫女がそう言って手を差し出すと、呆然としていた里人は慌てて鍵の束を取り出し、檻に歩み寄った。
ややあって、乾いた金属音が檻から聴こえた。
自由の身になったにも関わらず、幼い妖怪は檻から出ようとはしなかった。
ただいぶかしむ様に、巫女を、そして私を、代わる代わる見ている。

私はその子に歩み寄る。
まずかけるべき言葉は決まっていた。
多分、紫様に式神をつくったらどうか、と問われたあの時から。
いやもしかしたらそのずっとずっと前から。
遠い昔に私がかけられたこの言葉を、今度は私から誰かにかけることを、待っていたのかもしれない。

「お前に名前を与えたい」

言葉の意味は分かるまい。
ただ思いが伝わればよい。

「己の役割も知らぬままこの地平に生まれ放たれた、お前に与えられる最初の境界だ。偉大なる八雲の名に連なるものである証。私の忠実なる式神である証。そしてお前がお前足る証」

理解が無くとも良い。
思い出が残ればよい。
いつか省えり見るその時まで、色褪せず言葉がお前の中に残るように。

「――橙(チェン)」

その名を呼んで、私は戸惑いに揺れるその手を、しっかりと握り締めた。

「橙、今日から私がお前の主人だ」

橙の体は崩れ落ちるように、私の胸にもたれかかった。
それはまるで何日も荒野をさまよったもののようにか弱く脆い力だった……。







私たちのような存在にとって、食事とは栄養を摂取する行為以上のものではない。
人間のように、食卓という場を整え、食客もしくは家族といった者を集め、
身体とともに精神の空腹をも満たし、コミュニティの連携を深めるといった二次的な要素は持ち合わせないのだ。
腹が空けば適当に獲物を捕らえて食べたり、家に貯蔵してあるものを適当に見繕う。

にもかかわず、今こうして、私は紫様や橙と共に小さな卓袱台を囲んで一緒に食事をしている。
卓の上には、炊き立てのご飯、味噌汁、煮物といったごく一般的な家庭の料理が並び、素朴な湯気をたたえている。
だが、それを包み込む周りの空間は決して、家族の団欒といった暖かな空気を含んではいない。
むしろ、逆の性質のもの。針の筵に据わらされているような、居たたまれない空気だけがあった。

紫様はまるで私たちが目の前に存在していないかのように淡々とお食事を召され、
私は橙の方に全神経を集中しつつ機械的に箸と口を動かし続け、
橙は本能と理性の狭間で揺れ動きながら、まるで苦行しているかのような面持ちで、椀から慎重に食物を取り出している。

比較的箸で掴みやすい食べ物が尽きたため、橙はいよいよ難易度の高い食物へと意を決して、箸を伸ばす。
目的は、煮物の皿に転がっている芋である。私も思わず固唾を呑み、その行為を注視して見守る。
箸先は過剰なほど大きく広がったあと、震えながら目標に向かって緩やかに閉じてゆく――。

ぱちん、とはじけるような音共に、芋が皿から飛び出て転がった。
予期していた通りの惨状に、私は思わず目を閉じ頭を振る。
橙は自分の意のままにならない芋の動きに癇癪を起こしたか、あるいは逃げる獲物の姿に獣の本性が呼び覚まされたか、
もはやなりふりかまわず、芋を箸で突こうとする。
がつ、がつ、としばし卓袱台と箸がぶつかる音が響く。

「うぅ……うぅーーーー!!」
「橙……」

私はいい加減止めようとするが、橙は聴く耳を持たない。
やがて芋を突くという目的は橙の脳裏から吹き飛び、ただ怒りをぶつける為に箸をぶつけるだけの行為に切り替わった。

「ふぎゃ……ニギャアアアアア!」
「橙!」

私が強い語調で名を呼ぶのと、橙がその腕で卓袱台の上を薙ぎ払うのは同時だった。
椀がいくつも宙を飛び、中身が零れ、汁が畳を盛大に汚した。
無論、私や橙の衣服とて例外ではない。八雲の家の者として、品格と美しさを備えた織物に染みがつき、鼻を突くような臭気が纏わりつく。
はっとして紫様のほうを振り向くが、主人はすでに予期していたように、自分の分の椀を手に持って卓を離れていた。
無論それで安堵するわけではない。主人の冷ややかな目は、離れたところから私や橙を射竦めるように見下ろしていた。
怒りと羞恥を懸命に抑えて、私は橙のほうに向き直る。とたんに箸が私の顔にぶつけられた。

「ニャアアアアアアアアア!!」

私が怯んだ隙に、橙はまさに脱兎の如く、四足で外へと走り去っていた。
それを見送った後、箸を元通り卓袱台におき、床に散らばった皿や食べ物を片付けながら、私は深いため息を吐く。

「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

その言葉には力が無く、同様に価値も無いものだった。
なにせこれで三度目なのだ。
こうして橙が食事のたびに暴れるのも、私が片付けるのも、こうして紫様に謝るのも。

「……私の付けた式が未熟だったからでしょうか?」
「それ以前の問題よ」

紫様は素気無くそう告げられた。
そう、確かに。
食事や歩行といった動作は自然に人の肉体に備わるものだ。式などに頼らずとも、人間の社会で暮らせばそれは身に付いてしかるべきもの。
橙が変化している人間の体には、元々、人語を発生するために声帯があり、二足で歩行するための骨格があり、箸を上手に扱うための五指がある。
この肉体の器官を使用して、人は会話し、歩行し、食事をする。そのための方法を、私たちは式と呼んでいる。
楽器と楽譜に喩えれば分かりやすかろう。楽器は音を鳴らす。だがただそれだけでは音楽にはならない。
定められた楽譜どおりに奏でることで初めてそれは、時には愉しませ、時には悲しませ、時には躍らせる、千差万別の歌となるのだ。
楽器が肉体に、楽譜が式に相当するのである。

私が橙に憑けたものは鬼神の式だ。
地を揺るがし、風を興し、雨を呼び、雷を鳴らす。
一度宙に舞えば瞬く間に雲をつきぬけ、走れば一日にして千里を超える。
もっとも橙にはまだそこまでの力は使えない。式は知っていてもそれを理解するにはまだまだ知識も経験も不足している。
先ほどの喩えをなぞるならば、巨匠の難曲の楽譜を渡された初心者の奏者みたいなものだ。
だがだからといって、千里を超えるどころか、いまだ二本足で歩くことも出来ないとは。

「むしろ早々に弱音を吐き出す貴女のほうが見苦しいわ。あの子を式神にするといったのは貴女自身でしょう」
「そう……ですが……」

橙を連れてきたとき、紫様は賛成も反対もなさらなかった。
ただ、そう、と頷いただけ。
無関心というより何か突き放されたような感じがして、私は途方にくれたものだ。
そして今も――。

「嫌になったのならあの子から式を祓って捨てればいいでしょう。私から一つだけ助言してあげましょうか、藍。――式神なんて、いくらでも取替えが効くのよ」
「――っ……!」

その眇められた冷たいまなざしは、問い返すまでも無く、それは私も例外ではないと告げていた。
だから――、だからだろうか。あの子を捨てるというその行為は、私とって恐ろしく罪深く、そして忌まわしい行為に思われた。

「――その必要はありません、紫様。私は八雲の式であると同時に八雲の名を冠する使役者でもあります。たとえ未熟ゆえに、終には技量が及ばないことがあろうとも、それより先に心が挫けることなどありえません。私にとて、式を扱う者としての覚悟があります」
「そう、ならば何も言うことは無いわね」

そう言い残すと、紫様は眠るために奥の座敷のほうへと向かわれた。
残された私は独り考える。
一体私に何が足りないのか。
何故橙は私を拒絶するのだろう。
私はあの子を立派な式にするため、誠心誠意を込めて教育を行っているつもりだ。
たとえあの子が厭うことであっても、それが結果的には橙のためになれば、強要することも止むを得ない。
それが私が紫様から受けている教育でもあり、それに反した場合は折檻じみた罰を受けることもある。

――ああ、それなのだろうか。私は今まで橙に手をあげたことは一度も無い。
だから橙は私の言うことなど聴かなくても良いと考え、命令に従うことも無いのであろうか。
私言うことを聴かなければもっと酷い目に遭う。
体罰を与えることでその因果を擬似的に知らしめることによって、橙は私の命令に服するほうが損が無いと考えるようになるかもしれない。
そう、たとえあの子に嫌われようと、橙を立派な式神とするためにはそのほうが良いのではないか。
式は命令をこなすための回路であり、式神はそれを備えた機械に他ならないと。
もし式神である私が自らがそう信じるのならば――。







八雲の家からそれほど遠くない場所にある、山の中腹にある丘。
その中央に橙が居た。花の咲き乱れているあたりに座り込んで、一心不乱にそれを摘んでいる。
いや、摘んでいる、と呼ぶには語弊がありすぎる行為だ。あれはたんに撒き散らしているだけだ。
爪を振るい、綺麗に揃った花弁を無節操に刈り取っている。
行為自体に意味は無い。だが、その意味の無さだけが、あの子の心を慰んでいるのだろう。

「ここにいたか、橙。探したぞ」

私がそう声をかけると、橙はびくりと振り返って身をすくませた。
――探した、などと嘘だ。使役者である私には式神である橙の居場所などすぐにわかる。
こんな子供に恩着せがましくしようなどという他意はない。無論、労をねぎらって欲しいわけでも、謝して欲しいわけでも無い。
意味の無い嘘。そう、私も意味の無い行為で自分の心を慰んでいる。
似ているのだ。同じ式だから、というわけではない。もっと違う何処かで、私と橙は引き合っていた。少なくとも私はそう信じる。

私は何も言わずに橙の近くに腰掛ける。橙が撒き散らした花のむっとする香りが鼻を突いた。
橙が逃げる隙を窺っているのがありありと感じ取れたが、私は気がつかない振りをする。
私は無造作に花を一輪手折る。橙がやったように花を散らすのではなく、根元から花本来の美しさが残るように。
そしてもう一輪。私はそれを意味ありげに、橙の良く見える位置に掲げると、その二本の花を絡めて編み出した。
橙の目には、私が何か不思議な奇術のような真似をしているように見えたのだろう。
まるで巣穴から覗き込むよう獣の子のように、警戒心の隙間から私の手遊びを注視している。
私は次々と花を手折り、そして手織り、目指すその形を作りあげていく。
それが完成に近づくにつれ、橙の警戒が溶けていく。きつかった辺りの花の匂いも風によって薄められ、いつの間にか柔らかな香りとなっていた。

「ほら」

くるりと最後に輪をつなげて、私はそれを掲げる。
暖かな体温を残した草の感触。羽毛のような花の肌触り。
茎で編んだ緑色の輪の外側をさらに、まるで日輪のように輝く白い花々が囲んでいる。
ぽかんと口をあけてそれを見上げている橙の頭に、私はゆっくりとそれを乗せてやった。

橙は恐る恐る頭上のそれに手をやる。
それが頭上にあるのが信じられない――、いや私がそれを頭の上に乗せてやったということが信じられないのだろうか。
橙は手に取ったそれと、自分が撒き散らした花々を交互に見比べる。
自分がゴミ同然に思っていたものを、一個の宝物に変えた手管が、橙には始めて目の当たりにする魔術のように見えただろう。

「橙。お前も作ってみるか?」

私の声にびくりと橙は反応する。
私の言葉が理解できるように、私は手近な花を手折ると、橙の手に持たせてやった。

「橙。お前がやろうと思えば出来ないことはない。少なくとも私に出来てお前に出来ないことはないんだ。お前は私の式神だからな」

私の言葉が通じたのか――、橙はその手の中の花を、先ほどの私の手順をなぞるかのように編み始めた。
だが、いままで五指で物を掴むことすらろくに行っていなかった橙だ。花は編まれるどころか、指を離した端からばらけて地面に落ちてしまう。
また橙が癇癪を起こすその前に、私はふわりと橙のわきを抱えて持ち上げると、自分の膝の上に据わらせた。

「大丈夫だ、橙。今度は私と一緒にやってみよう」

そうして私は今度は橙の目の前で、一手順ずつ橙が追って真似できるようにゆっくりと花を編んでいった。
橙はたどたどしい手つきで、さらにゆっくりと、それでも途中で投げ出すことなく着実に花の冠を作りあげていく。
その間に言葉は無かった。だが橙と行ったどんなことよりも、それは濃密な会話のように思えた。

やがて、それが完成する頃には陽が暮れていたが、それでもその白い花の冠はなお純白に輝いて見えた。
橙はそれを誇らしげに頭に掲げ、そして先ほど私がやったのと同じように、私の頭の上に乗せた。
当然予期できたはずの行動。なのに私はひどく戸惑ってしまった。まるで先ほどの橙と同じ反応だ。
そんな私を見て、橙が笑った。
大輪が咲いたような、その純粋無垢な笑顔に、私は暫し見とれた。
笑顔……そういえば、私はこれまで橙の笑顔を見ていなかった。見ようともしていなかった。
かつて憧れた人間の母と子の姿。それを為していた欠片の一つは、間違いなくこの笑顔だった。
見失っていたのだ。式神としてあるべき姿ばかりに囚われて。私は私に似たこの子を、私と同じものにしようとしていたのだ。
違う、そうではないはずだ。式神の能力はその使役者の上限を超えることは無い。だが能力ではない、もっと別のものを高めることが出来るのではないか。
この子で似たものである私だからこそ、私と同じではない、私を超えたもっと違う素晴らしい存在へと導くことが。
私が与えられなかったものを与え、私が犯した過ちを避けさせ、そして私が得られなかったことを得ていけば。

あせることなどなかった。花の冠を編むように、一つ一つ、式をなぞり、それを身につけることの愉しさを学ばせていけばよかった。
そうすれば橙はやがては私を超えるものとなるだろう。式神の範疇には収まらない何かとして。

私は橙の手をつなぐと、ようやく踏み出せたその一歩を噛みしめるように、家路を歩み始めた。







それから私は一日の大部分を橙と過ごすようになった。
たとえ橙と離れている時でも、どうやったら橙と愉しく一緒に時を過ごせるか、その事ばかりを考えていた。
式神としての教育も、橙が楽しみながら自然と身につけられるように考えた。
箸の使い方を学ばせるために、麺類や豆腐など、箸を使ったほうがより美味しく、面白く食べられるような料理を中心に整えた。
橙が食べる時は、私もすぐ隣で箸を使い、まるで二人が競争し、競演するかのように食事をした。

言葉を教えるときも、ただ物を指してその名を教えるだけではなく、人間の里から手に入れた絵本などを用意して、
橙自身が言葉を読み書きしたいと思わせるようにした。

絵札を使った簡単なゲームも行った。
外に出て鬼ごっこなどの遊戯も行った。
散歩をしながら、わらべ歌も一緒に歌った。

橙はまるで砂地が水を吸い込むように、あらゆることを貪欲に吸収して言った。
短期間のうちに、橙は当年の子供に並ぶどころか、簡単な式や術を扱えるまでに成長した。
私は幸福だった。いや、浮かれていたのだろう。
だから――私はあるとき、橙を連れて人間の里へ降りることを思い立った。
念のため、紫様の許可をもらおうとすると、「好きにしなさい」という素気無い返事だけが返ってきた。
元々外の世界にことには関心を払わないお方ではあるが、殊、橙の話となると度を越えているように見える。
橙のほうでもそれを敏感に感じているらしく、紫様に対しては話しかけることも無く、たいがい私の服の裾に隠れるようにしている。

紫様の態度には腑に落ちない点が確かにあった。
だが、私は愚かにも橙のことで頭がいっぱいで、そのことについて深く考えてみる余裕は無かったのだ……。







橙を背に乗せて空を飛び、私は人間の里へと降りていった。
やはり、橙を目にしたとたん、里の人は一様に驚いた表情を見せた。
すわ、あの時の妖怪か、と構える人もあれば、おびえて逃げ出すものもある。
やむを得なかったとはいえ、自分達がかつてやったことを思い返せば、その反応も当然だろう。
だが姿かたちは同じでも、中身があのときの獣とはまるで違った、大人しく教養のある子供のように振舞うのを見て、その喧騒はやがて静まっていた。

しかし、橙のほうはといえば、里人達のほうを気にしている余裕は無いようだ。
ただの猫のときは、意味が無いように思えた物体、ただ感情を表す波でした無かった人間の言葉、それらが意味をもち、慣れ親しんだはずの里は、今の橙にはまるで別世界のように一変して見えた。
私はそんな橙を多少誇らしげに連れて歩く。
ここまで育てるには語りつくせないほどの労苦があった。これは誰にでも出来ることではないと自負している。
だから人間達に見て欲しかったのだ。本物の親と子をもつ人間達にこそ、私たちが単なる式神と使役者ではないことを。

だが、里での用事も済ませて、帰ろう、と橙に声をかけたときだった。
不意に私たちに向けて鋭い声を上げるものがあった。

「ああ、帰ってきた。帰ってきたんだね」

振り返ると、そこにはみすぼらしい格好をした老婆がいた。
いや、老婆ではない。降り積もった心労が、雪のように降り積もって、髪を白くし、顔に皺を刻んでいるのだ。
私はあの顔に見覚えがある。

「――貴様、あの時の母親か」

橙を捕らえ、巫女に始末するように懇願していたあの母親だ。
しかし今更、帰ってきた、などとはどういうことか。
私が戸惑っている間に、女はまるで橙しか目に言っていないように、胡乱な形相で語りかけていた。

「ごめんね、許して。私が悪いの。悪いお母さんだったよね。でもね、違うの。あなたを捨てるつもりは無かったのよ。でも、あのときの私には、重すぎてあなたを連れて帰るのは無理だったの。決して捨てたんじゃないわ、後で迎えに行くつもりだったのよ。だから悪いお母さんを許して。でも、ああ、許してくれたのよ。だからこうやってあの妖怪のところから私の元に帰ってきてくれたのよね。ごめん、ごめんね、私が――――――」

――――――この女。
完全に常軌を逸している。この女は橙を見ているのではない。橙を通してあらぬ幻想を見ているのだ。
口の端から涎をたらしながら、女はひたすら許しを請い、後悔の言葉を繰り返している。
周りを見れば、この女のことは里人達の間でもすでに周知のことなのだろう。皆、この女に関しては、見ざる言わざる聴かざるを決め込んでいる。

「――――――っ!」

子供の名を叫びながら、女が橙の腕を掴む。
私は一瞬躊躇った。すっかり様相を違えども、この女がかつて橙の主人であったことには変わりなく、橙は身をとして救おうとした対象でもあるのだ。
もし、万が一、橙がこの女に同情し、あの時の敬愛を取り戻して、想いに応えるようなことがあれば――。
ありえない、そんなことはありえない。だから私がこの女を阻む必要は無い。阻めば、その可能性があることを他ならぬ私自身が肯定することを意味するのだから。

だが、私がそうして硬直していたそのとき、信じられない出来事が起こった。

「――汚らしいのよ、人間が」

氷のように冷たい声と共に、ばしんと女を突き飛ばす音がした。
私はその一切をこの目で見、この耳で聴きながら、何が起こったのか全く理解できなかった。

「私の服に触らないで。藍さまからもらった大切な服なのに。汚れがついたらどうすんのよ」
「――橙?」

呼びかける私の声は、知らずに震えていた。

「橙、この女は――、かつてのお前の主人じゃないのか? お前が救おうとした――」
「え? ……うん、そうだったよ。私が何も知らない猫の時のね。でもそんなの今の私にはもう関係ないじゃない。人間なんかに尻尾を振ってた頃の記憶なんてさっさと忘れたいの。だから藍さまも、もうそんなこと言わないでくださいね」

橙は私の腕に絡まって、甘えるようにすりすりと頬擦りする。
かつて私は橙のそんな姿がたまらなく可愛かった。それだけで橙の全てを許してあげたい気持ちにさせられたのだ。
だがこのときは、ぞっとするような怖気が背筋を走るだけだった。あるはずのない打算と媚が、その姿態にちらついて見える。

「どうしたんだい。私だよ、お前のお母さんだよ。私の顔を忘れてしまったのかい。可哀想にきっとあの妖怪に騙されて――」
「――うるさいわね。ここが里の外だったらあんたなんかとっくに噛み殺してるんだから。早くどっかにいっちゃえ、糞ババア」

橙が牙をむいて威嚇すると、女は一瞬おびえるように身をすくめた。
それから急に我に返ったように黙り込むと、そそくさとわき道に逃げ込んで姿を消してしまった。

「嫌なもの見ちゃいましたね。早く帰りましょうよ、藍さま」

その声にしたがって、私は今の出来事を見なかったことにし、記憶からも消し去って、家に帰りたかった。
そうして橙を二度と里には連れて行かない。そうすればまたいつもの幸福な日常が続けれるはずなのだ。
――だが、私は目をそむけるわけには行かなかった。先ほど見たものからも。そして、これから見るものからも。

「その前に一つ答えろ、橙。――お前、服の中に何を隠している」

私の言葉に、橙は一瞬と呆けるような顔を見せたが、腕に抱きついたあのときに気づかれたと悟ったのだろう。
ちろっ、と舌を出して、服の中からそれを取り出した。
包み紙に入った、いくつかの饅頭だった。
私は――、橙にそんなものが買える様なお金を渡していない。

「どうしたんだ、それ」
「えーと、さっき通りかかった店先に並んでたから、いくつかもらってきたの」
「店の人がいいと言ったのか」
「……言って………………ない」
「どういうつもりだ。人間の里の中では、私たち妖怪は人間を殺めたり傷つけたりすることはもちろん、物を盗んだり壊したりすることも、固く禁じられていると言っておいたはずだ。紫様がそれを管理しておられるのだぞ。その式神である私たちがこのようなことをして示しがつくと思っているのか」

怒りはない。
ただ、悲しかった。
橙とていつも私に従順だったわけではない。時には歯向かうこともあったし、癇癪をぶつけてくることもあった。
だが、その根底にある一番大事なものは常に伝わっていると、私は今日まで信じて疑わなかったのだ。
なのに――、

「そんなの、ばれなければ関係ないじゃない」
「――っ!!」

高らかに橙の頬が鳴った。
叩いたのだ。
私のこの手が。
初めて、橙を叩いた。
手にしびれるような感触が残らなければ、とても自分のしたことだとは信じられなかっただろう。
橙は目に涙をいっぱいに溜めて、私の顔を見返している。
そんな顔を向けられる日がこようとは、私は想像もしていなかった。

「藍さま。どうし――」
「橙。その饅頭を盗んできた店を教えろ。代金と商品を返してくる」
「どうして! 私たちは八雲の式なんだよ。人間なんてただの食料なのに。なんで人間のものを盗ったくらいでそんなに怒るの? どうして、どうして――」

私は答える術を持たない。持っているはずが無い。
何故なら、橙のその勘違いしたプライドも、狡猾さも、残酷さも。
植えつけたのはきっと私なのだから。
思っても見なかった。
言葉を教えれば、それは人を傷つける道具にもなる。
遊びを憶えれば、人を出し抜き、騙す術も身に付く。
美食を覚えれば、やがてはそれは執着する欲となろう。

それらは元々の橙には備わっていなかったのだ。
出会ったころの橙は、一心に人の恩に報いようとし、それを裏切られても、人を憎むような素振りは見せなかった。
純粋で無垢な原石だった。――それを壊したのは、私以外に在りえないのだ。

私は泣き叫ぶ橙を尻目に、無言でその手を引いて、店へと急ぐ。
さきほどまで心地よかった里人達の視線が、今はまるで見えない槍のように、私の全身の至るところを挿し貫いてくるように思えた。







あの里での出来事以来、私は橙にどのように接すればいいのか、分からなくなってしまっていた。
それでも分からないなりに、私はこれまでの余勢を借りて、橙に教育を続けていた。
だが橙のほうでも敏感にそのことを感じているのだろう。時折見せるその笑顔にも何処か蔭りが見えていた。

私は――、私は何か根本から間違えていたのではないか。
式神とは機械だ。そして、式とは命令どおり動かすための回路に過ぎない。
もしそれが本質であり、真実であるならば――、私がやっていることと私が望んでいることは決して相容れない。
私はそれを否定しようとした。そんなことを認めてしまえば、それは即ち、今ある私の存在すら否定することになる。

そう、だから証明しなければならない。
自己の存在を。
自己の在処を。

だから――。
だからなのか。

私は自分の願望を橙に押し付けていたに過ぎないのだろうか。
橙の笑顔に、橙の信頼に、橙の成長に。
私は式神が機械でないことの証を見ようとしていたのかもしれない。
そのために私は橙を利用しようとしていたのかもしれない。

だとしたら私は――私が為すべきことは――もはや一つしかありえなかった。







「紫様。お話したいことがございます」

橙を外に遊びに出した後、私は紫様の前に跪いた。
正直どの面を下げて、こんなことを言い出せるのか、自分でも鏡で見てみたいほどだったが。
凡そ、私が何を言おうとしているかなど察しているのだろう。紫様はつまらなそうな顔で私を見下していた。

「橙から――、式を外して、式神の任から開放します」
「………………そう。貴女がそう決めて、そう判断したのなら、私が止めることもないわ。でも先だってあれほどの大言を吐いておきながら、この不始末。聞こえの良い言い訳くらいはしてくれるのでしょうね」

そのとき、がたりと外の戸の辺りから音がした。そして誰かが駆け出していく音。
――橙だ。私の様子に不審なものを感じて、後を追ってきたのかも知れない。
私は一瞬後を追おうかとも思ったが、すぐに思い直した。そんな資格など、今の私にはありはしない。
それに、どのみちいずれは知らせることだ。直接面と向かって告げるよりは、いっそこのほうが良かったのかもしれない。
私は未練を断ち切るように首を振り、改めて紫様に向き直る。

「紫様。貴女は私が橙を式神にすると決めた時、何もおっしゃらなかった。そして私が、使役者と式神の関係を身勝手に解釈し、橙に対して実の子であるかのような態度で接した時も、それをたしなめることもなさらず、ただ黙ってみておられた」
「そうね。そして貴女はそれが不満のようだった」
「ええ、不満でした。式神を持てとおっしゃられたのは紫様であるのに、なぜ何の助言も、何の命令も与えてくださらないのか。でも今ようやくその理由が分かりました。それは、私が自ら思い知らねばならないことだったのですね。式神は式を扱う機械。機械なのだから――、心などあっても虚しいだけだと」

そう、これは紫様の教育だったのだ。
式に心など不要。ただ黙々と命令にだけ従う機械でありさえすればよいと。
式である私に思い知らせるために、使役者の立場に置いたのだ。

「私は紫様のお考えを忖度することもなく、ただ愚直に式を選びました。外見に騙され、情にほだされ、都合の良い妄想に惑わされた。私が橙を選んだとき、それは式神に適しているとみたのではありません。ただ私は、橙のような子供が欲しかった。浅ましい、下卑た願望でした。そして私はさらに愚かなことに、橙に自分の理想を押し付けた。式神は機械などではなく、何処までも自由な意思をもち、自在に生きていけるだと。だからそれが叶わないと知った時――、私は橙に何を教えたらいいのか、何を命令すればいいのか、わからなくなってしまった」

式としての性能を高めれば高めるほど、そこから本来在った橙らしさが抜けていく。
知恵を身につければ、無邪気さが消える。
剛力を身につければ、愛らしさが消える。
そして式を身につければ、もはや式に頼らずにはいられなくなる。

「式神をつくるのであれば、最初から肉体が強靭なだけで心などないものを選べばよかった。式神を育てるのであれば、ただ式と命令と罰だけを与えていればよかった。そうすれば――、元からあった素晴らしいものが徐々に壊れていく様を見なくとも良かった。私は、残酷なことを行いました。しかし今からでも遅くない。私は橙を解き放とうと思います。幸い、もう人間どもにおいそれと始末されるようなこともないでしょう。私は結果として、あの子をあの檻の中から助けることが出来た。それだけがたった一つの救いです」

私は話し終えると、深々と頭を下げた。
どのような叱責でも罰でも受ける覚悟だった。
いや覚悟などではない。むしろ私は望んでいたのだ。愚かさに相応しい罰を。

紫様は無言で立ち上がった。
だが、私のほうに歩み寄ることも無く、ただ黙って外のほうを窺っている。

「雨が来るわね」
「はっ……?」

予想外の一言に私は耳を疑った。

「式神であるあの子は水に濡れれば、式が解ける。使役者なのにそんなことも分からないの?」
「いや、それは勿論、分かっております。しかし今は――」
「いえ、貴女は何も分かっていない。本当に我が式神ながら、いえ私の式神とは思えないほど、貴女は何も分かっていないわ。何故こんな式神になってしまったのか、私にも分からないくらいにね」

そう言って振り向いた紫様は――笑っていた。
いつもの余裕を含んだ、高みから見下ろすような笑顔ではない。
それは暖かで、どこか悲しげで――、長い年月の間、一緒に居るにも関わらず、私に初めて見せる顔だった。

「本当に分からなかったわ、藍。貴女が、橙を式神にすると言って連れてきた時、何故彼女を選んだのか。そんな式神を持つような命令はしなかったし、そんな式神を持つことを喜びとするような教育も行った覚えもなかった。――私には、橙は何のとりえも無く、何処にでもいるただの幼い小妖にしか見えなかったから」

紫様はいったいなにをおっしゃっているのか。
私のことが分からない、などと。私にはたちの悪い冗談を言っているようにしか聴こえなかった。
私など及びも付かない計算能力をもってして、どんな現象も帰納し、どんな事象も演繹し、私が一歩先を見据える間に千里先をも見通す紫様が、よもや私の如き存在を分からないなどということがありえるだろうか。

「とても興味深かったわ。貴女は式神である以上、使役者である私の力以上になることは決してない。最上に出来の良い式神でも所詮は、私のコピーにすぎないの。だから、貴女が食事のたびに橙と笑いあう姿、対象にとってはつらいものでしかないはずの式神としての教育の最中に聴こえる愉しげな声、それらは私の中には無い、式神である貴女に生まれるはずのないものだった」
「紫様……」
「だから口出しをしなかったのよ。私からみれば、貴女達は無駄だらけで間違いだらけに見えた。でも私がそれを修正していけば、最終的には、私と藍の関係がそのまま出来上がるだけ。それではつまらないわ。私は見ていたかったの。貴女達がたどり着く場所を。私の作り出した式が、私の予想もしていない解を導き出す奇跡を」

私の体が震えだす。
紫様の言うとおりだ。
私は何も分かっていなかった。分かろうともしていなかった。
橙のことも、私は勝手にそうであるものと決め付けた。
増長も甚だしい。私に橙の何が分かろうというのだ。それとは比較にならぬほど長い年月を共にした主人の心すら理解できなかったというのに。

「でもそれももうお仕舞いのようね。貴女は式神は機械だと見なし、式神を道具として扱うことを心に決めた。おめでとう、藍。これでもう、貴女は私と同等の式神使いよ」

紫様の声ががらんどうの私の頭の中に響き渡る。
そうなのだろうか。終わりなのだろうか。もう取り返しがつかないのだろうか。
――否。まだ始められるはず。まだ取り返せるはず。
私は何も分かっていなかった。今だって何も分かっていないのだろう。
でもだからこそ、始められる。何も分からないからこそ、たとえ行く先に崖があろうと、私は愚直に霧の中を進んでいけるのだ。

「紫様。お言葉大変勿体無く思います。しかし、私は使役者としてまだまだ未熟。紫様と同等などと、とんでもないことです」

私は立ち上がった。
外ではいつの間にか雨が降り始めている。
雨に打たれて震えている橙の姿が、自然と脳裏に浮かび上がる。
お笑い種だ。答えなんてとうに出ていた。やるべきことなんて一つしかなかった。ただ私はそれから逃げ回っていただけだ。

「未熟者ですから――、私は性懲りも無く、一度見放してしまった式神を再び式神にするために、無益にもこの雨の中を迎えに行こうと思います」
「……そう。なら、前言は撤回するわ。とっとと行ってきなさいな、未熟者。帰ってきたらまた折檻をしなければならないのだから」
「はい!」

私はそう返事をすると、勢いよく雨の降りしきる外へと飛び出した。
橙の居場所は感じ取れる。人里の近くの森の中だ。
私は無数の雨粒を四散させながら、橙の元まで一直線に空を駆けていった。







里のある麓まで降りると、雨は細かい霧雨に変じた。
普段から鬱蒼とした森は、雨の助けもあって、まるで白い闇に包まれてでもいるようだった。

「妙だな。橙の気配が森の中に広がっている」

それこそまるで霧の様に、橙の気配が薄まってその範囲を広げているのだ。
きっと雨によって式が解けたことが原因なのだろう。
これでは上空から橙の居場所を特定するのは難しいと判断して、私は森の中に入った。

雨の降りしきる森は、まるで眠りについているようだ。
植物の葉の影には虫たちが、穴ぐらには獣達が、そして混沌とした闇のなかには妖怪たちが、それぞれ雨を避け、静かに息を潜めている。

だからだろう。そのか細い声は、雨音の中でも確かに私の耳に届けられた。

「――橙?」

私は声のする方向に駆けつける。
そこで意外なものを見た。
人間。
それも見覚えのある人間だった。

「何故お前がこんなところに……」

忘れもしない。
橙の元の飼い主だった女だった。
前に会った頃よりさらにみすぼらしく、そしてやつれ果てた容貌。
彼女はその心と同様、体もすでに極限まですり減らしつつあった。

「……あぁ……っ……ぁ……」

もはや言葉にすらなっていない、不気味なうめき声を発して、女は幽霊のように森の中を彷徨っている。
しかし、橙が居ると思しき場所に何故この女が現れたのか。
偶然とは思えず、私は女を揺り動かす。

「おいっ、お前。橙を知っているか、お前の娘の姿をしたやつだ。何処かで見たのか!」
「あ……娘……私の娘は……」

その瞬間、女はくわっと目を見開く。

「私の娘は人間じゃなかった! はあ、あはははははは、人間じゃない、人間じゃなかったんだから捨てても仕方なかったのよ。私は悪くない、あの子は妖怪だったのよ!」

蝋燭の最後の煌きの如き激しさに、私は思わず後ろによろめく。

「ああ、違う。あの子は妖怪じゃない。妖怪に連れ去られただけ。だからあの妖怪のところへ私が迎えに行ってあげなくちゃいけいないのあの子独りで泣いてるわ私が私が行かなくちゃいいいかなくちゃちがうわたしはみとめていないあのこはあのようかいなんかのものじゃないわたしの――」

最後にそう叫んだ瞬間、ぐるりと女の目が裏返る。
そのまま空気が漏れるような音がしたかと思うと、女はばたりと後ろに卒倒した。
――すでに事切れているのは一目で分かった。

この女に対する同情など持ち合わせようも無いが、それでもそれは哀れみを誘うに十分な姿だった。

「あの子は私のものなどではない、か。最後まで私を憎んで――」

その時、ぞっとするような悪寒が私の全身を掴んだ。

――――――待て。

待て待て待て。
何かがおかしい。

あの女が正気を失っていたのは分かる。あの女の言葉は支離滅裂で意に介するに値するものではない。
そう、だからこれまで気がつかなかった。

何故、この女、私が橙を連れ去ったことを知っている!?

そのことを知るものは、博麗の巫女と村人のほんの数人のはずだ。
その人間達が、わざわざこの女に余計な真実を告げることなどあるはずが無い。

話を整理してみよう。
まずこの女は娘が神隠しにあった。
そして、その犯人を橙だと思い込んでいた。
そしてその橙は巫女によって処分されたものだと、この女は思い込んでいたはずだ。
ならば、この女の言っていた娘とは誰を指していた? この女が言っていた妖怪とはどいつを指していた?
前者が本物の娘で、後者が橙だろうか。
しかし前に出会った時は橙のことを確かに娘と呼んでいた。
それに妖怪のことを橙だとすると、橙は死んだものだとこの女は思っていたはずだ。
「あの妖怪のところへ迎えに行く」などという言い方をするだろうか。

いくつもの小さな矛盾が棘のようになって私の神経に突き刺さる。

いや……やはり錯乱していただけか?
実の娘の話と橙の話が混同していただけなのだろうか。

そうだ。
だいたいそうでなければ、何故ただの人間がこの森に――――――、そういえば、何故橙はこの森に居るのか?
ここは別に思い出深いような、特別な場所ではない。
雨を避けるだけならばもっと良い場所があるはずだ。

……さっきから何なんだ。
私は何を不安がっている。
私はただ橙を迎えに来ただけだ。
この森が何であったとしても、式神である私が、一体何を恐れる必要があると言うのか。

冷たい霧雨が、私の心のひびを通して染みわたってくる。
こんな場所に橙を置いてはおけない。早く迎えに行かなければ。
迎えに行かなくては……一度は捨ててしまったあの子を迎えに――。

捨てた? むか……え……に?

私は思わず口を押さえて、女の亡骸を振り返る。
違う。
ありえない。
ただの偶然だ。
たまたま女の状況が私に似通っていただけに過ぎない。

稲光が、一瞬、女の顔を赤々と照らし出す。
その時、私は確かに、死んだ女の顔が一瞬、私の顔となる、幻想を、見た。






霧は次第にその濃度を増していた。
元々日射の少ないこの森にあっては、もはや今が昼か夜かも分からない。
森の中を彷徨ううち、時間の感覚はとうになくなり、自分がどれだけの時間、どれほどの距離を歩いてきたかもわからない。
まるで自分の頭の中にでも閉じ込められてしまったかのようだ。
だから最初、その泣き声を聴いた時、私はそれが現実に聴こえてきた声ではなく、脳の中に浮かび上がった幻聴のように思えたのだ。

「――今度こそ橙か?」

私は呼びかけながらそちらへと駆け寄る。
はたしてそこに橙の姿があった。座り込み、膝の間に頭をうずめて、泣きじゃくっている。
その弱々しい姿に、思わず胸が締め付けられる。
今更どんな言葉がかけられるというのか。
私は逡巡した挙句、どんなに無様で、白々しく聴こえようとも、声をかけねば始まらないと思い起こして、言葉を絞り出す。

「橙――、すまなかった」

橙に反応は無かった。
当然かもしれない。だが――、そう思いながらも私は言葉を続けた。

「お前は何も悪くない。悪いのは全て私だ。お前を私の式神にするのを止めるというのも、私の軽率さから出た言葉だ。もし、お前が私を赦してくれるなら……一緒に家に帰ろう。そしてもう一度やり直そう」

橙の泣き声が止んだ。
私は黙って橙の言葉を待つ。
雨が木々の葉を打ち梢を揺らす音が、まるで森全体が囁いているかのように、響いている。
気が遠くなるような沈黙のあと、膝を抱え込んだままの橙が言葉を発した。

「藍さま、私をおぶってくれる?」

その橙の言葉に私はほっとため息をつく。
すでに橙は自力で空を飛行することが出来るが、今は雨に濡れているため、橙は式の力を発揮できないでいる。
背負って欲しい、ということは、私の背に乗って、空を飛んで家に帰りたいということだろう。
許されたと、そう感じて、私はようやく肩の力ぬいた。

「いいとも。さぁ、私の背につかまれ」

私は橙に背を向けて、かがみ込む。
ややあってずしりと私の背中に質量のある何かがのしかかった。
橙を背負うのはこれが初めてではないが……、服や毛が水を吸っているせいだろうか、いつもよりずいぶん重く感じた。

「では帰ろう。紫様も家で待って――っ……?」

空へ飛ぼうとしたとたん、ぐらりと目眩でも起こしたように視界が前方に傾く。
自分の体が倒れかかっているのだと気づき、私はかろうじて踏み留まった。
何故だろう、体が異様に重い。精神的な疲労のせいだろうか。

「ん……。ちょっと降りていてくれないか、橙。私は疲れているみたいだ。少し休ませ――?」

私の両肩にかけられた橙の手に力が入った。
まるで爪を食い込ませ、私から振り落とされまいとしているかのようだ。

「ちぇ、橙――?」

私は、ようやく気づいた。
重いのは私の体ではない。橙だ。
気づけば橙はまるで鉄の塊のように、私の背を軋ませながら、地面に引きずり倒そうとしている。

「貴様、橙ではないのか!?」
「……どうして、藍さま。私、そんなに重いの……?」

怖気を奮うような声が、生暖かい吐息と共に耳から進入してくる。
橙ではないのか。
いや、違う。使役者である私が、式神の気配を間違えるはずが無い。これは間違いなく橙だ。

「ねぇ、そんなに私のことが重荷になってるの? だから捨てたの? 藍さま……」
「違う! 私は――」

がくりと私の膝が落ちかかる。
全身の筋力を振り絞って、私はそのまま地に堕ちる誘惑に耐えた。
橙の質量は刻一刻とその大きさを増しつつある。
今の事態は明らかに異常だ。
橙を無理矢理振り払うかしかない。
このままでは共倒れだ。
橙を一旦捨てることはやむを得ないだろう。
何故なら――、

式神はいくらでも取替えが効くのだから、そう私の中の式が囁く。
第一に己の身の安全を計るべきだと、そう私の中の式が命じる。
命令に従え、さもなくば、お前は式神としての力を失う。
そうなってしまえばお前は――、

「――――――ふざ……けるなあ!!」

私は一喝する。
誰が捨てるか。誰が従うか。
都合が悪くなれば捨て、後悔した後また拾うのか。そんなことをもう二度と繰り返せるものか。
命令など知ったことか。式ではない。これは私の意志だ。この子を背負うのに式の力など借りるものか。
橙は私が支え、私が導く。式という回路ではない。式神という機械ではない。
八雲藍としての私の意志が、橙と過ごしてきたこれまでの時間が、私を支える力となる。

「藍さま?」
「いや、なんでもない。さぁ――」

私は灰色の空を見上げる。
式の力を失う以上、もはや空を飛ぶことはかなうまい。
ならばこの二本の足で、橙を背負ってこの森を抜けるまで。

「一緒に家に帰ろう、橙」

そう宣言して、私は帰路への最初の一歩を踏み出した。



まず、今、この一歩だけを耐える。
それが出来たら、初めて次の一歩のことを考える。
また、一歩。さらに、一歩。それだけを繰り返す。
先のことは考えない。
ただ一つ歩を進めることだけを常に考える。
歩を重ねることに増す重みも、これからどんどん増すだろう痛みも、今は考えない。
全身はそぼ濡れ、それが雨によるものか汗によるものなのかももうわからない。
靴は地面を引きずるように歩くうちに擦り切れ、もはやその用を為してはいない。
腕は痺れ、感覚は当の昔に消えうせている。だから私は未だ橙が背に居ることを確かめるように声をかけ続けていた。

「橙、大丈夫か」
「橙、おなかが空いただろう」
「橙――、橙――」

声をかけるたび、橙は「うん……うん……」と、か細い返事をした。
森の中を抜ける気配は一向に無い。
もしかしたら同じところをぐるぐると回っているのかもしれない。
だが歩みは決して止められない。止めたら最後、私と橙はこのぬかるんだ地面に沈み込んで、森に飲まれてしまうような、そんな予感があった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

どれだけ時間が経ったかわからない。どれだけの距離を歩いてきたかさえもわからない。
腕や背の痛みがなくなった代わりに、全身に隈なく熱病のような痛みが蔓延していた。
目が霞み、呼吸が途切れる。狭くなった視界は、もはや道の先すら見通すことも叶わない。

「藍さま……、ごめんね」

そんな言葉が、背中から聴こえてきた。
私は何事でもないとばかりに、微笑み返そうとした。
その刹那――、私の腕から何かが弾けるような感触があった。
爆ぜたとしか言いようの無い、痛み。
まるで溶解した鉄を肩口からかけられたような灼熱が腕全体を走る。

「が……あっ……」

思わず苦鳴をあげて、のけぞる。
ぶちぶちと腕の中の何かが千切れていくような幻聴がした。
もう駄目だ。もはや物理的に私の両腕は橙の体重を支えきれない。
最後の一藁を乗せられて崩れ落ちる駱駝のように、
最後の雪の一片が積もって、折れてしまった老木のように。
増加していく橙の体重を支えているうちに、最後の一線を私の両腕が越えてしまったのだ。

もはやそれは耐えるなどという性質のものではない。
痛みは純粋な信号だ。肉体が危機を迎えていることを、脳ではなく各神経に直接告げ、命令する。
危急のときであれば、体はもはや私の意などには構わない。

「ふぐ……うぅぅーーーー!」

朽ち欠ける両腕に向かって、私は最後の命令を伝えた。
腕で橙の体を支えるようにしながら、両手を服の長い裾に幾重にも巻き付けて固定する。
弾幕にも耐えられる特性の布は、私の両腕をその骨と化し、橙の体を未だ支えてくれた。
だがその代償としてか、行き場をなくした痛みが私の脳に殺到し、今度は意識ごと根こそぎ断とうとする。
食いしばった歯から、大量の黒い液体が零れ落ちる。胃液なのか血液なのか、あるいはその両方なのか、もはやそれすら分からない。

「かは……っ……!」

絶息しかけ、魚が水面で喘ぐように、私は天を見上げた。
いつの間にか、雨雲は去っていた。
空には茫洋と月が浮かんでいる。
月を中心にぐるぐると回る星空。いや回っているのは私か。
もはや方向すら定まらない。歩み続けているのか、すでに止まっているのかもわからない。

脳裏にあの哀れな母親の姿がちらつく。
傍からみれば、今の私も姿は、あの母親とそう変わらないであろう。
私もいずれ倒れ、朽ち果てる。
だがそれでも良いのだ。それで良かったのだ。
私は前を向いて倒れていける。この自滅こそが、この自己犠牲こそが、私が機械ではないという証。
このまま地に倒れ伏して――、それで――、だがその前に――、

手放しても良かったのだと、声が聴こえた。
重ければ弱音を吐いてしまえば良かったのだと。
そうして自分の弱さを認めてしまえばそれで良かった。
貴女は機械などではなく、弱さを抱え生きていくモノなのだから。

それは私の弱さが生んだ幻聴か。
はたまた遠い昔、誰かに聴かされた言葉なのか。

「橙――。ごめんな――、駄目な……私で……」

体からするりと、何かが抜け落ちた。
まるで半身を失ったかのような喪失感と、そして残酷な安らぎと引き換えに、私はようやく意識を失うことを許された……。





これは私が見るはずの無かった光景。
だから多分、幻想だったのだ。

月を背景に宙を浮かぶ女が在る。
手には札と陰陽玉。
月光にも勝る冴え冴えとした燐光をその両眼に漲らせている。

「ようやく正体を現しましたか、外道。しかし私が惑っている間に、あの母子を死なせてしまったのは手落ち。故に私の勝利とは言いません。これはあの式神の勝利。あそこまでお前に抗ったからこそ、貴方は身を隠すことも忘れて力を費やし、私に発見されざるを得なかった」

それは答えない。
それにあるのは言葉などではなく、怨念だけだ。

それは塵。
かつてこの森に捨てられた子供や老人。その骨が、恨みが、長年にわたって降り積もった塵のようなもの。
人間がその重みに耐えられず、捨ててはならぬものを捨てた業。
塵はそれを赦さない。

背負わねばならないのだ。人間も妖怪も。
家族を。義務を。教義を。倫理を。この世に存在するありとあらゆる重みを。
捨てることなど赦されぬ。背負え、背負え、つぶれてしまえ。
愛する者のために全て捧げ尽くしてこそ真実の愛。社会に奉仕することのみが幸福の有様。殉教こそが天国への唯一の道。

「だから捨てようとする者、捨てられる者にとりついたか。仲間を増やすために。その歪んだ怨念を満足させるために……っ……!」

巫女が顔をしかめる。
ずしりと背に何かを負わされる。
それは博麗の巫女の役目。
この幻想郷を丸ごと抱えるも同然の重み。
耐えられるものなど存在しない。
それを――、巫女は笑って、捨て去った。

「勘違いしているようね。私は博麗の巫女などという地位になんの執着もないわ。巫女は私自身であり、私自身が巫女でもある。大地も月も、自分のことを重いだなんて思っていないでしょう」

ならば代わりにその罪を背負えと、塵が吠える。
巫女が応じて札を撒く。罪を祓って、札が次々と砕け散る。

勝負は一瞬で決着した。
札に紛れ込ませて、巫女が飛ばした陰陽玉は確実に塵の中央にあった核を打ち砕く。

それは、気紛れを起こした誰かが、森に散らばる遺骨を集めて作った無名の塚。
砕けた人骨が闇夜の中、雪片のように散らばる。

いずれちゃんとした墓を作って収めてやりましょう。
巫女は黙祷しつつ、そう独り言ちた。
それは義務などではなく、人として自然に湧き出る感情であった。







昏迷から覚めやらぬ思いで、私は目覚めた。
見慣れた天井。いつもの布団の感触。そして八雲の家の匂い……。

「橙は――!」

叫びながら跳ね起きようとして、私は全身を走る激痛によって再び布団へとねじ伏せられた。
追い討ちのように、ごつんと握り拳が倒れた私の額に落ちてくる。

「橙は……じゃないでしょう。何があったか聴きたいのはこっちだわ。どうやったら式神を迎えに行ったくらいでそんな大怪我して戻ってこれるのよ」

呆れたようなその声の主は、紫様以外にありえなかった。
だが私はなおも首をめぐらして橙の姿を探そうとする。

「橙なら、ほら、ここよ」

そう言って紫様は私の布団を引っぺがす。
そこには……、私の腰の辺りにしがみついて眠っている橙の姿があった。
泣きはらしたのかその目元は赤く、両腕は梃子でも離すまいとするかのように、しっかりと巻きついていた。

ようやく人心地ついた想いとともに、全身の力が一度に抜ける。
そのとたん、とてつもない疲労感が私を包んだ。

「でも、私たちはどうしてここまで……」
「橙よ」

半ば寝言のような私の言葉に、紫様ははっきりと答えた。

「橙が貴方を背負ってここまで飛んできたのよ。雨が上がっていたのは幸運だったわね。おかげであの子も式が使えるようになってたのよ。それにしても――」

紫様がこれ見よがしにため息をつく。

「式神におぶられて帰ってくるだなんて、どっちが主人なんだか分かりはしない。本当に駄目な式神ね、貴女は」
「………………ええ、本当に。駄目な式神です……私は。あとで十分に……しかってください、紫……さま……」

そう言い残して、私は抗いようの無い深い眠りに落ちていった。

「何を言ってるの。そう思うなら、折檻する余地くらい残して帰ってきなさい」

そんな言葉を、現実と夢の狭間で聴きながら……。








深山の草原に風が起る。
大空を駆け、何者にも邪魔されず飛翔する、見えない天馬のように。
そしてその蹄の跡でもあるかのように、草原をさあっと波形が規則正しく群れを成して疾走していく。
私はそれを目で追い、あの子はそれをその小さな二本の足で追った。
彼女は爪先しか地面に触れることを許されていない踊り子のように慌しく、そして危なっかしい仕草で、草原を駆けていった。

「転ぶなよー」

私の声が聴こえているのかいないのか、橙は笑い声を上げながら丘の向こうへと消えていった。
私は空を仰ぎ見る。
いつもと同じように輝き、いつもと同じ周期で軌道を描く太陽がそこにあった。
だがそれを機械のようだと思う者は誰もいない。あれこそはまさに生命の象徴なのだ。
機械はいつでも生命に憧れていた。だから機械と生命は似通うのだ。
いずれその境界は曖昧になるだろう。
生命とて、疲れた時には機械に憧れることもあるかもしれない。

私は太陽に向かって力の限りに叫んだ。
自らの生命の証をたてようとする、赤子の産声のように。
ややあって、遠くで同じような声がした。木霊ではない。姿は見えずともわかる。それは私と同じ誰かのあげる産声なのだ。

時を経れば私はこのときの声を忘れ、打ちのめされ、そしてまた叫び聴くことになるだろう。

何度でも繰り返される。この生命への賛歌を。



(了)








当SSのテーマは二つ。
一つは無論コンペの御題の一つでもある機械。
そしてもう一つは家族です。

八雲一家というように二次では家族でかかれることが多いですが、
血縁がない彼女らがいかにしてその絆を得たのか。
自分なりにそれを考えて書いてみました。

では時間も無いのでこの辺りで。
こんな長いSSを読んでくれた読者様に遍く感謝を。
時計屋
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/02/11 08:57:40
更新日時:
2008/02/13 23:57:40
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1. 8 名無し ■2008/02/11 12:58:53
巫女と藍の視点が解りにくいところがありました

テーマが生きていて、内容も満足でした
ご馳走様でした!
2. 10 俄雨 ■2008/02/11 20:46:10
只者ではないと見受けます。つかすげぇ。
藍の細やかな心理描写も然ることながら、ひとつひとつの場面が丁寧に描かれていて実に感情移入しやすい。
罪を背負うという邂逅を最後の場面で目撃した時、思わず鳥肌が立ちました。ああなるほど、こう演出してくれるわけかと。式神としての論理と生物としての倫理を、巧く調理してあると思いました。素晴らしい。すごい。読めてよかった。有難う御座いました。
3. 5 #15 ■2008/02/12 21:13:32
ただ与えるだけではダメ。何事も過ぎたるは及ばざるが如し、そこのところ解っている人が減っているように感じます。
4. 5 小山田 ■2008/02/13 19:02:39
まさしく、力作です。
ただ、卓越した描写と式神の世界観を構築しようとしているだけに、読む側が藍の過剰過敏な感情描写に完全に同調できないと、どうしても置いていかれた感覚になってしまいますね。物語を追うことよりも、藍の感情の動きを推察で補っていく作業に苦労しました。……よく考えてみれば、それは想像力の欠けている私自身が最大の原因だと思います。すいません。
5. 6 カシス ■2008/02/16 02:15:55
胸にきました。やっぱり家族っていいですよね。
6. 6 反魂 ■2008/02/16 14:45:33
 御題の使い方が薄すぎます。
 式神を機械と喩えるのであれば、喩えたことを活かす雰囲気なり展開なりがもっと欲しかったです。逆をいえばそれがない限り、言葉だけを後付けした印象を拭うことが出来ません。

 物語自体は非常に好みでしたが、やや面白味に欠ける部分があったような気もします。ストーリーラインはしっかりしていて読みやすかったですが抑揚が薄く、終始淡々としていた印象でした。文章については、軸がしっかりしていてお力のある方だと拝見しました。
7. 3 飛び入り魚 ■2008/02/19 09:18:11
色々がんばってるんだけど色々練られてない部分がどうしても気になってしまう。盛り込みすぎて消化不足だったり因果関係が弱かったりと。全体としてと場面場面の詳細は良いけれどその中間というべきか。
8. 9 ■2008/02/27 22:35:39
ちょっとこの藍さまに感動して目からぽろぽろとああやばい。
式神を機械とする視点がちょっと分かりにくかったんですが、それだけです。
あとはもう、もうもういい話でした。
藍さまは優しいし、橙はいい子になったかな……なるよねっ。
紫さまも途中までなんか冷たかったけど最後の台詞は愛に溢れてました。
こんな八雲家が大好きです。
9. 7 あまぎ ■2008/02/27 22:37:29
紫や蘭、霊夢がとても「らしい」作品でした。
登場人物が各々の役割をきっちりこなしているところ、またその説明が具体的なところなど、説明不足になりがちな自分にはとても参考になるものでした。
ありがとうございます。

式神、式、教育……この関係の説明、展開にも非常にリアリティがあって、八雲一家に対する考え方も改めさせてもらいました。
今までは柔和なイメージしかなかったのですが、この作品のような厳格な雰囲気も良いものですね。
未熟な橙を描くことは難しかっただろうと思いますが、お見事でした。
10. 7 ■2008/02/28 20:49:52
後書きにある 八雲一家となぜ呼ばれるのか、という点が綺麗に書かれている。
藍様にそんな情があるのか、とか、自分にはそんな情は無いと言った紫にも、どこかそういう心があるのだと信じたい。
霊夢の扱いも見事。簡潔かつ完結。さすが無重力。
11. 4 たくじ ■2008/02/28 22:43:39
藍視点でしたが、絆を描くのであればもっと橙側からの藍への想いがていねいに描かれていたら良かったのになぁと思いました。
里に行ったときに藍は橙の取った行動に驚いていますけど、ここまで成長したのなら、育ててきた過程で何かしら気付いているものだと思うんです。普段とは違う場面であらわになったということでしょうけど、ちょっと藍様鈍すぎじゃないかなと。
それにしても、未熟ながらも一生懸命な藍様は可愛いですね〜。
12. 7 椒良徳 ■2008/02/29 00:06:33
この作品はたま藍。
藍様のお母さんっぷりに体がむずむずしてくる。
いいないいな。
13. 8 ZID ■2008/02/29 01:44:08
後者のテーマに引きづられすぎな感は否めませんが、作品単体としてみた場合、よく構成の練られた実に良い作品だと思います。物語の転機となった、橙の増長については放置気味なのが若干気になりましたが・・・・・それこそ、それはこれからのお話ですしね。ん、見事です。
14. 6 木村圭 ■2008/02/29 05:06:12
冷めまくった橙が男の子で脳内再生された件について。こんな可愛い子が(ry
完熟するのはトマトくらいで、大体のものは死ぬまで未熟。紫が藍を諭すという事象も、いくらか前なら起こりえなかったことじゃないかな、とか。
15. 6 とら ■2008/02/29 09:37:08
しっかりと書かれているとは思いますが、題材的に語りつくされた感のあるものだったので、新しい感動は少なかったです。
また、橙を式から外すに至る心情の変化が少し唐突なような気がしました。もう一つか二つエピソードを挟んでみてもよかったのではと思いました。
16. 8 らくがん屋 ■2008/02/29 11:21:13
うーむ、引き込まれてしまった。しかしまぁ、単に藍と橙の始まりを描くだけなら苦労しなかっただろうに、複雑なストーリーをきっちり御しておられる。面白かったです。
17. 5 つくし ■2008/02/29 13:29:56
八雲一家物語というよりは八雲藍奮闘記(もしくは成長記)という感じですね。橙誕生の解釈がなかなか独創的。
18. 3 中沢良一 ■2008/02/29 15:24:21
単純ではない子育てする藍の苦悩が伝わってきました。凶暴な橙を初めて見た気がします。
19. 9 名無しの37番 ■2008/02/29 16:22:45
悲しい物語です。子を捨てた母親にも捨てられた想念の塵にも、本当の悪意というものは無かったのですね。だけど捨てられた想念の塵は背負って欲しいと願い、母親はその重い荷物を背負いきれなかった。双方とも、悪かったというより、弱かっただけなのでしょう。
機械(式)と家族がテーマとあとがきでおっしゃられていましたが、それら二つが合わさり、三つ目の「生命」というテーマが浮き彫りにされており、それが良い意味で物語の重みをより重くしているように思えました。
ただ、ほんの少しだけ残念なのは、三つ目のテーマが強く出た結果、その前提の二つのテーマが少し食われてしまった気がしました。
具体的には、藍と橙の顛末です。妖塵に打ち勝つだけでなく、その後の「機械でありながら家族としてどう触れ合うのか」という問いに対する答えをもうちょっと詳細にしてほしかった。まあ最後の草原のエピローグで一応の決着はついていますので、この感想は多分に私個人の我が儘も含んでいるのですが。
ともあれ、素晴らしいと感じさせられる作品であったのも確かでした。
20. 9 K.M ■2008/02/29 18:29:38
この描写量と内容には、まさしく感動です。
原因と結果をつなぐ因果の構成、そして読み終わった後に感じる後味もすばらしいです。
21. 10 ☆月柳☆ ■2008/02/29 20:02:32
正直コンペ作品の中で1番泣いた。
いや、泣かされるとは思わなかった。
どこで?といわれると
藍が1度は橙を1度は見放そうとしたところと、藍が橙をおぶって頑張ってるところです。
きかいと家族ということですが、式神としての成長を描いているような作品のようにも感じられました。
橙の成長から始まり、藍の成長、それは紫への成長にも繋がり、家族という形を象ったというかなんというか。
しかしあれですね、この作品の紫様はめっちゃクールですね。
もともとそういうキャラなんでしょうけど、やっぱり橙と藍の存在は大きいのかな。
いやぁ、面白かった。文句なし10点入れときます。
ちなみに、コンペ作品中すごく気にいった作品が3つあるんですが、これはそのうちの1つです。
素晴らしい作品をありがとう。
22. 8 レグルス ■2008/02/29 20:29:19
教育って難しいですね。
子供に好かれる大人が必ずしも子供に良い親とは限らないというか…

ゆかりんが地味におっかない。
大変面白かったです。
23. 6 八重結界 ■2008/02/29 20:57:27
非常に纏って良くできた話なのですが、何かが足りないような気がします。
それが何なのか、未熟ゆえに分かりませんが読み終えた後に物足りなさを感じたのは確か。
ただ、藍様が妙に人間くさかったのは強く印象として残っています。こういう藍様も親近感が沸いて良いですね。
24. 5 O−81 ■2008/02/29 21:29:36
 非常によくできた話でした。穴がない。
25. 6 床間たろひ ■2008/02/29 21:30:25
なんという子育て日記――

途中まで、いや四分の三まではこれからどうなるのかと、本当に引き込まれました。
だからこそ、ラストの種明かしにがっかりしたのも事実。
無縁の塚の、無念の塊。
そういった解りやすい「悪」「滅ぼされるべきもの」「そう思わせるための存在」を出し、そこに全ての責任を押し付けたような話の作りにちょっと……
それは親子の絆というテーマを描く上では、逃げじゃないかと、そんなことすら思ってしまったり。
うーん、本当に勿体無いなぁ。
26. 10 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:37:35
山田君座布団手裏剣10枚。
脱字と思われる場所が一箇所あったのと、弾幕っていう言葉に多少の違和感は感じましたが、それを補ってあまりある充足感がありました。
テーマとの絡め方も秀逸で、文章もするすると世界に入っていけるものでした。褒め言葉しか出てきません。ごちそうさまでした。
27. 5 BYK ■2008/02/29 22:18:46
心を持ち、人語を巧みに操る為に、式神が機械のようなものと思いにくい。 人工知能が発明されれば、藍の様に我々も思い悩むのだろうか。
28. 7 つくね ■2008/02/29 22:36:29
後書きの通り、見事に両テーマを表現した作品でした。
29. 8 名が梨 ■2008/02/29 23:09:16
子育て経験者や身近に小さな子供がいる方には見につまされる事、山の如し。きっと。花冠の下りでは、草と土の匂いがしました。作者様は子育て経験者なのか? 凄いなあ、の一言です。
30. 7 綺羅 ■2008/02/29 23:21:09
紫と藍と橙の想いの交錯や、未熟さの描写が大変上手に書かれていると思いました。ただ、これは上手くいえないのですが、もう一つ読者をひきつけるものが欲しかった気がします。物語としては大変上質に思えるのですが。
31. 6 moki ■2008/02/29 23:28:54
いい八雲家でした。
女は娘を捨て、思い直して連れ帰ろうとしたけど憑りつかれた。女が山で死んだのも憑りつかれてて仲間が増えるようにしたということでしょうか?
32. 5 冬生まれ ■2008/02/29 23:51:25
橙と博麗の巫女の印象が大きいです。
幻想郷もいい時代になったものだと変な感慨を持ちました。
33. 5 赤灯篭 ■2008/02/29 23:56:37
 橙の初めての台詞に思わずぞっとしました。他の作品で橙を知っているだけに、藍で無くともショックですね。最後はうまくいってほっとしました。
34. 8 blankii ■2008/02/29 23:56:50
八雲の『絆』に関するSSは多く見てきましたが、お題を『機械』=式と解釈された渾身の文章であったように思います。藍のお母さんっぷりは愛情にしても迷いにしても、橙への執着の強さを表しているのだなぁ、とつくづく思います。

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